説明

ニッケル粉末、その製造方法、導体ペーストおよびそれを用いた積層セラミック電子部品

【課題】 微細であっても活性が低く、適切な焼結挙動を示すと共に、粉末の耐酸化性が高く、焼成時、特に脱バインダ時の雰囲気に対する感受性の低いニッケル粉末、その製造方法、このニッケル粉末を含有する導体ペースト、さらにはこのペーストを用いて、電気的特性が優れ、信頼性の高い積層セラミック電子部品を製造することを目的とする。
【解決手段】 表面酸化層を有し、かつ硫黄を含有するニッケル粒子からなる平均粒径0.05〜1.0μmのニッケル粉末であって、粉末の全重量に対して硫黄の含有量が100〜2,000ppmであり、該ニッケル粒子のESCAによる表面解析においてニッケル原子に結合した硫黄原子に帰せられるピークの強度が粒子表面から中心方向に変化しているものであって、その強度が粒子表面から3nmより深い位置で最大となることを特徴とするニッケル粉末。このニッケル粉末は非酸化性ガス雰囲気中に分散させた硫黄を含有するニッケル粉末を、高温下で酸化性ガスと接触させることにより製造する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特に積層コンデンサ、積層インダクタ、積層アクチュエータ等の積層セラミック電子部品の電極を形成するのに好適なニッケル粉末と、このニッケル粉末を含有する導体ペースト、およびこれを用いた積層セラミック電子部品に関する。
【背景技術】
【0002】
積層セラミック電子部品(以下「積層電子部品」ということもある。)は、一般に次のようにして製造される。誘電体、磁性体、圧電体等のセラミック原料粉末を樹脂バインダ中に分散させ、シート化してなるセラミックグリーンシート(以下「セラミックシート」という。)を準備する。このセラミックシート上に、導電性粉末を主成分とし、所望によりセラミック粉末等を含む無機粉末を、樹脂バインダおよび溶剤を含むビヒクルに分散させてなる内部電極用導体ペーストを、所定のパターンで印刷し、乾燥して溶剤を除去し、内部電極乾燥膜を形成する。得られた内部電極乾燥膜を有するセラミックシートを複数枚積み重ね、圧着してセラミックシートと内部電極ペースト層とを交互に積層した未焼成の積層体を得る。この積層体を、所定の形状に切断した後、バインダを分解、飛散させる脱バインダ工程を経て、高温で焼成することによりセラミック層の焼結と内部電極層の形成を同時に行い、セラミック素体を得る。この後、素体の両端面に端子電極を焼き付けて、積層電子部品を得る。端子電極は、未焼成の積層体と同時に焼成される場合もある。
【0003】
内部電極用導体ペーストの導電性粉末としては、最近ではパラジウム、銀等の貴金属粉末に代わって、ニッケル、銅等の卑金属粉末を用いるのが主流になっており、これに伴い、積層体の焼成も、卑金属が焼成中に酸化されないように、通常酸素分圧の極めて低い非酸化性雰囲気中で行われる。
【0004】
近年、積層電子部品の小型化、高積層化の要求が強く、特に、導電性粉末としてニッケルを用いた積層セラミックコンデンサにおいては、セラミック層、内部電極層ともに薄層化が急速に進んでいる。このためより厚みの薄いセラミックシートが使用されると共に、内部電極用導体ペーストには1μm以下、さらには0.5μm以下の極めて微細なニッケル粉末が使用されるようになってきた。
【0005】
しかし、このような極めて微細なニッケル粉末は、コンデンサの焼成時にニッケル粒子が過焼結、粒成長を起こすことによって内部電極に大きな空隙が発生し、また電極厚みが厚くなってしまう問題があり、薄膜化には限界がある。
【0006】
また、微細なニッケル粉末は活性が高く、焼結開始温度が極めて低い。特に非酸化性雰囲気中で焼成した場合、比較的活性の低い単結晶粒子であっても早い段階、例えば400℃以下の低温で焼結、収縮を開始する。一方、セラミックシートを構成するセラミック粒子が焼結を始める温度は一般にこれよりはるかに高温である。従って前記ニッケル粉末を含む内部電極ペーストとセラミックシートとを同時焼成した場合、セラミック層はニッケル膜と一緒に収縮しないことから、ニッケル膜が面方向に引っ張られる形になる。このため比較的低温での焼結によってニッケル膜中に生じた小さい空隙が、高温域での焼結の進行に伴って拡がって大きな穴になり易いと考えられる。このように内部電極に大きな空隙が発生すると、電極が不連続化して抵抗値の上昇や断線を引き起こし、コンデンサの静電容量が低下する。
【0007】
さらに、焼成中のニッケルの酸化還元反応に起因して体積の膨張収縮を生じることにより、ニッケル膜とセラミック層との焼結収縮挙動が一致せず、これがデラミネーションやクラック等の構造欠陥を生じる原因ともなり、歩留り、信頼性が低下する。
【0008】
このような問題を解決するため、例えば特許文献1には、ニッケル粉末の表面にある程度の厚さを有する緻密な酸化膜を形成することによって、焼成時、ニッケルの酸化還元による体積および重量の変化を少なく抑え、かつ焼結開始温度を高くすることにより、デラミネーションを有効に防止しうることが開示されている。
【0009】
