説明

エンジンの空燃比制御装置

【課題】燃料性状を自動的に判定して、燃料性状に応じた空燃比の最適制御を実行する装置を提供する。
【解決手段】エンジンの空燃比制御装置は、エンジンの排気通路(12)に設けた、ヒータ(220)を内蔵する空燃比センサ(20)と、空燃比センサ出力に基づいて排気ガス中の空燃比が最適値に収束するようにエンジン(1)の燃料噴射量を制御する制御手段(10)と、基準燃料使用時の空燃比センサ(20)の始動時出力特性を基準値として記憶する記憶手段(104)と、任意の性状を有する燃料の使用時において、空燃比センサの始動時出力特性を取得するセンサ出力取得手段と、センサ出力取得手段によって取得した始動時出力特性を記憶された基準値と比較して使用中の燃料の性状を判定する燃料性状判定手段と、燃料性状判定手段の判定結果に基づいて、制御手段(10)における制御に補正を加える補正手段と、を備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、限界電流式の空燃比センサを使用したエンジンの空燃比制御装置に関し、特に燃料性状の相違を自動的に検出し、検出した燃料性状に応じて最適制御を行うことが可能な、エンジンの空燃比制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
最近、環境意識の高まりから、車両燃料としてアルコールとガソリンの混合燃料が注目されている。ガソリン燃料に混合するアルコール濃度は、100%から3%程度と様々であり、従って、このような種々の性状の燃料に適応可能なエンジン、およびそのエンジンを使用する自動車の開発が急がれている。
【0003】
燃料性状の相違は、エンジンの空燃比制御に大きな影響を及ぼす。例えば、ガソリン100%の燃料では理論空燃比は14.5であり、アルコール%の場合は8.9である。従って、ガソリン100%の燃料に対して設計された空燃比制御システムに対し、アルコールが混合された燃料を使用すると、空燃比制御が最適化されず、エミッションが悪化しかつ燃費が低下する事態を発生させる。
【0004】
従って、従来から燃料性状を自動的に検出して、検出した燃料性状に適応した空燃比制御を実施する試みが種々行われている。例えば、特許文献1に記載の発明では、燃料タンクに燃料の性状を検出する燃料性状センサを設け、このセンサの出力から燃料の性状、即ち、燃料が重質であるか軽質であるかを判定し、判定結果を空燃比制御に反映させるようにしている。
【0005】
特許文献2に記載の発明では、燃料タンク内にアルコール濃度センサを設け、この濃度センサの出力によってガソリン燃料中のアルコール濃度を検出し、その結果を空燃比制御に反映させている。
【0006】
しかしながら、これらの技術では、燃料性状の検出に特別のセンサを設ける必要があり、センサのコストが高くつく欠点がある。また、燃料性状センサでは、センサの構造によって決まる特定の燃料性状しか判定できないため、アルコール混合燃料のように幅広い混合比を有する燃料の場合、その全てを1個の燃料性状センサによって判定可能とすることは困難である。
【0007】
特許文献3に記載の発明では、空燃比センサの活性化後、空燃比フィードバック制御が開始されてから空燃比がストイキに収束されるまでの間に、空燃比センサの出力状態に基づいて空燃比フィードバック制御の積分分を可変にすることにより、燃料性状センサを設けることなく燃料性状に応じた制御を可能としている。
【0008】
しかしながら、特許文献3の技術では、空燃比センサが活性化し空燃比フィードバック制御が開始された後の処理であり、燃料性状の相違によるフィードバック制御開始タイミングのずれにまで対処することができない。
【0009】
なお、エンジンの空燃比制御システムでは、排気ガス中のエミッションを低減するために、エンジン始動後直ちに空燃比フィードバック制御を開始することが重要であり、特許文献4では、そのために、エンジン始動時にヒータに通電して空燃比センサを早期に活性化する技術を開示している。
【0010】
【特許文献1】特開平6−264796
【特許文献2】特開2004−308429
