説明

マルチフェロイックナノスケール薄膜材料、その簡便な合成方法および室温における磁気電気結合

マルチフェロイック薄膜材料の製造方法。その方法は、マルチフェロイック前駆体溶液を提供する工程、その前駆体溶液をスピンキャスティングしてスピンキャスト膜を製造する工程、およびそのスピンキャスト膜を加熱する工程を有する。前駆体溶液は、ビスマスフェライト膜を製造するために、エチレングリコール中にBi(NO3)3o5H2OおよびFe(NO3)3o9H2Oを含有していてもよい。さらに、薄膜は、情報保存のための記憶デバイスを含む様々な技術分野において利用されうる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
(関連出願の相互参照)
本願は、2009年5月18日に出願された米国仮出願第61/179,214号の利益を主張し、その内容は参照によって組み込まれる。
(発明の技術分野)
本発明は、マルチフェロイック薄膜材料に関し、より特定的には前記材料の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
(関連技術の説明)
マルチフェロイクスについての研究は、最近、材料科学において最も興味深いフロンティアの一つとして浮上している。マルチフェロイクスは磁電性要素であり、その共存する特有の電気秩序および磁気秩序の結合ために、多機能材料の設計および合成における潜在的な用途を有する。磁気分極は電界の適用により切り替えることができ、かつ、強誘電分極は磁界の適用により切り替えることができる。そのため、マルチフェロイクスは新規なデバイス概念の考案においてのみならず、基礎物理学の研究においても重要な材料である。これらの化合物は磁性かつ強誘電性のデバイスの機会を提供するばかりでなく、変調した光学特性、磁電性かつマルチフェロイックな共鳴装置、移相器、先進的なマイクロ波およびミリ波応用のための遅延線およびフィルタ、磁場変動および磁場監視のための検出器、情報保存、スピントロニクス分野の新興分野、およびセンサを含む潜在的な用途の基礎となり得る。
【0003】
マルチフェロイクスにおける磁気電気結合の挙動は最も重要である。多くのマルチフェロイクスの中でも、ビスマスフェライト(BiFeO3)は室温でマルチフェロイズム(multiferroism)を示す唯一の材料として知られており、かなりの注目を集めている。BiFeO3薄膜における磁気電気結合は、従来開発されてこなかった。マルチフェロイックBiFeO3薄膜における室温での磁区構造の電気的制御は、2006年に最初に見出された。しかしながら、磁界により切り替えられた強誘電分極はこれまでに報告されていない。
【0004】
BiFeO3を含め、マルチフェロイック化合物の使用方法がこれまでに発見されており、マルチフェロイック薄膜を合成する異なる方法、例えば、パルスレーザー蒸着(PLD)、液相エピタキシー、ゾル−ゲル法、および化学溶液蒸着を有する。しかしながら、これまでに開示されたマルチフェロイック薄膜の合成方法はすべて、複雑かつ高コストの手順を必要とする。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、BiFeO3ナノ結晶(約45nm厚さ)薄膜を合成する新規かつ簡便な方法に関する。本発明の方法によって製造される膜は、BiFeO3の強誘電性および磁気特性を維持するだけでなく、同じ試料の室温での磁気電気結合(すなわち、磁気的および電気的スイッチング)を証明する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、室温で磁気電気結合が可能な、すなわち、強磁性(両極性)の電界制御、および電界(両極性)の磁界制御が可能な、ナノスケールのマルチフェロイック薄膜材料を調製する方法を提供する。一実施形態において、これらのマルチフェロイック薄膜材料はフェライトであり、また、ビスマスフェライトであってもよい。本発明の方法によって製造される薄膜マルチフェロイック薄膜材料は、例えば、限定されるものではないが、記憶デバイス、スピントロニクス(磁気電気の)、センサ、およびその他のデバイスなどの多種多様なデバイスアプリケーションに適するものでありうる。例えば、記憶デバイスは、本発明の電子的に書き込み可能かつ磁気的に読み込み可能なマルチフェロイック薄膜材料を利用することができる。強誘電性記憶デバイスの一実施形態は、ペロブスカイト構造におけるBサイトのFe原子に代わる磁性金属原子の代用物を含み得る。これらの金属磁性原子代用物は、Mn、Ru、Co、およびNiを含む群から選択されてもよく、Bサイトに位置するFe原子のうちの約1%〜約10%を任意に置換しうる。それに加え、またはそれに代えて、置換された磁性金属原子は、Feよりも高い原子価を有していてもよく、Bサイトの約1%〜約30%において置換されていてもよい。本発明のマルチフェロイック薄膜材料の他の使用例は、変調した光学特性、磁電性かつマルチフェロイックな共鳴装置、移相器、先進的なマイクロ波およびミリ波応用のための遅延線およびフィルタ、および磁場変動および磁場監視のための検出器への適用を含む。
