説明

ステンレス鋼の精錬方法

【課題】ステンレス精錬の脱炭にてスラグ移行したCr酸化物を溶鋼中に回収する。
【解決手段】酸素吹精して炭素を0.03%以下とし、スラグ移行したCr酸化物をSi合金鉄で還元して溶鋼中に回収する操作において、Si合金鉄は、総吹精量の関数として予め算出した投入量を添加し、その算出方法は、本操業の前に、総吹精量が異なる予備操業を複数回行い、一の予備操業で任意量のSi合金鉄で精錬し、所定含有率を超えるCr酸化物がスラグに残存した場合は、更に必要なSi合金鉄と既に投入したSi合金鉄を合算して本来の投入量を求め、他の予備操業で任意量のSi合金鉄で精錬し、Si合金鉄投入量が過剰であって溶融合金のSi濃度が所定濃度を超えた場合は、添加したSi合金鉄と溶鋼の過剰Si濃度の差から溶鋼のSi濃度を所定濃度以下にするための本来の投入量を求め、各予備操業で吹精量とSi合金鉄投入量の関数を回帰式として得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願発明は、Argon Oxygen Decarburization(以下、AODと略称する)法におけるステンレス鋼の精錬技術に係り、高価なSi合金鉄の使用を削減し、なおかつ効率的にCr還元を行う技術に関する。特に、Siの含有量が低いステンレス鋼の精錬方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ステンレス鋼の脱炭精錬は、AOD法、Vacuum Oxygen Decarburization(以下、VODと略称する)法により行うことが一般的となっている。AOD法の場合、通常、電気炉において原料を溶解し、配合にて炭素をおよそ1〜2.5%とし、AODに移湯して酸素あるいはアルゴン酸素混合ガスを吹精し、脱炭精錬に入る。
【0003】
この時、有価金属であるCr成分は、吹精した酸素によって少なからず酸化してスラグ中に移行してしまう。したがって、脱炭精錬後、このCr酸化物を還元して溶融合金中に回収するために、Si合金鉄をスラグに添加する。SUS304などの比較的汎用ステンレス鋼であれば、Si投入量(Si原単位)は一定値として設定する。
【0004】
しかしながら、Cr、Moを高濃度含有するステンレス鋼の場合、溶融合金中のSi含有量が高まると、シグマ相と呼ばれるCr、Fe、Mo等で形成される金属間化合物が形成しやすく、最終的に得られる合金が極端に脆化する場合がある。このような合金では、シグマ相形成を助長するSiの含有量を低く制御することが必要である。
【0005】
Siは合金元素であるとともに、AODにおけるCr還元剤であることから、Siの制御は重要である。比較的Cr含有量の高いステンレス鋼の場合、Si合金鉄の投入不足に起因するCr酸化物の還元不足の問題や、逆に、Siの過剰投入の問題があった。
【0006】
さらに、このようなCr、Mo(場合によっては0.1〜0.4mass%のN)を高濃度含有するステンレス鋼は高耐食用途に用いられる場合が多く、耐食性を低下させる炭化物の形成を抑制するために、AODにおいて極低炭素の領域まで脱炭する。高Crのため、炭素を多く含有するFeCrの配合量が多くなり、その理由からも配合直後の炭素濃度は通常の炭素濃度よりも高くなる。
【0007】
そのため、AODにおいては、比較的高いC濃度を極低炭素の領域まで低下させるため、通常よりも多くの酸素吹精量が必要となり、酸化されてスラグ中に移行するCr酸化物濃度も高くなってしまう。そのため、その後のCr還元も困難な面が多かった。このようにCr還元が不充分であると、酸素、硫黄濃度が高くなってしまい、熱間加工性を低下させ熱延時に割れを発生させる問題があった。
【0008】
従来の技術に目を向けると、Cr還元を強化して、脱酸、脱硫を充分進行させるために、スラグ中に移行したCr、Mn量に相当するFe−Si合金の量とさらに溶融合金中Si濃度を0.4%以上とする技術が開示されている(例えば、特許文献1参照)。しかしながら、この技術では、0.4%未満の低いSi含有量の合金を製造することはできない。
