説明

動力伝達装置

【課題】 ドライブピンがプーリの径方向外方に移動してプーリとケースとの間に動力伝達チェーンが挟持された際に、プーリがロックすることが防止された動力伝達装置を提供する。
【解決手段】 プーリ2とケース4との間に動力伝達チェーン1が挟持された際に、動力伝達チェーン1がケース4に対してチェーン進行方向に移動可能とすることにより、プーリ2がロックすることを防止するロック防止手段5が設けられている。ロック防止手段5は、例えば、ケース4内周面および動力伝達チェーン1外周面の少なくとも一方に設けられた固体潤滑剤層31とされる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、自動車等の車両の無段変速機(CVT)に好適な動力伝達装置に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車用無段変速機(動力伝達装置)として、図10に示すように、固定シーブ(2a)および可動シーブ(2b)を有しエンジン側に設けられたプライマリ・プーリ(2)と、固定シーブ(3b)および可動シーブ(3a)を有し駆動輪側に設けられたセカンダリ・プーリ(3)と、両者間に架け渡された無端状動力伝達チェーン(1)とからなり、油圧アクチュエータによって可動シーブ(2b)(3a)を固定シーブ(2a)(3b)に対して接近・離隔させることにより、油圧でチェーン(1)をクランプし、このクランプ力によりプーリ(2)(3)とチェーン(1)との間に接触荷重を生じさせ、この接触部の摩擦力によりトルクを伝達するものが知られている。
【0003】
このような動力伝達装置において、両プーリ(2)(3)および動力伝達チェーン(1)は、ケースに収納され、プーリ(2)(3)外周面とケース内周面との間には、所定の大きさの隙間が形成されている。
【0004】
また、動力伝達チェーンとして、ピンが挿通される前後挿通部を有する複数のリンクと、一のリンクの前挿通部と他のリンクの後挿通部とが対応するようにチェーン幅方向に並ぶリンク同士を連結する前後に並ぶ複数の第1ピンおよび複数の第2ピンとを有し、第1ピンおよび第2ピンの少なくとも一方が両シーブ間に挟持されるドライブピンとされて、ドライブピンと両シーブとの摩擦力により動力が伝達されるものが特許文献1に開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2009−74670号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記の動力伝達装置では、動力伝達チェーンが破断した場合、これに伴って、ドライブピンが両シーブ間に挟持された状態でプーリの径方向外方に移動してプーリから外れる可能性がある。この際、プーリ外周面とケース内周面との間の隙間が小さいと、ドライブピンが両シーブ間に挟持されたまま、このドライブピンに固定されたリンクの外周面がケースの内周面に接触することがあり、この場合に、プーリの回転が阻害(ロック)される可能性がある。したがって、フェールセーフ機構として、このようなロックを防止する構成があることが好ましい。
【0007】
この発明の目的は、ドライブピンがプーリの径方向外方に移動してプーリとケースとの間に動力伝達チェーンが挟持された際に、プーリがロックすることが防止された動力伝達装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
この発明による動力伝達装置は、固定シーブおよび可動シーブからなる第1のプーリと、固定シーブおよび可動シーブからなる第2のプーリと、これら第1および第2のプーリに掛け渡される動力伝達チェーンと、両プーリおよび動力伝達チェーンを収納するケースとを備え、動力伝達チェーンは、ピンが挿通される前後挿通部を有する複数のリンクと、一のリンクの前挿通部と他のリンクの後挿通部とが対応するようにチェーン幅方向に並ぶリンク同士を連結する前後に並ぶ複数の第1ピンおよび複数の第2ピンとを有し、第1ピンおよび第2ピンの少なくとも一方が両シーブ間に挟持されて、ピンと両シーブとの摩擦力により動力が伝達される動力伝達装置において、プーリとケースとの間に動力伝達チェーンが挟持された際に、動力伝達チェーンがケースに対してチェーン進行方向に移動可能とすることにより、プーリがロックすることを防止するロック防止手段が設けられていることを特徴とするものである。
