説明

ワイヤーソーとワイヤーソーを用いたシリコン製造方法

【課題】マルチ・ワイヤーソーにおいて、多溝ローラの長寿命化を図り、多溝ローラのV溝からワイヤーが脱線することを防止することを目的とする。
【解決手段】回転自在に設けられた複数の多溝ローラ1a,1b間に巻き付けられたワイヤー2を備え、ワイヤー2を被加工物3に相対的に押し付けて被加工物3をスライスするワイヤーソーにおいて、多溝ローラ1a,1bからワイヤー2が離れる出口近傍とワイヤー2が多溝ローラ1a,1bに接触を始める入口近傍とに、ワイヤー2を多溝ローラ1a,1bに押し付ける回転自在な押さえローラ11a,11bを設け、多溝ローラ1の長寿命化を図り、ワイヤー2のV溝からの脱線を防止する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、半導体集積回路や太陽電池に使用されるシリコンウエハなどの切り出しに使用されるワイヤーソーに関するものである。
【背景技術】
【0002】
シリコンウエハは、柱状のシリコンインゴットを四角状に切り出して、その上で所定の厚さ(概ね180μm)にスライスして製造される。特に太陽電池用のシリコンウエハは、半導体用に比べてコストを優先して製造されるため、生産性の高い方式が優先して用いられる。生産性の高い方式として、マルチ・ワイヤーソーと呼ばれる装置を用いることが一般的である。
【0003】
マルチ・ワイヤーソーは、一本のワイヤー(概ね直径120μm)を複数(2〜4本)の多溝ローラに螺旋状に巻き付けた後、このワイヤーを一方向に高速走行させながら、このワイヤーにSiCとグリコール等を混ぜたスラリーと呼ばれる懸濁液を供給しながら、ワイヤーに押し付けられた被加工物の柱状のシリコンインゴットを切断加工する。
【0004】
昨今では、より生産性を高める目的で、スラリーの代わりに、ワイヤーの表面にダイヤモンド砥粒をめっき技術等で強固に固着したダイヤモンド・ワイヤーを工具として用いるようになった。ダイヤモンド・ワイヤーを用いれば、スラリーを用いた従来の切断加工よりも加工時間が短くなり、生産性を高めることができるようになってきた。
【0005】
ダイヤモンド・ワイヤーの場合は、通称“バック・アンド・フォース”と呼ばれるワイヤーの走行方向を途中で反転(交播運動)させながら少しずつワイヤーを繰り出す加工技術が使われる。これは、ダイヤモンド・ワイヤーの価格が高いことや、加工中にワイヤー自体が削られて引張強度が低下しないのでスラリー切断加工のようにワイヤーを一方向にのみ走行させる必要がなくなったためと考えられる。
【0006】
ダイヤモンド・ワイヤーは、上記のようにワイヤー自体に工具となるダイヤモンドが強固に固着されているために、加工機となるマルチ・ワイヤーソーの方でも従来問題とならなかったことが、問題視されるようになっている。
【0007】
具体的な問題として、マルチ・ワイヤーソーのダイヤモンド・ワイヤーが加工中に多溝ローラのV溝から脱線して、隣接するV溝に移動してしまうことがある。この問題は従来のスラリー加工においても生じたが、多数加工されたウエハの内、1枚に厚み不良が生じる程度であった。ところが、ダイヤモンド・ワイヤーによる加工になると、V溝から脱線して隣接溝に移ると、2本のダイヤモンド・ワイヤーが相互に傷つけあって断線したり、ワイヤーに固着してあるダイヤモンドが脱落して加工できなくなったりして、断線に至る可能性が高くなる。加工中にワイヤーが断線すると、加工中のインゴット全てに被害が及び、大きな損失を被る問題となる場合がある。
【0008】
そこでダイヤモンド・ワイヤーを使った加工では、ワイヤーが脱線しないために従来よりもワイヤーの張力を強くしている。だが、張力を強くすると、多溝ローラにダイヤモンド・ワイヤーが食い込んでしまい、多溝ローラのV溝が損傷する場合がある。損傷した多溝ローラを使用すると、ワイヤーの脱線が生じ易くなるという悪循環に陥る。
【0009】
図7は、特許文献1に記載されたマルチ・ワイヤーソーを示す。
