説明

カーボン堆積判定方法及びカーボン除去方法並びに火花点火式直噴エンジン

【課題】燃焼室壁面部の断熱層6へのカーボン堆積判定を容易に行えるようにする。
【解決手段】断熱層6へのカーボン堆積前に、所定のエンジン運転状態において、燃焼室壁面部の1燃焼サイクルの平均温度、及び、燃焼室壁面部の1燃焼サイクル中の最大温度の少なくとも一方を初期値として検出し、上記検出された初期値を記憶手段に記憶し、その後、上記初期値検出時と同じエンジン運転状態において、燃焼室壁面部の1燃焼サイクルの平均温度、及び、燃焼室壁面部の1燃焼サイクル中の最大温度の少なくとも一方を検出し、その検出した平均温度が、平均温度の上記初期値に対して、第1所定温度以上上昇するという条件、及び、上記温度検出ステップにて検出した最大温度が、最大温度の上記初期値に対して、第2所定温度以上低下するという条件のうちの少なくとも一方の条件が成立したときに、断熱層6にカーボンが堆積したとの判定を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カーボン堆積判定方法及びカーボン除去方法並びに火花点火式直噴エンジンに関する技術分野に属する。
【背景技術】
【0002】
例えば特許文献1には、火花点火式ガソリンエンジンの理論熱効率を高めるべく、シリンダヘッド下面に凹陥したキャビティと、ピストン冠面に凸設した突起部と、によって、燃焼室内を中央燃焼室と主燃焼室とに区画しつつ、燃焼室全体として、圧縮比を16程度の高圧縮比に設定すると共に、中央燃焼室内では混合気を相対的にリッチに、主燃焼室内では混合気を相対的にリーンにすることで、燃焼室全体として、混合気をリーンにしたエンジンが記載されている。
【0003】
また、例えば特許文献2には、冷却損失を低減させて熱効率を向上させる観点から、エンジンの燃焼室を区画形成する面を、母材よりも低い熱伝導率を有しかつ母材よりも低い又は母材とほぼ同等の単位体積あたりの熱容量を有する材料の内部に気泡が多数形成された断熱材によって構成する技術が開示されている。この特許文献2のエンジンの圧縮比は16とされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平9−217627号公報
【特許文献2】特開2009−243355号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、火花点火式エンジンの理論サイクルであるオットーサイクルにおいては、エンジンの圧縮比を高めれば高めるほど、また、ガスの比熱比を高めれば高めるほど、理論熱効率が高くなる。このため、特許文献1に記載されているような高圧縮比化と混合気のリーン化との組み合わせは、熱効率(図示熱効率)の向上に、ある程度は有利になる。しかし、この場合、圧縮比15程度で図示熱効率が最大になり、それ以上に圧縮比を高めても、図示熱効率は高くならない(逆に、圧縮比を高めれば高めるほど、図示熱効率が低くなる)。これは、混合気がリーンであるため比較的大量の空気がシリンダ内に導入される一方で、そのシリンダ内の大量の空気が、高圧縮比化に伴い大きく圧縮されて燃焼圧力及び燃焼温度が大幅に高くなってしまうためである。つまり、高い燃焼圧力及び燃焼温度によってシリンダの壁面等を通じた熱の放出量が増え、冷却損失が大幅に増大する結果、図示熱効率が低くなってしまうのである。
【0006】
この点に関して、燃焼室壁面部に、特許文献2に記載されているような、低熱伝導率でかつ低容積比熱の断熱層を設けることよって、燃焼室の断熱化を行うようにすれば、冷却損失を低減することができ、高圧縮比による図示熱効率の向上化を図れる可能性が高くなる。
【0007】
しかし、エンジンの総運転時間が長くなると、燃焼室内に噴射される燃料や、ピストンに設けられたピストンリングによって掻き上げられるエンジンオイル等が原因で、断熱層にカーボンが堆積してしまう。この堆積したカーボンの熱伝導率及び容積比熱は、燃焼室壁を構成する母材(アルミニウム合金等)と比較的近い値にあるので、断熱層にカーボンが堆積すると、断熱効果が低減して、冷却損失が上昇してしまう。
【0008】
本発明は、斯かる点に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、燃焼室壁面部に設けられた断熱層にカーボンが堆積したとの判定を容易に行えるようにし、また、カーボンが堆積したとの判定を行った場合には、そのカーボンを容易に除去できるようにすることにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の目的を達成するために、本発明では、幾何学的圧縮比が18以上とされ、燃焼室壁面部に断熱層が設けられた火花点火式直噴エンジンにおいて、該断熱層にカーボンが堆積したことを判定するカーボン堆積判定方法を対象として、上記断熱層は、熱伝導率が1.0W/(m・K)以下でかつ容積比熱が500kJ/(m・K)以下の材料で構成されており、上記断熱層へのカーボン堆積前に、所定のエンジン運転状態において、燃焼室壁面部の1燃焼サイクルの平均温度、及び、燃焼室壁面部の1燃焼サイクル中の最大温度の少なくとも一方を初期値として検出する初期値検出ステップと、上記初期値検出ステップにて検出された初期値を記憶手段に記憶する記憶ステップと、上記記憶ステップの後、上記初期値検出時と同じエンジン運転状態において、燃焼室壁面部の1燃焼サイクルの平均温度、及び、燃焼室壁面部の1燃焼サイクル中の最大温度の少なくとも一方を検出する温度検出ステップと、上記温度検出ステップにて検出した平均温度が、平均温度の上記初期値に対して、第1所定温度以上上昇するという条件、及び、上記温度検出ステップにて検出した最大温度が、最大温度の上記初期値に対して、第2所定温度以上低下するという条件のうちの少なくとも一方の条件が成立したときに、上記断熱層にカーボンが堆積したとの判定を行うカーボン堆積判定ステップとを含むようにした。
【0010】
