説明

ブリュースター窓及びレーザ発振器

【課題】レーザ耐性に優れたブリュースター窓を提供する。
【解決手段】レーザ光が直線偏光で発振するようにレーザ共振器の内部に配されるブリュースター窓であって、アルカリ土類金属フッ化物単結晶から成り、表面が平坦化された基板1と、その基板の少なくとも一方の面に形成された多結晶又はアモルファス構造であるフッ化物膜2a,2a’と、を備える。フッ化物膜2a,2a’は、フッ化ガドリニウム、フッ化マグネシウム、フッ化ランタン、フッ化アルミニウム及びクリオライトの何れかでなる。フッ化物膜2b,2b’のようにフッ化物膜を多層膜としても良い。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、エキシマレーザ等のレーザ発振器、及び、そのレーザ発振器に用いられるブリュースター窓に関する。特に、ブリュースター窓のレーザ耐性を向上させる技術に関する。
【背景技術】
【0002】
図5に、エキシマレーザ等の偏光を発振するレーザ発振器200の模式図を示す。レーザ発振器200は、レーザ媒質であるレーザガスが封入されたレーザチャンバ201、レーザチャンバ201の両側に配置された反射鏡202と出力鏡203とからなる共振器を備える。
【0003】
放電用電極207に電圧が印加されるとレーザチャンバ201のレーザ媒質が励起されて、すなわちポンピングされて、自然放出、及び、誘導放出による増幅が可能となる。共振器中の光は、レーザチャンバ201のレーザ媒質を通過するごとに誘電放出により増幅され、反射鏡202と出力鏡203との間で反射を繰り返して定常波を形成する。出力鏡203は入射した光の一部を透過して出力光として外部に出力する。
【0004】
ブリュースター窓205は、レーザチャンバ201のレーザ媒質を透過する光の光軸方向の両端部に設けられる。ブリュースター窓205は、光軸206に対してブリュースター角で交わるように設置された光学基板のことである。ブリュースター窓205に用いられる光学基板として、短波長・高エネルギー光に対する透過性とレーザ耐性に優れた蛍石(CaF)が例えば用いられる。
【0005】
図6に示すように、S偏光(入射面に対して垂直な偏光)の反射率は入射角度が大きくなるに従って大きくなるが、P偏光(入射面に対して平行な偏光)の反射率は入射角度が大きくなるに従って徐々に小さくなり、ある入射角度(この例では56度付近)で0になることが知られている。このP偏光の反射率が0となる入射角度のことを、ブリュースター角という。光学基板をブリュースター角だけ傾けて使用することにより、理想的にはP偏光の透過率が100%となるため、その光学基板には反射防止のためのコーティングが必要ではなくなる。
【0006】
しかし、レーザ発振器200がエキシマレーザのような高出力レーザ装置である場合には、レーザチャンバ201における光の強度が強くなり、ブリュースター窓205に高出力の短波長のレーザが多数回照射されると、損傷が生じてブリュースター窓205が劣化する問題が知られている。
【0007】
この問題を解決するために、光学基板を成すフッ化カルシウム(CaF)を光学研磨して表面を平坦化することにより生じた準ビールビー層をエッチング除去して、それによって露出する凹凸なSSD面に適宜の材料の光学薄膜を形成して、その光学薄膜を再度光学研磨して表面を平坦化することにより、ブリュースター窓205のレーザ耐性を向上させる技術が提供されている(例えば、特許文献1参照。)。この技術は、光学基板を成すフッ化カルシウム(CaF)を光学研磨して表面を平坦化することにより生じた準ビールビー層の光吸収及び発熱に着目したものである。
【特許文献1】特開2006−72364号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1に記載された技術においては、準ビールビー層をエッチング除去したのちに、再度光学研磨をする必要があり手間がかかるという問題があった。
【0009】
この発明は、簡易に構成することができ、レーザ耐性に優れたブリュースター窓及びレーザ発振器を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
