説明

内燃機関の燃焼制御装置

【課題】内燃機関の構造上の特性の相違を吸収して、正確にノック判定ができる燃焼制御装置を提供する。
【解決手段】標準機器について振動検出値Yに基づいてノック判定するための標準第1判定値TYを記憶する第1記憶手段と、標準機器の所定の運転領域について、イオン検出値Xに基づいてノック判定するための標準第2判定値TXを記憶する第2記憶手段と、個々の内燃機関について、所定の運転領域において複数組の振動信号V1及びイオン信号V2に基づいて、イオン検出値Xと振動検出値Yの関係を示す相関関係Y=G(X)を特定する第1手段と、相関関係Y=G(X)と標準第2判定値TXと、に基づいて実機第1判定値G(TX)を特定する第2手段と、実機第1判定値G(TX)と標準第1判定値TYとの関係に基づいて、標準第1判定値TYを補正する第3手段と、を設ける。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、振動センサの出力に基づいてノック発生を特異的に検出して、適切な運転を実現する燃焼制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
ノッキング(以下、ノックと略す)とは、内燃機関の燃焼室において混合気の異常燃焼によって金属性の打撃音を発する現象を意味する。そして、ほぼ聞き取れない音が数十秒程度の間隔で発生するトレースノック(Trace)と、やや聞き取れる程度の音が10秒かそれ以下の間隔で発生するライトノック(light)と、明らかな異常音が聞き取れるヘビーノック(heavy)とに大別されている。そして、特にヘビーノックについては、これを放置するとエンジン壁面の疲労劣化が促進されるなど、更なるトラブルに至るので、ノック検出に対応して適切な燃焼制御を実行する必要がある。
【0003】
そこで、ノック発生を特異的に検出するべく、燃焼時に燃焼室に発生するイオン信号を検出するイオンセンサや、気筒の異常振動を検出する振動センサが活用されてきた。また、イオンセンサと振動センサとを重複して内燃機関に配置して、運転領域毎に何れか一方のセンサ出力に基づいて燃焼制御を実行することも提案されている(特許文献1)。
【0004】
この特許文献1に記載の発明では、イオンセンサと振動センサの長所と短所とを考慮して、運転領域毎に、精度の高いセンサを選択的に切換えて使用することで、全運転領域において、高精度のノック検出をしようとしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平10−148171号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、本発明者の検討によると、同一の設計に基づき、厳格な生産管理のもとで同一製法をとった同一のエンジンであっても、生産地や製造工場などが相違すると振動センサの感度が異なり、同じ燃焼状態であっても振動センサの出力が相違することが明らかとなった。
【0007】
振動センサの感度が同一でない理由は、材料品質の微妙な差異や、製造工場の設備上の都合によるエンジン構造上の若干の差異などに基づく振動成分の伝達係数の相違にものと推察されるが、製造拠点がグローバル化している昨今、この相違を完全に吸収する製法を採ることは事実上不可能であると考えられる。
【0008】
本発明は、上記の問題点に鑑みてなされたものであって、内燃機関の構造上の特性が相違した場合でも、その相違を吸収して、正確にノック判定ができる燃焼制御装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の目的を達成するため、本発明者は、各種の実験と検討を繰返した結果、
(1)振動センサは、エンジンの生産地、材料、構造などの微差に基づき、その感度を一定化することが非常に困難であること、
(2)一方、イオンセンサは、燃焼室の燃焼状態を直接検出するので、エンジンの生産地、材料、構造などの差異に拘らず、安定した感度を発揮すること、
(3)但し、イオンセンサは、大量EGR(Exhaust Gas Recirculation)による低公害化や燃費向上を図るエンジンでは、燃焼が不安定となる低負荷領域においてノック検出の精度が劣ること、を検出し、
