説明

トロイダル型無段変速機

【課題】エンジンの始動時に、アクチュエータ11及び押圧装置13aの各油圧室内の油圧不足が原因となって、トラクション部16でグロススリップが発生するのを防止できる構造を実現する。
【解決手段】潤滑油供給路22の上流側部分に、流量調整弁35を設ける。前記エンジンを停止状態から始動させる際に、送油ポンプ15から吐出されるトラクションオイルのうちで前記潤滑油供給路22に送り込む割合を、前記流量調整弁35を利用して制限する。これにより、前記エンジンの始動時に、前記アクチュエータ11及び前記押圧装置13aの各油圧室内の油圧を、それぞれ迅速に立ち上がらせる事で、上述した課題を解決する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車用自動変速機として利用するトロイダル型無段変速機の改良に関する。具体的には、エンジンの始動時にトラクション部でグロススリップが発生する事を防止する事により、耐久性の向上を図れる構造を実現するものである。
【背景技術】
【0002】
自動車用自動変速機として使用されるトロイダル型無段変速機が、多くの刊行物に記載され、且つ、一部で実施されていて周知である。又、この様なトロイダル型無段変速機を実際の自動車用自動変速機に組み込む場合、遊星歯車機構等の歯車式の差動ユニットと組み合わせて無段変速装置を構成する事が、従来から提案されている。図12〜13は、この様な無段変速装置の1例として、特許文献1に記載されたものを示している。
【0003】
エンジンの出力は、ダンパを介して、入力軸1に入力される。この入力軸1に伝達された動力は、直接又はトロイダル型無段変速機2を介して、差動ユニットである遊星歯車式変速機3に伝達される。そして、この遊星歯車式変速機3の構成部材の差動成分が、低速用、高速用各クラッチ4、5を介して、出力軸6に取り出される。前記トロイダル型無段変速機2は、それぞれが特許請求の範囲に記載した第一、第二のディスクである入力側、出力側各ディスク7、8と、複数個のパワーローラ9、9と、それぞれが特許請求の範囲に記載した支持部材である複数個のトラニオン10、10と、アクチュエータ11、11と、変速比調節手段を構成する変速制御弁12と、押圧装置13とを備える。このうちの入力側、出力側各ディスク7、8は、それぞれがトロイド曲面である軸方向側面同士を互いに対向させた状態で、相対回転を可能として互いに同心に配置されている。又、前記各パワーローラ9、9は、それぞれがトロイド曲面であって互いに対向する、前記入力側、出力側各ディスク7、8の軸方向側面同士の間に挟持されて、これら入力側、出力側各ディスク7、8同士の間で動力(力、トルク)を伝達する。又、前記各トラニオン10、10は、前記各パワーローラ9、9を回転自在に支持している。
【0004】
又、前記各アクチュエータ11、11は、油圧式のもので、前記各パワーローラ9、9を支持した前記各トラニオン10、10を、それぞれの両端部に設けた枢軸の軸方向に変位させる事により、前記各入力側ディスク7、7と前記出力側ディスク8との間の変速比を変える。即ち、前記各トラニオン10、10を前記各枢軸の軸方向に変位させると、前記入力側、出力側各ディスク7、8の軸方向側面と前記各パワーローラ9、9の外周面との転がり接触部であるトラクション部でサイドスリップが発生し、前記各トラニオン10、10が前記各枢軸を中心として揺動する。この結果、前記入力側、出力側各ディスク7、8の径方向に関する、前記各トラクション部の位置が変化し、これら各入力側ディスク7、7と出力側ディスク8との間の変速比が変化する。尚、前記各アクチュエータ10、10への圧油の給排は、前記変速制御弁12により制御する。又、前記押圧装置13は、油圧の導入に伴ってこの油圧に比例した押圧力を発生させる油圧式のものであり、前記各入力側ディスク7、7と前記出力側ディスク8とを互いに近付く方向に押圧する。これにより、前記各トラクション部の面圧を確保する。
【0005】
図14は、上述の様なトロイダル型無段変速機を構成する油圧回路のうち、本発明と関連する部分の従来構造の1例を示している。尚、この図14中、破線の矢印は、電気的な信号の流れを示す(後述する図1、3〜11に就いても同様)。オイルタンク14から吸引され、送油ポンプ15から吐出された、潤滑油兼作動油であるトラクションオイルは、それぞれが特許請求の範囲に記載した、エンジンの出力を駆動輪に伝達する際に動く部分である、前記各トラクション部16と、軸受やボールスプライン等の他の部分17とに、それぞれ潤滑油(これら各トラクション部16に関しては、トラクションドライブを可能とする潤滑油)として供給される。これと共に、前記送油ポンプ15から吐出されたトラクションオイルは、前記各アクチュエータ10の油圧室内と、前記押圧装置13の油圧室内とに、それぞれ作動油として供給される。