上記の方法により、断熱層を構成する材料の熱伝導率及び容積比熱が、燃焼室壁を構成する母材(アルミニウム合金等を含む金属材料)よりもかなり低く、特に容積比熱が低いことで、燃焼室壁面部の温度が燃焼室内のガス温度の変化に追従して変動し易くなり、この結果、ガス温度と燃焼室壁面部の温度との差温が小さくなって、冷却損失を低減することが可能になる。これにより、18以上と高圧縮比して図示熱効率を向上させることができる。そして、上記のような断熱層の追従性から、断熱層が設けられた燃焼室壁面部の1燃焼サイクル中の最大温度は、断熱層が設けられていない場合よりも高くなる一方、上記断熱層が設けられた燃焼室壁面部の1燃焼サイクルの平均温度は、断熱層が設けられていない場合よりも低くなる。ここで、断熱層にカーボンが堆積した場合、カーボンの熱伝導率及び容積比熱は断熱層よりも高くて、上記母材と近い値にあるので、上記平均温度が上昇し、上記最大温度が低下する。したがって、燃焼室壁面部の1燃焼サイクルの平均温度が初期値に対して、第1所定温度以上上昇するという条件、及び、燃焼室壁面部の1燃焼サイクル中の最大温度が第2所定温度以上低下するという条件のうちの少なくとも一方の条件が成立することで、断熱層にカーボンが堆積したとの判定を行うことができる。よって、断熱層にカーボンが堆積したとの判定を容易にかつ適確に行うことができる。
【0011】
本発明の別の態様は、幾何学的圧縮比が18以上とされ、燃焼室壁面部に断熱層が設けられた火花点火式直噴エンジンにおいて、該断熱層に堆積したカーボンを除去するカーボン除去方法の発明であり、この発明では、上記断熱層は、熱伝導率が1.0W/(m・K)以下でかつ容積比熱が500kJ/(m・K)以下の材料で構成されており、上記断熱層へのカーボン堆積前に、所定のエンジン運転状態において、燃焼室壁面部の1燃焼サイクルの平均温度、及び、燃焼室壁面部の1燃焼サイクル中の最大温度の少なくとも一方を初期値として検出する初期値検出ステップと、上記初期値検出ステップにて検出された初期値を記憶手段に記憶する記憶ステップと、上記記憶ステップの後、上記初期値検出時と同じエンジン運転状態において、燃焼室壁面部の1燃焼サイクルの平均温度、及び、燃焼室壁面部の1燃焼サイクル中の最大温度の少なくとも一方を検出する温度検出ステップと、上記温度検出ステップにて検出した平均温度が、平均温度の上記初期値に対して、第1所定温度以上上昇するという条件、及び、上記温度検出ステップにて検出した最大温度が、最大温度の上記初期値に対して、第2所定温度以上低下するという条件のうちの少なくとも一方の条件が成立したときに、上記断熱層にカーボンが堆積したとの判定を行うカーボン堆積判定ステップと、上記カーボン堆積判定ステップにて上記断熱層にカーボンが堆積したとの判定を行った場合に、燃焼室内全体の空気過剰率λを1以下にしかつ混合気の燃焼開始を膨張行程の所定時期にリタードさせることによって、上記断熱層に堆積したカーボンを焼去するカーボン焼去ステップとを含むものとする。
【0012】
このことにより、上記カーボン堆積判定方法と同様にして、断熱層にカーボンが堆積したとの判定を容易にかつ適確に行うことができ、この判定を行った場合に、燃焼室壁面部の温度を、断熱層に堆積したカーボンを燃やすことができる程度に高温にすることができ、そのカーボンを容易に焼去することができる。こうして断熱層からカーボンを除去することで、カーボンが堆積する前の初期の状態と同様の断熱効果が得られるようになる。
【0013】
本発明の更に別の態様は、幾何学的圧縮比が18以上とされ、燃焼室壁面部に断熱層が設けられた火花点火式直噴エンジンの発明であり、この発明では、上記断熱層は、熱伝導率が1.0W/(m・K)以下でかつ容積比熱が500kJ/(m・K)以下の材料で構成されており、同一エンジン運転状態において、燃焼室壁面部の1燃焼サイクルの平均温度、及び、燃焼室壁面部の1燃焼サイクル中の最大温度の少なくとも一方を検出する温度検出手段と、上記断熱層へのカーボン堆積前に上記温度検出手段により検出された温度を初期値として記憶する記憶手段と、上記初期値の記憶後に上記温度検出手段により検出された平均温度が、平均温度の上記初期値に対して、第1所定温度以上上昇するという条件、及び、上記初期値の記憶後に上記温度検出手段により検出された最大温度が、最大温度の上記初期値に対して、第2所定温度以上低下するという条件の少なくとも一方の条件が成立したときに、上記断熱層にカーボンが堆積したとの判定を行うカーボン堆積判定手段とを備えているものとする。
【0014】
この発明により、上記カーボン堆積判定方法の発明と同様に、断熱層にカーボンが堆積したとの判定を容易にかつ適確に行うことができる。
【0015】
上記火花点火式直噴エンジンにおいて、上記カーボン堆積判定手段により上記断熱層にカーボンが堆積したとの判定が行われた場合に、燃焼室内全体の空気過剰率λを1以下にしかつ混合気の燃焼開始を膨張行程の所定時期にリタードさせることによって、上記断熱層に堆積したカーボンを焼去するカーボン焼去手段を更に備えていることが好ましい。
【0016】
このことで、上記カーボン除去方法の発明と同様に、断熱層に堆積したカーボンを容易に除去することができる。
【0017】
また、本発明の他のカーボン除去方法の発明は、幾何学的圧縮比が18以上とされ、燃焼室壁面部に断熱層が設けられた火花点火式直噴エンジンにおいて、該断熱層に堆積したカーボンを除去するカーボン除去方法であって、上記断熱層は、熱伝導率が1.0W/(m・K)以下でかつ容積比熱が500kJ/(m・K)以下の材料で構成されており、所定の条件が成立したときに、上記断熱層にカーボンが堆積したとの判定を行うカーボン堆積判定ステップと、上記カーボン堆積判定ステップにて上記断熱層にカーボンが堆積したとの判定を行った場合に、燃焼室内全体の空気過剰率λを1以下にしかつ混合気の燃焼開始を膨張行程の所定時期にリタードさせることによって、上記断熱層に堆積したカーボンを焼去するカーボン焼去ステップとを含むものとする。
【0018】
この発明により、例えばエンジンの総運転時間が所定時間以上になったときといった所定の条件が成立したときに、断熱層にカーボンが堆積したとの判定を行い、この判定を行った場合に、断熱層に堆積したカーボンを焼去するので、断熱層にカーボンが堆積したとの判定を容易に行うことができるとともに、断熱層に堆積したカーボンを容易に除去することができる。
【発明の効果】
【0019】
以上説明したように、本発明のカーボン堆積判定方法によると、断熱層にカーボンが堆積したとの判定を容易にかつ適確に行うことができる。また、本発明のカーボン除去方法によると、上記カーボン堆積判定方法と同様にして、断熱層にカーボンが堆積したとの判定を容易にかつ適確に行うことができ、この判定を行った場合に、断熱層に堆積したカーボンを容易に除去することができる。さらに、本発明の火花点火式直噴エンジンによると、上記カーボン堆積判定方法と同様の作用効果が得られる。さらにまた、本発明の他のカーボン除去方法によると、断熱層にカーボンが堆積したとの判定を容易に行うことができるとともに、断熱層に堆積したカーボンを容易に除去することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明の実施形態に係る火花点火式直噴エンジンを示す概略図である。
