幹細胞ホーミングの増強および臓器機能障害または臓器不全の治療
本発明は、間葉幹細胞及びCD26阻害剤による、多臓器不全または急性腎不全などの腎機能障害の治療のための方法および組成物を提供する。この場合、CD26を阻害することにより、標的組織への間葉幹細胞のホーミングが増加する。一局面において、本発明は、急性腎不全、急性腎臓損傷、多臓器不全、腎移植の早期の機能障害、移植片拒絶反応、慢性腎不全のような疾病および同様の疾病などの臓器機能障害および/または臓器不全を治療するための改善された方法に関する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
相互に関連した出願の記述
この出願は、2007年2月1日に出願された、米国仮特許出願第60/898,803号(この全体は、参考として本明細書に援用される)の利益を主張する。
【0002】
本発明は、概して、臓器機能障害および/または臓器不全の治療のための間葉幹細胞およびその誘導体の使用に関する。
【背景技術】
【0003】
幹細胞治療法は、様々な疾病に対する新しい治療の開発において大変有望視されている。幹細胞は、自己複製能および他の細胞種への分化能を有する未分化細胞であり、細胞表面マーカー、転写因子の有無、および/またはサイトカインの産生において特徴付けることができる。骨髄由来の幹細胞としては、造血幹細胞(HSC:hematopoietic stem cell)および間葉幹細胞もしくは髄間質細胞(MSC:marrow stromal cell)などがある。MSCは、高い自己複製能、ならびに軟骨細胞、骨細胞、筋細胞、内皮細胞、神経細胞、β−すい臓島細胞、および脂肪細胞などの細胞種への分化能を有する。
【0004】
移植した同種異系MSCは、移植者の免疫系を調整することがわかっている。例えば、AggarwalおよびPittengerは、免疫細胞の部分細胞群と一緒に共培養したヒトMSC(hMSC:human MSC)が、樹枝状細胞(DC:dendritic cell)、T細胞(TH1およびTH2)、およびナチュラルキラー細胞のサイトカイン分泌特性を変え、炎症反応を抑えることを実証した(非特許文献1)。さらに、MSCの投与が、臓器機能障害および臓器不全(例えば、急性腎不全(ARF:acute renal failure)および多臓器不全などが挙げられるが、これに限定されるものではない)の治療において有益であることがわかっている(特許文献1および特許文献2を参照のこと。なお、両方とも、その全体が参照により本明細書中に援用されるものとする)。これは、MSCが腎臓内の損傷した部位に到達し、臓器に対して有益なパラクリン効果(例えば、腎臓での炎症反応を抑えるなど)を及ぼす能力を有するためと考えられている。腎臓におけるARFの主な影響の1つは、腎臓の尿細管細胞と血管細胞との破壊である。腎臓機能の回復および患者の生存は、主に、破壊され損傷した細胞の保護および再生にかかっている。
【0005】
MSCは、炎症反応を抑制して患者のARFからの回復または生存を支援することできるが、MSCの標的を腎臓にすることができれば、当技術分野における有意義な改良となるであろう。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際公開第2004/090112号パンフレット
【特許文献2】国際公開第2006/121445号パンフレット
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Sudeepta AggarwalおよびMark F.Pittenger、「Human Mesenchymal Stem Cells Modulate Allogeneic Immune Cell Responses」,Blood(2005)105:1815−1822
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、投与されたMSCのホーミング効率を高める方法、およびMSCの腎臓保護効果を増加させる方法に関する。
【0009】
さらに、本発明は、対象の臓器機能障害および/または臓器不全の治療のための間葉幹細胞(同種同系(自己由来を含む)または同種異系(非自己由来)であってもよい)の使用に関する。典型的な実施形態において、本発明は、多臓器不全または急性腎不全などの腎機能障害の治療のための、CD26阻害剤と組み合わせてのMSCの使用に関する。別の典型的な実施形態において、本発明は、MSCと組み合わせての化学向性薬剤(chemotropic agent)の使用に関する。さらに別の典型的な実施形態において、本発明は、CD26阻害剤および/または化学向性薬剤(例えば、SDF−1またはSDF−1類似物)と組み合わせてのMSCの使用に関する。
【0010】
さらなる典型的な実施形態において、本発明は、臓器機能障害または臓器不全(例えば、腎不全または腎臓損傷など)を患っていると考えられる対象に、1種以上のCD26阻害剤を投与することによって当該対象を治療する方法に関する。別の典型的な実施形態において、CD26阻害剤は、MSCと組み合わせて、例えばMSCと同時に、あるいはMSCの投与の後に対象に投与される。さらに別の典型的な実施形態では、MSCを対象に投与する前に、CD26阻害剤によってMSCを前処理する。
【0011】
別の典型的な実施形態において、CD26阻害剤は、天然CD26阻害剤の化学的修飾によって設計されたペプチド類似物を包含する。この場合、この化学的修飾は、ペプチドのN末端および/またはC末端への修飾(例えば、N末端アセチル化もしくは脱アミノ化および/またはアミドもしくはアルコールによるC末端カルボキシル基の置換など)、アミノ酸置換を含み得る側鎖に対する変更、メチル化、アルキル化、および脱水素化などのα炭素の修飾、1つ以上のL残基による1つ以上のD残基の置換、並びにアミド結合置換の導入(すなわち、ペプチド(またはアミド)結合に関与する原子の変更)を包含し得る。
【0012】
別の典型的な実施形態において、本発明は、同種同系のMSCを所望する場合に、時間節約のため、培養する必要のある細胞が少なくて済むように、MSCの投与と組み合わせてのCD26阻害剤の使用に関する。別の典型的な実施形態において、本発明は、対象に投与されるMSCの数を減らすための、MSCの投与と組み合わせてのCD26阻害剤の使用に関する。
【0013】
また、本発明は、急性腎不全、急性腎臓損傷、多臓器不全、腎移植の早期の機能障害、移植片拒絶反応、慢性腎不全のような疾病および同様の疾病などの臓器機能障害および/または臓器不全を治療するための改善された方法に関する。別の典型的な実施形態において、本発明は、損傷を受けた臓器がSDF−1の産生を増加する疾病症状を治療する方法に関する。
【0014】
また、本発明は、臓器機能障害および/または臓器不全に関連する疾病の治療のための、CD26阻害剤を含む医薬品の製造に関する。任意選択により、この医薬品は、さらにMSC、化学向性薬剤、またはそれらの組み合わせを含んでもよい。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】図1Aは、腎臓、血漿、および骨髄におけるSDF−1タンパク質の濃度に関する急性腎不全の影響を示す。図1Bは、腎臓、血漿、および骨髄におけるSDF−1タンパク質の濃度に関する急性腎不全の影響を示す。
【図2】CXCR4+/CD34+MSCの移動に関するCXCR4ブロッキング抗体の効果を示す。
【図3】MSCが急性腎不全(ARF)を治療する能力を有することを示す。
【図4】CD26の阻害が血液循環から骨へのHSCのホーミングを増加させ得ることを示す。
【図5】ヒトMSCがCD26、SDF−1、およびCXCR4を発現することを示す。
【図6】MSCが機能性CD26を発現することを示す。
【図7】CD26の阻害がMSCの移動を著しく増加させることを示す。
【図8】典型的実験の概要を示す。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本明細書および添付の請求項の中で使用される場合、単数形、例えば「一つの(”a”、”an”)」および「前記(”the”)」は、文脈から明確に他の意味が規定されない限り、複数形も包含する。例えば、「CD26阻害剤」についての言及は、複数のこのような阻害剤、例えば、2種以上のCD26阻害剤の混合物およびその同等物などを包含する。
【0017】
本明細書中で使用される場合、化合物(すなわち、CD26阻害剤または化学向性薬剤)およびMSCについて言及した「共投与(co−administer)」、「との組み合わせにおいて」、「の組み合わせ」なる句または同様の句は、化合物およびMSCの効果が、治療される対象において両方とも存在することを意味する。この化合物および/またはMSCは、同時に、または連続して、任意の順序にて異なる時点において投与してもよい。しかしながら、この化合物およびMSCは、治療効果において所望する増進が得られるように、時間的に十分に接近して投与されるべきである。この化合物およびMSCは、同じ投与経路で投与してもよいし、異なる投与経路で投与してもよい。この場合、このような化合物およびMSCの好適な投与間隔、投与経路、および投与順序は、本開示の観点から当業者には明らかであろう。
【0018】