これらの知見を技術前提として、振動センサの弱点をイオンセンサによって解消するべく本発明を完成させた。
【0010】
すなわち、本発明は、請求項1に記載の通り、内燃機関の振動信号V1を取得する第1回路と、内燃機関の燃焼時に燃焼室に発生するイオン信号V2を取得する第2回路と、を設けた燃焼制御装置であって、燃焼制御の標準機器となる特定の内燃機関についてのパラメータであって、振動信号V1から特定される振動検出値Yに基づいてノック判定するための標準第1判定値TYを、運転領域毎に記憶する第1記憶手段と、標準機器の所定の運転領域についてのパラメータであって、イオン信号V2から特定されるイオン検出値Xに基づいてノック判定するための標準第2判定値TX、及び/又は、イオン検出値Xと振動検出値Yの標準的な相関関係を記憶する第2記憶手段と、個々の内燃機関についてのパラメータであって、所定の運転領域において複数組の振動信号V1及びイオン信号V2に基づいて、イオン検出値Xと振動検出値Yの関係を示す個々的な相関関係Y=G(X)を特定する第1手段と、第1手段が特定した相関関係Y=G(X)と、所定の運転領域における標準第2判定値TXと、に基づいて、当該運転領域における実機第1判定値G(TX)を特定する第2手段と、当該運転領域における実機第1判定値G(TX)と標準第1判定値TYとの関係に基づいて、当該運転領域以外の運転領域における標準第1判定値TYを補正して、他の運転領域の実機第1判定値を規定する第3手段と、を設けている。
【0011】
本発明において所定の運転領域は、標準機器の標準第1判定値を、個々の内燃機関毎に規定されるべき実機第1判定値に校正するための校正運転領域であり、振動検出値Yによっても、イオン検出値Xによっても高精度にノック判定ができる運転領域が選択される。この校正運転領域は、適宜に選択されるが、例えば、スロットルバルブを全開にしたWOT領域が使用される。
【0012】
本発明は、好ましくは、第3手段が機能した後は、全運転領域又はほぼ全運転領域について、実機第1判定値に基づいてノック判定を実行するべきである。すなわち、振動信号V1から算出される振動検出値Yに基づいてノック判定を実行することで、イオンセンサによるノック判定の精度がやや劣る軽負荷域やEGR制御域についても正確なノック判定が可能となる。しかも、振動センサに基づく単純なノック判定ではなく、個々の内燃機関毎に校正された実機第1判定値を使用してノック判定をするので、個々の内燃機関の物理的な個性を吸収することができる。
【0013】
また、本発明は、請求項3に記載の通り、内燃機関の振動信号V1を取得する第1回路と、内燃機関の燃焼時に燃焼室に発生するイオン信号V2を取得する第2回路と、を設けた燃焼制御装置であって、燃焼制御の標準機器となる特定の内燃機関についてのパラメータであって、振動信号V1から特定される振動検出値Yに基づいてノック判定するための標準第1判定値TYを、運転領域毎に記憶する第1記憶手段と、標準機器の所定の運転領域についてのパラメータであって、イオン信号V2から特定されるイオン検出値Xに基づいてノック判定するための標準第2判定値TX、及び/又は、イオン検出値Xと振動検出値Yの標準的な相関関係を記憶する第2記憶手段と、個々の内燃機関についてのパラメータであって、所定の運転領域において複数組の振動信号V1及びイオン信号V2に基づいて、イオン検出値Xと振動検出値Yの関係を示す個々的な相関関係Y=G(X)を特定する特定手段と、特定手段が特定した相関関係Y=G(X)と、当該運転領域における標準的な相関関係と、に基づいて、当該運転領域における実機第1判定値を決定する決定手段と、を設けている。
【0014】
本発明では、決定手段が機能した後は、当該運転領域について、実機第1判定値に基づいてノック判定を実行するよう構成されているのが好適である。
【0015】
ここで、特定手段や決定手段の処理対象となる所定の運転領域は、必ずしも、校正運転領域などの特定の運転領域を意味せず、全運転領域又はほぼ全運転領域とするのが好適である。すなわち、このような場合には、全運転領域又はほぼ全運転領域において、標準第1判定値が、内燃機関毎の物理的特性に対応して実機第1判定値に校正されるので、高精度のノック判定を実現することができる。
