説明

パンタグラフの摺り板の局所的凹部検知方法及び装置

【課題】 パンタグラフが通過するときのトロリ線の計測を介して、パンタグラフにおける摺り板の損傷凹部を検知する局所的凹部検知方法及び装置を提供する。
【解決手段】 トロリ線1をジグザグに支持する支柱2の近傍または支柱径間に設けた変位測定装置30により、パンタグラフ23が通過するときのトロリ線1の測定位置における線路に垂直な水平方向の変位、さらに正確には線路に垂直な面内における線路面に平行な方向の変位を測定し、測定された変位に基づく値が所定の閾値を超えたことをもって前記トロリ線1の下の軌道を通過した電車のパンタグラフ23の摺り板25に損傷凹部などの局所的凹部が生じていると判定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、パンタグラフの摺り板に発生する段付摩耗や欠け、部分欠落などの局所的凹部を検知する方法及び装置に関する。
【背景技術】
【0002】
電気鉄道のパンタグラフの摺り板は、トロリ線と摺動しながら集電している。トロリ線はあるピッチと幅をもってジグザグに架設されており、摺り板とトロリ線との摺動位置を摺り板摺動面の長手方向、すなわち線路に垂直な水平方向に分散させている。このようにして、摺り板に局部摩耗が起こらないようにしている。
【0003】
しかしながら摺り板には、この摺動時に、異常なアークの発生など何らかの原因による局所的な欠損や異常な摺動による局部摩耗などが発生する場合がある。このような欠損や摩耗が進むと、摺り板の表面に局所的な凹部が形成される。摺り板の表面に局部摩耗の凹部が存在すると、トロリ線が嵌り込んで、トロリ線のスムーズな左右移動を阻害し、この状態が継続すると、この凹部が、摺り板の他の部分よりも一段低くなった溝(段付摩耗)に発達するおそれがある。
【0004】
このような段付摩耗は、摺り板の破損やトロリ線の切断など、事故につながる危険がある。また、摺り板の部分的な欠けや、分割されている摺り板の一部欠落などが発生した場合にも、上述の段付摩耗と同様の危険がある。なお、これら局所的欠損、局部摩耗、段付摩耗、部分的欠け、一部欠落などの損傷凹部に限らず、何らかの原因により局所的な凹部が形成されたときには、同じ危険が生じる。
したがって、各列車の各パンタグラフについて、このような損傷凹部、あるいは局所的な凹部を検出して対処することが求められる。このためには、パンタグラフの摺り板に存在する局所的な凹部を簡単に検出する損傷凹部検知方法及び装置が必要になる。
【0005】
特許文献1には、走行する列車のパンタグラフ摺り板の厚さを測定する測定装置が開示されている。開示された測定装置は、走行列車を検出すると、CCDカメラでパンタグラフ摺り板の側面を撮影し、取得した画像を画像処理して摺り板エッジと舟体摺り板境界面とを判定し、摺り板厚みを算出するものである。
ただし、太陽光の影響や摺り板の汚れなどによって、舟体と摺り板の境界を判定し損ねる可能性がある。また、舟体との境界面を基準とするので、舟体は平面を有する必要がある。さらに、走行中に撮像した画像について画像処理して判定するので、車両走行速度に制約がある。
【0006】
また、特許文献2には、電車通過時のトロリ線の振動特性に基づいてトロリ線の異常を検出する方法が開示されている。開示された異常検出方法は、架線されているトロリ線の振動が伝わるように、たとえば吊具に振動検出センサを設置して、センサ出力を振動特性解析器で解析して振動数を検出し、コンピュータで予め設定された異常のデータと照会してトロリ線の異常の有無を判定する。
【0007】
開示された異常検出方法は、トロリ線の固有振動が、摩耗による断面積の減少や温度変化による引張り強度の変化などの影響を受けることに基づくもので、従来方法では難しかった検知線断線以前の摩耗異常や過温度上昇によるのび異常をも検出することができるようになった。
