説明

摺動材料及び湿式無段変速機用ベルト

【課題】耐摩耗性を保持しながら、ベルト/プーリ間の接触面における摩擦係数(μ)を高め、プーリ挟圧力を減少することによって動力損失を低減する。
【解決手段】湿式無段変速機に用いられ、母材となる樹脂とメソフェーズピッチ系炭素繊維とを含み、前記メソフェーズピッチ系炭素繊維の含有割合を1体積%以上60体積%以下とした摺動材料である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、湿式無段変速機に用いられる摺動材料、及びこれを備えた湿式無段変速機用ベルトに関する。
【背景技術】
【0002】
自動車等に用いられる無段変速機(以下、「CVT」と略記することがある。)として、ベルト式CVTの開発が進められている。ベルト式CVTは、一般に、駆動軸と従動軸とにそれぞれ取り付けられた2つのプーリと、それらプーリに巻き付けられたベルトとを設けて構成されている。ベルト式CVTにおいては、駆動軸に取り付けられたプーリが駆動されると、ベルトを介して従動軸に取り付けられたプーリへ動力が伝達される。ベルト式CVTは、駆動軸及び従動軸に取り付けられた2つのプーリの溝幅を変えることによって回転径を調整し、無段階の変速を可能としている。
【0003】
ベルト式CVTには、湿式と乾式とがある。湿式のCVTでは、ベルトとプーリとがともに金属製のものが用いられる。湿式のCVTは、ベルトとプーリとの接触面の摩耗や焼付きを抑制するために、潤滑油の供給下で使用される。特に湿式に構成する場合、駆動時に潤滑油が供給されるため、ベルト及びプーリの摩耗が少なく、摺動材料の耐摩耗性を確保しやすいという利点がある。このことから、湿式のCVTは、信頼性及び耐久性が高い。ところが、一方では、ベルトとプーリとの間に潤滑油が存在することにより、両者間の摩擦係数(μ)が0.1程度と小さくなってしまう。このため、ベルトとプーリとの間の動力の伝達に必要な摩擦力を生じさせるためには、プーリの挟圧力を大きくする必要がある。換言すれば、湿式のCVTでは大きな挟圧力を必要とするため、動力損失が大きくなるという課題がある。
【0004】
上記に関連して、多数のブロックを並設した高負荷伝動用Vベルトにおけるブロックのプーリ溝側部と対向する部分を、ポリアクリロニトリル系カーボン短繊維と石炭系ピッチのカーボン短繊維とが複合配合されたブレンド樹脂で構成されたフェノール樹脂層で被覆すると、優れた耐摩耗性等が得られることが開示されている(例えば、特許文献1参照)。また、異方性炭素繊維を含む湿式摩擦材に関する開示がある(例えば、特許文献2参照)。
【0005】
さらに、ベルト式無段変速機用の伝動ベルトを構成するエレメントの可変プーリと接触する接触面に固着された樹脂製被膜の材料にフェノール樹脂、カーボン繊維、粉末材を用いることが開示されている(例えば、特許文献3参照)。
【特許文献1】特開2004−239432号公報
【特許文献2】特開平9−217054号公報
【特許文献3】特開2004−144110号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上記した高負荷伝動用Vベルトは、乾式の変速機用ベルトにおける摩擦係数を低減して耐摩耗性等は高め得るものの、湿式環境では摩擦係数が不足し、動力損失の改善は図れない。また、上記の湿式摩擦材は、抄紙法等の湿式法で製造される繊維を基材とする摩擦材であり、高温に耐えうる耐熱性は得られても、数百MPaもの高い摺動面圧がかかり、すべり速度も数百mm/s以下であるベルト式CVTにおいては、必ずしもベルト/プーリ間の動力伝達部材として必要な耐摩耗性が確保できない。さらに上記の伝動ベルトによっても、湿式環境における摩擦係数としては不充分であり、必ずしもベルト/プーリ間の動力伝達に必要な摩擦力は得られない。
【0007】
上記のように、ベルト式CVTにおける摩擦係数に関する検討が種々なされてはいるものの、高い摩擦係数(μ)を有しながら高耐摩耗性を保持し得る湿式CVTベルト方式に適した摺動材料は、未だ確立されていないのが実状である。
【0008】
本発明は、上記に鑑みなされたものであり、湿式無段変速機に適した組成を有し、ベルト/プーリ間の耐摩耗性を高く保持すると共に両者間の接触面における摩擦係数(μ)を高め、プーリ挟圧力を減少することによって動力損失を低減することができる摺動材料、及び耐摩耗性に優れ、動力損失が少なく、伝達トルク容量の大きな湿式無段変速機用ベルトを提供することを目的とし、該目的を達成することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、特定の炭素繊維を所定の範囲で用いると高摩擦係数(μ)化が図れるとの知見を得、かかる知見に基づいて達成されたものである。
【0010】
上記目的を達成するために、第1の発明である摺動材料は、湿式無段変速機に用いられるものであり、少なくとも、母材となる樹脂と、メソフェーズピッチ系炭素繊維とを含み、メソフェーズピッチ系炭素繊維の摺動材料中における含有割合を1体積%以上60体積%以下の範囲となるように構成したものである。
【0011】
本発明の摺動材料においては、母材となる樹脂と共にメソフェーズピッチ系炭素繊維を選択的に配合することで、黒鉛結晶の発達が高く且つその黒鉛結晶構造の黒鉛層面が繊維軸方向に向いた構造を有するメソフェーズピッチ系の炭素繊維が摺動面に微少な粗れを形成するので、相手材となるプーリとの間に摩擦が得られ、ベルトとプーリ間の摩擦係数(μ)が高められる。
【0012】
メソフェーズピッチ系炭素繊維の黒鉛結晶構造は、その黒鉛層の積層構造が繊維軸方向からみて繊維軸から繊維周縁方向に形成されたオニオン構造に構成されていないことが望ましい。また、好ましくは、メソフェーズピッチ系炭素繊維の繊維軸方向からみた少なくとも繊維周縁の少なくとも一部が、黒鉛結晶構造の黒鉛層の積層構造が繊維軸方向からみて繊維軸側から(特に繊維軸を中心に)繊維周縁方向に放射状に形成されたラジアル構造を有して構成される。すなわち、メソフェーズピッチ系炭素繊維の黒鉛結晶構造は、黒鉛層が、黒鉛結晶の積層構造をつくる各黒鉛層の面方向が繊維軸方向からみたときに繊維軸側から(特に繊維軸を中心に)繊維周縁方向に放射状に向くように配向されている場合が望ましい。
【0013】
