説明

はんだの組成分析方法

【課題】鉛フリーはんだに含まれる全合金構成元素と不純物元素とを同時に分析する方法を提供する。
【解決手段】試料を秤量する工程、酸を混合する工程、および試料に混酸を加えて溶解する工程から構成される溶液化工程S1と、溶液化工程で調製した試料溶液を測定し、試料中の元素を定量分析する工程である測定工程S2とからなり、試料を溶かす酸として硫酸および硝酸を混合した混酸を用いる。混酸は硫酸濃度が3.6mol/L以上13.4mol/L以下、硝酸濃度が1.3mol/L以上3.4mol/L以下、且つ硫酸と硝酸のモル比が2.6:1以上7.9:1以下となるように水で希釈して調製する。これにより、鉛フリーはんだを、残渣を生じさせずに完全に溶解することができ、鉛フリーはんだに含まれる全合金構成元素と不純物元素とを同時に高精度に分析できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、「鉛フリーはんだ」と呼ばれる鉛の含有量が0.1質量%以下のはんだの組成分析に適用して有効な技術である。
【背景技術】
【0002】
欧州連合(EU)によるRoHS(Restriction of Hazardous Substances)指令に基づき、我が国からEU加盟国向けに輸出される電気・電子機器に含まれるPb、Hg、Cd、Cr(VI)、特定臭素系難燃剤の含有量は一定量以下に規制されることになった。
【0003】
例えば、従来の電子機器では、電子回路にPbを主成分とするはんだを使用していたが、RoHS指令により規制の対象になった。そして、現在の電子機器では、「鉛フリーはんだ」と呼ばれる鉛含有量が0.1質量%以下のはんだが使用されるようになった。
【0004】
この鉛フリーはんだの分析法としては、JIS Z3910(はんだ分析法)があるが、銀の定量に滴定法が採用されており、規定された全ての合金構成元素および不純物元素を一度に分析することができないため、測定に手間と時間を要する。
【0005】
JIS Z3910より迅速にはんだの組成分析を行うことができる方法として、はんだを無機酸とオキシカルボン酸とで加熱溶解してはんだ試料溶液を調製した後、プラズマ発光分析法により試料溶液中の元素を測定する方法が提案されている(例えば特許文献1参照)。
【0006】
また、はんだの組成分析を高精度に行えるようにした方法として、はんだ試料を硝酸により溶解し、試料溶液中の元素を定量分析する方法が提案されている(例えば特許文献2参照)。
【特許文献1】特開平7−159395号公報
【特許文献2】特開2007−64861号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1に記載の提案は、鉛を多く含む従来のはんだを対象とした分析方法であり、鉛含有率が低い鉛フリーはんだの分析には対応していない。
【0008】
また、特許文献2の提案は、不溶残渣が生じないようにするには、実質的に試料を溶解する際の温度を20〜35℃と厳密に制御する必要がある。しかも、低温度で溶解するため、溶解に時間を要して迅速性に欠ける。
【0009】
本発明の目的は、鉛フリーはんだに含まれる全合金構成元素と不純物元素とを同時に分析する方法を提供することにある。
【0010】
本発明の前記ならびにその他の目的と新規な特徴は、本明細書の記述および添付図面から明らかになるであろう。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本願において開示される発明のうち、代表的なものの概要を簡単に説明すれば、次のとおりである。
【0012】
すなわち、鉛の含有量が0.1質量%以下のはんだの組成分析方法であって、前記はんだを溶解する酸として、硫酸3.6mol/L以上13.4mol/L以下、硝酸1.3mol/L以上3.4mol/L以下の濃度であり、且つ硫酸と硝酸のモル比が2.6:1以上7.9:1以下である混酸を用い、前記はんだの組成成分を完全に溶解させた後、この組成成分を定量分析する。
【0013】
なお、本願発明において「はんだの組成成分を完全に溶解させた」とは、はんだの組成成分が溶液中に溶解して残渣が目視で見えなくなった状態を意味する。
【発明の効果】
【0014】
本願において開示される発明のうち、代表的なものによって得られる効果を簡単に説明すれば以下のとおりである。
【0015】
すなわち、はんだを溶解する酸として、硫酸3.6mol/L以上13.4mol/L以下、硝酸1.3mol/L以上3.4mol/L以下の濃度であり、且つ硫酸と硝酸のモル比が2.6:1以上7.9:1以下である混酸を用い、はんだの組成成分を完全に溶解させた後、この組成成分を定量分析する。
【0016】
つまり、はんだ試料を溶解する混酸を、予め硝酸と硫酸とが所定濃度になるように混合調製し、試料を混酸で溶解して試料検液を作製する。そして、この作製した試料検液を定量分析する。
【0017】
これにより、鉛フリーはんだに含まれる全合金構成元素と不純物元素とを同時に分析することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、本発明の実施の形態を説明する。図1は本発明の一実施の形態であるはんだの組成分析方法の工程を示すフロー図である。図1に示すように、本発明のはんだの組成分析方法は、溶液化工程S1と測定工程S2とからなる。
【0019】
溶液化工程S1は、試料を秤量する工程、酸を混合する工程、および試料に混酸を加えて溶解する工程から構成される。
【0020】
まず、試料を秤量する工程について説明する。試料は、鉛の含有量が0.1質量%以下のいわゆる鉛フリーはんだである。鉛フリーはんだの成分としては、例えばSn、Ag、Cuなどが一般的であるが、さらに他の元素が含まれていてもよい。はんだとしては、はんだ接合に使用する前のはんだであってもよいし、例えば半導体チップ、プリント基板、パッケージ材、フレキシブル基板などの電子部品中に存在するはんだであってもよい。秤量は、精密分析で一般的な方法であれば特に制限はない。
【0021】
次に、酸を混合する工程について説明する。酸としては硫酸および硝酸を混合した混酸を用いる。硝酸のみであると、メタスズ酸の沈殿が生じてしまう虞がある。硫酸と硝酸は、体積比2:1から6:1までの範囲で混合し、硫酸濃度が3.6mol/L以上13.4mol/L以下、硝酸濃度が1.3mol/L以上3.4mol/L以下、硫酸と硝酸のモル比が2.6:1以上7.9:1以下となるように水で希釈して混酸を調製する。混酸の組成は、操作を容易にする観点から、硫酸濃度が3.6mol/L以上4.5mol/L以下、硝酸濃度が1.3mol/L以上1.7mol/L以下であるとより好ましい。硫酸濃度および硝酸濃度がそれぞれ3.6mol/L未満、1.3mol/L未満であると、試料が完全に溶解しないことがある。
【0022】
そして、試料に混酸を加えて溶解する工程では、試料を例えばビーカー等の容器に移し、混酸を適量加えて完全に試料を溶解させる。この際の溶解温度には特に制限はないが、通常80〜100℃で行われる。
【0023】
測定工程S2は、上述の溶液化工程で調製した試料溶液を測定し、試料中の元素を定量分析する工程である。つまり、溶液化工程で溶液とした試料を例えば全量フラスコ等に移し、純水で希釈してこの希釈溶液を試料溶液として定量分析する。
【0024】
分析方法としては、一般に定量分析に適用される方法であれば特に制限はないが、微量成分を迅速かつ高精度に分析できる観点から、例えば、ICP(Inductively Coupled Plasma)発光分析法、ICP質量分析法、原子吸光法などが好適に挙げられる。
【0025】
このように本発明では、鉛フリーはんだにおいて、酸として所定濃度の硫酸および硝酸を混合した混酸を用いて組成成分を完全に溶解させるので、鉛フリーはんだに含まれる全合金構成元素と不純物元素とを同時に分析することができる。
【0026】
つまり、鉛フリーはんだでは、酸溶解時に不溶残渣が生じることが問題となっていたが、所定濃度の硫酸および硝酸を混合した混酸により鉛フリーはんだを、残渣を生じさせずに完全に溶解することができ、結果として鉛フリーはんだに含まれる全合金構成元素と不純物元素とを同時に高精度に分析できるのである。
【0027】
また、所定濃度の硫酸および硝酸を混合した混酸によれば、不溶残渣が生じる虞がないので、溶解する際の温度を厳密に制御する必要がなく、高温溶解が可能であり、例えば40分以内と極めて迅速に鉛フリーはんだを完全に溶解させることができる。
【実施例】
【0028】
以下、実施例によって、本発明をさらに説明する。なお、本発明は、これらの実施例によって限定されない。
【0029】
(実施例)
〔溶液化工程〕
試料(千住金属工業製:M705)0.5gを採取し、質量を0.1mgの桁まで精度良く秤量した。
【0030】
ついで、表1に示すように、硫酸および硝酸からなる7種類の酸濃度および体積比の混酸を調製した。
【0031】
試料を300mLビーカーに移して、上述の7種類の混酸20mLをそれぞれ加えて80℃で40分溶解した。この際の試料の溶解状態を表1に示す。
【0032】
【表1】

