説明

クラッチ構造

【課題】簡単な構成で、摩擦係合部を押圧するピストン部材が軸方向に対して傾くことを防止できるクラッチ構造を提供する。
【解決手段】軸方向に移動することで摩擦係合部(23)を押圧するピストン部材(33)には、リターンスプリング(35)の付勢により摩擦係合部(23)から最も離間した位置でピストンハウジング(31)に接地する接地部(39)が設けられており、この接地部(39)は、ピストン部材(33)の外径端(33a)におけるピストン室(32)側の面(33d)に配置されている。また、リターンスプリング(35)は、ピストン部材(33)の外径端(33a)におけるピストン室(32)と反対側の面(33c)に設けた当接部(36)に当接しており、該当接部(36)を軸方向に押圧するように設置されている。これらによって、ピストン部材(33)が軸方向に対して傾くことを防止できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エンジンなどの駆動源からの駆動力を副駆動輪に配分することで車両の駆動状態を四輪駆動状態と二輪駆動状態とで切り替えるためのクラッチに用いて好適なクラッチ構造に関する。
【背景技術】
【0002】
エンジンなどの駆動源からの駆動力を副駆動輪に配分することで車両の駆動状態を四輪駆動状態と二輪駆動状態とで切り替えるためクラッチ構造として、特許文献1に記載のクラッチ構造がある。特許文献1に記載のクラッチ構造は、同軸上に並べて配置された第1回転軸と第2回転軸との間で回転伝達の有無を切替可能なクラッチ構造であり、第1回転軸に固定されたクラッチハウジングと、クラッチハウジングの内周側で第2回転軸に固定されたクラッチハブとを備えると共に、クラッチハウジング内で該クラッチハウジングに固定された複数の摩擦材とクラッチハブに固定された複数の摩擦材とが軸方向に沿って交互に積層された摩擦係合部を備えて構成されている。
【0003】
さらに、上記のクラッチ構造には、摩擦係合部を摩擦材の積層方向に沿って押圧するためのピストン部材と、ピストン部材を収容してなるピストンハウジングと、ピストンハウジング内でピストン部材との間に画成されて、ピストン部材を摩擦係合部に向けて駆動するための油圧を発生するピストン室とが設けられている。これにより、ピストン室に発生する油圧でピストン部材が駆動されて、該ピストン部材によって摩擦係合部が押圧係合されることで、クラッチが締結するようになっている。
【0004】
ところで、上記のようなピストン部材を備えたクラッチ構造では、クラッチの締結を解除する際に、ピストン部材の戻りを迅速に行えるようにするための機構として、ピストン部材をピストン室の油圧に抗して摩擦係合部から離間する方へ付勢するリターンスプリング(付勢部材)が設置されている。そして、このようなリターンスプリングは、従来、ピストン部材のピストン室と反対側の面における内径側の端部に当接し、該内径側の端部を軸方向に沿って押圧するように設置されていた。また、リターンスプリングによって付勢されたピストン部材は、ピストンハウジングの内面に接地して停止するように構成されている。そして、このピストン部材がピストンハウジング側に接地する接地部は、ピストン部材のピストン室側の面における内径側の端部に設けられていた。
【0005】
しかしながら、上記のようにピストン部材を押圧するリターンスプリングがピストン部材の内径側の端部に当接していたり、ピストン部材の接地部が内径側の端部に設けられていると、内径側の端部を支点としてピストン部材が軸方向に対して傾くおそれがある。このように、ピストン部材が軸方向に対して傾くと、ピストン部材が移動する際に、そのストローク方向が軸方向に対して傾斜した方向となるため、ピストンハウジングとピストン部材との間で金属接触が発生し、かじりなどが生じるおそれがある。また、ピストン部材のストローク方向が傾斜することで、ピストン部材で摩擦係合部を軸方向に対して真っ直ぐに押し難くなるため、異音発生の原因にもなる。また、ピストン部材のストローク長が延びることで、クラッチ締結の応答に遅れが生じる可能性もある。