説明

大入熱溶接継手靭性に優れた厚鋼板

【課題】 大入熱溶接を施した場合でも溶接継手靭性(HAZ靭性)に優れた、590〜780MPa級の高強度厚鋼板を提供することを目的とする。
【解決手段】 特定成分の厚鋼板の、更に、C、Mn、Cu、Niの合計含有量を特定パラメータで制御するとともに、平均粒径が0.05〜1μmの微細Ti含有酸化物の平均個数を10000個/cm2 以上とするとともに、平均粒径2μm以上の粗大Ti含有酸化物の平均個数を2000個/cm2 以下とし、高強度な590〜780MPa級の厚鋼板の場合でも、特に靱性が低下しやすい、前記した溶融線から3〜5mm近傍の溶接熱影響部を含めて、大入熱溶接時のHAZ全域の靭性を大幅に改善する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、大入熱溶接継手靭性に優れた厚鋼板に関し、大入熱溶接を行った場合でも、優れた溶接継手靭性を発揮する、590〜780MPa級の高強度厚鋼板に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来より、厚鋼板のHAZ靭性を確保すべく、Tiを含有する酸化物を母材中に分散させ、HAZ部の冷却時に粒内からフェライトを生成させて組織を微細化することで、HAZ靭性を確保することが試みられてきた。
【0003】
例えば特許文献1には、0.1〜3.0μmのTi酸化物、あるいはTi酸化物とTi窒化物との複合体のいずれか1種あるいは2種を析出させることによって、HAZ部の粗粒化域における冷却時のγ→α変態を制御して粒内フェライトを生成させ、HAZ靭性を向上させることが記載されている。
【0004】
また特許文献2や特許文献3には、溶鋼内に生成する粗大な1次脱酸生成物(Al、Ca、REMなど、強脱酸元素による脱酸生成物)の生成を抑制し、かつ弱脱酸元素(Ti、Si、Nb、V、Ta)による脱酸で生成する2次脱酸生成物を均一分散させることによって、溶接熱影響部(HAZ部)の靭性を確保することが示されている。
【0005】
特許文献4には、Ti組成比が5%以上、Al組成比が95%以下で、粒子径が0.01〜1.0μmであるTiとAlとの複合酸化物を、鋼中に均一分散させることによって、溶接時の鋼材のHAZ靭性を向上させることが記載されている。
【0006】
しかし、これらの技術においては、近年、一般的になりつつある入熱のより大きな大入熱溶接を施した場合にまで、優れたHAZ靭性が保証されているとは言い難い。
【0007】
これに対して、特許文献5、6には、大入熱溶接継手において、HAZ靭性を向上させるために、1400℃以上に加熱されるHAZ領域の高温でのオーステナイト粒の成長(粗大化)を抑制し、再加熱オーステナイト細粒化を促進するために、鋼中に生成する酸化物粒子の組成として、Caを3%以上、Alを1%以上含ませる酸化物を利用することが記載されている。
【特許文献1】特公平7−824号公報(特許請求の範囲)
【特許文献2】特公平3−67467号公報(特許請求の範囲)
【特許文献3】特公平3−59134号公報(特許請求の範囲)
【特許文献4】特開平9−3599号公報(特許請求の範囲)
【特許文献5】特開2003−313628号公報(特許請求の範囲、段落0031)
【特許文献6】特開2003−313628号公報(特許請求の範囲、段落0030)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし、上記特許文献5、6は、50〜60キロ級(590MPa未満)の厚鋼板を対象とするものである。このため、これ以上に高強度な590〜780MPa級の厚鋼板となった場合、特許文献5、6による酸化物手段では、大入熱溶接時にHAZの全域に亙って靭性を確保できない場合が生じる。本発明者らの知見によれば、上記特許文献5、6では、特に、溶融線から3〜5mm近傍の溶接熱影響部の靱性が確保できない。
【0009】
これは、溶融線から3〜5mm近傍の溶接熱影響部では、γ粒径が比較的微細な領域(粒径10μm程度)では、大入熱溶接時に、焼入れ性が低下してベイナイト組織が粗大化しやすく、粒界生成型ベイナイトの核生成頻度が高いため粒内ベイナイトが形成されない、などによるものと推考される。
【0010】
本発明は、この様な事情に鑑みてなされたものであって、その目的は、大入熱溶接を施した場合でも溶接継手靭性(HAZ靭性)に優れた590〜780MPa級の高強度厚鋼板を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
この目的を達成するために、本発明の大入熱溶接継手靭性に優れた厚鋼板の要旨は、質量%で、C:0.01〜0.07%、Si:1.0%以下(0%を含まない)、Mn:1.0〜3.0%、Al:0.010%未満(0%を含まない)、Ti:0.005〜0.050%、O:0.0010〜0.0100%、を各々含有し、更に、Cu:0.1〜1.5%か、Ni:0.1〜2.5%の、いずれか一種以上を含有し、かつ、20C(%)+1.5Mn(%)+Cu(%)+Ni(%)が4.5〜7.0%であり、残部が実質的に鉄および不可避不純物である鋼板であって、平均粒径が0.05〜1μmのTi含有酸化物の平均個数が倍率1000倍で観察したときに10000個/cm2 以上であるとともに、平均粒径2μm以上のTi含有酸化物の平均個数が倍率200倍で観察したときに2000個/cm2 以下であることとする。
