説明

スピン流回路

【課題】複数の出力電圧のバラつきを低減可能なスピン流回路を提供する。
【解決手段】スピン流回路は、スピン流を発生する第1スピン注入素子SIEと、第1スピン注入素子SIEにおいて発生したスピン流が流れる非磁性のチャンネル層5Aと、チャンネル層5A上の異なる位置に設けられた複数の磁化自由層4,6と、チャンネル層5Aとそれぞれの磁化自由層4,6との間に介在するトンネル障壁19B,19Cとを備えている。それぞれの磁化自由層4,6とチャンネル層5Aの間の電圧が、それぞれ検出される。各フリー層4,6とチャンネル層5Aとの間にトンネル障壁19B,19Cを介在させておくことで、各フリー層4,6とチャンネル層19B,19Cとの間の出力電圧のバラつきを低減させることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スピン流の取り出しの均一性を高めたスピン流回路に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来の演算回路技術では、電流を回路に流し、その電流或いは電圧を利用することで計算を行っている。近年の大規模集積回路(LSI)の重要な課題の1つは、消費電力の低減である。すなわち、非計算時におけるリーク電流が計算時と同等の電力を消費しており、かかる消費電力の低減が検討されている。この改善の方法として、1つの回路を複数のブロックに分けて、使用しない回路の電源を切る手法が採用されている。しかしながら、この方法では回路を使わないという予測を立てなければならないため、予測が外れると、回路のON/OFF動作を行う際の電力消費量の方がむしろ増大してしまう。
【0003】
その改善策として、磁気記録素子であるMTJ(Magnetic Tunnel Junction)を採用し、不揮発な情報を保持することが提案されている。MTJは、従来、下記特許文献1,2に示されるように、磁気ヘッドに用いられてきたが、その他の用途には適用されてこなかった。MTJを用いた回路は、計算時以外では電流を遮断することができる。したがって、このような回路を用いることで、消費電力を大幅に低減し、省エネルギー化を実現することが期待されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2007−299467号公報
【特許文献2】特許第4029772号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
消費電力を低減する回路としては、スピン流を用いたものが有効であると考えられる。スピン流はまさに回路におけるスピンの流れであり、電荷を伴わない。
【0006】
スピン流に関しては幾つかの現象が知られている。例えば、上向きのスピン電子と下向きのスピン電子が互いに逆方向に同一量だけ流れる場合、電子の流れは相殺されるが、スピン流は発生している。すなわち、電子流が存在しない場合においてもスピン流は発生し、一領域内にスピン蓄積が行われる現象が存在する。このような現象は、スピン電子が蓄積された領域からスピン流が染み出していると捉えることもできる。
【0007】
非磁性体からなるチャンネル層の両端に、磁化固定層(ピンド層)と、磁化自由層(フリー層)を配置し、ピンド層からチャンネル層内にスピン電子を注入した場合、この注入位置(GSIP:グローバルスピン注入位置)から、スピンが拡散してスピン流が発生し、このスピン流はフリー層によって吸収される。このときフリー層とピンド層の磁化の向きの相対角度によって、フリー層の電位が変動し、チャンネル層とフリー層との間に電圧変化が発生する。
【0008】
フリー層の磁化の向きは、これに近接する配線を流れる電流に伴って発生する磁界などによって、変化させることができる。もちろん、フリー層の磁化の向きは、これにスピン注入磁化反転臨界値以上のスピン注入を行うことによっても制御することができる。いずれにしても、この配線に電流を流すことによって、フリー層の磁化の向きを変化させることができ、この状態は1つの情報として保持することができる。
【0009】
