説明

アスベストの定量分析方法及び定量分析装置

【課題】高い分析精度を維持しつつ、非常に短時間で分析を行うことができるアスベストの定量分析方法を提供する。
【解決手段】被検試料Sに含まれるアスベストの回折線強度を求め、検量線に基づいてその回折線強度からアスベストの重量を求める定量分析方法である。アスベストの回折線強度を求める際、受光スリット5のスリット幅をアスベストの回折線幅と等しい幅に設定し、その受光スリット5及びX線検出器8をアスベストの回折線角度位置(2θ)に停止させた状態でX線検出器8によって所定時間、回折線を計数する。受光スリット5及びX線検出器8のスキャンによってアスベストの回折線強度を測定することに比べて、測定時間を大幅に短縮できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、X線回折を利用してアスベストの重量を測定するアスベストの定量分析方法及び定量分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、建材、建物構造等といった物質中に含まれるアスベストや、大気中に含まれるアスベストが健康を害することの観点から注目されている。具体的には、物質中や大気中に含むことが許されるアスベストの重量は厳しく、例えば0.1重量%を超えない範囲であることが規定されるに至っている。
【0003】
非特許文献1によって規定されているアスベストの含有率の測定方法は、簡単に言えば、位相差顕微鏡や偏光顕微鏡による定性分析及びX線回折測定による定性分析を行なって物質中のアスベストの有無を調べ、アスベスト有りと判断されたときにはX線回折測定による定量分析を行うことになっている。
【0004】
X線回折測定による定量分析は、一般に、基底標準吸収補正法に基づいて行なわれることになっており、この方法は、例えば特許文献1に記載されている。特許文献1の方法によれば、まず検量線を求め、次にアスベスト(すなわち被定量物質)の回折線ピーク強度(I)を求め、次に検量線に基づいて回折線ピーク強度(I)からアスベストの重量を求める、という定量分析が行なわれる。
【0005】
この従来の定量分析においては、被定量物質であるアスベストの回折線ピーク強度を求める際に、通常の角度走査方式(スキャン方式)のX線回折測定が行われていた。すなわち、被定量物質へのX線入射角度(θ)及びX線検出器による回折線検出角度(2θ)を所定の角速度で連続走査又はステップ走査させながら、入射角度(θ)で試料にX線を入射させつつ、試料から回折角度(2θ)で出た回折線をX線検出器によって検出する。
【0006】
【特許文献1】特開平10−221275号公報(第3頁、図4)
【非特許文献1】日本工業規格 JIS−A1481
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記のX線回折を利用したアスベストの定量分析によれば、物質中に含まれるアスベストの重量を非常に高精度に分析できる。しかしながら、X線検出器によって回折角度(2θ)を走査しなければならないので、測定時間が非常に長くかかっていた。例えば、4〜30分かかっていた。現在、アスベストの定量分析を行うことの要望は非常に多くなっている。従来の方法では、その要望に時間的に応えられなくなっている。
【0008】
本発明は、上記の問題点に鑑みて成されたものであって、高い分析精度を維持しつつ、非常に短時間で分析を行うことができるアスベストの定量分析方法及びその装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明に係るアスベストの定量分析方法は、
(A)アスベストに関する重量と回折線強度との関係を示す検量線を求める検量線作成工程と、
(B)被定量アスベスト含有試料にX線を照射してアスベストの回折線強度を求め、前記検量線に基づいて前記アスベストの回折線強度からアスベストの重量を求める定量測定工程とを有し、
(C)前記検量線作成工程では、
(a)X線源から発生したX線を試料台に支持された試料に照射すると共に該試料から出た回折線を受光スリットを通してX線検出手段によって検出するX線光学系における前記試料台によってアスベスト標準試料を支持し、
(b)該アスベスト標準試料に前記X線源からのX線を照射し、該アスベスト標準試料から出るX線を前記X線検出手段によって検出し、
(c)その検出結果に基づいて検量線を求め、
(D)前記定量測定工程では、
(a)前記X線光学系にける前記試料台によって被定量アスベスト含有試料を支持し、
(b)前記受光スリットのスリット幅をアスベストの回折線幅と略等しく設定し、
(c)アスベストで回折が生じる角度で前記X線源からのX線を前記被定量アスベスト含有試料へ入射させ、
(d)前記受光スリット及び前記X線検出手段をアスベストの回折線角度位置に所定時間停止させた状態で前記X線検出手段によって前記被定量アスベスト含有試料からの回折線を検出し、
(e)その検出結果に基づいて前記被定量アスベスト含有試料の回折線強度を求める
ことを特徴とする。
【0010】
上記のアスベストの定量分析方法によれば、定量測定工程において、受光スリットのスリット幅をアスベストの回折線幅と略等しく設定し、受光スリット及びX線検出手段をアスベストの回折線角度位置に所定時間停止させた状態でX線検出手段によって被定量アスベスト含有試料からの回折線を検出することにした。このため、受光スリットのスリット幅はアスベストの回折線ピークの全体を取り込める大きさに設定され、X線検出手段はスキャンせずに1回の所定時間で回折線を計数する。この結果、本発明の定量分析方法によれば、スキャン(走査)方式に比べて回折線の検出強度が強く、しかも迅速な測定ができる。例えば、従来のスキャン方式では数分〜数十分かかっていた定量測定を数秒〜数十秒で行うことが可能となり、たくさんの試料を短時間に分析できることになった。
【0011】
次に、本発明に係るアスベストの定量分析方法においては、前記定量測定工程において設定される受光スリットのスリット幅を、前記検量線作成工程において用いられたスリット幅と同じとすることが望ましい。この構成により、検量線を用いた定量測定を高精度に行うことができる。
【0012】
次に、本発明に係るアスベストの定量分析方法においては、
(A)前記検量線作成工程において、
(a)前記受光スリットをアスベスト標準試料の回折線の裾部分に配置し、
(b)該受光スリットを通った回折線を前記X線検出手段によって検出し、
(c)その検出結果に基づいてバックグラウンド強度を求め、
(B)前記被検試料測定工程において、
(a)前記受光スリットを被定量アスベスト含有試料内のアスベストの回折線の裾部分に配置し、
(b)該受光スリットを通った回折線を前記X線検出器によって検出し、
(c)その検出結果に基づいてバックグラウンド強度を求めることが望ましい。
【0013】
この構成により、アスベストの回折線のバックグラウンド強度を高精度に検出できる。そして、測定によって求められたアスベストの回折線からそのバックグラウンド強度を差し引けば、アスベストの回折線強度だけを正確に知ることができる。
【0014】
次に、本発明に係るアスベストの定量分析方法において、前記検量線用アスベスト標準試料及び前記被定量アスベスト含有試料は試料採取体上に採取され、前記試料採取体は試料板によって支持されて前記X線光学系内の所定位置に配置され、前記試料採取体における試料採取領域は直径約35mmの円であることが望ましい。一般に、試料採取体、例えばフィルタへ試料を採取する作業は吸引ろ過装置によって行われる。この吸引ろ過装置により試料はフィルタの中央部分に略円形状に採取される。
【0015】
従来のアスベストの定量分析方法では、試料捕集体としてのフィルタにおける試料採取領域は直径約16mm程度の円領域であった。JIS(Japanese Industrial Standards)によって規定されているギ酸処理を受けた試料を吸引ろ過装置によってこの大きさの試料採取領域へ捕集した場合、その捕集量は規定上では15mg以下になるはずであるが、実際には15mg以上になることが珍しくない。直径16mmの試料採取領域に15mg以上の試料が捕集された場合には、試料の厚さが厚くなり過ぎて基底標準物質による補正精度が悪くなるために検量線の直線領域が使用できなくなり、正常な定量分析ができないという問題があった。
【0016】
これに対し、本発明に係る定量分析方法では、試料採取領域を直径約35mmの円領域としたので、試料採取領域に約71mgの試料を捕集した場合でも試料の厚さを、基底標準物質による補正精度を低下させない薄さに維持できることになった。例えば、試料100mgにJIS規定のギ酸処理を行って残渣を71mg以下にすれば、分析できる試料の種類は非常に多くなり実用的である。この場合、検量線の直線領域の下限のアスベスト量は実際のところ0.05mg〜0.1mgであるので(実際には0.02mgも測定できる)、定量下限のアスベスト含有率は0.05〜0.1重量%になる。この含有率は政令規定のアスベスト含有率0.1重量%の精度を十分に満足できる値である。
【0017】
さらに、試料採取体の試料採取領域を大口径の35mmとしたことにより、70mg程度の試料をギ酸処理することなしにアスベストの定量分析できるという応用の途が開けた。この場合の定量下限の含有率は、検量線の直線領域の下限のアスベスト量が0.05mg〜0.1mgであることから、0.07〜0.14重量%になる。
【0018】
次に、本発明に係るアスベストの定量分析装置は、
(A)X線源から発生したX線を試料に照射し、該試料から出た回折線を受光スリットを通してX線検出手段で検出するX線光学系と、前記X線光学系の動作を制御する共に前記X線検出手段の出力信号に基づいて演算を行う演算制御手段と、前記演算制御手段の動作を規定するプログラムを記憶した記憶手段とを有し、
(B)前記プログラムは前記演算制御手段を、
(a)アスベストに関する重量と回折線強度との関係を示す検量線を求める検量線作成手段と、
(b)被定量アスベスト含有試料にX線を照射してアスベストの回折線強度を求め、前記検量線に基づいて前記アスベストの回折線強度からアスベストの重量を求める定量測定手段と、して機能させ、
(C)前記検量線作成手段は、
前記X線光学系における前記試料台によって支持されたアスベスト標準試料に前記X線源からのX線を照射させ、該アスベスト標準試料から出るX線を前記X線検出手段によって検出させ、その検出結果に基づいて検量線を求め、
(D)前記定量測定手段は、
(a)前記受光スリットのスリット幅をアスベストの回折線幅と略等しく設定し、
(b)アスベストで回折が生じる角度で前記X線源からのX線を、前記X線光学系における前記試料台によって支持された前記被定量アスベスト含有試料へ入射させ、
(c)前記受光スリット及び前記X線検出手段をアスベストの回折線角度位置に所定時間停止させた状態で前記X線検出手段によって前記被定量アスベスト含有試料からの回折線を検出させ、
(d)その検出結果に基づいて前記被定量アスベスト含有試料の回折線強度を求める
ことを特徴とする。
【0019】
上記構成において、「演算制御手段」、「検量線作成手段」、及び「定量測定手段」は、例えば、CPU(Central Processing Unit)、メインメモリ(ROM、RAM)、メモリ等によって構成されるコンピュータによって機能的に実現される。
【0020】
本発明に係るアスベストの定量分析装置によれば、定量測定手段の働きによって、受光スリットのスリット幅をアスベストの回折線幅と略等しく設定し、さらに受光スリット及びX線検出手段をアスベストの回折線角度位置に所定時間停止させた状態でX線検出手段によって被定量アスベスト含有試料からの回折線を検出することにした。このため、受光スリットのスリット幅はアスベストの回折線ピークの全体を取り込める大きさに設定され、X線検出手段はスキャンせずに1回の所定時間で回折線を計数する。この結果、本発明の定量分析方法によれば、スキャン(走査)方式に比べて回折線の検出強度が強く、しかも迅速な測定ができる。例えば、従来のスキャン方式では数分〜数十分かかっていた定量測定を数秒〜数十秒で行うことが可能となり、たくさんの試料を短時間に分析できることになった。
【発明の効果】
【0021】
本発明に係るアスベストの定量分析方法及び定量分析装置によれば、受光スリットのスリット幅をアスベストの回折線幅と略等しく設定し、さらに受光スリット及びX線検出手段をアスベストの回折線角度位置に所定時間停止させた状態でX線検出手段によって被定量アスベスト含有試料からの回折線を検出することにした。このため、受光スリットのスリット幅はアスベストの回折線ピークの全体を取り込める大きさに設定され、X線検出手段はスキャンせずに1回の所定時間で回折線を計数する。この結果、本発明の定量分析方法によれば、スキャン(走査)方式に比べて回折線の検出強度が強く、しかも迅速な測定ができる。例えば、従来のスキャン方式では数分〜数十分かかっていた定量測定を数秒〜数十秒で行うことが可能となり、たくさんの試料を短時間に分析できることになった。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
以下、本発明に係るアスベストの定量分析方法及び定量分析装置を実施形態に基づいて説明する。なお、本発明がこの実施形態に限定されないことはもちろんである。また、これ以降の説明では図面を参照するが、その図面では特徴的な部分を分かり易く示すために実際のものとは異なった比率で構成要素を示す場合がある。
【0023】
