説明

加工性及び耐衝突特性に優れた高強度冷延鋼板及びその製造方法

【課題】強度−延性バランス、伸びフランジ性、耐衝突特性、更には剛性に優れた高強度冷延鋼板及びその製造方法を提供する。
【解決手段】C、Si、Mn、P、S、Al、Nを含有し、更に、質量%で、Nb:0.005〜0.100%、Ti:0.005〜0.100%の一方又は双方を合計で0.130%未満含有し、Ac1[℃]が700℃以上であり、未再結晶フェライトの面積率が10〜70%であり、硬質第2相の面積率が1〜30%であり、好ましくは板厚1/2層における{112}<110>方位の極密度が6以上であることを特徴とする高強度冷延鋼板。鋼片を熱間圧延し、酸洗後、冷間圧延を施した後、(Ac1[℃]−100℃)からAc1[℃]までの昇温速度を20℃/s以下、Ac1[℃]〜{Ac1[℃]+2/3×(Ac3[℃]−Ac1[℃])}の温度範囲内での滞留時間を10〜200sとして焼鈍する製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車用鋼板等の用途に好適な、強度―延性バランス、伸びフランジ性といった加工性に優れ、且つ耐衝突特性にも優れる高強度冷延鋼板及びその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
炭酸ガスの排出量を抑制するため、自動車の燃費の向上を目的とする自動車車体の軽量化が進められている。そのため、自動車の部材には、板厚の低減が可能な高強度鋼板の適用が増えつつある。また、搭乗者の安全性確保のためにも、高強度鋼板が自動車車体に多く使用されるようになってきている。
【0003】
一方、高強度鋼板を自動車車体に適用するためには優れた加工性も要求される。このような強度と加工性を両立させた鋼材として、フェライトとマルテンサイトを主体とする硬質第2相からなる複合組織を有する二相組織鋼(Dual Phase鋼、以下、DP鋼)が知られている。
【0004】
しかし、従来のDP鋼は、汎用鋼に比べて強度と延性とのバランス(以下、強度−延性バランスともいう。)に優れてはいるものの、引張強度と全伸びの積の値(以下、TS×Elという。)を18000(MPa・%)以上とすることは困難であった。更には、従来のDP鋼は、軟質相のフェライトと硬質相のマルテンサイトとの境界部に、各相の硬度差に起因したミクロボイドが発生し易いため局部伸びが低く、伸びフランジ性が劣る上、降伏強度が低いため耐衝突特性に劣るという問題があった。
【0005】
このような問題に対して、焼鈍後、再結晶フェライトの粒径を微細化することによって、強度−延性バランスと伸びフランジ性を両立させた鋼板が提案されている(例えば、特許文献1〜4)。
【0006】
しかし、特許文献1には、硬質第2相を均一に微細分散させることにより、局部延性が向上すると記載されてはいるものの、実施例には、局部延性等の伸びフランジ性の材料特性に関する知見は示されていない。
【0007】
また、特許文献2及び3において提案されている冷延鋼板は、再結晶フェライトの結晶粒を極めて微細にするものであり、冷間圧延後の再結晶焼鈍の温度範囲が非常に狭く、鋼板の温度制御が極めて困難である。
【0008】
更に、特許文献4において提案されている冷延鋼板は、熱延後のコイルを冷却水に浸漬するか、コイルを巻き戻しながら、冷却水のスプレー又は送風によって強制冷却するものであり、生産性が損なわれる。
【0009】
また、特許文献5には、未再結晶フェライトと硬質第2相からなる高強度の冷延鋼板が提案されており、強度が高く降伏比も高いものの、伸びが低いため、成形性が不十分であった。
【0010】
また、本発明者らの一部は、特許文献6において、組織強化のために固溶強化、析出強化に加えて、未再結晶フェライトを併用した高強度鋼板を提案しているが、これは、未再結晶フェライトを積極的に活用するものではない。更に、本発明者らは、特許文献7〜9において、未再結晶フェライトを含むフェライト相と硬質第2相からなる鋼板及びその製造方法を提案しているが、これらは析出強化の利用によって降伏強度の向上を図ったものではない。
【0011】
一方、鋼板のヤング率は剛性と相関があり、ヤング率を高めて剛性を確保し、更に、マルテンサイト、ベイナイト等の硬質第2相を利用して、高強度化を図った鋼板が提案されている(例えば、特許文献10、11)。しかし、特許文献10及び11には、局部延性に関する知見は示されていない。
【0012】
【特許文献1】特開2002−235145号公報
【特許文献2】特開2003−247043号公報
【特許文献3】特開2004−250774号公報
【特許文献4】特開2005−179732号公報
【特許文献5】特開昭53−5018号公報
【特許文献6】特開2006−283156号公報
【特許文献7】特願2006−262873号
【特許文献8】特願2006−264253号
【特許文献9】特願2006−268647号
【特許文献10】特開2005−314792号公報
【特許文献11】特開2005−314793号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明の課題は、強度−延性バランスや伸びフランジ性といった加工性に加え、耐衝突特性にも優れ、更に好ましくは剛性にも優れた高強度冷延鋼板を、安定的に、生産性を損なうことなく提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明は、再結晶フェライトよりも硬質であり、硬質第2相より軟質である未再結晶フェライトと、Nb、Tiの微細な炭化物を積極的に活用し、耐衝突特性と局部延性とを共に向上させた高強度鋼板であり、Nb、Tiを積極的に添加すると再結晶温度からAc1変態温度までの温度差が小さくなるため、再結晶温度の近傍、即ち、Ac1変態温度より100℃低い温度からAc1変態温度までの昇温速度を適正な範囲とすることが、未再結晶フェライトを適切に残留させるために重要であるという知見に基づいてなされたものである。本発明は、更に好ましくは、熱間圧延工程にて発達した集合組織を有する熱延鋼板に、60%超の冷間圧延を施し、{112}<110>方位を発達させてヤング率をも向上させた高強度鋼板である。本発明の要旨は以下の通りである。
