説明

コバルト−白金合金磁性膜の製造方法

【課題】 現行磁気メディアと同等或いはそれ以上の優れた磁気特性を備えたコバルト−白金合金磁性膜を製造する技術を提供する。
【解決手段】 本発明のコバルト−白金合金磁性膜の製造方法は、塩化コバルト六水和物を0.5〜20g/Lと、塩化白金酸(IV)を2〜60g/Lと、酒石酸アンモニウムを0.5〜50g/Lとを含有するコバルト−白金合金電析めっき浴を用いて、電析コバルト−白金合金膜を形成し、該電析コバルト−白金合金膜を200℃〜800℃において熱処理を行うことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁気記録媒体を構成する磁性膜の形成に関し、特に、コバルト−白金合金(以下、Co−Pt合金と略す場合もある)磁性膜を電析めっきにより形成する成膜技術に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、情報化社会の進展に伴い、多量のデータを高速に記録し保存する必要性から、情報ストレージの中核をなす磁気記録メディア(ハードディスク)では、高密度記録化、小型化が急速に進められている。現在では、製品レベルで50〜70Gb/inch、研究レベルで150〜200Gb/inchに達している。これに伴って、媒体に記録させるビットサイズも小さくなり、記録ビット長はマイクロメートルから数十ナノメートルまで微細化が進んできている。今後、この面記録密度の高密度化や記録ビット長の微細化は、さらに進行していくことは明らかで、密度としてはTb/inchで、ビット長は40nm×15nmにまでなると推定される。
【0003】
従来の情報記録媒体では、記録密度が10倍以上の大きな変化をしてきたにも関わらず、この間コバルト−クロム(以下、Co−Crと称す)系磁性膜が一貫して使い続けられてきた。これは、Co−Cr系材料が記録媒体に要求される各種問題に対応して材料特性を改良できるだけの設計自由度の高い材料であったことが主因と考えられる。
【0004】
現在、記録媒体が直面している課題は、媒体ノイズの低減と記録ビットの熱的安定性確保の両立である。媒体ノイズを低減する為に結晶粒を微細化すると、それに伴って記録ビットの熱安定性が劣化するという関係がある。つまり、粒子を微細化すると磁化の熱揺らぎによってメモリー情報が消失するという問題が生じるのである。このような問題を解決するためには、高い磁気異方性定数を持つ材料を選択すればよいと考えられている。
【0005】
現状のCo−Cr系媒体では、材料特性的に高密度記録化の限界に達しつつあり、1Tb/inch級の記録密度を実現するためには、新たな記録膜材料の開発が必要となってきている。
【0006】
そのため、本願発明者等は、Co−Cr系媒体の代替材料として、コバルト−白金(Co−Pt)合金磁性膜に着目し、鋭意研究を続けてきた。このCo−Pt合金磁性膜は原子組成比が1:1である場合、高密度の磁気記録媒体への応用としての可能性があり、近年特に注目されている。それは、Co−Pt合金磁性膜が通常不規則なfcc構造をとっているものの、600〜700℃付近で熱処理を行うと、AuCl型、L1のfct構造の規則構造となり、高い一軸結晶磁気異方性を有するためである。このこのCo−Pt合金磁性膜の製造方法として、湿式法のものが知られている(特許文献1参照)。
【特許文献1】特開平4−307419号公報
【0007】
特許文献1では、いわゆるブロードバンド化による大量情報通信技術の進展を考慮し、高密度記録媒体を大量且つ低コストで提供できる製造技術を提供すべく、大量生産の可能となる電析めっきという湿式法による磁性膜製造技術を開示している。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、特許文献1の先行技術の電解めっき液は、酸性の電解めっき液であり、析出物の合金比率における安定性などの点において検討する余地がある。また、湿式法によりCo−Pt合金磁性膜を形成する技術開発は注目されているものの、めっき浴の種類やその条件等についてあまり多くは報告されていない。そのため、現在も、乾式法による磁性膜形成が主流であり、飛躍的な生産性の向上や低コスト化への対応が今ひとつ十分であるとはいえない状況である。
【0009】
さらに、この湿式法により得られる電析めっき合金膜では、現行の磁気メディアで実現されている磁気特性、例えば保磁力の点においても、実用上十分なものといえず、湿式法によるコバルト−白金合金磁性膜を現行磁気メディアの代替材料とするには、今ひとつ満足できるものとは言えないのが現状である。
【0010】