さらに、ピストン部材のストローク方向が軸方向に対して傾くことで、ピストン室の油圧変化が生じ、油圧制御性が低下する原因となる可能性もある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2004−44618号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は上述の点に鑑みてなされたものであり、その目的は、簡単な構成で、摩擦係合部を押圧するピストン部材が軸方向に対して傾くことを防止できるクラッチ構造を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の課題を解決するため、本発明にかかるクラッチ構造は、駆動源(3)からの駆動力が伝達される第1回転軸(41)と、車両の副駆動輪(Wr,Wr)側に繋がる第2回転軸(42)との間に設けられて、駆動源(3)からの駆動力を副駆動輪(Wr,Wr)へ配分することで、車両(1)の駆動状態を四輪駆動状態と二輪駆動状態とで切り替えるためクラッチ構造(20)であって、第1回転軸(41)側に固定された複数の摩擦材(23a)と、第2回転軸(42)側に固定された複数の摩擦材(23b)とが軸方向に沿って交互に積層されてなる摩擦係合部(23)と、軸方向に沿って移動可能に設置され、摩擦係合部(23)を押圧して複数の摩擦材(23a,23b)同士を係合させるピストン部材(33)と、ピストン部材(33)を収容してなるピストンハウジング(31)と、ピストンハウジング(31)内でピストン部材(33)との間に画成されて、ピストン部材(33)を摩擦係合部(23)に向けて駆動するための油圧を発生するピストン室(32)と、ピストン部材(33)をピストン室(32)の油圧に抗して摩擦係合部(23)から離間する方へ付勢する付勢部材(35)と、を備え、ピストン部材(33)には、付勢部材(35)の付勢によりピストンハウジング(31)に接地する接地部(39)が設けられており、当該接地部(39)は、ピストン部材(33)の外径端(33a)におけるピストン室(32)側の面(33d)に配置されていることを特徴とする。
【0009】
また、上記のクラッチ構造では、付勢部材(35)は、ピストン部材(33)の外径端(33a)におけるピストン室(32)と反対側の面(33c)に設けた当接部(36)に当接しており、該当接部(36)を軸方向に押圧するように設置されているとよい。
【0010】
本発明にかかるクラッチ構造によれば、ピストン部材をピストン室の油圧に抗して摩擦係合部から離間する方へ付勢する付勢部材が、ピストン部材の外径端におけるピストン室と反対側の面に設けた当接部に当接しており、該当接部を軸方向に押圧するように設置されている。また、ピストン部材のピストンハウジング側に接地する接地部は、ピストン部材の外径端におけるピストン室側の面に設けられている。これらによって、ピストン部材を軸方向から支持する箇所がピストン部材の外径端の部分となっている。したがって、従来のクラッチ構造のように、付勢部材がピストン部材の内径端に当接している場合や、接地部がピストン部材の内径端に設けられている場合と比較して、ピストン部材を中心からより離れた外径側の位置で支持するようになるので、ピストン部材が軸方向に対して傾くことを効果的に防止できる。
【0011】
そして、このようにピストン部材が軸方向に対して傾くことを防止できるので、ピストン部材が移動する際に、そのストローク方向が軸方向に対して傾斜することを防止できる。したがって、ピストンハウジングとピストン部材との間で金属接触が発生することを防止できる。また、ピストン部材で摩擦係合部を軸方向に対して真っ直ぐに押すことができるので、クラッチ構造の動作時に騒音や振動が発生することを防止できる。また、ピストン部材のストローク長が正規の長さになるので、クラッチ締結の応答に遅れが生じることも回避できる。さらに、ピストン部材のストローク方向が軸方向に対して傾かずに済むので、ピストン室に油圧変化が生じることを防止でき、油圧制御性が低下するおそれを低減できる。
【0012】
また、本発明にかかる上記のクラッチ構造では、付勢部材(35)は、ピストン部材(33)の外形に沿う環状のバネ部材であり、当接部(36)は、ピストン部材(33)の外径端(33a)の全周に沿って配置された環状の部分であってよい。
