スペクトルデータ拡張方法
周波数、波長又は質量スペクトルデータを拡張する方法であって、周波数、波長又は質量スペクトルデータをフーリエ逆変換し、得られた逆変換データをゼロフィル(及び望みならアポダイズ)し、そしてフーリエ変換して、周波数、波長又は質量領域へと再変換する。この処理によって得られるスペクトルデータは、ピークの位置、形状及び高さをより正確に示すものとなる。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スペクトル計(spectrometer;スペクトル分析計或いは単に分析計とも訳される)から得られるスペクトルデータ、例えば光学スペクトルデータや質量スペクトルデータを、拡張する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
スペクトルデータには、サンプル内に存する種や元素に対応して一群のピーク(山)やトラフ(谷)が現れる。それらはしばしば波長、周波数、エネルギ又は質量に対する強度値の関係を示すグラフ上に図示される。例えば光輻射スペクトルを得るには、種々の既知手法の中から何れかの手法を選んでサンプルを励起することによって、そのサンプル内の原子のエネルギを、より高いエネルギ準位へと上昇させればよい。励起サンプル内の原子で緩和が生じるとき、即ちその原子内で高いエネルギ準位から低いエネルギ準位への遷移が生じるときには、その原子から光子が輻射される。輻射光子の波長はエネルギ遷移幅により決まる様々な離散値を採り得、そうした種々の遷移によって一群の線スペクトルが形成される。即ち、輻射光子のエネルギ従って波長は、専ら、輻射元原子における励起状態エネルギと緩和状態エネルギとの間のギャップにより決まり、また、励起状態におけるエネルギ準位、緩和状態におけるエネルギ準位及び両状態間でのエネルギギャップは、励起原子の種類(元素)により変わるので、励起サンプルからの輻射光の波長を調べることにより、そのサンプルを構成する元素を推定することができる。
【0003】
この原理によるスペクトル計の典型的構成を図1に示す。この図に示したスペクトル計10は、例えばThermo Electron Corporation製のARL QUANTRIS(商標;以下省略)等のスペクトル計を、大胆に模式化して示したものである。図中、サンプルSを励起させるとそのサンプルSから多数の線スペクトルを含む輻射12が発せられる。発せられた輻射12は、対物光学系14、16及び18によってその一部が選り出され、選り出された成分はスペクトル計10内に導かれて入射スリット20、22及び24のうち対応するものを通り、波長選択性散乱素子26、28及び30のうち対応するものに入射する。図示例では素子26、28及び30としてスペクトル計の分野で既知の反射格子を用いている(但しそれ以外の種類のものを用いてもよい)。これらの格子26、28及び30は、それぞれ、入射してきた輻射中の特定波長成分を反射する。この反射は、検知器アレイ32、34及び36のうちその格子26、28又は30の合焦面内に位置しているものに達する。
【0004】
昨今の光学スペクトル計例えば図1に示したスペクトル計10では、検知器アレイ32、34及び36として電荷結合デバイス(CCD)や電荷注入デバイス(CID)等の固体検知器が用いられる。即ち、それらの種類の固体光検知器からなる少なくとも1個の検知器アレイが、励起サンプル収容場所たる輻射源の下流、対応する波長選択性散乱素子26、28又は30の下流、且つその散乱素子26、28又は30の合焦面内にある場所に、検知器アレイ32、34又は36として実装される。何れの検知器アレイ32、34及び36も有限な幅(物理的寸法)を有する複数個の検知器素子(画素)から構成されているので、各検知器アレイ32、34又は36にて輻射を検知できる波長域の大きさは、専ら、その検知器アレイ32、34又は36を構成する検知器素子の幅(画素幅)、対応する散乱素子26、28又は30の散乱能力、並びにその散乱素子26、28又は30からその検知器アレイ32、34又は36までの距離によって決まる。結局のところ、スペクトル計10の分解能力には、各光検知器アレイ32、34及び36を構成する検知器素子の個数(画素数)と、各光検知器アレイ32、34及び36における輻射検知可能波長域の幅とにより、制約される。
【0005】
図2に、ARL QUANTRISスペクトル計により記録されるスペクトルの典型例50を示す。図中、52は任意単位で記録された輻射強度、54はnm(ナノメータ)単位で表した波長であり、スペクトル50は後者に対する前者の関係としてグラフ表現されている。また、このスペクトル50を得るのに使用したサンプルは純粋な鉄(Fe)である。看取できるようにこのスペクトル50は非常に込み入っており、8640画素のCCDアレイによって6000本を超える本数の線スペクトルが捉えられている。複数の元素を含有するサンプルから得られるスペクトルは、そのサンプル内における各種元素が様々に異なる濃度レベルひいては線スペクトル群を呈するため、これ以上に複雑なものになり得る。
【0006】
図3に、図2に示したスペクトルの一部を示す。この図は検知器素子による検知信号を棒グラフ60にして表したものであり、個々の棒が1個の検知器素子に対応している。この図中、各スペクトルが棒で表されていることからも解るように波長検知分解能は制約されており、この制約は検知器素子の寸法ひいては検知器アレイの分解能力によって生まれている。即ち、波長検知分解能を決める素子別波長通過域幅(通常はpm(ピコメータ)単位)は、専ら、検知器素子(画素)の物理的寸法によって決まる。各検知器素子の実効幅、即ちその素子に入射してくる輻射を積分する部分の幅は狭いので、検知器素子の波長通過域の幅も狭くなる。
【0007】
図3中に現れている何本かの線スペクトルのうち、中程に現れているのは単独の線スペクトル62、左側に現れているのは互いに重なり合った2本の線スペクトル64及び66、右側に現れているのは分解できなかった一群のピーク68である。単独線スペクトル62の半値幅(FWMH)は2〜3画素(検知器素子2〜3個)分程度であるが、その拡がりの中心が画素中心と一致していないため、その中心が正確にはどこなのかを判別困難である。その中心位置が解らずしかもほんの数個(数画素分)のディジタル計測値しか得られていない線62スペクトルの強度を計算するのは難しく、従って線スペクトル62を発生させている元素の量も推定困難である。
【0008】
現在、ピーク位置をより正確に求められるようにする方法も、幾つか知られている。その多くは当てはめ法を用いたものである。当てはめ法には、ガウシアン当てはめ、ローレンツィアン当てはめ、多項式(放物)当てはめ等の手法がある。しかし、それらの手法による当てはめでは、線スペクトルのピーク波長を十分正確に求められない等、不十分な結果しか得られないことが解っている。特に、ピーク形状が理想的な形状から外れた形状である場合(例えば非対称な場合)や、他の1個又は複数個のピークスペクトルと重なっている場合に、ピーク波長を正確に求められないことが多い。また、こうした手法ではピーク強度も正確に求められないので、サンプル内元素濃度も正確には解らない。即ち、当てはめ法を用いて線スペクトル特性(例えばその線スペクトルの最大値位置、最高強度及びピーク幅)を算出するには、算出のもとになる生データとして理想的で完全な形状を有するものが必要である。理想的で完全な形状を有する、とは、その線スペクトルが対称で、近在の線スペクトルとの重なり合い等による干渉を受けておらず、しかも当てはめ曲線に相応するプロファイル(ガウシアン当てはめならばガウシアンプロファイル)を有しており正確に当てはめを行えることをいう。現実のスペクトルデータでは、例えば光学収差乃至装置収差、線スペクトル同士の重複、スペクトル同士の干渉(ダブレット干渉)等が生じるだけで線の形状が歪むため、こうした条件が成り立つ可能性はかなり低い。従って、既知の手法を用い線スペクトル形状を良質化する企ては、しばしばうまくいかない。
【0009】
以上概論した問題があるため、かなりの努力をしなければ、輻射光スペクトル計等のスペクトル計の性能を向上させることはできなかった。
【0010】
【特許文献1】米国特許第6298363号明細書(B1)
【非特許文献1】Ulrich Guenther, "Advanced NMR Processing", EuroLabCourse "Advanced Computing in NMR Spectroscopy", Florence, Sept. 2001, <online> Internet URL: http://www.cerm.unifi.it/EUcourse2001/Gunther#lecturenotes.pdf
【非特許文献2】John C. Edwards, PhD, "Principles of NMR", Process NMR Associates LLC, Danbury CT, USA, <online> Internet URL: http://www.process-nmr.com/pdfs/NMR%20Overview.pdf
【非特許文献3】'Improved Spectral Resolution Using Linear Prediction', second paragraph, from Accelrys, "Spectral Processing & Analysis - Applications & Techniques in NMR Spectroscopy", <online> Internet URL: http://www.accelrys.com/cases/dataproc#app.html
【非特許文献4】Eric W. Weisstein, "Apodization Function", from 'MathWorld-A Wolfram Web Resource', <online> Internet URL: http://mathworld.wolfram.com/ApodizationFunction.html
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
従って、上述した問題を解決しディジタル分解能を向上させることが望まれている。また、スペクトルの良質化例えば信号対雑音比の向上や、信号補間も望まれている。
【課題を解決するための手段】
【0012】
従来技術と対比するに、本発明に係る方法は、ある範囲内の波長、周波数又は質量に対するM個の離散的な強度スペクトルをデータ拡張する方法であって、a)そのスペクトルデータに第1関数を適用してスペクトル逆変換値を求めるステップと、b)求めたスペクトル逆変換値をゼロフィル(zero-filling)するステップと、c)ゼロフィルしたスペクトル逆変換値に第2関数を適用して上記範囲内の波長、周波数又は質量に対するN個(但しN>M)の離散的な強度スペクトルを求めるステップと、を有するものである。
【0013】
本発明の実施形態においては、波長、周波数、質量、エネルギその他の領域にて計測されたスペクトルを示すデータに、第1関数例えばフーリエ逆変換(IFT)を適用することによって、スペクトル逆変換値即ち逆変換領域(inverse transform domain)におけるスペクトルを求める。例えば波長又は周波数に対する強度スペクトルであれば逆変換領域におけるスペクトルとして擬似時間(pseudo-time)領域におけるスペクトルが得られる。この逆変換領域スペクトルデータをゼロフィル(及びアポダイズ(apodization))した上でそのデータにフーリエ変換(FT)等の第2関数を適用すると、そのデータは逆変換領域から波長又は周波数領域に戻る。これによって得られるデータは、逆変換領域にて修正を受けているので、計測により得られたスペクトルデータに対して拡張されている。また、質量に対する強度スペクトルの場合、その逆変換領域と時間領域との間に類似性こそないが、同様の手法をやはり適用することができる。言い換えれば、質量スペクトルデータに第1関数(例えばIFT関数)を適用して得た逆変換領域内データをゼロフィル(及びアポダイズ)し、それによって修正された逆変換領域内データに第2関数(例えばFT関数)を適用することによって、質量スペクトルデータを再構成することができる。
