説明

冷間塑性加工用潤滑剤組成物およびそれを用いた鋼製管継手の製造方法

【課題】化成潤滑処理を施さず、素管表面に塗布する冷間塑性加工用潤滑剤組成物、およびこの潤滑剤を用い、優れた品質の鋼製管継手を効率的に製造する方法を提供する。
【解決手段】(1)平均粒径が1〜100μm、平均分子量が20,000以上のポリエチレン粉末を5〜50質量%、アルカリ金属を含まない水溶性ビニル系樹脂、または非イオン系の界面活性剤または/および保護コロイドにより乳化重合した水分散性ビニル系樹脂を1〜20質量%、非イオン系分散剤を0.1〜5質量%含有する冷間塑性加工用潤滑剤組成物。(2)前記潤滑剤組成物を内面に塗布し、乾燥した素管を、曲がり円錐状のマンドレルに環装し、プッシャーにより常温の前記素管を曲がり円錐状のマンドレルで拡管しつつ押し抜くことによりエルボを成形する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、素材鋼管(素管)を、化成潤滑処理を施すことなく成形することができ、熱処理時に浸炭等による素管表面の変質を生じさせない冷間塑性加工用潤滑剤組成物、およびこの潤滑剤を用い、優れた品質の鋼製管継手を効率的に製造することができる鋼製管継手の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
発電および化学プラント等に用いられる鋼管の継手は、通常、エルボ配管などにみられるように、継手の両端部をそれぞれ鋼管に溶接して使用される。継手の製造方法としては、素管を加熱して成形する熱間加工方法や、素管表面に化成処理皮膜を形成させる化成潤滑処理を施して成形する冷間加工方法がある。
【0003】
熱間加工方法は、素管を加熱すると同時に工具も加熱して加工温度を保持しなければならないため、温度管理が容易ではなく、加熱温度や加熱部位のばらつきにより、成形不良が生じ易くなる。熱エネルギーの損失も大きい。潤滑剤としては、高温に耐える黒鉛や窒化ホウ素等の固体潤滑剤を使用しなければならず、浸炭が発生し、また固体潤滑剤の残渣が管内面に付着するため製品の品質に支障をきたすことがある。さらに黒鉛等の固体潤滑剤の飛散などによる作業環境の悪化が避けられない。
【0004】
一方、冷間加工方法としては、素管表面に化成処理皮膜を形成し、更にその上に、塩素系極圧剤や硫黄系極圧剤を含有した潤滑剤あるいは黒鉛や二硫化モリブデン等の固体潤滑剤を塗布して成形する方法が提案されている。また、潤滑油を素管表面または工具に塗布して成形する方法、潤滑効果を狙ってポリエチレンシートを工具に被せて成形する方法がある。
【0005】
例えば、特許文献1には、被加工材である短尺素管を先端がキセル状に曲がったマンドレルにリング状に装着(環装)したのち、プッシャーにより常温の前記素管をマンドレルで拡管しつつ押し抜くことによってエルボを成形する鋼管の冷間加工方法であって、素管内面に施される潤滑剤として、下地鋼側から、下地皮膜、金属石鹸および湯溶石鹸からなる化成処理された潤滑皮膜と、前記潤滑皮膜に塗布される金属石鹸粉末、黒鉛粉末または二硫化モリブデン粉末のいずれかの潤滑粉末とからなる潤滑剤が記載されている。なお、この冷間加工方法は、冷間加工により押通し曲げ方式でエルボを成形する特許文献2で提案された曲管の製造装置では、ワーク(素管)一本ごとの成形加工が必要であり、成形能率の向上が期待できない等の問題を解決するために開発された方法である。
【0006】
冷間での金属成形用の潤滑剤としては、例えば、特許文献3では、ポリエチレングリコール樹脂、ポリエステル樹脂等の極性の高い官能基を有する樹脂を含有し、金属セッケン、ワックス等の固形潤滑剤を含む潤滑剤が提案されており、また、特許文献4には、スチレンとそれと共重合可能なカルボキシル基を有するビニル化合物を必須モノマーとする共重合体と、潤滑剤(各種ワックス)とを所定比率で含有する表面処理剤が記載されている。しかし、これらの潤滑剤による処理では継手の製造において満足できる成形性は得られず、前述の化成処理皮膜を形成させる潤滑処理が実施されている。
【0007】
しかしながら、化成潤滑処理は、被加工材である素管内面に化成処理皮膜を形成させなければならないので非効率的である。また、冷間加工後に製品の機械的性質を整えるために行う熱処理時に生じる浸炭を防止するため、熱処理前に脱脂処理を行って化成処理皮膜に含まれる石鹸分を除去しなければならない。さらに、熱処理時に化成処理皮膜と材料表面とが反応して表面状態が悪化するばかりでなく、熱処理後に潤滑剤残渣が残留するため、洗浄やショットブラストなどの表面処理が必要となる場合があり、回収した潤滑剤残渣の処分を要するという問題もある。
