説明

摺動部材及びその製造方法

【課題】摺接部の耐摩耗性を向上し易い摺動部材を提供することを課題とし、そのような摺動部材を製造し易い製造方法を提供する。
【解決手段】被接部21に当接して摺動する摺接部23、25、26、27を備え、摺接部23、25、26、27の表面に、複数の被覆層41、42・・・が界面を有して積層された被覆膜40が形成された摺動部材21、22において、被覆膜40は、界面を複数設けることにより、各被覆層41、42・・・を単独で被覆膜40の膜厚に形成した場合に比べ、摩耗速度を小さくしたものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、他の部材の被接面に当接して摺動する摺接部を有する摺動部材と、その製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、被接面に当接して繰り返し摺動されるような摺動部材において、摺接部の表面に被覆膜を形成したものが多数存在する。このような部材としては、例えば、バヨネットと称されるカメラボディのレンズ取付金具やカメラ用交換レンズのボディ取付金具が挙げられる。バヨネットは、基材が真鍮からなり、その表面に金属クロムからなる被覆膜が形成されている。
【0003】
バヨネットにおいて、金属クロムが選択される理由は、反射率が高くて光沢が美しい金属であり、比較的硬質であり、レアメタルではないため安価であることなどによる。金属クロムの代わりに、例えば、硬質ではあっても反射率の低い素材を用いるとすれば、所望の外観品質が確保できない。反射率が高いものの軟質な金属を用いるとすれば、僅かな回数のレンズ交換で傷が生じて外観品質が低下し易く、更に、摩耗によりレンズが固定できなくなることも起こる。
【0004】
ところが、金属クロムからなる被覆膜を形成するために六価クロム電解メッキ法が利用されているが、六価クロムはRoHS指令にもリストされているなど、環境汚染防止の観点から廃止が望まれている。
【0005】
そのため、下記特許文献1では、六価クロムを使用せず、ニッケル系鍍金層、三価クロム層をこの順で積層することで、六価クロム層に匹敵する程度の硬度や耐摩耗性を実現している。
【特許文献1】特開2006−225686号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、六価クロム層を用いた従来のバヨネットでも、一般ユーザが常識的な回数内でレンズ交換を繰り返すことによって、摩耗したり、傷が生じるなどの損傷を発生することもあり、硬度や耐久性の更なる向上が求められていた。
【0007】
そこで、この発明は、摺接部の耐摩耗性を向上し易い摺動部材を提供することを課題とし、そのような摺動部材を製造し易い製造方法を提供することを他の課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するこの発明の摺動部材の第1の態様は、他の部材に当接して摺動する摺接部を備え、該摺接部の表面に、複数の被覆層が界面を有して積層された被覆膜が形成された摺動部材において、前記被覆膜は、前記各被覆層を単独で前記被覆膜の膜厚に形成した場合に比べ、摩耗速度が小さいものであることを特徴とする。
【0009】
また、この発明の摺動部材の第2の態様は、他の部材に当接して摺動する摺接部を備え、該摺接部の表面に、複数の被覆層が界面を有して積層された被覆膜が形成された摺動部材において、前記被覆膜は、前記各被覆層を単独で前記被覆膜の膜厚に形成した場合に比べ、硬度が高いものであることを特徴とする。
【0010】
更に、この発明の被覆膜の製造方法は、上記の摺動部材を製造する方法であり、前記各被覆層を気相成膜法により成膜して積層することを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
この発明の摺動部材によれば、他の部材に当接して摺動する摺接部の表面に、複数の被覆層が界面を有して積層された被覆膜が形成されており、各被覆層を単独で被覆膜の膜厚に形成した場合に比べ、摩耗速度が小さく、或いは、硬度が高いので、各被覆層では得られない耐摩耗性を実現することができ、被覆膜の耐摩耗性を向上させることが可能である。
【0012】