【0014】
スペクトル計の総合的な分解能は、ディジタル分解能とスペクトル分解能の組合せによって決まる。ここに、「ディジタル分解能」とは、隣り合う2個の離散値間の波長間隔、周波数間隔、質量間隔等の間隔値によって制約される信号分解能のことである。従って、生のスペクトルデータでは、ディジタル分解能は、画素帯域幅(並びに検知器種類によっては画素間デッドスペースの大きさ)によって制約される。これに対して、「スペクトル分解能」とは、検知器より前段にある光学的又はイオン光学的コンポーネント、例えば入射スリットや散乱素子のようなコンポーネントによりもたらされる光学又は質量分解限界のことである。スペクトル計測の際にはこれら2種類の分解能乃至分解限界が組合せで効いてくるので、総合的な分解能はこれらの分解能の何れにも劣る分解能になる。
【0015】
本発明は、これら2種類の分解能のうちスペクトル計のディジタル分解能に対策するため、擬似時間領域等の逆変換領域にてスペクトルデータを操作する、という発明である(本発明でのスペクトル分解能はスペクトル計を構成するコンポーネント及びその配置により決まる)。生のスペクトルデータ(即ち波長、周波数、質量、エネルギ等々の領域におけるスペクトルデータ)に対する補間という手法ではなく、逆変換領域おけるスペクトルデータの操作という手法を採用しているため、本発明によれば、幾つかの有益な効果が生じる。例えば、波長空間等におけるピーク位置や、強度空間におけるピーク位置即ちピーク高を、より正確に判別することができる。更に、ゼロフィルの度合いひいては積分限界の設定次第で、精度をかなり高くすることができる。また、温度の時間変化等によるスペクトル計のドリフトを補償するためのドリフト補償処理を、より精度よく適用することができる。
【0016】
第1関数はFT関数とすることができる。その場合、第1関数の適用によってスペクトルデータのIFT値が得られる。例えばもとのスペクトルデータが波長領域のスペクトルデータならば、第1関数の適用により時間領域の干渉データ(interferogram)が得られる。言い換えれば、IFT関数(或いは効果面でこれに類する別種の変換関数)等の第1関数を適用してスペクトルデータを変換することにより、時間領域類似のデータ乃至表現が得られる。
【0017】
第1関数の好適例はIFT関数である。取得したスペクトルデータが波長に対する強度スペクトルを示すデータである場合、そのスペクトルデータにIFT関数を適用することによってそのスペクトルデータを時間領域類似のデータ乃至表現に変換することができる。以下、この時間領域類似のデータ乃至表現のことを、擬似時間領域信号或いは擬似時間領域干渉データと呼ぶ。この干渉データは、既知のFT型機器、例えばフーリエ変換核磁気共鳴装置(FT−NMR)、フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴質量分析計(FT−ICR)、フーリエ変換質量分析計(FT−MS)、フーリエ変換赤外線分析計(FT−IR)等により得られる信号と、幾分似た性質を有している。但し、FT−MS等の場合、本物の時間領域で直に信号を取得し、その信号をFFTにより周波数領域に変換し、更にその信号を(通常は)質量その他のスペクトルへと変換する。この過程のどこでも逆変換は行われない。この相違が重要であることは、本件技術分野における習熟者(いわゆる当業者)であれば、当然、理解できるであろう。
【0018】
その後段にて第2関数として使用される変換関数は、第1関数に対して相補的な関数であり、この関数の適用によって信号が元の領域のスペクトルデータに戻る。なお、IFT及びFT関数の他、これに類する他種の関数、例えばz(逆)変換関数、アダマール(逆)変換関数等の関数も、第1及び第2関数として使用できる。
【0019】
本発明に係る方法は、好ましくは更に、ゼロフィルされた逆変換値を第2関数適用に先立ちアポダイズするステップを有する。第2関数はゼロフィル及びアポダイズされた逆変換値に適用するとよい。アポダイズすることによって、拡張前のデータの信号対雑音比に対し、拡張後のそれを良好なものとすることができる。
【0020】
更に、スペクトル逆変換値に対するゼロフィルファクタ(ZF)がZであるなら、NはMのZ倍に大きくなる。Zが10より大きいと積分限界が拡がりデータ拡張のための計算による負担が嵩むため、Zは2〜10の範囲内の値にするのが望ましい。勿論、計算法が今より進歩すればZを10より大きくすることができるようになるであろうし、そうなれば、Zを10より大きくすることによって多大な効果を得ることができるであろう。従って、ここでZの上限とした10という値を何かの限界乃至制約として捉えてはならず、仮にこれより大きな値を用いたとしても本発明の技術的範囲を外れることとはならない。
【0021】
本発明は、また、コンピュータ上で実行すると上述の方法の各ステップが実行されるコンピュータプログラムとしても、実施できる。
【0022】
更に、本発明は、(a)ある範囲内の波長、周波数又は質量に対するM個の離散的な強度スペクトルをスペクトル計からデータとして受け取り、(b)受け取ったスペクトルデータに第1関数を適用してスペクトル逆変換値を求め、(c)求めたスペクトル逆変換値をゼロフィルし、(d)ゼロフィルしたスペクトル逆変換値に第2関数を適用して上記範囲内の波長、周波数又は質量に対するN個(但しN>M)の離散的な強度スペクトルを求めるよう、構成されたプロセッサとしても、実施できる。
【0023】
本発明は、更に、ある範囲内の波長、周波数又は質量に対するM個の離散的な強度スペクトルからなる一群のスペクトルデータを生成するよう構成され、且つ上記プロセッサを備えるスペクトル計にも拡張できる。
【発明の効果】
【0024】
まとめると、本発明の実施形態によれば、次に示す効果を全て又は部分的に実現することができる。
(A)ピーク位置の正確性及び精度が向上する。それによって、線スペクトルを正確に識別できるようになり、或いはスペクトル計をより正確に且つより精度よく校正できるようになり、或いはその双方が実現される。
(B)光学スペクトルの特徴、特にこれまではディジタル分解能の限界によって曖昧模糊となっていた細部特徴を、より仔細に再現、表現することができる。
(C)積分限界の設定等により、スペクトルの定量的な特徴例えばピークが現れている位置・領域やそのピークの高さを、より正確に且つより精度よく求めることができる。
(D)温度変化により光学コンポーネントの位置がずれてドリフトが発生したとき、輻射源チャンバ内にあるアルゴン等のガス圧の変化により輻射源の位置がずれてドリフトが発生したとき、又はその双方において、発生したドリフトをより成功裡に補償できる。
(E)スペクトル計をシーケンシャルに使用した装置における分析速度が高くなる。
(F)検知器アレイを小型化及び低価格化できる。
(G)信号対雑音比改善策をより容易に適用できる。
(H)本発明に係る思想が想到される前に取得してあったスペクトルデータや、最近見られる大型の検知器アレイをまだ利用することができなかった時期に取得してあったスペクトルデータにも、本方法を改めて適用することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
以下、別紙図面を参照しつつ本発明の実施形態について例示説明する。
【0026】
本発明は、サンプルから輻射された物理的スペクトルにより近い(即ちより似ている)スペクトルが得られるよう、スペクトルを示すディジタルデータを操作する方法として、実施できる。即ち、本方法に従い操作、拡張されたスペクトルデータは、サンプルから放射された実際のスペクトルとの相関性が、より強いデータとなる。
【0027】
本方法は、ディジタルのスペクトルデータを対象に実施すべき次のようなステップ群を有する。但し、以下のステップの中には、本発明の本質的構成要件とはいえないものも含まれている。
【0028】
ステップ1:
本ステップでは、2m個(m:整数)の画素を用い取得した生のスペクトルデータ例えば周波数スペクトルデータを、高速フーリエ逆変換(IFFT)する。データポイント数を2mとしたのは、IFFTアルゴリズムを適用するのに必要であるからである。その結果得られるのは、擬似時間領域における干渉データ型のデータセット、即ち擬似干渉データ(pseudo-interferogram)である。擬似干渉データにおけるデータポイント数Mはデータセット取扱方法により異なり、非シフトIFFTを用いた場合は2m、シフトIFFTを用いた場合は2m+1となる。また、シフトIFFTを用いた場合、その結果たる擬似干渉データは対称なデータとなる。こうした対称性があると、あらゆる計算をよりエレガントに行える。図4に示す干渉データ80は、2m+1個のデータポイントを有しており、時刻t=0について対称である。なお、時間軸の拡がりは1秒に正規化されており、−0.5〜+0.5秒の範囲に亘っている。
【0029】
ステップ2:
本ステップでは、強度値が0に等しいデータポイントを干渉データに追加する処理、即ちゼロフィルを実行する。ゼロフィルとは、そのIFFT値の実部及び虚部がゼロ値のデータポイントを新規追加する手法である(シフトIFFT値にこれを適用した場合に限りゼロ値は対称に追加される)。これによって、その強度値が0に等しい2n−2m個のデータポイントが干渉データに追加され、データポイント数が2n+1へと増加する(但しn>mとする)。例えば、擬似時間スケールに沿い分布しているIFFT結果データは、−0.5〜+0.5の範囲については元のまま変えないでおき、−1.0〜−0.5の範囲と+0.5〜+1.0の範囲についてはゼロ値のIFFT値を追加する。2(n-m)なる数値によって与えられるゼロフィルファクタ(ZF)即ちゼロフィルの度合いは、この例においては時間スケールが2倍に伸長されているので2となる。
【0030】
ステップ3:(オプション的な即ち必須でないステップ)
本ステップでは干渉データをアポダイズする。アポダイズとは、IFFT結果たる干渉データの虚部及び実部に、指定された関数を乗ずる処理である。この処理の目的は、分解能劣化に抗して信号対雑音比を向上させること(即ち平滑化)や、信号対雑音比の劣化に抗してスペクトル分解能を向上させることにある。なお、アポダイズの仕方の例については後に説明する。
【0031】
ステップ4:
本ステップでは、ステップ2(実施した場合はステップ3)によって得られたデータを高速フーリエ変換(FFT)する。これによって、2n個のデータポイントを有するスペクトルデータが得られる。
【0032】
図5〜図8に、生の輻射光スペクトルデータをIFTしたものに更にゼロフィルを施したもの、即ちこの後FFTによって波長領域に再変換されるものの例を示す。図5〜図8の間の違いは、ZF従ってゼロフィルの効果が違っていることである。これらの図に例示したデータには、アポダイズ(即ち先に概説したステップ3)は施されていない。なお、生データとしては、CrNi鋼をサンプルとして用いスペクトルを発生させ、それをARL QUANTRISの分光写真機2によって記録したものを用いた。
【0033】
図5に示したのは生データ90であり、スペクトル計から得られたデータを画素番号対強度値(任意単位)グラフとしてプロットしてある。この生データ90においては、明らかに、ディジタル分解能が画素幅により制約されている。図6〜図8に例示したデータは、順にZFを2、4又は8にしてゼロフィルしたデータである。
