説明

摺動構造

【課題】水流中でも安定した摺動特性を得ることができ、安価に製作することが可能な摺動構造を提供する。
【解決手段】互いに対向する各々の表面上に摺動面を有する第1の部材1と第2の部材とで構成される摺動構造において、前記第1の部材1はその表面上に複数の凹部PHが形成された摺動面を有し、前記第1の部材1の摺動面もしくは前記第2の部材の摺動面のうち少なくとも何れか一方に水潤滑性を有する被膜Mがコーティングされている摺動構造。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、水流を制御するバルブなどに用いて好適な摺動構造に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来より、ビルなどの空調設備では、水流を制御するバルブとして冷温水制御バルブが用いられている。このビル空調用途の冷温水制御バルブでは、弁体とこの弁体を回動自在に支持する軸受ピンとの間など、数箇所で摺動構造を有している。それら摺動構造としては、例えば潤滑を良くするためにテフロン(登録商標)製の部材を用いたり、金属部材にテフロンをコーティングして対応している。しかしながら、テフロンは耐摩耗性が劣るため、製品寿命が短く、さらに高面圧にも耐えられない。
【0003】
これに対して、炭化ケイ素(SiC)や窒化ケイ素(Si3N4)などのセラミック焼結材やそのコーティング被膜材は、水潤滑性を有することが知られている。すなわち、水中または水湿潤状態での摺動時にトライボケミカル反応によって水酸化物を生じ、それが潤滑膜として作用することで、別途潤滑剤を付与することなく低摩耗を示すことが知られている(例えば、非特許文献1参照)。この水潤滑性を有する材料を摺動部材に用いれば、耐摩耗性に優れたものとし、かつ潤滑油なども不要とすることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平10−45462号公報
【特許文献2】特公平1−38077号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】「トライボロジスト」、第52巻、第8号(2007)、604−610。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、水制御バルブにおいて、水潤滑性を有する材料を摺動部材に用いた摺動構造の場合、水流中で摺動部材が駆動されるが故に、水の流れによって摺動部材の摺動面に生成された潤滑膜が失われ易く、安定した摺動特性が得られ難いという欠点をもつ。
【0007】
なお、特許文献1では、上述した問題の解決策として、セラミックス焼結材中に金属窒化物を混合して表面の潤滑膜との親和性を高めている。しかしながら、コーティング材への適用は難しい。
【0008】
また、特許文献2では、SiC焼結体に加熱酸化処理、ポリッシング処理を行い、表面の凹部(焼結体形成時に発生するピンホール)にSiO2膜を被着させ、含水潤滑膜の安定化を図っている。しかしながら、SiC焼結体は一般的に難加工材であり、加工コストが嵩むのみならず、圧入やかしめ等の組付も困難である。また、加工後に研磨工程、加熱工程、再度研磨工程を必要とし、加熱工程(500℃以上)において寸法変化や薄板部などの反りや歪みを生じる虞もある。さらに、SiC焼結体は耐衝撃性が弱く、ウォータハンマ等が発生する用途では適用できず、用途が限られる。
【0009】
本発明は、このような課題を解決するためになされたもので、その目的とするところは、水流中でも安定した摺動特性を得ることができ、安価に製作することが可能な摺動構造を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
このような目的を達成するために本発明は、互いに対向する各々の表面上に摺動面を有する第1の部材と第2の部材とで構成される摺動構造において、第1の部材はその表面上に複数の凹部が形成された摺動面を有し、第1の部材の摺動面もしくは第2の部材の摺動面のうち少なくとも何れか一方に水潤滑性を有する被膜をコーティングしたものである。
【0011】
