説明

マイクロチップ、マイクロチップデバイス及びマイクロチップを用いた蒸発操作方法

【課題】液相の蒸発操作をマイクロチップ上の操作として集積化できるマイクロチップを提供する。
【解決手段】内部に気相の流路13を有するマイクロチップ10において、流路13の底部のプール部12に毛管力を利用して液相を分散させると共に、分散させた液相を溜め、プール部12に溜められた液相の少なくとも一部を蒸発させる。毛管力を利用することで、マイクロチップ10内の流路13の底部のプール部12に液相を分散させ、溜めることができる。しかも、蒸発操作のために流路13に気相を流したり、流路を真空引きしたりしても、プール部12に溜まった液相が表面張力によってプール部12にとどまる。このため、マイクロチップ10内での高効率での蒸発操作が実現できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、蒸発操作を行うことができるマイクロチップ及びマイクロチップデバイスに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、微小空間の特徴を生かしたマイクロ化学システムの検討が各種の領域において進められており、混合、抽出、相分離などの複数の単位操作を組み合わせた非常に高効率なマイクロ化学システムが構築されつつある。
【0003】
このようなマイクロ化学システムにおいて、反応操作に関しても、微小な反応流路内で行うことが提案されている。微小な反応流路を用いて化学反応を行う場合、マイクロチップに微小な流路を形成し、その流路内で試料流体を混合して化学反応を行わせる。この場合のマイクロチップは通常、厚さ数mm程度の薄い基板に流路が形成されたものである。利点としては除熱に優れ、温度制御が容易であること、使用する試料流体や反応溶媒の量が少量ですむことなどが挙げられる。
【0004】
また、近年、多段階の反応操作をマイクロチップ内に集積化して行うことが試みられている。そのような応用例として、PET(ポジトロン放出断層撮影法,Positron emission tomography)に用いられる放射性薬剤の合成がある。放射性薬剤の合成は通常多段階で実施される。放射性前駆体が液体の場合、水溶液の形で供給されるが、有機反応は水をきらう無水反応であることが多く、有機反応を行わせるためには、水溶液を有機溶媒溶液に交換しなければならない。また、人体などに投与する薬剤は最終的に水溶液であるので、再び、有機溶媒溶液から水溶液に交換する必要がある。
【0005】
これらの溶媒交換は、一般的に蒸発操作による溶媒除去の後、交換したい溶媒を導入して行われる。しかし、この蒸発操作については、マイクロチップ内での実施は難しい。従来技術では通常の容器内で蒸発操作を行い、マイクロチップ内での実施はしていなかった。
【0006】
放射性薬剤のマイクロチップを用いた合成例は、特許文献1及び特許文献2に示されているが、どちらの例でもチップ内で行っているのは反応操作のみであり、蒸発操作は行っていない。全ての工程をチップ上に集積化することはできていない。
【0007】
放射性薬剤の全ての工程をマイクロチップ内に集積化する初めての試みが非特許文献1に発表されている。この合成例では、蒸発操作は気体透過膜を介した操作となるため、微量の液体であるにもかかわらず、蒸発に時間がかかり、効率的な蒸発操作が実施できていない。
【0008】
この例のように放射性薬剤の合成はバッチ合成であり、マイクロチップ内にバッチ量を溜める必要がある。しかし、マイクロチップ内の空間は重力よりも表面張力が支配的な領域となるため、気体透過膜などを用いなければ、バッチ量を通常のマイクロチップ内空間に分散させ、溜めることが困難である。
【0009】
また、放射性薬剤の合成において、液相の蒸発操作によって目的物質を蒸留して、次反応に移送させる操作がある。しかしながら、これらの操作に関してはチップ内で実施された例はない。
【0010】
