説明

多型部位の遺伝子配列及びヘテロ接合性の消失の判定方法、並びにそれに基づいた癌に対する医薬

【課題】癌細胞特異的に増殖抑制効果を示す2本鎖RNA及び医薬を提供する。
【解決手段】抗癌剤標的遺伝子の所定の標的配列に相同であり、RNA干渉によって抗癌剤標的遺伝子の発現を抑制可能な2本鎖RNAであって、前記標的配列が多型部位を含む。前記抗癌剤標的遺伝子は例えばチミジル酸合成酵素遺伝子である。前記多型部位は、特定の塩基配列の3カ所における各々連続する6塩基である。該二本鎖RNA又はベクターを含む癌に対する医薬、設計方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、遺伝子多型を利用した新規な治療戦略に用いられる2本鎖RNA、それを含む癌に対する医薬、前記医薬を含む癌治療キット、前記2本鎖RNAの設計方法に関する。また、本発明は、前記医薬に用いられる2本鎖RNAの設計支援に好適な、多型部位の遺伝子型及びヘテロ接合性の消失の判定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
チミジル酸合成酵素(thymidylate synthase)は癌治療の有効な分子標的として知られており、チミジル酸合成酵素阻害剤であるフルオロウラシルやフルオロデオキシウリジン等は、大腸癌、胃癌、肺癌、乳癌等を対象に臨床的にも広く用いられている。チミジル酸合成酵素は細胞分裂に密接にかかわる酵素であり、その阻害剤は細胞分裂が盛んな癌細胞に対して高い増殖抑制効果を示すとされるが、同じく細胞分裂が盛んな骨髄や消化管に対しても毒性を示してしまう。すなわち、チミジル酸合成酵素を標的とする抗癌剤は、癌細胞と正常細胞とで増殖抑制効果の差が小さく、臨床使用時には骨髄毒性や消化管毒性が問題となる。
【0003】
ところで近年、RNA干渉(RNAi)という現象を利用して特定の遺伝子の発現を抑制するメカニズムが注目を浴びている。これは、標的遺伝子の特定の配列に相同なセンス鎖とアンチセンス鎖とからなる2本鎖RNAを細胞内に導入すると、標的遺伝子の特定配列の転写産物(mRNA)が特異的に分解され、遺伝子発現が抑制されるという現象である。この応用技術についても各方面で検討が進められており、例えばチミジル酸合成酵素遺伝子を標的とする2本鎖RNAを癌細胞に導入し、チミジル酸合成酵素阻害を引き起こすことが検討されている(例えば特許文献1等参照)。
【特許文献1】特開2005−253342号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、前記特許文献1に記載される2本鎖RNAは、チミジル酸合成酵素遺伝子の発現を癌細胞特異的に抑制するものではないため、これを患者に投与した場合、既存のフルオロウラシル等の抗癌剤と同様、正常細胞に対する毒性が問題となる。
【0005】
本発明はこのような従来の実情に鑑みて提案されたものであり、癌細胞特異的に増殖抑制効果を示す2本鎖RNAを提供することを目的とする。また、本発明は、前記2本鎖RNAを細胞内で発現するベクターを提供することを目的とする。また、本発明は、前記2本鎖RNA又は前記ベクターを含む癌に対する医薬及び前記医薬を含む癌治療キットを提供することを目的とする。さらに、本発明は、前記2本鎖RNAの設計方法を提供することを目的とする。さらに本発明は、例えば前記2本鎖RNAの設計方法を支援するための、抗癌剤標的遺伝子の多型部位の遺伝子配列及びヘテロ接合性の消失の判定方法に関する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
前述の目的を達成するために、本発明に係る2本鎖RNAは、抗癌剤標的遺伝子の所定の標的配列に相同であり、RNA干渉によって抗癌剤標的遺伝子の発現を抑制可能な2本鎖RNAであって、前記標的配列が多型部位を含むことを特徴とする。また、本発明に係るベクターは、前記2本鎖RNAを細胞内で発現することを特徴とする。また、本発明に係る癌に対する医薬は、前記2本鎖RNAを含むことを特徴とする。
【0007】
例えばチミジル酸合成酵素遺伝子のような抗癌剤標的遺伝子に存在する多型部位のうち、少なくとも1つの多型部位の遺伝子配列がアレルのそれぞれで異なっており、且つ、癌細胞の抗癌剤標的遺伝子座にヘテロ接合性の消失が認められる患者の癌細胞に、癌細胞に残る側のアレルの多型部位に対応する遺伝子配列を標的配列として含む2本鎖RNAが導入されると、RNA干渉により癌細胞に残るアレルからの抗癌剤標的遺伝子の発現が特異的に抑制される。これに対して前記2本鎖RNAが正常細胞に導入されると、一方のアレルからの抗癌剤標的遺伝子の発現はRNA干渉により抑制されるが、他方のアレルから抗癌剤標的遺伝子の発現は抑制されない。このため、前記2本鎖RNAによれば、癌細胞特異的に抗癌剤標的遺伝子の発現を抑え、抗癌剤標的遺伝子がチミジル酸合成酵素遺伝子の場合には癌細胞特異的な増殖抑制効果が得られる。したがって、前記2本鎖RNAは、及び、前記2本鎖RNAの発現ベクターは、癌細胞に対して特異的に抗癌作用を示す医薬として有効である。
【0008】
また、本発明に係る癌治療キットは、前記医薬と、前記医薬と異なる種類の抗癌剤とを含むことを特徴とする。
【0009】
前記癌治療キットによれば、チミジル酸合成酵素阻害剤等の抗癌剤の働きにより癌細胞全体にわたり偏り無く増殖抑制効果等を示す一方、前記2本鎖RNA又はベクターを含む医薬の併用により、癌細胞特異的に抗癌剤標的遺伝子の発現を抑制し、癌細胞特異的な増殖抑制効果を高めることができる。
【0010】