しかし、開示された異常検出方法は、トロリ線の固有振動測定を用いるが、測定対象はトロリ線自体の異常であって、測定点を通過する電車のパンタグラフ摺り板に関する測定ができるわけではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平09−265524号公報
【特許文献2】特開2003−189404号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、上記の問題点に鑑みてなされたものであって、パンタグラフが通過するときのトロリ線の計測を介して、パンタグラフにおける摺り板の局所的凹部を検知する方法及び装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明に係るパンタグラフの摺り板の局所的凹部検知方法は、ジグザクに支持されたトロリ線の近傍に設けた変位測定装置により、パンタグラフが通過するときのトロリ線の測定位置における線路に垂直な水平方向の変位、さらに正確には線路に垂直な面内における線路面に平行な方向の変位(以下において、水平変位ともいう)を測定し、測定された水平変位が所定の閾値を超えたことをもって前記トロリ線の下の軌道を通過した電車のパンタグラフの摺り板に損傷凹部などの局所的凹部が生じていると判定することを特徴とする。
【0011】
パンタグラフの摺り板に段付摩耗部などの損傷凹部が生じた場合、あるいはさらに一般的に、摺り板の摺動面に局所的な凹部が存在する場合、摺り板表面を摺動するトロリ線はその凹部に嵌り込む。トロリ線は、適宜配置される支柱により線路に沿って線路に垂直な水平方向にジグザグになるように配設されているので、凹部に嵌り込んだトロリ線は電車の進行につれて凹部の底を摺動しながら線路に垂直な水平方向に移動する。後に詳細に説明するように、凹部内を摺動するトロリ線は、凹部の端まで移動して凹部の側壁に引掛かって、元の軌道に対して水平方向に変位する。
【0012】
その後、トロリ線が凹部から外れて、非摩耗部の摺り板平坦部へ乗り上げるように移行する。トロリ線が凹部から解放されるときには、弦が弾かれたような状態となり、トロリ線は線路に垂直な水平方向内で反対方向に大きく変位する。
したがって、トロリ線の水平変位に基づいて、摺り板に局所的凹部が発生していることを検知することができる。
【0013】
摺り板表面の局所的凹部に嵌り込んだトロリ線の水平変位は、トロリ線がジグザグに支持する支柱の間に形成する弦において生じる変位であるので、支柱の中央に近いほど大きく現れる。したがって、支柱の中間に設けた柱にセンサを取り付けてトロリ線の水平変位を測定することが好ましい。
すなわち、ジグザクに支持されたトロリ線の支柱中間位置において、トロリ線の線路に垂直な水平方向の変位を測定し、トロリ線が凹部の側壁に押圧されて生じる正方向変位と凹部から解放された後の逆方向変位の一方または両方を評価することにより、トロリ線が摺り板表面の凹部に拘束されたことを知ることができる。
【0014】
なお、トロリ線をジグザグに支持する支柱の中間に新しく測定用の柱を設置する代わりに、既存の支柱にセンサを設けて、支柱近傍のトロリ線側端部における水平変位で代替して測定し、適宜な閾値と比較した結果を用いて、摺り板に局所的凹部が発生していることを検知することができる。
すなわち、ジグザクに支持されたトロリ線には、トロリ線が局所的凹部の側壁に押圧されて正常位置から変位する間、側端部を変位させる力が働くので、トロリ線の側端部も凹部の存在する部分の水平変位と対応して、線路に垂直な水平方向に変位する。
【0015】
なお、トロリ線が凹部から解放された後のトロリ線の逆方向への変位は正方向の変位より大きいうえに急激に変化するため、検出がより容易である。そこで、第一義的には、トロリ線の逆方向変位を検出して局所的凹部の発生を判定することが好ましい。さらに、正方向変位を加味することにより判定の信頼性を向上させることができる。もちろん、正方向変位だけを使って局所的凹部の発生を検出することもできる。
