説明

内燃機関のバルブタイミング制御装置

【課題】進角機構が発生するトルクの影響によりカム位相の検出値が目標位相と一致した状態のまま、カム位相の揺動量が徐々に増大することを抑制することのできる内燃機関のバルブタイミング制御装置を提供する。
【解決手段】バルブタイミング制御装置の内部に設けられた進角室及び遅角室の各油圧室内の作動油温が上限油温値以上である旨及びクランク軸の機関回転速度が下限回転速度以下である旨判定され、かつ、そのときの目標位相が禁止位相領域内の位相であるときに、目標位相を変更してこれを中間位相に設定する目標位相変更処理が実行される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、クランク軸と連動する第1の回転体及びカム軸と連動する第2の回転体の相対回転位相を目標位相に変更する可変機構と、この相対回転位相を最進角位相と最遅角位相との間の中間位相にロックするロック機構と、第2の回転体を進角側に付勢するトルクを発生する進角機構とを有する内燃機関バルブタイミング制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
内燃機関のバルブタイミング制御装置としては、カム軸により開閉駆動される吸気バルブや排気バルブのバルブタイミングを機関運転状態に応じて変更する可変動弁装置を備えるものが知られている。こうした可変動弁装置のうち、特に油圧回転駆動式の可変機構を有するものにあっては、クランク軸に対するカム軸の回転位相を変化させることでバルブタイミングを変更するようにしている。すなわち、この可変機構は、クランク軸と連動して回転する第1の回転体とカム軸と連動して回転する第2の回転体とによって区画形成される進角用の油圧室(「進角室」)及び遅角用の油圧室(「遅角室」)に対する作動油の給排状態を変更し、両回転体を相対回転させて目標位相に保持することにより、吸気バルブや排気バルブのバルブタイミングが機関運転状態に応じた時期となるようにこれを制御している。
【0003】
ところで、例えば内燃機関の運転を停止してから長時間が経過したときのように、可変機構の進角室及び遅角室をはじめとする油圧系に作動油がほとんど残留していない状況の下で機関始動する場合には、両回転体の相対回転位相を機関始動時に好適な目標位相にロックすること、すなわちバルブタイミングを機関始動時に適した時期に保持することが困難になる。
【0004】
そこで、従来のバルブタイミング制御装置では、第1の回転体及び第2の回転体の相対回転位相を機械的にロックするロック機構を搭載し、こうしたロック機構のロック操作を通じてバルブタイミングを機関始動時に適した時期に保持するようにしている。こうしたロック機構として、例えば特許文献1に記載されるように、第1の回転体及び第2の回転体の相対回転位相を最進角位相及び最遅角位相との間の中間位相にロックするものが提案されている。
【0005】
また、特許文献1に記載されるバルブタイミング制御装置では、上述したような油圧系に作動油が残留していない状況下における機関始動性を確保するために、更に進角機構を搭載するようにしている。この進角機構は進角側への位相変化をアシストする進角スプリングを有し、進角室の油圧に加え、この進角スプリングの発生するトルクにより第2の回転体を進角側に付勢して両回転体の相対回転位相を遅角側の位相から中間位相まで変更するようにしている。
【0006】
以下、図4を参照して、特許文献1に記載されるものも含め、上述した可変機構、ロック機構、進角機構等からなる可変動弁装置を備えたバルブタイミング制御装置の一般的な構成について説明する。なお、図4ではカム軸32の回転方向を矢印RCにて示す。
【0007】
図4に示されるように、可変動弁装置30の可変機構100は、上述した第1の回転体及び第2の回転体として、クランク軸にチェーンを介して駆動連結され、同クランク軸と連動して回転するスプロケット35及びこれに固定されたハウジング101と、カム軸32に固定され、同カム軸32と連動して回転するベーンロータ102とを備えている。ハウジング101の内部に形成された複数の収容室103の内部には、ベーンロータ102に設けられた複数のベーン102Aがそれぞれ収容されている。各収容室103はこれらベーン102Aによって進角室104と遅角室105とにそれぞれ区画されている。そして、進角室104及び遅角室105に対する作動油の給排状態を変更することにより、ベーン102Aを収容室103で変位させ、ベーンロータ102とハウジング101とを相対回転させる。こうした相対回転位相を通じてバルブタイミングが機関運転状態に適した時期に制御されることとなる。