【0007】
本明細書に開示される様々な実施形態のこれらの特徴および効果ならびに他の特徴および効果は、以下の説明および図面との関連でよく理解されるであろう。図面全体を通じて、同様の番号は同様の部分を参照している。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】本発明の工程のフローチャートを示す。
【発明を実施するための形態】
【0009】
下記の詳細な説明は、現在好ましい本発明の実施形態を説明することを目的としており、この形態でのみ本発明が構成されまたは利用されうることを示すものではない。この説明は、本発明を構成および実施するための工程の機能および順序を記載している。しかしながら、同一または同等の機能および順序が異なる実施形態によっても達成され、それらもまた本発明の範囲に包含されることが理解されよう。
【0010】
本発明は、明確に画定されたBiFeO3(BFO)ナノ結晶薄膜を製造する簡便かつ低コストな方法を提供する。
本発明の一実施形態は、マルチフェロイック前駆体溶液10を提供する工程、前駆体溶液をスピンキャスティングし、スピンキャスト膜20を製造する工程、およびスピンキャスト膜30を加熱する工程を含む。一実施形態において、マルチフェロイック薄膜材料はフェライトであり、特にビスマスフェライトでありうる。マルチフェロイック前駆体溶液は、ビスマス、鉄、および酸素を含んでいてもよい。特に、マルチフェロイック前駆体溶液はBi(NO3)3・5H2OおよびFe(NO3)3・9H2Oを含んでいてもよい。マルチフェロイック前駆体溶液がBi(NO3)3・5H2OおよびFe(NO3)3・9H2Oからなる場合、それらは溶液中に1:1のモル比で存在しうる。前駆体溶液は任意の適切な希釈剤中に溶解されてもよい。適切な希釈剤の一例はエチレングリコールである。
【0011】
スピンキャスティングの後、膜は室温よりも高い温度に加熱される。特に、膜は約600℃に加熱されてもよい。
本発明の方法は、最終的な膜においてナノ結晶の均一配列を形成することができる。例えば、本発明の方法によって製造されたナノ結晶は、直径約200nmかつ高さ約45nmでありうる。
【0012】
本発明はさらに、本明細書に記載の方法によって製造されたマルチフェロイック薄膜材料も考慮している。本方法によって製造されたマルチフェロイック薄膜材料は、ほぼ室温において磁気電気結合が可能である。これは、磁気電気結合を可能にするために極低温を必要とする、この分野の現在のマルチフェロイック材料とは全く対照的である。得られる薄膜材料は、情報保存のための記憶デバイスにおける用途を含むがそれに限定されない非常に多くの用途に適したものとなりうる。
【0013】
そのような強誘電性記憶デバイスを構成する際に、Bサイトに配置されたいくつかのFe原子が磁性金属原子に置換された構造であるペロブスカイト構造のBFO強誘電体層を形成することが好ましい場合がある。例えば、磁性金属原子はMn、Ru、Co、およびNiのうちの少なくとも1つでありうる。そのような原子がBサイトで置換された場合、BFO強誘電体層の磁性は強化され、その誘電特性は改善されて、その結果パフォーマンスが向上する。これらの磁性金属原子は、BFO層内のBサイトのすべてに配置されたFeのうちの約1%〜約10%を置換してもよい。それに代えて、あるいはそれに加えて、磁性金属原子はFeよりも高い原子価を有する原子、例えばV、Nb、Ta、W、Ti、Zr、およびHfであってもよい。BサイトをFeよりも高い原子化を有する原子で置換することにより、仮にAサイトのBi原子が消滅した場合でも、Bサイトの高い原子価の原子が中立性および結晶全体の絶縁性を維持するのに役立つため、潜在的な電流漏れが防止される。一実施形態に置いて、置換された高い原子価の磁性金属原子は、BFO層内のBサイトのすべてに配置されたFeのうちの約1%〜約30%を置換してもよい。
【0014】
本明細書に開示の工程を実施することにより、45nmの適切な厚みを有する明確に画定されたBFOナノ結晶薄膜が得られた。すなわち、1:1のモル比のBi(NO3)3・5H2OおよびFe(NO3)3・9H2Oをエチレングリコール中に溶解して前駆体溶液を製造した。次に、この前駆体溶液をスピンキャスティングし、さらに600℃で加熱した。合成されたマルチフェロイックBFO膜における磁気秩序および電気秩序ならびにそれらの結合が、磁気力顕微鏡(MFM)およびケルビンプローブ力顕微鏡(KPFM)を用いて室温で観察された。同じマルチフェロイック試料における磁気秩序および強誘電秩序の室温結合が観察された。
