説明

カム機構及び動力伝達装置

【課題】複雑な構造を採らず、コンパクトでありながら、カムスラスト力を損なわずに、転動体とカム面とのクリアランスを低減し、カム面の面数とコストを低減させたカム機構を提供する。
【解決手段】カム面5が設けられたカム部材7と、カム部材7と相対回転可能に配置された相手側部材9と、保持部材11によって保持され、カム面5上を転動可能な転動体15と、相手側部材9と保持部材11との間に配置されたダンパ19,21とを備え、相手側部材9の回転がダンパ19,21と保持部材11とを介して転動体15をカム面5に押圧し、生じたカムスラスト力によってカム部材7を軸方向に移動させるように構成した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カム機構と、これを用いて構成された動力伝達装置に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1に「駆動力伝達装置」が記載されている。
【0003】
この駆動力伝達装置は、フロントハウジング、インナシャフト、メインクラッチ、パイロットクラッチ、パイロットクラッチを締結する電磁石、カム機構などを備えている。
【0004】
カム機構は、それぞれにカム面が設けられたメインカム及びパイロットカム、ボール部材、2種類のコイルバネ、正転用プレート、逆転用プレートなどから構成されており、一方のコイルバネはメインカムと正転用プレートを逆回転方向に付勢し、他方のコイルバネはメインカムと逆転用プレートを逆回転方向に付勢することにより、メインカムとパイロットカムを互いのカム面とボール部材との間でカムスラスト力が発生しない中立位置に付勢する。
【0005】
パイロットクラッチに引きずりトルクが発生すると、パイロットカムが正転する場合は正転用プレートが回転し、逆転する場合は逆転用プレートが回転するが、いずれの場合もそれぞれのコイルバネがメインカムを中立位置に付勢し、カム機構にカムスラスト力が発生することを防止し、メインクラッチの引きずりトルクを低減させる。
【特許文献1】特開2008−89047号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
一般に、パイロットクラッチによってカム機構を作動させ、メインクラッチを締結するように構成された動力伝達装置では、カム機構でカム面とボールのクリアランス(ガタ)を大きくすると、カム機構が作動したときや逆回転が入力したときにカム面とボールが衝突して大きな衝撃と騒音が発生し、商品性が損なわれ、また、車載時は車両の挙動に悪影響を与える場合がある。しかし、クリアランスを小さくすると、引きずりトルクがそれだけ増幅され易くなる。
【0007】
特許文献1の従来例は、上記のような構成によって引きずりトルクを低減させており、副次効果としてカム面とボールとのクリアランスがコイルバネの付勢力によって小さく保たれているが、カム機構のクリアランスを直接低減するための提案ではなく、また、カム機構を中立位置に付勢しているコイルバネはパイロットトルクを打ち消す方向に働くから、カム機構によるメインクラッチの締結力及び伝達駆動力が損なわれている。
【0008】
さらに、特許文献1の従来例には、正転用プレートと逆転用プレートが必要であり、これらのプレートとメインカムとパイロットカムは互いを係止させるための係止部を設ける必要があって形状が複雑である上に、このようなカム機構を用いた駆動力伝達装置はコンパクト化が難しく、配置スペース上の制約を受け易い。
【0009】
また、精密加工が必要で加工コストが高いカム面は、面数を低減することが望ましい。
【0010】
そこで、この発明は、複雑な構造を採らず、コンパクトでありながら、カムスラスト力(クラッチの連結力)を損なわず、転動体とカム面とのクリアランスを低減し、カム面の面数とコストを低減させたカム機構と、これを用いて構成した動力伝達装置の提供を目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0011】