【0015】
(1)質量%で、C:0.05〜0.25%、Si:0.01〜1.50%、Mn:0.50〜3.50%、P:0.150%以下、S:0.0150%以下、Al:0.200%以下、N:0.0100%以下を含有し、更に、Nb:0.005〜0.100%、Ti:0.005〜0.100%の一方又は双方を合計で0.130%未満含有し、残部が鉄及び不可避的不純物からなり、Ac1[℃]が700℃以上であり、金属組織がフェライトと硬質第2相からなり、前記フェライトが再結晶フェライト、変態フェライトの一方又は双方と未再結晶フェライトからなり、前記未再結晶フェライトの面積率が10〜70%であり、前記再結晶フェライト、前記変態フェライトの一方又は双方の面積率が10〜70%であり、前記硬質第2相の面積率が1〜30%であることを特徴とする加工性及び耐衝突特性に優れた高強度冷延鋼板。
ここで、Ac1[℃]は質量%で表されるC、Mn、Siの含有量(%C)、(%Mn)、(%Si)によって下記(式1)式から求めたAc1変態温度である。
Ac1=761.3+212(%C)−45.8(%Mn)+16.7(%Si)・・・(式1)
【0016】
(2)さらに、質量%で、Mo:0.1〜1.5%、B:0.0005〜0.0100%、Cr:0.10〜1.50%、Ni:0.10〜1.50%のうち、1種又は2種以上を含有することを特徴とする上記(1)に記載の加工性及び耐衝突特性に優れた高強度冷延鋼板。
【0017】
(3)板厚1/2層における{112}<110>方位の極密度が6以上であることを特徴とする上記(1)又は(2)の何れか1項に記載の加工性及び耐衝突特性に優れた高強度冷延鋼板。
【0018】
(4)上記(1)〜(3)の何れか1項に記載の冷延鋼板の表面に溶融Znめっきを設けたことを特徴とする加工性及び耐衝突特性に優れた高強度冷延鋼板。
(5)上記(1)〜(3)の何れか1項に記載の冷延鋼板の表面に合金化溶融Znめっきを設けたことを特徴とする加工性及び耐衝突特性に優れた高強度冷延鋼板。
【0019】
(6)上記(1)又は(2)の何れか1項に記載の化学成分を有する鋼片を熱間圧延し、酸洗後、冷間圧延を施した後、鋼板を、(Ac1[℃]−100℃)からAc1[℃]までの昇温速度を0.1〜20℃/sとしてAc1[℃]〜{Ac1[℃]+2/3×(Ac3[℃]−Ac1[℃])}の温度範囲内に昇温し、前記鋼板の温度が該温度範囲内である滞留時間を10〜200sとして焼鈍することを特徴とする加工性及び耐衝突特性に優れた高強度冷延鋼板の製造方法。
ここで、Ac1[℃]及びAc3[℃]は質量%で表されるC、Mn、Siの含有量(%C)、(%Mn)、(%Si)によって下記(式1)及び(式2)式から求めたAc1変態温度及びAc3変態温度である。
Ac1=761.3+212(%C)−45.8(%Mn)+16.7(%Si)
・・・(式1)
Ac3=915−325.9(%C)−35.9(%Mn)+31.4(%Si)
・・・(式2)
【0020】
(7)上記(1)又は(2)の何れか1項に記載の化学成分を有する鋼片を、仕上圧延温度をAr3変態温度以上とし、950℃から仕上圧延温度までの範囲内における圧下率の合計を30%以上として熱間圧延を行い、酸洗後、60%超の圧下率で冷間圧延を施し、鋼板を焼鈍することを特徴とする上記(6)に記載の加工性及び耐衝突特性に優れた高強度冷延鋼板の製造方法。
【0021】
(8)上記(6)又は(7)の何れか1項に記載の焼鈍後、350〜500℃まで冷却し、次いで溶融Znめっきを施すことを特徴とする加工性及び耐衝突特性に優れた高強度冷延鋼板の製造方法。
(9)上記(8)記載の溶融Znめっきを施した後に450〜600℃の温度範囲で10s以上の熱処理を行うことを特徴とする加工性及び耐衝突特性に優れた高強度冷延鋼板の製造方法。
【0022】
(10)上記(6)〜(9)の何れか1項に記載の方法により製造した冷延鋼板に0.1〜5.0%のスキンパス圧延を施すことを特徴とする加工性及び耐衝突特性に優れた高強度冷延鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0023】
本発明により、加工性及び耐衝突特性、更に好ましくは剛性に優れた高強度冷延鋼板の提供が可能になり、特に、生産性を損なわずに安定的に製造できる未再結晶フェライトを積極的に活用した、強度―延性バランス、伸びフランジ性、耐衝突特性に優れ、更に剛性にも優れた高強度冷延鋼板の提供が可能になり、産業上の貢献が極めて顕著である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
従来、冷延鋼板の金属組織のフェライトの一部を未再結晶フェライトとして残留させるという発想は皆無であった。これは、再結晶が不完全であると冷延鋼板の材質が不均一になると考えられていたためである。
【0025】
したがって、従来の未再結晶フェライトと硬質第2相からなる冷延鋼板は、焼鈍の加熱時に再結晶したフェライト(再結晶フェライトという。)及び焼鈍後の冷却時にオーステナイトから変態したフェライト(変態フェライトという。)と、未再結晶フェライトとが混在したものではなく、フェライトは均質な未再結晶フェライトのみであると考えられる。
【0026】
また、焼鈍の昇温速度を速くし、鋼板の結晶粒径を微細化する製造方法が提案されているが、これらは、α+γ二相域での保持によって未再結晶フェライトを完全にオーステナイトに変態させるものであったと考えられる。即ち、この従来技術は、焼鈍により未再結晶フェライトを完全にオーステナイトに変態させた後、冷却時にオーステナイトから再変態したフェライトと硬質第2相からなるDP鋼を、未再結晶フェライトを残留させることなく得るものであると推定される。
【0027】
しかし、焼鈍後の冷却時にオーステナイトをフェライトに変態させると、オーステナイトはフェライトとセメンタイトに分解する。そのため、ベイナイト、マルテンサイト、残留オーステナイトからなる硬質第2相とセメンタイトを含むフェライトからなるDP鋼となる。そのため、焼鈍時の昇温速度を速くして得られた従来のDP鋼は、局部延性の低下がセメンタイトによって更に助長されていたと考えられる。