【0012】
なお、本発明において、上記Ti含有酸化物とは、後述する、EPMA装置やFE−SEM/EDX装置などの測定装置を用いて、鋼中の介在物の組成分析を行った際に、Tiを10質量%以上含有する酸化物のことを言う。したがって、鋼中の介在物の内、Ti含有量が10質量%未満の酸化物は、本発明のTi含有酸化物とは言わない。また、上記「平均粒径」とは、Tiを含有する酸化物の円相当粒径をいう。
【発明の効果】
【0013】
前記した通り、高強度な590〜780MPa級の厚鋼板の場合、特許文献4、5によるCaやAl系の酸化物では、前記した通り、大入熱溶接時にHAZの全域に亙って靭性を確保できない場合が生じる。
【0014】
これに対して、本発明では、鋼中に存在する、Tiを含有する酸化物の内で、粗大な酸化物の数を抑えた上で、微細な酸化物を多数生成させる。このように微細な酸化物の生成数が多数となれば、大入熱溶接後の冷却時にHAZ部で粒内ベイナイトが生成し易くなる。この結果、高強度な590〜780MPa級の厚鋼板の場合でも、特に靱性が低下しやすい、前記した溶融線から3〜5mm近傍の溶接熱影響部を含めて、大入熱溶接時のHAZ全域の靭性を大幅に改善することができる。
【0015】
更に、本発明では、溶融線近傍だけではなく、HAZ全域に亙って靭性を良好に確保するために、オーステナイトを安定化させる元素(焼入れ性を高める元素)である、C、Mn、Cu、Niの含有量を合計で制御する。
【0016】
したがって、本発明の厚鋼板は、強度が590〜780MPa級の、船舶、海洋構造物、橋梁、建築構造物などの溶接構造物等に最適であり、該溶接構造物として用いる場合に大入熱で溶接を行っても、優れた溶接継手靭性を発揮する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
(Ti含有酸化物)
先ず、本発明における厚鋼板組織中のTiを含有する酸化物の意義について、以下に説明する。本発明では、前記した通り、Ti含有酸化物の内で、粗大な酸化物の数を抑えた上で、微細な酸化物を多数生成させる。具体的には、平均粒径が0.05〜1μmの微細なTi含有酸化物の平均個数が、倍率1000倍で観察したときに10000個/cm2 以上とする。その一方で、平均粒径2μm以上の粗大なTi含有酸化物の平均個数が、倍率200倍で観察したときに2000個/cm2 以下とする。
【0018】
本発明において、上記Ti含有酸化物とは、前記した通り、Tiを10質量%以上含有する酸化物のことを言う。Ti含有量が10質量%未満である、Ti含有量が少ない酸化物には、微細Ti含有酸化物の、大入熱溶接時のHAZ粒内からベイナイトを形成する効果や、粗大Ti含有酸化物の、フェライトの生成核となって有用なベイナイトの生成を抑制する作用は無い。
【0019】
前記した従来技術の様に、大入熱溶接時のHAZ粒内からフェライトを成長させるのではなく、本発明においては、大入熱溶接時のHAZ粒内からベイナイトを形成させる。このために、本発明では、鋼中に、予め、前記微細なTi含有酸化物を多数存在させる。
【0020】
本発明のように、大入熱溶接時のHAZ粒内からベイナイトを形成させることで、γ粒径が比較的微細な溶融線近傍のHAZにおける、大入熱溶接時の焼入れ性低下によるベイナイト組織粗大化や、粒界生成型ベイナイトの核生成を抑制する。そして、高強度な590〜780MPa級の厚鋼板の場合でも、特に靱性が低下しやすい、前記した溶融線から3〜5mm近傍の溶接熱影響部を含めて、大入熱溶接時のHAZ全域の靭性を大幅に改善する。
【0021】
同時に、この微細なTi含有酸化物の存在数を保障し、併せて、粒内からのベイナイト形成を阻害させないために、本発明では、予め、前記粗大なTi含有酸化物を抑制する。より具体的には、2μm以上の粗大なTi含有酸化物は、フェライトの生成能が強いため、大入熱溶接時のような高温でフェライトの生成核となりやすく、有用なベイナイトの生成を抑制してしまう。また、この様な粗大なTi含有酸化物は、微細なベイナイト組織における破壊の起点となりやすく、ベイナイトによる微細化効果を阻害する役割も果たす。
【0022】
上記作用効果を確実に発揮させて優れた溶接継手靭性を得るために、本発明では、平均粒径0.05〜1μmの微細なTi含有酸化物と、2μm以上の粗大なTi含有酸化物の存在数を、上記最適な平均個数範囲にする。したがって、いずれのTi含有酸化物も、上記最適な平均個数範囲から外れた場合、高強度な590〜780MPa級の厚鋼板の場合、特に、靱性が低下しやすい溶融線から3〜5mm近傍の溶接熱影響部を含めて、大入熱溶接時のHAZ全域の靭性を改善することができなくなる。
【0023】
