説明

ステロイド製剤によって癌細胞の走化能および浸潤能が亢進される癌を治療するための組成物

【課題】ステロイド製剤によって癌細胞の走化能が亢進される癌を治療するための組成物および当該組成物による癌を治療する方法の提供。
【解決手段】茶カテキンを有効成分とする組成物を得て、ステロイド製剤による癌細胞の走化能の亢進を抑制することで癌を治療する方法を得た。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はステロイド(副腎皮質ホルモン)製剤によって癌細胞の走化能が亢進される癌を治療するための組成物に関する。また、当該組成物を用いて、ステロイド製剤によって癌細胞の走化能および浸潤能が亢進される癌を治療する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、ステロイド製剤は前立腺癌や乳癌の再発・転移に有効な抗癌剤として利用されてきた。ステロイド製剤の一つであるデキサメタゾンは、その抗炎症作用等による抗癌作用を生かして、癌による重症消耗性疾患の全身状態、抗悪性腫瘍剤投与に伴う消化器症状(悪心・嘔吐)や治療(放射線治療、化学療法)によって起こる口内炎の改善に用いられてきた(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
しかし、本発明者は、このように抗癌剤として利用されているステロイド製剤が前立腺癌等の癌細胞の走化能および浸潤能を亢進することを見出した。癌細胞の走化能および浸潤能の亢進は、癌の再発・転移に繋がることから、この発見によって、一部の癌ではステロイド製剤の利用によって症状が悪化する可能性があることが示唆された。
【0004】
そこで、本発明者は癌細胞の走化能の亢進を抑制する成分を検索したところ、カテキンを有効成分とする組成物を作用させることで、ステロイド製剤による癌細胞の走化能および浸潤能の亢進が抑制できることを見出した。
カテキンは抗酸化作用を有し、癌の予防等に有効であることが知られているが(例えば、特許文献2、3参照)、ステロイド製剤による癌細胞の走化能および浸潤能の亢進を抑制するという作用は知られていない。
【特許文献1】特表2004−517076号公報
【特許文献2】特表2007−508316号公報
【特許文献3】特開平11−221048号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、ステロイド製剤によって癌細胞の走化能および浸潤能が亢進される癌を治療するための組成物の提供を課題とする。また、当該組成物を用いて、ステロイド製剤によって癌細胞の走化能および浸潤能が亢進される癌を治療する方法の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、上記課題を解決するために鋭意研究を行った結果、茶カテキンを有効成分とする組成物がステロイド製剤による癌細胞の走化能および浸潤能の亢進の抑制に効果があることを見出し、本発明を完成するに至った。
本発明の茶カテキンを有効成分として含む組成物は、ステロイド製剤と併用したり、ステロイド製剤の投与に先立って投与したりすることで、ステロイド製剤による癌細胞の走化能および浸潤能の亢進を抑制することができる。
【0007】
すなわち、本発明は次の(1)〜(6)の組成物等に関する。
(1)ステロイド製剤によって癌細胞の走化能および浸潤能が亢進される癌を治療するための組成物であって、茶カテキンを有効成分とする組成物。
(2)茶カテキンがエピカロカテキンガレート(epigallocatechingallate)、(−)−エピガロカテキン(epigallocatechin)、(−)−エピガロカテキン−3、5−ジ−O−ガレート(epigallocatechin 3、5−di−O−gallate)、(+)−ガロカテキン(gallocatechin)、8−C−アスコルビルエピガロカテキン(8−C−ascorbyl epigallocatechin)、プロデルフィニジンB−2(prodelphinidin B−2)、プロデルフィニジンB−2 3’−O−ガレート(prodelphinidin B−2 3’−O−gallate)、プロデルフィニジンB−2 3、3’−ジ−O−ガレート(prodelphinidin B−2 3、3’−di−O−gallate)、(−)−エピガロカテキン (4β−8) (−)−エピカテキン−3−O−ガレート(epigallocatechin(4β−8)epicatechin−3−O−gallate)、(−)−エピガロカテキン−3−O−ガレート (4β−8) (−)−エピカテキン−3−O−ガレート(epigallocatechin−3−O−gallate(4β−8)epicatechin−3−O−gallate)、プロシアニジンB−4(procyanidinB−4)、(+)−ガロカテキン (4α−8) (−)−エピカテキン(gallocatechin (4α−8) epicatechin)、(+)−カテキン (4α−8) (−)−エピガロカテキン(catechin (4α−8) epigallocatechin)、プロデルフィニジンB−4(prodelphinidin B−4)、プロデルフィニジンB−4 3’−O−ガレート(prodelphinidin B−4 3’−O−gallate)、ウーロンホモビスフラバンA(oolonghomobisflavan A)、モノデスガロイルウーロンホモビスフラバンA(monodesgalloyl oolonghomobisflavan A)、アッサミカインA(assamicain A)、アッサミカインB(assamicain B)、テアシネンシンB(theasinensin B)、テアシネンシンC(theasinensin C)、テアシネンシンD(theasinensin D)、テアシネンシンE(theasinensin E)、ストリクティニン(strictinin)、没食子酸(gallic acid)又はそれらの薬理学上許容可能な誘導体から選択される化合物である上記(1)に記載の組成物。
(3)ステロイド製剤がデキサメタゾンまたはデキサメタゾン誘導体である上記(1)に記載の組成物。
(4)ステロイド製剤で走化能および浸潤能が亢進する癌が、前立腺癌又は歯肉癌である上記(1)に記載の組成物。
(5)ステロイド製剤の投与に先立って投与される、上記(1)に記載の組成物。
(6)上記(1)〜(5)のいずれかに記載の組成物を用いて、ステロイド製剤によって癌細胞の走化能および浸潤能が亢進される癌を治療する方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明の組成物により、ステロイド製剤によって症状が悪化する可能性がある癌において、癌細胞の走化能および浸潤能の亢進という副作用を抑制しつつ、抗癌剤としてステロイド製剤を利用する事ができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明の「ステロイド製剤」は、癌細胞の走化能および浸潤能を亢進するものであればいずれのステロイド製剤も含まれる。例えば、デキサメタゾン、トリアムシノロンアセトニド、ベクロメタゾン、ヒドロコルチゾン、メチルプレドニゾロン、プレドニゾロン、トリアムシノロンジアセテート、コルチゾン、パラメタゾン、トリアムシノロン、ジフルコルトロン、ジフルプレドナート、ジフロラゾン、フルメタゾン、フルオシノニド、フルオシノロンアセトニド、アルクロメタゾン、フルドロコルチゾンまたはそれらの非毒性塩、プロピオン酸ベクロメタゾン、コハク酸ヒドロコルチゾン、コハク酸メチルプレドニゾロン、酢酸デキサメタゾン、酢酸ヒドロコルチゾン、酢酸プレドニゾロン、デキサメタゾンメタスルホ酸安息香酸、トリアムシノロンジアセテート、ブチル酢酸プレドニゾロン、リン酸デキサメタゾン、リン酸ヒドロコルチゾン、リン酸プレドニゾロン、リン酸ベタメタゾン、コハク酸プレドニゾロン、酢酸コルチゾン、酢酸パラメタゾン、酢酸メチルプレドニゾロン、トリアムシノロン、ヒドロコルチゾン、プレドニゾロン、ベタメタゾン、吉草酸酢酸プレドニゾロン、吉草酸ジフルコルトロン、吉草酸デキサメタゾン、吉草酸ベタメタゾン、酢酸ジフルプレドナート、酢酸ジフロラゾン、ジフルプレドナート、ジプロピオン酸ベタメタゾン、ピバル酸フルメタゾン、フルオシノニド、フルオシノロンアセトニド、プロピオン酸アルクロメタゾン、プロピオン酸ベクロメタゾン、酪酸クロベタゾン、酪酸ヒドロコルチゾン、酪酸プロピオン酸ヒドロコルチゾン、酢酸フルドロコルチゾン、パルチミン酸デキサメタゾン、メチルプレドニゾロン等が挙げられる。また、デキサメタゾンの誘導体であるメタスルホ安息香酸デキサメタゾン,パルミチン酸デキサメタゾン,リン酸デキサメタゾン,トリアムシノロンアセトニド,ヒドロコーチゾン等も含まれる。
【0010】