【0013】
このように、付勢部材としてピストン部材の外形に沿う環状のバネ部材を設置することで、当該バネ部材は、ピストン部材の内径端に当接する従来のものと比較して、その形寸法を大きな寸法とすることが可能となる。したがって、付勢部材として用いるバネ部材の仕様(形状やそれに伴う付勢力の設定など)の自由度が高くなる。また、バネ部材の径寸法を大きな寸法に設定できることで、ウエーブスプリング(表面が波型に湾曲した板状のバネ部材)など特殊な形状のバネ部材を使用することも可能となる。
【0014】
また、当接部をピストン部材の外径端の全周に沿って配置された環状の部分とすることで、付勢部材からピストン部材に作用する力がピストン部材の外径端の全周に対して均等に作用するようになる。これにより、付勢部材の付勢によりピストン部材が軸方向に対して傾くことをより確実に防止できるようになる。
【0015】
また、接地部(39)と当接部(36)は、ピストン部材(33)の外径端(33a)におけるピストン室(32)側の面(33d)とピストン室(32)と反対側の面(33c)のそれぞれにおいて、軸方向から見て互いに対応する位置に配置されているとよい。
【0016】
この構成によれば、ピストン部材の当接部と接地部が軸方向から見て互いに対応する位置に配置されていることで、付勢部材の付勢でピストン部材がピストンハウジングに接地した状態で、付勢部材からピストン部材の当接部に作用する力と、ピストンハウジングからピストン部材の接地部に作用する力とが互いに打ち消し合うようになる。これにより、軸方向に対して傾くような力がピストン部材に作用せずに済むので、ピストン部材が傾くことをより効果的に防止できるようになる。
なお、上記で括弧内に記した参照符号は、後述する実施形態における対応する構成要素に付した符号を参考のために例示したものである。
【発明の効果】
【0017】
本発明にかかるクラッチ構造によれば、簡単な構成で、摩擦係合部を押圧するピストン部材が軸方向に対して傾くことを効果的に防止でき、ピストン部材の傾きに起因する様々な不具合の発生を防止できるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明の一実施形態にかかるクラッチ(クラッチ構造)を備えた車両の概略構成図である。
【図2】クラッチを含む車両の駆動力伝達機構の一部を示す側断面図である。
【図3】シリンダピストン及びその周辺の詳細構成を示す図で、図2のX部分の拡大図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、添付図面を参照して本発明の実施形態を詳細に説明する。図1は、本発明の一実施形態に係るクラッチ構造を備えた車両の全体構成例を示す概略図である。同図に示す車両1は、四輪駆動車両であって、該車両1の前部に横置きに搭載したエンジン(駆動源)3と、エンジン3と一体に設置された自動変速機4と、エンジン3からの駆動力を前輪Wf,Wf及び後輪Wr,Wrに伝達するための駆動力伝達機構2とを備えている。
【0020】
エンジン3の出力軸(図示せず)は、自動変速機4、フロントディファレンシャル(以下「フロントデフ」という)5、左右のフロントドライブシャフト6,6を介して、主駆動輪である左右の前輪Wf,Wfに連結されている。さらに、エンジン3の出力軸は、自動変速機4、フロントデフ5、プロペラシャフト7、リアデファレンシャルユニット(以下「リアデフユニット」という)8、左右のリアドライブシャフト9,9を介して副駆動輪である左右の後輪Wr,Wrに連結されている。
【0021】
リアデフユニット8には、左右のリアドライブシャフト9,9に駆動力を配分するためのリアデファレンシャル(以下、「リアデフ」という。)11と、プロペラシャフト7からリアデフ11への駆動力伝達経路を接続・切断するための前後トルク配分用クラッチ20とが設けられている。前後トルク配分用クラッチ20は、油圧式の多板クラッチであり、駆動力伝達機構2において後輪Wr,Wrに配分する駆動力を制御するための駆動力配分装置である。本実施形態の車両1では、図示しない制御手段によって、前後トルク配分用クラッチ20で後輪Wr,Wrに配分する駆動力を制御する。これにより、前輪Wf,Wfを主駆動輪とし、後輪Wr,Wrを副駆動輪とする駆動制御を行うようになっている。
