説明

分光光度計

【課題】励起光及び蛍光の波長組合せを切り替えながら励起光及び蛍光の検出を繰り返す多波長同時検出において、検出信号のA/D変換処理に割り当てる時間を長くすることでノイズ低減を図る。
【解決手段】4波長同時検出において、波長組合せ切り替え前後の励起光波長λEXの差、蛍光波長λEMの差が0でない場合には、それぞれ波長差から回折格子を回動させるモータの駆動時間Y1、Y2を計算し(S4、S8)、さらに回折格子が停止するに要する時間を見込み、1波長に割り当てられた切替時間のうちの残りをA/D変換時間Z1、Z2として求める(S6、S10)。励起光の波長が設定された状態でないと蛍光検出は行えないので、Z1<Z2のときにはZ2もZ1に揃え、そのチャンネルのA/D変換時間を決定する。このように決められた時間に基づく積算回数だけA/D変換後のデータを積算して測光値を求めることで、ノイズ低減を図ることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は分光光度計に関し、さらに詳しくは、回折格子等の波長分散素子を機械的に回動させることにより、取り出される光の波長を変更するモノクロメータを備えた分光光度計に関する。
【背景技術】
【0002】
高感度、高波長分解能が要求される分光光度計では、単一波長の測定光を取り出すために、回折格子をモータの回転駆動力により回動させる構造のモノクロメータが用いられている(特許文献1など参照)。こうした分光光度計では、回折格子を少しずつ回動させることで測定光の波長を所定の波長範囲内で走査し、その波長範囲に亘る試料の吸光度や透過率を測定することができる。
【0003】
また、分光光度計の一種である蛍光分光光度計では、単一波長の励起光を取り出すため、及び、単一波長の蛍光を取り出すために、励起光側と蛍光側とにそれぞれ上記構造のモノクロメータが用いられている(特許文献2など参照)。こうした蛍光分光光度計では、例えば一方のモノクロメータから取り出される光の波長を固定した状態で他方のモノクロメータから取り出される光の波長を走査することにより、励起光の波長走査に対する所定波長の蛍光強度を検出したり、所定波長の励起光に対する所定波長範囲の蛍光強度を検出したりすることができる。
【0004】
上記のような蛍光分光光度計を含む分光光度計はそれ単独で試料の分析に用いられるほか、液体クロマトグラフ(LC)用の検出器としてもよく用いられる。分光光度計を液体クロマトグラフ用検出器として用いる場合には、カラムから試料成分が溶出する時間の間、連続的に試料成分を検出する必要がある。上記のようなモノクロメータを備えた分光光度計では、1回の波長走査に或る程度時間が掛かるため、波長走査を繰り返しつつ試料成分を検出しようとすると試料成分の見逃しが起こるおそれがある。そこで、一般的には、波長走査ではなく、モノクロメータから取り出される光の波長が予め設定された複数の波長に順次切り替えられるように回折格子の回動を制御し、これを繰り返すことにより長時間に亘る測定を行うようにしている。
【0005】
前述のように測定光(蛍光分光光度計の場合には励起光及び蛍光)の波長を2つ又はそれ以上の波長に切り替えつつ各波長において測光値を求める場合、波長切り替えのための回折格子の回動が終了したあとに一定時間、検出器から出力されるアナログ検出信号をA/D変換してデジタル値である検出データを取得する。回折格子を或る波長に対応した位置から次の波長に対応する位置まで回動させるのに要する時間は、その切り替え前後の波長に依存し、その2つの波長が離れているほど時間が掛かる。そこで、従来の分光光度計では、通常、切り替え前後の波長が最も離れた状態であるときの回折格子の最長回動時間を予め想定し、その時間に一定のA/D変換時間を加算した時間よりも長くなるように波長切替時間を決めるようにしている。
【0006】
この場合、複数の波長に対する各測光値は厳密には同時刻に得られたものではないが、切り替えられる波長の数が少なく、波長切替時間が短ければ、複数の波長に対する測光が同時に行われるものとみなすことができる。そのため、以下の説明では、上記のような波長切り替えを伴う検出を多波長同時検出と呼ぶこととする。
【0007】
具体的な数値例を挙げると、従来の分光光度計では、回折格子の最長回動時間(回折格子が回動を開始してから回動を終了して完全に停止するまでの時間)を0.5秒であると想定し、A/D変換時間を0.1秒として、波長切替時間を0.6秒に決めておくようにしている。この場合、1.2秒周期で2波長の測光を行うことができる。また、2.4秒周期で4波長の測光を行うことができる。なお、波長切替時間が0.6秒である場合、上述したように複数波長に対する測光が同時に行われているとみなせるのは、一般に、せいぜい4波長程度までである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2002−202189号公報