【0028】
一方、模式的に図1に示した本発明のように、未再結晶フェライトを積極的に残留させると、軟質のフェライト、即ち、再結晶フェライト及び変態フェライトと硬質第2相の間に、中間の強度を有する未再結晶フェライトを存在させることができる。この、軟質のフェライトと硬質第2相との中間の強度を有する未再結晶フェライトの存在によって、フェライトと硬質第2相の界面への歪みの集中が緩和される。
【0029】
したがって、未再結晶フェライトを積極的に活用する本発明の冷延鋼板は、軟質のフェライトと硬質第2相との界面に生じるボイドの発生が抑制される。更に、未再結晶フェライトを積極的に残留させ、変態フェライトの生成を抑制すると、ボイドの起点となるセメンタイトの生成も抑制される。そのため、局部延性が顕著に向上し、伸びフランジ成形性が改善され、厳しいバーリング加工が可能になる。
【0030】
未再結晶フェライトは、冷間圧延によって圧延方向に延伸されたフェライトの結晶粒が再結晶せず、粒内の転位が回復したものである。そのため、図2に模式的に示したように、未再結晶フェライトの粒内には転位の回復によって形成されたサブグレインを有することが多い。また、未再結晶フェライトの粒内では、冷間圧延による塑性変形のため結晶方位が連続的に変化している。一方、再結晶フェライト及び変態フェライトは、再結晶又は変態によって、粒内の結晶方位はほぼ均一となり、隣接する結晶粒同士の結晶方位は大きく異なっている。
【0031】
本発明では、未再結晶フェライトに加えて、Nb、Tiの添加による析出強化を活用し、降伏強度を上昇させ、耐衝突特性の向上を図った。しかし、再結晶を抑制する元素でもあるNb、Tiの添加により、未再結晶フェライトの過剰な残留が問題になった。これを防止するための最適な製造条件を検討し、加工性を劣化させない範囲でAc1変態温度が高くなるように成分調整を行い、焼鈍工程において再結晶温度からAc1変態温度までの昇温速度を若干遅くすることが重要であることを見出した。
【0032】
更に、本発明者らは、未再結晶フェライトが、冷間圧延によって形成された冷延集合組織をそのまま有していることに注目した。即ち、鋼成分、熱間圧延及び冷間圧延の最適化によって、ヤング率を高める加工集合組織を発達させ、焼鈍による再結晶を抑制することにより、高ヤング率を有する冷延鋼板を得ることができると考え、検討を行った。その結果、本発明者らは、ヤング率を高めた冷延鋼板を得るには、鋼の成分組成ではNb、Tiの何れか一方又は双方の含有量が、熱間圧延については、仕上温度であるAr3変態温度の近傍の温度範囲における圧下率が、更に、冷間圧延率は60%超とすることが、それぞれ、重要であることを見出した。なお、Ar3変態温度は、冷却時、フェライト変態が開始する温度であり、単に、Ar3[℃]ともいう。
【0033】
また、未再結晶フェライトを適切に残留させるには、フェライトとオーステナイトが共存する領域であるα+γ二相域、即ち、Ac1変態温度以上に加熱した際の、オーステナイトへの変態の進行を抑制することも重要である。したがって、鋼板の温度がAc1変態温度以上である滞留時間及び焼鈍の最高到達温度を最適化することが重要であることも、同時に見出した。
【0034】
焼鈍における(Ac1[℃]−100℃)からAc1[℃]までの昇温速度は0.1〜20℃/sとする。昇温速度を20℃/s以下とする温度の下限を(Ac1[℃]−100℃)以上としたのは、本発明のDP鋼の再結晶温度の下限が、(Ac1[℃]−100℃)以上になるためである。なお、本発明の鋼の再結晶温度は、Ti、Nbの一方又は双方の含有によって上昇しているものの、Ac1変態点以上になることはない。また、昇温速度を20℃/s以下とする温度の上限をAc1[℃]としたのは、Ac1[℃]以上の温度ではα−γ変態を生じて、再結晶がほぼ停止するためである。
【0035】
一方、昇温速度が20℃/s超の場合、再結晶の進行が著しく抑制されるため、未再結晶フェライトの面積率が著しく増加することで、延性の劣化を招いてしまう。更に、Nb、Tiの含有量が多い鋼は再結晶温度が高くなるため、再結晶が進行し難い。このような再結晶温度とAc1変態温度との差が小さい鋼を製造する場合、未再結晶フェライトを確保するためには、昇温速度を10℃/s以下とすることが好ましい。
【0036】
また、昇温速度は、0.1℃/sよりも遅いと、再結晶が促進して未再結晶フェライトを確保することができないので、下限を0.1℃/s以上とする。また、連続焼鈍の場合、昇温速度を遅くするには、通板速度を遅くする必要があるため、生産性の観点から、昇温速度を1℃/s以上とすることが好ましい。
【0037】
更に、焼鈍における最高到達温度の下限はAc1[℃]以上とし、上限は、{Ac1[℃]+2/3×(Ac3[℃]−Ac1[℃])}とする。最高到達温度がAc1未満の場合、フェライトからオーステナイトに変態しないため、硬質第2相の量が不十分であり、強度−延性バランスを損なう。一方、最高到達温度が{Ac1[℃]+2/3×(Ac3[℃]−Ac1[℃])}超になると、オーステナイト変態が進行しすぎるため、未再結晶フェライトの確保が困難になる。
【0038】
また、鋼板の温度がAc1[℃]以上である温度範囲での滞留時間は10〜200sとする。これは、以下の理由による。即ち、鋼板の温度がAc1[℃]以上になる時間が10s未満であると、α−γ変態が十分に進行しないため、硬質第2相を確保できず、強度−延性バランスを損なう。一方、Ac1[℃]以上での滞留時間が200sを超えると、オーステナイト変態が進行しすぎるため、未再結晶フェライトの確保が困難になる。
【0039】
なお、Ac1[℃]及びAc3[℃]は、それぞれAc1変態点及びAc3変態点であり、質量%で表されるC、Mn、Siの含有量である(%C)、(%Mn)、(%Si)により、下記(式1)及び(式2)から求めた温度である。
Ac1=761.3+212(%C)−45.8(%Mn)+16.7(%Si)
・・・(式1)