本発明は、以上のような事情のもとになされたもので、磁気記録媒体として電析めっきによるコバルト−白金合金で構成し、優れた磁気特性を備えたコバルト−白金合金磁性膜を製造可能な技術を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
かかる課題を解決するため、本発明のコバルト−白金合金磁性膜の製造方法では、塩化コバルト六水和物を0.5〜20g/Lと、塩化白金酸(IV)を2〜60g/Lと、酒石酸アンモニウムを0.5〜50g/Lとを含有するコバルト−白金合金電析めっき浴を用いて、電析コバルト−白金合金膜を形成し、該電析コバルト−白金合金膜を200℃〜800℃において熱処理を行うことを特徴とするものとした。
【0012】
本発明のCo−Pt合金磁性膜の製造方法では、電析めっき浴は、塩化コバルト六水和物を0.5〜20g/Lと、塩化白金酸(IV)を2〜60g/Lと、酒石酸アンモニウムを0.5〜50g/Lとを含有するものを用いる。塩化コバルト六水和物は、0.5g/L未満であると、コバルトが共析不可能となり、20g/Lを超えるとめっき液中で不安定となり、沈殿しやすくなる傾向となる。塩化白金酸(IV)は、2g/L未満であると、白金が共析しづらくなり、50g/Lを超えるとめっき液中から塩析が発生し易くなる傾向となる。酒石酸アンモニウムは、コバルトの錯化剤の役割をし、0.5g/L未満であると、コバルトが沈殿しやすくなり、50g/Lを超えるとめっき液中から塩析が発生し易くなる傾向となる。
【0013】
そして、上述した電析めっき浴より得られた電析コバルト−白金合金膜を200℃〜800℃において熱処理を行うことで、合金組織をL1型の規則構造に変化させることで、高い保磁力を実現することが可能となる。熱処理温度が200℃未満であると、L1構造への組織変化が不十分になり良好な磁気特性が実現できなくなり、800℃を超えるとL1型構造でなくなる。
【0014】
また、本発明の製造方法では、電析めっきの際、電流密度を100〜2000A/m、液温50〜70℃とすることが好ましい。電流密度が100A/m未満であると、析出物の外観が不均一となり、2000A/mを超えると、析出物の外観が焼け状態になる傾向がある。そして、液温が50℃未満であると白金が共析しづらくなり、70℃を超えるとアンモニアが揮発し、めっき液の安定性が悪くなる傾向とある。
【0015】
さらに、本発明の製造方法における熱処理は、不活性雰囲気で行うことが望ましい。活性雰囲気中で熱処理を行うと酸化物となり、良好な磁気特性を有するコバルト−白金合金磁性膜を実現できなくなる。
【0016】
本発明の製造方法では、塩化コバルト六水和物と塩化白金酸(IV)とを、コバルト:白金が7:3〜1:9としたコバルト−白金合金電析めっき浴を用い、200℃〜800℃の温度範囲にて熱処理を行うことが望ましい。本発明者等の研究によると、電析めっきにより得られる電析コバルト−白金合金膜におけるコバルトと白金の比が、1:1に近いものほど高い保磁力を実現できることを確認している。さらに、その後の熱処理についても、200℃〜800℃の温度範囲で行うと、実用的な保磁力を得ることができ、特に、650℃〜750℃の温度範囲で熱処理を行うと、より高い保磁力を実現できることを確認している。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、実用に適した、非常に良好な磁気特性を備えたコバルト−白金合金磁性膜を形成することが可能となる。また。50at%Pt組成付近の電析コバルト−白金合金膜とし、700℃の熱処理を行うことで、現行のメディアの保磁力よりも高い、約8kOeという保磁力を実現したコバルト−白金合金磁性膜を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下に、本発明の好ましい実施形態について説明する。
【0019】
第一実施形態:この第一実施形態では、表1に示す組成の各Co−Ptめっき浴により電析Co−Pt合金膜を形成し、その膜構造を評価した結果について説明する。めっき浴の建浴は、まず塩化白金六水和物(HPtCl・6HO)を60℃に温めた5%アンモニア水(NH・HO)に添加し、透明な黄色になるまで溶解させた(約24時間)白金溶液を作製した。また、別のビーカーに塩化コバルト六水和物(CoCl・6HO)を蒸留水で溶解し、酒石酸アンモニウムを添加し、紫色の白濁溶液になるまで放置し、コバルト溶液を作製した。このとき、白金溶液とコバルト溶液とのpHはそれぞれpH9、pH5であり、このまま混合させると沈殿が生じる可能性があるため、コバルト溶液にアンモニア水を添加してpH9に調整し、このpH調整したコバルト溶液を白金溶液中に添加して、Co−Ptめっき液を建浴した。尚、pH9に調整したコバルト溶液は透明な紫色となった。