1つのGSIPから拡散するスピン流を、複数のフリー層で吸収する場合、個々のフリー層を1つのセルとして取り扱うと、フリー層の磁化の向きを情報として記憶したメモリが完成する。各フリー層に書き込まれた情報は、スピン流の吸収時に生じる電圧を測定すれば読み出すことができる。また、スピン流を生成する電流を取り出した場合、出力電圧は急激に減衰することから、スピン流回路における電力消費量は極めて少なくなるものと推定され、低消費電力のメモリの実現が期待されている。
【0010】
ところが、本願発明者らが鋭意検討した結果、1つのGSIPから拡散するスピン流を、複数のフリー層で吸収させようとすると、GSIPからの距離が離れるにしたがって、各フリー層から出力される電圧が低下することが判明した。これは、近距離に位置するフリー層によって多くのスピン流が吸収され、残り少ないスピン流成分が遠距離に位置するフリー層に吸収され、このような吸収量の違いが出力電圧の差となって観察されたものと考えられる。
【0011】
上述のような現象が生じる場合、各フリー層における出力電圧のバラつきが大きく、現実的なメモリ等には適用することができない。本発明は、このような課題に鑑みてなされたものであり、複数の出力電圧のバラつきを低減可能なスピン流回路を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上述の課題を解決するため、本発明に係るスピン流回路は、スピン流を発生する第1スピン流発生手段と、第1スピン流発生手段において発生したスピン流が流れる非磁性のチャンネル層と、チャンネル層上の異なる位置に設けられた複数の磁化自由層(フリー層)と、チャンネル層とそれぞれの前記磁化自由層との間に介在するトンネル障壁と、を備え、それぞれの磁化自由層とチャンネル層の間の電圧がそれぞれ検出されることを特徴とする。
【0013】
フリー層は、磁化固定層(ピンド層)に対して相対的に磁化の向きが外部磁場に応じて容易に変化する磁性層であり、フリー層の保持力は、ピンド層の保持力よりも小さい。本願発明者らは、スピン流を複数のフリー層で吸収させる場合において、各フリー層とチャンネル層との間に比較的高抵抗のトンネル障壁を介在させておくことで、各フリー層とチャンネル層との間の出力電圧のバラつきを低減させることができる旨を発見した。このように本発明によれば、出力電圧のバラつきを低減することができるため、スピン流回路のメモリへの適用が可能となる。
【0014】
また、磁化自由層の磁化容易軸は、磁化固定層の磁化容易軸と平行であることが好ましい。この場合には、磁化自由層の磁化の方向は、磁化固定層の磁化の方向に対して、平行と反平行という2つの状態を明確にとることができるため、この素子を2つの状態を記憶するメモリに適用することができる。
【0015】
また、第1スピン流発生手段は、ピンド層と、ピンド層とチャンネル層との間に介在するトンネル障壁とを備えていることが好ましい。ピンド層とトンネル障壁を透過した電子は、特定の向きに磁気偏極したスピンを有しており、チャンネル層へのスピン注入位置からスピン流が拡散し、フリー層へと流れ込む。各フリー層に吸収されたスピン流の量が同一であれば、各フリー層とピンド層の磁化の向きの相対角度に応じて、出力電圧が同様に変動する。各フリー層の磁化の向きは、外部磁界や磁化反転閾値以上のスピン注入によって反転することができ、その状態を維持することができる。各フリー層に記憶された磁化の向きに応じて出力電圧が異なるので、スピン流回路は、各フリー層をセルとするメモリに適用することができる。
【0016】
また、ピンド層の磁化の向きは、形状異方性によって、及び/又は、反強磁性層との交換結合によって、固定されていることが好ましい。すなわち、強磁性体からなるピンド層の平面内のアスペクト比をフリー層より大きくすれば、その形状異方性は高くなり、磁化の向きが容易には変化しなくなる。また、反強磁性層をピンド層に交換結合させれば、ピンド層の磁化の向きが強く固定されることになる。これらの磁化の向きの固定構造を、組み合わせることで、より強固に磁化の向きが固定される。これにより、ピンド層の磁化の向きの揺らぎが減少するため、出力電圧の均一性を向上させることができる。
【0017】