この発明によるブリュースター窓は、レーザ光が直進偏光で発振するようにレーザ共振器の内部に配され、アルカリ土類金属フッ化物単結晶から成り、表面が平坦化された基板と、その基板の少なくとも一方の面に形成された多結晶又はアモルファス構造のフッ化物膜とを備える。
【発明の効果】
【0011】
基板をフッ化物膜でコーティングすることにより、ブリュースター窓のレーザ耐性が増す。フッ化物膜は表面が平坦化された基板の面上に設けられるため、フッ化物膜も十分に平坦な面を有するものとなる。このため、フッ化物膜を形成した後の再度の研磨は不要であり、その点で簡易に構成することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
図1Aを参照して、この発明によるブリュースター窓の一実施例について説明をする。図1Aは、この発明によるブリュースター窓の断面を例示する模式図である。
【0013】
ブリュースター窓は、基板1とフッ化物膜2a,2a’から構成される。
基板1は、フッ化カルシウム、フッ化バリウム、フッ化マグネシウム、フッ化ストロンチウム等のアルカリ土類金属フッ化物単結晶から成る。ここでは、そのアルカリ土類金属フッ化物単結晶が、フッ化カルシウム(蛍石、CaF)である場合を例に挙げて説明をする。基板1は、オスカー型研磨機を用いる通常のCMP(Chemical Mechanical Polish/Planarization)の工程によって、平均ラフネスが例えば約2Å以下となるまで平坦化される。
【0014】
基板1の少なくとも一方の面に、多結晶又はアモルファス構造であるフッ化物膜2a,2a’が形成される。例えば、図1Aに例示するように基板1の両面に、単層のフッ化物膜2a,2a’を設ける。フッ化物膜2a,2a’としては、例えば、フッ化マグネシウム(MgF)、フッ化ガドリニウム(GdF)、フッ化ランタン(LaF)、フッ化アルミニウム(AlF)及びクリオライト(NaAlF)等を用いることができる。フッ化物膜2a,2a’として、同じフッ化物を用いてもよいし、異なるフッ化物を用いてもよい。
【0015】
フッ化物膜の厚さは、レーザ光の波長をλとして、レーザ共振器200の内部においてレーザ光がそのフッ化物膜を備えたブリュースター窓を透過する際の光路方向の光学膜厚がλ/2の整数倍となる厚さ、すなわち、フッ化物膜の屈折率をnとして膜面に対して垂直方向の物理膜厚がλ/(2n)の整数倍にブリュースター角の余弦を乗じた大きさとなるようにする。基板1の両面にそれぞれフッ化物膜を形成した場合には、各フッ化物膜の膜面に対して垂直方向の物理膜厚がλ/(2n)の整数倍にブリュースター角の余弦を乗じた大きさとなるようにする。これにより、この発明のブリュースター窓の反射防止の性能を維持することができる。なお、ArFエキシマレーザである場合には、λ=193nmとなる。
【0016】
フッ化物膜の成膜方法は任意である。例えば、イオンビームスパッタリング法や、蒸着法を用いることができる。予め平坦化された基板1に成膜をするため、フッ化物膜も十分に平坦な面を有するものとなる。このため、フッ化物膜を形成した後にブリュースター窓を再度の研磨する必要はない。
【0017】
また、図1Bに例示するように、基板1の両面に、多層膜のフッ化物膜2b,2b’をそれぞれ設けてもよい。図1Bにおいては、フッ化物膜2b,2b’は、二層膜であり、第一層21,21’、第二層22,22’からそれぞれ構成されている。第一層21,21’、第二層22,22’はそれぞれ、図1Aにおけるフッ化物膜2a,2a’と同様に、フッ化マグネシウム(MgF)、フッ化ガドリニウム(GdF)、フッ化ランタン(LaF)、フッ化アルミニウム(AlF)及びクリオライト(NaAlF)等から成る。なお、基板1に近い方から順番に、第一層、第二層、…とする。
【0018】
フッ化物膜2b,2b’を構成する各層の層面に対して垂直方向の物理膜厚はそれぞれλ/(2n)の整数倍にブリュースター角の余弦を乗じた大きさとする。
【0019】
