説明

操舵制御装置

【課題】VGRS装置の異常時に操舵輪の舵角を適切に制御可能な操舵制御装置を提供する。
【解決手段】操舵制御装置では、VGRS部に異常が生じているか否かを判断し(S301)、VGRS部に異常が生じていると判断された場合(S301:YES)、ハンドル角θhおよび増速比zに基づいてEPSモータの駆動を制御する(S303)。これにより、VGRS部の異常時に操舵輪の舵角を適切に制御することができる。また、VGRS部に異常が生じた場合であっても、異常が生じる前後で、ハンドル角θhに対する操舵輪の舵角が変わらないので、ハンドル角θhに対する車両の動きが変わらず、車両操作における違和感を低減することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、操舵輪の操舵を制御する操舵制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、操舵部材の操舵角に対する操舵輪の舵角を変更可能な操舵比可変(Variable Gear Ratio Steering、以下「VGRS」という。)装置が知られている(特許文献1〜3参照)。例えば、特許文献1では、差動歯車機構、および差動歯車機構を駆動するギア比制御モータを有するギア比可変ユニットが開示されている。また、近年では、車両のステアリング操作を補助する機構として、電動式でトルクを発生させる電動パワーステアリング(Electric Power Steering、以下「EPS」という。)装置が、VGRS装置とともに用いられることが知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2008−273327号公報
【特許文献2】特許第4228899号公報
【特許文献3】特開2009−126421号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、従来、VGRS装置において異常が生じた場合、ロック機構等によりギア比制御モータをロックしたり、操舵比を固定する保持トルクを生じるようにギア比制御モータを制御したりすることにより、操舵比を固定し、操舵部材の空転を抑制している。しかしながら、VGRS装置の異常時に操舵比が固定されると、VGRS装置における異常が生じる前後において、操舵部材の操舵角に対する操舵輪の舵角が変わってしまい、運転者に違和感を与える虞があった。
本発明は、上述の課題に鑑みてなされたものであり、その目的は、VGRS装置の異常時に操舵輪の舵角を適切に制御可能な操舵制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
請求項1に記載の操舵制御装置は、入力軸と、出力軸と、操舵比可変部と、パワーステアリング部と、操舵角取得手段と、増速比決定手段と、駆動制御手段と、異常判断手段と、代替制御手段と、を備える。入力軸は、乗員により操舵される操舵部材に連結可能である。出力軸は、入力軸と相対回転可能に設けられ、操舵部材に加えられた操舵力を操舵輪側へ伝達するトルク伝達経路をなす。操舵比可変部は、入力軸の回転を出力軸へ伝達する歯車機構および歯車機構を駆動する第1のモータを有し、操舵部材が操舵された角度である操舵角と出力軸の回転角との比を可変にする。パワーステアリング部は、第2のモータを有し、第2のモータを駆動することで生じるトルクにより乗員による操舵部材の操舵を補助する。
【0006】
また、操舵角取得手段は、操舵角を取得する。増速比決定手段は、操舵角と出力軸の回転角との比である増速比を決定する。駆動制御手段は、操舵角取得手段により取得された操舵角、および、増速比決定手段により決定された増速比に基づき、第1のモータの駆動を制御する。操舵角および増速比に基づいて第1のモータの駆動を制御することにより、操舵角に対する出力軸の回転角および操舵輪の舵角が可変となる。異常判断手段は、操舵比可変部に異常が生じているか否かを判断する。代替制御手段は、異常判断手段により操舵比可変部に異常が生じていると判断された場合、操舵角および増速比に基づいて第2のモータの駆動を制御する。
本発明では、操舵比可変部に異常が生じた場合、操舵角および増速比に基づいて第2のモータの駆動を制御することにより、パワーステアリング部にて操舵角に対する操舵輪の舵角を可変にする操舵比可変制御を行う。これにより、操舵比可変部の異常時に操舵輪の舵角を適切に制御することができる。また、例えば、操舵角に対する操舵輪の舵角が操舵比可変部に異常が生じていない場合と一致するように制御すれば、操舵比可変部に異常が生じた場合であっても、異常が生じる前後で、操舵部材の操舵角に対する操舵輪の舵角が変わらないので、車両操作における違和感を低減することができる。