Ac3=915−325.9(%C)−35.9(%Mn)+31.4(%Si)
・・・(式2)
【0040】
次に、本発明における鋼成分の限定理由について説明する。
【0041】
Cは、硬質第2相の生成を促進し、強度の増加に寄与する元素であり、狙いとする強度レベルに応じて適量を添加する。C量は、0.05%未満であると、高強度を得るのが困難となるため、下限を0.05%とする。一方、C量が0.25%を超えると、成形性や溶接性の劣化を招くため、0.25%を上限とする。
【0042】
Siは脱酸元素であり、0.01%未満とするには製造コストが高くなるため、下限を0.01%とする。また、Siは、固溶体強化元素として強度を増加させる働きがある上、硬質第2相を得るためにも有効である。しかし、Si量が1.50%を超えると、溶接性が劣化すると共に、不めっき性を誘発し得るため、上限を1.50%とする。
【0043】
Mnは固溶強化に寄与する元素として強度を増加させる働きがある上、硬質第2相を得るためにも有効であり、狙いとする強度レベルに応じて適量を添加する。Mn量は、0.5%未満であると、高強度を得るのが困難となるため、下限を0.50%とする。一方、Mn量が3.50%を超えると、成形性や溶接性の劣化を招くため、3.50%を上限とする。
【0044】
Pは不純物であり、粒界に偏析するため、鋼板の靭性の低下や溶接性の劣化を招く。更に、溶融Znめっき時に合金化反応が極めて遅くなり、生産性が低下する。これらの観点から、P量の上限を0.150%とする。下限は特に限定しないが、Pは安価に強度を高める元素であるため、P量を0.005%以上とすることが好ましい。
【0045】
Sは不純物であり、その含有量が0.0150%を超えると、熱間割れを誘発したり、加工性を劣化させるので、上限を0.0150%とする。
【0046】
Alは脱酸剤であり、下限は規定しないが、変態点を著しく高める元素であるため、上限を0.200%とする。
【0047】
Nは不純物であり、N量が0.0100%を超えると、靭性や延性の劣化、鋼片の割れの発生が顕著になる。なお、Nは、硬質第2相を得るためには有効であるため、上限を0.0100%として積極的に添加しても良い。
【0048】
Nb、Tiは本発明において最も重要な元素であり、一方又は双方を添加する。Nb、Tiを添加することでNbCやTiCといった微細な炭化物が析出し、降伏強度を上昇させる効果がある。更には、微細な析出物により、冷間圧延後の焼鈍工程において、加工フェライトの再結晶が抑制され、未再結晶フェライトの残留を促進させることができる。このような効果を得るためには、Nb及びTiの一方又は双方を、それぞれの下限を0.005%以上として添加することが好ましい。一方、Nb及びTiの一方又は双方は、含有量が0.100%を超えると、再結晶が著しく抑制される上、延性が低下することがあるため、それぞれの上限を0.100%以下とすることが好ましい。Nb及びTiの一方又は双方の合計の含有量が0.130%以上になると、再結晶が著しく抑制される上、延性が低下することがあるため、上限を0.130%未満とすることが好ましい。
【0049】
更に、Mo、B、Cr、Niの1種又は2種以上を含有させても良い。
【0050】
Mo、B、Cr及びNiは、いずれも焼入れ性を高める元素であり、必要に応じて1種又は2種以上を添加しても良い。強度向上の効果を得るためには、それぞれ、Mo:0.1%以上、B:0.0005%以上、Cr:0.10%以上、Ni:0.10%以上を下限として添加することが好ましい。一方、過剰な添加は合金コストの増加を招くため、それぞれの上限を、Mo:1.5%以下、B:0.0100%以下、Cr:1.50%以下、Ni:1.50%以下とすることが好ましい。
【0051】
なお、Ac1が700℃未満になると、Nb、Tiの添加によって再結晶温度がAc1よりも高温になり再結晶の進行が著しく抑制される。これにより、未再結晶フェライトの面積率が過剰になり、延性が低下する。そのため、本発明においてはAc1が700℃以上であることが必要である。
【0052】
本発明によって得られる鋼板のミクロ組織は、フェライトと硬質第2相からなり、フェライトは、未再結晶フェライト、再結晶フェライト及び変態フェライトの総称である。なお、光学顕微鏡による組織観察では、再結晶フェライトと変態フェライトとの差異は明確ではなく、両者を区別することは困難である。
【0053】
硬質第2相は、マルテンサイト、ベイナイト及びパーライトからなり、3%未満の残留オーステナイトを含むことがある。硬質第2相は、高強度化に寄与する一方で、過剰に存在すると著しく延性が低下するため、下限を1%、上限を30%とする。
【0054】
ミクロ組織は、圧延方向に平行な板厚断面を観察面として試料を採取し、観察面を研磨、ナイタールエッチ、必要に応じてレペラーエッチし、光学顕微鏡で観察すれば良い。光学顕微鏡によって得られたミクロ組織写真を画像解析することによって、パーライト、ベイナイト又はマルテンサイトの内のいずれか1種又は2種以上の面積率の合計量を、フェライト以外の相の面積率として求めることができる。残留オーステナイトは、光学顕微鏡ではマルテンサイトとの区別が困難であるが、X線回折法によって体積率の測定を行うことができる。なお、ミクロ組織から求めた面積率は、体積率と同じである。
【0055】
再結晶フェライトと変態フェライトの一方又は双方の面積率は、10〜70%とする。これは、再結晶フェライトと変態フェライトの一方又は双方の面積率が、10%未満では延性が低下し、70%を超えると強度が低下するためである。
【0056】
未再結晶フェライトは硬質相であるため高強度化に寄与することから、その効果を得るためには10%以上の未再結晶フェライトを含んでいる必要がある。一方、未再結晶フェライトの面積率が70%を超えると、著しく延性が低下するため、上限を70%とする。また、未再結晶フェライトは、冷間圧延後の集合組織が維持されるため、{112}<110>方位を有している未再結晶フェライトの面積率を増加は、ヤング率の向上に有効である。
【0057】