【0008】
また、この可変動弁装置30には、ハウジング101及びベーンロータ102の相対回転位相を最進角位相と最遅角位相との間の中間位相にロックするロック機構110が設けられている。このロック機構110では、ベーンロータ102に設けられたピン102Bをスプロケット35に形成された凹部に嵌入することにより、上記相対回転位相を中間位相にロックする。
【0009】
更に、可変動弁装置30の進角機構106は、一端がベーンロータ102に係合する一方、他端がハウジング101に係合する渦巻き状の進角スプリング107を有している。ハウジング101及びベーンロータ102の相対回転位相が中間位相よりも遅角側にあるとき、ベーンロータ102はこの進角スプリング107の弾性力によって進角側に付勢する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2010−106784号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
一般に、上述したようなバルブタイミング制御装置では、カム角センサによってカム軸32の位相、すなわちハウジング101及びベーンロータ102の相対回転位相(「カム位相」)を検出し、実際のカム位相が内燃機関の運転状態に適した目標位相となるように可変機構の進角室及び遅角室の各油圧室に対する給排操作をフィードバック制御するようにしている。
【0012】
また、カム軸32のカムによってバルブが開閉駆動される場合、バルブタイミングが遅角するように作用する正トルクと、バルブタイミングが進角するように作用する負トルクとがカム軸32に対して交互に作用する。このため、こうした交番トルクに起因して生じるベーンロータ102の揺動(「カム位相の揺動」)が大きい箇所にカム角センサを配設してカム位相を検出すると、カム位相を誤検出してフィードバック制御の不安定化を招く懸念がある。そこで、一般に、こうしたバルブタイミング制御装置では、図5に示されるように、バルブリフト量が最大になる位相、換言すればカム位相の揺動量が最も小さくなる箇所にカム角センサを配設し、これによりカム位相の検出を行うようにしている。
【0013】
ところで、上述した進角機構を備えたバルブタイミング制御装置にあっては、進角スプリングのトルクが第2の回転体に作用する位相領域(「進角アシスト領域」)において、カム軸32を回転させるのに際して第2の回転体に作用する遅角側のトルクと進角機構が第2の回転体を付勢する進角側のトルクとが一致する点(「平衡位相」)が存在する。
【0014】
このため、進角アシスト領域において、平衡位相よりも遅角側の位相領域でカム位相を保持するときには、進角側のトルクが遅角側のトルクよりも相対的に大きくなり、カム位相は進角しようとする傾向がある。これにより実際にカム位相が目標位相よりも進角すれば、フィードバック制御を通じて遅角室に作動油が供給されるとともにカム位相が目標位相に戻されて保持されることとなる。その一方、平衡位相よりも進角側の位相領域でカム位相を保持するときには、遅角側のトルクが進角側のトルクよりも相対的に大きくなり、カム位相は遅角しようとする傾向がある。これにより実際にカム位相が目標位相よりも遅角すれば、フィードバック制御を通じて進角室に作動油が供給されるとともにカム位相が目標位相に戻されて保持されることとなる。このように、平衡位相以外では、目標位相とカム位相との間に乖離が生じたときにフィードバック制御が実行され、進角室又は遅角室に作動油が供給されるとともにカム位相が目標位相に戻されて保持される。すなわち、各油圧室が油密な状態にてカム位相が保持されるため、第2の回転体に対して交番トルクが作用しても、その揺動を抑制することが可能となる。
【0015】