マイクロチップ内の蒸発操作の試みとしては、特許文献3に記載される方法が提案されている。この蒸発操作方法においては、図5に示されるように、気相の流路2と液相の流路3を非対称に加工したマイクロチップ1を用いている。そして、気相及び液相を非対称の流路2,3に流し、気相と液相の界面4から液相を蒸発させる。しかし、液相を流せる安定流量域が0.1μL/min程度に限られ、液相の濃縮に時間がかかってしまうという問題がある。また、流路3に液相を流しながら濃縮させる蒸発操作であるから、放射性薬剤の合成などのバッチ合成には適さない。
【特許文献1】特表2005−520827号公報
【特許文献2】特表2006−527367号公報
【特許文献3】国際公開WO2003/076038号のパンフレット
【非特許文献1】SCIENCE VOL310 16 DECEMBER 2005
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
このように、従来はマイクロチップ内では、液相の蒸発操作を効率良く行うことが実現できていない。
【0012】
出願人は、図6に示されるように、マイクロチップ内空間6の底部に液相7を分散させ、液相7の上方に気相を流すことで、液相7を蒸発させることを試みた。しかし、マイクロ空間は重力よりも表面張力が支配する。このため、図7に示されるように、マイクロチップ内空間6にバルク状に液相7が溜まってしまう(すなわち、マイクロチップの流路の底面から天井まで液相7が繋がってしまう)。マイクロチップの流路に気相を流してみても、液相がバルク状を保ったまま移動するだけであり、液相を蒸発させることができなかった。
【0013】
この発明は、上記のような問題点を解決するためになされたものであり、液相の蒸発操作をマイクロチップ上の操作として集積化することを課題としている。より具体的には、放射性薬剤の合成のような蒸発操作を含む多段階合成操作を行うための新しいマイクロチップ及びマイクロチップデバイスと、マイクロチップを用いた蒸発操作方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記課題を解決するために、請求項1に記載の発明は、内部に気相の流路を有するマイクロチップにおいて、前記気相の流路の底部のプール部に毛管力を利用して液相を分散させると共に、分散させた液相を溜め、前記プール部に溜められた液相の少なくとも一部を蒸発させるマイクロチップである。
【0015】
請求項2に記載の発明は、請求項1に記載のマイクロチップにおいて、前記プール部は、前記気相の流路の底面に形成される溝からなることを特徴とする。
【0016】
請求項3に記載の発明は、請求項2に記載のマイクロチップにおいて、前記溝は、並列に配列された複数本の溝からなることを特徴とする。
【0017】
請求項4に記載の発明は、請求項2又は3に記載のマイクロチップにおいて、前記マイクロチップは、前記溝が加工される基板と、基板の上面に設けられる側壁と、側壁の上面に設けられる蓋と、を備え、前記基板、前記側壁及び前記蓋によって、前記気相の流路が構成されることを特徴とする。
【0018】
請求項5に記載の発明は、請求項1ないし4のいずれかに記載のマイクロチップにおいて、前記液相は、溶質が溶媒に溶けた溶液からなり、前記プール部に溜められた前記溶媒を蒸発させ、前記溶質を前記プール部に乾固させることを特徴とする。
【0019】
請求項6に記載の発明は、請求項1ないし5のいずれかに記載のマイクロチップにおいて、前記液相に極性溶媒を用いる場合、前記気相の流路の少なくとも一部に疎水処理をすることを特徴とする。
【0020】
請求項7に記載の発明は、請求項1ないし6のいずれかに記載のマイクロチップにおいて、前記液相に極性溶媒を用いる場合、前記プール部の少なくとも一部に親水処理をすることを特徴とする。
【0021】