【特許文献2】特開2009−180706号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
ところで、近年、液体クロマトグラフ等を用いた分析における微量分析の必要性はますます増しており、液体クロマトグラフ用検出器としての分光光度計にはさらなる高感度化が求められている。そのためには分光光度計のノイズ性能を改善する必要がある。上述したようにアナログ検出信号をA/D変換してデータ値を得る構成の場合、A/D変換の方式にもよるが、一般的には、A/D変換時間を長くするほどノイズ性能を改善することができる。なお、「A/D変換時間を長くする」ためには、1つの測光値を得るためのA/D変換時間自体を長くするようにしてもよいし、或いは、一定のA/D変換時間により得られる測光値を複数積算することで1つの測光値を得る処理を行う場合であれば、積算回数を増やすことで実質的なA/D変換時間を長くするようにしてもよい。
【0010】
前述したように従来の分光光度計において多波長同時検出を行う場合、A/D変換時間を一定として波長切替時間も一定としているが、ノイズ性能を改善するためには波長切替時間は一定としつつA/D変換時間を長くすることが必要となる。本発明はこうした点に鑑みて成されたものであり、モノクロメータから取り出される光の波長を複数に切り替えながら各波長における測光を繰り返すような分光光度計において、設定された波長条件に従って可能な限りノイズ低減を図り、より高い感度での測定を行うことができる分光光度計を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0011】
多波長同時検出において上述した回折格子の最長回動時間はあくまでも回動時間が最も長くなる最悪の波長条件を想定したものであり、切り替え前後の波長が比較的近い場合には回折格子の回動時間は最長回動時間よりも短くて済む。ところが、こうした条件の下でも、従来の分光光度計では、回折格子が切り替え後の波長に対する測光が可能な位置に到達してからA/D変換動作が開始されるまでに無駄な待ち時間が生じていた。本願発明者はこの待ち時間に着目し、無駄な待ち時間ができるだけ生じないように波長切替時間内におけるA/D変換時間を変化させることに想到し、本願発明をなすに至った。
【0012】
即ち、上記課題を解決するために成された第1発明は、波長分散素子と該波長分散素子を回動させる回動手段とを含み、特定の波長を有する単色光を測定光として取り出す分光器を具備し、複数の波長の測定光を一定時間間隔で順次前記分光器から取り出すように前記回動手段を制御しつつ各波長の測定光に対応した検出信号を検出器で取得する分光光度計において、
a)1つの波長の測定光に対応したアナログ検出信号に対し、指定されたA/D変換時間に亘るA/D変換処理動作を実行して測光値データを取得する測光値データ取得手段と、
b)波長切り替え前後の波長の差に応じた前記回動手段の駆動時間に基づいて、その波長切り替え直後における前記A/D変換時間を決定して、前記測光値データ取得手段のA/D変換処理動作を制御する制御手段と、
を備えることを特徴としている。
【0013】
また上記課題を解決するために成された第2発明は、第1波長分散素子と該第1波長分散素子を回動させる第1回動手段とを含み、特定の波長を有する単色光を励起光として取り出す励起光側分光器と、第2波長分散素子と該第2波長分散素子を回動させる第2回動手段とを含み、特定の波長を有する単色光を測定対象の蛍光として取り出す蛍光側分光器と、を具備し、励起光波長と蛍光波長との複数の波長組み合わせを一定時間間隔で順次設定するように前記第1及び第2回動手段をそれぞれ制御しつつ、各波長組み合わせにおける励起光に対応した検出信号を励起光検出器で取得するとともに、蛍光に対応した検出信号を蛍光検出器で取得する分光光度計において、
a)1つの波長組み合わせの励起光波長の励起光に対応したアナログ検出信号に対し、指定された第1A/D変換時間に亘るA/D変換処理動作を実行して励起光測光値データを取得する励起光測光値データ取得手段と、
b)1つの波長組み合わせにおける蛍光波長の蛍光に対応したアナログ検出信号に対し、指定された第2A/D変換時間に亘るA/D変換処理動作を実行して蛍光測光値データを取得する蛍光測光値データ取得手段と、
c)波長組み合わせ切り替え前後の励起光波長の差及び/又は蛍光波長の差に対応した前記第1及び第2回動手段の駆動時間に基づいて、その波長組み合わせ切り替え直後における前記第1及び第2A/D変換時間を決定して、前記励起光測光値データ取得手段のA/D変換処理動作及び前記蛍光測光値データ取得手段のA/D変換処理動作をそれぞれ制御する制御手段と、