この発明によれば、第1の部材の摺動面の表面に複数の凹部が形成され(例えば、粒子を叩きつけることによって複数の微細な凹部が形成され)、第1の部材の摺動面もしくは第2の部材の摺動面のうち少なくとも何れか一方に水潤滑性を有する被膜がコーティングされる。この摺動構造を用いると、水中または水湿潤状態での摺動時に、水潤滑性を有する被膜がコーティングされた部材の摺動面の被膜上にトライボケミカル反応によって潤滑膜が生成される。すなわち、一方の部材の摺動面上の被膜と他方の部材の摺動面との間に、トライボケミカル反応によって潤滑膜が生成される。
【0012】
ここで、第1の部材の摺動面に残されている微細な凹部が油だまりの役割を果たし、この凹部中に潤滑膜が入る。ここに入った潤滑膜は、水の流れによって失われ難い。これにより、水流中でも安定した摺動特性を得ることができるようになる。
【0013】
また、本発明では、第1の部材の基材を金属とすることにより、加工性、強度(圧入性、耐衝撃性)に優れ、適用範囲が広く、安価に製造できる。すなわち、第1の部材の基材をSiCなどの焼結体とした場合、多孔質なため耐衝撃性が低く、ウォータハンマなど水激が発生するような箇所では使用できないが、第1の部材の基材を金属とすることにより、耐衝撃性に優れ、水激力による応力集中を基材の金属で受け、ビル空調用途の冷温水制御バルブなどでも問題なく使用することが可能となる。
【0014】
また、本発明では、第1の部材の摺動面にのみ凹部を形成することにより、例えば第1の部材を固定部材である第2の部材に組み付ける場合、SiCなどの焼結体では困難であった圧入やかしめを第1の部材の凹部が形成されていない金属部で行い、しっかりと固定することが可能となる。また、第1の部材の加工された基材に微細な凹部を形成し、第1の部材の摺動面もしくは第2の部材の摺動面のうち何れか一方に水潤滑性を有する被膜をコーティングするのでみでよいので、安価に製作することが可能となる。また、必要な箇所にのみ水潤滑性を有する被膜をコーティングすればよく、複雑な形状にも対応することが可能となる。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、互いにその表面上に摺動面を有する第1の部材と第2の部材とで構成される摺動構造において、第1の部材の表面上に複数の凹部を形成し、第1の部材の摺動面もしくは第2の部材の摺動面のうち少なくとも何れか一方に水潤滑性を有する被膜をコーティングするようにしたので、第1の部材の摺動面の微細な凹部が油だまりの役割を果たし、そこに潤滑膜が入るものとなり、水の流れによって潤滑膜が失われ難く、水流中でも安定した摺動特性を得ることができるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明に係る摺動構造を製作する際のショットピーニング処理を説明する図である。
【図2】本発明に係る摺動構造を製作する際のコーティング処理を説明する図である。
【図3】摺動部材の摺動面に水潤滑性を有する被膜を形成した状態を示す部分断面図である。
【図4】摺動部材の摺動面の被膜上に潤滑膜が生成された状態を示す部分断面図である。
【図5】本発明に係る摺動構造をビル空調用途の冷温水制御バルブの軸受ピンとして用いた例を示す要部の側断面図である。
【図6】ピーニング処理によって多数の微細な凹部を形成した摺動面に水潤滑性を有する被膜を形成するようにした摺動構造の要部を示す図である。
【図7】ピーニング処理によって多数の微細な凹部を形成した摺動面を形成した摺動部材(第1の部材)に合わせられる摺動部材(第2の部材)の摺動面に水潤滑性を有する被膜を形成するようにした摺動構造の要部を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明を図面に基づいて詳細に説明する。図1および図2は本発明に係る摺動構造を製作する際の特有の処理工程を説明する図である。図1はショットピーニング処理(ショットブラスト処理と言われることもある)の工程を示し、図2はコーティング処理の工程を示す。
【0018】
〔ショットピーニング処理〕
図1において、1は摺動部材(第1の部材)であり、2はショットピーニング処理装置である。摺動部材1は、金属を基材とし、所定の形状に形成されている。この例では、単純な例として、摺動部材1は円筒状に形成されており、その上端面1aが摺動面とされるものとする。摺動部材1の上端面(摺動面)1aは、ショットピーニング処理を開始する前は、鏡面とされている(図1(a))。
【0019】