本明細書中で使用される場合、「CD26阻害剤」は、CD26プロテアーゼ活性を阻害することのできる任意の化合物、ペプチド、およびペプチド類似物を意味する。CD26阻害剤の例としては、これに限定されるものではないが、Diprotin A(H−Ile−Pro−Ile−OH)、L−Val−L−boroPro、スルフォスチン(sulphostin)、P−epiスルフォスチン、脱スルホン化スルフォスチン(sulphostin desulfonate)、Lys[Z(NO2)]−チアゾリジド、Lys[Z(NO2)]−ピロリジド、LAF237、MK−0431、シタグリプチン(Sitagliptin)(Januvia(商標))、ビルダグリプチン(vildagliptin)、サクサグリプチン(Saxagliptin)、アログリプチン(Allogliptin)、および/またはこれらの塩もしくはエステルが挙げられる(また、米国特許第6,100,234号、国際公開第2007/041368号、およびそれらの中で引用された文献を参照のこと)。
【0019】
本明細書中で使用される場合、「MSC」または「間葉幹細胞」は、細胞群の大部分の細胞が、自己複製能および脂肪細胞種または骨細胞腫への分化能を有する細胞群である。
【0020】
本明細書中で使用される場合、「対象」は、ヒトを含む任意の動物を意味する。
【0021】
本明細書中で使用される場合、「治療」は、疾病の少なくとも1つの症状を改善することを意味する。
【0022】
MSC(髄間質細胞、骨髄間質細胞、間質前駆細胞、コロニー形成単位−線維芽細胞、多能性成体前駆細胞(MAPC:multipotent adult progenitor cell)としても知られている)は、成体幹細胞であり、この成体幹細胞は、古くから骨髄から得られていたが、他の組織(例えば、これらに限定されるものではないが、末梢血液、皮膚、毛根、筋肉、脂肪組織、臍帯組織、および様々な組織の一次培養物など)からも得ることができる。MSCは、多くの公知の手順(例えば、国際公開第2006/121445号、同第2004/090112号、およびToegel et al. (2005) Administered Mesenchymal Stem Cells Protect Against Ischemic Acute Renal Failure Through Differentiation−independent Mechanisms, Am. J. Physiol. Renal Physiol. 289:F31−F42に記載の方法など)により、入手、精製、および/または同定することができる。
【0023】
SDF−1(また、CXCL12としても知られている)は、CXCR4受容体(システイン−X−システイン受容体4)との相互作用による、造血幹細胞(HSC:hemopoietic stem cell)に対する走化活性を有するα−ケモカイン(化学向性薬剤)である(Christopherson II et al. (2003) Cell Surface Peptidase CD26/DPPIV Mediates G−CSF Mobilization of Mouse Progenitor Cells, Blood 101(12):4680−4686)。さらに、SDF−1は、炎症、骨髄への幹細胞の移動、および損傷臓器(例えば、脳、心臓、肝臓、および腎臓など)において、発生神経生物学上重要な役割を果たす。SDF−1は、内皮に対するHSCの結合、マトリックス・メタロプロティナーゼ(MMP:matrix metalloproteinase)の発現、並びにHSCのホーミングおよび移植に関係する他の過程を調整する。近年、尿細管細胞の発現およびSDF−1の血漿中濃度が著しくアップレギュレートされた後に、それに続いて急性の虚血/再潅流腎損傷(AKI)が誘発されることがマウスにおいて実証された。これは、特にCD34およびCXCR4共発現骨髄幹細胞の腎臓へのホーミングを促進するSDF−1を増加させる(Toegel et al.(2005) Renal SDF−1 signals mobilization and homing of CXCR4−positive cells to the kidney after ischemic injury, Kidney Int. 67:1772−1784およびSon et at.(2007) Migration of Bone Marrow and Cord Blood Mesenchymal Stem Cells in vitro is Regulated by SDF−1−CXCR4 and HGF−c−met Axes and Involves Matrix Metalloproteinases, DOI:10.1634/stemcells.2005−0271)。
【0024】
CD26(ジペプチジルペプチダーゼIV;EC 3.4.14.5)は、プロリン残基またはアラニン残基の後でポリペプチド鎖のN−末端からジペプチドを切断する膜結合性細胞外性ペプチダーゼである。CD26は、間質細胞由来因子−1(SDF−1:stromal cell−derived factor 1)(CXCリガンド12としても知られている)をその2番目の位置のプロリンで切断し、その結果として、SDF−1を不活性化する能力を有する。
【0025】
さらに、MSCの投与は、複雑なパラクリン機構(抗炎症剤、抗アポトーシスおよび分裂促進細胞応答など)を通じて、急性腎臓障害(AKI:acute kidney injury)を防ぐ(Toegel et al.Am J Physiol 289:F31−42,2005を参照のこと)。ここで、ジペプチジルペプチダーゼ−IV(CD26)を阻害することで、SDF−1の不活性化が減少し、それによって、CXCR4発現MSCのSDF−1信号へのSDF−1媒介性ホーミングが増加することが示されている。特に、これは、腎臓障害に応答してのMSCの腎臓へのホーミングを可能にするが、それは、傷害を受けた腎臓においてSDF−1信号が増加するためである。したがって、本発明は、傷害を受けた腎臓またはSDF−1を発現する他の組織へMSCをターゲッティングし、それにより、MSCによる腎臓の保護と回復を増強させるための改善された方法を提供する。さらに、本発明は、ケモカイン療法に基づいてSDF−1を改良する方法を提供する。
【0026】
本発明では、インビトロにおいて、CD26の阻害がSDF−1−CXCR4によって媒介されるMSCの走化活性を高めることを実証する。対照的に、CXCR4の阻害は、SDF−1−CXCR4によって媒介されるMSCの走化活性を低下させる。したがって、インビボにおいてDiprotin AなどのCD26阻害剤によりラットを予備治療すれば、実験による急性腎臓障害(AKI)において、投与されたMSCの腎臓保護機能が増強し得る。その結果、本発明は、修飾されたCD26阻害プロトコルの使用と、その結果として、AKIにおける堅牢な腎保護を達成するために必要なMSCの数の減少とを提供する。
【0027】
CD26阻害剤による対象の治療は、腎臓内でのSDF−1濃度をさらに増加および/または持続させ、それによってMSCのホーミングまたは動員を増加させる方法を提供する。1種以上のCD26阻害剤の投与は、特にMSCの投与と組み合わせて、内生のMSCおよび/または投与されたMSCの損傷を受けた臓器へのホーミングまたは動員を増加させ、その結果、有益な治療につながると考えられている。
【0028】
治療のための投与量は、通常、投与経路、治療される対象の年齢、体重、および症状に応じて変わる。本明細書に提示された情報に基づいて、CD26阻害剤、化学向性薬剤(例えば、SDF−1など)、および/またはMSCの有効量の決定は、ベテラン医師によって最適に決定される(国際公開第2006/121445号、米国特許出願公開第2004/0247574号、並びに米国特許第6,258,597、同第6,300,314号、および同第6,355,614号を参照のこと)。本発明のCD26阻害剤、化学向性薬剤、および/またはMSCは、一般的に、任意の望ましい担体、希釈剤、または賦形剤を含み得る医薬組成物において有用である。
【0029】
本発明のCD26阻害剤は、約1〜約100μM/kg(全体重)、または約1〜50μM/kg(全体重)、または約1〜30μM/kg(全体重)、または約1〜10μM/kg(全体重)の投与量において、対象に投与してもよい。本発明のMSCは、約0.01〜約1×106細胞/kg(全体重)の量において対象に投与してもよい。
【0030】
当業者は、保存または投与のために、所望の純度を有する本発明の化合物(例えば、CD26阻害剤、化学向性薬剤、およびそれらの組み合わせなど)および/またはMSCを、薬学的に許容される担体、賦形剤、安定化剤などと混合することによって、本発明の化合物および/またはMSCの製剤を調製することができる。治療用途のための許容可能な担体、賦形剤、安定化剤、または希釈剤は、製剤業界において既知であり、例えば、Remington’s Pharmaceutical Sciences,Mack Publishing Co.,(A.R.Gennaro edit. 1985)に記載されている。そのような材料は、採用された投与量および濃度において、受容側に対して無毒であり、緩衝剤(例えば、リン酸塩、クエン酸塩、酢酸塩、および他の有機酸塩など)、抗酸化剤(例えば、アスコルビン酸など)、低分子量(約10残基未満)ペプチド(例えば、ポリアルギニンなど)、タンパク質(例えば、血漿アルブミン、ゼラチン、または免疫グロブリンなど)、親水性ポリマー(例えば、ポリビニルピロリドンなど)、アミノ酸(例えば、グリシン、グルタミン酸、アスパラギン酸、またはアルギニンなど)、単糖類、二糖類、および他の炭水化物(例えば、セルロースもしくはその誘導体、グルコース、マンノースまたはデキストリンなど)、キレート化剤(例えば、EDTAなど)、糖アルコール(例えば、マンニトールまたはソルビートルなど)、対イオン(例えば、ナトリウムなど)、および/または非イオン性界面活性剤(例えば、トゥイーン、プルロニクス、またはポリエチレングリコールなど)を含んでいてもよい。注入のための無菌の化合物および/または細胞は、従来の薬務に従って製剤化することができる。例えば、賦形剤(例えば、リン酸緩衝食塩水など)中における化合物(単数または複数)および/または細胞の溶液もしくは懸濁液などが挙げられる。また、緩衝液、保存料、抗酸化剤などを、許容される薬務に従って添加することができる。