また、本発明に係る2本鎖RNAの設計方法は、同一個体に由来する正常細胞及び癌細胞について、条件(1)及び条件(2)を満たすか否かを検討する工程と、条件(1)及び条件(2)を満たす場合には、前記条件(1)の検討結果から、遺伝子配列がアレルのそれぞれで異なっていると認められた多型部位であって、癌細胞において残存したアレルの多型部位の遺伝子配列を特定する工程と、特定された多型部位の遺伝子配列を標的に含む2本鎖RNAの配列を設計する工程とを有することを特徴とする。
条件(1):正常細胞の抗癌剤標的遺伝子の少なくとも1つの多型部位において、多型部位の遺伝子配列がアレルのそれぞれで異なっていること
条件(2):癌細胞の抗癌剤標的遺伝子の片側のアレルの発現が抑制されていること
【0011】
前記設計方法によれば、正常細胞に対しては作用せず、癌細胞特異的に増殖抑制効果を示すRNA干渉用2本鎖RNAの設計が実現される。
【0012】
さらに、本発明に係る多型部位の遺伝子配列及びヘテロ接合性の消失の判定方法は、抗癌剤標的遺伝子の多型部位の一方の遺伝子配列に相補的な塩基配列を含む第1のプライマーと、他方の遺伝子配列に相補的な塩基配列を含む第2のプライマーとを用意するとともに、前記第1のプライマーと前記第2のプライマーとに互いに異なるシグナルを示す標識を付加し、正常細胞及び癌細胞から抽出されたDNAを鋳型として前記第1のプライマーと前記第2のプライマーとを用いたアレル特異的PCRを行い、前記標識由来のシグナルを指標として、正常細胞の抗癌剤標的遺伝子の少なくとも1つの多型部位の遺伝子配列、及び、癌細胞の抗癌剤標的遺伝子座のヘテロ接合性の消失の有無を判定することを特徴とする。
【0013】
正常細胞と癌細胞とについて前記アレル特異的PCR法を行うことで癌細胞の標的遺伝子座のヘテロ接合性の消失の有無と、正常細胞の多型部位の遺伝子配列とをそれぞれ調べることができる。このため、各検討を個別に行う必要が無く、多型部位の遺伝子配列及びヘテロ接合性の消失を迅速に判定することができる。
【発明の効果】
【0014】
本発明に係る2本鎖RNAによれば、正常細胞の抗癌剤標的遺伝子の少なくとも1つの多型部位の遺伝子配列がアレルのそれぞれで異なっており、且つ、癌細胞の抗癌剤標的遺伝子の片側のアレルの発現が抑制されている場合、癌細胞の増殖を特異的に抑制することができる。したがって、前記2本鎖RNA又は前記2本鎖RNAの発現ベクターを含む医薬によれば、特定の患者に対して癌細胞に対する特異的増殖抑制効果と正常細胞に対する低毒性とを両立した新規な癌治療を実現することができる。また、本発明に係る癌治療キットによれば、既存の抗癌剤の欠点である癌細胞特異性の低さを改善した治療を実現することができる。さらに、本発明に係る2本鎖RNAの設計方法によれば、癌細胞特異的に増殖抑制効果を示す2本鎖RNAを得ることができる。加えて、本発明に係る判定方法によれば、抗癌剤標的遺伝子の多型部位の遺伝子配列及びヘテロ接合性の消失を迅速に判定することができ、RNA干渉により癌細胞の増殖を特異的に抑制可能な2本鎖RNAの設計を迅速に行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
先ず、本発明の概要について説明する。
正常細胞のチミジル酸合成酵素遺伝子には、例えばC1053T、A1122G、1494del6等と称される、複数の多型部位が存在することが知られている。C1053Tは、配列番号1に記載されるチミジル酸合成酵素酵素遺伝子を表す塩基配列中、1066番目(T/C)に位置する。A1122Gは、配列番号1に記載される塩基配列中、1136番目(A/G)に位置する。1494del6は、配列番号1に記載される塩基配列中、1494番目から連続する6塩基(TTAAAG/欠失)に位置する。なお、配列番号1に示すチミジル酸合成酵素遺伝子は、C1053T、A1122G、1494del6の各多型配列をT、A、6+のハプロタイプで保有している。本願発明者らが解析したところ、これら多型部位のうち少なくとも1つの多型部位の遺伝子型がアレルのそれぞれで異なっている頻度は、約40%であった。
【0016】
一方、本願発明者らは長年に亘る研究の結果、癌細胞のチミジル酸合成酵素遺伝子座にヘテロ接合性の消失が高頻度に認められることを観察してきた。例えば大腸癌の場合、チミジル酸合成酵素遺伝子座にヘテロ接合性の消失が認められる頻度は、約60%であった。したがって、大腸癌患者において、前述の多型部位のうち少なくとも1つの多型部位の遺伝子型がアレルのそれぞれで異なっており、且つ、チミジル酸合成酵素遺伝子座にヘテロ接合性の消失が認められる頻度は、40%と60%とを乗じた値である24%程度となる。
【0017】
そして、本願発明者らは、これらの特徴を利用することにより、癌細胞の増殖を特異的に抑制し、さらにはフルオロウラシル等のチミジル酸合成酵素阻害剤の効果を癌細胞特異的に増強可能な、治療の新戦略(tailored molecular modulation)を創案した。前記治療法は、図1に示すように、正常細胞のチミジル酸合成酵素遺伝子の少なくとも1つの多型部位の遺伝子配列がアレルのそれぞれで異なっており(配列A/配列B)、且つ、癌細胞のチミジル酸合成酵素遺伝子座にヘテロ接合性の消失が生じている(配列A/Loss)患者に有効である。前述の大腸癌を例に挙げると、大腸癌患者全体のうち24%程度の患者が対象となる。このような患者に配列Aを含むチミジル酸合成酵素遺伝子の発現をRNA干渉により抑制可能な2本鎖RNAを投与すると、癌細胞側に1本のみ残るアレルからのチミジル酸合成酵素遺伝子の発現が特異的に抑制されるので、癌細胞はチミジル酸合成酵素を発現できずに死滅する。ところが同一個体の正常細胞では、もう一方のアレル(配列Bを含む)からチミジル酸合成酵素が発現するため、生存する。したがって、癌細胞側に1本のみ残るアレルからのチミジル酸合成酵素遺伝子の発現をRNA干渉により特異的に抑制可能な2本鎖RNAを患者に投与することで、癌細胞特異的に増殖抑制効果を得ることができる。また、フルオロウラシル等のチミジル酸合成酵素阻害剤と前記2本鎖RNAとを併用することで、チミジル酸合成酵素阻害剤の効果を癌細胞特異的に増強させ、より高い効果を得ることができる。
