説明

レーザ溶接方法、この溶接方法によって形成された溶接物、およびレーザ溶接システム

【課題】レーザ溶接の工程時間を短縮する。
【解決手段】レーザ照射装置を停止させる際に、移動途中の減速域A2−A3で溶接点へ向けてレーザ照射を開始し、レーザ照射を継続させつつレーザ照射手段を停止させ、停止後の区間A3−A4で所定の加工パターンの溶接を行い、さらに増速区間A4−A5でもレーザ照射を継続する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、レーザ溶接方法、この溶接方法によって形成された溶接物、およびレーザ溶接システムに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、ロボットを利用した溶接にもレーザ溶接が用いられるようになってきている。このようなレーザ溶接技術は、ロボットアーム(マニュピレータ)の先端にレーザを照射するためのレーザ照射装置を取り付け、ロボットアームによりレーザ照射装置を溶接位置まで移動させて、そこからレーザを照射して溶接を行う。
【0003】
このレーザ溶接技術において、複数の溶接箇所を溶接する際の工程時間(タクトタイム)を少しでも縮めるための試みが行われている。たとえば、ロボットアームの先端(ロボットハンド)に取り付けられたレーザ照射装置を移動させる際に、レーザ照射装置が溶接位置に到達する時間を予測して、その予測に基づきレーザ発信器に対し、起動(または停止)を指令する技術がある(特許文献1)。
【0004】
この技術は、ロボット、レーザ照射装置、レーザ発信機などがI/Oインターフェースを介在させて接続されていることによる信号伝達の遅れを、レーザ照射装置の到達時間を予測して事前に起動(または停止)を指令することで、補償しようとするものである。
【0005】
また、この技術は、常にロボットハンドを移動させつつ、レーザを照射して溶接を行うことを前提としている。
【0006】
一方で、レーザ溶接技術の中には、レーザ溶接中はロボットアームを停止させて、すなわちレーザ照射装置を溶接可能範囲に停止させて溶接を行う技術がある(特許文献2)。
【特許文献1】特開平2007−237202号公報
【特許文献2】特開平2005−177862号公報の段落0010
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
そこで、ロボットアームを停止させてレーザ溶接を行う技術に、前記特許文献1記載の技術を応用して工程時間の短縮を図ることが考えられる。
【0008】
しかし、レーザ照射装置を停止させる場合、この停止位置に至るまでの時間を予測して事前にレーザ発信器を起動させたとしてもレーザ照射はレーザ照射装置が溶接位置で停止した直後に行われることになることに変わりはなく、工程時間の短縮はほとんどないものとなってしまう。
【0009】
そこで本発明の目的は、レーザ照射装置の移動を停止してレーザ溶接を行う技術において、工程時間短縮を図ることのできるレーザ溶接方法、この方法によって製造された溶接物、およびレーザ溶接システムを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するための本発明は、レーザ照射手段を被溶接部材の溶接点へ移動させ、当該移動の途中から前記レーザ照射手段から前記溶接点へ向けてレーザ照射を開始し、前記レーザ照射を継続させつつ前記レーザ照射手段を停止させ、前記レーザ照射手段を停止後、さらにレーザ照射を継続することを特徴とするレーザ溶接方法である。
【0011】
また上記課題を解決するための本発明は、上記レーザ溶接方法により溶接された溶接物であって、移動途中からレーザ照射手段から溶接点へ向けてレーザ照射したことにより形成された導入部と、前記導入部溶接ビードに続いて前記レーザ照射手段を停止させてからあらかじめ決められた加工用パターンを描いて形成された部分とからなる溶接ビードを有することを特徴とする溶接物である。
【0012】
さらに上記課題を解決するための本発明は、移動手段と、前記移動手段に取り付けられたレーザ照射手段と、被溶接部材の溶接点を溶接するために、前記移動手段によって前記レーザ照射手段の移動を開始させ、当該移動の途中から前記レーザ照射手段から前記溶接点へ向けてレーザ照射を開始させ、前記レーザ照射を継続させつつ前記レーザ照射手段を停止させ、前記レーザ照射手段を停止後、さらにレーザ照射を継続するように、前記移動手段およびレーザ照射手段を制御する制御手段と、を有することを特徴とするレーザ溶接システムである。
【発明の効果】
【0013】