【0034】
看取できるように、ゼロフィルだけではスペクトル分解能は変化しない。というより、スペクトル計の光学的構成により決まるものであるので変化させることができない。しかし、ゼロフィルを施すことによってディジタル分解能が改善され、ピークの形状が自然なピーク形状に近くなる(ゼロフィル操作を施したデータにおけるピークはやや“非ディジタル的”に見える)。更に、ゼロフィル前は表だって現れていなかった細部が見えるようになる。例えば、ピーク92は生データ90には現れていなかったが、図6〜図8では見えるようになっている。更に、生データ90中のスペクトル領域94には、その強度が異なる2個のピーク96及び98が現れているが、図6〜図8に示すゼロフィル操作後のデータ中の同じ領域100に現れている2個のピークは、その強度が実質的に同じである。
【0035】
こうして得られたスペクトルデータを分析することによって、従来では容易に実現し得なかった高い正確さと精度で、ピーク位置を判別することができる。また、積分限界を設定することにより精度をかなり高くすることができる(積分限界は図8の例の如く最高8にも拡げることができる)。更に、ドリフト補償処理をより精度よく適用することが可能になる。この手法によって、修正の単位となるスケールが物理的な画素幅から論理的な画素幅に狭まる。
【0036】
本発明の実施形態を用いて調製したデータと従来技術を用いて調製したデータとの比較
次に、本発明の実施形態を用いて操作したデータを、線形補間法と対比して説明する。図9に、生のスペクトルデータの例100をヒストグラムにより示す。このヒストグラムは、多数のデータポイントの中から26個のデータポイントを選り出し、横軸に沿ってプロットしたものであり、縦軸に沿ったバーの高さがそのデータポイントでの強度値を表している。看取できるように、このスペクトルデータには、単独で現れているピークが2個(シングレットピーク102及び104)、また2個のピークの重なり合いが1個(ダブレットピーク106)、含まれている。1個目のピーク102は1〜3画素幅の範囲内の半値幅を有しているように見えるけれども、その半値幅をしかと推定するのが不可能であることもまた明らかである。このスペクトルデータ中の他のピークについても同様である。
【0037】
図10及び図11に、図9に示したスペクトルデータ100に四次(図10)又は八次(図11)の線形補間を施したものを示す。線形補間とは、大まかにいうと、実際にデータを得たデータポイントとその隣にありやはり実際にデータを得たデータポイントとの間に直線を引き、その直線に沿って人為的に何個かのデータポイントをプロットする、という手法である。また、線形補間が二次である、とは、実際にデータを得た2個の隣接データポイント間にプロットされる人為的なデータポイントの個数が2個、ということである。同様に、線形補間が八次である、とは、実際にデータを得た2個の隣接データポイント間にプロットされる人為的なデータポイントの個数が8個、ということである。
【0038】
図10及び図11においては、線形補間結果110又は120がヒストグラムにより示されている。看取できるように、生データの改質という点では、線形補間には限られた効果しか認められない。例えば、図10中の2個目のシングレットピーク114の中心や、ダブレット116内の2番目のピーク118の中心は、なお厳密に見定めるのが難しい。図11に示した線形補間結果120に見られるように、より高次の線形補間を行っても、こうした状況は改善されない。また、図10と図11の対比から明らかな通り、補間次数を増してシングレットピーク124の中心等を判別しようとしても、その努力はあまり報われない。即ち、図11中のシングレットピーク124の中心は図10中のシングレットピーク114の中心と全く同じ場所にあるように見える。
【0039】
図12及び図13に、図9に示したスペクトルデータ100に本発明の実施形態に係るZF=4(図12)又は8(図13)のゼロフィル操作を施したもの(但しアポダイズは施してないもの)を示す。先例と同様、図12及び図13に示したスペクトルデータも、多数のデータポイント(前部で8640画素)に対しゼロフィル操作を施し、その結果のうちの26個のデータポイント(26画素)を選り出して、示されている。
【0040】
看取できるように、図12及び図13に示した操作結果データからは、スペクトルの細部まで、特に生データや線形補間済データに現れていなかった細部まで、かなり容易に認知することができる。例えば、その中心をうまく特定できないシングレットピーク104、114又は124に比べ、シングレットピーク134及び144の中心は、かなり容易に判別することができる。また、ダブレットピーク136及び146の形状も、生データや線形補間済データに比べて、かなりくっきりとしている。更に、ゼロフィル操作済データには、生データや線形補間済データでは解らない特徴部分が、現れている。例えば、ピーク137及び147の存在は、生データや線形補間済データからは、窺い知ることができない。
【0041】
図14に、図11に示したデータと図13に示したデータとを直接的に対比して示す。ヒストグラムではなく折れ線グラフでデータを表しているのは、比較結果を解りやすく示すためである。図中、八次線形補間済データ(図11由来のもの)は折れ線150により、本発明の実施形態に係るゼロフィル操作済データ(図13由来のもの)は折れ線152により、示されている。折れ線150上の菱形や折れ線152上の丸印は、それぞれ個別のデータポイントでの強度値を表している。
【0042】
図示されているスペクトルデータ中、左側にあるシングレットピーク162については、ゼロフィル済データや線形補間たデータとの間に、比較的良好な相関関係が見受けられる。即ち、両データを比べると、シングレットピーク162の半値幅が似通った幅になっており、また各データから推定される中心波長間の一致度も高い。更に、シングレットピーク162の強度も、線形補間済データとゼロフィル済データとでほぼ同じ値になっている。
【0043】
しかし、データ中に含まれる他のピークの特性については、よりはっきり解るより大きな違いが生じている。例えば、ピーク164の強度については、両データ間でかなり違いがある。同様に、ダブレットピーク166の全体形状、特にその右部分のピークの形状については、両データ間に僅かな相関しか見受けられない。更に、ゼロフィル済データでは、ピーク特にピーク164の中心がより鮮明・明確になっているのに対し、線形補間済データでは、ピーク164の中心が厳密にはどこにあるのかはっきりと解らない。即ち、線形補間済データでは、ピーク164の横軸上の位置が19番目の画素と20番目の画素の間のどこかにある、としか解らないが、ゼロフィル済データではピークの位置を1画素単位ではっきりと認知することができる。
【0044】
アポダイズ
アポダイズは、信号対雑音比向上、偽像抑圧、分解能向上等を目的としデータを操作する手法の一つとして知られている。アポダイズは、基本的に、時間領域信号の実部及び虚部データにある種の関数を適用する操作として、実行される。アポダイズに使用する関数の選択次第であるが、波長領域から時間領域に変換し時間領域でアポダイズしたデータを波長領域に再変換することにより、そのデータをより強力に拡張することができる。
【0045】
図15に各種アポダイズ関数を示す。図示されているのはいわゆるコサインスクエア関数180、シフトサインベル関数182及びハミング関数184である。一見して、図中の信号190の包絡線はその中央で最大値になり両端に向かって単調減少しているので、これに最もフィットするのはコサインスクエア関数180である。即ち、コサインスクエア関数180を信号190に乗ずることで、グラフの中心からの乖離による強度減衰をより強くすることができる。これによって得られる信号、即ちその包絡線が急峻に減衰する信号のスペクトル領域における半値幅は、コサインスクエア関数180を乗ずる前の信号190のそれに比べ広くなる。また、干渉データ全体に亘り雑音が一定であるとすると、干渉データのうち最も信号対雑音比の劣化に関わる部分の荷重がこの処理によって小さくなり、従って、スペクトル分解能を犠牲にしてであるが信号対雑音比が向上する。なお、指数関数等の単調減少関数にもコサインスクエア関数180と同様の作用がある。また、各種の既知関数を用い分解能を向上させることもできる。その例としてはシフトサインベル関数182やハミング関数184がある。分解能向上に使用できる関数は、通常、干渉データ190中で時刻=0秒近傍にある部分には小さめの荷重を課し、時刻=±0.10〜0.30秒近傍にある中間部分には大きめの荷重を課す。
【0046】
図16〜図18に、順に、生のスペクトルデータ、それにゼロフィルのみを施したスペクトルデータ、そしてゼロフィル済スペクトルデータを更にアポダイズしたスペクトルデータを示す。ここで示している例は、生の輻射光スペクトルデータをIFFTし(図16)、それにより得られたスペクトルデータ200をゼロフィルし(図17)、更にそれをアポダイズし(図18)、最後にFFTして波長領域のデータに戻す例である。また、この例では純粋なAlのサンプルからスペクトルを取得している。アポダイズ関数としてはいわゆるコサインスクエア関数cos(t)2(図15中の180;なおtは擬似時間)を使用している。そのため、図17と図18との比較から解るように平滑効果が発生している。この平滑効果があるため、重要なことに、コサインスクエア関数の適用によって背景領域をよりうまく見分けることが可能になり、また低濃度元素データについての信号対雑音比が高まる。但し、看取できるように、平滑によってデータの信号対雑音比が改善されるとはいえ、それと引替にスペクトル分解能が悪くなる(線スペクトルの幅が拡がる)。なお、同様にアポダイズ関数として適用することで信号対雑音比を改善できる関数は他にもある。通常、そうした関数は、擬似時間領域における信号包絡線の拡がりを狭く(即ち時間的に短く)する作用を有する。
【0047】
また、スペクトル分解能がディジタル分解能に優っている場合、前者が後者の妨げにならないことからディジタル分解能を向上させる処理が意味を持ち始める。例えば、擬似時間領域のデータが打ち切られている場合(即ちそのデータ中に強度が高くて先端が断ち切られている部分がある場合)には、アポダイズ法によって、ディジタル分解能を向上させまた偽像を抑圧することができる。即ち、擬似時間領域データに打ち切りがある場合、ゼロフィル及びFTを施すと、それによって、各種ピークや各種線スペクトルからなる一組の構造から偽像が発生することがある。特に、スペクトルデータの強度範囲(ダイナミックレンジ)が広い場合、その中で最高のレベルを有するピークから発生する偽像はときとして最小ピークのそれと比肩し得る程のレベルになることがある。こうした偽像の発生を回避するには、擬似時間領域中の信号打ち切り部分をアポダイズし、その部分から0までの信号値変化がより滑らかになるようにするとよい。また、この種のアポダイズそれ自体には線スペクトルやピークの幅を拡げる作用があるので、それを避けたいなら線形予測法を使用するとよい。線形予測法を適用することによって、擬似時間領域での信号を0まで変化させるのに必要なデータポイントを追加することができる。その際、アポダイズ関数による幅拡張作用は生じない。
【0048】
このように、本発明の実施形態によれば、スペクトルの細部がはっきりする、スペクトル分解能が向上する、廉価なCCDを使用可能になる(同程度の分解能を実現するとしたら大抵は従来の所要画素数より少ない画素数で済む)、スペクトルデータをより正確なものに設えるための所要時間が短くなる等の効果が得られる。特に、シーケンシャル(スキャン)技術を使用する場合、時間節約の効果は特に有益である。
【0049】
