説明

成形体およびその製造方法

【課題】粉末成形法により軟磁性材料を圧縮成形し熱処理した成形体では、角形比が大きく、励磁電流を制御することによって光量調整装置の絞り開口量を正確に調整することが困難である。
【解決手段】相互に溶着した軟磁性材料を含む金属粒子間に樹脂の炭化物が介在し、この樹脂の炭化物がより多量に含まれた表層部を有し、この表層部の表面にめっき層が形成された本発明による成形体は、この成形体に800A/mの磁界を印加した場合に得られる磁束密度B800に対する成形体の残留磁束密度Brの割合を角形比Rsとして(Br/B800)×100で表した場合、成形体の角形比Rsが60%以上かつ90%以下であって、ロータマグネットの磁束密度の絶対値が残留磁束密度Br以上かつ磁束密度B800以下の範囲にとなるようにめっき層を形成している。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、相互に溶着した軟磁性材料を含む金属粒子間に樹脂の炭化物が介在すると共に表面に防錆層が形成された成形体およびその製造方法ならびにこの成形体を磁気回路の一部に使用した電磁駆動装置および光量調整装置に関する。
【背景技術】
【0002】
結合剤として樹脂を用い、この樹脂と共に金属粒子を成形型内で圧縮成形する粉末成形法が知られている。この粉末成形法によって得られる成形品は、その寸法形状が成形型に極めて近似したものとなり、成形後の後加工を基本的に必要としないという利点を持つ。このため、粉末成形法は主として材料価格の高いものや、切削加工が困難なものを製造する際に有効な方法であると言える。また、この粉末成形法によって得られる成形品は、金属粒子間に結合剤である樹脂が介在した構造となっているため、その機械的強度に制約がある。このため、粉末成形法によって得られる成形品は、機械的強度が比較的問題とされない部材として用いられることが多い。例えば、金属粒子として希土類磁石粉末を用いた成形磁性体がモータの円柱状をなすロータなどに採用されている。さらに、金属粒子として軟磁性材料を用いたモータのヨークやステータ、あるいは光学機器に組み込まれるアクチュエータのヨークやトランスの他、磁気ヘッドのコアなどにもその適用範囲が拡げられている。
【0003】
一方、このような樹脂結合剤と金属粒子とからなる粉末成形体の防錆処理としては、塗装処理やめっき処理などが知られている。その中でもめっき膜で覆う方法は、簡便性や確実性の面から極めて有効な方法であること考えられている。
【0004】
しかしながら、焼結部品などの耐食性を高めるためにめっき処理を行うと、成形品自体が多孔質のため、めっき液が成形品の微細空隙内に侵入できなかったり、内部に侵入できたとしてもそこからめっき液が排除されずに残されたままとなってしまう可能性がある。このため、めっき液が侵入できなかった個所や、めっき液が取り残されてしまった個所から腐食が進行し、長期的に充分な耐食性を確保することが困難となる。また、樹脂結合型軟磁性材料のように、粉末成形によって得られた成形品は、その側面部が加圧時や脱型時に成形型とこすれて樹脂結合剤が薄くなってしまったり、時には金属粒子が剥き出しとなって成形される。しかも、このような粉末成形においては、成型圧を高めて高密度化しようとしても、粒子間に形成される気泡やこれらの気泡が成形品の表面に連なったピンホールを有するものが多い。このような成形品にめっき膜を形成してその耐食性を高めようとしても、金属と樹脂結合剤とでは導電性が異なるため、均一なめっき膜を形成することが本質的に困難なものとなる。この結果、表面の薄い樹脂結合剤のところにはめっき膜が形成されなかったり、ピンホールを伝わり内部へのめっき液が侵入するなどにより、結局は耐食性の低い成形体となってしまう。
【0005】
このようなめっき形成の不具合に対処するため、減圧下でめっき処理を行うことが特許文献1にて提唱されている。
【0006】