その一方、平衡位相ではカム軸32に対して作用するトルクの平均値が「0」となるため、上述したようなカム位相が進角しようとする傾向及び遅角しようとする傾向はいずれも存在しない。このため、平衡位相でカム位相の保持を行うときには進角室及び遅角室に作動油が供給されることがほとんどない。したがって、各油圧室に残留している作動油によりカム位相の保持を行う必要がある。このため、第2の回転体に対して交番トルクが作用し、第2の回転体がその回転軸周りに揺動すると、これに伴って各油圧室からは作動油が漏出する一方、それら油圧室には空気が混入する。そして、目標位相がこの平衡位相に設定されているときには、同図5に示されるように、第2の回転体の揺動量、すなわちカム位相の揺動量が徐々に増大する。しかし、上述したようにフィードバック制御では、交番トルクによるカム位相の揺動量が最も小さくなる位相でカム位相の検出を行うようにしているため、カム位相の揺動量が徐々に増大してもこれを検出することができず、適切にフィードバック制御を実行することができない。その結果、平衡位相においては、こうしたカム位相の揺動量の増大が避けられないものとなる。
【0016】
本発明は、こうした実情に鑑みてなされたものであり、その目的は、進角機構が発生するトルクの影響によりカム位相の検出値が目標位相と一致した状態のまま、カム位相の揺動量が徐々に増大することを抑制することのできる内燃機関のバルブタイミング制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0017】
この発明では、進角室及び遅角室の各油圧室の少なくとも一方の油圧が低圧であるときには、換言すれば交番トルクによる第2の回転体の揺動を各油圧室の作動油の油圧によって効果的に抑制できない可能性が高いときには、進角アシスト領域の少なくとも一部にカム位相が保持されることを禁止するようにしている。このため、進角機構が発生するトルクの影響によりカム位相の検出値が目標位相と一致した状態のまま、第2の回転体の揺動量、すなわちカム位相の揺動量が徐々に増大することを抑制することができる。なお、各油圧室の少なくとも一方の油圧が低圧であることについては、予め設定した所定油圧よりも低いか否かに基づいて判定してもよく、さらにこのとき、各油圧室の少なくとも一方の作動油の温度が高いときほど作動油が低圧であると判定してもよい。
【0018】
また、第2の回転体に対して作用する交番トルクの大きさは、機関回転速度の変化により異なり、また進角スプリングの個体差等によっても異なるものとなるため、平衡位相は一定ではなく、予めこれを特定することは容易ではない。そのため、機関運転状態に基づいて平衡位相をある程度の精度をもって予め特定できる場合にはその平衡位相でカム位相が保持されることを禁止すればよいし、同平衡位相を確実に特定できないときにはこの平衡位相を含むと想定される所定領域の位相でカム位相が保持されることを禁止すればよい。
【0019】
またこのようにカム位相の保持が禁止される領域(「禁止位相領域」)が機関運転状態に基づいて変化し、その変化傾向が予め推定できるのであれば、同禁止位相領域に基づいて可変設定するようにしてもよい。例えば、機関回転速度が高くなるほど禁止位相領域が進角アシスト領域において遅角側に移行する傾向がある場合には、その傾向に併せるかたちで禁止位相領域を機関回転速度に基づいて可変設定する。
【0020】
なお、こうしてカム位相が禁止位相領域内で保持されることが禁止された場合には、目標位相は機関運転状態に基づいて決定される位相とは別の位相に設定されることになるが、この再設定後の目標位相は進角アシスト領域外の位相領域であっても進角アシスト領域内の位相領域であってもよい。
【0021】
ここで、各油圧室の少なくとも一方の油圧が低圧であることについては、作動油の温度が高いこと、すなわち、各油圧室の少なくとも一方の作動油の粘度が低いことに基づいてこれを判定することができる。なお、作動油の温度はこれを直接検出するようにしてもよいが、例えば機関冷却水温等、同作動油の温度と相関を有して変化するパラメータに基づいてこれを検出することもできる。更には、過去所定期間における燃料噴射量積算値や吸入空気量積算値に基づいて現在の作動油の温度を推定して検出することもできる。
【0022】
ところで、カム位相の揺動量が徐々に増大するのは、第2の回転体に対して交番トルクが作用して、第2の回転体がその回転軸周りに揺動することに起因している点については上述したとおりである。ここで、機関回転速度が高いときには機関回転速度が低いときと比較して、第2の回転体に対して交番トルクが作用する周期、すなわち正トルクが作用する周期及び負トルクが作用する周期がそれぞれ短いため、第2の回転体の揺動量が少なくなる。したがって、機関回転速度が低いときに、禁止位相領域にカム位相が保持されることを禁止することにより、同様にカム位相の揺動量の増大を効果的に抑制することができる。