【0020】
上述した建浴法により、表1に示す各組成のCo−Ptめっき浴を準備し、チタン製のメッシュコーティングがされたPtアノード電極と、Cuカソード電極(35μm厚の銅箔を圧延銅板で裏打ちし、リン酸溶液にて銅箔表面を電解研磨して鏡面仕上げしたもの)とを用いて電析めっきすることで行った。めっき処理条件は、液温60℃、電流密度を100〜2000A/mの範囲で変化させて様々な組成の電析Co−Pt合金膜を形成した。Co−Ptめっき浴のpHは無調整でめっきを行ったが、表1の各組成でほぼpH9であった。また、電気量は10C/cmとした。さらに、沈殿を防ぐため、電析中にめっき液の撹拌を行った。
【0021】
【表1】

【0022】
図1には、実施例1〜4の各めっき浴において各電流密度で得られた電析Co−Pt合金膜について、膜中のPt濃度(at%)を測定し、Pt濃度と電流密度との関係を示したものである。合金膜組成の分析は、エネルギー分散型X線分光装置(EDS)で測定した。図1を見ると判るように、膜中のPt濃度はめっき浴のPt濃度の増加に伴って増加することが確認された。そして、膜中のPt濃度は浴中のPt濃度より常に低いことが判明した。また、図1の傾向により、各実施例のめっき浴ではCoよりもPtの方が析出しにくいことが分かるので、いわゆる異常析出型であることが確認された。図1の結果より、本実施例のCo−Ptめっき浴を用いた電析法によれば、9.9at%〜60.5at%Pt組成のCo−Pt合金膜を得ることができることが判明した。
【0023】
次に、得られたCo−Pt合金膜の化学結合状態を調査した結果について説明する。図2には、37.2at%Pt組成(実施例3、電流密度400A/m)のCo−Pt合金膜をX線光電子分析装置(ESCA)により分析した結果を示している。このESCA分析では合金膜表面の汚染や酸化物の影響を避けるため、合金膜表面のアルゴンイオンエッチング(電圧10kV、電流0.5mA)を1min、5min、10min間行い、膜中の化学結合状態を測定した。図2は、合金膜中のCo2p及びPt4fのESCAスペクトルを示している。図2のCo2pのスペクトルから、エッチングを行っていないas−depositedのものでは、Coの金属状態は確認できなかったが、1min間以上のエッチングを行うことでCoの金属状態が確認された。as−depositedでは、膜表面の汚染や酸化物の影響によりCoの金属状態が確認できなかったものと考えられた。一方、Pt4fのスペクトルでは、エッチングを行っていないas−depositedのものからPtが金属状態であることが確認された。この結果、37.2at%Pt組成のCo−Pt合金膜は金属状態の合金膜であることが分かり、エッチング時間に関わらずCo及びPtの金属状態であることが確認されたことから、膜厚方向で化学結合状態は一様であることが明らかとなった。
【0024】
続いて、電析Co−Pt合金膜の結晶光学的構造を調査した結果について説明する。膜構造は、X線回折装置(XRD)により連続法を用いて測定した。測定条件は、Cu−Kα線を用い、管電圧40kV、管電流300mAとし、測定範囲を20°〜90°とした。上記した電析Co−Pt合金膜のうち、8種類のPt組成のものを選択してXRDによりその構造を分析した。その結果を図3に示す。分析した合金膜は、(a)16.5at%Pt(実施例4、電流密度400A/m)、(b)25.1at%Pt(実施例4、電流密度600A/m)、(c)31.1at%Pt(実施例4、電流密度1500A/m)、(d)35.7at%Pt(実施例2、電流密度1000A/m)、(e)41.4at%Pt(実施例2、電流密度600A/m)、(f)45.6at%Pt(実施例3、電流密度1500A/m)、(g)51.1at%Pt(実施例2、電流密度1500A/m)、(h)56.8at%Pt(実施例1、電流密度800A/m)の8種類である。
【0025】