請求項8に記載の発明は、請求項1ないし5のいずれかに記載のマイクロチップにおいて、前記液相に無極性溶媒を用いる場合、前記気相の流路の少なくとも一部に親水処理をすることを特徴とする。
【0022】
請求項9に記載の発明は、請求項1ないし5および8のいずれかに記載のマイクロチップにおいて、前記液相に無極性溶媒を用いる場合、前記プール部の少なくとも一部に疎水処理をすることを特徴とする。
【0023】
請求項10に記載の発明は、内部に気相の流路を有し、前記気相の流路の底部のプール部に毛管力を利用して液相を分散させると共に、分散させた液相を溜め、前記プール部に溜められた液相の少なくとも一部を蒸発させるマイクロチップと、気相を前記気相の流路に、液相を前記プール部に導くための導入路と、気相を前記気相の流路から、液相を前記プール部から排出するための排出路と、を備えるマイクロチップデバイスである。
【0024】
請求項11に記載の発明は、請求項10に記載のマイクロチップデバイスにおいて、前記プール部は、前記気相の流路の底面に形成される溝からなることを特徴とする。
【0025】
請求項12に記載の発明は、請求項10又は11に記載のマイクロチップデバイスにおいて、前記マイクロチップデバイスはさらに、前記マイクロチップの前記導入路に気相又は液相を供給する流体制御機構を備え、前記気相の流路に気相を流しながら、前記プール部に溜められた液相を蒸発させることを特徴とする。
【0026】
請求項13に記載の発明は、請求項10又は11に記載のマイクロチップデバイスにおいて、前記マイクロチップデバイスはさらに、前記マイクロチップの少なくとも一部を加熱する加熱機構を備え、前記マイクロチップの少なくとも一部を加熱しながら、前記プール部に溜められた液相を蒸発させることを特徴とする。
【0027】
請求項14に記載の発明は、請求項10又は11に記載のマイクロチップデバイスにおいて、前記マイクロチップデバイスはさらに、前記マイクロチップの前記気相の流路内の気相を吸引する真空吸引機構を備え、前記気相の流路内の気相を吸引しながら、前記プール部に溜められた液相を蒸発させることを特徴とする。
【0028】
請求項15に記載の発明は、内部に気相の流路を有し、前記気相の流路の底部のプール部に毛管力を利用して液相を分散させると共に、分散させた液相を溜めるマイクロチップを用い、前記プール部に溜められた液相の少なくとも一部を蒸発させるマイクロチップを用いた蒸発操作方法である。
【0029】
請求項16に記載の発明は、請求項15に記載のマイクロチップを用いた蒸発操作方法において、前記プール部は、前記気相の流路の底面に形成される溝からなることを特徴とする。
【0030】
請求項17に記載の発明は、請求項15又は16に記載のマイクロチップを用いた蒸発操作方法において、前記気相の流路に気相を導入し、前記気相の流路に気相を流しながら、前記プール部に溜められた液相を蒸発させることを特徴とする。
【0031】
請求項18に記載の発明は、請求項15又は16に記載のマイクロチップを用いた蒸発操作方法において、前記マイクロチップの少なくとも一部を加熱しながら、前記プール部に溜められた液相を蒸発させることを特徴とする。
【0032】
請求項19に記載の発明は、請求項15又は16に記載のマイクロチップを用いた蒸発操作方法において、前記マイクロチップの前記気相の流路内の気相を吸引しながら、前記プール部に溜められた液相を蒸発させることを特徴とする。
【0033】
請求項20に記載の発明は、内部に気相の流路を有し、前記気相の流路の底部のプール部に毛管力を利用して液相を分散させると共に、分散させた液相を溜めるマイクロチップを用い、前記プール部に溜められた放射性化学物質溶液を蒸発させるマイクロチップを用いた放射性化学物質溶液の製造方法である。
【0034】
請求項21に記載の発明は、内部に気相の流路を有し、前記気相の流路の底部のプール部に毛管力を利用して液相を分散させると共に、分散させた液相を溜めるマイクロチップを用い、前記プール部に溜められた放射性化学物質溶液を蒸発乾固させるマイクロチップを用いた放射性化学物質溶液の製造方法である。