を備えることを特徴としている。
【0014】
第1及び第2発明に係る分光光度計において、波長分散素子は例えば回折格子である。また、回動手段は駆動源であるモータを含み、それ以外に、モータの回転駆動力を回折格子に伝達する伝達機構や減速機構等を含む構成とすることができる。
【0015】
また、測光値データ取得手段は、与えられたA/D変換時間だけアナログ検出信号をA/D変換する、つまりアナログ段階で信号を積算するものとしてもよいが、デジタル段階で信号を積算したほうが制御や構成が簡単になる。即ち、前記測光値データ取得手段は、アナログ検出信号を一定時間間隔でA/D変換するA/D変換器と、該A/D変換により得られたデータを積算して測光値データを得るデータ積算手段と、を含み、A/D変換時間に応じて前記データ積算手段による積算回数を変更する構成とするとよい。
【0016】
第1発明に係る分光光度計では、分析の実行に先立って、測定光の波長が複数設定される。例えば最も簡単なケースとして、波長がλ1、λ2の2つである場合を考える。
波長λ1→λ2又はその逆に波長切り替えを行う際には、各波長に対応した位置に波長分散素子を位置させるために回動手段により波長分散素子は回動される。波長差が小さいほど回動角は小さく、回動に要する時間(回動所要時間)は短くて済む。この波長差と回動所要時間との関係は予め実験的に求めておくことができる。そこで、制御手段は、設定された2つの波長の差|λ1−λ2|から上記関係を利用して回動所要時間を求め、さらに回動された回折格子の振動が収まってその位置が十分に確定するまでの待ち時間を加えることで回折格子が切り替え後の波長に対応した位置に設定されるまでの切替所要時間を求める。そして、1つの波長に割り当てられた時間(上記一定時間間隔で決まる時間)から上記切替所要時間を差し引くことで、分光器から取り出される測定光の波長が確定した時点から次に波長を切り替えるために回折格子の回動を開始する時点までの期間を、A/D変換処理動作に割り当て可能なA/D変換時間として求める。
【0017】
実際の測定に際しては、上記のように求めたA/D変換時間に従って、測光値データ取得手段のA/D変換処理動作を制御する。これにより、波長切り替え前後の波長差が小さく回折格子の回動角が小さくて済む場合には、A/D変換時間が相対的に長くなり、A/D変換処理動作により得られる測光値のノイズレベルを低減することができる。
【0018】
第2発明に係る分光光度計は2つの分光器、即ち、励起光側分光器と蛍光側分光器を備えており、波長組み合わせが切り替えられるときに、少なくともいずれか一方の分光器で回折格子が回動される。励起光照射に対応して試料から発せられる蛍光を検出する蛍光検出器によるアナログ検出信号を処理する蛍光測定値データ取得手段は、励起光波長、蛍光波長の両方が確定した状態でないとA/D変換処理動作を実行することができない。これに対し、励起光を検出する励起光検出器によるアナログ検出信号を処理する励起光測定値データ取得手段は、励起光波長さえ確定した状態であればA/D変換処理動作を実行することができる。
【0019】
そこで制御手段は、波長組み合わせ切り替え前後における励起光波長差、蛍光波長差をそれぞれ求め、励起光波長差に基づいて第1A/D変換時間を算出し、励起光波長差と蛍光波長差のうちの回折格子の回動所要時間が長くなるほうの波長差に基づいて第2A/D変換時間を算出する。波長差に基づいてA/D変換時間を求める手法は第1発明と同様である。これにより、励起光波長切り替え前後の波長差が小さく第1回折格子の回動角が小さくて済む場合には、第1A/D変換時間が相対的に長くなり、A/D変換処理動作により得られる励起光の測光値のノイズレベルを低減することができる。また、波長組み合わせ切り替え前後の励起光波長差と蛍光波長差とがともに小さく第1及び第2回折格子の回動角が小さくて済む場合には、第2A/D変換時間が相対的に長くなり、A/D変換処理動作により得られる蛍光の測光値のノイズレベルを低減することができる。
【発明の効果】
【0020】
第1及び第2発明に係る分光光度計によれば、波長切り替え前後や波長組み合わせ切り替え前後の波長が近く回折格子の回動角が小さくて済む場合には、回折格子を回動させるのに要する時間が短縮されるに相当する分だけ検出信号をA/D変換処理する時間が延ばされる。これにより、A/D変換処理により得られる測光値のノイズレベルが下がりSN比が向上するため、検出感度を上げることができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本発明の一実施例である蛍光分光光度計の要部の構成図。