特許文献1のワイヤーソーは、上下2段の加工テーブル105,106で被加工物(インゴット)103,104を同時加工するもので、4本の多溝ローラ101と、1本の連続するワイヤー2で構成される。スラリーは加工液ノズル109から供給される。108は荷重計である。
【0010】
特許文献1の装置の特徴としては、撓み調整ローラ107a,107bが設置されていることにある。本来、多溝ローラに接するワイヤーが500m/分以上で走行すると、ワイヤー2が遠心力により外側に膨らむ。上下2段に設置された被加工物103,104の加工が始まると、上部の被加工物103は外側に遠心力で移動するワイヤー2の撓みを抑止する方向に作用する。しかし下側の被加工物104の加工では、ワイヤー2がより外側へ移動することを助長する作用がある。このように外側にふくらんだ状態で加工が進行すると、加工後のウエハの厚みバラツキの点でも望ましい精度を得ることが困難となる。そこで、特許文献1では撓み調整ローラ107a,107bを設けることで、下側の位置で加工する場合においても、上側と同様の高精度な加工が可能となるように、撓み調整ローラ107a,107bが設けてある。
【0011】
また、特許文献2には、図8に示すように被加工物103の左右に撓み調整ローラ107a,107bを設けることで、加工中の撓みが一定になるように制御するものが記載されている。
【0012】
このように、撓み調整ローラ107a,107bによって、ワイヤー2の撓みを制御することで、加工されたウエハの厚みバラツキを軽減し、高精度化を図ることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】特開2003−89050号公報
【特許文献2】特許第4252193号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
しかしながら従来の構成では、複数ある多溝ローラ間の全てに撓み調整ローラが設置されていないため、多溝ローラの一方においては撓み調整ローラがあるためにワイヤーの張力が高くなり、多溝ローラのもう一方ではワイヤーの張力が低いままである。このように、一つの多溝ローラを挟んでワイヤーの張力が一方では高く、もう一方では低いという状態が生じる。その結果、多溝ローラとワイヤーの間では滑りが生じるので、摩耗が生じやすくなり、多溝ローラが急速に損耗する。多溝ローラの損耗が進むと、多溝ローラのV溝からのワイヤーの脱線が生じ、ワイヤーが断線する可能性がある。
【0015】
本発明は、前記従来法の問題点に鑑み、多溝ローラの長寿命化が図れることは勿論のこと、ワイヤー多溝ローラのV溝から脱線を防止することが可能なワイヤーソー用張力付与方法と機構を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記課題を解決するために、本発明のワイヤーソーは、回転自在に設けられた複数のローラ間に巻き付けられたワイヤーを備え、前記ワイヤーを被加工物に相対的に押し付けて前記被加工物をスライスするワイヤーソーにおいて、前記ローラから前記ワイヤーが離れる出口近傍と前記ワイヤーが前記ローラに接触を始める入口近傍とに、前記ワイヤーを前記ローラに押し付ける回転自在な押さえローラを設けたことを特徴とする。
【0017】
また、上記課題を解決するために、本発明のワイヤーソーを用いたシリコンの製造方法は、回転自在に設けられた複数のローラ間にワイヤーを巻き付け、前記ワイヤーを被加工物に押し付けてスライスしてシリコンを製造するワイヤーソーを用いたシリコン製造方法において、前記ローラから前記ワイヤーが離れる出口近傍と前記ワイヤーが前記ローラに接触を始める入口近傍とに、回転自在な押さえローラを押し付け前記ワイヤーに張力を付与した状態で、被加工物を加工してシリコンを製造することを特徴とする。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、多溝ローラを損傷することなく、ワイヤーの張力を高めることが可能となり、多溝ローラの寿命を従来に無く向上させることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明の実施の形態1におけるマルチ・ワイヤーソーの要部の正面図