【0008】
【特許文献1】特開2006−247664号公報
【特許文献2】特開平6−114453号公報
【特許文献3】特開平5−70787号公報
【特許文献4】特開2001−234349号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
前述のとおり、熱間加工により管継手を製造する場合には、加熱装置が必要になり、熱エネルギーに要する費用が増大するとともに、成形不良、浸炭の発生、その他加工に伴う製品欠陥が多く、成形歩留りや成形能率が低下するという問題がある。一方、冷間加工による場合は、化成処理皮膜の形成、熱処理前の脱脂処理、ポリエチレンシートを使用する場合は膜切れによる焼き付き疵の発生による成品の手入れなど、必要な工程が多く、製造コスト増大の要因となっている。
【0010】
本発明は、このような問題を解決するためになされたものであり、ステンレス鋼等の難加工材に対しても、化成潤滑処理を施さずに冷間加工により管継手の製造が可能であり、冷間加工後に行う熱処理時に、浸炭等による表面変質が生じない冷間塑性加工用潤滑剤組成物、およびこの潤滑剤を用い、優れた品質の鋼製管継手を効率的に製造する方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記の課題を解決するため研究を重ねた結果、ポリエチレン粉末、特定のビニル系樹脂および分散剤を含有する冷間加工用潤滑剤組成物が、鋼製の素管内面への付着性が良好で、潤滑性に優れ、冷間加工後に熱処理を行っても浸炭が認められないことを知見するとともに、この潤滑剤組成物を素管内面に塗布し、冷間加工を行うことによって、優れた品質の鋼製管継手の製造が可能であることを確認した。
【0012】
本発明はこのような知見ならびに検討結果に基づいてなされたもので、その要旨は、下記(1)の冷間塑性加工用潤滑剤組成物、およびこの潤滑剤組成物を使用する(2)〜(5)のいずれかの鋼製管継手の製造方法にある。
【0013】
(1)平均粒径が1〜100μm、平均分子量が20,000以上のポリエチレン粉末を5〜50質量%、アルカリ金属を含まない水溶性ビニル系樹脂、または非イオン系の界面活性剤または/および保護コロイドにより乳化重合した水分散性ビニル系樹脂を1〜20質量%、非イオン系分散剤を0.1〜5質量%含有することを特徴とする冷間塑性加工用潤滑剤組成物。
【0014】
ここでいう「平均粒径」とは、粒径分布に基づき求められる全粒子の粒径の算術平均をいう。また、「平均分子量」とは、分子量分布曲線から求めた数平均分子量である。
【0015】
(2)前記(1)に記載の潤滑剤組成物を内面に塗布し、乾燥した被加工材である素管を、曲がり円錐状のマンドレルに環装し、プッシャーにより常温の前記素管を曲がり円錐状のマンドレルで拡管しつつ押し抜くことによりエルボを成形することを特徴とする鋼製管継手の製造方法。
【0016】
前記の被加工材である素管の材質としては、炭素鋼、合金鋼(Mn鋼、Cr−Mo鋼等)の他に、ステンレス鋼(SUS304鋼、316L鋼等)が例示される。これは、次の(3)〜(5)のいずれかに記載の鋼製管継手の製造方法においても同じである。
【0017】
(3)前記(1)に記載の潤滑剤組成物を外面に塗布し、乾燥した被加工材である素管に、流体を媒体として内圧を作用させるハイドロフォーミングを適用して、エルボ、T、キャップまたはレジューサを成形することを特徴とする鋼製管継手の製造方法。
【0018】
(4)前記(1)に記載の潤滑剤組成物を外面に塗布し、乾燥した被加工材である素管を、内面が製品形状をした成形用ダイスへ押し込むことによる縮径加工を適用してレジューサを成形することを特徴とする鋼製管継手の製造方法。
【0019】
(5)前記(1)に記載の潤滑剤組成物を内面に塗布し、乾燥した被加工材である素管を、外面が製品の内面形状をしたポンチを挿入することによる拡管加工を適用してレジューサを成形することを特徴とする鋼製管継手の製造方法。
【0020】
前記(2)〜(5)のいずれかに記載の鋼製管継手の製造方法において、前記成形された鋼製管継手を900〜1300℃での熱処理により、冷間加工後に素管表面(内面または外面)に残存する潤滑剤を完全に分解、蒸発または燃焼させて除去することができ、浸炭等による表面変質が生じることもないので望ましい。
