説明

[1]ベンゾカルコゲノ[3,2−b][1]ベンゾカルコゲノフェン骨格を有する化合物およびこれを用いた有機トランジスタ

【課題】高い移動度を有し、大気中で安定に動作し、かつ溶液を用いた塗布成膜が可能な有機半導体化合物および有機FET素子を提供すること。
【解決手段】下記式(I)で表される化合物による。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、[1]ベンゾカルコゲノ[3,2−b][1]ベンゾカルコゲノフェン骨格を有する化合物に関する。さらに本発明は、該化合物を用いた薄膜、有機半導体および有機トランジスタに関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、半導体デバイスに用いられてきた無機半導体材料のシリコンは、その薄膜形成において、高温プロセスと真空プロセスが必須である。高温プロセスを要することから、シリコンをプラスチック基板上等に薄膜形成することができず、半導体デバイスの可とう性の付与および軽量化の点で問題がある。また、真空プロセスを要するため、半導体デバイスの大面積化と低コスト化が困難である。
【0003】
そこで、近年、有機半導体材料を用いた有機半導体デバイスに関する研究が活発に行われている。有機半導体デバイスとしては、具体的には、有機薄膜トランジスタ、有機薄膜光電変換デバイス、有機エレクトロルミネッセンス(有機EL)デバイス等が挙げられる。これら有機半導体材料は、一般的に、無機半導体材料に比べて溶媒への溶解性が大きいため、塗布法、例えば、インクジェット装置等を用いて薄膜形成することができる。また、無機半導体材料と比べて、作製プロセス温度を著しく低減できるため、プラスチック基板上等に形成することが可能となる。さらに、有機物特有の柔軟性を付与できるという利点も有している。
【0004】
このように、有機半導体材料は、無機半導体材料と比べて、大面積化、可とう性、軽量化、低コスト化等の点で有用であるため、これらの特性を生かした有機半導体製品への応用が盛んに行われている。例えば、情報タグ、電子人工皮膚シートやシート型スキャナー等の大面積センサー、液晶ディスプレイ、電気泳動型ディスプレイ(電子ペーパー)および有機ELパネル等のディスプレイなどへの応用である。有機半導体材料を用いた有機薄膜トランジスタに要求される主な素子特性は以下の通りである。
【0005】
(1)オンオフ比が大きく、オフ電流が小さい。
(2)閾値電圧が低い。
(3)遮断周波数が高い。
(4)有機薄膜トランジスタの特性のバラツキが小さい。
(5)大気下で安定に動作し経時的劣化が小さい。
これらの素子特性を満足するために、有機半導体材料に要求される特性は、以下の通りである。
【0006】
(i)電界効果移動度(μ)が高い。
(ii)成膜性が優れており、薄膜形成プロセスが容易である。
(iii)酸素および水分に対して耐性があり大気下で安定である。
【0007】
特に、(i)の電界効果移動度(μ)が高いことが大前提となる。この観点から、近年、アモルファスシリコンに匹敵する電界効果移動度を有する有機半導体材料が次々に報告されている。また、(ii)に関して、有機半導体膜の成膜工程において、真空蒸着ではなく、塗布成膜できることが重要である。そのためには、溶媒への溶解性が良好であることが必須となる。
【0008】
有機半導体材料は、低分子系(オリゴマーも含む)と高分子系に大別される。低分子系有機半導体材料としては、例えば、ペンタセンを用いた有機FET(Field Effect Transistor:電界効果型トランジスタ)が作製されており、高い移動度が報告されている(非特許文献1参照)。
