説明

事務機器用部材およびその製造方法

【課題】本発明は、バイオマス系原料であるセルロースエステル樹脂を用いて製造される耐熱性、機械的特性に優れた事務機器用部材を提供することを目的とする。
【解決手段】下記式(S−1)〜(S−3)を満たす、セルロースアセテートプロピオネートまたはセルロースアセテートブチレート、の少なくとも一つのセルロースエステル樹脂を含むセルロースエステル樹脂組成物を、金型温度90〜130℃に設定された金型内に射出する工程(1)と、該金型温度を保ったまま該金型に射出した該セルロースエステル樹脂組成物を該金型内で5分〜1時間保持する工程(2)とを有する事務機器用部材の製造方法。
式(S−1) 2.0≦X+Y≦3.0
式(S−2) 0.1≦X≦0.5
式(S−3) 1.9≦Y≦2.7
(式(S−1)〜(S−3)中、Xはアセチル基の置換度を表し、Yはプロピオニル基またはブチリル基の置換度を表す。)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複写機、プリンター、ファクシミリなどに代表される事務機器の部材に関し、さらに詳しくはバイオマス系材料であるセルロースエステルを主成分としながら、十分な耐熱性、機械的強度を有する材料に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、電気製品や事務機器の部材には、ポリスチレン、ポリスチレン−ABS樹脂共重合体、ポリカーボネート、ポリエステル、ポリフェニレンサルファイド、ポリアセタールなどの高分子材料が、耐熱性、機械強度、特に事務機器の場合には、事務機器特有の環境変動に対する機械強度の維持性に優れることから用いられてきた。
【0003】
上記の高分子材料は主に石油資源を原料としている。そのため、近年、原油備蓄量が世界的に減少しつつあること、および化石や鉱物燃料を燃焼した結果として生じる二酸化炭素などに起因した環境破壊が深刻な問題としてなっている。
【0004】
そこで、環境負荷を軽減し循環型社会を構築するために、バイオマスの利用が注目されている。バイオマスは、我々のライフサイクルの中で太陽エネルギーによって二酸化炭素と水から光合成された有機化合物であり、それを利用することにより再度二酸化炭素と水になる、いわゆるカーボンニュートラルな再生可能エネルギーである。なかでも、セルロースおよびセルロースエステル等のセルロース誘導体は、地球上で最も大量に生産されるバイオマス系材料として、また、環境中にて生分解可能な材料として昨今の大きな注目を集めつつある。
【0005】
現在商業的に利用されているセルロース誘導体の代表例としては、セルロースアセテート、セルロースアセテートプロピオネート、セルロースアセテートブチレート、セルロースアセテートフタレート等が挙げられ、プラスチック、フィルター、塗料など幅広い分野に利用されている。また、これらセルロース誘導体を他の樹脂と組み合わせる試みなどもなされている。例えば、特開2003−306577号公報(特許文献1)では、連続層を構成するセルロース誘導体と、分散層を構成するポリスチレンなど熱可塑性樹脂とで構成された組成物が開示されている。また、特開平6−207047号公報(特許文献2)では、熱可塑的に加工可能なデンプンとセルロース誘導体とを含有し、良好な機械的特性を示すポリマーブレンドについて開示されている。
【0006】
【特許文献1】特開2003−306577号公報
【特許文献2】特開平6−207047号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、概してバイオマス系材料を用いて射出成形により製造した事務機器用部材は、事務機器の部材に要求される耐熱性・機械的特性などの諸要求性能の観点からは必ずしも満足できるものではなかった。つまり、耐衝撃性などの機械的特性が劣るため、家電製品や事務用機器などの高度な特性が要求される部材として使用すると破損や変形などの問題が生じていた。また、上述の特許文献1や特許文献2に記載されているセルロース誘導体を含む組成物の射出成形品は、機械的強度、特にアイゾット衝撃強度が約1〜2以下と小さく、筐体などの事務機器としては使用することができなかった。
【0008】
本発明は、上記のような問題点に鑑みて、バイオマス系原料であるセルロースエステル樹脂を用いて製造される耐熱性、機械的特性に優れた事務機器用部材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、鋭意検討を行った結果、上記課題が下記の<1>〜<2>の構成により解決されることを見出した。
【0010】
<1> 下記式(S−1)〜(S−3)を満たす、セルロースアセテートプロピオネートまたはセルロースアセテートブチレート、の少なくとも一つのセルロースエステル樹脂を含むセルロースエステル樹脂組成物を、金型温度90〜130℃に設定された金型内に射出する工程(1)と、該金型温度を保ったまま該金型に射出した該セルロースエステル樹脂組成物を該金型内で5分〜1時間保持する工程(2)とを有する事務機器用部材の製造方法。
式(S−1) 2.0≦X+Y≦3.0
式(S−2) 0.1≦X≦0.5
式(S−3) 1.9≦Y≦2.7
(式(S−1)〜(S−3)中、Xはアセチル基の置換度を表し、Yはプロピオニル基またはブチリル基の置換度を表す。)
<2> 前記工程(2)後、前記金型温度を120℃以下にして前記金型から射出した前記セルロースエステル樹脂組成物を離型する工程(3)をさらに有する<1>に記載の事務機器用部材の製造方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、バイオマス原料であるセルロースエステル樹脂を用いて製造される耐熱性、機械的特性に優れた事務機器用部材を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