また、逆方向変位に伴う変位の急激な変化率を指標に加えることにより、局所的凹部の発生を確実に検知することもできる。
【0016】
本発明に係るパンタグラフの摺り板の局所的凹部検知装置は、トロリ線の線路に垂直な水平方向の変位を測定するセンサと、測定された変位を処理・判定する手段とを備え、処理・判定する手段が、測定された変位が所定の閾値を超えたことをもって、測定位置のトロリ線の下を通過した電車のパンタグラフ摺り板に損傷凹部などの局所的凹部が生じていると判定することを特徴とする。
【0017】
また、処理・判定する手段は、測定された変位の変化を算定して、その変化量が所定の第2の閾値を超えたことをさらに確認して、電車のパンタグラフの摺り板に局所的凹部が生じていると判定するようにしてもよい。
トロリ線の水平変位を測定するセンサは、常時、巻き上げる方向に引っ張り力が作用するセンシングワイヤを備え、センシングワイヤの先端を被測定物に繋ぐと、被測定物の変位がセンシングワイヤの巻き取り量に変換され、巻き取り量が出力電圧に変換されて変位測定ができるように構成された、ワイヤ伸張タイプのポテンショメータであることが好ましい。
【0018】
なお、トロリ線をジグザグに支持する支柱の中間に設けた測定用の柱にポテンショメータ本体を設置し、センシングワイヤの先端を、ジグザグに支持されたトロリ線の側端部に繋いで、トロリ線の水平変位の代替値を測定することができる。
センシングワイヤは、吊架線から垂下するハンガの先端に設けられ、トロリ線を両側から挟むようにして支持するイヤにワイヤ先端を固定して、トロリ線の変位を測定することができる。また、ハンガと独立してトロリ線に固定したイヤにワイヤ先端を繋いで測定することもできる。
また、トロリ線の支柱の中間に新しく測定用の柱を設置する代わりに、既存の支柱にセンサを設けて、支柱近傍のトロリ線側端部における水平変位を測定してもよい。
【発明の効果】
【0019】
本発明のパンタグラフ摺り板の局所的凹部検知技術においては、トロリ線に設けた水平方向のジグザグのため、摺り板に段付摩耗などの損傷凹部が発生した場合、あるいは、摺り板の摺動面に局所的な凹部が存在する場合、トロリ線がこの損傷凹部などの局所的な凹部を線路に垂直な水平方向によぎる際にトロリ線が水平方向に変位する。
【0020】
本発明によれば、試験用の線路におけるトロリ線の近傍に測定装置本体を備え、トロリ線の水平方向の変位を測定し、測定した変位や変位変化量をそれぞれ閾値と比較して判定することにより、所定のトロリ線を通過する電車のパンタグラフ摺り板に損傷凹部などの局所的な凹部が発生したことを検知できる。これにより、摺り板における局所的凹部の発生を速やかに検知して、事故や故障を未然に防いだり、適切な予防保全を行ったりすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本発明の実施の形態に係る局所的凹部検知装置を模式的に示す図である。
【図2】トロリ線の配設状態の一例を示す図であり、図2(A)は立面図、図2(B)は平面図である。
【図3】パンタグラフの構造の一例を示す図である。
【図4】局所的凹部が発生した摺り板がトロリ線の下を走行するときの状態推移を示す平面図である。
【図5】局所的凹部が発生した摺り板において、トロリ線が凹部から平坦部へ移行する状態を示す図である。
【図6】水平方向変位の計測結果の一例を示すグラフである。
【図7】図6に表した変位測定値の絶対値を示すグラフである。
【図8】図6に表した変位測定値の積分値の絶対値を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明の実施の形態について、図面を参照しながら詳細に説明する。
図1には、図中左下から右上にかけて、図示しない線路に沿って水平に伸びるトロリ線1が図示されている。トロリ線1には、電車のパンタグラフ23の摺り板25が下方から押し付けられながら摺動する。