【0009】
しかしながら、有機半導体層のペンタセンは、酸素に対する親和性が高いため、大気中で安定に動作できないという問題がある。また、ペンタセン薄膜の形成方法は、塗布を利用した形成方法も提案されているが、FET素子特性においてバラツキの少ない安定した素子を得るためには、真空蒸着を利用した方法が必須である。塗布を利用した形成方法は、例えば、トリクロロベンゼンの希薄溶液中でペンタセン結晶を形成させる方法(特許文献1参照)があるが、製造方法が難しいことに加えて、バラツキの少ない安定な素子を得るのは困難である。これら低分子系有機半導体材料は、一般的に、高結晶化状態の均一な膜を安定に作製するのが困難であり、結晶相の結晶粒界がそのままFET素子のバラツキを誘引する。結晶化度が高いと、塗布法を用いた際に良好な成膜性を得るのが困難となる。
【0010】
高分子系有機半導体材料を利用した有機トランジスタとしては、例えば、ポリチオフェンを用いた有機FETが開示されている(特許文献2参照)。前記有機FETは、溶液塗布で容易に薄膜形成できるという点で成膜性に優れているものの、移動度およびオンオフ比が低く、十分なFET特性を得るには至っていない。また、大気下でのFET特性の劣化の観点からも十分ではない。
【0011】
FET素子特性の高移動度という観点からは、一般的に、低分子系の有機半導体材料の方が、高分子系の有機半導体材料より、分子間のパッキングが密であり、分子軌道間の重なりを大きくすることができるため有利である。一方、FET素子の作製プロセスの成膜性という観点からは、一般的に、高分子系の有機半導体材料の方が、低分子系の有機半導体材料よりも、溶媒への溶解性が良好であり、結晶粒界に起因するFET素子のバラツキの影響を受けないため有利となる。
【0012】
低分子系の有機半導体材料として、高い移動度を保持しながら、上記問題点の一つである大気中でのFET特性の劣化を克服した有機半導体材料として、[1]ベンゾカルコゲノ[3,2−b][1]ベンゾカルコゲノフェン誘導体が報告されている(特許文献3参照)。しかしながら、開示されている化合物は、溶媒への溶解性が低く、薄膜形成プロセスには、真空蒸着法を利用することが必須である。
【0013】
このように、有機半導体材料は低分子系と高分子系を含めて多くの開発がなされているものの、未だ種々の特性を十分に満足する有機半導体材料の開発には至っていない。
【非特許文献1】Yen−Yi Lin.,IEEE Transaction on Electron Device,Vol.44,No8 p.1325(1997)
【特許文献1】特開2005−281180号公報
【特許文献2】特開昭63−076378号公報
【特許文献3】国際公開WO2006/077888パンフレット
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明は、高い移動度を有し、大気中で安定に動作し、かつ溶液を用いた塗布成膜が可能な有機半導体化合物および有機FET素子を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者らは、[1]ベンゾカルコゲノ[3,2−b][1]ベンゾカルコゲノフェン骨格の末端に、−C≡C−Si構造を導入することによって、上述の課題を解決できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0016】
本発明は以下の構成である。
[1] 下記式(I)で表される化合物。
【0017】
【化4】