【0022】
すなわち、前後トルク配分用クラッチ20が解除(切断)されているときには、プロペラシャフト7の回転がリアデフ11側に伝達されず、エンジン3のトルクがすべて前輪Wf,Wfに伝達されることで、前輪駆動(2WD)状態となる。一方、前後トルク配分用クラッチ20が接続されているときには、プロペラシャフト7の回転がリアデフ11側に伝達されることで、エンジン3のトルクが前輪Wf,Wfと後輪Wr,Wrの両方に配分されて四輪駆動(4WD)状態となる。なお、前後トルク配分用クラッチ20は、本発明にかかるクラッチ構造を適用したクラッチである。
【0023】
図2は、前後トルク配分用クラッチ(以下、単に「クラッチ」という。)20を含む駆動力伝達機構2の一部を示す側断面図である。また、図3は、後述するシリンダピストン33及びその周辺の詳細構成を示す図で、図2のX部分の拡大図である。なお、以下の説明では、図2に矢印で示したように、駆動力伝達機構2を搭載した車両1の前後方向である図2の左右方向をそれぞれ前、後という。また、軸方向というときは、後述する第1、第2回転軸41,42の軸方向を示すものとする。図2に示す駆動力伝達機構2は、プロペラシャフト7(図1参照)に繋がる第1回転軸41と、第1回転軸41と同軸上に並べて配設された第2回転軸42と、第1回転軸41と第2回転軸42とを係脱自在に連結するためのクラッチ20とを備えている。また、図示は省略するが、第2回転軸42の後端部に一体形成された終減速ドライブピニオンと、当該終減速ドライブピニオンに噛合する終減速ドリブンギヤと、当該終減速ドリブンギヤ内に配設された後輪用のディファレンシャル機構(リアデフ11)とが設けられている。
【0024】
図2に示すように、クラッチ20は、第1回転軸41の後端に結合された略円筒状のクラッチハウジング21と、クラッチハウジング21の内周側で第2回転軸42の前端にスプライン結合されたクラッチハブ22と、クラッチハウジング21内で軸方向に沿って複数を交互に積層した摩擦材である圧力プレート23a及び摩擦プレート23bを備えている。圧力プレート23aは、その外周端がクラッチハウジング21にスプライン係合しており、摩擦プレート23bは、内周端がクラッチハブ22にスプライン係合している。これら複数の圧力プレート23aおよび摩擦プレート23bによって摩擦係合部23が構成されている。圧力プレート23aと摩擦プレート23bの積層方向における後側の端部には、エンドプレート24が設置されている。
【0025】
クラッチハウジング21は、軸方向における後側の端部に開口部21aを有しており、該開口部21aには、軸受62によって回転可能に支持されたエンドキャップ25が取り付けられている。エンドキャップ25は、略円形板状の部材であり、このエンドキャップ25によって、摩擦係合部23を構成する複数の圧力プレート23a及び摩擦プレート23bがクラッチハウジング21内に係止されている。
【0026】
エンドキャップ25の後側に設置されたプレッシャーピストン26は、中心部に略円形の貫通孔を有する略円形の板状部材である。このプレッシャーピストン26は、エンドキャップ25のフランジ部25cの外径側にインロー支持されている。これにより、プレッシャーピストン26は、エンドキャップ25に対して、該エンドキャップ25と一体に回転し、かつ、該エンドキャップ25に対して軸方向にのみ相対移動可能な状態で係合している。
【0027】
また、プレッシャーピストン26のクラッチハウジング21側の面には、軸方向に突出する突起状の押圧部26dが形成されている。一方、エンドキャップ25における押圧部26dに対応する位置には、貫通孔25dが形成されている。なお、図示は省略するが、押圧部26d及び貫通孔25dは、プレッシャーピストン26とエンドキャップ25の円周方向に沿って等間隔で複数個が設けられている。そして、図2に示すように、プレッシャーピストン26の押圧部26dがエンドキャップ25の貫通孔25dを貫通してクラッチハウジング21内に突出しており、該押圧部26dの先端がエンドプレート24に当接するようになっている。
【0028】