次に好ましい実施の形態を挙げて本発明をさらに詳しく説明する。
本発明では、事務機器用部材の製造を以下の2つ工程に分けて説明する。
<1>下記式(S−1)〜(S−3)を満たす、セルロースアセテートプロピオネートまたはセルロースアセテートブチレート、の少なくとも一つのセルロースエステル樹脂を、金型温度90〜130℃に設定された金型内に射出する工程(1)
式(S−1) 2.0≦X+Y≦3.0
式(S−2) 0.1≦X≦0.5
式(S−3) 1.9≦Y≦2.7
(式(S−1)〜(S−3)中、Xはアセチル基の置換度を表し、Yはプロピオニル基またはブチリル基の置換度を表す。)
<2>金型温度を保ったまま金型に射出したセルロースエステル樹脂組成物を金型内で5分〜1時間保持する工程(2)
【0013】
<セルロースエステル樹脂組成物>
本発明のセルロースエステル樹脂組成物は、下記式(S−1)〜(S−3)を満たす、セルロースアセテートプロピオネートまたはセルロースアセテートブチレート、の少なくとも一つのセルロースエステル樹脂と、添加剤などの任意の成分からなる組成物である。なお、セルロースアセテートプロピオネートの場合、Yはプロピオニル基の置換度を表し、セルロースアセテートブチレートの場合、Yはブチリル基を表す。
式(S−1) 2.0≦X+Y≦3.0
式(S−2) 0.1≦X≦0.5
式(S−3) 1.9≦Y≦2.7
(式(S−1)〜(S−3)中、Xはアセチル基の置換度を表し、Yはプロピオニル基またはブチリル基の置換度を表す。)
【0014】
セルロースエステル樹脂とは、セルロースを構成するグルコース単位に含まれる2,3および6位の3個の水酸基の一部または全部を、アシル基で置換して得られる樹脂である。なお、セルロースを構成するグルコース単位に含まれる3個の水酸基が、置換基(例えば、アセチル基)により置換される数の平均値を置換度として表す。3個の水酸基が全て置換された場合は、置換度は3.0となる。本発明で用いられるセルロースエステル樹脂は、アセチル基とアセチル基以外のアシル基とが混合状態で共に含まれてもよい。
【0015】
本発明ではセルロースエステル樹脂組成物中に含まれるセルロースエステル樹脂は、セルロースアセテートプロピオネートまたはセルロースアセテートブチレートの少なくとも一つを含む。該セルロースエステル樹脂を使用することにより、高強度で、機械的特性に優れた、特にアイゾット衝撃強度の改善が促進される。なお、セルロースアセテートプロピオネートは、主にアセチル基(X)とプロピオニル基(Y)とを置換基として有するセルロースエステル樹脂である。セルロースアセテートブチレートは、主にアセチル基(X)とブチリル基(Y)とを置換基として有するセルロースエステル樹脂である。
【0016】
本発明では、下記式(S−4)〜(S−6)の置換度の条件を満たす、セルロースアセテートプロピオネートまたはセルロースアセテートブチレートを用いることがより好ましい。
式(S−4)2.5≦X+Y≦3.0
式(S−5)0.2≦X≦0.5
式(S−6)2.3≦Y≦2.8
(式(S−4)〜(S−6)中、Xはアセチル基の置換度を表し、Yはプロピオニル基またはブチリル基の置換度を表す。)
【0017】
本発明では、下記式(S−7)〜(S−9)の置換度の条件を満たす、セルロースアセテートプロピオネートまたはセルロースアセテートブチレートを用いることがさらに好ましい。
式(S−7)2.7≦X+Y≦3.0
式(S−8)0.2≦X≦0.4
式(S−9)2.5≦Y≦2.8
(式(S−7)〜(S−9)中、Xはアセチル基の置換度を表し、Yはプロピオニル基またはブチリル基の置換度を表す。)
【0018】
上記範囲のセルロースエステル樹脂を使用することにより、結晶化が促進される等の理由により、機械的特性、特にアイゾット衝撃強度の改善が促進される。
【0019】
置換度は、核磁気共鳴装置(NMR)などによって測定することができる。
【0020】
セルロースエステル樹脂のガラス転移温度は、分子量や置換度などによって異なるが、通常130〜170℃で、好ましくは135〜155℃である。ガラス転移温度は、公知のDSC(示差走査熱量計)を用いて測定される。
【0021】
本発明で用いられるセルロースエステル樹脂の重量平均分子量Mw(weight-average molecular weight)は、本発明の効果を奏する範囲であれば特に限定されないが、通常、重量平均分子量が150000〜250000、好ましくは180000〜250000である。該重量平均分子量は、セルロースエステル樹脂をテトラヒドロフランに溶解させ、ポリスチレンを標準試料とし、公知の装置を使用したゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)測定により得られる。重量平均分子量が150000より小さいと、耐熱性・機械的強度の点から好ましくない。250000を超えると、溶融粘度が過度に上昇し、溶融状態での流動性が悪化し好ましくない。
【0022】
分子量分布については、特に制限はないが、過度に広すぎる分子量分布は、射出成形品の機械的特性などの観点から好ましくない。分子量分布の指標として重量平均分子量Mwと数平均分子量Mnとの比Mw/Mnを用いた場合、好ましくはMw/Mn=1.5〜4.0、さらに好ましくは1.6〜3.5、特に好ましくは1.7〜3.0である。
【0023】
セルロースエステル樹脂組成物中のセルロースアセテートプロピオネートまたは/およびセルロースアセテートブチレートの含有量は、50〜100質量%、好ましくは60〜100質量%、より好ましくは70〜95質量%である。この範囲内であると、セルロースアセテートプロピオネートやセルロースアセテートブチレートの特徴を埋もれさせることなく発現し、耐衝撃性などの機械的強度に優れたセルロースエステル樹脂組成物が得られるという点で好ましい。