【0018】
(式(I)中、Xは、それぞれ独立にカルコゲン原子であり、R〜Rは、それぞれ独立に、炭素数1〜30のアルキル、または該アルキル中の少なくとも1つの−CH2−を
−O−、−S−、−COO−、−OCO−、−CH=CH−、もしくは−C≡C−に置き換えてなる基であり、tは0または1である。)
[2] 前記式(I)で表される化合物が、下記式(I−1)で表されることを特徴とする前記[1]項記載の化合物。
【0019】
【化5】

【0020】
(式(I−1)中、mおよびnはそれぞれ独立に1〜20の整数である)
[3] 前記式(I)で表される化合物が、下記式(I−2)で表されることを特徴とする前記[1]項記載の化合物。
【0021】
【化6】

【0022】
(式(I−2)中、pは1〜10の整数である)
[4] 前記[1]〜[3]のいずれかに記載の化合物から形成される薄膜。
[5] 前記[4]記載の薄膜からなる有機半導体。
[6] 前記[5]項記載の有機半導体を用いた有機トランジスタ。
【発明の効果】
【0023】
本発明の、[1]ベンゾカルコゲノ[3,2−b][1]ベンゾカルコゲノフェン骨格の末端に−C≡C−Si構造を導入した化合物は、特許文献3で具体的に開示されている[1]ベンゾカルコゲノ[3,2−b][1]ベンゾカルコゲノフェン骨格と1,4−フェニレン環とを必須とする化合物に比べて、室温において溶媒への溶解性が著しく高いため、溶媒を用いた塗布成膜が可能となり、かつ高い移動度と大気中での安定性を有する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
次に、本発明について具体的に説明する。
本発明の化合物は、[1]ベンゾカルコゲノ[3,2−b][1]ベンゾカルコゲノフェン骨格と末端−C≡C−Si構造とを必須とする化合物であり、下記式(I)で表される構造を有する。
【0025】
【化7】

【0026】
式(I)中、Xは、カルコゲン原子であり、R〜Rは、それぞれ独立に、炭素数1〜30のアルキル、または該アルキル中の少なくとも1つの−CH2−を−O−、−S−
、−COO−、−OCO−、−CH=CH−、もしくは−C≡C−に置き換えてなる基であり、tは0または1である。このアルキルは、直鎖であっても、分岐を有していてもよい。また、好ましいXは、高い移動度、良好な成膜性および合成の容易さの観点から、硫黄またはセレンである。特に好ましいXは、硫黄である。
【0027】
本発明の薄膜は、上記化合物から形成されることを特徴としており、本発明の有機半導体は、該薄膜を用いたものであることを特徴とし、さらに本発明の有機トランジスタは、
該有機半導体を用いたものであることを特徴としている。
【0028】
好ましいR〜Rは、高い移動度および良好な成膜性の観点から、炭素数1〜20のアルキルである。このアルキルは、直鎖であっても、分岐を有していてもよい。更に好ましいR〜Rは、炭素数1〜16のアルキルである。このアルキルも、直鎖であっても、分岐を有していてもよい。特に好ましいR〜Rは、炭素数1〜16の直鎖のアルキルである。
【0029】
前記式(I)として、より具体的には、例えば、式(I−1)、式(I−2)、式(I−3)、式(I−4)、式(1−5)、式(I−6)、式(I−7)および式(I−8)が挙げられる。これらの中でも、高い移動度、良好な成膜性および合成の容易さの観点から、式(I−1)、式(I−2)、式(I−3)および式(I−4)が好ましい。特に好ましい化合物は、式(I−1)および式(I−2)である。
【0030】
【化8】

【0031】
【化9】

【0032】
【化10】

【0033】
【化11】

【0034】
【化12】

【0035】
【化13】

【0036】
【化14】

【0037】
【化15】

【0038】
m、nおよびqは、それぞれ独立して1〜20の整数であり、pは1〜10の整数である。
【0039】
<本発明の化合物の合成法>
本発明の化合物は、例えば、窒素雰囲気下で、2,7−ジヨード[1]ベンゾチエノフェノ[3,2−b][1]ベンゾチオフェンと、ビストリフェニルホスフィンパラジウム(II)ジクロリド、塩化銅(I)およびトリエチルアミンを脱水ジメチルホルムアミドに加え、
脱気し、これに、トリメチルシリルアセチレン、トリエチルシリルアセチレン、トリプロピルシリルアセチレン等のトリアルキルシリルアセチレンを加え、窒素雰囲気下、室温で三日間攪拌することによって合成できる。
【0040】
<移動度について>
有機半導体材料の移動度には、TOF(Time of Flight)法による移動度(μTOF:単位cm2/V・s)、および有機FET素子により求められる移動度(μFET:単位cm2/V・s)があり、μTOFが高いほど、μFETを高くすることができる。
移動度(μTOF)は、TOF測定用セルの電極間の電圧を(V)、電極間距離をd、光
電流の波形から算出した膜厚中を横切る時間をTrとし、下記式(i)により求められる。
【0041】
【数1】

【0042】
また、移動度(μFET)は、ドレイン電圧(VD)を固定し、ゲート電圧(VG)を変化
させることによって得られる伝達特性の曲線を用いて、下記式(ii)により求められる。
【0043】
【数2】