【0035】
請求項22に記載の発明は、内部に気相の流路を有し、前記気相の流路の底部のプール部に毛管力を利用して液相を分散させると共に、分散させた液相を溜めるマイクロチップを用い、前記プール部に溜められた放射性化学物質溶液より溶媒を除去するマイクロチップを用いた放射性化学物質溶液の製造方法である。
【0036】
請求項23に記載の発明は、請求項22に記載のマイクロチップを用いた放射性化学物質溶液の製造方法において、前記プール部に新たに溶媒又は溶液を導入し、前記プール部に溜められた放射性化学物質を溶媒交換することを特徴とする。
【0037】
請求項24に記載の発明は、請求項22に記載のマイクロチップを用いた放射性化学物質溶液の製造方法において、前記プール部に新たに溶液を導入し、前記プール部に溜められた放射性化学物質と新たに導入された前記溶液とを反応させることを特徴とする。
【0038】
請求項25に記載の発明は、内部に気相の流路を有し、前記気相の流路の底部のプール部に毛管力を利用して液相を分散させると共に、分散させた液相を溜めるマイクロチップを用い、前記プール部に溜められた放射性化学物質溶液を蒸留させるマイクロチップを用いた放射性化学物質溶液の製造方法である。
【発明の効果】
【0039】
本発明によれば、毛管力を利用することで、マイクロチップ内の気相の流路の底部のプール部に液相を分散させ、溜めることができる。しかも、蒸発操作のために気相の流路に気相を流したり、流路を真空引きしたりしても、プール部に溜まった液相が表面張力によってプール部にとどまる。マイクロチップ内での高効率での蒸発操作が実現できるので、溶媒交換あるいは蒸留操作などの蒸発操作を伴う工程を、マイクロチップ上に集積化することが可能になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0040】
以下、発明の実施形態を説明する。本実施形態においては、マイクロチップの気相の流路の底面に形成した溝に毛管力を利用して液相を分散させ、溝に液相を溜めて蒸発操作を行うことを基本操作としている。この蒸発操作は、マイクロチップの気相の流路(マイクロチャンネル)という微小な限定空間内での蒸発操作となり、マイクロチップ内に液相を分散させることにより、比界面積が大きく、蒸発速度が速いという原理的な特徴を有している。
【0041】
図1は、本発明の一実施形態のマイクロチップ10の概念図である。たとえば、ガラス、セラミックス、シリコン、あるいは樹脂製の基板11の上面には、プール部として、微細加工によって複数の微細加工溝12が形成されている。この微細加工溝12は、例えばドリルによる加工、レーザ加工、エッチング加工などによって形成される。微細加工溝12は一定の間隔で並列に配列される。この微細加工溝12に、毛管力によって液相が導入される。そして、マイクロチップ10内の空間の液相の上には、気相が導入される。
【0042】
微細加工溝12の大きさや長さについては特に限定はないが、マイクロチップ10上のマイクロ化学システムを構成し、毛管作用を発揮する適宜な設定とする。例えば微細加工溝12の流れ方向に直交する断面についてみると、その幅は、500μm以下、深さは700μm以下程度を実際的な目安とすることができる。
【0043】
マイクロチップ10は、内部に気相の流路13を有する。微細加工溝12が形成されている基板11上には、側壁である中板14が設けられる。中板14の上面には、蓋であるカバー上板15が設けられる。これら基板11、中板14、カバー上板15によって気相の流路13が形成される。カバー上板15は、気相が導入される流路13の上に配置されて、気相及び液相が散逸されないようにしている。
【0044】