また、この発明の摺動部材の製造方法によれば、被覆膜を構成する複数の被覆層を気相成膜法により成膜して積層するので、各被覆層をメッキ等に比べて薄く形成することが容易であり、その結果、被覆層の積層状態の選択の自由度を大きくでき、上述のような摺動部材を容易に製造し易い。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、この発明の実施の形態について、図1乃至図3を用いて説明する。
【0014】
まず、この発明において、摺接部及び被接部とは、互いに当接して摺動する部位であり、摺動する表面の形状は何ら限定されない。これらの摺接部及び被接部は、例えば、嵌合部、係合部、係止部、螺合部等のように互いに当接して一時的に摺動するような部位であってもよく、当接した状態で連続的に摺動されるような部位であってもよい。また、この発明において、摺動部材とは、そのような摺接部を備えた部材である。
【0015】
この実施の形態では、摺動部材として、図1及び図2(a)(b)に示すようなカメラボディ11のレンズ取付金具である雌バヨネット21と、カメラ用交換レンズ12のボディ取付金具である雄バヨネット22との例を用いて説明する。
【0016】
この実施の形態のカメラボディ11及びカメラ用交換レンズ12は、着脱可能に構成され、カメラ用交換レンズ12の雄バヨネット22には爪部23が突出して設けられ、カメラボディ11の雌バヨネット21には爪部23が挿入される挿入部24と、爪部23が係止される係止部25とが設けられている。爪部23及び係止部25の一方又は双方には、弾性部材等を利用した係止機構が設けられているが、詳細な図示及び説明は省略されている。
【0017】
カメラボディ11にカメラ用交換レンズ12を装着するには、雄バヨネット22の爪部23を雌バヨネット21の挿入部24に挿入して、雄バヨネット22の当接面26を雌バヨネット21の受け面27に当接させ、カメラボディ11に対してカメラ用交換レンズ12を回転させる。このとき、当接面26と受け面27とは互いに当接した状態で摺動する。その後、更に回転させて、雄バヨネット22の爪部23を雌バヨネット21の係止部25に係止させることで装着が完了する。このとき、爪部23の表面と係止部25の表面とは互いに当接した状態で摺動する。また、カメラボディ11からカメラ用交換レンズ12を離脱させるときは、これらを逆の順序で行う。そのため、このようなカメラボディ11の雌バヨネット21及びカメラ用交換レンズ12の雄バヨネット22は、カメラ用交換レンズ12を交換する度に、互いに当接した状態で摺動される。
【0018】
これらの雌バヨネット21及び雄バヨネット22では、図3に示すように、各バヨネット21、22の形状を有する基材30の表面に、所定の被覆膜40が形成されている。
【0019】
基材30は、金属、樹脂、セラミックス等、摺動部材として必要な性質を有し、被覆膜40を十分な付着力で成膜可能な材料からなるものを適宜選択して使用できるが、通常、雌バヨネット21及び雄バヨネット22の場合、基材30は真鍮等の金属からなる。
【0020】
被覆膜40は、基材30の表面に十分な付着力で成膜された膜であり、複数の被覆層41、42・・・が積層された多層膜からなる。この被覆膜40では、隣接する被覆層41、42・・・間に界面が形成されていることが必要である。被覆層41、42・・・間の界面は、隣接する被覆層41、42・・・間の構造が不連続となる境界である。そのため、明確ではないが、後述する実施例から、被覆膜40の摩耗速度の低下や、被覆膜40の硬度の向上に寄与していることが推測できる。
【0021】
被覆膜40を構成する各被覆層41、42・・・は、金属、樹脂、セラミックス等、隣接する基材30の表面又は被覆層41、42・・・に十分な付着力で成膜可能であって、隣接する被覆層41、42・・・との間に界面を形成可能な材料からなるものを適宜選択して使用できる。
【0022】
複数の被覆層41、42・・・の一部又は全部がそれぞれ金属からなると、光沢を得やすく、所望の硬度の調整が容易であるなどの理由で好ましい。
【0023】
また、被覆層41、42・・・がCr、Fe、Ni、Al、Mg等の金属窒化物からなるものも好適である。金属と窒素との比を調整することで所望の硬度に調整し易いからである。より具体的には、Cr、Ni、Alの場合には金属/窒素比を1よりも大きくし、Feの場合には金属/窒素比を4よりも大きくし、Mgの場合には金属/窒素比を1.5よりも大きくすることが好ましい。この範囲であれば、被覆層41、42・・・を構成する金属窒化物が完全な金属結晶と完全な窒素化合物結晶の中間の構造をとり得るので、所望の硬度を維持しつつ金属の性質や外観を維持することができて、従来のクロムメッキ等と置換し易いからである。なお上記の金属/窒素比は原子数比による。