【0044】
式(ii)中、Cinは、ゲート絶縁膜の単位面積当たりの電気容量、IDはドレイン電流
、Lはチャネル長、Wはチャネル幅、VTHは閾値電圧である。
有機半導体材料に要求される移動度としては一般に、移動度(μTOF)が10−4cm2/V・s以上であり、移動度(μFET)が10−4cm2/V・s以上である。
【0045】
本発明の化合物が示す移動度(μTOF)は、通常10-4cm2/V・s以上、好ましく
は10-3cm2/V・s以上であり、特に好ましくは10-2cm2/V・s以上である。
上限値は特に限定されないが、通常10cm2/V・s以下である。本発明の化合物が示
す移動度(μFET)は、通常10−4cm2/V・s以上、好ましくは10−3cm2/V
・s以上であり、特に好ましくは10−2cm2/V・s以上である。上限値は特に限定
されないが、通常10cm2/V・s以下である。化合物のμTOFおよびμFETが上記範囲
内にある場合、その化合物は、有機半導体材料として有用に利用できる。
【0046】
<溶解度について>
有機半導体材料の溶解度が、室温において、0.1質量%以上、好ましくは1質量%以上であると、その有機半導体材料を用いて塗布法により薄膜あるいは有機半導体層を好適に形成することができる。本発明の化合物の溶解度は、クロロホルムまたはトルエンを溶媒とした場合、通常1〜10質量%である。このように、本発明の化合物は、高い溶解度を示すため、塗布法に好適に用いることができる。
【0047】
<薄膜>
本発明の薄膜は、本発明の上記化合物から形成される。薄膜の厚みは、目的に応じて適宜決定することができる。
薄膜の形成方法には、公知の種々の成膜方法を適用することができる。具体的には、例えば、本発明の化合物を溶媒に溶解した溶液を用いることによって、スピンコート法、インクジェット法、キャスティング法、ディッピング法等のいずれの方法を採用してもよい。溶媒としては、極性溶媒および無極性溶媒のいずれを用いてもよい。
具体的な溶媒としては、例えば、クロロホルム、ジクロロメタン、トリクロロメタン、トルエン、キシレン、またはテトラヒドロフラン等が挙げられる。また、溶媒に溶解せず、本発明の化合物を直接加熱して溶融することによって、薄膜を形成することもできる。
【0048】
<有機半導体>
本発明の有機半導体は、本発明の上記薄膜からなる。よって本発明の薄膜と同様の方法で形成することができる。
上記方法のいずれかを用いて有機半導体薄層を形成後、真空下または窒素雰囲気下において、適切な熱処理を行って、分子の配向性およびグレインサイズを大きくし、FET特性を改善することができる。これらの効果については、例えば、TOF用セルの場合、クロスニコルの偏光板にセルを挟持し、組織およびそのサイズの観察結果、およびX線回折の結果により確認することができる。また、有機FET素子の場合、AFM(原子間力顕微鏡)もしくはSEM(走査型電子顕微鏡)による観察結果、およびX線回折の結果により確認することができる。
【0049】
<有機トランジスタ>
本発明の化合物を用いることにより得られる有機半導体層を用いて、有機FET素子等の有機トランジスタを構成することができる。有機FET素子は、一般的に、ガラスやプラスチック等の支持基板、ゲート電極、ソース電極、ドレイン電極、ゲート絶縁膜および有機半導体層からなり、ゲート電極に印加する電圧を制御することによって、ゲート絶縁膜上の有機半導体層にキャリアを誘起し、ソース電極とドレイン電極に流れる電流を制御し、スイッチング動作を行う。有機FET素子には、ボトムゲート−ボトムコンタクト型、ボトムゲート−トップコンタクト型およびトップゲート型等があり、いずれを採用してもよい。また、縦型のFET素子を採用してもよい。電極と有機半導体間のキャリアの注入の観点からは、トップコンタクト型の方が、ボトムコンタクト型よりも容易である。
【0050】
図1(a)および(b)に、それぞれボトムゲート−ボトムコンタクト型の有機FET素子およびボトムゲート−トップコンタクト型の有機FET素子の断面形状を示す。これらの有機FET素子は、それぞれソース電極1、ドレイン電極2、ゲート電極3、有機半導体膜4およびゲート絶縁膜5から構成される。
【0051】
ゲート電極の材料としては、例えば、Al、Ta、Mo、Nb、Cu、Ag、Au、Pt、In、Ni、Nd、Cr、ポリシリコン、アモルファスシリコン、ハイドープのシリコン、錫酸化物、酸化インジウムまたはインジウム錫化合物(Indium Tin Oxide:ITO)等の無機材料、またはドープされた導電性高分子等の有機材料が挙げられ、いずれを用いてもよい。また、ゲート絶縁膜の材料としては、SiO、SiNまたはAl等の無機材料、ポリイミドまたはポリカーボネート等の高分子材料を採用することができる。