【0009】
動力伝達チェーンでは、無段変速機で使用される際に、第1ピンおよび第2ピンの少なくとも一方がプーリと接触して摩擦力により動力伝達する。この明細書においては、第1ピンおよび第2ピンのうち、プーリと接触して両シーブ間に挟持される方を「ドライブピン」と称す。ドライブピンは、通常は、第1ピンおよび第2ピンのいずれか一方だけとされて、このドライブピンと両シーブとの摩擦力により動力が伝達される。プーリに接触しない方のピンは、インターピースまたはストリップと称されており、この明細書においては、「インターピース」と称す。
【0010】
チェーンは、例えば、幅方向同位相の複数のリンクで構成されるリンク列を進行方向(前後方向)に3つ並べて1つのリンクユニットとし、この3列のリンク列からなるリンクユニットを進行方向に複数連結して形成されているとともに、各リンク列に含まれるリンク枚数が異なるものとされることがある。
【0011】
動力伝達装置では、動力伝達チェーンが破断した場合、可動シーブがさらに固定シーブに近づくことで、ドライブピンがプーリの径方向外方に移動し、ドライブピンに固定されたリンクの外周面がケースの内周面に接触することで、プーリとケースとの間に動力伝達チェーンの一部が挟まって、動力伝達チェーンが移動できなくなり、プーリの回転が阻害(ロック)される可能性がある。そこで、動力伝達チェーンが破断して、ドライブピンが両シーブ間に挟持された状態でプーリの径方向外方に移動し、プーリとケースとの間に動力伝達チェーンが挟持された際に、動力伝達チェーンがケースに対してチェーン進行方向に移動を継続できるようにすることにより、プーリのロックが防止されることになる。
【0012】
ロック防止手段(動力伝達チェーンがケースに対して移動可能とするための構成)は、動力伝達チェーンに設けられてもよく、ケースに設けられてもよい。
【0013】
ロック防止手段は、ケース内周面および動力伝達チェーン外周面の少なくとも一方に設けられた固体潤滑剤層とされていることがある。固体潤滑剤としては、例えばポリアミドイミド、ポリイミド、エポキシ樹脂等の熱硬化性樹脂や、ポリテトラフルオロエチレン、ポリイミドなどの高分子樹脂、上記樹脂以外に、銅、銀、金、アルミニウム、錫、亜鉛等、およびこれらの合金、黒鉛、酸化鉛、二硫化タングステン、二硫化モリブデン等の軟質金属等がある。これらの固体潤滑剤の被膜をケース内周面および動力伝達チェーン外周面にコーティングする方法としては、スパッタリング法、蒸着法、イオンプレーティグ法等がある。動力伝達チェーン外周面に固体潤滑剤層を設ける場合、リンクに設けることになり、この場合、各リンクのチェーン径方向外方側に位置する面にだけコーティングしてもよく、各リンクの外周面の全周にわたってコーティングしてもよい。
【0014】
ケース内周面および動力伝達チェーン外周面の少なくとも一方に固体潤滑剤層が設けられていることで、プーリとケースとの間に動力伝達チェーンが挟持された際に、ケース内周面が動力伝達チェーン外周面を案内する形で、動力伝達チェーンがケースに対してチェーン進行方向に移動しやすいものとなり、プーリの回転が継続される(プーリのロックが防止される)ことになる。
【0015】
また、ロック防止手段は、ケース内周面および動力伝達チェーン外周面のいずれか一方に回転可能に取り付けられた回転体とされていることがある。
【0016】