【0009】
また、Cr還元後にスラグ中の(Cr)+(MnO)+(T.Fe)を3%以下とすることでS濃度を20ppm以下に制御する技術が開示されている(例えば、特許文献2参照)。しかしながら、いかにして(Cr)+(MnO)+(T.Fe)の合計量3%以下を達成するかについては、具体的な方策が示されておらず、本願が対象とするステンレス鋼には適用できない。
【0010】
【特許文献1】特開平4−99215号公報
【特許文献2】特開平7−62418号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、ステンレス鋼の精錬において、脱炭工程において酸素吹精によってスラグ中に移行したCr酸化物を、Si合金鉄を用いて、効率的、かつ的確に還元して溶融合金中に回収する技術を提供する。特に、Si含有量が低く制限される高Cr含有ステンレス鋼のCr還元に関し、Si合金鉄の添加不足によるCr還元不足を避けつつSiの過剰投入にもならない技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明においては、上述した問題を解決するために、本発明者らはAODでのCr還元の実績を鋭意解析した。高Cr含有ステンレス鋼のSUS312L、SUS329J3L、SUS329J4Lについて、特に注力して解析を進めた。これらの鋼種は、電気炉においてフェロクロム(安価に製造するために高炭素フェロクロム合金が好ましい)、鉄屑、Ni、ステンレス屑、フェロモリブデンなどの原料を目的の組成に合わせて溶解し、その後AODに移湯して、酸素、酸素とArの混合ガス、または窒素と酸素の混合ガスで脱炭し、Cr還元、脱酸、脱硫を行う。その後、取鍋精錬にて温度と微量成分を調節して、連続鋳造機にて鋳造しスラブを製造したものである。
【0013】
Cr還元後のSi濃度、スラグ中Cr酸化物濃度には、非常に大きなバラツキが見られた。これは、これらの鋼種が脱炭によりCを0.03mass%以下程度まで低下させる必要がある、極低炭素鋼であるのが一つの理由と推定された。試行錯誤により鋭意操業解析を重ねた。Cr還元が不足していた場合、スラグ中Cr酸化物が所定の含有率(鋼種ごとに異なり、SUS312L、SUS329J3L、SUS329J4Lであれば3%)になるに必要なSi原単位を求めた。Si合金鉄の投入量が過剰であって溶融合金中のSi濃度が所定のSi濃度を超えた場合には、添加したSi合金鉄量と溶融合金中の過剰Si濃度(過剰Siとは、溶融合金中のSi濃度と所定のSi濃度の差を示す。)の差から、溶融合金中のSi濃度を所定のSi濃度に抑制するために本来投入すべきであったSi合金鉄投入量を求めた。このように必要なSi原単位を算出した種々解析したところ、酸素原単位とよい相関関係が得られた。すなわち、酸素原単位が高くなるにしたがい、Si原単位を高くする必要があることが分かった。この理由は、AODにおける初期の状態(温度、炭素濃度、Si濃度)の差により、酸素吹精量が異なってきて、それにしたがいCr酸化物の形成量が変わるためである。すなわち、酸素原単位が高いほどCr酸化物の形成量が多くなり、多くのSi量を要するということである。なお、この解析には、精度を維持するのに10点以上程度はプロットが必要である。
【0014】
図1に、SUS329J3L(Fe−5mass%Ni−22.5mass%Cr−3.2mass%Mo−0.16mass%N)、SUS329J4L(Fe−6mass%Ni−25mass%Cr−3.3mass%Mo−0.15mass%N)の酸素原単位とSi原単位の関係を、図2にSUS312L(Fe−18mass%Ni−20mass%Cr−6mass%Mo−0.8mass%Cu−0.2mass%N)の酸素原単位とSi原単位の関係を示す。図中の直線より上ではSi投入量が過剰となっていた領域である。特に、本発明では最終的にAlを用いて脱酸、脱硫を進めるために、Alを添加するときに、下記の(1)式で示す反応によりスラグ中のSiOが還元されて、溶融合金中のSiがピックアップする。