【0052】
ゲート絶縁膜の表面は、公知の表面処理、例えば、HMDS処理(ヘキサメチルジシラザン処理)またはOTS処理(オクタデシルトリクロロシラン処理)等を行って、分子配向をコントロールすることができる。ソース電極およびドレイン電極の材料としては、ゲート電極と同種の材料を用いることができ、ゲート電極の材料と同じであっても異なっていてもよく、異種材料を積層してもよい。また、キャリアの注入効率を上げるために、これらの電極に表面処理を施してもよい。例えば、硫黄化合物を用いた表面処理を利用してもよい。
【実施例】
【0053】
以下、実施例により本発明を詳細に説明する。本発明はこれら実施例によってなんら限定されない。
各特性値の測定・算出および化合物の同定は下記の方法にしたがった。
【0054】
(1)相転移系列の評価:
相転移系列は、DSC(Differential scanning calorimetry:示差走査熱量測定)、およびホットステージ付き偏光顕微鏡を用いた光学組織観察の双方の結果により決定することができる。評価開始温度を−40℃とし、温度上昇および温度下降速度を10℃/minとする。また、分子配向等の高次の構造解析には
X線回折を利用することができる。相転移系列の評価によって、有機半導体薄膜の成膜条件を決めることができる。例えば、液晶相を有する有機半導体化合物に対しては、配向機能を付与したゲート絶縁膜上において、等方相まで温度を上げ、液晶相を経由し室温に戻すことによって、分子配向を制御し、より移動度の高い有機半導体薄膜を形成することができる。
【0055】
(2)TOF(Time of Flight)法による移動度(μTOF)の測定:
本発明の化合物をクロロホルムに1質量%の濃度で溶解し、スピンコート法を用いて成膜し、有機半導体層を得た。TOF測定用のセルは、20μmの厚みを有する前記有機半導体層を、ITO(Indium Tin Oxide)電極を有するガラス基板で挟んだ構成とした。
なお、これらの電極はキャリア種と有機半導体膜の仕事関数によって適宜、別種の電極材料を選択することができる。このTOF測定用セルの電極間に、電圧(V)を印加した状態でパルス光を照射し、光キャリアを生成し、キャリア輸送による電流値の変化を電圧に変換することによって、光電流をオシロスコープで計測した。パルス光には窒素レーザー(波長が337nm、パルス幅が5ns)を用いた。温度を変えてμTOFを測定する場合は、メトラーにTOF測定用セルを挟持することによって測定した。μTOFは上記式(i)により算出した。
【0056】
(3)有機FET素子の作製と素子パラメーターの測定:
ゲート絶縁膜としてSiO(膜厚は500nm)、ゲート電極としてハイドープのn型Siウエハ(株式会社セミテック製)を用い、本発明の化合物をクロロホルムに1質量%の濃度で溶解し、スピンコート法により有機半導体膜を形成し、ソース電極およびドレイン電極として、Cr(5nm)上にAu(50nm)をメタルマスクを利用して真空蒸着法により形成してトップコンタクト型の有機FET素子を作製した。
チャネル長(L)は、240μm、チャネル幅(W)は1.5mmであった。測定温度は室温(25℃)であり、測定環境は大気下である。
【0057】
《移動度(μFET)と閾値電圧(VTH)の測定》
半導体パラメーターアナライザー(B1500A:アジレントテクノロジー)を用いて、ドレイン電圧(VD=−100V)を固定し、ゲート電圧(VG)を+20Vから−100Vまで0.2V刻みで変化させることによって、伝達特性の評価を行った。この伝達特性の曲線から上記式(ii)により、移動度(μFET)および閾値電圧(VTH)を算出した。
【0058】
《オンオフ比の算出》
上述の条件にて測定された伝達特性から、IDの絶対値|ID |の最大値(|IDmax|)と
最小値(|IDmin|)を計測し、その比である|IDmax|/|IDmin|をオンオフ比として算出した。本素子構成において必要とされるオンオフ比は、10以上である。
【0059】
(4)合成化合物の同定
合成化合物の同定は、核磁気共鳴スペクトル(H−NMR)(使用機器:FT−NMR JMN−EX270(JEOL(株)製)、溶媒:CDCl3)の測定および元素分
析によって行った。
【0060】
[実施例1]
<化合物(A)の合成>
【0061】
【化16】