【0018】
以下、前述の治療戦略を実現するための2本鎖RNA及びこれを含む医薬について説明する。本発明の医薬に用いられる2本鎖RNAは、抗癌剤標的遺伝子の所定の標的配列に相同であり、RNA干渉によって抗癌剤標的遺伝子の発現を抑制可能な2本鎖RNAであって、標的配列が多型部位を含むものである。本発明において抗癌剤標的遺伝子とは、抗癌剤による発現抑制又は発現産物の機能抑制の対象となる遺伝子のことをいうが、以下では、発明の理解を容易とするために、抗癌剤標的遺伝子としてチミジル酸合成酵素遺伝子を例に挙げて説明する。
【0019】
前述したように、本発明の2本鎖RNAは、正常細胞のチミジル酸合成酵素遺伝子の少なくとも1つの多型部位の遺伝子配列がアレルのそれぞれで異なっており、且つ、癌細胞のチミジル酸合成酵素遺伝子の片側のアレルの発現が抑制されている場合に、癌細胞特異的に増殖抑制効果を示す。正常細胞のチミジル酸合成酵素遺伝子の多型部位の遺伝子配列が両アレルで同じである場合、又は、癌細胞のチミジル酸合成酵素遺伝子の発現が両アレルとも同程度に維持されている場合には、癌細胞特異的な増殖抑制効果を得ることができない。
【0020】
なお、抗癌剤標的遺伝子の片側のアレルの発現が抑制されているとは、ヘテロ接合性の消失で観察される抗癌剤標的遺伝子の片側のアレルの物理的欠失により、抗癌剤標的遺伝子の片側のアレルの発現が抑制(低下又は消失)された状態の他、抗癌剤標的遺伝子の片側のアレルの発現が機能的に抑制(低下又は消失)された状態も含むものである。抗癌剤標的遺伝子の片側のアレルの発現が機能的に抑制された状態としては、例えば、片側のアレルの抗癌剤標的遺伝子がメチル化されることにより発現が抑制された場合、片側のアレルの抗癌剤標的遺伝子のプロモーターが突然変異を生じた場合、片側のアレルの抗癌剤標的遺伝子のコーディング部位の突然変異により発現産物であるタンパク質が機能しない場合等があり、これらの場合にも本発明の2本鎖RNAを含む医薬は有効である。
【0021】
チミジル酸合成酵素遺伝子にヘテロ接合性の消失が認められる癌種としては、大腸癌、胃癌、肺癌、乳癌等が知られている。したがって、前記2本鎖RNAを含む医薬は、2本鎖RNAがチミジル酸合成酵素遺伝子を標的とする場合、大腸癌、胃癌、肺癌、乳癌等を対象とした場合に有効である。中でも大腸癌においてはチミジル酸合成酵素遺伝子のヘテロ接合性の消失が高頻度に認められるため、本発明に係る医薬が有効である確率が高い。
【0022】
本発明においては、2本鎖RNAの標的配列が多型部位を含むことが重要である。なお、通常、既知の1塩基多型(SNP)等の多型部位は、RNA干渉用2本鎖RNAの標的配列から除外して設計される。標的配列に多型部位を含めると、RNA干渉に基づく発現抑制効果が低くなるからである。例えば前記特許文献1に記載される2本鎖RNAはチミジル酸合成酵素遺伝子のRNA干渉による発現抑制を目的として設計されたものであるが、その2本鎖RNAの標的配列に多型部位は含まれていない。
【0023】
標的配列に含めるチミジル酸合成酵素遺伝子の多型部位は、多型が存在する箇所であれば特に限定されないが、具体的には、チミジル酸合成酵素遺伝子のC1053T、A1122G又は1494del6である。中でもC1053T、A1122Gを標的配列に含む2本鎖RNAの効果が高い。
【0024】
前記2本鎖RNAの作製は、化学的合成、インビトロ転写、細胞内合成等、公知の方法により行うことができる。細胞内合成の場合、前記2本鎖RNAを細胞内で発現するベクターを構築し、細胞内で発現させればよい。前記2本鎖RNAを細胞内で発現するベクターは、例えば細胞内で2本鎖RNAを発現するようにデザインしたDNAをベクターに組み込む等、常法にしたがって構築することができる。
【0025】
前記2本鎖RNAの塩基長は、RNA干渉効果を得られる塩基長であれば特に限定されないが、15塩基長〜27塩基長の2本鎖RNAでは高い効果が得られる。
【0026】
本発明の医薬の投与方法は、2本鎖RNAを含む医薬を患者に投与する場合、2本鎖RNAの発現ベクターを患者に投与する場合のいずれも、公知の投与方法から適宜選択することができる。投与時に公知のDDS(Drug Delivery System)を組み合わせることも可能である。医薬の剤型としては特に限定されず、例えば注射剤や、錠剤、顆粒剤、カプセル剤等の経口剤、外用剤等、公知の剤型とすることができる。また、経口投与、非経口投与のいずれであってもよい。
【0027】
本発明の医薬は、前記2本鎖RNA又は前記ベクターを1種類のみ含むものでもよいが、互いに異なる多型部位を標的配列に含む複数種類の2本鎖RNA又は2本鎖RNA発現ベクターを含むことが好ましい。例えば、正常細胞においてC1053T及びA1122Gの配列がアレルのそれぞれで異なっている場合には、C1053Tを標的配列とする2本鎖RNA、及び、A1122Gを標的配列とする2本鎖RNAの2種類を用いる。チミジル酸合成酵素遺伝子には多型部位が複数存在するが、正常細胞において遺伝子配列がアレルのそれぞれで異なっている多型部位が複数存在する場合には、2本鎖RNA又は2本鎖RNA発現ベクターを複数種類用いることで、癌細胞のチミジル酸合成酵素遺伝子の発現抑制効果をより確実に得ることができる。
