説明

コーティングを有する摺動要素、とりわけピストンリング

本発明は、少なくとも1つの作動面にコーティングを有している、ピストンリングのような摺動要素に関し、このコーティングは接着層(10)と、金属を含有する、好ましくはタングステンを含有するDLC層(12)と、金属を含まないDLC層(14)と、を内側から外側へ備え、金属を含まないDLC層の厚さの、金属を含有するDLC層の厚さに対する比が0.7〜1.5の範囲であり、及び/又は、コーティングの厚さ全体に対する比が0.4〜0.6の範囲であることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、少なくとも1つの作動面にコーティングを有する摺動要素、とりわけピストンリングに関する。
【背景技術】
【0002】
例えば内燃機関内部のピストンリング、ピストン又はシリンダスリーブのような摺動要素は、可能な限り低い摩擦と低レベルの摩耗との両方を有して、長い耐用年数に亘って作動しなければならない。内燃機関の場合に燃費に直接関わる摩擦を、DLC(ダイヤモンド様炭素:diamond−like carbon)のコーティングによって低レベルに保つことができるのは、事実である。さらに、最大40μmまでの層厚さを、原理上は達成することができる。それにもかかわらず、5μmを越える層厚さの場合、層の特性が、例えば層の構造及び組成に関して変化し、これにより必要とされる耐用年数が達成されなくなる、という問題がある。このことは、5μm未満の層厚さにも同様にあてはまる。
【0003】
また、少なくとも窒化クロムを備えた、硬質材料をベースにしたPVDコーティングが、これに関連して知られている。このような層は、摩耗に対する必要な耐性をやはり有しているが、それにもかかわらず、必要とされる低い摩擦係数を有していない。
【0004】
良好な運転開始期の挙動を有するDLCコーティングを有している摺動要素が、特許文献1から知られている。しかしながら、概して、低い摩擦係数の耐久性をさらに向上させることができる。
【0005】
特許文献2は、コーティングを有する摺動要素に関し、このコーティングは内側から外側へ、接着層、金属含有DLC層、及び金属を含まないDLC層を備えている。
【0006】
特許文献3は、ガイドブッシュと、このガイドブッシュの内面に硬質炭素膜を実現する方法とを開示しており、プラズマCVDプロセスを用いて、内面に水素化したアモルファスカーボンの硬質炭素膜を実現している。
【0007】
最後に、特許文献4は、第IV族、第V族又は第VI族の元素を備える層と、ダイヤモンド状ナノコンポジット組成物を備える中間層と、DLC層とを内側から外側へ備えているピストンリングを開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】独国特許第102005063123号明細書
【特許文献2】独国特許第102008016864号明細書
【特許文献3】独国特許出願公開第19735962号明細書
【特許文献4】国際公開第2006/125683号パンフレット
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
こうした背景に対して、本発明は、摩擦係数と摩耗特性との組み合わせに関してさらに改良された摺動要素を提供するという目的に基づく。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本目的は、請求項1に記載の摺動要素によって達成される。
【0011】
従って、この摺動要素は、少なくとも1つの作動面にコーティングを有し、このコーティングは接着層と、金属、とりわけタングステンを含有するDLC層と、金属を含まないDLC層と、を内側から外側へ備え、金属を含まないDLC層と金属を含有するDLC層との間の厚さの比が0.7〜1.5であり、及び/又は、金属を含まないDLC層とコーティング全体との間の厚さの比が0.4〜0.6である。接着層は、好ましくはクロム接着層である。金属を含有するDLC層はアモルファスカーボンを備え、a−C:H:Meと記すことができ、且つ、タングステンを含有する好ましいDLC層として、a−C:H:Wと記すことができる。最外層又は最上層は、同様にアモルファスカーボンを備え、a−C:Hと記すことができる。摩擦及び摩耗に関してとりわけ良好な特性が、記載された値の場合に確認された。より長い耐用年数を目的として、これらトライボロジー特性に、より厚い最上層によって影響を与えることができる。しかしながら、この最上層が中間層と比較して過度に厚くなった場合、摩耗量は悪化する。中間層と最上層とが略同一の厚さである場合に、とりわけ良好な摩耗量を確認することができ、約1.0、とりわけ0.9〜1.1の厚さの比、又は約0.5、とりわけ0.45〜0.55の、全ての層に対する最上層の厚さの比が、ここでは好ましい。摩擦に関しては、内燃機関内において生じる要求を十分に満たし、且つ、とりわけ概して一定である摩擦係数を、前記範囲内にあるコーティングに対して確認することができた。逆に、これら範囲の外では、高い摩擦係数ピークと一定していない摩擦特性とが、短期間の後にすら確認された。