【特許文献3】特開2006−029112
【特許文献4】特開2005−282450
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
従って、本発明では、燃料性状の相違をエンジン始動時の早い段階で自動的に検出して、検出した燃料性状に合わせて空燃比の最適制御を選択することが可能な、エンジンの空燃比制御装置を提供することを、その課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、上記課題を解決するために、エンジンの排気通路に設けた、ヒータを内蔵する空燃比センサと、前記空燃比センサ出力に基づいて排気ガス中の空燃比が最適値に収束するように前記エンジンの燃料噴射量を制御する制御手段と、基準燃料使用時の前記空燃比センサの始動時出力特性を基準値として記憶する記憶手段と、任意の性状を有する燃料の使用時において、前記空燃比センサの始動時出力特性を取得するセンサ出力取得手段と、前記センサ出力取得手段によって取得した始動時出力特性を前記記憶された基準値と比較して使用中の燃料の性状を判定する燃料性状判定手段と、前記燃料性状判定手段の判定結果に基づいて、前記制御手段における制御に補正を加える補正手段と、を備える、エンジンの空燃比制御装置を提供する。
【0013】
上記エンジンの空燃比制御装置において、前記基準値は、前記空燃比センサの暖機開始時のコールドシュートにおける特性に基づいて決定しても良い。
【0014】
また、前記基準値は、前記コールドシュートにおける出力リッチ期間の積分値、最大リッチ出力値、予め決定した所定出力までの回復期間、予め決定した所定時間における出力値、の少なくとも一つに基づいて決定しても良い。
【0015】
さらに、エンジンの吸気温センサ、水温センサ、ソーク時間検出手段を設け、前記基準値は、これらのセンサによって検出されるエンジンの吸気温度、水温、ソーク時間、さらに初期A/F値の関数として定義しても良い。
【0016】
また、前記補正手段は、検出された燃料性状に基づいて、燃料噴射量の補正、空燃比センサ出力−λ特性の補正、前記ヒータによる加熱制御の補正、フィードバック制御開始タイミングの変更、の少なくとも一つを行うようにしても良い。
【0017】
また、基準燃料としては、ガソリン100%燃料としても良い。
【発明の効果】
【0018】
限界電流式空燃比センサでは、エンジンが始動されセンサの暖機が開始されると、その出力が実際の排気ガスのA/F値(実A/F)と比べてリッチ側にずれて出力される、いわゆるコールドシュートと呼ばれる現象を起こす。コールドシュートにおける出力のリッチずれは、暖機の進行と共に拡大し、その後回復して実A/Fに収束する。コールドシュートの大きさ、回復時間などは、使用する燃料の性状によって大きく相違する。
【0019】
従って、基準燃料使用時のリッチずれの大きさ、回復時間などを基準値として記憶しておき、任意の性状の燃料を使用してエンジンを駆動する場合に、暖機開始時の空燃比センサ出力をこの基準値と比較することによって、使用中の燃料の性状を自動的にかつ速やかに判定することができる。
【0020】
燃料性状の判定後、空燃比制御において燃料性状に応じた適正な補正を加えることで、どのような性状の燃料を用いた場合であっても、燃費の低下およびエミッションの悪化を招くことなく、エンジンを最適駆動することが可能となる。
【0021】
なお、コールドシュートは空燃比センサの暖機開始後の早期に発生し、空燃比センサのフィードバック制御の開始タイミングは、通常、コールドシュートの回復後である。従って本発明では、空燃比センサの暖機の早期、特にフィードバック制御の開始タイミング以前に燃料性状を知ることができるので、燃料性状に適した空燃比制御を早い段階から実施することが可能となり、エミッションの悪化、燃費の低下を効果的に防止することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