【0024】
本発明のセルロースエステル樹脂組成物には、本発明の効果を損なわない範囲で、セルロースアセテートプロピオネートまたはセルロースアセテートブチレート以外のセルロースエステル樹脂を加えてもよい。例えば、アシル基(脂肪族アシル基または芳香族アシルが好ましい。例えば、ペンタノイル基、ヘキサノイル基、ヘプタノイル基、オクタノイル基、デカノイル基、ドデカノイル基、トリデカノイル基、テトラデカノイル基、ヘキサデカノイル基、オクタデカノイル基、イソブチリル基、ピバロイル基、シクロヘキサンカルボニル基、オレオイル基、ベンゾイル基、ナフタレンカルボニル基、フタロイル基、シンナモイルなどを挙げることができる。)とアセチル基とで置換されたセルロースエステル樹脂、セルロース無機酸エステル(硝酸セルロース、硫酸セルロース、リン酸セルロースなど)などが挙げられる。なお、セルロースエステル樹脂を構成するアシル基は、単一種であってもよいし、複数種であってもよいが、単一種であるほうが好ましい。
【0025】
本発明のセルロースエステル樹脂組成物には、本発明の効果を損なわない範囲で、用途に応じた各種の添加剤(例えば、可塑剤、紫外線防止剤、結晶核剤、劣化防止剤、フィラー、離型剤、帯電防止剤、難燃剤など)を加えてもよい。セルロースエステル樹脂組成物中の該添加剤の含有量は、添加剤の種類や使用目的に応じて適宜最適な量が選択されるが、通常0.1〜40質量%、好ましくは0.15〜30質量%である。添加方法は特に限定されないが、通常、ペレット化時に混入させることが好ましい。また、添加剤を高濃度に含有するペレットを、射出成形時に所望の添加量になるように、セルロースエステル樹脂組成物のペレットと混合して射出成形機に投入してもよい。
【0026】
本発明のセルロースエステル樹脂組成物には、本発明の効果を損なわない範囲で、セルロースエステル樹脂以外の熱可塑性樹脂を加えてもよい。例えば、熱可塑性樹脂としては、オレフィン系樹脂、ハロゲン含有樹脂、ビニルアルコール系樹脂、ビニルエステル系樹脂、スチレン系樹脂、(メタ)アクリル系樹脂、ポリエステル系樹脂、ポリカーボネート系樹脂、ポリアミド系樹脂、ポリスルホン系樹脂、ポリフェニレン系樹脂、ポリアセタール系樹脂、熱可塑性エラストマーなどが挙げられる。セルロースエステル樹脂組成物中の上記熱可塑性樹脂の含有量は、使用用途や樹脂の種類などによって適宜選択されるが、通常1〜40質量%、好ましくは1.5〜30質量%である。
【0027】
本発明に使用されるセルロースアセテートプロピオネートやセルロースアセテートブチレートなどのセルロースエステル樹脂は、市販品を使用してもよい。また、公知の合成方法を、目的に応じて適宜選択することができる。例えば、発明協会公開情報(公技番号 2001−1745、2001年3月15日発行、発明協会)の7〜12頁に記載されている方法などが挙げられる。以下にセルロースエステル樹脂の合成法を詳述する。
【0028】
セルロース原料としては、特に制限はないが、例えば、広葉樹パルプ、針葉樹パルプ、綿花リンカー由来のものが好適に挙げられる。また、前記セルロース原料としては、α―セルロース含量が92質量%以上99.9質量%以下の高純度のものを用いることが好ましい。セルロース原料がフィルム状や塊状である場合は、前処理として、予め解砕しておくことが好ましい。
【0029】
セルロース原料はエステル化に先立って、活性化剤と接触させる処理(活性化)を行うことが好ましい。前記活性化剤としては、カルボン酸または水を用いることができるが、水を用いた場合には、活性化の後に無水物を過剰に添加して脱水を行ったり、水を置換するためにカルボン酸で洗浄したり、エステル化の条件を調節したりすることが好ましい。前記活性化剤は、いかなる温度に調節して添加してもよく、添加方法としては、噴霧、滴下、浸漬などの方法から適宜選択することができる。
【0030】
前記活性化剤として用いられるカルボン酸としては、特に制限はないが、例えば、炭素数2〜7のカルボン酸が好ましい。具体的には、酢酸、プロピオン酸、酪酸、吉草酸、3−メチル酪酸、2−メチル酪酸、ヘキサン酸、2,2―ジメチルプロピオン酸などが挙げられる。これらは1種単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。
【0031】
活性化の際は、必要に応じて更に硫酸などのエステル化のために触媒を加えることもできる。前記触媒の添加量は、セルロースに対して0.1〜10質量%であることが好ましい。
【0032】
前記活性化剤の添加量は、セルロースに対して5質量%以上であることが好ましく、10質量%以上であることがより好ましく、30質量%以上であることが特に好ましい。前記活性化剤の量が5質量%未満であると、セルロースの活性化の程度が低下するなどの不具合が生じることがある。前記活性化剤の添加量の上限は、生産性を低下させない限りにおいて特に制限はないが、セルロースに対して質量で100倍以下であることが好ましく、20倍以下であることがより好ましく、10倍以下であることが特に好ましい。前記活性化剤は、セルロースに対して大過剰加えて活性化を行い、その後、濾過、送風乾燥、加熱乾燥、減圧留去、溶媒置換などの操作を行って活性剤の量を減少させてもよい。
【0033】
前記活性化の時間は、20分以上72時間以下が好ましく、20分以上24時間以下がより好ましく、20分以上12時間以下が特に好ましい。前記活性化の時間が20分未満であると、充分に活性化ができないことがあり、72時間を超えると、活性化の時間が長すぎて生産性に影響を及ぼすことがある。前記活性化の温度は、0℃以上90℃以下が好ましく、15℃以上80℃以下がより好ましく、20℃以上60℃以下が特に好ましい。また、加熱の手段として、マイクロ波や赤外線などの電磁波を用いてもよい。前記活性化は、常圧で行ってもよいし、加圧または減圧条件下で行ってもよい。