【図2】本実施例の蛍光分光光度計において多波長同時検出を行う場合のタイミング図。
【図3】本実施例の蛍光分光光度計において励起光側及び蛍光側のA/D変換時間を算出する処理の手順を示すフローチャート。
【図4】4波長同時検出時の波長設定例とそれに対応するA/D変換時間の算出例とを示す図。
【図5】4波長同時検出時の波長設定例とそれに対応するA/D変換時間の別の算出例とを示す図。
【図6】図4に記載のモータ駆動時間及びA/D変換時間に従った1周期内のタイミング図。
【図7】チャンネル並べ替えの一例を示す図。
【図8】重み付け2波長同時検出時における内部での波長設定例とそれに対応するA/D変換時間の算出例とを示す図。
【図9】図8に記載のモータ駆動時間及びA/D変換時間に従った1周期内のタイミング図。
【図10】本発明の他の実施例である分光光度計の要部の構成図。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明に係る分光光度計の一実施例である蛍光分光光度計について、添付図面を参照して説明する。
【0023】
図1は本実施例の蛍光分光光度計の要部の構成図である。この蛍光分光光度計は、光学系として、光源10、励起光側分光器11、蛍光側分光器12、ビームスプリッタ(ハーフミラー)13、励起光検出器14、蛍光検出器15、を備える。励起光側分光器11及び蛍光側分光器12はいずれも、波長分散素子としての回折格子111、121と、回折格子111、121を回動させるモータ112、122とを含む。ここでは記載していないが、モータ112、122の回転駆動力を減速させる減速機構など、適宜の駆動機構を介して回転駆動力を回折格子111、121に伝達するようにしてもよい。
【0024】
モータ112、122は例えばステッピングモータであり、それぞれモータ駆動制御部19から与えられるパルス信号に応じて所定角度だけ回動し、それによって回折格子111、121の向きを変える。もちろん、モータ112、122としてステッピングモータ以外のモータを用いることもできる。また、一般に、励起光検出器14としてはフォトダイオードが用いられ、蛍光検出器15としてはより高感度である光電子増倍管が用いられる。
【0025】
重水素ランプ等の光源10から出射された光は励起光側分光器11に導入され、特定の波長を有する単色光が励起光として励起光側分光器11から取り出される。この励起光は測定対象試料溶液が収容された又は流通する試料セルSに照射される。励起光側分光器11と試料セルSとの間の光路上に配置されたビームスプリッタ13により励起光の一部が分岐され、励起光検出器14はその分岐された励起光を検出し、その光強度に応じたアナログ検出信号を出力する。一方、励起光の照射によって試料セルS中の試料溶液から放出された蛍光は蛍光側分光器12に導入され、特定の波長を有する蛍光が蛍光側分光器12から取り出されて蛍光検出器15に導入される。蛍光検出器15はその特定波長の蛍光を検出し、その光強度に応じたアナログ検出信号を出力する。励起光検出器14によるアナログ検出信号と蛍光検出器15によるアナログ検出信号とはそれぞれ、A/D変換器16、17でデジタル値に変換されてデータ処理部18に入力される。
【0026】
データ処理部18は励起光の強度情報とその励起光に対応した蛍光の強度情報とを用いて、励起光の強度変動の影響を除去した蛍光強度を算出する。制御部20は分析を遂行するためにモータ駆動制御部19、A/D変換器16、17、データ処理部18等の動作を制御するものであり、特徴的な機能ブロックとして、測定波長記憶部201、モータ駆動時間やA/D変換時間などを算出するタイミング決定部202、制御パラメータ記憶部203などを備える。データ処理部18及び制御部20の機能の少なくとも一部は、パーソナルコンピュータにインストールされた制御/処理用ソフトウエアを動作させることで実現することができる。
【0027】
なお、この実施例の蛍光分光光度計では、データ処理部18はデータ積算部181を含み、A/D変換器16、17から入力されるA/D変換後のデータを積算処理(又は平均化処理)して1つの測光値データを取得するようにしている。A/D変換器16、17は常に一定の変換時間でもって入力されたアナログ信号をデジタル値に変換するが、データ積算部181においてそのデジタル値を積算する回数を変更することにより、実質的にA/D変換時間を変更するようにしている。したがって、ここでは、A/D変換時間を変更することはデータ積算部181でのデータ積算回数を変更することと同義である。
【0028】
