説明

免震建物

【課題】複数種類の免震装置を免震装置設置階の柱に適宜配置することにより、免震装置設置階の直上階の梁を一部なくすことにより、階高を抑えつつ、床面から梁下までの高さを確保しやすい免震装置設置階を有する免震建物を提供する。
【解決手段】柱2と該柱間の梁3によるラーメン架構で各階スラブ4を支持して構築され、平面形状が長方形に形成され、長辺方向に並ぶ柱のスパンLxが短辺方向に並ぶ柱のスパンより短く設定されるとともに、積層ゴム支承免震装置5が挿入された柱25および滑り支承免震装置6が挿入された柱26で上記柱が構成された免震装置設置階を有する免震建物1であって、該免震装置設置階Aの長辺方向の中間部に短辺方向で並ぶ柱2を、上記滑り支承免震装置6が挿入された柱26により構成するとともに、該滑り支承免震装置6が挿入された柱26に接続される短辺方向の梁をなくす。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複数種類の免震装置を免震装置設置階の柱に適宜配置することにより、免震装置設置階の直上階の一部の梁をなくすことにより、免震装置設置階における床面から梁下までの高さの確保が容易となる免震建物に関する。
【背景技術】
【0002】
通常の建物では、桁行き方向(建物の長辺方向)の柱間スパンは比較的短いが、梁間方向(建物の短辺方向)の柱間スパンは比較的長くなり、梁間方向の梁背が大きくなる。この場合でも、集合住宅においては、梁間方向に戸境壁として耐震壁が設けられるため、梁間方向の梁背は小さくすることが可能である。しかし事務所や商業施設の建物では、広い空間が必要とされることから耐震壁の設置が制限され、梁間方向の梁背は大きくなる。このため、床面から梁下までの高さを確保することが難しくなる。梁背を小さくするためには、建物を免震化して構造体に作用する地震力を軽減することが考えられる。建物の免震化の1つの方法として、柱に免震装置を挿入した免震装置設置階(免震階)を建物に設ける中間階免震が行われる。
【0003】
しかし、建物を免震化しても、免震装置には、建物を元の位置に復元させる復元機能および地震による振動エネルギーを吸収する減衰機能が必要となるため、地震時に免震装置より上方および下方の建物部分(以下、「構造体」という)には曲げモーメントが発生し、これら構造体の耐力と剛性を確保する必要が有る。一方、この曲げモーメントの大きさは免震装置の種類により異なるため、複数種類の免震装置を計画的に配置することで、構造体ごとに、発生する上記曲げモーメントを調整し、構造体を簡略することも可能である。その技術として特許文献1が知られている。特許文献1における建物の四隅の基礎杭には復元支承手段が設けられているので、地震時には杭頭には曲げ応力(モーメント)がかかる。このため、四隅の基礎杭には剛性を有する地中梁が設けられている。一方、建物の中央の基礎杭には、杭頭へ曲げ応力のかからない回転機構付きすべり支承手段が設けられているため、この曲げ応力を受けるための梁は設けられていない(低剛性基礎とされている)。
【特許文献1】特開2006−125178号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1の免震構造は、建物の長辺方向の中央部では、基礎を低剛性基礎として建物と基礎との間に回転機構付きすべり免震支承手段を設けるため、地震時には、回転機構付きすべり免震支承手段上部の、建物の最下段の床の梁に横方向負荷がかかる。そこで免震支承手段より上部の構造体、すなわち最下段の床に、通常の免震支承手段(例えば積層ゴム型の免震支承手段)を用いた場合の最下段の床の梁の剛性よりも高い剛性を有する梁を設けることにより、建物全体の剛性を確保している。このため、免震支承手段より上方に位置する梁の形状が大きくなり、免震装置設置階における床面から梁下までの高さが低くなり、その階に大きな室内空間を確保しにくいという課題を有していた。
【0005】