また、チャンネル層とそれぞれのフリー層との間に介在するトンネル障壁は、酸化アルミニウム層、酸化マグネシウム層、又は酸化亜鉛層からなることが好ましい。トンネル障壁が、このような絶縁層からなる場合、スピン透過特性に優れたトンネル障壁を構成することが可能である。
【0018】
また、チャンネル層の材料は、(1)B、C、Mg、Al、Cu及びZnからなる群から選択される一つ以上の元素を含む導電体、又は、(2)Si、GaAs及びZnOからなる群から選択される半導体からなることが好ましい。これらの材料であれば、スピン流を大きく減少させることなくフリー層に吸収させることができる。
【0019】
また、第1スピン流発生手段、及び複数のフリー層は、一直線上に整列して配置されていることが好ましい。この構造の場合、複数のスピン流回路を隣接させて形成した場合の集積度が高くなり、また、構造が単純なので形成が容易となるという利点がある。
【0020】
また、チャンネル層は、環状の平面形状を有していることが好ましい。上述のように、チャンネル層上には複数のフリー層がトンネル障壁を介して配置されているが、スピン注入位置から各フリー層までの距離は、フリー層の数が2つであってチャンネル層が環状であれば、等しく設定することができる。すなわち、各フリー層までのスピン流の伝播に伴う減衰量を等しくすることができ、更に出力電圧の均一性を向上させることができる。もちろん、フリー層の数が3つ以上であっても、チャンネル層が環状であれば、スピン流注入位置から各フリー層までの距離の差異を、これらが一直線上に配列されているよりは、小さく設定することができる。
【0021】
また、本発明に係るスピン流回路は、第1スピン流発生手段と共にチャンネル層を挟む位置に設けられ、この第1スピン流発生手段内の各磁性層の磁化の向きとは、チャンネル層内の点に対して点対称な磁化の向きを有する磁性層を有し、第1スピン流発生手段において発生するスピン流と同一方向に磁気偏極したスピン流を発生する第2スピン流注入手段を更に備えることが好ましい。
【0022】
この場合、いずれのスピン流注入手段に電流を流す場合においても、同一方向に磁気偏極したスピンをチャンネル層内に注入することができ、スピン流を大きくして、出力電圧を増加させることができる。
【発明の効果】
【0023】
本発明のスピン流回路によれば、複数の出力電圧のバラつきを低減することができ、したがって、現実的なメモリ等にこれを適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】第1実施形態に係るスピン流回路の縦断面図である。
【図2】スピン流回路の平面図である。
【図3】単一のフリー層を備えたスピン流回路の平面図である。
【図4】図3に示したスピン流回路に係る実験データを示すグラフである。
【図5】比較例に係るスピン流回路の平面図である。
【図6】比較例に係る実験データを示すグラフである。
【図7】実施例に係るスピン流回路の平面図である。
【図8】実施例に係る実験データを示すグラフである。
【図9】スピン流回路を用いたメモリの回路図である。
【図10】第2実施形態に係るスピン流回路の平面図である。
【図11】第3実施形態に係るスピン流回路の平面図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、実施の形態に係るスピン流回路について説明する。なお、同一要素には同一符号を用い、重複する説明は省略する。
【0026】
図1は、第1実施形態に係るスピン流回路の縦断面図である。
【0027】
このスピン回路は、絶縁性の基板(絶縁層)7上に配置された非磁性のチャンネル層5Aを備えている。チャンネル層5Aの一端には、コンタクト電極2が設けられており、他端には基準電極3が設けられている。なお、本例では、基準電極3は、比較的高抵抗のトンネル障壁層(絶縁層:好適には厚さ10nm以下)19を介してチャンネル層5A上に設けられているが、これは直接チャンネル層19上に接触して設けられていてもよい。
【0028】