【図2】本発明の実施の形態1におけるマルチ・ワイヤーソーの加工部正面図
【図3】本発明の実施の形態1における交播運動に伴うワイヤーソーの基本挙動の図
【図4】本発明の実施の形態2におけるマルチ・ワイヤーソーの要部の正面図
【図5】本発明の実施の形態2における動作原理の図
【図6】本発明の実施の形態2の別の形態の斜視図
【図7】特許文献1に記載されたワイヤーソーにおける撓み調整ローラを示す図
【図8】特許文献2に記載されたワイヤーソーにおける撓み調整ローラを示す図
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明のマルチ・ワイヤーソーにおけるワイヤーの張力付与方法を、具体的な各実施の形態に基づいて説明する。なお、以下の説明において、同じ構成には同じ符号を付けて、適宜、説明を省略している。
【0021】
(実施の形態1)
図1は、本発明の実施の形態1におけるマルチ・ワイヤーソーを示す基本的な構成であり、マルチ・ワイヤーソーに張力を発生させる多溝ローラ1a,1bを正面からみた図である。
【0022】
このマルチ・ワイヤーソーには、ローラの一例である2つの多溝ローラ1a,1bと、多溝ローラ1a,1bに対して螺旋状に巻き付けられたワイヤー2と、ワイヤー2の上部に配置された被加工物3と、押さえローラ11a1と、押さえローラ11a2と、押さえローラ11b1と、押さえローラ11b2と、被加工物保持具4が設けられている。
【0023】
ここで、ワイヤー2の一例は、ダイヤモンド・ワイヤーである。また、被加工物3の一例は、シリコンインゴットである。また、押さえローラ11a1は、ワイヤー2が多溝ローラ1aから離れる出口近傍に設けられ、ワイヤー2を多溝ローラ1aに押し付ける回転自在なローラである。また、押さえローラ11a2は、ワイヤー2が多溝ローラ1aに接触を始める入口近傍に設けられ、ワイヤー2を多溝ローラ1aに押し付ける回転自在なローラである。また、押さえローラ11b1は、ワイヤー2が多溝ローラ1bから離れる出口近傍に設けられ、ワイヤー2を多溝ローラ1bに押し付ける回転自在なローラである。また、押さえローラ11b2は、ワイヤー2が多溝ローラ1bに接触を始める入口近傍に設けられ、ワイヤー2を多溝ローラ1bに押し付ける回転自在なローラである。また、被加工物保持具4は、被加工物3とマルチ・ワイヤーソー本体との間に設けられて、被加工物3をワイヤー2に押圧する方向に移動させる保持具である。
【0024】
すなわち、多溝ローラ1a,1bには、ローラごとに2個の押さえローラ11a1,11a2,11b1,11b2が設けられている。ここで、押さえローラ11(11a1,11a2,11b1,11b2)は、本図で図示していないマルチ・ワイヤーソーの装置本体に、回転自在に取り付けられている。
【0025】
ここではマルチ・ワイヤーソー(加工機本体)の駆動機構を特に描いてないが、多溝ローラ1a,1bの回転駆動に伴って、工具となるワイヤー2は、概ね毎分1000m近い速度で回転している。そして、この速度で回転しているワイヤー2に加工液を供給しながら、加工プログラムの指示によって上部にある被加工物3を、毎分1mm程度の速度で上から下へ相対的に移動させることで、被加工物3の一例であるシリコンインゴットのスライスを行う。そして、このマルチ・ワイヤーソー(加工機本体)には、所定位置までの加工が完了した被加工物3を、元の加工スタート位置に戻す加工プログラムが組まれている。また、先述したように、ダイヤモンド・ワイヤーを使った加工技術においては、ワイヤーを毎分1回程度のサイクルで前進と後退を交互に繰り返す通称“バック・アンド・フォース”と呼ばれる交播運動をさせながら、わずかずつワイヤーを繰り出して加工する。
【0026】