摺動材料の炭素繊維と相手プーリ側(例えば金属材)との接触形態が、炭素繊維の繊維軸方向と相手プーリ側の金属表面が平行ないし略平行な関係にある場合には、繊維の繊維軸方向との直交断面における黒鉛構造の配向性が摩擦係数(μ)の特性(以下、μ特性ともいう。)に影響を及ぼすと考えられる。複数の黒鉛層が積層された黒鉛結晶の積層構造が、繊維軸方向からみて(換言すれば、繊維の繊維軸方向との直交断面において)少なくとも外周部、すなわち繊維内部全体又は繊維周縁の一部もしくは全部において、繊維軸から繊維周縁方向に形成されることにより、各黒鉛層が繊維軸方向からみたときの繊維周面又はその同心円の周面に沿うように配向したオニオン構造に形成されていると、相手プーリと接触した場合に、円筒と面との接触形態となる。一方、複数の黒鉛層が積層された黒鉛結晶の積層構造が、繊維軸方向からみて(換言すれば、繊維の繊維軸方向との直交断面において)少なくとも外周部、すなわち繊維内部全体又は繊維周縁の一部もしくは全部において、繊維軸側から(特に繊維軸を中心に)繊維周縁方向に放射状に形成されることにより、各黒鉛層面の面方向が繊維軸方向からみて繊維軸から繊維周面方向に放射状に向くように配向したラジアル構造に形成されると、相手プーリと接触した場合に、円筒形状に集合した線と面との接触形態となる。円筒形状に集合した線と面との接触形態は、線接触の集合体であるため、前記オニオン構造の円筒と面との接触形態に比べ、真実接触面積が減少し、真実接触面圧が増加することから、油膜貫通能力が高くなり、高摩擦係数(μ)化するものと推察される。
【0014】
摺動材料の炭素繊維と相手プーリ側(例えば金属材)との接触形態が、炭素繊維の繊維軸方向と金属材表面が直交関係にある場合には、繊維軸方向における黒鉛層の配向性がμ特性に影響を及ぼすと考えられる。黒鉛結晶構造の黒鉛層の配向性が繊維軸に対して平行方向に高い構造ほど、相手プーリとの間での真実接触面圧が増加し、油膜貫通能力を高くしていると推察される。これは、炭素繊維の接触面での結晶構造がプーリ側接触面に対して垂直に配向することで、プーリ側接触面は黒鉛結晶構造の端面と接触することとなり、更にメソフェーズピッチ系炭素繊維は、PAN系炭素繊維と比較して、黒鉛層間に炭素化・黒鉛化の際の空隙が多く存在するため、炭素繊維の接触面は線接触の集合体となる。したがって、黒鉛結晶構造中の黒鉛層の配向性が良いほど、金属材表面との線接触は増加し、黒鉛層面での面接触は減少する。相手プーリ側との接触面が線接触の集合体になることにより、面接触形態よりも真実接触面積が減少し、真実接触面圧が増加することから、油膜貫通能力が高くなり、高μ化するものと推察される。
【0015】
本発明の摺動材料を構成するメソフェーズピッチ系炭素繊維は、紡糸の際に平板状の縮合多環芳香族炭化水素の高分子をその平板面の面方向が繊維軸方向に向くように配向させて得られたものであることが、上記の真実接触面圧を高める点で望ましい。このようにして得たメソフェーズピッチ系炭素繊維は、黒鉛層の配向性が繊維軸から繊維周縁に放射状に配向し、更に繊維軸に対して平行方向に配向した構造を有しており、繊維内に空隙を有しており、真実接触面積が小さく、真実接触面圧が大きいことから、油膜貫通能力が高くなり、μ特性を向上させることができる。
【0016】
第1の発明における摺動材料を構成するメソフェーズピッチ系炭素繊維は、熱伝達率が20W/m・K以上であることが望ましい。熱伝達率が20W/m・K以上のものは、繊維伸び率が低く、繊維が曲がり難いため、高面圧下で繊維が屈曲せずに相手プーリ側と接触するので、油膜の貫通能力が高くなると推測され、摩擦係数(μ)が高められる。
【0017】
また、メソフェーズピッチ系炭素繊維の伸び率は、1.5%以下とすることができる。上記のように、繊維伸び率は小さいことが望ましく、具体的には伸び率を1.5%以下とすることにより、プーリのプーリ側接触面と接触した場合の摩擦係数(μ)を高めることができる。
【0018】
本発明におけるメソフェーズピッチ系炭素繊維は、密度を1.76kg/m以上とすることができ、また、炭素含有割合を99%以上とすることができる。密度及び炭素含有割合が上記範囲であるものは、繊維伸び率が低く、繊維が曲がり難い。そのため、摺動材料中の炭素繊維が高面圧下で屈曲せずに相手プーリ側と接触するので、油膜の貫通能力が高くなると推測され、摩擦係数が高められる。
【0019】
第1の発明である摺動材料を構成する樹脂は、摺動材料の耐熱性及び成形性を考慮すると、熱硬化性樹脂が好適である。熱硬化性樹脂の中でも、成形性及びメソフェーズピッチ系炭素繊維との馴染みが良い点で、フェノール樹脂を用いてより好適に構成することができる。
【0020】
第2の発明である湿式無段変速機用ベルトは、基体及び、該基体の、プーリのプーリ側接触面と接触する接触面の少なくとも一部に設けられた前記第1の発明である摺動材料を有し、プーリのプーリ側接触面との接触により動力伝達を行なう複数のブロックと、前記ブロックを支持する無端形状のフープと、を設けて構成されたものである。
【0021】
第2の発明である湿式無段変速機用ベルトは、ブロックとフープとを備えている。ベルトは、ブロックにおけるプーリとの接触面によりプーリと接触する。ここで、「プーリ側接触面」とは、プーリにおけるブロックとの接触面を意味する。また、「プーリ側接触面と接触する接触面」とは、ブロックにおけるプーリと接触するブロック側の接触面(ブロック側接触面)を意味する。
【0022】
本発明の湿式無段変速機用ベルトにおいては、対向するプーリ側接触面とブロック側接触面とが接触することによって動力が伝達される。本発明の湿式無段変速機用ベルトは、動力伝達が行なわれるブロック側接触面の少なくとも一部が、上記した第1の発明である摺動材料を用いて形成された樹脂部が設けられている。この湿式無段変速機用ベルトは、ブロック側接触面の一部のみが第1の発明である摺動材料を用いて形成された態様でもよいし、ブロック側接触面の全てが第1の発明である摺動材料を用いて形成された態様であってもよい。また、ブロック全体が第1の発明である摺動材料で被覆されている態様であってもよい。
【0023】
通常、湿式無段変速機におけるブロックとプーリとの接触面圧は、百MPa以上と大きい。また、すべり速度条件は、数十〜数百mm/s程度に留まる。
第2の発明においては、ベルトを構成するブロックの、プーリ(プーリ側接触面)と接触する接触面(ブロック側接触面)の一部もしくは全部に、メソフェーズピッチ系炭素繊維の含有割合が1〜60体積%の前記第1の発明である摺動材料を用いることで、上記のような高い接触面圧条件下においても、ブロックとプーリとの間、換言すればベルトとプーリとの間の摩擦係数(μ)を大きくすることができる。また、高すべり速度領域、低荷重領域等のベルトとプーリとの間に油膜が形成されやすい条件であっても、大きな摩擦係数(μ)を維持することができ、両者の接触状態を良好に保つことが可能である。