【発明の効果】
【0021】
本発明の冷間塑性加工用潤滑剤組成物は、水分散性の組成物で、鋼製の素管表面への付着性が良好で、潤滑性に優れている。
【0022】
本発明の鋼製管継手の製造方法は、この潤滑剤組成物を素管表面(内面または外面)に塗布して冷間加工を行うことにより鋼製の管継手を製造する方法で、ステンレス鋼等の難加工材に対しても、化成潤滑処理を施さずに冷間加工することが可能であり、優れた品質の管継手を効率よく製造することができる。冷間加工後に製品の機械的性質を整えるため熱処理を行っても浸炭は認められない。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
本発明の冷間塑性加工用潤滑剤組成物は、平均粒径が1〜100μm、平均分子量が20,000以上のポリエチレン粉末を5〜50質量%、アルカリ金属を含まない水溶性ビニル系樹脂、または非イオン系の界面活性剤または/および保護コロイドにより乳化重合した水分散性ビニル系樹脂を1〜20質量%、非イオン系分散剤を0.1〜5質量%含有することを特徴とする水分散性の潤滑剤組成物である。
【0024】
ポリエチレンは、エチレンの重合体(−C24−)nで、自己潤滑性があり、摩擦係数が小さく、本発明の潤滑剤組成物の主要構成成分である。ポリエチレン粉末の平均粒径の下限を1μmと規定するのは、平均粒径が1μm未満では、多量の分散剤を必要とし、その結果、ポリエチレン粉末の配合率が少なくなり乾燥皮膜の潤滑性が悪化するからである。また、平均粒径の上限を100μmとするのは、100μmを超えると、乾燥皮膜においてポリエチレン粉末に緻密さがなくなり、潤滑性が低下するからである。
【0025】
ポリエチレン粉末の平均分子量を20,000以上とするのは、20,000より小さいと、成形時の潤滑性が悪く、広範囲にわたり焼付きが生じるからである。平均分子量が20,000以上の低密度ポリエチレンや高密度ポリエチレンの粉末や、平均分子量が100万〜600万の超高分子量ポリエチレンの粉末が使用できる。
【0026】
また、ポリエチレン粉末の含有率(配合率)を5〜50質量%とするのは、配合率が5質量%未満では、潤滑性を保持するのに充分な膜厚が得られず、50質量%を超えると、粘性が高くなり、潤滑剤の塗布性が悪化するからである。
【0027】
本発明の潤滑剤組成物で使用するビニル系樹脂は、潤滑剤の素管表面への付着性を向上させる作用効果を有している。ポリエチレン粉末のバインダーとしても機能する。
【0028】
ビニル系樹脂としては、酢酸ビニル、アクリル酸、メタクリル酸、アクリル酸エステル、メタクリル酸エステル、エチレンなどのモノマーの1種または2種以上を重合して得られる水溶性ビニル系樹脂で、アルカリ金属を含まないもの、または、非イオン系界面活性剤もしくは非イオン系保護コロイドを用いて乳化重合して得られる水分散性ビニル系樹脂を使用すればよい。前記の非イオン系界面活性剤および非イオン系保護コロイドは同時に用いてもよい。
【0029】
前記水溶性ビニル系樹脂がアルカリ金属を含まないこととするのは、例えば、水溶性ビニル系樹脂がナトリウムを含む(ナトリウム塩)場合、この潤滑剤を塗布して成形したのちの熱処理時にナトリウムが残渣として残り、アルカリ腐食が生じることがあるからである。
【0030】
前記の水分散性ビニル系樹脂を得るに際して、乳化重合させるのは、乳化剤(すなわち、界面活性剤や保護コロイド)を使用して難水溶性のモノマーを水中に乳化、分散させ、重合させるためである。また、乳化重合に、非イオン系の界面活性剤または/および保護コロイドを用いるのは、これら非イオン系の界面活性剤や保護コロイドを構成する分子が、炭素、水素、酸素から構成されており、例えば陰イオン界面活性剤が有しているアルカリ金属などが含まれていないので、熱処理したときにガス化して残渣が残らないからである。また、高温におけるアルカリ腐食などが起こることもない。
【0031】
非イオン系界面活性剤としては、例えば、ポリオキシエチレンラウリルエーテルなどのポリオキシエチレンアルキルエーテルが使用でき、非イオン系保護コロイドとしては、例えば、ポリビニルアルコールなどが使用可能である。
【0032】
ビニル系樹脂の配合率は1〜20質量%とする。配合率が1質量%未満の場合は、ポリエチレン粉末を材料表面に密着させるのに不充分で、剥離などにより潤滑不良を招き、20質量%を超えると、ビニル系樹脂がポリエチレンの潤滑作用を阻害するからである。
【0033】
