説明

制振装置及び制振方法

【課題】軌道からの加振に起因し特定の周波数成分が突出して多く含まれる振動を効果的に抑制可能な制振装置等を提供する。
【解決手段】鉄道車両1の車体10の振動を抑制する制振力を発生するとともに制振力を逐次変更可能な制振力発生手段121〜124と、車体の加速度を検出する加速度検出手段131〜134と、加速度に応じて前記制振力発生手段の制振力を逐次変化させる制振力制御手段110と、鉄道車両の走行速度を検出する車速検出手段とを備える制振装置100を、制振力制御手段は、所定の特定周波数帯域の振動に対して他の周波数帯域よりも高い制振効果が得られるよう設定された制御パラメータを有し、走行速度の増加に応じて特定周波数帯域を高周波数側に推移させる構成とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鉄道車両に設けられ車体加速度に応じて可変減衰ダンパやアクチュエータ等の制振手段を制御する制振装置及び制振方法に関し、特に軌道からの加振に起因し特定の周波数成分が突出して多く含まれる振動を効果的に抑制可能なものに関する。
【背景技術】
【0002】
鉄道車両において、車体の上下、左右方向の振動を抑制して乗客が体感する乗り心地を向上する目的で、車体の加速度を検出し、得られた加速度に応じて可変減衰ダンパやアクチュエータ等の制振手段が発生する制振力を逐次変化させる制振制御を行うことが知られている。
例えば、特許文献1には、車体の剛体運動及び一次曲げ振動(弾性振動)の双方を低減することを目的として、検出された振動を車体の上下並進モード、ピッチングモード、ローリングモード及び一次曲げモード等の各振動モードに分解し、各モードに対応した可変減衰ダンパの設定値を算出することが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特許第4700862号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
鉄道車両が走行する軌道は、列車の走行安全性や乗り心地を確保するために、一定の整備基準に従って保守が行なわれている。この整備基準は、路線の輸送量や列車速度等によって定められる。
例えば、新幹線や在来線の幹線などは、軌道整備基準が高く設定されるため軌道不整が比較的小さい。このような線区では、上下方向の乗り心地を向上するためには、車体の弾性振動の低減を必要とする場合が多い。
【0005】
一方、在来線の輸送量が小さい路線(いわゆるローカル線)では、軌道の整備基準が低く設定されている。このような線区を走行する車両では、車体の剛体モード(上下並進、ピッチング)の振動が大きくなる傾向があり、この振動が乗り心地に大きな影響を与えることがある。
このような車体の剛体振動を低減するため、例えば2次ばね系(台車−車体間の枕ばね)に可変減衰上下動ダンパ等の制御要素を取り入れることが提案されている。
【0006】
しかし、これまでに行なわれてきた振動制御では、主に車体及び車体支持装置で構成される系の固有振動の軽減に力点が置かれていた。これは、振動制御が必要とされるような車両は、一般には新幹線などのような優等列車である可能性が高く、そのような車両は比較的軌道整備基準が高く設定されている線区を走行するため、軌道側からの加振成分に著しい偏り(ある周波数成分が突出して多く含まれるなど)がないと考えることが妥当であったためと考えられる。
【0007】
しかし、ローカル線の多くは、レール継ぎ目部通過に伴う軌道側からの加振成分が極めて大きい。
レールの継ぎ目はほぼ一定の間隔(例えば25mおき)で存在し、車両が高速で走行するほど継ぎ目通過に起因する加振の周波数は高くなる。そして、この加振周波数が上下支持系の固有振動数(一般に1.5Hz前後)から離れるほど、「車両の固有振動の低減」を主な目標とした制御則では、振動低減効果が得られにくくなる。
本発明は上述した問題に鑑みなされたものであって、軌道からの加振に起因し特定の周波数成分が突出して多く含まれる振動を効果的に抑制可能な制振装置及び制振方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上述した課題を解決するため、本発明の制振装置は、鉄道車両の車体の振動を抑制する制振力を発生するとともに前記制振力を逐次変更可能な制振力発生手段と、前記車体の加速度を検出する加速度検出手段と、前記加速度に応じて前記制振力発生手段の前記制振力を逐次変化させる制振力制御手段と、前記鉄道車両の走行速度を検出する車速検出手段とを備える制振装置であって、前記制振力制御手段は、所定の特定周波数帯域の振動に対して他の周波数帯域の振動よりも高い制振効果が得られるよう設定された制御パラメータを有し、前記走行速度の増加に応じて前記特定周波数帯域を高周波数側に推移させることを特徴とする。
これによれば、特定周波数帯域がレールの継ぎ目等に起因する軌道側からの周期的な強制加振の周波数を含むように設定することによって、このような加振に起因する車体上下振動を効果的に低減することができる。
また、特定周波数帯域を走行速度の増加に応じて高周波数側に推移させることによって、走行速度に関わらず良好な制振制御を行うことができる。