しかながら、特許文献1に開示された減圧下でのめっき処理は、その作業が煩雑であるだけでなく、めっき液が減圧によりピンホール内に侵入したとしてもその後の新液補給が行われにくい。このため、ピンホール内壁へのめっき析出と共にめっき液濃度が低下し、充分な厚みのめっき膜を得ることが困難となる。当然のことながら、めっき膜を付けられる材料より、めっき膜のほうが耐食性以外の性質は劣るのが一般的であり、めっき膜は必要最小限の厚みとなる。このため、ピンホール内のめっき膜を充分に厚くしようとすると、大部分を占める最表面部に必要な性能を低下させてしまう。そのため、ピンホール内の耐食性の確保ができないか、できたとしても必要な性能を満足しない成形体となってしまう。
【0007】
このような知見に基づき、本発明者らは特許文献2にて充分な耐食性を与えることができると共に寸法精度や機械的強度が良好な成形体およびこの成形体の製造方法を提案した。
【0008】
【特許文献1】特開2003−226994号公報
【特許文献2】特開2008−038189号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
近年、光学装置の小型化に伴い、光が通過する開口の開度を調整するための光量調整装置は、以前にも増して精密な絞り開口量の制御が必要となってきている。そのため本発明者らが提案した成形体をこれらの磁気回路に使用するにあたっても、防錆性のみならずさらなる磁気特性の改善が望まれている。
【0010】
本発明の目的は、特許文献2に対して磁気特性をさらに改善し得る成形体およびその製造方法ならびにこの成形体を磁気回路の一部に使用した電磁駆動装置および光量調整装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の第1の形態は、永久磁石と励磁コイルへの通電により磁気回路を構成する電磁駆動装置に用いる成形体であって、この成形体は相互に溶着した軟磁性材料を含む金属粒子間に樹脂の炭化物が介在し、この樹脂の炭化物がより多量に含まれた表層部を有し、この表層部の表面に防錆層が形成されており、この成形体に800A/mの磁界を印加した場合に得られる磁束密度B800に対する前記成形体の残留磁束密度Brの割合を角形比Rsとして(Br/B800)×100で表した場合、当該成形体の角形比Rsが60%以上かつ90%以下となるように前記防錆層が形成されていることを特徴とするものである。
【0012】
本発明の第2の形態は、永久磁石と励磁コイルへの通電により磁気回路を構成する電磁駆動装置に用いる成形体の製造方法であって、この成形体は相互に溶着した軟磁性材料を含む金属粒子間に樹脂の炭化物が介在し、この樹脂の炭化物がより多量に含まれた表層部を有し、この表層部の表面に防錆層が形成されており、軟磁性材料を含む金属粒子を樹脂で被覆し成形原料を得るステップと、成形型に前記成形原料を充填しこれを加圧成形することにより、前記樹脂の一部を前記成形型との界面に流動させた状態で加圧成形体を得るステップと、前記加圧成形体を加熱して前記樹脂を焼成するとともに前記金属粒子を相互に溶着させ前記金属粒子間に前記樹脂の炭化物が介在するととともにこの樹脂の炭化物がより多量に含まれた表層部を有する成形体を得るステップと、前記表層部の表面に防錆層を形成するステップとを具え、前記防錆層を形成するステップは、この成形体に800A/mの磁界を印加した場合に得られる磁束密度B800に対する前記成形体の残留磁束密度Brの割合を角形比Rsとして(Br/B800)×100で表した場合、当該成形体の角形比Rsが60%以上かつ90%以下となるように設定されていることを特徴とするものである。
【0013】
本発明の第3の形態は、永久磁石と、励磁コイルへの通電により磁気回路を構成するヨークとを具え、このヨークが本発明の第1の形態による成形体か、あるいは本発明の第2の形態により製造された成形体によって構成されていることを特徴とする電磁駆動装置にある。
【0014】
本発明の第4の形態は、相互に組み合わされて絞り開口を画成する少なくとも2枚の羽根部材と、これら羽根部材の少なくとも一つを駆動して前記絞り開口の大きさを変更するための羽根駆動機構とを具え、前記羽根駆動機構が本発明の第3の形態による電磁駆動装置を含むことを特徴とする光量調整装置にある。
【発明の効果】
【0015】