上記微細なTi含有酸化物は、個数が多いほど粒内ベイナイトの生成を促進するため、望ましくは20000個/cm2 以上、より望ましくは40000個/cm2 以上存在させるのがよい。上記作用効果の観点からすると、微細なTi含有酸化物の個数に上限はないが、通常の厚板製造工程において析出が可能な微細なTi含有酸化物の個数は1×108 個/cm2 程度が上限と考えられる。
【0024】
上記微細なTi含有酸化物には、Ti以外の合金元素としてSi、Ca、Mg等が含まれていてもよい。この中でも、特に、MnがTiと共に含まれる元素として好適である。より好ましくは、酸化物を構成する全合金元素に占めるTi+Mnが60%以上(更に好ましくは70%以上)のものがよい。
【0025】
一方、上記粗大なTi含有酸化物は、フェライトの生成を抑制するためなど、上記抑制効果を達成するためには、個数が少ないほど良く、好ましくは1000個/cm2 以下であり、更に好ましくは500個/cm2 以下とする。
【0026】
この様に、粗大なTi含有酸化物の数を抑えた上で、微細なTi系介在物を多数生成させれば、溶接後の冷却時にHAZ部で粒内ベイナイトが生成し易くなり、HAZ靭性を大幅に改善することができる。尚、本発明の鋼板は、上記の通り、溶接後の冷却時にHAZ部で粒内ベイナイトが優先的に生成すればよいのであって、該冷却時に粒界からベイナイトやフェライトが多少生成する場合もあり、HAZ靭性改善を阻害しない範囲での、これらベイナイトやフェライトの生成は許容する。
【0027】
(Ti含有酸化物の計測)
上記規定の倍率でのTi含有酸化物の観察には、電界放射型走査電子顕微鏡(FE−SEM)、または走査型電子顕微鏡(SEM)、またはEPMA(electron probe microanalyzer)装置などが適用できる。また、FE−SEMに、鋼マトリックス相と各Ti含有酸化物とのより明確な区別を行なうために、EDX(Kevex社製、Sigmaエネルギー分散型X線検出器:energy dispersive X- ray spectrometer)を付加して分析を行っても良い(FE−SEM/EDX)。
【0028】
この内、倍率200倍での平均粒径2μm以上の粗大なTi含有酸化物観察には、好適には、EPMA装置にて行う。また、倍率1000倍での平均粒径が0.05〜1μmの微細なTi含有酸化物観察には、好適には、電界放射型走査電子顕微鏡(FE−SEM)を用いる。このように、本発明では、Ti含有酸化物個数測定の精度と再現性を高めるために、Ti含有酸化物の大きさに応じて倍率を変える。
【0029】
例えば、微細なTi含有酸化物観察に、FE−SEM/EDXを用いる場合、先ず、鋼中に存在する平均粒径0.05〜1.0μmの介在物の組成分析を行い、Tiを10質量%以上含有するTi含有酸化物の介在物に対する割合を求める。次に、0.1mm2 の領域において、1000倍の反射電子像を用いて、0.01mm2 の任意の例えば10視野を撮影し、画像解析のソフトウェアとして、MEDIACYBERNETICS社製Image−ProPlusなどを用いた画像解析装置により、平均粒径0.05〜1.0μmの介在物の個数の測定を行う。そして、この10視野の合計個数に前記Ti含有酸化物の割合を乗し、更に1000倍することで、1cm2 当たりの平均粒径0.05〜1.0μmのTi含有酸化物の数を求める。
【0030】
(厚鋼板の組成)
本発明厚鋼板の組成(単位:質量%)について、各元素の限定理由を含めて、以下に説明する。本発明厚鋼板の上記組織(微細なTi系介在物と粗大介在物の個数)を制御して、大入熱溶接時のHAZ靭性を高めるとともに、高強度等の母材特性を得る前提として、本発明厚鋼板の組成は、下記に示す範囲内とし、規定の方法で製造することが有効である。
【0031】
即ち、C:0.01〜0.07%、Si:1.0%以下(0%を含まない)、Mn:1.0〜3.0%、Al:0.01%未満(0%を含まない)、Ti:0.005〜0.050%、O:0.0010〜0.0100%、を各々含有し、更に、Cu:0.1〜1.5%か、Ni:0.1〜2.5%かの、いずれか一種以上を含有し、かつ、20C(%)+1.5Mn(%)+Cu(%)+Ni(%)が4.5〜7.0%であり、残部が実質的に鉄および不可避不純物である鋼板とする。
【0032】
このような厚鋼板組成としたのは、特に、溶接後の冷却時にHAZ部で粒内ベイナイトを生成させるには、母材成分を調整することが重要であるためである。具体的には、上記組成では、C量を相対的に高めて、粒内ベイナイトが生成しやすくしている。
【0033】
大入熱溶接では、HAZ部の冷却速度が遅くなるためフェライトが生成しやすく、またフェライトの生成を抑えたとしても粒界からベイナイトが生成しやすくなる。ところが、HAZ部のC量を相対的に高めると、フェライトの生成が抑えられると共に粒界からのベイナイト生成も抑えられ、粒内からのベイナイト生成が促進されると推考される。
【0034】
なお、上記粒界からのベイナイト生成抑制のためには、NbやVの如き炭化物生成能の強い合金元素の選択的な含有も有効である。NbやVは、Ti酸化物の周囲に偏析して、Ti酸化物を核にベイナイトが生成するのを阻む。