また、特許文献2〜4には、硫黄を含むニッケル粉末が開示されている。例えば特許文献4には、ニッケル粉末を好ましくは表面酸化した後、硫黄ガスまたは硫黄化合物含有ガスで処理することにより、表面にNi−SやNi−S−Oのようなニッケルと硫黄を含む化合物層を設けることが開示されている。このようなニッケルと硫黄を含む表面層は、焼成中特に脱バインダ工程におけるニッケル粉末の酸化や還元を抑制し、また焼結開始温度を高温化させるので、ニッケル粉末の酸化挙動、還元挙動および焼結挙動が改善される結果、積層セラミックコンデンサの製造工程においてデラミネーションの発生を抑制すると記載されている。
【特許文献1】特開2000−45001公報
【特許文献2】特開平11−80816号公報
【特許文献3】特開平11−80817号公報
【特許文献4】特開2006−37195公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
特許文献1のようなニッケル粉末表面に形成した酸化層は、ニッケル表面の活性を低下させるので、積層電子部品の構造欠陥を抑制し、また内部電極の抵抗値の上昇を防止するのに有効ではあるが、効果が充分でない。特に、Niの粒径がサブミクロンオーダー、特に0.5μm以下になってくると、電極の不連続化を抑制することができなくなってくるほか、脱バインダ工程でのビヒクル成分の分解が不完全になることに起因すると思われる、コンデンサ特性の低下、構造欠陥の発生、信頼性の低下が問題となることがある。即ちこのように極めて微細なニッケル粉末は、酸化層を有するものであっても活性が高いため、ビヒクルに対して分解触媒として作用し、樹脂が通常の分解温度より低い温度で爆発的に分解することがある。この場合、急激なガス発生によりクラックやデラミネーションを引き起こす。また急激な反応のため脱バインダ工程において樹脂が完全に揮散せずにカーボンや炭素化合物等の炭素質残渣が発生し、これが引き続く高温でのセラミックの焼結工程において酸化、ガス化して揮散する際、セラミック層から酸素を引き抜いてセラミック素体の強度を低下させたり、静電容量、絶縁抵抗等の電気特性を悪化させたりする。また残留カーボンがニッケル粉末を低融化させることにより、過焼結を起こすこともある。
【0011】
特許文献4の方法で得られるニッケル粉末は、Ni−SやNi−S−Oのようなニッケルと硫黄を含む化合物層を表面に有することにより、ニッケルの酸化還元の抑制や焼結遅延に効果があるほか、本発明者等の研究によれば、前述の脱バインダ時の樹脂の低温での急激な燃焼を抑制することができる。しかしこのようなニッケル粉末を用いた導体ペーストは、酸素を含む雰囲気中で脱バインダを行った場合、ニッケルの酸化が進行してしまう問題がある。即ち、脱バインダを効率的に行うために、数%の酸素を含む窒素あるいは空気などの酸化性の雰囲気中で脱バインダが行われる場合が多い。ところが前記ニッケル粉末は、耐酸化性が充分でなく、このような雰囲気では、酸化が進行してしまうことがある。脱バインダ工程においてニッケルが過剰に酸化されると、引き続き還元雰囲気中で高温で焼成する際、酸化物の還元によるガス発生と体積変化により緻密な電極が得られなくなるとともに、積層電子部品のクラックやデラミネーションを引き起こす。
【0012】
本発明は、前述のような問題を解決し、微細であっても活性が低く、適切な焼結挙動を示すと共に、粉末の耐酸化性が高く、焼成時、特に脱バインダ時の雰囲気に対する感受性の低いニッケル粉末を提供することを目的とする。また、積層電子部品の内部電極の形成に用いた場合に、極めて薄くかつ空隙の少ない電極を有し、デラミネーション、クラック等の構造欠陥のない積層電子部品を製造することが可能な導体ペーストを提供すること、さらにこのペーストを用いて、電気的特性が優れ、信頼性の高い積層セラミック電子部品を歩留まり良く製造することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
(1)表面酸化層を有し、かつ硫黄を含有するニッケル粒子からなる平均粒径0.05〜1.0μmのニッケル粉末であって、
粉末の全重量に対して硫黄の含有量が100〜2,000ppmであり、
該ニッケル粒子のESCAによる表面解析においてニッケル原子に結合した硫黄原子に帰せられるピークの強度が粒子表面から中心方向に変化しているものであって、その強度が粒子表面から3nmより深い位置で最大となることを特徴とするニッケル粉末。
【0014】
(2)前記ESCAによる表面解析においてニッケル原子に結合した硫黄原子に帰せられるピークの強度が、前記表面酸化層内で最大となることを特徴とする上記(1)に記載のニッケル粉末。
【0015】
(3)少なくとも前記ニッケル粒子の表面から深さ1nmの領域についてESCAによる表面解析を行った時に、結合エネルギー約168eVの位置にピークが存在することを特徴とする上記(1)または(2)に記載のニッケル粉末。
【0016】
(4)前記表面酸化層の表面が実質的にニッケル酸化物からなることを特徴とする上記(1)〜(3)のいずれかに記載のニッケル粉末。
【0017】
(5)前記粉末中に存在する酸素の全量が、粉末の全重量に対して0.1〜4.0重量%であることを特徴とする上記(1)〜(4)のいずれかに記載のニッケル粉末。
【0018】
(6)硫黄を含有するニッケル粒子からなるニッケル粉末を非酸化性ガス雰囲気中に分散させ、300〜800℃の温度範囲で酸化性ガスと接触させることにより、短時間で表面酸化処理を行うことを特徴とするニッケル粉末の製造方法。
【0019】