【0016】
なお、所定の運転領域として全運転領域が選択されない場合には、所定の運転領域以外の運転領域では、振動信号V1から算出される振動検出値Yに基づいてノック判定を実行するのが好適である。
【0017】
ところで、イオン検出値Xに基づいてノック発生の有無を判定する場合には、個々の内燃機関の物理的な個性が問題にならない。したがって、実機第1判定値に基づいて実行されるノック判定と、標準第2判定値TXに基づいて実行されるノック判定とを対比すれば、原則として、その判定結果は一致するはずである。すなわち、判定結果が不一致となるのは、イオン検出値Xに基づくノック判定の判定精度が落ちる特定の運転領域だけであると期待できる。
【0018】
そこで、実機第1判定値に基づいて実行されるノック判定と、標準第2判定値TXに基づいて実行されるノック判定とを対比して、対比結果の不整合状態に対応して異常報知をするよう構成するのも好適である。
【0019】
また、通常の運転状態において、振動検出値Yとイオン検出値Xとを対応して繰返し取得して、双方又は一方の検出値の履歴に基づいて異常報知をする構成や、通常の運転状態において、振動検出値Yとイオン検出値Xとを対応して繰返し取得して、個々的な相関関係Y=G(X)と、イオン検出値X及び振動検出値Yとの位置関係の履歴に基づいて異常報知をする構成も好適である。
【発明の効果】
【0020】
上記した通り、本発明によれば、イオンセンサと振動センサを有効活用することで、内燃機関の構造上の特性が相違した場合でも、その相違を吸収して、正確にノック判定をして適切な燃焼制御を実現することができる。
【0021】
低公害化を実現すると共に、軽負荷域での機械損失を低減化して燃費向上を図るには、EGR制御が不可欠であるところ、本発明によれば、大幅なEGR制御が実行される運転領域においても安定したノック判定が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】実施例に係る燃焼制御装置を示す回路図である。
【図2】第1実施例の処理内容を説明するフローチャートである。
【図3】第2実施例の処理内容を説明するタイムチャートである。
【図4】異常検出動作を説明するフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、実施例に基づいて本発明を詳細に説明する。図1は、実施例に係る燃焼制御装置EQUの回路図である。
【0024】
図1に示す通り、この燃焼制御装置EQUは、振動センサを有して内燃機関の振動信号V1を出力する振動検出回路VRと、振動信号V1をデジタル変換するAD変換部10と、イオン信号V2を出力するイオン電流検出回路IONと、イオン信号V2をデジタル変換するAD変換部11と、2つのAD変換部10,11の出力データとを受けてノック判定をするコンピュータ回路12と、点火パルスIGNを出力すると共に、コンピュータ回路12からノック判定結果を受けるECU(Engine Control Unit)と、を中心に構成されている。
【0025】
なお、この回路構成では、AD変換部10,11は、サンプル&ホールド機能を有しており、コンピュータ回路12は、例えば、DSP(Digital Signal Processor)を構成要素にしている。もっとも、ECUが、コンピュータ回路12を兼ねても良いのは勿論である。
【0026】
イオン電流検出回路IONは、一次コイルL1と二次コイルL2からなる点火トランスCLと、点火パルスIGNに基づく遷移動作によって一次コイルL1の電流をON/OFF制御するスイッチング素子Qと、二次コイルL2の誘起電圧を受けて放電動作をする点火プラグPGと、信号検出部DETと、を中心に構成されている。
【0027】
スイッチング素子Qは、ここではIGBT(Insulated Gate Bipolar Transistor)が使用されている。そして、スイッチング素子Qのコレクタ端子は、一次コイルL1を経由してバッテリ電圧VBを受けており、エミッタ端子は、グランドに接続されている。
【0028】