【0006】
即ち、前記送油ポンプ15から吐出されたトラクションオイルは、主供給路18に送り込まれる。この主供給路18には、第一〜第三分岐部19、20、21が、上流側から下流側に向けて順番に設けられている。このうちの最も上流側に設けられた第一分岐部19からは、潤滑油供給路22が分岐している。この潤滑油供給路22の中間部には、絞り弁23が設けられている。又、この潤滑油供給路22のうちで、この絞り弁23よりも下流側部分は、第四の分岐部24を境にして、二股に分岐している。このうちの一方の分岐であるトラクション部側供給路25は、前記トラクション部16に通じており、他方の分岐である他側供給路26は、前記他の部分17に通じている。前記トラクションオイルは、この様な潤滑油供給路22を通じて、前記各トラクション部16と前記他の部分17とに供給される。尚、上述の図12〜13に示した従来構造の場合、前記各トラクション部16に供給されるトラクションオイルは、それぞれが前記トラクション部側供給路25を構成する、給油孔27、27を通じて供給される。これに対し、前記他の部分17に供給されるトラクションオイルは、それぞれが前記他側供給路26を構成する、給油孔28、28等を通じて供給される。
【0007】
又、前記主供給路18の下流側部分は、前記第三分岐部21を境にして、二股に分岐している。このうちの一方の分岐であるアクチュエータ側供給路29は、前記変速制御弁12を介して前記各アクチュエータ11の油圧室内に通じており、他方の分岐である押圧装置側供給路30は、前記押圧装置13の油圧室内に通じている。前記トラクションオイルの圧力は、前記アクチュエータ側供給路29及び変速制御弁12を通じて前記各アクチュエータ11の油圧室内に導入されると共に、前記押圧装置側供給路30を通じて前記押圧装置13の油圧室内に導入される。
【0008】
又、前記主供給路18の中間部で、前記第一、第三各分岐部19、21同士の間に設けられた前記第二分岐部20からは、前記オイルタンク14に通じる、戻り流路31が分岐している。この戻り流路31には、特許請求の範囲に記載したリリーフ弁である電磁リリーフ弁32と、絞り弁33とが、上流側から下流側に向けて順番に設けられている。このうちの電磁リリーフ弁32は、前記各アクチュエータ11と前記押圧装置13との各油圧室内に導入される油圧を調節するものである。即ち、運転時には、図示しない制御器が、エンジントルク、前記トロイダル型無段変速機2の変速比(前記各パワーローラ9、9の傾転角)、前記入力側ディスク7の回転数である入力回転数、前記各アクチュエータ11の油圧室内の油温等に基づいて、これら各アクチュエータ11と前記押圧装置13との各油圧室に導入する油圧の適正値である、目標油圧を算出する。これと共に、前記制御器は、前記主供給路18内の油圧であるライン圧が、この目標油圧を超えて大きくならない様に、前記電磁リリーフ弁32を制御する。即ち、この際に、この電磁リリーフ弁32は、前記ライン圧が前記目標油圧を超えて上昇した場合に開いて、このライン圧をこの目標油圧にまで低下させる。
【0009】
ところで、上述した様なトロイダル型無段変速機2の耐久性を確保する為には、前記各トラクション部16で、グロススリップと呼ばれる過大な滑りが発生しない様にする必要がある。このグロススリップの発生を防止する為には、前記各トラクション部16の面圧を確保する必要がある。但し、この面圧を過大にすると、これら各トラクション部16の転がり抵抗が増大し、動力の伝達効率が悪化する。この為に、前記電磁リリーフ弁32により、前記送油ポンプ15から吐出されて前記押圧装置13の油圧室内に導入する油圧を適正値に調整し、前記各トラクション部16の面圧を適正値に調節している。但し、前記送油ポンプ15は前記エンジンにより駆動するので、このエンジンが停止している状態では、前記押圧装置13の油圧室内に導入される油圧はゼロ(0MPa)である。従って、他に押圧手段を設けない限り、前記各トラクション部16の面圧もゼロになる。
【0010】