本発明は上記従来の課題に鑑みて創案されたものであって、種類の異なる免震装置を適宜配置することにより、免震装置設置階上部に位置する直上階の梁の一部を無くすことで、階高を抑えつつ、床面から梁下までの高さが確保しやすくなる免震装置設置階を有する免震建物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明にかかる免震建物は、柱と該柱間の梁によるラーメン架構で各階スラブを支持して構築され、平面形状が長方形に形成され、長辺方向に並ぶ柱のスパンが短辺方向に並ぶ柱のスパンより短く設定されるとともに、積層ゴム支承免震装置が挿入された柱および滑り支承免震装置が挿入された柱で上記柱が構成された免震装置設置階を有する免震建物であって、該免震装置設置階の長辺方向の中間部に短辺方向で並ぶ上記柱を、上記滑り支承免震装置が挿入された柱により構成するとともに、該滑り支承免震装置が挿入された柱に接続される短辺方向の上記梁をなくしたことを特徴とする。
【0007】
前記免震装置設置階の直上階の前記スラブを、中空スラブにより構成することを特徴とする。
【0008】
前記免震装置設置階の長辺方向の両端部に短辺方向で並ぶ前記柱を、前記積層ゴム支承免震装置が挿入された柱により構成するとともに、該積層ゴム支承免震装置が挿入された柱に接続される前記直上階の柱の間に、短辺方向で耐震架構を設けたことを特徴とする。
【0009】
前記免震構造設置階を、地盤面より下方に設けたことを特徴とする。
【0010】
前記滑り支承免震装置に代えて、転がり支承免震装置を設けたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
本発明にかかる免震建物にあっては、種類の異なる免震装置を適宜配置することにより、直上階の一部の梁をなくして、階高を抑えつつ、床面から梁下までの高さが確保しやすい免震装置設置階を免震建物に構築できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下に、本発明にかかる免震建物の好適な一実施形態を、添付図面を参照して詳細に説明する。本実施形態にかかる免震建物は基本的には、図1から図4に示すように、柱2と柱2、2間の梁3によるラーメン架構で各階スラブ4を支持して構築され、平面形状が長方形に形成され、長辺方向(図1におけるX方向)に並ぶ柱2のスパンLxが短辺方向(図1におけるY方向)に並ぶ柱2のスパンLyより短く設定されるとともに、積層ゴム支承免震装置5が挿入された柱25および滑り支承免震装置6が挿入された柱26で柱2が構成された免震装置設置階Aを有し、免震装置設置階Aの長辺方向の中間部に短辺方向で並ぶ柱2を、滑り支承免震装置6が挿入された柱26により構成するとともに、滑り支承免震装置6が挿入された柱26に接続される短辺方向の梁をなくし、免震装置設置階Aの直上階Bのスラブ4を、中空スラブにより構成し、免震装置設置階Aの長辺方向の両端部に短辺方向で並ぶ柱2を、積層ゴム支承免震装置5が挿入された柱25により構成するとともに、積層ゴム支承免震装置5が挿入された柱25に接続される、直上階Bの柱2の間に、短辺方向で耐震架構7が設けられている。本実施形態における免震装置設置階Aは地盤面GLより下方に、免震建物1の最下階として設けられている。なお、図1は、免震装置設置階Aの見上げ図に直上階Bの耐震架構7を記載した図である。
【0013】
本実施形態における免震建物1は、複数階で構成されるRC造のラーメン構造建物であり、新築でも、既存建物を免震化したものであっても良い。免震装置設置階Aは地盤面GLより下方に設けられ、免震装置設置階Aの直上階Bは、免震建物1の一階に設定されている。免震装置設置階Aは、免震装置5、6が取り付けられている階をいい、本実施形態では、免震装置5、6が挿入された柱2が設置されている階をいう。免震装置設置階Aは居室を有する階である必要はなく、床と、免震装置5、6を挿入できる柱2を有する階であればよい。また、建物のいずれの階を免震装置設置階Aに設定してもよい。
【0014】
本実施形態における免震装置設置階Aの平面形状は、横長(図1におけるX方向に長い)の長方形に形成されている。免震装置設置階Aには、柱2が、免震装置設置階Aの長辺方向に二列、短辺方向に四列配置されている。長辺方向の柱2のスパンLxは短辺方向の柱のスパンLyより短く設定されている。本実施形態における長辺方向の各柱2、2間の各スパンLxは、いずれも等しく設定され、短辺方向の柱のスパンLyの1/2程度の寸法に設定されている。ただし、長辺方向の各柱2、2間の各スパンLxは、全が同一寸法である必要はなく、スパンLxごとに異なる寸法に設定してもよい。さらに、スパンLxはスパンLyより短ければ、スパンLyの1/2以上又はそれ未満でも良い。