【0009】
本発明において、前記特定周波数帯域は、軌道から車輪に入力される周期的な強制加振の加振周波数を主体とするよう設定することができる。
この場合において、前記強制加振は、車輪のレール継ぎ目通過に起因するものとすることができる。
【0010】
また、本発明において、前記制振力制御手段は、相互に前記特定周波数帯域が異なる複数の制御パラメータを有し、前記走行速度に応じて前記複数の制御パラメータを切替える構成とすることができる。
これによれば、各速度域に応じて最適化した制御パラメータを予め準備することによって、より適切な制振制御を行うことができる。
【0011】
この場合において、前記複数の制御パラメータは、前記走行速度に応じて連続的に変化する構成とすることができる。
また、前記複数の制御パラメータは、前記走行速度が所定のパラメータ変更速度に達した際に離散的に変化する構成とすることができる。
後者の場合には、前記パラメータ変更速度は、低速側の制御パラメータから高速側の制御パラメータに変更する加速側パラメータ変更速度と、高速側の制御パラメータから低速側の制御パラメータに変更する減速側パラメータ変更速度とを有し、前記加速側パラメータ変更速度と前記減速側パラメータ変更速度とを異ならせた構成とすることができる。
【0012】
本発明において、前記制振力制御手段は、少なくとも一部の走行速度領域において、制御則としてH制御を用いる構成とすることができる。
これによれば、周波数領域での入出力特性の整形が行ないやすいため特定の周波数帯域の振動を重点的に抑制するコントローラの設計が容易である。また、例えば軌道からの加振条件を考慮しないスカイフック制御等の制御則に対して、高い振動低減効果を得ることができる。
また、本発明において、前記制振力制御手段は、少なくとも一部の走行速度領域において、制御則として周波数重みつきLQG制御を用いる構成としてもよい。
【0013】
本発明の制振方法は、鉄道車両の車体の振動を抑制する制振力を発生する制振力発生手段の前記制振力を、前記車体の加速度に応じて逐次変化させる制振方法であって、前記制振力の制御は、所定の特定周波数帯域の振動に対して他の周波数帯域の振動よりも高い制振効果が得られるよう設定された制御パラメータを用いるとともに、前記鉄道車両の走行速度の増加に応じて前記特定周波数帯域を高周波数側に推移させることを特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
以上のように、本発明によれば、軌道からの加振に起因し特定の周波数成分が突出して多く含まれる振動を効果的に抑制可能な制振装置及び制振方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明を適用した制振装置の実施形態を有する鉄道車両の構成を示す模式図である。
【図2】図1の車両が閑散線区を走行した際の軸箱上下振動加速度のパワースペクトル密度の一例を示す図である。
【図3】図1の車両が閑散線区を走行した際の台車直上の車体上下振動加速度のパワースペクトル密度の一例を示す図である。
【図4】図1の車両のシミュレーションモデルである7自由度モデルを示す図である。
【図5】図4のシミュレーションモデルにおける可変減衰上下動ダンパのモデル及び減衰力特性の一例を示す図である。
【図6】図1の車両のHコントローラを設計するための4自由度モデルを示す図である。
【図7】図1の車両のHコントローラの設計のために用いた一般化プラントを示す図である。
【図8】設計したコントローラにおける軸箱加速度から車体の上下並進加速度までの周波数特性及び重み関数の逆数の周波数特性を示すグラフである。
【図9】設計したコントローラにおける軸箱加速度から車体のピッチング加速度までの周波数特性及び重み関数の逆数の周波数特性を示すグラフである。
【図10】設計したコントローラにおける軸箱加速度からコントローラ出力までの周波数特性を示すグラフである。
【図11】設計したコントローラの周波数特性を示すグラフである。
【図12】図1の車両が線区を84km/h一定で走行した場合の進行後位台車直上での車体上下振動加速度PSDのシミュレーション結果を示すグラフである。
【図13】図12の振動加速度PSDから求めたオクターブバンドごとの感覚補正加速度パワーを示すグラフである。
【図14】制御則の違いによる可変減衰上下動ダンパへの指令値及び発生力のシミュレーション結果を示すグラフである。
【図15】図1の車両が線区を84km/h一定で走行した場合の車体中央の上下振動加速度PSDのシミュレーション結果を示すグラフである。
【図16】実施形態の制振装置における低次元化前後のコントローラによる台車直上の車体上下振動加速度PSDのシミュレーション結果を示すグラフである。
【図17】実施形態の制振装置における速度切替制御の設定例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、図面を参照しつつ、本発明の実施形態に係る制振装置及び制振方法について説明する。