【0034】
前記セルロースエステル樹脂の合成方法においては、セルロースにカルボン酸の酸無水物を加え、ブレンステッド酸またはルイス酸を触媒として反応させることで、セルロースの水酸基をエステル化することが好ましい。前記エステル化の方法としては、エステル化剤として2種のカルボン酸無水物を混合または逐次添加により反応させる方法、2種のカルボン酸の混合酸無水物(例えば、酢酸・プロピオン酸混合酸無水物)を用いる方法、カルボン酸と別のカルボン酸の酸無水物(例えば、酢酸とプロピオン酸無水物)を原料として反応系内で混合酸無水物(例えば、酢酸・プロピオン酸混合酸無水物)を合成してセルロースと反応させる方法、置換度が3に満たないセルロースエステル樹脂を一旦合成し、酸無水物や酸ハライドを用いて残存する水酸基を更にエステル化する方法などが挙げられる。
【0035】
前記カルボン酸の酸無水物としては、例えば、カルボン酸としての炭素数2〜7のものが挙げられる。このような、カルボン酸の酸無水物としては、例えば、無水酢酸、プロピオン酸無水物、酪酸無水物、2−メチルプロピオン酸無水物、吉草酸無水物、3−メチル酪酸無水物、2−メチル酪酸無水物、2,2−ジメチルプロピオン酸無水物(ピバル酸無水物)、ヘキサン酸無水物、2−メチル吉草酸無水物、3−メチル吉草酸無水物、4−メチル吉草酸無水物、2,2−ジメチル酪酸無水物、2,3−ジメチル酪酸無水物、3,3−ジメチル酪酸無水物、シクロペンタンカルボン酸無水物、ヘプタン酸無水物、シクロヘキサンカルボン酸無水物、安息香酸無水物などが挙げられる。これらの中でも、無水酢酸、プロピオン酸無水物、酪酸無水物、吉草酸無水物、ヘキサン酸無水物、ヘプタン酸無水物等の無水物が好ましく、無水酢酸、プロピオン酸無水物、酪酸無水物が特に好ましい。
【0036】
前記エステル化の触媒としては、ブレンステッド酸またはルイス酸を使用することが好ましい。ブレンステッド酸およびルイス酸の定義については、例えば、「理化学辞典」第五版(2000年)に記載されている。好ましいブレンステッド酸の例としては、例えば、硫酸、過塩素酸、リン酸、メタンスルホン酸、ベンゼンスルホン酸、p−トルエンスルホン酸などが挙げられる。好ましいルイス酸の例としては、例えば、塩化亜鉛、塩化スズ、塩化アンチモン、塩化マグネシウムなどが挙げられる。これらの中でも、硫酸または過塩素酸がより好ましく、硫酸が特に好ましい。前記触媒の添加量は、セルロースに対して0.1〜30質量%が好ましく、1〜15質量%がより好ましく、3〜12質量%が特に好ましい。
【0037】
エステル化を行う際には、粘度、反応速度、攪拌性、アシル置換比などを調整する目的で、溶媒を添加してもよい。このような溶媒としては、例えば、ジクロロメタン、クロロホルム、カルボン酸、アセトン、エチルメチルケトン、トルエン、ジメチルスルホキシド、スルホランなどが挙げられる。これらのなかでも、カルボン酸が好ましい。前記カルボン酸としては、例えば、炭素数2〜7のカルボン酸が挙げられる。前記炭素数2〜7のカルボン酸としては、例えば、酢酸、プロピオン酸、酪酸、2−メチルプロピオン酸、吉草酸、3−メチル酪酸、2−メチル酪酸、2,2−ジメチルプロピオン酸(ピバル酸)、ヘキサン酸、2−メチル吉草酸、3−メチル吉草酸、4−メチル吉草酸、2,2−ジメチル酪酸、2,3−ジメチル酪酸、3,3−ジメチル酪酸、シクロペンタンカルボン酸などが挙げられる。これらの中でも、酢酸、プロピオン酸、酪酸などが挙げられる。これらの溶媒は、1種単独で用いてもよいし、2種以上を混合して用いてもよい。
【0038】
エステル化を行う際には、酸無水物と触媒、さらに必要に応じて溶媒を混合してからセルロースと混合してもよいし、これらを別々に逐次セルロースと混合してもよいが、酸無水物と触媒との混合物、又は、酸無水物と触媒と溶媒との混合物をエステル化剤として調整してからセルロースと反応させることが好ましい。エステル化の際の反応熱による反応容器内の温度上昇を抑制するために、エステル化剤は予め冷却しておくことが好ましい。前記エステル化剤の冷却温度としては、−50℃〜20℃が好ましく、−35℃〜10℃がより好ましく、−25℃〜5℃が特に好ましい。エステル化剤は液状で添加しても、凍結させて結晶、フレーク、又はブロック状の固体として添加してもよい。前記エステル化剤は、セルロースに対して一度に添加しても、分割して添加してもよい。また、エステル化剤に対してセルロースを一度に添加しても、分割して添加してもよい。エステル化剤を分割して添加する場合は、同一組成のエステル化剤を用いても、複数の組成の異なるエステル化剤を用いても良い。好ましい例として、1)酸無水物と溶媒の混合物をまず添加し、次いで、触媒を添加する、2)酸無水物、溶媒と触媒の一部の混合物をまず添加し、次いで、触媒の残りと溶媒の混合物を添加する、3)酸無水物と溶媒の混合物をまず添加し、次いで、触媒と溶媒の混合物を添加する、4)溶媒をまず添加し、酸無水物と触媒との混合物あるいは酸無水物と触媒と溶媒との混合物を添加する、などを挙げることができる。
【0039】
セルロースのエステル化は発熱反応であるが、エステル化の際の最高温度が50℃以下であることが好ましく、45℃以下がより好ましく、40℃以下が特に好ましく、35℃以下が最も好ましい。反応温度が50℃を超えると、解重合が進行して本発明の用途に適した重合度のセルロースエステル樹脂を得難くなるなどの不都合が生じることがある。反応温度は温度調節装置を用いて制御してもよいし、エステル化剤の初期温度で制御してもよく、反応容器を減圧して、反応系中の液体成分の気化熱で反応温度を制御することもできる。エステル化の際の発熱は反応初期が大きいため、反応初期には冷却し、その後は加熱するなどの制御を行うこともできる。エステル化の終点は、光線透過率、溶液粘度、反応系の温度変化、反応物の有機溶媒に対する溶解性、偏光顕微鏡観察等の手段により決定することができる。前記エステル化の際の最低温度は−50℃以上が好ましく、−30℃以上がより好ましく、−20℃以上が特に好ましい。前記エステル化の時間は、0.5時間以上24時間以下であり、1時間以上12時間以下がより好ましく、1.5時間以上6時間以下が特に好ましい。0.5時間以下では通常の反応条件では反応が十分に進行せず、24時間を越えると、工業的な製造のために好ましくない。