(7)硫黄を含有するニッケル粒子からなるニッケル粉末を非酸化性ガス雰囲気中において高温で分散した状態で生成させ、次いでこれを冷却し、雰囲気温度が300〜800℃に冷却された段階で酸化性ガスと接触させることにより、短時間で表面酸化処理を行うことを特徴とするニッケル粉末の製造方法。
【0020】
(8)上記(1)〜(5)に記載のニッケル粉末を含有することを特徴とする積層セラミック電子部品の電極形成用導体ペースト。
【0021】
(9)上記(8)に記載の導体ペーストを用いて電極を形成したことを特徴とする積層セラミック電子部品。
【発明の効果】
【0022】
本発明のニッケル粉末は、平均粒径が0.05〜1.0μm、特に平均粒径が0.5μm以下の極めて微細な粉末であっても活性が低く、焼結開始温度が高温側にシフトする。また樹脂の低温での爆発的分解が抑制される結果、非酸化性雰囲気中で極めて良好に脱バインダを行うことができるとともに、粉末の耐酸化性が高いため、酸素を含む酸化性雰囲気中で脱バインダを行った場合にも酸化が進行せず、焼成中の酸化還元による体積変化が少ない。このため、脱バインダ時の雰囲気中の酸素濃度に対するウィンドウが広く、非酸化性雰囲気でも、また数ppm〜20%程度の酸素を含む酸化性雰囲気でも脱バインダが可能である。このため、本発明のニッケル粉末を用いた導体ペーストを積層電子部品の製造に使用した場合、緻密で大きな空隙が少なく連続性の優れた、薄くかつ低抵抗の内部電極を形成することができる。またクラックやデラミネーション等の構造欠陥がなく、優れた特性を有する積層電子部品を製造することができる。従って、セラミック層、内部電極層の厚さが薄い高積層品においても、信頼性の高い積層セラミック電子部品を歩留まり良く得ることができる。
【0023】
また本発明の製法によれば、非酸化性ガス雰囲気中に分散させた硫黄を含有するニッケル粉末を、高温下で酸化性ガスと接触させることにより、前記ニッケル粉末を効率的に製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
本発明のニッケル粉末は、特定範囲の平均粒径を有する微粉末であって、個々の構成粒子が硫黄を含有するとともに表面酸化層を有しており、その表面近傍の領域には、ニッケル原子に結合した硫黄原子が少ないことが特徴である。
【0025】
ニッケル粉末の平均粒径は、0.05μmより小さいと、活性が高すぎて低温での樹脂の燃焼や低温での焼結を抑制することができない。また、導体ペーストを製造する際に、ニッケル粉末をペースト中に分散させ、かつ適切な粘度特性を得るのに多量の溶剤や分散剤等の有機成分を必要とするため、緻密な電極乾燥膜を得ることが困難となる。また積層電子部品の小型化、高積層化の要求に対応するために内部電極層を薄層化するには、ニッケル粉末の平均粒径は1.0μm以下であることが必要である。特に緻密で平滑性が高く、薄い内部電極層を形成するためには、平均粒径が0.1〜0.5μm、比表面積にして1.5〜6.0m/gの、極めて微細で分散性が良好な球状の粉末を用いることが望ましい。なお本発明において、粉末の平均粒径は、特に断らない限りBET法で測定された比表面積から換算した粒径を表す。
【0026】
本発明において、ニッケル粉末は、主成分としてニッケルを含むものであればよく、純ニッケル粉末のほか、ニッケルを主成分とするニッケル合金粉末であってもよい。該合金粉末においてニッケル以外の金属成分としては、例えば銅、コバルト、鉄、銀、パラジウム、レニウム、白金、ルテニウム、ロジウム、イリジウム等が挙げられる。合金中のニッケル以外の金属成分の比率は、30重量%以下であることが望ましい。以下本発明においては、このような合金粉末も含めて単に「ニッケル粉末」と称する。またこのような合金粉末においても、粒子の表面酸化層が酸化ニッケルを主成分とするものであれば、純ニッケル粉末の場合と同様の挙動を示すため、以下の記載においては、ニッケルの酸化物のほかにニッケル以外の金属の酸化物が混在しているものも含めて単に「ニッケル酸化物」というものとする。
【0027】
本発明のニッケル粉末においては、ニッケル粒子の表面にニッケルの薄い酸化層が存在していることが必要である。表面酸化層は実質的にニッケルとニッケル酸化物からなる層であって、かつ、その表面が実質的にニッケル酸化物からなることが望ましい。さらに、表面酸化層中で、その表面から内部に向かって酸素濃度が漸次減少するような粒子構造であることが好ましい。このような粉末は、クラックやデラミネーションを抑制する効果が高く、またより連続性の高い電極を形成することができる。これは、粒子表面の酸化層が極めて安定かつ強固であり、例えば脱バインダ時に酸化層が容易に分解されてしまうことがないため、粒子の活性を効果的に低下させ、焼結開始温度を上昇させる結果と考えられる。なお、ここで「実質的にニッケルとニッケル酸化物からなる」とは硫黄を除くほとんどがニッケルとニッケル酸化物であることを意味する。また「実質的にニッケル酸化物である」とは、硫黄を除くほとんどがニッケル酸化物であることを意味する。しかしいずれにおいても、不純物としての炭素や、その他の微量の元素が含有されることを妨げない。
【0028】
粉末に含まれる全酸素量は、ニッケル粉末に対する割合で0.1〜4.0重量%が好ましい。酸素量が0.1重量%より少ないと、酸化層が表面を均質に覆うことが出来なくなるため、ニッケルの活性を低下させる作用が小さくなる。また4.0重量%を超えると、還元雰囲気で焼成する際ニッケル酸化物の還元によるガス発生と体積変化が大きくなるため、緻密な電極膜が得られにくくなるとともに、積層電子部品のクラックやデラミネーションの抑制が困難になる傾向がある。特に、0.2〜3.0重量%であることが好ましく、さらには0.3〜2.0重量%の範囲がより好ましい。