【0015】
免震装置設置階Aの長辺方向の両端部に短辺方向で並ぶ柱2、すなわち、図1の四隅に位置する柱2は、積層ゴム支承免震装置5が挿入された柱25で構成されている。既存建物を免震建物1とする場合には、既存の柱2を切断し積層ゴム支承免震装置5を挿入して柱25を構築する。
【0016】
積層ゴム支承免震装置5は、積層ゴム支承免震装置5より上方の構造体の荷重を支持する支承機能と、積層ゴム支承免震装置5より上方の構造体と下方の構造体を別振動系とする絶縁機能と、地震時に変位した建物を元の位置に復元させる復元機能および地震による振動エネルギーを吸収する減衰機能を有する免震装置であり、薄いゴムと金属板を交互に重ね合わせて接着した積層ゴムにより構成されている。本実施形態における、積層ゴム支承免震装置5は、高減衰積層ゴムで構成され、地震時の水平力により積層ゴムが弾性変形することで減衰力と復元力を発生させる。地震時に積層ゴム支承免震装置5が水平方向に変形した際、積層ゴム支承免震装置5より上方の構造体および下方の構造体に曲げモーメントが発生する。ここで発生する「曲げモーメント」は、上記減衰力と上記復元力によるせん断力Qよる「水平力(せん断力)による曲げモーメント」(図5(a)参照)と、積層ゴム支承免震装置5の上部からの軸力Pの作用位置と積層ゴム支承免震装置5の中心とにずれδ1が発生することによる「軸力による曲げモーメント」(図5(b)参照)が合わされたものである。なお、本実施形態における、積層ゴム支承免震装置5より上方の構造体は、積層ゴム支承免震装置5より上方の柱25の上部分と、それに接続される梁3およびスラブ4である。また、本実施形態における免震装置設置階Aが免震建物1の最下階に設定され、免震建物1の基礎は杭を有しない直接基礎であるため、積層ゴム支承免震装置5より下方の構造体は、積層ゴム支承免震装置5より下方の柱25の下部分と、それに接続されるフーチング10やフーチング10、10間に必要に応じて設けられるつなぎ梁11、および土間スラブ12を含めた部分を意味する。なお、免震建物1の基礎が杭を有する構造である場合、積層ゴム支承免震装置5より下方の構造体には杭も含まれる。
【0017】
積層ゴム支承免震装置5には、鉛プラグ入り積層ゴムで構成された積層ゴム支承免震装置5を用いても良い。その場合は、「水平力(せん断力)による曲げモーメント」は、積層ゴムの弾性変形と鉛プラグを塑性変形させる際の曲げモーメントとなる。鉛プラグの塑性変形により地震時のエネルギー吸収が行われ、免震装置としての減衰機能が発揮される。また、減衰機能を有しない天然ゴム系積層ゴムで構成された免震装置を用いる場合は、減衰機能を有するダンパを別途設ける必要がある。
【0018】
免震装置設置階Aの長辺方向の中間部、すなわち長辺方向の両端部以外の長辺方向中央部に短辺方向で並ぶ柱2は、滑り支承免震装置6が挿入された柱26により構成されている。言い換えれば、本実施形態の免震装置設置階Aにおいては、柱25以外の他の柱2が全て柱26で構成されている。既存建物を免震建物1とする場合には、既存の柱2を切断して滑り支承免震装置6を挿入して柱26を構築する。滑り支承免震装置6は、それより上方の構造体の荷重を支持する支承機能と、それより上方の構造体と下方の構造体を別振動系とする絶縁機能を有する免震装置であり、復元機能および減衰機能をほとんど有していない。
【0019】
本実施形態における滑り支承免震装置6は弾性滑り支承による免震装置で構成され、一般的な構造を有している。具体的には、滑り支承免震装置6より下方の柱26の下部分に上向きで取り付けられた「支持材」上を、滑り支承免震装置6より上方の柱26の上部分に下向き取り付けられた「滑り材」がスライドするように構成されている。「支持材」は、フッ素コートが施されたステンレス製鋼板で構成され、「滑り材」は、フッ素樹脂が取り付けられたステンレス製鋼板を本体ゴムに取り付けて構成されて、該フッ素樹脂を挟んで「支持材」と「滑り材」が接している。本実施形態における、滑り支承免震装置6の本体高さは積層ゴム支承免震装置5の本体高さより小さく構成されている。滑り支承免震装置6は、復元機能や減衰機能をほとんど有していないため、免震建物1に必要な復元力と減衰力は主に積層ゴム支承免震装置5により発生される。