トンネル障壁層19上の異なる位置には、磁化自由層(フリー層)4,6が設けられている。また、トンネル障壁層19上には、磁化固定層(ピンド層)18、磁気結合層17、磁化固定層(ピンド層)16、反強磁性層15、緩衝層14、及び上部電極層5Bが順次Z軸方向に沿って積層されており、磁化の向きが矢印で示す如く固定されている。すなわち、下側のピンド層18の磁化の向きはX軸の負方向に向いており、上側のピンド層16の磁化の向きはX軸の正方向に向いている。互いに逆の磁化の向きを有する上下のピンド層16,18は、Ruなどの磁気結合層17を介して結合しており、上側のピンド層16は反強磁性層15と交換結合することにより、磁化の向きが固定されている。この構造は、シンセティックピンド構造といわれる。
【0029】
なお、同図では、X軸方向に沿った磁化の向きが示されているが、これらはY軸方向に沿った磁化の向きとすることもできる。強磁性体は、長軸方向に沿って磁化が揃う傾向にあり、形状異方性を有するものである。このような形状異方性と上述の反強磁性層との交換結合を用いれば、更に強力に磁化の向きを固定することができる。なお、X軸、Y軸及びZ軸は互いに直交している。
【0030】
ここで、トンネル障壁層19におけるピンド層18直下の領域をトンネル障壁19Aとすると、トンネル障壁19Aから上部電極5Bに至るまでの要素は、スピン注入素子(第1スピン流発生手段)SIEを構成している。電極2と電極5Bとの間に電流源I2から電流を流すと、スピン注入素子SIEは、トンネル障壁19Aを介して、チャンネル層5A内にスピンを注入し、このスピン注入位置(GSIP)からフリー層4,6に向けて拡散するスピン流SPを発生する。
【0031】
スピン注入素子SIEにおいて発生したスピン流SPはチャンネル層5A内を流れる。電流通過経路に位置するチャンネル層5Aの図面右側の領域5A1では、チャンネル層5A1からコンタクト電極2に向けて電子が流れる。一方、スピン注入位置GSIPから、図面左側のチャンネル層5Aの領域5A2には、電荷は流れず、スピン流SPのみがフリー層4,6の方向に向かって流れる。フリー層4.6は、チャンネル層5A上の異なる位置に設けられており、チャンネル層5Aとそれぞれのフリー層4,6との間には、トンネル障壁19B,19Cが介在している。トンネル障壁19B,19Cは、トンネル障壁層19の一部分の領域である。それぞれのフリー層4,6と、電極3を介したチャンネル層5Aとの間の電圧が、それぞれ、電圧計V4,V6によって検出される。
【0032】
また、上述のように、スピン注入素子SIEは、ピンド層18と、ピンド層18とチャンネル層5Aとの間に介在するトンネル障壁19Aとを備えており、ピンド層18とトンネル障壁19Aを透過した電子は、特定の向きに磁気偏極したスピンを有している。このチャンネル層5Aへのスピン注入位置GSIPから、スピン流が拡散し、フリー層4,6へと流れ込む。各フリー層4,6に吸収されたスピン流の量が同一であれば、各フリー層4,6とピンド層18の磁化の向きの相対角度に応じて、電圧計V4,V6の出力電圧が同様に変動する。
【0033】
フリー層4,6は、ピンド層18に対して相対的に、磁化の向きが外部磁場に応じて容易に変化する磁性層であり、フリー層4,6の保持力は、ピンド層18の保持力よりも小さい。各フリー層4,6の磁化の向きは、外部磁界や磁化反転閾値以上のスピン注入によって反転することができ、その状態を維持することができる。各フリー層4,6に記憶された磁化の向きに応じて出力電圧が異なるので、このスピン流回路は、各フリー層4,6をセルとするメモリに適用することができる。
【0034】
スピン流を複数のフリー層4,6で吸収させる場合において、各フリー層4,6とチャンネル層5Aとの間にトンネル障壁19B,19Cを介在させておくことで、各フリー層4,6とチャンネル層5Aとの間の電圧計V4,V6で計測される出力電圧のバラつきを低減させることができる。
【0035】
なお、上述のように、ピンド層18の磁化の向きは、形状異方性によって、及び/又は、反強磁性層15との交換結合によって、固定されている。すなわち、強磁性体からなるピンド層18の平面内のアスペクト比をフリー層4,6より大きくすれば、その形状異方性は高くなり、磁化の向きが容易には変化しなくなる。また、反強磁性層15をピンド層16に交換結合させれば、ピンド層16の磁化の向きが強く固定されることになる。これらの磁化の向きの固定構造は、組み合わせることで、より強固に磁化の向きが固定される。これにより、ピンド層18の磁化の向きの揺らぎが減少するため、出力電圧の均一性を向上させることができる。