【0040】
前記セルロースエステル樹脂の合成方法においては、エステル化反応の後に、反応停止剤を加えることが好ましい。前記反応停止剤としては、酸無水物を分解するものであれば特に制限はなく、例えば、水、アルコール(例えばエタノール、メタノール、プロパノール、イソプロピルアルコールなど)、これらを含有する組成物などが好適に挙げられる。また、反応停止剤には、後述の中和剤を含んでいても良い。反応停止剤の添加に際しては、反応装置の冷却能力を超える大きな発熱が生じて、セルロースエステル樹脂の重合度を低下させる原因となったり、セルロースエステル樹脂が望まない形態で沈殿したりする場合があるなどの不都合を避けるため、水やアルコールを直接添加するよりも、酢酸、プロピオン酸、酪酸等のカルボン酸と水との混合物を添加することが好ましく、カルボン酸としては酢酸が特に好ましい。カルボン酸と水の組成比は、任意の割合で用いることができるが、水の含有量が5〜80質量%であることが好ましく、10〜60質量%であることがより好ましく、15〜50質量%であることが特に好ましい。前記反応停止剤は、エステル化の反応容器に添加してもよいし、反応停止剤の容器に反応物を添加してもよい。前記反応停止剤の添加時間は、3分以上3時間以下がより好ましく、4分以上2時間以下がより好ましく、5分以上1時間以下が特に好ましく、10分以上45分以下が最も好ましい。反応停止剤の添加時間が3分未満であると、発熱が大きくなりすぎて重合度低下の原因となったり、酸無水物の加水分解が不十分になったり、セルロースエステル樹脂の安定性を低下させたりするなどの不都合が生じることがある。また、反応停止剤の添加時間が3時間を超えると、工業的な生産性の低下などの問題を生じることがある。反応停止剤を添加する際には、反応容器を冷却しても冷却しなくてもよいが、解重合を抑制する目的から、反応容器を冷却して温度上昇を抑制することが好ましい。また、反応停止剤を冷却しておくことも好ましい。
【0041】
エステル化の反応を停止させる際に、あるいはエステル化の反応停止後に、系内に残存している過剰の無水カルボン酸の加水分解、カルボン酸及びエステル化触媒の一部または全部の中和のために、中和剤またはその溶液を添加してもよい。前記中和剤としては、例えば、カルシウム、マグネシウム、鉄、アルミニウム、亜鉛等の炭酸塩、酢酸塩、水酸化物、酸化物などが挙げられる。前記中和剤の溶媒としては、水、アルコール(例えばエタノール、メタノール、プロパノール、イソプロピルアルコールなど)、カルボン酸(例えば、酢酸、プロピオン酸、酪酸など)、ケトン(例えば、アセトン、エチルメチルケトンなど)、ジメチルスルホキシドなどの極性溶媒、これらの混合溶媒が好適に挙げられる。
【0042】
このようにして得られたセルロースエステル樹脂は、所望の置換度のものを得る目的で、少量の触媒(一般には、残存する硫酸などのエステル化触媒)と水との存在下で、20〜90℃に数分〜数日間保つことによりエステル結合を部分的に加水分解し、セルロースエステル樹脂のエステル置換度を所望の程度まで減少させること、いわゆる熟成が一般的に行われる。加水分解の過程でセルロースの硫酸エステルも加水分解されることから、加水分解の条件を調節することにより、セルロースに結合した硫酸エステルの量を削減することができる。所望のセルロースエステル樹脂が得られた時点で、系内に残存している触媒を、前記のような中和剤またはその溶液を用いて完全に中和し、加水分解を停止させることが好ましい。反応溶液に対して溶解性が低い塩を生成する中和剤(例えば、炭酸マグネシウム、酢酸マグネシウムなど)を添加することにより、溶液中あるいはセルロースに結合した触媒(例えば、硫酸エステル)を効果的に除去することも好ましい。
【0043】
セルロースエステル樹脂中の未反応物、難溶解性塩、その他の異物などを除去または削減する目的として、反応混合物(ドープ)の濾過を行うことが好ましい。濾過は、エステル化の完了から再沈殿までの間のいかなる工程において行ってもよい。濾過圧や取り扱い性の制御の目的から、濾過に先立って適切な溶媒で希釈することも好ましい。
【0044】
このようにして得られたセルロースエステル樹脂溶液を、水もしくはカルボン酸(例えば、酢酸、プロピオン酸など)水溶液のような貧溶媒中に混合するか、セルロースエステル樹脂溶液中に、貧溶媒を混合することにより、セルロースエステル樹脂を再沈殿させ、洗浄及び安定化処理により目的のセルロースエステル樹脂を得ることができる。再沈殿は連続的に行っても、一定量ずつバッチ式で行ってもよい。セルロースエステル樹脂溶液の濃度および貧溶媒の組成をセルロースエステル樹脂の置換様式あるいは重合度により調整することで、再沈殿したセルロースエステル樹脂の形態や分子量分布を制御することも好ましい。
【0045】