また、このトロリ線1を支えるため、線路に沿って立てられた支柱2が図示されている。支柱2には、線路と直交する方向に伸びるアーム3が碍子4を介して取り付けられており、このアーム3には吊架線5が懸けられている。
【0023】
また、トロリ線1は、図2(A)にも示されるように、アーム3に支持された吊架線5に所定の間隔で設けられたハンガ6によって吊り下げられている。トロリ線1は、ハンガ6の下端部に設けられたイヤ7で両側から挟むようにして支持されている。
図2(A)には、トロリ線1の下に電車が存在し、電車の屋根に設置された台枠22に搭載されたパンタグラフ23の摺り板25の上面がトロリ線1の下面と摺動する様子が模式的に表されている。
【0024】
また、図2(B)に示すように、支柱2に設けられたアーム3に支持される吊架線5によって、トロリ線1は、平面内において、所定の位置で屈曲するように曲線引き金具(図示せず)によって支持されており、全体としてレール方向において線路に垂直な水平方向にジグザグになるように配線されている。一般に、ジグザグに配置されたトロリ線1の側端間距離すなわちトロリ線1の水平方向の偏位幅Wは400〜500mm程度であり、ジグザグの周期は80〜300m程度である。
【0025】
図3を参照しつつパンタグラフや摺り板の構造の概要を説明する。
パンタグラフ23は、電車の屋根20に碍子21を介して設置された台枠22に搭載されている。パンタグラフ23は、トロリ線1に押し付けられる摺り板25と、摺り板25を支持する舟体26と、この舟体26を台枠22に昇降可能に支持する枠組27を有する。この例では、2個の舟体26が進行方向に並ぶように配置されている。
【0026】
舟体26は、枠組27の上端に取り付けられた舟支え28に復元バネ29により支持されている。枠組27は、関節運動するように連結された上枠部材と下枠部材とからなる菱形形状をしている。摺り板25は、復元バネ29の弾性力でトロリ線1に押し付けられながら、トロリ線1の下面を摺動する。
【0027】
次に、図4と図5を参照して、摺り板に局所的凹部が発生している場合のトロリ線の挙動を説明する。以下では、局所的凹部の一つとして段付摩耗を例にとって説明する。
図4は、線路に沿って延設されているトロリ線1の下を電車が図中上から下に通過していく過程を模式的に示す平面図である。図面の最上部に、摺り板の凹部とトロリ線の位置関係を示すため、摺り板位置における断面図が表示されている。
【0028】
図4は、摺り板25の中央部から右よりの位置に局所的な凹部として段付摩耗25bが生じている場合を示す。また、前述の通り、トロリ線1は、支柱2に設けられたアーム3に支持されて、レール方向(図中上下方向)において水平方向(図中左右方向)にジグザグに配設されている。
【0029】
図4(A)は、トロリ線1が摺り板25の非摩耗部25aを摺動している状態を示す。電車が図の下方に進行すると、やがて、図4(B)に示すように、トロリ線1は2つの摺り板25の凹部25bに嵌り込む。トロリ線1は、しばらくの間、この凹部25b内を摺動する。さらに、電車が進行すると、トロリ線1は進行方向前方の摺り板25における凹部25bの側壁に押し付けられるようになる。トロリ線1はある程度左右方向に振れるように、余裕を持って配設されているので、電車がさらに進行すると、図4(C)に示すように、トロリ線1は図の一点鎖線で示す平衡位置から、図中右方向に変位していく。
【0030】
電車がさらに進行するとトロリ線1の張力が増大して、ついには、トロリ線1が凹部25bの側壁を乗り越して、非摩耗部25aの平坦面に移行する。図5は、トロリ線1が凹部25bから脱出する様子を模式的に表現した断面図で、トロリ線1が摺り板25の凹部25bの側壁を越えて、非摩耗部25aの平坦面上の二点差線で示す位置に移動する様子を表す。
このとき、トロリ線1は、凹部25bの側壁に押圧されていた状態から一挙に解放されるので、弦が弾かれたような状態となり、トロリ線1は水平方向(図中左方向)に大きく運動して、図4(D)に示すように、図の一点鎖線で示す平衡位置を越えた位置まで変位する。
【0031】