本発明によると、成形体の角形比Rsが60%以上となるように、防錆層を表層部の表面に形成したので、成形体の抗磁力の増大を抑制すると同時に磁束密度B800および残留磁束密度Brの低下も抑制することが可能である。また角形比Rsが90%以下となるようにしたので、残留磁束密度Brが高くなりすぎることを抑制できる。この結果、励磁コイルへの通電により磁気回路を構成する軟磁性材料としての特性をより良好なものにすることができる。しかも、安定した防錆層を形成できるので、極めて耐食性の高い成形体を得ることが可能である。
【0016】
本発明の光量調整装置によると、羽根部材の少なくとも一つを駆動して絞り開口の大きさを変更するための羽根駆動機構が本発明の電磁駆動装置を含んでいるので、従来のものよりも絞り開口量の制御を安定して行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
本発明を光学機器の光量調整装置に応用した一実施形態について、その外観を分解状態で示す図1を参照しながら以下に詳細に説明する。しかしながら、本発明はこのような実施形態のみに限らず、例えば磁気記録ヘッドのコア材料や、各種電動モータのヨークまたはステータへの適用が可能である。
【0018】
図1に示した本実施形態における光学機器の光量調整装置10は、相互に組み合わされて絞り開口を画成する2枚の絞り板11,12と、これら2枚の絞り板11,12を駆動して絞り開口の大きさを変更するための絞り板駆動機構13とを具える。また、本実施形態における絞り板駆動機構13は、リンクアーム14と、ケース15と、地板16と、電磁駆動装置17とを含み、この絞り板駆動機構13が本発明の羽根駆動機構として機能する。
【0019】
リンクアーム14は、その両端部に形成されたピン18が2枚の絞り板11,12の基端部にそれぞれ形成された長孔19に対して係合し、光を通す開口20が形成されたケース15は、2枚の絞り板11,12を往復動自在に支持する。光を通す開口21が形成された地板16には、リンクアーム14に当接してその揺動端を規定するための図示しないストッパ部が突設されている。
【0020】
本実施形態では、リンクアーム14を揺動させて2枚の絞り板11,12を同時に逆方向に駆動させ、これによって絞り開口の開度を変化させるようにしているが、絞り板11,12の何れか一方のみを駆動して絞り開口の大きさを変更させるようにしてもよい。なお、本実施形態における一方の絞り板11には、絞り開口によって調整し切れないような過大光量が通過するのを遮るためのNDフィルタ22が固定状態で取り付けられている。また、本発明における羽根部材としての絞り板11,12の数を3枚以上に設定することも可能である。
【0021】
本実施形態における電磁駆動装置17は、本発明の永久磁石としてのロータマグネット23と、励磁コイル24と、この励磁コイル24への通電により磁気回路を構成するヨーク25とを具えている。
【0022】
半周ずつ2極に着磁された円筒状をなすロータマグネット23は、地板16に組み込まれた図示しない軸受を介して回転自在に地板16に取り付けられている。ロータマグネット23から突出する支軸26の一端部は、リンクアーム14の中央部に一体的に連結されている。ロータマグネット23の他端部は、地板16に突設された一対のブラケット27の先端部に嵌着されるキャップ部材28に図示しない軸受を介して回転自在に支持されている。
【0023】
本実施形態における励磁コイル24は、ロータマグネット23を駆動するための駆動コイル24dと、ロータマグネット23の回転速度に比例した逆起電力を生成してこれをロータマグネット23の回転の制御に利用するための制動コイル24bとを具えている。これら駆動コイル24dおよび制動コイル24bがヨーク25を挟んで180度隔てて対向配置されている。これら駆動コイル24dおよび制動コイル24bは、導電性の接着テープ29によってヨーク25に固定され、外部からの信号を授受するプリント回路基板30に接続している。
【0024】