【0035】
更に、本発明では、粒内ベイナイトが生成溶融線近傍だけではなく、HAZ全域に亙って靭性を良好に確保するために、オーステナイトを安定化させる元素(焼入れ性を高める元素)である、上記のように、C、Mn、Cu、Niの含有量を、下記パラメータのように、合計量で制御する。これらの元素の合計含有量の制御によって、大入熱溶接でHAZ部の冷却速度が遅くなっても、焼入れ性が高くなって、粒内から生成するベイナイトを微細化することができる。
【0036】
以下、各元素量を規定した理由について詳述する。
C:0.01〜0.07%。
C(炭素)は母材の強度確保に必要な元素であり、少なくとも0.01%必要とである。また、C量を高めると、粒内ベイナイトの生成が促進される。これらの効果は0.01%以上、好ましくは0.02%以上で発揮される。一方、C量が過剰になると、却って、耐溶接割れ性およびHAZ靭性が劣化するので、0.07%以下、好ましくは0.05%未満に抑える。したがって、C含有量は0.01〜0.07%、好ましくは、0.02〜0.05%未満、の範囲とする。
【0037】
Si:1.0%以下(0%を含まない)。
Siは、固溶強化し母材強度の確保に寄与する。また、予備脱酸剤として有用な元素である。これの効果は、好ましくは0.05%以上の含有で発揮される。一方、1.0%を超えて、より厳しくは0.5%を超えて、過剰に含まれると、母材靭性とHAZ靭性がともに低下するため、Siの上限は1.0%、好ましくは0.5%とする。また、Si含有量の範囲は、好ましくは0.05〜1.0%、より好ましくは0.05〜0.5%とする。
【0038】
Mn:1.0〜3.0%。
Mnは、鋼の焼入れ性を改善する作用を有するとともに、粒内ベイナイトの生成を促進してHAZ靭性を改善する効果も有する。この様な効果を有効に発揮させるには、1.0%以上、好ましくは1.2%以上の含有が必要である。一方、過剰に含有させると、HAZ靭性が劣化するので、上限は3.0%、好ましくは2.5%以下とする。したがって、Mn含有量の範囲は1.0〜3.0%、好ましくは1.2〜2.5%の範囲とする。
【0039】
Al:0.010%未満(0%を含まない)。
Alは強力な脱酸元素として必要であり、好ましくは0.001%以上、より好ましくは0.002%以上含有させる。一方、Alが0.010%以上、厳しくは0.005%を超えて過剰に含まれていると、Ti含有酸化物中のAlの割合が増大して、粒内ベイナイトの生成促進効果が低減する。このため、Al含有量は、0.010%未満、好ましくは0.001〜0.010%、より好ましくは0.002〜0.005%、の範囲とする。
【0040】
Ti(total 量):0.005〜0.050%。
Tiは、前記した通り、微細なTi含有酸化物(一部は窒化物)を形成して、粒内ベイナイトの生成を促進してHAZ靭性を改善する効果も有する重要元素である。この様な効果を有効に発揮させるには、0.005%以上、好ましくは0.008%以上含有させるのがよい。一方、Ti量が過剰になると、Ti含有酸化物が粗大となって、あるいはTi含有酸化物が過多となって、却って、HAZ靭性と母材靭性がともに劣化するので、0.05%以下、好ましくは0.030%以下、に抑える。したがって、全Ti含有量は、0.005〜0.050%の範囲、好ましくは0.008〜0.030%の範囲とする。
【0041】
Cu:0.1〜1.5%、Ni:0.1〜2.5%のいずれか一種以上。
CuとNiは、ともに焼入れ性を向上させ、マトリックスを強靭化するとともに、HAZ組織を微細化させ、母材靭性とHAZ靭性の向上に寄与する。これらの効果を発揮させるには、CuかNiのいずれか一種以上を0.1%以上、好ましくは0.2%以上含有させる。一方、CuとNiを過剰に含有させると、HAZの硬化が著しくなり、却ってHAZ靭性を低下させる。このため、Cuの上限は1.5%、好ましくは1.2%、Niの上限は2.5%、好ましくは2.2%とする。
【0042】
また、0.5%を超えるCuを含有する場合には、圧延中の熱間割れを防止する観点から、Cu含有量(質量%)の半分以上のNiを含有することが好ましく、より好ましくは化学等量以上のNiを含有することが推奨される。
【0043】
O:0.0010〜0.0100%。
O(酸素)は、Ti含有酸化物を形成し、上記の通り、HAZの粒内ベイナイトの生成を促進するのに有効な元素である。この様な効果を発揮させるには、0.0010%以上含有させるのがよく、好ましくは0.0015%以上、より好ましくは0.0020%以上である。一方、酸素含有量が過剰になると、粗大なTi含有酸化物が生成し易くなり、かえってHAZ靭性を劣化させる。よって酸素含有量は、0.0100%以下に抑える必要があり、好ましくは0.0030%以下とする。
【0044】
20C(%)+1.5Mn(%)+Cu(%)+Ni(%)=4.5〜7.0%。