【0033】
表1の結果から、混酸中の硫酸濃度が3.6mol/L未満、硝酸濃度が1.3mol/L未満であると、はんだの組成成分の残渣が溶液中に残り、完全には溶解しなかった。このため、はんだの組成成分の残渣を残さずに、完全に溶解させるには、硫酸濃度3.6mol/L以上13.4mol/L以下、硝酸濃度1.3mol/L以上3.4mol/L以下であり、且つ硫酸と硝酸のモル比が2.6:1以上7.9:1以下である混酸が好適であることがわかった。
【0034】
また、上述の硫酸濃度および硝酸濃度の範囲の混酸であれば、はんだの組成成分を完全に溶解することはできるが、硫酸濃度が4.5mol/L、硝酸濃度が1.7mol/Lをそれぞれ超えると、発熱が観られた。このため、操作を容易にすることを考慮すると、硫酸濃度が3.6mol/L以上4.5mol/L以下、硝酸濃度が1.3mol/L以上1.7mol/L以下である混酸がより好適であることがわかった。
【0035】
なお、図2に、試料が完全に溶解した状態の一例を写真で示す。図2から、試料が完全に溶解した状態では、目視で残渣が観られず、溶液がほぼ透明となっていることがわかる。
【0036】
〔測定工程〕
溶液化工程で溶液とした試料全量を50mLフラスコに移し入れ、純水で標線まで希釈した。この希釈溶液を試料溶液とし、ICP発光分析装置で測定した。結果を表2に示す。
【0037】
【表2】