【0015】
BFO薄膜のX線回折(XRD)パターンは、菱面体晶のように歪んだペロブスカイトの結晶構造を明確に示した。さらに、X線エネルギー分散分光法(XEDS)を用いた元素分析は、ビスマス対鉄の1対1の元素比率を示した。
【0016】
本発明のマルチフェロイック薄膜の形態は、走査型電子顕微鏡(SEM)および原子間力顕微鏡(AFM)を用いて確認された。SEMおよびAFMの結果は共に、平均直径200nmかつ平均高さ45nmのナノ結晶の均一かつ緊密な配列を有する膜を示した。ナノメートルスケールのBFO薄膜の磁気特性の観測については、ダイナミックモードを使用し、位相検出方式でMFM測定を行った(ΔZ=82nm、チップから表面まで)。得られた位相画像は、試料表面に対して垂直方向(z方向)の磁気秩序を明確に示した。
【0017】
KPFMを使用して、BFO膜の強誘電特性を測定した(ΔZ=50nm)。電気分極を記録し、誘発された双極子を有する粒子に対応する潜在的特徴を実証するために、45nmの平均高さを有するBFO膜のトポグラフィ表面に様々なDCバイアス(−1V、+1V、および+2V)を適用した。既存の表面電荷を排除するため、ならびに強誘電分極を観測するため、同じ領域に対して、接触モードを使用し、接地したチップでゼロバイアスのAFMスキャンを行った。次に、基板から様々なレベルおよび方向のDCバイアスを適用して電気的分極を誘発した。−1V DCバイアスの表面電位は、BFOナノ結晶上面の負の(約−10mV)分極を明確に示した。DCバイアスを−1Vから+1Vに変化させた後では、BFO膜の分極は方向の逆転を示した。+2DCの高い正のバイアスを適用したところ、ほぼ逆転した画像が観察された。これは、外部の磁界によって強誘電性領域の分極方向が切り替わったことを明確に示している。強誘電分極は、電界を停止した後にわずかに低下したが、少なくとも18.5時間維持されたことも観察された。
【0018】
電界がBFO膜の磁気秩序を誘発したことを証明するために、MFM実験を実施した際に外部の電界を試料に適用し、適用された電界に起因するBFO膜の磁性を画像化および操作した。既存の試料磁界からの影響を無視できるレベルに低減するため、磁性チップを100nmまで引き上げた。ΔZ=100nmにおいて、MFM位相画像はチップと表面との間の有意な磁気相互作用を示さなかった。このことは、磁気チップへの影響が排除されたことを示している。BFO膜表面の磁性を誘発するために、1回目のトレースにおいて様々なレベルのDCバイアスが適用された。電界を適用した後、誘発された磁気画像秩序を記録した。BFO膜の磁性に対する正の電界の影響のレベルをモニタリングするため、各一連の連続走査の1回目のトレースで+2Vおよび+4VのDCバイアスを適用した。高いバイアスは、より強い磁気秩序をもたらすことが確認された。応答時間の時間スケールは、ゼロから+2まで、続いて+4Vまでの段階的なバイアスを用いた単一の10分間走査によって実証された。
【0019】
磁界によって誘発された強誘電秩序を調査するために、KPFM測定の前に試料を外部磁界の中に置いた。これらの画像化実験は、DCバイアスが表面に適用されないことを除いて通常のKPFMに類似している。AFMトポグラフィを最初に実施し、続いてKPFM調査を実施した。ΔZ=50nmでの2回目のトレースで表面電位(SP)画像を記録した。外部磁界を使用したもの、および使用しなかったものについて、同じ試料領域での実験から得られた結果を磁気電気結合と比較した。1回目の実験では、BFO膜のSP画像を電界または磁界を使用せずにマッピングしたところ、BFO膜の表面に有意なSPは見られなかった。この1回目の走査の後、両極間の隙間が13mm(0.5インチ)、かつ磁界の強さが8.36×10A/m(10,500Oe)の磁石の両極間に、BFO膜を30分間および15時間の両方の時間配置した。30分間および15時間の磁化の後、SP画像を記録した。判明したように、30分間の磁化の後、画像はBFO膜の表面においてSPを示し始める。15時間の磁化の後、SP画像は強い強誘電秩序を示す。室温磁界により誘発された電気分極を観測したのは、これが初めてである。しかしながら、磁界により誘発された強誘電秩序は、電界による秩序ほど効率的ではない。
【0020】