【0031】
SDF−1は、感染症、骨髄への幹細胞の移動、および損傷臓器(例えば、脳、心臓、肝臓、および腎臓など)において、発生神経生物学上重要な役割を果たすβ−β−β−αトポロジーの典型的なケモカインであり、CXCR4は、多くの細胞上で発現するSDF−1のGタンパク質共役細胞表面受容体であり、CD26は、SDF−1を不活性化するジペプチジルペプチダーゼIVである。さらに、CXCR4は、CD4(分化抗原群4)の共受容体として、HIV−1ウィルスによって使用され、Tリンパ球への結合を容易にし、Tリンパ球を破壊する。SDF−1は、HIV糖タンパク質120と競合し、HIV感染を防ぐために役に立ち得る。また、CXCR4は、癌細胞株(膵、食道、乳房)、腎臓細胞、骨髄、および神経細胞においても発現する。
【0032】
図1Aおよび1Bは、SDF−1タンパク質の濃度に関する急性腎不全の影響を示している。腎臓皮質中のSDF−1タンパク質の濃度は、正常な腎臓での濃度に比べ、ARF後24時間で著しく増加した(図2A)。血漿中のSDF−1タンパク質は、ARF後1日でベースラインよりかなり上昇した(図2B)。対照的に、骨髄(BM:bone marrow)中のSDF−1のレベルは、ベースラインより低下し、その結果、正常な骨髄−血液の勾配は逆になった(Toegel et al.(2005))。
【0033】
ARF前(N=3)およびARFの1日後(N=3)の腎臓、骨髄、および末梢血液中のSDF−1タンパク質の定量は、ELISAによって実施した。被膜を剥離した腎組織は、細胞および組織を溶解するため、切り刻んで超音波処理し、RIPA緩衝液で溶解し、BCAタンパク質定量試薬アッセイによってタンパク質を定量した。マウスの大腿骨の骨髄(N=3)をPBSで洗い、細胞を遠心分離した。SDF−1のために細胞分画および上澄みを分析した。また、SDF−1のために等量のタンパク質を検査した。すなわち、96ウェルプレートをSDF−1抗体でコーティングし、終夜インキュベートした。ウェルを緩衝液で洗浄して、ブロッキング用緩衝液により室温で1時間インキュベートした。100マイクロリットルの試料を供給し、室温で2時間インキュベートした。3回洗浄した後、抗SDF−1抗体を適用し、試料を室温で2時間インキュベートした。洗浄後、西洋ワサビペルオキシダーゼ複合体を反応混合物に加え、室温で20分間インキュベートした。反応が停止したら、450nmに設定したマイクロプレートリーダーによって光学濃度を測定した。波長補正は570ナノメートルに設定した。試料結果は、既知の量の組換えSDF−1タンパク質を希釈して作成した標準曲線から計算した。
【0034】
図2は、CXCR4+/CD34+MSCの移動に関するCXCR4ブロッキング抗体の効果を示している。この実験は、損傷した腎臓へのMSCのホーミングにCXCR4が必要であることを示している。正常なFVB(フレンド白血病ウィルスのB株に対する感応性)のマウスの100万個の骨髄細胞をCFDA(カルボキシフルオレセインジアセテート(carboxyfluorescein diacetate))で染色し、腎茎を60分間クランプした後、尾静脈に注入した。24時間後に動物を殺し、さらなる分析のために腎臓を採取した。各腎臓の四分の一を、コラゲナーゼにより37℃で60分間消化分解した。遠心分離処理しPBSで洗浄した後、腎臓細胞を再懸濁させ、ノイバウエル盤にてカウントした。注入されホーミングした細胞は、明緑色のCFDA染色により明確に認識することができた。総細胞数と同様に、CFDA−陽性細胞を同じ腎臓の少なくとも2つの試料でカウントし、平均を取った。
【0035】
骨髄は、両方の大腿骨をPBSで洗い流して得た。骨髄細胞については、ノイバウエル盤にてCFDA−陽性細胞をカウントし、ホーミングした細胞の定量を行った。損傷した腎臓へのCXCR4発現細胞のホーミングにおけるCXCR4の役割を調べるため、骨髄細胞を10μgの抗CXCR4ブロッキング抗体(eBioscience社)によって30分間プレインキュベートし、細胞を洗浄および遠心分離した後で注入した。上で説明したように、CFDA−陽性細胞について、腎臓および骨髄を調べた。
【0036】
図3は、対照培地、MSC、または線維芽細胞による、重症の急性腎不全(ARF)の治療を示す。図4Aでは、MSCは、ARFを有するネズミへの血流再開直後に投与されたものであり、クランプ後24時間で腎機能の著しい改善がみられた。対照処置動物対MSC処置動物はP=0.002であり、線維芽細胞処置動物対MSC処置動物はP=0.04である。賦形剤処置動物対線維芽細胞処置動物はP>0.05であった。図4Bでは、MSG投与により、腎臓損傷スコアが著しく低下している。クレアチニンは、筋肉の重要な構成要素であるクレアチンの崩壊産物であり、腎臓によって完全に体内から排出される。正常な腎臓の排泄機能により、血中クレアチニン濃度は、一定で正常な値に維持されるはずである。したがって、クレアチニン濃度は、腎臓機能の指標として頻繁に使用される。
【0037】
図4は、CD26の阻害が、血液循環から骨へのHSCのホーミングを増加させ得ることを示している(Christopherson II et al.(2004))。ただし、MSCにおいてCD26を阻害する効果については、突き止められていなかった。対照、Diprotin A処置済みまたはCD26−/−選別Sca−1+lin−ドナー細胞(受容体マウス当たり1〜2×104個の細胞)を、致死的放射線照射した雌の受容体マウスに尾静脈注射によって移植した。CD26阻害剤で処置される細胞は、移植前に、5mMのDiprotin A(Ile−Pro−Ile、Peptides International社(Louisville,KY))で15分間処置し洗浄した。ホーミング効率の割合は、受容体のBM(2つの大腿骨)中のSca−1+lin−細胞の数を、注入されたSca−1+lin−ドナー細胞の数で割ることによって計算する。
【0038】
図5は、ヒトMSCが、CD26、SDF−1、およびCXCR4を発現することを示している。ヒトMSC(継代1〜7、CD34−、CD45−、およびSH2モノクロナール抗体に結合)において、CXCR4 mRNAレベルは、低すぎて通常のRT−PCRでは容易に検出できなかった(Wynn et al. 2004 A Small Proportion of Mesenchymal Stem Cells Strongly Express Functionally Active CXCR4 Receptor Capable of Promoting Migration to Bone Marrow, Blood, 104(9):2643−2645)。
【0039】
図6は、MSCが機能性CD26を発現することを示している。CD26によって切断されGly−Pro+4−ニトロアニリンを生成するGly−Pro−4−ニトロアニリド+H2Oを用いてアッセイを実施した。分光光度計を使用して、405nmでニトロアニリンの吸光度を測定し、ニトロアニリンの基準吸光量曲線に対してプロットした。1単位のCD26は、Gly−Pro−4−ニトロアニリドから、1分間当たり1.0mモルの4−ニトロアニリンを生成する。
【0040】
図7は、CD26の阻害がMSCの移動を著しく増加させることを示している。AMD 3100は、CXCR4の非ペプチドアンタゴニストであり、Diprotin A(Ile−Pro−Ile、Peptides International社(Louisville,KY)は、一般的に使用されるCD26阻害剤の例である。この図は、CD26阻害剤の投与によりMSCの移動が一貫して増加することを示している。したがって、本発明は、腎臓の臓器機能障害(すなわち、障害または損傷)の治療のためのCD26阻害剤の使用、特にMSCの使用と組み合わせてのCD26阻害剤の使用を提供する。例えば、SDF−1不活性化の阻害は、損傷した腎臓への投与されたMSCのホーミングを増加させ、腎臓の回復を増強すると考えられる。
【実施例】
【0041】
(実施例1)
フィッシャー344ラットの骨髄由来のMSCをインビトロ実験に使用した。最初に、FACSを使用して、約35%のMSCがそれらの表面にCD26およびCXCR4タンパク質の両方を発現することを実証した。さらに、培養したMSCは、機能性CD26を発現し、効率的にSDF−1を不活性化し得る。最後に、トランスウェル培養システムでのSDF−1へのMSC移動は、Diprotin A(CD26阻害剤)によるMSCのプレインキュベートによって著しく増加し得、AMD3100(CXCR4阻害剤)によるプレインキュベートにより減少し得る。インビトロのデータの結果から、CD26を阻害することが、インビボでのMSCのSDF−1−CXCR4媒介走化活性を増加させると推論される。したがって、本発明は、臓器不全または臓器機能障害を伴う疾病の治療のために対象に投与されたMSCのホーミングおよび腎臓の防御機能を増大させるためのCD26阻害剤による事前処理またはMSCとの共投与に関する。
【0042】
(実施例2)
