説明

元素分析装置、元素分析方法

【課題】簡易な構成で重元素に対する組成分析を行う。
【解決手段】レーザーコンプトン光100が試料200に照射される。このレーザーコンプトン光100及びこのレーザーコンプトン光100が試料200を透過した後の透過光110がX線検出器120で検出され、その検出信号がデータ処理部130で処理される。このレーザーコンプトン光発生装置20は、準単色あるいは単色のX線をレーザーコンプトン光100として出力する。ここでは、周回軌道で加速された高エネルギー電子21とレーザー光22とが衝突部23で衝突する設定とされる。レーザー光源29から発せられたレーザー光22は、交差角調整部30でその交差角が制御され、衝突部23に導入され、高エネルギー電子21と衝突する。交差角調整部30によってこの交差角を制御することによって、レーザーコンプトン光100のエネルギーを制御することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、X線の透過率を測定することによって試料の元素分析を行う元素分析装置、元素分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
試料における組成(元素)の分析を行う方法としては、各種が知られている。その中で、X線を用いて高精度に分析を行う方法として、K吸収端計測法が知られている。K吸収端計測法の詳細は、例えば非特許文献1に記載されている。
【0003】
物質における150keV以下のエネルギーのX線の吸収は、主に光電効果による。光電効果は、原子を構成する電子にそのエネルギー全部を与えることによってX線が消滅し、このエネルギーを受け取った電子が軌道外に放出される現象である。K殻電子を放出させるには、その結合エネルギーを越えるエネルギーをもつX線が必要であり、この結合エネルギーがK吸収端のエネルギーに対応する。
【0004】
K吸収端のエネルギーは各元素に特有であり、X線領域のエネルギー範囲(重元素においては10〜130keV程度)にある。このK吸収端を境にして、これよりも高いエネルギーでの吸収は急激に大きくなり、これよりも低いエネルギーでの吸収は小さくなる。K吸収端計測法においては、ある特定の元素のK吸収端の前後でのX線の吸収の比較をすることにより、この元素の組成やその分布を測定する。上記のエネルギー範囲のX線は、例えば半導体検出器等を用いて測定が可能であり、X線のエネルギーを測定することも可能である。K吸収端計測法は、アクチノイド等の重元素の分析に有効であり、例えば原子炉の使用済核燃料の再処理過程における溶液に含まれる235Uや239Pu等の分析に用いられている。なお、K吸収端以外にも、他の吸収端、例えばL吸収端、M吸収端を用いることもできるが、一般には最も高いコントラストが得られるK吸収端が好ましい。
【0005】
K吸収端計測法においては、使用するX線の特性、あるいはこれを発するX線源が重要となり、このエネルギーは上記の範囲となる。この範囲のエネルギーのX線源として、従来は、放射性同位元素が用いられていた。この場合には、K吸収端の前後のエネルギーをもつX線(ガンマ線)を発する2種類の放射性同位元素が使用される。
【0006】
また、X線管等を用いて生成した制動放射光等も用いられている。この場合、150keV程度(X線のエネルギーよりも充分高いエネルギー)にまで電子を加速し、これをタングステン等の金属に照射することによって減速する際に発せられる制動放射光が用いられる。また、特許文献1には、線形加速器で加速された電子をシリコン単結晶に照射することにより、K吸収端を跨ぐ2種類のエネルギーのパラメトリックX線を発生させ、分析に用いる技術が記載されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】H.Ottmar、H.Eberle、「The Hybrid K−Edge/K−XRF Densitometer:Principles−Design・Performance」、ドイツ、カールスルーエ、KfK、p4590、1991年
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2007−195888号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