生成したセルロースエステル樹脂は、洗浄処理することが好ましい。洗浄溶媒は、セルロースエステル樹脂の溶解性が低く、かつ、不純物を除去することができるものであればいかなるものでもよいが、通常は、水または温水が用いられる。前記洗浄溶媒の温度は、25℃ないし100℃が好ましく、30℃ないし90℃がより好ましく、40℃ないし80℃が特に好ましい。前記洗浄処理は、濾過と洗浄液の交換を繰り返すいわゆるバッチ式で行っても、連続洗浄装置を用いて行ってもよい。再沈殿および洗浄処理で発生した廃液を、再沈殿工程の貧溶媒として再利用したり、蒸留などの手段によりカルボン酸などの溶媒を回収して再利用することも好ましい。前記洗浄の進行を確認する方法としては、特に制限はないが、例えば、水素イオン濃度、イオンクロマトグラフィー、電気伝導度、高周波プラズマ発光分析(ICP)、元素分析、原子吸光スペクトルなどの方法が好適に挙げられる。前記洗浄処理により、セルロースエステル樹脂中の触媒(硫酸、過塩素酸、トリフルオロ酢酸、p−トルエンスルホン酸、メタンスルホン酸、塩化亜鉛など)、中和剤(例えば、カルシウム、マグネシウム、鉄、アルミニウム又は亜鉛の炭酸塩、酢酸塩、水酸化物又は酸化物など)、中和剤と触媒との反応物、カルボン酸(酢酸、プロピオン酸、酪酸など)、中和剤とカルボン酸との反応物などを除去することができ、このことはセルロースエステル樹脂の安定性を高めるために有効である。温水による洗浄処理後のセルロースエステル樹脂は、安定性を更に向上させたり、カルボン酸臭を低下させるために、弱アルカリの水溶液などで処理することも好ましい。前記弱アルカリの水溶液としては、例えば、ナトリウム、カリウム、カルシウム、マグネシウム、アルミニウム等の炭酸塩、炭酸水素塩、水酸化物、酸化物などが挙げられる。残存不純物の量は、洗浄液の量、洗浄の温度、時間、攪拌方法、洗浄容器の形態、安定化剤の組成や濃度により制御できる。本発明においては、残留硫酸根量(硫黄原子の含有量として)が0〜500ppmになるようにエステル化、部分加水分解および洗浄の条件を設定する。
【0046】
前記セルロースエステル樹脂の含水率を好ましい量に調整するためには、セルロースエステル樹脂を乾燥することが好ましい。前記乾燥の方法としては、目的とする含水率が得られるのであれば特に制限はないが、加熱、送風、減圧、攪拌等の手段を単独または組み合わせで用いることで効率的に行うことが好ましい。前記乾燥温度は、0〜200℃が好ましく、40〜180℃がより好ましく、50〜160℃が特に好ましい。本発明のセルロースエステル樹脂は、その含水率が2質量%以下であることが好ましく、1質量%以下であることがより好ましく、0.7質量%以下であることが特に好ましい。
【0047】
<ペレット化>
セルロースエステル樹脂組成物は、ハンドリングの観点から、必要に応じて配合される各種添加剤とともに射出成形前に混合し、ペレット化されるのが好ましい。ペレット化の方法としては特に限定されないが、例えば、セルロースエステル樹脂と任意の添加剤などを予備混合後、ベント式二軸押出機に代表される溶融混練機で溶融混練、およびペレタイザーなどの機器によりペレット化する方法が挙げられる。予備混合としては、ドライブレンド、ナウターミキサー、V型ブレンダー、ヘンシェルミキサー、メカノケミカル装置、押出混合機などを挙げることができる。溶融混練機としては他にバンバリーミキサー、混練ロール、恒熱撹拌容器などを挙げることができるが、ベント式二軸押出機が好ましい。溶融混錬などの条件は、セルロースエステル樹脂や添加剤の種類によって適宜最適な条件が選択される。なお、本発明においては、セルロースエステル樹脂組成物のペレットの市販品を使用することもできる。
【0048】
<工程(1)>
工程(1)では、下記式(S−1)〜(S−3)を満たす、セルロースアセテートプロピオネートまたはセルロースアセテートブチレート、の少なくとも一つのセルロースエステル樹脂を含むセルロースエステル樹脂組成物を、金型温度90〜130℃に設定された金型内に射出する工程である。
式(S−1) 2.0≦X+Y≦3.0
式(S−2) 0.1≦X≦0.5
式(S−3) 1.9≦Y≦2.7
(式(S−1)〜(S−3)中、Xはアセチル基の置換度を表し、Yはプロピオニル基またはブチリル基の置換度を表す。)
【0049】
セルロースエステル樹脂組成物の射出成形には、公知の射出成形機が使用される。例えば、ペレットを射出成形器のホッパーに投入し、成形材料が均一に混合されるように回転数を設定したスクリューで、シリンダーに送られ、次いで、金型へと射出する方法がある。
【0050】
射出成形に使用するセルロースエステル樹脂組成物は、水分量を低減させるために、前処理として使用前に乾燥することが好ましい。乾燥の方法としては、特に限定されないが、例えば、除湿風乾機などが挙げられる。乾燥温度は、80〜125℃が好ましく、90〜120℃がより好ましい。乾燥温度が高すぎると、樹脂が融着してしまい好ましくない。低すぎると、乾燥に長時間要し好ましくない。乾燥時間は、1〜12時間が好ましく、2〜6時間がより好ましい。また、必要に応じて、各種添加剤を含んだペレットとドライブレンドしてもよい。
【0051】
ホッパーから投入されたセルロースエステル樹脂組成物は、スクリューの回転でシリンダー内に供給される。シリンダー内は、樹脂を定量輸送する供給部、樹脂を溶融混錬・圧縮する圧縮部、溶融混錬・圧縮された樹脂を計量する計量部で構成される。スクリューの回転数は、樹脂の種類やシリンダー温度などによって適宜最適な値が選択されるが、通常80〜120rpmの範囲で適宜選択される。シリンダー設定温度は、樹脂の種類、分子量、分子量分布などによって適宜最適な値が選択されるが、通常170〜250℃、好ましくは210〜240℃の範囲で適宜選択される。シリンダー設定温度が過度に低いと樹脂の流動性が悪化し、成形体にヒケやひずみを生じる。シリンダー設定温度が過度に高いと、樹脂の熱分解や成形体が黄変するなどの成形不良が発生するおそれがある。
【0052】
シリンダーから金型への射出圧は、金型の設計やセルロースエステル樹脂の流動性などの条件を考慮して適宜選択されるが、通常40〜90MPaの範囲で行われる。金型温度は、通常90〜130℃で、95〜125℃が好ましく、100〜120℃が特に好ましい。金型温度がこの範囲内であれば、成形体に歪みやひけの発生が少ない。また、射出成形機に過度の負担をかけずに、長時間使用が可能であるという装置性能上の観点からも上記範囲が好ましい。金型温度が低すぎると、型内で樹脂の流動性が急激に低下し、樹脂が十分に充填されないことがある。金型温度が高すぎると、成形品の冷却速度が遅くなり好ましくない。