【0023】
また、各油圧室の少なくとも一方の油圧が低圧であるときには機関回転速度が下限回転速度以下になることを制限することにより、第2の回転体に対して交番トルクが作用する周期、すなわち正トルクが作用する周期及び負トルクが作用する周期をそれぞれ短くして第2の回転体の揺動量を低減することができる。したがって、機関回転速度についてこうした制限処理を実行することにより、同様にカム位相の揺動量の増大を効果的に抑制することができる。
【0024】
そして、このように機関回転速度の制限を実行するに際しては、作動油の温度が高いときほど低いときと比較して下限回転速度が低くなるようにこれを作動油の温度に基づいて可変設定することが望ましい。こうした構成を採用すれば、作動油の温度が高く、各油圧室からの作動油の漏出量が少ないときには、機関回転速度の制限によりこれが不必要に高い速度に維持されることに伴う燃費の悪化を抑制することができるようになる。なお、各油圧室の少なくとも一方の油圧が低圧であることについては、予め設定された所定油圧よりも低いか否かに基づいて判定してもよく、さらにこのとき、各油圧室の少なくとも一方の作動油の温度が高いときほど作動油が低圧であると判定してもよい。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】本発明を具体化した一実施形態にかかるバルブタイミング制御装置及びこれが適用される内燃機関の概略構成図。
【図2】(a)は進角アシスト領域内の禁止位相領域について説明するグラフ、(b)は進角アシスト領域内の位相θAにおけるカム軸に対して作用する交番トルクの大きさについて説明するグラフ、(c)は進角アシスト領域内の位相θCにおけるカム軸に対して作用する交番トルクの大きさについて説明するグラフ、(d)は進角アシスト領域内の位相θBにおけるカム軸に対して作用する交番トルクの大きさについて説明するグラフ。
【図3】同実施形態のバルブタイミング制御装置について「目標位相変更処理」の処理手順を示すフローチャート。
【図4】一般の内燃機関のバルブタイミング制御装置についてその内部構造を示す断面図。
【図5】一般の内燃機関のバルブタイミング制御装置についてバルブリフト量及びカム位相の検出位置との関係を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、図1〜図3を参照して、本発明を吸気バルブのバルブタイミングを制御する内燃機関のバルブタイミング制御装置として具体化した一実施形態について説明する。
図1に示されるように、内燃機関10の上部には、吸気バルブ31を開閉する吸気用のカム軸32と排気バルブ41を開閉する排気用のカム軸42とが回転可能に設けられている。吸気用のカム軸32には、吸気バルブ31のバルブタイミングを変更する可変動弁装置30が設けられている。この可変動弁装置30に設けられた吸気用のカム軸32のスプロケット35、排気用のカム軸42のスプロケット45、及びクランク軸11のスプロケット12は、タイミングチェーン13を介して駆動連結されている。これにより、クランク軸11が回転すると、その回転力がタイミングチェーン13を介してスプロケット35,45に伝達されて吸気用及び排気用のカム軸32,カム軸42がそれぞれ回転する。なお、この可変動弁装置30には、図4に示されるような可変機構(100)、進角機構(106)、及びロック機構(110)が搭載されている。
【0027】
吸気バルブ31は、吸気用のバルブスプリング34によって閉弁方向に付勢されている。吸気用のカム軸32が回転すると、吸気バルブ31はカム軸32のカム33により押圧されてバルブスプリング34の弾性力に抗して開弁する。また、排気バルブ41は、排気用のバルブスプリング44によって閉弁方向に付勢されている。排気用のカム軸42が回転すると、排気バルブ41はカム軸42のカム43により押圧されてバルブスプリング44の弾性力に抗して開弁する。
【0028】