請求項1のカム機構は、カム面が設けられたカム部材と、前記カム部材と相対回転可能に配置された相手側部材と、保持部材によって保持され、前記カム面上を転動可能な転動体と、前記相手側部材と保持部材との間に配置されたダンパとを備え、前記相手側部材の回転が前記ダンパと保持部材とを介して前記転動体を前記カム面に押圧し、生じたカムスラスト力によって前記カム部材を軸方向に移動させることを特徴とする。
【0012】
請求項2の発明は、請求項1に記載されたカム機構であって、前記ダンパが、圧縮コイルスプリングであることを特徴とする。
【0013】
請求項3の動力伝達装置は、相対回転自在に配置された第1回転部材及び第2回転部材と、メインクラッチと、パイロットクラッチと、前記パイロットクラッチを連結させる連結手段と、請求項1または請求項2に記載のカム機構とを備え、前記メインクラッチが第1回転部材と第2回転部材の間に配置され、前記パイロットクラッチが前記第1回転部材と相手側部材との間に配置され、前記カム部材が前記第2回転部材に連結されていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
請求項1のカム機構は、転動体の保持部材と相手側部材との間にダンパを配置し、相手側部材の回転がダンパと保持部材とを介して転動体をカム部材のカム面に押圧するように構成したので、カム面と転動体とのクリアランスがダンパによって常に最小に保持されると共に、カム部材(カム面)に対する中立位置(カムスラスト力が生じない位置)に転動体が常に導かれる。従って、作動させたときや作動を停止させたときや逆回転が入力したときでもボールとカム面との衝突による衝撃や騒音が抑止されて、商品性が高く保たれる。
【0015】
また、従来例と較べて構造が簡単であり、低コストで実施できると共に、コンパクトであって配置スペースを広げる必要がない。
【0016】
また、相手側部材にはカム面が不要であり、加工コストが高いカム面を1面減らしたことによって、その分のコストが低減されている。
【0017】
請求項2のカム機構は、ダンパに圧縮コイルスプリングを用いた構成であり、請求項1の構成と同等の効果が得られる。
【0018】
請求項3の動力伝達装置は、カム面と転動体との衝突による衝撃や騒音を抑制する請求項1のカム機構を用いて構成したことにより、商品性が高く保たれると共に、車両の挙動に悪影響を与えることが回避される。
【0019】
また、構造簡単で配置スペース上の制約を受けないこのカム機構を用いたことにより、それだけコンパクトに構成され、車載性が向上する。
【0020】
さらに、カム機構のクリアランスが最小に保たれるから、メインクラッチやパイロットクラッチで引きずりトルクが生じた場合でもその影響は小さい。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
<一実施例>
図1〜図3によってカム機構1及びこれを用いた動力伝達装置3(本発明の一実施例)の説明をする。図1は動力伝達装置3の断面図、図2は図1のA−A断面図、図3(a)(b)は異なった状態のカム機構1を示す断面図である。図1の左方はこの4輪駆動車の前方(エンジン側)であり、符号を与えていない部材等は図示されていない。
【0022】
動力伝達装置3は4輪駆動車の後輪側動力系に用いられている。この4輪駆動車において、エンジンからの駆動力はトランスファからフロントデフを介して左右の前輪に配分され、トランスファと前側プロペラシャフトと動力伝達装置3と後側プロペラシャフトとからリヤデフを介して左右の後輪に配分され、動力伝達装置3の連結が解除されると、後輪側が切り離される。
【0023】
[カム機構1及び動力伝達装置3の特徴]
カム機構1は、カム面5が設けられたプレッシャープレート7(カム部材)と、プレッシャープレート7と相対回転可能に配置されたリング9(相手側部材)と、保持器11(保持部材)に設けられた保持孔13に保持され、カム面5上を転動可能なボール15(転動体)と、保持器11に設けられた突起17とリング9との間で、両回転方向にそれぞれ配置された前進時用と後進時用の各圧縮コイルスプリング19,21(ダンパ)とを備え、リング9の回転が、圧縮コイルスプリング19,21と保持器11とを介してボール15をカム面5に押圧し、生じたカムスラスト力によってプレッシャープレート7を軸方向に移動させる。なお、リング9にはボール15が転動する軌道溝22が設けられている。