【0024】
特に、被覆層41、42・・・のうち複数の層が、より好ましくは、全ての層が同一金属の窒化物であって、金属と窒素との比が異なる層からなるのが好適である。同一金属の窒化物であれば、隣接する被覆層41、42・・・間の接合強度を確保することが容易だからである。
【0025】
また、複数の被覆層41、42・・・のうち、互いに隣接しない被覆層41、42・・・は同一材料により形成することも好ましい。積層数に対して使用する材料の種類を少なく抑え易いからである。また、隣接する層でなければ、各層間に界面を形成できるからである。
【0026】
各被覆層41、42・・・の厚さは、特に限定されないが、各被覆層41、42・・・の厚さを薄くすることで、被覆膜40の耐摩耗性や硬度を向上し易くできる場合には、各被覆層41、42・・・の厚さを、明確な界面を形成できる範囲で、薄く形成することも好ましく、例えば500nm以下としてもよい。
【0027】
被覆層41、42・・・の積層数は、少なくとも3層以上で、摺動時に被覆膜40の十分な膜強度が確保できる範囲内で多く形成することができる。積層数を多くすると界面を多く形成できる。
【0028】
このような被覆膜40において、耐摩耗性を向上するための一つの態様としては、界面を複数設けて複数の被覆層41、42・・・を積層することで、各被覆層41、42・・・をそれぞれ単独で被覆膜40の膜厚に形成した場合の摩耗速度より被覆膜40の摩耗速度を小さくする。摩耗速度は、例えばボールオンディスク法等の適宜な方法により、共通の条件で測定される値である。
【0029】
ここでは、被覆膜40を構成するどの被覆層41、42・・・を単層で被覆膜40の膜厚に形成したとしても、到達できない程度に低い値にしている。このようなことが生じる理由は明確ではないが、次のような推測も可能である。即ち、極薄膜を界面を有して積層すると、膜厚方向に対して剪断力が働いた際、界面に沿って薄い層状に少しずつ膜が摩耗して行くようになる。薄い層状に膜が摩耗或いは剥離して行くことによって、一度に膜厚方向に深くえぐられることがなくなる。その結果として、同一膜厚で比較した場合に、単層膜よりも界面を有して積層された多層膜のほうが摩耗速度が遅くなると推測できる。
【0030】
また、被覆膜40の耐摩耗性を向上するための他の一つの態様としては、界面を複数設けて複数の被覆層41、42・・・を積層することで、各被覆層41、42・・・をそれぞれ単独で被覆膜40の膜厚に形成した場合の硬度よりも被覆膜40の硬度を高くする。硬度は、例えばナノインデンテーション法等の薄膜の硬度を測定するのに適した方法により、共通の条件で測定される値である。
【0031】
ここでは、被覆膜40を構成するどの被覆層41、42・・・を単層で被覆膜40の膜厚に形成したとしても、到達できない程度の高い硬度にすることにより、被覆膜40の耐摩耗性を向上させている。
【0032】
このような被覆膜40の耐摩耗性を向上するための2つの態様においては、例えば、材料、窒素濃度、膜厚、積層数等を調整して被覆層41、42・・・を積層することで、被覆膜40の摩耗速度や硬度をそのような特定範囲を実現する。
【0033】
また、これらの被覆膜40の耐摩耗性を向上するための2つの態様は少なくとも一方を具備すればよいが、好ましくは両方を具備することが好適である。
【0034】
更に、これらの被覆膜40の耐摩耗性を向上するための2つの態様は、異なる硬度の材料からなる被覆層41、42・・・を、硬度の高い層と硬度の低い層とが交互に配置されるように積層することで、明確ではないが、例えば被覆層41、42・・・毎に摩耗され易くできるなどのために、前記のような態様を具備し易くできる場合もある。
【0035】
以上のような被覆膜40を備えた雌バヨネット21及び雄バヨネット22によれば、互いに当接して摺動する当接面26及び受け面27の一方又は双方の表面や、爪部23及び係止部25の一方又は双方の表面に、好ましくは全表面に、複数の被覆層41、42・・・が界面を有して積層された被覆膜40が形成されており、各被覆層41、42・・・を単独で被覆膜40の膜厚に形成した場合に比べて、被覆膜40の摩耗速度が小さいか、被覆膜40の硬度が高いので、各被覆層41、42・・・単独では得られない摩耗速度や硬度を実現することができる。その結果、各被覆層41、42・・・単独では得られない耐摩耗性を実現することが可能であり、被覆膜40の耐摩耗性を向上させることができる。