本実施例の蛍光分光光度計では4波長同時検出が可能である。即ち、任意の励起光波長λEXと任意の蛍光波長λEMとを1組とするチャンネルを4つ有している。4波長同時検出時のタイミング図を図2に示す。ch1〜ch4の各チャンネルに割り当てられた時間(波長切替時間)はそれぞれ250msであり、この4チャンネルの測定が1秒間の間に順次実行される。この1秒を1周期として、これを繰り返すことで4波長同時検出が連続的に実行される。1チャンネル分の波長切替時間中には、まず、その直前のチャンネルの波長から波長切り替えを行うために回折格子111、121の向きを変えるべくモータ112、122を駆動し、その後、モータ112、122が停止するとともに回折格子111、121の回動やそれに伴う振動が完全に停止するまで待って、測光値データを得るためのA/D変換やデータ積算処理を実行する必要がある。
【0029】
図2に示すように、それぞれの動作や処理の時間を、モータ駆動時間、モータ停止待ち時間、A/D変換時間と呼ぶこととする。従来の分光光度計では、切り替え前後の波長に拘わらず最長のモータ駆動時間を想定しており、モータ駆動時間を150msとし、A/D変換時間を50msとしていた。これに対し、この実施例の蛍光分光光度計では、モータ停止待ち時間は50msで固定である(但し、波長切り替えがある場合)ものの、モータ駆動時間及びA/D変換時間は固定とはせず、切り替え前後の波長に応じて変更するようにしている。各チャンネルの励起光波長及び蛍光波長は分析開始前に予め入力設定され、各チャンネルの励起光波長及び蛍光波長が確定した時点で各チャンネルにおけるモータ駆動時間及びA/D変換時間を決定することができる。励起光側及び蛍光側のA/D変換時間を算出する処理について、図3のフローチャートに従って説明する。
【0030】
オペレータが入力部21から4つのチャンネル(ch1〜ch4)の励起光波長λEXと蛍光波長λEMとを入力設定すると、その波長情報は制御部20の測定波長記憶部201に保存される。制御部20において動作タイミング決定処理が開始されると、タイミング決定部202は、チャンネル番号を示す変数Xに1をセットする(ステップS1)。次にXが4以下であるか否かを判定し、4以下であればステップS3に進む。他方、変数Xが4を超えていれば、この処理を終了する。
【0031】
ステップS3において、タイミング決定部202は測定波長記憶部201から直前のチャンネル(現チャンネルがch1の場合にはch4)と現チャンネルの励起光波長を取得し、直前のチャンネルからの励起光波長λEXの変化が0であるか否かを判定する。そして、励起光波長λEXの変化が0である場合には、励起光側分光器11のモータ112の駆動時間Y1を−50[ms]に設定する(ステップS5)。一方、励起光波長λEXの変化が0でない場合、即ち、励起光側分光器11の回折格子111を回動させる必要がある場合には、励起光波長λEXの波長差に基づいて、直前のチャンネルにおける回折格子111の位置から現チャンネルにおける波長に対応した位置まで回折格子111を回動させるために必要なモータ駆動パルス数を算出する。さらに、そのモータ駆動パルス数からモータ112の駆動時間Y1[ms]を計算する(ステップS4)。したがって、励起光波長λEX切り替え前後の波長の差が大きければ駆動時間Y1は大きな値をとる。但し、最大でもY1=150[ms]である。そのあと、励起光側のA/D変換器16におけるA/D変換時間Z1[ms]を、次の式により算出する(ステップS6)。
Z1=250−(50+Y1)
【0032】
次いで、タイミング決定部202は測定波長記憶部201から直前のチャンネルと現チャンネルの蛍光波長を取得し、直前のチャンネルからの蛍光波長λEMの変化が0であるか否かを判定する(ステップS7)。そして、蛍光波長λEMの変化が0である場合には、蛍光側分光器12のモータ122の駆動時間Y2を−50[ms]に設定する(ステップS9)。一方、蛍光波長λEMの変化が0でない場合、即ち、蛍光側分光器12の回折格子121を回動させる必要がある場合には、蛍光波長λEMの波長差に基づいて、直前のチャンネルにおける回折格子121の位置から現チャンネルにおける波長に対応した位置まで回折格子121を回動させるために必要なモータ駆動パルス数を算出する。さらに、そのモータ駆動パルス数からモータ122の駆動時間Y2[ms]を計算する(ステップS8)。したがって、蛍光波長λEM切り替え前後の波長の差が大きければY2は大きな値をとる。但し、最大でもY2=150[ms]である。そのあと、蛍光側のA/D変換器17におけるA/D変換時間Z2[ms]を、次の式により算出する(ステップS10)。
Z2=250−(50+Y2)
【0033】