一方、内燃機関10の下部には、作動油を貯留するオイルパン21が取り付けられるとともに、クランク軸11の回転力により駆動されてオイルパン21の作動油を吸引して作動油通路22に吐出するオイルポンプ20が設けられている。この作動油通路22には、可変動弁装置30の各油圧室(進角室・遅角室)に対する作動油の給排状態を変更する油路制御弁23が設けられている。なお、オイルパン21に貯留される作動油は、可変動弁装置30を駆動するための油圧を発生する作動油としての機能の他、内燃機関10の各部を潤滑するための潤滑油としての機能も併せ有している。
【0029】
更に、内燃機関10には、その機関運転状態を検出するために、クランク角センサ81、カム角センサ82、水温センサ83が取り付けられている。クランク角センサ81は、クランク軸11の近傍に設けられてクランク角CA及び機関回転速度を検出する。カム角センサ82は、吸気用のカム軸32の近傍に設けられて同カム軸32の位置を検出する。水温センサ83は内燃機関10の本体に取り付けられて機関冷却水の温度を検出する。これら各種センサから出力される信号は内燃機関10の制御部80に取り込まれる。
【0030】
制御部80は、演算ユニットをはじめ、各種制御プログラムや演算マップ、制御の実行に際して算出されるデータ等を記憶保持する記憶部としての複数のメモリ80Aを備えている。そして、制御部80は、上述した各センサの検出結果に基づいて内燃機関10の運転状態を監視する。そして、この監視結果に基づいて油路制御弁23を制御することにより、可変機構のバルブタイミングの進角・遅角処理、ロック機構のロック状態とアンロック状態との切替処理を実行する。加えて、進角アシスト領域の一部を禁止位相領域とし、カム位相の目標位相がこの禁止位相領域に設定されることを禁止して同目標位相を同禁止位相領域外の位相に変更する目標位相変更処理を実行する。
【0031】
次に、図2を参照して、この禁止位相領域及び目標位相変更処理について説明する。
カム位相が中間位相よりも遅角側にあるときに進角スプリング107からベーンロータ102を介してカム軸32に作用するトルク(「進角アシストトルク」)は、図2(a)に示すように、カム位相が最遅角位相のときに最も大きく、カム位相が進角側になるほど低下して中間位相と一致するときに「0」となるように設定されている。したがって、同図2(a)に示す各位相θA,θB,θCにおける各進角アシストトルクの値Na,Nb,Ncについては、Na>Nb>Ncなる大小関係が成立する。
【0032】
ここで、各位相θA,θB,θCにおいて、カム軸32に対して作用する交番トルクと各位相θA,θB,θCにおける進角アシストトルクとを考慮すると、カム軸32に対して作用する総合的なトルクは図2(b),(c),(d)に示すような関係を有することとなる。すなわち、位相θAにおいては進角アシストトルクが相対的に大きいため、同図2(b)に示すように、カム軸32には平均的に負トルクが作用する。したがって、このカム軸32に作用するトルクによってカム位相は進角するようになる。また、位相θCにおいては進角アシストトルクが相対的に小さいため、同図2(c)に示すように、カム軸32には平均的に正トルクが作用する。したがって、このカム軸32に作用するトルクによってカム位相は遅角するようになる。一方、位相θBにおいては、カム軸32に対して作用する正トルクと進角アシストトルクとの大きさが一致してトルクの平均値が「0」となる位相、すなわち平衡位相であるため、カム位相は進角側及び遅角側の何れにも偏らない。目標位相変更処理では、この平衡位相(位相θB)を含む進角アシスト領域の少なくも一部を禁止位相領域として設定している。なお、上述したように、平衡位相は機関運転状態に応じて変化しこれを予め特定することは容易ではないため、禁止位相領域は実験等により平衡位相が含まれると想定される領域に設定されている。すなわち、機関運転状態が大きく変化した場合であっても、平衡位相はこの禁止位相領域に含まれるように同禁止位相領域が設定されている。
【0033】
次に、図3を参照して、目標位相変更処理の処理手順の詳細について説明する。なお、同図3に示す一連の処理は、制御部80によって一定周期をもって繰り返し実行される。
本処理が開始されると、まずステップS110において、機関運転状態に基づいて目標位相が設定される。
【0034】