【0028】
本発明の癌治療キットは、前記医薬とそれ以外の抗癌剤とを含むものである。キットを構成する医薬と抗癌剤とは、同時に投与されても、異なるタイミングで投与されてもよい。キットを構成する抗癌剤としては、RNA干渉によって抗癌剤標的遺伝子の発現を抑制可能な2本鎖RNA以外であれば特に限定されず、公知の抗癌剤を用いることができる。医薬として用いられる2本鎖RNAがチミジル酸合成酵素遺伝子を標的とする場合には、例えばチミジル酸合成酵素阻害剤(フルオロウラシル、フルオロデオキシウリジン等)等を用いる。チミジル酸合成酵素阻害剤は単独で用いると癌細胞に対する特異性が低いという欠点があるが、前記医薬(2本鎖RNA又は2本鎖RNA発現ベクター)と併用することで癌細胞に対する増殖抑制効果を増強することができる。また、チミジル酸合成酵素阻害剤等の既存の抗癌剤は、医薬に含まれる2本鎖RNA又は2本鎖RNA発現ベクターに比較して効率良く細胞に取り込まれるため、前記医薬と併用することでより高い治療効果が得られる。
【0029】
以下、前記2本鎖RNAの設計方法について説明する。先ず、同一個体由来の正常細胞及び癌細胞について、条件(1)及び条件(2)を満たすか否かを検討する。条件(1)及び条件(2)を満たす場合には、前記条件(1)の検討結果より遺伝子配列がアレルのそれぞれで異なっていると認められた多型部位であって、癌細胞において残存したアレルの遺伝子型を特定する。次に、特定された多型部位のアレルの遺伝子配列を含む配列を標的配列として、RNA干渉によりチミジル酸合成酵素遺伝子の発現を抑制可能な2本鎖RNAを設計する。
条件(1):正常細胞の抗癌剤標的遺伝子の少なくとも1つの多型部位において、多型部位の遺伝子配列がアレルのそれぞれで異なっていること
条件(2):癌細胞の抗癌剤標的遺伝子の片側のアレルの発現が抑制されていること
【0030】
前記条件のうち、条件(2):癌細胞の抗癌剤標的遺伝子の片側のアレルの発現が抑制されていること については、癌細胞の抗癌剤標的遺伝子座のヘテロ接合性の消失として、簡便に検出することができる。
【0031】
本発明において2本鎖RNAを設計するとは、特定された情報に基づいて2本鎖RNAの配列を新規に決定する他、既知の多型部位を標的配列に含む2本鎖RNAを予め複数種類準備しておき、その中から最適な配列の2本鎖RNAを選択することも含む概念である。
【0032】
条件(1)を満たすか否かを検討する方法は、例えばRFLP(制限酵素断片長多型)等、多型を検出可能な公知の方法をいずれも採用することができる。条件(2)を満たすか否かは、ヘテロ接合性の消失を検出可能な公知の方法をいずれも採用することができる。例えばチミジル酸合成酵素遺伝子座のヘテロ接合性の消失を検出するには、チミジル酸合成酵素遺伝子の近傍に位置するマイクロサテライトマーカーを標的としたPCRや、チミジル酸合成酵素遺伝子を標的としたPCRを行い、増幅産物を解析すればよい。
【0033】
前記条件(1)の検討結果から、正常細胞において遺伝子配列がアレルのそれぞれで異なっていると認められた多型部位であって、癌細胞において残存したアレルの遺伝子配列を特定するには、癌細胞について前記条件(1)の検討のための方法を実施すればよい。
【0034】
条件(1)及び条件(2)は、前述のように個別に検討してもよいが、以下に説明するように、アレル特異的PCRを利用した判定方法を採用することが好ましい。
【0035】
以下、条件(1)及び条件(2)を判定可能なアレル特異的PCR法の一例について説明する。先ず、調べたい多型部位を含んだアレル特異的なプライマーを用意する。例えばチミジル酸合成酵素遺伝子の多型部位のうちC1053Tの遺伝子型を調べる場合、例えば1053番目の多型配列が「C」である配列に対応した第1のプライマーと、1053番目の多型配列が「T」である配列に対応した第2のプライマーとを用意する。また、これら第1のプライマー及び第2のプライマーに共通の逆向きのプライマーを用意する。
【0036】
これらプライマーのうち第1のプライマー及び第2のプライマーには、互いに異なるシグナルを示す標識を付加する。例えば第1のプライマーに緑の蛍光マーカーを、第2のプライマーに赤の蛍光マーカーを付加する。
【0037】
そして、正常細胞及び癌細胞から抽出したDNAを鋳型とし、前述の3種類のプライマーを用いてPCRを行う。得られた増幅産物を解析し、標識由来のシグナルを指標として条件(1)及び条件(2)を満たすか否かを検討する。増幅産物を解析するには、例えば増幅産物を電気泳動等により分離し、バンドの蛍光を観察すればよい。
【0038】
例えば条件(1)について検討する場合、先ず、正常細胞の結果に着目する。緑のバンドが観察されればC/Cのホモ接合体、赤のバンドが観察されればT/Tのホモ接合体、緑と赤との重なりを示す黄色のバンドが観察されればC/Tのヘテロ接合体である。これにより、チミジル酸合成酵素遺伝子のC1053T多型の遺伝子配列を決定する。A1122G多型、1494del6多型等の既知の多型部位についても適切なプライマーを設計し、同様の検討を行う。これにより、条件(1)を満たすか否かを判定することができる。
【0039】