【0062】
本発明の化合物の合成法を以下に記す。
(I)2,7−ジヨード[1]ベンゾチエノフェノ[3,2−b][1]ベンゾチオフェン(6)の合成
【0063】
【化17】

【0064】
文献、S.Y. Zherdeva et al., Zh. Organi. Khimi., 1980, 16, 430-438に従い、市販
の化合物(東京化成工業製、50g,0.1mol)である化合物(1)をクロロスルホン酸(関
東化学製、200g, 1.7mol)中で加熱することで化合物(2)へと定量的に変換した。続いて化合物(2)を酢酸中に懸濁し、市販の55%よう化水素酸(関東化学製、500ml)を
加えて加熱し、生成した沈殿(3)を一旦濾取後、再度沈殿物(3)を酢酸中に過臭化ピリジニウム(東京化成製、50g,0.2mol)とともに、加熱・混合して化合物(4)を黄色の沈殿物として得た。再結晶は、ジクロロベンゼンを用いて行い、黄色針状結晶として得た(25g,収率57%)さらに、化合物(4)とスズ粉末(関東化学製)を酢酸中に加え加熱し、濃塩酸を徐々に加えることで2,7−ジアミノ[1]ベンゾチエノ[3,2−b][1]ベンゾチオフェン(5)を白色の沈殿として得た。こうして合成した化合物(5)(1g, 3.7mmol)、水(30ml)、および硫酸(2ml)を混合し5℃以下に冷却した混合物に、別途、亜硫酸ナトリウム(関東化学製、630mg, 9.1mmol)と水(10ml)とで調整した溶液を、5℃以下に保ちながら滴下した。滴下終了後30分攪拌したのち、ヨウ化カリウム(3g, 18mmol)水溶液(40ml)を加え、三時間還流した。室温まで冷却後、亜硫酸水素ナトリウムを加え、沈殿した固体をろ過によって回収した。固体を乾燥させ、化合物(6)粗精製品(1g, 57%)を得た。また、溶媒としてクロロベンゼンを用いた再結晶また昇華精製により橙色固体の結晶(6)として得ることができた。
(II)化合物(A)の合成
【0065】
【化18】