【0029】
なお本発明において、ニッケル粉末中に含まれる酸素の全量は、粉末を還元性雰囲気中で900℃まで加熱したとき脱離する酸素の量として表される。具体的には、Hを4%含有するNガスからなる還元性雰囲気中で、粉末を室温から900℃まで加熱したときの重量変化率として測定される強熱減量から、炭素および硫黄など、この条件で揮発する酸素以外の揮発性元素の含有量を引いた値で表される。また粒子の表面から深さ方向の酸素原子の存在量は、硫黄原子と同様、ESCAにより測定される。
【0030】
本発明のニッケル粉末中の硫黄の含有量は、粉末全体の重量に対して硫黄原子換算で100〜2,000ppmである。100ppmより少ないとニッケル粒子の表面活性の低下効果が小さい。また2,000ppmより多くなると、誘電体特性への影響が懸念されるとともに、積層セラミック電子部品の焼成時に発生する硫黄含有ガスによる焼成炉へのダメージの発生が無視できなくなる。なお、粉末に含有される硫黄の全量は、市販の炭素硫黄分析装置などにより測定される。
【0031】
本発明において、粒子の表面付近に存在する硫黄原子は、具体的にはESCA(X線光電子分光法)により測定される。即ち、粒子の表面をESCAで解析し、硫黄原子に帰属されるピークの存在の有無を調べる。このピークの結合エネルギーの値から硫黄原子の結合状態が判別でき、さらにそのピークの強度の比較により特定の結合状態の硫黄の存在量が相対的に求められる。通常ESCA解析によって得られるのは、粒子表面の数nm程度の深さ範囲のごく薄い層の情報である。例えば、エネルギーが1250eVのMgKα線を線源として使用した場合、結合エネルギー約160〜170eVの硫黄の2p2/3に関する情報は、発生する光電子の平均自由行程から約3nm程度と見積もられる。従って粒子内部の、粒子表面からある深さにおける硫黄原子の存在量は、アルゴンイオンなどで粒子をその深さまでエッチングした後、ESCAで表面解析することによって同様に調べることができる。
【0032】
本発明のニッケル粉末は、特定量の硫黄を含むが、個々の構成粒子について前述の解析を行ったとき、ニッケル原子に結合した硫黄原子(以下「Ni−S」ということもある)に帰属されるピークの強度が、粒子の表面から中心に向かって変化する、即ち増減しているものであって、かつその強度が表面から3nmの深さより深い位置で最大となる。これはNi−Sの濃度が粒子の最表面では低く、高濃度に存在する領域が内部にあることを意味している。特に、粒子表面に露出するNi−Sが実質的にないことが望ましい。前記Ni−Sに帰属されるピークとは、具体的には結合エネルギー約162eV付近に存在するピークである。
【0033】
本発明者等の研究によれば、ニッケル−硫黄結合は酸素との反応性が高く、特許文献4のようにNi−Sが粒子の表面に多く存在すると、ニッケル粒子は酸化され易くなる。このため、焼成中、酸素が存在する雰囲気中で脱バインダを行った場合、ニッケルの酸化が進行しやすい。しかし本発明のニッケル粒子は、表面に薄い酸化層を有しかつ反応性の高いNi−Sが前記の分布となっていることにより、極めて活性が低いことに加えて優れた耐酸化性を示し、積層電子部品の内部電極に用いた場合、酸素含有雰囲気中で脱バインダを行ってもそれ以上ニッケルの酸化が進行しない。このためニッケルの酸化還元による体積変化が少なく、クラックやデラミネーション等の構造欠陥の発生が抑制されると考えられる。従って、非酸化性雰囲気から若干酸化性の強い雰囲気まで、幅広い条件で脱バインダが可能になる。
【0034】
前記したようにNi−Sのピーク強度は粒子表面から3nmより深い位置で最大となるが、該ピーク強度は粒子の表面酸化層内にあることが特に好ましい。換言すれば、前記ピーク強度が粒子の表面では低く、表面から内部に向かって一旦増加し、表面酸化層中で最大となり、粒子の中心部に向かって再び減少するようなNi−Sの濃度勾配を持つことが好ましい。このような濃度勾配を有する場合、硫黄が少量でもニッケルの活性を顕著に低下させることができると考えられる。このため、非酸化性雰囲気中で脱バインダ時を行った場合も、樹脂の低温での爆発的分解とこれによる残留カーボンの増大を引き起こすことがなく、積層電子部品の構造欠陥や特性の劣化を防止する効果が大きい。また、表面酸化層内のやや内部側の領域に存在するNi−Sは、表面酸化層の安定性を高める作用もあると考えられ、脱バインダ時有機物の分解により雰囲気が還元性となった場合でも酸化層が還元されてしまうのを防止すると推定される。上記のとおり、Ni−Sのピーク強度は粒子表面から3nmより深い位置で最大となるが、少量の硫黄で上記の効果を確実に十分に得るには該ピーク強度は粒子表面から10nmまでの位置で最大となることが好ましい。
【0035】