この状態から前記エンジンを始動すると、前記送油ポンプ15が必要とする圧力及び流量のトラクションオイルを吐出する前に、前記各入力側ディスク7が回転し始める。そして、前記各トラクション部16で、面圧が不足した状態のまま、互いに対向する面同士が相対変位し始めて、前記グロススリップが発生する。この為、前記トロイダル型無段変速機2の耐久性が損なわれる。この様な状況でのグロススリップの発生を防止する為に従来は、前記押圧装置13内に、皿ばね等の、大きな弾力を有する予圧ばね34(図12)を組み込んで、前記押圧装置13の油圧室内の油圧がゼロであっても、前記各トラクション部16の面圧を最低限確保できる様にしていた。但し、この場合には、前記押圧装置13が発生する押圧力を、前記予圧ばね34の弾力よりも小さくする事ができなくなる。この結果、前記エンジンを始動した後、通常走行中、特に、比較的低速での定速走行時の如く、前記トロイダル型無段変速機2を通過するトルクが低い状態で、前記押圧装置13が発生する押圧力が過大になる可能性がある。この押圧力が過大になると、前述した様に、動力の伝達効率が悪化し、燃費性能が悪化する等の問題がある。この為、前記予圧ばねを省略若しくは弾力の小さなものにしても、前記エンジンの始動時にグロススリップの発生を抑えられる構造の実現が望まれる。
【0011】
尚、特許文献2〜4には、エンジンとトロイダル型無段変速機との間にクラッチを設け、エンジン始動時にこのクラッチの接続を断ち、始動後、油圧が安定してからこのクラッチを接続する構造が記載されている。この様な従来構造によれば、上述の様な原因による耐久性の低下を防止する事はできるが、構造が複雑になり、大型化する事が避けられない。
【0012】
又、前記トロイダル型無段変速機2をトルクが通過する際には、前記各トラクション部16での動力伝達に伴って、前記各パワーローラ9、9を支持した各トラニオン10、10に、所謂2Ftと呼ばれる力が加わる。この力2Ftは、前記トロイダル型無段変速機2の変速比を調節する為の、前記各アクチュエータ11、11により支承する必要がある。この為、エンジンの始動時に、前記送油ポンプ15からのトラクションオイルの吐出量が少なく、前記各アクチュエータ11、11に導入する油圧が不足すると、前記力2Ftを支え切れなくなり、前記トロイダル型無段変速機2の変速比調節が適切に行われなくなる。この様な原因で生じる変速比調節の不適切も、前記各トラクション部16でグロススリップを発生させる原因となる。尚、この様な原因に基づくグロススリップは、トラクション部の面圧を確保する為の押圧装置として、上述した油圧式のものを使用する場合に限らず、ローディングカム装置等の機械式のもの(例えば、特許文献5参照)を使用する場合にも発生する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】特開2011−112103号公報
【特許文献2】特開2000−104804号公報
【特許文献3】特開2001−124163号公報
【特許文献4】特開2003−97659号公報
【特許文献5】特開2009−174566号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明は、上述の様な事情に鑑みて、エンジンの始動時に、アクチュエータや押圧装置(油圧式の場合)の油圧室内の油圧を迅速に立ち上がらせる事で、このエンジンの始動時に、トラクション部でグロススリップが発生する事を防止できる構造を実現すべく発明したものである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明のトロイダル型無段変速機は、第一、第二のディスクと、複数のパワーローラと、複数の支持部材と、変速比調節手段と、押圧装置と、潤滑油供給路と、送油ポンプとを備え、車両の駆動源であるエンジンの出力を駆動輪に伝達する駆動系の途中に設置された状態で使用される。
前記第一、第二のディスクは、それぞれがトロイド曲面である軸方向側面同士を互いに対向させた状態で、相対回転を可能として互いに同心に配置されている。
又、前記各パワーローラは、前記第一、第二のディスクの軸方向側面同士の間に挟持されて、これら第一、第二のディスク同士の間で動力を伝達するもので、それぞれの周面を部分球面状の凸面としている。
又、前記各支持部材は、前記各パワーローラを回転自在に支持している。
又、前記変速比調節手段は、油圧式のアクチュエータにより、前記各支持部材を揺動変位させて、前記第一のディスクと前記第二のディスクとの間の変速比を変える。
又、前記押圧装置は、前記出力を前記駆動輪に伝達する際に、前記第一のディスクと前記第二のディスクとを互いに近付く方向に押圧し、これら第一、第二のディスクの軸方向側面と前記各パワーローラの周面との転がり接触部である各トラクション部の面圧を確保する。