図3より、Pt濃度が16.5〜31.1at%の組成範囲では、2つの鋭い回折ピークが2θ=40.0°、45.8°付近に現れており、これらの回折ピークは六方晶構造をとるε−Coによるものであると考えられる。これらの回折ピークは膜中のPt濃度の増加に伴い低角度側にシフトしており、ε−Co格子中にPtが固溶した(ε−Co,Pt)固溶体によるものと考えられた。そして、膜中のPt濃度が35.7at%以上になると1つの鋭い回折ピーク(2θ=41.9°)と比較的ブロードな回折ピーク(2θ=48.5°)が(ε−Co,Pt)固溶体の回折ピークと共に現れ始め、これらの回折ピークはPt又は立方晶構造をとるα−Coによるものと考えられた。これらの回折ピークも上述した(ε−Co,Pt)固溶体の回折ピークと同様に、膜中のPt濃度の増加に伴い低角度側にシフトしていたことからα−Co格子中にPtが固溶した(α−Co,Pt)固溶体によるものと考えられた。一方、(ε−Co,Pt)固溶体の回折ピークは膜中のPt濃度が増加するに従って次第に弱くなり、51.1at%Pt組成になると(ε−Co,Pt)固溶体の回折ピークは観察されなくなった。膜中のPt濃度が高い51.1〜56.8at%Ptの組成範囲では、(α−Co,Pt)固溶体を示す回折ピークのみが現れており、この回折ピークも膜中のPt濃度の増加に伴って低角度側にシフトしていた。
【0026】
この図3に示す結果から、本実施形態での電析Co−Pt合金膜が固溶体を形成しているかを確認するため、図3の回折ピークから各組成の(ε−Co,Pt)固溶体の格子定数を算出し、膜中のPt濃度と格子定数との関係を調べた。その結果を図4に示す。図4を見ると判るように、Pt濃度の増加に伴って(ε−Co,Pt)のa軸の格子定数が増加していることから、膜中のPt濃度が低いものでは(ε−Co,Pt)固溶体を形成していることが判明した。同様に、図3の回折ピークから各組成の(α−Co,Pt)固溶体の格子定数を算出し、膜中のPt濃度と格子定数との関係を調べた。その結果を図5に示す。図5を見ると判るように、本実施形態のCo−Pt合金膜の格子定数はPt濃度の増加に伴って増加していることが判明した。またこれらの格子定数は純α−Coと純Ptとの格子定数とを結んだVegard則から得られる直線にほぼ一致し、(α−Co,Pt)固溶体を形成していることが確認された。以上の構造解析より、本実施形態で作製した電析Co−Pt合金膜は、31.1at%Pt以下の組成では(ε−Co,Pt)固溶体であり、35.7〜45.6at%Pt以下の組成範囲では(α−Co,Pt)固溶体と(ε−Co,Pt)固溶体との2相が存在し、さらに51.1at%Pt以上の組成では(α−Co,Pt)固溶体であることが判明した。Co−Pt合金の熱平衡状態図によれば、常温付近ではCoPtやCoPtやその混合相が安定相となっているが、本実施形態で作製した電析Co−Pt合金膜は、高温で安定な相(α−Co,Pt)や熱平衡状態図に存在しない(ε−Co,Pt)を形成しており、準安定相をとる構造であることが分かった。
【0027】
さらに、本実施形態で作製した電析Co−Pt合金膜の表面形態を走査型電子顕微鏡(SEM)により観察した結果を説明する。図3で示した8種類のCo−Pt合金膜について、SEMにより倍率65000倍でその表面を観察した。図6には、上記(a)〜(f)の6種の観察結果を示す。その結果、組成の変化に関わらず膜表面は凹凸無い形態であることが確認された。また、高電流密度の作製した膜の場合、若干凹凸が観察されたが、全ての組成で非常に光沢性の良い膜であることが確認された。
【0028】
さらに続いて、本実施形態で作製した電析Co−Pt合金膜の結晶粒径及びその構造解析を高分解能透過型電子顕微鏡(HRTEM)により調査した結果を説明する。HRTEM観察用試料は、ダイヤモンドペーストを用いたディンプリングにより10μm程度にまで薄くした後、イオンミリング(加速電圧5kV、電流5mA)により、15°傾斜させた試料台の基板側からのみArイオンを照射して作製した。TEM観察は、図3で示した8種類の組成のCo−Pt合金膜について行った(図7)。図7の格子像から、各組成のCo−Pt合金膜は、その結晶粒界がはっきりと観察され、非常に微細な結晶より構成されていることが判った。また、膜中のPt濃度の増加に伴い、結晶粒径は小さくなる傾向が見られ、50at%Pt組成付近の膜では、結晶粒径が約5nmとなることが確認された。この図7に示す格子像の結果より、本実施形態で作製した電析Co−Pt合金膜の結晶粒径が約5〜10nm程度であり、微細な粒子により構成されていることが判明した。また、電子線回折図形からAuの標準回折図形を用いてCo−Pt合金膜の構造解析を行ったところ、16.5at%Pt組成の膜では(ε−Co,Pt)固溶体を示す回折環が現れており、25.1〜35.7at%Pt組成の膜では(ε−Co,Pt)固溶体及び(α−Co,Pt)固溶体を示す回折環が現れており、これら2相が存在していることが確認された。そして、41.4at%以上のPt組成の膜では(α−Co,Pt)固溶体を示す回折環のみが現れていることが確認できた。この結果、上述したXRDによる構造解析結果と若干相違するものであるが、Pt濃度のその構造との関係はXRDの場合とほぼ同様の傾向を示すことが確認できた。
【0029】