本発明の潤滑剤組成物に非イオン系分散剤を配合するのは、ポリエチレン粉末を潤滑剤中に均一に分散させるためであり、配合率を0.1〜5質量%とする。配合率が0.1質量%未満ではポリエチレン粉末の均一分散には不充分であり、5質量%を超えるとポリエチレンの潤滑性が阻害され、またコストが上昇するからである。
【0034】
非イオン系分散剤としては、ポリオキシアルキレン(C2または/およびC3)アルキルエーテル、ポリオキシアルキレン(C2または/およびC3)アルキルフェニルエーテル、2,4,7,9テトラメチル−5−デシン4,7−ジオール〔ポリオキシエチレン〕エーテルなどの非イオン系のものが望ましい。なお、前記分散剤の名称の一部である「ポリオキシアルキレン(C2または/およびC3)」において、C2はエチレンを、またC3はプロピレンを意味し、アルキレンがエチレンまたは/およびプロピレンであることを表す。
【0035】
本発明の潤滑剤組成物においては、必要に応じて、粘度調整剤、消泡剤、防錆剤などを添加してもよい。
【0036】
粘度調整剤は、潤滑剤の良好な塗布性を確保するとともに、潤滑性を保持するのに充分な膜厚が得られるような粘度とするために加える。粘度調整剤を0.1質量%以上配合する場合は、メチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ポリエチレングリコール、ポリビニルアルコールなどの非イオン系のものが望ましいが、0.1質量%に満たない微量の場合は、ナトリウムカルボキシメチルセルロースなどの陰イオン系のものも使用可能である。
【0037】
消泡剤は、潤滑剤をかき混ぜるときに生じる無数の小気泡の発生を防止するために加えるもので、焼鈍後に残渣の残らないアルコール系やエステル系のものが望ましい。シリコン系の消泡剤なども、材料の品質に影響を与えない範囲であれば使用可能である。
【0038】
防錆剤としては、特にアルカリ金属塩を含まない、トリエタノールアミン等のアルカノールアミンおよびそれらの有機酸塩などのアミン系のものが望ましい。
【0039】
本発明の冷間塑性加工用潤滑剤組成物は、鋼製の素管表面(内面または外面)への付着性が良好で、潤滑性に優れており、この潤滑剤を使用すれば、化成潤滑処理を施さずに冷間加工により管継手の製造が可能である。冷間加工後に熱処理を行っても浸炭が認められない。この潤滑剤は、良好な付着性、優れた潤滑性を有しているので、前記管継手製造用以外の冷間塑性加工用潤滑剤としても充分使用可能である。
【0040】
本発明の鋼製管継手の製造方法の一つは、前記(2)に記載の製造方法で、本発明の潤滑剤組成物を内面に塗布し、乾燥した被加工材である素管を、曲がり円錐状のマンドレルに環装し、プッシャーにより常温の前記素管を曲がり円錐状のマンドレルで拡管しつつ押し抜くことによりエルボを成形する方法である。
【0041】
この管継手の製造方法は、鋼管の冷間曲げ加工方法(以下、「マンドレルを用いた押し抜き拡管エルボ加工方式」ともいう)を実施するに際し、素管内面に化成潤滑処理を施す代わりに、前述した本発明のポリエチレンを主要構成成分として含むポリエチレン樹脂系潤滑剤を塗布する方法である。
【0042】
図1は、鋼製管継手(エルボ)の概略の製造工程を示す図で、(a)は素管内面に化成潤滑処理が施された場合、(b)は本発明の潤滑剤を塗布した場合である。(a)は特許文献1に記載されるマンドレルを用いた押し抜き拡管エルボ加工方式による製造工程である。
【0043】
図1(a)において、「化成潤滑処理」の工程では、素管の下地鋼側から、下地皮膜(蓚酸第一鉄など)、金属石鹸(例えば、ステアリン酸鉄)および湯溶石鹸(ステアリン酸ナトリウム)からなる3層構造の化成処理皮膜が形成され、乾燥処理が施された後、前記皮膜上に金属石鹸粉末、黒鉛粉末または二硫化モリブデン粉末のいずれかの潤滑粉末が塗布される。
【0044】
その次の「冷間加工」の工程で、素管はマンドレルを用いた押し抜き拡管エルボ加工によりエルボに成形される。続いて、「脱脂処理」工程で、浸炭防止のために石鹸分が除去され、「硝弗酸による酸洗」で、同じく浸炭防止のために下地皮膜が除かれた後、熱処理される。
【0045】
これに対し、本発明の鋼製管継手の製造方法では、図1(b)に示すように、素管の内面に潤滑剤を塗布し、乾燥した後、図1(a)におけると同様の冷間加工を施す。その後、直ちに焼鈍等のため熱処理工程へ送られ、製品となる。
【0046】