又、前記潤滑油供給路は、前記出力を前記駆動輪に伝達する際に動く部分に潤滑油兼作動油であるトラクションオイルを供給する為のものである。
又、前記送油ポンプは、前記エンジンにより駆動されて、前記潤滑油供給路と、前記アクチュエータとに、前記トラクションオイルを送り込む。
【0016】
特に、本発明のトロイダル型無段変速機に於いては、前記送油ポンプから吐出される前記トラクションオイルのうちで前記潤滑油供給路に送り込む割合を、前記エンジンを停止状態から始動させる際に制限する(ゼロにする、或いは、前記出力を前記駆動輪に伝達する際に比べて少なく抑える)機能を有する。
この様な本発明を実施する場合に、具体的には、請求項2に記載した発明の様に、前記エンジンを停止状態から始動させる際を、イグニッションキーをONしてから、このエンジンをスタータモータにより駆動し、このエンジンが点火してこのスタータモータによらずに回転を継続し始めるまでの間とする。
又、例えば請求項3に記載した発明の様に、前記押圧装置を、油圧室内への油圧の導入に伴って前記第一のディスクと前記第二のディスクとを互いに近付く方向に押圧する油圧式のものとし、且つ、前記送油ポンプを、前記潤滑油供給路及び前記アクチュエータに加えて、前記押圧装置にも前記トラクションオイルを送り込むものとした構成を採用する事ができる。
【0017】
又、本発明を実施する場合に、具体的には、請求項4に記載した発明の様に、前記アクチュエータに前記トラクションオイルを供給する為の主供給路の途中から分岐した、前記潤滑油供給路の一部に、前記エンジンを停止状態から始動させる際に流量を絞る流量制御弁を設ける。
この場合に、前記流量制御弁は、前記潤滑油供給路の一部で総ての潤滑対象部に通じる部分に設ける事もできるし、或いは、例えば請求項5に記載した発明の様に、前記潤滑油供給路の一部で前記各トラクション部以外の部分にのみ通じる部分に設ける事もできる。
【0018】
又、この場合に、より具体的には、例えば請求項6に記載した発明の様に、前記流量制御弁を、流量の調節を電気的に制御可能な電気式の流量調整弁とする。そして、前記エンジンの運転状態を検知するセンサの信号を入力した制御器が、このエンジンが始動したと判定するまでの間、前記流量調整弁を通過する前記トラクションオイルの流量を絞り続ける様にする。
或いは、例えば請求項7に記載した発明の様に、前記流量調整弁を、パイロット部を有し、このパイロット部に導入される油圧が高い程前記トラクションオイルが通過可能な流量を増大させるパイロット弁とする。そして、前記パイロット部に、前記送油ポンプから吐出された前記トラクションオイルの油圧のうち、前記潤滑油供給路以外の部分の油圧を導入する。
この場合に、より具体的には、例えば請求項8に記載した発明の様に、前記主供給路の途中に、この主供給路内の油圧が所定圧を超えて上昇した場合に開いてこの主供給路内の油圧をこの所定圧にまで低下させる為のリリーフ弁を設ける。そして、前記パイロット部に導入する油圧を、このリリーフ弁と、このリリーフ弁の下流側に設けた絞り弁との間部分に存在するリリーフ圧とする。
【発明の効果】
【0019】
上述の様に構成する本発明のトロイダル型無段変速機の場合、エンジンを停止状態から始動させる際には、送油ポンプから吐出されるトラクションオイルのうちで潤滑油供給路に送り込む割合を制限する分、アクチュエータの油圧室内の油圧を迅速に立ち上がらせる事ができる。従って、エンジンの始動時に、この油圧室内の油圧不足が原因となってトラクション部でグロススリップが発生する事を防止できる。この結果、トロイダル型無段変速機の耐久性を向上させる事ができる。
更に、請求項3に記載した発明の場合、エンジンを停止状態から始動させる際には、送油ポンプから吐出されるトラクションオイルのうちで潤滑油供給路に送り込む割合を制限する分、押圧装置の油圧室内の油圧を迅速に立ち上がらせる事ができる。従って、大きな弾力を有する予圧ばねを使用しなくても、エンジンの始動時に、前記押圧装置の油圧室内の油圧不足が原因となってトラクション部でグロススリップが発生する事を防止できる。この結果、トロイダル型無端変速機の耐久性を向上させる事ができる。
又、請求項5に記載した発明の場合には、エンジンを停止状態から始動させる際にも、送油ポンプから吐出されるトラクションオイルのうちで潤滑油供給路を通じてトラクション部に供給される割合が、特に制限される事はない。この為、前記エンジンの始動時から、このトラクション部に十分な油膜を形成する事が容易となる。従って、このトラクション部で金属接触が発生する事を防止し易くなり、トロイダル型無段変速機の耐久性を確保し易くできる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明の実施の形態の第1例の要部を示す油圧回路図。