放射性同位元素を用いる場合には、ガンマ線は常時発せられ、その制御は困難であり、その取り扱いは容易ではない。また、ガンマ線は単色となるために、解析は比較的容易となるものの、そのエネルギーは放射性同位元素の種類によって定まるため、各元素の分析に適したエネルギーが得られるとは限らない。加速器や原子炉を使用して放射性同位元素を生成することができるため、多数種の放射性同位元素を生成することができるものの、これによっても所望のエネルギーのガンマ線が得られるとは限らない。更に、これを生成するためには多大な時間とコストを要する。
【0010】
制動放射光の場合には、そのスペクトルは単色ではなく、連続的であるため、大部分の元素の吸収端(K吸収端)をカバーすることが可能である。しかしながら、制動放射光を発する際に発熱が生ずるため、X線の特性(強度やスペクトル)が安定しないという問題がある。
【0011】
また、制動放射光のように連続スペクトルのX線が用いられる場合には、その中に複数の元素の吸収端が含まれる場合に、測定の精度が低くなる、あるいは元素の識別が困難となることは明らかである。更に、試料内部や検出器内部において、より低いエネルギーのX線が2次的に発生することがあり、その補正も必要となる。こうした点においては、特許文献1に記載のパラメトリックX線を用いる技術は有効である。しかしながら、パラメトリックX線において、アクチノイドのK吸収端エネルギーに相当する100keV以上のエネルギーで充分な輝度を得ることは困難である。
【0012】
すなわち、簡易な構成で重元素に対する組成分析を行うことは困難であった。
【0013】
本発明は、かかる問題点に鑑みてなされたものであり、上記問題点を解決する発明を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明は、上記課題を解決すべく、以下に掲げる構成とした。
本発明の元素分析装置は、試料における分析対象となる元素の吸収端の前後のエネルギーにおけるX線吸収特性から、前記元素の組成分析を行う元素分析装置であって、高エネルギー粒子線とレーザー光とを衝突部において衝突させた際のコンプトン効果によって高エネルギー光となったレーザーコンプトン光を発生させ、前記試料に照射するレーザーコンプトン光発生手段と、前記レーザーコンプトン光が前記試料を透過した透過光の強度を検出する検出手段と、当該検出手段の検出結果を用いて前記元素の組成分析を行うデータ処理手段と、を具備することを特徴とする。
本発明の元素分析装置において、前記レーザーコンプトン光発生手段は、前記衝突部における前記レーザー光と前記高エネルギー粒子線との交差角を調整する交差角調整部を具備することを特徴とする。
本発明の元素分析装置において、前記レーザーコンプトン光発生手段は、2個の180度偏向磁石と、当該2個の180度偏向磁石との間に配置された線形加速器の間で前記高エネルギー粒子線を周回軌道に乗せて加速するマイクロトロン型の加速器を具備することを特徴とする。
本発明の元素分析装置において、前記線形加速器には、前記高エネルギー粒子線を構成する2つのバンチが同時に入射する構成とされ、前記線形加速器における高周波加速に用いられる高周波が、一方のバンチを加速する位相とされ、かつ他方のバンチを減速させる位相とされることを特徴とする。
本発明の元素分析方法は、試料における分析対象となる元素の吸収端の前後のエネルギーにおけるX線吸収特性から、前記元素の組成分析を行う元素分析方法であって、高エネルギー粒子線とレーザー光とを衝突部において衝突させた際のコンプトン効果によって発生した高エネルギー光であり前記吸収端前後のエネルギーを含むスペクトルをもつレーザーコンプトン光を、前記試料に照射する照射工程と、前記レーザーコンプトン光が前記試料を透過した後の透過光の強度を検出する検出工程と、前記透過光の強度を用いて前記元素の組成分析を行う解析工程と、を具備することを特徴とする。
本発明の元素分析方法は、半値幅の中に前記吸収端のエネルギーを含むスペクトルをもつ準単色のレーザーコンプトン光が用いられることを特徴とする。
本発明の元素分析方法は、前記吸収端のエネルギーを跨ぐ2つのエネルギーをそれぞれのピークエネルギーとする単色の2つのレーザーコンプトン光が用いられることを特徴とする。
本発明の元素分析方法は、前記衝突部における前記レーザー光と前記高エネルギー粒子線との交差角を調整することによってピークエネルギーが設定された前記2つのレーザーコンプトン光が用いられることを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