一方、エンドキャップ25及びプレッシャーピストン26の後側には、ピストンハウジング31が設置されている。ピストンハウジング31には、その中心部に略円形の開口部31dが設けられており、該開口部31dの前方の端部には、軸方向に沿って前側に突出する円筒状のフランジ部31cが形成されている。フランジ部31cの外径側には、シリンダピストン(ピストン部材)33を収容した収容部31aが形成されている。収容部31aは、ピストンハウジング31の摩擦係合部23側の面を軸方向に窪ませてなる円形環状の凹部である。シリンダピストン33は、収容部31a内に設置された円形環状の外形を有する板状の部材である。シリンダピストン33とプレッシャーピストン26との間には、スラストニードルベアリング29が介在しており、シリンダピストン33とプレッシャーピストン26は、相対回転可能かつ軸方向に一体に移動可能になっている。
【0029】
ピストンハウジング31の収容部31aの内面とシリンダピストン33との隙間には、作動油による油圧を発生させるためのピストン室(油室)32が画成されている。また、図示は省略するが、ピストン室32には、モータにより駆動されるオイルポンプからの作動油が導入される油路が連通している。
【0030】
上記構成により、モータの駆動によるオイルポンプの運転でピストンハウジング31内のピストン室32に作動油が導入されると、ピストン室32から圧力を受けたシリンダピストン33が軸方向に沿って前側に移動することで、プレッシャーピストン26が同方向に移動する。これにより、プレッシャーピストン26の押圧部26dで摩擦係合部23の端部にあるエンドプレート24が押圧されて、圧力プレート23aおよび摩擦プレート23bが互いに係合することで、クラッチ20が締結されるようになっている。
【0031】
ここで、図3を参照してシリンダピストン33及びその周辺の構造について詳細に説明する。シリンダピストン33は、ピストンハウジング31の収容部31a内で軸方向に沿って移動可能に設置されている。シリンダピストン33の外径端33aの外周面とそれに対向するピストンハウジング31の収容部31aの内周面との間には、それらの隙間を密封するための外径シール部材(Oリング)34aが設置されている。また、シリンダピストン33の内径端33bの内周面とそれに対向するピストンハウジング31の収容部31aの外周面との間には、それらの隙間を密封するための内径シール部材(Oリング)34bが設置されている。
【0032】
また、シリンダピストン33をピストン室32の油圧に抗して摩擦係合部23から離間する方へ付勢するリターンスプリング(付勢部材)35が設置されている。リターンスプリング35は、円形環状の外形を有する弾性金属製の板状のバネ部材からなる。このようなリターンスプリング35としては、表面が波型に湾曲した板状のウエーブスプリングなどを用いることが可能である。
【0033】
リターンスプリング35は、その一端(後端)がシリンダピストン33の外径端33aにおける前面(ピストン室32と反対側の面)33cに設けた当接部36に当接している。当接部36は、シリンダピストン33の外径端33aの全周に沿って配置された略円形環状の帯状部分である。また、リターンスプリング35の他端(前端)は、板状の固定具であるアッパーシート37によってピストンハウジング31側に固定されている。アッパーシート37は、円形環状の板状部材であり、ピストンハウジング31の内周面にサークリップ(係止部材)38で係止されている。この構成により、リターンスプリング35の付勢力(弾発力)で、シリンダピストン33の当接部36が軸方向に沿って摩擦係合部23から離間する方へ押圧されるようになっている。
【0034】
また、シリンダピストン33は、リターンスプリング35の付勢により、摩擦係合部23から最も離間した位置でピストンハウジング31の収容部31aの底面に接地するようになっている。この際にシリンダピストン33がピストンハウジング31側に接地する接地部39は、シリンダピストン33の外径端33aにおける背面(ピストン室32側の面)33dに配置されている。この接地部39は、軸方向から見た形状が円形環状の帯状部分として設けられており、シリンダピストン33にリターンスプリング35が当接する当接部36に対して、軸方向で対向する位置に配置されている。すなわち、シリンダピストン33の当接部36と接地部39は、シリンダピストン33の外径端33aにおける軸方向の両面である前面33cと背面33dのそれぞれにおいて、軸方向から見て互いに対応する位置に配置されている。