所定の隙間を介してロータマグネット23を囲む円筒状のヨーク25は、軟磁性材料にて形成され、ロータマグネット23とで磁気回路を構成する。このヨーク25の内周には一対の位置決め突起31が形成され、弾性変形可能な地板16のブラケット27に形成された嵌合穴32にそれぞれ係合して地板16のブラケット27に対して一体化されている。ヨーク25に形成された一対の位置決め突起31の対向方向と、駆動コイル24dと制動イル24bとの対向方向が直交するように、ヨーク25に対する駆動コイル24dおよび制動コイル24bの取り付け位置が規定されている。これら一対の位置決め突起31は、ロータマグネット23のディテントトルクの磁気的安定位置を設定する機能も有する。すなわち、駆動コイル24dに対する電流の遮断時にロータマグネット23を磁気吸引することにより、絞り板11,12を駆動して開口絞りを閉じた状態に保持することができる。また、絞り板11,12の後方に設けられた光電素子(不図示)で開口状態を電流変換し駆動コイル24dに通ずる励磁電流の微妙な制御により、絞り開口量の調整を可能としている。
【0025】
このような光量調整装置10のヨーク25が本発明の成形体にて形成されており、これは以下のようにして製造することが可能である。
【0026】
まず、フラン樹脂などの焼成による炭素残存率が極めて高い液状の樹脂に硬化触媒を加え、有機溶剤などの溶媒に溶解させて液状にしたものを金属粒子にコーティングして溶媒を除去した後、固体潤滑剤を添加して樹脂結合材の硬化を促進させる。このようにして後述するAステージの硬化状態に保持し、ドライパウダー状の成形原料粉末を得る。
【0027】
本発明で用いられる好ましい樹脂の条件としては、熱硬化性樹脂であって、液状樹脂に硬化剤を加えた後、溶剤希釈によって液状となるものである。また、金属粒子にこれをコーティングして溶剤を除去した後、固体潤滑剤などと混ぜ合わせて加熱を行うことで、ドライパウダー状の成形原料となるものである。この場合、成形原料でのコーティングされた熱硬化性樹脂の状態は、Aステージ状態となっていることが好ましい。
【0028】
このAステージ状態とは、溶剤に対する熱硬化性樹脂の可溶かつ可融な状態であって、溶剤に溶解させた後に溶剤を除去した場合、粘性を示さない状態である。例えば、朝倉書店から発行された高分子学会編による「高分子辞典」第7版の第769ページには、Aステージ状態が「・・・アセトン、メタノールなどの溶媒に可溶である。加熱することによって硬化し三次元構造の硬化物を与える。特にこの可溶可融状態の・・・」と記載されている。なお、Aステージ状態の成形体原料を得るには、熱硬化性樹脂に触媒を添加し、溶剤により希釈してこれを金属粒子にコーティングした後、これを比較的低温にて加熱を行い、硬化を促進する方法を採用することができる。この他、樹脂に触媒を添加し、これを比較的低温に保って硬化を促進させた後、溶剤に溶かしてコーティングを行う方法を採用することも可能である。
【0029】
このように、本発明で用いることができる樹脂は、所定形状の成形型に充填されて加圧成形された場合、軟化流動して成形体の表層部と成形型の成形面との界面に流動し、更に加圧を停止した場合に固化して成形体の表層部に留まる性質の樹脂である。加えて、所定の熱処理により焼失することなく焼成して炭化物となるものである。具体的には、フェノール樹脂や、前記「高分子辞典」に言うレゾールとフェノールとホルムアルデヒドとをアルカリ性触媒で付加重合させた樹脂や、フラン樹脂が好ましい。これらの中でもフラン樹脂が特に好ましいと言える。フラン樹脂は、フラン環を有する樹脂の総称である。より具体的には、フルフリルアルコール・フルフール共縮合型,フルフリルアルコール型,フルフラール・フェノール共縮合型,フルフラール・ケトン共縮合型,フルフリルアルコール・尿素共縮合型,フルフリルアルコール・フェノール共縮合型の樹脂を指す。これらの硬化には、酸性触媒として有機または無機の酸性物質が用いられる。
【0030】
樹脂を金属粒子にコーティングした後に添加される固体潤滑剤の機能は、成形型内での加圧時の金属粒子の移動を容易にし、これによって成形体の密度を高めると共に成形体を成形型から取り出しやすくすることにある。この固体潤滑剤は、成形体を熱処理によって焼成して焼鈍を行う場合、樹脂からの分解ガスの透過孔として作用するように、常温では固体であって500℃以下の温度で気化し、樹脂に対しては非溶解性であることが好ましく、金属石鹸類がこれに該当する。その中でも特に好ましいのはステアリン酸亜鉛である。
【0031】