また本発明においては、Ni−Sが前記分布を有することに加えて、粒子表面に、ESCAによる表面解析において結合エネルギー約168eVの位置にピークが検出されることが望ましい。この位置のピークは、必ずしも明確ではないが、おそらく酸素原子と結合した硫黄原子の存在を示すものと考えられる。このピークは、少なくとも、粒子の表面からの深さ1nm以内の領域に存在していることが望ましく、又は、その強度は同領域におけるNi−Sに帰せられるピークの強度と同程度又は大きいことが好ましい。粒子表面にこのようなピークが検出されるニッケル粒子は、耐酸化性がより優れており、酸化性雰囲気中での酸化の進行を抑制する効果が更に顕著になる。
【0036】
(ニッケル粉末の製造)
本発明のニッケル粉末は、限定されないが、好ましくは、予め硫黄を含有させたニッケル粒子を表面酸化することにより製造される。望ましくは、含有される硫黄原子が酸化されて脱離してしまうのを防止するため、表面酸化処理は短時間で行う。例えば、ニッケル粒子を気相中、高温で酸化性ガスと接触させた後に急冷することにより表面を瞬時に酸化させる方法が好ましく採用される。
【0037】
具体的には、硫黄を含有するニッケル粒子からなるニッケル粉末(以下「硫黄を含有するニッケル粉末」という)を、加熱された非酸化性ガス雰囲気中に分散させ、空気などの酸化性ガスに曝すことにより、ニッケル粒子の表面酸化を行う。この場合、雰囲気温度が300〜800℃程度で酸化性ガスと接触させることが望ましい。また、表面酸化は短時間、具体的は10秒以内の短時間で行うことが望ましく、とりわけ酸化性ガスを大量に吹き込むなどの方法により1秒以内の瞬時に酸化させることが好ましい。この方法では、粉末の凝集を起こすことなく、強固で均質な表面酸化層を、適正量形成することができ、かつ生成粒子の表面近傍ではNi−Sが少なく粒子表面から3nmより深い位置でその濃度が最大となる。生成粉末の表面酸化量は、例えば粒子が酸化性ガスと接触する温度や時間、酸化性ガス中の酸素濃度などにより調整することができる。
【0038】
特に、前記硫黄を含有するニッケル粉末が化学気相析出法(CVD)や物理気相析出法(PVD)、噴霧熱分解法あるいは特開2002−20809公報および特開2004−99992公報に記載された金属化合物粉末を気相中で熱分解する方法等により気相中で製造される場合は、高温で生成したニッケル粉末が気相中に高度に分散している状態のまま冷却する工程において、空気などの酸化性ガスを混合することで、前述のように表面酸化と冷却を短時間で行うことが好ましい。即ち、硫黄を含有するニッケル粒子を非酸化性ガス雰囲気中において高温で分散した状態で生成させ、次いで冷却する際、雰囲気温度が300〜800℃に冷却された段階で酸化性ガスに前記ニッケル粒子を接触させることにより、粒子の表面酸化と冷却を同時に行う。この場合も、酸化性ガスを大量に吹き込むことにより、瞬時に酸化させることが好ましい。
【0039】
なお、ニッケル粉末中に硫黄を含有させる方法は、限定はない。例えば、ニッケル粉末と硫黄粉末と混合して密閉された容器内で加熱する方法や、ニッケル粉末に硫化水素ガスや亜硫酸ガス、またはメルカプタン系化合物やチオフェン系化合物などの有機硫黄化合物など硫黄を含有するガスを流通させて反応させる方法などがある。またニッケル粉末が前述のような気相中で製造される場合は、ニッケル原料に硫黄化合物を含有させるか、硫化水素ガスや亜硫酸ガス、有機硫黄化合物のガスを該気相中に添加することで、硫黄を含有するニッケル粉末が得られる。
【0040】
(導体ペースト)
本発明の導体ペーストは、前記ニッケル粉末を導電性粉末として含有し、これを樹脂バインダ、溶剤からなるビヒクルに分散させたものである。導電性粉末として前記ニッケル粉末以外の導電性粉末を配合してもよい。
【0041】
樹脂バインダとしては特に制限はなく、内部電極用ペーストに通常使用されているもの、例えばエチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロースなどのセルロース系樹脂、アクリル樹脂、メタクリル樹脂、ブチラール樹脂、エポキシ樹脂、フェノール樹脂、ロジンなどが使用される。樹脂バインダの配合量は、特に限定されないが、通常導電性粉末100重量部に対して1〜15重量部程度である。
【0042】
溶剤としては、前記バインダ樹脂を溶解するものであれば特に限定はなく、通常内部電極用ペーストに使用されているものを適宜選択して配合する。例えばアルコール系、ケトン系、エーテル系、エステル系、炭化水素系等の有機溶剤や水、またはこれらの混合溶剤が挙げられる。溶剤の量は、通常使用される量であれば制限はなく、導電性粉末の性状や樹脂の種類、塗布法等に応じて適宜配合される。通常は導電性粉末100重量部に対して40〜150重量部程度である。
【0043】
本発明の導体ペーストには、前記成分の他に、通常配合されることのある成分、即ち、セラミックシートに含有されるセラミックと同一または組成が近似した成分を含むセラミックや、ガラス、アルミナ、シリカ、酸化銅、酸化マンガン、酸化チタン等の金属酸化物、モンモリロナイトなどの無機粉末や、金属有機化合物、可塑剤、分散剤、界面活性剤等を、目的に応じて適宜配合することができる。
【0044】
本発明の導体ペーストは、ニッケル粉末と他の添加成分とをバインダ樹脂および溶剤と共に混練し、均一に分散させてペースト状、塗料状またはインク状とすることによって製造される。得られる導体ペーストは、特に、積層コンデンサ、積層インダクタ、積層アクチュエータ等の積層セラミック電子部品の内部電極を形成するのに適しているが、その他にセラミック電子部品の端子電極や厚膜導体回路の形成に使用することもできる。
【0045】