動物に関するすべての手順は、それぞれ、ユタ大学、退役軍人医療センター(Salt Lake City,UT)、インディアナ大学(Indianapolis,IN)、およびハンブルク大学(Hamburg,Germany)の動物管理使用委員会によって承認されている。動物は、一定の温度および湿度で、12時間:12時間の明暗サイクルにて飼育し、標準的な食物と水道水を自由に摂取できるようにした。体重200〜300gの雄成体のスプラーグドーリー(SD:Sprague−Dawley)ラットおよびフィッシャー344(F344)ラットを用いることが好ましい(Charles River社(Wilmington,MA))。
【0043】
イソフルラン麻酔動物において、I/R ARFを誘起させ、直腸温度を37℃に維持する。中腹部を開腹した後、腎臓を露出させ、腎茎を非外傷性の血管クランプで約40分間クランプする。クランプを行う際、血流再開後直ちに大動脈内細胞を送り込むために、PE−50のチューブを用いて左の頚動脈にカニューレ挿入する。Diprotin AなどのCD26阻害剤、または賦形剤のみ(対照培地)は、血流再開の30分前に投与する。細胞の投与は、血流再開または手術後、直ちに、または30分後、または24時間後のいずれかにおいて実施する。血流再開を目視により確認した後、適切な時期に、0.2mlSFM中≒106個の標識MSC/動物を左の頚動脈を通じて投与する。また、さらなる対照ARF動物を使用してもよく、この場合、対照動物に対して同様に処置を行うが、ただし、細胞の代わりに0.2mlのSFMを注入する。代替として、または組み合わせにおいて、ARFを有するF344ラットの対照群に、同じプロトコルを用いて0.2mlSFM中≒106個の同系線維芽細胞を注入してもよい。遅延注入(0.2mlSFM中≒106個の標識MSC)は、好ましくは、イソフルラン麻酔動物において、左の頸動脈による血流再開の30分後に実施する。切開部は4−0絹糸で閉じ、動物が回復できるようにする。
【0044】
細胞数の定量。CFDA−標識化した緑色蛍光細胞について調べ、ARFおよび細胞注入の2、24、36、48、60、および/または72時間後に腎臓において定量した。Hoechst 33342またはヨウ化プロピジウムにより細胞核を染色し、較正された共焦点マイクロメーター測定バーに基づいて、1切片あたり少なくとも3箇所の高倍率視野(HPF)において細胞核をカウントする。この後、切片の核の数と切片の表面積に基づいて、研究に用いた組織切片の総細胞数を計算する。
【0045】
インビトロでの研究に基づき、CD26阻害剤であるDiprotin Aの投与に続くMSCの投与、または1種以上のCD26阻害剤およびMSCの共投与により、腎臓へのMSCの移動が増加し、MSCのみで処置した試験動物に比べて、少なくとも2日および/または3日のうちに試験動物において腎機能が著しく改善されると考えられる。腎臓機能は、血清中クレアチニンおよび/または血中尿素態窒素の濃度によって評価することができる。虚血後30分で、すべての投与群において、同様に、またはほぼ同様に、腎機能が低下することが予想される。ただし、CD26阻害剤およびMSC処置動物では、MSC処置のみ(対照培地)の動物に比べ、MSC投与後に腎機能が著しく改善されることが予想される。
【0046】
刊行物、特許、および特許出願を含む、本明細書中に列記されたすべての参考文献は、各参考文献を本明細書中において個別に特に示してその全体を説明したのと同程度において、参照により本明細書に援用されるものとする。
【0047】
本発明はある特定の実施形態において記載されているが、本発明は、この開示の精神と範囲内においてさらなる変更を行うことが可能である。したがって、この出願は、その一般原理を用いた本発明の変法、用途、または適用も含むものとする。さらに、本出願は、本発明に関連し、かつ添付の特許請求の範囲内に含まれる当技術分野において既知または通常の実施において行われるような本開示からの逸脱を包含するものとする。
【技術分野】
【0001】
相互に関連した出願の記述
この出願は、2007年2月1日に出願された、米国仮特許出願第60/898,803号(この全体は、参考として本明細書に援用される)の利益を主張する。
【0002】
本発明は、概して、臓器機能障害および/または臓器不全の治療のための間葉幹細胞およびその誘導体の使用に関する。
【背景技術】
【0003】
幹細胞治療法は、様々な疾病に対する新しい治療の開発において大変有望視されている。幹細胞は、自己複製能および他の細胞種への分化能を有する未分化細胞であり、細胞表面マーカー、転写因子の有無、および/またはサイトカインの産生において特徴付けることができる。骨髄由来の幹細胞としては、造血幹細胞(HSC:hematopoietic stem cell)および間葉幹細胞もしくは髄間質細胞(MSC:marrow stromal cell)などがある。MSCは、高い自己複製能、ならびに軟骨細胞、骨細胞、筋細胞、内皮細胞、神経細胞、β−すい臓島細胞、および脂肪細胞などの細胞種への分化能を有する。
【0004】
移植した同種異系MSCは、移植者の免疫系を調整することがわかっている。例えば、AggarwalおよびPittengerは、免疫細胞の部分細胞群と一緒に共培養したヒトMSC(hMSC:human MSC)が、樹枝状細胞(DC:dendritic cell)、T細胞(TH1およびTH2)、およびナチュラルキラー細胞のサイトカイン分泌特性を変え、炎症反応を抑えることを実証した(非特許文献1)。さらに、MSCの投与が、臓器機能障害および臓器不全(例えば、急性腎不全(ARF:acute renal failure)および多臓器不全などが挙げられるが、これに限定されるものではない)の治療において有益であることがわかっている(特許文献1および特許文献2を参照のこと。なお、両方とも、その全体が参照により本明細書中に援用されるものとする)。これは、MSCが腎臓内の損傷した部位に到達し、臓器に対して有益なパラクリン効果(例えば、腎臓での炎症反応を抑えるなど)を及ぼす能力を有するためと考えられている。腎臓におけるARFの主な影響の1つは、腎臓の尿細管細胞と血管細胞との破壊である。腎臓機能の回復および患者の生存は、主に、破壊され損傷した細胞の保護および再生にかかっている。
【0005】
MSCは、炎症反応を抑制して患者のARFからの回復または生存を支援することできるが、MSCの標的を腎臓にすることができれば、当技術分野における有意義な改良となるであろう。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際公開第2004/090112号パンフレット
【特許文献2】国際公開第2006/121445号パンフレット
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Sudeepta AggarwalおよびMark F.Pittenger、「Human Mesenchymal Stem Cells Modulate Allogeneic Immune Cell Responses」,Blood(2005)105:1815−1822
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、投与されたMSCのホーミング効率を高める方法、およびMSCの腎臓保護効果を増加させる方法に関する。
【0009】
さらに、本発明は、対象の臓器機能障害および/または臓器不全の治療のための間葉幹細胞(同種同系(自己由来を含む)または同種異系(非自己由来)であってもよい)の使用に関する。典型的な実施形態において、本発明は、多臓器不全または急性腎不全などの腎機能障害の治療のための、CD26阻害剤と組み合わせてのMSCの使用に関する。別の典型的な実施形態において、本発明は、MSCと組み合わせての化学向性薬剤(chemotropic agent)の使用に関する。さらに別の典型的な実施形態において、本発明は、CD26阻害剤および/または化学向性薬剤(例えば、SDF−1またはSDF−1類似物)と組み合わせてのMSCの使用に関する。
【0010】
さらなる典型的な実施形態において、本発明は、臓器機能障害または臓器不全(例えば、腎不全または腎臓損傷など)を患っていると考えられる対象に、1種以上のCD26阻害剤を投与することによって当該対象を治療する方法に関する。別の典型的な実施形態において、CD26阻害剤は、MSCと組み合わせて、例えばMSCと同時に、あるいはMSCの投与の後に対象に投与される。さらに別の典型的な実施形態では、MSCを対象に投与する前に、CD26阻害剤によってMSCを前処理する。
【0011】
別の典型的な実施形態において、CD26阻害剤は、天然CD26阻害剤の化学的修飾によって設計されたペプチド類似物を包含する。この場合、この化学的修飾は、ペプチドのN末端および/またはC末端への修飾(例えば、N末端アセチル化もしくは脱アミノ化および/またはアミドもしくはアルコールによるC末端カルボキシル基の置換など)、アミノ酸置換を含み得る側鎖に対する変更、メチル化、アルキル化、および脱水素化などのα炭素の修飾、1つ以上のL残基による1つ以上のD残基の置換、並びにアミド結合置換の導入(すなわち、ペプチド(またはアミド)結合に関与する原子の変更)を包含し得る。
【0012】
別の典型的な実施形態において、本発明は、同種同系のMSCを所望する場合に、時間節約のため、培養する必要のある細胞が少なくて済むように、MSCの投与と組み合わせてのCD26阻害剤の使用に関する。別の典型的な実施形態において、本発明は、対象に投与されるMSCの数を減らすための、MSCの投与と組み合わせてのCD26阻害剤の使用に関する。
【0013】