【0066】
窒素雰囲気下、2,7−ジヨード[1]ベンゾチエノフェノ[3,2−b][1]ベンゾチオフェン(6)(650mg, 1.3mmol)、ビストリフェニルホスフィンパラジウム(II)ジクロリド(東京化成工業製、45mg, 0.06mmol)、塩化銅(I)(関東化学製、13mg, 0.07mmol
)、およびトリエチルアミン(東京化成工業製、10ml)を脱水ジメチルホルムアミド20mlに加え、脱気を30分行った。この混合物に、トリメチルシリルアセチレン(7)(460mg, 4.7mmol)を加え、窒素雰囲気下、室温で三日間攪拌した。反応終了後、水を加え、有機層をクロロホルムで抽出した。有機層を無水硫酸マグネシウムで乾燥し、ろ別後、減圧乾固した。析出した抽出物はクロロホルムを用いてカラムクロマトグラフィーを行った後、再結晶を行い(クロロホルム/メタノール)、黄色結晶として目的物の化合物(A)を得た(300mg,収率53%)。
【0067】
得られた化合物の構造を1H−NMRスペクトルで確認した。
1HNMR(400MHz,CDCl3)
δ8.09 (d, J=1.5Hz,2H), 7.91(d, J=8.1Hz,2H), 7.69(d, J=1.5Hz,2H), δ: 0.18 (s, 9 H, CH3)
【0068】
室温での化合物(A)のクロロホルムおよびトルエンへの溶解性は、非常に良好であり、濃度1質量%の溶液を調整して、ドロップキャスト法およびスピンコート法の両方で、均一な薄膜を作製することができた。
【0069】
そこで、上記方法に従って、FET素子を作製し、各種パラメーターを算出した結果、μFET=3.0×10−4cm/V・s、VTH=−36V、オンオフ比>10となり、良好な値を示した。また、大気下で30日間放置後、上記特性を再度測定した結果、初期値とほぼ同等であり、大気下で安定であることを確認した。また、μTOF=9.0×10
−4cm/V・sとなった。
【0070】
[比較例1]
本発明と同等の骨格を有する国際公開WO2006/077888パンフレットに記載の下記化合物を合成し、室温にてクロロホルムおよびトルエンへの溶解を試みたが、下記化合物は溶媒への溶解性が著しく低いため、塗布法を用いて連続かつ均一な薄膜を形成することができなかった。これより、FET特性は発現しなかった。
【0071】
【化19】

【0072】
これより、本発明の化合物(A)は、国際公開WO2006/077888パンフレットに記載の上記化合物と比較して、溶媒への溶解性が著しく良好であり、塗布法を用いて均一な薄膜を形成することができるため、塗布法を利用した良好な特性を有する有機半導体薄膜を得ることができた。
【0073】
[実施例2]
<化合物(B)の合成>
【0074】
【化20】

【0075】
トリメチルシリルアセチレン(7)の代わりに、トリエチルシリルアセチレンを用いて、実施例1と同様の反応を行った。収率65%で目的物の化合物(B)を得た。
得られた化合物の構造を1H−NMRスペクトルで確認した。
【0076】
1HNMR(400MHz,CDCl3)
δ8.09 (d, J=1.5Hz,2H), 7.91(d, J=8.1Hz,2H), 7.69(d, J=1.5Hz,2H), 1.41(s, 12H, CH2), 0.18 (s, 18H, CH3)
【0077】
室温での化合物(B)のクロロホルムおよびトルエンへの溶解性は、非常に良好であり、濃度1質量%の溶液を調整して、ドロップキャスト法およびスピンコート法の両方で、均一な薄膜を作製することができた。
【0078】
そこで、上記方法に従って、FET素子を作製し、各種パラメーターを算出した結果、μFET=1.2×10−4cm/V・s、VTH=−33V、オンオフ比>10となり、良好な値を示した。
【0079】
[実施例3]
<化合物(C)の合成>
【0080】
【化21】

【0081】
トリメチルシリルアセチレン(7)の代わりに、トリイソプロピルシリルアセチレンを用いて、実施例1と同様の反応を行った。収率71%で目的物の化合物(C)を得た。
【0082】
得られた化合物の構造を1H−NMRスペクトルで確認した。
1HNMR(500MHz,CDCl3)
δ8.04 (d,2H), 7.79(d,2H), 7.55(dd,2H), 1.55(s, 6H, CH), 1.16 (s, 36H, CH3)
【0083】
室温での化合物(C)のクロロホルムおよびトルエンへの溶解性は、非常に良好であり、濃度1質量%の溶液を調整して、ドロップキャスト法およびスピンコート法の両方で、均一な薄膜を作製することができた。
【0084】
そこで、上記方法に従って、FET素子を作製し、各種パラメーターを算出した結果、μFET=1.1×10−3cm/V・s、VTH=−38V、オンオフ比>10となり、良好な値を示した。
【0085】
[実施例4]
<化合物(D)の合成>
【0086】
【化22】