更に、本発明では、以上説明したC、Mn、Cu、Niについて、溶融線近傍だけではなく、HAZ全域に亙って靭性を良好に確保するために、上記特定パラメータのように、合計量で制御する。オーステナイトを安定化させる元素(焼入れ性を高める元素)である、C、Mn、Cu、Niの含有量を、上記特定パラメータのように制御することによって、大入熱溶接でHAZ部の冷却速度が遅くなっても、焼入れ性が高くなって、粒内から生成するベイナイトを微細化することができる。
【0045】
上記パラメータが4.5%以上で、焼入れ性増加効果が発揮でき、粒内生成ベイナイト組織を微細化でき、HAZ全域に亙って靭性が改善できる。このパラメータが4.5%未満では、たとえC、Mn、Cu、Niの各々の含有量が規定範囲内だったとしても、上記焼入れ性増加効果が発揮できず、粒内生成ベイナイト組織を微細化できず、HAZ全域に亙って靭性が改善できない。
【0046】
一方、このパラメータが7.0%を超えた場合、たとえC、Mn、Cu、Niの各々の含有量が規定範囲内だったとしても、MAベイナイト組織に形成されるMA(マルテンサイト)量が増加するため、却って、HAZ全域に亙って靭性が低下する可能性が高い。
【0047】
以下に、選択的に含有させる元素について説明する。
Cr:0.1〜2.0%、Mo:0.1〜1.0%、Nb:0.10%以下(0%を含まない)、V:0.10%以下(0%を含まない)のいずれか一種または二種以上。
Cr、Mo、Nb、Vは、ともに焼入れ性を向上させ、母材強度を高める。また、Crは、焼入れ性を高めてHAZ組織を微細化させ、HAZ靭性の向上に寄与する効果もある。Nb、Vは、焼戻し軟化抵抗を高め、母材強度を高める効果もある。これらの効果を発揮させるには、Cr:0.1%以上、Mo:0.1%以上、Nb:好ましくは0.01%以上、V:好ましくは0.01%以上、いずれか一種または二種以上を選択的に含有させる。
【0048】
一方、これらを過剰に含有させると、各々、却ってHAZ靭性を低下させる。Crは、マルテンサイトの増加を招きHAZ靭性を低下させる。Moは、HAZの硬化が著しくなりHAZ靭性を低下させる。Nb、Vは、粒内ベイナイトの形成が抑制され、HAZ靭性を劣化させる。したがって、各々上限は、Cr:2.0%、Mo:1.0%、Nb:0.10%、V:0.10%とする。
【0049】
B:0.0005〜0.0050%。
Bは、鋼中に固溶して焼入れ性を改善する作用を有する。またHAZ部において、粒界からのフェライト生成を抑制して粒内からのベイナイト生成を促進させる効果も発揮する。この様な効果を発揮させるには、0.0005%以上、選択的に含有させる。一方、B含有量が多すぎると、かえって焼入れ性を低下させるとともに、粒内ベイナイトの形成が抑制され、HAZ靭性を劣化させる。よってB量は、0.0005〜0.0050%、好ましくは0.0005〜0.0030%とする。
【0050】
Zr:0.05%以下(0%を含まない)、Mg:0.0050%以下(0%を含まない)、Ca:0.0050%以下(0%を含まない)、REM:0.0050%以下(0%を含まない)、のいずれか一種または二種以上。
Zr、Mg、Ca、REMは、HAZ靭性を改善する効果を有するが、各々過剰に含有されると、却ってHAZ靭性を劣化させる。
【0051】
例えば、Zrは窒素を固定することによりHAZ靭性を改善する。CaはMnS等の硫化物などの介在物を球状化して、介在物形状の異方性を低減させ、HAZ靭性を改善する。Mg、REMは、MnS等の硫化物などの介在物を微細化させてHAZ靭性を改善する。しかし、これらCa、Mg、REMは、各々過剰に含有されると、Ti含有酸化物を粗大化させるために、却ってHAZ靭性を劣化させる。
【0052】
このため、いずれか一種または二種以上、選択的に含有させる場合には、各々、Zr:0.05%以下、好ましくは0.005〜0.03%、Mg:0.0050%以下、好ましくは0.0040%以下、Ca:0.0050%以下、好ましくは0.0040%以下、REM:0.0050%以下、好ましくは0.0040%以下、と各々する。
【0053】
次ぎに、不純物について、以下に説明する。
N(窒素)は、母材靭性とHAZ靭性をともに劣化させるため、本発明では不純物である。ただ、Nには、Tiと窒化物を形成して粒内ベイナイトの生成を促進させ、HAZ靭性を改善する効果もあり、Nは0.0090%までの含有は許容する。
【0054】
P(りん)やS(硫黄)も不可避不純物として存在する元素であり、溶接性や母材靭性を低下させる等の悪影響を及ぼす。よってPは0.020%以下(好ましくは0.010%以下)、Sは0.010%以下(好ましくは0.005%以下)に抑えるのがよい。
【0055】
(製造方法)
本発明厚鋼板は、工程自体は常法にて製造することができる。但し、上記の様に微細なTi含有酸化物と粗大なTi含有酸化物の個数を制御するための、好ましい製造条件を含めて、以下に説明する。
【0056】
前掲の特許文献2や特許文献3では、酸化物のサイズや個数を制御する方法として、鋳込み前に溶存酸素量等を制御したり、凝固時の冷却速度等を制御することが示されている。しかし、本発明で注目する2μm以上の粗大なTi含有酸化物を低減することはできない。また、溶鋼中の酸素量を低減するだけでは、本発明で定める微細なTi含有酸化物の数を確保することができない。