そのため、地震時の水平力により滑り支承免震装置6が水平方向で変位しても、滑り支承免震装置6より上方の構造体と下方の構造体に作用する「水平力(せん断力)による曲げモーメント」は小さくなる(図6(a)参照)。また、滑り支承免震装置6より上方の構造体に対する軸力Pによる曲げモーメントは、滑り支承免震装置6より下方の構造体に対する「軸力による曲げモーメント」よりも小さくなる(図6(b)参照)。すなわち、免震建物1に水平力が作用した際、滑り免震支承装置6では、柱26の上部分に取り付けられた「滑り材」が、柱26の下部分に取り付けられた「支持材」上を、その下面全体で接しながら、ほとんど水平方向の変形を生ずることなくスライドするため、上方の構造体からの軸力Pは「滑り材」のほぼ中心に作用する。ただし、本実施形態の「滑り材」の本体がゴムで構成されているため、そのゴムの弾性変形により軸力Pの作用位置に多少のずれδ1は生じるが、そのずれδ1は微少である。したがって「軸力による曲げモーメント」の値が小さくなる。一方、滑り支承免震装置6より下方の構造体では、「支持材」上を、「滑り材」が移動するため、軸力Pが滑り支承免震装置6より下方の構造体に作用する位置も「支持材」の中心から大きくずれ、「軸力による曲げモーメント」の値が大きくなる。なお、本実施形態の滑り支承免震装置6は、弾性滑り支承による免震装置で構成されるが、剛性滑り支承による免震装置で構成されても良い。また、本実施形態における、滑り支承免震装置6より上方の構造体は、滑り支承免震装置6より上方の柱26の上部分と、それに接続される梁3およびスラブ4であり、下方の構造体は、滑り支承免震装置6より下方の柱26の下部分と、それに接続されるフーチング10やフーチング10、10間に必要に応じて設けられるつなぎ梁11、および土間スラブ12を加えた構造体である。なお、免震建物1の基礎が杭を有する場合、滑り支承免震装置6より下方の構造体に基礎杭も含まれる。
【0020】
滑り支承免震装置6より上方の構造体と下方の構造体に作用する「曲げモーメント」は、上記の「軸力による曲げモーメント」と上記「水平力(せん断力)による曲げモーメント」を合わせたものとなるため、上方の構造体と下方の構造体とでは後者の方に大きな「曲げモーメント」(曲げ応力)が作用することとなる。
【0021】
免震装置設置階Aの柱2(25、26)の上部には、直上階Bの梁3が架設されている。直上階Bの梁3は直上階Bのスラブ4を支持している。本実施形態において、滑り支承免震装置6が挿入された柱26に接続される短辺方向の梁はなくされている。したがって、直上階Bの梁3は、滑り支承免震装置6が挿入された柱26に接続される長辺方向の梁3と、柱25に接続される梁3で構成されている。
【0022】
本実施形態における柱2(25、26)は免震装置設置階Aの外周部に配設されているため、本実施形態の梁3は免震装置設置階Aを囲むように柱2、2間に架設されている。したがって、免震装置設置階Aの内部上方、すなわち直上階Bの内部のスラブ4下方には梁が設けられていない。免震装置設置階Aの長辺方向の柱2(25、26)のスパンLxは、短辺方向の柱2(25、26)のスパンLyより短く設定されているため、それらに架設される直上階Bの長辺方向の梁3(以下「長辺方向梁3x」という)の梁背は、直上階Bの短辺方向の梁3(以下「短辺方向梁3y」という)の梁背より小さくなり、免震装置設置階Aの階高を低くしやすくなっている。本実施形態における長辺方向梁3xは、免震装置設置階Aの短辺方向の両端部に設けられている。長辺方向梁3xは、長辺方向の一方の端部に位置する柱25から他方の端部に位置する柱25までの柱25、26間および柱26、26間に設けられている。本実施形態における短辺方向梁3yは、免震装置設置階Aの長辺方向の両端部に位置する柱25、25間に架設されている。短辺方向梁3yは柱25のスパンLyが大きく、さらに、積層ゴム支承免震装置5から地震時の「曲げモーメント」が作用することから、十分な耐力と剛性が確保できる梁背に設定されている。
【0023】