(積層セラミック電子部品)
積層セラミック電子部品は、内部電極の形成に本発明の導体ペーストを用いて公知の方法で製造される。一例として積層セラミックコンデンサの製造方法を述べる。
【0046】
まず、誘電体セラミック原料粉末を樹脂バインダ中に分散させ、ドクターブレード法等でシート成形し、セラミックシートを作製する。誘電体層を形成するための誘電体セラミック原料粉末としては、通常チタン酸バリウム系、チタン酸ストロンチウム系、ジルコン酸ストロンチウム系、ジルコン酸カルシウムストロンチウム系などのペロブスカイト型酸化物、または、これらを構成する金属元素の一部を他の金属元素で置換したものを主成分とする粉末が使用される。必要に応じて、これらの原料粉末に、コンデンサ特性を調整するための各種添加剤が配合される。得られたセラミックシート上に、本発明の導体ペーストを、スクリーン印刷等の通常の方法で塗布し、乾燥して溶剤を除去し、所定のパターンの内部電極ペースト乾燥膜を形成する。内部電極ペースト乾燥膜が形成されたセラミックシートを所定の枚数だけ積み重ね、加圧積層して、未焼成の積層体を作製する。この積層体を所定の形状に切断した後、不活性ガス雰囲気中または若干の酸素を含む不活性ガス雰囲気中、250〜350℃程度の温度で脱バインダを行ってビヒクル成分を分解、飛散させた後、非酸化性雰囲気中1100〜1350℃程度の高温で焼成し、誘電体層と電極層を同時に焼結し、必要によりさらに再酸化処理を行って、積層セラミックコンデンサ素体を得る。この後、素体の両端面に端子電極が焼付け形成される。なお、端子電極は、前記未焼成の積層体を切断したチップの両端面に端子電極用導体ペーストを塗布し、その後、積層体と同時に焼成することによって形成してもよい。
【実施例】
【0047】
次に、本発明を実施例に基づき具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0048】
実施例1
平均粒径がおよそ100μmの酢酸ニッケル四水和物の粉末を500g/hrの供給速度で気流式粉砕機に供給し、200L/minの流速の窒素ガスで粉砕、分散させた。この分散気流をそのまま1550℃に加熱した電気炉内の反応管に導入し、酢酸ニッケル四水和物を加熱、分解してニッケル粉末を生成させた。このとき、硫化水素ガスを分散気流の反応管への導入口の近傍から供給することにより、生成する粉末に硫黄を含有させた。
高温で生成した前記ニッケル粉末が、反応管の出口側に接続された冷却管を通って冷却される際、冷却管の出口付近において大量に空気を吹き込むことにより、ニッケル粒子表面を1秒以内で瞬間的に酸化させると同時に更に冷却し、バグフィルターで捕集した。熱電対で測定された、粉末が空気と接触する部分の雰囲気、温度は、約600℃であった。
【0049】
得られたニッケル粉末を走査型電子顕微鏡(SEM)で観察し、球形の粒子が生成していることを確認した。BET法により測定した粉末の比表面積は3.3m/gであり、粒径に換算して約0.2μmであった。炭素・イオウ分析装置(堀場製作所製 EMIA−320V)で測定した硫黄含有量は900ppmであり、また酸素含有量(強熱減量)は、1.4重量%であった。
【0050】
得られたニッケル粉末の粒子表面付近における硫黄の存在状態をESCA(クレイトス社製 ESCA−3400)で表面解析した。図1に結合エネルギー155〜173eVの間で測定された硫黄の2p3/2ピークの、アルゴンイオンエッチングによる強度変化を示す。ニッケルに結合した硫黄(Ni−S)に帰せられる、結合エネルギー約162eVのピークの強度は、エッチング深さ約3.5nmにおいて最大となった。このときの強度を100として、エッチング深さによるピーク強度の相対的な変化を図2に示す。また、Ni−Sと同様にして、結合エネルギー約530eVの酸素ピークの、エッチング深さによる変化を図2に併せて示す。酸素のピーク強度は、粒子表面で最大となりエッチングするにつれて強度は低下した。
【0051】
また、エッチングなしの粒子表面のESCA測定において、結合エネルギー約162eVのピーク以外に、結合エネルギー約168eVのピークが観察された(図1)。その結合エネルギー値から、このピークは酸素が結合した硫黄原子に帰するものと推測されるが、粉末を水で洗浄してもピークが消失することはなく、また後述するように、粉末を加熱してもなくならない。これらのことから、この硫黄成分は単純に酸化硫黄系のガスが吸着したものではなく、粒子表面に強固に結合したものと判断される。そして、1nmエッチングすることで、このピークが消失することから、酸素が結合した硫黄(推定。以下S−Oということもある。)は表面から1nmの深さまでの領域に存在していることが分かる。
【0052】
以上のESCA解析の結果は、Mg−Kα線(1250eV)を入射X線源とした場合の結果であり、光電子の脱出深さから見積もると、表面(エッチングした場合はエッチング後の表面)から約3nmの深さまでの領域の情報が含まれる。そこで、佐賀県立九州シンクロトロン光研究センターにおいて、シンクロトロン光を利用して入射X線のエネルギーを610eVにしてエッチング無しで解析を行った。この条件では、硫黄に関しては、表面から約1nmの深さまでの情報が得られる。解析の結果、Ni−Sのピークはなく、結合エネルギーが約168eVのピークのみが確認された。
【0053】