先ず、現在一般的に行なわれているアスベスト含有率の測定方法について図15を用いて簡単に説明する。図15では、建築構造物等といった物質中に含まれるアスベスト量を分析するものとする。先ず、試料を採取し(工程P1)、1次分析試料を作製する(工程P2)。その1次分析試料に対して位相差顕微鏡又は偏光顕微鏡を用いた顕微鏡定性分析を行う(工程P3)。さらに、X線回折測定によって定性分析を行う(工程P4)。上記の定性分析によってアスベスト有りと判定された場合に(工程P6)、工程P13又は工程P14において、X線回折測定に基づいてアスベストの定量分析が行なわれる。本発明に係る定量分析装置は、この定量分析を行うためのものである。
【0024】
図1は定量分析を行うためのX線光学系の一実施形態を示している。ここに示すX線光学系1は、Bragg-Brentano集中法光学系によって構成されており、具体的にはX線源Fと、発散スリット2と、試料板3と、散乱スリット4と、受光スリット5と、モノクロメータ6と、カウンタ前スリット7と、X線検出器8とを有している。測定対象である試料Sは試料板3によって支持されている。試料Sは、アスベスト標準試料であったり、被定量アスベスト含有試料であったりする。
【0025】
X線源Fは、通電によって熱電子を放出するフィラメント11と、フィラメント11に対向して配置されたターゲット12とによって形成されている。フィラメント11から発生した熱電子はターゲット12の表面上に集束してX線焦点を形成し、このX線焦点からX線が発生する。本実施形態では、このX線焦点がX線源Fである。また、ターゲット12の表面はCu(銅)によって形成されるものとし、これにより、X線源FはCuの波長のX線を含むX線を発生する。
【0026】
試料板3は測定対象である試料Sを支持した状態でθ回転台13に着脱可能に装着されている。θ回転台13と同軸に2θ回転台14が設けられている。θ回転台13及び2θ回転台14は、共に、紙面垂直方向(すなわち紙面を貫通する方向)に延びる軸線であるω軸線を中心として回転可能である。2θ回転台14には半径方向に延びる第1アーム15が設けられており、その第1アーム15上に散乱スリット4及び受光スリット5が設けられている。
【0027】
また、第1アーム15の上に紙面垂直方向に延びる軸線X0を中心として回転可能なモノクロメータ台16が設けられ、そのモノクロメータ台16上にモノクロメータ6が装着されている。モノクロメータ6は、例えば、グラファイト(002)面によって形成されている。モノクロメータ台16には半径方向に延びる第2アーム17が設けられ、この第2アーム17上にカウンタ前スリット7及びX線検出器8が設けられている。
【0028】
X線検出器8は、例えば、X線受光用開口から受光したX線を位置分解することなく1つのX線束として検出する0(ゼロ)次元X線検出器、例えばSC(Scintillation Counter:シンチレーションカウンタ)を用いて構成される。X線検出器8は取り込んだX線量に応じた信号を出力し、その出力信号は強度検出回路9へ送られる。強度検出回路9は、送られてきた信号に基づいてX線強度信号Iを生成して出力する。強度検出回路9は外観的にはX線検出器8の内部に内蔵されることがある。回折線角度(2θ)を走査する間の所定のサンプリング時間内でX線強度信号Iを積分することにより、回折線角度(2θ)に応じて変化する回折線強度I(2θ)が求められる。
【0029】
θ回転台13にはθ回転機構20が付設されている。2θ回転台14には2θ回転機構21が付設されている。θ回転機構20はθ回転台13をω軸線を中心として回転駆動する。2θ回転機構21は2θ回転台14をω軸線を中心として回転駆動する。θ回転機構20及び2θ回転機構21は、いずれも、任意の回転駆動機構によって構成できるが、例えば、パルスモータ、サーボモータ等といった回転角度を制御可能なモータを動力源とし、その動力をウオームとウオームホイールとを含む回転伝達機構によって各回転台へ伝達する構成の機構によって構成できる。
【0030】
θ回転台13、2θ回転台14、θ回転機構20及び2θ回転機構21は、それらの上に設けられた各光学要素のX線に対する角度位置を調節するための測角器、いわゆるゴニオメータとして機能する。θ回転台13は、X線源Fから出て試料Sへ入射するX線の入射角度θを変化させるために回転する。本明細書ではこの回転を「θ回転」ということにする。2θ回転台14は、試料Sから回折角度2θで出る回折線をX線検出器8によって検出できるようにするためにX線検出器8の入射X線に対する角度2θを変化させるために回転する。本明細書ではこの回転を「2θ回転」ということにする。
【0031】
θ回転は所定の角速度で連続的又はステップ的(すなわち間欠的)に行なわれる。2θ回転はθ回転と同じ方向へ2倍の角速度で行なわれる。本実施形態では、試料Sのθ回転を実現するために、X線源Fを固定状態として上で試料Sをω軸線を中心として回転させているが、この回転手法に代えて、試料Sを固定状態としてX線源Fの方を試料Sを中心として回転させることもできる。この場合の回転軸線はθs軸線(図示せず)と呼ばれることがある。なお、この場合、X線検出器8を回転させる2θ回転台14をθ回転させ、X線源Fの回転軸線(θs)をθ回転させれば、X線源Fから見てX線検出器8を2θ角度分、回転させることができる。
【0032】
試料Sが入射X線に対してθ回転し、X線検出器8が入射X線に対して2θ回転する際、X線源F及び受光スリット5はゴニオメータ円Cg上にある。ゴニオメータ円Cgの半径がゴニオメータ半径Rである。X線源F、試料S及び受光スリット5は、第1集中円Cf1 上にある。また、受光スリット5、モノクロメータ6及びカウンタ前スリット7は、第2集中円Cf2 上にある。
【0033】
試料板3は、例えば図2に示すように、基底基準板23と、非晶質体としてのガラスリング24と、試料採取体としてのフィルタ25と、押え板26とを有する。基底基準板23はZn(亜鉛)を材料として矢印A方向から見て概ね円板形状に形成されている。この基底基準板23の表面には、非晶質体リング24を埋設するための矢印A方向から見てリング状の溝28、及びフィルタ25を支持するための矢印A方向から見て円形状の凹部29が形成されている。リング状溝28の外側には、基底基準板23を厚さ方向に貫通する複数の貫通穴30が設けられ、その貫通穴30の中に磁石31が挿入され固定されている。貫通穴30及び磁石31は、矢印A方向から見て1つの円周軌跡上に等角度間隔で複数個、例えば90°間隔で4個設けられている。
【0034】
ガラスリング24は矢印A方向から見てリング形状に形成されている。このガラスリング24の厚さt3は、ガラスリング24を基底基準板23のリング状溝28内に埋設したときに、図3に示すようにガラスリング24の表面が基底基準板23の中央部分である基底部23aの表面と同じ高さとなるように設定されている。また、図2においてガラスリング24の内周径D4は、ガラスリング24を基底基準板23のリング状溝28内に埋設したときに、図3に示すように、ガラスリング24の内周面が基底部23aの外周面にできる限り隙間なく密着するように設定されている。
【0035】
図2において、フィルタ25は分析対象であるアスベストを含んだ被定量物質を捕集して支持するための部材であり、例えばフッ素樹脂バインダグラスファイバによって円板形状に形成されている。被定量物質はフィルタ25の中央部の直径D6の領域(以下、試料採取領域Asという)に採取される。フィルタ25は図3に示すように、基底基準板23の円形状凹部29の中に挿入されて基底部23aの上に載置される。
【0036】
図2において、押え板26は、例えばステンレス鋼によって矢印A方向から見てリング形状に形成されている。この押え板26は、図3に示すようにフィルタ25を上方向から押えるための部材である。押え板26は基底基準板23の表面に載置された状態で磁石31の磁力によって吸着固定される。図2において押え板26の内径D8は、フィルタ25の試料採取領域径D6よりも大きくなっており、試料採取領域Asが外部へ露出する。
【0037】
以下に、試料板3を構成する各部材の寸法の一例を挙げる。
(1)基底基準板23
基底部径D0=32mm、リング状溝外径D1=42mm,フィルタ収納部径D2=47.5mm、外径D3=52mm
リング状溝高さt0=2.0mm、フィルタ収納部高さt1=3.0mm、外形高さt2=3.2mm
(2)ガラスリング24
内径D4=32.5mm,外径D5=41.5mm、厚さt3=1.0mm
(3)フィルタ25
試料採取領域径D6=35mm、外径D7=47mm、厚さt4=0.2mm
(4)押え板26
内径D8=41mm、外径D9=53mm、厚さt5=0.2mm
【0038】
試料板3は、試料採取領域As が図1においてX線照射を受ける面となるように、θ回転台13上に装着される。試料板3のθ回転台13への装着構造は詳しくは示されていないが、この装着構造は自由に設定できる。例えば、(1)図3の磁石31の磁力を利用して吸着させる方法でも良いし、(2)板バネその他の構造のバネのバネ力を利用して挟持する方法でも良いし、(3)基底基準板23それ自体を円板形状ではなく長方形の板状に形成してその板状基底試料板をθ回転台13の所定位置に装着する方法でも良い。
【0039】
発散スリット2はスリット幅が一定値の固定スリットである。発散スリット2のスリット幅は、一般に、測定対象である試料の回折線角度とX線を試料に照射する面積とに応じて設定されるものであり、本実施形態では1.4°、1°、1/2°等のスリット幅を用いる。図14を用いて行う後述の説明から分かるように、発散スリット2のスリット幅は1.4°程度であることが望ましい。
【0040】
散乱スリット4、受光スリット5、及びカウンタ前スリット7の各スリット幅は可変であり、これらのスリット4,5,7に、それぞれ、スリット開閉機構33a,33b,33cが付設されている。スリット開閉機構33a,33b,33cは上記の各スリット4,5,7のスリット幅を所定の範囲(例えば0.1mm〜4.7mm)内の希望の大きさに調節するための機構である。これらのスリット開閉機構33a,33b,33cは任意の機構によって構成できるが、例えば、パルスモータ、サーボモータ等といった回転角度を制御可能なモータを動力源としてその回転動力を直進動力に変換してスリットを開閉移動させる機構を採用できる。回転動を直線動に変換する機構としては、例えば送りネジ軸を用いた機構を採用できる。
【0041】
散乱スリット4のスリット幅は、受光スリット5のスリット幅より少し(例えば、0.7mm)広い幅に設定される。カウンタ前スリット7のスリット幅は、受光スリット5のスリット幅より少し(例えば、0.5mm)広い幅に設定される。
【0042】
図1に示すX線光学系1において、θ回転台13がθ回転し、2θ回転台14が2θ回転するとき、試料から出る回折線の中心光軸は平面を描くことになる。この平面は回折面と呼ばれることがある。この回折面は水平面となることもあるし、鉛直面となることもある。水平な回折面を形成するようなゴニオメータは横型ゴニオメータと呼ばれることがあり、鉛直な回折面を形成するようなゴニオメータは縦型ゴニオメータと呼ばれることがある。本実施形態は横型、縦型のいずれであっても良い。
【0043】
図4は、図1のX線光学系1の動作を制御する制御装置を示している。この制御装置35はコンピュータを用いて構成されており、CPU(Central Processing Unit)36、ROM(Read Only Memory)37、RAM(Random Access Memory)38、メモリ39、これらの要素を接続するバス40を有する。メモリ24は適宜の記憶媒体、例えば、ハードディスク、CD(Compact Disk)、MO(Magneto-optic)等といった機械式メモリや、半導体メモリ等によって形成できる。CPU21はメモリ24の中に記憶されたプログラムに従って演算及び制御を行う。ROM22には基本的なデータや基本的なオペレーティングシステムが記憶されている。RAM23は各種のデータを一時的に記憶するためのポテンシャルファイルとして機能する。
【0044】
図1に示したθ回転機構20、2θ回転機構21、スリット開閉機構33、及び強度検出回路9はバス40を介して制御装置35に接続されている。また、バス40には、印字手段としてのプリンタ42、画像表示手段としてのディスプレイ43、キーボード、マウス等といった入力装置44が接続されている。メモリ39の中には、X線回折を用いた定量分析を実現するためのプログラムソフトが格納されたファイル45、及び測定データを記憶するためのデータファイル46が設けられている。
【0045】
以下、基底標準吸収補正法に基づいて行なわれる本実施形態に係るアスベストの定量分析を具体的に説明する。アスベストとしてはクリソタイル、アモサイト、クロシドライトの3種が良く知られており、必要に応じてそれらのうちの1つが試料として供される。以下の説明では、それら3種のうちの任意の1つが選択されて試料として供されるものとし、特に個々の種類に特有の説明である場合には種類名を挙げて説明を行うことにする。本実施形態の定量分析は、標準試料を用いて行なわれる検量線作成工程、及び被検試料に対して行われる定量測定工程を有しているので、それらを順次且つ個別に説明する。
【0046】
(検量線作成工程)
検量線作成工程を図5に基づいて説明する。まず、工程P21において検量線用アスベスト標準試料を調整する。具体的には、下表に示す量のアスベストを準備する。
【0047】
【表1】