また、本発明は、急性腎不全、急性腎臓損傷、多臓器不全、腎移植の早期の機能障害、移植片拒絶反応、慢性腎不全のような疾病および同様の疾病などの臓器機能障害および/または臓器不全を治療するための改善された方法に関する。別の典型的な実施形態において、本発明は、損傷を受けた臓器がSDF−1の産生を増加する疾病症状を治療する方法に関する。
【0014】
また、本発明は、臓器機能障害および/または臓器不全に関連する疾病の治療のための、CD26阻害剤を含む医薬品の製造に関する。任意選択により、この医薬品は、さらにMSC、化学向性薬剤、またはそれらの組み合わせを含んでもよい。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】図1Aは、腎臓、血漿、および骨髄におけるSDF−1タンパク質の濃度に関する急性腎不全の影響を示す。図1Bは、腎臓、血漿、および骨髄におけるSDF−1タンパク質の濃度に関する急性腎不全の影響を示す。
【図2】CXCR4+/CD34+MSCの移動に関するCXCR4ブロッキング抗体の効果を示す。
【図3】MSCが急性腎不全(ARF)を治療する能力を有することを示す。
【図4】CD26の阻害が血液循環から骨へのHSCのホーミングを増加させ得ることを示す。
【図5】ヒトMSCがCD26、SDF−1、およびCXCR4を発現することを示す。
【図6】MSCが機能性CD26を発現することを示す。
【図7】CD26の阻害がMSCの移動を著しく増加させることを示す。
【図8】典型的実験の概要を示す。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本明細書および添付の請求項の中で使用される場合、単数形、例えば「一つの(”a”、”an”)」および「前記(”the”)」は、文脈から明確に他の意味が規定されない限り、複数形も包含する。例えば、「CD26阻害剤」についての言及は、複数のこのような阻害剤、例えば、2種以上のCD26阻害剤の混合物およびその同等物などを包含する。
【0017】
本明細書中で使用される場合、化合物(すなわち、CD26阻害剤または化学向性薬剤)およびMSCについて言及した「共投与(co−administer)」、「との組み合わせにおいて」、「の組み合わせ」なる句または同様の句は、化合物およびMSCの効果が、治療される対象において両方とも存在することを意味する。この化合物および/またはMSCは、同時に、または連続して、任意の順序にて異なる時点において投与してもよい。しかしながら、この化合物およびMSCは、治療効果において所望する増進が得られるように、時間的に十分に接近して投与されるべきである。この化合物およびMSCは、同じ投与経路で投与してもよいし、異なる投与経路で投与してもよい。この場合、このような化合物およびMSCの好適な投与間隔、投与経路、および投与順序は、本開示の観点から当業者には明らかであろう。
【0018】
本明細書中で使用される場合、「CD26阻害剤」は、CD26プロテアーゼ活性を阻害することのできる任意の化合物、ペプチド、およびペプチド類似物を意味する。CD26阻害剤の例としては、これに限定されるものではないが、Diprotin A(H−Ile−Pro−Ile−OH)、L−Val−L−boroPro、スルフォスチン(sulphostin)、P−epiスルフォスチン、脱スルホン化スルフォスチン(sulphostin desulfonate)、Lys[Z(NO2)]−チアゾリジド、Lys[Z(NO2)]−ピロリジド、LAF237、MK−0431、シタグリプチン(Sitagliptin)(Januvia(商標))、ビルダグリプチン(vildagliptin)、サクサグリプチン(Saxagliptin)、アログリプチン(Allogliptin)、および/またはこれらの塩もしくはエステルが挙げられる(また、米国特許第6,100,234号、国際公開第2007/041368号、およびそれらの中で引用された文献を参照のこと)。
【0019】
本明細書中で使用される場合、「MSC」または「間葉幹細胞」は、細胞群の大部分の細胞が、自己複製能および脂肪細胞種または骨細胞腫への分化能を有する細胞群である。
【0020】
本明細書中で使用される場合、「対象」は、ヒトを含む任意の動物を意味する。
【0021】
本明細書中で使用される場合、「治療」は、疾病の少なくとも1つの症状を改善することを意味する。
【0022】
MSC(髄間質細胞、骨髄間質細胞、間質前駆細胞、コロニー形成単位−線維芽細胞、多能性成体前駆細胞(MAPC:multipotent adult progenitor cell)としても知られている)は、成体幹細胞であり、この成体幹細胞は、古くから骨髄から得られていたが、他の組織(例えば、これらに限定されるものではないが、末梢血液、皮膚、毛根、筋肉、脂肪組織、臍帯組織、および様々な組織の一次培養物など)からも得ることができる。MSCは、多くの公知の手順(例えば、国際公開第2006/121445号、同第2004/090112号、およびToegel et al. (2005) Administered Mesenchymal Stem Cells Protect Against Ischemic Acute Renal Failure Through Differentiation−independent Mechanisms, Am. J. Physiol. Renal Physiol. 289:F31−F42に記載の方法など)により、入手、精製、および/または同定することができる。
【0023】
SDF−1(また、CXCL12としても知られている)は、CXCR4受容体(システイン−X−システイン受容体4)との相互作用による、造血幹細胞(HSC:hemopoietic stem cell)に対する走化活性を有するα−ケモカイン(化学向性薬剤)である(Christopherson II et al. (2003) Cell Surface Peptidase CD26/DPPIV Mediates G−CSF Mobilization of Mouse Progenitor Cells, Blood 101(12):4680−4686)。さらに、SDF−1は、炎症、骨髄への幹細胞の移動、および損傷臓器(例えば、脳、心臓、肝臓、および腎臓など)において、発生神経生物学上重要な役割を果たす。SDF−1は、内皮に対するHSCの結合、マトリックス・メタロプロティナーゼ(MMP:matrix metalloproteinase)の発現、並びにHSCのホーミングおよび移植に関係する他の過程を調整する。近年、尿細管細胞の発現およびSDF−1の血漿中濃度が著しくアップレギュレートされた後に、それに続いて急性の虚血/再潅流腎損傷(AKI)が誘発されることがマウスにおいて実証された。これは、特にCD34およびCXCR4共発現骨髄幹細胞の腎臓へのホーミングを促進するSDF−1を増加させる(Toegel et al.(2005) Renal SDF−1 signals mobilization and homing of CXCR4−positive cells to the kidney after ischemic injury, Kidney Int. 67:1772−1784およびSon et at.(2007) Migration of Bone Marrow and Cord Blood Mesenchymal Stem Cells in vitro is Regulated by SDF−1−CXCR4 and HGF−c−met Axes and Involves Matrix Metalloproteinases, DOI:10.1634/stemcells.2005−0271)。
【0024】
CD26(ジペプチジルペプチダーゼIV;EC 3.4.14.5)は、プロリン残基またはアラニン残基の後でポリペプチド鎖のN−末端からジペプチドを切断する膜結合性細胞外性ペプチダーゼである。CD26は、間質細胞由来因子−1(SDF−1:stromal cell−derived factor 1)(CXCリガンド12としても知られている)をその2番目の位置のプロリンで切断し、その結果として、SDF−1を不活性化する能力を有する。
【0025】
さらに、MSCの投与は、複雑なパラクリン機構(抗炎症剤、抗アポトーシスおよび分裂促進細胞応答など)を通じて、急性腎臓障害(AKI:acute kidney injury)を防ぐ(Toegel et al.Am J Physiol 289:F31−42,2005を参照のこと)。ここで、ジペプチジルペプチダーゼ−IV(CD26)を阻害することで、SDF−1の不活性化が減少し、それによって、CXCR4発現MSCのSDF−1信号へのSDF−1媒介性ホーミングが増加することが示されている。特に、これは、腎臓障害に応答してのMSCの腎臓へのホーミングを可能にするが、それは、傷害を受けた腎臓においてSDF−1信号が増加するためである。したがって、本発明は、傷害を受けた腎臓またはSDF−1を発現する他の組織へMSCをターゲッティングし、それにより、MSCによる腎臓の保護と回復を増強させるための改善された方法を提供する。さらに、本発明は、ケモカイン療法に基づいてSDF−1を改良する方法を提供する。
【0026】
本発明では、インビトロにおいて、CD26の阻害がSDF−1−CXCR4によって媒介されるMSCの走化活性を高めることを実証する。対照的に、CXCR4の阻害は、SDF−1−CXCR4によって媒介されるMSCの走化活性を低下させる。したがって、インビボにおいてDiprotin AなどのCD26阻害剤によりラットを予備治療すれば、実験による急性腎臓障害(AKI)において、投与されたMSCの腎臓保護機能が増強し得る。その結果、本発明は、修飾されたCD26阻害プロトコルの使用と、その結果として、AKIにおける堅牢な腎保護を達成するために必要なMSCの数の減少とを提供する。