未再結晶フェライトとそれ以外のフェライト、即ち再結晶フェライト及び変態フェライトとは、電子後方散乱解析像(Electron back scattering pattern、EBSPという。)の結晶方位測定データをKernel Average Misorientation法(KAM法)で解析することにより判別することができる。
【0058】
未再結晶フェライトの粒内には、転位は回復しているものの、冷延時の塑性変形により生じた結晶方位の連続的な変化が存在する。一方、未再結晶フェライトを除くフェライト粒内の結晶方位変化は極めて小さくなる。これは、再結晶及び変態により、隣接する結晶粒の結晶方位は大きく異なるものの、1つの結晶粒内では結晶方位が変化していないためである。KAM法では、隣接したピクセル(測定点)との結晶方位差を定量的に示すことができるので、本発明では隣接測定点との平均結晶方位差が1°以内且つ、平均結晶方位差が2°以上あるピクセル間を粒界と定義した時に、結晶粒径が3μm以上である粒を未再結晶フェライト以外のフェライト、即ち再結晶フェライト及び変態フェライトと定義する。
【0059】
EBSP測定は、焼鈍後の試料の平均結晶粒径の10分の1の測定間隔で、任意の板断面の板厚方向の1/4厚の位置で100×100μmの範囲において行えば良い。このEBSP測定の結果、得られた測定点はピクセルとして出力される。EBSPの結晶方位測定に供する試料は、機械研磨等によって鋼板を所定の板厚まで減厚し、次いで電解研磨等によって歪みを除去すると同時に、板厚1/4面が測定面となるように作製する。
【0060】
未再結晶フェライトを含むフェライトの総面積率は、硬質第2相の面積率の残部であるから、EBSPの結晶方位測定に使用した試料をナイタールエッチし、該測定を行った視野の光学顕微鏡写真を同一の倍率で撮影し、得られた組織写真を画像解析して求めれば良い。更に、この組織写真とEBSPの結晶方位測定の結果を対比させることによって、未再結晶フェライト及び未再結晶フェライト以外のフェライト、即ち、再結晶フェライトと変態フェライトの面積率の合計を求めることもできる。
【0061】
本発明鋼の板厚1/2層における{112}<110>方位が発達することによって、ヤング率が向上する。したがって、板厚1/2層における{112}<110>の極密度は6以上であることが好ましい。この{112}<110>の極密度の増加とともにヤング率が上昇するため、好ましくは8以上、更に好ましくは10以上とする。
【0062】
なお、極密度とは、X線ランダム強度比と同義であり、特定の方位への集積を持たない標準試料のX線強度を基準とする供試材のX線強度の比である。極密度は、標準試料と供試材のX線強度を、同じ条件でX線回折法により測定し、得られた供試材のX線強度を標準試料のX線強度で除した数値として求められる。また、X線回折法の代わりに、EBSP法やECP(Electron Channeling Pattern)法により統計的に十分な数の測定を行っても良い。
【0063】
{112}<110>方位の極密度は、X線回折によって測定される{110}、{100}、{211}、{310}極点図のうち、複数の極点図を用いて級数展開法で計算した3次元集合組織(ODF)から求めれば良い。即ち、{112}<110>方位の極密度は、ODFのφ2=45°断面における(112)[1−10]のX線ランダム強度比で代表させる。
【0064】
X線回折に供する試料は、板厚1/2面が測定面となるように、機械研磨などによって鋼板を所定の板厚まで減厚し、次いで化学研磨や電解研磨などによって歪みを除去して作製する。測定上不都合が生ずる場合、例えば、鋼板の板厚中心層に偏析帯や欠陥などが存在する際には、板厚の3/8〜5/8の範囲で適当な面が測定面となるように試料を調整すれば良い。
【0065】
ここで、{hkl}<uvw>とは、上述の方法で採取したX線用試料の板面の法線方向が{hkl}に平行で、圧延方向が<uvw>と平行であることを示している。なお結晶の方位は通常、板面に垂直な方位を[hkl]又は{hkl}、圧延方向に平行な方位を(uvw)又は<uvw>で表示する。{hkl}、<uvw>は等価な面の総称であり、[hkl]、(uvw)は個々の結晶面を指す。即ち、本発明においては体心立方構造を対象としているため、例えば(111)、(−111)、(1−11)、(11−1)、(−1−11)、(−11−1)、(1−1−1)、(−1−1−1)面は等価であり区別がつかない。このような場合、これらの方位を総称して{111}と称する。ODF表示では他の対称性の低い結晶構造の方位表示にも用いられるため、個々の方位を[hkl](uvw)で表示するのが一般的であるが、本発明においては[hkl](uvw)と{hkl}<uvw>は同義である。
【0066】
次に、製造方法及びその好ましい条件について述べる。
【0067】
熱間圧延に供する鋼片は常法で製造すれば良く、鋼を溶製し、鋳造すれば良い。生産性の観点からは、連続鋳造が好ましく、薄スラブキャスター等で製造しても良い。また、鋳造後直ちに熱間圧延を行う連続鋳造―直接圧延のようなプロセスでも良い。熱間圧延は常法で行えば良く、圧延温度、圧下率、冷却速度、巻取温度等の条件は特に規定しない。熱間圧延後、鋼板を冷間圧延、焼鈍し、冷延鋼板とする。
【0068】
ただし、本発明において、加工性、耐衝突特性に加えて、ヤング率をも向上させて剛性を高めるためには、熱間圧延工程の、仕上圧延の温度と950℃から仕上圧延温度までの範囲内における圧下率の合計が重要になる。仕上圧延の温度をAr3変態点未満とした場合、α+γ二相域で圧延されるため、冷間圧延時にヤング率の向上に好ましくない集合組織が発達し、ヤング率が低下することがある。
【0069】
また、950℃から仕上圧延温度までの範囲内における圧下率の合計は、ヤング率の向上に有効な{112}<110>方位が発達した冷延鋼板を得るために、増加させることが好ましい。これは、Ar3変態温度〜950℃という、オーステナイト相が安定で、かつ、低い温度範囲で圧延すると、導入された歪みによる再結晶が生じ難く、熱延集合組織が発達するためである。このような熱延集合組織を発達させると、その後の冷間圧延によって結晶回転が生じ、{112}<110>方位が発達する。更に、冷延板の焼鈍の際に再結晶を抑制すると、高ヤング率の冷延鋼板を得ることができる。