【図2】断熱層の構成例を示す断面図である。
【図3】ZrOにおいて、その気孔率と熱伝導率及び容積比熱との関係を示すグラフである。
【図4】シリンダヘッドの温度センサが設けられている部分を拡大して示す断面図である。
【図5】燃焼室壁面部の1燃焼サイクル中の温度変化及び平均温度を示すグラフである。
【図6】エンジン制御器(CPU)による、カーボン堆積判定及びカーボン除去に関する制御動作を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて詳細に説明する。
【0022】
図1は、本発明の実施形態に係る火花点火式直噴エンジン1(以下、単にエンジン1という)を概略的に示す。本実施形態では、エンジン1は、エンジン本体に付随する様々なアクチュエータ、様々なセンサ、及び、該センサからの信号に基づきアクチュエータを制御するエンジン制御器100を含む。
【0023】
エンジン1は、自動車等の車両に搭載され、その出力軸は、図示しないが、変速機を介して駆動輪に連結されている。エンジン1の出力が駆動輪に伝達されることによって、車両が推進する。エンジン1のエンジン本体は、シリンダブロック12と、その上に載置されるシリンダヘッド13とを備えており、シリンダブロック12の内部に複数のシリンダ11(気筒)が形成されている(図1では、1つのみ示す)。シリンダブロック12及びシリンダヘッド13の内部には、図示は省略するが、冷却水が流れるウォータージャケットが形成されている。
【0024】
各シリンダ11内には、ピストン15が摺動自在にそれぞれ嵌挿されており、ピストン15は、シリンダ11及びシリンダヘッド13と共に燃焼室17を区画している。ピストン15の冠面の中心部には、凹状のキャビティ15aが形成されている。
【0025】
図1には1つのみ示すが、シリンダ11毎に2つの吸気ポート18がシリンダヘッド13に形成され、それぞれがシリンダヘッド13の下面(燃焼室17の天井面)に開口することで燃焼室17に連通している。同様に、シリンダ11毎に2つの排気ポート19がシリンダヘッド13に形成され、それぞれがシリンダヘッド13の下面(燃焼室17の天井面)に開口することで燃焼室17に連通している。吸気ポート18は、シリンダ11内に導入される新気が流れる吸気通路(図示省略)に接続されている。吸気通路には、吸気流量を調整するスロットル弁20が介設しており、エンジン制御器100からの制御信号を受けて、スロットル弁20の開度が調整される。一方、排気ポート19は、各シリンダ11からの既燃ガス(排気ガス)が流れる排気通路(図示省略)に接続されている。排気通路には、図示は省略するが、1つ以上の触媒コンバータを有する排気ガス浄化システムが配置される。
【0026】
シリンダヘッド13には、吸気弁21及び排気弁22が、それぞれ吸気ポート18及び排気ポート19を燃焼室17から遮断(閉)することができるように配設されている。吸気弁21は吸気弁駆動機構により、排気弁22は排気弁駆動機構により、それぞれ駆動される。吸気弁21及び排気弁22は所定のタイミングで往復動して、それぞれ吸気ポート18及び排気ポート19を開閉し、シリンダ11内のガス交換を行う。吸気弁駆動機構及び排気弁駆動機構は、図示は省略するが、それぞれ、クランクシャフトに駆動連結された吸気カムシャフト及び排気カムシャフトを有し、これらのカムシャフトはクランクシャフトの回転と同期して回転する。また、少なくとも吸気弁駆動機構は、吸気カムシャフトの位相を所定の角度範囲内で連続的に変更可能な、液圧式又は機械式の位相可変機構(Variable Valve Timing:VVT)23を含んで構成されている。尚、VVT23と共に、弁リフト量を連続的に変更可能なリフト可変機構(CVVL(Continuous Variable Valve Lift))を備えるようにしてもよい。
【0027】
また、シリンダヘッド13には、点火プラグ31が配設されている。この点火プラグ31は、例えばねじ等の周知の構造によって、シリンダヘッド13に取付固定されている。点火プラグ31は、本実施形態では、シリンダ11の中心軸に対し、排気側に傾斜した状態で取付固定されており、その先端部(電極)は燃焼室17の天井部に臨んでいる。尚、点火プラグ31の配置はこれに限定されるものではない。そして、点火プラグ31は、点火システム32によって火花を発生する。点火システム32は、エンジン制御器100からの制御信号を受けて、点火プラグ31が所望の点火タイミングで火花を発生するよう、それに通電する。一例として、点火システム32はプラズマ発生回路を備え、点火プラグはプラズマ点火式のプラグとしてもよい。着火エネルギの高いプラズマ点火式のプラグの採用は、着火安定性を向上する上で有利になる。
【0028】
シリンダヘッド13におけるシリンダ11の中心軸上には、燃焼室17内に燃料を直接噴射するインジェクタ33が配設されている。このインジェクタ33は、例えばブラケットを使用する等の周知の構造でシリンダヘッド13に取付固定されている。インジェクタ33の先端は、燃焼室17の天井部の中心に臨んでいる。尚、インジェクタ33の配置はこれに限定されるものではない。本実施形態では、インジェクタ33は、燃焼室内に燃料を噴射するノズル口を開閉する外開弁を有する、外開弁式のインジェクタである。この外開弁式のインジェクタでは、上記外開弁の、上記ノズル口を閉じた状態からのリフト量が大きいほど、ノズル口から燃焼室17内に噴射される燃料噴霧のペネトレーションが大きくなるので、燃料噴霧のペネトレーションの調整が容易になる。
【0029】
燃料供給システム34は、インジェクタ33に燃料を供給する燃料供給系と、インジェクタ33を駆動する電気回路とを備えている。この電気回路は、エンジン制御器100からの制御信号を受けてインジェクタ33を作動させ、所定のタイミングで所望量の燃料を、燃焼室17内に噴射させる。
【0030】
ここで、エンジン1の燃料は、本実施形態ではガソリンであるが、バイオエタノール等を含むガソリンであってもよく、少なくともガソリンを含む燃料(液体燃料)であれば、どのような燃料であってもよい。
【0031】