「潤滑剤塗布」の工程で素管内面に塗布する潤滑剤は、前述した本発明の潤滑剤組成物である。塗布する方法としては、刷毛塗り、スプレー塗布などが適用できる。乾燥後の潤滑剤皮膜は10〜200g/m2とするのが望ましい。潤滑剤皮膜が10g/m2未満では皮膜が薄すぎて潤滑作用が十分ではなく、200g/m2を超えると潤滑効果が飽和するだけでなく、塗布、乾燥の効率が低下し、経済的にも不利である。より望ましい潤滑剤皮膜厚は、50〜150g/m2である。
【0047】
「乾燥」工程では、塗布後の潤滑剤から水分を蒸発させて乾燥皮膜とする。乾燥温度は、10〜150℃の範囲内であればかまわないが、適度な乾燥速度を確保し、緻密な潤滑剤皮膜を得るという観点から、50〜100℃が望ましい。
【0048】
「冷間加工」の工程では、曲がり円錐状のマンドレルを用いた押し抜き拡管エルボ加工方式を適用する。すなわち、被加工材である素管を、先端がキセル状に曲がったマンドレルに環装した後、プッシャーにより常温の前記素管をマンドレルで拡管しつつ押し抜き、エルボを成形する。これにより、素管はマンドレルにより拡管され、それと同時に素管の押し抜き方向の歪みを素管の円周方向に傾斜分布させることによって、偏肉が少なく寸法精度に優れるエルボを成形することができる。
【0049】
前記マンドレルへの環装を連続して行うことにより、エルボが連続して成形加工されるので、成形能率を向上させることができる。
【0050】
成形加工されたエルボは、金型を用いてエルボ断面の真円が保たれるように整形された後、「熱処理」工程で所定の熱処理を施され、ベベル加工によって端面形状が仕上げられ、製品となる。
【0051】
熱処理は、大気中または酸素が含まれる雰囲気中で行うことが望ましい。潤滑剤の主成分であるポリエチレンは化学式で表すと(−C24−)nであり、その構成元素であるC、Hは、酸素が存在する雰囲気中で加熱することにより、反応式:C24+3O2→2CO2+2H2O により分解され、消失する。したがって、冷間加工後に素管内面に残存するポリエチレンに起因して、熱処理により浸炭が生じることはない。なお、ポリエチレンの分解温度は約600℃以上なので、熱処理温度がこの温度範囲に入るように配慮することが望ましい。
【0052】
本発明の鋼製管継手の製造方法の他の一つは、前記(3)に記載の製造方法で、本発明の潤滑剤組成物を外面に塗布し、乾燥した被加工材である素管に、流体を媒体として内圧を作用させて、エルボ、T、キャップまたはレジューサを成形する方法である。流体としては、油や水などの液体が用いられ、ハイドロフォーミング法と称される。
【0053】
この管継手の製造方法は、ハイドロフォーミングにより、各種の管継手、すなわちエルボ、T、キャップまたはレジューサを成形加工するに際し、素管外面に化成潤滑処理を施す代わりに、本発明のポリエチレンを主要構成成分として含むポリエチレン樹脂系潤滑剤を塗布する方法である。エルボについては、45°エルボ、90°エルボ、180°エルボのいずれの製造も可能である。Tやレジューサについても、同径T、径違いT、同心レジューサ、偏心レジューサなどのいずれにも対応できる。
【0054】
ハイドロフォーミング自体は、従来実施されている方法に準じて行えばよい。成形加工された後は、所定の熱処理を施され、ベベル加工により端面形状が仕上げられて製品となる。
【0055】
本発明の鋼製管継手の製造方法のさらに他の一つは、前記(4)に記載の製造方法で、本発明の潤滑剤組成物を外面に塗布し、乾燥した被加工材である素管を、内面が製品形状をした成形用ダイスへ押し込むことによる縮径加工を適用してレジューサを成形する方法である。
【0056】
また、本発明の鋼製管継手の製造方法のさらに他の一つは、前記(5)に記載の製造方法で、本発明の潤滑剤組成物を内面に塗布し、乾燥した被加工材である素管を、外面が製品の内面形状をしたポンチを挿入することによる拡管加工を適用してレジューサを成形する方法である。
【0057】
これらの方法は、成形用ダイスまたはポンチを用い、被加工材である素管を縮径加工または拡管加工してレジューサを成形する際に、素管の外面または内面に本発明の潤滑剤組成物を塗布する方法である。この潤滑剤組成物は、鋼製の素管表面への付着性が良好で、潤滑性に優れているので、適切なダイスまたはポンチを使用すれば、同心レジューサ、偏心レジューサなど、各種形状のレジューサを比較的簡便に製造することが可能である。
【0058】