次に、このようにして作製された成形原料をヨーク25の輪郭形状に対応した所定形状の成形型内に投入し、加圧成形を行う。これにより金属粒子の表面を覆う樹脂は、加圧に伴う融点降下を起こして軟化し、原料粉末を相互に一体化させると共にその一部が成形型の成形面側へと移動する。これは、成形型内の原料粉末が加圧により圧縮され、軟化した樹脂がそれまで原料粉末間に存在していた気泡と共に成形型の成形面側に押し出され、気泡は成形ガスとして型合わせ部分などから抜けて行くためである。樹脂は加圧に伴う摩擦熱によって次第に硬化状態となるが、成形型に対する加圧を停止して樹脂を仮硬化の状態に戻し、この状態にて成形体を成形型から取り出す。
【0032】
次いで、この成形体に対して熱処理を施し、樹脂を完全に焼失させることなく、これを焼成する。この時の好ましい加熱温度は、フラン樹脂の場合、100℃以上250℃以下である。つまり、この熱処理によって成形体表面近傍に流動した樹脂成分が焼成され、樹脂硬化物の分解ガスや未反応物質が成形体中の欠陥部分や固体潤滑剤の揮散孔を通って成形体表面から放出され、樹脂成分が炭化状態となる。特に、成形体の表層部にはピンホールのきわめて少ない多量の樹脂炭化物が保護膜となって形成される。
【0033】
さらに、この成形体を加熱して金属粒子を相互に溶着させる。この時の好ましい加熱温度は500℃以上1200℃以下であり、真空中や不活性気体中、あるいは還元雰囲気にて行うことが望ましい。この時の加熱温度が低いと、金属粒子の溶着が促進されず、成形体の強度を高めることができない。逆に、加熱温度が高すぎると、金属粒子の溶着が進行し過ぎて寸法変化が大きくなってしまう。
【0034】
このようにして、金属粒子が直接接触している部分は相互に溶着し、また金属粒子間介在していた樹脂成分は炭化物がとなり、特に成形体の表層部には多量の炭化物が存在した成形体(複合型金属成形体)を得ることができる。この場合、当然のことながら樹脂の硬化ステップと、分解ガスの放出ステップと、金属粒子の溶着ステップおよび樹脂の炭化ステップとを一連の熱処理プログラムにて行うことが可能である。
【0035】
その後、得られた成形体の防錆処理を行う。ここまで述べた処理によって成形体の表層部を構成する炭化物の層は、この成形体内部へのめっき液などの防錆剤の浸透を妨げることができ、しかもこの炭化物の層は防錆処理を行う際の下地層としても機能する。また、焼結体のようなポーラスな表面とは異なり、本発明では、炭化物からなる下地層と金属粒子とからなる成形体表面への防錆層の形成、特にめっき層の析出を欠陥なく行うことができる。このため、めっき層が形成体を拘束してこれが磁化する際の体積変化を妨げる働きをすると考えられる。このため、特にめっき層の厚みを調整することで、後述する軟磁気特性の角形比を最適化し、同時に耐食性を高めることができる。
【0036】
防錆用の好ましいめっきの方式は、析出が均一に行うことができる無電解めっきであり、防錆効果の観点から特にニッケル燐めっきが好適である。また、そのめっき膜厚が薄すぎた場合、防錆効果や後述する角形比の制御の効果が少なく、逆に厚くなり過ぎると軟磁気特性を劣化させることから、0.1〜20μmの範囲が好ましいと言える。なお、防錆層として上述しためっき層が特に好ましいと言えるけれども、本発明はこれに限定されるものではない。すなわち、他の有機または無機を問わず、塗装やCVD法あるいはPVD法による防錆層であっても、本発明の効果を得ることが可能である。
【0037】
なお、本発明による成形体において、防錆層の形成により後述する角形比が低減しているか否かの確認を行う場合、防錆層を除去した後の成形体の磁気特性か、または防錆層を形成する前の成形体を用いて比較することができる。
【0038】
次に、本実施形態におけるヨーク25のより具体的な製造手順の一例を以下に示すが、本発明はこのような実施形態にのみ限定されるものではないことに注意されたい。
【0039】
まず金属粒子として、鉄粉 Somaloy 500(スウェーデン国ヘガネス社の商品名)を用意した。また、樹脂としてフラン樹脂VF303(日立化成株式会社の商品名)を用意し、さらにその酸性触媒としてA3(日立化成株式会社の商品名)を用意した。そして、フラン樹脂100質量部に対し、酸性触媒を1質量部加え、これらを2倍量のアセトンで希釈して液状とし、これを浮遊流動させた状態の鉄粉に散布した。そして、溶剤であるアセトンを蒸発させて酸性触媒を含むフラン樹脂を鉄粉の表面に被覆し、さらに固体潤滑剤としてステアリン酸亜鉛を1質量部加えて成形原料を得た。これをヨーク25の軸線と平行な方向から1cm2当たりの10トンの加圧力を加えて加圧成形体を得た。