【0038】
表2に示すように、はんだに含まれる合金構成元素である銀、銅に加えて数多くの不純物元素を一度に測定できた。
【0039】
(比較例)
比較例として硝酸、塩酸およびその混酸を用いた場合のはんだの溶解について検討した。つまり、混酸として、表3に示す6種類の酸濃度の酸または混酸を用いた以外は実施例と同様にして試料を溶解させた。この際の試料の溶解状態を表3および図3の写真に示す。なお、表3の上から順に記載された各酸濃度が、図3の左から順に示した結果に対応している。
【0040】
【表3】

【0041】
表3および図3の結果から、硝酸のみを用いた場合にはメタスズ酸の沈殿が生じて試料を溶解できないことがわかった。硝酸および塩酸を混合した混酸を用いた場合にも殆どでメタスズ酸等の沈殿が生じて試料の溶解が困難なことがわかった。
【0042】
ここで、硝酸濃度0.3mol/L、塩酸濃度5.9mol/Lである混酸を用いた場合、試料を完全に溶解させることができた。これは、分解時の塩酸濃度が高いため、Agがクロライド錯体となり水溶性を示すことが原因と考えられる。しかし、水で50mLに定容すると、塩酸濃度が低下するため錯体が維持できなくなり、AgCl沈殿が生じたため、試料の組成成分の分析が不可能であった。
【0043】
また、塩酸のみを用いた場合には沈殿は生じないが、塩酸濃度が高く測定工程で分析装置に負荷を与え、試料を完全に溶解するための酸としては不適当であった。
【産業上の利用可能性】
【0044】
本発明は、「鉛フリーはんだ」と呼ばれる鉛の含有量が0.1質量%以下のはんだの組成分析に有効に利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0045】
【図1】本発明の一実施の形態であるはんだの組成分析方法の工程を示すフロー図である。
【図2】実施例における試料が完全に溶解した状態の一例を示す写真である。
【図3】比較例における試料の溶解状態を示す写真である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉛の含有量が0.1質量%以下のはんだの組成分析方法であって、
前記はんだを溶解する酸として、硫酸3.6mol/L以上13.4mol/L以下、硝酸1.3mol/L以上3.4mol/L以下の濃度であり、且つ硫酸と硝酸のモル比が2.6:1以上7.9:1以下である混酸を用い、前記はんだの組成成分を完全に溶解させた後、この組成成分を定量分析することを特徴とするはんだの組成分析方法。
【請求項2】
請求項1に記載のはんだの組成分析方法において、
前記混酸に含まれる酸の組成が、硫酸3.6mol/L以上4.5mol/L以下、硝酸1.3mol/L以上1.7mol/L以下であることを特徴とするはんだの組成分析方法。
【請求項3】
請求項1および2のいずれか1項に記載のはんだの組成分析方法において、
前記組成成分の定量分析を、ICP(Inductively Coupled Plasma)発光分析法、ICP質量分析法および原子吸光法のいずれかにより行うことを特徴とするはんだの組成分析方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−48659(P2010−48659A)
【公開日】平成22年3月4日(2010.3.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−212839(P2008−212839)
【出願日】平成20年8月21日(2008.8.21)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)【国等の委託研究の成果に係る記載事項】 平成19年度、経済産業省、社会ニーズ対応型基準創成調査研究 (再)委託事業、産業技術強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(506209422)地方独立行政法人 東京都立産業技術研究センター (134)
【Fターム(参考)】