次に、ステップS120において、作動油の温度(「作動油温」)が上限油温値以上であるか否かが判定される。ここでは、作動油温と相関を有して変化するパラメータである機関冷却水の温度に基づき、同温度が所定温度以上であることに基づいて行われる。また、この上限油温値は、作動油温がこの同上限油温値以上であるときには作動油の粘度が低く、カム軸32に対して交番トルクが作用してこれが揺動すると各油圧室から作動油が漏出することでカム位相の揺動量について無視できない増大が生じる温度として予め設定されている。
【0035】
ステップS120において、作動油温が上限油温値以上である旨判定されたとき、ステップS130において、機関回転速度が下限回転速度以下であるか否かが判定される。ここで、下限回転速度は、機関回転速度がこの下限回転速度以下になると、カム軸32に対して交番トルクが作用することでカム位相の揺動量について無視できない増大が生じる値として予め設定されている。したがって、機関回転速度がこの下限回転速度を上回る状況にあっては、カム軸32に対して交番トルクが作用する周期、即ち正トルクが作用する周期及び負トルクが作用する周期が短いため、こうした揺動量の増大は発生し難いこととなる。
【0036】
ステップS130において、機関回転速度が下限回転速度以下である旨判定されると、ステップS140において、この目標位相が禁止位相領域内の位相か否かが判定される。
ステップS140において、目標位相が禁止位相領域内の位相である旨判定された場合、ステップS150において、目標位相を中間位相に設定する。すなわち、目標位相が禁止位相領域内の位相に設定されることを禁止して同目標位相をこの禁止位相領域外の位相に変更する。更に換言すれば、進角アシストトルクが作用せず、上述したようなカム位相の揺動量の増大が生じない位相に目標位相を設定する。これにより、禁止位相領域内にカム位相が保持されることが禁止される。
【0037】
なお、ステップS120において、作動油温が上限油温値未満である旨判定されたとき、ステップS130において、機関回転速度が下限回転速度を上回る旨判定されたとき、及びステップS140において、目標位相が禁止位相領域外の位相である旨判定されたときには、先のステップS110にて機関運転状態に基づき設定された目標位相にカム位相が一致するように油路制御弁23が制御部80を通じて制御される。
【0038】
以上説明した本実施形態によれば、以下の作用効果を得ることができる。
(1)作動油温が上限油温値以上であること(条件A)及び機関回転速度が下限回転速度以下であること(条件B)といった条件が満たされた状況のもとで目標位相が禁止位相領域内の位相であると判定されたときに、目標位相を変更してこれを中間位相に設定するようにしている。すなわち、可変動弁装置30の各油圧室の作動油の圧力が低く、交番トルクの影響によるカム軸32の揺動を各油圧室の作動油により適切に抑制できず、しかも機関回転速度が低いために交番トルクの作用する周期が長いときには、目標位相が平衡位相を含む禁止位相領域に設定されることを禁止している。さらに換言すれば、禁止位相領域内にカム位相が保持されることを禁止するようにしている。このため、進角アシストトルクの影響によりカム位相の検出値が目標位相と一致した状態のままカム位相の揺動量が徐々に増大することを抑制することができる。
【0039】
(その他の実施形態)
なお、この発明にかかるバルブタイミング制御装置は、上述した実施形態にて例示した構成に限定されるものではなく、この実施形態を適宜変更した例えば次のような形態として実施することもできる。
【0040】
・上述した条件A及び条件Bのいずれか一方が成立したときに目標位相変更処理を実行する、あるいは条件Aの成立についてのみ監視して同条件Aが成立したときに目標位相変更処理を実行する、更には条件Bの成立についてのみ監視して同条件Bが成立したときに目標位相変更処理を実行する、こととしても上記(1)の作用効果を奏することができる。
【0041】
・上述した条件Aでは、基準値として上限油温値を設けたが、これに代えて、予め設定された基準油圧に基づいて判定することができる。すなわち、各油圧室の少なくとも一方の油圧が基準油圧よりも低いときに条件Aが成立することとしてもよい。なお、このとき、各油圧室の少なくとも一方の作動油の温度が高いときほど作動油が低圧であると判定することもできる。
【0042】