実施形態の制振装置は、車体の前後下部に2軸のボギー台車を有する旅客用の鉄道車両に設けられ、台車枠と車体との間の2次ばね系に設けられる可変減衰上下動ダンパを制御するものである。ここで、鉄道車両は、例えば、気動車である。
図1は、実施形態の制振装置を含む鉄道車両の構成を示す模式図であって、図1(a)は車両上方から見た平面図であり、図1(b)は枕木方向から見た側面図である。
【0017】
車両1は、車体10、1位台車20、2位台車30、制振装置100等を備えて構成されている。
車体10は、乗客などが収容される部分であって、床板が載せられる台枠の上部に側構、妻構、屋根構等を設けて、ほぼ六面体状に形成されている。
1位台車20、2位台車30は、車体10の下部に、車体10に対して鉛直軸回りに回動可能かつ上下方向に相対変位可能に取り付けられている。
1位台車20、2位台車30は、台車枠21,31、輪軸22,32、軸箱23,33、軸箱支持装置24,34、枕ばね装置25,35等を備えて構成されている。
【0018】
台車枠21,31は、台車20,30の構造部材であって、軸箱支持装置24,34及び軸箱23,33を介して輪軸22,32が取り付けられるとともに、枕ばね装置25,35を介して車体10の下部に取り付けられるものである。
輪軸22,32は、左右車輪を車軸に組み込んで構成された部材である。
軸箱23,33は、輪軸22,32の両端部に設けられたジャーナル部を回転可能に支持するものであって、軸受、潤滑装置等を備えている。
軸箱支持装置24,34は、軸箱23,33を台車枠21,31に対して相対変位可能に支持するものである。軸箱支持装置24,34は、1次ばね系である軸ばね及び軸箱の上下変位を許容しつつ、軸箱を前後・左右方向に支持するためのベデスタル等を備えている。
枕ばね装置25,35は、台車枠21、31と車体10との間に設けられる2次ばねである枕ばね等を備えている。枕ばねは、車体10と台車枠21、31との上下方向の相対変位に応じたばね反力を発生する。
この枕ばねには、後述する制振装置100の可変減衰上下動ダンパ121〜124が並列に設けられる。
【0019】
制振装置100は、制御装置110、可変減衰上下動ダンパ121,122,123,124、加速度センサ131,132,133,134等を有して構成されている。
制御装置110は、制振装置100を統括的に制御するものであって、CPU等の情報処理手段、RAMやROM等の記憶手段、入出力インターフェイス等を備えて構成されている。
制御装置110は、加速度センサ131〜134が検出した車体加速度に基いて、可変減衰上下動ダンパ121〜124に制御値を出力し、減衰力特性を逐次変更させる。
この制御に用いられるコントローラについては、後に詳しく説明する。
また、制御装置110は、複数のコントローラ(パラメータ)を有し、これらを車両の走行速度に応じて切り替える機能を備えている。この点についても後に詳しく説明する。
【0020】
可変減衰上下動ダンパ121〜124は、枕ばね装置25、35の枕ばねと並列に設けられ、台車枠21,31と車体10との上下方向相対速度に応じた減衰力を発生するものである。
可変減衰上下動ダンパ121〜124は、例えば、ストロークに応じて作動油が通過するオリフィスに、比例ソレノイドリリーフ弁を有するバイパス流路を設けて構成され、制御装置110からの指令に応じて比例ソレノイドリリーフ弁を駆動することによって、減衰特性を逐次変更することが可能となっている。
この点については、後に詳しく説明する。
【0021】
可変減衰上下動ダンパ121、122は、1位台車20の台車枠21の左右両側部にそれぞれ設けられている。
可変減衰上下動ダンパ123,134は、2位台車30の台車枠31の左右両側部にそれぞれ設けられている。
可変減衰上下動ダンパ121〜124に制御信号を伝達する配線は、コネクタCを介して制御装置110と接続されている。
【0022】
加速度センサ131〜134は、車体10の床部に設けられ、車体10の上下方向加速度を検出するものである。
加速度センサ131,132は、車体10の床部における1位台車20近傍に左右に離間させて配置されている。
加速度センサ133,134は、車体10の床部における2位台車30近傍に左右に離間させて配置されている。
【0023】
図2、図3は、上述した車両が25m長のレールが用いられた閑散線区を走行した際の軸箱上下振動加速度、及び、台車直上の車体上下振動加速度パワースペクトル密度(PSD)の一例を示す図である。
図2は、軸箱上下振動加速度、図3は、車体上下振動加速度をそれぞれ示している。
図2に示すように、速度74km/hで区間Aを走行した場合、及び、速度84km/hで区間Bを走行した場合のいずれの場合でも、軸箱上下振動加速度PSDに鋭いピークが見られることがわかる。
【0024】
例えば、速度84km/hで走行した場合、PSDピークは、約1Hz、1.9Hz、・・・というように、一定間隔ごとに並んでいるが、これは、時速84km/hで25mレールの継ぎ目を通過する周波数のn倍と一致しており、その周波数fRJ(n)[Hz]は、走行速度をv[km/h]、レールの継ぎ目の間隔をlRJ[m](一般には25m)とすると、以下の式1で与えられる。