【図2】潤滑油供給量を制限する際の制御を説明する為のフローチャート。
【図3】本発明の実施の形態の第2例を示す、図1と同様の図。
【図4】同第3例を示す、図1と同様の図。
【図5】同第4例を示す、図1と同様の図。
【図6】同第5例を示す、図1と同様の図。
【図7】同第6例を示す、図1と同様の図。
【図8】同第7例を示す、図1と同様の図。
【図9】同第8例を示す、図1と同様の図。
【図10】同第9例を示す、図1と同様の図。
【図11】同第10例を示す、図1と同様の図。
【図12】従来から知られているトロイダル型無段変速機を組み込んだ無段変速装置の1例を示す断面図。
【図13】図12のA−A断面図。
【図14】従来構造の1例を示す、図1と同様の図。
【発明を実施するための形態】
【0021】
[実施の形態の第1例]
図1〜2により、請求項1〜4、6に対応する、本発明の実施の形態の第1例に就いて説明する。尚、本例の特徴は、トロイダル型無段変速機の油圧回路を構成する潤滑油供給路22の一部に流量調整弁35を設け、エンジンを停止状態から始動させる際に、この流量調整弁35を用いて潤滑油の供給量を制限する制御を実施する事によって、トラクション部16でグロススリップが発生する事を防止する点にある。その他の部分の構造及び作用は、一部を除き、前述の図12〜14に示した従来構造の場合と同様である。この為、同等部分には同一符号を付して、重複する図示並びに説明は省略若しくは簡略にし、以下、本例の特徴部分、並びに、上述した従来構造と異なる点を中心に説明する。
【0022】
本例の場合、油圧式の押圧装置13aは、予圧ばね34(図12参照)を備えていない。或いは、予圧ばねを備えているとしても、この予圧ばねの弾力を十分に小さくしている。具体的には、通常走行中、トロイダル型無段変速機を通過するトルクが低い状態で、前記押圧装置13aが発生する押圧力が、前記予圧ばねの弾力に基づいて過大にならない程度に小さくしている。
【0023】
又、本例の場合、前記潤滑油供給路22の一部で絞り弁23よりも上流側部分に、特許請求の範囲に記載した流量制御弁である、流量調整弁35を設けている。この流量調整弁35は、流量の調節を電気的に制御可能な、電気式のものである。本例の場合には、前記エンジンを停止状態から始動させる際に、図示しない制御器が、前記流量調整弁35を利用して、潤滑油供給量を制限する。即ち、送油ポンプ15から吐出されるトラクションオイルのうちで、前記潤滑油供給路22に送り込む割合を制限する。これにより、前記トラクション部16でグロススリップが発生する事を防止する様にしている。以下、この点に就いて、図1の油圧回路に加えて、図2のフローチャートを参照しつつ説明する。
【0024】
本例の場合、前記制御器により潤滑油の供給量を制限する為の制御では、先ず、ステップ1で、イグニッションキーがONになると、ステップ2に移り、前記エンジンが始動したか否か、即ち、このエンジンがスタータモータにより駆動されて点火し、このスタータモータによらずに回転を継続し始めたか否かを判定する。この為に、本例の場合には、前記エンジンの回転数や入力側ディスク7の回転数を、特許請求の範囲に記載したセンサである、回転センサ36により検出する。そして、この回転センサ36の検出信号に基づいて求められる、前記エンジンの回転数が、アイドリング回転数以上である場合に、このエンジンが始動したと判定し、同じくアイドリング回転数未満である場合に、前記エンジンが未だ始動していないと判定する。
【0025】
前記ステップ2で、前記エンジンが未だ始動していないと判定した場合には、ステップ3に移り、潤滑油供給量の制限を実行する。具体的には、前記回転センサ36の検出信号に基づいて目標流量を決定すると共に、前記流量調整弁35を通過するトラクションオイルの流量がこの目標流量となる様に、この流量調整弁35の開度を絞る。尚、この目標流量は、ゼロ、或いは、通常の運転状態(前記エンジンが前記スタータモータによらずに回転を継続している状態)に比べて少ない流量に決定される。この様な潤滑油供給量の制限は、前記ステップ2で、前記エンジンが始動したと判定されるまで継続される。即ち、本例の場合、このステップ2で、前記エンジンが始動したと判定した場合には、ステップ4に移り、潤滑油供給量の制限を解除する。具体的には、前記流量調整弁35の開度を全開にして、この流量調整弁35を通過するトラクションオイルの流量を、通常の運転状態の流量にする。