【0036】
次に、このような雌バヨネット21及び雄バヨネット22を製造する方法について説明する。ここでは、予め各バヨネット21、22の形状に形成されている基材30の表面に、被覆膜40を設けることにより雌バヨネット21や雄バヨネット22を製造する。
【0037】
被覆膜40を基材30表面に作製するには、少なくとも被覆膜40の耐摩耗性を向上するための条件を具備することが可能な方法であれば、各種の成膜法を用いて作製することができる。
【0038】
好ましくは、真空蒸着、イオンプレーティング、アークイオンプレーティング、フィルタードアークイオンプレーティング、フィルタードカソーディックバキュームアーク、スパッタリング、プラズマCVD、分子線エピタキシー等の気相成膜法や、これらの気相成膜法の特徴を複数備えた成膜法により、各被覆層41、42・・・を成膜して積層するのが好適である。気相成膜法により積層すれば、成膜条件を調整することでメッキ等に比べて各被覆層41、42・・・を格段に薄肉に形成することが容易であるため、積層状態の選択の自由度を大きくできて好適である。
【0039】
特に、被覆層41、42・・・の複数層又は全部が、同一金属の窒化物であって金属と窒素との比が異なるものからなる場合には、同一の金属ターゲットを共通に用い、被覆層41、42・・・毎に窒素原子又は窒素イオンの供給雰囲気を変化させることで、各被覆層41、42・・・の金属と窒素との比を調整し、気相成膜法による成膜を行うことが好適である。
【0040】
ここで、窒素原子又は窒素イオンの供給雰囲気とは、例えば、プラズマを発生させる気相成膜法の場合には、窒素ガスを供給することにより、また、プラズマを発生させない気相成膜法の場合には、成膜室内にアンモニア等を供することにより形成できる。このような窒素原子又は窒素イオンの供給雰囲気では、ターゲットからはじき出された金属粒子が飛行中に窒化されて、基材30の表面に金属窒化物として堆積させることができる。
【0041】
そして、このような窒素原子又は窒素イオンの供給雰囲気では、窒素成分の供給量を調整すれば、基材30に堆積される金属窒化物の金属と窒素との比を容易に調整することが可能であり、各被覆層41、42・・・毎に金属と窒素との比を異ならせることが容易である。
【0042】
しかも、金属のターゲットが共通であるため、各被覆層41、42・・・を窒素成分の供給量を調整を繰り返して順次積層することで、被覆膜40を容易に作製することできる。
【実施例】
【0043】
以下、実施例について説明する。
[フィルタードカソーディックバキュームアーク(以下、FCVA)法による成膜]
【0044】
ここでは、成膜装置として、成膜チャンバとFCVAソースとからなる装置を用い、FCVAソース内のカソードにCrターゲットを取付けた。FCVAソース内で真空アーク放電を発生させてCrターゲットをプラズマ化し、電磁フィルタによって高純度のCrイオン流を成膜チャンバ内へ導き入れた。同時に、成膜チャンバ内に導入する窒素ガス流量を調整することで、Cr/N原子比率を調整した。所定時間経過後にプラズマを停止し、残留ガスを排気後に成膜チャンバ内をベントして大気圧に戻し、成膜チャンバから取出して、窒化クロム膜で被覆された試料を作製した。
【0045】
試料として真鍮の平板を用意し、有機溶剤、アルカリ、純水中で順次洗浄した後、上記の成膜方法により成膜時の窒素流量を異ならせて、単層の窒化クロム膜を4種類(A〜D)作製した。各窒化クロム膜の膜厚はそれぞれ2μmであった。得られた窒化クロム膜の化学組成、硬度、摩耗速度を測定した。
【0046】
化学組成はラザフォード後方散乱(RBS)法により測定し、硬度はナノインデンテーション法により測定し、摩耗速度はボールオンディスク法により測定した。結果を表1に示す。
【0047】
表1の結果から明らかように、Cr/N比が減少するに従い、即ち、窒化率が増加するに従い、硬度が増加して摩耗速度は減少している。つまり、窒化が促進されれば耐摩耗性が向上することが確認できた。
[実施例1]
【0048】
真鍮の平板の表面に、上述のFCVA法と同様にして、上述の窒化クロム膜A及びBと同等の化学組成を有する窒化クロム膜からなる被覆層を、それぞれ10nmづつ交互に積層し、合計膜厚が2μmとなるようにして、窒化クロム多層膜からなる被覆膜を作製した。