【0015】
3(SiO) + 4Al = 2(Al) + 3Si (1)
式(1)中、( )は、スラグ中であることを示し、 (下線部)は、メタル中であることを示す。
【0016】
Siは上記したように、本願のステンレス鋼ではシグマ相形成を助長するので、Cr還元後0.4%未満に抑えておかないと、最終的にAlを投入することで、0.6%を超えて高くなってしまい問題となる。逆に直線の下では還元不足のため、脱酸が弱く酸素と硫黄が効果的に低下できなかった領域であった。
【0017】
このように、図中の直線で示される関数を用いて算出し添加することとした。すなわち、その関数は、Si原単位(kg/t)をyとして、酸素原単位(Nm/t)をxとした場合、下記のように表される。
【0018】
y=0.78x−6.14 (SUS329J3L、SUS329J4Lの場合)
y=0.70x+2.21 (SUS312Lの場合)
【0019】
酸素原単位にしたがい算出されるSi原単位を投入してCr還元を行い、その後、石灰石、蛍石を適宜添加し、脱酸および脱硫とともに成分調整を行ったところ、Siが過剰にならずに、かつ脱酸不良にならなかった。続けてAlを添加して、酸素濃度は好ましい30ppm以下に制御できた。脱酸が問題なく進行したことから、脱硫も進み硫黄濃度も0.005%以下まで低下することができた。このようにして、Siを過剰に添加することなく、酸素と硫黄濃度が低く制御できたため、脆化の原因となるシグマ相を形成せずに、熱間加工性に優れるスラブを得ることが出来た。本発明は上記の知見に基づき開発されたものである。
【0020】
すなわち本発明は、上記問題を解決するものであり、本発明のステンレス鋼の精錬方法は、原料を溶融させて溶融合金とし、AODにおける脱炭工程において、酸素、アルゴン酸素混合ガス、または、窒素酸素混合ガスを溶融合金に吹精して炭素濃度を0.03%以下まで低下させ、吹精によってスラグ中に移行したCr酸化物をSi合金鉄によって還元して溶融合金中に回収する操作において、Si合金鉄は、脱炭工程における総酸素吹精量の関数として予め算出した投入量を添加するものであり、Si合金鉄の投入量の算出方法は、ステンレス鋼の精錬の本操業の前に、総酸素吹精量がそれぞれ異なる複数回の予備的操業を行い、複数回の予備的操業のうち一の予備的操業において任意の量のSi合金鉄を投入して精錬を行い、鋼種ごとに決定される所定のCr酸化物含有率を超えるCr酸化物がスラグ中に残存していた場合は、スラグ中の残存Cr酸化物を所定のCr酸化物含有率以下にするためにさらに添加が必要なSi合金鉄投入量とすでに投入したSi合金鉄投入量を合算して、本来投入すべきであったSi合金鉄投入量を求め、複数回の予備的操業のうち他の予備的操業において任意の量のSi合金鉄を投入して精錬を行い、Si合金鉄の投入量が過剰であって溶融合金中のSi濃度が所定のSi濃度を超えた場合には、添加したSi合金鉄量と溶融合金中の過剰Si濃度(過剰Siとは、溶融合金中のSi濃度と所定のSi濃度の差を示す。)の差から、溶融合金中のSi濃度を所定のSi濃度以下に抑制するために本来投入すべきであったSi合金鉄投入量を求め、複数回のそれぞれの予備的操業によって酸素吹精量とSi合金鉄投入量の関数を回帰式とした条件により、Cr酸化物還元後の溶融合金中の最適Si濃度を得るものであり、さらに、Alを2〜10kg/t添加して脱酸および脱硫することを特徴としている。
【0021】