以上のように構成された本発明によれば、溶接動作に伴う工程時間(タクトタイム)を短縮することができる。また、減速域で形成した導入部の溶接ビードがある分、従来よりも溶接ビードの長さが長くなり溶接品質が向上する。しかも、溶接ビードを長くしても、工程時間はまったく延びず、それどころか従来よりも短縮することができるのである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、添付した図面を参照して本発明を適用した実施形態について詳細に説明する。
【0015】
図1は、本発明が適用されるレーザ溶接システムの概略構成図であり、図2はこのレーザ溶接システム内のレーザ照射装置の内部構造図であり、図3はこのレーザ溶接システムの制御を説明するためのブロック図である。
【0016】
図1に示すレーザ溶接システムは、加工対象物としての被溶接物であるワークWに、ワークW上に停止されるレーザ照射装置3からレーザ100を照射することによって、直接ワークWに触れることなくワークWの溶接を行うものである。
【0017】
図示するレーザ溶接システムは、ロボット1(移動手段)と、ロボット1のアーム2の先端に取り付けられ、レーザ100を照射するレーザ照射装置3(レーザ照射手段)と、レーザを発生させるレーザ発振器5と、レーザ発振器5からレーザ照射装置3までレーザを導く光ファイバーケーブル6と、ロボット1およびレーザ照射装置3の動作を制御するロボット制御装置7(制御手段)とから構成される。また、このシステムは、後述するようにロボットおよびレーザ照射位置をロボットに教示するためのティーチボックス8、溶接点の加工用パターンデータをロボット制御装置7に送るCADシステム9が接続されている。なお、CADシステム9は、常時接続されている必要はない。
【0018】
ロボット1は一般的な多軸ロボットであり、教示作業によって与えられた経路データに従ってアーム2が駆動され、レーザ照射装置3を3次元のさまざまな位置および方向に移動させることができる。
【0019】
レーザ発振器5にはYAGレーザが用いられ、レーザ発振器5で発生されたレーザは光ファイバーケーブル6によってレーザ照射装置3に導かれる。
【0020】
ロボット制御装置7はロボット1の姿勢および現在位置を認識しながらロボット1の動作を制御するとともに、レーザの照射方向を変更し走査するためにレーザ照射装置3の制御(反射ミラー11(図2)の制御)も行っている。この反射ミラー11の制御は、後述するようにあらかじめ決められた加工用パターンを描くように行われる。また、ロボット制御装置7はレーザ発振器5からのレーザ出力のON、OFFも制御している。
【0021】
レーザ照射装置3は、入力されたレーザおよび可視レーザ(可視光)の照射方向を自在に変更できるように構成されている。すなわち、レーザ照射装置3は、図2に示すように、光ファイバーケーブル6によって導かれたレーザ100を、溶接点に向けて照射するための反射ミラー11(反射鏡)と、反射ミラー11を移動させるモータ16および17およびレンズ群12とを有している。これにより、レーザ照射装置3は導かれたレーザを反射ミラー11(反射鏡)で反射し、ワークWの溶接点に対して照射する。照射されたレーザによって溶接点では、所定の加工用パターンとなる溶接ビードの形成が行われる。
【0022】
反射ミラー11は、X軸およびY軸をそれぞれ独立に回動自在に支持されている。モータ16およびモータ17は、それぞれのモータの回転位置の合成によって、反射ミラー11の向きを3次元方向に変える。したがって、反射ミラー11は、光ファイバーケーブル6から入射されるレーザを3次元方向に放射自在に取り付けられている。反射ミラー11を3次元方向に移動させることによって、レーザ照射装置3の一つの停止位置から、ワークW上に設定されている複数の溶接点の溶接が可能である。
【0023】
また、反射ミラー11の移動速度(移動速度)によって入熱量の調節も行うことができる。すなわち、反射ミラー11の移動によって加工用パターンを描くレーザの移動速度を遅くすれば、溶接点では単位時間当たりのレーザの入射量が多くなり、溶接点における入熱量が高くなる。一方、これを速くすれば、単位時間当たりのレーザの入射量が少なくなって、溶接点における入熱量は低くなる。
【0024】
レンズ群12は、光ファイバーケーブル6の端部から放射されたレーザを平行光にするためのコリメートレンズ121と平行光となったレーザ100をワークW上で集光させるための集光レンズ122から構成される。そして、集光レンズ122の位置を変えることでレーザ照射装置3は溶接点から反射ミラー11までの距離に応じてレーザが商店を結ぶ位置を変更する。なお、このような焦点位置の変更(集光レンズ位置の変更動作)は、ロボットによる移動経路の教示と共にあらかじめ教示される。