・また、目標位相変更処理に換える、上述した条件Aが成立したときに、機関回転速度が下限回転速度以下になることを制限する制限処理を実行するようにすれば、以下の作用効果を奏することができる。すなわち、こうした制限処理を実行することで、カム軸32に対して交番トルクが作用する周期、すなわち正トルクが作用する周期及び負トルクが作用する周期をそれぞれ短くすることができ、カム軸32の揺動量を少なくすることができるため、カム位相の揺動量の増大を効果的に抑制することができる。
【0043】
・ちなみに、こうした機関回転速度にかかる制限処理は、例えば燃料噴射量(吸入空気量)を制限することでこれを実現することができる。また、内燃機関10に連結される変速機が自動変速機である場合には、その変速比の変更を制限することによっても、上述した機関回転速度の制限を行うことができる。
【0044】
・上記実施形態では、カム位相が中間位相になったときに進角アシストトルクが「0」となるようにしたが、カム位相が中間位相よりも遅角側にあるときに進角アシストトルクが「0」となる、あるいはカム位相が中間位相よりも進角側にあるときに進角アシストトルクが「0」となる構成を採用することもできる。
【0045】
・目標位相変更処理に際して目標位相が平衡位相を含む所定の位相範囲、すなわち禁止位相領域内の位相であるとき、同目標位相を変更して中間位相に設定することとしたが、機関運転状態に基づいて平衡位相をある程度の精度をもって予め特定できる場合には、その平衡位相が目標位相として設定されることを禁止するようにしてもよい。また、禁止位相領域を機関運転状態が大きく変化した場合であっても平衡位相が含まれるように予め設定するようにしたが、同禁止位相領域が機関運転状態に基づいて変化する場合にその変化態様が予め推定できるのであれば、機関運転状態に基づいて禁止位相領域を可変設定するようにしてもよい。例えば、機関回転速度が高くなるほど禁止位相領域が進角アシスト領域において遅角側に移行する傾向がある場合には、その傾向に併せるかたちで禁止位相領域を機関回転速度に基づいて可変設定する。そしてこうしたこれら構成を採用した場合にあっては、目標位相が機関運転状態に基づく値に設定される機会をより多く確保することができるようになる。
【0046】
・上記実施形態では、目標位相変更処理において、目標位相が禁止位相領域内に位置したときに、目標位相を中間位相に設定することとしたが、この再設定後の目標位相は、平衡位相を除く別の位相であれば進角アシスト領域外の位相領域であっても、進角アシスト領域内の位相領域であってもよい。
【0047】
・上記実施形態では、作動油温を水温センサ83から出力される信号に基づいて検出したが、別途油温センサを設けて作動油温を直接検出することもできる。更には、過去所定期間における燃料噴射量の積算値や吸入空気量の積算値に基づいて現在の作動油温を推定して検出することもできる。
【0048】
・上記実施形態では、ピン102Bがベーンロータ102に設けられる一方、凹部がスプロケット35に設けられる可変動弁装置30を例示した。これに対し、ピン102Bがスプロケット35に設けられる一方、凹部がベーンロータ102に設けられる構成を採用してもよい。また、ベーンロータ102の外周面から突出する態様でピン102Bを設ける一方、このピン102Bが嵌入する凹部をハウジング101の内周面に設ける構成を採用してもよい。
【0049】
・上記実施形態では、スプロケット35がクランク軸11に駆動連結され、ベーンロータ102がカム軸32に駆動連結された例を示した。しかしながら、スプロケット35がカム軸32に駆動連結され、ベーンロータ102がクランク軸11に駆動連結される態様にて可変機構100を構成することもできる。この場合であっても、上述した各作用効果を奏することができる。
【符号の説明】
【0050】
10…内燃機関、11…クランク軸、12…クランク軸用のスプロケット、13…タイミングチェーン、20…オイルポンプ、21…オイルパン、22…作動油通路、23…油路制御弁、30…可変動弁装置、31…吸気バルブ、32…吸気用のカム軸、33…吸気用のカム、34…吸気用のバルブスプリング、35…スプロケット(第1の回転体)、41…排気バルブ、42…排気用のカム軸、43…排気用のカム、44…排気用のバルブスプリング、45…スプロケット(第1の回転体)、80…制御部、80A…メモリ、81…クランク角センサ、82…カム角センサ、83…水温センサ、100…可変機構、101…ハウジング(第1の回転体)、102…ベーンロータ(第2の回転体)、102A…ベーン、102B…ピン、103…収容室、104…進角室、105…遅角室、106…進角機構、107…進角スプリング、110…ロック機構。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