【0024】
以上のように、本発明の摺動材料及び湿式無段変速機用ベルトを用いれば、ベルトとプーリとの間の摩擦係数(μ)が増大し、動力損失が少なく抑えられ、伝達トルク容量が大きく耐摩耗性に優れた湿式のベルト式CVTを構築することができる。
【発明の効果】
【0025】
本発明によれば、湿式無段変速機に適した組成を有し、ベルト/プーリ間の耐摩耗性を高く保持すると共に両者間の接触面における摩擦係数(μ)を高め、プーリ挟圧力を減少することによって動力損失を低減することができる摺動材料、及び、耐摩耗性に優れ、動力損失が少なく、伝達トルク容量の大きな湿式無段変速機用ベルトを提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0026】
以下、本発明の摺動材料及びこれを備えた湿式無段変速機用ベルトについて、詳細に説明する。なお、本発明の摺動材料及びこれを備えた湿式無段変速機用ベルトは、本発明の要旨を逸脱しない範囲において、当業者が行ない得る変更、改良等を施した種々の形態にて実施することができる。
【0027】
<摺動材料>
本発明の摺動材料は、湿式無段変速機の摺動部を形成するのに適した樹脂材料であり、少なくとも、母材となる樹脂と、メソフェーズピッチ系炭素繊維とを含んでなり、必要に応じて、更に分散剤、離型剤、着色剤などの他の成分を用いて構成することができる。
【0028】
−メソフェーズピッチ系炭素繊維−
本発明の摺動材料は、メソフェーズピッチ系炭素繊維の少なくとも一種を含有する。メソフェーズピッチ系炭素繊維を含有することにより、ブロックのプーリ(プーリ側接触面)と接触する接触面(ブロック側接触面)における摩擦係数(μ)を高くすることができ、これによって、ベルトとプーリとの間の摩擦をも抑制することができる。
【0029】
本発明の摺動材料中には、メソフェーズピッチ系炭素繊維を摺動材料の全体積の1体積%以上60体積%以下の割合で含有する。メソフェーズピッチ系炭素繊維の含有割合は、1体積%未満であると、繊維量が少なすぎて耐摩耗性を確保できず、60体積%を超えると、繊維量が多すぎて樹脂の量が減少してしまい、ブロックの被覆が難しくなる。
メソフェーズピッチ系炭素繊維の含有割合としては、上記同様の理由から、5〜50体積%の範囲がより好ましく、25〜50体積%の範囲が更に好ましい。
【0030】
メソフェーズピッチ系炭素繊維は、メソフェーズピッチを原料に溶融紡糸して得られ、、黒鉛層の面方向が繊維軸方向と並行する(例えば、少なくとも一部は黒鉛結晶構造の黒鉛層積層方向が繊維軸方向と直交している)黒鉛結晶構造を持つ異方性ピッチ系炭素繊維である。メソフェーズピッチ系炭素繊維は、繊維内に空隙を有するため、摺動面における真実接触面積が小さく、真実接触面圧が大きいことから、湿式環境下では油膜貫通能力が高くなり、μ特性が向上するものと推察される。
【0031】
メソフェーズピッチ系炭素繊維は、図1に示すように、メソフェーズピッチを溶融紡糸し、その後不融化・炭素化・黒鉛化することで得られる。図1は、メソフェーズピッチ系炭素繊維の製造プロセスの概要を示す。
メソフェーズピッチは、平板状の縮合多環芳香族炭化水素高分子の混合物であり、液晶性を示す。ナフタレン等の芳香族化合物など2環以上の縮合多環式炭化水素又はこれを含有する物質を重合するとメソフェーズピッチが得られる。このメソフェーズピッチを溶融紡糸すると、液晶芳香族高分子を例えば断面円形の細管を通すと配向するのと同様に、平板状の縮合多環芳香族炭化水素高分子の芳香環核が繊維軸方向に配向したメソフェーズピッチ繊維が得られる。このメソフェーズピッチ繊維を不融化工程において気相で酸化することにより架橋構造が形成され、熱で溶融しない状態に処理される。その後、不活性雰囲気下で高温熱処理することにより、炭素以外の元素が離脱して炭素繊維が得られる。このとき、熱処理温度の違いで炭化もしくは黒鉛化と呼ばれ、黒鉛化は通常2000℃以上の熱処理を指す。メソフェーズピッチ系炭素繊維の製造時に外力が加えられるのは、溶融紡糸の際に平板状の縮合多環芳香族炭化水素高分子を細管を通す時のみであるため、炭化、黒鉛化処理時に炭素以外の元素が離脱した箇所に空隙が生じ、繊維内に空隙を有することになる。このようにして繊維内に空隙が存在することにより、繊維接触面の真実接触面積は減少する一方で真実接触面圧が増加し、油膜貫通能力が高くなるものと推察される。
【0032】
メソフェーズピッチを構成する平板状の縮合多環芳香族炭化水素高分子には、ナフタレン等の2環以上の縮合多環式炭化水素又はこれを含有する物質が挙げられる。
【0033】
これに対して、PAN系炭素繊維は、繊維内の空隙が少ないため、繊維接触面の真実接触面積が大きく、真実接触面圧が小さいことから、油膜貫通能力が低くなると推察される。ここで、PAN系炭素繊維の製造面から、メソフェーズピッチ系炭素繊維との違いを説明する。
PAN系炭素繊維は、アクリロニトリルを重合して得られたポリアクリロニトリルを紡糸してPAN繊維とし、その後耐炎化・炭素化・黒鉛化することでPAN系炭素繊維を得る。PAN系炭素繊維は、PAN系前駆体(PAN系耐炎化繊維、PAN繊維、又はPAN)に1軸配向を賦与した状態で炭化焼成した場合に、以降の過程では配向が保持された繊維構造を有する炭素繊維が得られるという特徴がある。耐炎化工程でPAN分子は、ピリジン環あるいはアクリドン環などを主成分とするラダーポリマーとなる。耐炎化処理時に分子の配向性が熱収縮により崩壊するのを防ぐために、緊張化もしくは延伸操作を加えながら耐炎化処理を行なう。このとき、炭素以外の元素が離脱するが、緊張化もしくは延伸操作を加えているので、繊維内に生じる空隙が少なくなると考えられる。その後、炭素化して炭素繊維を得る。そのため、繊維内の空隙が少なく、メソフェーズピッチ系繊維と比較して真実接触面積が増大し、真実接触面圧が低下するため、油膜貫通能力を低下させていると推察される。
【0034】