本実施の形態における交播運動では、一例として、多溝ローラ1a,1bを正転させることでワイヤー2を409m繰り出した後、多溝ローラ1a,1bを逆転させることでワイヤー2を400m巻き戻した。この交播運動を1分間で1回行うと、1サイクルとなる。また、ワイヤー2は、本実施の形態の場合、毎分9m(繰り出し長さと、巻き戻し長さの差)の速度で新たなワイヤーが繰り出されている。この時、図1における4つの押さえローラ11a1,11a2,11b1,11b2は、ワイヤー2と接しており、ワイヤー2の走行方向にならって回転するようになっている。
【0027】
続いて、押さえローラ11a1,11a2,11b1,11b2の効果について説明する。
図2に、マルチ・ワイヤーソーの加工部の正面図を示す。図2は、多溝ローラ1a,1bにワイヤー2を一様な張力Tで巻き付けた様子を示す図である。図2に示す構成は、マルチ・ワイヤーソーへのワイヤー2の巻き付け状態として、最も一般的である。
【0028】
ここで、ワイヤー2の巻き付け時の張力Tを高くすると、加工初期において多溝ローラ1a,1bのV溝から脱線することは無い。しかしながら、多溝ローラ1a,1bを構成する材質としてポリウレタンが使用されることが多く、張力Tを高くして多溝ローラ1a,1bのV溝にワイヤー2を巻き付けると、ワイヤー2がV溝に食い込んでV溝が削れてしまうことがある。V溝が削れてしまうと、多溝ローラ1a,1bの寿命を早めることになる。特にワイヤー2にダイヤモンド砥粒が固定されたダイヤモンド・ワイヤーを用いた場合、この現象が顕著である。
【0029】
ここで、逆に、多溝ローラ1a,1bを長寿命化するために、ワイヤー2の巻き付け時の張力Tを低く設定すると、加工中にワイヤー2の多溝ローラ1a,1bにあるV溝からの脱線(外れ)が生じ易くなり、多溝ローラ1a,1bを継続して使用することができなくなることがある。
【0030】
そこで、本実施の形態においては、多溝ローラ1a,1bへ巻き付けるワイヤー2の張力Tを、多溝ローラに形成されたV溝への損傷を低減した上で、加工時においてもワイヤー2の脱線が生じない張力Tとしている。具体的には、本実施の形態では、ワイヤー2が多溝ローラ1a,1bと接する部分においては低い張力(図1中における張力T1)となり、ワイヤー2が多溝ローラ1a,1bから離れる区間においては高い張力(図1中における張力T2)となる構成としている。一本のワイヤー2において、張力の異なる区間を有するという工学的矛盾を解決するために、本実施の形態では、以下に説明する工夫を行っている。
【0031】
本実施の形態では、まず図1に示すように、多溝ローラ1a,1bに、巻き付け張力T1に設定して、ワイヤー2を巻き付ける。このようにすることで、ワイヤー2と多溝ローラ1a,1bの接する区間においては、ワイヤー張力をT1としている。次に、押さえローラ11a1,11a2,11b1,11b2でワイヤー2が多溝ローラ1a,1bから離れる付近を押さえるように構成する。具体的には、図1に示すように、多溝ローラ1a,1bの2つの回転軸を通る垂線の内側(同図中L1の間)に、4つの押さえローラ11a1,11a2,11b1,11b2の回転軸の中心を設置している。このように構成することで、ワイヤー2が多溝ローラ1a,1bに接する区間のワイヤー張力をT1とし、ワイヤー2が多溝ローラ1a,1bから離れる区間のワイヤー張力をT2とすると、ワイヤー張力を、
T1 < T2
の関係となるように設定することが望ましい。このように設定することで、多溝ローラ1a,1bを損傷させること無く、ワイヤー2がV溝から脱線することが無いマルチ・ワイヤーソー(加工機本体)を実現できる。
【0032】
直径120μmのワイヤーの場合、一例としてワイヤーの張力T1を10N、張力T2を25Nに設定すると、ワイヤーの張力を一様に25N(T1=T2)に設定した場合と比較して、多溝ローラ1a,1bの寿命が2倍になることが確認できた。なお、ここで設定するワイヤー2の張力T1,T2の値は、ワイヤー2の破断張力より低い。また、使用するワイヤー2の直径や材質が変わった場合においても、固有の破断強さに応じて、最適値が異なることは言うまでもない。
【0033】
このように設定したマルチ・ワイヤーソーを用いて被加工物であるシリコンインゴットを加工することで、スライスされたシリコンを製造することができる。