【0040】
次に、成形型からこの加圧成形体を取り出し、耐熱性の平板に載せ、180℃にて加圧成形体を1時間加熱し、まず樹脂の硬化を行った。次いで、真空雰囲気中にて600℃まで昇温してこれを1時間保持し、加圧成形体から固体潤滑材を除去すると共に樹脂に含まれる分解ガスを放出させる。さらに、水素還元雰囲気にて850℃で1時間保持し、金属粒子の溶着と樹脂の焼成とを行い、樹脂を炭化させた成形体(複合型金属成形体)を得た。
【0041】
しかる後、この成形体を無電解ニッケルリンめっき液に浸漬し、ニッケルリンめっき層をその表面に形成してヨーク25を完成した。
【0042】
本実施形態のヨーク25に関し、図2の模式図に示すような一点鎖線の枠で囲んだ外周の一部を走査型電子顕微鏡で観察した結果を図3に示す。これは、めっき層を形成する前の成形体を希硝酸でエッチングを施し、電子線照射時におけるヨーク25のチャージアップを抑制するため、導電性の接着テープ29に固定したものである。図3中の二点鎖線は、ヨーク25の外周を表している。また、この部分の炭素の分布状態を図4に示す。図4中の白点部分が炭素の存在確率の高い領域である。なお、ヨーク25の位置決め突起31の部分をラップ研磨した後、希硝酸によりエッチングを施して走査型電子顕微鏡にて観察した状態を図5に示す。硝酸により鉄がエッチングされて表面が乱れた個所や、アトマイズ法により作成された鉄粉がエッチング液に侵されて除去され、そこに接触して残留している炭素の平坦領域を確認することができる。つまり、図5から金属粒子間に炭化物が介在していることを理解されよう。
【0043】
次に、めっき層が表面に形成された本実施形態におけるヨークと、めっき層を形成する前の成形体を用いたヨークとの性能の評価を試みた。このため、めっき浴として、シューマーSE-660(日本カニゼン株式会社の商品名)を用い、pHが4〜6,浴温が90℃,めっき速度が10μm/時間の条件下で膜厚がそれぞれ0.1μm,10μm,20μmのヨーク25を実施例1〜3として作成した。また、比較のための本発明に該当しないヨークの比較例1〜3も作成した。
【0044】
実施例1〜3および比較例1〜3のヨークに一次および二次の巻線を各々30ターン施し、直流磁気記録装置でこれらを800A/mまで磁界を印加した場合の磁束密度B800(ガウス)と、抗磁力Hc(A/m)と、角形比Rs(%)とを求めた。因みに、ヨークの軟磁気特性の指標となる角形比Rsは、ヨークに800A/mの磁界を印加した場合に得られる磁束密度B800に対するヨークの残留磁束密度Brの割合を示し、(Br/B800)×100で表される。また、図1に示す光量調整装置10に実施例1〜3および比較例1〜3のヨークを組み込み、駆動電流を遮断した場合に絞り開口が閉状態に保持されることができるか否かの確認を行った(駆動特性1)。なお、この光量調整装置のロータマグネットの表面磁束密度は9850Gのものを用いている。次に、この駆動特性1にて正常に作動した実施例1〜3および比較例1に対し、絞り開口量を全閉にした状態から励磁電流を徐々に連続的に増加させ、これに伴って絞り開口量が連続的増大するか否かの動作確認を行った。また、逆に絞り開口量を全開にした状態から励磁電流を連続的に低減させ、これに伴って絞り開口量が連続的に減少するか否かの動作確認を併せて行った(駆動特性2)。さらに、実施例1〜3および比較例1〜3のヨーク各々100個を80℃90%RHの高湿度環境に1000時間投入し、耐食性評価の加速試験を行った。これらの結果を表1に示す。
【0045】