上記のように得られたメソフェーズピッチ系炭素繊維の中でも、摺動面の摩擦係数(μ)をより高める点から、黒鉛結晶構造が、その黒鉛層の積層構造が繊維軸方向からみて繊維軸側から繊維周縁方向に形成されたオニオン構造を有しないものが好ましい。換言すれば、黒鉛結晶構造の黒鉛層面が、繊維の繊維軸方向からみたときの繊維周面又はその同心円の周面に沿って並行する(つまり、黒鉛層面と繊維周面又はその同心円の周面とが相互に面対向する位置関係になる)ように配向されていない場合が好ましい。具体的には、メソフェーズピッチ系炭素繊維の繊維軸方向との直交断面において、例えば図2(D)に示すオニオン構造を有しない場合が好ましい。図2(D)に示すオニオン構造では、炭素繊維と相手プーリ側(例えば金属材)との接触形態が、炭素繊維の繊維軸方向と金属表面とが平行ないし略平行である場合には、繊維接触面が線接触の集合とならず円筒と面との接触形態となり、繊維接触面の真実接触面積が大きく、真実接触面圧が小さいことから、油膜貫通能力が低く、高μ化することができないと推察される。
【0035】
更には、メソフェーズピッチ系炭素繊維は、その繊維軸方向との直交断面において、図2(A)に示すように、黒鉛結晶構造の黒鉛層の積層構造が繊維軸方向からみて繊維軸を中心に繊維周縁方向に放射状に形成され、繊維軸から繊維周縁方向に黒鉛層面の面方向が放射状に向くように黒鉛層が配向したラジアル構造を有するメソフェーズピッチ系炭素繊維や、図2(B)又は(C)に示すように、黒鉛層面が任意の方向に向いたランダム構造を有するメソフェーズピッチ系炭素繊維などを挙げることができるが、摺動面に配されたときの繊維の接触面が線接触の集合体となって真実接触面積が減少し、真実接触面圧を高める観点から、メソフェーズピッチ系炭素繊維の繊維全体又は繊維周縁の一部もしくは全部がラジアル構造を有するものが好ましい。図2(A)は、メソフェーズピッチ系炭素繊維の繊維全体がラジアル構造である場合を示し、図2(B)に示すように、メソフェーズピッチ系炭素繊維はその繊維周縁だけがラジアル構造であってもよい。なお、図2(B)は、繊維断面の周縁全部がラジアル構造に、内部がランダム構造に構成されている。
【0036】
炭素繊維と相手プーリ(金属材)側との接触形態が、繊維の繊維軸方向と相手プーリ側の金属表面が平行ないし略平行な関係である場合には、繊維の繊維軸との直交断面における黒鉛構造の配向性がμ特性に影響を及ぼすと考えられる。すなわち、繊維軸と直交する繊維断面における黒鉛結晶構造の配向が図2(A)に示すようなラジアル構造及び図2(B)又は(C)に示すようなランダム構造の場合には、真実接触面圧が大きく、潤滑油供給下での油膜貫通能力が高くなるものと推察され、これによりベルト/プーリ間の接触面における摩擦係数(μ)を高めることができる。これは、繊維接触面の黒鉛結晶構造が、相手プーリ(金属材)側の表面と交差する方向に配向を有するため、相手プーリ側は黒鉛構造の端面と接触することとなり、さらに黒鉛構造の黒鉛層間には炭素化、黒鉛化の際の空隙が存在するので、接触面は線接触の集合体となる。相手プーリとの接触面が線接触の集合体となるため、面接触形態よりも真実接触面積が減少し、真実接触面圧が増加することが考えられる。これに対して、上記のように黒鉛層の配向構造が図2(D)に示すようなオニオン構造である場合には、円筒と面との接触形態となり、更には繊維内部に存在する黒鉛層間の空隙も影響しないために、真実接触面積が増加して真実接触面圧が低下する。
【0037】
メソフェーズピッチ系炭素繊維は、メソフェーズピッチを溶融紡糸して使用してもよいし、上市されている市販品を使用してもよい。市販品としては、例えば、三菱化学産資(株)製のダイアリードK233QE、同K233HG、同K233QG等、日本グラファイトファイバー(株)製のGRANOC XN−100、同XNG−90、同XN−80等、などを挙げることができる。
【0038】
メソフェーズピッチ系炭素繊維の伸び率としては、1.5%以下であることが好ましく、0〜1.1%の範囲がより好ましい。伸び率が1.5%以下であると、繊維が曲がり難いため、高面圧下で繊維が屈曲せずに相手プーリ側と接触するので、油膜の貫通能力が得られ、高い摩擦係数(μ)を保持できる。
【0039】
メソフェーズピッチ系炭素繊維の伸び率は、繊維の曲がりやすさに関係していると考えられ、伸び率が小さいほど繊維が曲がりにくい。繊維に曲げが生じると、繊維内の中心軸を境に圧縮力と引張力が分布するが、この際の伸び率が小さいと変形し難いため、高面圧下でも繊維は曲がらずに相手プーリ側摺動面に接触するので、油膜の貫通能力が高いと推察される。すなわち、逆に伸び率が高いと変形しやすいため、高面圧下では繊維が曲がって繊維端部が摺動面から逃げてしまう結果、油膜の貫通ができないものと考えられる。
炭素繊維の伸び率は、黒鉛化が発達しているほど小さく、その指標は熱伝達率、密度、炭素含有量でみることができる。例えば、熱伝達率が高いほど黒鉛構造が大きくなるため、連続した黒鉛構造の炭素繊維となり、伸び率は低くなる(逆に黒鉛構造が小さいときには、黒鉛構造が断続的に繋がった炭素繊維になるため、熱伝達率は小さい)。同密度の場合は、炭素含有量が高いほど伸び率は低く、同炭素含有量の場合は、密度が高いほど伸び率は低い傾向がある。最も好ましいのは、伸び率の低い高熱伝達率、高密度、高炭素含有量のメソフェーズピッチ系炭素繊維である。
メソフェーズピッチ系炭素繊維の熱伝達率、高密度、高炭素含有量の好ましい範囲を以下に示す。
【0040】
メソフェーズピッチ系炭素繊維の熱伝達率としては、20W/m・K以上であることが好ましく、20〜1000W/m・Kの範囲がより好ましい。熱伝導率が20W/m・K以上であると、伸び率が低く、上記したように繊維が曲がり難いため、高面圧下で繊維が屈曲せずに相手プーリ側と接触する。よって、高い摩擦係数(μ)を保持できる。
【0041】
メソフェーズピッチ系炭素繊維の密度としては、1.76kg/m以上が好ましく、2.0〜2.3kg/mの範囲がより好ましい。密度が1.76kg/m以上であると、伸び率が低く、上記したように繊維が曲がり難い。そのため、上記と同様に、油膜の貫通能力が得られ、高い摩擦係数(μ)を保持できる。
【0042】
メソフェーズピッチ系炭素繊維の炭素含有割合としては、99%以上が好ましく、99.5%以上がより好ましく、99.9%以上が更に好ましい。炭素含有割合99%以上であると、伸び率が低く、上記したように繊維が曲がり難い。そのため、上記と同様に、油膜の貫通能力が得られ、高い摩擦係数(μ)を保持できる。
【0043】
なお、本発明の摺動材料には、本発明の効果を損なわない範囲で、上記のメソフェーズピッチ系炭素繊維以外の他の繊維を含んでもよい。繊維としては、有機繊維及び無機繊維を挙げることができる。
【0044】
−樹脂−
本発明の摺動材料は、母材として樹脂の少なくとも一種を含有する。樹脂としては、特に限定されるものではなく、公知の樹脂を任意に選択して用いることができる。