液相は毛管作用により微細加工溝12にとどまり、マイクロチップ10内に分散される。このため、排出路に気体透過膜を設置しなくても、液相が気相の排出路から排出されることはない。微細加工溝12において液相の少なくとも一部が蒸発し、気相の排出路より排出されるが、気体透過膜が設置されている場合でも、液相により気体透過膜を塞ぐことがないため、効率的な蒸発操作が達成される。
【0045】
図2は、本発明の一実施形態のマイクロチップデバイスの概念図である。気相の導入路と液相の導入路18、並びに気相の排出路と液相の排出路19がマイクロチップ10上に配置されている。気相と液相の導入路、排出路が同じ場合や、液相の導入路と排出路が同じである場合などもある。
【0046】
蒸発操作は、少なくともマイクロチップ10の一部を加熱して行う。このような加熱のための機構としては、各種のものが考慮されるが、デバイス構成及び加熱操作性の観点からは、微細加工溝12を設けた基板11の背面部(すなわち基板11の底面)あるいはカバー上板15の表面部などに加熱機構であるヒータ20を設けることが好適である。
【0047】
蒸発操作には、マイクロチップ10の流路13に気相を流しながら行うこと、あるいは、マイクロチップ10の流路13を真空ポンプ等の真空吸引機構21によって減圧して行うことなどが考えられる。
【0048】
気相や液相の導入は、シリンジポンプやガス圧ポンプなどの流体制御機構22を用いて行う。気相には、例えばHeを用いる。流体制御機構22は、マイクロチップ10の流路13に流すHeの量を調整する。液相の導入量は、効率的な蒸発操作の達成のためには、微細加工溝12の容量以下とすることが好ましいが、微細加工溝12の容量より大きくしても液相が排出路より排出されることがなく、蒸発操作を行うことが可能である。あるいは、液相の導入速度を調整することによって、常に微細加工溝12の容量内に液相が収まるようにしながら、連続的に蒸発操作を行うことも可能である。
【0049】
マイクロチップ10の流路13に気相を流しながら行う蒸発操作は、例えば以下のように行われる。まず、流体制御機構22は液相の導入路18からマイクロチップ10の流路13に液相を供給する。流路13に供給された液相は、毛管現象によって流路13の底面の微細加工溝12を流れ、流路13の底部に分散する。微細加工溝12に液相が溜まったならば、流体制御機構22は、液相の供給を停止し、液相の上部の空間に気相を流す。気相を流すと、液相が蒸発する。液相の蒸発分は、気相と共に気相の排出路19から排出される。蒸発が進行すると、液相中の溶質が乾固し、微細加工溝12の表面をコーティングする。溶媒交換したいときには、新たな溶媒を流路13に導入し、乾固した溶質を溶媒に溶解させればよい。溶媒交換後の液相を取り出すためには、流路13の全体を液相で満たす。
【0050】
以上のように、マイクロチップ10上での高効率での蒸発操作が実現されるため、溶媒交換あるいは蒸留操作などの蒸発操作を伴う工程の集積化が可能となる。
【0051】
本実施形態のマイクロチップ10は、マイクロ化学システムの蒸発操作に用いることができるが、特に、PETに用いられるFDG(18F-fluorodeoxy glucose)などの放射性化学物質溶液の合成に好適に用いることができる。放射性化学物質溶液の合成は通常多段階で実施される。放射性前駆体が液体の場合、水溶液の形で供給されるが、有機反応(特に標識反応)は水をきらう無水反応であることが多く、有機反応を行わせるためには、水溶液を有機溶媒溶液に交換しなければならない。また、人体などに投与する薬剤は最終的に水溶液であるので、再び、有機溶媒溶液から水溶液に交換する必要がある。これらの溶媒交換は、微細加工溝12における蒸発操作による溶媒除去の後、交換したい溶液を微細加工溝12に導入して行われる。溶媒交換後に加熱すれば、放射性化学物質溶液の溶質と反応させることができる。本実施形態のマイクロチップ10を用いれば、放射性化学物質溶液の合成のための溶媒交換がマイクロチップ10上で可能になる。
【0052】
また、微細加工溝12における放射性化学物質溶液の蒸留操作の後、蒸留した気体を溶媒又は溶液に回収して放射性化学物質溶液を得てもよい。