【0070】
ヤング率向上の効果を得るためには、950℃から仕上圧延温度までの範囲内における圧下率の合計を30%以上とすることが好ましい。これにより、冷間圧延時に、{112}<110>方位が十分に発達する。なお、950℃から仕上圧延温度までの範囲内における合計の圧下率は、950℃での板厚と、仕上圧延後の板厚の差を、950℃での板厚で除した値を百分率で表したものである。
【0071】
Ar3[℃]は、質量%で表したC、Si、P、Al、Mn、Mo、Cu、Cr、Niの含有量、それぞれ(%C)、(%Si)、(%P)、(%Al)、(%Mn)、(%Mo)、(%Cu)、(%Cr)、(%Ni)を用いて、以下の式により計算すれば良い。また、選択的に添加される元素、Mo、Cu、Cr、Niは、含有量が不純物程度である場合は、0として計算すれば良い。
Ar3[℃]=901−325(%C)+33(%Si)+287(%P)+40(%Al)−92{(%Mn)+(%Mo)+(%Cu)}−46{(%Cr)+(%Ni)} ・・・ (式3)
【0072】
加工性、耐衝突特性に優れた本発明の鋼板を製造する際には、冷間圧延の圧下率は特に規定しないが、10%未満の冷間圧延率では、板厚制御が難しく形状不良の原因となるため、その下限を10%以上とすることが好ましい。一方、冷間圧延率が90%超になると、圧延ロールへの負荷が大きくなる上、再結晶が促進されて未再結晶フェライトを確保するために、焼鈍の昇温速度を大きくすることが必要になる。そのため、冷間圧延の圧下率の上限は、90%以下とすることが好ましい。
【0073】
ただし、本発明において、加工性、耐衝突特性に加えて、ヤング率をも向上させて剛性を高めるためには、60%超の圧下率で冷間圧延を行うことが好ましい。これは、60%超の高い圧下率で冷間圧延を行うことにより、ヤング率の向上に有効な{112}<110>方位を発達させることができるためである。
【0074】
本発明において、冷間圧延後の焼鈍は極めて重要であり、上述の条件で行うことが必要である。焼鈍は、昇温速度、加熱時間を制御するため、連続焼鈍設備によって行うことが好ましい。また、昇温速度を速くするために、高周波加熱装置、通電加熱装置を併用しても良い。焼鈍において、Ac1以上での滞留時間は、鋼板の温度がAc1以上である時間の合計であり、加熱炉の設定温度と炉の長さ、通板速度によって制御することができる。
【0075】
また、焼鈍後の冷却速度は特に規定しないが、冷却速度が1℃/s未満の場合、十分に硬質第2相が得られなくなることがある。この観点から、冷却速度の下限は1℃/sとすることが好ましい。一方、冷却速度を250℃/s超とするには、特殊な設備の導入などが必要になるため、250℃/sを冷却速度の上限とすることが好ましい。焼鈍後の冷却速度は、水等、冷媒の吹付け、送風、ミスト等による強制冷却により、適宜制御すれば良い。
【0076】
焼鈍後、必要に応じて、過時効処理、溶融Znめっき又は合金化溶融Znめっきを施しても良い。Znめっきの組成は特に限定するものではなく、Znの他、Fe、Al、Mn、Cr、Mg、Pb、Sn、Ni等を必要に応じて添加しても構わない。なお、めっきは、焼鈍と別工程で行っても良いが、生産性の観点から、焼鈍とめっきを連続して行う、連続焼鈍−溶融Znめっきラインによって行うことが好ましい。この場合も、未再結晶フェライトを確保するためには、焼鈍を上記の条件で行うことが必要である。
【0077】
合金化処理を行う場合は、450〜600℃の温度範囲で行うことが好ましい。これは、450℃未満では合金化が十分に進行せず、また、600℃超では過度に合金化が進行し、めっき層が脆化して、プレス等の加工によってめっきが剥離する等の問題を誘発することがあるためである。合金化処理の時間は、10s未満では合金化が十分に進行しないことがあるため、10s以上とすることが好ましい。また、合金化処理の時間の上限は特に規定しないが、生産効率の観点から100s以内とすることが好ましい。
【0078】
また、生産性の観点から、連続焼鈍−溶融Znめっきラインに合金化処理炉を連続して設け、焼鈍、めっき及び合金化処理を連続して行うことが好ましい。
【実施例1】
【0079】
表1に示す組成を有する鋼を溶製し、鋳造して得られた鋼片を、1250℃で再加熱した後、常法に従って熱間圧延を行った。この時、仕上げ温度は900℃、巻取温度は600℃とした。その後、60%の圧下率で冷間圧延を施した後、表2に示す条件で焼鈍を行った。また、表1には、Ac1[℃]とAc3[℃]の計算値も示した。なお、表1の[−]は、成分を意図的に添加していないことを意味する。Nb+Tiは、NbとTiの合計量であり、[−]を0として計算した。表2の昇温速度は、(Ac1[℃]−100℃)からAc1[℃]までの温度の上昇に要した時間によって計算した。
【0080】
表2に示す冷延鋼板のうち、製造No.3及び6については、焼鈍工程後、Znめっき浴に浸漬後、製造No.6については更に500℃で20s間の合金化処理を施した。更に、表2に示す冷延鋼板のうち、製造No.9については、均熱温度から300℃まで上述の通り50℃/sの冷却速度で冷却し、300℃で400s保持する過時効処理を行った後、10℃/sで室温まで冷却した。
【0081】
製造後の冷延鋼板から、幅方向(TD方向という。)を長手方向としてJIS Z 2201の5号引張試験片を採取し、JIS Z 2241に準拠してTD方向の引張特性を評価した。t−El[%]は破断伸びであり、L−El[%]は局部伸びであり、破断伸びから最大力時伸び、即ち、一様伸びを減じた値である。
【0082】
鋼板の板厚断面のミクロ組織観察は、圧延方向を観察面として試料を採取し、エッチングをレペラー法として、光学顕微鏡で行った。硬質第2相の面積率は、光学顕微鏡による組織写真を画像解析し、フェライト以外の相の合計として求めた。また、未再結晶フェライトの面積率及び残部、即ち、未再結晶フェライトを除くフェライトの面積率は、EBSPの結晶方位測定及びその測定結果と光学顕微鏡組織写真を照合し、画像解析によって求めた。
【0083】