信号検出部DETは、電流検出回路として機能するOPアンプAMPを中心に構成され、コンデンサC1、ツェナーダイオードZD、ダイオードD1,D2、抵抗R1〜R3を有して構成されている。コンデンサC1とツェナーダイオードZDの並列回路によって、イオン電流検出時のバイアス電圧が生成される。
【0029】
二次コイルL2の高圧端子は、点火プラグPGに接続され、低圧端子は、前記バイアス電圧を生成するコンデンサC1及びツェナーダイオードZDの並列回路に接続されている。そして、コンデンサC1及びツェナーダイオードZDの並列回路は、ダイオードD1を通して、グランドに接続されている。図示の通り、ダイオードD1のカソード端子がグランドに接続されている。
【0030】
一方、ダイオードD1のアノード端子は、電流制限抵抗R1を経由してOPアンプの反転入力端子(−)に接続されている。そして、OPアンプAMPの反転入力端子(−)と出力端子の間に、電流検出抵抗R2が接続され、出力端子とグランド間には、負荷抵抗R3が接続されている。また、OPアンプの非反転端子(+)は、グランドに接続され、反転端子(−)には、ダイオードD2のカソード端子が接続されている。なお、ダイオードD2のアノード端子はグランドに接続されている。
【0031】
上記した構成のイオン電流検出回路IONでは、点火パルスIGNがHレベルからLレベルに変化すると、二次コイルL2に誘起される高電圧によって点火プラグPGが放電する。この放電電流は、点火プラグPG→二次コイルL2→コンデンサC1→ダイオードD1の経路で流れるので、コンデンサC1は、ツェナーダイオードZDの降伏電圧により規定される電圧値に充電される。
【0032】
点火プラグPGの放電によって燃焼室の混合気が着火されると、その後、急速に燃焼反応が進行するが、イオン電流iは、電流検出抵抗R2→電流制限抵抗R1→コンデンサC1→二次コイルL2→点火プラグPGの経路で流れる。したがって、イオン電流検出回路IONの出力電圧Voは、Vo=R2*iとなり、イオン電流iに比例した値となる。
【0033】
<第1実施例>
図2は、第1実施例の構成を説明する図面である。第1実施例のコンピュータ回路12には、燃焼制御の基準となる内燃機関(以下、標準内燃機関という)に関するノック判定用の標準判定パラメータが、全運転領域について、参照テーブルTBLに記憶されている(図2(c)参照)。
【0034】
標準判定パラメータは、具体的には、標準内燃機関について、振動信号V1から算出される振動検出値Yについての判定閾値(標準第1判定値)TYであり、エンジン回転数や吸気管圧力などで規定される運転領域毎に、複数個TY1〜TYnが参照テーブルTBLに記憶されている。なお、振動検出値Yは、特に限定されないが、例えば、点火放電後の燃焼室から出力される振動信号V1の最大振幅値(Peak to Peak)がこれに該当する。
【0035】
また、校正処理用の所定の運転領域(以下、校正運転領域という)については、上記の標準判定パラメータTYに加えて、標準内燃機関について、イオン信号V2から算出されるイオン検出値Xに関する判定閾値TXと、校正運転領域におけるイオン検出値Xと振動検出値Yとの相関関係Y=F(X)を特定するデータとが、校正処理用パラメータとして記憶されている(図2(b)参照)。
【0036】
校正運転領域は、特に限定されないが、例えば、スロットルバルブを全開にしたWOT(Wide Open Throttle)領域がこれに該当する。また、特に限定されないが、イオン検出値Xは、点火放電時の放電ノイズが収束した後に出現するイオン信号の第1ピークの後に出現するイオン信号の第2ピーク以降のイオン信号を累積した積分値がこれに該当する。
【0037】
なお、このようなイオン検出値Xと振動検出値Yとを、標準内燃機関を校正運転領域で運転して複数組(Xi,Yi)取得すると、イオン検出値Xiと振動検出値Yiの相関関係を特定する標準相関式Y=F(X)を特定することができるので、必要に応じて、この標準相関式についてもコンピュータ回路12に記憶しておいても良い。
【0038】