クランク軸と連動する第1の回転体及びカム軸と連動する第2の回転体の相対回転位相を進角用及び遅角用の油圧室に対する作動油の給排操作を通じて変更するとともに所定位相に保持する可変機構と、前記相対回転位相を最進角位相と最遅角位相との間の中間位相にロックするロック機構と、前記第2の回転体を進角側に付勢するトルクを発生する進角機構とを有する内燃機関のバルブタイミング制御装置において、
前記各油圧室の少なくとも一方の油圧が低圧であるときには前記進角機構のトルクが前記第2の回転体に作用する位相領域の少なくとも一部に前記相対回転位相が保持されることを禁止する
ことを特徴とする内燃機関のバルブタイミング制御装置。
【請求項2】
クランク軸と連動する第1の回転体及びカム軸と連動する第2の回転体の相対回転位相を進角用及び遅角用の油圧室に対する作動油の給排操作を通じて変更するとともに所定位相に保持する可変機構と、前記相対回転位相を最進角位相と最遅角位相との間の中間位相にロックするロック機構と、前記第2の回転体を進角側に付勢するトルクを発生する進角機構とを有する内燃機関のバルブタイミング制御装置において、
機関回転速度が低いときには前記進角機構のトルクが前記第2の回転体に作用する位相領域の少なくとも一部に前記相対回転位相が保持されることを禁止する
ことを特徴とする内燃機関のバルブタイミング制御装置。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載の内燃機関のバルブタイミング制御装置において、
前記相対回転位相の保持を禁止する位相領域を機関運転状態に基づいて可変設定する
ことを特徴とする内燃機関のバルブタイミング制御装置。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか一項に記載の内燃機関のバルブタイミング制御装置において、
前記各油圧室の少なくとも一方の油圧が所定油圧よりも低いことを条件に前記相対回転位相の保持を禁止する
ことを特徴とする内燃機関のバルブタイミング制御装置。
【請求項5】
クランク軸と連動する第1の回転体及びカム軸と連動する第2の回転体の相対回転位相を進角用及び遅角用の油圧室に対する作動油の給排操作を通じて変更するとともに所定位相に保持する可変機構と、前記相対回転位相を最進角位相と最遅角位相との間の中間位相にロックするロック機構と、前記第2の回転体を進角側に付勢するトルクを発生する進角機構とを有する内燃機関のバルブタイミング制御装置において、
前記各油圧室の少なくとも一方の油圧が低圧であるときには機関回転速度が下限回転速度以下になることを制限する
ことを特徴とする内燃機関のバルブタイミング制御装置。
【請求項6】
請求項5に記載の内燃機関のバルブタイミング制御装置において、
前記各油圧室の作動油の温度が低いときほど高いときと比較して前記下限回転速度が低くなるようにこれを作動油の温度に基づいて可変設定する
ことを特徴とする内燃機関のバルブタイミング制御装置。
【請求項7】
請求項5又は請求項6に記載の内燃機関のバルブタイミング制御装置において、
前記各油圧室の少なくとも一方の油圧が所定油圧よりも低いことを条件に機関回転速度が下限回転速度以下になることを制限する
ことを特徴とする内燃機関のバルブタイミング制御装置。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれか一項に記載の内燃機関のバルブタイミング制御装置において、
前記作動油の温度が高いときほど前記作動油が低圧であると判定する
ことを特徴とする内燃機関のバルブタイミング制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−225169(P2012−225169A)
【公開日】平成24年11月15日(2012.11.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−90868(P2011−90868)
【出願日】平成23年4月15日(2011.4.15)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】