さらに加えて、熱処理による電析Co−Pt合金膜の構造変化を調べた結果について説明する。この熱処理試験は、サンプルとして51.1at%Pt組成の膜を用い、熱処理により常温で準安定なL1構造に変化するかどうかを調査した。熱処理は、赤外線加熱炉を用い、真空雰囲気中、450℃、60min間熱処理後、空冷により冷却した。図8に、熱処理前後の合金膜についてXRDにより回折パターンを測定した結果を示す。XRDの測定条件は、図3で説明した場合と同様である。図8を見ると判るように、熱処理前のas−depositedの膜では、(α−Co,Pt)固溶体の回折ピークが現れていたのに対して、熱処理後のものは(001),(110)などのL1構造の存在を示す超格子の回折ピークが現れていた。この結果により、51.1at%Pt組成の合金膜は、熱処理により、(α−Co,Pt)固溶体からL1構造に変化することが確認された。しかし、このXRDの回折ピークのうち、L1構造以外にCuPtを示す回折ピークが現れていたが、これは熱処理の際に、基板に用いた銅箔のCuがCo−Pt合金膜中に拡散し、Ptと金属間化合物を形成したためと考えられる。尚、23°付近に現れている回折ピークは試料固定する際の両面テープのために現れたものである。
【0030】
図8で説明した熱処理後の電析Co−Pt合金膜をHRTEMによりその構造解析を行った(図9)。図9に示す格子像と電子線回折図形より、熱処理前のas−depositedの膜では、図7の場合と同様に、はっきりとした粒界が観察され、約5nm程度の粒径であることが判った。そして、電子線回折図形より(α−Co,Pt)固溶体構造であった。一方、熱処理後のものでは、L1構造をもつCoPt粒子の粒界は観察されなかったが、電子線回折図形の解析結果から、(111)よりも内側に(001),(110)に関する回折斑点が確認できたのでL1構造を呈していることが判明した。但し、このHRTEMによる電子線回折図形からも、XRD分析と同様にCuPtを示す回折環がL1構造を示す回折環よりも強く現れていた。
【0031】
最後に、本実施形態で作製した電析Co−Pt合金膜について、熱処理前後の磁気ヒステリシス曲線を測定した結果を説明する。この磁気ヒステリシス曲線の測定は、サンプルとして51.1at%Pt組成の膜を用い、振動式試料型磁力計(VSM)を用い、室温、−20kOe〜20kOeの外部磁化をかけながら測定した。また、L1型CoPt合金が膜方向でなく垂直方向に高い磁気異方性を持つため、外部磁場は試料に対して垂直方向にかけて行った。図10に、測定した磁気ヒステリシス曲線を示す。図10に示すように、熱処理を行っていないas−depositedの膜では、保磁力Hc=74Oeという非常に小さな値であったが、熱処理後のL1構造に変化したものでは、保磁力Hc=673Oeという、熱処理前の約9倍にも増大していた。しかし、この熱処理後の数値は、従来から報告されているL1型CoPt合金の値としては不十分なもので、この結果は上述したようにCo−Pt合金膜中に銅箔のCuが拡散し、Ptと金属間化合物を形成したためと考えられた。
【0032】
第二実施形態:この第二実施形態では、上記した第一実施形態の結果を踏まえ、CoやPtとの金属間化合物を形成しない基板材料を選択し、本発明の電析Co−Pt合金膜の磁性特性を調査した。本実施形態では、(001)面を表面に持つ、単結晶シリコンウエハを基板として用いた。この基板を選択したのは、シリコンがコバルトや白金に固溶しない物質で、且つ、CoPt合金がc軸方向に高い垂直磁気異方性をもつ性質があり、より大きな磁気特性を実現できることが期待されたためである。用いたシリコンウエハ基板の概要を表2に示す。
【0033】
【表2】

【0034】
表2示すシリコンウエハ基板はそのままの状態では密着性が悪いため、次の前処理を行った後に、その表面へ電析Co−Pt合金膜を被覆した。前処理は10wt%HF溶液中にシリコンウエハを10分間浸漬し酸化皮膜を除去した後、密着性を向上させるためCrをスパッタリング法によりイオンシャワー装置を用いて1min間成膜し、さらに導電性を付与すべくCrと同様にPtをスパッタリング法により3min間成膜した。このようにCrとPtとを成膜したシリコンウエハをマスキングテープで10mm×20mmになるように、周辺部及び裏面を絶縁した基板とした。
【0035】
本実施形態で用いたCo−Ptめっき浴は、上記第一実施形態の表1に示す実施例1及び実施例2のものを用いた。これは50at%Pt組成のCo−Pt合金膜が得られやすいようにするためである。めっき浴の製造法やめっき条件については第一実施形態と同様である。ここでは、まず、電流密度を500〜200と変化させて、50at%Pt組成の電析Co−Pt合金膜をシリコンウエハ上に作製し、その組成を確認した。膜組成の測定法は第一実施形態と同じである。図11に電流密度と膜組成との関係を示す。