但し、励起光検出器14の検出信号は蛍光側分光器12の状態の影響を全く受けないのに対し、蛍光検出器15の検出信号は励起光側分光器11から取り出される励起光の波長が現チャンネルの励起光波長に設定されている必要がある。つまり、励起光側分光器11の回折格子111、及び蛍光側分光器12の回折格子121の両方がそれぞれ設定された波長に対応する位置に来ないと、蛍光検出器15の検出信号をA/D変換することはできない。そこで、上記各式で算出されたZ1、Z2がZ1<Z2の関係であるか否かを判定し(ステップS11)、Z1<Z2である場合にはZ2←Z1としてZ2をZ1に揃える(ステップS12)。そして、チャンネル番号を示すXをインクリメントして(ステップS13)ステップS2へと戻り、上記処理を繰り返す。
【0034】
以上の処理により、4波長同時検出を行う際の、各チャンネルにおける励起光側、蛍光側それぞれのA/D変換時間Z1、Z2が求まる。制御部20はこのように決められたモータ駆動パルス数やA/D変換時間を制御パラメータ記憶部203に記憶しておき、分析が開始されると記憶しておいた制御パラメータを用いて、モータ駆動制御部19、A/D変換器16、17、データ処理部18(データ積算部181)の動作を制御する。
【0035】
一例を挙げて具体的に説明する。いま、図4(a)に示すように、ch1〜ch4の各チャンネルの励起光波長λEX及び蛍光波長λEMが、(λEX[nm],λEM[nm])=(300,350)、(400,450)、(400,550)、(500,550)と設定されたものとする。また、励起光側分光器11、蛍光側分光器12ともに取り出し得る光の波長範囲は200[nm]〜900[nm]であり、200[nm]→900[nm]に波長が変化するときにモータ112、122の駆動時間は最長の150[ms]であるものとする。
【0036】
例えばch1→ch2の切り替わりの際に、励起光波長λEXは300[nm]→400[nm]、蛍光波長λEMは350[nm]→450[nmn]に変化するから、いずれも波長切り替え前後の波長差は100[nm]である。このときのモータ112、122の駆動時間Y1、Y2は20[ms]であるから、ch2における励起光側分光器11のモータ駆動時間とモータ停止時間との合計時間は図4(b)に示すように20+50=70[ms]となる。ch2における蛍光側分光器12のモータ駆動時間とモータ停止時間との合計時間も図4(c)に示すように20+50=70[ms]となる。これより、励起光側及び蛍光側のA/D変換時間Z1、Z2はいずれも180[ms]となる。
【0037】
ch2→ch3の切り替わりの際には、蛍光波長λEMは450[nm]→550[nm]に変化するが、励起光波長λEXは変化しない。したがって、図3においてステップS2からS5へと進み、励起光側のA/D変換時間Z1は250[ms]となる。
ch3→ch4の切り替わりの際には、励起光波長λEXは400[nm]→500[nm]に変化するが、蛍光波長λEMは変化しない。したがって、図3においてステップS7からS9へと進み、蛍光側のA/D変換時間Z2は250[ms]となるが、励起光側のA/D変換時間Z1は180[ms]であるから、ステップS12においてZ2も180[ms]になる。
【0038】
図6は、図4のように決められたモータ駆動時間及びA/D変換時間に従った1周期内のタイミング図である。各チャンネルにおいて波長切替時間250[ms]のうちのかなりの割合の時間がA/D変換時間に割り当てられていることが分かる。従来の蛍光分光光度計ではA/D変換時間は50[ms]固定であるから、それに比べてA/D変換時間が大幅に長くなる。本実施例の蛍光分光光度計において、例えばch1では、励起光側、蛍光側ともにA/D変換時間が160[ms]ずつ割り当てられる。このため、従来の蛍光分光光度計と比較して、√(50[ms]/160[ms])≒0.56、のノイズ低減が期待できる。また、ch2、ch4では、励起光側、蛍光側ともにA/D変換時間が180[ms]ずつ割り当てられるから、従来の蛍光分光光度計と比較して、√(50[ms]/180[ms])≒0.53、のノイズ低減が期待できる。また、ch3では励起光側と蛍光側とでA/D変換時間が異なるが、少なくとも√(50[ms]/180[ms])≒0.53、のノイズ低減が期待できる。
【0039】
なお、上記実施例では、波長切り替え前後の波長差に拘わらず、その波長差に応じてモータ駆動時間が短くなる分だけA/D変換時間を長くするようにしていたが、波長切り替え前後の波長差が0である場合にのみ、モータ駆動時間(150[ms])及びモータ停止待ち時間(50[ms])をA/D変換時間に割り当てるようにしてもよい。図4の例と同じ図5(a)に示した波長設定に対し、このような処理を行った場合のA/D変換時間を図5(b)、(c)に示す。この場合には、励起光波長λEXが変化しないch3のみ、励起光側のA/D変換時間が250[ms]に延びる。