【0027】
CD26阻害剤による対象の治療は、腎臓内でのSDF−1濃度をさらに増加および/または持続させ、それによってMSCのホーミングまたは動員を増加させる方法を提供する。1種以上のCD26阻害剤の投与は、特にMSCの投与と組み合わせて、内生のMSCおよび/または投与されたMSCの損傷を受けた臓器へのホーミングまたは動員を増加させ、その結果、有益な治療につながると考えられている。
【0028】
治療のための投与量は、通常、投与経路、治療される対象の年齢、体重、および症状に応じて変わる。本明細書に提示された情報に基づいて、CD26阻害剤、化学向性薬剤(例えば、SDF−1など)、および/またはMSCの有効量の決定は、ベテラン医師によって最適に決定される(国際公開第2006/121445号、米国特許出願公開第2004/0247574号、並びに米国特許第6,258,597、同第6,300,314号、および同第6,355,614号を参照のこと)。本発明のCD26阻害剤、化学向性薬剤、および/またはMSCは、一般的に、任意の望ましい担体、希釈剤、または賦形剤を含み得る医薬組成物において有用である。
【0029】
本発明のCD26阻害剤は、約1〜約100μM/kg(全体重)、または約1〜50μM/kg(全体重)、または約1〜30μM/kg(全体重)、または約1〜10μM/kg(全体重)の投与量において、対象に投与してもよい。本発明のMSCは、約0.01〜約1×106細胞/kg(全体重)の量において対象に投与してもよい。
【0030】
当業者は、保存または投与のために、所望の純度を有する本発明の化合物(例えば、CD26阻害剤、化学向性薬剤、およびそれらの組み合わせなど)および/またはMSCを、薬学的に許容される担体、賦形剤、安定化剤などと混合することによって、本発明の化合物および/またはMSCの製剤を調製することができる。治療用途のための許容可能な担体、賦形剤、安定化剤、または希釈剤は、製剤業界において既知であり、例えば、Remington’s Pharmaceutical Sciences,Mack Publishing Co.,(A.R.Gennaro edit. 1985)に記載されている。そのような材料は、採用された投与量および濃度において、受容側に対して無毒であり、緩衝剤(例えば、リン酸塩、クエン酸塩、酢酸塩、および他の有機酸塩など)、抗酸化剤(例えば、アスコルビン酸など)、低分子量(約10残基未満)ペプチド(例えば、ポリアルギニンなど)、タンパク質(例えば、血漿アルブミン、ゼラチン、または免疫グロブリンなど)、親水性ポリマー(例えば、ポリビニルピロリドンなど)、アミノ酸(例えば、グリシン、グルタミン酸、アスパラギン酸、またはアルギニンなど)、単糖類、二糖類、および他の炭水化物(例えば、セルロースもしくはその誘導体、グルコース、マンノースまたはデキストリンなど)、キレート化剤(例えば、EDTAなど)、糖アルコール(例えば、マンニトールまたはソルビートルなど)、対イオン(例えば、ナトリウムなど)、および/または非イオン性界面活性剤(例えば、トゥイーン、プルロニクス、またはポリエチレングリコールなど)を含んでいてもよい。注入のための無菌の化合物および/または細胞は、従来の薬務に従って製剤化することができる。例えば、賦形剤(例えば、リン酸緩衝食塩水など)中における化合物(単数または複数)および/または細胞の溶液もしくは懸濁液などが挙げられる。また、緩衝液、保存料、抗酸化剤などを、許容される薬務に従って添加することができる。
【0031】
SDF−1は、感染症、骨髄への幹細胞の移動、および損傷臓器(例えば、脳、心臓、肝臓、および腎臓など)において、発生神経生物学上重要な役割を果たすβ−β−β−αトポロジーの典型的なケモカインであり、CXCR4は、多くの細胞上で発現するSDF−1のGタンパク質共役細胞表面受容体であり、CD26は、SDF−1を不活性化するジペプチジルペプチダーゼIVである。さらに、CXCR4は、CD4(分化抗原群4)の共受容体として、HIV−1ウィルスによって使用され、Tリンパ球への結合を容易にし、Tリンパ球を破壊する。SDF−1は、HIV糖タンパク質120と競合し、HIV感染を防ぐために役に立ち得る。また、CXCR4は、癌細胞株(膵、食道、乳房)、腎臓細胞、骨髄、および神経細胞においても発現する。
【0032】
図1Aおよび1Bは、SDF−1タンパク質の濃度に関する急性腎不全の影響を示している。腎臓皮質中のSDF−1タンパク質の濃度は、正常な腎臓での濃度に比べ、ARF後24時間で著しく増加した(図2A)。血漿中のSDF−1タンパク質は、ARF後1日でベースラインよりかなり上昇した(図2B)。対照的に、骨髄(BM:bone marrow)中のSDF−1のレベルは、ベースラインより低下し、その結果、正常な骨髄−血液の勾配は逆になった(Toegel et al.(2005))。
【0033】
ARF前(N=3)およびARFの1日後(N=3)の腎臓、骨髄、および末梢血液中のSDF−1タンパク質の定量は、ELISAによって実施した。被膜を剥離した腎組織は、細胞および組織を溶解するため、切り刻んで超音波処理し、RIPA緩衝液で溶解し、BCAタンパク質定量試薬アッセイによってタンパク質を定量した。マウスの大腿骨の骨髄(N=3)をPBSで洗い、細胞を遠心分離した。SDF−1のために細胞分画および上澄みを分析した。また、SDF−1のために等量のタンパク質を検査した。すなわち、96ウェルプレートをSDF−1抗体でコーティングし、終夜インキュベートした。ウェルを緩衝液で洗浄して、ブロッキング用緩衝液により室温で1時間インキュベートした。100マイクロリットルの試料を供給し、室温で2時間インキュベートした。3回洗浄した後、抗SDF−1抗体を適用し、試料を室温で2時間インキュベートした。洗浄後、西洋ワサビペルオキシダーゼ複合体を反応混合物に加え、室温で20分間インキュベートした。反応が停止したら、450nmに設定したマイクロプレートリーダーによって光学濃度を測定した。波長補正は570ナノメートルに設定した。試料結果は、既知の量の組換えSDF−1タンパク質を希釈して作成した標準曲線から計算した。
【0034】
図2は、CXCR4+/CD34+MSCの移動に関するCXCR4ブロッキング抗体の効果を示している。この実験は、損傷した腎臓へのMSCのホーミングにCXCR4が必要であることを示している。正常なFVB(フレンド白血病ウィルスのB株に対する感応性)のマウスの100万個の骨髄細胞をCFDA(カルボキシフルオレセインジアセテート(carboxyfluorescein diacetate))で染色し、腎茎を60分間クランプした後、尾静脈に注入した。24時間後に動物を殺し、さらなる分析のために腎臓を採取した。各腎臓の四分の一を、コラゲナーゼにより37℃で60分間消化分解した。遠心分離処理しPBSで洗浄した後、腎臓細胞を再懸濁させ、ノイバウエル盤にてカウントした。注入されホーミングした細胞は、明緑色のCFDA染色により明確に認識することができた。総細胞数と同様に、CFDA−陽性細胞を同じ腎臓の少なくとも2つの試料でカウントし、平均を取った。
【0035】
骨髄は、両方の大腿骨をPBSで洗い流して得た。骨髄細胞については、ノイバウエル盤にてCFDA−陽性細胞をカウントし、ホーミングした細胞の定量を行った。損傷した腎臓へのCXCR4発現細胞のホーミングにおけるCXCR4の役割を調べるため、骨髄細胞を10μgの抗CXCR4ブロッキング抗体(eBioscience社)によって30分間プレインキュベートし、細胞を洗浄および遠心分離した後で注入した。上で説明したように、CFDA−陽性細胞について、腎臓および骨髄を調べた。
【0036】
図3は、対照培地、MSC、または線維芽細胞による、重症の急性腎不全(ARF)の治療を示す。図4Aでは、MSCは、ARFを有するネズミへの血流再開直後に投与されたものであり、クランプ後24時間で腎機能の著しい改善がみられた。対照処置動物対MSC処置動物はP=0.002であり、線維芽細胞処置動物対MSC処置動物はP=0.04である。賦形剤処置動物対線維芽細胞処置動物はP>0.05であった。図4Bでは、MSG投与により、腎臓損傷スコアが著しく低下している。クレアチニンは、筋肉の重要な構成要素であるクレアチンの崩壊産物であり、腎臓によって完全に体内から排出される。正常な腎臓の排泄機能により、血中クレアチニン濃度は、一定で正常な値に維持されるはずである。したがって、クレアチニン濃度は、腎臓機能の指標として頻繁に使用される。
【0037】
図4は、CD26の阻害が、血液循環から骨へのHSCのホーミングを増加させ得ることを示している(Christopherson II et al.(2004))。ただし、MSCにおいてCD26を阻害する効果については、突き止められていなかった。対照、Diprotin A処置済みまたはCD26−/−選別Sca−1+lin−ドナー細胞(受容体マウス当たり1〜2×104個の細胞)を、致死的放射線照射した雌の受容体マウスに尾静脈注射によって移植した。CD26阻害剤で処置される細胞は、移植前に、5mMのDiprotin A(Ile−Pro−Ile、Peptides International社(Louisville,KY))で15分間処置し洗浄した。ホーミング効率の割合は、受容体のBM(2つの大腿骨)中のSca−1+lin−細胞の数を、注入されたSca−1+lin−ドナー細胞の数で割ることによって計算する。
【0038】