【0045】
樹脂としては、熱硬化性樹脂及び熱可塑性樹脂が挙げられる。熱硬化性樹脂としては、例えば、フェノール樹脂、尿素樹脂、メラミン樹脂、ジアリルフタレート樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、エポキシ樹脂、アニリン樹脂、フラン樹脂、ポリウレタン樹脂、アルキルベンゼン樹脂、グアナミン樹脂、キシレン樹脂、等が挙げられる。熱可塑性樹脂としては、ポリスチレン、ABS樹脂、AS樹脂、ポリエチレン樹脂、ポリプロピレン樹脂、塩化ビニル樹脂、塩化ビニリデン樹脂、酢酸ビニル樹脂、ポリビニルアルコール樹脂、ポリビニルホルマール樹脂、ポリビニルブチラール樹脂、アセチルセルロース樹脂、ニトロセルロース樹脂、アセチルブチルセルロース樹脂、セルロースエーテル樹脂、メタクリル樹脂、ポリアミド樹脂、ポリアセタール樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリフェニレンオキサイド樹脂、ポリスルフォン樹脂、ポリエチレンテレフタレート樹脂、シリコーン樹脂、フッ素樹脂、ポリイミド樹脂、ポリアミドイミド樹脂、ポリジフェニルエーテル樹脂、ポリメチルペンテン樹脂、ACS樹脂、AAS樹脂、塩素化ポリエーテル樹脂、ポリブチレンテレフタレート樹脂、ポリエーテルスルフォン樹脂、等が挙げられる。熱可塑性樹脂及び熱硬化性樹脂の中でも、耐熱性及び成形性の観点と前記メソフェーズピッチ系炭素繊維との馴染みが良い観点から、フェノール樹脂が好ましい。フェノール樹脂としては、変性もしくは未変性のノボラック樹脂又はレゾール樹脂等が挙げられる。特には、カシューオイルで変性されたカシュー変性フェノール樹脂が好ましい。
【0046】
樹脂の摺動材料中における含有量としては、特に制限はなく、成形しやすく、かつ成形体の耐摩耗性を確保しつつ高摩擦係数(μ)を得る観点から、摺動材料の全体積に対して、27体積%以上98体積%以下の範囲が好ましく、40体積%以上95体積%以下の範囲が更に好ましい。
樹脂の含有量については、耐摩耗性の確保及び高μ化効果を大きくする場合には繊維を多く入れる必要があるものの、多く入れると成形性が悪化し、成形性を重要視しすぎると炭素繊維の量を減らすこととなり、耐摩耗性及び高μ化効果が得られなくなる。したがって、上記の範囲内とするのが好ましい。
【0047】
本発明の摺動材料は、前記樹脂並びに前記メソフェーズピッチ系炭素繊維及び他の繊維に加えて、必要に応じて、補強材、充填材、分散剤、離型剤、着色材等の他の成分を含んでいてもよい。
前記補強材としては、有機繊維及び無機繊維等が挙げられる。例えば、セルロース繊維、ポリアミド繊維、ポリイミド繊維、アラミド繊維等の有機繊維;シリカ繊維、ムライト繊維、金属繊維、チタン酸カリウム繊維、炭素繊維等の無機繊維等が挙げられる。
前記充填材としては、例えば、アルミナ、シリカ、ムライト、窒化ケイ素、炭化ケイ素、ジルコニア等の無機粒子が挙げられる。また、カシューダストを用いてもよい。
前記分散剤としては、各種のアルミニウムキレート剤等が挙げられる。
前記離型剤としては、例えば、ステアリン酸力ルシウム等の各種の界面活性剤等が挙げられる。
前記着色材としては、例えばカーボンブラック等が挙げられる。
【0048】
〜製造方法〜
次に、本発明の摺動材料の製造方法について説明する。
本発明の摺動材料の製造方法は、樹脂と1〜60体積%のメソフェーズピッチ系炭素繊維とを含有できる方法であれば、特に制限はなく、例えば、樹脂及びメソフェーズピッチ系炭素繊維等の所定の素材を加熱しながら混合することにより製造することができる。また、本発明の摺動材料を基体の表面に被覆する場合には、例えば、所定の金型に基体を設置し、該金型に本発明の摺動材料を投入後、加熱加圧成形し樹脂を硬化させて樹脂部を形成する等の方法により行なえる。また、所定の金型に基体を設置し、該金型に本発明の摺動材料を投入後、加熱加圧成形し樹脂を溶融後冷却することにより、樹脂部を形成する等の方法にしてもよい。もしくは、本発明の摺動材料を液組成物に調製し、この液組成物を基体表面に塗布、スプレー、浸漬等の任意の方法により付与し、乾燥、硬化、又は溶融後冷却することにより、樹脂部を形成してもよい。
【0049】
本発明の摺動材料は、湿式無段変速機に用いられる。例えば、ベルトにおけるプーリとの接触面(ベルト側接触面)を、本発明の摺動材料から形成された樹脂部により形成すればよい。また、プーリにおけるベルトとの接触面(プーリ側接触面)を、本発明の摺動材料から形成された樹脂部によって形成してもよい。ベルトとプーリとが接触する面を本発明の摺動材料を用いて構成することにより、ベルトとプーリとの間の摩擦係数(μ)を大きくすることができ、かつ、ベルト及びプーリの摩耗をも抑制することができる。
【0050】
<湿式無段変速機用ベルト>
本発明の湿式無段変速機用ベルトは、基体及び、該基体の、プーリのプーリ側接触面と接触する接触面の少なくとも一部に設けられた既述の本発明の摺動材料を有し、プーリのプーリ側接触面との接触により動力伝達を行なう複数のブロックと、前記ブロックを支持する無端形状のフープと、を設けて構成されている。
【0051】
以下、本発明の湿式無段変速機用ベルトの一実施形態について図3を参照して説明する。図3は、湿式無段変速機に組み込まれた湿式無段変速機用ベルトの概略図である。
図3に示すように、湿式無段変速機1は、駆動側プーリ21と、従動側プーリ22と、ベルト3とから構成される。駆動側プーリ21は、金属製であり、駆動軸(図略)に取り付けられている。駆動側プーリ21は、対向する二つの円板体を備える。各々の円板体の対向面210は、テーパ状を呈している。従動側プーリ22は、金属製であり、従動軸(図略)に取り付けられている。従動側プーリ22は、対向する二つの円板体を備える。各々の円板体の対向面220はテーパ状を呈している。ベルト3は、駆動側プーリ21と従動側プーリ22とに巻き付けられている。ベルト3は、左右一対のフープ31と、複数のブロック32とからなる。複数のブロック32は、一対のフープ31に挟まれており、一対のフープ31の周方向に連続的に係止されている。ベルト3は、本発明の湿式無段変速機用ベルトに相当する。
【0052】