【0007】
請求項2に記載の発明では、歯車機構は、第1のモータにより駆動されるウォーム、および、ウォームに噛み合うウォームホイールを有し、ウォームの回転によりウォームホイールは回転するが、ウォームホイールの回転によりウォームは回転しないようにセルフロック可能なリード角が設定される。これにより、操舵部材の操舵角に対する操舵輪の舵角を固定するためのロック機構を歯車機構と別途に設ける必要がないので、装置全体を小型化することができる。
【0008】
ところで、請求項2に記載の構成を採用したとき、セルフロック不能となるセルフロック失陥が生じた場合、出力軸側へトルクが伝達されず、操舵部材が空転する虞がある。
そこで、請求項3に記載の発明では、異常判断手段は、歯車機構においてセルフロック不能となるセルフロック失陥が生じている場合、操舵比可変部に異常が生じていると判断する。これにより、セルフロック失陥が生じている場合には、代替制御手段により操舵角および増速比に基づいて第2のモータの駆動を制御するので、セルフロック失陥時においても操舵部材の空転が抑制され、安全性が向上する。
【0009】
請求項4に記載の発明では、トルク伝達経路は、入力軸および出力軸を有するコラム軸、およびコラム軸の回転運動を直線運動に変換するラックアンドピニオン機構からなる。また、操舵比可変部およびパワーステアリング部は、コラム軸に設けられる。請求項5に記載の発明では、操舵比可変部およびパワーステアリング部は、一体にモジュール化されている。請求項4、5に記載の発明によれば、操舵制御装置全体の体格を小型化することができる。これにより、従来、搭載スペースの制約が大きく、VGRS装置の適用が困難であった小型車にも搭載することが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】本発明の一実施形態による操舵制御システムの全体構成を示す概略構成図である。
【図2】本発明の一実施形態による操舵制御装置の断面図である。
【図3】図2のIII−III線断面図である。
【図4】ウォームギアの図3のIV方向矢視図である。
【図5】図4のV方向矢視図である。
【図6】図4のVI方向矢視図である。
【図7】図4のVII−VII線断面図である。
【図8】本発明の一実施形態によるVGRS ECUを説明するブロック図である。
【図9】本発明の一実施形態によるEPS ECUを説明するブロック図である。
【図10】本発明の一実施形態のVGRS制御部における制御演算処理を説明するフローチャートである。
【図11】本発明の一実施形態におけるVGRSモータ回転角指令値演算処理を説明するフローチャートである。
【図12】本発明の一実施形態におけるVGRSモータ回転角制御演算処理を説明するフローチャートである。
【図13】本発明の一実施形態におけるVGRSモータPWM指令値演算処理を説明するフローチャートである。
【図14】本発明の一実施形態おける車速と増速比とが対応づけられたマップを説明する説明図である。
【図15】本発明の一実施形態において通常時のEPS制御部における制御演算処理を説明するフローチャートである。
【図16】本発明の一実施形態における通常時のEPSモータ電流指令値演算処理を説明するフローチャートである。
【図17】本発明の一実施形態における通常時のEPSモータ電流制御演算処理を説明するフローチャートである。
【図18】本発明の一実施形態において通常時のEPSモータPWM指令値演算処理を説明するフローチャートである。
【図19】本発明の一実施形態における操舵トルクおよび車速とEPSモータ電流指令値とが対応付けられたマップを説明する説明図である。
【図20】本発明の一実施形態におけるVGRS部異常判断処理を説明するフローチャートである。
【図21】本発明の一実施形態においてVGRS部異常時のEPS制御部における制御演算処理を説明するフローチャートである。
【図22】本発明の一実施形態におけるVGRS部異常時のEPSモータ回転角指令値演算処理を説明するフローチャートである。
【図23】本発明の一実施形態におけるVGRS部異常時のEPSモータ回転角制御演算処理を説明するフローチャートである。
【図24】本発明の一実施形態におけるVGRS部異常時のEPSモータPWM指令値演算処理を説明するフローチャートである。