【0048】
次に、JIS(Japanese Industrial Standards)の規定に従って検量線用試料を作成する。具体的には、上記各量のアスベストをコニカルビーカに入れ、それぞれ20%のギ酸を各試料量に応じて所定量加え、さらに無じん水を所定量加え、超音波洗浄器で1分間分散した後、30°Cに設定した恒温槽内に入れ、30秒攪拌、1分30秒静置の操作を6回繰り返してから、フィルタを装着した吸引ろ過装置で吸引ろ過を行う。ろ過後のフィルタを取り出し、乾燥後、フィルタ上に捕集された試料の重量を求める。次に、図2において、標準試料を含む各フィルタ25の個々を基底基準板23に組み込んで試料板3を作製する。
【0049】
次に、図5の工程P22において、試料板3を1つずつ図1のX線光学系1の所定試料位置に装着してスキャン測定を行う。すなわち、X線源Fから発生したX線を発散スリット2によって規定されるX線照射幅Wx でアスベスト標準試料Sに照射し、該試料Sをθ回転させて該試料Sから回折線を発生させ、θ回転に連動してX線検出器8を2θ回転させて回折線をX線検出器8によって検出し、その検出結果を所定のサンプリング時間ごとに積分してX線強度I(2θ)を求める。こうして、横軸に回折角度2θをとり、縦軸にX線強度Iをとった座標上に回折線プロファイルが求められる。
【0050】
図6はクリソタイルの回折線プロファイルの一例を示している。図7はアモサイトの回折プロファイルの一例を示している。図8は図7の縦軸を拡大して示している。図8のプロファイルから明らかなように、図1のX線光学系1を用いれば0.02mgのアモサイトを明確に識別できる。0.02mgの重量を測定できることは、その他のアスベスト(すなわち、クリソタイル、クロシドライト)についても同じである。
【0051】
なお、各種のアスベストについてのスキャン範囲は下表の通りである。
【0052】
【表2】