【0036】
図11を見ると判るように、実施例1(Pt濃度0.045M)、実施例2(Pt濃度0.035M)を用いて、電流密度を変化させてCo−Pt合金膜を作製したところ、シリコンウエハ基板上に50at%Pt組成付近のものを作製することができた。
【0037】
次に、作製した電析Co−Pt合金膜の結晶光学的構造を調査した結果について説明する。構造は、X線回折装置(XRD)により連続法を用いて測定した。測定条件は、第一実施形態と同じである。作製した電析Co−Pt合金膜のうち、5種類のPt組成のものを選択してXRDによりその構造を分析した。その結果を図12に示す。分析した合金膜は、(i)43.6at%Pt(実施例2、電流密度800A/m)、(j)44.9at%Pt(実施例2、電流密度1200A/m)、(k)46.7at%Pt(実施例4、電流密度1500A/m)、(l)49.3at%Pt(実施例4、電流密度2000A/m)、(m)51.8at%Pt(実施例1、電流密度1500A/m)の5種類である。
【0038】
図12中、39°付近に現れているピークは基板に成膜させたPt(111)の回折ピークであり、69°付近に現れているピークはSi(400)回折ピークである。この図12を見ると判るように、2θ=41.9°、48.5°付近に(α−Co,Pt)固溶体の回折ピークが確認された。従って、本実施形態の電析Co−Pt合金膜は、Cu基板を用いた第一実施形態と同様に、50at%Pt組成付近では(α−Co,Pt)固溶体を形成していることが判った。
【0039】
続いて、熱処理温度変化による電析Co−Pt合金膜の構造変化を調べた結果について説明する。この熱処理試験は、サンプルとして上記(i)〜(m)の5種類の合金膜を用い、真空雰囲気中、熱処理温度500℃、600℃、700℃の各温度で熱処理し、それぞれの構造変化を調査した。その結果を図13((i)、(j)、(k))、図14((l)、(m))に示す。
【0040】
図13の(i)43.6at%Pt組成におけるXRD回折パターンでは、500℃熱処理の構造は(α−Co,Pt)固溶体で、その構造変化は見られなかった。600℃熱処理では、33°付近にわずかにL1構造を示す回折ピークが現れ、規則化が始まったことが確認された。さらに、700℃熱処理では、L1構造を示す回折ピークが明らかに出現した。また、立方晶構造から正方晶構造への変化を示す(200)及び(002)回折ピークは分裂して現れたが、(311)及び(113)回折ピークの分裂は若干みられたものの、完全ではなかった。また、L1構造以外を示す回折ピーク(29.8°、45.3°)が現れたが、同定不能だった。この結果から(i)43.6at%PtのCo−Pt合金膜では、L1構造だけでなく第二相が存在する可能性が判明した。
【0041】
次に、図13の(j)44.9at%Pt組成におけるXRD回折パターンでは、(i)の場合と同様に、500℃熱処理では(α−Co,Pt)固溶体のままで、その構造変化は見られなかった。しかし、600℃熱処理を行うと、規則化を示す超格子の回折ピークが33°や61°付近に現れはじめ、700℃熱処理でL1構造を示す回折ピークのみとなった。また、700℃熱処理では、(200)と(002)回折ピークや、(311)と(113)の回折ピークが完全に分裂し、立方晶から正方晶に構造変化をしていることが判った。
【0042】
図13の(k)、図14の(l)、(m)のCo−Pt合金膜では、(j)の場合と同様な結果が得られた。また、膜の組成が50at%に近づくにつれて、600℃熱処理した試料は、33°や61°の回折ピークのほかに24°、54°付近にもL1構造を示す回折ピークが強く現れるようになった。
【0043】
続いて、上記したXRDの回折ピークから、熱処理温度における格子定数(a軸及びc軸)の変化を調査した。その結果を図15に示す。図15を見ると判るように、500℃熱処理では総ての組成の合金膜において、a軸とc軸の格子定数は一致しており、立方晶構造であることが確認されたが、600℃熱処理になるとa軸の格子定数は増大し、c軸の格子定数は減少し始め、700℃熱処理になるとさらにその差は大きくなり、正方晶構造に変化したことが確認された。JCPDSカード(POWDER DIFFRACTION FILE SET43 INORGANIC and ORGANIC DATA BOOK)から算出したL1型CoPt合金膜はc/aの値は約0.97であることから、本実施形態での電析Co−Pt合金膜は700℃熱処理でほぼ完全にL1構造に変化することが判明した。