上記の説明は例示の目的で提供されたものであり、限定的なものではない。上記の開示内容から、当業者は、前駆体希釈剤、スピンキャスティング工程、および加熱の長さの最適化を含む、本明細書に開示された発明の範囲および趣旨に含まれるバリエーションを考案可能であろう。さらに、本明細書に開示された実施形態の様々な特徴は、単独でも、あるいは相互に様々に組み合わせて使用してもよく、本明細書に開示された特定の組合せに限定することは意図されていない。したがって、特許請求の範囲は例証された実施形態によって限定されるものではない。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
マルチフェロイック薄膜材料を製造する方法であって、
a)マルチフェロイック前駆体溶液を提供する工程、
b)前駆体溶液をスピンキャスティングしてスピンキャスト膜を製造する工程、および
c)スピンキャスト膜を加熱する工程
を有する方法。
【請求項2】
マルチフェロイック薄膜材料がフェライトである請求項1に記載の方法。
【請求項3】
マルチフェロイック薄膜材料がビスマスフェライトである請求項2に記載の方法。
【請求項4】
マルチフェロイック前駆体溶液が、ビスマス、鉄、および酸素を含む請求項1に記載の方法。
【請求項5】
マルチフェロイック前駆体溶液が、Bi(NO3)3・5H2OおよびFe(NO3)3・9H2Oを含む請求項4に記載の方法。
【請求項6】
Bi(NO3)3・5H2OおよびFe(NO3)3・9H2Oが1:1のモル比で存在する請求項4に記載の方法。
【請求項7】
Bi(NO3)3・5H2OおよびFe(NO3)3・9H2Oがエチレングリコール中に溶解している請求項5に記載の方法。
【請求項8】
工程(c)において、スピンキャスト膜が約600℃に加熱される請求項1に記載の方法。
【請求項9】
工程(b)において、マルチフェロイック前駆体溶液がスピンキャスティングされてナノ結晶の均一配列を形成する請求項1に記載の方法。
【請求項10】
ナノ結晶が直径約200nmかつ高さ約45nmである請求項9に記載の方法。
【請求項11】
マルチフェロイック薄膜材料であって、
a)エチレングリコール中にBi(NO3)3・5H2OおよびFe(NO3)3・9H2Oを1:1のモル比で含むマルチフェロイック前駆体溶液を提供する工程、
b)前駆体溶液をスピンキャスティングして、直径約200nmかつ高さ約45nmのナノ結晶の均一配列を有するスピンキャスト膜を製造する工程、および
c)スピンキャスト膜を約600℃に加熱する工程
によって製造されたマルチフェロイック薄膜材料。
【請求項12】
ほぼ室温で磁気電気結合が可能な請求項11に記載のマルチフェロイック薄膜材料。
【請求項13】
請求項11に記載のマルチフェロイック薄膜材料を有する記憶デバイス。
【請求項14】
マルチフェロイック薄膜材料がペロブスカイト構造を有し、構造中のBサイトに配置された少なくとも1つのFe原子が磁性金属原子に置換されている請求項13に記載の記憶デバイス。
【請求項15】
Bサイトに配置されたFe原子のうちの約1%〜約10%が磁性金属原子に置換されている請求項14に記載の記憶デバイス。
【請求項16】
磁性金属原子が、Mn、Ru、Co、およびNiからなる群から選択される少なくとも1つの原子である請求項15に記載の記憶デバイス。
【請求項17】
Bサイトに配置されたFe原子のうちの約1%〜約30%が、Feよりも高い原子価を有する磁性金属原子に置換されている請求項14に記載の記憶デバイス。
【請求項18】
磁性金属原子が、V、Nb、Ta、W、Ti、Zr、およびHfからなる群から選択される少なくとも1つの原子である請求項17に記載の記憶デバイス。

【図1】
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【公表番号】特表2012−533869(P2012−533869A)
【公表日】平成24年12月27日(2012.12.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−511942(P2012−511942)
【出願日】平成22年5月17日(2010.5.17)
【国際出願番号】PCT/US2010/035164
【国際公開番号】WO2010/135265
【国際公開日】平成22年11月25日(2010.11.25)
【出願人】(503178185)ノースロップ グラマン システムズ コーポレイション (7)
【氏名又は名称原語表記】NORTHROP GRUMMAN SYSTEMS CORPORATION
【出願人】(511274972)ザ リサーチ ファンデーション オブ ザ シティ ユニバーシティ オブ ニューヨーク (1)
【氏名又は名称原語表記】THE RESEARCH FOUNDATION OF THE CITY UNIVERSITY OF NEW YORK
【Fターム(参考)】