これらのステロイド製剤は、例えばデキサメタゾンであれば、水溶性デキサメタゾン(Sigma社)、デキサート(リン酸デキサメタゾンナトリウム、富士製薬工業株式会社)、セルフチゾン(メタスルホ安息香酸デキサメタゾンナトリウム、昭和薬品化工株式会社)、ケナコルトA(トリアムシノロンアセトニド、ブリストルマイヤーズ社)、リメタゾン(パルミチン酸デキサメタゾン、三菱ウェルファーマ株式会社)、ヒドロコルチゾン(コハク酸ヒドロコルチゾンナトリウム、興和創薬興和創薬)等の市販のステロイド製剤も含まれる。
本発明者らは、水溶性デキサメタゾン(Sigma社)が10nM以上で癌細胞の走化能を亢進し、100nM以上でプラトーに達することを確認している。
【0011】
本発明の「ステロイド製剤によって癌細胞の走化能および浸潤能が亢進される癌」とは、ステロイド製剤の投与によって癌細胞の走化性および浸潤能が高まる癌のことをいい、歯肉癌、前立腺癌または乳癌などが挙げられる。これらの癌は癌細胞の走化性および浸潤能が高まることで、生体内においても癌細胞の転移や浸潤が誘発され、癌の再発に繋がる可能性がある。
「癌細胞の走化能」とは、ある物質の濃度依存的に細胞移動が促進されることをいう。この癌細胞の走化能が亢進されることにより、癌の周囲を取り囲んでいる線維芽細胞によって分泌される細胞外マトリックス成分や肝細胞増殖因子などの成長因子に向かって癌細胞の細胞移動が促進され、これによって癌の転移や浸潤が起こると考えられる。また、「癌細胞の浸潤能」とは、癌細胞が増殖することで、周囲の組織に入り込み、正常な組織を破壊しながら癌を拡大していくことをいう。
【0012】
本発明の「組成物」には、ステロイド製剤によって癌細胞の走化能および浸潤能が亢進される癌を治療するための組成物であればいずれのものも含まれる。茶カテキンを有効成分とする組成物であることが好ましく、茶カテキンは、エピカロカテキンガレート(epigallocatechingallate)、(−)−エピガロカテキン(epigallocatechin)、(−)−エピガロカテキン−3、5−ジ−O−ガレート(epigallocatechin 3、5−di−O−gallate)、(+)−ガロカテキン(gallocatechin)、8−C−アスコルビルエピガロカテキン(8−C−ascorbyl epigallocatechin)、プロデルフィニジンB−2(prodelphinidin B−2)、プロデルフィニジンB−2 3’−O−ガレート(prodelphinidin B−2 3’−O−gallate)、プロデルフィニジンB−2 3、3’−ジ−O−ガレート(prodelphinidin B−2 3、3’−di−O−gallate)、(−)−エピガロカテキン (4β−8) (−)−エピカテキン−3−O−ガレート(epigallocatechin(4β−8)epicatechin−3−O−gallate)、(−)−エピガロカテキン−3−O−ガレート (4β−8) (−)−エピカテキン−3−O−ガレート(epigallocatechin−3−O−gallate(4β−8)epicatechin−3−O−gallate)、プロシアニジンB−4(procyanidinB−4)、(+)−ガロカテキン (4α−8) (−)−エピカテキン(gallocatechin (4α−8) epicatechin)、(+)−カテキン (4α−8) (−)−エピガロカテキン(catechin (4α−8) epigallocatechin)、プロデルフィニジンB−4(prodelphinidin B−4)、プロデルフィニジンB−4 3’−O−ガレート(prodelphinidin B−4 3’−O−gallate)、ウーロンホモビスフラバンA(oolonghomobisflavan A)、モノデスガロイルウーロンホモビスフラバンA(monodesgalloyl oolonghomobisflavan A)、アッサミカインA(assamicain A)、アッサミカインB(assamicain B)、テアシネンシンB(theasinensin B)、テアシネンシンC(theasinensin C)、テアシネンシンD(theasinensin D)、テアシネンシンE(theasinensin E)、ストリクティニン(strictinin)、没食子酸(gallic acid)又はそれらの薬理学上許容可能な誘導体から選択される化合物であることが好ましい。これらの茶カテキンは、煎茶抽出物等、茶葉から一般的に知られている方法で抽出したものでも用いる事ができ、また市販されているものを用いることもできる。