次に、条件(2)について検討する。少なくとも1つの多型部位の遺伝子配列がアレルのそれぞれで異なっていると判定された正常細胞、すなわち条件(1)を満たすと判定された正常細胞と同一個体に由来する癌細胞の結果に着目する。癌細胞がチミジル酸合成酵素遺伝子についてアレルの両方を持っている場合、チミジル酸合成酵素遺伝子のC1053Tの遺伝子配列がアレルのそれぞれで異なっている(C/T)ので、正常細胞と同じ結果である、黄色のバンドが観察される。一方、チミジル酸合成酵素遺伝子座にヘテロ接合性の消失が生じている場合には、赤のバンド又は緑のバンドが観察される。すなわち、チミジル酸合成酵素遺伝子のC1053Tの遺伝子型がC/Lossである場合には緑のバンドが、T/Lossである場合には赤のバンドが観察される。これにより、条件(2)を満たすか否かを判定することができる。
【0040】
以上のように、アレル特異的PCRを利用することで、条件(1)及び条件(2)の両方を判定することが可能となる。また、条件(1)の検討結果から遺伝子配列がアレルのそれぞれで異なっていると認められた多型部位であって、癌細胞において残存したアレルの遺伝子配列を特定することもできる。さらに、前記判定方法により、同一個体に由来する正常細胞と癌細胞について、本発明の2本鎖RNA及び医薬の有効性を予測することができる。
【0041】
なお、前述の説明では、互いに異なるシグナルを示す標識を付加した第1のプライマー及び第2のプライマーを用いているが、未標識の第1のプライマー及び第2のプライマーを用いてアレル特異的PCRを行っても構わない。未標識の第1のプライマー及び第2のプライマーを用いてアレル特異的PCRを行い、増幅産物を例えば電気泳動等により分離し、正常細胞と癌細胞とで結果を比較することによっても、条件(1)及び条件(2)を満たすか否か、及び、癌細胞において残存したアレルの遺伝子配列の特定が可能となる。
【0042】
以上、抗癌剤標的遺伝子としてチミジル酸合成酵素遺伝子を例に挙げて説明してきたが、多型部位が存在し、且つ、癌細胞においてその遺伝子の片側のアレルの発現が所定の頻度で抑制されている、公知の抗癌剤標的遺伝子を標的としたものであっても、本発明の効果を得ることができる。なお、抗癌剤標的遺伝子としては、チミジル酸合成酵素遺伝子の他、ジヒドロ葉酸還元酵素(dihydrofolate reductase)遺伝子、グリシンアミドリボヌクレオチドホルミルトランスフェラーゼ(glycinamide ribonucleotide formyl transferase)遺伝子、リボヌクレオチド還元酵素(ribonucleotide
reductase)遺伝子、ヒストン脱アセチル化酵素(histone deacetylase)遺伝子、ファルネシルトランスフェラーゼ(farnesyl transferase)遺伝子等が例示されるが、これらに限定されるものでないことは言うまでもない。
【実施例】
【0043】
(実験1)
癌細胞の増殖を特異的に抑制し、さらにはフルオロウラシル等のチミジル酸合成酵素阻害剤の効果を癌細胞特異的に増強する新戦略(tailored molecular modulation)を実現するために、以下のような実験を行った。先ず、実験手法について説明する。
【0044】
〈レポータープラスミド作成〉
チミジル酸合成酵素の3’UTRをTS65:TCCTAGGGTGCTTTCAAAGGAGC(配列番号2)及びTS66:GTGGATCCATGCAGAACACTTCT(配列番号3)のプライマーを使用してPCR増幅した。得られたPCR断片をTAクローニング法によりクローニングし、C1053T、A1122G、1494del6の各多型配列をC、A、6+のハプロタイプで保有するプラスミドpTATS3’/CA+と、T、G、6−のハプロタイプで保有するpTATS3’/TG−を得た。各プラスミドのTS 3’UTR配列をシーケンスし、目的の配列が得られていることを確認した後、レポーターベクターpGL3(Promega社)のルシフェラーゼコード部位の下流にTS 3’UTR配列を挿入した。得られたルシフェラーゼ/TS 3’UTRキメラ配列をサイトメガロウィルスプロモーターを有する発現ベクターpCI (Promega社)にサブクローニングし、pCFL/CA+とpCFL/TG−のレポータープラスミドを構築した。
【0045】
〈siRNAのin vitro合成〉
siRNA(short interfering RNA)はSilencer siRNA Construction Kit (Ambion社)を用いてin vitro合成した。合成のtemplateとして使用したオリゴヌクレオチド配列(配列番号4〜配列番号75)を表1に示す。表1中、多型配列部位を囲み字で表す。
【0046】
【表1】

【0047】
〈レポーターアッセイ〉
上記で合成したsiRNAとレポータープラスミドをHEK293細胞にトランスフェクションした。phRL−SV40を同時にトランスフェクションし、内部コントロールとした。トランスフェクションの12時間前にHEK293細胞の1×10cells/ml浮遊液を調整し、0.5ml/wellの細胞密度で24well plateに播種した。1wellあたりsiRNA 12pmol(最終濃度20nM)、レポータープラスミド40ng、phRL−SV40 40ng、X−tremeGENE siRNA Transfection Reagent (Roche社) 1.7μlをOpti−MEM(最終全量100μl)に加え、室温にて15分間反応後HEK293培養液に混合した。レポーターアッセイにはDual−Luciferase Reporter Assay System (Promega社)を使用した。トランスフェクションの48時間後に培養上清を吸引し、PBSにて2回洗浄後、Kitに付属のPassive Lysis Bufferにて細胞を溶解し、プロトコールに従ってルシフェラーゼ活性を測定した。