【0026】
上述の様に、本例のトロイダル型無段変速機の場合には、前記エンジンを停止状態から始動させる際に、前記送油ポンプ15から吐出されるトラクションオイルのうちで前記潤滑油供給路22に送り込む割合を制限する。この為、その分だけ、アクチュエータ11の油圧室内の油圧、及び、前記押圧装置13aの油圧室内の油圧を、それぞれ迅速に立ち上がらせる事ができる。従って、前記エンジンの始動時に、これら各油圧室内の油圧不足が原因となって前記トラクション部16でグロススリップが発生する事を防止できる。この結果、トロイダル型無段変速機の耐久性を向上させる事ができる。尚、本例の場合には、前記押圧装置13aが前記予圧ばねを備えていない場合でも、この様な作用効果を奏する事ができる。この為、この予圧ばねの設置を省略できる分、低コスト化を図れる。又、前記流量調整弁35が、前記潤滑油供給路22への潤滑油送り込み量を抑えている状態は短時間であり、この状態では、前記トラクション部16及び他の部分17の動き量は少ない。従って、これらトラクション部16及び他の部分17が潤滑不良となる事はない。
【0027】
[実施の形態の第2例]
図3により、請求項1〜4、6に対応する、本発明の実施の形態の第2例に就いて説明する。本例の場合には、主供給路18の下流側部分を構成する押圧装置側供給路30の途中に、電磁減圧弁37を設けている。そして、この電磁減圧弁37により、押圧装置13aの油圧室内に導入する油圧であるローディング圧(前記主供給路18のうちで前記電磁減圧弁37よりも下流側部分での油圧)を、ライン圧(同じく上流側部分での油圧)とは別個に調節可能としている。尚、前記ローディング圧は、前記ライン圧を前記電磁減圧弁37により調節して(減少させて)得られるものである為、その値は、このライン圧以下になる。
【0028】
又、本例の場合、潤滑油供給量の制限制御は、上述した第1例の場合と同様、図2のフローチャートに示す様にして行うが、このフローチャートのステップ2で、エンジンが始動したか否かを判定する方法が、上述した第1例の場合と異なる。本例の場合には、この判定を行う為に、前記ライン圧と、前記ローディング圧と、リリーフ圧(戻り流路31のうちで電磁リリーフ弁32とその下流側に存在する絞り弁33との間部分での油圧)とのうちの何れか1つの油圧を、特許請求の範囲に記載したセンサである、油圧センサ38により測定する。そして、この油圧センサ38により測定した油圧が、所定の閾値以上である場合に、前記エンジンが始動したと判定し、同じくこの閾値未満である場合に、このエンジンが未だ始動していないと判定する。即ち、前記各油圧(ライン圧、ローディング圧、リリーフ圧)は、前記エンジンの始動前には比較的低く、始動後には比較的高くなる。この為、この始動の前後に於ける前記各油圧の変化を予め調べておけば、前記閾値として適切な値を設定する事ができる。更に、本例の場合、図2のフローチャートのステップ3で、潤滑油供給量の制限を実行する際には、前記油圧センサ38の測定信号に基づいて目標流量を決定する。その他の構成及び作用は、上述の図1〜2に示した第1例の場合と同様である。
【0029】
[実施の形態の第3例]
図4により、請求項1〜4、7に対応する、本発明の実施の形態の第3例に就いて説明する。本例の場合、潤滑油供給路22の一部で絞り弁23よりも上流側部分に、特許請求の範囲に記載した流量制御弁であってパイロット弁である、パイロット式減圧弁39を設けている。このパイロット式減圧弁39は、パイロット部を有し、このパイロット部に導入される油圧であるパイロット圧が高い程、下流側に吐出する潤滑油の圧力を高くする。即ち、トラクションオイルが通過可能な流量を増大させるものである。そして、前記パイロット部に、主供給路18部分の油圧である、ライン圧を導入している。
【0030】
この様な本例の場合、前記パイロット圧が低い程、前記パイロット式減圧弁39の開度が絞られ、このパイロット式減圧弁39を通過するトラクションオイルの量が少なくなる。逆に言えば、前記パイロット圧が高い程、前記パイロット式減圧弁39の開度が大きくなり、このパイロット式減圧弁39を通過するトラクションオイルの量が多くなる。前記パイロット圧として利用するライン圧は、前記エンジンの始動前には比較的低く、始動後には比較的高くなる。この為、このライン圧を前記パイロット式減圧弁39のパイロット部に導入すれば、このパイロット式減圧弁39を通過するトラクションオイルの流量を、自動的に調節できる。その他の構成及び作用は、前述の図1〜2に示した第1例の場合と同様である。