ケース内周面に設けられる回転体は、ローラ(ころ)またはボール(玉)とされ、動力伝達チェーン外周面に設けられる回転体は、ローラ(ころ)とされる。ケース内周面に回転体を設ける場合、可動シーブが固定シーブに最も近づいたときの動力伝達チェーンのピン軸方向中央位置を含むように回転体が配置される。回転体は、ケース内周面に沿って周方向に複数設けられることが好ましい。動力伝達チェーン外周面に回転体(ローラ)を設けるには、ピンの両端に配置されたリンクのチェーン径方向外方側に貫通孔を有するローラ支持部を設け、このローラ支持部の貫通孔によってローラの軸を受けるようにすればよい。ローラ支持部は、リンクのチェーン進行方向のほぼ中央に設けられ、ローラがリンクに干渉しないようにかつローラの軸方向から見てローラの外周面がリンクのローラ支持部よりも露出するように、ローラ支持部の大きさ、貫通孔の位置およびローラの径が設定される。ローラは、チェーン内周面に沿って周方向に複数設けられることが好ましいが、すべてのリンク列に設ける必要はなく、上記のように、幅方向同位相の複数のリンクで構成されるリンク列を進行方向(前後方向)に3つ並べて1つのリンクユニットとし、この3列のリンク列からなるリンクユニットを進行方向に複数連結して形成されているチェーンでは、1つのリンクユニットに付き1つの回転体または2〜5のリンクユニットに付き1つの回転体などとすることができる。
【0017】
回転体は上記の固体潤滑剤層と同様の案内機能(摩擦係数低減効果)を有しており、プーリとケースとの間に動力伝達チェーンが挟持された際に、ケース内周面が動力伝達チェーン外周面を案内する形で、動力伝達チェーンがケースに対してチェーン進行方向に移動しやすいものとなり(固体潤滑剤層に比べてより移動しやすいものとなり)、プーリの回転が継続される(プーリのロックが防止される)ことになる。
【0018】
また、ロック防止手段は、動力伝達チェーンがケースに当接した際、その当接したケースの部分が離脱しやすいようにケースに設けられた切欠き部とされていることがある。
【0019】
ケースは、可動部材である動力伝達チェーンおよびプーリを収容するとともに、潤滑油も収容するようになっているが、それほど強度は必要としないものであり、このケースに弱い部分を設けておくことで、プーリとケースとの間に動力伝達チェーンが挟持された際に、ケースの弱い部分は、動力伝達チェーンの移動を完全に阻害することができず、動力伝達チェーンがケースに対してチェーン進行方向に移動しやすいものとなり、プーリの回転が継続される(プーリのロックが防止される)ことになる。
【0020】
ドライブピンおよびインターピースのうちの一方は、一のリンクの前挿通部に固定されかつ他のリンクの後挿通部に移動可能に嵌め入れられ、同他方は、一のリンクの前挿通部に移動可能に嵌め入れられかつ他のリンクの後挿通部に固定されていることが好ましい。
【0021】
リンクは、例えば、ばね鋼や炭素工具鋼製とされる。リンクの材質は、ばね鋼や炭素工具鋼に限られるものではなく、軸受鋼などの他の鋼でももちろんよい。リンクは、前後挿通部がそれぞれ独立の貫通孔(柱有りリンク)とされていてもよく、前後挿通部が1つの貫通孔(柱無しリンク)とされていてもよい。ドライブピンおよびインターピースの材質としては、軸受鋼などの適宜な鋼が使用される。ケースの材質は、特に限定されるものではなく、例えば鋼が使用される。
【0022】
なお、この明細書において、リンクの長さ方向の一端側を前、同他端側を後としているが、この前後は便宜的なものであり、リンクの長さ方向が前後方向と常に一致することを意味するものではない。
【0023】
この動力伝達装置は、自動車等の車両の無段変速機としての使用に好適なものとなる。
【0024】
このような無段変速機では、各プーリは、円錐状のシーブ面を有する固定シーブと、固定シーブのシーブ面に対向する円錐状のシーブ面を有する可動シーブとからなり、両シーブのシーブ面間にチェーンを挟持し、可動シーブを油圧アクチュエータによって移動させることにより、無段変速機のシーブ面間距離したがってチェーンの巻き掛け半径が変化するものとされる。
【発明の効果】
【0025】
この発明の動力伝達装置によると、プーリとケースとの間に動力伝達チェーンが挟持された際に、動力伝達チェーンがケースに対してチェーン進行方向に移動可能とすることにより、プーリがロックすることを防止するロック防止手段が設けられているので、動力伝達チェーンが破断して、ドライブピンが両シーブ間に挟持された状態でプーリの径方向外方に移動していった際に、動力伝達チェーンが挟持されたままその進行方向に移動することにより、プーリのロックが防止される。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】図1は、この発明による動力伝達装置で使用されているチェーンの一部を示す平面図である。