本発明は以上のように構成されているので、簡易な構成で重元素に対する組成分析を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の実施の形態となる元素分析装置の構成を示す図である。
【図2】ウランのK吸収端近傍付近のピークをもつ半値幅30%のX線を試料に透過させた前後のスペクトルである。
【図3】ウランのK吸収端近傍付近のピークをもつ半値幅5%のX線を試料に透過させた前後のスペクトルである。
【図4】ウランを含む試料に対して2種類の単色のX線を透過させた後のスペクトルである。
【図5】ウランを含まない参照資料に対して2種類の単色のX線を透過させた後のスペクトルである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の実施の形態に係る元素分析装置の構成について説明する。この元素分析装置においては、レーザーコンプトン光発生手段によって発生した準単色あるいは単色のX線(ガンマ線)が試料に対して照射され、試料におけるこのX線の吸収が測定される。そのスペクトルは、分析対象の元素のK吸収端に応じて適宜設定される。なお、ここで、準単色の光(X線、ガンマ線)とは、エネルギースペクトルにおいて単一のピークをもつがその広がり(半値幅)が無視できないものを意味し、単色の光とは、単一のピークをもち、その広がりが実質的に無視できるものを意味する。あるいは、単色の光は、準単色の光のうち半値幅が特に小さな光を意味する。また、吸収端としては、K吸収端以外にも他の吸収端(L吸収端、M吸収端等)があり、同様に適用することができるが、以下ではK吸収端として説明する。
【0018】
図1は、この元素分析装置10の構成を示す。この元素分析装置10においては、レーザーコンプトン光発生装置(レーザーコンプトン光発生手段)20によって生成されたレーザーコンプトン光100が試料200に照射される。このレーザーコンプトン光100及びこのレーザーコンプトン光100が試料200を透過した後の透過光110がX線検出器(検出手段)120で検出され、その検出信号がデータ処理部(データ処理手段)130で処理される。データ処理部130においては、まずこの検出信号が信号処理回路131で読み出され、データ記録装置132に記録される。ここで演算処理が行われ、K吸収端付近の吸収特性が分析される。なお、レーザーコンプトン光発生装置(レーザーコンプトン光発生手段)20、X線検出器(検出手段)120、データ処理部(データ処理手段)130は、例えばコンピュータからなる制御部140によって制御される。
【0019】
なお、実際には、試料200として、本来の分析対象の試料と参照資料の2種類を用いることができる。それぞれの測定結果をデータ記録装置140で記憶し、解析に用いることができる。
【0020】
この際の光源として用いられるレーザーコンプトン光発生装置20の構成について説明する。このレーザーコンプトン光発生装置20は、準単色あるいは単色のX線をレーザーコンプトン光100として出力する。ここでは、周回軌道で加速された高エネルギー電子21とレーザー光22とが衝突部23で衝突する設定とされ、この際に、可視光あるいは近赤外光であるレーザー光22が高エネルギー電子21からエネルギーを受け取ることにより、高エネルギー化(短波長化)し、X線、ガンマ線となったレーザーコンプトン光100となる。後述するように、そのエネルギー、スペクトルの広がり(半値幅)を制御することが可能である。
【0021】
電子入射器24で発生した低エネルギー(例えば7MeV以下)の電子は、合流磁石25によってその進路が曲げられ、周回軌道内に投入される。この際、電子は、進行方向に対して有限な長さをもつバンチの形態とされる。この電子は、周回軌道における直線部(図1中の下側直線部)に設置された線形加速器26で高周波加速される。すなわち、高周波の電界によって電子(バンチ)が加速される位相とされる。
【0022】
周回軌道における両端には、180度偏向磁石27が設置され、両端で電子はその進行方向を180度変えることにより、周回軌道とされ、繰り返し線形加速器26に入射し、加速される。この際の加速に用いられる高周波に対し、電子が加速される位相となるように入射させることにより、線形加速器26を通過させる毎にそのエネルギーを高めることができる。この際、エネルギーが高まる毎、すなわち線形加速器26を通過する毎に、180度偏向磁石27によって偏向する曲率半径が大きくなる。このため、図においては模式的に6回毎の周回軌道が示されている。この動作は、一般的にマイクロトロンとして知られる加速器と同様である。