RJ(n)=n・v/3.6lRJ・・(式1)
【0025】
このような加振を軌道側から受けた場合、図3に示すように、車体の上下振動加速度PSDにもレールの継ぎ目通過に起因するピークが見られる。
特に、1.9Hz付近のピーク(式1のn=2に相当する)は、他の周波数帯域と比較して極めて大きく、例えば図3の例では、人間が最も上下信号を敏感に感じるとされる4〜8Hzの振動成分の約100倍にも達している。
したがって、この車両及び走行条件下では、上下振動乗り心地を向上するためには、レールの継ぎ目通過に起因する振動の低減が非常に重要であることがわかる。
【0026】
以上説明した車両の車体振動は、剛体モードが主体であるが、制御による曲げ振動への影響も確認するため、車両のシミュレーションモデルとして、図4に示す7自由度モデルを用いた。
このモデルは、各台車の上下並進・ピッチング、及び、車体の上下並進・ピッチング・1次曲げ振動を扱うことができる。
変位は、軸箱上下変位zWij以外は全て相対量で記述し、軸ばね上下変位をzTrij、枕ばね上下変位をzBri、1次曲げモード変位をqとする。
ここで、添え字i,jは台車及び輪軸の位置を示し、i=1(1位台車・前台車)、2(2位台車・後台車)、j=1(前側輪軸)、2(後側輪軸)である。また、()は、時間微分を表わすものとする。
【0027】
以下の条件のもとに車両モデルを作成する。
・質量m、ピッチング慣性モーメントJなる車体は、空気ばねによって2カ所で支持されている両端自由の均一な弾性はりとする。特に、1次曲げモードのみを扱うものとし、固有関数をφ(x)とする。
・車体を支持する枕ばね部は、枕ばねと枕ばね上下動ダンパにより構成されるが、力学モデルは、ばねkAij、減衰cAij(摩擦等も含む)、及び可変減衰枕ばね上下動ダンパの1台車分の発生減衰力を表わす仮想的なアクチュエータfdiが、並列に取り付けられているものとする。
・各軸箱は上下にのみ運動し、台車枠は質量mTi、ピッチング慣性モーメントJTiをもつ剛体とする。
【0028】
以上の前提においては、車体及び台車の運動方程式は、以下の式2のような形で表わすことができる。
【数1】