以上の結果から、このニッケル粒子では、粒子表面の酸化層と同じ領域に硫黄が存在すること、硫黄の分布は表面から3nmより深い位置で最大値となること、表面から約1nmまでの領域ではNi−Sは存在せずS−Oが存在すること、1nmよりも深い領域には、S−Oは存在せずNi−Sのみが存在することがわかる。
【0054】
比較例1
比表面積3.5m/g、粒径に換算して約0.2μmであり、硫黄含有量1100ppm、酸素含有量1.4重量%の市販の積層電子部品内部電極用ニッケル粉末について、実施例1と同様にESCAでの解析を行った。
【0055】
結果を図3に示す。エッチング深さ1nmにおいてNi−Sのピーク強度が最大となった。このときの強度を100として、エッチング深さによるピーク強度の相対的な変化を図4に示す。図4には、結合エネルギー約530eVの酸素ピークの、エッチング深さによる強度変化を併せて示した。図3および図4から、実施例と比較して表面により近い領域、具体的には粒子表面から3nmより浅い領域にニッケルと結合した硫黄が多く存在することが分かる。また、エッチングなしの測定において、S−Oに帰せられると推定される、結合エネルギー約168eVのピークは観察されなかった。
【0056】
実施例1と比較例1のニッケル粉末を、それぞれ空気中、250℃で30分間加熱し、同様にESCAによる硫黄の解析を行い、Ni−Sに帰せられる、結合エネルギー約162eVのピークについて加熱前後での強度の変化を調べた。それぞれ加熱前の最大ピーク強度を100として、図5に実施例1、図6に比較例1の加熱前後のピーク強度の変化を示す。比較例1に比べると、実施例1では加熱による強度の低下が明らかに少ない。また図7は、実施例1の粉末のエッチングなしの状態での、加熱前後での変化を示したものである。図7から明らかなように、結合エネルギー約168nmのピーク強度は、加熱後にもほとんど変化は見られなかった。以上の結果から、比較例1の粉末では、粒子表面に存在するニッケルに結合した硫黄が空気中での加熱により酸化し、脱離したと推定される。これに対して実施例1の粉末では、硫黄の酸化と飛散が抑制されることことが推察される。
【0057】
次に、実施例1と比較例1のニッケル粉末100重量部、樹脂バインダとしてエチルセルロース5重量部、溶剤としてジヒドロターピネオール95重量部を配合し、3本ロールミルを使って混練してそれぞれ導体ペーストを作製した。作製したペーストをPETフィルム上に約250μmの厚みにキャスティングし、乾燥後PETフィルムを剥離し、数mm程度の小片に砕いて試料とした。この試料を、空気中で室温から300℃で5時間加熱して脱バインダを行った後、粉末の酸素含有量(強熱減量)測定と同様の方法で重量減少率を調べた。この結果、実施例1の粉末では重量減少率が1.8%であり、粉末の酸素含有量との差は小さく、ニッケルの酸化がほとんど進行していないことが確認された。これに対し、比較例1の粉末では8.7%となり、脱バインダにより粉末がかなり酸化されたことがわかった。以上の結果から、本発明のニッケル粉末は、耐酸化性が優れていることが明らかである。
【0058】
実施例2
金属ニッケルを約10000℃のプラズマ状態にある高温の窒素ガスにより反応容器中で加熱、蒸発させ、発生した蒸気を硫化水素ガスと共に100L/minの4%水素−窒素混合ガスをキャリアとして管状の冷却器の中に送り込んで硫黄を含有するニッケル粉末を生成させた。冷却管の出口付近において大量に空気を吹き込むことにより、ニッケル粉末の粒子表面を1秒以内で瞬時に酸化させると同時に更に冷却し、バグフィルターで捕集した。粉末が空気と接触する部分の雰囲気温度は約400℃であった。
【0059】
得られたニッケル粉末をSEMで観察し、球形の粒子が生成していることを確認した。比表面積は4.4m/gであり、粒径に換算して約0.15μmであった。硫黄含有量は約1800ppm、酸素含有量は0.8重量%であった。実施例1と同様に、ESCAにより測定したNi−Sのピークおよび酸素のピークの強度の、エッチング深さによる変化を図8に示す。実施例1と同じく、Ni−Sのピークは、エッチング深さ3.5nmで最大となった。また、エッチングなしの測定においては、結合エネルギー約168eVのピークも確認された。
【0060】
実施例3
実施例1において酢酸ニッケル四水和物の供給速度を2000g/hrにする以外は同様の条件で、硫黄を含む表面酸化されたニッケル粉末を製造した。得られたニッケル粉末をSEMで観察し、球形の粒子が生成していることを確認した。比表面積は0.7m/gであり、粒径に換算して約1.0μmであった。硫黄含有量は約250ppm、酸素含有量は0.3重量%であった。この粉末をESCAにより解析したところ、Ni−Sのピークがエッチング深さ3.5nmにおいて最大となり、実施例1と同様の結果が得られた。また、エッチングなしの測定においては、結合エネルギー約168eVのピークも確認された。
【0061】
実施例2と3で得られた粉末を、実施例1、比較例1と同じ方法でペースト化し、脱バインダによる粉末の酸化の程度を調べた。その結果、脱バインダ後の重量変化率は、実施例2の粉末では2.0%、実施例3の粉末では0.5%であり、耐酸化性の優れたものであった。
【0062】
比較例2