【図25】本発明の一実施形態におけるセルフロック失陥検出処理(1)を説明するフローチャートである。
【図26】本発明の一実施形態におけるセルフロック失陥検出処理(2)を説明するフローチャートである。
【図27】本発明の一実施形態におけるセルフロック失陥検出処理(3)を説明するフローチャートである。
【図28】本発明の一実施形態におけるセルフロック失陥検出処理(4)を説明するフローチャートである。
【図29】本発明の一実施形態におけるセルフロック失陥検出処理(5)を説明するフローチャートである。
【図30】本発明の他の実施形態による操舵制御システムの全体構成を示す概略構成図である。
【図31】本発明の他の実施形態によるウォームギアを示す図である。
【図32】図31のR方向矢視図である。
【図33】図31のS方向矢視図である。
【図34】図31のT−T線断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明による操舵制御装置を図面に基づいて説明する。
(一実施形態)
本発明の一実施形態による操舵制御装置を図1〜図29に基づいて説明する。
まず、操舵システムの概略構成を図1に基づいて説明する。図1に示すように、操舵システム100は、操舵制御装置1、コラム軸2、ラックアンドピニオン機構6、操舵輪7、操舵部材としてのハンドル8等を備えている。本実施形態では、コラム軸2およびラックアンドピニオン機構6が「トルク伝達経路」を構成している。
【0012】
操舵制御装置1は、入力軸10の回転角度と出力軸20の回転角度の比を可変にする操舵比可変部3、および乗員(以下、適宜「運転者」という。)によるハンドル8の操舵を補助する補助トルクを発生するパワーステアリング部としての電動パワーステアリング部5等を備える。以下、操舵比可変部を「VGRS部」といい、電動パワーステアリング部を「EPS部」という。本実施形態では、VGRS部3およびEPS部5は、コラム軸2周りに配置され、ハウジング12に収容されている。これにより、VGRS部3およびEPS部5は、一体にモジュール化されているといえる。なお、操舵制御装置1の詳細は、図2等に基づいて後述する。
【0013】
コラム軸2は、入力軸10、出力軸20、ユニバーサルジョイント9、シャフト24を有している。入力軸10は、乗員により操舵されるハンドル8と連結されている。入力軸10には、ハンドル8が操舵された操舵角を検出するハンドル角センサ92が設けられている。本実施形態では、ハンドル8と入力軸10とは連結されているので、ハンドル8が操舵された操舵角と、入力軸10の回転角とが一致している。以下、ハンドル8の操舵された操舵角を、「ハンドル角θh」という。
【0014】
出力軸20は、入力軸10と同軸に設けられ、入力軸10と相対回転可能に設けられる。なお、後述するVGRS部3のディファレンシャルギア31の作用により、入力軸10と出力軸20の回転方向が逆転する。出力軸20は、運転者がハンドル8を操舵することにより生じた操舵トルクを、ユニバーサルジョイント9、シャフト24、ラックアンドピニオン機構6を経由して操舵輪7へ伝達するトルク伝達経路をなす。また、出力軸20には、出力軸20の回転角を検出するピニオン角センサ96が設けられている。以下、ハンドル8の操舵により生じるトルクを「操舵トルクTq」、出力軸20の回転角を、「ピニオン角θp」という。
【0015】
ラックアンドピニオン機構6は、ステアリングピニオン60およびステアリングラックバー61等を備え、左右の操舵輪7の回転中心を結ぶ直線(図1中において、記号Lで示す。)よりも車両後方に設けられている。
円形歯車であるステアリングピニオン60は、コラム軸2のハンドル8と反対側の端部に設けられ、出力軸20およびシャフト24と共に正逆回転する。ステアリングラックバー61は、車両の左右方向に移動可能に設けられる。ステアリングラックバー61に設けられるラック歯がステアリングピニオン60と噛み合うことにより、ステアリングピニオン60の回転運動がステアリングラックバー61の車両左右方向の直線運動に変換される。すなわち、ラックアンドピニオン機構6は、コラム軸2の回転運動を直線運動に変換している。
【0016】
ステアリングラックバー61の両端には、図示しないタイロッドおよびナックルアームが設けられ、このタイロッドおよびナックルアームを介してステアリングラックバー61と左右の操舵輪7とが接続される。これにより、左右の操舵輪7は、ステアリングラックバー61の移動量に応じて操舵される。