本発明の鋼製管継手の製造方法(前記(2)〜(5)のいずれかに記載の製造方法)において、前記成形された鋼製管継手を900〜1300℃で熱処理することとすれば、冷間加工後に素管表面(内面または外面)に残存する潤滑剤を完全に分解、蒸発または燃焼させ、除去できるので、望ましい。
【0059】
前記残存する潤滑剤は、ポリエチレンを主成分とし、他にビニル系樹脂、分散剤等が含まれた組成物である。ポリエチレンは約600℃で分解するが、ビニル系樹脂、分散剤等は、用いる薬剤によっては、600℃では分解せずに残渣として管表面に付着する場合があり、製品の品質に支障を来す。また、より高温に加熱されたときには浸炭を生じさせることになる。このような場合、成形された鋼製管継手を900〜1300℃で熱処理することにより、残存する潤滑剤を分解、蒸発させ、酸素が存在する雰囲気中であれば、燃焼させて、完全に除去することができる。
【0060】
このように、本発明の鋼製管継手の製造方法によれば、化成潤滑処理を施さずに冷間加工により管継手の製造が可能であり、ステンレス鋼等の難加工材に対しても、浸炭のない、優れた品質の管継手を簡素な製造工程で効率よく製造することができる。
【実施例】
【0061】
本発明の潤滑剤組成物およびこの潤滑剤を用いる本発明の鋼製管継手の製造方法(マンドレルを用いた押し抜き拡管エルボ加工方式)の効果を、実施例1、2に基づいて説明する。
【0062】
(実施例1)
表1に示す本発明の潤滑剤組成物(本発明例1および2)を使用して、素材表面への密着性、プレススピードおよびプレス後の潤滑剤残存状況、ならびに熱処理時の浸炭の有無を調査した。
【0063】
【表1】

【0064】
(a)素材表面への密着性
ステンレス鋼(SUS304)の薄板に潤滑剤を薄く塗布し、室温または80℃で乾燥した皮膜の剥離状況を調査した。なお、比較のため、ビニル系樹脂が含まれていない潤滑剤組成物(比較例1)についても同様の調査を行った。
【0065】
調査結果を表2に示す。同表において、評価基準は下記のとおりであり、○印または△印であれば、良好と評価した。
【0066】
○印:指の平で強く擦っても剥離しにくい
△印:指の平で強く擦ると剥離する
×印:指の平で軽く擦るだけで剥離する
【0067】
【表2】

【0068】
表2に示されるように、材料表面への付着性を向上させるビニル系樹脂が含まれていない比較例1の潤滑剤は、指の平で軽く擦るだけで剥離したが、本発明例1および2の潤滑剤は材料への密着性が良好であった。80℃で乾燥すれば、強く擦っても剥離しにくく望ましい。
【0069】
(b)プレススピードおよびプレス後の潤滑剤残存状況
供試用の素管として、寸法が外径105.0mm×厚さ7.5mm×長さ350mmであるステンレス鋼(SUS304;熱処理条件1060℃×20分→水冷)を準備し、表1の本発明例1、2に示した潤滑剤を内面に塗布してステンレス鋼製エルボを製造するための冷間マンドレル曲げを行い、その時のプレススピードおよびプレス後の潤滑剤残存状況を調査した。なお、比較のために、表1の比較例1に示した潤滑剤を塗布した場合、および比較例2に示した化成潤滑処理(特許文献1に記載される処理)を施した場合についても同様の調査を行った。その際、比較例1の潤滑剤の塗布においては、付着性を高めるため、素管内面に潤滑前処理(グリッドブラスト)を行った。
【0070】
調査結果を表3に示す。いずれの潤滑剤または化成潤滑処理についても8回のプレス加工を行い、その平均値を示している。なお、「評価」の欄の◎印は極めて良好、○印は良好、△印は概ね良好であることを意味する。
【0071】
【表3】

【0072】
表3から明らかなように、本発明例1、2では、化成潤滑処理を施した比較例2に比べて1.7倍または3倍に近いプレススピードであった。また、プレス後の潤滑剤残存状況(肉眼観察結果)から判断して、本発明例1、2ともに潤滑剤の付着性は良好であった。なお、前記(a)の調査で密着性が良くないという評価であった比較例1の潤滑剤(ビニル系樹脂が含まれていない潤滑剤)が、ここでは潤滑性が概ね良好で(潤滑性:△印)、化成潤滑処理を施した比較例2と比べて遜色のないプレススピードを示したのは、グリッドブラストによる素管内面処理を実施したことによるものである。
【0073】
(c)熱処理時の浸炭の有無
供試用の素管として、寸法が外径66.0mm×厚さ6.4mmのステンレス鋼(SUS304L)を準備し、表1の本発明例1、2に示した潤滑剤を内面に塗布して、大気雰囲気下で、1060℃×15分→水冷の熱処理を行った。熱処理後の供試材から試料を採取して、内表面層の炭素含有量を求めるとともにミクロ組織の観察を行って、浸炭の有無を確認した。なお、炭素含有量の分析は、JIS G 1211に規定される高周波誘導加熱炉燃焼−赤外線吸収法により行い、ミクロ組織については、試料を研磨後、蓚酸電解エッチングを行い、400倍で観察した。