また、以上の記述では光輻射スペクトルとの関わりで本発明が説明されているが、本発明に係る手法を他種スペクトルにも等しく適用できることを理解されたい。本発明の実施形態に係る方法は、あくまで例としていうのであるが、波長対強度の計測値をもたらすまた別の種類のスペクトル計にも、適用することができる。その例としては、誘導結合プラズマ(ICP)輻射光スペクトル計、エネルギ分散X線蛍光分析計、波長分散X線蛍光分析計等がある。
【0050】
更に、先に説明した例では、周波数領域又は波長領域のデータをIFTし、擬似時間領域と称する領域に属するデータを作成し、作成した時間領域データにアポダイズ、ゼロフィル又はその双方を施し、そして周波数領域又は波長領域へと再変換しているが、上述した手法と同様の手法が質量(厳密には質量電荷比)対強度データにも等しく適用可能であることを、理解されたい。その種のデータは、通常、ICP質量分析計(MS)、ガスクロマトグラフィMS、有機MS−MS、飛行時間効果(TOF)MS、三連四重極装置(例えば電気スプレー源を用いたもの)等から得られる。
【0051】
質量対強度データを処理する場合、上述の実施形態における周波数/波長対強度データの処理と同様に、まずそのデータをIFFTし、この変換により得られたIFFT値即ち質量逆変換領域内データを前記同様にしてアポダイズ及びゼロフィルし、そしてその結果たるデータにFFTを施してもとの質量領域へと再変換する。
【0052】
図19a及び図19bに、何ら処理を施してない生の質量スペクトルを示す。両図とも同じスペクトルを示したものであるが、図19aが縦横両軸共に線形スケールであるのに対して、図19bでは縦軸が対数スケール、横軸が線形スケールである。また、図20a及び図20bに、図19a及び図19bに示した質量スペクトルにIFFT、ZF=4のゼロフィル、並びにFFTを後処理として施し、質量領域に戻したものを示す。両図とも同じスペクトルを示したものであるが、図20aが縦横両軸共に線形スケールであるのに対して、図20bでは縦軸が対数スケール、横軸が線形スケールである。
【0053】
注目すべき点は2点ある。第1に、図20a及び図20bにおけるピークは図19a及び図19bにおけるそれより滑らかである。これは、先に図16〜図18を参照して説明した別の実施形態と全く同様である。しかしながら、第2に、特に図20bにおける半対数図示から看取できるように、ピークから離れた場所に大量の偽像が発生してしまっている。これらの偽像が発生する原因は、図19a及び図19bに示した質量スペクトルの性質、特に、その元素質量スペクトルにて計測対象質量範囲内に発生するピークの個数が比較的少なく、しかもその強度値が広い範囲に亘る(ダイナミックレンジが広い)という性質にある。そのため、ピークのうち高レベルのピークによる偽像のレベルが、低レベルのピークのレベルと比肩し得る程になる。当該低レベルのピークを検知したい場合、この偽像は妨げになりかねない。図20bに示すようにピークがないはずのところに偽像が生じる原因は、一つには、ピークがない領域でのゼロフィルにある。
【0054】
これらの偽像を除去するには、質量逆変換領域データをゼロフィルに先立ちアポダイズすればよい。そうすれば、偽像のうちのかなりの部分が除去される。図21a及び図21bに、アポダイズしてあることを除き図20a及び図20bに示したものと同じ処理が施されている質量スペクトルを示す。この質量スペクトルを得る際使用したアポダイズ関数はコサインスクエア関数である。即ち、生データをIFFTして質量逆変換領域データに変換し、その質量逆変換領域データにコサインスクエア関数を適用してアポダイズし、次いでアポダイズした質量逆変換領域データにゼロフィルを施し、更にそれをFFTして質量領域データに変換してある。とりわけ図20bとの比較で解るように、図21bにおいては、ピークから離れた場所における偽像の個数が減っている。コサインスクエア関数を用いてアポダイズしたためピーク幅が僅かに拡がりピーク高が僅かに低くなっているが、雑音はほぼ完全に取り除かれている。
【0055】
アポダイズの主たる作用はピーク周辺だけを加重してゼロフィルさせることにあるので、アポダイズ関数はスペクトル形状に応じて選ぶべきであり、従ってその質量スペクトルに期する性質によってはコサインスクエア関数以外の関数が採用される場合もある。例えば図19a〜図21bに示したようにピーク集中型プロファイルを有する元素質量スペクトルに対しては、恐らくはコサインスクエア関数が適しているであろうが、これ以外にも適当な関数があるかもしれない。また、別のタイプの質量スペクトルに対しては、更に別のアポダイズ関数がより適しているかもしれない。例えば、三連四重極装置にて有機分子を対象にいわゆるMS−MS実験やMSn実験を実行した場合、得られる質量スペクトルは、複数の前駆イオンやフラグメントイオンが存在していると、しばしば、指定した質量範囲全体に亘り複数個のピークが(ほとんど)連続して現れるスペクトルになる。前述した手法はこうしたスペクトルにも等しく且つ好適に適用できる。この場合、質量範囲内で複数個のピークが(概ね)連続的に連なっており且つその強度範囲(ダイナミックレンジ)が比較的狭いことから、施す処理をゼロフィルだけにしても、最終的に得られる質量スペクトル上に顕著な雑音が現れることはなかろう。
【0056】
また、当業者にはご理解頂けるであろうが、上述の質量スペクトル取得手法は、ICP−MS及び三連四重極装置以外の質量分析計にも等しく適用できる。例えば、扇形磁場を用いる装置、三次元トラップ、TOFを利用する装置等である。
【0057】
更に、イメージング用分光器例えばICP−CIDから得られる(二次元FFT処理された)スペクトルデータも、本発明に係る方法により処理することができる。
【0058】
更に、本発明に係る方法は、シーケンシャルスペクトル計により記録されたスペクトルに対しても適用できる。その場合、スキャンステップサイズを2又は4の冪で増加させることにより貴重なスキャン時間(及び費用)を節約できる。最終的に得られるスペクトルがそれによって歪むことはない。
【図面の簡単な説明】
【0059】
【図1】従来の輻射光スペクトル計を示す模式図である。
【図2】鉄(Fe)について輻射光線スペクトルの一部を示す図である。
【図3】図2に示したスペクトルの一部を示す図である。
【図4】図3に示したデータにシフトIFFT関数を適用して得られるデータを示す図である。
【図5】輻射光スペクトル計から得られた生データを示す図である。
【図6】図5に示したデータを本発明の第1実施形態に従い拡張して得られたデータを示す図である。
【図7】図5に示したデータを本発明の第2実施形態に従い拡張して得られたデータを示す図である。
【図8】図5に示したデータを本発明の第3実施形態に従い拡張して得られたデータを示す図である。
【図9】また別の生のスペクトルデータを示す図である。
【図10】図9に示したデータに線形補間を施したものを示す図である。
【図11】図9に示したデータに線形補間を施したものを示す図である。
【図12】図9に示したデータに本発明の実施形態に係る関数処理を施したものを示す図である。
【図13】図9に示したデータに本発明の実施形態に係る関数処理を施したものを示す図である。
【図14】図11に示したデータと図13に示したデータとを同じグラフ上に重ねてプロットした図である。
【図15】データに適用可能な各種アポダイズ関数を示す図である。
【図16】純粋なアルミニウム(Al)のサンプルから得られた生データを示す図である。
【図17】図16に示したデータに本発明の実施形態に係る方法をアポダイズ抜きで適用したものを示す図である。
【図18】図16に示したデータに本発明の実施形態に係る方法をアポダイズ込みで適用したものを示す図である。
【図19a】生の質量スペクトルを共に線形スケールの強度軸及び質量軸により表した図である。
【図19b】図19aに示した生の質量スペクトルを、対数スケールの強度軸及び線形スケールの質量軸により表した図である。
【図20a】図19a及び図19bに示したデータに本発明の実施形態に係る方法をアポダイズ抜きで適用したものを、共に線形スケールの強度軸及び質量軸により表した図である。
【図20b】図20aに示した質量スペクトルを、対数スケールの強度軸及び線形スケールの質量軸により表した図である。
【図21a】図19a及び図19bに示したデータに本発明の実施形態に係る方法をアポダイズ込みで適用したものを、共に線形スケールの強度軸及び質量軸により表した図である。
【図21b】図21aに示した質量スペクトルを、対数スケールの強度軸及び線形スケールの質量軸により表した図である。
【技術分野】
【0001】
本発明は、スペクトル計(spectrometer;スペクトル分析計或いは単に分析計とも訳される)から得られるスペクトルデータ、例えば光学スペクトルデータや質量スペクトルデータを、拡張する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
スペクトルデータには、サンプル内に存する種や元素に対応して一群のピーク(山)やトラフ(谷)が現れる。それらはしばしば波長、周波数、エネルギ又は質量に対する強度値の関係を示すグラフ上に図示される。例えば光輻射スペクトルを得るには、種々の既知手法の中から何れかの手法を選んでサンプルを励起することによって、そのサンプル内の原子のエネルギを、より高いエネルギ準位へと上昇させればよい。励起サンプル内の原子で緩和が生じるとき、即ちその原子内で高いエネルギ準位から低いエネルギ準位への遷移が生じるときには、その原子から光子が輻射される。輻射光子の波長はエネルギ遷移幅により決まる様々な離散値を採り得、そうした種々の遷移によって一群の線スペクトルが形成される。即ち、輻射光子のエネルギ従って波長は、専ら、輻射元原子における励起状態エネルギと緩和状態エネルギとの間のギャップにより決まり、また、励起状態におけるエネルギ準位、緩和状態におけるエネルギ準位及び両状態間でのエネルギギャップは、励起原子の種類(元素)により変わるので、励起サンプルからの輻射光の波長を調べることにより、そのサンプルを構成する元素を推定することができる。
【0003】
この原理によるスペクトル計の典型的構成を図1に示す。この図に示したスペクトル計10は、例えばThermo Electron Corporation製のARL QUANTRIS(商標;以下省略)等のスペクトル計を、大胆に模式化して示したものである。図中、サンプルSを励起させるとそのサンプルSから多数の線スペクトルを含む輻射12が発せられる。発せられた輻射12は、対物光学系14、16及び18によってその一部が選り出され、選り出された成分はスペクトル計10内に導かれて入射スリット20、22及び24のうち対応するものを通り、波長選択性散乱素子26、28及び30のうち対応するものに入射する。図示例では素子26、28及び30としてスペクトル計の分野で既知の反射格子を用いている(但しそれ以外の種類のものを用いてもよい)。これらの格子26、28及び30は、それぞれ、入射してきた輻射中の特定波長成分を反射する。この反射は、検知器アレイ32、34及び36のうちその格子26、28又は30の合焦面内に位置しているものに達する。
【0004】
昨今の光学スペクトル計例えば図1に示したスペクトル計10では、検知器アレイ32、34及び36として電荷結合デバイス(CCD)や電荷注入デバイス(CID)等の固体検知器が用いられる。即ち、それらの種類の固体光検知器からなる少なくとも1個の検知器アレイが、励起サンプル収容場所たる輻射源の下流、対応する波長選択性散乱素子26、28又は30の下流、且つその散乱素子26、28又は30の合焦面内にある場所に、検知器アレイ32、34又は36として実装される。何れの検知器アレイ32、34及び36も有限な幅(物理的寸法)を有する複数個の検知器素子(画素)から構成されているので、各検知器アレイ32、34又は36にて輻射を検知できる波長域の大きさは、専ら、その検知器アレイ32、34又は36を構成する検知器素子の幅(画素幅)、対応する散乱素子26、28又は30の散乱能力、並びにその散乱素子26、28又は30からその検知器アレイ32、34又は36までの距離によって決まる。結局のところ、スペクトル計10の分解能力には、各光検知器アレイ32、34及び36を構成する検知器素子の個数(画素数)と、各光検知器アレイ32、34及び36における輻射検知可能波長域の幅とにより、制約される。