なお、これらの茶カテキンの誘導体のうち、「薬理学的許容可能な誘導体」とは、これらの茶カテキンとして挙げられた化合物と同様に、ステロイド製剤によって癌細胞の走化能および浸潤能が亢進される癌を治療するために有効に働くもののことをいう。
【0013】
さらに、本発明の「組成物」は、経口投与、経皮投与、直腸内投与、注射などの投与方法に適した固体又は液体の医薬用無毒性担体を含むことができる。
医薬用無毒性担体としては、例えば、グルコース、乳糖、ショ糖、澱粉、マンニトール、デキストリン、脂肪酸グリセリド、ポリエチレングルコール、ヒドロキシエチルデンプン、エチレングリコール、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル、アミノ酸、ゼラチン、アルブミン、水、生理食塩水などが挙げられる。また、必要に応じて、安定化剤、湿潤剤、乳化剤、結合剤、等張化剤などの慣用の添加剤を適宜含むこともできる。
本発明の「組成物」は、例えば、錠剤、顆粒剤、散剤、カプセル剤などの固形剤、溶液剤、懸濁剤、乳剤などの液剤、凍結乾燥製剤などの形態で用いる事ができ、これらの製剤は製剤上の常套手段により調製することができる。
本発明の「組成物」は、抗癌剤としてステロイド製剤を利用しながら、癌細胞の走化能および浸潤能の亢進という副作用を抑制するために、ステロイド製剤の投与に先立って、またはステロイド製剤と同時に投与できることが好ましい。
【0014】
本発明の「治療する方法」とは、本発明の治療薬を用いることによって、ステロイド製剤による癌細胞の走化能のおよび浸潤能亢進を抑制することで、癌を治療する方法のことをいう。
【0015】
以下、試験例、実施例をあげて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【実施例1】
【0016】
<茶カテキンを有効成分とする組成物の調製>
1gの茶葉に3mlのPBSを加えて5分間加温(湯煎)して茶(煎茶)抽出物を得た。この上澄み液を終末濃度が2,500倍希釈になるようして茶カテキンを有効成分とする組成物として、細胞培養系に添加した。
[試験例1]
<ステロイド製剤による癌細胞の走化能の亢進>
1.試料
1)ステロイド製剤
デキサメタゾンとして、セルフチゾン(メタスルホ安息香酸デキサメタゾンナトリウム、昭和薬品化工株式会社)を1.1μMの濃度で用いた。
また、デキサート(リン酸デキサメタゾンナトリウム、富士製薬工業)、セルフチゾン(メタスルホ安息香酸デキサメタゾンナトリウム、昭和薬品化工)、ケナコルトA(トリアムシノロンアセトニド、ブリストルマイヤーズ)、リメタゾン(パルミチン酸デキサメタゾン、三菱ウェルファーマ)、ヒドロコルチゾン(コハク酸ヒドロコルチゾンナトリウム、興和創薬)を1μMの濃度で用いた。
2)癌細胞
a.歯肉癌由来細胞
歯肉癌由来細胞として、ヒューマンサイエンス研究資源バンクより供与されたヒト歯肉癌由来細胞株Ca9−22(JCRB0625)を用いた。
b.前立腺癌由来細胞
前立腺癌由来細胞として、ヒューマンサイエンス研究資源バンクより供与されたヒト前立腺癌由来細胞株PC−3(JCRB9110)を用いた。
培養方法
Ca9−22細胞およびPC−3細胞は,それぞれDulbecco’s modified Eagle medium(DMEM,Wako)に10%ウシ胎児血清(FBS,Hyclone),1%PSN溶液(Gibco,Invitrogen)を加えた培地を用い,37℃,5%CO条件下で培養を行った。
3)走化性誘導因子
基底膜成分であるラミニン−1(マウスEHS腫瘍由来,IWAKI社製)、細胞性フィブロネクチン(ヒト,CHIFYX社)、IV型コラーゲン(ヒト,コラーゲン技術研修会)を走化性誘導因子として用いた。またラミニンとフィブロネクチンを含むヒト歯根膜由来線維芽細胞の無血清培養上清を走化性誘導因子として用いた。
4)ヒト歯根膜由来線維芽細胞の無血清培養上清の調製
抜去第3大臼歯に付着した歯根膜組織から,参考文献1、2の記載に従ってヒト歯根膜由来線維芽細胞(PL)を採取し,組織片から外生した細胞を第1代として第6継代目の細胞を用いた。