【0029】
ここに、Mは車体及び台車枠の質量などからなる慣性マトリクス、Cは1次及び2次ばね系の粘性減衰及び車体の減衰からなる減衰マトリクス、Kは1次及び2次ばね系の剛性と車体の曲げ剛性からなる剛性マトリクスである。
及びDはそれぞれ外乱及び制御力に関する実定数行列である。
また、zは車両各部の相対変位を成分にもつベクトル、wは各軸箱位置から入力される外乱加速度を成分に持つベクトル、fは仮想的なアクチュエータの発生力fdiを成分に持つベクトルである。
【0030】
観測量yを車体床面3点(前位及び後位台車直上、車体中央)の上下振動加速度zB1、zB2、zBCとすると、式2より以下の状態方程式が得られる。
【数2】

【0031】
減衰力の制御モデルとして、図5に示すようにダンパのピストンとアキュムレータとの間にオリフィスと電磁比例リリーフ弁の並列回路を接続したものを考える。
電磁比例リリーフ弁の応答遅れを時定数Tcdなる1次遅れ、α,βを定数、中間変数をudiとすると、減衰力指令値udri及びダンパピストン速度vdiからダンパ発生力までの関係は、以下のようにモデル化できる。
なお、i(=1,2)は、上下動ダンパの取付位置を示す。
【数3】

【0032】
上述した車両、装置を対象として、レール継ぎ目通過に起因する上下振動を集中的に低減するためのコントローラを、以下の前提条件のもとに設計する。
・車体の上下並進・ピッチング振動のみ制御対象とし、曲げ振動は制御対象としない。
・ある一定速度で走行することを前提として、コントローラを設計する。走行速度の変化に対応させる場合は、それぞれの速度に応じたコントローラを予め設計しておき、走行速度に応じて切り替えれば対応できるためである。
【0033】
走行速度を一定とすれば、レール継ぎ目通過による加振周波数は固定されるため、その周波数を選択的に低減するコントローラを導出することとした。
特に、式1において、n=2の場合の車体振動が非常に大きいため、この振動を低減するよう設計を行う。
制御則には、周波数領域での入出力特性の整形が行ないやすいH制御則を適用した。
【0034】
次に、Hコントローラを設計するための車両モデルの導出を行う。
上述した前提条件を考慮し、車体の上下並進z、ピッチングθ、及び、各台車枠の上下並進成分zTiの振動を考慮できる4自由度モデルを用いる。
図6は、この4自由度モデルを示す図である。
車両への加振外乱は、軸箱に上下方向に加えられ、1,2軸、3,4軸同相成分のみとする。
可変減衰枕ばね上下動ダンパは、制御系設計時には、力指令値uに対して、1次遅れ特性(時定数Tcd)で、力fdiを発生する仮想的なアクチュエータとして扱う。
すると、ダンパの力指令値と発生力の関係は式7で表わされる。
【数4】

【0035】
枕ばね部の上下動ダンパ以外の減衰成分(摩擦によるものも含む)をcAiとする。
その他、座標の取り方と記号の表記は、上述した7自由度モデルと共通である。
前位台車及び後位台車の運動方程式は、式8によって表わされる。
【数5】

【0036】
また、車体の上下並進、ピッチングの運動方程式は、式9、式10によって表わされる。
【数6】

【0037】
【数7】

をすべて相対座標系に直してまとめると、以下の式11が得られる。
【数8】

ただし、M、C、K、W、Dは、実行列である。
【0038】
式11及び式7をまとめると、仮想的なアクチュエータの動特性を含んだ4自由度車両モデルの状態方程式が、以下の式12にように得られる。
【数9】

【0039】
観測量は、式13に示す台車直上の車体上下加速度2点とする。
【数10】

【0040】
図7は、H制御系設計のために用いた一般化プラントを示す図である。
P(s)は、上述したように導出した制御対象モデル(式12、式13)であり、K(s)は、設計するHコントローラである。
設計は、以下の条件のもとで行なった。
・外乱入力wは、軸箱上下加速度
【数11】

とした。
・観測出力yは、台車直上の車体上下加速度
【数12】

とした。
・制御量zは、台車直上の車体上下加速度の上下並進成分
【数13】

ピッチング成分
【数14】

及び、仮想的なアクチュエータの指令値u,uとした。
・H制御問題の可解条件を満たすようにするため、図7に示すように、仮想的な外乱w、wを観測出力に加えた。
【0041】
一般化プラントGは、式12、式13、及び、図7を参照して、以下の形で表わされる。
【数15】