【0005】
図2に、ARL QUANTRISスペクトル計により記録されるスペクトルの典型例50を示す。図中、52は任意単位で記録された輻射強度、54はnm(ナノメータ)単位で表した波長であり、スペクトル50は後者に対する前者の関係としてグラフ表現されている。また、このスペクトル50を得るのに使用したサンプルは純粋な鉄(Fe)である。看取できるようにこのスペクトル50は非常に込み入っており、8640画素のCCDアレイによって6000本を超える本数の線スペクトルが捉えられている。複数の元素を含有するサンプルから得られるスペクトルは、そのサンプル内における各種元素が様々に異なる濃度レベルひいては線スペクトル群を呈するため、これ以上に複雑なものになり得る。
【0006】
図3に、図2に示したスペクトルの一部を示す。この図は検知器素子による検知信号を棒グラフ60にして表したものであり、個々の棒が1個の検知器素子に対応している。この図中、各スペクトルが棒で表されていることからも解るように波長検知分解能は制約されており、この制約は検知器素子の寸法ひいては検知器アレイの分解能力によって生まれている。即ち、波長検知分解能を決める素子別波長通過域幅(通常はpm(ピコメータ)単位)は、専ら、検知器素子(画素)の物理的寸法によって決まる。各検知器素子の実効幅、即ちその素子に入射してくる輻射を積分する部分の幅は狭いので、検知器素子の波長通過域の幅も狭くなる。
【0007】
図3中に現れている何本かの線スペクトルのうち、中程に現れているのは単独の線スペクトル62、左側に現れているのは互いに重なり合った2本の線スペクトル64及び66、右側に現れているのは分解できなかった一群のピーク68である。単独線スペクトル62の半値幅(FWMH)は2〜3画素(検知器素子2〜3個)分程度であるが、その拡がりの中心が画素中心と一致していないため、その中心が正確にはどこなのかを判別困難である。その中心位置が解らずしかもほんの数個(数画素分)のディジタル計測値しか得られていない線62スペクトルの強度を計算するのは難しく、従って線スペクトル62を発生させている元素の量も推定困難である。
【0008】
現在、ピーク位置をより正確に求められるようにする方法も、幾つか知られている。その多くは当てはめ法を用いたものである。当てはめ法には、ガウシアン当てはめ、ローレンツィアン当てはめ、多項式(放物)当てはめ等の手法がある。しかし、それらの手法による当てはめでは、線スペクトルのピーク波長を十分正確に求められない等、不十分な結果しか得られないことが解っている。特に、ピーク形状が理想的な形状から外れた形状である場合(例えば非対称な場合)や、他の1個又は複数個のピークスペクトルと重なっている場合に、ピーク波長を正確に求められないことが多い。また、こうした手法ではピーク強度も正確に求められないので、サンプル内元素濃度も正確には解らない。即ち、当てはめ法を用いて線スペクトル特性(例えばその線スペクトルの最大値位置、最高強度及びピーク幅)を算出するには、算出のもとになる生データとして理想的で完全な形状を有するものが必要である。理想的で完全な形状を有する、とは、その線スペクトルが対称で、近在の線スペクトルとの重なり合い等による干渉を受けておらず、しかも当てはめ曲線に相応するプロファイル(ガウシアン当てはめならばガウシアンプロファイル)を有しており正確に当てはめを行えることをいう。現実のスペクトルデータでは、例えば光学収差乃至装置収差、線スペクトル同士の重複、スペクトル同士の干渉(ダブレット干渉)等が生じるだけで線の形状が歪むため、こうした条件が成り立つ可能性はかなり低い。従って、既知の手法を用い線スペクトル形状を良質化する企ては、しばしばうまくいかない。
【0009】
以上概論した問題があるため、かなりの努力をしなければ、輻射光スペクトル計等のスペクトル計の性能を向上させることはできなかった。
【0010】
【特許文献1】米国特許第6298363号明細書(B1)
【非特許文献1】Ulrich Guenther, "Advanced NMR Processing", EuroLabCourse "Advanced Computing in NMR Spectroscopy", Florence, Sept. 2001, <online> Internet URL: http://www.cerm.unifi.it/EUcourse2001/Gunther#lecturenotes.pdf
【非特許文献2】John C. Edwards, PhD, "Principles of NMR", Process NMR Associates LLC, Danbury CT, USA, <online> Internet URL: http://www.process-nmr.com/pdfs/NMR%20Overview.pdf
【非特許文献3】'Improved Spectral Resolution Using Linear Prediction', second paragraph, from Accelrys, "Spectral Processing & Analysis - Applications & Techniques in NMR Spectroscopy", <online> Internet URL: http://www.accelrys.com/cases/dataproc#app.html
【非特許文献4】Eric W. Weisstein, "Apodization Function", from 'MathWorld-A Wolfram Web Resource', <online> Internet URL: http://mathworld.wolfram.com/ApodizationFunction.html
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
従って、上述した問題を解決しディジタル分解能を向上させることが望まれている。また、スペクトルの良質化例えば信号対雑音比の向上や、信号補間も望まれている。
【課題を解決するための手段】
【0012】
従来技術と対比するに、本発明に係る方法は、ある範囲内の波長、周波数又は質量に対するM個の離散的な強度スペクトルをデータ拡張する方法であって、a)そのスペクトルデータに第1関数を適用してスペクトル逆変換値を求めるステップと、b)求めたスペクトル逆変換値をゼロフィル(zero-filling)するステップと、c)ゼロフィルしたスペクトル逆変換値に第2関数を適用して上記範囲内の波長、周波数又は質量に対するN個(但しN>M)の離散的な強度スペクトルを求めるステップと、を有するものである。
【0013】
本発明の実施形態においては、波長、周波数、質量、エネルギその他の領域にて計測されたスペクトルを示すデータに、第1関数例えばフーリエ逆変換(IFT)を適用することによって、スペクトル逆変換値即ち逆変換領域(inverse transform domain)におけるスペクトルを求める。例えば波長又は周波数に対する強度スペクトルであれば逆変換領域におけるスペクトルとして擬似時間(pseudo-time)領域におけるスペクトルが得られる。この逆変換領域スペクトルデータをゼロフィル(及びアポダイズ(apodization))した上でそのデータにフーリエ変換(FT)等の第2関数を適用すると、そのデータは逆変換領域から波長又は周波数領域に戻る。これによって得られるデータは、逆変換領域にて修正を受けているので、計測により得られたスペクトルデータに対して拡張されている。また、質量に対する強度スペクトルの場合、その逆変換領域と時間領域との間に類似性こそないが、同様の手法をやはり適用することができる。言い換えれば、質量スペクトルデータに第1関数(例えばIFT関数)を適用して得た逆変換領域内データをゼロフィル(及びアポダイズ)し、それによって修正された逆変換領域内データに第2関数(例えばFT関数)を適用することによって、質量スペクトルデータを再構成することができる。
【0014】
スペクトル計の総合的な分解能は、ディジタル分解能とスペクトル分解能の組合せによって決まる。ここに、「ディジタル分解能」とは、隣り合う2個の離散値間の波長間隔、周波数間隔、質量間隔等の間隔値によって制約される信号分解能のことである。従って、生のスペクトルデータでは、ディジタル分解能は、画素帯域幅(並びに検知器種類によっては画素間デッドスペースの大きさ)によって制約される。これに対して、「スペクトル分解能」とは、検知器より前段にある光学的又はイオン光学的コンポーネント、例えば入射スリットや散乱素子のようなコンポーネントによりもたらされる光学又は質量分解限界のことである。スペクトル計測の際にはこれら2種類の分解能乃至分解限界が組合せで効いてくるので、総合的な分解能はこれらの分解能の何れにも劣る分解能になる。
【0015】
本発明は、これら2種類の分解能のうちスペクトル計のディジタル分解能に対策するため、擬似時間領域等の逆変換領域にてスペクトルデータを操作する、という発明である(本発明でのスペクトル分解能はスペクトル計を構成するコンポーネント及びその配置により決まる)。生のスペクトルデータ(即ち波長、周波数、質量、エネルギ等々の領域におけるスペクトルデータ)に対する補間という手法ではなく、逆変換領域おけるスペクトルデータの操作という手法を採用しているため、本発明によれば、幾つかの有益な効果が生じる。例えば、波長空間等におけるピーク位置や、強度空間におけるピーク位置即ちピーク高を、より正確に判別することができる。更に、ゼロフィルの度合いひいては積分限界の設定次第で、精度をかなり高くすることができる。また、温度の時間変化等によるスペクトル計のドリフトを補償するためのドリフト補償処理を、より精度よく適用することができる。
【0016】
第1関数はFT関数とすることができる。その場合、第1関数の適用によってスペクトルデータのIFT値が得られる。例えばもとのスペクトルデータが波長領域のスペクトルデータならば、第1関数の適用により時間領域の干渉データ(interferogram)が得られる。言い換えれば、IFT関数(或いは効果面でこれに類する別種の変換関数)等の第1関数を適用してスペクトルデータを変換することにより、時間領域類似のデータ乃至表現が得られる。
【0017】
第1関数の好適例はIFT関数である。取得したスペクトルデータが波長に対する強度スペクトルを示すデータである場合、そのスペクトルデータにIFT関数を適用することによってそのスペクトルデータを時間領域類似のデータ乃至表現に変換することができる。以下、この時間領域類似のデータ乃至表現のことを、擬似時間領域信号或いは擬似時間領域干渉データと呼ぶ。この干渉データは、既知のFT型機器、例えばフーリエ変換核磁気共鳴装置(FT−NMR)、フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴質量分析計(FT−ICR)、フーリエ変換質量分析計(FT−MS)、フーリエ変換赤外線分析計(FT−IR)等により得られる信号と、幾分似た性質を有している。但し、FT−MS等の場合、本物の時間領域で直に信号を取得し、その信号をFFTにより周波数領域に変換し、更にその信号を(通常は)質量その他のスペクトルへと変換する。この過程のどこでも逆変換は行われない。この相違が重要であることは、本件技術分野における習熟者(いわゆる当業者)であれば、当然、理解できるであろう。