【図2】図2は、動力伝達チェーンの構成要素の拡大側面図である。
【図3】図3は、この発明による動力伝達装置の第1実施形態を模式的に示す正面図である。
【図4】図4は、この発明による動力伝達装置の第2実施形態を模式的に示す正面図である。
【図5】図5は、この発明による動力伝達装置の第3実施形態を模式的に示す正面図である。
【図6】図6は、この発明による動力伝達装置の第4実施形態を模式的に示す正面図である。
【図7】図7は、第4実施形態の最外側に配置されているリンクの一例を示す側面図である。
【図8】図8は、この発明による動力伝達装置の第5実施形態の1例を模式的に示す正面図である。
【図9】図9は、この発明による動力伝達装置の第5実施形態の他の例を模式的に示す正面図である。
【図10】図10は、従来の動力伝達装置を示す斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、図面を参照して、この発明の実施形態について説明する。以下の説明において、上下は、図2の上下をいうものとする。
【0028】
図1は、この発明による動力伝達装置で使用される動力伝達チェーンの一部を示しており、動力伝達チェーン(1)は、チェーン長さ方向に所定間隔をおいて設けられた前後挿通部(12)(13)を有する複数のリンク(11)(21)と、チェーン幅方向に並ぶリンク(11)(21)同士を長さ方向に屈曲可能に連結する複数のドライブピン(第1ピン)(14)およびインターピース(第2ピン)(15)とを備えている。インターピース(15)は、ドライブピン(14)よりも短くなされ、両者は、インターピース(15)が前側に、ドライブピン(14)が後側に配置された状態で対向させられている。
【0029】
チェーン(1)は、幅方向同位相の複数のリンクで構成されるリンク列を進行方向(前後方向)に3つ並べて1つのリンクユニットとし、この3列のリンク列からなるリンクユニットを進行方向に複数連結して形成されている。この実施形態では、リンク枚数が9枚のリンク列とリンク枚数が8枚のリンク列2つとが1つのリンクユニットとされている。
【0030】
この発明の動力伝達チェーン(1)では、リンク(11)(21)については、ショートリンク(11)およびロングリンク(21)の2種類が使用されている。ショートリンク(11)とロングリンク(21)とでは、チェーン(1)の直線領域においてドライブピン(14)とインターピース(15)とが接触している線(断面では点)間の距離(図2に符号Aで示す点とBで示す点との距離)=「ピッチ長」が異なっている。
【0031】
図2に示すように、ショートリンク(11)(ロングリンク(21)も同じ)の前挿通部(12)は、ドライブピン(14)が移動可能に嵌め合わせられるドライブピン可動部(16)およびインターピース(15)が固定されるインターピース固定部(17)からなり、後挿通部(13)は、ドライブピン(14)が固定されるドライブピン固定部(18)およびインターピース(15)が移動可能に嵌め合わせられるインターピース可動部(19)からなる。
【0032】
各ドライブピン(14)は、インターピース(15)に比べて前後方向の幅が広くなされており、インターピース(15)の上下縁部には、各ドライブピン(14)側にのびる突出縁部(15a)(15b)が設けられている。
【0033】
チェーン幅方向に並ぶリンク(11)(21)を連結するに際しては、一のリンク(11)(21)の前挿通部(12)と他のリンク(11)(21)の後挿通部(13)とが対応するようにリンク(11)(21)同士が重ねられ、ドライブピン(14)が一のリンク(11)(21)の後挿通部(13)に固定されかつ他のリンク(11)(21)の前挿通部(12)に移動可能に嵌め合わせられ、インターピース(15)が一のリンク(11)(21)の後挿通部(13)に移動可能に嵌め合わせられかつ他のリンク(11)(21)の前挿通部(12)に固定される。そして、このドライブピン(14)とインターピース(15)とが相対的に転がり接触移動することにより、リンク(11)(21)同士の長さ方向(前後方向)の屈曲が可能とされる。