実施例1において、酢酸ニッケル四水和物の供給速度を1000g/hrにし、また冷却管の長さを長くして空気を吹き込む位置を調整することにより、生成した粉末が空気と接触するときの雰囲気温度を約200℃とする以外は同様の条件で、硫黄を含む表面酸化されたニッケル粉末を製造した。得られたニッケル粉末をSEMで観察し、球形の粒子が生成していることを確認した。比表面積は1.8m/gであり、粒径に換算して約0.4μmであった。硫黄含有量は約600ppm、酸素含有量は0.26重量%であった。
【0063】
ESCAにより表面解析を行い、Ni−Sのピークおよび酸素のピークの強度のエッチング深さによる変化を図9に示した。図9より、Ni−Sの存在量が粒子の表面に極めて近い領域、具体的には粒子表面から3nmより浅い領域において最大となることが分かる。また、エッチングなしの測定においては、結合エネルギー約168eVのピークの存在が確認された。本粉末を、前述したと同じ方法でペースト化し、脱バインダによる粉末の酸化の程度を調べた。その結果、脱バインダ後の強熱減量は5.2%となり、かなり粉末が酸化していた。
【図面の簡単な説明】
【0064】
【図1】実施例1で得たニッケル粉末粒子を、エッチングせずに、または異なるエッチング深さでエッチングした後に行ったESCAによる表面解析結果を示している。
【図2】図1のESCAによる表面解析結果におけるニッケルに結合した硫黄(Ni−S)のピーク強度の、エッチング深さによる変化を、酸素のピーク強度の、エッチング深さによる変化と共に示している。
【図3】比較例1のニッケル粉末粒子について、実施例1と同様に行ったESCAによる表面解析結果を示している。
【図4】図3のESCAによる表面解析結果におけるNi−Sのピーク強度の、エッチング深さによる変化を、酸素のピーク強度の、エッチング深さによる変化と共に示している。
【図5】実施例1で得たニッケル粉末の加熱前後のNi−Sのピーク強度の、エッチング深さによる変化を示している。
【図6】比較例1のニッケル粉末の加熱前後のNi−Sのピーク強度の、エッチング深さによる変化を示している。
【図7】実施例1で得たニッケル粉末をエッチングせずに行った、加熱前後のESCAによる表面解析結果を示している。
【図8】実施例2で得たニッケル粉末のESCAによる表面解析におけるNi−Sのピーク強度並びに酸素のピーク強度の、エッチング深さによる変化を示している。
【図9】比較例2で得たニッケル粉末のESCAによる表面解析におけるNi−Sのピーク強度並びに酸素のピーク強度の、エッチング深さによる変化を示している。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面酸化層を有し、かつ硫黄を含有するニッケル粒子からなる平均粒径0.05〜1.0μmのニッケル粉末であって、
粉末の全重量に対して硫黄の含有量が100〜2,000ppmであり、
該ニッケル粒子のESCAによる表面解析においてニッケル原子に結合した硫黄原子に帰せられるピークの強度が粒子表面から中心方向に変化しているものであって、その強度が粒子表面から3nmより深い位置で最大となることを特徴とするニッケル粉末。
【請求項2】
前記ESCAによる表面解析においてニッケル原子に結合した硫黄原子に帰せられるピークの強度が、前記表面酸化層内で最大となることを特徴とする請求項1に記載のニッケル粉末。
【請求項3】
少なくとも前記ニッケル粒子の表面から深さ1nmの領域についてESCAによる表面解析を行った時に、結合エネルギー約168eVの位置にピークが存在することを特徴とする請求項1または2に記載のニッケル粉末。
【請求項4】
前記表面酸化層の表面が実質的にニッケル酸化物からなることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載のニッケル粉末。
【請求項5】
前記粉末中に存在する酸素の全量が、粉末の全重量に対して0.1〜4.0重量%であることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載のニッケル粉末。
【請求項6】
硫黄を含有するニッケル粒子からなるニッケル粉末を非酸化性ガス雰囲気中に分散させ、300〜800℃の温度範囲で酸化性ガスと接触させることにより、短時間で表面酸化処理を行うことを特徴とするニッケル粉末の製造方法。
【請求項7】
硫黄を含有するニッケル粒子からなるニッケル粉末を非酸化性ガス雰囲気中において高温で分散した状態で生成させ、次いでこれを冷却し、雰囲気温度が300〜800℃に冷却された段階で酸化性ガスと接触させることにより、短時間で表面酸化処理を行うことを特徴とするニッケル粉末の製造方法。
【請求項8】
請求項項1〜5に記載のニッケル粉末を含有することを特徴とする積層セラミック電子部品の電極形成用導体ペースト。
【請求項9】
請求項項8に記載の導体ペーストを用いて電極を形成したことを特徴とする積層セラミック電子部品。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2008−223068(P2008−223068A)
【公開日】平成20年9月25日(2008.9.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−61374(P2007−61374)
【出願日】平成19年3月12日(2007.3.12)
【出願人】(000186762)昭栄化学工業株式会社 (55)
【Fターム(参考)】