図1は、本発明の空燃比制御装置を自動車用エンジンに適用した場合の全体構成を示す概略図である。図1において、1はエンジン、2は吸気通路、3はスロットル弁を示す。スロットル弁3の上流側にはエアクリーナ(図示せず)が設けられている。スロットル弁3の軸の一端にはスロットル弁3を駆動するアクチュエータ4が設けられており、他端にはスロットル弁3の開度を検出するスロットル開度センサ5が設けられている。また、吸気経路2にはエンジン1に導入する外気の温度を測定するための吸気温センサ6が設けられている。
【0023】
7はスロットル弁3の下流側の吸気通路2に設けられたサージタンク、8はサージタンク7の下流側に設けられ、気筒毎に燃料供給系から加圧燃料を吸気ポートへ供給するための燃料噴射弁である。スロットル開度センサ5の出力と吸気センサ6の出力は、マイクロコンピュータを内蔵したECU(エンジン・コントロール・ユニット)10に入力される。
【0024】
また、9はエンジン1のシリンダブロックの冷却水通路を示し、この通路9には冷却水の温度を検出するための水温センサ11が設けられている。水温センサ11は冷却水の温度に応じた電気信号を発生する。排気通路12には、排気ガス中の3つの有害成分HC,CO,NOxを同時に浄化する三元触媒コンバータ(図示せず)が設けられており、この触媒コンバータの上流側の排気通路12には、限界電流式空燃比センサ(以下、A/Fセンサ)20が設けられている。
【0025】
これら水温センサ11、A/Fセンサ20の出力は、スロットル開度センサ5および吸気センサ6の出力と同様に、ECU10に入力される。なお、A/Fセンサ20には後述するようにヒータが内蔵されており、このヒータはECU10からの指令によって駆動されてA/Fセンサ20を暖機し、一定の活性温度に維持する。
【0026】
更に、このECU10には、アクセルペダルに取り付けられたアクセル踏込量センサ(図示せず)からのアクセル踏込量信号(アクセル開度信号)14や、図示しないディストリビュータに取り付けられたクランク角センサからのエンジン回転数信号15が入力される。
【0027】
そして、エンジン1の燃焼室にはECU10によって点火制御される点火プラグ16が設けられており、ECU10はエンジン1の運転状態に応じてこの点火プラグ16の点火時期や点火時間を制御することができる。
【0028】
以上のように構成されたエンジン1において、図示しないイグニッションスイッチがオンされると、ECU10が通電されてプログラムが起動し、各センサからの出力を取り込み、スロットル弁3を開閉するアクチュエータ4や燃料噴射弁8、或いはその他のアクチュエータを制御すると共に、A/Fセンサ20を暖機し活性温度に維持するためにヒータへの通電を制御する。
【0029】
ECU10には、各種センサからのアナログ信号をディジタル信号に変換するA/D変換器(図示せず)が含まれ、さらに、各種センサからの入力ディジタル信号や各アクチュエータを駆動する信号が入出力される入出力インタフェース101、演算処理を行うCPU102、演算結果を一時保管するためのRAM103、空燃比を最適制御するための各種プログラムを格納するROM104、クロック105等が設けられており、これらはバス106で相互に接続されている。ECU10の構成については公知であるので、ここでは詳細に説明しない。
【0030】
図2は、限界電流式A/Fセンサ20の構造を示す図であって、センサの軸方向に直交する方向の断面を示している。A/Fセンサ20は、ジルコニア等を材料とする酸素イオン伝導性の固体電解質層202と、固体電解質層202上に形成された多孔質の拡散層204、拡散層204上に形成されたアルミナ等を材料とする第1の遮蔽層206、さらに固体電解質層202の拡散層204が形成された表面とは反対側の表面上に形成されたアルミナ等を材料とする第2の遮蔽層208および遮蔽層208の下側に設けられた加熱基板210を備えている。
【0031】
拡散層204には排気ガスを導入するための第1のチャンバ212を構成する空間が設けられ、第2の遮蔽層208には基準ガスとして大気を導入するための第2のチャンバ214を構成する空間が設けられている。従って、第1のチャンバ212は、固体電解質層202と拡散層204および第1の遮蔽層206によって区画される空間であり、第2のチャンバ214は、固体電解質層202と第2の遮蔽層208によって区画される空間となる。