本発明においては、Cr還元後の溶融合金中のSi濃度が0.4%未満であることを好ましい態様としている。また、ステンレス鋼の化学成分は、C:0.003〜0.03%、Si:0.1〜0.6%以下、S:0.005%以下、Cr:11〜35%、Ni:40%以下、Al:0.005〜0.1%、残部鉄または不可避的不純物からなることを好ましい態様としている。さらにMo:1〜18%、Cu:3%以下、W:5%以下、Co:3%以下のいずれか1種または2種以上を含有しても良い。上記のほかに、B:5〜70ppmを含有し、酸素:30ppm以下であることが好ましい。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、ステンレス鋼の酸素濃度、硫黄濃度を効果的に低下するできるため、加工性が良いスラブを得ることが可能となる。その結果、熱延時に割れが発生せず、製品歩留りを高く保つことが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
本発明を実施するにあたり、最良の実施形態を説明する。
図3は、本願発明における合金の製造工程を示す模式図である。符号Aは電気炉(Electric Furnace,EF)であり、溶解工程として、フェロクロム、鉄屑、Ni、ステンレス屑等の原料を目的の組成に合わせて溶解する。溶解した原料を、精錬工程として、電気炉Aから酸素吹精炉B(AOD)に移湯して、酸素あるいは酸素とArの混合ガス(場合によっては窒素と酸素の混合ガス)で脱炭し、Cr還元、脱酸、脱硫を行い、その後、取鍋精錬(Ladle furnace)にて温度と微量成分を調節する。
【0024】
続いて、溶融合金を鋳造機の注入鍋に投入して鋳造を行う。図3の符号Cは、連続鋳造機(Continuous Casting Machine、CCM)の模式図である。図3に示す鋳造機は、溶融合金が上方から供給されてスラブが下方へ送出される垂直型の鋳造機である。高合金では多くの元素が添加されるため、冷却されて固まるときに大きく曲がると割れが入りやすい傾向があるが、垂直型の装置では偏った無理な力が加わりにくく、高合金に適した装置として利用される。ただし、連続鋳造機は垂直型が好ましいが、それに限定されるものではない。
【0025】
最終的に、図3に示すCCMで溶融合金を鋳造し、スラブを製造する。図3において符号10は注入鍋であり、注入鍋10に、上記溶解工程と精錬工程を経た溶融合金20を出鋼する。続いて溶融合金20は、注入鍋10の下流側に設けられたタンディッシュ11を経て、モールド12に供給されて型入れされる。型に注湯された溶融合金20は、下流側に設けられたスプレー冷却帯13を通過することによって凝固させられつつ、ピンチロール14によって引き抜かれて所定の厚さを有するスラブ21が得られる。また、スラブ21は、所定の位置にてトーチ15によって切断され、圧延等の必要な加工を経て、最終製品が得られる。
【0026】
本発明は、上記工程のうち、AODにおける脱炭後のCr還元の操作方法に関するものであり、以下に詳細に説明する。
AODにおける脱炭工程において、酸素およびアルゴン酸素混合ガスを吹精後、本願が対象とする炭素濃度である0.03%以下まで低下させる。その後、スラグ中に移行したCr酸化物を還元して溶融合金中に回収するために、Si合金鉄を還元剤として用いる。上述の通り、このSi投入量が不足した場合は、Cr酸化物を還元して溶融合金中に回収することが十分に行われず、逆にSi投入量が過剰であった場合は、溶融合金中のSi濃度が増大してしまい、好ましくない。このように、Si投入量は多過ぎても少な過ぎても好ましくなく、厳密な制御が要求されるため、そのSi投入量は、脱炭工程の総酸素吹精量の関数として算出し、必要十分な量を添加する。
【0027】
その関数としての回帰式を導き出す方法は以下の通りである。
この関数を導き出すための予備的な操業は、本操業の前に複数回行う。予備的操業の回数は少なくとも10回程度は必要であり、その結果を用いて必要なSi投入量の関数を解析する。予備的な操業において任意の量のSi合金鉄を投入して操業を行い、スラグを分析し、その結果スラグ中にCr酸化物が過剰に残存していた場合、すなわちSiによるCr還元が不足していたと判明した場合は、スラグ中の残存Cr酸化物を所定の含有率(鋼種ごとに決定され、SUS312L、SUS329J3L、SUS329J4Lであれば3%)以下にするためにさらに添加が必要なSi投入量とすでに投入したSi投入量の和から、本来必要であったSi原単位を求めた。