【0034】
リンク(11)(21)のドライブピン固定部(18)とインターピース可動部(19)との境界部分には、インターピース可動部(19)の上下の凹円弧状案内部(19a)(19b)にそれぞれ連なりドライブピン固定部(18)に固定されているドライブピン(14)を保持する上下の凸円弧状保持部(18a)(18b)が設けられている。同様に、インターピース固定部(17)とドライブピン可動部(16)との境界部分には、ドライブピン可動部(16)の上下の凹円弧状案内部(16a)(16b)にそれぞれ連なりインターピース固定部(17)に固定されているインターピース(15)を保持する上下の凸円弧状保持部(17a)(17b)が設けられている。
【0035】
ドライブピン(14)を基準としたドライブピン(14)とインターピース(15)との接触位置の軌跡は、円のインボリュートとされており、この実施形態では、ドライブピン(14)の転がり接触面(14a)が、断面において半径Rb、中心Mの基礎円を持つインボリュート曲線とされ、インターピース(15)の転がり接触面(15c)が平坦面(断面形状が直線)とされている。これにより、各リンク(11)(21)がチェーン(1)の直線領域から曲線領域へまたは曲線領域から直線領域へと移行する際、前挿通部(12)においては、ドライブピン(14)が固定状態のインターピース(15)に対してその転がり接触面(14a)がインターピース(15)の転がり接触面(15c)に転がり接触(若干のすべり接触を含む)しながらドライブピン可動部(16)内を移動し、後挿通部(13)においては、インターピース(15)がインターピース可動部(19)内を固定状態のドライブピン(14)に対してその転がり接触面(15c)がドライブピン(14)の転がり接触面(14a)に転がり接触(若干のすべり接触を含む)しながら移動する。
【0036】
この動力伝達チェーン(1)は、必要な数のドライブピン(14)およびインターピース(15)を組立て治具上に垂直状に保持した後、リンク(11)を1つずつあるいは数枚まとめて圧入していくことにより製造される。この圧入は、ドライブピン(14)およびインターピース(15)の上下縁部とドライブピン固定部(18)およびインターピース固定部(17)の上下縁部との間において行われており、その圧入代は0.005mm〜0.1mmとされている。こうして、組み立てられたチェーン(1)には張力が付与(予張)される。
【0037】
図3は、この発明による動力伝達装置の第1実施形態を示すもので、動力伝達装置は、円錐面状シーブ面(2c)(2d)をそれぞれ有する固定シーブ(2a)および可動シーブ(2b)からなる第1のプーリ(2)と、円錐面状シーブ面をそれぞれ有する固定シーブおよび可動シーブからなる第2のプーリと、これら第1および第2のプーリ(2)に掛け渡される動力伝達チェーン(1)と、両プーリ(2)および動力伝達チェーン(1)を収納するケース(4)と、ケース(4)とプーリ(2)との間で動力伝達チェーン(1)が移動不可能となることを防止するロック防止手段(5)とを備えている。
【0038】
動力伝達装置では、プーリ軸(2e)を有するプーリ(2)の固定シーブ(2a)および可動シーブ(2b)の各円錐状シーブ面(2c)(2d)にインターピース(15)の端面が接触しない状態で、ドライブピン(14)の端面がプーリ(2)の円錐状シーブ面(2c)(2d)に接触し、この接触による摩擦力により動力が伝達される。
【0039】
第2のプーリは、図示省略しているが、第1のプーリ(2)の固定シーブ(2a)と可動シーブ(2b)とが左右逆にされたもの(図10参照)となっている。
【0040】