なお、比較例1は、本実施形態におけるヨーク25に対してめっき層を形成する前の成形体に該当するものであり、前述の光量調節装置のロータマグネットの表面磁束密度以上の残留磁束密度Brとなっている。また、比較例2は、成形体の製造手順が本発明に該当しないものである。具体的には、100質量部のフラン樹脂VF303(前掲のもの)をその酸性触媒として先のA3を1質量部加えた液に浸漬して真空含浸を行った後、耐熱平板に載せて180℃にて含浸樹脂の硬化を1時間行った。次いで、真空中にてこれを600℃まで昇温して1時間保持し、さらに水素還元雰囲気にて850℃に1時間加熱し、含浸樹脂の焼成を行ったものである。この例における磁束密度B800は、前述の光量調節装置のロータマグネットの表面磁束密度以下で、角形比Rsも60%以下になっている。比較例3は、比較例1にて製造された成形体の表面に30μmのめっき層を形成したものであるが、磁束密度B800は比較例1と同様、前述の光量調節装置のロータマグネットの表面磁束密度以下で、角形比Rsも60%以下になっている。
【0046】
【表1】

【0047】
表1に示す結果から、ヨークの表面に無電解ニッケルリンめっき処理を施すことにより、良好な耐食性が得られる。その反面、めっき層が厚くなるほど磁束密度B800および残留磁束密度Brが共に低下するため、これに伴って角形比Rsも低下するのに対し、抗磁力Hcが次第に増大することを理解できよう。比較例2の場合、熱処理後に樹脂を含浸して再度熱処理を行うことにより、樹脂中に含まれる分解ガスが成形体から脱出しにくくなって成形体中に残留してしまう。この結果、軟磁気特性の特徴である大きな磁束密度B800と小さな坑磁力Hcとを損なってしまうことを理解できよう。
【0048】
駆動特性1に関し、比較例1の場合には残留磁束密度Brがロータマグネットの磁束密度より大きいため、全閉位置でロータマグネットを保持できず、絞りを全閉状態に安定して保つことができなかったと考えられる。それに対し、実施例1〜3および比較例2,3は残留磁束密度Brよりもロータマグネットの磁束密度が十分大きく全閉状態に維持することができたと考えられる。
【0049】
また、駆動特性2に関しては、励磁電流の変化に対して、実施例1〜3ではロータマグネットの回転は充分制御することができ、満足する機能を得ることができた。しかしながら、比較例2,3は磁束密度B800がロータマグネットの磁束密度よりも小さく、かつ励磁電流の変化に対するヨークの磁束密度の変化が大きく、絞りの開閉の調節が充分行えない。
【0050】
従って、本実施例の光量調整装置の駆動状態を円滑かつ確実に行うには、本発明の成形体の角型比Rs[(Br/B800)×100]が60%以上かつ90%以下である必要がある。また、ロータマグネットの磁束密度の絶対値が残留磁束密度Br以上かつ磁束密度B800以下であることも必要である。
【0051】
耐食性に関し、表面にめっき層が形成された実施例1〜3および比較例3では、すべての試料で発錆が見られなかったのに対し、比較例1,2では、全体の14%の試料に発錆が起きており、耐食性が不充分であることを確認できた。
【0052】
このように、光量調整装置10のヨーク25として本発明の成形体を適用することにより、位置決め突起31を含む形状を一体的に加工でき、かつ同時に励磁電流制御により微妙な絞り開口量を設定すると共に優れた防錆力を得ることができる。
【0053】
なお、本発明はその特許請求の範囲に記載された事項のみから解釈されるべきものであり、上述した実施形態においても、本発明の概念に包含されるあらゆる変更や修正が記載した事項以外に可能である。つまり、上述した実施形態におけるすべての事項は、本発明を限定するためのものではなく、本発明とは直接的に関係のないあらゆる構成を含め、その用途や目的などに応じて任意に変更し得るものである。
【図面の簡単な説明】
【0054】
【図1】本発明を光学機器の光量調整装置に応用した一実施形態の外観を分解状態で表す立体投影図である。
【図2】図1に示した光量調整装置の一部を構成するヨークの平面図であり、走査型電子顕微鏡による観察領域を二点鎖線で示してある。
【図3】図2に示したヨークの観察領域の走査型顕微鏡写真である。
【図4】図2と同一位置を炭素元素分析した状態を示す図であり、白点が炭素の存在確率の高い箇所である。なお、二点鎖線で示すヨークの外周よりも外側にある白点は、導電性粘着テープの炭素である。
【図5】ヨークをラッピング加工した後にエッチングした加工面の走査型電子顕微鏡写真である。
【符号の説明】
【0055】
10 光量調整装置
11,12 絞り板
13 絞り板駆動機構
14 リンクアーム
15 ケース
16 地板