【0053】
次に、図5の工程P23において、
(1)受光スリット5のためのスリット幅Ws 、
(2)回折角度(ピークセンター)2θp 、及び
(3)バックグラウンドを測定するための角度2θBL,2θBH
の各値を決める。具体的には、図9に示すような回折線プロファイルP0が求められたときに、ピークの裾部の適所に2θ及び2θをとり、スリット幅Ws を
Ws=2θ−2θ
によって決める。例えば、ゴニオメータ円Cgの半径が185mmのとき、クリソタイルに対して4.0mm、アモサイトに対して2.7mm、クロシドライトに対して3.2mmの各スリット幅を決める。
【0054】
また、散乱スリット4のスリット幅は、例えばクリソタイルで4.7mm、アモサイトで3.4mm、クロシドライトで3.9mm程度に設定する。さらに、カウンタ前スリット7のスリット幅はクリソタイルで4.5mm、アモサイトで3.2mm、クロシドライトで3.7mm程度に設定する。
【0055】
回折角度2θp は、
2θp=(2θ+2θ)/2
によって決める。また、低角度側のバックグラウンド測定角度2θBL及び高角度側のバックグラウンド測定角度2θBHをプロファイルP0の低強度部分の平らな部分に設定する。以上のスリット幅Ws、回折角度2θp 、バックグラウンド測定角度2θBL,2θBHの各値は、プログラムに従って自動的に決定しても良いし、測定者が入力装置44(図4)を通して入力しても良い。
【0056】
次に、図5の工程P24において、工程P21において調整したアスベスト標準試料のうち最少量試料(すなわち0.1mg)について回折線積分強度が所定強度以上になる測定条件、特にX線照射時間(τ)を決める。具体的には、最少量試料についての回折線積分強度が2000counts 以上になるような測定条件を決める。例えば、X線照射時間は、クロシドライトに対しては2〜20秒、アモサイトに対しては2〜18秒、クロシドライトに対しては2〜18秒程度に設定される。2000counts は信頼性の高い分析を行うことができる強度としてJISにも規定されている値である。
【0057】
次に、工程P25において、工程P21において調整したアスベスト標準試料の個々について上記の測定条件の下で図1のX線光学系1を用いてスキャン測定を行い、アスベストの回折線強度I を求める。次に、工程P26において、図3の基底基準板23の基底部23a(Zn)の回折線強度を求める。詳しくは、アスベスト標準試料を透過することなく基底部23aで回折した回折線の強度Izn0、及びアスベスト標準試料を透過した後に基底部23aで回折した回折線の強度Iznを測定する。
【0058】
次に、工程P27において、工程P25で求めたアスベスト標準試料の回折線強度Iを基底部の強度Izn0及びIznを使って補正する。アスベスト試料の重量が大きくなればなる程、アスベスト試料によって吸収されるX線量が多くなるので、アスベスト標準試料の回折線強度Iはアスベスト標準試料の試料量が多くなる程、真の強度値よりも小さく測定される傾向にある。工程P27で行なわれる補正はアスベスト自身のX線吸収によるX線強度の低下を補償するための補正である。
【0059】
強度補正は、例えば次のようにして行なわれる。測定されたアスベスト試料の回折線強度をIとし、補正係数をKとすれば、補正された回折線強度Iは、
=I・K …(1)
によって求められる。ここで、補正係数Kは、
【0060】
【数1】