【0028】
逆に、他の予備的な操業において同様に任意の量のSi合金鉄を投入して操業を行い、その結果、Si合金鉄を多く投入し過ぎた場合、すなわち過剰のSiが溶融合金に移行してしまい溶融合金中のSi濃度が所定のSi濃度を超えてしまった場合には、添加したSi量とCr還元後の溶融合金中の過剰Si濃度の差から、溶融合金中のSi濃度を当該所定のSi濃度以下に抑制しつつCr還元に有効に作用した、本来必要であったSi原単位を求めた。
【0029】
その時に、石灰石、蛍石を適宜投入して、適正な流動性を持つスラグを形成する。この操作により、スラグ中のCr酸化物は8%以下まで低下し、Cr還元が終了した時点でのSi濃度は0.4%未満に制御できる。0.4%以上だと、続けて添加するAlがスラグ中のSiOを還元して、溶融合金中のSi濃度が、最終的に0.6%を超えてしまう。なお、この時形成したスラグは、一旦排滓しても構わない。排滓した場合は、再度石灰石、蛍石を適宜投入してスラグを作る。
【0030】
SiによるCr還元の後、Alを2〜10kg/t添加して脱酸および脱硫する。スラグ組成は、CaO、SiO、MgO、Al、Fから構成される系となる。MgOはAODの耐火物であるドロマイトあるいはマグクロの溶損により混入するものである。CaO/SiO比率は2以上が脱酸脱硫を進める上で好ましい。
【0031】
Si原単位を算出する回帰式を求める際の操作で目標とするスラグ中のCr酸化物の臨界濃度は、例えばSUS312L、SUS329J3L、SUS329J4Lであれば3%であることはすでに述べたが、この値は鋼種ごとに異なる。表1に、鋼種ごとのCr酸化物臨界濃度を示す。表1に示す通り、例えばSUS304であれば、この濃度は1%であるので、回帰式を作成するための予備的操業において、任意の量のSi合金鉄を投入して操業を行い、スラグを分析した結果、SiによるCr還元が不足していた場合は、スラグ中の残存Cr酸化物を1%以下にするためにさらに添加が必要なSi投入量とすでに投入したSi投入量の和から、本来必要であったSi原単位を求め、回帰式を作成することになる。なお、このCr酸化物臨界濃度は、Si合金鉄を投入して、Cr酸化物を還元し、溶融合金中には0.1%未満のSi濃度に留めるために設定される濃度の指標である。
【0032】
また、先出の所定のSi濃度とは、Cr酸化物還元後のスラグ中に残存するCr酸化物が所定のCr酸化物臨界濃度を超えた時、溶融合金中のSi濃度をスラグ中に残存するCr酸化物が所定のCr酸化物臨界濃度になるまで、Si合金鉄を投入する際の指標である。
【0033】
【表1】

【0034】
次に、本発明のステンレス鋼の化学成分について説明する。
C:0.003〜0.03%
Cはステンレス鋼の強度を確保するために必要な元素である。しかしながら、0.03%を超えて高いと、Crの炭化物を形成し耐食性を低下させる。そのため、0.003〜0.03%とした。好ましくは、0.005〜0.025%である。
【0035】
Si:0.1〜0.6%
SiはCr還元および脱酸に必要な元素である。しかし、0.6%を超える過剰の添加は、鋼を脆化させるシグマ相形成を促進する。そのため、0.1〜0.6%と定めた。上述の回帰式を用いてSi原単位を算出し、Siを投入することで、Cr還元後にSi濃度を0.4%未満に抑えることで、上限の0.6%以下を満足できる。好ましくは、0.2〜0.55%、より好ましくは、0.25〜0.55%である。
【0036】
S:0.005%以下
Sは熱間加工性を低下させる元素であるため、0.005%以下とした。上記の操作によりCr還元し、さらにAlを2〜10kg/t添加して脱酸することで制御できる。好ましくは、0.004%以下、より好ましくは0.003%以下である。