エンジン制御器100は、周知のマイクロコンピュータをベースとするコントローラであって、プログラムを実行する中央演算処理装置(CPU)と、例えばRAMやROMにより構成されてプログラム及びデータを格納するメモリと、電気信号の入出力をする入出力(I/O)バスと、を備えている。
【0032】
エンジン制御器100は、少なくとも、エアフローセンサ71からの吸気流量に関する信号、クランク角センサ72からのクランク角パルス信号、アクセル・ペダルの踏み込み量を検出するアクセル開度センサ73からのアクセル開度信号、車速センサ74からの車速信号、及び、後述の温度センサ75からの温度信号をそれぞれ受ける。エンジン制御器100は、これらの入力信号に基づいて、例えば、所望のスロットル開度信号、燃料噴射パルス、点火信号、バルブ位相角信号等といった、エンジン1の制御パラメーターを計算する。そして、エンジン制御器100は、それらの信号を、スロットル弁20(スロットル弁20を動かすスロットルアクチュエータ)、燃料供給システム34、点火システム32、VVT23等に出力する。
【0033】
このエンジン1の幾何学的圧縮比εは、18以上とされている。幾何学的圧縮比εの上限値は40であることが好ましく、幾何学的圧縮比εとして特に好ましいのは、25以上35以下である。本実施形態では、エンジン1は圧縮比=膨張比となる構成から、高圧縮比と同時に、比較的高い膨張比を有するエンジン1でもある。尚、圧縮比≦膨張比となる構成(例えばアトキンソンサイクルや、ミラーサイクル)を採用してもよい。
【0034】
燃焼室17は、図1に示すように、シリンダ11の壁面と、ピストン15の冠面と、シリンダヘッド13の下面(燃焼室17の天井面)と、吸気弁21及び排気弁22それぞれのバルブヘッドの燃焼室側の面(下面)と、によって区画形成されている。そして、冷却損失を低減するべく、これらの各面部(つまり、燃焼室壁面部)に、断熱層61,62,63,64,65が設けられることによって、燃焼室17が断熱化されている。尚、以下において、これらの断熱層61〜65を総称する場合は、断熱層に符号「6」を付す場合がある。断熱層6は、燃焼室壁面部の全てに設けてもよいし、燃焼室壁面部の一部に設けてもよい。また、図例では、シリンダ壁面部の断熱層61は、ピストン15が上死点に位置した状態で、そのピストンリング14よりも上側の位置に設けられており、これにより断熱層61上をピストンリング14が摺動しない構成としている。但し、シリンダ壁面部の断熱層61はこの構成に限らず、断熱層61を下向きに延長することによって、ピストン15のストロークの全域、又は、その一部に断熱層61を設けてもよい。また、燃焼室17を直接区画する壁面部ではないが、吸気ポート18や排気ポート19における、燃焼室17の天井面側の開口近傍のポート壁面部に断熱層を設けてもよい。尚、図1に図示する各断熱層61〜65の厚みは実際の厚みを示すものではなく単なる例示であると共に、各面における断熱層の厚みの大小関係を示すものでもない。
【0035】
燃焼室17の断熱構造について、さらに詳細に説明する。燃焼室17の断熱構造は、上述の如く、燃焼室壁面部に設けた断熱層61〜65によって構成されるが、これらの断熱層61〜65は、燃焼室17内の燃焼ガスの熱が、燃焼室壁面部を通じて放出されることを抑制するため、燃焼室17を構成する金属製の母材よりも熱伝導率が低く設定される。ここで、シリンダ11の壁面部に設けた断熱層61については、シリンダブロック12が母材であり、ピストン15の冠面部に設けた断熱層62についてはピストン15が母材であり、シリンダヘッド13の下面部に設けた断熱層63については、シリンダヘッド13が母材であり、吸気弁21及び排気弁22それぞれのバルブヘッドの燃焼室側の面部に設けた断熱層64,65については、吸気弁21及び排気弁22がそれぞれ母材である。以下、これら母材を総称して母材7という。したがって、母材7の材質は、シリンダブロック12、シリンダヘッド13及びピストン15については、アルミニウム合金や鋳鉄となり、吸気弁21及び排気弁22については、耐熱鋼や鋳鉄等となる。
【0036】
また、断熱層6は、冷却損失を低減する上で、母材7よりも容積比熱が低く設定される。つまり、燃焼室17内のガス温度は燃焼サイクルの進行によって変動するが、燃焼室17の断熱構造を有しない従来のエンジンは、シリンダヘッドやシリンダブロック内に形成したウォータージャケット内を冷却水が流れることにより、燃焼室壁面部の温度は、燃焼サイクルの進行にかかわらず、概略一定に維持される。
【0037】
一方で、冷却損失は、冷却損失=熱伝達率×伝熱面積×(ガス温度−燃焼室壁面部の温度)によって決定されることから、ガス温度と燃焼室壁面部の温度との差温が大きくなればなるほど冷却損失は大きくなってしまう。冷却損失を抑制するためには、ガス温度と燃焼室壁面部の温度との差温は小さくすることが望ましいが、冷却水によって燃焼室壁面部の温度を概略一定に維持した場合、ガス温度の変動に伴い差温が大きくなることは避けられない。そこで、断熱層6の熱容量を小さくして、燃焼室壁面部の温度が、燃焼室17内のガス温度の変動に追従して変化するようにすることが好ましい。
【0038】
上記の点に鑑み、本実施形態では、断熱層6は、熱伝導率が1.0W/(m・K)以下でかつ容積比熱が500kJ/(m・K)以下の材料で構成される。参考として、アルミニウム合金(鋳物用合金AC8A)の熱伝導率は140W/(m・K)であり、その容積比熱は2300kJ/(m・K)である。鋳鉄、炭素鋼、ステンレス鋼等の熱伝導率は、10〜40W/(m・K)程度であり、それらの容積比熱は上記アルミニウム合金と同程度である。ZrO、SiO等のセラミックの熱伝導率は、2〜3W/(m・K)程度であり、その容積比熱は金属と同程度である。
【0039】
上記断熱層6を構成する低熱伝導率でかつ低容積比熱の材料としては、例えば、図2に示すように、内部に多数の気孔を含む材料(特に、ZrO等のセラミック材料が好ましい)を採用することができる。内部に気孔を含むセラミックからなる断熱層6は、母材上にプラズマ溶射によってコーティングして形成することができ、その際、溶射エネルギーを調整することで、気孔率を調整することができる。或いは、セラミックの焼成前に、セラミック焼成時に焼失する物質(例えば、ポリマー樹脂)を混ぜておき、該物質を焼成時に焼失させることで、内部に気孔を含むセラミックからなる断熱層6を形成することも可能である。
【0040】