【0048】
〈MTTアッセイ〉
siRNAトランスフェクションとFdUrd(フルオロデオキシウリジン)投与によるHeLa細胞、HEK293細胞の増殖活性への影響は、CellTiter96 Aqueous One Solution (Promega社)を用いたMTTアッセイにて評価した。トランスフェクション12時間前にHeLa細胞は2.5×10cells/ml、HEK293細胞は5×10cells/mlの浮遊液を調整し、0.1ml/wellの細胞密度で96well plateに播種した。1wellあたりsiRNA 2.6pmol(最終濃度20nM)、X−tremeGENE siRNA Transfection Reagent 0.35μlをOpti−MEM(最終全量30μl)に加え、室温にて15分間反応後、各細胞培養液に混合した。FdUrd処理はトランスフェクション12時間後に40mMのストック溶液を18.75〜600μMとなるように調整し、その20μl(最終濃度2.5〜80μM)を培養上清に加えた。トランスフェクションまたはFdUrd処理48時間後にCellTiter96 Aqueous One Solutionを20μl加え、さらに2時間培養し、490nmの吸光度を測定した。なお、コントロール(Positive Control:PC)として、多型部位を標的配列に含まないsiRNAを用いた。
【0049】
なお、HEK293細胞は、C1053T、A1122G、1494del6の各多型配列をC、A、6+のハプロタイプで保有する細胞である。HeLa細胞は、C1053T、A1122G、1494del6の各多型配列をT、G、6−のハプロタイプで保有する細胞である。HEK293細胞及びHeLa細胞のいずれも、各多型配列の遺伝子配列は両アレルで同じである。
【0050】
〈real−time RT−PCR〉
siRNA処理によるチミジル酸合成酵素mRNA量の変化は、ABI PRISM 7700を用いたreal−time RT−PCRにより解析した。トランスフェクション12時間前にHeLa細胞は5×10cells/ml、HEK293細胞は1×10cells/mlの浮遊液を調整し、0.5ml/wellの細胞密度で24well plateに播種した。1wellあたりsiRNA 18pmol(最終濃度30nM)、X−tremeGENE siRNA Transfection Reagent 1.7μlをOpti−MEM(最終全量100μl)に加え、室温にて15分間反応後、各培養液に混合した。トランスフェクション48時間後に上清を吸引し、PBSにて2回洗浄後、ISOGEN(ニッポンジーン社)にてRNAを抽出した。M−MLV reverse transcriptaseを用いてcDNAを合成後、TS−F:ATCATCATGTGCGCTTGGAATC(配列番号76)、TS−R:TGTTCACCACATAGAACTGGCAGAG(配列番号77)のプライマーおよびSYBER Premix Ex Taq (TaKaRa社)を用いてreal−time PCRを行い、チミジル酸合成酵素mRNA発現量を定量した。mRNAの発現量はACTB−F:ATTGCCGACAGGATGCAGA(配列番号78)、ACTB−R:GAGTACTTGCGCTCAGGAGGA(配列番号79)のプライマーを用いて同時に測定したβ−actin mRNA量で補正した。
【0051】
〈初期スクリーニング〉
先ず、初期スクリーニング用siRNAとして、チミジル酸合成酵素遺伝子(TS遺伝子)の3’非翻訳領域に存在する3箇所の多型(C1053T、A1122G、1494del6)を標的として、6セットのsiRNAを作製した(図2)。これらsiRNAについて、前記レポーターアッセイによりその効果を解析した。すなわち、TS3’非翻訳領域の多型配列をluciferase reporter geneの下流に挿入したplasmid:pCFL/CA+、pCFL/TG−(図3)を構築し、前記siRNAとco−transfectionすることにより、in vitroでの抑制効果を検討した。その結果、C1053T、A1122Gの2箇所のSNPをターゲットとしたsiRNAで配列特異的なTS抑制を認めた(図4)。そこで、この2箇所のSNPに対し、さらにsiRNAの検討を継続した。
【0052】
〈C1053T、A1122Gを標的としたsiRNAの検討〉
それぞれのSNPを標的として7セット、計14セットのsiRNAを作製し、同様にルシフェラーゼレポーターを用いてその効果を解析した(図5、図6)。14セットのsiRNA中、多型配列間でsiRNAの抑制効果に50%以上の差を認めるsiRNAは、6セットであった。すなわち、C/7及びT/7、C/6及びT/6、C/4及びT/4、C/3及びT/3、A/7及びG/7、A/6及びG/6であった。
これらのsiRNAセットを用いて、TS遺伝子型の異なる培養細胞(HEK293細胞、HeLa細胞)におけるFdUrdの効果増強作用を解析した。その結果、C1053Tを標的として3’側から4番目に多型配列を配置したsiRNAセットであるC/4、T/4において(図7)、C/4はHEK293細胞の増殖をより強く抑制し、一方、T/4はHeLa細胞の増殖をより強く抑制した(図8)。さらに、C/4、T/4は、各細胞において配列依存的にTSmRNAの発現を抑制した(図9)。