図2に、イオンビームスパッタリング法でフッ化物膜を成膜した場合のブリュースター窓のレーザ耐性を評価した実験結果を示す。具体的には、ArFエキシマレーザを用いてレーザ損傷閾値を比較した実験結果を示す。本実験においては基板1としてフッ化カルシウム(CaF)を用いている。また、ブリュースター角は約56度、レーザの出力エネルギーは9mJ、レーザ波長は193.4nm、サンプル位置での平均エネルギー密度は210mJ/cm、スポットサイズは0.0036cm、サンプル位置での最大エネルギー密度は650〜700mJ/cm、照射周波数は1kHzとした。ここで、サンプル位置での最大エネルギー密度は、入射面に対して垂直にレーザを照射した場合のサンプル位置での最大エネルギー密度である。照射周波数とは、1秒間当たりのレーザの照射回数のことである。
【0020】
図2の横軸はフッ化物膜の材料を示す。「基板単体」はフッ化物膜が形成されていない場合の実験データである。「GdF」は、基板1の両面にそれぞれフッ化ガドリニウム(GdF)から成る、レーザ光照射方向(ブリュースター角沿いの方向)の物理膜厚がλ/(2n)の厚さのフッ化物膜を形成した場合の実験データである。「LaF」は、基板1の両面にそれぞれフッ化ランタン(LaF)から成る、同じくレーザ光照射方向の物理膜厚がλ/(2n)の厚さのフッ化物膜を形成した場合の実験データである。「MgF」は、基板1の両面にそれぞれフッ化マグネシウム(MgF)から成る、同じくレーザ光照射方向の物理膜厚がλ/(2n)の厚さのフッ化物膜を形成した場合の実験データである。「GdF+MgF」は、第一層、第二層をそれぞれレーザ光照射方向の物理膜厚がλ/(2n)の厚さのフッ化マグネシウム(MgF)、λ/(2n)の厚さのフッ化ガドリニウム(GdF)とした場合の実験データである。
【0021】
図2の縦軸は、レーザの照射回数を示す。縦軸の単位は1×10ショットである。「損傷有り」とは、対応するレーザの照射回数で基板1に損傷が生じたことを表す。「損傷無し」とは、対応するレーザの照射回数だけレーザを照射しても基板1に損傷が生じなかったことを表す。図3に、レーザの照射により生じた基板単体の損傷を100倍に拡大した写真を例示する。
【0022】
この実験結果により、フッ化カルシウム(CaF)から成る基板単体のブリュースター窓よりも、基板にフッ化物膜を設けたブリュースター窓の方がレーザ耐性が高いことがわかる。また、フッ化物膜としてフッ化マグネシウム(MgF)を用いた場合のレーザ耐性が高いことがわかる。
【0023】
図4に、蒸着法によりフッ化物膜を成膜したブリュースター窓のレーザ耐性を評価した実験結果を示す。蒸着法により成膜した以外の条件は、上記の実験条件と同じである。この実験結果により、蒸着法で成膜したブリュースター窓においてもレーザ耐性が向上していることがわかる。
【0024】
アルカリ土類金属フッ化物単結晶の基板にフッ化物膜を形成した場合にレーザ耐性を上げることができる理由は以下のように考えることができる。
【0025】
一般に基板の表面は基板の内部と比較して原子の結合状態が弱いことが知られている。結合状態の弱い基板の表面に高いエネルギーを持つレーザを照射した場合、基板の表面の金属原子(基板がフッ化カルシウムである場合にはCa)−フッ素原子間の結合が切れてフッ素原子が脱離する。フッ素原子の脱離により発生したフッ素原子の欠損箇所に電子がトラップされるとイオン結晶中では結晶構造が変化する。原子が周期的に配列している単結晶基板において結晶構造が変化すると、さらに結合状態の弱い部分が表面に発生して、それが次のフッ素原子の欠損の起点となる。この繰り返しにより、フッ素原子が次々に欠損して行き、基板の破壊が生じると考えられる。
【0026】
一方、基板に形成されるフッ化マグネシウム(MgF)、フッ化ガドリニウム(GdF)等のフッ化物膜は、多結晶又はアモルファス構造をしており、単結晶である基板と比較してランダムな配列をして安定化している。このため、膜上に高いエネルギーを持つレーザを照射した場合、基板と同様にフッ素原子の欠損が発生しても、表面に原子の結合状態が弱い部分が発生しにくい。この結果、基板単体と比較してフッ素原子の欠損が抑制されてレーザ耐性が向上すると考えられる。
【0027】
この発明によるブリュースター窓を用いたレーザ発振器を構成するためには、図5を参照して背景技術で説明したレーザ発振器200のブリュースター窓205に代えて、この発明によるブリュースター窓を用いればよい。
【0028】
[変形例等]