【0040】
上記説明では、4波長同時検出において4チャンネルの測定の順序はオペレータが入力設定した通りの順序である。即ち、オペレータが入力部21から各チャンネル毎に励起光波長と蛍光波長とを入力設定し、実際の測定はチャンネル番号順に行われる。一般に多波長同時検出では、ユーザ(オペレータ)にとって励起光波長と蛍光波長との組み合わせのみが重要であり、1周期内における測定の順序は重要でないことが多い。そこで、図3に示したフローチャートに従った処理を実行する前に、モータ駆動時間ができるだけ短くなるようにチャンネルの順番を並べ替える処理を加えることにより、A/D変換時間を一層長くしてノイズ低減を図ることが可能となる。
【0041】
例えば図7(a)に示すように各チャンネルch1〜ch4の波長が設定された場合、波長切り替え前後の波長差が0となるチャンネルは存在しない。これに対し、この4つのチャンネルをモータ駆動時間をできるだけ短縮するという観点から並べ替えると、図7(b)に示すようになる。これは図4(a)に示した波長設定と同じであり、図7(b)中のch2、ch4、ch1、ch3をc1〜ch4と読み替えて上述したA/D変換時間の決定処理を実行することによって、A/D変換時間を長くすることができる。なお、上述したようなチャンネルの並べ替え処理は、本願出願人が特願2009−114384号で提案しているような手段を用いて行うことができる。
【0042】
次に、上記実施例の蛍光分光光度計を用いて2波長同時検出を行う場合の特徴的な処理・制御動作について図8及び図9を参照して説明する。
例えばオペレータが入力部21から、励起光波長λEX及び蛍光波長λEMが、(λEX[nm],λEM[nm])=(300,350)、(400,450)である2つのチャンネルch1’、ch2’の波長設定を行い、且つ、ch1’の測定の重要度を高くするような指定を行ったものとする。このような設定が行われると、制御部20では、4つチャンネルch1〜ch4のうちの3つのチャンネルch1〜ch3にch1’の波長(λEX[nm],λEM[nm])=(300,350)を設定し、他の1つのチャンネルch4にch2’の波長(λEX[nm],λEM[nm])=(400,450)を設定する。図8(a)はこのときの内部的な4チャンネルch1〜ch4の波長設定を示す図であり、これが測定波長記憶部201に記憶される。
【0043】
見かけ上は2波長同時検出であるが、制御部20では内部的に4波長同時検出時と同様の処理・制御を行う。即ち、タイミング決定部202は測定波長記憶部201に記憶された4チャンネルch1〜ch4の波長設定に対し、図3に示したフローチャートに従ってA/D変換時間を決定する。その結果、各チャンネルch1〜ch4のA/D変換時間は図8(b)、(c)に示すようになる。ch1〜ch3の波長設定は同一であるから、当然のことながら、ch2、ch3では励起光側、蛍光側ともに回折格子111、121は回動されないので、波長切替時間の全てがA/D変換時間に割り当てられる。
【0044】
図9は、図8のように決められたモータ駆動時間及びA/D変換時間に従った1周期内のタイミング図である。励起光側、蛍光側ともに、ch1’の波長に対する測定では180+250+250=680[ms]のA/D変換時間が割り当てられる。一方、ch2’の波長に対する測定では180[ms]のA/D変換時間が割り当てられる。したがって、ch1’の測定はch2’の測定と比較して、√(180[ms]/680[ms])≒0.51のノイズ低減が期待できる。
【0045】
同様にして、3波長同時検出においてそのうちの1つの波長組み合わせに対する測定を他の2つの波長組み合わせに対する測定よりも、ノイズを低減した状態で行うことができる。このようにして、2波長同時検出或いは3波長同時検出において特定の波長における測定を低ノイズで行うことができる。
【0046】
上記実施例は本発明に係る分光光度計を蛍光分光光度計に適用したものであるが、試料の吸光度や透過率を測定する通常の分光光度計にも本発明を適用できることは明らかである。図10は本発明の他の実施例による分光光度計の要部の構成図である。
【0047】
この分光光度計では、唯一の分光器11で取り出した特定波長の測定光を試料セルSに照射し、試料Sセル中の試料溶液を通過した光を検出器14により検出している。この光学系はシングルビーム方式のものであるが、光学系をダブルビーム方式のものに変更することも可能である。この構成においては、波長切り替えの際にはモータ112により回折格子111が回動されるから、上記実施例と同様に制御部20は、波長切り替え前後の波長差に応じてモータ駆動パルスを算出して、そのパルス数に基づきモータ駆動時間を求め、さらにA/D変換時間を算出することができる。これにより、波長切り替え前後の波長差が小さい場合に、データ積算部181での積算回数を増やして測光値のノイズレベルを低減させることができる。