【0074】
調査結果を表4に示す。表4において、比較例3は潤滑剤を塗布せずに熱処理を行った場合、比較例4は潤滑剤の塗布、熱処理のいずれも行わなかった場合である。
【0075】
【表4】

【0076】
表4から明らかなように、本発明の潤滑剤が残存したままで熱処理を実施しても浸炭は認められず、ミクロ組織でカーバイドの析出もみられなかった。
【0077】
以上の(a)〜(c)の調査により、本発明の潤滑剤は、材料表面への付着性が良好であり、化成潤滑処理を行った場合よりもプレススピードが大きく潤滑性に優れており、成形後の熱処理による浸炭の問題もないことが確認できた。
【0078】
(実施例2)
表5および表6に示す潤滑剤組成物を使用し、実機により冷間マンドレル曲げを行うステンレス鋼製エルボの製造試験を実施して、潤滑性、焼付きおよび熱処理(900℃で加熱)後の表面状態の評価を行い、潤滑剤に含まれる各成分の適正範囲を確認した。表5には本発明で規定する条件を満たす潤滑剤を使用した場合(本発明例1〜14)を、表6には比較に用いた潤滑剤を使用した場合(比較例1〜12)を示す。
【0079】
【表5】

【0080】
【表6】

【0081】
供試用の素管として、外径105.0mm×厚さ7.0mm×長さ350mmのステンレス鋼(SUS304;熱処理条件1060℃×20分→水冷)を準備し、横プレスを用いて、呼称寸法が外径114.3mm×内径101.3mmで、曲げ半径が152.4mmのエルボに成形した。
【0082】
用いた潤滑剤に含まれる各成分の詳細は下記のとおりである。
【0083】
ポリエチレン粉末(A):平均粒径20μm、平均分子量:130,000
ポリエチレン粉末(B):平均粒径20μm、平均分子量:60,000
ポリエチレン粉末(C):平均粒径100μm、平均分子量:5,000
ポリエチレン粉末(D):平均粒径3.5μm、平均分子量:1,500
ビニル系樹脂(A):エチレン・酢酸ビニル共重合物
ビニル系樹脂(B):アクリル酸・メタクリル酸共重合物のアミン中和物
ビニル系樹脂(C):酢酸ビニル重合物
ビニル系樹脂(D):アクリル酸重合物のアミン中和物
ビニル系樹脂(E):メタクリル酸・アクリル酸エチル・メタクリル酸メチル共重 合物
ビニル系樹脂(F):アクリル酸重合物のナトリウム中和物
ビニル系樹脂(G):イソブチレン・マレイン酸共重合物のナトリウム中和物
ビニル系樹脂(H):アクリル酸・マレイン酸共重合物のナトリウム中和物
分散剤(A):2,4,7,9テトラメチル−5−デシン4,7−ジオール〔ポリ オキシエチレン〕エーテル
分散剤(B):ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテル。
【0084】
ステンレス鋼製エルボの製造試験における潤滑性、焼付評価および熱処理後の表面状態の評価結果ならびに総合評価を、前記表5および表6に併せて示す。
【0085】
潤滑性は、◎印(極めて良好)、○印(良好)、△印(不良)および×印(極めて不良)の4段階で評価し、◎印または○印であれば良好とした。
【0086】
焼付評価の基準は次のとおりで、◎印または○印であれば耐焼付き性は良好とした。
【0087】
◎印:焼付きほとんど無し
○印:焼付き少し有り
△印:焼付き半分程度有り
×印:ほぼ全面焼付き
また、熱処理後の表面状態の評価基準は次のとおりで、◎印または○印であれば熱処理後の表面状態は良好と評価した。
【0088】
◎印:ほとんど変色無し
○印:少し変色
△印:全体的に変色
×印:激しく変色
総合評価は、上記の潤滑性、焼付評価および熱処理後の表面状態の評価結果に基づくもので、これら評価対象項目のうち最も評価の低い項目の評価結果をもって総合評価結果とした。
【0089】
表5から明らかなように、本発明で規定する条件を満たす潤滑剤を使用した場合(本発明例1〜14)は、いずれも、潤滑性が良好で、焼付きがほとんど無いか、あっても僅かであり、熱処理後の表面の変色も僅少で、ステンレス鋼製エルボの製造を円滑に行うことができた。
【0090】
一方、表6に示した比較例1〜12のうち、比較例1はビニル系樹脂および分散剤が含まれていない潤滑剤を使用している点で本発明で規定する条件から外れており、潤滑性が非常に悪く、エルボの製造ができなかった。