【0032】
第1のチャンバ212内の固体電解質層202の表面には、排気ガス測定用の第1の電極216が、第2のチャンバ214内の固体電解質202の表面には、基準ガス測定用の第2の電極218が設けられている。第1、第2の電極は通常、白金で構成される。また、加熱基板210上には通電によって発熱するヒータ220が適宜設けられている。
【0033】
さらに、多孔質拡散層204の外表面には触媒金属を含むトラップ層222が設けられている。排気ガスはトラップ層222によってトラップされ、多孔質拡散層204を介して第1のチャンバ212に導入され、排気ガス測定用の第1の電極216に到達する。トラップ層222は触媒となる貴金属を含んでいるので、排気ガス中に含まれる水素ガスが酸素ガスと反応して燃焼し、その結果、第1のチャンバ212内に多量の水素ガスが導入されることが防止される。
【0034】
図3のグラフは、限界電流式空燃比センサ(A/Fセンサ)20の暖機時の出力特性を示す。グラフの縦軸はセンサ出力A/Fを、横軸は暖機開始時からの時間(T)をそれぞれ任意スケールで示している。曲線Aはエンジンを駆動するための燃料がガソリン100%である場合のA/Fセンサ20の出力特性を、曲線Bはアルコール混合燃料の場合のA/Fセンサ20の出力特性を示す。直線Cは、排気経路12における実際のA/F値(実A/F)のレベルを示し、曲線DはA/Fセンサ20の素子温度の変化を示している。なお、素子温度Dの場合グラフの縦軸は温度を示している。
【0035】
図3に示すように、A/Fセンサ20の出力は、エンジンの起動時において実A/F値よりも低く(リッチ側)、A/Fセンサの暖機に伴ってさらに低下し、その後回復して実A/F値に収束する。図示するような暖機時センサ出力特性における出力の急激な落ち込みを、コールドシュートと呼んでいる。このようなコールドシュートは、自動車がエンジンを停止した間に、排気管中に残存した未然ガス中に含まれる有機物がセンサ素子に付着し、エンジンの始動時、センサの暖機開始に伴ってこのような有機物が電極周辺の酸素ガス(O)と反応し雰囲気をリッチの状態とすることによって発生するものと考えられる。なお、コールドシュートの発生メカニズムについては、図7を参照して後述する。
【0036】
このようなコールドシュートは、素子に付着した有機物が燃焼して消滅するまで続く。また、燃料性状の相違によって未然ガス中に含まれる有機物の種類、量が相違するので、コールドシュートにおける出力ずれ、回復までの時間は燃料性状の相違に対応して相違する。アルコール燃料では低成分ガスが多いために、ガソリン燃料の場合よりもコールドシュートにおける出力ずれが大きくなり、回復までの時間が長くなることが分かる。
【0037】
その結果、センサ素子の温度は充分加熱され、活性温度に達しているにも関わらず、センサ素子出力は安定していない状況が発生する。このような場合、例えばセンサ素子の温度で活性状態を判定し、タイミングT1でA/Fセンサのフィードバック制御を開始するように設計された自動車では、これにアルコール混合燃料が補給された場合、コールドシュートにおける出力ずれの回復が遅くなるために、タイミングT1でフィードバック制御を開始すると空燃比制御がうまく実行されず、その結果、燃費およびエミッションが悪化する。
【0038】
一方、アルコール混合燃料での出力ずれが充分回復したタイミングT2をフィードバック制御開始タイミングとして設計した場合、ガソリン燃料を補給するとフィードバック制御の開始が送れ、その分エミッションの悪い状態が長く続く。エンジンの空燃比制御を、燃料性状に合わせて適切に補正すれば、このような事態は避けることができる。
【0039】