【0031】
[実施の形態の第4例]
図5により、請求項1〜4、7に対応する、本発明の実施の形態の第4例に就いて説明する。本例の場合には、主供給路18の下流側部分を構成する押圧装置側供給路30の途中に、電磁減圧弁37を設けている。これと共に、この押圧装置側供給路30のうちでこの電磁減圧弁37よりも下流側部分での油圧である、ローディング圧を、パイロット式減圧弁39を構成するパイロット部に導入するパイロット圧として利用している。その他の構成及び作用は、上述の図4に示した第3例の場合と同様である。
【0032】
[実施の形態の第5例]
図6により、請求項1〜4、7、8に対応する、本発明の実施の形態の第5例に就いて説明する。本例の場合には、戻り流路31のうちで電磁リリーフ弁32とその下流側に存在する絞り弁33との間部分での油圧である、リリーフ圧を、パイロット式減圧弁39を構成するパイロット部に導入するパイロット圧として利用している。その他の構成及び作用は、上述の図4に示した第3例の場合と同様である。
【0033】
[実施の形態の第6〜10例]
図7〜11により、請求項1〜5に対応する、本発明の実施の形態の第6〜10例に就いて説明する。尚、図7に示した第6例は、前述の図1〜2に示した第1例の変形例であり、図8に示した第7例は、前述の図3に示した第2例の変形例であり、図9に示した第8例は、前述の図4に示した第3例の変形例であり、図10に示した第9例は、前述の図5に示した第4例の変形例であり、図11に示した第10例は、前述の図6に示した第5例の変形例である。これら第6〜10例の場合には、それぞれの変形前の各例との比較で、流量制御弁(流量調整弁35、パイロット式減圧弁39)を設ける位置を、潤滑油供給路22の一部でトラクション部16以外の部分にのみ通じる部分、即ち、他側供給路26の途中部分に変更している。
【0034】
上述の様な構成を有する第6〜10例の場合も、エンジンを停止状態から始動させる際には、前記流量制御弁(流量調整弁35、パイロット式減圧弁39)の存在に基づいて、送油ポンプ15から吐出されるトラクションオイルのうちで前記潤滑油供給路22に送り込む割合を制限する事ができる。この為、その分だけ、アクチュエータ11の油圧室内の油圧、及び、前記押圧装置13aの油圧室内の油圧を、それぞれ迅速に立ち上がらせる事ができる。従って、前記エンジンの始動時に、これら各油圧室内の油圧不足が原因となってトラクション部16でグロススリップが発生する事を防止できる。更に、上述した第6〜10例の場合には、前記エンジンを停止状態から始動させる際にも、前記送油ポンプ15から吐出されるトラクションオイルのうちで前記潤滑油供給路22(トラクション部側供給路25)を通じてトラクション部16に供給されるトラクションオイルの割合が、特に制限される事はない。この為、前記エンジンの始動時から、このトラクション部16に十分な油膜を形成する事が容易となる。従って、このトラクション部16で金属接触が発生する事を防止し易くなり、トロイダル型無段変速機の耐久性を確保し易くできる。その他の構成及び作用は、それぞれ変形前の各例の場合と同様である。
【産業上の利用可能性】
【0035】
本発明は、トラクション部の面圧を確保する為の押圧装置として、油圧式のものを使用する構造に限らず、ローディングカム装置等の機械式のものを使用する構造でも実施できる。
又、本発明は、トロイダル型無断変速機であれば、ハーフトロイダル型に限らず、フルトロイダル型でも実施できる。
更に、本発明は、前述した図12に示した構造の様に、遊星歯車機構等の歯車式の差動ユニットと組み合わせる事により無段変速装置を構成した状態で実施する事もできる。
【符号の説明】
【0036】
1 入力軸
2 トロイダル型無段変速機
3 遊星歯車式変速機
4 低速用クラッチ
5 高速用クラッチ
6 出力軸
7 入力側ディスク
8 出力側ディスク
9 パワーローラ
10 トラニオン
11 アクチュエータ
12 変速制御弁
13、13a 押圧装置
14 オイルタンク
15 送油ポンプ
16 トラクション部
17 他の部分
18 主供給路
19 第一分岐部
20 第二分岐部
21 第三分岐部
22 潤滑油供給路
23 絞り弁
24 第四分岐部
25 トラクション部側供給路
26 他側供給路
27 給油孔
28 給油孔
29 アクチュエータ側供給路
30 押圧装置側供給路
31 戻り流路
32 電磁リリーフ弁
33 絞り弁
34 予圧ばね
35 流量調整弁
36 回転センサ
37 電磁減圧弁
38 油圧センサ
39 パイロット式減圧弁