【0035】
以上説明したように、本実施形態のクラッチ20では、シリンダピストン33を付勢するリターンスプリング35が、シリンダピストン33の外径端33aにおける前面33cに設けた当接部36に当接している。また、リターンスプリング35の付勢でシリンダピストン33がピストンハウジング31側に接地する接地部39は、シリンダピストン33の外径端33aにおける背面33dに設けられている。これらによって、シリンダピストン33を軸方向から支持する箇所がシリンダピストン33の外径端33a側の部分となっている。したがって、従来のクラッチ構造のように、リターンスプリングなどの付勢部材がシリンダピストンの内径端に当接している場合や、ピストンハウジングに接地する接地部がシリンダピストンの内径端に設けられている場合と比較して、シリンダピストン33を中心(軸心)からより離れた外径側の位置で支持するようになるので、シリンダピストン33が軸方向に対して傾くことを効果的に防止できる。
【0036】
そして、シリンダピストン33が軸方向に対して傾くことを防止できるので、シリンダピストン33が移動する際に、そのストローク方向が軸方向に対して傾斜することを防止できる。したがって、ピストンハウジング31の内周面とシリンダピストン33の外径端33aの外周面との間で金属接触が発生することを防止できる。また、シリンダピストン33で摩擦係合部23を軸方向に沿って真っ直ぐに押すことができるので、クラッチ20の動作時に騒音や振動が発生することを防止できる。また、シリンダピストン33のストローク長が正規の長さになるので、クラッチ20の締結時の応答に遅れが生じることも回避できる。さらに、シリンダピストン33のストローク方向が軸方向に対して傾かずに済むので、ピストン室32に油圧変化が生じることを防止でき、油圧制御性が低下するおそれを低減できる。
【0037】
また、本実施形態のクラッチ20では、シリンダピストン33は、第1、第2回転軸41,42の軸心を中心とする略円形の外形を有する部材であり、リターンスプリング35は、シリンダピストン33の外形に沿う略円形環状のバネ部材である。このように、シリンダピストン33を付勢するリターンスプリング35として、シリンダピストン33の外形に沿う略円形環状のバネ部材を設置することで、当該リターンスプリング35は、シリンダピストン33の内径端33bに当接する従来構造のバネ部材と比較して、その径寸法を大きな寸法とすることが可能となる。したがって、リターンスプリング35の仕様(形状やそれに伴う付勢力の設定など)の自由度が高くなる。また、リターンスプリング35の径寸法を大きな寸法に設定できることで、ウエーブスプリング(表面が波型に湾曲した板状のバネ部材)など特殊な形状のバネ部材を使用することも可能となる。
【0038】
また、本実施形態のクラッチ20では、リターンスプリング35が当接する当接部36をシリンダピストン33の外径端33aの全周に沿って配置された環状の部分としたことで、リターンスプリング35からシリンダピストン33に作用する力がシリンダピストン33の外径端33aの全周に対して均等に作用するようになる。したがって、リターンスプリング35の付勢によりシリンダピストン33が軸方向に対して傾くことをより確実に防止できるようになる。
【0039】
また、本実施形態のクラッチ20では、シリンダピストン33の接地部39と当接部36が、シリンダピストン33の外径端33aにおける背面33dと前面33cのそれぞれにおいて、軸方向から見て互いに対応する位置に配置されている。
【0040】
この構成により、リターンスプリング35の付勢でシリンダピストン33がピストンハウジング31側に接地した状態で、リターンスプリング35からシリンダピストン33の当接部36に作用する力と、ピストンハウジング31からシリンダピストン33の接地部39に作用する力とが互いに打ち消し合うようになる。これにより、軸方向に対して傾くような力がシリンダピストン33に作用せずに済むので、シリンダピストン33が傾くことをより効果的に防止できるようになる。