【0036】
また、チャンネル層5Aとそれぞれのフリー層4,6との間に介在するトンネル障壁19B,19C(トンネル障壁層19)は、酸化アルミニウム(Al)層、酸化マグネシウム(MgO)層、又は酸化亜鉛(ZnO)層からなることが好ましい。トンネル障壁19B,19Cが、このような絶縁層からなる場合、スピン透過特性に優れたトンネル障壁を構成することが可能である。
【0037】
また、チャンネル層5Aの材料は、(1)B、C、Mg、Al、Cu及びZnからなる群から選択される一つ以上の元素を含む導電体、又は、(2)Si、GaAs及びZnOからなる群から選択される半導体からなることが好ましい。これらの材料であれば、スピン流を大きく減少させることなくフリー層4,6に吸収させることができる。これらの材料はスピン拡散長が長く、且つ導電率が比較的小さいため、チャンネル層5Aがスピン蓄積層として機能することを好適に実現することが可能となるためである。また、チャンネル層5Aとして半導体を用いた場合には、金属や合金を用いたチャンネル層5Aよりも、電位出力を高くすることができるという利点がある。
【0038】
なお、各層の材料について補足説明をすると、基板7はSiOなどの絶縁体からなり、コンタクト電極2、基準電極3及び電極層5BはAu、Cr、Cu又はAlなどの金属からなる。フリー層4,6は、強磁性材料、特に軟磁性材料が適用され、例えば、Cr、Mn、Co、Fe及びNiからなる群から選択される金属、前記群の金属を1種以上含む合金、又は、前記群から選択される1又は複数の金属及びB、C、及びNのうち少なくとも一種を含む合金が挙げられる。具体的には、CoFeB、NiFeが挙げられる。
【0039】
ピンド層18、16は、例えば、Cr、Mn、Co、Fe及びNiからなる群から選択される金属、前記群の元素を1種以上含む合金、又は、前記群から選択される1種以上の元素及びB、C、及びNからなる群から選択される一種以上の元素を含む合金が挙げられる。具体的には、CoFe、CoFeBが挙げられる。また、磁気結合層17の材料として、例えば、Ruが挙げられる。反強磁性層15の材料は、例えば、Mnを用いた反強磁性を示す合金、具体的にはMnと、Pt、Ir、及びFeのうちから選ばれる少なくとも一つの元素とを含む合金が挙げられる。具体的には、例えば、IrMn、PtMnが挙げられる。緩衝層14は、非磁性導電体からなる上部電極層5Bと磁性層である反強磁性層15を電気的に良好に接続するための層であり、RuやTaなどの非磁性の金属からなる。
【0040】
図2は、スピン流回路の平面図である。
【0041】
このスピン流回路の縦断面構造は、図1に示したものと同様である。このスピン流回路では、スピン注入素子SIE、及び複数のフリー層4,6は、X軸に沿った一直線上に整列して配置されている。また、各種の電極2,3も同一直線上に配置されている。この構造の場合、複数のスピン流回路を隣接させて形成した場合、すなわち、同一形状のスピン流回路をY軸又はX軸方向に隣接して配置した場合、全体に含まれるフリー層の密度が高くなる。このように、このスピン流回路では、集積度が高くなり、構造が単純なので形成が容易となるという利点がある。
【0042】
この素子の形成においては、図1に示した積層構造を下から順番に積層していけばよい。各層の形成方法は、分子線エピタキシー(MBE)法、化学的気相成長(CVD)法やスパッタ法を用いることができる。
【0043】
次に、出力電圧のバラつきを抑制するトンネル障壁の効果について、比較例を用いて説明する。
【0044】
図3は、単一のフリー層を備えたスピン流回路の平面図であり、図4は、図3に示したスピン流回路に係る実験データを示すグラフである。以下の説明において、フリー層に印加される磁界の向きはY軸方向、ピンド層(18)の磁化の向きはY軸方向である。
【0045】