【0024】
また、動力伝達装置3は、相対回転自在に配置された回転ケース23(第1回転部材)及びハブ25(第2回転部材)と、多板式のメインクラッチ27及びパイロットクラッチ29と、アーマチャ31とこれを吸引してパイロットクラッチ29を締結させる電磁石33とからなる連結手段と、上記のカム機構1とを備えており、メインクラッチ27は回転ケース23とハブ25の間に配置され、パイロットクラッチ29はリング9と回転ケース23の間に配置され、プレッシャープレート7はハブ25に連結されている。
【0025】
回転ケース23は、アルミニューム合金の円筒部材35と強度部材のフランジ37と磁性体のロータ39とから構成されており、フランジ37は下記のように円筒部材35のラグ溝45に係合すると共に、止め輪41によって円筒部材35の前側開口部に位置決めされ、ロータ39は円筒部材35の後側開口部に溶接されている。フランジ37は前側プロペラシャフト側に連結され、ハブ25は後側プロペラシャフト側に連結されている。
【0026】
メインクラッチ27のアウタープレート43は円筒部材35のラグ溝45に係合し、インナープレート47はハブ25のラグ溝49に係合し、パイロットクラッチ29のアウタープレート51はラグ溝45に係合し、インナープレート53はリング9のラグ溝55に係合し、プレッシャープレート7はラグ溝49に係合している。
【0027】
アーマチャ31はプレッシャープレート7とパイロットクラッチ29の間に配置され、電磁石33は両側シール型のボールベアリング57によってロータ39に支持され、ロータ39は磁束の短絡を防止する非磁性体のリング59によって径方向の外側と内側に分断され、ロータ39とリング9との間にはカム機構1の噛み合い反力を受けるスラストベアリング61が配置され、ハブ25とプレッシャープレート7との間にはプレッシャープレート7をメインクラッチ27の締結解除方向に付勢するリターンスプリング63が配置されている。
【0028】
電磁石33が励磁されると、磁束ループ65が発生してアーマチャ31が吸引されパイロットクラッチ29を押圧して締結させ、回転ケース23とハブ25間の差動トルクによってパイロットトルクが発生する。パイロットトルクが発生するまでは、図2と図3(a)のように、リング9の突起17の両側に配置されているコイルスプリング19,21の付勢力により保持部材11がプレッシャープレート7との中立位置に位置決めされ、ボール15はプレッシャープレート7のカム面5の底部67に保持されている。車両の前進走行中、パイロットトルクはパイロットクラッチ29を介し図3(b)の矢印69の方向にリング9を回転させてコイルスプリング19を撓ませる。コイルスプリング19が最小長まで撓むとボール15がカム面5に押圧されてカム機構1が作動し、発生したカムスラスト力によってプレッシャープレート7がメインクラッチ27を押圧し締結させて動力伝達装置1を連結させ、上記のように車両を4輪駆動状態にする。
【0029】
電磁石33の励磁を停止すると、パイロットクラッチ29が開放され、カム機構1のカムスラスト力が消失してメインクラッチ27が開放され、動力伝達装置1の連結が解除されて車両を前輪駆動の2輪駆動状態にする。また、パイロットクラッチ29が開放されるとリング9の回転が自由になり、撓んでいるコイルスプリング19の付勢力によってリング9が図3(a)の矢印71の方向に回転して中立位置に戻り、ボール15がカム面5の底部67に戻ると共に、リターンスプリング63の付勢力を受けてプレッシャープレート7がメインクラッチ27の締結解除位置まで戻る。
【0030】
車両が後進走行している場合は反対方向のパイロットトルクを受けて後進時用のコイルスプリング21が撓んでカム機構1を作動させ、パイロットトルクが消失するとカム機構1の作動が停止する。
【0031】
このように、カム機構1の作動から作動停止の間、カム面5とボール15とのクリアランスはコイルスプリング19,21によって常に最小に保持される。
【0032】
[カム機構1及び動力伝達装置3の効果]