一方、免震装置設置階Aの長辺方向の中間部、すなわち免震装置設置階Aの長辺方向中央部に短辺方向で並ぶ、滑り支承免震装置6が挿入された柱26に接続される短辺方向の梁はなくされている。梁を「なくす」とは、本実施形態における短辺方向梁3yに相当する梁が、柱26、26間に架設されないことであり、梁を「なくす」には、スラブ4のスラブ底に突出して柱26、26間に短辺方向で架設される梁自体が省略されている場合と、柱26、26間に短辺方向で架設される梁がスラブ4内に設けられている場合がある。これにより、免震装置設置階Aの階高を抑えつつ、床面から梁下までの高さを確保できる。なお、本実施形態において、免震装置設置階Aの柱26と連続する、直上階B(1階)の柱36の上部には短辺方向の梁30yが設けられている。
【0024】
直上階Bのスラブ4は中空スラブで構成されている。本実施形態のスラブ4では、円形断面の筒状ボイドチューブが短辺方向に向けて埋設されている。なお、筒状ボイドチューブの埋設方向は短辺方向に限定されるものではなく、スラブ4における筒状ボイドチューブの埋設位置により適宜、短辺方向や長辺方向に設定される。スラブ4を中空スラブとすることにより、スラブ4の耐力と剛性、特に長辺方向断面の剛性が確保され、免震装置設置階Aの長辺方向中央部の短辺方向梁3yに相当する梁をなくしたことによるスラブ4の剛性と耐力の低下を防止でき、スラブ4を厚くして耐力と剛性を確保する場合と比べスラブ4の自重が軽減できる。中空スラブ4は必要な耐力と剛性を確保できるものであれば、その構造形式は問わない。例えば、プレストレストが導入されたPCa床版を用いてスラブ4を構築しても良い。また筒状ボイドチューブの断面形状も円形に限定されない。
【0025】
直上階Bには、耐震架構7が設けられている。耐震架構7は、直上階Bの長辺方向端部に短辺方向で並ぶ柱2、2(35、35)間で短辺方向梁3yの上部に設けられる。本実施形態における直上階Bの柱35は、免震装置設置階Aの柱25の直上に設けられ、柱25と一体に構築されている。本実施形態の耐震架構7は、RC造の耐震壁で構成され、左右端面を柱35、上端面を柱35、35間に架設された短辺方向の梁30y、下端面を短辺方向梁3yとそれぞれ一体に構築されている。耐震架構7は、主に積層ゴム支承免震装置5から直上階Bに伝わる、地震時の短辺方向の水平力に抵抗し、中空スラブであるスラブ4と協働して直上階Bの耐力と剛性を確保する機能を有している。また、耐震架構7は、免震装置設置階Aの柱25に連続する直上階(1階)の柱35と一体に形成されているため、短辺方向梁3yの梁背を小さくする機能も有している。耐震架構7は、地震時の水平力を負担し、直上階Bの短辺方向の耐力と剛性を確保できるものであれば、鉄骨製の耐震ブレース等でも良い。
【0026】
本実施形態における、免震装置設置階Aは地下1階に設定されているため、滑り支承免震装置6より下方の柱26の下部分と積層ゴム支承免震装置5より下方の柱25の下部分は、ともに免震建物1の基礎と一体的に構築され剛性と耐力が確保されている。すなわち本実施形態における免震装置5、6より下方の柱25、26の下部分が、免震建物1の基礎であるフーチング10に接続され、そのフーチング10、10間に必要に応じて設けられるつなぎ梁11、および土間スラブ12と一体に構築され、積層ゴム支承免震装置5および滑り支承免震装置6より下方の構造体としての耐力と剛性が確保されている。なお、免震建物1の基礎が杭を有する構造の場合、フーチング10が杭と一体に構築され、免震装置5、6より下方の構造体に杭も含まれて耐力と剛性が確保される。
【0027】
以上説明した本実施形態にかかる免震建物の作用について説明する。まず、地震時の免震装置5、6の免震建物1への作用を説明する。免震建物1に地震による水平力が作用すると、免震建物1の積層ゴム支承免震装置5および滑り支承免震装置6の絶縁機能により、各免震装置5、6より上方の構造体と下方の構造体が水平方向に相対的に変位し、それらを別振動系として絶縁して上方の構造体の振動を抑制する。この際、積層ゴム支承免震装置5は免震建物1に対する復元機能と減衰機能を有するため減衰力や復元力を発生させる。一方、滑り支承免震装置6は復元機能も、減衰機能もほとんど有していないため、復元力も減衰力もほとんど発生しない。したがって、積層ゴム支承免震装置5より上方の構造体には「水平力(せん断力)による曲げモーメント」が発生し、さらに「軸力による曲げモーメント」も発生し、積層ゴム支承免震装置5より上方の構造体には曲げ応力が発生する。一方、滑り支承免震装置6より上方の構造体には、「水平力(せん断力)による曲げモーメント」はほとんど発生しない。さらに、滑り支承免震装置6より上方の構造体からの軸力は絶えず「滑り材」のほぼ中心に作用するため、滑り支承免震装置6より上方の構造体には、「軸力による曲げモーメント」もほとんど作用しない。したがって、滑り支承免震装置6より上方の構造体には「曲げモーメント」(曲げ応力)がほとんど発生しない。