本発明の空燃比制御装置では、燃料性状の相違による上記のようなコールドシュートの相違を利用して燃料中のアルコール濃度を自動的に検出することで、燃料性状に応じた適切なフィードバック制御の実行を可能としている。即ち、本発明の一実施形態では、システムが、ガソリン100%燃料によるコールドシュートの少なくとも一つの特徴を基本値Sとして記憶しておき、エンジンの起動時に求めた基本値に対応する値S’との比較において燃料性状を特定し、特定した燃料性状に適したフィードバック制御を行うようにしている。
【0040】
なお、基本値Sを取得する燃料性状は予め任意に決定することが可能で、ガソリン100%の燃料ではなく、例えばアルコール100%の燃料であっても良い。ここでは、基本値Sを取得する燃料を基準燃料と呼ぶ。
【0041】
なお、コールドシュートは、燃料性状が同じであってもエンジンのソーク期間、エンジン始動時の水温、外気温度等の環境要因、さらに始動時A/F等をパラメータとして変化するので、基本値Sはこれらのパラメータに対応して特定する必要がある。具体的には、これらのパラメータのそれぞれの値に対して基本値Sを特定したマップを形成し、あるいは推定式を立てておく。このマップ、あるいは推定式は、ECU10のROM106内に格納される。
【0042】
図4は、ガソリン100%の燃料において、基本値Sを特定するための種々のパラメータP1〜P4を示す。また、以下の表1は、パラメータP1〜P4の意味を示す。
【0043】
【表1】

【0044】
なお、図4に示す例では、パラメータP2は、コールドシュートの出力ずれの最大値とセンサ出力における初期A/F値との差を示し、パラメータP3における所定出力は初期A/F値であり、パラメータP4における所定時間は、センサ出力が初期A/F値から低下してその後初期A/F値に戻るまでの時間を示している。
【0045】
なお、基本値Sを特定するパラメータは、パラメータP1〜P4のいずれか一つを用いても良いし、あるいはこれらのパラメータの適宜な組合せを用いても良い。また、燃料性状は、基準値Sに対応する測定値と燃料性状との関係を予め求めておくことで、容易に決定される。この関係は、ECU10のROM104等に記憶しておいても良い。
【0046】
図5は、本発明の一実施形態にかかる空燃比センサの制御手順を示すフローチャートである。この制御手順は、ECU10に内蔵されるROM104にプログラムとして書き込まれ、CPU102において実行される。まず、ステップS1でエンジンが始動されたか否かが判定される。この判定は、例えばECU10においてイグニッションスイッチ(IG)がオンとされたか否かを検出することによって行われる。エンジンの始動を検出しない場合(ステップS1のNO)は、ステップS2以下の処理は実行されない。
【0047】
ステップS1でYESの場合、即ちエンジンが始動される、ステップS2でエンジンのソーク時間、始動時水温、外気温度、初期A/Fが取得される。ソーク時間は、ECU10内に設けたソーク時間タイマ(図示せず)によって検出される。始動時水温は、エンジン1のシリンダブロックの冷却水通路9に設けた水温センサ11(図1参照)によって検出され、外気温度はエンジン1の吸気通路2に設けた吸気温センサ6(図1参照)によって検出される。初期A/Fは、A/Fセンサ20の出力をECU10において監視していることによって検出される。
【0048】
ステップS2でソーク時間、始動時水温、外気温度が取得されると、ステップS3でこれらの取得値に対応する基本値Sを取得する。基本値Sは、ECU10内のROM104に記憶されているマップを参照することによって取得される。なお、表1を参照して説明したように、基本値SはパラメータP1〜P4のいずれか、あるいは複数の組合せである。基本値Sは、ROM104内に記憶された推定式をCPU102において実行することにより求めるようにしても良い。
【0049】
ステップS3で基本値Sが取得されると、ステップS4でA/Fセンサのヒータに通電し、センサの暖機を開始する。ステップS5ではA/Fセンサの出力を取り込む。A/Fセンサの出力の取り込みは、ECU10においてA/Fセンサ20の出力を監視することにより行われる。ステップS6で、取り込んだセンサ出力と基本値Sとを比較することによって、燃料性状を判定する。
【0050】