【0018】
その後段にて第2関数として使用される変換関数は、第1関数に対して相補的な関数であり、この関数の適用によって信号が元の領域のスペクトルデータに戻る。なお、IFT及びFT関数の他、これに類する他種の関数、例えばz(逆)変換関数、アダマール(逆)変換関数等の関数も、第1及び第2関数として使用できる。
【0019】
本発明に係る方法は、好ましくは更に、ゼロフィルされた逆変換値を第2関数適用に先立ちアポダイズするステップを有する。第2関数はゼロフィル及びアポダイズされた逆変換値に適用するとよい。アポダイズすることによって、拡張前のデータの信号対雑音比に対し、拡張後のそれを良好なものとすることができる。
【0020】
更に、スペクトル逆変換値に対するゼロフィルファクタ(ZF)がZであるなら、NはMのZ倍に大きくなる。Zが10より大きいと積分限界が拡がりデータ拡張のための計算による負担が嵩むため、Zは2〜10の範囲内の値にするのが望ましい。勿論、計算法が今より進歩すればZを10より大きくすることができるようになるであろうし、そうなれば、Zを10より大きくすることによって多大な効果を得ることができるであろう。従って、ここでZの上限とした10という値を何かの限界乃至制約として捉えてはならず、仮にこれより大きな値を用いたとしても本発明の技術的範囲を外れることとはならない。
【0021】
本発明は、また、コンピュータ上で実行すると上述の方法の各ステップが実行されるコンピュータプログラムとしても、実施できる。
【0022】
更に、本発明は、(a)ある範囲内の波長、周波数又は質量に対するM個の離散的な強度スペクトルをスペクトル計からデータとして受け取り、(b)受け取ったスペクトルデータに第1関数を適用してスペクトル逆変換値を求め、(c)求めたスペクトル逆変換値をゼロフィルし、(d)ゼロフィルしたスペクトル逆変換値に第2関数を適用して上記範囲内の波長、周波数又は質量に対するN個(但しN>M)の離散的な強度スペクトルを求めるよう、構成されたプロセッサとしても、実施できる。
【0023】
本発明は、更に、ある範囲内の波長、周波数又は質量に対するM個の離散的な強度スペクトルからなる一群のスペクトルデータを生成するよう構成され、且つ上記プロセッサを備えるスペクトル計にも拡張できる。
【発明の効果】
【0024】
まとめると、本発明の実施形態によれば、次に示す効果を全て又は部分的に実現することができる。
(A)ピーク位置の正確性及び精度が向上する。それによって、線スペクトルを正確に識別できるようになり、或いはスペクトル計をより正確に且つより精度よく校正できるようになり、或いはその双方が実現される。
(B)光学スペクトルの特徴、特にこれまではディジタル分解能の限界によって曖昧模糊となっていた細部特徴を、より仔細に再現、表現することができる。
(C)積分限界の設定等により、スペクトルの定量的な特徴例えばピークが現れている位置・領域やそのピークの高さを、より正確に且つより精度よく求めることができる。
(D)温度変化により光学コンポーネントの位置がずれてドリフトが発生したとき、輻射源チャンバ内にあるアルゴン等のガス圧の変化により輻射源の位置がずれてドリフトが発生したとき、又はその双方において、発生したドリフトをより成功裡に補償できる。
(E)スペクトル計をシーケンシャルに使用した装置における分析速度が高くなる。
(F)検知器アレイを小型化及び低価格化できる。
(G)信号対雑音比改善策をより容易に適用できる。
(H)本発明に係る思想が想到される前に取得してあったスペクトルデータや、最近見られる大型の検知器アレイをまだ利用することができなかった時期に取得してあったスペクトルデータにも、本方法を改めて適用することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
以下、別紙図面を参照しつつ本発明の実施形態について例示説明する。
【0026】
本発明は、サンプルから輻射された物理的スペクトルにより近い(即ちより似ている)スペクトルが得られるよう、スペクトルを示すディジタルデータを操作する方法として、実施できる。即ち、本方法に従い操作、拡張されたスペクトルデータは、サンプルから放射された実際のスペクトルとの相関性が、より強いデータとなる。
【0027】
本方法は、ディジタルのスペクトルデータを対象に実施すべき次のようなステップ群を有する。但し、以下のステップの中には、本発明の本質的構成要件とはいえないものも含まれている。
【0028】
ステップ1:
本ステップでは、2m個(m:整数)の画素を用い取得した生のスペクトルデータ例えば周波数スペクトルデータを、高速フーリエ逆変換(IFFT)する。データポイント数を2mとしたのは、IFFTアルゴリズムを適用するのに必要であるからである。その結果得られるのは、擬似時間領域における干渉データ型のデータセット、即ち擬似干渉データ(pseudo-interferogram)である。擬似干渉データにおけるデータポイント数Mはデータセット取扱方法により異なり、非シフトIFFTを用いた場合は2m、シフトIFFTを用いた場合は2m+1となる。また、シフトIFFTを用いた場合、その結果たる擬似干渉データは対称なデータとなる。こうした対称性があると、あらゆる計算をよりエレガントに行える。図4に示す干渉データ80は、2m+1個のデータポイントを有しており、時刻t=0について対称である。なお、時間軸の拡がりは1秒に正規化されており、−0.5〜+0.5秒の範囲に亘っている。
【0029】
ステップ2:
本ステップでは、強度値が0に等しいデータポイントを干渉データに追加する処理、即ちゼロフィルを実行する。ゼロフィルとは、そのIFFT値の実部及び虚部がゼロ値のデータポイントを新規追加する手法である(シフトIFFT値にこれを適用した場合に限りゼロ値は対称に追加される)。これによって、その強度値が0に等しい2n−2m個のデータポイントが干渉データに追加され、データポイント数が2n+1へと増加する(但しn>mとする)。例えば、擬似時間スケールに沿い分布しているIFFT結果データは、−0.5〜+0.5の範囲については元のまま変えないでおき、−1.0〜−0.5の範囲と+0.5〜+1.0の範囲についてはゼロ値のIFFT値を追加する。2(n-m)なる数値によって与えられるゼロフィルファクタ(ZF)即ちゼロフィルの度合いは、この例においては時間スケールが2倍に伸長されているので2となる。
【0030】
ステップ3:(オプション的な即ち必須でないステップ)
本ステップでは干渉データをアポダイズする。アポダイズとは、IFFT結果たる干渉データの虚部及び実部に、指定された関数を乗ずる処理である。この処理の目的は、分解能劣化に抗して信号対雑音比を向上させること(即ち平滑化)や、信号対雑音比の劣化に抗してスペクトル分解能を向上させることにある。なお、アポダイズの仕方の例については後に説明する。
【0031】
ステップ4:
本ステップでは、ステップ2(実施した場合はステップ3)によって得られたデータを高速フーリエ変換(FFT)する。これによって、2n個のデータポイントを有するスペクトルデータが得られる。
【0032】
図5〜図8に、生の輻射光スペクトルデータをIFTしたものに更にゼロフィルを施したもの、即ちこの後FFTによって波長領域に再変換されるものの例を示す。図5〜図8の間の違いは、ZF従ってゼロフィルの効果が違っていることである。これらの図に例示したデータには、アポダイズ(即ち先に概説したステップ3)は施されていない。なお、生データとしては、CrNi鋼をサンプルとして用いスペクトルを発生させ、それをARL QUANTRISの分光写真機2によって記録したものを用いた。
【0033】
図5に示したのは生データ90であり、スペクトル計から得られたデータを画素番号対強度値(任意単位)グラフとしてプロットしてある。この生データ90においては、明らかに、ディジタル分解能が画素幅により制約されている。図6〜図8に例示したデータは、順にZFを2、4又は8にしてゼロフィルしたデータである。
【0034】
看取できるように、ゼロフィルだけではスペクトル分解能は変化しない。というより、スペクトル計の光学的構成により決まるものであるので変化させることができない。しかし、ゼロフィルを施すことによってディジタル分解能が改善され、ピークの形状が自然なピーク形状に近くなる(ゼロフィル操作を施したデータにおけるピークはやや“非ディジタル的”に見える)。更に、ゼロフィル前は表だって現れていなかった細部が見えるようになる。例えば、ピーク92は生データ90には現れていなかったが、図6〜図8では見えるようになっている。更に、生データ90中のスペクトル領域94には、その強度が異なる2個のピーク96及び98が現れているが、図6〜図8に示すゼロフィル操作後のデータ中の同じ領域100に現れている2個のピークは、その強度が実質的に同じである。
【0035】
こうして得られたスペクトルデータを分析することによって、従来では容易に実現し得なかった高い正確さと精度で、ピーク位置を判別することができる。また、積分限界を設定することにより精度をかなり高くすることができる(積分限界は図8の例の如く最高8にも拡げることができる)。更に、ドリフト補償処理をより精度よく適用することが可能になる。この手法によって、修正の単位となるスケールが物理的な画素幅から論理的な画素幅に狭まる。
【0036】
本発明の実施形態を用いて調製したデータと従来技術を用いて調製したデータとの比較
次に、本発明の実施形態を用いて操作したデータを、線形補間法と対比して説明する。図9に、生のスペクトルデータの例100をヒストグラムにより示す。このヒストグラムは、多数のデータポイントの中から26個のデータポイントを選り出し、横軸に沿ってプロットしたものであり、縦軸に沿ったバーの高さがそのデータポイントでの強度値を表している。看取できるように、このスペクトルデータには、単独で現れているピークが2個(シングレットピーク102及び104)、また2個のピークの重なり合いが1個(ダブレットピーク106)、含まれている。1個目のピーク102は1〜3画素幅の範囲内の半値幅を有しているように見えるけれども、その半値幅をしかと推定するのが不可能であることもまた明らかである。このスペクトルデータ中の他のピークについても同様である。
【0037】
図10及び図11に、図9に示したスペクトルデータ100に四次(図10)又は八次(図11)の線形補間を施したものを示す。線形補間とは、大まかにいうと、実際にデータを得たデータポイントとその隣にありやはり実際にデータを得たデータポイントとの間に直線を引き、その直線に沿って人為的に何個かのデータポイントをプロットする、という手法である。また、線形補間が二次である、とは、実際にデータを得た2個の隣接データポイント間にプロットされる人為的なデータポイントの個数が2個、ということである。同様に、線形補間が八次である、とは、実際にデータを得た2個の隣接データポイント間にプロットされる人為的なデータポイントの個数が8個、ということである。
【0038】
図10及び図11においては、線形補間結果110又は120がヒストグラムにより示されている。看取できるように、生データの改質という点では、線形補間には限られた効果しか認められない。例えば、図10中の2個目のシングレットピーク114の中心や、ダブレット116内の2番目のピーク118の中心は、なお厳密に見定めるのが難しい。図11に示した線形補間結果120に見られるように、より高次の線形補間を行っても、こうした状況は改善されない。また、図10と図11の対比から明らかな通り、補間次数を増してシングレットピーク124の中心等を判別しようとしても、その努力はあまり報われない。即ち、図11中のシングレットピーク124の中心は図10中のシングレットピーク114の中心と全く同じ場所にあるように見える。