【0037】
Cr:11〜35%
Crは鋼の表面に不導体皮膜を生成して、耐食性を確保するために必要な元素である。11%未満ではその効果が得られず、35%を超えて高いと、熱間強度が著しく高くなり、熱間加工が困難となる。そのため、11〜35%とした。なお、本発明はCr含有量が比較的高い19〜30%の領域でより効果が大きい。
【0038】
Ni:40%以下
Niはオーステナイト相を安定化させる元素であるため、40%以下の範囲で添加してもよい。
【0039】
Al:0.005〜0.1%
Alは脱酸および脱硫を進行させるために必要な元素である。しかし、0.1%を超えての過剰の添加は、AlNを形成して熱間加工性を低下させる場合がある。また、スラグ中のSiOを還元しすぎて、Si濃度を0.6%超に高くしてしまう。そのため、0.005〜0.1%とした。SiによるCr還元の後、Alを2〜10kg/t添加する操作でこの範囲に制御できる。好ましくは、0.01〜0.07%、より好ましくは、0.01〜0.06%である。
【0040】
他の元素成分
上記の元素に加えて、Mo:1〜18%、Cu:3%以下、W:5%以下、Co:3%以下のいずれか1種または2種以上を、耐食性の観点から含有しても良い。さらに、熱間加工性向上の目的で、B:5〜70ppmを含有しても構わない。酸素は熱間加工性を低下させるので、低い方が良く、30ppm以下に抑えることが好ましい。
【実施例】
【0041】
具体的に実施例を示して本発明の効果を説明する。なお、ここで説明する実施例は、SUS329J3L、SUS329J4L(図1)、SUS312L(図2)についてである。
【0042】
60トン電気炉においてフェロクロム、鉄屑、Ni、ステンレス屑、などの原料を目的の組成に合わせて溶解し、その後AODに移湯して、酸素あるいは酸素とArの混合ガスで脱炭し、Cr還元、脱酸、脱硫を行った。AODにおける脱炭工程において、酸素およびアルゴン酸素混合ガスを吹精後、炭素濃度を0.03%以下まで低下させた。その後、スラグ中に移行したCr酸化物を還元して溶融合金中に回収する操作において、還元剤にフェロシリコン合金を用い、そのSi投入量は脱炭工程の総酸素吹精量の関数として算出し添加した。
【0043】
その関数としての回帰式を導き出す方法は次の通りとした。予備的な操業を10回行い、その結果を用いて解析した。Cr還元が不足していた場合、スラグ中Cr酸化物が3%になるに必要なSi原単位を求めた。逆に還元剤のSiを多く投入しすぎた時には、添加したSiとCr還元後の溶融合金中のSi濃度の差から、Cr還元に有効に作用したSi原単位を求めた。
【0044】
また、Cr還元の操作では、石灰石、蛍石を適宜投入して、適正な流動性を持つスラグを形成した。この時形成したスラグは、一旦排滓し、再度石灰石、蛍石を適宜投入してスラグを形成した。スラグの組成は、CaO、SiO、MgO、Al、Fから構成される系であった。その後、Alを添加し脱酸と脱硫を進めた。なお、一部の比較例では、意図的に添加しなかった例もある。
【0045】
AODでの精錬後、取鍋精錬にて温度と微量成分を調節して、連続鋳造機にて鋳造しスラブを製造した。スラブは表面を研削し、熱間圧延を行い熱延板とした。この熱延板を酸洗した後に、ヘゲ疵の発生状況を目視により検査した。ヘゲ疵の発生位置は主として、コイル端より100〜300mmの位置にあり、特にこの位置を注視した。代表的な疵を表面から撮影したものを図4に示す。特徴は被さり状を呈している点である。
【0046】
各測定ならびに評価方法は以下によった。
・還元後のスラグ中Cr濃度:スラグを採取して粉砕後、タブレットを作り、蛍光X線分析により求めた。
・還元後Si濃度:溶融合金を採取し、蛍光X線分析により求めた。
・最終成分:溶融合金サンプルを採取し、NとO以外は蛍光X線分析により求めた。NとOは不活性ガスインパルス融解赤外線吸収法により求めた。