図3は、内部に気孔(気孔は球状で空気が入っている)を含むZrOにおいて、その気孔率と熱伝導率及び容積比熱との関係を示す。この関係から、ZrOの気孔率は85%以上とすれば、上記低熱伝導率でかつ低容積比熱の断熱層6が得られることになる。
【0041】
また、本実施形態では、図1に示すように、熱伝導率が非常に低くて断熱性に優れかつ耐熱性にも優れたチタン酸アルミニウム製のポートライナ181を、シリンダヘッド13に一体的に鋳ぐるむことによって、吸気ポート18に断熱層を設けている。この構成は、新気が吸気ポート18を通過するときに、シリンダヘッド13から受熱して温度が上がることを抑制乃至回避し得る。これによって、燃焼室17内に導入する新気の温度(圧縮前の初期のガス温度)が低くなるため、燃焼時のガス温度が低下し、ガス温度と燃焼室壁面部の温度との差温を小さくする上で有利になる。燃焼時のガス温度を低下させることは熱伝達率を低くし得るから、そのことによる冷却損失の低減にも有利になる。尚、吸気ポート18に設ける断熱層の構成は、ポートライナ181の鋳ぐるみに限定されず、また、吸気ポート18に断熱層を設ける必要は必ずしもない。
【0042】
上記のように燃焼室壁面部に、上記低熱伝導率でかつ低容積比熱の断熱層6を設けることによって、冷却損失を低減することができる。そして、このような断熱構造に加えて、燃焼室17内においてガス層による断熱層を形成することで、冷却損失をより一層低減することも可能である。この場合、エンジン1の燃焼室17内の外周部に新気を含むガス層が形成されかつ中心部に混合気層が形成されるように、圧縮行程においてインジェクタ11から燃焼室17内に燃料を噴射させるようにする。すなわち、圧縮行程においてインジェクタ33により燃焼室17内に燃料を噴射させかつその燃料噴霧のペネトレーションを、燃料噴霧が燃焼室17内の外周部まで届かないような大きさ(長さ)に抑えることで、燃焼室17内の中心部に混合気層が形成されかつその周囲に新気を含むガス層が形成されるという、成層化が実現する。このガス層は、新気のみであってもよく、新気に加えて、既燃ガス(EGRガス)を含んでいてもよい。尚、ガス層に少量の燃料が混じっても問題はなく、ガス層が断熱層の役割を果たせるように混合気層よりも燃料リーンであればよい。
【0043】
上記のようにガス層と混合気層とが形成された状態で点火プラグ31による点火を行えば、混合気層とシリンダ11の壁面との間のガス層により、混合気層の火炎がシリンダ11の壁面に接触することがなく、そのガス層が断熱層となって、シリンダ11の壁面からの熱の放出を抑えることができるようになる。
【0044】
尚、冷却損失を低減させるだけでは、その冷却損失の低減分が排気損失に転換されて図示熱効率の向上にはあまり寄与しないところ、このエンジン1では、高圧縮比化に伴う高膨張比化によって、冷却損失の低減分に相当する燃焼ガスのエネルギを、機械仕事に効率よく変換している。すなわち、エンジン1は、冷却損失及び排気損失を共に低減させる構成を採用することによって、図示熱効率を大幅に向上させているということができる。
【0045】
ここで、エンジン負荷が所定値以下である低負荷領域では、燃焼室17内全体の空気過剰率λが2以上、又は、気筒内におけるガスの燃料に対する重量比G/Fが30以上に設定される。これにより、低負荷領域において、断熱層による断熱化を図って図示熱効率を向上させながら、RawNOxを低減することができる。RawNOx低減の観点からは、上記空気過剰率λ≧2.5がより一層好ましい。また、上記空気過剰率λ=8で図示熱効率がピークになることから、上記空気過剰率λの範囲としては、2≦λ≦8(より好ましくは2.5≦λ≦8)が好ましい。尚、混合気のリーン化は、スロットル弁20を開き側に設定することになるから、ガス交換損失(ポンピングロス)の低減による図示熱効率の向上にも寄与し得る。
【0046】
一方、エンジン負荷が上記所定値よりも高い高負荷領域では、トルク優先により、燃焼室17内全体の空気過剰率λ=1に設定される(混合気層では、空気過剰率λ<1となる)。尚、上記所定値は、エンジン回転数が大きくなるに連れて大きくなってもよく、エンジン回転数に関係なく一定の値であってもよい。
【0047】
上記のように燃焼室壁面部に断熱層6を設けたエンジン1の総運転時間が長くなると、燃焼室17内に噴射される燃料や、ピストン15に設けられたピストンリング14によって掻き上げられるエンジンオイル等が原因で、断熱層6にカーボンが堆積してしまう。このカーボンは、燃焼室壁面部の温度が或る温度範囲(200℃〜300℃)内にあるときに堆積し易いが、1燃焼サイクルにおいてその温度範囲を超える時間が或る程度長ければ、堆積しても焼去され易い。しかし、燃焼室17の断熱化により、燃焼時以外は、燃焼室壁面部の温度が比較的低くなり(図5の太い実線のグラフ参照)、上記堆積したカーボンは焼去され難くなっている。特に、本実施形態のように、吸気ポート18にも断熱層を設けて新気の温度を低くするようにすれば、上記堆積したカーボンがより一層焼去され難くなり、カーボンの堆積が進行し易くなる。上記堆積したカーボンの熱伝導率及び容積比熱は、断熱層6よりも高くて、母材7と比較的近い値にあるので、断熱層6にカーボンが堆積すると、断熱効果が低減して、冷却損失が上昇してしまう。
【0048】
そこで、本実施形態では、エンジン制御器100が、後述のようにして、断熱層6にカーボンが堆積したとの判定を行い、カーボンが堆積したとの判定を行った場合には、そのカーボンを除去(焼去)するようにする。
【0049】
そのために、燃焼室壁面部(本実施形態では、シリンダヘッド13の下面部(燃焼室17の天井部))に、該燃焼室壁面部の温度を検出する温度センサ75が設けられている。この温度センサ75は、本実施形態では、高応答性の薄膜型温度センサであって、燃焼室17内における燃焼時のガス温度の変化にも追従可能なものである。すなわち、図4に示すように、温度センサ75は、シリンダヘッド13(母材7)に上下方向に延びるように設けられた挿入孔13a内に挿入されている。挿入孔13aは、母材7の下面における挿入孔13a以外の部分と同様に、断熱層63によって覆われている。そして、温度センサ75の下面には、図示は省略するが、断熱層63に接触する2つの電極と、これら2つの電極同士を接続する、Pt、Ni等からなる導線とが断熱層63に接触するように設けられている。上記導線の抵抗は、該導線の温度(つまり、燃焼室壁面部の温度)と比例関係にあり、上記2つの電極間に流れる電流値から、上記導線の抵抗値、つまり、上記導線の温度(燃焼室壁面部の温度)を検出する。温度センサ75による検出値(温度信号)は、エンジン制御器100に入力され、エンジン制御器100は、この入力を受けて、燃焼室壁面部の1燃焼サイクルの平均温度、及び、燃焼室壁面部の1燃焼サイクル中の最大温度の少なくとも一方を検出し、その検出した温度に基づいて、断熱層6にカーボンが堆積したことを判定する。