【0039】
図12及び図13に、図9に示したスペクトルデータ100に本発明の実施形態に係るZF=4(図12)又は8(図13)のゼロフィル操作を施したもの(但しアポダイズは施してないもの)を示す。先例と同様、図12及び図13に示したスペクトルデータも、多数のデータポイント(前部で8640画素)に対しゼロフィル操作を施し、その結果のうちの26個のデータポイント(26画素)を選り出して、示されている。
【0040】
看取できるように、図12及び図13に示した操作結果データからは、スペクトルの細部まで、特に生データや線形補間済データに現れていなかった細部まで、かなり容易に認知することができる。例えば、その中心をうまく特定できないシングレットピーク104、114又は124に比べ、シングレットピーク134及び144の中心は、かなり容易に判別することができる。また、ダブレットピーク136及び146の形状も、生データや線形補間済データに比べて、かなりくっきりとしている。更に、ゼロフィル操作済データには、生データや線形補間済データでは解らない特徴部分が、現れている。例えば、ピーク137及び147の存在は、生データや線形補間済データからは、窺い知ることができない。
【0041】
図14に、図11に示したデータと図13に示したデータとを直接的に対比して示す。ヒストグラムではなく折れ線グラフでデータを表しているのは、比較結果を解りやすく示すためである。図中、八次線形補間済データ(図11由来のもの)は折れ線150により、本発明の実施形態に係るゼロフィル操作済データ(図13由来のもの)は折れ線152により、示されている。折れ線150上の菱形や折れ線152上の丸印は、それぞれ個別のデータポイントでの強度値を表している。
【0042】
図示されているスペクトルデータ中、左側にあるシングレットピーク162については、ゼロフィル済データや線形補間たデータとの間に、比較的良好な相関関係が見受けられる。即ち、両データを比べると、シングレットピーク162の半値幅が似通った幅になっており、また各データから推定される中心波長間の一致度も高い。更に、シングレットピーク162の強度も、線形補間済データとゼロフィル済データとでほぼ同じ値になっている。
【0043】
しかし、データ中に含まれる他のピークの特性については、よりはっきり解るより大きな違いが生じている。例えば、ピーク164の強度については、両データ間でかなり違いがある。同様に、ダブレットピーク166の全体形状、特にその右部分のピークの形状については、両データ間に僅かな相関しか見受けられない。更に、ゼロフィル済データでは、ピーク特にピーク164の中心がより鮮明・明確になっているのに対し、線形補間済データでは、ピーク164の中心が厳密にはどこにあるのかはっきりと解らない。即ち、線形補間済データでは、ピーク164の横軸上の位置が19番目の画素と20番目の画素の間のどこかにある、としか解らないが、ゼロフィル済データではピークの位置を1画素単位ではっきりと認知することができる。
【0044】
アポダイズ
アポダイズは、信号対雑音比向上、偽像抑圧、分解能向上等を目的としデータを操作する手法の一つとして知られている。アポダイズは、基本的に、時間領域信号の実部及び虚部データにある種の関数を適用する操作として、実行される。アポダイズに使用する関数の選択次第であるが、波長領域から時間領域に変換し時間領域でアポダイズしたデータを波長領域に再変換することにより、そのデータをより強力に拡張することができる。
【0045】
図15に各種アポダイズ関数を示す。図示されているのはいわゆるコサインスクエア関数180、シフトサインベル関数182及びハミング関数184である。一見して、図中の信号190の包絡線はその中央で最大値になり両端に向かって単調減少しているので、これに最もフィットするのはコサインスクエア関数180である。即ち、コサインスクエア関数180を信号190に乗ずることで、グラフの中心からの乖離による強度減衰をより強くすることができる。これによって得られる信号、即ちその包絡線が急峻に減衰する信号のスペクトル領域における半値幅は、コサインスクエア関数180を乗ずる前の信号190のそれに比べ広くなる。また、干渉データ全体に亘り雑音が一定であるとすると、干渉データのうち最も信号対雑音比の劣化に関わる部分の荷重がこの処理によって小さくなり、従って、スペクトル分解能を犠牲にしてであるが信号対雑音比が向上する。なお、指数関数等の単調減少関数にもコサインスクエア関数180と同様の作用がある。また、各種の既知関数を用い分解能を向上させることもできる。その例としてはシフトサインベル関数182やハミング関数184がある。分解能向上に使用できる関数は、通常、干渉データ190中で時刻=0秒近傍にある部分には小さめの荷重を課し、時刻=±0.10〜0.30秒近傍にある中間部分には大きめの荷重を課す。
【0046】
図16〜図18に、順に、生のスペクトルデータ、それにゼロフィルのみを施したスペクトルデータ、そしてゼロフィル済スペクトルデータを更にアポダイズしたスペクトルデータを示す。ここで示している例は、生の輻射光スペクトルデータをIFFTし(図16)、それにより得られたスペクトルデータ200をゼロフィルし(図17)、更にそれをアポダイズし(図18)、最後にFFTして波長領域のデータに戻す例である。また、この例では純粋なAlのサンプルからスペクトルを取得している。アポダイズ関数としてはいわゆるコサインスクエア関数cos(t)2(図15中の180;なおtは擬似時間)を使用している。そのため、図17と図18との比較から解るように平滑効果が発生している。この平滑効果があるため、重要なことに、コサインスクエア関数の適用によって背景領域をよりうまく見分けることが可能になり、また低濃度元素データについての信号対雑音比が高まる。但し、看取できるように、平滑によってデータの信号対雑音比が改善されるとはいえ、それと引替にスペクトル分解能が悪くなる(線スペクトルの幅が拡がる)。なお、同様にアポダイズ関数として適用することで信号対雑音比を改善できる関数は他にもある。通常、そうした関数は、擬似時間領域における信号包絡線の拡がりを狭く(即ち時間的に短く)する作用を有する。
【0047】
また、スペクトル分解能がディジタル分解能に優っている場合、前者が後者の妨げにならないことからディジタル分解能を向上させる処理が意味を持ち始める。例えば、擬似時間領域のデータが打ち切られている場合(即ちそのデータ中に強度が高くて先端が断ち切られている部分がある場合)には、アポダイズ法によって、ディジタル分解能を向上させまた偽像を抑圧することができる。即ち、擬似時間領域データに打ち切りがある場合、ゼロフィル及びFTを施すと、それによって、各種ピークや各種線スペクトルからなる一組の構造から偽像が発生することがある。特に、スペクトルデータの強度範囲(ダイナミックレンジ)が広い場合、その中で最高のレベルを有するピークから発生する偽像はときとして最小ピークのそれと比肩し得る程のレベルになることがある。こうした偽像の発生を回避するには、擬似時間領域中の信号打ち切り部分をアポダイズし、その部分から0までの信号値変化がより滑らかになるようにするとよい。また、この種のアポダイズそれ自体には線スペクトルやピークの幅を拡げる作用があるので、それを避けたいなら線形予測法を使用するとよい。線形予測法を適用することによって、擬似時間領域での信号を0まで変化させるのに必要なデータポイントを追加することができる。その際、アポダイズ関数による幅拡張作用は生じない。
【0048】
このように、本発明の実施形態によれば、スペクトルの細部がはっきりする、スペクトル分解能が向上する、廉価なCCDを使用可能になる(同程度の分解能を実現するとしたら大抵は従来の所要画素数より少ない画素数で済む)、スペクトルデータをより正確なものに設えるための所要時間が短くなる等の効果が得られる。特に、シーケンシャル(スキャン)技術を使用する場合、時間節約の効果は特に有益である。
【0049】
また、以上の記述では光輻射スペクトルとの関わりで本発明が説明されているが、本発明に係る手法を他種スペクトルにも等しく適用できることを理解されたい。本発明の実施形態に係る方法は、あくまで例としていうのであるが、波長対強度の計測値をもたらすまた別の種類のスペクトル計にも、適用することができる。その例としては、誘導結合プラズマ(ICP)輻射光スペクトル計、エネルギ分散X線蛍光分析計、波長分散X線蛍光分析計等がある。
【0050】
更に、先に説明した例では、周波数領域又は波長領域のデータをIFTし、擬似時間領域と称する領域に属するデータを作成し、作成した時間領域データにアポダイズ、ゼロフィル又はその双方を施し、そして周波数領域又は波長領域へと再変換しているが、上述した手法と同様の手法が質量(厳密には質量電荷比)対強度データにも等しく適用可能であることを、理解されたい。その種のデータは、通常、ICP質量分析計(MS)、ガスクロマトグラフィMS、有機MS−MS、飛行時間効果(TOF)MS、三連四重極装置(例えば電気スプレー源を用いたもの)等から得られる。
【0051】
質量対強度データを処理する場合、上述の実施形態における周波数/波長対強度データの処理と同様に、まずそのデータをIFFTし、この変換により得られたIFFT値即ち質量逆変換領域内データを前記同様にしてアポダイズ及びゼロフィルし、そしてその結果たるデータにFFTを施してもとの質量領域へと再変換する。
【0052】
図19a及び図19bに、何ら処理を施してない生の質量スペクトルを示す。両図とも同じスペクトルを示したものであるが、図19aが縦横両軸共に線形スケールであるのに対して、図19bでは縦軸が対数スケール、横軸が線形スケールである。また、図20a及び図20bに、図19a及び図19bに示した質量スペクトルにIFFT、ZF=4のゼロフィル、並びにFFTを後処理として施し、質量領域に戻したものを示す。両図とも同じスペクトルを示したものであるが、図20aが縦横両軸共に線形スケールであるのに対して、図20bでは縦軸が対数スケール、横軸が線形スケールである。
【0053】
注目すべき点は2点ある。第1に、図20a及び図20bにおけるピークは図19a及び図19bにおけるそれより滑らかである。これは、先に図16〜図18を参照して説明した別の実施形態と全く同様である。しかしながら、第2に、特に図20bにおける半対数図示から看取できるように、ピークから離れた場所に大量の偽像が発生してしまっている。これらの偽像が発生する原因は、図19a及び図19bに示した質量スペクトルの性質、特に、その元素質量スペクトルにて計測対象質量範囲内に発生するピークの個数が比較的少なく、しかもその強度値が広い範囲に亘る(ダイナミックレンジが広い)という性質にある。そのため、ピークのうち高レベルのピークによる偽像のレベルが、低レベルのピークのレベルと比肩し得る程になる。当該低レベルのピークを検知したい場合、この偽像は妨げになりかねない。図20bに示すようにピークがないはずのところに偽像が生じる原因は、一つには、ピークがない領域でのゼロフィルにある。
【0054】
これらの偽像を除去するには、質量逆変換領域データをゼロフィルに先立ちアポダイズすればよい。そうすれば、偽像のうちのかなりの部分が除去される。図21a及び図21bに、アポダイズしてあることを除き図20a及び図20bに示したものと同じ処理が施されている質量スペクトルを示す。この質量スペクトルを得る際使用したアポダイズ関数はコサインスクエア関数である。即ち、生データをIFFTして質量逆変換領域データに変換し、その質量逆変換領域データにコサインスクエア関数を適用してアポダイズし、次いでアポダイズした質量逆変換領域データにゼロフィルを施し、更にそれをFFTして質量領域データに変換してある。とりわけ図20bとの比較で解るように、図21bにおいては、ピークから離れた場所における偽像の個数が減っている。コサインスクエア関数を用いてアポダイズしたためピーク幅が僅かに拡がりピーク高が僅かに低くなっているが、雑音はほぼ完全に取り除かれている。