【0017】
なお、本実施形態では、左右の操舵輪7の回転中心を結ぶ直線Lとステアリングピニオン60との間の距離Aは、左右の操舵輪7の回転中心を結ぶ直線Lとステアリングラックバー61との距離Bよりも長くなっている。
本実施形態では、入力軸10と出力軸20との間に設けられるディファレンシャルギア31の作用により出力軸20は入力軸10の回転方向と反対方向に回転するので、ハンドル8が左方向に操舵されると、ユニバーサルジョイント9側から見てステアリングピニオン60が右回りに回転し、ステアリングラックバー61は右方向に移動し、車両が左方向へ進行するように操舵輪7の舵角が変更される。また、ハンドル8が右方向に操舵されると、ユニバーサルジョイント9側から見てステアリングピニオン60が左回りに回転し、ステアリングラックバー61は左方向に移動し、車両が右方向へ進行するように操舵輪7の舵角が変更される。
【0018】
このように、左右の操舵輪7の回転中心を結ぶ直線Lとステアリングピニオン60との間の距離Aを左右の操舵輪7の回転中心を結ぶ直線Lとステアリングラックバー61との距離Bよりも長くする、すなわちA>Bとすることにより、出力軸20、シャフト24、およびステアリングピニオン60の回転方向とは反対方向に操舵輪7が操舵され、ハンドル8の回転方向と操舵輪7の舵角の向きを整合させている。これにより、出力軸20の回転方向を再度逆転する歯車装置等が不要になる。
【0019】
次に、図2および図3に基づいて、操舵制御装置1について説明する。なお、図2は図3のII−II線断面に対応する図であり、図3は図2のIII−III線断面に対応する図である。
操舵制御装置1は、ハウジング12、入力軸10、出力軸20、VGRS部3、EPS部5等を備える。
ハウジング12は、ハウジング本体121およびフレームエンド122を有する。ハウジング本体121とフレームエンド122とは、ねじ123により固定されている。ハウジング12には、歯車機構30等が収容されるとともに、入力軸10および出力軸20が挿通される。ハウジング本体121の反フレームエンド122側には、後述する入力ギア11を回転可能に支持する第1軸受部13が設けられる。また、フレームエンド122には、後述する第2出力軸22を回転可能に支持する第2軸受部14が設けられる。
【0020】
出力軸20は、第1出力軸21および第2出力軸22から構成される。第1出力軸21および第2出力軸22は、中空のパイプ状に形成され、内部にトーションバー70が挿通される。第1出力軸21は、第2出力軸22よりも入力軸10側に設けられる。第1出力軸21は、入力軸10と反対側に内径の大きい大径部211を有している。また、第2出力軸22は、第1出力軸21側に大径部211の内径よりも外径が小さい小径部221を有している。第2出力軸22の小径部221が第1出力軸21の大径部211に挿入される。
【0021】
トーションバー70は、第1出力軸21および第2出力軸22の径方向内側に形成される空間に挿通される。トーションバー70の入力軸10側の端部には、セレーション701が形成されている。このセレーション701は、第1出力軸21の径方向内側の内壁に形成されたセレーションと噛み合っている。また、トーションバー70の反入力軸10側の端部は、ピン702によって出力軸22に接続されている。これにより、第1出力軸21と第2出力軸22とは、トーションバー70により相対回転可能に接続される。なお、トーションバー70は、第1出力軸21と第2出力軸20とが相対回転することにより捩れトルクが加わると、一定の弾性率で軸周りに捩れが生じる。したがって、第1出力軸21と第2出力軸22との間に加わるトルクは、トーションバー70の捩れ変位として変換される。トーションバー70の捩れ変位は、操舵トルク検出部4により検出される。
【0022】
操舵トルク検出部4は、トーションバー70の捩れ変位を検出することによりハンドル8が操舵されることにより生じる操舵トルクTqを検出する。操舵トルク検出部4は、多極磁石71、一組の磁気ヨーク72、73、一組の集磁リング75、76、およびトルクセンサ94(図1、図9等参照)を備える。操舵トルク検出部4は、軸方向において、後述する出力ギア23と僅かに隙間を開けて設けられる。
【0023】
多極磁石71は、円環状に形成され、第1出力軸21に嵌合する。これにより、多極磁石71は、第1出力軸21と共に回転する。なお、多極磁石71は、軸方向において、第1出力軸21に嵌合する出力ギア23よりも反入力軸10側に配置される。また、多極磁石71は、N極とS極とが周方向に交互に着磁されている。