この構造は、図1に示したスピン流回路から、中間位置に存在するフリー層6とトンネル障壁19を省略したものである。スピン注入素子SIEから注入されチャンネル層5A内を拡散するスピン流は、フリー層4に吸収され、出力電圧を生じる。フリー層4の磁化の向きが、スピン注入素子SIEのピンド層(18)の磁化の向きと反平行の場合、電圧計V4で測定される、単位電流当たりの出力電圧変化(ΔV/I[mV/A])は、3[mV/A]を超えた。なお、単位電流Iは、電流計I2で測定される値である。なお、これらの磁化の向きが平行の場合は、出力電圧変化はゼロに近い値となる。
【0046】
図5は、比較例に係るスピン流回路の平面図であり、図6は、比較例に係る実験データを示すグラフである。
【0047】
この構造は、図1に示したスピン流回路から、トンネル障壁19B,19Cを省略したものであり、中間位置のフリー層6がチャンネル層6に接触している。フリー層4の磁化の向きが、スピン注入素子SIEのピンド層(18)の磁化の向きと反平行の場合、電圧計V4で測定される、単位電流当たりの出力電圧変化(ΔV/I[mV/A])は、1[mV/A]に満たない。なお、これらの磁化の向きが平行の場合は、出力電圧変化はゼロに近い値となる。すなわち、中間位置のフリー層6が、スピン流を大きく吸収しているものと推定される。
【0048】
図7は、実施例に係るスピン流回路の平面図であり、図8は、実施例に係る実験データを示すグラフである。
【0049】
この構造は、図1に示したものであり、トンネル障壁層19がフリー層4,6の直下に位置している。遠距離側のフリー層4の磁化の向きが、スピン注入素子SIEのピンド層(18)の磁化の向きと反平行の場合、電圧計V4で測定される、単位電流当たりの出力電圧変化(ΔV/I[mV/A])は、3[mV/A]を超えている(図8(A)最大値3.1[mV/A])。
【0050】
同様に、近距離側のフリー層6の磁化の向きが、スピン注入素子SIEのピンド層(18)の磁化の向きと反平行の場合、電圧計V6で測定される、単位電流当たりの出力電圧変化(ΔV/I[mV/A])は、同様に9[mV/A]を超えている(図8(B)最大値9.1[mV/A])。これらの電圧の差は、トンネル障壁を用いない場合の差よりも十分に小さく、出力電圧のバラつきが低減されていることが分かる。また、双方の場合において、絶対値の出力も増加している。言い換えれば、スピン注入素子SIEのピンド層とフリー層4の間にフリー層6が挿入された場合、フリー層6が挿入されない場合と比較して1/3程度に出力が減少するはずであるが、絶縁層を挿入することでこの減衰はほとんど観測されなくなる。なお、これらの磁化の向きが反対の場合は、出力電圧変化はゼロに近い値となる。
【0051】
以上、説明したように、比較例に係る構造ではスピン流がスピン注入位置(GSIP)から最も近いフリー層に最も多く吸収されるのに対して、実施例の構造ではフリー層の界面に高抵抗のトンネル障壁を挿入することによって、当該フリー層でのスピン流の吸収を抑制し、選択的にスピン流が吸収されるのを阻害する。これによって、各フリー層で得られる出力は均一化されることになる。
【0052】
図9は、スピン流回路を用いたメモリの回路図である。
【0053】
上述のように、フリー層4,6の磁化の向きは、これらに近接して配置される外部配線MG4、MG6を流れる電流によって制御することができる。例えば、外部配線MG4、MG6の電流の周囲に形成される磁界を用いて、フリー層4,6の磁化の向きを制御すると、磁化の向きの情報がフリー層4,6に記憶されることになる。この状態で、電流源I2から電子をスピン注入素子SIEに供給すると、この電子はチャンネル層5A1を通って電流源I2に帰還する。スピン注入位置GSIPからは、スピン流がチャンネル層5A2を通って流れ、トンネル障壁層19を介して、フリー層4,6に吸収される。
【0054】
フリー層4,6の一端は、増幅回路A4,A6の一方の入力端子にそれぞれ接続されており、フリー層4,6からの出力電圧は、増幅回路A4,A6によって増幅され、後段の回路に伝達される。増幅回路A4,A6の他方の入力端子は、基準電位Ref4,Ref6に接続されている。本例では、基準電位Ref4,Ref6の大きさは、スピン注入位置GSIPから遠いものほど小さく設定されているが、比較的小さな値にすれば同一の値とすることもできる。増幅回路A4,A6は、入力端子間の電圧の差分を増幅する。なお、基準電位を、各フリー層4,6の磁化の向きの変動による電圧変動の平均値に設定し、増幅回路A4,A6をコンパレータとして使用すれば、各フリー層4,6に記憶された磁化の向きの情報を、コンパレータ出力(Hレベル、Lレベル)として読み出すこともできる。なお、この回路は、いずれの実施形態のスピン回路にも適用することができる。