【0050】
尚、本実施形態では、温度センサ75は、コスト低減の観点から、いずれか1つのシリンダ11の燃焼室17の燃焼室壁面部にしか設けられていない。但し、各シリンダ11の燃焼室17毎にそれぞれ温度センサ75を設けてもよい。
【0051】
ここで、断熱層6にカーボンが堆積したことを、どのようにして判定するかを説明する。
【0052】
図5に示すように、断熱層6へのカーボン堆積前においては、断熱層6の断熱効果により、燃焼室壁面部の1燃焼サイクル中の最大温度は高いが、最低温度が低くて、燃焼室壁面部の1燃焼サイクルの平均温度は低い。尚、断熱層6が、熱伝導率が1.0W/(m・K)以下でかつ容積比熱が500kJ/(m・K)以下の材料で構成されていることによって、上記のようなガス層による断熱層の形成を行わなければ、カーボン堆積前における燃焼室壁面部の温度変化は、燃焼室17内のガス温度変化と略同じとなる。
【0053】
断熱層6にカーボンが堆積すると、その堆積量に応じて、上記最大温度が低下する一方、上記平均温度が上昇する。カーボン堆積量が100μmである場合の燃焼室壁面部の温度変化は、断熱層が設けられていない場合の燃焼室壁面部の温度変化に比較的近くなる。したがって、上記最大温度の、カーボン堆積前からの低下量及び上記平均温度の、カーボン堆積前からの上昇量の少なくとも一方により、断熱層6にカーボンが堆積したことが分かる。
【0054】
そこで、本実施形態では、断熱層6へのカーボン堆積前(例えば、エンジンが初めて運転された直後)に、所定のエンジン運転状態において、燃焼室壁面部の1燃焼サイクルの平均温度、及び、燃焼室壁面部の1燃焼サイクル中の最大温度の少なくとも一方を初期値として検出して、該初期値をエンジン制御器100の上記メモリに記憶しておく。上記所定のエンジン運転状態は、エンジン1の運転中に高い確率で使用される運転状態であることが好ましい。
【0055】
上記初期値の記憶後に、上記初期値検出時と同じエンジン運転状態において、燃焼室壁面部の1燃焼サイクルの平均温度、及び、燃焼室壁面部の1燃焼サイクル中の最大温度の少なくとも一方を検出する。上記初期値検出時と同じエンジン運転状態とは、エンジン回転数、エンジン負荷及び上記冷却水の温度(不図示の水温センサによって検出される)が上記初期値検出時と同じ運転状態である。尚、所定のエンジン運転状態が、エンジン暖機時の運転状態であれば、上記初期値検出時と同じエンジン運転状態は、エンジン回転数及び負荷が上記初期値検出時と同じ運転状態であってもよい。
【0056】
そして、上記検出した平均温度が、平均温度の上記初期値に対して、第1所定温度以上上昇するという条件、及び、上記検出した最大温度が、最大温度の上記初期値に対して、第2所定温度以上低下するという条件のうちの少なくとも一方の条件が成立したときに、断熱層6にカーボンが堆積したとの判定を行う。上記第1所定温度は、例えばカーボン堆積量が10μmとなったときにおける、上記平均温度の、カーボン堆積前からの上昇量に相当する温度とすればよく、同様に、上記第2所定温度は、カーボン堆積量が10μmとなったときにおける、上記最大温度の、カーボン堆積前からの低下量に相当する温度とすればよい。
【0057】
本実施形態では、上述の如く、温度センサ75は、いずれか1つのシリンダ11の燃焼室17の燃焼室壁面部にしか設けられていないが、断熱層6にカーボンが堆積したとの判定を行った場合、全てのシリンダ11の燃焼室17の燃焼室壁面部に設けられた断熱層6にカーボンが堆積したものとする。尚、各シリンダ11の燃焼室17毎にそれぞれ温度センサ75を設けた場合には、各シリンダ11の燃焼室17毎にカーボン堆積判定を行えばよい。
【0058】
また、本実施形態では、温度センサ75が高応答性の薄膜型温度センサであるので、エンジン制御器100は、燃焼室壁面部の1燃焼サイクル中の最大温度を正確に検出することができるとともに、燃焼室壁面部の1燃焼サイクルの平均温度をも正確に検出することができる(厳密には、時々刻々と変化する温度の1燃焼サイクルの平均を計算して平均温度を検出する)。このことで、上記平均温度及び上記最大温度のいずれか一方又は両方に基づいて、断熱層6にカーボンが堆積したことを判定することができる。しかし、温度センサ75は高応答性のものには限らず、最大温度を正確に検出することができないものであってもよい。このような温度センサを用いる場合には、上記平均温度に基づいて、断熱層6にカーボンが堆積したことを判定するようにすればよい。最大温度を正確に検出できなくても、最大温度となるのは一瞬であるので、平均温度は正確に検出することができる。
【0059】
上記のようにして断熱層6にカーボンが堆積したとの判定を行った場合には、カーボン焼去運転を行うことによって、断熱層6に堆積したカーボンを焼去する。このカーボン焼去運転では、全てのシリンダ11(各シリンダ11の燃焼室17毎にそれぞれ温度センサ75を設けた場合には、断熱層6にカーボンが堆積したとの判定を行ったシリンダ11のみ)において燃焼室17内全体の空気過剰率λを1以下にし(本実施形態では、高負荷運転領域の空気過剰率λに合わせてλ=1とする)かつ混合気の燃焼開始を膨張行程の所定時期にリタードさせる。これにより、燃焼室壁面部の温度を、カーボンが燃える温度(300℃を超える温度)に維持して、断熱層6に堆積したカーボンを焼去する。本実施形態では、断熱層6にカーボンが堆積したとの判定を行ったときの運転領域が上記高負荷領域である場合には、直ぐにカーボン焼去運転を行うが、上記判定を行ったときの運転領域が上記低負荷領域である場合には、高負荷領域に移行するまでカーボン焼去運転を行わず、燃焼室17内全体の空気過剰率λを1とする高負荷領域に移行した後に、カーボン焼去運転を行う。こうして、断熱層6に堆積したカーボンを除去することができ、カーボンが堆積する前の初期の状態と同様の断熱効果が得られるようになる。尚、上記カーボン焼去運転では、上記のようなガス層による断熱層の形成は行わない。
【0060】