【0024】
一組の磁気ヨーク72、73は、多極磁石71の径方向外側であって、多極磁石71によって形成される磁界内において、軸方向に向き合う一組の円環部からそれぞれ軸方向に延びる爪が周方向に交互にずれて配置されている。磁気ヨーク72、73は、モールド樹脂74に一体にモールドされている。モールド樹脂74は、図示しないカラーを介して第2出力軸22の径方向外側に嵌合している。これにより、磁気ヨーク72、73は、第2出力軸22と共に回転する。
【0025】
一組の集磁リング75、76は、それぞれ円環状に形成され、磁気ヨーク72、73をモールドするモールド樹脂74の径方向外側にて、モールド樹脂74と相対回転可能に設けられる。軸方向において、一方の集磁リング75は、一方の磁気ヨーク72と対応する位置に設けられる。また、軸方向において、他方の集磁リング76は、他方の磁気ヨーク73と対応する位置に設けられる。一方の集磁リング75と他方の集磁リング76との間には、図示しないエアギャップが形成される。トルクセンサ94は、エアギャップ内に設けられ、エアギャップに生じる磁束密度を検出する。
【0026】
ここで、トルクセンサ94による操舵トルクTqの検出方法を説明する。
出力軸20に操舵トルクTqが入力されていない場合、トーションバー70における捩れ変位が生じていない。このとき、磁気ヨーク72、73の爪の中心と多極磁石71のN極およびS極の境界線とが一致している。ここで、磁気ヨーク72、73の爪には、多極磁石71のN極およびS極から同数の磁力線が出入りするので、一方の磁気ヨーク72の内部の磁力線と、他方の磁気ヨーク73の内部の磁力線とが、それぞれ閉じた状態となる。したがって、集磁リング75、76の間に形成されるエアギャップに磁束が漏れることがなく、トルクセンサ94の検出する磁束密度は0となる。
【0027】
一方、出力軸20に操舵トルクTqが入力された場合、トーションバー70において捩れ変位が生じる。このとき、多極磁石71と磁気ヨーク72、73との相対位置が周方向に変化する。これにより、磁気ヨーク72、73の爪の中心と、多極磁石71のN極およびS極の境界線とが一致しなくなる。ここで、一方の磁気ヨーク72と他方の磁気ヨーク73とに、それぞれN極またはS極の極性を有する磁力線が増加する。このため、集磁リング75、76の間に形成されるエアギャップに磁束が漏れ、トルクセンサ94の検出する磁束密度は、0でなくなる。トルクセンサ94により検出される磁束密度は、トーションバー70の捩れ変位量に略比例し、かつトーションバー70の捩れ方向に応じて極性が反転する。これにより、トーションバー70の捩れ変位が検出される。なお、上述の通り、第1出力軸21と第2出力軸22との間に生じるトルクは、トーションバー70の捩れ変位に変換される。したがって、操舵トルク検出部4は、エアギャップに生じる磁束密度を検出し、第1出力軸21と第2出力軸22との間に生じるトルクを検出している。
【0028】
VGRS部3は、歯車機構30、および歯車機構30を駆動する第1のモータとしてのVGRSモータ52を有している。
歯車機構30は、ディファレンシャルギア31およびウォームギア32からなる。ディファレンシャルギア31は、入力ギア11、出力ギア23、およびピニオンギア41を有する。ウォームギア32は、ウォームホイール50、およびウォーム51を有する。
【0029】
入力ギア11は、入力軸10のハンドル8と反対側に設けられる。入力ギア11は、ピニオンギア41と噛み合うかさ歯車であり、金属または樹脂で形成されている。入力ギア11は、筒状の筒部111と、筒部111の径方向外側に設けられる傘状のギア部112とを有する。筒部111には、入力軸10が圧入されている。また、筒部111は、ハウジング本体121に設けられた第1軸受部13により、ハウジング本体121に回転可能に支持される。これにより、入力軸10および入力ギア11は、ハウジング12に回転可能に支持されている。
入力ギア11の径方向内側には、第1出力軸21の入力軸10側の端部が挿入される。入力ギア11と第1出力軸21との間には、ニードル軸受113が設けられる。これにより、第1出力軸21は、入力ギア11に回転可能に支持されている。また、第2出力軸22は、第2軸受部14に回転可能に支持されている。
【0030】