【0044】
次に、(j)44.9at%Pt組成の電析Co−Pt合金膜について、各熱処理後の構造解析(格子像、電子線回折図形)をHRTEMにより行った(図16)。図16に示す格子像から、熱処理前のas−depositedの膜では、結晶粒径は約5nm程度で、はっきりした粒界が確認された。しかし、500℃熱処理では、その粒界が明確でなくなった。さらに600℃熱処理になると、500℃熱処理では観察されなかったc軸によるものと考えられる格子縞のはっきりした丸い粒子が現れ始め、700℃熱処理では様々な場所でこの丸い粒子が観察された。この丸い粒子の粒径は2〜3nmであった。また、電子線回折図形からその構造を解析したところ、as−depositedの膜では(α−Co,Pt)固溶体の回折環や回折斑点が現れ、500℃熱処理でも同様であった。しかし600℃熱処理では(111)よりも内側に回折斑点が現れており、これを解析したところ、L1構造を示す(001)と(110)の回折斑点であり、L1構造が明らかに出現していることが確認された。そして700℃熱処理では、L1構造を示す回折斑点のみが現れていることが判った。
【0045】
さらに、本実施形態の各電析Co−Pt合金膜について、磁気ヒステリシス曲線を測定して、その保磁力と熱処理温度との関係を調べた結果を説明する。この磁気ヒステリシス曲線の測定は、第一実施形態の場合と同様である。図17には、(i)〜(m)の5種類の合金膜についてその保磁力を測定し、熱処理温度との関係を調べたものである。図17に示すように(i)の合金膜では、熱処理を行っていないas−deposited及び500℃熱処理の膜では、保磁力は非常に値が小さく、熱処理温度に伴う保磁力の変化も見られなかった。600℃以上の熱処理になると、保磁力が若干増加したが、急激な増大ではなかった。これは、図13の(i)でついて説明したように、700℃熱処理でL1構造及びL1構造以外の第2相の存在によるものであると考えられた。
【0046】
図17で示した(j)合金膜の結果では、as−dipositedでは保磁力が非常に小さな値であったが、熱処理温度の上昇に伴って保磁力は増大する傾向を示し、L1構造が現れ始める600℃以上で保磁力値は急激に増加し、700℃熱処理では保磁力Hc=5.9kOeという大きな値を示した。また、(k)〜(m)の合金膜について、その保磁力は(j)と同様な傾向であった。しかし、700℃熱処理における最も高い保磁力は、Co−Pt合金膜組成によりその値は大きく異なった。基本的には。50at%Pt組成に近いほど高い保磁力を示し、本実施形態の中で最も高いものは(m)51.8at%Pt組成のCo−Pt合金膜で、保磁力Hc=8.2kOeであった。
【0047】
図13〜図16の結果より、50at%Pt組成のCo−Pt合金膜は、600℃以上の熱処理で、超格子を示す規則化が開始し、700℃熱処理でL1構造に変化し、その構造変化に伴って保磁力も増大することが判った。そこで、700℃熱処理における(i)〜(m)組成の各Co−Pt合金膜において、その構造や格子定数に相違があるかを調べた。図18には、700℃熱処理におけるXRD回折パターンを示す。図18を見ると判るように、いずれの組成においても700℃熱処理で総てL1構造に変化していたことが確認できた。しかし、完全にL1構造となっている膜であっても、膜中のPt濃度の増加に伴い(200)と(002)の回折ピークなどのL1構造を示す回折ピークは低角度側にシフトする傾向が見られた。
【0048】
そこで、図18に示す回折ピークから格子定数を算出し、膜中のPt濃度と格子定数との関係を調べた。図19にその結果を示す。図19を見ると判るように、700℃熱処理では、各組成においてc/a値は0.97であることから総てL1構造に変化していたことが確認された。また、Pt濃度の増加に伴って、a軸、c軸ともに格子定数の増加する傾向が認められた。
【0049】
最後に、本実施形態の電析Co−Pt合金膜の700℃熱処理における保磁力とPt濃度との関係について調べた結果について説明する。図20に、(i)〜(m)組成の各Co−Pt合金膜における700℃熱処理の保磁力とそのPt濃度との関係を示す。図20より、700℃熱処理における保磁力は、Pt濃度の増加に伴って明らかに増加する傾向を示し、50at%Pt組成に近づくほど高い保磁力を示すことか判明した。最も高い保磁力は、(m)51.8at%Pt組成で700℃熱処理によった場合で、保磁力Hc=8.2kOeであった。この値は、現在用いられている磁気記録メディアの保磁力Hc=1kOe〜5kOeよりも大きく、優れた磁気特性を示すものであった。