【0028】
免震装置5、6からの上記「曲げモーメント」(曲げ応力)に対する免震建物1の作用を説明する。短辺方向(Y方向)の水平力による「曲げモーメント」(曲げ応力)に対する免震建物1の作用について説明する。免震装置設置階Aの長辺方向中央部の、滑り支承免震装置6より上方の構造体には、地震時に滑り支承免震装置6からの「曲げモーメント」(曲げ応力)がほとんど作用しないため、スラブ4を中空スラブとして長辺方向断面の耐力と剛性を高めることで短辺方向の「曲げモーメント」(曲げ応力)に抵抗することが可能となり、免震装置設置階Aの内部上方のスラブ底に短辺方向で露出する梁をなくすことができる。すなわち滑り支承免震装置6が挿入された柱26に接続される短辺方向の梁をなくすことができる。また、免震装置設置階Aの端部の、積層ゴム支承免震装置5より上方の構造体には、免震建物1に必要とされる減衰力と復元力による「曲げモーメント」(曲げ応力)が作用する。このため、免震装置設置階Aの端部では、中空スラブであるスラブ4と短辺方向梁3yおよび、短辺方向梁3yの上部に構築された耐震架構7により、この短辺方向の「曲げモーメント」(曲げ応力)に抵抗する。耐震架構7により、短辺方向梁3yの梁背を、短辺方向梁3y単独で短辺方向の水平力に抵抗する場合より小さくしても、必要な耐力と剛性を確保することができる。
【0029】
次に長辺方向(X方向)の水平力による、上記曲げ効力に対する免震建物1の作用について説明する。地震時に、積層ゴム支承免震装置5により、それより上方の構造体に長辺方向の「曲げモーメント」(曲げ応力)が作用するが、滑り支承免震装置6からは、それより上方の構造体には「曲げモーメント」(曲げ応力)がほとんど作用しない。この長辺方向の「曲げモーメント」(曲げ応力)に対しては、免震装置設置階Aの短辺方向の端部に配置された長辺方向梁3xが抵抗することで、免震装置5、6より上方の構造体の十分な耐力と剛性が確保される。なお、長辺方向梁3xは、長辺方向の柱2スパンLxが短辺方向の柱2のスパンLyより小さいため、耐震架構7や免震装置5、6を併用することなく短辺方向の各柱2、2間に設ける短辺方向の梁より、梁背を小さくできる。
【0030】
このように滑り支承免震装置6の配置やスラブ4を中空スラブとすることにより、免震装置設置階Aの長辺方向中央部、すなわちその内方上部の短辺方向の梁がなくせるとともに、耐震架構7を設けることにより短辺方向梁3yの梁背が小さくなるため階高を抑えつつ、床面から梁下までの高さを確保した免震装置設置階Aを免震建物1に設けることが出来る。一方、積層ゴム支承免震装置5の上方の構造体には大きな「曲げモーメント」(曲げ応力)が作用する。この「曲げモーメント」(曲げ応力)に対しては、積層ゴム支承免震装置5を免震装置設置階Aの長辺方向端部に配置して、短辺方向梁3yや耐震架構7、スラブ4を中空スラブとすることで、直上階Bの剛性のバランスを保ちながら、効果的に対応できる。また、本実施形態における免震装置設置階Aは地盤面より下方に構築しているため、免震装置設置階Aの階高が低くなることで掘削深さを浅くでき、掘削工事を簡略化できる。
【0031】
以上説明した本実施形態にかかる免震建物1にあっては、柱2と柱2、2間の梁3によるラーメン架構で各階スラブ4を支持して構築され、平面形状が長方形に形成され、長辺方向に並ぶ柱2のスパンLxが短辺方向に並ぶ柱2のスパンLyより短く設定されるとともに、積層ゴム支承免震装置5が挿入された柱25および滑り支承免震装置6が挿入された柱26で柱2が構成された免震装置設置階Aを有し、免震装置設置階Aの長辺方向の中間部に短辺方向で並ぶ柱2を、滑り支承免震装置6が挿入された柱26により構成するとともに、滑り支承免震装置6が挿入された柱26に接続される短辺方向の梁をなくしたため、地震時の短辺方向および長辺方向の水平力により、滑り支承免震装置6から、滑り支承免震装置6より上方の構造体への「曲げモーメント」(曲げ応力)の発生を抑制でき、免震装置設置階Aの内部上方の短辺方向の梁をなくすことができる。さらに、スラブ4を中空スラブとして耐力と剛性を確保することで、その「曲げモーメント」(曲げ応力)に確実に対応できる。このため、床面から梁下までの高さが確保された免震装置設置階Aを免震建物1に確保することができる。