図4に、ベルト3の一部(図3中のAの部分)を拡大して示す。また、図5に、ベルト3の一部の分解図を示す。図4及び図5に示すように、ベルト3は、左右一対のフープ31と、ブロック32とからなる。一対のフープ31は、金属製の薄板が積層されて形成されている。ブロック32は、金属製の基体320と、樹脂部321とを有する。基体320は、いかり状を呈している。すなわち、基体320は、上部に三角形状の突部322を有し、左右両側に、側方に開口した一対の係合溝323を有する。この係合溝323に、フープ31の縁が挿入されることにより、ブロック32はフープ31に係止される。前記基体320のようにブロックの基体として金属製の基体を用いることは、ブロック強度の観点からも好ましい。また、基体320の両端には、本発明の摺動材料を用いて形成された樹脂部321が被覆されている。
【0053】
基体320は、樹脂部321を形成する樹脂材料(既述の本発明の摺動材料)との密着性を確保するために、ショットブラスト、ショットピーニング等の表面処理を施すことが好ましい。更に、基体320は、シランカップリング剤塗布液等による表面処理を施すことによって、樹脂材料と基体との密着性を更に高めることができる。
【0054】
図6に、ベルト3と駆動側プーリ21とが接触している状態の拡大断面図を示す。図6は、駆動側プーリ21の上部を拡大したものである。なお、ベルト3と従動側プーリ22とが接触している状態も、図6と同様の構成となる。図6に示すように、ブロック32は、係合溝323の下方に、左右一対のブロック側接触面324を持つ。一対のブロック側接触面324は、テーパ状を呈している。すなわち、一対のブロック側接触面324同士の間隔は、駆動側プーリ21の内径方向(図6の下方向)に向かって、除々に狭くなっている。
【0055】
ブロック側接触面324は、樹脂部321により形成されている。樹脂部321は、樹脂とメソフェーズピッチ系炭素繊維とを含む摺動材料を用いて形成されている。摺動材料に含まれるメソフェーズピッチ系炭素繊維は、ラジアル構造を有しており、炭素含有率は99.9%以上であり、伸び度は0.3%であり、熱伝達率は540W/m・Kであり、密度は2.2g/cmであり、繊維径は11μmである。摺動材料におけるメソフェーズピッチ系炭素繊維の含有量は30体積%である。
【0056】
―方、駆動側プーリ21を構成する二つの円板体の対向面210も、ブロック側接触面324と同様に、テーパ状を呈している。すなわち、一対の対向面210同士の間隔も、ブロック側接触面324と同様に、駆動側プーリ21の内径方向に向かって、除々に狭くなっている。そして、各々の対向面210の一部は、各々のブロック側接触面324に接触している。対向面210のうち、ブロック側接触面324に接触している一部が、プーリ側接触面211となる。
【0057】
次に、本実施形態の湿式無段変速機用ベルトにおける動力伝達機構を説明する。駆動側プーリ21が駆動されて回転すると、駆動側プーリ21のプーリ側接触面211とブロック32のブロック側接触面324との接触により、ベルト3が回転し、駆動側プーリ21からベルト3へ動力が伝達される。動力は、ベルト3を介して従動側プーリ22へ伝達される。
【0058】
さらに、本実施形態の湿式無段変速機用ベルトにおける変速機構を説明する。駆動側プーリ21の溝幅を広くすると、ベルト3は、対向面210のテーパ形状に沿って、駆動側プーリ21の内径方向に沈み込む。その結果、駆動側プーリ21と接触しているベルト3の回転径は小さくなる。反対に、駆動側プーリ21の溝幅を狭くすると、ベルト3は、対向面210のテーパ形状に沿って、駆動側プーリ21の外径方向に押し上げられる。その結果、駆動側プーリ21と接触しているベルト3の回転径は大きくなる。なお、駆動側プーリ21の溝幅に対応して、従動側プーリ22の溝幅も変化する。このように、プーリの溝幅を変化させることにより、ベルトの回転径が調整され、無段階の変速が可能となる。
【0059】
本実施形態では、ブロック側接触面324が、本発明の摺動材料から形成された樹脂部321により形成されている。このため、ブロック32と、駆動側プーリ21及び従動側プーリ22との間の摩擦係数(μ)が大きい。また、ブロック32と駆動側プーリ21及び従動側プーリ22との摩耗も抑制されている。したがって、このようなブロック32を含んで構成されるベルト3を用いた湿式無段変速機は、伝達トルク容量が大きく、耐摩耗性に優れる。一方、ブロック32のうち、ブロック側接触面324を含む一部のみが樹脂部321で被覆されている。このため、ブロック32の全体を樹脂部321で被覆する態様と比較して、本実施形態のベルト3は安価となる。
【0060】
本実施形態において、ベルトを構成するブロックとして、形状がいかり状のものを用いた場合を中心に説明したが、ブロックの形状は特に限定されるものではない。また、ブロック側接触面の全体に樹脂部を設けた場合を中心に説明したが、ブロック側接触面の一部のみに樹脂部を形成した態様であってもよいし、ブロック全体が樹脂部で被覆されている態様でもよいし、ブロック全体が樹脂で形成されている態様であってもよい。
【0061】
また、本実施形態では、樹脂部の形成を、金型に基体を設置し、該金型に本発明の摺動材料を投入後、加熱加圧成形し樹脂を硬化させて樹脂部を形成した。しかし、樹脂部の形成方法は、特に限定されるものではない。例えば、樹脂部の形成を、金型に基体を設置し、該金型に本発明の摺動材料を投入後、加熱加圧成形し樹脂を溶融後冷却することにより、樹脂部を形成してもよい。又は、本発明の摺動材料を液組成物として調製し、この液組成物を基体表面に塗布、スプレー、又は浸漬等の任意の方法により付与し、乾燥、硬化、又は溶融後冷却することにより、樹脂部を形成してもよい。また、樹脂部は、本発明の摺動材料を用いて形成されたものであれば、その組成が特に限定されるものではない。また、母材となる樹脂、及び離型剤、分散剤、着色剤等は適宜選択して用いればよい。
【実施例】
【0062】
以下、本発明を実施例により更に具体的に説明するが、本発明はその主旨を越えない限り、以下の実施例に限定されるものではない。なお、特に断りのない限り、「%」は質量基準である。
【0063】
(実施例1)
−樹脂系材被覆ブロック試験片の作製−
以下の手順にしたがって、所定割合の炭素繊維、フェノール樹脂粉末、分散剤、離型剤、及び着色材からなる樹脂系材を金属芯金に被覆したブロック試験片を作製した。
【0064】