【0025】
図3は、本実施形態に係るレーザ溶接システムの制御系のブロック図である。
【0026】
ロボット制御装置7は、教示データ記憶部21、ロボット制御部22、加工用パターン記憶部23、加工用パターン生成部24、レーザ走査制御部25を備えている。
【0027】
教示データ記憶部21は、あらかじめ教示されたロボット1の動作経路、動作速度、およびワークWの溶接点を記憶している。動作経路、動作速度、およびワークWの溶接点などの教示データは、CADシステムを利用したシミュレーションによる教示作業によって教示されたデータ、または、ティーチボックス8から実機を使用して作成した教示データなどである。溶接点は、ワークWの溶接箇所を示し3次元座標によって表されている。
【0028】
ロボット制御部22は、教示データに基づいて、ロボット1の各軸モータの回転量を制御し、レーザ照射装置3があらかじめ定められた動作経路で移動して、所定の位置、たとえば、ワークWに設定されている溶接点上の決められた位置で順次停止するように制御する。また、ロボット制御部22は、ロボット1の各軸モータの回転量(エンコーダ値)に基づいてロボット1の姿勢および現在位置を認識することもできるようになっている。
【0029】
そして、ロボット制御部22は、認識されているロボットの姿勢、位置に基づいて、レーザ照射装置3がワークWの溶接点に対してレーザを照射可能な位置にあるか否かを判断し、レーザの照射開始および停止を指示する。すなわち、本実施形態においては、このロボット制御部22が、レーザ照射装置3が停止位置に停止する直前の動いている段階からレーザ照射を開始して、停止後加工用パターンによる溶接を継続し、そして溶接が完全に終わる前にロボットの動作を開始するように制御するのである(詳細後述)。
【0030】
加工用パターン記憶部23は、レーザ照射装置3により走査されるレーザ100の加工時の走査パターン(加工用パターン)、および加工用パターンの位置におけるレーザ強度を記憶している。
【0031】
加工用パターン記憶部23に記憶しておく加工用パターンは任意の大きさの任意の形状でよい。図4は、この加工用パターンの例を示す図面である。
【0032】
加工用パターンはたとえば、図4(a)に示すS字形状、図4(b)に示すC字形状、図4(c)に示すI字形状(棒形状)などである。もちろんそのほかにもさまざまな形のパターンを設定可能である。加工用パターンはCADで作成され、加工用パターン記憶部23にはCADからのデータが記憶される。
【0033】
ここで記憶されている加工用パターンは、溶接点に形成される溶接ビードのパターンとなるが、本実施形態では、レーザ照射装置が完全に停止する前からレーザ照射を始めるため、その部分も溶接ビードとなる。しかし、ここで記憶されている加工用パターンには、その部分は含んでいない(詳細後述)。
【0034】
加工用パターン生成部24は、加工用パターン記憶部23に記憶されている加工用パターンの形状から、記憶されているままの大きさの形状、または、あらかじめ決められた倍率に拡大(または縮小)された大きさの形状を生成する。なお、この倍率は加工用パターン記憶部23に記憶されていて、その指示は教示データに埋め込まれている。またティーチングボックス8から指示されて後から変更することも可能となっている。これは、たとえば、ティーチングボックス8の指示部26から、任意にワークWの溶接点上に描かれる加工用パターンの大きさを指示するものである。具体的には、たとえば、加工用パターンであるS形状の縦方向を、教示データ記憶部21に記憶されているS形状の3倍に、そして横方向を1.5倍にと言うように、溶接点に要求されるたとえば溶接強度に応じて指示することが可能である。このような変更指示も教示データに埋め込まれる。
【0035】
レーザ走査制御部25は、加工用パターン生成部24によって生成された大きさの加工用パターンを入力するとともに、ロボット制御部22が認識しているロボット1の姿勢をも考慮して、溶接点上に描く加工用パターン形状の点列座標(80ポイント程度)を算出し、その点列座標に基づいてレーザ照射装置3の反射ミラー11を移動させる。
【0036】
レーザ走査制御部25は、加工用パターンの中心座標から複数の点列座標で示された加工用パターンの座標を、ロボット1の座標系の座標に変換する。
【0037】
図5は、加工用パターンをロボット1の座標系への変換を説明するための説明図である。
【0038】
加工用パターンが、たとえば図5に示すようなS字形状である場合、S字形状の溶接長さと溶接幅は図のように規定されている。ここではS字形状の重心(加工用パターンの中心位置となる)を溶接点中心座標(Wxcnt、Wycnt,Wzcnt)としている。したがって、この溶接点中心座標が、教示データとして記憶されている溶接点の座標である。ここでロボットの座標系は(Wx,Wy,Wz)と規定されているものとする。