【0055】
上述のように、フリー層4,6の磁化容易軸は、ピンド層18の磁化容易軸と平行であり、フリー層4,6の磁化の向きは、ピンド層18の磁化の向きに対して、平行と反平行という2つの状態を明確にとることができるため、この素子を2つの状態を記憶するメモリに適用することができる。
【0056】
図10は、第2実施形態に係るスピン流回路の平面図である。
【0057】
このスピン回路では、チャンネル層5Aは、環状の平面形状を有しており、その上に環状のトンネル障壁層19が形成されている。この素子の縦断面構造は、平面内の素子位置を除いて、図1に示したものと同じである。上述のように、チャンネル層5A上には複数のフリー層4,6がトンネル障壁(トンネル障壁層19)を介して配置されているが、スピン注入素子SIEの設けられたスピン注入位置から、各フリー層4,5までの距離は、フリー層4,6の数が2つであってチャンネル層5Aが環状であれば、等しく設定することができる。
【0058】
すなわち、スピン注入素子SIEから各フリー層4,6までのスピン流の伝播に伴う減衰量を等しくすることができ、更に出力電圧の均一性を向上させることができる。もちろん、フリー層の数が3つ以上であっても、チャンネル層が環状であれば、スピン流注入位置から各フリー層までの距離の差異を、これらが一直線上に配列されているよりは、小さく設定することができる。
【0059】
スピン流の流れやすさを示すスピン拡散長は金属で数百nm、半導体で10μm程度と言われており、スピン注入素子SIEとフリー層4,6の距離が離れるだけで出力が減少してしまうが、各層が円上に並んだ構造の場合、スピン注入素子SIEとフリー層4,6を同程度に近づけることも可能であるため、高い出力を得ることができる。
【0060】
図11は、第3実施形態に係るスピン流回路の平面図である。
【0061】
また、このスピン流回路は、図1に示したスピン回路と比較して、第2スピン注入素子(第2スピン流注入手段)SIE−Aを備え、必要に応じて電流源I2Aを更に具備した点のみが、図1に示したものと異なる。第2スピン注入素子SIE−Aは、第1スピン注入素子SIEと共にチャンネル層5Aを挟む位置に設けられている。第2スピン注入素子SIE−Aの磁性層12,10の磁化の向きは、第1スピン注入素子SIE内の各磁性層18,16の磁化の向きとは、チャンネル層5A内の点(双方の素子の重心位置を結ぶ線分の中点P)に対して点対称である。
【0062】
すなわち、第2スピン注入素子SIE−Aは、チャンネル層5Aの下面側に、Z軸の負方向に沿って順次形成されたトンネル障壁層13、ピンド層12、磁気結合層11、ピンド層10、反強磁性層9、緩衝層8、及び下部電極層5Cを備えており、ピンド層12の磁化の向きはピンド層18の磁化の向きとは逆向き、ピンド層10の磁化の向きはピンド層16の磁化の向きとは逆向きである。なお、第2スピン注入素子SIE−Aの形成においては、図11に示した積層構造を上から順番に下向きに積層していけばよい。なお、積層工程における上下は反対にしておくこととする。各層の形成方法は、MBE法、CVD法、又はスパッタ法を用いることができる。
【0063】
第2スピン注入素子SIE−Aは、第1スピン注入素子SIEとは点対称であり、その層構造と構成材料は同一である。すなわち、トンネル障壁層13、ピンド層12、磁気結合層11、ピンド層10、反強磁性層9、緩衝層8、及び下部電極層5Cの材料は、それぞれ、トンネル障壁層19、ピンド層18、磁気結合層17、ピンド層16、反強磁性層15、緩衝層14、及び下部電極層5Bの材料と同一である。
【0064】
第2スピン注入素子SIE−Aでは、第1スピン注入素子SIEにおいて発生するスピン流と同一方向に磁気偏極したスピン流を発生する。この場合、いずれのスピン注入素子に電流を流す場合においても、同一方向に磁気偏極したスピンをチャンネル層5A内に注入することができ、スピン流を大きくして、出力電圧を増加させることができる。