出力ギア23は、ピニオンギア41を挟んで入力ギア11のギア部112と向かい合うように設けられている。出力ギア23は、ピニオンギア41と噛み合うかさ歯車であり、金属または樹脂で形成されている。出力ギア23には、出力軸20の第1出力軸21が圧入されている。なお、出力ギア23は、軸方向において、ニードル軸受113よりも反入力軸10側に設けられる。
【0031】
入力ギア11と出力ギア23との間には、複数のピニオンギア41が設けられる。ピニオンギア41は、入力ギア11および出力ギア23に噛み合うかさ歯車である。
ここで、入力ギア11、出力ギア23、およびピニオンギア41の関係性について述べておく。ピニオンギア41の歯数は偶数である。一方、入力ギア11および出力ギア23は、歯数が同一であって、その歯数は奇数である。これにより、入力ギア11とピニオンギア41との歯当たりの位置が回転に伴って入れ替わる。同様に、出力ギア23とピニオンギア41との歯当たりの位置が回転に伴って入れ替わる。したがって、特定の歯の摩耗が進行することがなく、偏摩耗によって耐久寿命を損なうことがない。なお、ピニオンギア41の歯数を奇数とし、入力ギア11および出力ギア23の歯数を同一の偶数としてもよい。
【0032】
また、入力ギア11、出力ギア23、およびピニオンギア41は、その歯が曲がり歯となっており、入力ギア11とピニオンギア41との噛み合い率、および、出力ギア23とピニオンギア41との噛み合い率を高くし、歯当たりによって生じる作動音を低減するとともに、ハンドル8から運転者に伝わる脈動感を低減する。
さらにまた、入力ギア11および出力ギア23が金属で形成される場合、ピニオンギア41は樹脂で形成される。入力ギア11および出力ギア23が樹脂で形成される場合、ピニオンギア41は金属で形成される。これにより、ギアの噛み合い時に発生する歯打ち音が低減される。
【0033】
ピニオンギア41は、その回転軸が入力軸10および出力軸20の回転軸と直交するように、第1出力軸21の径方向外側に配置される。ピニオンギア41には軸孔が形成され、この軸孔にピニオンギア軸部材43が挿通される。なお、ピニオンギア41に形成される軸孔は、ピニオンギア軸部材43の外径よりもわずかに大きく形成される。
【0034】
ピニオンギア41と第1出力軸21との間には、第3軸受15および内側リング部材40が設けられる。第3軸受15は、軸方向においてニードル軸受113と出力ギア23との間であって、径方向において第1出力軸21と内側リング部材40との間に設けられる。これにより、第3軸受15は、第1出力軸21の径方向外側において内側リング部材40を回転可能に支持する。
【0035】
内側リング部材40は、第1出力軸21の回転軸に直交する方向に貫通する第1孔401が形成される。第1孔401は、内側リング部材40の周方向に等間隔で複数形成されている。第1孔401には、ピニオンギア41に挿通されるピニオンギア軸部材43の一方の端部が嵌合している。
【0036】
外側リング部材42は、ピニオンギア41を挟んで内側リング部材40の径方向外側に設けられる。外側リング部材42は、第1出力軸21の回転軸に直交する方向に貫通する第2孔421が形成される。第2孔421は、外側リング部材42の周方向に等間隔であって、内側リング部材40の第1孔401と対応する箇所に複数形成されている。第2孔421には、ピニオンギア41に挿通されるピニオンギア軸部材43の端部であって、第1孔401と反対側の端部が嵌合している。すなわち、ピニオンギア41は、内側リング部材40と外側リング部材42との間に配置され、内側リング部材40および外側リング部材42とで保持されるピニオンギア軸部材43の軸周りに回転可能に設けられている。このように構成することにより、ピニオンギア軸部材43の形成および組付けを容易に行うことができる。
【0037】
外側リング部材42の径方向外側には、樹脂または金属で形成されるウォームホイール50が嵌合している。すなわち、径方向内側から、第1出力軸21、第3軸受15、内側リング部材40、ピニオンギア41、外側リング部材42、ウォームホイール50が、この順で配列されている。また、内側リング部材40、外側リング部材42、ピニオンギア軸部材43、およびウォームホイール50は、一体となって回転する。さらにまた、第3軸受15は、内側リング部材40、外側リング部材42、ピニオンギア軸部材43、およびウォームホイール50を、第1出力軸21の径方向外側において回転可能に支持している。
【0038】