【0087】
本発明の化合物は、下記合成法に従って合成した。
(I)化合物(9)の合成
【0088】
【化23】

【0089】
窒素雰囲気下、0.5MエチニルマグネシウムブロマイドTHF溶液(Aldrich)100mlに化合
物(8)(aldrich, 11.7g, 50mmol)を加えた。混合物を15時間還流した。反応後、THF
を留去し、冷却してジエチルエーテル(200ml)を加え、析出した沈殿物を濾別した。減
圧乾固した後、蒸留によって精製を行い化合物(9)を得た。
(II)化合物(D)の合成
【0090】
【化24】

【0091】
窒素雰囲気下、化合物(6)(650mg, 1.3mmol)、ビストリフェニルホスフィンパラジウム(II)ジクロリド(東京化成工業製、45mg, 0.06mmol)、塩化銅(I)(関東化学製
、13mg, 0.07mmol)、およびトリエチルアミン(東京化成工業製、10ml)を脱水ジメチルホルムアミド20mlに加え、脱気を30分行った。この混合物に、化合物(9)(1.05g, 4.7mmol)を加え、窒素雰囲気下、室温で三日間攪拌した。反応終了後、水を加え、有機層をクロロホルムで抽出した。有機層を無水硫酸マグネシウムで乾燥し、濾別後、減圧乾固した。析出した抽出物はカラムクロマトグラフィーによって精製を行い、収率71%で目的物(D)を得た。
【0092】
室温での化合物(D)のクロロホルムおよびトルエンへの溶解性は、非常に良好であり、濃度1質量%の溶液を調整して、ドロップキャスト法およびスピンコート法の両方で、均一な薄膜を作製することができた。
【0093】
そこで、上記方法に従って、FET素子を作製し、各種パラメーターを算出した結果、μFET=6.0×10−3cm/V・s、VTH=−36V、オンオフ比>10となり、良好な値を示した。
【図面の簡単な説明】
【0094】
【図1】図1(a)は、ボトムゲート−ボトムコンタクト型の有機FET素子の断面形状を示す模式図であり、図1(b)は、ボトムゲート−トップコンタクト型の有機FET素子の断面形状を示す模式図である。
【符号の説明】
【0095】
1 ソース電極
2 ドレイン電極
3 ゲート電極
4 有機半導体膜
5 ゲート絶縁膜

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(I)で表される化合物。
【化1】

(式(I)中、Xは、カルコゲン原子であり、R〜Rは、それぞれ独立に、炭素数1〜30のアルキル、または該アルキル中の少なくとも1つの−CH2−を−O−、−S−
、−COO−、−OCO−、−CH=CH−、もしくは−C≡C−に置き換えてなる基であり、tは0または1である)
【請求項2】
前記式(I)で表される化合物が、下記式(I−1)で表されることを特徴とする請求項1記載の化合物。
【化2】

(式(I−1)中、mおよびnはそれぞれ独立に1〜20の整数である)
【請求項3】
前記式(I)で表される化合物が、下記式(I−2)で表されることを特徴とする請求項1記載の化合物。
【化3】

(式(I−2)中、pは1〜10の整数である)
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項記載の化合物から形成される薄膜。
【請求項5】
請求項4記載の薄膜からなる有機半導体。
【請求項6】
請求項5記載の有機半導体を用いた有機トランジスタ。

【図1】
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【公開番号】特開2009−62302(P2009−62302A)
【公開日】平成21年3月26日(2009.3.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−230094(P2007−230094)
【出願日】平成19年9月5日(2007.9.5)
【出願人】(000002071)チッソ株式会社 (658)
【Fターム(参考)】