図5は、ヒトMSCが、CD26、SDF−1、およびCXCR4を発現することを示している。ヒトMSC(継代1〜7、CD34−、CD45−、およびSH2モノクロナール抗体に結合)において、CXCR4 mRNAレベルは、低すぎて通常のRT−PCRでは容易に検出できなかった(Wynn et al. 2004 A Small Proportion of Mesenchymal Stem Cells Strongly Express Functionally Active CXCR4 Receptor Capable of Promoting Migration to Bone Marrow, Blood, 104(9):2643−2645)。
【0039】
図6は、MSCが機能性CD26を発現することを示している。CD26によって切断されGly−Pro+4−ニトロアニリンを生成するGly−Pro−4−ニトロアニリド+H2Oを用いてアッセイを実施した。分光光度計を使用して、405nmでニトロアニリンの吸光度を測定し、ニトロアニリンの基準吸光量曲線に対してプロットした。1単位のCD26は、Gly−Pro−4−ニトロアニリドから、1分間当たり1.0mモルの4−ニトロアニリンを生成する。
【0040】
図7は、CD26の阻害がMSCの移動を著しく増加させることを示している。AMD 3100は、CXCR4の非ペプチドアンタゴニストであり、Diprotin A(Ile−Pro−Ile、Peptides International社(Louisville,KY)は、一般的に使用されるCD26阻害剤の例である。この図は、CD26阻害剤の投与によりMSCの移動が一貫して増加することを示している。したがって、本発明は、腎臓の臓器機能障害(すなわち、障害または損傷)の治療のためのCD26阻害剤の使用、特にMSCの使用と組み合わせてのCD26阻害剤の使用を提供する。例えば、SDF−1不活性化の阻害は、損傷した腎臓への投与されたMSCのホーミングを増加させ、腎臓の回復を増強すると考えられる。
【実施例】
【0041】
(実施例1)
フィッシャー344ラットの骨髄由来のMSCをインビトロ実験に使用した。最初に、FACSを使用して、約35%のMSCがそれらの表面にCD26およびCXCR4タンパク質の両方を発現することを実証した。さらに、培養したMSCは、機能性CD26を発現し、効率的にSDF−1を不活性化し得る。最後に、トランスウェル培養システムでのSDF−1へのMSC移動は、Diprotin A(CD26阻害剤)によるMSCのプレインキュベートによって著しく増加し得、AMD3100(CXCR4阻害剤)によるプレインキュベートにより減少し得る。インビトロのデータの結果から、CD26を阻害することが、インビボでのMSCのSDF−1−CXCR4媒介走化活性を増加させると推論される。したがって、本発明は、臓器不全または臓器機能障害を伴う疾病の治療のために対象に投与されたMSCのホーミングおよび腎臓の防御機能を増大させるためのCD26阻害剤による事前処理またはMSCとの共投与に関する。
【0042】
(実施例2)
動物に関するすべての手順は、それぞれ、ユタ大学、退役軍人医療センター(Salt Lake City,UT)、インディアナ大学(Indianapolis,IN)、およびハンブルク大学(Hamburg,Germany)の動物管理使用委員会によって承認されている。動物は、一定の温度および湿度で、12時間:12時間の明暗サイクルにて飼育し、標準的な食物と水道水を自由に摂取できるようにした。体重200〜300gの雄成体のスプラーグドーリー(SD:Sprague−Dawley)ラットおよびフィッシャー344(F344)ラットを用いることが好ましい(Charles River社(Wilmington,MA))。
【0043】
イソフルラン麻酔動物において、I/R ARFを誘起させ、直腸温度を37℃に維持する。中腹部を開腹した後、腎臓を露出させ、腎茎を非外傷性の血管クランプで約40分間クランプする。クランプを行う際、血流再開後直ちに大動脈内細胞を送り込むために、PE−50のチューブを用いて左の頚動脈にカニューレ挿入する。Diprotin AなどのCD26阻害剤、または賦形剤のみ(対照培地)は、血流再開の30分前に投与する。細胞の投与は、血流再開または手術後、直ちに、または30分後、または24時間後のいずれかにおいて実施する。血流再開を目視により確認した後、適切な時期に、0.2mlSFM中≒106個の標識MSC/動物を左の頚動脈を通じて投与する。また、さらなる対照ARF動物を使用してもよく、この場合、対照動物に対して同様に処置を行うが、ただし、細胞の代わりに0.2mlのSFMを注入する。代替として、または組み合わせにおいて、ARFを有するF344ラットの対照群に、同じプロトコルを用いて0.2mlSFM中≒106個の同系線維芽細胞を注入してもよい。遅延注入(0.2mlSFM中≒106個の標識MSC)は、好ましくは、イソフルラン麻酔動物において、左の頸動脈による血流再開の30分後に実施する。切開部は4−0絹糸で閉じ、動物が回復できるようにする。
【0044】
細胞数の定量。CFDA−標識化した緑色蛍光細胞について調べ、ARFおよび細胞注入の2、24、36、48、60、および/または72時間後に腎臓において定量した。Hoechst 33342またはヨウ化プロピジウムにより細胞核を染色し、較正された共焦点マイクロメーター測定バーに基づいて、1切片あたり少なくとも3箇所の高倍率視野(HPF)において細胞核をカウントする。この後、切片の核の数と切片の表面積に基づいて、研究に用いた組織切片の総細胞数を計算する。
【0045】
インビトロでの研究に基づき、CD26阻害剤であるDiprotin Aの投与に続くMSCの投与、または1種以上のCD26阻害剤およびMSCの共投与により、腎臓へのMSCの移動が増加し、MSCのみで処置した試験動物に比べて、少なくとも2日および/または3日のうちに試験動物において腎機能が著しく改善されると考えられる。腎臓機能は、血清中クレアチニンおよび/または血中尿素態窒素の濃度によって評価することができる。虚血後30分で、すべての投与群において、同様に、またはほぼ同様に、腎機能が低下することが予想される。ただし、CD26阻害剤およびMSC処置動物では、MSC処置のみ(対照培地)の動物に比べ、MSC投与後に腎機能が著しく改善されることが予想される。
【0046】
刊行物、特許、および特許出願を含む、本明細書中に列記されたすべての参考文献は、各参考文献を本明細書中において個別に特に示してその全体を説明したのと同程度において、参照により本明細書に援用されるものとする。
【0047】
本発明はある特定の実施形態において記載されているが、本発明は、この開示の精神と範囲内においてさらなる変更を行うことが可能である。したがって、この出願は、その一般原理を用いた本発明の変法、用途、または適用も含むものとする。さらに、本出願は、本発明に関連し、かつ添付の特許請求の範囲内に含まれる当技術分野において既知または通常の実施において行われるような本開示からの逸脱を包含するものとする。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象における多臓器不全、急性腎不全、慢性腎不全、または腎臓機能障害を治療する方法であって、
対象に治療有効量のCD26阻害剤を投与する工程、及び
治療有効量の間葉幹細胞を該対象に共投与する工程
を含む方法。
【請求項2】
Diprotin A、L−Val−L−boroPro、スルフォスチン、P−epiスルフォスチン、脱スルホン化スルフォスチン、Lys[Z(NO2)]−チアゾリジド、Lys[Z(NO2)]−ピロリジド、LAF237、MK−0431、シタグリプチン、ビルダグリプチン、サクサグリプチン、アログリプチン、これらの塩もしくはエステル、およびこれらの組み合わせから成る群から選択されるCD26阻害剤を投与する工程を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
治療有効量の前記CD26阻害剤Diprotin Aまたはその化学的に修飾された類似物を投与する工程を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記方法は、Diprotin Aの化学的に修飾された類似物を投与する工程を含み、該化学的修飾は、ペプチドのN末端および/またはC末端への修飾、アミノ酸の側鎖の変更、α炭素の修飾、1つ以上のL残基による1つ以上のD残基の置換、及びアミド結合置換の導入、から成る群から選択される、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
治療有効量の前記CD26阻害剤シタグリプチンまたはビルダグリプチンを投与する工程を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
同種異系の間葉幹細胞を投与する工程を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項7】
自己由来の間葉幹細胞を投与する工程を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項8】
糖尿病に関連する腎不全を治療する工程を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項9】
心筋梗塞に関連する臓器不全を治療する工程を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項10】