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両の駆動源であるエンジンの出力を駆動輪に伝達する駆動系の途中に設置された状態で使用されるトロイダル型無段変速機であって、それぞれがトロイド曲面である軸方向側面同士を互いに対向させた状態で、相対回転を可能として互いに同心に配置された第一、第二のディスクと、これら第一、第二のディスクの軸方向側面同士の間に挟持されてこれら第一、第二のディスク同士の間で動力を伝達する、それぞれの周面を部分球面状の凸面とした複数のパワーローラと、これら各パワーローラを回転自在に支持した複数の支持部材と、油圧式のアクチュエータによりこれら各支持部材を揺動変位させて前記第一のディスクと前記第二のディスクとの間の変速比を変える変速比調節手段と、前記出力を前記駆動輪に伝達する際に前記第一のディスクと前記第二のディスクとを互いに近付く方向に押圧し、これら第一、第二のディスクの軸方向側面と前記各パワーローラの周面との転がり接触部である各トラクション部の面圧を確保する押圧装置と、前記出力を前記駆動輪に伝達する際に動く部分に潤滑油兼作動油であるトラクションオイルを供給する為の潤滑油供給路と、前記エンジンにより駆動されて、この潤滑油供給路と、前記アクチュエータとに前記トラクションオイルを送り込む送油ポンプとを備えたトロイダル型無段変速機に於いて、この送油ポンプから吐出される前記トラクションオイルのうちで前記潤滑油供給路に送り込む割合を、前記エンジンを停止状態から始動させる際に制限する機能を有する事を特徴とするトロイダル型無段変速機。
【請求項2】
前記エンジンを停止状態から始動させる際とは、イグニッションキーをONしてから、このエンジンをスタータモータにより駆動し、このエンジンが点火してこのスタータモータによらずに回転を継続し始めるまでの間である、請求項1に記載したトロイダル型無段変速機。
【請求項3】
前記押圧装置が、油圧室内への油圧の導入に伴って前記第一のディスクと前記第二のディスクとを互いに近付く方向に押圧する油圧式のものであり、前記送油ポンプが、前記潤滑油供給路及び前記アクチュエータに加えて、前記押圧装置にも前記トラクションオイルを送り込むものである、請求項1〜2のうちの何れか1項に記載したトロイダル型無段変速機。
【請求項4】
前記アクチュエータに前記トラクションオイルを供給する為の主供給路の途中から分岐した前記潤滑油供給路の一部に、前記エンジンを停止状態から始動させる際に流量を絞る流量制御弁を設けた、請求項1〜3のうちの何れか1項に記載したトロイダル型無段変速機。
【請求項5】
前記流量制御弁を、前記潤滑油供給路の一部で前記各トラクション部以外の部分にのみ通じる部分に設けた、請求項4に記載したトロイダル型無段変速機。
【請求項6】
前記流量制御弁が、流量の調節を電気的に制御可能な電気式の流量調整弁であり、前記エンジンの運転状態を検知するセンサの信号を入力した制御器が、このエンジンが始動したと判定するまでの間、前記流量調整弁を通過する前記トラクションオイルの流量を絞り続ける、請求項4〜5のうちの何れか1項に記載したトロイダル型無段変速機。
【請求項7】
前記流量調整弁が、パイロット部を有し、このパイロット部に導入される油圧が高い程前記トラクションオイルが通過可能な流量を増大させるパイロット弁であり、前記パイロット部に、前記送油ポンプから吐出された前記トラクションオイルの油圧のうち、前記潤滑油供給路以外の部分の油圧を導入している、請求項4〜5のうちの何れか1項に記載したトロイダル型無段変速機。
【請求項8】
前記主供給路の途中に、この主供給路内の油圧が所定圧を超えて上昇した場合に開いてこの主供給路内の油圧をこの所定圧にまで低下させる為のリリーフ弁が設けられており、前記パイロット部に導入される油圧が、このリリーフ弁と、このリリーフ弁の下流側に設けられた絞り弁との間部分に存在するリリーフ圧である、請求項7に記載したトロイダル型無段変速機。



【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【公開番号】特開2013−24276(P2013−24276A)
【公開日】平成25年2月4日(2013.2.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−157491(P2011−157491)
【出願日】平成23年7月19日(2011.7.19)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】