【0053】
以上、in vitroの結果から、チミジル酸合成酵素遺伝子のC1053T多型の遺伝子配列がアレルのそれぞれで異なっており、癌細胞においてC/Loss又はT/Lossのヘテロ接合性の消失を認める癌患者に対し、C/4又はT/4のsiRNAの投与は治療上有効であると考えられる。また、前記癌患者に対するC/4又はT/4のsiRNAの投与は、TS阻害剤の癌特異的効果を増強すると考えられる。
【0054】
(実験2)
以下の実験では、各種セルラインについて、多型部位の遺伝子配列をアレル毎に調べた。
〈アレル特異的PCR〉
各種セルライン(HCT116、SW480、LS174T)から抽出したDNAを鋳型とし、図10及び表2に示す各アレル特異的プライマー(allele specific primer)とコモンプライマー(common primer)との組み合わせを用いてPCR増幅を行った(配列番号80〜配列番号88)。Taq polymeraseにはAmpliTaq Gold (Applied Biosystems)を使用した。得られたPCR産物を3%アガロースゲルにて泳動し、各多型配列の遺伝子型を判定した。ゲル電気泳動の結果写真と各セルラインの多型部位の遺伝子型の判定結果を図11に示す。図11の結果より、アレル特異的PCR産物を解析することにより、多型部位のアレルのそれぞれの遺伝子配列を特定できることが示された。なお、癌細胞のセルラインでは同一個体に由来する正常細胞を解析不能であるためチミジル酸合成酵素遺伝子座のヘテロ接合性の消失は判定できないが、臨床検体では癌細胞のアレル特異的PCRの結果と同一個体に由来する正常細胞のアレル特異的PCRの結果とを比較することにより、癌細胞の抗癌剤標的遺伝子のヘテロ接合性の消失も判定できることがわかる。
【0055】
【表2】

【0056】
〈蛍光プライマーを用いたアレル特異的PCR〉
C1053Tの遺伝子型判定には蛍光標識プライマーによるPCRを追加した。5’ EndTag Nucleic Acid Labeling System (Vector Laboratories)を用いて、Cアレル特異的プライマーにはFluoresceinを、Tアレル特異的プライマーにはTexas redを標識した。両プライマーとコモンプライマーとを混合してPCRに使用した。得られたPCR産物は6% Urea−denatured polyacrylamide gelにて電気泳動し、蛍光スキャナー(Typhoon 9400)にてCアレル特異的なPCR産物(Fluorescein,緑)とTアレル特異的なPCR産物(Texas red,赤)を検出した。各種セルラインの電気泳動結果の写真を図12に示す。図12から明らかなように、多型部位の遺伝子型に応じて異なる蛍光色のバンドが観察された。この結果より、蛍光標識プライマーを用いたアレル特異的PCRにより、多型部位のアレルのそれぞれの遺伝子配列を特定できることが示された。なお、癌細胞のセルラインでは同一個体に由来する正常細胞を解析不能であるためチミジル酸合成酵素遺伝子座のヘテロ接合性の消失は判定できないが、臨床検体では癌細胞のアレル特異的PCRの結果と同一個体に由来する正常細胞のアレル特異的PCRの結果とを比較することにより、癌細胞の抗癌剤標的遺伝子のヘテロ接合性の消失も判定できることがわかる。
【0057】
〈多型部位の遺伝子配列がアレルでそれぞれ異なる癌細胞のsiRNAs処理〉
前述の実験1でのスクリーニングにより選択されたC/4のsiRNA、T/4のsiRNA、及びC/4の配列をスクランブルしたコントロールsiRNA(SNC)を合成した。C1053Tの多型配列がアレルのそれぞれで異なっているセルライン(LS147T,LoVo,CW2)に各siRNA(SNC,C/4,T/4)をそれぞれトランスフェクトし、48時間後にRNAを抽出した。抽出したRNAを用いてアレル特異的RT−PCRを行った。
【0058】
アレル特異的RT−PCRは、以下のように行った。先ず、RNAをDNase処理した後、TS220:ATAGCAACATATAAAACAACTA(配列番号89)をプライマーとして逆転写反応を行いcDNAを合成した。cDNAを鋳型として上記で作成した蛍光標識プライマーミックス(C1053T判定用Fluorescein標識プライマー、Texas red標識プライマー、コモンプライマーのミックス)を用いてPCR増幅を行った。PCR産物を6% Urea−denatured polyacrylamide gelにて電気泳動し、蛍光スキャナー(Typhoon 9400)にてCアレル特異的なRT−PCR産物(fluorescein,緑)とTアレル特異的なRT−PCR産物(Texas red,赤)を検出した。
【0059】
アレル特異的RT−PCRの結果を図13に示す。図13より、アレル特異的なRNA量の減少が観察された。すなわち、C/4のsiRNA、T/4のsiRNAが、多型部位の遺伝子型がアレルのそれぞれで異なっている癌細胞において、チミジル酸合成酵素遺伝子の発現をアレル特異的に抑制し得ることが示された。
【図面の簡単な説明】
【0060】
【図1】本発明の医薬を用いた治療戦略の概略を説明するための図である。
【図2】チミジル酸合成酵素遺伝子の3’非翻訳領域に存在する多型、及び、初期スクリーニング用のsiRNAを示す図である。
【図3】初期スクリーニングを実施するためのプラスミドを示す図である。
【図4】初期スクリーニング用siRNAを用いてレポーターアッセイを行った結果を示す図である。