【0039】
一方、S字形状を構成する約80の点列座標は、溶接点を中心として、約80の点列座標(Wx(0),Wy(0),Wz(0))から(Wx(79),Wy(79),Wz(79))が、加工用パターン生成部24によって生成される。
【0040】
そこで、レーザ走査制御部25は、この点列座標をロボットの座標系へ変換する。
【0041】
変換により、S字形状を構成する約80の点列座標は、(Wxcnt+Wx(0),Wycnt+Wy(0),Wzcnt+Wz(0))から(Wxcnt+Wx(79),Wycnt+Wy(79),Wzcnt+Wz(79))となる。
【0042】
この座標にレーザが照射されるように、レーザ走査制御部25はレーザ照射装置3の反射ミラー11を移動させることになる。
【0043】
なお、加工用パターンの座標は、このようなロボット座標系への変換するほかに、オフセット量(図示点線で示すベクトル量)を指定するようにしてもよい。このベクトルで示されるオフセット量は、S字形状を構成する各点が溶接点中心座標からどの程度離れているのかを示している。オフセット量は、2次元のオフセット量として規定することもできるし、3次元のオフセット量として規定することもできる。
【0044】
この手法は、加工用パターンの形状が変わっても同様である。図6は、C字形状のパターンの場合を示している。
【0045】
この場合もS字形状の場合と同様に、C字形状の重心(加工用パターンの中心位置となる)を溶接点中心座標(Wxcnt、Wycnt,Wzcnt)とする。C字形状を構成する約80の点列座標(Wx(0),Wy(0),Wz(0))から(Wx(79),Wy(79),Wz(79))とすれば、この点列座標のロボットの座標系へ変換した値は(Wxcnt+Wx(0),Wycnt+Wy(0),Wzcnt+Wz(0))から(Wxcnt+Wx(79),Wycnt+Wy(79),Wzcnt+Wz(79))となる。
【0046】
なお、この場合も、図示ベクトルによる2次元または3次元のオフセット量として規定することもできる。
【0047】
このほか、加工用パターンは、あらかじめ決められたパターンおよび大きさで加工用パターンを描けるように、反射ミラー11の動作教示データとして教示データ記憶部21に記憶しておくようにしてもよい。
【0048】
このように構成された本実施形態におけるレーザ溶接システムの作用を説明する。
【0049】
図7(a)は、本実施形態における溶接動作を説明するためのタイムチャートである。ここでは、一つの溶接点への進入から、停止しての溶接、溶接後次の溶接点へ向けての移動までを示している。
【0050】
図において、横軸は時間である。
【0051】
上から、ヘッド位置の項目は、ロボットアーム2に取り付けられているレーザ照射装置3の移動距離を示している。このレーザ照射装置3の現在位置をヘッド位置と称し、そのデータを位置データと称する。位置データは、ロボット1各部のモータに取り付けられているエンコーダからのデータによって算出されている。
【0052】
ロボット速度の項目は、レーザ照射装置3の移動速度を示している。
【0053】
なお、図はあくまでも動作のタイミングを説明するものであるため、時間、距離および速度のいずれも単位はつけていない。
【0054】
まず、ロボット1が定速動作にてある溶接点へ向けて進行している。ヘッド位置がA1まで達したことが位置データから判別されると、レーザ照射装置3の移動を停止するために、ロボット停止指令を出力するとともに減速を開始するための減速指令が行われる。減速指令により、通常はロボット1のモータ回転速度を徐々に低下させて、最後に完全に停止させる。
【0055】
このとき、本実施形態では、完全にロボット1が停止する前のA2の位置にレーザ照射装置3がきたことが検出された時点で、ミラー動作およびレーザ照射が開始される。すなわち、レーザ照射装置が完全に停止する前から溶接点へ向けてレーザ照射が開始されるのである。その後、レーザ照射装置3はA3に達して完全に停止するので、反射ミラー11の動作を継続して加工用パターンの溶接ビードを形成する。
【0056】
その後、反射ミラー11の位置が加工用パターン終了直前のA4の位置となった時点で、ロボット1の動作を開始する(加速指令)。すなわち、レーザ照射が完全に終了する前に、レーザ照射装置3の移動を開始させるのである。
【0057】
その後、レーザ照射装置3がA5の位置に到達した時点で、ミラー動作およびレーザ照射を停止する。その後、レーザ照射装置3がA6の位置に到達するまで加速した後、加速指令を止めて、速度が一定速度となるように制御しつつ(定速指令)、次の溶接点へ向かうことになる。