【0053】
<工程(2)>
工程(2)は、金型温度を上記範囲に保ったまま金型に射出したセルロースエステル樹脂組成物を金型内で5分〜1時間保持する工程である。セルロースエステル樹脂組成物を金型内で所定時間保持することにより、射出成形品中でセルロースエステル樹脂の結晶化が進行し、耐熱性・機械的特性の向上が促されるものと推測される。よって、本発明の射出成形品である事務機器用部材は、耐熱性・機械的特性の向上が実現できる。
【0054】
保圧は、射出圧によって金型が略充填された後、金型のゲート部分の溶融樹脂が冷却固化するまでの一定時間かけられる圧力である。保圧は一般に金型の締め圧の範囲内で設定されるが、通常60〜120MPa、好ましくは70〜110MPaである。保圧がこの範囲であれば、成形体に歪みやひけの発生が防止される。金型内での保持時間は、通常5分〜1時間で、5分〜0.5時間が好ましく、5分〜0.25時間がより好ましい。保持時間が5分より短いと、金型からの成形品の離型性が悪くなったり、強度が不足したりする場合があり好ましくない。保持時間が1時間を越えると、改善効果も飽和状態に達しており、生産性の観点から好ましくない。また、樹脂が長時間加熱されてしまうために樹脂の着色が起こり、これを回避するための着色防止剤等の添加量を加えなければならない場合がある。保持時間が上記範囲内では、成形品として得られる事務機器用部材の外観が優れるとともに、機械的特性などの諸性能に優れた成形品を得ることができる。
【0055】
保持時間経過後、必要に応じて、金型温度を120℃以下にして前記金型から事務機器用部材を離型する工程(3)を実施してもよい。金型温度は、好ましくは50〜120℃、より好ましくは60〜100℃である。本工程を実施することにより、衝撃性に強い成形品を作製でき、同時に生産性が向上する。
【0056】
保持時間経過後、金型から取り出された成形品(事務機器用部材)は、通常、室温で静置されるが、必要に応じて、成形品の変形が起こらない温度で熱処理などを施してもよい。
【0057】
本発明の事務機器用部材は、ISO180に準ずるアイゾット衝撃強度が4kJ/m以上であることが好ましく、4.5kJ/m以上であることがより好ましく、5kJ/m以上であることが更に好ましい。アイゾット衝撃強度が、4kJ/m以上になると、事務機器の機械的強度が増すためあらゆる衝撃に強くなり、また、使用環境下での長時間使用の際に割れなどが起こりにくくなる。ここで、ISO180に準ずるアイゾット衝撃強度とは、部材からISO180に規定の試験サイズを1/2に縮尺したサイズの試験片を切り出し、試験片として、切り出した1/2に縮尺したサイズの試験片を用いること以外、ISO180に規定のアイゾット衝撃強度の測定方法に従い、測定した値をいう。なお、測定は25℃で実施し、試験片はノッチ付きでノッチ深さ2.0±0.1mmである。
【0058】
本発明の事務機器用部材は、生分解性高分子を主成分とするため、使用後に例えば、堆肥中や水中に廃棄することで、自然環境に負荷を与えることなく水や二酸化炭素などに分解し、また特定の酵素が存在する環境を作れば、分解速度を自由に制御することも、モノマー、オリゴマーの段階で分解を停止させ、ケミリサイクルを行うことも可能である。
【0059】
本発明の事務機器用部材が使用される事務機器としては、プリンター、複写機又はファクシミリが好ましく挙げられ、特に複写機が好ましい。また、事務機器用部材は、筐体、プラテン、給紙トレイ、プロセスカートリッジ外装又はトナーボトルなどへの使用が好ましく挙げられる。特に、衝撃に対する強度が強く、経時にともなう衝撃強度の変化が小さいことが好ましい。また、熱的安定性に優れ、光に対しても機械物性の低下が少なく、リサイクル性にも優れているため事務機器用の筐体、特に複写機の筐体として好ましい。
【0060】
本発明で使用されるセルロースエステル樹脂は、ポリ乳酸などの他のバイオマス材料と比較して、概して、ガラス転移温度(例えば、140−150℃)などが高く耐熱性に優れると共に、機械的強度に関しても良好な性能を示す。そのため、バイオマス材料の性能を補うために石油原料から製造される樹脂を大量に混ぜるような従来の方法に頼らなくても、セルロースエステル樹脂を主成分とし、厳しい環境下で長時間使用に耐えうる事務機器(プリンター、複写機又はファクシミリなど)や家電製品(冷蔵庫、洗濯機など)の部材として使用することができる。
さらに、事務機器や家電製品用の部材の作製には、多量の樹脂素材が必要となるが、資源量のことを考慮すれば、ポリ乳酸の原料(とうもろこしなど)よりもセルロース系材料の原料の方が、豊富に存在すると見込まれることから、事務機器用部材には本発明が有効なものとなる。
【0061】
本発明の特定の置換度を有する(式(S−1)〜(S−3)を満たす)セルロースアセテートプロピオネートを、一度溶融させ溶融状態からある温度で保持したり、一度溶融させなくても溶融以下の温度での熱履歴をもたせると結晶化が促進する。本発明の特定の置換度を有する(式(S−1)〜(S−3)を満たす)セルロースアセテートプロピオネートを温度170℃、時間(5分〜9時間)で加熱処理を施し、粉末X線回折(XRD)測定を実施すると、未処理品と比較して2θ=10〜12度にセルロースアセテートプロピオネートの結晶化に由来すると推測される(210)面のピーク強度の上昇が確認される。ピーク強度の上昇は、セルロースアセテートプロピオネートが、式(S−4)〜(S−6)を満たす場合が好ましく、式(S−7)〜(S−9)を満たす場合がより好ましく、セルロースエステル樹脂の置換度が高いほど結晶化が促進される。なお、上述の射出成形条件で得られる射出成形品を切り出してXRD測定した場合も、同様に、(210)面のピーク強度の上昇が確認される。XRD測定条件としては、X線管球への印加電圧および電流は40kV、150mAで、入射X線としてはCuKαを用いる。