である。但し、Rθは、アスベストの回折角θa とZnの回折角θznの正弦比
【0061】
【数2】

であり、ΔRは、アスベストを載せる前のZnの回折強度Izn0 と、載せた後のZnの回折強度Iznの減少率
【0062】
【数3】

である。
【0063】
次に、工程P27において、上式(1)によって求めたIと、そのIに対応するアスベスト重量とを座標上にプロットして検量線を作成する。得られた検量線はメモリ39(図4)の所定領域に数式又はテーブルの形で保存される。例えば、クリソタイルに関しては図10(a)に示すような検量線が得られる。また、アモサイトに関しては図10(b)に示すような検量線が得られる。
【0064】
(定量測定工程)
次に、被検試料に対して行われる定量測定工程について図11に基づいて説明する。
まず、工程P31において被検試料(例えば、アスベストを含むと思われる建材)から1次試料を作製し、工程P32においてこの1次試料に対してX線回折及び光学顕微鏡に基づいて定性分析、すなわちアスベストが含まれているか否かの分析を行う。この定性分析は本実施形態に係る定量分析の前処理であるので、詳しい説明は省略する。定性分析によってアスベスト有りと判断されると(図15の工程P6)、本実施形態の定量分析が行われる。
【0065】
定量分析を行う際には、工程P33において定量分析用の2次試料を作成する。具体的には次のような処理を行う。まず、建材等といった物質から採取した試料を適量、粉砕機に入れて十分に粉砕した後、ふるいにかけてふるい分けし、全ての試料がふるい下になるまで粉砕とふるい分けを繰り返して分析用試料とする。試料が有機物質の場合は、有機成分を灰化した後に上記の粉砕及びふるい分けを行う。
【0066】
次に、上記の分析用試料を100mg精秤してコニカルビーカに入れ、20%のギ酸を20ml、無じん水を40ml加えて、超音波洗浄機で1分間分散した後、30℃に設定した恒温槽内に入れ、30秒攪拌、1分30秒静置の操作を6回繰り返してから、吸引ろ過装置で吸引してフィルタへ捕集する。試料ろ過後のフィルタを乾燥し、その後フィルタ上に捕集された試料の重量を求め、定量分析用試料とする。定量分析用試料は1回の分析に対して3個作製する。
【0067】
次に、図11の工程P34において、定量測定を行うための次の2種類の値、すなわち(1)回折角度2θp 及び(2)バックグラウンドを測定するための角度2θBL,2θBH、の各値を決める。これらを決めるために、図1のX線光学系1を用いてスキャン測定を行う。これらの値の求め方は検量線を求める際に行った図9に示したプロファイルP0を用いた求め方と同じである。なお、定量測定の際の受光スリット、散乱スリット、及びカウンタ前スリットのスリット幅は、検量線を求める際に図5の工程P23で決めたスリット幅と同じスリット幅を採用するものとする。なお、条件決定工程P34は、定性分析工程P32において成分が類似していると分かった試料については1回だけ行えば良く、必ずしも全ての試料ごとに行う必要はない。
【0068】
例えば、回折角度2θp は次の表のように決められる。
【0069】
【表3】