【0058】
図8は、このような溶接動作によって行われる溶接ビード例を説明する説明図である。
【0059】
図8(a)はS字形状、(b)はC字形状、(c)はI字形のそれぞれの加工用パターンの場合を示す。
【0060】
図示するように、各パターンの溶接ビード50には、それぞれ導入部A、脱出部B、およびパターン部Cが形成されている。
【0061】
導入部Aは、レーザ照射装置3が動いている減速域の一部でレーザ照射を開始してできた溶接ビードである。つまり、図7(a)のA2〜A3の区間でのレーザ照射によりできた溶接ビードである。
【0062】
脱出部Bは、レーザ照射を継続中にレーザ照射装置3を増速開始してできた溶接ビードである。つまり、図7(a)のA4〜A5の区間でのレーザ照射によりできた溶接ビードである。
【0063】
パターン部Cは、レーザ照射装置3が完全に停止している状態で反射ミラー11の移動(回動)のみでできた加工用パターンからなる溶接ビードである。つまり、図7(a)のA3〜A4の区間でのレーザ照射によりできた溶接ビードである。
【0064】
ここで、特に重要な、導入部Aの区間である。この導入部Aの区間があることで、その後に続く加工用パターンによるパターン部Cでの溶接ビード形成に必要な入熱量を十分に与えて、良好なキーホールを形成することができることである。溶接ビード形成には、レーザ照射開始時において被溶接部材が溶け出してキーホールができ、これが連続することで溶接ビードが形成される。このため、最初に被溶接部材が溶け出してキーホールができるための十分な熱量を加える必要がある。この導入部Aがあることで、この部分にレーザ照射点を移動させながらレーザを当てることでキーホール形成に必要な熱量を被溶接部材に与えることができる。したがって、導入部Aの最初の位置ASではレーザ照射により被溶接部材がすぐに溶け出さなくでも、導入部Aがパターン部Cにつながる位置AEまでには被溶接部材が溶けるために十分な熱が加わり、パターン部Cでは確実に溶接ビード形成が行われるようになる。このため、できあがった溶接ビードの始点においては、レーザ照射点を移動しながらキーホールが形成された溶接ビードとなる。
【0065】
しかも、このようにレーザ照射開始時にレーザ照射点を移動させていることで、キーホールによる穴あきも防止することができる。これは、レーザ照射の始点で溶接ビード形成に必要な熱量をレーザを移動させずに与えようとした場合、一点に強力なレーザが集中して当たることになるため、キーホールによる穴あきが発生しやすくなる。このようなキーホール穴あきを防止するためには、溶接ビード形成に必要な熱量を与えつつ行わなければならないため、非常に微妙なレーザの強度調整が要求される。
【0066】
この点、本実施形態では、レーザの照射開始時からレーザの照射点は移動しているため、レーザが被溶接部材に当たった時点には被溶接部材は溶けないためキーホールによる穴あきは起こらず、それでいて導入部Aの間レーザが照射されているため、パターン部Cに至った時点では溶接ビード形成に十分な熱が入ることになる。このため、この導入部Aがあることは、単に工程時間の短縮を図るだけでなく溶接品質の向上にもなるのである。また、この導入部Aがあることで、その部分でも、当所は完全な溶接ビード形成に至らないまでも、実溶接部に到達するAE位置より前に当然溶接ビードの形成は起こるため、全体としての溶接ビード長がその分長くなる。したがって、その分、工程時間の増加を伴うことなく溶接ビード長を長くすることができるため、溶接品質がさらに向上させることができる。
【0067】
この導入部Aを描くときのミラー動作は、導入部Aの方向(図示する矢印F)が、レーザ照射装置3の移動方向と同じになるようにしておくことが好ましい。つまり、加工用パターンの描く方向を導入部Aがレーザ照射装置3の移動方向と同じになるように、あらかじめ教示しておくのである。
【0068】
通常、レーザ照射装置3の移動方向は、ある溶接点から、次の溶接点へ向かう方向に動かしている。このため導入部Aの方向を、次の溶接点へ向かう方向に設定することで、レーザ照射装置3を溶接のために方向を変える必要がなくなり、レーザ照射装置3の移動軌跡が短縮されて、その分、全体の工程時間の短縮を図ることができる。
【0069】
また、このようにすることで、この導入部Aの間、反射ミラー11は、加工用パターンの始点方向に向けて停止させておいても、自動的に導入部が描かれることになり、その後溶接ビードのパターン部Cを描くように反射ミラー11を動作させればよい。このようすることで、たとえば、導入部Aのパターンを描くためのミラー動作としては、反射ミラー11の向きを一方向に変えるだけの非常に簡単な教示で済むようになる。