この摺動部材1の摺動面1aに対してショットピーニング処理装置2を用いてショットピーニング処理を施す(図1(b))。このショットピーニング処理において、ショットピーニング処理装置1は微粒子を噴射し、この噴射した微粒子を摺動部材1の摺動面1aに叩きつける。これにより、摺動面1aの表面に多数の微細な凹部PHが形成される。この凹部PHの大きさについては、摺動部材1(第1の部材)と摺動部材7(第2の部材)との相性によって異なるものであるから、試行を重ねることによって適切な値を見出すべきである。
【0020】
〔コーティング処理〕
次に、この多数の微細な凹部PHが形成された摺動面1aに対して、コーティング処理装置3を用いてコーティング処理を施す(図2)。このコーティング処理では、物理蒸着法(PVD(Physical Vapor Deposition):イオンプレーティング、イオン注入など)や化学蒸着法(CVD(Chemical Vapor Deposition)などにより、摺動面1aの表面に炭化ケイ素(SiC)や窒化ケイ素(Si3N4)などのコーティングを施すことで、摺動面1aの表面に微細な凹部PHを残す形で水潤滑性を有する被膜Mを形成する。すなわち、図3に示すように、凹部PHの全てをコーティング材で埋めるのではなく、凹部PHがポケットPKとして残るように凹部PHに被膜Mを形成する。
【0021】
この摺動面1aに被膜Mが形成された摺動部材1を用いると、水中または水湿潤状態での摺動時に、摺動面1aの被膜M上にトライボケミカル反応によって潤滑膜が生成される。すなわち、図4に示すように、摺動面1aの被膜Mと摺動面1aと合わせられる面S(第2の部材)との間に、トライボケミカル反応によって潤滑膜Jが生成される。第2の部材に形成された面Sには例えば鏡面加工がなされている。したがって、第1の部材の摺動面1aの
表面粗さは第2の部材の面Sの表面粗さよりも粗い。第1の部材の表面粗さと第2の部材の表面粗さとの差がどの程度あれば適切なのかは、それぞれの材質の差異や使用目的によって異なるため、試行によって決定すべきである。
【0022】
ここで、摺動面1aの表面に残されている微細な凹部PHが油だまりの役割を果たし、この凹部PH(ポケットPK)の中に潤滑膜Jが入る。このポケットPKに入った潤滑膜Jは、水の流れによって失われ難い。これにより、水流中でも安定した摺動特性を得ることができるようになる。
【0023】
また、この摺動部材1は、基材を金属としているので、加工性、強度(圧入性、耐衝撃性)に優れ、適用範囲が広く、安価に製造できる。すなわち、従来例の欠点として説明したように、摺動部材の基材をSiCなどの焼結体とした場合、多孔質なため耐衝撃性が低く、ウォータハンマなど水激が発生するような箇所では使用できない。しかし、本実施の形態では、摺動部材1の基材を金属としているので、耐衝撃性に優れ、水激力による応力集中を基材の金属で受け、ビル空調用途の冷温水制御バルブなどでも問題なく使用することができる。
【0024】
また、本実施の形態では、摺動面1aにのみ凹部PHおよび被膜Mを形成しており、例えば摺動部材1を固定部材(第2の部材)に組み付けるような場合、SiCなどの焼結体では困難であった圧入やかしめを凹部PHが形成されていない金属部で行い、しっかりと固定することができる。また、加工された基材に微細な凹部PHを形成し、水潤滑性を有する被膜Mをコーティングするのでみでよいので、安価に製作することができる。また、必要な箇所にのみ水潤滑性を有する被膜Mをコーティングすればよく、複雑な形状にも対応することが可能となる。
【0025】
また、従来例として示した特許文献2に示された方法では、加熱処理(500℃)を行う必要があり、その際の加熱冷却に伴う寸法変化や反り/歪みが生じる可能性があったが、本実施の形態では、ショットピーニング時に多少発熱の可能性はあるものの、表層かつ局所的であるため全体の寸法変化は起こらない。また、コーティング処理もPVDなどの比較的低温度(〜200℃)の処理で行うことが可能なため、熱負荷は少ない。
【0026】
図5に本発明に係る摺動構造をビル空調用途の冷温水制御バルブの弁体とこの弁体を軸支する軸受ピンとの間で用いた例を示す。同図において、4は冷温水が流れる流路に設けられた冷温水制御バルブ100の弁体であり、この弁体4を回動自在に支持する摺動部材として軸受ピン5が設けられている。この軸受ピン5はそのピンの外周が摺動面5aとされ、この摺動面5aに上述した摺動部材1と同様にして微細な凹部PHと水潤滑性を有する被膜Mが形成されている。また、この軸受ピン5は、摺動面5aにのみ凹部PHと被膜Mが形成されており、凹部PHや被膜Mが形成されていない金属部5bを圧入やかしめによって冷温水制御バルブ100のバルブ本体6に固定している。