結果を表3に示す。なお、本発明において、延性の指標である引張強度TS[MPa]と全伸びt−EL[%]の積、伸びフランジ性の指標である引張強度TS[MPa]と局部伸びL−El[%]の積、耐衝突特性の指標である引張強度TS[MPa]に対する降伏強度YS[MPa]の割合、即ちTS×t−El[MPa・%]、TS×L−El[MPa・%]及びYP/TS×100[%]がそれぞれ18000[MPa・%]、7000[MPa・%]及び80[%]以上であるものを良好と評価した。
【0084】
その結果は表3に示す通り、本発明の化学成分を有する鋼を適正な条件で熱延及び冷延し、更に、適切な条件で焼鈍することにより、更に、過時効処理、Znめっき、合金化処理を施しても強度―延性バランス、伸びフランジ性及び耐衝突特性に優れた高強度冷延鋼板を得ることが可能である。
【0085】
一方、鋼No.JはC量が少ないため、鋼No.KはMnが少ないため、強度が低下し、TS×t−El[MPa・%]も低下している。また、鋼No.LはAc1変態温度が低いため、鋼No.MはNb及びTi含有量が多いため、再結晶がほとんど進行せず、未再結晶フェライトが過剰に残留している。そのため、全伸び及び局部伸びが共に低下し、TS×t−El[MPa・%]及びTS×L−El[MPa・%]も低下している。鋼No.Nは、Nb及びTi含有量が少ないため、降伏強度が低下する上、再結晶が進行して未再結晶フェライトが少なくなり、局部伸びが低下し、YR[%]及びTS×L−El[MPa・%]も低下している。
【0086】
また、製造No.2は、(Ac1[℃]−100℃)からAc1[℃]までの昇温速度が速く、未再結晶フェライトが過剰に残留し、強度が低く、全伸び及び局部伸びが共に低下し、TS×t−El[MPa・%]及びTS×L−El[MPa・%]も低下している。
【0087】
製造No.5は、焼鈍の最高到達温度が高いため、製造No.8は、Ac1[℃]以上での滞留時間が長いため、未再結晶フェライトが少なく、硬質第2相が増加して、高強度ではあるものの、全伸び及び局部伸びが低下し、TS×t−El[MPa・%]及びTS×L−El[MPa・%]も低下している。
【0088】
製造No.11は、焼鈍の最高到達温度が低く、硬質第2相が得られなかったため、強度が低く、TS×t−El[MPa・%]及びTS×L−El[MPa・%]も低下している。
【0089】
【表1】

【0090】
【表2】

【0091】
【表3】

【実施例2】
【0092】
表4に示す組成を有する鋼を真空溶解炉にて溶製し、表5に示す条件で熱間圧延し、600℃で巻き取り酸洗した後、表5に示す条件で冷間圧延及び焼鈍を行った。なお、Ac1[℃]から500℃又は過時効処理温度までの平均冷却速度はいずれも50℃/sとした。ここで、表4の[−]は、成分を意図的に添加していないことを意味する。また、表4には、Ac1[℃]とAc3[℃]の計算値も示した。
【0093】
表5において、熱延工程の圧下率は、950℃以下、仕上圧延までの合計の圧下率であり、950℃での板厚と、仕上圧延後の板厚から求めた。また、FT[℃]は熱間圧延の仕上温度である。表5の昇温速度は、(Ac1[℃]−100℃)からAc1[℃]までの温度の上昇に要した時間によって計算した。表5の滞留時間は、焼鈍時に、Ac1[℃]以上の温度域に加熱された時間である。
【0094】
表5に示す冷延鋼板のうち、製造No.19及び23については、焼鈍工程後、Znめっき浴に浸漬後、製造No.23については更に500℃で20s間の合金化処理を施した。更に、表5に示す冷延鋼板のうち、製造No.29については、均熱温度から300℃まで上述の通り50℃/sの冷却速度で冷却し、300℃で400s保持する過時効処理を行った後、10℃/sで室温まで冷却した。
【0095】
製造後の冷延鋼板のTD方向の引張特性を、実施例1と同様にして評価した。また、鋼板の板厚断面のミクロ組織観察及びEBSPの結晶方位測定も、実施例1と同様にして行い、硬質第2相の面積率、未再結晶フェライトの面積率、及び未再結晶フェライトを除くフェライトの面積率を求めた。1/2板厚部における{112}<110>方位の極密度は、X線回折法によって測定した。X線回折の試料は、板厚1/2面が測定面となるようにして、機械研磨及び電解研磨よって作製した。
【0096】
ヤング率はJIS Z 2280に記載の横共振法を常温で行って測定した。即ち、試料を固定せずに振動を加え、発振機の振動数を徐々に変化させて一次共振振動数を測定して下式よりヤング率を算出した。
E=0.946×(l/h)3×m/w×f2
ここで、E:動的ヤング率[N/m2]、l:試験片の長さ[m]、h:試験片の厚さ[m]、m:試験片の質量[kg]、w:試験片の幅[m]、f:横共振法の一次共振振動数[s-1]である。
【0097】
結果を表6に示す。なお、実施例1と同様、TS×t−El[MPa・%]、TS×L−El[MPa・%]及びYP/TS×100[%]がそれぞれ18000[MPa・%]、7000[MPa・%]及び80[%]以上であるものを良好と評価した。また、剛性の指標であるヤング率E[GPa]は、240[GPa]以上であるものを良好と評価した。
【0098】
表6に示したように、本発明の化学成分を有する鋼を適正な焼鈍することにより、過時効処理、Znめっき、合金化処理を施しても加工性及び耐衝突特性に優れた高強度冷延鋼板を得ることが可能である。更に、本発明の化学成分を有する鋼を適正な条件で熱延及び冷延し、更に、適切な条件で焼鈍することにより、加工性及び耐衝突特性に加えて、剛性にも優れた高強度冷延鋼板を得ることが可能である。なお、製造No.22は、熱延工程における圧下率が低いため、製造No.25は、仕上温度が高いため、製造No.28は冷間圧延率が低いため、十分に集合組織が発達せず、E[GPa]が低下した例である。
【0099】