【0070】
次に、図11の工程P35において、図1のX線光学系1における測定条件を工程P34で決めた条件に合わせる。そして、X線入射角度(θ)及び回折線測定角度(2θ)の走査(スキャン)を行うことなく、受光スリット5及びX線検出器8を停止させた状態で、検量線作成時に図5の工程P24で決めた計数時間τの間で回折線の積分強度I2θPを求める。さらに、工程P34で決めたバックグラウンド測定角度2θBL,2θBHに受光スリット5及びX線検出器8を合わせ、低角度側バックグラウンド強度I2θBLを時間(τ/2)で計数し、高角度側バックグラウンド強度I2θBHを同じく時間(τ/2)で計数する。そして、バックグラウンド成分を除去した真の回折線強度Iを求める。なお、バックグラウンド強度は省略することも可能である。
【0071】
従来の定量分析においては、工程P35におけるアスベストの回折線強度Iの測定及びバックグラウンド強度の測定をθ回転及び2θ回転のスキャンによって行っていた。このため、測定結果を得るために非常に長い時間、例えば1回の測定について数分〜十数分、具体的には4〜30分を要していた。アスベストの定量分析は数多くの試料に対して順次に行われるものであるので、1回の分析時間が長かった従来のスキャン方法では極めて長い測定時間が必要であった。これに対し、本実施形態の定量分析によれば、受光スリット5及びX線検出器8を決められた回折角度位置に停止させた状態で数秒間、具体的には2〜20秒の積分測定を行えば十分であるので、非常に短い時間でアスベストの回折線強度を求めることが可能になった。
【0072】
以上により、アスベストの回折線強度Iが求められた後、工程P36において検量線作成時における工程P26の場合と同様にして、試料を透過することなく基底部23aで回折した回折線の強度Izn0、及び試料を透過した後に基底部23aで回折した回折線の強度Iznを測定する。さらに、工程P37において、工程P35で求めた被検試料の回折線強度Iを基底部の強度Izn0及びIznを使って補正する。この補正は、検量線作成時において図5の工程P27において行った補正と同じ手順に従って行われる。この補正により、被検試料の量が多くなった場合のX線吸収の影響が補正されて、正しいアスベストの回折線強度Iが求められる。
【0073】
次に、工程P38において、図5の検量線測定工程によって求められた検量線(例えば図10(a),(b)に示す検量線)に基づいて、工程P37で求めたアスベスト回折線強度Iからアスベストの重量を求める。このアスベスト重量が求めるアスベスト量である。この求められたアスベスト重量を分析に供した試料量(本実施形態では100mg)で除算すれば、被検試料中に含まれるアスベストの含有率(重量%)が求められる。求められたアスベスト含有重量及び含有率は図4のメモリ39内の所定記憶領域に保存される。
【0074】
(大口径フィルタの使用)
ところで、本実施形態で用いる図2及び図3に示した試料板3は従来のものに比べて大口径である。従来の試料板においては試料採取体としてのフィルタ25の外径D7が25mmで、試料採取領域径D6が16mmであった。これに対し、本実施形態ではフィルタの外径D7を47mmとし、試料採取領域径D6を35mmとしている。この大口径の試料採取領域は図1におけるX線照射幅Wx内でできる限り広い領域として与えられた領域である。
【0075】
試料採取領域がφ16mmと小さかった従来の場合には、検量線が図12に符号L1及びL2で示す状態であった。検量線L1はアスベスト量の増大によるX線吸収率の変化に基づいたX線強度の補正をしない状態の検量線であり、検量線L2はアスベスト量の増大によるX線吸収率の変化を考慮してX線強度の補正をした状態下での検量線である。従来の検量線L2によれば重量15mgまでは直線領域が確保されていて、この重量までは定量分析を行うことができた。しかしながら、試料の重量が15mgを超える領域では試料の厚さが厚くなり過ぎるためX線吸収量が大きくなり、検量線の直線領域を確保できず、正確な定量分析を行うことができなかった。
【0076】
これに対し、試料採取領域径を35mmの大口径とした本実施形態によれば、図12において約71.8mgの重量まで検量線L4の直線領域を延ばすことが可能となった。検量線L3は試料によるX線吸収率の変化に基づいた強度補正を行わない状態の検量線を示している。このように、検量線の直線領域を重い重量域まで延ばすことができたのは、フィルタにおける試料採取領域を大口径にすることにより、捕集された試料の厚さを増大させることなく多量の試料をフィルタ上に捕集できたためである。
【0077】
また、検量線の直線領域を高重量側へ延ばすことができたということは、試料の捕集可能重量を直線領域の範囲内の最大重量近傍まで高められたということである。アスベストと試料(特にマトリクス物質、すなわち試料内のアスベスト以外の物質)のX線の吸収率は厳密には異なるが、アスベストは鉱物の一種であり、マトリクス物質は無機物質(主に鉱物)であるので両者のX線吸収率は、オーダー的には同じであるとみなしてよい。従って、試料を検量線の直線領域の範囲内の最大重量近傍まで捕集しても、検量線の下限のアスベスト感度はあるので、次のような効果が得られる。
(a)少ないアスベスト含有率の定量ができる。アスベスト含有率の分母となる試料重量が大きくなるからである。
(b)前処理であるギ酸処理においてマトリクス物質が溶け難くて残渣率が大きい場合でも、残試量が71.8mg以下であれば正確な定量分析を行うことができる。
(c)検量線の直線領域が高重量側へ延びたので、場合によっては前処理であるギ酸処理を行わないで定量分析を行うことができる。
【0078】
(受光スリットのスリット幅の決定方法)
ところで、図5に示す検量線作成処理の工程P23において受光スリットのスリット幅が決められ、その決められたスリット幅に従って工程P25でアスベスト強度Iが測定され、工程P26で基底部の回折強度Izn0及びIznが測定される。また、図11に示した定量測定処理においても、決められたスリット幅の下に工程P35及び工程P36で回折線強度測定が行われる。
【0079】
受光スリットのスリット幅の決め方については図9を用いて基本的な処理方法を説明したが、アスベストの回折線近傍に妨害な回折線がある場合には、下表に示すような処理方法を採用することが望ましい。
【0080】
【表4】