であり、xは重み関数の状態量である。
【0042】
周波数重み関数は、以下の伝達関数で表わされるものを用いた。
【数16】

【0043】
以下、速度85km/hで走行する場合のコントローラ設計例を示す。
車体の上下並進、ピッチング成分加速度に対する重みW(s)、W(s)は、1.9Hz(レールの継ぎ目通過により加振される周波数)でゲインが大きくなるように設定した。
また、入力に対する重みW(s)、W(s)は、車体の弾性振動を励起しないよう、高周波のコントローラのゲインを抑制するため、高い周波数でゲインが大きくなるように設定した。
以上の設定のもとで、一般化プラントGに対し、u=K(s)yのフィードバック制御により、閉ループを内部安定化し、かつ、与えられた整数γに対して、式20を満たすコントローラK(s)を求めた。
【数17】

【0044】
ノミナルプラント(開ループ:制御なし)、及び、設計したコントローラをノミナルプラントに適用した場合(閉ループ:制御あり)の外乱
【数18】

までの周波数特性、及び、設定した重み関数W(s)の逆数の周波数特性を、それぞれ図8、図9に示す。
軸箱加速度
【数19】

から車体の上下並進、ピッチング成分加速度
【数20】

までの周波数特性は、Hコントローラを適用することにより、1.9Hz付近で局所的にゲインが低下していることがわかる。
【0045】
また、外乱
【数21】

からコントローラ出力uまでの周波数特性を図10に示す。
図10に示すように、外乱
【数22】

からコントローラ出力uまでの周波数特性は、重み関数W(s)、W(s)により、高周波のゲインが抑えられていることがわかる。
また、コントローラの周波数特性を図11に示す。
低周波、高周波のいずれにおいても、著大なゲインになる帯域は存在しておらず、現実の制御対象に適用しても問題ないものと考えられる。
【0046】
以上説明したコントローラは、力指令値に対し1次遅れ特性で力が発生する仮定のもとで制御系を設計した(フルアクティブサスペンションに相当する)。
実際は指令力を可変減衰ダンパで発生させるため、力の発生に関する制約条件(式5に相当する)があり、図8乃至図11に示したような振動低減効果が得られるとは限らない。
そこで、下記の条件で、実時間シミュレーションを実施し、設計したコントローラの振動低減効果を確認した。
・制御対象は、上述した車両の7自由度モデル(式3、式4)とし、制御には式5、式6で表わされる可変減衰上下動ダンパを使用する。
・実走行模擬シミュレーションは、気動車の走行試験で得た軸箱上下振動加速度(PSD波形を図2に示す)を、実走行速度に相当する位相差をもつように各軸箱に入力する。
・車両諸元は既存の在来線気動車の走行試験で同定した値を用いる。
・シミュレーションの際の制御周期は5msとし、上述したように設計した連続系のコントローラを離散化して使用する。
【0047】
以下、シミュレーション結果について説明する。
先ず、台車直上での振動低減効果について説明する。
検討対象車両が上述した区間Bを84km/h一定で走行した場合において、特に振動が大きくなる進行後位台車直上の車体上下振動加速度PSD計算結果を図12に示す。
【0048】
制御なしの場合、レールの継ぎ目通過に起因する著大なピークが1.9Hzに見られる。
なお、参考のため、スカイフック制御則を適用した場合の結果をこの図に併記した。
スカイフック制御では2通りのゲインで制御シミュレーションを実施したが、無表記のスカイフック制御に対して、ゲインを2倍したもの(高ゲイン)であっても、1.9Hzの振動の低減効果はあまり変わらないことがわかる。
これに対し、H制御を適用すると、1.9Hzのピークが1/10程度に減少し、スカイフック制御よりも高いピーク値低減効果が得られた。
【0049】
次に、乗り心地向上効果を確認するため、乗り心地レベルLによる評価を行った。
は値が小さいほど乗り心地がよいことを示し、一般に3〜5dB値が異なると乗り心地の違いを体感できるとされている。
また、このL値に対する各周波数帯の振動成分の寄与度を調べるため、L値の計算に用いる乗り心地フィルタを図12の振動加速度PSDに適用して感覚補正を行い、オクターブバンドごとの感覚補正加速度パワーを計算した。
この計算結果を図13に示す。
【0050】
制御を行なわない場合、2Hz帯の成分が突出して大きく、これが乗り心地に対して大きな影響を与えていることがわかる。
制御を行うことにより、2Hz帯の成分が1/4程度に減少し、L値が3〜4dB程度低減されることがわかる。