何れにしても、イオン検出値Xと振動検出値Yとの相関関係は、一般的には、直線近似式Y=a*X+bで特定される。したがって、コンピュータ回路12には、直線近似式を特定可能な2つの係数a,bを記憶すれば良い。但し、相関関係が直線近似式ではなく、曲線近似式で特定される場合には、これを特定する複数個の係数、又は、曲線近似式を特定可能な複数のサンプリング点(Xi,Yi)を記憶しておく必要がある。もっとも、相関式Y=F(X)の記憶を省略しても、第1実施例を実現することができる。
【0039】
図1(a)は、第1実施例の初期設定処理(校正処理)を説明するフローチャートであり、例えば、自動車の製造工場において、自動車の最終テストの一環として自動的に実行される。
【0040】
まず、当該自動車(供試内燃機関)をWOT(Wide Open Throttle)領域の運転状態に設定して、イオン検出値Xと振動検出値Yとを複数個取得し、複数個の取得値(Xi,Yi)に基づいて互いの相関関係を示す相関式Y=G(X)を特定する(ST1)。先に説明した通り、一般的には、相関関係は、一次関数の相関式Y=c*X+dによって特定される。
【0041】
図2(d)には、標準内燃機関の直線近似式(標準相関式)Y=a*X+bと、校正処理の対象となる供試内燃機関の直線近似式(相関式)Y=c*X+dとが参考的に図示されている。
【0042】
図示の通り、標準内燃機関と供試内燃機関とで、少なからず相関式が相違するが、本発明者の研究によれば、このずれは、振動センサの振動検出値Yの偏移に基づくものであって、イオン検出値Xは、標準内燃機関の性能がそのまま維持されることが確認されている。言い換えると、イオン検出値Xについての判定閾値TXは、供試内燃機関についても、標準内燃機関の判定閾値を、そのまま使用することができ、振動検出値Yについての判定閾値(標準第1判定値)TYだけが、供試内燃機関毎にずれる。
【0043】
そこで、次に、振動検出値についての判定閾値(標準第1判定値)TYを、供試内燃機関に対応させるべく、補正パラメータαを、α=G(TX)/TYとして算出する(ST2)。この補正パラメータαは、図2(d)に矢印で示す偏移分を数値化したものであり、本発明者の実験結果によれば、校正運転領域以外についても適用できることを確認している。そこで、本発明では、コンピュータ回路12に、補正パラメータαを記憶した状態で自動車が出荷されるようになっている。
【0044】
以上のようにして、最終テストを終えた自動車の運転時の燃焼制御は、点火サイクル毎に、図2(e)に示す通りに実行される。
【0045】
点火放電動作が実行されると、コンピュータ回路12は、先ず、振動センサから振動信号V1を取得して記憶する(ST10)。次に、取得した振動信号V1に基づいて振動検出値Yを算出する(ST11)。先に説明した通り、振動検出値Yは、簡易的には、振動信号V1の最大振幅値(Peak to Peak)となる。
【0046】
続いて、その時の運転領域に対応して参照テーブルTBLを検索して、振動信号V1についての標準判定パラメータである判定閾値(標準第1判定値)TYiを特定し、補正パラメータαを作用させた判定閾値α*TYi(実機第1判定値)と、ステップST11の処理で算出した振動検出値Yと、を比較する(ST12)。
【0047】
そして、振動検出値Yが判定閾値α*TYiを超える場合には、ノック発生と判定されて、ノックの継続を防止するべく、その後の燃焼制御が実行される(ST13)。一方、振動検出値Yが判定閾値α*TYiを超えない場合には、正常燃焼に対応する燃焼制御が実行される(ST14)。
【0048】
なお、以上の説明では、補正パラメータαだけを記憶して自動車を出荷する旨説明したが、何ら限定されるものではない。例えば、図2(c)の破線に示すように、運転領域毎に規定される判定閾値α*TYiを、予め参照テーブルTBLに記憶した状態で、自動車を出荷しても良いのは勿論である。
【0049】
<第2実施例>
図3は、第2実施例の構成を説明する図面である。第2実施例では、コンピュータ回路12の参照テーブルTBLに、標準内燃機関に関するノック判定用の標準判定パラメータが、全運転領域について記憶されている(図3(b)参照)。
【0050】