【0055】
アポダイズの主たる作用はピーク周辺だけを加重してゼロフィルさせることにあるので、アポダイズ関数はスペクトル形状に応じて選ぶべきであり、従ってその質量スペクトルに期する性質によってはコサインスクエア関数以外の関数が採用される場合もある。例えば図19a〜図21bに示したようにピーク集中型プロファイルを有する元素質量スペクトルに対しては、恐らくはコサインスクエア関数が適しているであろうが、これ以外にも適当な関数があるかもしれない。また、別のタイプの質量スペクトルに対しては、更に別のアポダイズ関数がより適しているかもしれない。例えば、三連四重極装置にて有機分子を対象にいわゆるMS−MS実験やMSn実験を実行した場合、得られる質量スペクトルは、複数の前駆イオンやフラグメントイオンが存在していると、しばしば、指定した質量範囲全体に亘り複数個のピークが(ほとんど)連続して現れるスペクトルになる。前述した手法はこうしたスペクトルにも等しく且つ好適に適用できる。この場合、質量範囲内で複数個のピークが(概ね)連続的に連なっており且つその強度範囲(ダイナミックレンジ)が比較的狭いことから、施す処理をゼロフィルだけにしても、最終的に得られる質量スペクトル上に顕著な雑音が現れることはなかろう。
【0056】
また、当業者にはご理解頂けるであろうが、上述の質量スペクトル取得手法は、ICP−MS及び三連四重極装置以外の質量分析計にも等しく適用できる。例えば、扇形磁場を用いる装置、三次元トラップ、TOFを利用する装置等である。
【0057】
更に、イメージング用分光器例えばICP−CIDから得られる(二次元FFT処理された)スペクトルデータも、本発明に係る方法により処理することができる。
【0058】
更に、本発明に係る方法は、シーケンシャルスペクトル計により記録されたスペクトルに対しても適用できる。その場合、スキャンステップサイズを2又は4の冪で増加させることにより貴重なスキャン時間(及び費用)を節約できる。最終的に得られるスペクトルがそれによって歪むことはない。
【図面の簡単な説明】
【0059】
【図1】従来の輻射光スペクトル計を示す模式図である。
【図2】鉄(Fe)について輻射光線スペクトルの一部を示す図である。
【図3】図2に示したスペクトルの一部を示す図である。
【図4】図3に示したデータにシフトIFFT関数を適用して得られるデータを示す図である。
【図5】輻射光スペクトル計から得られた生データを示す図である。
【図6】図5に示したデータを本発明の第1実施形態に従い拡張して得られたデータを示す図である。
【図7】図5に示したデータを本発明の第2実施形態に従い拡張して得られたデータを示す図である。
【図8】図5に示したデータを本発明の第3実施形態に従い拡張して得られたデータを示す図である。
【図9】また別の生のスペクトルデータを示す図である。
【図10】図9に示したデータに線形補間を施したものを示す図である。
【図11】図9に示したデータに線形補間を施したものを示す図である。
【図12】図9に示したデータに本発明の実施形態に係る関数処理を施したものを示す図である。
【図13】図9に示したデータに本発明の実施形態に係る関数処理を施したものを示す図である。
【図14】図11に示したデータと図13に示したデータとを同じグラフ上に重ねてプロットした図である。
【図15】データに適用可能な各種アポダイズ関数を示す図である。
【図16】純粋なアルミニウム(Al)のサンプルから得られた生データを示す図である。
【図17】図16に示したデータに本発明の実施形態に係る方法をアポダイズ抜きで適用したものを示す図である。
【図18】図16に示したデータに本発明の実施形態に係る方法をアポダイズ込みで適用したものを示す図である。
【図19a】生の質量スペクトルを共に線形スケールの強度軸及び質量軸により表した図である。
【図19b】図19aに示した生の質量スペクトルを、対数スケールの強度軸及び線形スケールの質量軸により表した図である。
【図20a】図19a及び図19bに示したデータに本発明の実施形態に係る方法をアポダイズ抜きで適用したものを、共に線形スケールの強度軸及び質量軸により表した図である。
【図20b】図20aに示した質量スペクトルを、対数スケールの強度軸及び線形スケールの質量軸により表した図である。
【図21a】図19a及び図19bに示したデータに本発明の実施形態に係る方法をアポダイズ込みで適用したものを、共に線形スケールの強度軸及び質量軸により表した図である。
【図21b】図21aに示した質量スペクトルを、対数スケールの強度軸及び線形スケールの質量軸により表した図である。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ある範囲内の波長、周波数又は質量に対するM個の離散的な強度スペクトルをデータ拡張する方法であって、
a)そのスペクトルデータに第1関数を適用してスペクトル逆変換値を求めるステップと、
b)求めたスペクトル逆変換値をゼロフィルするステップと、
c)ゼロフィルしたスペクトル逆変換値に第2関数を適用して上記範囲内の波長、周波数又は質量に対するN個(但しN>M)の離散的な強度スペクトルを求めるステップと、
を有する方法。
【請求項2】
請求項1記載の方法であって、更に、
i)ゼロフィル及び第2関数適用に先立ちスペクトル逆変換値をアポダイズするステップを有する方法。
【請求項3】
請求項2記載の方法であって、ゼロフィル及びアポダイズしたスペクトル逆変換値に第2関数を適用する方法。
【請求項4】
請求項1又は2記載の方法であって、スペクトル逆変換値に対するゼロフィルファクタがZでありNがMのZ倍に大きくなる方法。
【請求項5】
請求項1乃至4の何れか一項記載の方法であって、上記スペクトルデータが原子輻射スペクトルを示すデータである方法。
【請求項6】
請求項1、2又は5記載の方法であって、上記スペクトルデータが、紫外光域、可視光域及び赤外光域のうち少なくとも何れかに分布するスペクトルを示すデータである方法。
【請求項7】
請求項1乃至4の何れか一項記載の方法であって、上記スペクトルデータが質量スペクトルを示すデータである方法。
【請求項8】
請求項1乃至7の何れか一項記載の方法であって、第1関数がフーリエ変換関数であり、第2関数がフーリエ逆変換関数である方法。
【請求項9】
請求項1乃至8の何れか一項記載の方法であって、上記スペクトルデータが周波数スペクトルを示すデータである方法。
【請求項10】
コンピュータ上で実行すると請求項1乃至9のうち何れか一項記載の方法が実行されるコンピュータプログラム。
【請求項11】
請求項10記載のコンピュータプログラムが化体したコンピュータ可読媒体。
【請求項12】
(a)ある範囲内の波長、周波数又は質量に対するM個の離散的な強度スペクトルをスペクトル計からデータとして受け取り、
(b)受け取ったスペクトルデータに第1関数を適用してスペクトル逆変換値を求め、
(c)求めたスペクトル逆変換値をゼロフィルし、
(d)ゼロフィルしたスペクトル逆変換値に第2関数を適用して上記範囲内の波長、周波数又は質量に対するN個(但しN>M)の離散的な強度スペクトルを求めるよう、
構成されたプロセッサ。
【請求項13】
ある範囲内の波長、周波数又は質量に対するM個の離散的な強度スペクトルを含む一群のデータを生成するよう構成され且つ請求項12記載のプロセッサを備えるスペクトル計。
【請求項1】
ある範囲内の波長、周波数又は質量に対するM個の離散的な強度スペクトルをデータ拡張する方法であって、
a)そのスペクトルデータに第1関数を適用してスペクトル逆変換値を求めるステップと、
b)求めたスペクトル逆変換値をゼロフィルするステップと、
c)ゼロフィルしたスペクトル逆変換値に第2関数を適用して上記範囲内の波長、周波数又は質量に対するN個(但しN>M)の離散的な強度スペクトルを求めるステップと、
を有する方法。
【請求項2】
請求項1記載の方法であって、更に、
i)ゼロフィル及び第2関数適用に先立ちスペクトル逆変換値をアポダイズするステップを有する方法。
【請求項3】
請求項2記載の方法であって、ゼロフィル及びアポダイズしたスペクトル逆変換値に第2関数を適用する方法。
【請求項4】
請求項1又は2記載の方法であって、スペクトル逆変換値に対するゼロフィルファクタがZでありNがMのZ倍に大きくなる方法。
【請求項5】
請求項1乃至4の何れか一項記載の方法であって、上記スペクトルデータが原子輻射スペクトルを示すデータである方法。
【請求項6】
請求項1、2又は5記載の方法であって、上記スペクトルデータが、紫外光域、可視光域及び赤外光域のうち少なくとも何れかに分布するスペクトルを示すデータである方法。
【請求項7】
請求項1乃至4の何れか一項記載の方法であって、上記スペクトルデータが質量スペクトルを示すデータである方法。
【請求項8】
請求項1乃至7の何れか一項記載の方法であって、第1関数がフーリエ変換関数であり、第2関数がフーリエ逆変換関数である方法。
【請求項9】
請求項1乃至8の何れか一項記載の方法であって、上記スペクトルデータが周波数スペクトルを示すデータである方法。
【請求項10】
コンピュータ上で実行すると請求項1乃至9のうち何れか一項記載の方法が実行されるコンピュータプログラム。
【請求項11】
請求項10記載のコンピュータプログラムが化体したコンピュータ可読媒体。
【請求項12】
(a)ある範囲内の波長、周波数又は質量に対するM個の離散的な強度スペクトルをスペクトル計からデータとして受け取り、
(b)受け取ったスペクトルデータに第1関数を適用してスペクトル逆変換値を求め、
(c)求めたスペクトル逆変換値をゼロフィルし、
(d)ゼロフィルしたスペクトル逆変換値に第2関数を適用して上記範囲内の波長、周波数又は質量に対するN個(但しN>M)の離散的な強度スペクトルを求めるよう、
構成されたプロセッサ。
【請求項13】
ある範囲内の波長、周波数又は質量に対するM個の離散的な強度スペクトルを含む一群のデータを生成するよう構成され且つ請求項12記載のプロセッサを備えるスペクトル計。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19a】
【図19b】
【図20a】
【図20b】
【図21a】
【図21b】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19a】
【図19b】
【図20a】
【図20b】
【図21a】
【図21b】
【公表番号】特表2007−529721(P2007−529721A)
【公表日】平成19年10月25日(2007.10.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−503222(P2007−503222)
【出願日】平成17年2月25日(2005.2.25)
【国際出願番号】PCT/EP2005/002114
【国際公開番号】WO2005/096171
【国際公開日】平成17年10月13日(2005.10.13)
【出願人】(504024036)サーモ フィッシャー サイエンティフィック インク (6)
【Fターム(参考)】
【公表日】平成19年10月25日(2007.10.25)
【国際特許分類】
【出願日】平成17年2月25日(2005.2.25)
【国際出願番号】PCT/EP2005/002114
【国際公開番号】WO2005/096171
【国際公開日】平成17年10月13日(2005.10.13)
【出願人】(504024036)サーモ フィッシャー サイエンティフィック インク (6)
【Fターム(参考)】
[ Back to top ]