前記対象における急性腎不全を治療する工程を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項11】
前記対象に化学向性薬剤を共投与する工程を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項12】
前記化学向性薬剤としてSDF−1またはSDF−1類似物を投与する工程を含む、請求項11に記載の方法。
【請求項13】
CD34およびCXCR4を発現する間葉幹細胞を共投与する工程を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項14】
対象における多臓器不全、急性腎不全、慢性腎不全、または腎機能障害を治療する方法であって、
有効量のCD26阻害剤によってインビトロにおいて間葉幹細胞を処理する工程、及び
治療有効量の該CD26処理済み間葉幹細胞を対象に投与する工程
を含む方法。
【請求項15】
Diprotin A、L−Val−L−boroPro、スルフォスチン、P−epiスルフォスチン、脱スルホン化スルフォスチン、Lys[Z(NO2)]−チアゾリジド、Lys[Z(NO2)]−ピロリジド、LAF237、MK−0431、シタグリプチン、ビルダグリプチン、サクサグリプチン、アログリプチン、これらの塩もしくはエステル、及びこれらの組み合わせから成る群から選択されるCD26阻害剤を投与する工程を含む、請求項14に記載の方法。
【請求項16】
Diprotin Aまたはその化学的に修飾された類似物を投与する工程を含む、請求項14に記載の方法。
【請求項17】
治療有効量の前記CD26阻害剤シタグリプチンまたはビルダグリプチンを投与する工程を含む、請求項14に記載の方法。
【請求項18】
さらに、化学向性薬剤を前記対象に共投与する工程を含む、請求項14に記載の方法。
【請求項19】
前記化学向性薬剤としてSDF−1またはSDF−1類似物を投与する工程を含む、請求項18に記載の方法。
【請求項20】
腎臓疾患である急性腎不全、慢性腎不全の治療のための医薬品の製造における治療量のCD26阻害剤の使用。
【請求項21】
前記CD26阻害剤が、Diprotin A、L−Val−L−boroPro、スルフォスチン、P−epiスルフォスチン、脱スルホン化スルフォスチン、Lys[Z(NO2)]−チアゾリジド、Lys[Z(NO2)]−ピロリジド、LAF237,MK−0431,シタグリプチン、ビルダグリプチン、サクサグリプチン、アログリプチン、これらの塩もしくはエステル、およびこれらの組み合わせから成る群から選択される、請求項20に記載の使用。
【請求項22】
前記CD26阻害剤がDiprotin Aまたはその化学的に修飾された類似物である、請求項20に記載の使用。
【請求項23】
前記CD26阻害剤がシタグリプチンまたはビルダグリプチンである、請求項20に記載の使用。
【請求項24】
前記医薬品がさらに間葉幹細胞を含む、請求項20に記載の使用。
【請求項1】
対象における多臓器不全、急性腎不全、慢性腎不全、または腎臓機能障害を治療する方法であって、
対象に治療有効量のCD26阻害剤を投与する工程、及び
治療有効量の間葉幹細胞を該対象に共投与する工程
を含む方法。
【請求項2】
Diprotin A、L−Val−L−boroPro、スルフォスチン、P−epiスルフォスチン、脱スルホン化スルフォスチン、Lys[Z(NO2)]−チアゾリジド、Lys[Z(NO2)]−ピロリジド、LAF237、MK−0431、シタグリプチン、ビルダグリプチン、サクサグリプチン、アログリプチン、これらの塩もしくはエステル、およびこれらの組み合わせから成る群から選択されるCD26阻害剤を投与する工程を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
治療有効量の前記CD26阻害剤Diprotin Aまたはその化学的に修飾された類似物を投与する工程を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記方法は、Diprotin Aの化学的に修飾された類似物を投与する工程を含み、該化学的修飾は、ペプチドのN末端および/またはC末端への修飾、アミノ酸の側鎖の変更、α炭素の修飾、1つ以上のL残基による1つ以上のD残基の置換、及びアミド結合置換の導入、から成る群から選択される、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
治療有効量の前記CD26阻害剤シタグリプチンまたはビルダグリプチンを投与する工程を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
同種異系の間葉幹細胞を投与する工程を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項7】
自己由来の間葉幹細胞を投与する工程を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項8】
糖尿病に関連する腎不全を治療する工程を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項9】
心筋梗塞に関連する臓器不全を治療する工程を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項10】
前記対象における急性腎不全を治療する工程を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項11】
前記対象に化学向性薬剤を共投与する工程を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項12】
前記化学向性薬剤としてSDF−1またはSDF−1類似物を投与する工程を含む、請求項11に記載の方法。
【請求項13】
CD34およびCXCR4を発現する間葉幹細胞を共投与する工程を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項14】
対象における多臓器不全、急性腎不全、慢性腎不全、または腎機能障害を治療する方法であって、
有効量のCD26阻害剤によってインビトロにおいて間葉幹細胞を処理する工程、及び
治療有効量の該CD26処理済み間葉幹細胞を対象に投与する工程
を含む方法。
【請求項15】
Diprotin A、L−Val−L−boroPro、スルフォスチン、P−epiスルフォスチン、脱スルホン化スルフォスチン、Lys[Z(NO2)]−チアゾリジド、Lys[Z(NO2)]−ピロリジド、LAF237、MK−0431、シタグリプチン、ビルダグリプチン、サクサグリプチン、アログリプチン、これらの塩もしくはエステル、及びこれらの組み合わせから成る群から選択されるCD26阻害剤を投与する工程を含む、請求項14に記載の方法。
【請求項16】
Diprotin Aまたはその化学的に修飾された類似物を投与する工程を含む、請求項14に記載の方法。
【請求項17】
治療有効量の前記CD26阻害剤シタグリプチンまたはビルダグリプチンを投与する工程を含む、請求項14に記載の方法。
【請求項18】
さらに、化学向性薬剤を前記対象に共投与する工程を含む、請求項14に記載の方法。
【請求項19】
前記化学向性薬剤としてSDF−1またはSDF−1類似物を投与する工程を含む、請求項18に記載の方法。
【請求項20】
腎臓疾患である急性腎不全、慢性腎不全の治療のための医薬品の製造における治療量のCD26阻害剤の使用。
【請求項21】
前記CD26阻害剤が、Diprotin A、L−Val−L−boroPro、スルフォスチン、P−epiスルフォスチン、脱スルホン化スルフォスチン、Lys[Z(NO2)]−チアゾリジド、Lys[Z(NO2)]−ピロリジド、LAF237,MK−0431,シタグリプチン、ビルダグリプチン、サクサグリプチン、アログリプチン、これらの塩もしくはエステル、およびこれらの組み合わせから成る群から選択される、請求項20に記載の使用。
【請求項22】
前記CD26阻害剤がDiprotin Aまたはその化学的に修飾された類似物である、請求項20に記載の使用。
【請求項23】
前記CD26阻害剤がシタグリプチンまたはビルダグリプチンである、請求項20に記載の使用。
【請求項24】
前記医薬品がさらに間葉幹細胞を含む、請求項20に記載の使用。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【公表番号】特表2010−518004(P2010−518004A)
【公表日】平成22年5月27日(2010.5.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−548317(P2009−548317)
【出願日】平成20年2月1日(2008.2.1)
【国際出願番号】PCT/US2008/001371
【国際公開番号】WO2008/094689
【国際公開日】平成20年8月7日(2008.8.7)
【出願人】(509218825)ネフロジェン, エルエルシー (1)
【Fターム(参考)】
【公表日】平成22年5月27日(2010.5.27)
【国際特許分類】
【出願日】平成20年2月1日(2008.2.1)
【国際出願番号】PCT/US2008/001371
【国際公開番号】WO2008/094689
【国際公開日】平成20年8月7日(2008.8.7)
【出願人】(509218825)ネフロジェン, エルエルシー (1)
【Fターム(参考)】
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