【0049】
得られた被覆膜の硬度、摩耗速度、膜厚方向の平均化学組成を測定した。結果を表1に示す。
[比較例1]
【0050】
真鍮の平板の表面に、従来の六価クロムメッキ法によって、2μmの膜厚でクロムメッキ膜を作製した。得られたクロムメッキ膜の硬度及び摩耗速度を測定し、結果を表1に示した。
【表1】

【0051】
表1の結果から明らかなように、実施例1の硬度は、窒化クロム膜A及びBと同等の化学組成の窒化クロム膜からなる被覆層を積層したものであるにも拘わらず、窒化クロム膜Aの単層膜と窒化クロム膜Bの単層膜とのそれぞれの硬度よりも若干高い硬度を示している。また、実施例1の摩耗速度は、窒化クロム膜Aの単層膜と窒化クロム膜Bの単層膜とのそれぞれの摩耗速度よりも遙かに低い値になり、最も窒化率が高くて硬度が高い窒化クロム膜Dの単層膜と比べても1/2と低い値となっている。
【0052】
そのため、複数の被覆層を積層することによって、摩耗速度が著しく低くて硬質の被覆膜が得られることが分かった。
【0053】
比較例1のクロムメッキ膜は、硬度が表1中で最も低く、摩耗速度は最も高かった。実施例1と比較例1とを比較すると、実施例1は比較例1の摩耗速度の1/8倍になっており、複数の被覆層を積層することによって、従来のクロムメッキ膜に比べて摩耗に対する耐久性を顕著に向上できることが分かった。
【0054】
このように実施例1において、摩耗速度を大幅に下げることができた理由としては、明確ではないが、次のような推測も可能である。即ち、極薄膜を界面を有して積層すると、膜厚方向に対して剪断力が働いた際、界面に沿って薄い層状に少しずつ膜が摩耗して行くようになる。薄い層状に膜が摩耗或いは剥離して行くことによって、一度に膜厚方向に深くえぐられることがなくなる。その結果として、同一膜厚で比較した場合に、単層膜よりも界面を有して積層された多層膜のほうが摩耗速度が遅くなると推測できる。特に、実施例1のように硬度の異なる被覆層を交互に積層する場合にはそのような作用がより強く得られると推測できる。
[実施例2]
【0055】
所定の形状を有する真鍮製の雌バヨネット基材及び雄バヨネット基材に対して、実施例1と同様にして、窒化クロム多層膜からなる被覆膜を成膜して、雌バヨネット及び雄バヨネットを作製し、得られた雌バヨネット及び雄バヨネットをそれぞれカメラボディ及びカメラ用交換レンズに取付けた。
【0056】
カメラ用交換レンズをカメラボディに、連続して1000回着脱を繰り返し、傷付き程度及び膜剥離程度を目視により観察した。結果を表2に示す。
【表2】

[比較例2]
【0057】
実施例2と同一形状の真鍮製雌バヨネット基材及び雄バヨネット基材に対して、比較例1と同様にして、クロムメッキ膜を成膜し、雌バヨネット及び雄バヨネットを作製し、実施例2と同様に、カメラ用交換レンズをカメラボディに連続して1000回着脱を繰り返し、傷付き程度及び膜剥離程度を目視により観察した。結果を表3に示す。
【表3】

【0058】
表2及び3から明らかなように、着脱試験の結果、従来のクロムメッキ膜と比較して、窒化クロム多層膜からなる被覆膜を用いると、バヨネットの耐久性が飛躍的に向上することが確認できた。
[実施例3]
【0059】
実施例1と同様に真鍮の平板からなる基材を用意し、有機溶媒、アルカリ、純水中で順番に超音波洗浄を行った。マグネトロンスパッタ装置を用い、カソードにCrターゲットを取付け、超音波洗浄後の基材をホルダーに取付けて、マグネトロンスパッタ装置の成膜チャンバ内に設置した。成膜チャンバ内を1×10−4Paのオーダーの圧力まで真空排気した。成膜チャンバ内にArガスを導入し、パルスDC電源を用いてホルダーへ電圧を印加してArプラズマを発生させ、Arプラズマのイオンボンバードにより、基材の表面を洗浄した。所定時間経過後にプラズマを停止し、成膜チャンバ内に残留しているArガスを排気した。
【0060】
次に、窒化クロム膜を成膜した。ここでは、成膜チャンバ内にArガス及び窒素ガスを導入し、パルスDC電源を用いてCrターゲットへ電圧を印加してプラズマを発生させ、Crターゲットのスパッタを開始した。ターゲットからはじき出されたCr粒子は、プラズマ中を飛行して基材の表面に堆積するまでの間に窒化され、バヨネット基材表面には窒化クロム膜が形成された。
【0061】