【0050】
以上の結果より、本実施形態における電析Co−Pt合金膜の構造とその磁気特性は次のような特徴的な関係があると考えられた。XRDの構造分析及び格子定数の結果より、Co:Ptの原子組成比が厳密に1:1でない場合は多い元素が少ない元素の存在しているべき位置に置換されていることが考えられ、その結果、完全な積層構造が保てなくなり、磁気異方性が弱まり、50at%Pt組成から離れていく組成になるほど、保磁力が減少することになるものと推測された。
【図面の簡単な説明】
【0051】
【図1】第一実施形態の電流密度とPt濃度の関係を示すグラフ。
【図2】37.2at%Pt組成(実施例3、電流密度400A/m)のCo−Pt合金膜をX線光電子分析装置(ESCA)により分析した結果を示す図。
【図3】第一実施形態における電析Co−Pt合金膜の結晶光学的構造を調査した結果を示す図。
【図4】図3の回折ピークから得られた(ε−Co,Pt)固溶体の格子定数とPt濃度との関係を示す図。
【図5】図3の回折ピークから得られた(α−Co,Pt)固溶体の格子定数とPt濃度との関係を示す図。
【図6】第一実施形態の電析Co−Pt合金膜の表面形態を走査型電子顕微鏡(SEM)により観察した結果を示す写真。
【図7】第一実施形態の電析Co−Pt合金膜について高分解能透過型電子顕微鏡(HRTEM)により結晶粒径及びその構造解析を調査した結果を示す図。
【図8】熱処理前後の電析Co−Pt合金膜に関するXRDによる回折パターン測定図。
【図9】図8における熱処理後の電析Co−Pt合金膜をHRTEMにより結晶粒径及びその構造解析を調査した結果を示す図。
【図10】第一実施形態の熱処理前後の電析Co−Pt合金膜における磁気ヒステリシス曲線。
【図11】第二実施形態の電流密度とPt濃度の関係を示すグラフ。
【図12】第二実施形態の電析Co−Pt合金膜をX線光電子分析装置(ESCA)により分析した結果を示す図。
【図13】熱処理温度変化による電析Co−Pt合金膜の構造変化を示す図((i)〜(k))。
【図14】熱処理温度変化による電析Co−Pt合金膜の構造変化を示す図((l),(m))。
【図15】図13及び図14より得た熱処理温度における格子定数(a軸及びc軸)の変化を示すグラフ。
【図16】44.9at%Pt組成の電析Co−Pt合金膜における各熱処理後の構造解析(格子像、電子線回折図形)を高分解能透過型電子顕微鏡(HRTEM)により調査した結果を示す図。
【図17】第二実施形態の電析Co−Pt合金膜のおける保磁力と熱処理温度との関係を示すグラフ。
【図18】第二本実施形態における700℃熱処理におけるXRD回折パターンを示す図。
【図19】第二実施形態における電析Co−Pt合金膜中のPt濃度と格子定数との関係を示すグラフ。
【図20】第二実施形態の電析Co−Pt合金膜における700℃熱処理の保磁力とそのPt濃度との関係を示すグラフ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
コバルト−白金合金磁性膜の製造方法であって、
塩化コバルト六水和物を0.5〜20g/Lと、塩化白金酸(IV)を2〜60g/Lと、酒石酸アンモニウムを0.5〜50g/Lとを含有するコバルト−白金合金電析めっき浴を用いて電析コバルト−白金合金膜を形成し、
該電析コバルト−白金合金膜を200℃〜800℃において熱処理を行うことを特徴とするコバルト−白金合金磁性膜の製造方法。
【請求項2】
電流密度100〜2000A/m、液温50〜70℃で電析めっきを行う請求項1に記載のコバルト−白金合金磁性膜の製造方法。
【請求項3】
熱処理は、不活性雰囲気で行う請求項1または請求項2に記載のコバルト−白金合金磁性膜の製造方法。
【請求項4】
塩化コバルト六水和物と塩化白金酸(IV)とを、コバルト:白金が7:3〜1:9としたコバルト−白金合金電析めっき浴を用い、
真空雰囲気中、200℃〜800℃の温度範囲にて熱処理を行う請求項1〜請求項3に記載のコバルト−白金合金磁性膜の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【公開番号】特開2007−154285(P2007−154285A)
【公開日】平成19年6月21日(2007.6.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−354144(P2005−354144)
【出願日】平成17年12月7日(2005.12.7)
【出願人】(000228165)日本エレクトロプレイテイング・エンジニヤース株式会社 (29)
【Fターム(参考)】