図3に示すように、ウォームホイール50の径方向外側には、ウォーム51が噛み合っている。また、ウォーム51は、ハウジング12に設けられた第4軸受16および第5軸受17により回転可能に支持されている。
ここで、ウォームホイール50およびウォーム51を図4〜図7に基づいて説明する。図4は、ウォームホイール50およびウォーム51を図3のIV方向から見たときの図であり、図5は図4のV方向矢視図であり、図6は図4のVI方向矢視図であり、図7は図4のVII−VII線断面図である。
【0039】
ウォームホイール50とウォーム51とは、ウォームホイール50の回転軸P1に垂直な平面Q1と、ウォーム51の回転軸P2とが平行になるように配置されている。
また、ウォームホイール50の歯筋は、ウォームホイール50の回転軸P1に対してθ1傾斜して形成されている。この傾斜角が、「リード角」に対応する。本実施形態では、リード角θ1は、摩擦角よりも小さく設定されている。これにより、ウォーム51の回転によりウォームホイール50は回転するが、ウォームホイール50の回転によりウォーム51は回転せず、セルフロック可能に構成されている。なお、本実施形態では、ウォームホイール50とウォーム51とがセルフロックされているときの増速比は1である。
【0040】
また、ウォームホイール50は、歯底と回転軸P1との距離が一定に形成されている。これにより、加工公差等によりウォームホイール50とウォーム51の設置位置が回転軸P1方向にずれた場合であっても、正回転時と逆回転時とで歯当たりの状態を保つことができる。
【0041】
図2および図3に戻り、ウォーム51の第5軸受17側には、VGRSモータ52が設けられている。本実施形態のVGRSモータ52は、ブラシつきモータであるがブラシレスモータ等どのようなモータであってもよい。VGRSモータ52は、通電によりウォーム51を正逆回転駆動する。VGRSモータ52がウォーム51を正回転し、これに伴ってウォームホイール50が入力軸10の回転方向と同じ方向に回転すると、入力軸10の回転が減速されて出力軸20へ伝達される。一方、VGRSモータ52がウォーム51を逆回転し、これに伴ってウォームホイール50が入力軸10の回転方向とは逆方向に回転すると、入力軸10の回転が増速されて出力軸20へ伝達される。これにより、入力軸10の回転角度に対する出力軸20の回転角度が可変となる。
【0042】
EPS部5は、入力軸10および出力軸20を挟んでVGRS部3と反対側に設けられる。EPS部5は、EPSウォームホイール80、EPSウォーム81、および第2のモータとしてのEPSモータ82を備える。EPSウォームホイール80およびEPSウォーム81は、ハウジング12内に収容されている。
【0043】
EPSウォームホイール80は、樹脂または金属で形成される。EPSウォームホイール80は、第2出力軸22に嵌合し、第2出力軸22と一体となって回転する。
EPSウォームホイール80の径方向外側には、EPSウォーム81が噛み合っている。EPSウォーム81は、ハウジング12に設けられた第6軸受18および第7軸受19により回転可能に支持されている。なお、本実施形態では、EPSウォームホイール80の歯筋が回転軸と平行に形成されている。また、EPSウォームホイール80の歯底が円弧面ではなく、平面で形成されている。これにより、加工公差よりEPSウォームホイール80の設置位置が第2出力軸22の軸方向にずれたとしても、EPSウォームホイール80とEPSウォーム81との歯当たりの状態を、正回転時と逆回転時とで同様に保つことができる。
【0044】
EPSウォーム81の第7軸受19側には、EPSモータ82が設けられている。本実施形態では、EPSモータ82は、ブラシレスの三相モータであるがブラシつきモータ等どのようなモータであってもよい。EPSモータ82は、通電によりEPSウォーム81を正逆回転駆動する。これにより、EPSウォーム81に噛み合うEPSウォームホイール80が第2出力軸22に操舵補助トルクを付与することにより、操舵がアシストされる。
なお、本実施形態では、VGRS部3とEPS部5とが出力軸20を挟んで両側に設けられているので、VGRSモータ52およびEPSモータ82の駆動により生じるラジアル荷重が相殺され、出力軸20の傾きを抑制することができる。また、出力軸20の傾きが抑制されることにより、ウォームホイール50とウォーム51との噛み合い位置、および、EPSウォームホイール80とEPSウォーム81との噛み合い位置を確実に保持することができる。
【0045】