【0091】
比較例2〜4で使用した潤滑剤は、ビニル系樹脂がナトリウム塩で、本発明で規定する条件から外れており(比較例4では、さらにポリエチレン粉末の平均分子量も本発明の規定範囲から外れている)、潤滑性が非常に悪く、焼付きが生じ、熱処理後の表面の変色も激しかった。
【0092】
比較例4〜8、比較例11および12で使用した潤滑剤は、ポリエチレン粉末の平均分子量が本発明の規定範囲から外れている。さらに、そのうちの比較例4および7では、ビニル系樹脂が本発明の規定から外れるナトリウム塩であり、比較例8では分散剤が規定量を超え、また比較例11ではビニル系樹脂量が規定量を超えている。そのため、比較例4〜8、比較例11および12では、潤滑性が悪く、焼付きが生じた。なお、ビニル系樹脂がナトリウム塩である潤滑剤を除いて、熱処理後の表面の変色はほとんどなかった。
【0093】
また、比較例9および10はポリエチレン粉末の含有量が本発明の規定範囲から外れている潤滑剤を使用した場合で、比較例9ではエルボの製造ができず、比較例10では試作はできたものの、潤滑性が悪く、ほぼ全面で焼付きが生じた。
【産業上の利用可能性】
【0094】
本発明の冷間塑性加工用潤滑剤組成物は、鋼製の素管表面への付着性が良好で、潤滑性に優れている。本発明の鋼製管継手の製造方法は、この潤滑剤組成物を素管表面(内面または外面)に塗布して冷間加工を行うことにより鋼製の管継手を製造する方法で、ステンレス鋼等の難加工材に対しても、化成潤滑処理を施さずに冷間加工することが可能である。冷間加工後に熱処理を行っても浸炭が生じることもなく、優れた品質の管継手を効率よく製造することができる。
【0095】
したがって、本発明の潤滑剤組成物および鋼製管継手の製造方法は、管継手の製造に有効に利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0096】
【図1】鋼製管継手(エルボ)の概略の製造工程を示す図で、(a)は素管内面に化成潤滑処理が施された場合、(b)は本発明の潤滑剤を塗布した場合である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
平均粒径が1〜100μm、平均分子量が20,000以上のポリエチレン粉末を5〜50質量%、アルカリ金属を含まない水溶性ビニル系樹脂、または非イオン系の界面活性剤または/および保護コロイドにより乳化重合した水分散性ビニル系樹脂を1〜20質量%、非イオン系分散剤を0.1〜5質量%含有することを特徴とする冷間塑性加工用潤滑剤組成物。
【請求項2】
請求項1に記載の潤滑剤組成物を内面に塗布し、乾燥した被加工材である素管を、
曲がり円錐状のマンドレルに環装し、プッシャーにより常温の前記素管を曲がり円錐状のマンドレルで拡管しつつ押し抜くことによりエルボを成形することを特徴とする鋼製管継手の製造方法。
【請求項3】
請求項1に記載の潤滑剤組成物を外面に塗布し、乾燥した被加工材である素管に、
流体を媒体として内圧を作用させるハイドロフォーミングを適用して、エルボ、T、キャップまたはレジューサを成形することを特徴とする鋼製管継手の製造方法。
【請求項4】
請求項1に記載の潤滑剤組成物を外面に塗布し、乾燥した被加工材である素管を、
内面が製品形状をした成形用ダイスへ押し込むことによる縮径加工を適用してレジューサを成形することを特徴とする鋼製管継手の製造方法。
【請求項5】
請求項1に記載の潤滑剤組成物を内面に塗布し、乾燥した被加工材である素管を、
外面が製品の内面形状をしたポンチを挿入することによる拡管加工を適用してレジューサを成形することを特徴とする鋼製管継手の製造方法。
【請求項6】
前記成形された鋼製管継手を900〜1300℃で熱処理することを特徴とする請求項2〜5のいずれかに記載の鋼製管継手の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2009−286970(P2009−286970A)
【公開日】平成21年12月10日(2009.12.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−143520(P2008−143520)
【出願日】平成20年5月30日(2008.5.30)
【出願人】(000182926)住金機工株式会社 (7)
【出願人】(391045668)パレス化学株式会社 (8)
【Fターム(参考)】