【0041】
以上、本発明の実施形態を説明したが、本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、特許請求の範囲、及び明細書と図面に記載された技術的思想の範囲内において種々の変形が可能である。例えば、上記実施形態では、本発明にかかるピストン部材を付勢する付勢部材として、弾性金属製の板状部材からなるリターンスプリング35を示したが、付勢部材の具体的な構成は、これに限定されず、他の構成のバネ部材などであってもよい。また、上記実施形態では、付勢部材であるリターンスプリング35がピストン部材であるシリンダピストン33の当接部36に直接当接している場合を示したが、本発明にかかるピストン部材の当接部は、付勢部材が直接当接するものに限らず、支持片など他の部材を介して間接的に当接するように構成してもよい。
【符号の説明】
【0042】
2 駆動力伝達機構
20 前後トルク配分用クラッチ(クラッチ)
21 クラッチハウジング
22 クラッチハブ
23 摩擦係合部
23a 圧力プレート(摩擦材)
23b 摩擦プレート(摩擦材)
26 プレッシャーピストン
31 ピストンハウジング
31a 収容部
32 ピストン室
33 シリンダピストン(ピストン部材)
33a 外径端
33b 内径端
33c 前面(ピストン室と反対側の面)
33d 背面(ピストン室側の面)
35 リターンスプリング(付勢部材)
36 当接部
37 アッパーシート
39 接地部
41 第1回転軸
42 第2回転軸

【特許請求の範囲】
【請求項1】
駆動源からの駆動力が伝達される第1回転軸と、車両の副駆動輪側に繋がる第2回転軸との間に設けられて、前記駆動源からの駆動力を前記副駆動輪へ配分することで、車両の駆動状態を四輪駆動状態と二輪駆動状態とで切り替えるためクラッチ構造であって、
前記第1回転軸側に固定された複数の摩擦材と、前記第2回転軸側に固定された複数の摩擦材とが軸方向に沿って交互に積層されてなる摩擦係合部と、
軸方向に沿って移動可能に設置され、前記摩擦係合部を押圧して前記複数の摩擦材同士を係合させるピストン部材と、
前記ピストン部材を収容してなるピストンハウジングと、
前記ピストンハウジング内で前記ピストン部材との間に画成されて、前記ピストン部材を前記摩擦係合部に向けて駆動するための油圧を発生するピストン室と、
前記ピストン部材を前記ピストン室の油圧に抗して前記摩擦係合部から離間する方へ付勢する付勢部材と、を備え、
前記ピストン部材には、前記付勢部材の付勢により前記ピストンハウジングに接地する接地部が設けられており、
前記接地部は、前記ピストン部材の外径端における前記ピストン室側の面に配置されている
ことを特徴とするクラッチ構造。
【請求項2】
前記付勢部材は、前記ピストン部材の外径端における前記ピストン室と反対側の面に設けた当接部に当接しており、該当接部を軸方向に押圧するように設置されている
ことを特徴とする請求項1に記載のクラッチ構造。
【請求項3】
前記付勢部材は、前記ピストン部材の外形に沿う環状のバネ部材であり、
前記当接部は、前記ピストン部材の外径端の全周に沿って配置された環状の部分である
ことを特徴とする請求項2に記載のクラッチ構造。
【請求項4】
前記接地部と前記当接部は、前記ピストン部材の外径端における前記ピストン室側の面と前記ピストン室と反対側の面とのそれぞれにおいて、軸方向から見て互いに対応する位置に配置されている
ことを特徴とする請求項2又は3に記載のクラッチ構造。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−236468(P2012−236468A)
【公開日】平成24年12月6日(2012.12.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−105733(P2011−105733)
【出願日】平成23年5月10日(2011.5.10)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】