すなわち、摺り板25に凹部25bが存在すると、トロリ線1は、まず、平衡位置から線路に垂直な水平方向に変位した後、水平方向の逆方向に運動して平衡位置を越える位置まで変位する。
したがって、トロリ線1の水平方向の変位を監視することにより、段付摩耗の発生を検知することができる。
【0032】
再度図1を参照して説明する。
本実施例では、トロリ線1の水平方向の変位を計測するために、一本の支柱2にポテンショメータ(測定センサ)30を取り付ける。ポテンショメータ30とは、回転角を電圧値に変換するセンサである。なお、隣り合わせた支柱2の中間位置に測定用の柱を設けて、この測定用柱にポテンショメータ30を設置してもよいことはいうまでもない。
【0033】
たとえば、ポテンショメータ30はワイヤ伸張タイプのストロークセンサであって、回転軸に取り付けられ常時引っ張り力が作用するセンシングワイヤを備える。センシングワイヤを伸ばしてワイヤ先端を被測定物に繋ぐと、被測定物の変位がセンシングワイヤの巻き取り量に変換され、巻き取り量が巻き取りボビンの回転角を介して出力電圧に変換されて、ポテンショメータ30から被測定物までの距離に基づいた変位測定ができる。
【0034】
ポテンショメータ30を移動する物体に適用すると、物体の移動が回転軸に伝えられ、その回転角の変化によって抵抗値が変化し、抵抗値の変化を電圧に変換することで物体の移動量を測定することができる。なお、ワイヤ伸張タイプのポテンショメータでは、センシングワイヤの展張方向に垂直な方向の変位に対して感度を殆ど有しない。
【0035】
ポテンショメータ30の本体は、トロリ線1を挟持するイヤ7とセンシングワイヤである絶縁ワイヤ31を介して接続されている。イヤ7は、トロリ線1を支持するハンガ6の下端部に設けられたイヤ7を利用することができる。また、センシングワイヤ31の先端を固定するため、ハンガ6と独立に設けられたイヤ7を使ってもよい。
【0036】
絶縁ワイヤ31の繰り出し量は、トロリ線1の水平方向の変位に対応する。これにより、トロリ線1の線路に垂直な水平方向の移動量がポテンショメータ30に伝えられ、ポテンショメータ30のセンシングワイヤの繰り出し量からトロリ線1の水平変位が測定される。
ポテンショメータ30の出力は、有線の通信線33又は無線によってデータ処理装置35に送られる。
【0037】
次に図6から図8を参照して本実施例に係る計測例を説明する。
この例では、段付摩耗と同様の凹部を形成した摺り板を搭載した試験車両を使用し、この凹部をトロリ線が線路に垂直で路面に平行なほぼ水平方向に摺動するような状況下で試験車両を走行させた。そして、支柱に設けたポテンショメータを用いてトロリ線の水平変位を計測した。ポテンショメータとして、DTP−D−1KS−P(株式会社共和電業製)を使用した。ポテンショメータのサンプリング周波数は2kHzであった。
【0038】
図6は観測結果の一例を示したものである。
図6は、ポテンショメータで計測されたトロリ線の水平変位量の変化を示すグラフである。縦軸は変位量(mm)、横軸は時間(秒)を表す。また、図7は、計測位置における水平変位量の正常時における値からの差の絶対値変化を示すグラフである。縦軸は変位量の差の絶対値(mm)、横軸は時間(秒)を表す。
【0039】
図6から図8の観測例では、図6に示すように、計測開始時の試験車両が計測区間に入って来た当初は、変位量がゼロであるが、7秒を超えるあたりから変位量がプラスに変化し、その後、変位量が徐々に増加している。変位量が増加する期間は、図4(C)に示した、トロリ線1が凹部25bに落ち込んで凹部の側壁に押し付けられ、トロリ線1がプラス方向に変位している状態に対応する。
【0040】
なお、計測区間内に試験車両が存在しないときは水平変位量がゼロにならなければならないが、試験車両が計測区間に入ってくる前にセンサ出力をリセットすることにより、簡単に正常時の水平変位量をゼロとすることができる。また、架線工事などによりトロリ線に定常的な変位が生じる場合においても、試験前のリセットにより水平変位量の偏りを防ぐことができる。