上記エンジン制御器100(CPU)による、カーボン堆積判定及びカーボン除去に関する制御動作(初期値記憶後の動作)を、図6のフローチャートにより説明する。尚、このフローチャートでは、燃焼室壁面部の1燃焼サイクルの平均温度に基づいて、断熱層6にカーボンが堆積したことを判定するものとする。
【0061】
最初のステップS1で、エンジン1が所定のエンジン運転状態(上記初期値検出時と同じエンジン運転状態)にあるか否かを判定し、このステップS1の判定がNOであるときには、ステップS1の動作を繰り返す一方、ステップS1の判定がYESであるときには、ステップS2に進む。
【0062】
ステップS2では、燃焼室壁面部の1燃焼サイクルの平均温度を検出する。次のステップS3では、その検出した平均温度が、上記メモリに記憶されている初期値に対して、第1所定温度以上上昇したか否かを判定する。
【0063】
上記ステップS3の判定がNOであるときには、断熱層6にカーボンが堆積していない、又は、断熱層6に堆積したカーボンが除去されたとして、ステップS4に進んで、カウンタ値n(エンジン始動時に0とされる)を0にリセットし、しかる後にステップS1に戻る。一方、上記ステップS3の判定がYESであるときには、ステップS5に進む。
【0064】
ステップS5では、断熱層6にカーボンが堆積したとの判定を行い、次のステップS6で、カウンタ値nが所定値(本実施形態では、10)になったか否かを判定する。このステップS6の判定がNOであるときには、ステップS7に進んで、エンジン1の運転状態が高負荷運転領域にあるか否かを判定する。このステップS7の判定がNOであるときには、ステップS7の動作を繰り返す一方、ステップS7の判定がYESであるときには、ステップS8に進んで、上記カーボン焼去運転を行う。このカーボン焼去運転は、例えば、燃焼サイクルで所定サイクル数(断熱層6に堆積したカーボンの殆どが焼去されるようなサイクル数)行い、その間、燃焼室壁面部の温度をカーボンが燃える温度(300℃を超える温度)に維持する。そして、次のステップS9で、カウンタ値nに1を加え、しかる後にステップS1に戻る。
【0065】
ステップS6の判定がYESであるときには、ステップS10に進んで、車両のインストルメントパネルの表示部に設けられた警告ランプを点灯し、しかる後に当該制御動作を終了する。
【0066】
上記エンジン制御器100による制御動作により、断熱層6にカーボンが堆積して、燃焼室壁面部の1燃焼サイクルの平均温度が、初期値に対して、第1所定温度以上上昇した場合には、ステップS8にてカーボン焼去運転が行われる。このカーボン焼去運転により、通常は、断熱層6からカーボンが除去される。したがって、ステップS9を経てステップS1に戻った後のステップS3の判定はNOとなる。一方、その判定がYESになったとすると、このことは、カーボン焼去運転でカーボンが焼去されなかったことを意味する。この場合、再びカーボン焼去運転が行われ、これを繰り返す。しかし、所定回数(本実施形態では、10回)繰り返してもカーボンが焼去されなかった場合には、温度センサ75の故障等の異常が生じているとして警告ランプを点灯させて、車両のドライバーにサービス工場での点検を促す。上記所定回数繰り返すまでに、ステップS3の判定がNOになれば、カーボンが焼去されたことを意味し、カウンタ値nは0にリセットされる。
【0067】
尚、カーボン焼去運転の終了後直ぐに、上記平均温度を検出するようにすると、カーボン焼去運転による高温の影響により誤検出が生じる可能性があるため、カーボン焼去運転の終了後からステップS2までの間に、所定サイクル数(カーボン焼去運転時の温度の影響がなくなるようなサイクル数)以上あけることが好ましい。但し、燃焼室壁面部の1燃焼サイクル中の最高温度を検出する場合には、最高温度自体はカーボン焼去運転時の温度の影響を受けないので、そのようにする必要はない。
【0068】
本実施形態においては、温度センサ75及びエンジン制御器100(CPU)が、燃焼室壁面部の1燃焼サイクルの平均温度、及び、燃焼室壁面部の1燃焼サイクル中の最大温度の少なくとも一方を検出する温度検出手段を構成し、エンジン制御器100のメモリが、記憶手段を構成し、エンジン制御器100のCPUが、カーボン堆積判定手段及びカーボン焼去手段を構成することになる。
【0069】
したがって、本実施形態では、初期値の記憶後に検出した、燃焼室壁面部の1燃焼サイクルの平均温度が、初期値に対して、第1所定温度以上上昇するという条件、及び、初期値の記憶後に検出した、燃焼室壁面部の1燃焼サイクル中の最大温度が、初期値に対して、第2所定温度以上低下するという条件のうちの少なくとも一方の条件が成立したときに、断熱層6にカーボンが堆積したとの判定を行うようにしたので、断熱層6にカーボンが堆積したとの判定を容易にかつ適確に行うことができる。
【0070】
また、断熱層6にカーボンが堆積したとの判定を行った場合には、カーボン焼去運転を行うことによって、断熱層6に堆積したカーボンを焼去するようにしたので、断熱層6からカーボンを容易に除去することができ、カーボンが堆積する前の初期の状態と同様の断熱効果が得られるようになる。
【0071】
本発明は、上記実施形態に限られるものではなく、請求の範囲の主旨を逸脱しない範囲で代用が可能である。
【0072】
例えば、上記実施形態では、初期値の記憶後に検出した、燃焼室壁面部の1燃焼サイクルの平均温度が、初期値に対して、第1所定温度以上上昇するという条件、及び、初期値の記憶後に検出した、燃焼室壁面部の1燃焼サイクル中の最大温度が、初期値に対して、第2所定温度以上低下するという条件のうちの少なくとも一方の条件が成立したときに、断熱層6にカーボンが堆積したとの判定を行うようにしたが、例えば、エンジンの総運転時間が所定時間を超えたときや、カーボンが堆積する可能性が高い運転(所定回転数以上のエンジン回転数での運転)状態での累積運転時間が所定時間を超えたとき、といった所定の条件が成立したときに、断熱層6にカーボンが堆積したとの判定を行うようにしてもよい。そして、この判定を行った場合に、カーボン焼去運転により、断熱層6に堆積したカーボンを焼去するようにすればよい。
【0073】
また、断熱層6を構成する材料は、熱伝導率が1.0W/(m・K)以下でかつ容積比熱が500kJ/(m・K)以下の材料であれば、どのようなものであってもよい。但し、耐熱性や耐圧性等のようなエンジン1としての基本機能は備えている必要がある。
【0074】