細胞はα−minimum essential medium (α−MEM,Wako)に10%FBSおよび1%PSN溶液を添加した培養液を用い,37℃,5%COの条件下で培養を行った。コンフルエントに達したPLを無血清のα−MEMで2回洗浄し,無血清のαMEM中でさらに72時間培養した培養上清を上記の走化性誘導因子として用いた。
歯根膜線維芽細胞の培養上清には、ラミニンとフィブロネクチンが含まれることが知られている。回収した細胞ごとに濃度のばらつきはあるが、本発明においては、ラミニンを150ng/ml程度、フィブロネクチンを600ng/ml程度含む無血清培養上清を走化性試験に用いた。
参考文献1:Ohshima,M.,Otsuka,K.&Suzuki,K. J Periodontal Res 29, 421−429, 1994
参考文献2:Ohshima,M., et al., J Periodontal Res 38, 175−181, 2003
【0017】
2.ステロイド製剤の投与
Ca9‐22細胞またはPC−3細胞にステロイド製剤を投与して、24時間処理することで、走化性試験を行った。
EGF(Epidermal Growth Factor:ポジティブコントロール)またはステロイド製剤によるCa9−22細胞の細胞外マトリックス成分に対する走化性への影響を改良ボイデンチャンバー法により調べた。
T−25フラスコ(Sartedt社)で10%FBS,1%PSN添加DMEMで培養して50%コンフルエントに達したCa9−22細胞またはPC−3細胞に,25ng/mlのEGF(Upstate Biotechnology社)または上記1.1)で調製したステロイド製剤を添加して24時間培養した。
これらの細胞をTrypsin−EDTA溶液(Gibco, Invitrogen)で剥離し,同培地で約1×10個/mlとなるように細胞浮遊液を調製した。24穴プレート(住友ベークライト株式会社)のウェルの下室に,50μg/mlのラミニン−1,50μg/mlの細胞性フィブロネクチンまたは50μg/mlのIV型コラーゲンを含む無血清のDMEMを500μl加え,その上に8μmポアフィルターのケモタキセル(倉敷紡績株式会社)を置いた。上室に250μlの細胞浮遊液を加えて18時間培養し、フィルターを通過してウェルの底に付着した細胞を、0.5%クリスタルバイオレット溶液で染色した後、顕微鏡下で計数して,EGFまたはステロイド製剤による影響を調べた。
また,同様の方法により、500μlの歯根膜線維芽細胞無血清培養上清をウェルの下室に加え、Ca9−22細胞またはPC−3細胞に対するEGFまたはステロイド製剤による影響を調べた。
試験はいずれも3連で行い,平均値と標準偏差を算出した。
【0018】
3.結果
ステロイド製剤として、セルフチゾンを用いた結果を図1、2に示した。その結果、Ca9−22細胞(図1)およびPC−3細胞(図2)のいずれの細胞も、走化性誘導因子の種類(図1,2:LM−1(ラミニン−1)、cFN(細胞性フィブロネクチン)、col IV(IV型コラーゲン)、以下図面において同様に示した)によらず、ステロイド製剤で処理した場合(図1、2:DX+)にはステロイド製剤で処理していない場合(図1、2:DX−)と比べて約2倍程度走化能が亢進することが示された。
ステロイド製剤として、デキサート(リン酸デキサメタゾンナトリウム、富士製薬工業)、セルフチゾン(メタスルホ安息香酸デキサメタゾンナトリウム、昭和薬品化工)、ケナコルトA(トリアムシノロンアセトニド、ブリストルマイヤーズ)、リメタゾン(パルミチン酸デキサメタゾン、三菱ウェルファーマ)、ヒドロコルチゾン(コハク酸ヒドロコルチゾンナトリウム、興和創薬)を用いた場合にも同様に癌細胞の走化能が亢進された。
【0019】
[試験例2]
<ステロイド製剤による癌細胞の走化能の亢進メカニズムの解析>
ステロイド製剤によって走化能が亢進される癌細胞において各種受容体遺伝子の発現にどのような影響が生じているかを調べた。
【0020】
1.試料
上記試験例1と同様の方法で調製したステロイド製剤、試験例1と同様の方法で培養したCa9‐22細胞を用いた。
【0021】
2.インテグリンmRNA発現に及ぼすEGFまたはステロイド製剤の影響
EGFまたはステロイド製剤によるCa9−22細胞の走化性の亢進が,インテグリン発現の上昇によるものかどうかを調べるため,以下の実験を行った。