【0053】
図3は、微細加工溝12の断面形状の他の例を示す。微細加工溝12の断面形状は、図3(a)に示されるように円形状でもよいし、図3(b)に示されるように四角形状でもよいし、図3(c)に示されるように三角形状でもよい。ただし、毛管現象によって液相を分散させることができる寸法である必要がある。
【0054】
なお、液相に極性溶媒を用いる場合、気相の流路13に疎水処理をし、プール部である微細加工溝12に親水処理をし、液相が気相の流路13に行かないようにしてもよい。また、液相に無極性溶媒を用いる場合、気相の流路13に親水処理をし、プール部である微細加工溝12に疎水処理をし、液相が気相の流路13に行かないようにしてもよい。親水処理には、サンドブラスト処理、酸素プラズマ処理、酸化チタン粒子による超親水処理などを挙げることができ、疎水処理には、フッ素コート、ODS(OctaDecylSilyl)等のシランカップリング剤による表面処理などを挙げることができる。
【実施例】
【0055】
以下に実施例を示し、マイクロチップ10をさらに詳しく説明する。勿論、以下の実施例によって発明が限定されることはない。
【0056】
図4は、マイクロチップ10の分解図を示す。マイクロチップ10は、溝加工が施された基板11と、流路13並びに流路13に気相及び液相を供給する供給路23が加工された中板14と、液相及び気相の供給口24,25、並びに液相及び気相の排出口26が加工されたカバー上板15と、から構成される。
【0057】
基板11に加工された微細加工溝12は、幅500μm、深さ700μmである。微細加工溝12は途中で分岐し、並列に配列された平行な複数本の溝12aになる。溝12aも幅500μm、深さ700μmである。溝12aの端部には、溝12aよりも深いザグリ穴27が開けられる。複数本の溝12aの平面形状は、平行以外にジグザグ状や蛇行状であってもよい。
【0058】
中板14には、流路13並びに流路13に気相及び液相を供給する供給路23が加工される。流路13の平面形状は溝12aの平面形状にほぼ一致する。中板14の厚さ(側壁の高さ)は、微細加工溝12の深さよりも大きい。また、供給路23の幅や深さは、微細加工溝12の幅や深さよりも大きい。
【0059】
カバー上板15には、液相の供給口24及び気相の供給口25が加工される。液相の供給口24は一対の気相の供給口25に挟まれる。液相と気相は、同じ供給路23を通った後、流路13に供給される。液相の供給口24が一対の気相の供給口25に挟まれるので、液相は気相に挟まれたような状態で流路13に供給される。流路13に導入された気相は排出口26から排出される。反応後の液相も排出口26から排出される。この実施例では、気相の排出口26と液相の排出口を兼用している。
【0060】
図4に例示した底面に幅500μm、深さ700μmの溝加工を施したマイクロチップ10を用いて液相の蒸発に要する時間を評価した。比較として溝加工を施していないマイクロチップを用いて同様の操作を行った。液相としてアセトニトリル/水の1:1溶液200μLを用いた。気相には窒素ガスを使用した。
【0061】
マイクロチップ10の液相の供給口24からアセトニトリル/水溶液を導入し、微細加工溝12に溜めた。マイクロチップ10の上面及び下面にヒータを設置して、その設定温度を120℃にして、気相の供給口25より窒素ガスを100mL/minで流しながら蒸発操作を行った。蒸発操作は1分以内で完了した。
【0062】
同様の評価を溝加工のないマイクロチップを用いて実施した。液相の導入路よりアセトニトリル/水溶液を導入したが、溶液はバルク状に供給され、液相が排出路から排出されてしまい、マイクロチップ内に液相を溜めることができなかった。次に、排出路に気体透過膜を設置し、アセトニトリル/水溶液を導入し、マイクロチップ内にとどめた。同様の条件において蒸発操作を行ったところ、操作完了におよそ7分を要した。
【図面の簡単な説明】
【0063】