即ち、取り込んだセンサ出力から、基本値Sを特定するパラメータに対応する値を検出し、その値を基本値Sと比較する。燃料中のアルコール濃度が増加すると、1)積分値P1、2)最大チッリ出力値P2、3)回復時間P3がそれぞれ増加し、4)所定時間での出力値P4はリッチ側出力となる。なお、センサ出力取り込み値と基本値Sとの差に対応するガソリン燃料中のアルコール濃度は、予めROM104内に登録されているので、燃料性状はこの登録値を参照して決定される。
【0051】
以上のようにして、取り込んだセンサ出力から燃料性状が判定されると、ステップS7において、燃料性状に応じた空燃比の最適制御を選択し、実行する。空燃比の最適制御実行は、具体的には、1)燃料噴射量の補正、2)センサ出力補正、3)センサ出力ずれ低減、および4)フィードバック開始タイミングの変更等を行う。これらは、単独で実行されても良く、あるいは適宜な組合せにおいて実行されても良い。
【0052】
以下に、各補正について具体的に説明する。
【0053】
[燃料噴射量の補正]
理論空燃比はガソリン100%燃料の場合、約14.5、アルコール100%燃料の場合、約8.9となる。従って、燃料中のアルコール濃度が高くなる従って、燃料噴射量の増量補正を実施する。
【0054】
[センサ出力補正]
燃料中のアルコール濃度が高くなるについて、排気ガス中の低成分ガス濃度が高くなるため、[センサ出力−λ]特性が変化する。図6は、起動時センサ出力特性を、センサ出力(横軸)とλ(縦軸)との関係で示したグラフである。なお、λは、目標空燃比と理論空燃比の比を示す。図6の実線Eはアルコール燃料の起動時センサ出力特性を示し、破線Fはガソリン燃料の起動時センサ出力特性を示す。図示するように、アルコール燃料の場合、ガソリン燃料に比べてλの値が高くなる傾向がある。従って、図5のフローチャートにおけるステップS6で燃料性状が判定されると、その燃料性状に応じた[センサ出力−λ]特性を選択し、その特性に従って空燃比の最適制御を実行する。
【0055】
[センサ出力ずれ低減]
図4に示す何れのパラメータを用いる場合であっても、燃料中のアルコール濃度が上昇すると、燃料性状の判定後であってもセンサ出力のリッチずれが残っている。従って、センサ出力の早期安定化を狙うために、センサ素子の温度を瞬間的に上昇させる処理を行う。これによって、センサ内に付着した有機物の反応が促進され、リッチずれが早期に回復する。
【0056】
[フィードバック制御開始タイミングの変更]
燃料性状によって、コールドシュートからの回復時間が異なるため、センサ出力以外でセンサの活性判断をしている場合、回復時間に合わせてフィードバック制御の実行タイミングを調整する。即ち、図3のグラフにおいて、ガソリン100%燃料の場合、最適にはタイミングT2においてフィードバック制御を開始するが、アルコール濃度に応じて、例えばタイミングT3のように、フィードバック制御の開始タイミングを遅らせる。
【0057】
なお、以下にコールドシュート発生のメカニズムについて、簡単に説明する。
【0058】
図7は、エンジンのソーク時におけるA/Fセンサ20の状態を示す図である。エンジンを停止した場合、排気管中の残存未然ガスに含まれる有機物30がA/Fセンサ素子20内部、即ち多孔質拡散層202中に付着する。エンジンの次の始動時にA/Fセンサ20を活性化するために暖機する(ヒータ220(図2参照)によって加熱する)と、多孔質拡散層202中に残存した有機物30と電極218周辺の酸素との反応が促進され、電極218の周辺は急速に、実雰囲気よりも酸素の少ない状態に落ち込む。その後、暖機の進行によって残存有機物30が燃焼し消滅すると、リッチずれが解消され、A/Fセンサ出力は実A/F値に一致するようになる。
【0059】
図3に示したコールドシュートの大きさおよび継続時間は、エンジンのソーク時間、エンジン始動時の水温、外気温度、初期A/F値などによって変化するが、上述したように、燃料性状によっても大きく変化する。その理由は、次のように考えられる。即ち、ソーク時に多孔質拡散層2に付着した未然ガス中の有機物30を燃焼によって消滅させるためには、酸素(O)ガスが必要である。酸素ガスは水素(H)ガスよりも拡散速度が遅いため、H、CO等の低成分ガスを多く含むアルコール燃料では有機物30のOガスによる燃焼が遅れ、電極218付近のリッチ出力が大きくなるとともに、リッチ状態からの回復時間が長くなり、コールドシュートを顕著にする。