I型コラーゲンコート6穴プレート上でほぼコンフルエントとなったCa9−22細胞を24時間,無血清のDMEMを用いて培養し,血清飢餓を行った。ここに25 ng/mlのEGFまたは1.1μMのステロイド製剤を添加して培養を継続し,0,1,3,6,12時間後にTrizol Reagent(Gibco, Invitrogen)を用いて細胞層を回収して,全RNAを抽出した。
得られた全RNAから,Gene Amp RNA PCR kitを用いてcDNAを合成した。このcDNAを用い,インテグリンa3(ラミニン受容体)およびb1(a各鎖と二量体を形成)の各鎖および内部標準としてGAPDHに特異的なプライマーと蛍光色素としてSYBR Green I PCR Master Mix(Applied Biosystems)を用い,ABI PRISM 7700(Applied Biosystems)によりreal−time qPCR法を行って,EGFまたはステロイド製剤がインテグリンのmRNA発現に及ぼす影響を調べた。結果は,目的遺伝子の定量結果をGAPDHの定量結果で補正する相対定量で求めた。
real−time qPCRで使用したプライマー(使用濃度:200nM)の塩基配列を表1及び配列表配列番号1〜6に示した。またPCR条件は、50℃ 2分、95℃ 10分、そのあと95℃ 15秒、60℃ 1分(40サイクル)であった。
【0022】
【表1】

【0023】
3.結果
Ca9−22細胞をステロイド製剤またはEGFによって処理したことによる各種受容体の遺伝子発現の変化を調べたところ,図3に示すように、ステロイド製剤(図3,4:DX)またはEGF(図3,4:EGF)処理によってインテグリンβ1(図3,4:INTb1)の発現が12時間で上昇することが示された。また、図4に示したように、EGF処理によってインテグリンα3(図3,4:INTa3)の発現が6時間および12時間で上昇することが示された。
この結果より、ステロイド製剤による処理によってCa9−22細胞のインテグリンβ1の発現が上昇していることから、インテグリンの上昇による癌細胞の走化能の亢進メカニズムが働いていることが示唆された。また、ステロイド製剤による処理によって、インテグリンα3の発現は上昇しなかったことから、インテグリンの発現上昇以外の機序も働いていることが示唆された。
【0024】
[試験例3]
<茶カテキンを有効成分とする組成物を用いたステロイド製剤による癌細胞の走化能の亢進の抑制>
1.試料
上記試験例1と同様の方法で調製したステロイド製剤、試験例1と同様の方法で培養したCa9‐22細胞またはPC−3細胞を用いた。また、上記実施例1で調製した茶カテキンを有効成分とする組成物を用いた。
【0025】
2.ステロイド製剤および茶カテキンを有効成分とする組成物の投与
T−25フラスコで10%FBSおよび1%PSNを含むDMEM中で50%コンフルエントに達したCa9−22細胞またはPC−3細胞に、100μMの茶カテキンを有効成分とする組成物を添加し、1時間培養を行った。ここに50ng/mlのEGFまたは1.1μMのセルフチゾンを添加し、24時間培養を行った。この細胞を用いて、走化性誘導因子として、試験例1で調製したラミニン−1、細胞性フィブロネクチン、IV型コラーゲンまたは線維芽細胞の無血清培養上清を用い、試験例1と同様の方法で走化性試験を行った。
【0026】
3.結果
その結果、線維芽細胞の無血清培養上清を走化性誘導因子として用いた場合に、Ca9−22細胞(図5)およびPC−3細胞(図6)のいずれの細胞も茶カテキンを有効成分とする組成物(図5、6:EGCg)によって、走化能の亢進が抑制されることが示された。また、図7に示したように、ラミニン−1、細胞性フィブロネクチン、IV型コラーゲンを走化性誘導因子として用いた場合に、茶カテキンを有効成分とする組成物によって、Ca9−22細胞の走化能の亢進が抑制されることが示された。
これらの結果において、本発明の茶カテキンを有効成分とする組成物を添加した場合には、EGFまたはステロイド製剤を添加した場合のこれらの細胞の走化性が1/2以上に減少していたことから、茶カテキンを有効成分とする組成物を用いることにより、ステロイド製剤による歯肉癌由来の癌細胞または前立腺癌由来の癌細胞の走化能の亢進が抑制できることが示された。
【0027】
[試験例4]
<三次元培養法による癌細胞浸潤試験>
1.試料
上記試験例1と同様の方法で調製したステロイド製剤、試験例1と同様の方法で培養したCa9‐22細胞を用いた。また、上記実施例1で調製した茶カテキンを有効成分とする組成物を用いた。
【0028】
2.三次元培養法による癌細胞浸潤試験