【0041】
さらに、下の式に基づき、適度の時間幅T0を有する移動時間枠を設定して、測定した水平変位x(t)をこの移動時間枠内で平均した値を水平変位量の基準値x0(T)として、トロリ線の変位を測定することもできる。
【数1】

このようにして求めた移動平均値を用いると、常に測定対象を監視していて、風によりトロリ線が一方向に偏倚する場合など、何らかの原因で測定系にドリフトなどの外乱が生じても、いつでも適切な水平変位量を得ることができる。
また、測定出力をハイパスフィルターに通して変位変化の低周波成分をカットし解析に必要な高周波成分を利用するようにしても、類似の効果を得ることができる。
【0042】
さらに、トロリ線1に掛かる張力が最大になったときに、変位量はプラス70mm程度の最大量を示し、その後、変位量は反対方向に一気に変化し、マイナス50mm程度にまで達する。この変位量の変化は、凹部25bの側壁に押し付けられていたトロリ線1が、図4(D)に示したように、凹部25bの拘束を脱して弾けるように移動した状態に対応するものである。
このときのトロリ線1の変位量は、プラスからマイナスに大きく変化し、変化量は大きい。
【0043】
その後、トロリ線1は摺り板25の表面に拘束された状態で水平方向に自由振動するので、図6に示されたように、変位量は、トロリ線1の平衡位置を挟んでプラス方向とマイナス方向に交互に揺れる。トロリ線1の自由振動は減衰して、図6の観測例では約30秒後には平衡位置に収束し、トロリ線1の変位量もゼロに復する。
【0044】
なお、図6のグラフに表れた変位量の符号は、検査区間における試験車両の走行方向により異なるが、変位量の変化形態は共通する。
図7は、図6に示した変位測定値の絶対値を示すもので、試験車両の進行方向に拘わらず、変位量の符号を無視して同じ論理に従って判定することができる。また、その後の信号処理では測定値に符号を考慮する必要がないため、演算処理を単純化することができる。
【0045】
本実施例では、下の項目(1)と(2)のいずれかをそれぞれの閾値と比較して判定することにより、摺り板に発生した局所的凹部を検出する。
(1)初めの変位量の絶対値
(2)初めの変位に対する逆方向の変位の変化量
また、局所的凹部を確実に捉えるために、項目(3)を加味して判定するようにしてもよい。
(3)逆方向変化の変化率
またさらに、項目(4)により、摺り板に発生した局所的凹部を検出することもできる。
(4)水平変位量積分値の絶対値
【0046】
以下、各項目について、説明する。
(1)初めの変位量の絶対値
図4(C)で示したように、トロリ線1が凹部25bの側壁に押し付けられている場合、トロリ線1はその平衡位置から外れて、摺り板25の摺動面に案内されて車両進行方向に対する左右いずれかの方向に変位する。車両進行方向が逆方向になる場合でも、反対方向に同様の挙動を示すので、変位の絶対値を使って同じ手順で評価することができる。
トロリ線1の変位の絶対値は、トロリ線1が凹部25bから外れるまで増大するので、凹部25bが大きければ変位絶対値も大きい。一方、凹部25bが小さければトロリ線1が簡単に凹部25bから外れるので、トロリ線1の変位絶対値は大きくならない。
【0047】
そこで、経験に基づいて適宜の閾値TBを設定し、トロリ線1の変位絶対値が閾値TBより大きい場合に、車両運行上問題にすべき大きさの凹部25bであると判定することとする。なお、ジグザグに配置されたトロリ線1の側端部における水平方向変位で代替する場合は、閾値TBも測定条件に対応して求める必要がある。
図7において、トロリ線1の変位絶対値は、図に示したΔB=73mmにおいて最大値になることが分かる。図6の測定のために設定された条件では、閾値TBはたとえば40mmとすることができる。
【0048】
(2)初めの変位に対する逆方向の変位の変化量