フッ化物膜を三層で構成する場合には、例えば、フッ化物膜の第一層をフッ化マグネシウム(MgF)、第二層をフッ化ガドリニウム(GdF)、第三層をフッ化マグネシウム(MgF)とするのが好ましい。
【0029】
基板1の一方の面のみに、フッ化物膜を形成してもよい。
【0030】
基板1の両方の面にそれぞれフッ化物膜を形成する場合に、基板1の一方の面に形成されるフッ化物膜の層の数と、基板1の他方の面に形成されるフッ化物膜の層の数とが異なっていてもよい。
【0031】
基板1の面のすべてをフッ化物膜で覆う必要はない。すなわち、基板1の面のうちレーザが透過する部分についてのみフッ化物膜を形成すればよい。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】この発明によるブリュースター窓の一実施例の断面の例示する模式図。Aは、基板の両面に単層のフッ化物膜を形成したブリュースター窓の一実施例の断面を例示する模式図。Bは、基板の両面に二層のフッ化物膜を形成したブリュースター窓の一実施例の断面を例示する模式図。
【図2】イオンビームスパッタリング法によりフッ化物膜を成膜したブリュースター窓のレーザ耐性を評価した実験結果を示す図。
【図3】レーザの照射により生じた基板の損傷例を表す図。
【図4】蒸着法によりフッ化物膜を成膜したブリュースター窓の実験結果を示す図。
【図5】レーザ発振器200の模式図。
【図6】S偏光とP偏光の各入射角度における反射率を表すグラフ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
レーザ光が直進偏光で発振するようにレーザ共振器の内部に配されるブリュースター窓であって、
アルカリ土類金属フッ化物単結晶から成り、表面が平坦化された基板と、
その基板の少なくとも一方の面に形成された多結晶又はアモルファス構造のフッ化物膜と、
を備えることを特徴とするブリュースター窓。
【請求項2】
請求項1に記載のブリュースター窓において、
上記フッ化物膜は、フッ化ガドリニウム、フッ化マグネシウム、フッ化ランタン、フッ化アルミニウム及びクリオライトの何れかで成る、
ことを特徴とするブリュースター窓。
【請求項3】
請求項1に記載のブリュースター窓において、
上記フッ化物膜は多層膜とされ、その多層膜の各層はフッ化ガドリニウム、フッ化マグネシウム、フッ化ランタン、フッ化アルミニウム及びクリオライトの何れかで成る、
ことを特徴とするブリュースター窓。
【請求項4】
請求項3に記載のブリュースター窓において、
上記多層膜の第一層は、フッ化マグネシウムで成る、
ことを特徴とするブリュースター窓。
【請求項5】
請求項1又は2の何れかに記載のブリュースター窓において、
上記ブリュースター窓を透過するレーザ光の波長をλとして、上記フッ化物膜の、そのレーザ光の透過する方向の光学膜厚は、λ/2の整数倍である、
ことを特徴とするブリュースター窓。
【請求項6】
請求項3又は4の何れかに記載のブリュースター窓において、
上記ブリュースター窓を透過するレーザ光の波長をλとして、上記多層膜の各層の、そのレーザ光の透過する方向の光学膜厚は、λ/2の整数倍である、
ことを特徴とするブリュースター窓。
【請求項7】
請求項1から6の何れかに記載のブリュースター窓において、
上記アルカリ土類金属フッ化物単結晶がフッ化カルシウムとされている、
ことを特徴とするブリュースター窓。
【請求項8】
請求項1から7の何れかに記載のブリュースター窓を備えることを特徴とするレーザ発振器。

【図1】
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【図2】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−141239(P2009−141239A)
【公開日】平成21年6月25日(2009.6.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−318009(P2007−318009)
【出願日】平成19年12月10日(2007.12.10)
【出願人】(000231073)日本航空電子工業株式会社 (1,081)
【Fターム(参考)】