1)Ca9−22細胞の調製
A:比較として50%コンフルエントに達したCa9−22細胞を24時間後にそのまま用いた(図8:Control)。
B:50%コンフルエントに達したCa9−22細胞に、100μMの茶カテキンを有効成分とする組成物を添加し、24時間培養した。
C:50%コンフルエントに達したCa9−22細胞を、試験例1と同様の方法で、1.1μMのデキサメタゾン(セルフチゾン)存在下で24時間培養した(図8:DEX)。
D:50%コンフルエントに達したCa9−22細胞に、100μMの茶カテキンを有効成分とする組成物を添加し、1時間培養した。さらに1.1μMのデキサメタゾンを添加し、24時間培養を継続した(図8:DEX+ECGg)。
2)コラーゲンゲルの作成
A:ステロイド製剤も茶カテキンを有効成分とする組成物も含まないコラーゲンゲル(図8:Control)、B:茶カテキンを有効成分とする組成物のみを含むコラーゲンゲル(図8:Control+ECGg)、C:ステロイド製剤(デキサメタゾン)を含むコラーゲンゲル(図8:DEX)またはD:ステロイド製剤と茶カテキンを有効成分とする組成物を含むコラーゲンゲル(図8:DEX+ECGg)をそれぞれ次のように作成した。
a.Cell Matrix type I−A 2.24ml(70%)、5X DMEM 0.64ml(20%)、再構成用緩衝液 0.32 ml(10%)(いずれも新田ゼラチン)となるように混合した。
b.上記a.にさらに、ステロイド製剤(デキサメタゾン)を含むコラーゲンゲルには、ステロイド製剤(デキサメタゾン)を終末濃度が1.1μMとなるように混合した。また、茶カテキンを有効成分とする組成物を含むコラーゲンゲルには、茶カテキンを有効成分とする組成物(ECGg)を終末濃度が100μMとなるようにそれぞれ混合した。
c.上記b.に、trypsin−EDTAで剥離し血清に浮遊させたヒト歯肉線維芽細胞0.5 mlを播種し,6穴プレート内で30分間硬化させ、コラーゲンゲルを再構成した。
3)培養
上記1)で調製したCa9−22細胞を同様の成分を含むように作成したコラーゲンゲル上にそれぞれ播種して培養を行った(図8:A:Control、B:Control+EGCg、C:DEX、D:DEX+EGCg)。
培養開始から24時間後に、これらのコラーゲンゲルをプレートの底から浮かせ(raft culture)さらに5日間培養を継続した後,ゲルをメッシュ上に載せ,表面が空気に曝される状態でさらに5日間培養した。なお、培養期間中は、培地中にデキサメタゾン、EGCgともに、ゲル中と同濃度が含まれるよう添加した。
このゲルをホルマリンで固定し,通法に従いHE標本を作製し、癌細胞のゲル内への浸潤能を評価した。また,茶カテキンを有効成分とする組成物をゲル内に添加し,癌細胞の浸潤能に及ぼす影響を調べた。
【0029】
3.結果
図8に示したように、ゲル上に播種した無処理のCa9−22細胞は、部分的にコラーゲンゲル内に浸潤するに留まったが、デキサメタゾンで処理した細胞は、顕著な浸潤が観察された。デキサメタゾンで処理したCa9−22細胞も無処理のCa9−22細胞も、茶カテキンを有効成分とする組成物をゲルに添加しておくことにより、その浸潤が阻止された。従って、デキサメタゾンによって亢進されるCa9−22細胞のコラーゲンゲル内への浸潤が、茶カテキンを有効成分とする組成物の添加によって阻止できることが明らかとなった。
【産業上の利用可能性】
【0030】
本発明の茶カテキンを有効成分とする組成物を含む治療薬は、ステロイド製剤の副作用を抑制する医薬品として利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】ステロイド製剤によるCa9−22細胞の走化能の亢進を示した図である(試験例1)。
【図2】ステロイド製剤によるPC−3細胞の走化能の亢進を示した図である(試験例1)。
【図3】ステロイド製剤またはEGFによるインテグリンβ1の発現変化を示した図である(試験例2)。
【図4】ステロイド製剤またはEGFによるインテグリンα3の発現変化を示した図である(試験例2)。
【図5】茶カテキンを有効成分とする組成物を用いたステロイド製剤によるCa9−22細胞の走化能の亢進の抑制を示した図である(試験例3)。
【図6】茶カテキンを有効成分とする組成物を用いたステロイド製剤によるPC−3細胞の走化能の亢進の抑制を示した図である(試験例3)。