第2実施例の標準判定パラメータは、具体的には、振動検出値Yについての判定閾値(標準第1判定値)TYiと、イオン検出値Xと振動検出値Yの標準相関式Y=Fi(X)とであり、何れも、標準内燃機関に関するパラメータである。また、これらの標準判定パラメータは、エンジン回転数や吸気管圧力などで区分される運転領域毎に複数組が記憶されている。なお、図3(d)には、特定の運転領域iにおける標準内燃機関の標準相関式Y=Fi(X)が近似直線で示されている。
【0051】
ところで、図3(b)の参照テーブルTBLには、判定閾値関数THi(X)の欄が設けられている。この判定閾値関数THi(X)の欄には、例えば、自動車の製造工場における最終テストにおいて、個々の内燃機関の物理的特性に対応するデータ(判定閾値関数THi(X))が記入される。なお、この欄をブランク状態にして自動車を出荷し、ユーザの運転に対応して判定閾値関数THi(X)を記入しても良いが、以下の説明では、製造工場での最終テスト時に参照テーブルTBLを完成させる実施態様を説明する。
【0052】
図3(a)は、自動車の最終テストの一貫として実施される初期設定処理を示している。先ず、各運転領域iにおいて、複数個のイオンパラメータX(k)と、振動パラメータY(k)と、に基づいて供試内燃機関についての実際の相関式Y=Gi(X)を特定する(ST20)。なお、図3(d)には、特定の運転領域iにおける供試内燃機関の相関式Y=Gi(X)が近似直線で示されている。
【0053】
イオンパラメータX(k)は、例えば、イオン信号V2から算出されるイオン検出値Xであり、この実施例では、第2ピーク以降のイオン信号の積分値を意味する。また、振動パラメータY(k)は、例えば、振動信号V1から算出される振動検出値Yであり、この実施例では、振動信号V1の最大振幅値を意味する。
【0054】
次に、ステップST20の処理で特定した特定の運転領域iにおける供試内燃機関の相関式Y=Gi(X)と、同じ運転領域における標準内燃機関の標準相関式Y=Fi(X)との差異に基づいて、判定閾値(標準第1判定値)TYiを補正して判定閾値関数THi(X)とする。
【0055】
具体的には、THi(X)←TYi+Gi(X)−Fi(X)の演算が実行され、算出された判定閾値関数THi(X)が、参照テーブルの該当欄に記憶される。通常、2つの相関式Gi(X),Fi(X)が共に近似直線で特定されるので、判定閾値関数THi(X)も、直線式(THi(X)=e*X+f)となり、参照テーブルTBLには、2つの係数e,fが記憶される。なお、判定閾値関数THi(X)が曲線となる場合には、その曲線形状を特定する複数点が参照テーブルに記憶される。
【0056】
このようにして、全ての運転領域について、ステップST20〜ST21の初期設定処理を実行すると、参照テーブルTBLが完成するので、完成した参照テーブルTBLを具備する自動車は出荷可能状態となる。そして、この自動車の運転時には、図3(c)に示す燃焼制御が実行される。
【0057】
最初に、第1回路から出力される振動信号V1を取得して、振動パラメータたる振動検出値Yを算出する(ST30〜ST31)。振動検出値Yは特に限定されないが、例えば、振動信号Vの最大振幅値が算出される。
【0058】
また、第2回路から出力されるイオン信号V2を取得して、イオンパラメータたるイオン検出値Xを算出する(ST32〜ST32)。イオン検出値Xも適宜に選択されるが、例えば、イオン信号の第2ピーク以降の積分値を使用する。
【0059】
次に、その時の運転領域iに対応する参照テーブルTBLの該当欄を参照して、イオン検出値Xに対応する判定閾値THi(X)を特定する(ST34)。先に説明した通り、ステップST21の処理によって、参照テーブルTBLには判定閾値関数THi(X)を特定するデータが記憶されている(図3(b))。
【0060】
そこで、判定閾値関数THi(X)にイオン検出値Xを代入することで、今回の点火動作に対応して算出された振動検出値Yを判定する判定閾値THi(X)が決定される。そして、振動検出値Yが判定閾値THi(X)を超える場合には、ノック発生と判定されて、ノックの継続を防止するべく、その後の燃焼制御が実行される(ST36)。一方、振動検出値Yが判定閾値THi(X)を超えない場合には、正常燃焼に対応する燃焼制御が実行される(ST36)。
【0061】