【0057】
本発明でも、転炉等の通常の溶製法で溶製し、ついで連続鋳造法等の通常の鋳造法で所定寸法の鋼素材(スラブ)とするが、微細なTi含有酸化物の数を増大しつつ、粗大介在物をTi含有酸化物を低減するためには、この溶製段階において、Ti添加前の鋼の溶存酸素量と、Ti添加後から鋳造するまでの保持時間を厳密に管理することが好ましい。
【0058】
具体的には、溶製段階で、Tiを添加する際に、まず溶鋼中の溶存酸素量を20〜100ppmの範囲内に制御する。この様に溶存酸素量を制御することで、上記微細なTi含有酸化物を生成させることができ、本発明で規定する量の微細なTi含有酸化物を確保できる。
【0059】
微細なTi含有酸化物をより多く生成させるために、溶鋼中の溶存酸素量は20ppm以上とするのがよく、より好ましくは25ppm以上である。一方、Ti添加前の溶鋼中の溶存酸素量が過剰であると、粗大なTi含有酸化物やその他の酸化物が生成しやすくなるので好ましくない。よって、溶鋼中の溶存酸素量を100ppm以下に抑えてからTiを添加する。好ましくは溶鋼中の溶存酸素量を70ppm以下に抑えてからTiを添加する。上記の通り溶製段階で溶鋼中の溶存酸素量を制御するには、Mn添加による脱酸、真空C(カーボン)脱酸、Si添加による脱酸を単独でもしくは適宜組み合わせて行えばよい。
【0060】
また、Ti添加後は、静止状態で10〜50分間保持する。この様にTi添加後に保持することで、粒内ベイナイトの生成核として有効に作用する好適サイズの微細なTi含有酸化物を確保しつつ、粒内フェライトの生成核となりやすい2μm以上のTi含有酸化物を浮上分離させて除去することができる。上記粗大Ti含有酸化物を確実に除去するには、10分間以上保持するのがよく、好ましくは15分間以上、さらに好ましくは20分間以上である。
【0061】
尚、上記保持は、通常の溶製で行われている通り、約1550〜1650℃の間で保持することをいう。
【0062】
一方、この保持時間が長すぎると、微細な介在物が凝集して粗大化し、本発明で定める量の微細なTi含有酸化物を確保できなくなるので好ましくない。よって、保持時間は50分間以下とする。好ましくは40分間以下である。
【0063】
実際の操業においては、Ti,Si,MnおよびCを最終成分量となるよう同時に添加してから上記の通り保持し、その後に鋳込めばよい。
【0064】
この様な方法で溶製することによって、本発明で定める適正量の微細なTi含有酸化物を確保しつつ、粗大なTi含有酸化物を低減させることができる。
【0065】
鋼素材(スラブ)は、通常の厚鋼板の製造方法通り、加熱後、熱間圧延を行ない、圧延方向に沿う集合組織の発達を阻止して、熱間圧延終了時において再結晶させた組織とする。熱間圧延終了後の鋼板は水焼き入れを施す。その後、鋼板の焼戻しを行ない、製品厚鋼板とする。
【0066】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより、下記実施例によって制限を受けるものではなく、前記、後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【実施例】
【0067】
表1(発明例)および表2(比較例)に示す化学成分組成の鋼を、表3(発明例)および表4(比較例)に示す、溶製段階におけるTi添加前の溶存酸素量とTi添加後の静止状態での保持時間とを種々変えて溶製し、鋳造してスラブを得た。得られたスラブを1100℃に加熱した後、圧延、冷却を行って板厚50mmの鋼板を得た。また、母材の強度や靭性を調整するため、500〜650℃までの焼戻し処理を施した。
【0068】
この様にして得た鋼板から試料を採取し、母材特性、HAZ靭性、母材に存在するTi含有酸化物のサイズを測定した。これらの結果を表3および表4に示す。
【0069】
(母材特性)
上記製造された各鋼板からJIS4号試験片を採取して、JISZ2241に準じた引張試験を行い鋼板の引張強度、およびJISZ2242に準じたシャルピー衝撃試験を行い鋼板の靱性(vE-20 )を測定した。
【0070】
ここで、引張強度が590MPa以上で、かつシャルピー衝撃値が150J以上であるものは、高強度で高靱性な、優れた母材特性を有していると評価し、この様に優れた母材特性が確保されているものについて、下記の通り、HAZ靭性の評価を行った。
【0071】
(溶接継手靭性)
上記製造された各鋼板から切り出した試験片(サイズ12.5mm×32mm×55mm)を、100kJ/mmの大入熱でSAW溶接したときの溶融線近傍(+0.5mm)のHAZの熱履歴に相当する熱サイクルを施した。即ち、1400℃に加熱し、この温度で5秒間保持した後、800℃から500℃までを730秒間で冷却する熱サイクルを施した。また、上記大入熱溶接時の、溶融線から3〜5mm程度の領域のHAZの熱履歴に相当する熱サイクルも施した。即ち、1200℃に加熱し、この温度で5秒間保持した後、800℃から500℃までを730秒間で冷却する熱サイクルを施した。これら各試験片から、各々シャルピー試験片を採取してvE0 (1400℃と1200℃)を測定した。そして各々vE0 が150J以上の場合を溶接継手靭性に優れていると評価した。