トロリ線1が図4(C)に示したように凹部25bの側壁に押し付けられると、トロリ線1は平衡位置から外れて左右いずれかの方向に変位する。その後、トロリ線1が図4(D)に示したように凹部25bから外れて非摩耗部25aの表面に乗り上げるように移動した場合、トロリ線1は凹部により初めに変位した方向に対して反対方向に平衡位置を超えて大きく変位する。
したがって、図6に示された、トロリ線1の初期変位から反対方向の変位までの変位変化量を観察することにより、凹部25bの存在を確実に検出することができる。
【0049】
そこで、経験に基づいて適宜の閾値TAを設定し、トロリ線1が一方に変位してその直後に逆方向に大きく変位する場合に、初めの変位のピーク値と逆方向の変位のピーク値との差から変位の変化量を算定して、その変化量が閾値TAより大きいことをもって問題となる凹部の存在を判定することとする。
図6において、トロリ線1の変位の変化量は、図に示したΔA=115mmまで増大したことが分かる。図6の測定のために設定された条件では、閾値TAはたとえば60mmとすることができる。
【0050】
(3)逆方向変化の変化率
変化率は、グラフの傾きを示すもので、一定時間内の変位変化の量を表す。トロリ線1が凹部25bから解放されて逆方向に行き過ぎるときは、変位変化率が最も大きい。そこで、最初の変位から逆方向に変位が移行する際の変化率を検出して、変化率の閾値と比較した結果を、項目(1)または項目(2)の判定に加えることにより、凹部25bの存在をより確実に検出することができる。
【0051】
(4)水平変位量積分値の絶対値
トロリ線は、風などにより水平方向に振動するので、局所的凹部の検出に対するノイズとなる場合がある。そこで、水平変位量を積分することにより変位量に含まれる振動成分を除去する方法がある。さらに、車両の走行方向により水平変位の方向が正負いずれかに変化するため、下の式に従って、積分値の絶対値z(T)を取って正負の区別を除去することが好ましい。
【0052】
【数2】

【0053】
図8は、図6に示した変位測定値の積分値を示すものである。縦軸は変位量の積分値(mm)、横軸は時間(秒)を表す。トロリ線が摺り板の局所的凹部に掛かって水平変位する部分は積分により強調され、局所的凹部から解放されて往復振動をする部分は積分により相殺されて小さく表れている。
このようにして得られた水平変位量積分値の絶対値について、適宜の閾値を超えたかどうかを判定して、摺り板局所的凹部の有無を検知することができる。この判定方法は、水平変位量を積分することによって、感度を増大させることができ、振動成分のノイズを除去することができるので、便利である。
【0054】
なお、移動枠における水平変位量積分値の絶対値を算定して使用することにより、偶発的な測定異常の影響や、何らかの原因による水平変位の定常的な偏倚などを排除して、適正な判定を行うことができる。
すなわち、下の式に従い、測定時点Tにおいて、Tから所定の期間Tだけ遡った範囲内で水平変位量x(t)を積分し、その値の絶対値を求めて、得られた値z(T)が経験に基づいて得られた閾値を超えたときに摺り板局所的凹部が存在すると判断する。なお、得られた値は、期間Tで割ることにより移動平均となる。
【0055】
【数3】

【0056】
なお、ポテンショメータ30は、所定の検査区間内に1ヶ所設けても、複数ヵ所に設けてもよい。
本発明のパンタグラフ摺り板の局所的凹部検知方法を用いることにより、試験車両を計測区間で走行させるだけでパンタグラフの摺り板における局所的凹部の存否を検出するので、摺り板の保全作業が大いに簡約化され、効率化されることになった。
【符号の説明】
【0057】
1 トロリ線
2 支柱
3 アーム
4 碍子
5 吊架線
6 ハンガ
7 イヤ
20 屋根
21 碍子
22 台枠
23 パンタグラフ
25 摺り板
25b 段付摩耗(凹部)
25a 非摩耗部
26 舟体
27 枠組
28 舟支え
29 復元バネ
30 ポテンショメータ
31 絶縁ワイヤ(センシングワイヤ)
33 通信線