【0032】
また、軸力(鉛直荷重)による「曲げモーメント」(曲げ応力)に対しては、柱2のスパンLxを小さく設定することで、免震装置設置階Aの周辺部に配置された長辺方向梁3xの梁背を大きくすることなく、免震装置5、6より上方の構造体の耐力と剛性を確保し、対応している。このため、階高を抑えつつ広い室内空間を有する免震装置設置階Aを免震建物1に構築することが可能となる。
【0033】
本実施形態における免震建物1にいては、免震装置設置階Aの直上階Bのスラブ4を中空スラブにより構成したため、免震支承装置5、6からの曲げモーメントに対する、スラブ4の剛性と耐力確保でき確実に、免震装置設置階Aの内部上方の短辺方向の梁を容易になくすことができる。
【0034】
本実施形態の免震建物1は、免震装置設置階Aの長辺方向の両端部に短辺方向で並ぶ柱2を、積層ゴム支承免震装置5が挿入された柱25により構成するとともに、積層ゴム支承免震装置5が挿入された柱25に接続される直上階Bの各柱2、2(35、35)間に、短辺方向で耐震架構7を設けているため、地震時の短辺方向(Y方向)の水平力により、積層ゴム支承免震装置5から、それより上方の構造体へ作用する「曲げモーメント」(曲げ応力)に対し、免震装置設置階Aの長辺方向両端部の短辺方向梁3y、直上階Bの耐震架構7、中空スラブにより構成されたスラブ4らにより効率的に対応できる。このため、免震装置設置階Aの長辺方向中央部における滑り支承免震装置6より上方の構造体に対する、短辺方向の曲げ応力の負担を増やすことなく、地震時の短辺方向の「曲げモーメント」(曲げ応力)に対応できる。すなわち、地震時に免震建物1の免震機構に必要とされる復元力と減衰力を、免震装置設置階Aの端部に配置した積層ゴム支承免震装置5に負担させて効率的に処理することで、免震装置設置階Aの階高を抑えつつ、免震装置設置階Aの中央部では、従来柱のスパンが長く梁背が大きくなりやすかった短辺方向の梁がなくされているため、床面からスラブ底までの高さで、免震装置設置階Aの室内空間を確保しやすくなる。これと、免震装置設置階Aの周囲の梁3x、3yの梁背を小さくできることがあいまって、免震装置設置階Aにおける床面から梁下までの高さを確保することができる。さらに、直上階Bの平面上の剛性のバランスを保つこともできる。
【0035】
本実施形態における免震装置設置階Aは地盤面より下方に設けられているため、免震装置設置階Aの階高が低くなることにより、掘削深さを浅くすることが可能となり、経済的に免震建物1を構築することができる。
【0036】
本実施形態では、滑り支承免震装置6を柱2に設置したが、滑り支承免震装置6に代えて、ローラーやボールベアリングを用いた転がり支承による免震装置8(以下「転がり支承免震装置8」)を設置してもよい。この場合、地震時に転がり支承免震装置8より上方の構造体に作用する「曲げモーメント」(曲げ応力)は、積層ゴム支承免震装置5を用いた場合より小さくなる。すなわち、転がり支承免震装置8より上方の構造体には、軸力Pの作用位置と転がり支承免震装置8のローラー等とのずれδ1により「軸力による曲げモーメント」は発生する(図7(b)参照)が、せん断力Qによる「水平力(せん断力)による曲げモーメント」はほとんど発生しない(図7(a)参照)ため、「曲げモーメント」の値が積層ゴム支承免震装置5を用いた場合より小さくなる。したがって、転がり支承免震装置8が滑り支承免震装置6とほぼ同様の機能を果たし、前述の実施形態と同様の効果を免震建物1にもたらすことができる。
【0037】
本実施形態では、長辺方向に柱2を二列設けたがこれに限定されるものではなく、三列以上設けてもよい。その場合、直上階Bの耐震架構7は、免震装置設置階Aの長辺方向の両端部に短辺方向に並ぶ柱25の上部の柱35の各柱35、35間それぞれに設置する。
【0038】