図3は、第1のプーリ(2)の可動シーブ(2b)が固定シーブ(2a)に対して接近した状態を示しており、第1のプーリ(2)における巻き掛け径が大きいものとなっている。第2のプーリでは、その可動シーブが第1のプーリ(2)の可動シーブ(2b)とは逆向きに移動し、第1のプーリ(2)の巻き掛け径が大きくなると、第2のプーリの巻き掛け径が小さくなり、第1のプーリ(2)の巻き掛け径が小さくなると、第2のプーリの巻き掛け径が大きくなる。この結果、第1のプーリ(プライマリ・プーリ)(2)の巻き掛け径が最小で、第2のプーリ(セカンダリ・プーリ)の巻き掛け径が最大であるU/D(アンダードライブ)状態が得られ、また、プライマリ・プーリ(2)の巻き掛け径が最大で、セカンダリ・プーリの巻き掛け径が最小のO/D(オーバードライブ)状態が得られる。
【0041】
U/DおよびO/D状態では、動力伝達チェーン(1)の外周面がケース(4)の内周面に接近しており、動力伝達チェーン(1)が破断した場合、これに伴って、ドライブピン(14)が両シーブ(2a)(2b)間に挟持された状態でプーリ(2)の径方向外方(図の上方)に移動して、プーリ(2)とケース(4)との間に動力伝達チェーン(1)が挟持される可能性がある。この際、動力伝達チェーン(1)がそれ以上移動できない場合、プーリ(2)の回転が阻害(ロック)されることになる。
【0042】
ロック防止手段(5)は、プーリ(2)とケース(4)との間に動力伝達チェーン(1)が挟持された際に、動力伝達チェーン(1)がケース(4)に対してチェーン進行方向に移動可能とすることにより、プーリ(2)がロックすることを防止するもので、その第1実施形態は、図3に示すように、ケース(4)内周面に設けられた固体潤滑剤層(31)からなる。固体潤滑剤層(31)は、プーリ(2)の固定シーブ(2a)に対向する位置を基準として、動力伝達チェーン(1)の幅にほぼ等しい幅で形成されている。
【0043】
固体潤滑剤層(31)は、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、二硫化モリブデンなどの適宜な固体潤滑剤(使用状態では固体状態にある潤滑剤)の被膜からなる。動力伝達チェーン(1)のリンク(11)の表面には、動力伝達チェーン(1)を潤滑するための潤滑油の膜が存在しており、この潤滑油の膜に固体潤滑剤層(31)が接触することで、動力伝達チェーン(1)とケース(4)との摩擦係数が大幅に低減している。したがって、動力伝達チェーン(1)が破断した場合、動力伝達チェーン(1)の外周面が固体潤滑剤層(31)に案内されることで、動力伝達チェーン(1)は、その進行方向に継続して移動可能となっており、これにより、プーリ(2)のロックが防止される。
【0044】
上記の動力伝達チェーン(1)では、ドライブピンの上下移動の繰り返しにより、多角形振動が生じ、これが騒音の要因となるが、ドライブピン(14)とインターピース(15)とが相対的に転がり接触移動しかつドライブピン(14)を基準としたドライブピン(14)とインターピース(15)との接触位置の軌跡が円のインボリュートとされていることにより、ドライブピンおよびインターピースの接触面がともに円弧面である場合などと比べて、振動を小さくすることができ、騒音を低減することができる。そして、CVTで使用された場合、ドライブピン(14)とインターピース(15)とは、上述のように、各可動部(16)(19)に案内されて転がり接触移動するので、プーリ(2)のシーブ面(2c)(2d)に対してドライブピン(14)はほとんど回転しないことになり、摩擦損失が低減し、高い動力伝達率が確保される。そして、動力伝達チェーン(1)が破断した場合の安全性がロック防止手段(5)によって高められているので、安全性もより向上したものとなる。
【0045】
固体潤滑剤層(31)は、ケース(4)ではなく、また、ケース(4)にも設けたままで、動力伝達チェーン(1)に設けるようにしてもよい。ロック防止手段(5)の第2実施形態は、図4に示すように、固体潤滑剤層(32)が動力伝達チェーン(1)のリンク(11)に設けられたものである。図示した例では、リンク(11)の外周面に沿う全面(側面は含まない)に固体潤滑剤層(32)が設けられている。固体潤滑剤層(32)は、動力伝達チェーン(1)とケース(4)との摩擦係数の低減を目的とするものであるので、リンク(11)の外周面のうちのケース(4)に対向する面(図4の上面)だけに設けるようにしてもよい。また、隣り合うリンク(11)間の摩擦係数を低減するために、リンク(11)の側面にも固体潤滑剤層を設けるようにしてもよい。