【0023】
これにより高エネルギー(例えば50MeV以上)とされた高エネルギー電子21は、このうちの最も外側の軌道を通り、2つの偏向磁石28によってその軌道が曲げられ、衝突部23に導入される。
【0024】
レーザー光源29から発せられたレーザー光22は、交差角調整部30でその交差角(高エネルギー電子21の進行方向に対する入射角度)が制御され、衝突部23に導入され、高エネルギー電子21と衝突する。この際の(逆)コンプトン効果により、レーザー光22はレーザーコンプトン光100として出力される。交差角調整部30におけるこの交差角の制御は、反射鏡等の光学素子を機械的に移動させることによって容易に行われる。
【0025】
この際、マイクロトロン型となる図1の構成においては、2個の180度偏向磁石27を用いたコンパクトな構成によって例えば80MeV程度の高エネルギー電子21を得ることができ、このエネルギーの高エネルギー電子21から、10〜130keV程度のエネルギーをもつレーザーコンプトン光100(X線)を充分な輝度で得ることができる。すなわち、重元素のK吸収端エネルギーと同等のエネルギーをもつ高輝度のX線をコンパクトな構成で得ることができる。
【0026】
その後、2つの偏向磁石28を経て、高エネルギー電子21は、再び線形加速器26に入射するが、この際には、前記の加速の際と逆に、高周波電界によってこれが減速される位相で入射させる。すなわち、これに線形加速器26を通過させることによってこれを減速する。この際、この減速されるバンチ(電子群)と共に、新たに電子入射器24から入射したバンチを、これを加速する位相で線形加速器26を通過させる。これにより、減速されるバンチのエネルギーを新たに加速するバンチに移行させることができる。この動作は、例えば特開2004−119097号公報に記載されているエネルギー回収型線形加速器(ERL:Energy Recovery Linac)と同様である。この際、古いバンチを減速させる度に新しいバンチを加速するという動作を行わせることが可能である。すなわち、このレーサーコンプトン光発生装置10は、マイクロトロン型エネルギー回収型線形加速器として動作する。これにより、高効率の加速器として動作する。
【0027】
その後、減速して低エネルギーとされた電子は、分岐磁石31で周回軌道から外れるように偏向され、金属等でできたビームダンプ32で吸収される。この際、充分に減速された(低エネルギー化された)状態でビームダンプ32に吸収されるため、X線管で発生されるような高強度の制動放射光は発生しない。一方で、新たに加速されたバンチは、高エネルギー電子21となって、再びレーザー光22と衝突させ、レーザーコンプトン光100を発生させることができる。このため、分析に直接用いるレーザーコンプトン光100以外の放射線の発生は低減され、測定の精度を高めることが可能である。あるいは、放射線遮蔽設備を軽減することができる。
【0028】
また、一般にレーザー光22は単色であり、そのエネルギー(波長)は、レーザー光源29の種類によって定まる。これに対して、高エネルギー電子21のエネルギーは、線形加速器26の動作条件(高周波条件)を変え、180度偏向磁石27の磁界強度を変えること等により、設定できる。このため、線形加速器26の動作条件等を設定することにより、レーザーコンプトン光100のエネルギーを制御することが可能である。
【0029】
単色の高エネルギー電子21と単色のレーザー光22とが正面衝突した場合には、その軌道上で得られるレーザーコンプトン光100は単色となる。ただし、この軌道からはずれた方向にもレーザーコンプトン光100は発せられ、この軌道からはずれた方向ではこれよりも低いエネルギーとなる。すなわち、レーザーコンプトン光100のエネルギーにはこの発散角依存性がある。
【0030】
同様に、高エネルギー電子21とレーザー光22とが正面衝突せず、ある交差角をもって衝突する場合には、試料200に照射されるレーザーコンプトン光100のエネルギーはこの交差角依存性をもつ。このため、交差角調整部30によってこの交差角を制御することによっても、レーザーコンプトン光100のエネルギーを制御することができる。
【0031】