まず、炭素繊維として炭素高含有ラジアル構造炭素繊維(商品名:ダイアリードK233QE(メソフェーズピッチ系炭素繊維)、三菱化学産資(株)製;炭素含有率:99.9%以上、伸び度:1.1%、熱伝達率:20W/m・K、密度:2.0g/cm、繊維径:11μm、黒鉛結晶構造:繊維軸方向配向のラジアル構造チョップドファイバー)41.8%(30体積%)と、カシュー変性フェノール樹脂の粉末(商品名:スミライトレジン PR−12687、住友ベークライト(株)製)56.7%(68体積%)と、分散剤としてアルキルアセトアセテートアルミニウムジイソプロピレート(商品名:プレンアクトALM、川研ファインケミカル(株)製;アルミニウムキレート剤)0.5%と、ステアリン酸カルシウム(離型剤)0.5%と、カーボンブラック(着色剤)0.5%とを混合し、混合粉末を調製した。
【0065】
得られた混合粉末を、ラボブラストミルを用いて100℃に加熱しながら3分間、混練することによって、樹脂系成形材を調製した。続いて、この樹脂系成形材を粉砕機によって粒子径φ1mm以下に粉砕し、成形材粉末を得た。
【0066】
次に、170℃に加熱した金型加熱プレス機に芯金を設置した後、これに上記で得た成形材粉末を流し込み、圧力20t以下で加圧した状態で4〜5分間保持することによって、芯金が樹脂系材で被覆されたブロック試験片を作製した。作製した試験片を図7に示す。図7に示すように、芯金11に被覆された樹脂系材12の被覆厚さは、摺動部となる部位を1.0mmとし、側面を0.3mmとした。なお、試験片の1.0mmの樹脂系材が被覆された摺動部側と逆側には樹脂系材を被覆していない。図7中の長さを示す数値の単位は「mm」である。
【0067】
このブロック試験片を、さらに180℃に保持された恒温槽に入れて1時間加熱保持し、フェノール樹脂成分をアフタキュアした。このとき、ブロック試験片の成形材被覆面に樹脂成分割合の大きい不均一層が生じたため、#1200〜#1500のエメリー紙を用いて、ブロック試験片の摺動面を、被覆された樹脂系材の厚み方向に0.2〜0.3mm研磨し、不均一層を除去した。
以上のようにして、樹脂系材被覆ブロック試験片を作製した。
【0068】
(実施例2)
実施例1において、混合粉末の調製に用いたダイアリードK233QE(41.8%)を、炭素高含有ラジアル構造炭素繊維(商品名:ダイアリードK233HG(メソフェーズピッチ系炭素繊維)、三菱化学産資(株)製;炭素含有率:99.9%以上、伸び度:0.3%、熱伝達率:540W/m・K、密度:2.2g/cm、繊維径:11μm、黒鉛結晶構造:繊維軸方向配向のラジアル構造チョップドファイバー)44.1%(30体積%)に代え、さらにカシュー変性フェノール樹脂の粉末の量を56.7%から54.4%(68体積%)に変更したこと以外は、実施例1と同様にして、樹脂系材被覆ブロック試験片を作製した。
【0069】
(実施例3)
実施例1において、混合粉末の調製に用いたダイアリードK233QE(41.8%)を、炭素低含有オニオン構造炭素繊維(商品名:トレカ T010−6(PAN系炭素繊維)、東レ(株)製;熱伝達率:10.5W/m・K、密度:1.76g/cm、繊維径:7μm、黒鉛結晶構造:繊維軸方向配向のオニオン構造カットファイバー)38.7%(30体積%)に代え、さらにカシュー変性フェノール樹脂の粉末の量を56.7%から59.8%(68体積%)に変更したこと以外は、実施例1と同様にして、樹脂系材被覆ブロック試験片を作製した。
【0070】
(比較例1〜2)
比較用の樹脂系材被覆ブロック試験片として、スティールベルト材(湿式CVTベルト用金属材;比較例1)、樹脂系ベルト材(乾式CVTベルト用樹脂材;比較例2)を用意した。
【0071】
(比較例3)
実施例1において、混合粉末の調製に炭素高含有ラジアル構造炭素繊維(ダイアリードK233QE)を用いず、かつカシュー変性フェノール樹脂の粉末の量を56.7%から98.5%に変更したこと以外は、実施例1と同様にして、比較用の樹脂系材被覆ブロック試験片を作製した。
【0072】
(比較例4〜7)
実施例1において、混合粉末の調製に用いた炭素高含有ラジアル構造炭素繊維(ダイアリードK233QE)又はその量(41.8%)を、下記表1に示すように変更したこと以外は、実施例1と同様にして、比較用の樹脂系材被覆ブロック試験片を作製した。
【0073】
【表1】

【0074】
【表2】

【0075】
(評価)
前記実施例及び比較例の樹脂系材被覆ブロック試験片の各々について、摩擦特性及び耐摩耗性の評価を以下に示す方法にしたがって行なった。評価結果は図9、図10に示す。
−1.評価方法−
各実施例及び比較例のブロック試験片を用いて、ブロック・オン・リング型摩擦摩耗試験を実施した。試験方法の概略を図8に示す。試験は,ASTM D2714−94に準じ、リング試験片を100mlの潤滑油に浸潰した条件において実施し、12分間のなじみ運転を行なった後、下記表3に示す条件にて摩擦係数(μ)を測定した。摩擦係数(μ)については、すべり速度を設定した後、1分間経過した時点での値を測定した。潤滑油には、市販のベルトCVT用フルード トヨタキャッスルオート−フルードTCを用いた。相手リングには、FALEX Type S−10試片(材質:SAE4620浸炭材、外周直径:φ35mm,幅8.15mm)を用いた。
【0076】
【表3】

【0077】
−2.評価結果−
2.1 摩擦係数(μ)
実施例1〜3及び比較例1〜7のブロック試験片のすべり速度500mm/sにおける摩擦係数(μ)を図9に示す。ここで、比較例1の湿式CVTベルト用金属材の摩擦係数(μ)が基準となる。
図9に示すように、所定量のメソフェーズピッチ系の炭素繊維を配合した実施例では、従来の湿式CVTベルト用金属材(比較例1)に比べ、高い摩擦係数(μ)を示した。特に、黒鉛結晶構造がラジアル構造をとっている炭素繊維を用いた実施例1〜2は、大幅に高い摩擦係数(μ)を示し、黒鉛結晶構造がオニオン構造の炭素繊維を用いた実施例3に比べて大きい摩擦係数(μ)を示した。
これに対し、繊維を配合していない比較例3では、耐摩耗性が確保できていないため、異常摩耗を起こし、測定不可能であった。また、繊維配合量を0.5体積%とした比較例4〜5では、繊維量が少ないために耐摩耗性が確保できず、異常摩耗を起こし、測定不可能であった。繊維量を70体積%とした比較例6〜7では、繊維量が多すぎて樹脂量が少なくなり、混練ができず、試験片を作製できなかった。
以上から、樹脂系材に配合して高μ化効果の得られる炭素繊維の配合量は、1〜60体積%の範囲であることが分かる。
【0078】
2.2 μ−V特性