【図面の簡単な説明】
【0060】
【図1】本発明の一実施形態にかかるエンジンの空燃比制御装置を組み込んだエンジン全体を示す概略構成図。
【図2】限界電流式空燃比センサの構造を示す概略断面図。
【図3】限界電流式空燃比センサの起動時出力特性を示す図。
【図4】限界電流式空燃比センサの起動時出力特性におけるコールドシュートを特定するためのパラメータを説明するための図。
【図5】本発明の一実施形態にかかるエンジンの空燃比制御装置の動作手順を示すフローチャート。
【図6】燃料性状の相違による限界電流式空燃比センサの出力−λ特性の相違を説明するための図。
【図7】限界電流式空燃比センサにおけるコールドシュート発生原因の説明に供する図。
【符号の説明】
【0061】
1 エンジン
2 吸気通路
6 吸気センサ
8 燃料噴射弁
9 冷却水通路
10 ECU
11 冷却水センサ
12 排気通路
20 限界電流式空燃比センサ
30 有機物
101 入出力インタフェース
102 CPU
103 RAM
104 ROM
105 クロック

【特許請求の範囲】
【請求項1】
エンジンの排気通路に設けた、ヒータを内蔵する空燃比センサと、
前記空燃比センサ出力に基づいて排気ガス中の空燃比が最適値に収束するように前記エンジンの燃料噴射量を制御する制御手段と、
基準燃料使用時の前記空燃比センサの始動時出力特性を基準値として記憶する記憶手段と、
任意の性状を有する燃料の使用時において、前記空燃比センサの始動時出力特性を取得するセンサ出力取得手段と、
前記センサ出力取得手段によって取得した始動時出力特性を前記記憶された基準値と比較して使用中の燃料の性状を判定する燃料性状判定手段と、
前記燃料性状判定手段の判定結果に基づいて、前記制御手段における制御に補正を加える補正手段と、を備える、エンジンの空燃比制御装置。
【請求項2】
請求項1に記載の装置において、
前記基準値は、前記空燃比センサの暖機開始時のコールドシュートにおける特性に基づいて決定されることを特徴とする、エンジンの空燃比制御装置。
【請求項3】
請求項2に記載の装置において、
前記基準値は、前記コールドシュートにおける出力リッチ期間の積分値、最大リッチ出力値、予め決定した所定出力までの回復期間、予め決定した所定時間における出力値、の少なくとも一つに基づいて決定されることを特徴とする、エンジンの空燃比制御装置。
【請求項4】
請求項2又は3に記載の装置において、
さらに、エンジンの吸気温センサ、水温センサ、ソーク時間検出手段を有し、前記基準値は、これらのセンサによって検出されるエンジンの吸気温度、水温、ソーク時間、さらに初期A/F値の関数として定義される、エンジンの空燃比制御装置。
【請求項5】
請求項1乃至4の何れか1項に記載の装置において、
前記補正手段は、検出された燃料性状に基づいて、燃料噴射量の補正、空燃比センサ出力−λ特性の補正、前記ヒータによる加熱制御の補正、フィードバック制御開始タイミングの変更、の少なくとも一つを行うことを特徴とする、エンジンの空燃比制御装置。
【請求項6】
請求項1乃至5の何れか1項に記載の装置において、
前記基準燃料はガソリン100%燃料であることを特徴とする、エンジンの空燃比制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2009−114992(P2009−114992A)
【公開日】平成21年5月28日(2009.5.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−289891(P2007−289891)
【出願日】平成19年11月7日(2007.11.7)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】