上述の実施形態は単なる例示に過ぎず、本発明の範囲を限定的に解釈してはならない。本発明の範囲は請求の範囲によって定義され、請求の範囲の均等範囲に属する変形や変更は、全て本発明の範囲内のものである。
【産業上の利用可能性】
【0075】
本発明は、幾何学的圧縮比が18以上とされ、燃焼室壁面部に断熱層が設けられた火花点火式直噴エンジンに有用である。
【符号の説明】
【0076】
1 火花点火式直噴エンジン
6 断熱層
17 燃焼室
75 温度センサ(温度検出手段)
100 エンジン制御器(温度検出手段)(記憶手段)
(カーボン堆積判定手段)(カーボン焼去手段)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
幾何学的圧縮比が18以上とされ、燃焼室壁面部に断熱層が設けられた火花点火式直噴エンジンにおいて、該断熱層にカーボンが堆積したことを判定するカーボン堆積判定方法であって、
上記断熱層は、熱伝導率が1.0W/(m・K)以下でかつ容積比熱が500kJ/(m・K)以下の材料で構成されており、
上記断熱層へのカーボン堆積前に、所定のエンジン運転状態において、燃焼室壁面部の1燃焼サイクルの平均温度、及び、燃焼室壁面部の1燃焼サイクル中の最大温度の少なくとも一方を初期値として検出する初期値検出ステップと、
上記初期値検出ステップにて検出された初期値を記憶手段に記憶する記憶ステップと、
上記記憶ステップの後、上記初期値検出時と同じエンジン運転状態において、燃焼室壁面部の1燃焼サイクルの平均温度、及び、燃焼室壁面部の1燃焼サイクル中の最大温度の少なくとも一方を検出する温度検出ステップと、
上記温度検出ステップにて検出した平均温度が、平均温度の上記初期値に対して、第1所定温度以上上昇するという条件、及び、上記温度検出ステップにて検出した最大温度が、最大温度の上記初期値に対して、第2所定温度以上低下するという条件のうちの少なくとも一方の条件が成立したときに、上記断熱層にカーボンが堆積したとの判定を行うカーボン堆積判定ステップとを含むことを特徴とするカーボン堆積判定方法。
【請求項2】
幾何学的圧縮比が18以上とされ、燃焼室壁面部に断熱層が設けられた火花点火式直噴エンジンにおいて、該断熱層に堆積したカーボンを除去するカーボン除去方法であって、
上記断熱層は、熱伝導率が1.0W/(m・K)以下でかつ容積比熱が500kJ/(m・K)以下の材料で構成されており、
上記断熱層へのカーボン堆積前に、所定のエンジン運転状態において、燃焼室壁面部の1燃焼サイクルの平均温度、及び、燃焼室壁面部の1燃焼サイクル中の最大温度の少なくとも一方を初期値として検出する初期値検出ステップと、
上記初期値検出ステップにて検出された初期値を記憶手段に記憶する記憶ステップと、
上記記憶ステップの後、上記初期値検出時と同じエンジン運転状態において、燃焼室壁面部の1燃焼サイクルの平均温度、及び、燃焼室壁面部の1燃焼サイクル中の最大温度の少なくとも一方を検出する温度検出ステップと、
上記温度検出ステップにて検出した平均温度が、平均温度の上記初期値に対して、第1所定温度以上上昇するという条件、及び、上記温度検出ステップにて検出した最大温度が、最大温度の上記初期値に対して、第2所定温度以上低下するという条件のうちの少なくとも一方の条件が成立したときに、上記断熱層にカーボンが堆積したとの判定を行うカーボン堆積判定ステップと、
上記カーボン堆積判定ステップにて上記断熱層にカーボンが堆積したとの判定を行った場合に、燃焼室内全体の空気過剰率λを1以下にしかつ混合気の燃焼開始を膨張行程の所定時期にリタードさせることによって、上記断熱層に堆積したカーボンを焼去するカーボン焼去ステップとを含むことを特徴とするカーボン除去方法。
【請求項3】
幾何学的圧縮比が18以上とされ、燃焼室壁面部に断熱層が設けられた火花点火式直噴エンジンであって、
上記断熱層は、熱伝導率が1.0W/(m・K)以下でかつ容積比熱が500kJ/(m・K)以下の材料で構成されており、
同一エンジン運転状態において、燃焼室壁面部の1燃焼サイクルの平均温度、及び、燃焼室壁面部の1燃焼サイクル中の最大温度の少なくとも一方を検出する温度検出手段と、
上記断熱層へのカーボン堆積前に上記温度検出手段により検出された温度を初期値として記憶する記憶手段と、
上記初期値の記憶後に上記温度検出手段により検出された平均温度が、平均温度の上記初期値に対して、第1所定温度以上上昇するという条件、及び、上記初期値の記憶後に上記温度検出手段により検出された最大温度が、最大温度の上記初期値に対して、第2所定温度以上低下するという条件の少なくとも一方の条件が成立したときに、上記断熱層にカーボンが堆積したとの判定を行うカーボン堆積判定手段とを備えていることを特徴とする火花点火式直噴エンジン。
【請求項4】
請求項3記載の火花点火式直噴エンジンにおいて、
上記カーボン堆積判定手段により上記断熱層にカーボンが堆積したとの判定が行われた場合に、燃焼室内全体の空気過剰率λを1以下にしかつ混合気の燃焼開始を膨張行程の所定時期にリタードさせることによって、上記断熱層に堆積したカーボンを焼去するカーボン焼去手段を更に備えていることを特徴とする火花点火式直噴エンジン。
【請求項5】
幾何学的圧縮比が18以上とされ、燃焼室壁面部に断熱層が設けられた火花点火式直噴エンジンにおいて、該断熱層に堆積したカーボンを除去するカーボン除去方法であって、
上記断熱層は、熱伝導率が1.0W/(m・K)以下でかつ容積比熱が500kJ/(m・K)以下の材料で構成されており、
所定の条件が成立したときに、上記断熱層にカーボンが堆積したとの判定を行うカーボン堆積判定ステップと、
上記カーボン堆積判定ステップにて上記断熱層にカーボンが堆積したとの判定を行った場合に、燃焼室内全体の空気過剰率λを1以下にしかつ混合気の燃焼開始を膨張行程の所定時期にリタードさせることによって、上記断熱層に堆積したカーボンを焼去するカーボン焼去ステップとを含むことを特徴とするカーボン除去方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2013−64388(P2013−64388A)
【公開日】平成25年4月11日(2013.4.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−204574(P2011−204574)
【出願日】平成23年9月20日(2011.9.20)
【出願人】(000003137)マツダ株式会社 (6,115)
【Fターム(参考)】