【0065】
同図では、チャンネル層5Aと下部電極5Cとの間に、電流源I2Aから電流が供給されている。なお、電流源I2と電流源I2Aを流れる電流の向きは反対であり、コンタクト電極2からチャンネル層5Aに向かって共通の電流が流れている。この場合、同一方向に磁気偏極したスピンが上下双方のスピン注入素子からチャンネル層5A内に注入されるが、電流源I2Aを省略し、更にチャンネル層5Aからコンタクト電極2への経路を省略し、電流源I2のみで上部電極層5Bから下部電極層5Cへ電子を流しても、これと同様にスピン注入を行うことができる。
【0066】
なお、このスピン回路は、他の実施形態のスピン回路にも適用することができる。
【産業上の利用可能性】
【0067】
本発明は、スピン流の取り出しの均一性を高めたスピン流回路に利用することができる。
【符号の説明】
【0068】
SIE…第1スピン注入素子、SIE−A…第2スピン注入素子、5A…チャンネル層、4,6…磁化自由層、19B,19C…トンネル障壁。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
スピン流を発生する第1スピン流発生手段と、
前記第1スピン流発生手段において発生したスピン流が流れる非磁性のチャンネル層と、
前記チャンネル層上の異なる位置に設けられた複数の磁化自由層と、
前記チャンネル層とそれぞれの前記磁化自由層との間に介在するトンネル障壁と、
を備え、それぞれの前記磁化自由層と前記チャンネル層の間の電圧がそれぞれ検出される、
ことを特徴とするスピン流回路。
【請求項2】
前記第1スピン流発生手段は、
磁化固定層と、
前記磁化固定層と前記チャンネル層との間に介在するトンネル障壁と、
を備えている、
ことを特徴とする請求項1に記載のスピン流回路。
【請求項3】
前記磁化固定層の磁化の向きは、
形状異方性によって、及び/又は、
反強磁性層との交換結合によって、
固定されている、
ことを特徴とする請求項2に記載のスピン流回路。
【請求項4】
前記チャンネル層とそれぞれの前記磁化自由層との間に介在する前記トンネル障壁は、酸化アルミニウム層、酸化マグネシウム層、又は酸化亜鉛層からなる、
ことを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項に記載のスピン流回路。
【請求項5】
前記チャンネル層の材料は、
B、C、Mg、Al、Cu及びZnからなる群から選択される一つ以上の元素を含む導電体、又は、
Si、GaAs及びZnOからなる群から選択される半導体、
からなる、
ことを特徴とする請求項1乃至4のいずれか1項に記載のスピン流回路。
【請求項6】
前記第1スピン流発生手段、及び複数の前記磁化自由層は、一直線上に整列して配置されている、
ことを特徴とする請求項1乃至5のいずれか1項に記載のスピン流回路。
【請求項7】
前記チャンネル層は、環状の平面形状を有している、
ことを特徴とする請求項1乃至5のいずれか1項に記載のスピン流回路。
【請求項8】
前記第1スピン流発生手段と共に前記チャンネル層を挟む位置に設けられ、この第1スピン流発生手段内の各磁性層の磁化の向きとは、前記チャンネル層内の点に対して点対称な磁化の向きを有する磁性層を有し、前記第1スピン流発生手段において発生するスピン流と同一方向に磁気偏極したスピン流を発生する第2スピン流注入手段を更に備える、
ことを特徴とする請求項1乃至7のいずれか1項に記載のスピン流回路。
【請求項9】
前記磁化自由層の磁化容易軸は、前記磁化固定層の磁化容易軸と平行であることを特徴とする請求項2又は請求項3に記載のスピン流回路。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2010−192687(P2010−192687A)
【公開日】平成22年9月2日(2010.9.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−35591(P2009−35591)
【出願日】平成21年2月18日(2009.2.18)
【出願人】(000003067)TDK株式会社 (7,238)
【Fターム(参考)】