その際、成膜チャンバ内に導入する窒素ガス流量を調整することで、実施例1と同様にCr/N比の異なる窒化クロム膜を交互に積層した。所定時間経過後にプラズマを停止し、残留ガスを排気後に成膜チャンバ内をベントして大気圧に戻し、成膜チャンバから取出して、窒化クロム膜で被覆された試料を作製した。
【0062】
得られた皮膜の硬度及び磨耗速度を測定したところ、交互に積層されているそれぞれの窒化クロム膜を単独で成膜した場合に比べて、硬度が増加し、磨耗速度が減少していることが確認された。
【0063】
以上の実験結果から、スパッタ法により窒化クロム膜を成膜した場合においても、FCVA法で成膜した場合と同様に、Cr/N比の異なる膜を交互に積層することによって、硬度及び磨耗速度の双方が向上するという本発明の効果が得られることが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0064】
【図1】この発明の実施の形態のバヨネットを備えたカメラの概略側面図である。
【図2】同実施の形態のバヨネットの正面図であり(a)はカメラボディの雌バヨネットを示し、(b)はカメラ用交換レンズの雄バヨネットを示す。
【図3】同実施の形態のバヨネットの表面の拡大部分断面図である。
【符号の説明】
【0065】
11 カメラボディ
12 カメラ用交換レンズ
21 雌バヨネット
22 雄バヨネット
30 基材
40 被覆膜
41、42・・・ 被覆層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
他の部材に当接して摺動する摺接部を備え、該摺接部の表面に、複数の被覆層が界面を有して積層された被覆膜が形成された摺動部材において、
前記被覆膜は、前記各被覆層を単独で前記被覆膜の膜厚に形成した場合に比べ、摩耗速度が小さいものであることを特徴とする摺動部材。
【請求項2】
他の部材に当接して摺動する摺接部を備え、該摺接部の表面に、複数の被覆層が界面を有して積層された被覆膜が形成された摺動部材において、
前記被覆膜は、前記各被覆層を単独で前記被覆膜の膜厚に形成した場合に比べ、硬度が高いものであることを特徴とする摺動部材。
【請求項3】
前記複数の被覆層は、相対的に硬度の高い層と硬度の低い層とが交互に配置されたものであることを特徴とする請求項1又は2に記載の摺動部材。
【請求項4】
前記複数の被覆層は、少なくとも2種類の異なる金属からなることを特徴とする請求項1乃至3の何れか一つに記載の摺動部材。
【請求項5】
前記複数の被覆層は、少なくとも2種類の異なる金属窒化物からなり、
前記異なる金属窒化物は、同一金属の窒化物であって、金属と窒素との比が異なるものであることを特徴とする請求項1乃至3の何れか一つに記載の摺動部材。
【請求項6】
前記金属窒化物は、Cr、Fe、Ni、Al、Mgのうちの少なくとも1種類の金属の窒化物からなることを特徴とする請求項5に記載の摺動部材。
【請求項7】
前記金属窒化物は、CrN(X>1)、FeN(X>4)、NiN(X>1)、AlN(N>1)、MgN(X>1.5)のいずれかの組成を有することを特徴とする請求項5に記載の摺動部材。
【請求項8】
カメラボディのレンズ取付金具であることを特徴とする請求項1乃至7の何れか一つに記載の摺動部材。
【請求項9】
カメラ用交換レンズのボディ取付金具であることを特徴とする請求項1乃至7の何れか一つに記載の摺動部材。
【請求項10】
請求項1乃至9に記載の摺動部材を製造する方法であり、
前記各被覆層を気相成膜法により成膜して積層することを特徴とする摺動部材の製造方法。
【請求項11】
窒素原子又は窒素イオンの供給雰囲気下で、前記金属をターゲットとして気相成膜法により成膜することで前記被覆層を積層して請求項5乃至7の何れか一つに記載の摺動部材を製造する方法であり、
前記ターゲットを共通に用い、前記被覆層毎に前記窒素原子又は窒素イオンの供給雰囲気を変化させることで、前記各被覆層の金属と窒素との比を調整することを特徴とする摺動部材の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−287099(P2009−287099A)
【公開日】平成21年12月10日(2009.12.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−142305(P2008−142305)
【出願日】平成20年5月30日(2008.5.30)
【出願人】(000004112)株式会社ニコン (12,601)
【Fターム(参考)】