【0027】
なお、上述した実施の形態では、摺動部材1を第1の部材とし、この摺動部材1のピーニング処理によって多数の微細な凹部PHを形成した摺動面1aに凹部PHを残す形で水潤滑性を有する被膜Mを形成するようにしたが(図6(a),(b),(c)参照)、この摺動部材1と合わせられる摺動部材7(図6(d),(e))の摺動面7aに、図7(c)〜(e)に示すように水潤滑性を有する被膜Mを形成するようにしてもよい。
【0028】
この摺動面7aに被膜Mが形成された摺動部材7を用いると、水中または水湿潤状態での摺動時に、摺動面7aの被膜M上にトライボケミカル反応によって潤滑膜が生成される。すなわち、図7(e)に示すように、摺動部材7の摺動面7a上の被膜Mと摺動部材1の摺動面1aとの間に、トライボケミカル反応によって潤滑膜Jが生成される。
【0029】
ここで、摺動面1aの表面に残されている微細な凹部PHが油だまりの役割を果たし、この凹部PH(ポケットPK)の中に潤滑膜Jが入る。このポケットPKに入った潤滑膜Jは、水の流れによって失われ難い。これにより、水流中でも安定した摺動特性を得ることができるようになる。
【0030】
なお、本発明に係る摺動構造は、バルブだけではなく、ポンプなど他の水圧機器でも使用することが可能である。例えば、回転型ポンプに使用される羽根車やケーシングへ適用するようにしてもよい。
【0031】
また、上述した実施の形態では、水潤滑性を有する被膜Mを炭化ケイ素(SiC)や窒化ケイ素(Si3N4)などのコーティングによって形成するようにしたが、Si−DLC(シリコン含有ダイヤモンドライクカーボン)などのコーティングによって形成するようにしてもよい。
【産業上の利用可能性】
【0032】
本発明の摺動構造は、水潤滑性を有する被膜を備えた摺動構造として、バルブやポンプなど各種の水圧機器で使用することが可能である。
【符号の説明】
【0033】
1…摺動部材(第1の部材)、1a…摺動面、PH…凹部、PK…ポケット、M…被膜、J…潤滑膜、2…ショットピーニング処理装置、3…コーティング処理装置、4…弁体、5…軸受ピン、5a…摺動面、5b…金属部、6…バルブ本体、7…摺動部材(第2の部材)、7a…摺動面、100…冷温水制御バルブ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
互いに対向する各々の表面上に摺動面を有する第1の部材と第2の部材とで構成される摺動構造において、
前記第1の部材はその表面上に複数の凹部が形成された摺動面を有し、
前記第1の部材の摺動面もしくは前記第2の部材の摺動面のうち少なくとも何れか一方に水潤滑性を有する被膜がコーティングされている
ことを特徴とする摺動構造。
【請求項2】
請求項1に記載された摺動構造において、
前記第1の部材はその表面上に粒子を叩きつけることによって複数の凹部が形成されていることを特徴とする摺動構造。
【請求項3】
請求項1または2に記載された摺動構造において、
前記第1の部材の基材は金属であることを特徴とする摺動構造。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載された摺動構造において、
前記第1の部材の表面粗さが前記第2の部材の表面粗さよりも粗いことを特徴とする摺動構造。
【請求項5】
水流を制御するバルブに用いられることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載された摺動構造。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2011−26398(P2011−26398A)
【公開日】平成23年2月10日(2011.2.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−171955(P2009−171955)
【出願日】平成21年7月23日(2009.7.23)
【出願人】(000006666)株式会社山武 (1,808)
【Fターム(参考)】