・熱延板での外観:ヘゲ疵の発生頻度により評価した。◎:コイル中に10個以下、○:コイル中に10個を超える数あるが、コイル研削により除去できる程度、×:コイル研削により除去不可能で屑化せねばならない程度
【0047】
[実施例1]
SUS329J3L
表2にSUS329J3Lの実施例を示す。発明例No.1〜4はSi原単位、還元後のスラグ中Cr濃度、還元後Si濃度、Al原単位いずれも本発明の範囲に入っていた。そのため、最終成分のS、Oともに低くなり熱延板での外観も◎または○であり、良好であった。
【0048】
一方、比較例では、いずれかの条件が外れていたために、熱延板にて欠陥が多数観察された。比較例1と3は、酸素原単位に対してSi原単位が低かったので、還元が不十分となり、酸素、硫黄ともに高くなってしまった。比較例1は、さらにAlを投入しなかったため、比較例3よりも酸素が高かった。比較例2と4は、酸素原単位に対してSi原単位が高かったので、還元後のSi濃度が0.4%を超えて高くなってしまった。そのため、最終的なSi濃度も0.6%を超えて高く、シグマ相形成により脆化し、熱延板での欠陥をもたらした。
【0049】
【表2】

【0050】
[実施例2]
SUS329J4L
表3にSUS329J4Lの実施例を示す。発明例No.5〜10はSi原単位、還元後のスラグ中Cr濃度、還元後Si濃度、Al原単位いずれも本発明の範囲に入っていた。そのため、最終成分のS、Oともに低くなり熱延板での外観も◎または○であり、良好であった。
【0051】
一方、比較例では、いずれかの条件が外れていたために、熱延板にて欠陥が多数観察された。比較例6、7、8、10は、酸素原単位に対してSi原単位が低かったので、還元が不十分となり、酸素、硫黄ともに高くなってしまった。比較例7と10は、さらにAlを投入しなかったので、酸素濃度が他よりも高かった。比較例5と9は、酸素原単位に対してSi原単位が高かったので、還元後のSi濃度が0.4%を超えて高くなってしまった。そのため、最終的なSi濃度も0.6%を超えて高く、シグマ相形成により脆化し、熱延板での欠陥をもたらした。
【0052】
【表3】

【0053】
[実施例3]
SUS312L
表4にSUS312Lの実施例を示す。発明例No.11〜14はSi原単位、還元後のスラグ中Cr濃度、還元後Si濃度、Al原単位いずれも本発明の範囲に入っていた。そのため、最終成分のS、Oともに低くなり熱延板での外観も◎または○であり、良好であった。
【0054】
一方、比較例では、いずれかの条件が外れていたために、熱延板にて欠陥が多数観察された。比較例11と13はSi原単位が高く、還元後Si濃度が0.4%を超えて高く、最終的なSi濃度も0.6%を超えて高くなってしまった。そのため、シグマ相形成により脆化し、熱延板での欠陥をもたらした。比較例12と14は、逆にSi原単位が低く、酸素および硫黄濃度が高くなってしまった。特に比較例12ではAlを投入しなかったので、酸素と硫黄濃度が特に高かった。
【0055】
【表4】

【0056】
以上説明したように、本発明のステンレス合金の精錬方法においては、本操業の前に予備的操業を行ってSi原単位と酸素原単位の関係を示す回帰式を求めているので、本操業においては、操業ごとに成分を分析する必要がなく、その回帰式にしたがって必要十分なSi合金鉄の投入量を決定することができる。
【産業上の利用可能性】
【0057】
Si濃度を低減してシグマ相形成を抑制した高Cr含有ステンレス合金を効率良く製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0058】
【図1】本発明におけるSUS329J3LおよびSUS329J4LのSi原単位と酸素原単位の関係を示すグラフである。
【図2】本発明におけるSUS312LのSi原単位と酸素原単位の関係を示すグラフである。
【図3】本発明のステンレス合金の製造工程を示す模式図である。