【0081】
上表において、「アスベスト単独の回折線が使える場合」には、アスベストの回折線を測定するためのスリット幅としてW1を採用し、バックグラウンドの回折線を測定するためのスリット幅としてW1又はW2を採用し、基底標準物質の回折線を測定するためのスリット幅としてW3を採用し、基底標準物質のバックグラウンドを測定するためのスリット幅としてW3を採用する。
【0082】
なお、アスベストのバックグラウンドの強度を測定する際には、回折線の強度を測定する場合と同じ時間で計数し、その測定位置は、(a)アスベストの回折線近傍で回折線が全く無い平坦な領域で、アスベストの回折線の前(低角度側)、後(高角度側)それぞれ1個所か、(b)アスベストの回折線近傍で回折線が全く無い平坦な領域の1個所である。
【0083】
また、アスベストの回折線ピークは唯一の回折角度(2θ)のところだけに現れるものではなく、2θの異なったところに数個が現れる。一般にこれらの回折線は最強線、第2強線、第3強線、…、のように呼ばれている。本実施形態において、単独の回折線が使える場合とは、それら複数の回折線のうち妨害線が重なっていない、回折線が1つのピークとして明確に判別できる場合のことである。妨害線が重なっていない回折線が複数あるときには、強度の強い回折線を選択して使用すれば良い。
【0084】
次に、「回折線の片側又は両側に妨害線が重り、重った線との間に極小点がある場合」には、アスベストの回折線を測定するためのスリット幅としてW4を採用し、バックグラウンドの回折線を測定するためのスリット幅としてW4又はW2を採用し、基底標準物質の回折線を測定するためのスリット幅としてW3を採用し、基底標準物質のバックグラウンドを測定するためのスリット幅としてW3を採用する。
【0085】
次に、「回折線の片側又は両側に妨害線が重り、重った線との間に極小点が無い場合」には、本定量スリット方法では誤差が大きくなると考えられるので、ピーク分離法等といった他の方法を採用する。「重なった線との間に極小点が無い場合」とは、互いに隣り合うピークが独立したピークとして識別できない場合である。
【0086】
以下、W1、W2、W3、及びW4について説明する。
W1は受光スリットのスリット幅を意味している。このスリット幅W1を決めるに際しては、0.1mm〜0.3mm程度の幅の狭い受光スリットで、回折線を含めて前後数度(2θ)の範囲を走査してプロファイルを測定し、そのときの受光スリット幅を考慮してそのときの回折線幅から受光スリットのスリット幅W1を決める。
【0087】
例えば回折線プロファイルから受光スリット幅W1を決めるためには次のような方法がある。プロファイルの広がりや妨害線の有無等の状況によって最適な方法を選ぶ。
(1)回折線の立ち上がりから立ち下がりまでの範囲をスリット幅W1と決める。
(2)回折線の1/10価幅をスリット幅W1と決める。
(3)回折線の半価幅の2倍をスリット幅W1と決める。
【0088】
次に、アスベストのバックグラウンドを測定するための受光スリット幅W2は、次のようにして決められる。
(A)平坦な部分(回折線が全く無い領域)がスリット幅W1以上ある場合はスリット幅W2はスリット幅W1と等しい。
(B)平坦な部分が妨害線等でスリット幅W1未満の場合は平坦部分のスリット幅W2はスリット幅W1よりも小さくする(W2<W1)。この場合、バックグラウンドの強度を補正するために、次の(a)又は(b)の方法を用いる。
(a)アスベストの回折線の計数時間に対して(W1/W2)倍の時間、バックグラウンドの計数時間を長くする。
(b)アスベストの回折線の計数時間と同じ時間、計数し、その計数結果を(W1/W2)倍する。
【0089】
次に、基底標準物質の回折線とバックグラウンドを測定するための受光スリット幅W3を決めるに際しては、0.1mm〜0.3mm程度の幅の狭い受光スリットで、回折線を含めて前後数度(2θ)の範囲を走査してプロファイルを測定し、そのときの受光スリット幅を考慮してそのときの回折線幅から基底標準物質の受光スリット幅W3を決める。
【0090】
基底標準物質の回折線とバックグラウンドを測定するための受光スリット幅W3を決めるための具体例はアスベストの回折線を測定するための受光スリット幅W1の決め方として挙げた上記の(1)〜(3)と同様である。但し、基底標準物質の回折線の近傍に妨害線が無いときは、基底標準物質の回折線とバックグラウンドを測定するための受光スリット幅W3=アスベストの回折線を測定するための受光スリット幅W1としても良い。
【0091】
次に、W4は、例えば図13に示すようにして決められる。すなわち、回折線P10の両側に妨害線P11及びP12が重なり、重なった回折線間に極小点Q1及びQ2がある場合には、それらの極小点Q1,Q2間の距離をスリット幅W4と決める。
【0092】
(発散スリットのスリット幅の決め方)
次に、図1において、X線光学系1のX線入射側に設けられた発散スリット2のスリット幅の決め方について説明する。図14は、発散スリットのスリット幅として発散角1.0°、1.4°、1.5°の3種類を考え、回折角度2θを変化させたときの、試料Sの配置位置でのX線照射幅の変化の様子をグラフとして示している。このグラフは幾何学的な計算によって求められたものである。
【0093】
このグラフにおいて、発散スリットのスリット幅が一定の場合、回折角度2θが大きくなる程、試料位置におけるX線照射幅は小さくなる。このように2θが大きくなるにつれてX線照射幅は小さくなるのであるが、試料から強度の強い回折線を得るためには、できるだけ試料の広い面積にX線を照射することが望まれる。本実施形態では、試料の採取面積径が35mmであるので(図2のD6参照)、アスベストの回折線位置とそのバックグラウンドを測定する位置とを含めると、X線照射幅は35mm以上であることが望ましい。
【0094】
また、クリソタイルの回折角度が2θ=12.1°であり、アモサイトの回折角度が2θ=10.6°であり、クロシドライトの回折角度が2θ=10.4°であることを考えれば、最も大きいクリソタイルの回折角度2θ=12.1°のところまではX線照射幅が35mmを確保できることが望ましい。また、X線照射幅が大き過ぎると、捕集面積径35mmを超える領域を照射するX線量が多くなって試料周辺から散乱X線が発生し、これがノイズとなって測定精度を低下させるそれがある。
【0095】
以上のように、できるだけ試料の広い面積にX線を照射すること、2θ=14°程度までは35mmの試料捕集面積径いっぱいにX線を照射したいこと、及び試料採取面積に対してX線照射幅が大きくなり過ぎないこと、といった要求があることから、図14のグラフに基づいて判断すれば、発散スリットのスリット幅は発散角で1.4°が適当であると考えられる。
【0096】
以上の説明の通り、本実施形態の定量分析方法によれば、図1の受光スリット5のスリット幅をアスベストの回折線幅と略等しく設定し、さらに受光スリット5及びX線検出器8をアスベストの回折線角度位置(2θ)に所定時間停止させた状態でX線検出器8によって被定量アスベスト含有試料Sからの回折線を検出することにした。このため、受光スリット5のスリット幅はアスベストの回折線ピークの全体を取り込める大きさに設定され、X線検出器8はスキャンせずに1回の所定時間で回折線を計数する。この結果、本実施形態の定量分析方法によれば、スキャン(走査)方式に比べて回折線の検出強度が強く、しかも迅速な測定ができる。例えば、従来のスキャン方式では数分〜数十分かかっていた定量測定を数秒〜数十秒で行うことが可能となり、たくさんの試料を短時間に分析できることになった。
【0097】
(その他の実施形態)
以上、好ましい実施形態を挙げて本発明を説明したが、本発明はその実施形態に限定されるものでなく、請求の範囲に記載した発明の範囲内で種々に改変できる。
例えば、図1に示した実施形態ではX線検出器8の前にモノクロメータ(いわゆるカウンタモノクロメータ)を設けたが、モノクロメータを設けることなく受光スリットの直ぐ後にカウンタを設けることもできる。
【0098】
図1に示した実施形態ではθ回転台13上に1つの試料板3を設ける構成とした。これに代えて、回転テーブルを用いたサンプルチェンジャを用いることができる。この場合には、回転テーブル上に図3の試料板3を複数、載置し、それらの試料3板のうちの1つを回転テーブルの回転によって1つずつX線照射位置に持ち運ぶことにより、複数の試料に対して連続して定量分析を行うことができる。
【0099】
上記実施形態では受光スリット、散乱スリット、及びカウンタ前スリットとして可変スリットを用いた。この可変スリットに代えて、固定スリット幅の受光スリットを用いることができる。この場合には、受光スリット幅は、2.7mm、3.2mm、4.0mm等を用意しておけば良い。散乱スリット幅とカウンタ前スリットは受光スリット幅より0.5〜0.7mm広いスリットを用意しておけば良い。固定スリット幅の受光スリット、散乱スリット、及びカウンタ前スリットを用いる場合、これらのスリットの交換は手動で行っても良いし、適宜の機構によって自動で行っても良い。
【図面の簡単な説明】
【0100】
【図1】本発明に係るX線回折測定方法を実施するためのX線光学系の一実施形態を示す図である。
【図2】試料板の一例を示す分解断面図である。
【図3】図2に示す試料板を組立てた状態を側面断面図である。
【図4】図1のX線光学系を制御する制御系を示すブロック図である。
【図5】図1の装置を用いて行われる処理工程の一つである検量線作成工程を示す工程図である。
【図6】被定量物であるアスベストの1種の回折線図形を示す図である。
【図7】被定量物であるアスベストの他の1種の回折線図形を示す図である。
【図8】図7の要部を拡大して示す図である。
【図9】図5に示す工程図における主要工程を説明するための回折線ピークを示す図である。
【図10】図5に示す処理によって作成された検量線の例を示す図である。
【図11】図5に示す処理に引き続いて行われる処理工程である定量測定工程を示す工程図である。
【図12】検量線の性質を説明するための図である。
【図13】図5及び図11に示す処理工程においてスリット幅を決める処理を行う際の処理方法を説明するための図である。
【図14】図1のX線光学系における発散スリットのスリット幅を決める際の参考データを示す図である。
【図15】アスベスト含有率測定方法の一般的な処理工程を示す工程図である。
【符号の説明】
【0101】
1.X線光学系、 2.発散スリット、 3.試料板、 4.散乱スリット、
5.受光スリット、 6.モノクロメータ、 7.カウンタ前スリット、
8.X線検出器、 11.フィラメント、 12.ターゲット、 13.θ回転台、
14.2θ回転台、 15.第1アーム、 16.モノクロメータ台、
17.第2アーム、 23.基底基準板、 23a.基底部、
24.ガラスリング(非晶質体)、 25.フィルタ(試料採取体)、 26.押え板、
28.リング状溝、 29.円形状凹部、 30.貫通穴、 31.磁石、
35.制御装置、 39.メモリ、 40.バス、 45.プログラムソフト、
As.試料採取領域、 Cg.ゴニオメータ円、 Cf1.第1集中円、
Cf2.第2集中円、 F.X線源、 S.試料