【0046】
ロック防止手段(5)は、動力伝達チェーン(1)がケース(4)に対してチェーン進行方向に移動可能とするものであれば、上記の固体潤滑剤層(31)(32)からなるものに限定されるものではない。以下に、他の実施形態を示す。
【0047】
ロック防止手段(5)の第3実施形態は、図5に示すように、ケース(4)内周面に取り付けられた回転体としてのローラ(33)からなる。ローラ(33)は、その外周面がケース(4)の内周面よりも突出するように、ケース(4)に設けられた凹所(4a)に回転可能に支持されている。ローラ(33)は、可動シーブ(2b)が固定シーブ(2a)に最も近づいたとき(図5に示した状態)の動力伝達チェーン(1)のピン軸方向中央位置を含むように配置される。ローラ(33)の軸方向長さは、動力伝達チェーン(1)の幅とほぼ同じであってもよいが、これより短くてもよい。ローラ(33)は、プーリ(2)の外周面に対向しているケース(4)内周面に周方向に所定間隔で複数設けられている。ローラ(33)の形状は特に限定されるものではなく、ローラ(33)に代えて、ボールとしてもよい。
【0048】
ロック防止手段(5)の第4実施形態は、図6に示すように、動力伝達チェーン(1)外周面に設けられた回転体としてのローラ(34)からなる。
【0049】
動力伝達チェーン(1)は、図1に示したように、リンク枚数が9枚のリンク列とリンク枚数が8枚のリンク列2つとからなるリンクユニットを基本構成要素としており、ローラ(34)は、各リンクユニットの両端(9枚のリンク列の両端)に配置されたローラ支持用リンク(35)間に支持されることで、1つのリンクユニットに付き1つ設けられている。9枚のリンク列の両端に配置されたローラ支持用リンク(35)には、図7に拡大して示すように、チェーン径方向外方側に突出するローラ支持部(36)が設けられている。ローラ支持用リンク(35)は、他のリンク(11)と同じ形状の前後挿通部(12)(13)を有しており、ローラ支持部(36)は、前後挿通部(12)(13)の中間にある柱部に連なって設けられている。ローラ支持部(36)には、ローラ(34)の軸(34a)を受ける貫通孔(36a)が設けられている。ローラ(34)は、軸(34a)の両端部がかしめられることで、ローラ支持用リンク(35)から抜けないようになされている。ローラ(34)は、ローラ支持用リンク(35)以外のリンク(11)に干渉しないようにかつローラ(34)の軸方向から見てその外周面がローラ支持用リンク(35)のローラ支持部(36)の上面(チェーン径方向外方にある面)よりも露出するようになされており、ローラ支持部(36)の大きさ、貫通孔(36a)の位置およびローラ(34)の径がこれを満たすように設定されている。
【0050】
ロック防止手段(5)の第3および第4実施形態のものでは、回転体としてのローラ(33)(34)によって、動力伝達チェーン(1)とケース(4)との間の摩擦係数が大幅に低減し、これにより、動力伝達チェーン(1)がケース(4)に対してチェーン進行方向に移動しやすいものとなっている。したがって、動力伝達チェーン(1)が破断した場合、動力伝達チェーン(1)の外周面がローラ(33)(34)に案内されることで、動力伝達チェーン(1)がその進行方向に継続して移動し、これにより、プーリ(2)のロックが防止される。
【0051】
上記のロック防止手段(5)の第1から第4までの実施形態は、動力伝達チェーン(1)とケース(4)との間の摩擦係数を低減することで、動力伝達チェーン(1)がケース(4)に対してチェーン進行方向に移動可能とするものであるが、動力伝達チェーン(1)がケース(4)に当接した際、ケース(4)の当接部分を離脱させることで、動力伝達チェーン(1)がケース(4)に対してチェーン進行方向に移動可能とするようにしてもよい。