カム機構1は、リング9の回転がコイルスプリング19,21と保持部材11とを介してボール15をカム面5に押圧するように構成したので、カム面5とボール15とのクリアランスが最小に保たれると共に、プレッシャープレート7とリング9とが中立位置に導かれる。従って、正回転と逆回転とを問わず、作動時と作動停止時にボール15とカム面5との衝突による衝撃や騒音が抑止され、商品性が高く保たれる。
【0033】
また、従来例と較べて構造が簡単であり、低コストで実施できると共に、コンパクトであって配置スペースを広げる必要がない。
【0034】
また、リング9にはカム面が不要であり、加工コストが高いカム面を1面減らしたことによって、その分のコストが低減されている。
【0035】
動力伝達装置3は、衝撃や騒音が抑制されるカム機構1を用いて構成したことにより、商品性が高く保たれると共に、車両の挙動に悪影響を与えることが回避される。
【0036】
また、構造簡単で配置スペース上の制約を受けないカム機構1を用いたことにより、それだけコンパクトに構成され、車載性が向上する。
【0037】
また、カム機構1のクリアランスが最小に保たれるから、メインクラッチ27やパイロットクラッチ29で引きずりトルクが生じた場合でも、その影響が小さく抑制される。
【0038】
[本発明の範囲に含まれる他の態様]
ダンパは、圧縮コイルスプリングの他に、他の形状のスプリングや、弾性部材でもよい。
【0039】
また、転動体は、ボール以外に、例えば、ローラでもよい。
【産業上の利用可能性】
【0040】
本発明の動力伝達装置は、デファレンシャル装置の差動制限機構に用いてもよい。
【図面の簡単な説明】
【0041】
【図1】カム機構1を用いた動力伝達装置3を示す断面図である。
【図2】図1のA−A断面図である。
【図3】(a)中立位置にあるカム機構1を示す断面図である。(b)作動状態にあるカム機構1を示す断面図である。
【符号の説明】
【0042】
1 カム機構
3 動力伝達装置
5 カム面
7 プレッシャープレート(カム部材)
9 リング(相手側部材)
11 保持器(保持部材)
15 ボール(転動体)
17 保持器11に設けられた突起
19,21 圧縮コイルスプリング(ダンパ)
23 回転ケース(第1回転部材)
25 ハブ(第2回転部材)
27 メインクラッチ
29 パイロットクラッチ
31 アーマチャ(連結手段)
33 電磁石(連結手段)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
カム面が設けられたカム部材と、前記カム部材と相対回転可能に配置された相手側部材と、保持部材によって保持され、前記カム面上を転動可能な転動体と、前記相手側部材と保持部材との間に配置されたダンパとを備え、
前記相手側部材の回転が、前記ダンパと保持部材とを介して前記転動体を前記カム面に押圧し、生じたカムスラスト力によって前記カム部材を軸方向に移動させることを特徴とするカム機構。
【請求項2】
請求項1に記載されたカム機構であって、
前記ダンパが、圧縮コイルスプリングであることを特徴とするカム機構。
【請求項3】
相対回転自在に配置された第1回転部材及び第2回転部材と、メインクラッチと、パイロットクラッチと、前記パイロットクラッチを連結させる連結手段と、請求項1または請求項2に記載のカム機構とを備え、
前記メインクラッチが第1回転部材と第2回転部材の間に配置され、前記パイロットクラッチが前記第1回転部材と相手側部材との間に配置され、前記カム部材が前記第2回転部材に連結されていることを特徴とする動力伝達装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−91045(P2010−91045A)
【公開日】平成22年4月22日(2010.4.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−262901(P2008−262901)
【出願日】平成20年10月9日(2008.10.9)
【出願人】(000225050)GKNドライブラインジャパン株式会社 (409)
【Fターム(参考)】