【図1】本発明の一実施形態のマイクロチップの概念図
【図2】本発明の一実施形態のマイクロチップデバイスの概念図
【図3】微細加工溝の変形例を示す図
【図4】実施例のマイクロチップの分解図(図中(a)はカバー上板を示し、図中(b)は中板を示し、図中(c)は基板を示す)
【図5】従来の蒸発操作方法に用いられるマイクロチップを示す図(図中(a)は気相と液相の流路の平面図を示し、図中(b)は気相と液相の流路の断面図を示す)
【図6】マイクロチップ内流路の底部に液相が理想的に溜められた状態を示す図
【図7】マイクロチップ内流路にバルク状に溜まった液相を示す図
【符号の説明】
【0064】
10…マイクロチップ
11…基板
12…微細加工溝(溝、プール部)
12a…溝(プール部)
13…流路
14…中板(側壁)
15…カバー上板(蓋)
18…導入路
19…排出路
20…ヒータ(加熱機構)
21…真空吸引機構
22…流体制御機構

【特許請求の範囲】
【請求項1】
内部に気相の流路を有するマイクロチップにおいて、
前記気相の流路の底部のプール部に毛管力を利用して液相を分散させると共に、分散させた液相を溜め、
前記プール部に溜められた液相の少なくとも一部を蒸発させるマイクロチップ。
【請求項2】
前記プール部は、前記気相の流路の底面に形成される溝からなることを特徴とする請求項1に記載のマイクロチップ。
【請求項3】
前記溝は、並列に配列された複数本の溝からなることを特徴とする請求項2に記載のマイクロチップ。
【請求項4】
前記マイクロチップは、前記溝が加工される基板と、基板の上面に設けられる側壁と、側壁の上面に設けられる蓋と、を備え、
前記基板、前記側壁及び前記蓋によって、前記気相の流路が構成されることを特徴とする請求項2又は3に記載のマイクロチップ。
【請求項5】
前記液相は、溶質が溶媒に溶けた溶液からなり、
前記プール部に溜められた前記溶媒を蒸発させ、前記溶質を前記プール部に乾固させることを特徴とする請求項1ないし4のいずれかに記載のマイクロチップ。
【請求項6】
前記液相に極性溶媒を用いる場合、前記気相の流路の少なくとも一部に疎水処理をすることを特徴とする請求項1ないし5のいずれかに記載のマイクロチップ。
【請求項7】
前記液相に極性溶媒を用いる場合、前記プール部の少なくとも一部に親水処理をすることを特徴とする請求項1ないし6のいずれかに記載のマイクロチップ。
【請求項8】
前記液相に無極性溶媒を用いる場合、前記気相の流路の少なくとも一部に親水処理をすることを特徴とする請求項1ないし5のいずれかに記載のマイクロチップ。
【請求項9】
前記液相に無極性溶媒を用いる場合、前記プール部の少なくとも一部に疎水処理をすることを特徴とする請求項1ないし5および8のいずれかに記載のマイクロチップ。
【請求項10】
内部に気相の流路を有し、前記気相の流路の底部のプール部に毛管力を利用して液相を分散させると共に、分散させた液相を溜め、前記プール部に溜められた液相の少なくとも一部を蒸発させるマイクロチップと、
気相を前記気相の流路に、液相を前記プール部に導くための導入路と、
気相を前記気相の流路から、液相を前記プール部から排出するための排出路と、
を備えるマイクロチップデバイス。
【請求項11】
前記プール部は、前記気相の流路の底面に形成される溝からなることを特徴とする請求項10に記載のマイクロチップデバイス。
【請求項12】
前記マイクロチップデバイスはさらに、
前記マイクロチップの前記導入路に気相又は液相を供給する流体制御機構を備え、
前記気相の流路に気相を流しながら、前記プール部に溜められた液相を蒸発させることを特徴とする請求項10又は11に記載のマイクロチップデバイス。
【請求項13】
前記マイクロチップデバイスはさらに、
前記マイクロチップの少なくとも一部を加熱する加熱機構を備え、
前記マイクロチップの少なくとも一部を加熱しながら、前記プール部に溜められた液相を蒸発させることを特徴とする請求項10又は11に記載のマイクロチップデバイス。