特にH制御を適用した場合は、2Hz帯の成分の低減効果が高いため、L値を最も小さくできることがわかる。
【0051】
制御則の違いによる可変減衰上下動ダンパへの指令値、及び、発生力の計算結果を図14に示す。
図14(a)は指令値、図14(b)は発生力の時間履歴を示している。
図14(a)に示すように、指令値の最大値はスカイフック制御(高ゲイン)、H制御ともほぼ同等である。
図14(b)に示すダンパの発生力も、最大値はいずれの制御則でもほぼ同等であることから、H制御が、スカイフック制御と比べて特に大きな力を発生させて振動低減効果を向上させているわけではないことがわかる。
【0052】
次に、車体中央部での振動低減効果について説明する。
コントローラ設計の際、図1に示す制御システムが車体の曲げ振動を測定できないことから、車体の剛体振動のみをモデル化して設計を行っている。
車体中央の上下振動加速度PSDを計算した結果を図15に示す。
車体の曲げ振動を考慮せずに制御するため、8Hz付近の曲げ振動を主体とする振動成分がやや増加するものの、H制御により2Hz付近の加速度PSDのピークが1/10程度に減少し、L値低減効果が得られていることがわかる。
【0053】
本発明の手法を実用に供するためには、計算負荷・リソースの消費にも配慮する必要がある。
上述したHコントローラはやや次数が大きいため(20次)、低次元化したコントローラで制振性能が得られるかどうか検討した。
コントローラは安定であるため、低次元化はハンケル特異値の大きさを参考にして行なうこととし、今回は10次とした。
図16は、この10次の低次元化コントローラを適用した場合の台車直上の車体上下振動加速度PSD計算結果を示すグラフである。
図16に示すように、低次元化前と後では、波形は一致しており、約半分の次数に低次元化を行っても振動低減効果に影響がないことを確認できた。
【0054】
本実施形態においては、制御装置110は、制御パラメータが異なる複数のコントローラを予め準備し、これらを車両の走行速度に応じて切り替える速度切替制御を行っている。
このような速度切替制御の例を図17に示す。
図17に示すように、制御装置110は、以下のような4つの制御パラメータを、車両1の走行速度V(ローパスフィルタ通過後の速度補償器出力)に応じて切替える速度切替制御を行っている。
<パラメータ1:V=55km/h以下>
車体の剛体モードのスカイフック制御。
<パラメータ2:V=55〜65km/h>
走行速度60km/hで顕著に発生する車体上下振動を低減する効果の高いH∞制御。
<パラメータ3:V=65〜75km/h>
走行速度70km/hで顕著に発生する車体上下振動を低減する効果の高いH∞制御。
<パラメータ4:V=75〜85km/h>
走行速度80km/hで顕著に発生する車体上下振動を低減する効果の高いH∞制御。
【0055】
ここで、各パラメータの切替えは、速度に応じて離散的に行なってもよいが、このとき、切替えが頻繁に発生するチャタリングが問題となる場合には、低速側のパラメータから高速側のパラメータに移行する速度(閾値)と、高速側のパラメータから低速側のパラメータに移行する速度(閾値)との間に差を設けて、ヒステリシス特性を有するようにするとよい。
【0056】
(他の実施形態)
なお、本発明は上記した実施形態のみに限定されるものではなく、種々の応用や変形が考えられる。
例えば、上述した実施形態は、2次ばね系に設けられるダンパの減衰力を制御するものであったが、本発明はこれに限定されず、例えばアクチュエータを有するアクティブサスペンションのアクチュエータ発生力制御にも適用することができる。
また、1次ばね系のダンパやアクチュエータの制御にも適用することができる。
さらに、実施形態の鉄道車両は気動車であったが、これに限らず、電車、無動力の客車など他種の車両にも適用することが可能である。
また、実施形態では制御パラメータの切替えを離散的に行なっているが、連続的に行なうようにしてもよい。例えば、状態空間表現したパラメータの各行列の成分を、それぞれの成分ごとに線形補間等で補間して指令値を計算してもよい。また、線形補間以外の他の補間手法によって補間してもよい。
また、実施形態では、速度発電機の出力に基づいて車両の走行速度を検出しているが、他の手法によって走行速度を検出してもよい。例えば、GPSなどの測位情報の推移から算出してもよく、また、車体の振動等から推定してもよい。