【0072】
(Ti含有酸化物)
母材中に存在するTi含有酸化物のサイズを以下の手法で測定した。
<測定位置(試料の採取位置)>
板厚の1/4の位置において、圧延方向に平行な断面が観察できるように試料を採取した。得られた試料を用いて、下記の通り、平均粒径2μm以上の粗大なTi含有酸化物、および平均粒径0.05〜1.0μmの微細なTi含有酸化物の個数を各々測定した。
【0073】
<平均粒径2μm以上の粗大なTi含有酸化物の個数測定>
前記したEPMA装置を用いて100mm2 (10mm×10mm)の領域を倍率200倍で観察して、平均粒径2μm以上の粗大なTi含有酸化物の個数を測定した。尚、Ti含有酸化物のサイズは、円相当粒径を求めて平均粒径値とした(以下同じ)。
【0074】
<平均粒径0.05〜1.0μmの微細なTi含有酸化物の個数測定>
前記したFE−SEM/EDX装置を用いて、平均粒径0.05〜1.0μmの介在物20個の組成分析を行い、Tiを10質量%以上含有するTi含有酸化物の割合を求めた。次に0.1mm2 の領域において、1000倍の反射電子像を用いて0.01mm2 の任意の10視野を撮影し、画像解析装置により、平均粒径0.05〜1.0μmの介在物の個数の測定を行い、該10視野の合計個数に前記Ti含有酸化物の割合を乗し、更に1000倍することで、1cm2 当たりの平均粒径0.05〜1.0μmのTi含有酸化物の数を求めた。これらの結果も表3および表4に示す。
【0075】
表1、3より明らかな通り、発明例1〜20は、20C(%)+1.5Mn(%)+Cu(%)+Ni(%)のパラメータを含めて、本発明組成を満足するとともに、溶存酸素量と保持時間ともに、好ましい溶製方法で製造されている。
【0076】
このため、平均粒径が0.05〜1μmのTi含有酸化物の平均個数が、倍率1000倍で観察したときに10000個/cm2 以上であるとともに、平均粒径2μm以上のTi酸化物の平均個数が、倍率200倍で観察したときに2000個/cm2 以下である。この結果、590〜780MPa級の母材強度と、210J以上の母材靱性が得られている。また、熱サイクル特性も、1400℃と1200℃のvE0 ともに、150J以上の靱性が得られている。
【0077】
これらの結果は、高強度な590〜780MPa級の厚鋼板の場合でも、特に靱性が低下しやすい、前記した溶融線から3〜5mm近傍の溶接熱影響部を含めて、大入熱溶接時のHAZ全域の靭性を大幅に改善できることを示している。
【0078】
これに対して、表2、4より明らかな通り、比較例21〜29、32は、いずれかの元素の成分組成が発明範囲より外れる。
【0079】
また、比較例30〜31は、20C(%)+1.5Mn(%)+Cu(%)+Ni(%)のパラメータが、発明範囲より外れる。
【0080】
更に、比較例33〜35は、成分組成は発明範囲内であるものの、溶存酸素量か保持時間が、好ましい溶製方法の条件外で製造されている。
【0081】
この結果、比較例は、母材強度や母材靱性が発明例に比して比較的低いか、母材強度や母材靱性が発明例並としても、熱サイクル特性が、1400℃と1200℃のvE0 ともに共通して著しく低い。
【0082】
これらの結果は、本発明範囲より外れるこれら比較例が、高強度な590〜780MPa級の厚鋼板の場合に、特に、溶融線から3〜5mm近傍の溶接熱影響部を含めて、大入熱溶接時のHAZ全域の靭性を改善できないことを示している。
【0083】
例えば、比較例21は、C量が過剰であるため、Ti含有酸化物の規定は満足するものの、熱サイクル特性(HAZ靭性)が著しく低い。
【0084】
比較例22は、Mn量が不足するため、母材強度を確保できず、Ti含有酸化物の規定は満足するものの、熱サイクル特性(HAZ靭性)にも劣っている。
【0085】
比較例23は、Mn量が過剰であるため、Ti含有酸化物の規定は満足するものの、熱サイクル特性(HAZ靭性)が劣っている。
【0086】
比較例24は、Al量が過剰であるため、粗大なTi含有酸化物が多くなりすぎ、熱サイクル特性(HAZ靭性)が劣っている。
【0087】
比較例25は、Cu量が過剰であるため、Ti含有酸化物の規定は満足するものの、熱サイクル特性(HAZ靭性)が劣っている。
【0088】
比較例26は、Ni量が過剰であるため、Ti含有酸化物の規定は満足するものの、熱サイクル特性(HAZ靭性)が劣っている。
【0089】
比較例27は、Ti量が過剰であるため、微細なTi含有酸化物が少な過ぎ、熱サイクル特性(HAZ靭性)が劣っている。
【0090】
比較例28は、酸素量が不足し、溶製の際の溶存酸素量も少ないため、微細なTi含有酸化物が少な過ぎ、熱サイクル特性(HAZ靭性)が劣っている。
【0091】