次にダイヤモンド・ワイヤーを使った加工で特有の交播運動によって生じる現象において、本実施の形態の有効性について説明する。
【0034】
図3(a),図3(b)に、交播運動によるワイヤーの基本挙動を示す。
図3(a),図3(b)に示すマルチ・ワイヤーソーにおいて、多溝ローラ1aは駆動軸に結合され、多溝ローラ1bは従動軸に結合されている。そして、多溝ローラ1a,1bに、ワイヤー2が巻き付けられている。
【0035】
図3(a)に示すように、多溝ローラ1aが正転(図の右回り)すると、ワイヤー2の弛みが上部(図の上側)に生じる。これによって、図3(a)にAで示す入口側でワイヤー2の脱線が生じる場合がある。逆に、図3(b)に示すように、多溝ローラ1aが逆転(図の左回り)すると、ワイヤー2の弛みは下部(図の下側)に生じる。これによって、図3(b)にBで示す出口側でワイヤー2の脱線が生じる場合がある。このように、ワイヤー2が交播運動する過程では、多溝ローラ1a,1bの回転方向が変化するため、ワイヤー2の張力の変動が生じる。この張力の変動は、多溝ローラ1a,1bの加減速中にも生じることは言うまでもない。
【0036】
このワイヤー2の張力の変動が、多溝ローラ1a,1bのV溝が損傷する原因になっている。そのため、本実施の形態でも使用しているような交播運動を行う構成の装置においては、加減速の速度の設定値を低く設定しないと、多溝ローラ1a,1bの寿命が極端に短くなることがある。多溝ローラ1a,1bが損傷すると、加工時間が必要以上に増加する場合もある。
【0037】
加えて、多溝ローラ1a,1bの加減速中にワイヤー2の張力が低下することが原因で、V溝からの脱線が生じ易くなる。先述したように、ダイヤモンド・ワイヤーを使用している場合は、V溝からのワイヤー2の脱線が生じ、1つのV溝の中で2本のワイヤー2が折り重なると、お互いのワイヤー2をダイヤモンドで傷つけあい、断線の原因になる。また、ワイヤー2がお互いに傷つけあうことで断線しなかったとしても、ダイヤモンドがワイヤー2から脱落し、ワイヤー2の切れ味が低下する場合もある。ワイヤー2の切れ味が低下してワイヤー2で被加工物3を加工できなくなると、ワイヤー2に大きな撓みが生じ、断線に至る可能性すらある。
【0038】
本実施の形態では、図1に示すように、多溝ローラ1a,1bに、ワイヤー2の巻き付け張力をT1に設定して巻き付けた上で、押さえローラ11でワイヤーが多溝ローラ1a,1bから離れる付近を押さえるように構成している。このように構成することで、多溝ローラ間(1aと1bの間)のワイヤー張力をT2することができ、さらに、ワイヤー張力がT1<T2の関係となるように設定することで、多溝ローラ1を損傷すること無く、ワイヤー2がV溝から脱線することを防止できる。
【0039】
図3(a),図3(b)においては、多溝ローラ1aを駆動軸とし、多溝ローラ1bを従動軸として説明したが、マルチ・ワイヤーソーの種類によっては、複数ある多溝ローラの全軸を駆動軸となるように構成したものもある。そのような構成の場合においても、全軸間の同期ズレが生じ、ワイヤー2の張力は全軸間で均等でない。よって、本実施の形態は、多溝ローラの全軸を駆動軸とした構成のマルチ・ワイヤーソーにおいても有効である。
【0040】
なお、押さえローラ11a1,11a2,11b1,11b2としてポリウレタンなどの弾性材料を使用した場合には、押さえローラ11a1,11a2,11b1,11b2上には特にV溝等は設けなかったが、必要に応じて設けても良い。
【0041】
また、本実施の形態では説明しなかったが、押さえローラ11a1,11a2を図示しない連結部材で連結することで、押さえローラ11a1,11a2の間隔を一定の状態にすることができる。この場合、同様に、押さえローラ11b1,11b2を図示しない連結部材で連結することで、同様に、押さえローラ11b1,11b2の間隔を一定の状態にすることができる。
【0042】
(実施の形態2)
図4〜図6を用いて、本発明の実施の形態2について説明する。