【0012】
しかしながら本発明が限定されるわけではないこの挙動に対する説明として、金属を含まないDLC層が最初にシステム全体へ、即ちコーティング全体へ、非常に高い内部応力を導入し、この内部応力は、金属を含有するDLC層が最外層の厚さと同様の層厚さである場合に、コーティングが強度と靱性との組み合わせに関して最適な態様に実現されるように、相殺することができる、ということが現在のところ考えられている。このコーティングによってコートされた摺動要素、とりわけピストンリングは、従って摩耗に対する良好な耐性を有している。金属を含まないDLC層と金属を含有するDLC層との間の層厚さの比が0.7未満である場合、及び/又は層全体の層厚さに対する最上層の層厚さの比が0.4未満である場合には、最外層の金属を含まないDLC層が、摩耗に対する高い耐性を有しているにもかかわらず、層厚さが不十分なので、摺動要素の耐用年数はあまりにも短くなる。これとは対照的に、金属を含まないDLC層と金属を含有するDLC層との間の層厚さの比が1.5を上回る場合、及び/又は層全体の厚さに対する最上層の厚さの比が0.6を上回る場合には、金属を含有するDLC層の厚さは、内部応力を相殺するためには十分ではない。このことは結果として、最外層のかなりの厚さにもかかわらず、DLC層全体の早すぎる摩耗をもたらし、又は作動中の過度に高い荷重の結果として、DLC層の剥れ落ちをもたらす。
【0013】
コーティングは少なくとも部分的に、摺動要素の少なくとも1つの作動面に実現されているが、このコーティングは作動面全体にわたって延在させることができ、とりわけ、例えばピストンリングのフランク(flank)のような作動面に隣接している表面に、及び/又は作動面からこの作動面に隣接している表面への遷移部に、全体的又は部分的に実現することもできる。
【0014】
本発明による摺動要素の好ましい開発は、さらなる請求項に記載される。
【0015】
現在のところ、鋳鉄又は鋼が、摺動要素、とりわけピストンリングの母材として好ましい。これら材料について、とりわけ良好な特性を確認することができた。
【0016】
層の硬度に関しては、1700HV0.02〜2900HV0.02の値が金属を含まない(a−C:H−、最上部の)DLC層に対して好ましく、及び/又は800〜1600HV0.02の値が金属を含有する(a−C:H:Me−)DLC層に対して好ましい。何故ならこれら値によって要求が十分に満たされたからである。
【0017】
金属を含有するDLC層及び金属を含まないDLC層の両方が、水素を含むことが可能であり、このことは、試験において優位性が証明された。
【0018】
さらに、タングステンを含有しているDLC層に関しては、このDLC層がナノ結晶タングステンカーバイド析出物を含有していることが好ましく、これにより、特性はさらに高められる。
【0019】
とりわけクロム接着層である接着層の厚さに関しては、最大1μmの値が好ましい。
【0020】
5μm〜40μmの、合計コーティング厚が好ましく、これにより、摩擦係数と摩耗特性との間の記載されたバランスを、とりわけ満足のいく方法によって達成することができる。
【0021】
コーティングの効果的な実現に関しては、現在のところ、金属蒸着によって接着層を生じさせることが好ましい。
【0022】
本発明によるコーティングの好適な製造は、金属を含有するDLC層及び/又は金属を含まないDLC層に関しては、これら層がPA−CVDプロセスによって実現された場合に、さらに保証される。
【0023】
本発明の好ましい例示的な実施形態が、図面を参照しつつ、以下においてより十分に説明される。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】本発明によるコーティングの構造を概略的に示す図である。
【図2】本発明による2つの実施例、及び1つの比較実施例の場合の、相対的な摩耗示す図である。
【図3】本発明による2つの実施例、及び1つの比較実施例の場合の、相対的な摩擦係数を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