また、バンチ長が長い場合、バンチ内の電子のエネルギーは厳密には一定ではなく、例えばその進行方向に対するその先端部、中央部、末端部ではエネルギーは異なる。すなわち、高エネルギー電子21は厳密には単色ではなく、準単色である。このスペクトルの広がりはバンチ長に依存する。このバンチ長は、電子入射器24、線形加速器26等で設定が可能である。このため、これによってレーザーコンプトン光100を準単色とすることができ、そのスペクトルの広がりを制御することも可能である。この際、レーザー光22の交差角を制御すれば、これによりレーザーコンプトン光100のエネルギー(スペクトルのピーク)と単色性(スペクトルの広がり)を同時に制御することも可能である。
【0032】
すなわち、このレーザーコンプトン光発生装置20を用いて、準単色あるいは単色であり特に重元素に対するK吸収端計測法に好適なX線、ガンマ線をレーザーコンプトン光100として得ることができる。
【0033】
図1の構成においては、このレーザーコンプトン光100、透過光110は、X線検出器120で検出される。X線検出器120は、半導体(ゲルマニウム)検出器や、シンチレーション検出器等、X線光子及びそのエネルギーを検出できる検出器が用いられる。信号処理回路131では、1個のX線光子の検出は、1個のパルスとして認識され、X線のエネルギーはこのパルス高として認識される。X線の強度は、単位時間当たりのパルス数として認識される。
【0034】
以下では、実際にこのX線を用いた分析の例について説明する。
【0035】
まず、準単色のX線を用いる場合について説明する。この場合には、レーザーコンプトン光100のスペクトルのピークエネルギーを測定対象とする元素のK吸収端のエネルギーとほぼ一致させ、かつその前後の狭い領域もこのスペクトル中に含まれる設定とする。図2は、ウラン200g/lと、プルトニウム20g/lを含む3N−HNO溶液(厚さ2cm)を試料とし、ウランのK吸収端(エネルギー115.6keV)付近において、半値幅が30%のX線が透過する前(実線)と後(点線)の計算結果である。
【0036】
ここで、信号処理回路131によってX線はパルスとして認識されて計数される。この計数率(単位時間当たりの処理数)には上限があるため、元素の組成解析に必要なイベントのみが検出されることが好ましい。ここで、この元素の組成分析に必要なのは、K吸収端の前後の極近傍のみの結果である。K吸収端から離れたエネルギーのX線は不要であると共に、この検出によって本来検出したいエネルギー(K吸収端の極近傍)のX線の測定の障害となる。すなわち、図3においては、この不要なX線が多く含まれている。この元素の組成分析において用いられるのは、この検出された光子数の透過前後の比率であるが、これがこの不要なX線の影響を受けることは明らかである。また、検出強度自身は統計誤差をもち、この不要なX線の検出によっても統計誤差が発生する。このため、この比率が大きくなる方が組成分析の精度は高くなる。このためには、半値幅がK吸収端を含む範囲で狭くすることが有効である。また、半値幅が広い場合、その範囲内に対象となる元素以外の元素の吸収端がある場合には、その影響を受けることも明らかである。
【0037】
これに対して、上記のレーザーコンプトン光100は、上記の構成により、スペクトルの半値幅を5%程度とすることができる。この場合の上記と同様の試料の透過前後のスペクトルが図3である。この場合には、不要な箇所のX線が検出されないために、検出された光子数の透過前後の比率は高くなり、組成分析の精度が高まる。図2と図3の例では、図3の例(半値幅5%)の方が、図2の例(半値幅30%)よりもS/N比が6倍高まる。
【0038】
すなわち、準単色のレーザーコンプトン光100のピークをK吸収端と一致させ、半値幅を5%程度とすることにより、K吸収端計測法における組成分析の精度が高まる。
【0039】
次に、単色のレーザーコンプトン光100を用いる場合について説明する。この場合には、2種類の単色の(単色とみなせる)レーザーコンプトン光100を用いてK吸収端計測法を行う。この2つのエネルギーは、K吸収端を跨ぐ近接したエネルギーとされる。ここでは、このエネルギーをE1、E2とし、E1<K吸収端エネルギー<E2とする。測定対象となる元素を含まない試料(参照試料)を準備し、各々の2種類のレーザーコンプトン光100の透過率からこの元素の組成を算出することができる。エネルギーE1をもつレーザーコンプトン光100の試料200における透過強度をI(E1)とし、エネルギーE2をもつレーザーコンプトン光100の試料200における透過強度をI(E2)とする。