【0070】
一方、脱出部Bは、パターン部Cでそれまでに十分な溶接ビード形成が行われるため、多少レーザ照射位置が触れたとしても問題はなく、この脱出部Bの区間で、加速を開始することで少しでも溶接にかかる工程時間を減らすことができる。なお、脱出部Bはなくてもよく、この区間も完全にロボット1を停止した状態で、加工用パターンを描ききってから加速を開始するようにしてもよい。
【0071】
さらに、パターン部Cは、ロボットの動作が完全に停止してから行っているため、ロボットの振動や祖ぼっとアームのたわみなどの影響がなく、確実に、しかもきれいな溶接ビードを形成することができる。
【0072】
ここで、本実施形態と、従来のようにロボット1の動作が完全に停止してからレーザ照射を開始した場合との違いを説明する。
【0073】
図7(b)は、本実施形態と比較するために示した従来動作によるタイミングチャートである。
【0074】
この場合は、レーザ照射装置3(ヘッド位置)がB1まで達したことが位置データから判別されると、停止指令と共に減速指令が行われる。そしてロボット1が位置B2で完全に停止してからミラー動作およびレーザ照射が開始される。
【0075】
その後、反射ミラー11が溶接終了位置に達してからミラー動作およびレーザ照射を停止し、ロボット1の動作を開始する(加速指令)。その後は速度を制御しつつ(定速指令)、次の溶接点へ向かうことになる。
【0076】
加工用パターンを描いている時間、すなわち溶接ビード形成にかかる時間は、本実施形態においても、図8で説明したパターン部Cの部分である。これは図7(a)に示したA3〜A5にかかった時間である。
【0077】
従来動作では、形成される溶接ビードのパターンは、パターン部C部分であり、これは本実施形態とほぼ同じである。かかった時間は図7(b)のB2〜B3の時間である。この時間は、本実施形態でパターン部Cにかかる時間よりも長い。これはレーザ照射を開始した時点で被溶接部材に溶接ビード形成のために十分な熱量を加えるために、レーザ照射開始時点においてレーザの動きを止めて十分な入熱量を確保する時間が必要がとなっているためである。
【0078】
このように本実施形態では、この溶接ビード形成初期に十分な熱量を被溶接部材に加えるための時間、ロボット1を停止させていないため、その分従来動作より工程時間を短くできるのである。
【0079】
次に、本実施形態による溶接動作の処理手順を説明する。溶接動作の詳細は既に説明したタイムチャートのとおりであるので、ここではロボット制御装置7が行う処理についてのみ説明する。
【0080】
図9は、ロボット制御装置の処理手順を示すフローチャートである。
【0081】
レーザ溶接時の基本動作は、ロボット1を教示された位置で停止させ、その場所でレーザ照射装置3が照射可能な1つまたは複数の溶接点に対してレーザ溶接を行い、次の溶接点をレーザ溶接する場合にはさらにロボット1を次の位置に移動させてレーザ溶接を行うという動作を繰り返しである。ここでは、前述したタームチャート同様1つの溶接点を溶接する場合を例に説明する。
【0082】
ロボット制御部22は、まず、レーザ溶接用の教示データを読み込む(S1)。教示データは、たとえば、ロボット停止位置、レーザ照射開始位置、動作速度(加速率、減速率、定速度などを含む)、レーザ照射開始位置、レーザ照射終了位置、溶接点中心座標、加工用パターン、反射ミラー移動速度および向き、溶接幅、溶接長さ、レーザ出力強度、その他制御に必要な動作指令などが記述されている。ロボット1は、これに従って動作する。
【0083】
次に、ロボット制御部22は、加工用パターン記憶部23に記憶されている加工用パターンのデータを読み込む(S2)。
【0084】
続いて、ロボット制御部22は、教示データに従ってロボット1を動作させ、レーザ照射装置3を教示データに記述されている動作速度で移動させる(S3)。
【0085】
そしてレーザ照射装置3の位置が、減速位置(図7(a)のA1、以下同様)に達したと判断されれば(S4:Yes)、減速指令を出力して減速を開始する(S5)。
【0086】
続いてレーザ照射装置3がレーザ照射開始位置(A2)に達したと判断されれば(S6:Yes)、ミラー動作およびレーザ照射を開始する(S7)。その後、レーザ照射装置3が停止位置(A3)で停止するので、加工用パターンを描くためにミラー動作を継続する。
【0087】