比較例29は、酸素量が過剰で、溶製の際の溶存酸素量も過剰なため、粗大なTi含有酸化物が多過ぎ、微細なTi含有酸化物も少なくなっており、熱サイクル特性(HAZ靭性)が劣っている。
【0092】
比較例32は、ボロン量が過剰であるため、Ti含有酸化物の規定は満足するものの、母材靱性と、熱サイクル特性(HAZ靭性)が劣っている。
【0093】
比較例30は、20C(%)+1.5Mn(%)+Cu(%)+Ni(%)のパラメータが、4.5%未満で発明範囲より外れる。このため、C、Mn、Cu、Niを各々規定量範囲内で含有しているにもかかわらず、1200℃での熱サイクル特性が劣り、HAZ3〜5mm部分の靭性が改善できていない。これは、C、Mn、Cu、Niの上記焼入れ性増加効果が発揮できず、粒内生成ベイナイト組織を微細化できていないためである。
【0094】
比較例31は、上記パラメータが7.0%を超え、発明範囲より外れる。このため、C、Mn、Cu、Niを各々規定量範囲内で含有しているにもかかわらず、1200℃での熱サイクル特性が劣り、HAZ3〜5mm部分の靭性が改善できていない。これは、MAベイナイト組織に形成されるMA(マルテンサイト)量が増加するため、却って、HAZ全域に亙って靭性が低下しているためである。
【0095】
比較例33は、溶製段階におけるTi添加前の溶存酸素量が多過ぎるため、粗大なTi含有酸化物数が多く析出して、規定個数を超えている。このため、熱サイクル特性が1400℃のvE0 で102J程度と、著しく靱性が低い。
【0096】
比較例34は、溶製段階におけるTi添加後の静止状態での保持時間が短過ぎるため、粗大なTi含有酸化物が多く析出して規定個数を超え、一方で微細なTi含有酸化物が比較的少ない。このため、熱サイクル特性が1400℃のvE0 で85J程度と、著しく靱性が低い。
【0097】
比較例35は、溶製段階におけるTi添加後の静止状態での保持時間が長過ぎるため、粗大なTi含有酸化物が多く析出して規定個数を超え、一方で微細なTi含有酸化物が比較的少ない。このため、熱サイクル特性が1400℃のvE0 で99J程度と、著しく靱性が低い。
【0098】
以上の結果から、本発明の成分組成と、Ti含有酸化物の規定の、高強度な590〜780MPa級の厚鋼板の場合に、特に、溶融線から3〜5mm近傍の溶接熱影響部を含めた、大入熱溶接時のHAZ全域の靭性改善の臨界的な意義が裏付けられる。
【0099】
【表1】

【0100】
【表2】

【0101】
【表3】

【0102】
【表4】

【産業上の利用可能性】
【0103】
以上説明したように、本発明によれば、大入熱溶接を施した場合でも溶接継手靭性(HAZ靭性)に優れた590〜780MPa級の厚鋼板を提供することができる。このため、本発明厚鋼板は、船舶、海洋構造物、橋梁、建築構造物などの高強度の溶接構造物用に適用できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.01〜0.07%、Si:1.0%以下(0%を含まない)、Mn:1.0〜3.0%、Al:0.010%未満(0%を含まない)、Ti:0.005〜0.050%、O:0.0010〜0.0100%、を各々含有し、更に、Cu:0.1〜1.5%か、Ni:0.1〜2.5%の、いずれか一種以上を含有し、かつ、20C(%)+1.5Mn(%)+Cu(%)+Ni(%)が4.5〜7.0%であり、残部が実質的に鉄および不可避不純物である鋼板であって、平均粒径が0.05〜1μmのTi含有酸化物の平均個数が倍率1000倍で観察したときに10000個/cm2 以上であるとともに、平均粒径2μm以上のTi含有酸化物の平均個数が倍率200倍で観察したときに2000個/cm2 以下であることを特徴とする大入熱溶接継手靭性に優れた厚鋼板。
【請求項2】
前記厚鋼板が、更に、Cr:0.1〜2.0%、Mo:0.1〜1.0%、Nb:0.10%以下(0%を含まない)、V:0.10%以下(0%を含まない)、のいずれか一種または二種以上を含有する請求項1に記載の大入熱溶接継手靭性に優れた厚鋼板。
【請求項3】
前記厚鋼板が、更に、B:0.0005〜0.0050%を含有する請求項1また2に記載の大入熱溶接継手靭性に優れた厚鋼板。
【請求項4】
前記厚鋼板が、更に、Zr:0.05%以下(0%を含まない)、Mg:0.0050%以下(0%を含まない)、Ca:0.0050%以下(0%を含まない)、REM:0.0050%以下(0%を含まない)、のいずれか一種または二種以上を含有する請求項1乃至3のいずれか1項に記載の大入熱溶接継手靭性に優れた厚鋼板。

【公開番号】特開2006−124759(P2006−124759A)
【公開日】平成18年5月18日(2006.5.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−312916(P2004−312916)
【出願日】平成16年10月27日(2004.10.27)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】