【0062】
本発明では、特定の置換度を有するセルロースエステル樹脂を用いて、所定の条件下(金型温度、保持時間)で射出成形を行うことにより、耐熱性・機械的特性に優れた成形品(事務機器用部材)を得ることできる。また、特定の範囲内において置換度および射出条件を変えることにより、所望の特性をもつ成形品を作り分けることができる。本発明の効果の詳細な作用機構については不明だが、まず、特定の置換度を有するセルロースエステル樹脂の使用により、溶融状態における流動性が均一な方向に向上し、樹脂の分散性が向上するためと推測される。さらに、プロピオニル基などのアシル基のパッキングに乱れがない方向になることにより、セルロースエステル樹脂の結晶化がより促進されると推測される。特に、上述のように同種類の置換基の置換度が高いものが好ましい。また、一般的に、耐熱性と耐衝撃性を両立させることは難しい。一方、本発明によれば、樹脂中の結晶相の大きさが非常に微細で、かつ樹脂中に均一に分散している特殊な相構造が形成され、該構造のため耐熱性と耐衝撃性とが両立できると推測される。なお、本発明は上記推測には制限されない。
【実施例】
【0063】
以下に、実施例にて本発明を具体的に説明するが、本発明はこの実施例によって何ら限定されるものではない。
【0064】
アイゾット衝撃強度を既述のISO180に準ずる方法で測定した。
【0065】
<実施例1>
原料であるCAP482−20(イーストマンケミカル製、セルロースエステルプロピオネート、X(アセチル基の置換度)=0.1、Y(プロピオニル基の置換度)=2.5、重量平均分子量は228000)の粉末を110℃で3時間加熱乾燥した。乾燥した粉末を2軸混練押出機を用い、樹脂温度227℃(混練機設定温度は、215℃)、スクリュー回転数100rpm、樹脂圧力:2.0〜3.0Mpa、トルク:90〜95Nm、フィード量:8kg/hr、でダイから押出し、ストランドを空冷(冷却速度15℃/秒)で固化(ストランドの表面温度77℃)した後に裁断して直径5.5mm、長さ6mmのペレットを得た。
得られたペレットを110℃で3時間加熱乾燥後、射出成形機(クロックナー社製F40製)を用いて、金型温度:110℃、金型内保持時間:0.5時間、シリンダー設定温度:215℃、射出圧:64MPa、保圧:90.6MPaの条件で処理を行い、金型温度110℃でサンプルを離型し、採集した。各測定に必要な試験品は、あらかじめ目的のサイズで成形試験片を作製することとし、アイゾット衝撃強度測定試験片の場合には、たて:80mm 横:10mm、厚み:4mmの短冊形試験片を測定に用いた。その結果を表1に示す。
【0066】
<実施例2>
金型内保持時間を5分にした以外は、<実施例1>と同様の条件でペレット化および射出成形を行い、実施例1と同様の評価を実施した。その結果を表1に示す。
【0067】
<比較例1>
金型内保持時間を30秒にした以外は、<実施例1>と同様の条件でペレット化および射出成形を行い、実施例1と同様の評価を実施した。その結果を表1に示す。
【0068】
<比較例2>
金型温度を25℃にして射出成形を行い、ついで該金型温度でサンプルを離型した以外は、<実施例1>と同様の条件でペレット化および射出成形を行い、実施例1と同様の評価を実施した。その結果を表1に示す。なお、XRD測定において結晶化に由来するピークは確認できなかった。
【0069】
<比較例3>
原料樹脂としてポリ乳酸のペレットを使用し、シリンダー設定温度:180℃、金型温度:100℃、保持時間:1時間とした以外は、<実施例1>と同様の条件で射出成形を行い、実施例1と同様の評価を実施した。その結果を表1に示す。
【0070】
【表1】

CAP482−20:イーストマンケミカル製、粉末形態、Mw=22.8、X(アセチル基の置換度)=0.1、Y(プロピオニル基の置換度)=2.5
ポリ乳酸:三井化学製、ポリ乳酸樹脂H−100、ペレット形態、Mw=45000
【0071】
表1の結果より、実施例1および2において高いアイゾット衝撃強度が得られた。一方、比較例1〜3においては、概して低いアイゾット衝撃強度が得られ、事務機器用部材の使用としては不適であった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(S−1)〜(S−3)を満たす、セルロースアセテートプロピオネートまたはセルロースアセテートブチレート、の少なくとも一つのセルロースエステル樹脂を含むセルロースエステル樹脂組成物を、金型温度90〜130℃に設定された金型内に射出する工程(1)と、該金型温度を保ったまま該金型に射出した該セルロースエステル樹脂組成物を該金型内で5分〜1時間保持する工程(2)とを有する事務機器用部材の製造方法。
式(S−1) 2.0≦X+Y≦3.0
式(S−2) 0.1≦X≦0.5
式(S−3) 1.9≦Y≦2.7
(式(S−1)〜(S−3)中、Xはアセチル基の置換度を表し、Yはプロピオニル基またはブチリル基の置換度を表す。)
【請求項2】
前記工程(2)後、前記金型温度を120℃以下にして前記金型から射出した前記セルロースエステル樹脂組成物を離型する工程(3)をさらに有する請求項1に記載の事務機器用部材の製造方法。

【公開番号】特開2009−166285(P2009−166285A)
【公開日】平成21年7月30日(2009.7.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−4587(P2008−4587)
【出願日】平成20年1月11日(2008.1.11)
【出願人】(306037311)富士フイルム株式会社 (25,513)
【Fターム(参考)】