図1において概略的に示されているように、本発明によるコーティングは、接着層10と、中間層12と、最上層14とを内側から外側に向かって備え、これら層の厚さ及び厚さ比は、上述された範囲内にある。
【実施例】
【0026】
本発明によるコーティングの特性は、2つの実施例及び1つの比較実施例に基づいて調査された。試験は、以下のコーティングを用いて実施された。
【表1】

【0027】
この場合、例1及び例3は、本発明による実施例であり、例2は比較例である。この研究は、「注油を受けた、ピストンリング/被研磨ねずみ鋳鉄シリンダスリーブ」システムに対して実施された。図2は、ピストンリングの相対的な摩耗量を示している。図2から理解することができるように、本発明による例は、比較例2よりも著しく少ない摩耗、具体的には比較例2の場合に生じた摩耗の約20%以下しか有しない。
【0028】
さらに、図3によって示されるように、本発明による例の場合には、摩擦係数は長期間に亘って概して一定であるが、比較例の場合には、一方では、全過程にわたって摩擦係数はより高く、極めて高いピーク値を有している。他方では、摩擦係数は広範囲にわたって変動している。さらに、この比較例によるコーティングは、試験期間の終了の前に破損していたと考えることができる。
【符号の説明】
【0029】
10 接着層
12 金属を含有するDLC層
14 金属を含まないDLC層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも1つの作動面にコーティングを有している、例えばピストンリングのような摺動要素であって、前記コーティングは接着層(10)と、金属、好ましくはタングステンを含有するDLC層(12)と、金属を含まないDLC層(14)と、を内側から外側へ備え、
前記金属を含まないDLC層の厚さは、前記金属を含有するDLC層の厚さに対して0.7〜1.5の比を有し、及び/又は合計コーティング厚に対して0.4〜0.6の比を有していることを特徴とする摺動要素。
【請求項2】
前記摺動要素が、母材として鋳鉄又は鋼を有していることを特徴とする請求項1に記載の摺動要素。
【請求項3】
前記金属を含まないDLC層は1700HV0.02〜2900HV0.02の硬度を有し、及び/又は前記金属を含有するDLC層は800〜1600HV0.02の硬度を有していることを特徴とする請求項1又は2に記載の摺動要素。
【請求項4】
前記金属を含有するDLC層及び/又は前記金属を含まないDLC層が水素を含有していることを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載の摺動要素。
【請求項5】
タングステンを含有している前記DLC層は、ナノ結晶タングステンカーバイド析出物を含有していることを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項に記載の摺動要素。
【請求項6】
前記接着層、とりわけクロム接着層は、最大1μmの厚さを有していることを特徴とする請求項1〜5のいずれか一項に記載の摺動要素。
【請求項7】
合計コーティング厚が5μm〜40μmであることを特徴とする請求項1〜6のいずれか一項に記載の摺動要素。
【請求項8】
前記接着層は金属蒸着によって生じることを特徴とする請求項1〜7のいずれか一項に記載の摺動要素。
【請求項9】
前記金属を含有するDLC層及び/又は前記金属を含まないDLC層は、PA−CVDプロセスによって実現することを特徴とする請求項1〜8のいずれか一項に記載の摺動要素。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公表番号】特表2013−501897(P2013−501897A)
【公表日】平成25年1月17日(2013.1.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−524159(P2012−524159)
【出願日】平成22年5月11日(2010.5.11)
【国際出願番号】PCT/EP2010/056439
【国際公開番号】WO2011/018252
【国際公開日】平成23年2月17日(2011.2.17)
【出願人】(509098102)フェデラル−モグル・ブルシャイト・ゲーエムベーハー (4)
【氏名又は名称原語表記】FEDERAL−MOGUL BURSCHEID GMBH
【住所又は居所原語表記】Buergermeister‐Schmidt‐Strasse 17, 51399 Bursheid, Germany
【Fターム(参考)】