以上の通り、この実施例では、イオン検出値Xによって振動検出値Yの判定閾値THi(X)を特定し、振動検出値Yと判定閾値とを対比してノック判定をしている。そして、第1実施例とは異なり、判定閾値は一定値ではなく、判定閾値関数THi(X)に基づく傾斜特性を有しており、イオン検出値Xに依存した値となる。
【0062】
そのため、イオンパラメータ(イオン検出値X)が安定しない運転領域では、誤判定の可能性が生じるので、このような運転領域では、実施例1の構成を採るのが好ましい。すなわち、全運転領域について、ステップST30〜ST37の処理を実行するのではなく、ステップST30〜ST37の処理を、適宜に、ステップST10〜ST14の処理と切換えるのも好適である。
【0063】
なお、ステップST20の処理で、個々的な相関式Y=Gi(X)を特定した段階で、標準閾値TYiと、補正後の閾値G(Fi−1(TYi))との関係が特定されるので、補正パラメータαについても、α=G(Fi−1(TYi))/TYiと特定される。ここで、Fi−1(TYi)は、標準相関式TYi=Fi(TXi)の逆関数を意味しており、TXi=Fi−1(TYi)の関係がある。したがって、α=G(TXi)/TYiとして、第1実施例と同様に補正パラメータαを特定することができる。
【0064】
また、第2実施例では、原則として全運転領域において、振動パラメータYとイオンパラメータXとを算出しているので、これらのパラメータを活用することで、各センサ回路(ION,VR)や、その関連素子(10,11など)の異常を検出することができる。
【0065】
<第3実施例>
図4は、このような実施例を説明するフローチャートであり、図4(a)の構成では、振動パラメータYとイオンパラメータXとを連続して記憶し、何れか変化しないパラメータについては、それに関する回路に異常であると判定して異常報知をしている(ST44〜ST46)。例えば、図4(c)に×印で示すように、イオンパラメータXは変化するのに、振動パラメータYが殆ど変化していない場合には、振動検出回路VRや、その関連素子に異常が発生していると判定される。
【0066】
一方、図4(b)の構成では、振動パラメータY及びイオンパラメータXと相関式Y=Gi(X)との距離を連続して記憶し、その履歴に基づいて異常報知をしている(ST54〜ST56)。
【0067】
ここで、各パラメータX,Yと、Y=Gi(X)との距離は、逆関数X=Gi−1(Y)を使用して、例えば、X方向の水平距離ΔX=Gi−1(Y)−Xと、Y方向の垂直距離ΔY=Gi(X)−Yとで特定される。そして、何れかの距離が繰返し閾値を超えるような場合には、異常事態が発生していると判定される。
【0068】
例えば、N回の点火サイクルにおいて水平距離ΔXの累積値が限界値を超える場合には、イオンパラメータXに関する回路に異常が発生していると判定され、垂直距離ΔYの累積値が限界値を超える場合には、振動パラメータYに関する回路に異常が発生していると判定される。
【0069】
以上、本発明の実施例について詳細に説明したが、具体的な記載内容は特に本発明を限定するものではなく、適宜な改変が可能である。例えば、第2実施例では、判定閾値関数THi(X)として、THi(X)=TYi+Gi(X)−Fi(X)を例示したが、何ら限定されず、個々的な相関関係Y=G(X)と、標準的な相関関係Y=F(X)とに基づいて適宜に決定される。なお、このような変形実施例と第1実施例とを組み合わせた構成も好適に使用される。
【0070】
また、異常報知動作についても図4の構成に限定されず、実機第1判定値に基づいて実行されるノック判定と、標準第2判定値TXに基づいて実行されるノック判定とを実行して、その判定結果は一致しない不整合状態の頻度などに基づいて異常報知するのも好適である。
【符号の説明】
【0071】
EQU 燃焼制御装置
V1 振動信号
VR 第1回路
V2 イオン信号
ION 第2回路
Y 振動検出値
TY 標準第1判定値
X イオン検出値
TX 標準第2判定値

【特許請求の範囲】
【請求項1】
内燃機関の振動信号V1を取得する第1回路と、内燃機関の燃焼時に燃焼室に発生するイオン信号V2を取得する第2回路と、を設けた燃焼制御装置であって、