【図5】C1053Tを標的としたsiRNA配列を用いてレポーターアッセイを行った結果を示す図である。
【図6】A1122Gを標的としたsiRNA配列を用いてレポーターアッセイを行った結果を示す図である。
【図7】C/4のsiRNAセット及びT/4のsiRNAセットの配列を示す図である。
【図8】スクリーニングにより選択された6セットのsiRNA配列を用いたMTTアッセイの結果を示す図である。
【図9】C/4siRNA及びT/4siRNAを用いたRT−PCRの結果を示す図である。
【図10】アレル特異的PCRのプライマー設計を説明するための模式図である。
【図11】アレル特異的PCR産物の電気泳動結果写真、及び各セルラインの多型部位の遺伝子型の判定結果を示す図である。
【図12】蛍光標識プライマーを用いたアレル特異的PCR産物の電気泳動結果写真である。
【図13】アレル特異的RT−PCR産物の電気泳動結果写真である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
抗癌剤標的遺伝子の所定の標的配列に相同であり、RNA干渉によって抗癌剤標的遺伝子の発現を抑制可能な2本鎖RNAであって、前記標的配列が多型部位を含むことを特徴とする2本鎖RNA。
【請求項2】
前記抗癌剤標的遺伝子がチミジル酸合成酵素遺伝子であることを特徴とする請求項1記載の2本鎖RNA。
【請求項3】
前記多型部位が、配列番号1に記載される塩基配列中、1066番目の塩基、1136番目の塩基、又は、1494番目から連続する6塩基であることを特徴とする請求項1又は2記載の2本鎖RNA。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項記載の2本鎖RNAを細胞内で発現することを特徴とするベクター。
【請求項5】
請求項1〜3のいずれか1項記載の2本鎖RNA又は請求項4記載のベクターを含むことを特徴とする、癌に対する医薬。
【請求項6】
互いに異なる多型部位を標的配列に含む複数種類の2本鎖RNA又はベクターを含むことを特徴とする請求項5記載の癌に対する医薬。
【請求項7】
大腸癌、胃癌、肺癌、又は乳癌を対象とすることを特徴とする請求項5又は6記載の癌に対する医薬。
【請求項8】
請求項5〜7のいずれか1項記載の医薬と、前記医薬と異なる種類の抗癌剤とを含むことを特徴とする癌治療キット。
【請求項9】
前記抗癌剤がチミジル酸合成酵素阻害剤であることを特徴とする請求項8記載の癌治療キット。
【請求項10】
請求項1〜3のいずれか1項記載の2本鎖RNAの設計方法であって、
同一個体に由来する正常細胞及び癌細胞について、条件(1)及び条件(2)を満たすか否かを検討する工程と、
条件(1)及び条件(2)を満たす場合には、前記条件(1)の検討結果から、遺伝子配列がアレルのそれぞれで異なっていると認められた多型部位であって、癌細胞において残存したアレルの多型部位の遺伝子配列を特定する工程と、
特定された多型部位の遺伝子配列を標的に含む2本鎖RNAの配列を設計する工程とを有することを特徴とする2本鎖RNAの設計方法。
条件(1):正常細胞の抗癌剤標的遺伝子の少なくとも1つの多型部位において、多型部位の遺伝子配列がアレルのそれぞれで異なっていること
条件(2):癌細胞の抗癌剤標的遺伝子の片側のアレルの発現が抑制されていること
【請求項11】
癌細胞の抗癌剤標的遺伝子の片側のアレルの発現抑制が、癌細胞の抗癌剤標的遺伝子座のヘテロ接合性の消失として検出されることを特徴とする請求項10記載の2本鎖RNAの設計方法。
【請求項12】
抗癌剤標的遺伝子の多型部位の一方の遺伝子配列に相補的な塩基配列を含む第1のプライマーと他方の遺伝子配列に相補的な塩基配列を含む第2のプライマーとを用意し、正常細胞及び癌細胞から抽出されたDNAを鋳型として前記第1のプライマーと前記第2のプライマーとを用いたアレル特異的PCRを行い、正常細胞の結果と癌細胞の結果とを比較することにより、条件(1)及び条件(2)を満たすか否かを検討することを特徴とする請求項10又は11記載の2本鎖RNAの設計方法。
【請求項13】
抗癌剤標的遺伝子の多型部位の一方の遺伝子配列に相補的な塩基配列を含む第1のプライマーと他方の遺伝子配列に相補的な塩基配列を含む第2のプライマーとを用意し、正常細胞及び癌細胞から抽出されたDNAを鋳型として前記第1のプライマーと前記第2のプライマーとを用いたアレル特異的PCRを行い、正常細胞の結果と癌細胞の結果とを比較することにより、正常細胞の抗癌剤標的遺伝子の少なくとも1つの多型部位の遺伝子配列、及び、癌細胞の抗癌剤標的遺伝子座のヘテロ接合性の消失の有無を判定することを特徴とする多型部位の遺伝子配列及びヘテロ接合性の消失の判定方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【公開番号】特開2008−182954(P2008−182954A)
【公開日】平成20年8月14日(2008.8.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−19068(P2007−19068)
【出願日】平成19年1月30日(2007.1.30)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成18年8月28日 日本癌学会発行の「第65回日本癌学会学術総会記事」に発表、平成18年9月28日〜30日 日本癌学会主催の「第65回日本癌学会学術総会」において文書をもって発表
【出願人】(504160781)国立大学法人金沢大学 (282)
【Fターム(参考)】