続いて、反射ミラー11が脱出位置(A4)に達したなら(S8:Yes)、ロボット1の加速指令を出力して加速を開始する(S9)。続いてレーザ照射装置3が離脱位置(A5)に達した時点(S10:Yes)でミラー動作およびレーザ照射を停止する(S11)。その後は、レーザ照射装置3が位置(A6)に達した時点で一定速度となるように制御し(S12)、次の溶接点へ向かうことになる(S3へ)。
【0088】
以上、本実施形態として、レーザ照射装置3が一つの停止位置で停止したときに、1つの溶接点を溶接する事例を説明したが、本発明は、このような1つの溶接点を溶接する場合に限らず、1つの停止位置において複数の溶接点を溶接することもできる。既に説明したように、レーザ照射装置3内には反射ミラー11があり、この反射ミラー11の移動によって一つの停止位置からレーザ焦点の届く範囲内であれば複数の溶接点の溶接が可能となる。
【0089】
図10は、複数溶接点の溶接を行った場合に形成される溶接ビードを説明する説明図である。
【0090】
ここでは、C字形状の加工用パターンを用いて溶接を行った場合を例に説明する。図示するように、まず、第1の溶接点51に対して溶接が開始される。このとき、上述したようにロボット1の減速域において溶接が開始され導入部Aの溶接ビードができる。その後ロボット1が停止して導入部Aから継続してパターン部Cを加工用パターンで描くことで形成する。パターン部Cは反射ミラー11の移動のみで形成される。この第1溶接点51はパターン部Cの最後までロボット1を停止した状態で溶接ビードの形成が行われる。
【0091】
そして、ロボット1を停止したまま、次の第2溶接点52へ向けて反射ミラー11を高速移動させて、第2溶接点52のパターン部Cの溶接ビード形成が行われる。したがって、第2溶接点52では、全ての溶接ビードが加工用パターンからなる。なお、反射ミラー11の高速移動とは、パターン部Cの溶接ビードを形成するときに反射ミラーを移動させるより速い状態であり、被溶接部材にレーザがあたっても被溶接部材が溶けないほど高速な状態である。
【0092】
第1溶接点51に続いて、第2溶接点52のパターン部Cの最後までレーザ照射点が到達したなら、第2溶接点52の溶接が終了するので、やはりロボット1は停止させたまま、次の第3溶接点53へ向けて反射ミラー11を高速移動させる。そして第3溶接点53のパターン部Cの最後に至る前の位置までレーザ照射点が到達したなら、ロボット1の動作を開始してレーザ照射装置3の移動を開始する。このため、第3溶接点53では、パターン部Cの最後に脱出部Bの溶接ビードが形成されることになる。
【0093】
このようにレーザ照射装置3の一つの停止位置から複数溶接点を溶接した場合でも、第1溶接点51では導入部Aによって十分なキーホール形成が起き、溶接強度も増加する。また、第2溶接点では、従来と同様に加工用パターンによる溶接ビード形成が行われる。そして第3溶接点では、脱出部Bを取る分、溶接時間の短縮を図ることができる。したがって、これら複数の溶接点全体として溶接時間の短縮を図ると共に溶接強度を向上させることができるようになる。
【0094】
以上説明した本実施形態によれば以下のような効果を奏する。
【0095】
レーザ照射装置3を被溶接部材の溶接点へ移動させて停止させるときに、移動の途中から溶接点へ向けてレーザ照射を開始し、レーザ照射装置3を停止後、さらにレーザ照射を継続して加工用パターンを描くこととした。これにより、溶接動作に伴う工程時間を短縮することができる。また、減速域で形成した導入部の溶接ビードがある分、従来よりも溶接ビードの長さが長くなり溶接品質が向上する。しかも、溶接ビードを長くしても、工程時間はまったく延びず、それどころか従来よりも短縮することができるのである。
【0096】
特にレーザ照射を開始する時点をレーザ照射装置3を停止させるための減速域において行うこととしたので、レーザ照射装置3が完全に停止する前からレーザ照射を開始することで、その分の工程時間を短縮することができる。
【0097】
また、溶接終了のときには、レーザ照射装置3を移動させるために加速を開始させてもレーザ照射をある程度継続するようにしてもよく、そうすることで、溶接終了時において早めにロボット動作を開始させて、その分工程時間を短縮することができる。
【0098】
また、レーザ照射を開始してレーザ照射装置3が停止するまでのレーザ照射装置3の移動方向とそのときに溶接する区間(導入部)の方向が一致するようにした。これにより反射ミラー11の動作を少なくすることができる。また、レーザ照射装置3の移動方向を次の溶接点へ向かう方向とすることで、レーザ照射装置3を溶接のために向きを変える必要がなくなり、移動軌跡が短縮されて、全体の工程時間の短縮を図ることができる。
【0099】