燃焼制御の標準機器となる特定の内燃機関についてのパラメータであって、振動信号V1から特定される振動検出値Yに基づいてノック判定するための標準第1判定値TYを、運転領域毎に記憶する第1記憶手段と、
標準機器の所定の運転領域についてのパラメータであって、イオン信号V2から特定されるイオン検出値Xに基づいてノック判定するための標準第2判定値TX、及び/又は、イオン検出値Xと振動検出値Yの標準的な相関関係を記憶する第2記憶手段と、
個々の内燃機関についてのパラメータであって、所定の運転領域において複数組の振動信号V1及びイオン信号V2に基づいて、イオン検出値Xと振動検出値Yの関係を示す個々的な相関関係Y=G(X)を特定する第1手段と、
第1手段が特定した相関関係Y=G(X)と、所定の運転領域における標準第2判定値TXと、に基づいて、当該運転領域における実機第1判定値G(TX)を特定する第2手段と、
当該運転領域における実機第1判定値G(TX)と標準第1判定値TYとの関係に基づいて、当該運転領域以外の運転領域における標準第1判定値TYを補正して、他の運転領域の実機第1判定値を規定する第3手段と、を設けたことを特徴とする内燃機関の燃焼制御装置。
【請求項2】
第3手段が機能した後は、全運転領域又はほぼ全運転領域について、実機第1判定値に基づいてノック判定を実行するよう構成されている請求項1に記載の燃焼制御装置。
【請求項3】
内燃機関の振動信号V1を取得する第1回路と、内燃機関の燃焼時に燃焼室に発生するイオン信号V2を取得する第2回路と、を設けた燃焼制御装置であって、
燃焼制御の標準機器となる特定の内燃機関についてのパラメータであって、振動信号V1から特定される振動検出値Yに基づいてノック判定するための標準第1判定値TYを、運転領域毎に記憶する第1記憶手段と、
標準機器の所定の運転領域についてのパラメータであって、イオン信号V2から特定されるイオン検出値Xに基づいてノック判定するための標準第2判定値TX、及び/又は、イオン検出値Xと振動検出値Yの標準的な相関関係を記憶する第2記憶手段と、
個々の内燃機関についてのパラメータであって、所定の運転領域において複数組の振動信号V1及びイオン信号V2に基づいて、イオン検出値Xと振動検出値Yの関係を示す個々的な相関関係Y=G(X)を特定する特定手段と、
特定手段が特定した相関関係Y=G(X)と、当該運転領域における標準的な相関関係と、に基づいて、当該運転領域における実機第1判定値を決定する決定手段と、を設けたことを特徴とする内燃機関の燃焼制御装置。
【請求項4】
決定手段が機能した後は、当該運転領域について、実機第1判定値に基づいてノック判定を実行するよう構成されている請求項3に記載の燃焼制御装置。
【請求項5】
実機第1判定値に基づいてノック判定を実行しない運転領域については、イオン検出値Xと、標準第2判定値TXとに基づいてノック判定を実行する請求項2又は4に記載の燃焼制御装置。
【請求項6】
実機第1判定値に基づいて実行されるノック判定と、標準第2判定値TXに基づいて実行されるノック判定とを実行して、
その判定結果は一致しない不整合状態に対応して異常報知をする報知手段を設けた請求項1又は3に記載の燃焼制御装置。
【請求項7】
通常の運転状態において、振動検出値Yとイオン検出値Xとを対応して繰返し取得して、双方又は一方の検出値の履歴に基づいて異常報知をするよう構成されている請求項1又は3に記載の燃焼制御装置。
【請求項8】
通常の運転状態において、振動検出値Yとイオン検出値Xとを対応して繰返し取得して、個々的な相関関係Y=G(X)と、イオン検出値X及び振動検出値Yとの位置関係の履歴に基づいて異常報知をするよう構成されている請求項1又は3に記載の燃焼制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2013−19331(P2013−19331A)
【公開日】平成25年1月31日(2013.1.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−153606(P2011−153606)
【出願日】平成23年7月12日(2011.7.12)
【出願人】(000109093)ダイヤモンド電機株式会社 (387)
【Fターム(参考)】