実施の形態1では多溝ローラ1aに2個の押さえローラ11a1,11a2を設け、多溝ローラ1bに2個の押さえローラ11b1,11b2を設けた。それに対し、この実施の形態2では、図4に示すように、多溝ローラ1aに3個の押さえローラ11a1,11a2,11a3を設け、多溝ローラ1bに3個の押さえローラ11b1,11b2,11b3を設けた点が、実施の形態1とは大きく異なっている。
【0043】
図4において、回転自在な押さえローラ11a3は、多溝ローラ1aからワイヤー2が離れる出口近傍と、ワイヤー2が多溝ローラ1aに接触を始める入口近傍との間で、ワイヤー2を多溝ローラ1aに押し付けるように配置されている。回転自在な押さえローラ11b3は、多溝ローラ1bからワイヤー2が離れる出口近傍と、ワイヤー2が多溝ローラ1bに接触を始める入口近傍との間で、ワイヤー2を多溝ローラ1bに押し付けるように配置されている。
【0044】
さらに、図5(a),図5(b)に示すように、押さえローラ11a1〜11a3のローラ端部は連結部材の一例である連結棒12a,12aにより連結され、押さえローラ11b1〜11b3のローラ端部は連結部材の一例である連結棒12b,12bにより連結されている。
【0045】
この構成において、本実施の形態の効果を得るためには、2つの多溝ローラ1a,1bの回転軸間の区間をL1とすると、多溝ローラ1aを取り巻く3個の押さえローラ11a1,11a2,11a3の内の2個が区間L1に含まれる(多溝ローラ1a,1bの回転軸を結ぶ直線と直交する面上に存在する)必要がある。同様に、本実施の形態の効果を得るためには、多溝ローラ1bを取り巻く3個の押さえローラ11b1,11b2,11b3の内の2個が区間L1に含まれる(多溝ローラ1a,1bの回転軸を結ぶ直線と直交する面上に存在する)必要がある。
【0046】
連結棒12a,12bは、引張バネや伸縮性のあるゴムで構成することが望ましい。引張バネや伸縮性のあるゴムで構成することで、3個の押さえローラ11a1〜11a3,11b1〜11b3の相互間の距離の調整が簡便となる。
【0047】
本実施の形態2では、多溝ローラ1a,1bごとに3個の押さえローラ11a1〜11a3、11b1〜11b3を設けたが、押さえローラ11a1と押さえローラ11a2の間に押さえローラ11a3と同様の複数の押さえローラを設け、押さえローラ11b1と押さえローラ11b2の間に押さえローラ11b3と同様の複数の押さえローラを設けても良い。すなわち、本実施の形態2では、押さえの押圧力のバランスが取れれば、押さえローラ11の数は、3個以上とすることも可能である。
【0048】
図5(a),図5(b)に示すように、ワイヤー2の張力が上部区間でT2tとなり、下部区間でT2bとなる。図5(a)に示すように、多溝ローラ1a,1bの回転方向が変わった瞬間においては、上部区間に弛みが生じ、ワイヤー2がV溝から脱線しやすくなる。しかしながら、本実施の形態2の構成にすることで、上下2区間のワイヤー2の張力に張力差が生じると、図5(b)に示すように3個の押さえローラ11a1〜11a3,11b1〜11b3が、僅かながら多溝ローラ1a,1bを中心に回転する。このように回転することで、図5(b)に示すように、上下2区間のワイヤー2の張力T2t、T2bが釣り合う。
【0049】
本実施の形態2のように押さえローラ11a1〜11a3,11b1〜11b3を、多溝ローラ1a,1bを中心に連結棒12a,12bで連結することにより、自律的にワイヤー2の張力を調整することが可能となる。
【0050】
また、前述の実施の形態1における押さえローラ11a1,11a2,11b1,11b2は、マルチ・ワイヤーソー本体に回転自在に固定する構成が必要であったが、この実施の形態2では、上記のように多溝ローラ1aを取り巻く3個の押さえローラ11a1〜11a3を連結棒12aで連結し、多溝ローラ1bを取り巻く3個の押さえローラ11b1〜11b3を連結棒12bで連結したので、押さえローラ11a1〜11a3,11b1〜11b3をマルチ・ワイヤーソー本体に固定する必要がない。本実施の形態2において、連結された押さえローラ11a1〜11a3,11b1〜11b3は、多溝ローラ1a,1bにそれぞれ回転自在に固定されている。そのため、後述する図6のような構成も可能となる。