【図4】ステンレス合金の圧延時に生じるヘゲ疵の光学顕微鏡写真である。
【符号の説明】
【0059】
A 電気炉
B 酸素吹精炉
C 連続鋳造機
10 注入鍋
11 タンディッシュ
12 モールド
13 スプレー冷却帯
14 ピンチロール
15 トーチ
20 溶融合金
21 スラブ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ステンレス鋼の精錬方法であって、原料を溶融させて溶融合金とし、AODにおける脱炭工程において、酸素、アルゴン酸素混合ガス、または、窒素酸素混合ガスを上記溶融合金に吹精して炭素濃度を0.03%以下まで低下させ、上記吹精によってスラグ中に移行したCr酸化物をSi合金鉄によって還元して上記溶融合金中に回収する操作において、
上記Si合金鉄は、上記脱炭工程における総酸素吹精量の関数として予め算出した投入量を添加するものであり、
上記Si合金鉄の投入量の算出方法は、
上記ステンレス鋼の精錬の本操業の前に、上記総酸素吹精量がそれぞれ異なる複数回の予備的操業を行い、
上記複数回の予備的操業のうち一の予備的操業において任意の量のSi合金鉄を投入して精錬を行い、鋼種ごとに決定される所定のCr酸化物臨界濃度を超えるCr酸化物がスラグ中に残存していた場合は、スラグ中の残存Cr酸化物を上記所定のCr酸化物臨界濃度にするためにさらに添加が必要なSi合金鉄投入量とすでに投入したSi合金鉄投入量を合算して、本来投入すべきであったSi合金鉄投入量を求め、
上記複数回の予備的操業のうち他の予備的操業において任意の量のSi合金鉄を投入して精錬を行い、Si合金鉄の投入量が過剰であって溶融合金中のSi濃度が所定のSi濃度を超えた場合には、添加したSi合金鉄量と溶融合金中の過剰Si濃度の差から、溶融合金中のSi濃度を所定のSi濃度に抑制するために本来投入すべきであったSi合金鉄投入量を求め、
上記複数回のそれぞれの予備的操業によって酸素吹精量とSi合金鉄投入量の関数を回帰式とした条件により、Cr酸化物還元後の溶融合金中の最適Si濃度を得るものであり、
さらに、Alを2〜10kg/t添加して脱酸および脱硫することを特徴とするステンレス鋼の精錬方法。
【請求項2】
前記回帰式を得るための予備的操業で用いる所定のSi濃度は、0.1%であることを特徴とする請求項1に記載のステンレス鋼の精錬方法。
【請求項3】
前記回帰式とした条件により、得られるCr酸化物還元後の溶融合金中のSi濃度は、0.4%未満であることを特徴とする請求項1または2に記載のステンレス鋼の精錬方法。
【請求項4】
前記ステンレス鋼の化学成分がC:0.003〜0.03%、Si:0.1〜0.6%、S:0.005%以下、Cr:11〜35%、Ni:40%以下、Al:0.005〜0.1%、残部鉄または不可避的不純物からなることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載のステンレス鋼の精錬方法。
【請求項5】
前記ステンレス鋼は、Mo:1〜18%、Cu:3%以下、W:5%以下、Co:3%以下のいずれか1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項4に記載のステンレス鋼の精錬方法。
【請求項6】
前記ステンレス鋼は、B:5〜70ppmを含有し、酸素:30ppm以下であることを特徴とする請求項4または5に記載のステンレス鋼の精錬方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2009−120884(P2009−120884A)
【公開日】平成21年6月4日(2009.6.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−294228(P2007−294228)
【出願日】平成19年11月13日(2007.11.13)
【出願人】(000232793)日本冶金工業株式会社 (84)
【Fターム(参考)】