一方、鋼No.AJはC量が少ないため、鋼No.AKはMnが少ないため、強度が低下し、TS×t−El[MPa・%]も低下している。また、鋼No.ALはAc1変態温度が低いため、鋼No.AMはNb及びTi含有量が多いため、再結晶がほとんど進行せず、未再結晶フェライトが過剰に残留している。そのため、全伸び及び局部伸びが共に低下し、TS×t−El[MPa・%]及びTS×L−El[MPa・%]も低下している。鋼No.ANは、Nb及びTi含有量が少ないため、降伏強度が低下する上、再結晶が進行して未再結晶フェライトが少なくなり、局部伸びが低下し、YR[%]及びTS×L−El[MPa・%]も低下している。
【0100】
また、製造No.31は、焼鈍工程における昇温速度が速く、未再結晶フェライトが過剰に残留した例であり、強度が低く、全伸び及び局部伸びが共に低下し、TS×t−El[MPa・%]及びTS×L−El[MPa・%]も低下している。製造No.34は、焼鈍の最高到達温度が高いため、未再結晶フェライトが少なく、硬質第2相が増加して、高強度ではあるものの、全伸び及び局部伸びが低下し、TS×t−El[MPa・%]及びTS×L−El[MPa・%]も低下している。製造No.38は、焼鈍の最高到達温度での保持時間が短く、十分な硬質第2相が得られなかったため、強度が低く、TS×t−El[MPa・%]及びTS×L−El[MPa・%]も低下している。
【0101】
【表4】

【0102】
【表5】

【0103】
【表6】

【図面の簡単な説明】
【0104】
【図1】本発明の鋼の金属組織の模式図である。
【図2】本発明の未再結晶フェライトの模式図である。
【符号の説明】
【0105】
1 未再結晶フェライト
2 硬質第2相
3 再結晶フェライト又は変態フェライト
4 サブグレイン

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C :0.05〜0.25%、
Si:0.01〜1.50%、
Mn:0.50〜3.50%、
P :0.150%以下、
S :0.0150%以下、
Al:0.200%以下、
N :0.0100%以下
を含有し、更に、
Nb:0.005〜0.100%、
Ti:0.005〜0.100%
の一方又は双方を合計で0.130%未満含有し、残部が鉄及び不可避的不純物からなり、Ac1[℃]が700℃以上であり、金属組織がフェライトと硬質第2相からなり、前記フェライトが再結晶フェライト、変態フェライトの一方又は双方と未再結晶フェライトからなり、前記未再結晶フェライトの面積率が10〜70%であり、前記再結晶フェライト、前記変態フェライトの一方又は双方の面積率が10〜70%であり、前記硬質第2相の面積率が1〜30%であることを特徴とする加工性及び耐衝突特性に優れた高強度冷延鋼板。
ここで、Ac1[℃]は質量%で表されるC、Mn、Siの含有量(%C)、(%Mn)、(%Si)によって下記(式1)式から求めたAc1変態温度である。
Ac1=761.3+212(%C)−45.8(%Mn)+16.7(%Si)
・・・(式1)
【請求項2】
さらに、質量%で、
Mo:0.1〜1.5%、
B :0.0005〜0.0100%、
Cr:0.10〜1.50%、
Ni:0.10〜1.50%
のうち、1種又は2種以上を含有することを特徴とする請求項1に記載の加工性及び耐衝突特性に優れた高強度冷延鋼板。
【請求項3】
板厚1/2層における{112}<110>方位の極密度が6以上であることを特徴とする請求項1又は2の何れか1項に記載の加工性及び耐衝突特性に優れた高強度冷延鋼板。
【請求項4】
請求項1〜3の何れか1項に記載の冷延鋼板の表面に溶融Znめっきを設けたことを特徴とする加工性及び耐衝突特性に優れた高強度冷延鋼板。
【請求項5】
請求項1〜3の何れか1項に記載の冷延鋼板の表面に合金化溶融Znめっきを設けたことを特徴とする加工性及び耐衝突特性に優れた高強度冷延鋼板。
【請求項6】
請求項1又は2の何れか1項に記載の化学成分を有する鋼片を熱間圧延し、酸洗後、冷間圧延を施した後、鋼板を、(Ac1[℃]−100℃)からAc1[℃]までの昇温速度を0.1〜20℃/sとしてAc1[℃]〜{Ac1[℃]+2/3×(Ac3[℃]−Ac1[℃])}の温度範囲内に昇温し、前記鋼板の温度が該温度範囲内である滞留時間を10〜200sとして焼鈍することを特徴とする加工性及び耐衝突特性に優れた高強度冷延鋼板の製造方法。
ここで、Ac1[℃]及びAc3[℃]は質量%で表されるC、Mn、Siの含有量(%C)、(%Mn)、(%Si)によって下記(式1)及び(式2)式から求めたAc1変態温度及びAc3変態温度である。
Ac1=761.3+212(%C)−45.8(%Mn)+16.7(%Si)
・・・(式1)
Ac3=915−325.9(%C)−35.9(%Mn)+31.4(%Si)
・・・(式2)
【請求項7】
請求項1又は2の何れか1項に記載の化学成分を有する鋼片を、仕上圧延温度をAr3変態温度以上とし、950℃から仕上圧延温度までの範囲内における圧下率の合計を30%以上として熱間圧延を行い、酸洗後、60%超の圧下率で冷間圧延を施し、鋼板を焼鈍することを特徴とする請求項6に記載の加工性及び耐衝突特性に優れた高強度冷延鋼板の製造方法。
【請求項8】
請求項6又は7の何れか1項に記載の焼鈍後、350〜500℃まで冷却し、次いで溶融Znめっきを施すことを特徴とする加工性及び耐衝突特性に優れた高強度冷延鋼板の製造方法。
【請求項9】
請求項8記載の溶融Znめっきを施した後に450〜600℃の温度範囲で10s以上の熱処理を行うことを特徴とする加工性及び耐衝突特性に優れた高強度冷延鋼板の製造方法。
【請求項10】
請求項6〜9の何れか1項に記載の方法により製造した冷延鋼板に0.1〜5.0%のスキンパス圧延を施すことを特徴とする加工性及び耐衝突特性に優れた高強度冷延鋼板の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−190032(P2008−190032A)
【公開日】平成20年8月21日(2008.8.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−334785(P2007−334785)
【出願日】平成19年12月26日(2007.12.26)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】