エネルギーE1をもつレーザーコンプトン光100の参照資料における透過強度をI(E1)とし、エネルギーE2をもつレーザーコンプトン光100の参照資料における透過強度をI(E2)とする。この場合、E1における試料200の透過率T(E1)をI(E1)/I(E1)とし、E2における試料200の透過率T(E2)をI(E2)/I(E2)とすることができる。この場合、対象とする元素のエネルギーEのX線の吸収係数をμ(E)(cm・g)とすると、対象となる元素の濃度ρ(g/l)は、以下の式(1)で表される。ここで、Δμ=μ(E1)−μ(E2)であり、d(cm)は試料200及び参照資料の光軸方向の厚さである。
【0040】
【数1】

【0041】
例えば非特許文献1に記載される分析方法においては、連続スペクトルが用いられるため、X線検出器120の出力において、スペクトルの波高分析が必要になるため、幅広いエネルギー範囲で検出された検出信号(イベント)を信号処理回路が全て計数する必要がある。これに対して、上記の場合には、予め定められた狭い範囲(E1近傍とE2近傍)で検出されたイベントのみを信号処理回路131で計数すればよい。このため、結局、単位時間に計数できるイベント数が、非特許文献1における連続スペクトルを用いる場合には例えば2×10/s程度であった。これに対して、上記の場合には、10/s程度のイベント数の場合も計数することができる。計数速度は、X線(レーザーコンプトン光100)の輝度に依存するが、上記の構成のレーザーコンプトン光発生装置20においては、10photon/keV/sとすることも可能であり、計数率を5×10倍とすることができる。
【0042】
図4は、ウラン200g/lと、プルトニウム20g/lを含む3N−HNO溶液(d=2cm)を試料とし、ウランのK吸収端である115.6keVに対応して、E1=114.4keV(点線)、E2=116.8keV(実線)とした場合(点線)の、試料における透過後のスペクトルである。どちらにおいても半値幅は1%である。図5は、参照試料となる、プルトニウム20g/lのみを含む3N−HNO溶液に対する同様の2つのX線の透過後のスペクトルである。この結果より、(1)式におけるT(E1)/T(E2)が算出でき、ρが算出できる。
【0043】
ここで用いられるような、近接したピークエネルギーをもち、単色とみなせるX線を上記の構成のレーザーコンプトン光発生装置20で発生させることが可能である。
【0044】
こうした測定を行う場合には、2つのレーザーコンプトン光100のピークエネルギーをK吸収端の前後とするが、2つのレーザーコンプトン光100のスペクトルを離すことが好ましい。このため、具体的には、これらのピークエネルギーの差分を、それぞれの半値幅の2倍程度とすることが好ましい。例えば、半値幅が1%である場合には、E2とE1の差分はK吸収端エネルギーの2%程度とすればよい。こうした設定は、上記の通り、このレーザーコンプトン光発生装置20においては容易に行われる。
【0045】
また、この場合、統計誤差を低減して高精度の結果を得るためには、ピークがE1のレーザーコンプトン光100とE2のレーザーコンプトン光100とを例えば数秒程度の間隔で交互に切り替えることが好ましい。これにより、レーザーコンプトン光100の強度変動等がある場合等にも、高精度で分析を行うことが可能である。また、こうした構成は、例えば交差角調整部30によってレーザー光22の交差角を変化(振動)させることによって容易に行うことができる。
【0046】
なお、上記の例では、高エネルギー電子21とレーザー光22との衝突によってレーザーコンプトン光を発生させる例について記載した。しかしながら、電子の代わりに、準単色の高エネルギービームとすることができる他の粒子、例えば陽電子を用いても同様にレーザーコンプトン光が得られることは明らかである。すなわち、他の高エネルギー粒子線とレーザー光との衝突によって発生したレーザーコンプトン光を用いることも可能である。
【0047】
また、上記以外の構成であっても、(1)高エネルギー粒子線とレーザー光とを衝突部において衝突させた際のコンプトン効果によって発生した高エネルギー光であり、分析対象元素の吸収端前後のエネルギーを含むスペクトルをもつレーザーコンプトン光を、記試料に照射する照射工程、(2)このレーザーコンプトン光が試料を透過した後の透過光の強度を検出する検出工程、(3)この透過光の強度を用いて元素の組成分析を行う解析工程、を具備する元素分析方法が行えることは明らかである。この場合においても、レーザーコンプトン光の性質により、重元素、軽元素等、各種の元素のK吸収端計測法を高精度で行うことができる。