【0052】
ロック防止手段(5)の第5実施形態は、図8および図9に示すように、動力伝達チェーン(1)がケース(4)に当接した際、その当接したケース(4)の部分が離脱しやすいようにケース(4)に設けられた切欠き部(37)(38)からなる。
【0053】
図8において、切欠き部(37)は、V字状とされて、ケース(4)外周面に2つ設けられている。一方の切欠き部(37)は、プーリ(2)の固定シーブ(2a)に対向する位置に設けられ、他方の切欠き部(37)は、これに対して動力伝達チェーン(1)の幅にほぼ等しい間隔をおくように形成されている。
【0054】
図9において、切欠き部(38)は、方形状とされて、ケース(4)内周面に設けられている。切欠き部(38)は、プーリ(2)の固定シーブ(2a)に対向する位置を基準にして動力伝達チェーン(1)の幅とほぼ同じ大きさの幅とされている。
【0055】
このようにすると、プーリ(2)とケース(4)との間に動力伝達チェーン(1)が挟持された際に、切欠き部(37)(38)が設けられたケース(4)の弱い部分は、離脱するかまたは変形することで動力伝達チェーン(1)の移動を完全に阻害することができないため、動力伝達チェーン(1)がケースに対してチェーン進行方向に移動しやすいものとなり、プーリ(2)のロックが防止される。切欠き部(37)(38)の形状および数が図示したものに限定されないのはもちろんである。
【符号の説明】
【0056】
(1) 動力伝達チェーン
(2) プーリ
(2a) 固定シーブ
(2b) 可動シーブ
(2c)(2d) 円錐状シーブ面
(4) ケース
(5) ロック防止手段
(11)(21) リンク
(12) 前挿通部
(13) 後挿通部
(14) ドライブピン(第1ピン)
(15) インターピース(第2ピン)
(31) 固体潤滑剤層
(32) 固体潤滑剤層
(33) ローラ(回転体)
(34) ローラ(回転体)
(37)(38) 切欠き部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
固定シーブおよび可動シーブからなる第1のプーリと、固定シーブおよび可動シーブからなる第2のプーリと、これら第1および第2のプーリに掛け渡される動力伝達チェーンと、両プーリおよび動力伝達チェーンを収納するケースとを備え、動力伝達チェーンは、ピンが挿通される前後挿通部を有する複数のリンクと、一のリンクの前挿通部と他のリンクの後挿通部とが対応するようにチェーン幅方向に並ぶリンク同士を連結する前後に並ぶ複数の第1ピンおよび複数の第2ピンとを有し、第1ピンおよび第2ピンの少なくとも一方が両シーブ間に挟持されて、ピンと両シーブとの摩擦力により動力が伝達される動力伝達装置において、
プーリとケースとの間に動力伝達チェーンが挟持された際に、動力伝達チェーンがケースに対してチェーン進行方向に移動可能とすることにより、プーリがロックすることを防止するロック防止手段が設けられていることを特徴とする動力伝達装置。
【請求項2】
ロック防止手段は、ケース内周面および動力伝達チェーン外周面の少なくとも一方に設けられた固体潤滑剤層とされている請求項1の動力伝達装置。
【請求項3】
ロック防止手段は、ケース内周面および動力伝達チェーン外周面のいずれか一方に回転可能に取り付けられた回転体とされている請求項1の動力伝達装置。
【請求項4】
ロック防止手段は、動力伝達チェーンがケースに当接した際、その当接したケースの部分が離脱しやすいようにケースに設けられた切欠き部とされている請求項1の動力伝達装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2011−241908(P2011−241908A)
【公開日】平成23年12月1日(2011.12.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−114867(P2010−114867)
【出願日】平成22年5月19日(2010.5.19)
【出願人】(000001247)株式会社ジェイテクト (7,053)
【Fターム(参考)】