【0048】
また、本願発明は蛍光分光光度計や紫外可視分光光度計のほか、フーリエ変換赤外分光光度計、ラマン分光光度計、原子吸光分光光度計等にも適用可能である。
【符号の説明】
【0049】
10…光源
11…励起光側分光器
111、121…回折格子
112、122…モータ
12…蛍光側分光器
13…ビームスプリッタ
14…励起光検出器
15…蛍光検出器
16、17…A/D変換器
18…データ処理部
181…データ積算部
19…モータ駆動制御部
20…制御部
201…測定波長記憶部
202…タイミング決定部
203…制御パラメータ記憶部
21…入力部
S…試料セル

【特許請求の範囲】
【請求項1】
波長分散素子と該波長分散素子を回動させる回動手段とを含み、特定の波長を有する単色光を測定光として取り出す分光器を具備し、複数の波長の測定光を一定時間間隔で順次前記分光器から取り出すように前記回動手段を制御しつつ各波長の測定光に対応した検出信号を検出器で取得する分光光度計において、
a)1つの波長の測定光に対応したアナログ検出信号に対し、指定されたA/D変換時間に亘るA/D変換処理動作を実行して測光値データを取得する測光値データ取得手段と、
b)波長切り替え前後の波長の差に応じた前記回動手段の駆動時間に基づいて、その波長切り替え直後における前記A/D変換時間を決定して、前記測光値データ取得手段のA/D変換処理動作を制御する制御手段と、
を備えることを特徴とする分光光度計。
【請求項2】
請求項1記載の分光光度計であって、
前記測光値データ取得手段は、アナログ検出信号を一定時間間隔でA/D変換するA/D変換器と、該A/D変換により得られたデータを積算して測光値データを得るデータ積算手段と、を含み、A/D変換時間に応じて前記データ積算手段による積算回数を変更することを特徴とする分光光度計。
【請求項3】
第1波長分散素子と該第1波長分散素子を回動させる第1回動手段とを含み、特定の波長を有する単色光を励起光として取り出す励起光側分光器と、第2波長分散素子と該第2波長分散素子を回動させる第2回動手段とを含み、特定の波長を有する単色光を測定対象の蛍光として取り出す蛍光側分光器と、を具備し、励起光波長と蛍光波長との複数の波長組み合わせを一定時間間隔で順次設定するように前記第1及び第2回動手段をそれぞれ制御しつつ、各波長組み合わせにおける励起光に対応した検出信号を励起光検出器で取得するとともに、蛍光に対応した検出信号を蛍光検出器で取得する分光光度計において、
a)1つの波長組み合わせにおける励起光波長の励起光に対応したアナログ検出信号に対し、指定された第1A/D変換時間に亘るA/D変換処理動作を実行して励起光測光値データを取得する励起光測光値データ取得手段と、
b)1つの波長組み合わせにおける蛍光波長の蛍光に対応したアナログ検出信号に対し、指定された第2A/D変換時間に亘るA/D変換処理動作を実行して蛍光測光値データを取得する蛍光測光値データ取得手段と、
c)波長組み合わせ切り替え前後の励起光波長の差及び/又は蛍光波長の差に対応した前記第1及び第2回動手段の駆動時間に基づいて、その波長組み合わせ切り替え直後における前記第1及び第2A/D変換時間を決定して、前記励起光測光値データ取得手段のA/D変換処理動作及び前記蛍光測光値データ取得手段のA/D変換処理動作をそれぞれ制御する制御手段と、
を備えることを特徴とする分光光度計。
【請求項4】
請求項3記載の分光光度計であって、
前記励起光測光値データ取得手段及び前記蛍光測光値データ取得手段はそれぞれ、アナログ検出信号を一定時間間隔でA/D変換するA/D変換器と、該A/D変換により得られたデータを積算して測光値データを得るデータ積算手段と、を含み、第1及び第2A/D変換時間に応じて前記データ積算手段による積算回数を変更することを特徴とする分光光度計。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2012−18011(P2012−18011A)
【公開日】平成24年1月26日(2012.1.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−154199(P2010−154199)
【出願日】平成22年7月6日(2010.7.6)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】