【0048】
また、上記の例では、分析対象となる元素のK吸収端を用いるK吸収端計測法として説明したが、他の吸収端を用いても、同様の分析を行うことができることは明らかである。
【符号の説明】
【0049】
10 元素分析装置
20 レーザーコンプトン光発生装置(レーザーコンプトン光発生手段)
21 高エネルギー電子
22 レーザー光
23 衝突部
24 電子入射器
25 合流磁石
26 線形加速器
27 180度偏向磁石
28 偏向磁石
29 レーザー光源
30 交差角調整部
31 分岐磁石
32 ビームダンプ
100 レーザーコンプトン光
110 透過光
120 X線検出器(検出手段)
130 データ処理部(データ処理手段)
131 信号処理回路
132 データ記録装置
140 制御部
200 試料

【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料における分析対象となる元素の吸収端の前後のエネルギーにおけるX線吸収特性から、前記元素の組成分析を行う元素分析装置であって、
高エネルギー粒子線とレーザー光とを衝突部において衝突させた際のコンプトン効果によって高エネルギー光となったレーザーコンプトン光を発生させ、前記試料に照射するレーザーコンプトン光発生手段と、
前記レーザーコンプトン光が前記試料を透過した透過光の強度を検出する検出手段と、
当該検出手段の検出結果を用いて前記元素の組成分析を行うデータ処理手段と、
を具備することを特徴とする元素分析装置。
【請求項2】
前記レーザーコンプトン光発生手段は、
前記衝突部における前記レーザー光と前記高エネルギー粒子線との交差角を調整する交差角調整部を具備することを特徴とする請求項1に記載の元素分析装置。
【請求項3】
前記レーザーコンプトン光発生手段は、
2個の180度偏向磁石と、当該2個の180度偏向磁石との間に配置された線形加速器の間で前記高エネルギー粒子線を周回軌道に乗せて加速するマイクロトロン型の加速器を具備することを特徴とする請求項1又は2に記載の元素分析装置。
【請求項4】
前記線形加速器には、前記高エネルギー粒子線を構成する2つのバンチが同時に入射する構成とされ、
前記線形加速器における高周波加速に用いられる高周波が、一方のバンチを加速する位相とされ、かつ他方のバンチを減速させる位相とされることを特徴とする請求項3に記載の元素分析装置。
【請求項5】
試料における分析対象となる元素の吸収端の前後のエネルギーにおけるX線吸収特性から、前記元素の組成分析を行う元素分析方法であって、
高エネルギー粒子線とレーザー光とを衝突部において衝突させた際のコンプトン効果によって発生した高エネルギー光であり前記吸収端前後のエネルギーを含むスペクトルをもつレーザーコンプトン光を、前記試料に照射する照射工程と、
前記レーザーコンプトン光が前記試料を透過した後の透過光の強度を検出する検出工程と、
前記透過光の強度を用いて前記元素の組成分析を行う解析工程と、
を具備することを特徴とする元素分析方法。
【請求項6】
半値幅の中に前記吸収端のエネルギーを含むスペクトルをもつ準単色のレーザーコンプトン光が用いられることを特徴とする請求項5に記載の元素分析方法。
【請求項7】
前記吸収端のエネルギーを跨ぐ2つのエネルギーをそれぞれのピークエネルギーとする単色の2つのレーザーコンプトン光が用いられることを特徴とする請求項5に記載の元素分析方法。
【請求項8】
前記衝突部における前記レーザー光と前記高エネルギー粒子線との交差角を調整することによってピークエネルギーが設定された前記2つのレーザーコンプトン光が用いられることを特徴とする請求項7に記載の元素分析方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−18136(P2012−18136A)
【公開日】平成24年1月26日(2012.1.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−157115(P2010−157115)
【出願日】平成22年7月9日(2010.7.9)
【出願人】(505374783)独立行政法人日本原子力研究開発機構 (727)
【Fターム(参考)】