さらに、できあがった溶接物は、移動途中である減速域からレーザ照射することで形成した導入部の溶接ビードと停止させてから加工用パターンで形成した溶接ビードを持つようになる。したがって、導入部がある分、溶接ビードが従来よりも長くなり溶接品質が向上する。
【図面の簡単な説明】
【0100】
【図1】本発明が適用されるレーザ溶接システムの概略構成図である。
【図2】図1に記載されているレーザ照射装置の内部構造図である。
【図3】図1に記載されているレーザ発振器の内部構造図である。
【図4】加工用パターンの例を示す図面である。
【図5】加工用パターンをロボット1の座標系への変換を説明するための説明図であり、S字形状のパターンの場合を示している。
【図6】加工用パターンをロボット1の座標系への変換を説明するための説明図であり、C字形状のパターの場合を示している。
【図7】溶接動作を説明するためのタイムチャートであり、(a)は本実施形態、(b)は従来動作である。
【図8】溶接動作によって行われる溶接ビードを説明する説明図である。
【図9】ロボット制御装置の処理手順を示すフローチャートである。
【図10】複数溶接点の溶接を行った場合に形成される溶接ビードを説明する説明図である。
【符号の説明】
【0101】
1…ロボット、
2…アーム、
3…レーザ照射装置、
5…レーザ発振器、
6…光ファイバーケーブル、
7…ロボット制御装置、
8…ティーチボックス、
9…CADシステム、
11…反射ミラー、
12…レンズ群、
21…教示データ記憶部、
22…ロボット制御部、
23…エリア内溶接データ記憶部、
23…加工用パターン記憶部、
24…加工用パターン生成部、
25…レーザ走査制御部、
26…指示部、
100…レーザ、
121…コリメートレンズ、
122…集光レンズ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
レーザ照射手段を被溶接部材の溶接点へ移動させ、当該移動の途中から前記レーザ照射手段から前記溶接点へ向けてレーザ照射を開始し、前記レーザ照射を継続させつつ前記レーザ照射手段を停止させ、前記レーザ照射手段を停止後、さらにレーザ照射を継続することを特徴とするレーザ溶接方法。
【請求項2】
前記レーザ照射手段を停止させる前の前記レーザ照射は、前記レーザ照射手段を停止させるための減速域において行うことを特徴とする請求項1記載のレーザ溶接方法。
【請求項3】
さらに、前記停止の位置から再び前記レーザ照射手段を移動させるために加速を開始させて、あらかじめ決められた位置に前記レーザ照射手段が到達するまで前記レーザ照射を継続することを特徴とする請求項1または2記載のレーザ溶接方法。
【請求項4】
前記移動の途中から前記停止するまでにレーザ照射した溶接区間を導入部とし、当該導入部の溶接方向は前記レーザ照射手段を前記移動させている方向と同じであることを特徴とする請求項1〜3のいずれか一つに記載のレーザ溶接方法。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか一つに記載のレーザ溶接方法により溶接された溶接物であって、
移動途中からレーザ照射手段から溶接点へ向けてレーザ照射したことにより形成された導入部と、
前記導入部溶接ビードに続いて前記レーザ照射手段を停止させてからあらかじめ決められた加工用パターンを描いて形成された部分とからなる溶接ビードを有することを特徴とする溶接物。
【請求項6】
移動手段と、
前記移動手段に取り付けられたレーザ照射手段と、
被溶接部材の溶接点を溶接するために、前記移動手段によって前記レーザ照射手段の移動を開始させ、当該移動の途中から前記レーザ照射手段から前記溶接点へ向けてレーザ照射を開始させ、前記レーザ照射を継続させつつ前記レーザ照射手段を停止させ、前記レーザ照射手段を停止後、さらにレーザ照射を継続するように、前記移動手段およびレーザ照射手段を制御する制御手段と、
を有することを特徴とするレーザ溶接システム。
【請求項7】
前記制御手段は、さらに、前記停止の位置から再び前記レーザ照射手段を移動するために加速を開始した時点から、あらかじめ決められた位置に前記レーザ照射手段が到達するまで前記レーザ照射を継続することを特徴とする請求項6記載のレーザ溶接システム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2009−274075(P2009−274075A)
【公開日】平成21年11月26日(2009.11.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−124687(P2008−124687)
【出願日】平成20年5月12日(2008.5.12)
【出願人】(000003997)日産自動車株式会社 (16,386)
【Fターム(参考)】