また、本実施形態では、免震装置設置階Aの柱2を短辺方向に四列配置したが、これらの列数に限定されるものはない。従って、例えば図8に示すように、免震装置設置階Aの柱2を長辺方向に三列、短辺方向に七列としてもよい。この場合、左右両端部側で短辺方向に並ぶ複数列の柱2に積層ゴム支承免震装置5を挿入して、柱25としても良い。その際直上階Bの耐震架構7は、全ての柱25の上部の柱35、35間に短辺方向で設けても、選択した列の柱35間にのみ設けても良い。ただし左右端部に配置する耐震架構7の数(列数)は一致させることが好ましい。この形態においても前述の実施形態と同様の効果を得ることができる。勿論、図8の柱2の配列の場合にも、前述の実施形態と同様に、左右方向の最も外側の一列の柱2のみに積層ゴム支承免震装置5を挿入してもよい。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【図1】本発明にかかる免震建物の好適な一実施形態における免震装置設置階の柱位置と、直上階の梁および耐震架構の位置を示す免震装置設置階の見上げ図である。
【図2】図1に示した免震建物の長辺方向の部分断面図である。
【図3】図1に示した免震建物のY1方向の部分断面図である。
【図4】図1に示した免震建物のY2方向の部分断面図である。
【図5】図2に示した積層ゴム支承免震装置より上方の構造体と下方の構造体に発生する曲げモーメントを説明する図であり、(a)は水平力による曲げモーメントを説明する図、(b)は軸力による曲げモーメントを説明する図である。
【図6】図2に示した滑り支承免震装置より上方の構造体と下方の構造体に発生する曲げモーメントを説明する図であり、(a)は水平力による曲げモーメントを説明する図、(b)は軸力による曲げモーメントを説明する図である。
【図7】転がり支承免震装置より上方の構造体と下方の構造体に発生する曲げモーメントを説明する図であり、(a)は水平力による曲げモーメントを説明する図であり、(b)は軸力による曲げモーメントを説明する図である。
【図8】本発明に係る免震建物の変形例における免震装置設置階の柱位置と、直上階の梁および耐震架構の位置を説明するための平面図である。
【符号の説明】
【0040】
1 免震建物
2 柱
3 梁
4 スラブ
5 積層ゴム支承免震装置
6 滑り支承免震装置
7 耐震架構
25 積層ゴム支承免震装置が挿入された柱
26 滑り支承免震装置が挿入された柱
A 免震装置設置階
B 免震装置設置階の直上階
Lx 長辺方向に並ぶ柱のスパン
Ly 短辺方向に並ぶ柱のスパン

【特許請求の範囲】
【請求項1】
柱と該柱間の梁によるラーメン架構で各階スラブを支持して構築され、平面形状が長方形に形成され、長辺方向に並ぶ柱のスパンが短辺方向に並ぶ柱のスパンより短く設定されるとともに、積層ゴム支承免震装置が挿入された柱および滑り支承免震装置が挿入された柱で上記柱が構成された免震装置設置階を有する免震建物であって、
該免震装置設置階の長辺方向の中間部に短辺方向で並ぶ上記柱を、上記滑り支承免震装置が挿入された柱により構成するとともに、
該滑り支承免震装置が挿入された柱に接続される短辺方向の上記梁をなくしたことを特徴とする免震建物。
【請求項2】
前記免震装置設置階の直上階の前記スラブを、中空スラブにより構成することを特徴とする請求項1に記載の免震建物。
【請求項3】
前記免震装置設置階の長辺方向の両端部に短辺方向で並ぶ前記柱を、前記積層ゴム支承免震装置が挿入された柱により構成するとともに、
該積層ゴム支承免震装置が挿入された柱に接続される前記直上階の柱の間に、短辺方向で耐震架構を設けたことを特徴とする請求項2の免震建物。
【請求項4】
前記免震構造設置階を、地盤面より下方に設けたことを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載の免震建物。
【請求項5】
前記滑り支承免震装置に代えて、転がり支承免震装置を設けたことを特徴とする請求項1から4のいずれかに記載の免震建物。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate


【公開番号】特開2009−68278(P2009−68278A)
【公開日】平成21年4月2日(2009.4.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−238833(P2007−238833)
【出願日】平成19年9月14日(2007.9.14)
【出願人】(000140292)株式会社奥村組 (469)
【Fターム(参考)】