また、実施形態では、低速域を除いて制御則としてH制御を用いているが、これに限らず、他の制御則を用いてもよい。例えば、公知の周波数重みつきLQG制御(LQG: Linear-Quadratic-Gaussian)を用いてもよい。
また、実施形態では上下方向について説明したが、本発明は左右方向にも適用できる。
この場合、車体の剛体モードの振動として、左右並進、及び、ヨーイング振動が主な対象となり、主に左右系のダンパやアクチュエータを、本発明を適用して制御することによって、これらの左右振動を効果的に低減できる。
また、左右、上下の双方に影響するロール振動に対しても適用できる。
【符号の説明】
【0057】
1 車両 10 車体
20 1位台車 21 台車枠
22 輪軸 23 軸箱
24 軸箱支持装置 25 枕ばね装置
30 2位台車 31 台車枠
32 輪軸 33 軸箱
34 軸箱支持装置 35 枕ばね装置
100 制振装置 110 制御装置
121〜124 可変減衰上下動ダンパ C コネクタ
131〜134 加速度センサ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉄道車両の車体の振動を抑制する制振力を発生するとともに前記制振力を逐次変更可能な制振力発生手段と、
前記車体の加速度を検出する加速度検出手段と、
前記加速度に応じて前記制振力発生手段の前記制振力を逐次変化させる制振力制御手段と、
前記鉄道車両の走行速度を検出する車速検出手段と
を備える制振装置であって、
前記制振力制御手段は、所定の特定周波数帯域の振動に対して他の周波数帯域の振動よりも高い制振効果が得られるよう設定された制御パラメータを有し、前記走行速度の増加に応じて前記特定周波数帯域を高周波数側に推移させること
を特徴とする制振装置。
【請求項2】
前記特定周波数帯域は、軌道から車輪に入力される周期的な強制加振の加振周波数を主体とするよう設定されること
を特徴とする請求項1に記載の制振装置。
【請求項3】
前記強制加振は、車輪のレール継ぎ目通過に起因するものであること
を特徴とする請求項2に記載の制振装置。
【請求項4】
前記制振力制御手段は、相互に前記特定周波数帯域が異なる複数の制御パラメータを有し、前記走行速度に応じて前記複数の制御パラメータを切替えること
を特徴とする請求項1から請求項3までのいずれか1項に記載の制振装置。
【請求項5】
前記複数の制御パラメータは、前記走行速度に応じて連続的に変化すること
を特徴とする請求項4に記載の制振装置。
【請求項6】
前記複数の制御パラメータは、前記走行速度が所定のパラメータ変更速度に達した際に離散的に変化すること
を特徴とする請求項4に記載の制振装置。
【請求項7】
前記パラメータ変更速度は、低速側の制御パラメータから高速側の制御パラメータに変更する加速側パラメータ変更速度と、高速側の制御パラメータから低速側の制御パラメータに変更する減速側パラメータ変更速度とを有し、前記加速側パラメータ変更速度と前記減速側パラメータ変更速度とを異ならせたこと
を特徴とする請求項6に記載の制振装置。
【請求項8】
前記制振力制御手段は、少なくとも一部の走行速度領域において、制御則としてH制御を用いること
を特徴とする請求項1から請求項7までのいずれか1項に記載の制振装置。
【請求項9】
前記制振力制御手段は、少なくとも一部の走行速度領域において、制御則として周波数重みつきLQG制御を用いること
を特徴とする請求項1から請求項7までのいずれか1項に記載の制振装置。
【請求項10】
鉄道車両の車体の振動を抑制する制振力を発生する制振力発生手段の前記制振力を、前記車体の加速度に応じて逐次変化させる制振方法であって、
前記制振力の制御は、所定の特定周波数帯域の振動に対して他の周波数帯域の振動よりも高い制振効果が得られるよう設定された制御パラメータを用いるとともに、前記鉄道車両の走行速度の増加に応じて前記特定周波数帯域を高周波数側に推移させること
を特徴とする制振方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【公開番号】特開2013−52698(P2013−52698A)
【公開日】平成25年3月21日(2013.3.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−190279(P2011−190279)
【出願日】平成23年9月1日(2011.9.1)
【出願人】(000173784)公益財団法人鉄道総合技術研究所 (1,666)
【Fターム(参考)】