【図7】茶カテキンを有効成分とする組成物を用いたステロイド製剤によるCa9−22細胞の走化能の亢進の抑制を示した図である(試験例3)。
【図8】ステロイド製剤によるCa9−22細胞の浸潤能の亢進および茶カテキンを有効成分とする組成物を用いたステロイド製剤によるCa9−22細胞の浸潤能の亢進の抑制を示した図である(試験例4)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ステロイド製剤によって癌細胞の走化能および浸潤能が亢進される癌を治療するための組成物であって、茶カテキンを有効成分とする組成物。
【請求項2】
茶カテキンがエピカロカテキンガレート(epigallocatechingallate)、(−)−エピガロカテキン(epigallocatechin)、(−)−エピガロカテキン−3、5−ジ−O−ガレート(epigallocatechin 3、5−di−O−gallate)、(+)−ガロカテキン(gallocatechin)、8−C−アスコルビルエピガロカテキン(8−C−ascorbyl epigallocatechin)、プロデルフィニジンB−2(prodelphinidin B−2)、プロデルフィニジンB−2 3’−O−ガレート(prodelphinidin B−2 3’−O−gallate)、プロデルフィニジンB−2 3、3’−ジ−O−ガレート(prodelphinidin B−2 3、3’−di−O−gallate)、(−)−エピガロカテキン (4β−8) (−)−エピカテキン−3−O−ガレート(epigallocatechin(4β−8)epicatechin−3−O−gallate)、(−)−エピガロカテキン−3−O−ガレート (4β−8) (−)−エピカテキン−3−O−ガレート(epigallocatechin−3−O−gallate(4β−8)epicatechin−3−O−gallate)、プロシアニジンB−4(procyanidinB−4)、(+)−ガロカテキン (4α−8) (−)−エピカテキン(gallocatechin (4α−8) epicatechin)、(+)−カテキン (4α−8) (−)−エピガロカテキン(catechin (4α−8) epigallocatechin)、プロデルフィニジンB−4(prodelphinidin B−4)、プロデルフィニジンB−4 3’−O−ガレート(prodelphinidin B−4 3’−O−gallate)、ウーロンホモビスフラバンA(oolonghomobisflavan A)、モノデスガロイルウーロンホモビスフラバンA(monodesgalloyl oolonghomobisflavan A)、アッサミカインA(assamicain A)、アッサミカインB(assamicain B)、テアシネンシンB(theasinensin B)、テアシネンシンC(theasinensin C)、テアシネンシンD(theasinensin D)、テアシネンシンE(theasinensin E)、ストリクティニン(strictinin)、没食子酸(gallic acid)又はそれらの薬理学上許容可能な誘導体から選択される化合物である請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
ステロイド製剤がデキサメタゾンまたはデキサメタゾン誘導体である請求項1に記載の組成物。
【請求項4】
ステロイド製剤で走化能および浸潤能が亢進する癌が、前立腺癌又は歯肉癌である請求項1に記載の組成物。
【請求項5】
ステロイド製剤の投与に先立って投与される、請求項1に記載の組成物。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれかに記載の組成物を用いて、ステロイド製剤によって癌細胞の走化能および浸潤能が亢進される癌を治療する方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2010−90058(P2010−90058A)
【公開日】平成22年4月22日(2010.4.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−261265(P2008−261265)
【出願日】平成20年10月8日(2008.10.8)
【出願人】(899000057)学校法人日本大学 (650)
【Fターム(参考)】