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(A)アスベストに関する重量と回折線強度との関係を示す検量線を求める検量線作成工程と、
(B)被定量アスベスト含有試料にX線を照射してアスベストの回折線強度を求め、前記検量線に基づいて前記アスベストの回折線強度からアスベストの重量を求める定量測定工程とを有し、
(C)前記検量線作成工程では、
(a)X線源から発生したX線を試料台に支持された試料に照射すると共に該試料から出た回折線を受光スリットを通してX線検出手段によって検出するX線光学系における前記試料台によってアスベスト標準試料を支持し、
(b)該アスベスト標準試料に前記X線源からのX線を照射し、該アスベスト標準試料から出るX線を前記X線検出手段によって検出し、
(c)その検出結果に基づいて検量線を求め、
(D)前記定量測定工程では、
(a)前記X線光学系にける前記試料台によって被定量アスベスト含有試料を支持し、
(b)前記受光スリットのスリット幅をアスベストの回折線幅と略等しく設定し、
(c)アスベストで回折が生じる角度で前記X線源からのX線を前記被定量アスベスト含有試料へ入射させ、
(d)前記受光スリット及び前記X線検出手段をアスベストの回折線角度位置に所定時間停止させた状態で前記X線検出手段によって前記被定量アスベスト含有試料からの回折線を検出し、
(e)その検出結果に基づいて前記被定量アスベスト含有試料の回折線強度を求める
ことを特徴とするアスベストの定量分析方法。
【請求項2】
請求項1記載のアスベストの定量分析方法において、前記定量測定工程において設定される前記受光スリットのスリット幅は、前記検量線作成工程において用いられたスリット幅と同じであることを特徴とするアスベストの定量分析方法。
【請求項3】
請求項1又は請求項2記載のアスベストの定量分析方法において、
(A)前記検量線作成工程において、
(a)前記受光スリットをアスベスト標準試料の回折線の裾部分に配置し、
(b)該受光スリットを通った回折線を前記X線検出手段によって検出し、
(c)その検出結果に基づいてバックグラウンド強度を求め、
(B)前記被検試料測定工程において、
(a)前記受光スリットを被定量アスベスト含有試料内のアスベストの回折線の裾部分に配置し、
(b)該受光スリットを通った回折線を前記X線検出器によって検出し、
(c)その検出結果に基づいてバックグラウンド強度を求める
ことを特徴とするアスベストの定量分析方法。
【請求項4】
請求項1から請求項3のいずれか1つに記載のアスベストの定量分析方法において、
前記検量線用アスベスト標準試料及び前記被定量アスベスト含有試料は試料採取体上に採取され、
前記試料採取体は試料板によって支持されて前記X線光学系内の所定位置に配置され、
前記試料採取体における試料採取領域は直径約35mmの円である
ことを特徴とするアスベストの定量分析方法。
【請求項5】
X線源から発生したX線を試料に照射し、該試料から出た回折線を受光スリットを通してX線検出手段で検出するX線光学系と、
前記X線光学系の動作を制御する共に前記X線検出手段の出力信号に基づいて演算を行う演算制御手段と、
前記演算制御手段の動作を規定するプログラムを記憶した記憶手段と、を有し、
前記プログラムは、前記演算制御手段を、
(A)アスベストに関する重量と回折線強度との関係を示す検量線を求める検量線作成手段と、
(B)被定量アスベスト含有試料にX線を照射してアスベストの回折線強度を求め、前記検量線に基づいて前記アスベストの回折線強度からアスベストの重量を求める定量測定手段と、して機能させ、
(C)前記検量線作成手段は、
前記X線光学系における前記試料台によって支持されたアスベスト標準試料に前記X線源からのX線を照射させ、該アスベスト標準試料から出るX線を前記X線検出手段によって検出させ、その検出結果に基づいて検量線を求め、
(D)前記定量測定手段は、
(a)前記受光スリットのスリット幅をアスベストの回折線幅と略等しく設定し、
(b)アスベストで回折が生じる角度で前記X線源からのX線を、前記X線光学系における前記試料台によって支持された前記被定量アスベスト含有試料へ入射させ、
(c)前記受光スリット及び前記X線検出手段をアスベストの回折線角度位置に所定時間停止させた状態で前記X線検出手段によって前記被定量アスベスト含有試料からの回折線を検出させ、
(d)その検出結果に基づいて前記被定量アスベスト含有試料の回折線強度を求める
ことを特徴とするアスベストの定量分析装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate

【図12】
image rotate

【図13】
image rotate

【図14】
image rotate

【図15】
image rotate


【公開番号】特開2008−101945(P2008−101945A)
【公開日】平成20年5月1日(2008.5.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−283020(P2006−283020)
【出願日】平成18年10月17日(2006.10.17)
【出願人】(000250339)株式会社リガク (206)
【Fターム(参考)】