35 データ処理装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ジグザクに支持されたトロリ線の線路に垂直な水平方向の変位を測定し、
測定された前記変位に基づく値と所定の閾値を比較して、前記変位に基づく値が該閾値を超えたときに前記トロリ線の下の線路を通過した電車のパンタグラフの摺り板に局所的凹部が存在すると判定することを特徴とするパンタグラフ摺り板の局所的凹部検知方法。
【請求項2】
前記測定された変位は、前記トロリ線に対して垂直かつ水平方向に離れた位置に設けられたセンサにより測定されることを特徴とする請求項1記載の局所的凹部検知方法。
【請求項3】
前記変位に基づく値は、前記トロリ線が凹部に拘束されたときに生ずる一方向の変位と、前記トロリ線が前記凹部から解放された後の前記一方向と逆の方向への変位との一方または両方であって、前記一方向の変位は所定の第1閾値と、前記一方向と逆の方向への変位は所定の第2閾値と比較した結果に基づいて、前記局所的凹部の存在を判定することを特徴とする請求項1または2記載のパンタグラフ摺り板の局所的凹部検知方法。
【請求項4】
さらに、前記変位の変化率を算定して所定の第3閾値と比較して、前記判定に加味して前記局所的凹部の存在を判定することを特徴とする請求項3記載のパンタグラフ摺り板の局所的凹部検知方法。
【請求項5】
前記変位に基づく値は、測定された前記変位を積分して絶対値を取った値であって、所定の第4閾値と比較した結果に基づいて、前記局所的凹部の存在を判定することを特徴とする請求項1または2記載のパンタグラフ摺り板の局所的凹部検知方法。
【請求項6】
適宜配置される支柱により線路に沿って線路に垂直な水平方向にジグザグになるように配設されたトロリ線の線路に垂直な水平方向の変位を測定するセンサと、
測定された前記変位に基づく値と所定の閾値を比較して、局所的凹部の存否を判定する処理判定装置と、を備え、
該処理判定装置が、前記測定された変位に基づく値が所定の閾値を超えたときに、前記トロリ線の下の線路を通過した電車のパンタグラフの摺り板に局所的凹部が存在すると判定することを特徴とするパンタグラフ摺り板の局所的凹部検知装置。
【請求項7】
前記処理判定装置は、さらに、前記測定された変位の変化率を算定して、該変化率が所定の変化率閾値を超えたことを確認して、前記電車のパンタグラフの摺り板に局所的凹部が存在することを判定することを特徴とする請求項6記載のパンタグラフ摺り板の局所的凹部検知装置。
【請求項8】
前記変位に基づく値は、測定された前記変位を積分して絶対値を取った値であって、所定の第4閾値と比較した結果に基づいて、前記局所的凹部の存在を判定することを特徴とする請求項6記載のパンタグラフ摺り板の局所的凹部検知装置。
【請求項9】
前記センサは、常時引っ張り力が作用するセンシングワイヤを備え、該センシングワイヤの先端を被測定物に繋ぐと、該被測定物の変位がセンシングワイヤの巻き取り量に変換され、さらに該巻き取り量が出力電圧に変換されて変位測定ができる構成を有する、ワイヤ伸張タイプのポテンショメータであることを特徴とする請求項6から8のいずれか1項に記載のパンタグラフ摺り板の局所的凹部検知装置。
【請求項10】
前記センサは、センサ本体を、前記トロリ線に対して垂直かつ水平方向に離れた位置に設けて、前記センシングワイヤの先端をトロリ線に繋いで測定することを特徴とする請求項9記載のパンタグラフ摺り板の局所的凹部検知装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2011−244664(P2011−244664A)
【公開日】平成23年12月1日(2011.12.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−117042(P2010−117042)
【出願日】平成22年5月21日(2010.5.21)
【出願人】(390021577)東海旅客鉄道株式会社 (413)
【Fターム(参考)】