17 電磁駆動装置
18 ピン
19 長孔
20,21 開口
22 NDフィルタ
23 ロータマグネット
24 励磁コイル
24d 駆動コイル
24b 制動コイル
25 ヨーク
26 支軸
27 ブラケット
28 キャップ部材
29 接着テープ
30 プリント回路基板
31 位置決め突起
32 嵌合穴

【特許請求の範囲】
【請求項1】
永久磁石と励磁コイルへの通電により磁気回路を構成する電磁駆動装置に用いる成形体であって、前記成形体は相互に溶着した軟磁性材料を含む金属粒子間に樹脂の炭化物が介在し、この樹脂の炭化物がより多量に含まれた表層部を有し、この表層部の表面に防錆層が形成されており、
この成形体に800A/mの磁界を印加した場合に得られる磁束密度B800に対する前記成形体の残留磁束密度Brの割合を角形比Rsとして(Br/B800)×100で表した場合、当該成形体の角形比Rsが60%以上かつ90%以下となるように前記防錆層が形成されていることを特徴とする成形体。
【請求項2】
前記成形体の磁束密度B800の値は前記永久磁石の磁束密度以上であり、前記成形体の残留磁束密度Brの値は前記永久磁石の磁束密度以下であることを特徴とする請求項1に記載の成形体。
【請求項3】
前記樹脂が熱硬化性樹脂を含むことを特徴とする請求項1に記載の成形体。
【請求項4】
前記防錆層がニッケルとリンとを含むめっき層であり、その膜厚が0.1〜20μmの範囲にあることを特徴とする請求項1から請求項3の何れかに記載の成形体。
【請求項5】
永久磁石と励磁コイルへの通電により磁気回路を構成する電磁駆動装置に用いる成形体の製造方法であって、前記成形体は相互に溶着した軟磁性材料を含む金属粒子間に樹脂の炭化物が介在し、この樹脂の炭化物がより多量に含まれた表層部を有し、この表層部の表面に防錆層が形成されており、
軟磁性材料を含む金属粒子を樹脂で被覆し成形原料を得るステップと、
成形型に前記成形原料を充填しこれを加圧成形することにより、前記樹脂の一部を前記成形型との界面に流動させた状態で加圧成形体を得るステップと、
前記加圧成形体を加熱して前記樹脂を焼成するとともに前記金属粒子を相互に溶着させ前記金属粒子間に前記樹脂の炭化物が介在するととともにこの樹脂の炭化物がより多量に含まれた表層部を有する成形体を得るステップと、
前記表層部の表面に防錆層を形成するステップと
を具え、前記防錆層を形成するステップは、この成形体に800A/mの磁界を印加した場合に得られる磁束密度B800に対する前記成形体の残留磁束密度Brの割合を角形比Rsとして(Br/B800)×100で表した場合、当該成形体の角形比Rsが60%以上かつ90%以下となるように設定されていることを特徴とする成形体の製造方法。
【請求項6】
前記成形体の磁束密度B800の値は前記永久磁石の磁束密度以上であり、前記成形体の残留磁束密度Brの値は前記永久磁石の磁束密度以下であることを特徴とする請求項5に記載の成形体の製造方法。
【請求項7】
前記成形原料を得るステップは、潤滑剤を添加するステップと、前記樹脂をAステージ状態に硬化させるステップとを含むことを特徴とする請求項5または請求項6に記載の成形体の製造方法。
【請求項8】
請求項1から請求項4の何れかに記載の成形体か、あるいは請求項5から請求項7の何れかに記載の方法により製造された成形体によって構成された磁気回路を使用していることを特徴とする電磁駆動装置。
【請求項9】
相互に組み合わされて絞り開口を画成する少なくとも2枚の羽根部材と、
これら羽根部材の少なくとも一つを駆動して前記絞り開口の大きさを変更するための羽根駆動機構と
を具え、前記羽根駆動機構が請求項8に記載の電磁駆動装置を含むことを特徴とする光量調整装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−16091(P2010−16091A)
【公開日】平成22年1月21日(2010.1.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−173323(P2008−173323)
【出願日】平成20年7月2日(2008.7.2)
【出願人】(000104652)キヤノン電子株式会社 (876)
【Fターム(参考)】