【請求項14】
前記マイクロチップデバイスはさらに、
前記マイクロチップの前記気相の流路内の気相を吸引する真空吸引機構を備え、
前記気相の流路内の気相を吸引しながら、前記プール部に溜められた液相を蒸発させることを特徴とする請求項10又は11に記載のマイクロチップデバイス。
【請求項15】
内部に気相の流路を有し、前記気相の流路の底部のプール部に毛管力を利用して液相を分散させると共に、分散させた液相を溜めるマイクロチップを用い、
前記プール部に溜められた液相の少なくとも一部を蒸発させるマイクロチップを用いた蒸発操作方法。
【請求項16】
前記プール部は、前記気相の流路の底面に形成される溝からなることを特徴とする請求項15に記載のマイクロチップを用いた蒸発操作方法。
【請求項17】
前記気相の流路に気相を導入し、前記気相の流路に気相を流しながら、前記プール部に溜められた液相を蒸発させることを特徴とする請求項15又は16に記載のマイクロチップを用いた蒸発操作方法。
【請求項18】
前記マイクロチップの少なくとも一部を加熱しながら、前記プール部に溜められた液相を蒸発させることを特徴とする請求項15又は16に記載のマイクロチップを用いた蒸発操作方法。
【請求項19】
前記マイクロチップの前記気相の流路内の気相を吸引しながら、前記プール部に溜められた液相を蒸発させることを特徴とする請求項15又は16に記載のマイクロチップを用いた蒸発操作方法。
【請求項20】
内部に気相の流路を有し、前記気相の流路の底部のプール部に毛管力を利用して液相を分散させると共に、分散させた液相を溜めるマイクロチップを用い、
前記プール部に溜められた放射性化学物質溶液を蒸発させるマイクロチップを用いた放射性化学物質溶液の製造方法。
【請求項21】
内部に気相の流路を有し、前記気相の流路の底部のプール部に毛管力を利用して液相を分散させると共に、分散させた液相を溜めるマイクロチップを用い、
前記プール部に溜められた放射性化学物質溶液を蒸発乾固させるマイクロチップを用いた放射性化学物質溶液の製造方法。
【請求項22】
内部に気相の流路を有し、前記気相の流路の底部のプール部に毛管力を利用して液相を分散させると共に、分散させた液相を溜めるマイクロチップを用い、
前記プール部に溜められた放射性化学物質溶液より溶媒を除去するマイクロチップを用いた放射性化学物質溶液の製造方法。
【請求項23】
前記プール部に新たに溶媒又は溶液を導入し、前記プール部に溜められた放射性化学物質を溶媒交換することを特徴とする請求項22に記載のマイクロチップを用いた放射性化学物質溶液の製造方法。
【請求項24】
前記プール部に新たに溶液を導入し、前記プール部に溜められた放射性化学物質と新たに導入された前記溶液とを反応させることを特徴とする請求項22に記載のマイクロチップを用いた放射性化学物質溶液の製造方法。
【請求項25】
内部に気相の流路を有し、前記気相の流路の底部のプール部に毛管力を利用して液相を分散させると共に、分散させた液相を溜めるマイクロチップを用い、
前記プール部に溜められた放射性化学物質溶液を蒸留させるマイクロチップを用いた放射性化学物質溶液の製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate


【公開番号】特開2009−106916(P2009−106916A)
【公開日】平成21年5月21日(2009.5.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−285012(P2007−285012)
【出願日】平成19年11月1日(2007.11.1)
【出願人】(000004123)JFEエンジニアリング株式会社 (1,044)
【出願人】(591243103)財団法人神奈川科学技術アカデミー (271)
【上記1名の代理人】
【識別番号】100112140
【弁理士】
【氏名又は名称】塩島 利之
【Fターム(参考)】