【0051】
この実施の形態2を、より実用的にした別の形態を図6に示す。
図6に示す本実施の形態2の別の形態では、連結棒12a,12bが、弾性を有する“C”リング状に設計されている。そのため、図4に示すように、最初に、ワイヤー2を張力T1で多溝ローラ1a,1bに巻き付けた後、図6で示した“C”リング状の連結棒12a,12bに取り付けられた押さえローラ11a1〜11a3,11b1〜11b3を、多溝ローラ1a,1bに、はめ込むようにして取り付ける。
【0052】
なお、上記の各実施の形態において押さえローラ11a1〜11a3,11b1〜11b3としてポリウレタンなどの弾性材料を使用した場合には、押さえローラ11a1〜11a3,11b1〜11b3上には特にV溝等は設けなかったが、必要に応じて設けても良い。
【産業上の利用可能性】
【0053】
本発明は、太陽電池用シリコンインゴットのスライス加工分野に限らず、半導体用シリコンや、金属、セラミックス、サファイアや炭化珪素(SiC)のスライス加工においても適用できる。
【符号の説明】
【0054】
1a,1b 多溝ローラ
2 ワイヤー
3 被加工物
4 被加工物保持具
11a1,11a2,11a3,11b1,11b2,11b3 押さえローラ
12a,12b 連結棒

【特許請求の範囲】
【請求項1】
回転自在に設けられた複数のローラ間に巻き付けられたワイヤーを備え、前記ワイヤーを被加工物に相対的に押し付けて前記被加工物をスライスするワイヤーソーにおいて、
前記ローラから前記ワイヤーが離れる出口近傍と前記ワイヤーが前記ローラに接触を始める入口近傍とに、前記ワイヤーを前記ローラに押し付ける回転自在な押さえローラを設けた、
ワイヤーソー。
【請求項2】
前記ローラから前記ワイヤーが離れる出口近傍および前記ワイヤーが前記ローラ接触を始める入口近傍の2個所と、この2個所の間とに、前記ワイヤーを前記ローラに押し付ける回転自在な押さえローラを設けた、
請求項1に記載のワイヤーソー。
【請求項3】
前記ワイヤーが前記ローラに接する区間のワイヤー張力をT1とし、前記ワイヤーが前記ローラから離れる区間のワイヤー張力をT2とすると、
T1 < T2
の関係を満たす、
請求項1又は請求項2に記載のワイヤーソー。
【請求項4】
前記複数の押さえローラが互いに連結部材で連結された、
請求項1から請求項3いずれか1項に記載のワイヤーソー。
【請求項5】
回転自在に設けられた複数のローラ間にワイヤーを巻き付け、前記ワイヤーを被加工物に押し付けてスライスしてシリコンを製造するワイヤーソーを用いたシリコン製造方法において、
前記ローラから前記ワイヤーが離れる出口近傍と前記ワイヤーが前記ローラに接触を始める入口近傍とに、回転自在な押さえローラを押し付け前記ワイヤーに張力を付与した状態で、被加工物を加工してシリコンを製造する、
ワイヤーソーを用いたシリコン製造方法。
【請求項6】
前記ワイヤーが前記ローラに接する区間のワイヤー張力をT1とし、前記ワイヤーが前記ローラから離れる区間のワイヤー張力をT2とすると、
T1 < T2
の関係を満たす、
請求項5に記載のワイヤーソーを用いたシリコン製造方法。
【請求項7】
前記複数の押さえローラが互いに連結部材で連結された、
請求項5又は請求項6に記載のワイヤーソーを用いたシリコン製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2013−18082(P2013−18082A)
【公開日】平成25年1月31日(2013.1.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−153395(P2011−153395)
【出願日】平成23年7月12日(2011.7.12)
【出願人】(000005821)パナソニック株式会社 (73,050)
【Fターム(参考)】