実施例1〜3及び比較例1〜2のブロック試験片の摩擦係数(μ)とすべり速度(V)との関係(μ−V特性;増速に伴なう低μ化を負勾配,増速に伴なう高μ化を正勾配)を図10に示す。図10では、ベルト式CVTにおいて、μ−V特性の負勾配の傾きが小さいことは、スクラッチノイズの発生が生じにくく望ましいとされ、更には、無勾配もしくは正勾配が望ましい。
【0079】
図10に示すように、所定量のメソフェーズピッチ系の炭素繊維を配合した実施例は、湿式CVTベルト用金属材(比較例1)に比べ、μ−V特性の負勾配の傾きが小さく、良好なμ−V特性を有していた。特に実施例2は、μ−V特性が正勾配であり、より良好であった。
また、黒鉛結晶構造がラジアル構造をとっている炭素繊維を用いた実施例1〜2の摩擦係数(μ)は、全速度域において従来の湿式CVTベルト用金属材(比較例1)に比べて高く、更には、黒鉛結晶構造がオニオン構造の炭素繊維を用いた実施例3よりも高い摩擦係数(μ)が得られた。黒鉛結晶構造がオニオン構造の炭素繊維を用いた実施例3は、高速のすべり速度域において従来の湿式CVTベルト用金属材より高い摩擦係数(μ)を示した。
【0080】
図9〜図10に示すように、湿式CVTベルト方式では、従来から用いられているスティールベルト材(金属材)に代えて、所定量のメソフェーズピッチ系の炭素繊維を配合した摺動材料を用いた構成にすると、高μ特性及び良好なμ−V特性が得られる。特に、黒鉛結晶構造の黒鉛層が該黒鉛層面の面方向が繊維軸方向に並行して(好ましくは繊維軸方向に略平行に)配向し、かつ黒鉛結晶の積層構造をつくる各黒鉛層が繊維軸方向からみたときに繊維軸から繊維周縁方向に向かって積層された積層構造に形成されていない(実施例3の炭素繊維のようなオニオン構造でない)炭素繊維が好ましい。より好ましくは、実施例1〜2のラジアル構造炭素繊維のように、炭素繊維の内部全体又は繊維周縁の一部もしくは全部が、黒鉛結晶構造の黒鉛層面の面方向が繊維軸方向からみて繊維軸を中心に繊維周縁方向に放射状に向くように黒鉛層が配向している炭素繊維である。更には、伸び率の低い、すなわち熱伝達率、密度、炭素含有率の高い炭素繊維が好ましい。
【図面の簡単な説明】
【0081】
【図1】メソフェーズピッチ系炭素繊維の製造プロセスの概要を示す図である。
【図2】(A)はラジアル構造の繊維断面の一例を示す模式図であり、(B)はランダム構造の繊維断面の一例を示す模式図であり、(C)はランダム構造の繊維断面の他の一例を示す模式図であり、(D)はオニオン構造の繊維断面の一例を示す模式図である。
【図3】湿式無段変速機に組み込まれた湿式無段変速機用ベルトを示す概略図である。
【図4】図3のAで示すベルトの部分拡大図である。
【図5】図3のベルトの部分分解図である。
【図6】図3におけるベルトと駆動側プーリとの接触状態を拡大して示す拡大断面図である。
【図7】実施例1で作製したブロック試験片の構造を説明するための概略断面図である。
【図8】ブロック・オン・リング型摩擦摩耗試験の方法を図説する概略図である。
【図9】すべり速度500mm/sとしたときの摩擦係数(μ)を示すグラフである。
【図10】ブロック試験片の摩擦係数(μ)とすべり速度(V)との関係(μ−V特性)を示すグラフである。
【符号の説明】
【0082】
1・・・湿式無段変速機
21・・・駆動側プーリ
22・・・従動側プーリ
210,220・・・対向面
211・・・プーリ側接触面
3・・・ベルト
31・・・フープ
32・・・ブロック
320・・・基体
321・・・樹脂部(摺動材料からなる樹脂部)
322・・・突部
323・・・係合溝
324・・・ブロック側接触面

【特許請求の範囲】
【請求項1】
湿式無段変速機に用いられる摺動材料であって、
母材となる樹脂とメソフェーズピッチ系炭素繊維とを含み、前記メソフェーズピッチ系炭素繊維の含有割合が1体積%以上60体積%以下である摺動材料。
【請求項2】
前記メソフェーズピッチ系炭素繊維が黒鉛結晶構造を含み、前記黒鉛結晶構造は、その黒鉛層の積層構造が繊維軸方向からみて繊維軸から繊維周縁方向に形成されたオニオン構造に構成されていないことを特徴とする請求項1に記載の摺動材料。
【請求項3】
前記メソフェーズピッチ系炭素繊維が黒鉛結晶構造を含み、前記メソフェーズピッチ系炭素繊維の繊維軸方向からみた少なくとも繊維周縁は、前記黒鉛結晶構造の黒鉛層の積層構造が繊維軸方向からみて繊維軸を中心に繊維周縁方向に放射状に形成されたラジアル構造を有することを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の摺動材料。
【請求項4】
前記メソフェーズピッチ系炭素繊維は、紡糸の際に平板状の縮合多環芳香族炭化水素の高分子をその平板面の面方向が繊維軸方向に向くように配向させて得られたことを特徴とする請求項1〜請求項3のいずれか1項に記載の摺動材料。
【請求項5】
前記メソフェーズピッチ系炭素繊維は、熱伝達率が20W/m・K以上であることを特徴とする請求項1〜請求項4のいずれか1項に記載の摺動材料。
【請求項6】
前記メソフェーズピッチ系炭素繊維は、伸び率が1.5%以下であることを特徴とする請求項1〜請求項5のいずれか1項に記載の摺動材料。
【請求項7】
前記メソフェーズピッチ系炭素繊維は、密度が1.76kg/m以上であって、炭素含有割合が99%以上であることを特徴とする請求項1〜請求項6のいずれか1項に記載の摺動材料。
【請求項8】
前記樹脂が、熱硬化性樹脂であることを特徴とする請求項1〜請求項7のいずれか1項に記載の摺動材料。
【請求項9】
前記熱硬化性樹脂がフェノール樹脂であることを特徴とする請求項8に記載の摺動材料。
【請求項10】
基体及び、該基体の、プーリのプーリ側接触面と接触する接触面の少なくとも一部に設けられた請求項1〜請求項9のいずれか1項に記載の摺動材料を有し、プーリのプーリ側接触面との接触により動力伝達を行なう複数のブロックと、
前記ブロックを支持する無端形状のフープと、
を備えた湿式無段変速機用ベルト。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2009−138013(P2009−138013A)
【公開日】平成21年6月25日(2009.6.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−312175(P2007−312175)
【出願日】平成19年12月3日(2007.12.3)
【出願人】(000003609)株式会社豊田中央研究所 (4,200)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】