ここで、VGRSモータ52の駆動を制御するVGRS電子制御装置(以下、「VGRS ECU」という。)、およびEPSモータ82の駆動を制御するEPS電子制御装置(以下、「EPS ECU」という。)について図8および図9に基づいて説明する。図8は、VGRS ECU55を説明するブロック図であり、図9は、EPS ECU85を説明するブロック図である。
【0046】
図8に示すように、VGRS ECU55は、VGRS制御部56およびVGRSインバータ57を有している。VGRS制御部56は、CPU、ROM、RAM、I/O及びこれらを接続するバスライン等を備えたコンピュータとして構成されており、VGRSモータ52の駆動制御を司る。また、VGRS制御部56には、車両の走行速度を検出する車速センサ91、ハンドル角θhを検出するハンドル角センサ92、VGRSモータ52の回転角(以下、「VGRSモータ回転角θvm」という。)を検出するVGRSモータ回転角センサ93、ハンドル8の操舵により生じる操舵トルクTqを検出するトルクセンサ94、およびピニオン角θpを検出するピニオン角センサ96等が接続されている。トルクセンサ94については、EPSと共通のセンサを用いても良いし、EPS ECU85からCANなどの通信でセンサ値を取得しても良い。VGRS制御部56は、車速、ハンドル角θh、VGRSモータ回転角θvm等に基づいてVGRSインバータ57を制御することにより、VGRSモータ52の駆動を制御している。
【0047】
VGRSインバータ57は、複数のスイッチング素子がブリッジ接続されており、VGRSモータ52の通電を切り替える。VGRSインバータ57を構成するスイッチング素子は、車速、ハンドル角θh、VGRSモータ回転角θvm等に基づき、VGRS制御部56によりオン/オフの切り替えが制御される。すなわち、VGRS制御部56は、車速、ハンドル角θh、VGRSモータ回転角θvm等に基づいてVGRSインバータ57を制御することにより、VGRSモータ52の駆動を制御している。
【0048】
図9に示すように、EPS ECU85は、EPS制御部86およびEPSインバータ87を有している。EPS制御部86は、CPU、ROM、RAM、I/O及びこれらを接続するバスライン等を備えたコンピュータとして構成されており、EPSモータ82の駆動制御を司る。また、EPS制御部86には、車速センサ91、ハンドル角センサ92、ハンドル8の操舵により生じる操舵トルクTqを検出するトルクセンサ94、EPSモータ82に通電されるモータ電流を検出するEPSモータ電流センサ95、ピニオン角センサ96、EPSモータ82の回転角(以下、「EPSモータ回転角θem」という。)を検出するEPSモータ回転角センサ97等が接続されている。
【0049】
EPSインバータ87は、三相インバータであり、複数のスイッチング素子がブリッジ接続されており、EPSモータ82への通電を切り替える。EPSインバータ87を構成するスイッチング素子は、VGRS部3が正常であるとき、車速、操舵トルクTq、モータ電流等に基づき、EPS制御部86によりオン/オフの切り替えが制御される。すなわち、EPS制御部86は、EPSインバータ87を制御することにより、EPSモータ82の駆動を制御している。
【0050】
続いて、VGRS制御部56におけるVGRSモータ52の制御処理を図10〜図14に基づいて説明する。
VGRS制御部56におけるVGRSモータ52の駆動制御に係る制御演算処理のメインフローを図10に示す。
【0051】
最初のステップS100(以下、「ステップ」を省略し、単に記号「S」で示す)では、車速センサ91により検出される車速センサ値を読み込む。また、ハンドル角センサ92により検出されるハンドル角センサ値を読み込む。さらにまた、VGRSモータ回転角センサ93により検出されるVGRSモータ回転角センサ値を読み込む。
S110では、VGRSモータ回転角指令値演算処理を行う。
S120では、VGRSモータ回転角制御演算処理を行う。
S130では、VGRSモータPWM指令値演算処理を行う。
S140では、S130で算出されたPWM指令値に基づき、VGRSインバータ57を構成するスイッチング素子のオン/オフを切り替えることにより、VGRSモータ52の駆動を制御する。
【0052】
ここで、S110におけるVGRSモータ回転角指令値演算処理を図11に基づいて説明する。
S111では、車速センサ91により検出される車速センサ値を読み込み、車両の走行速度である車速を取得する。また、ハンドル角センサ92により検出されるハンドル角センサ値を読み込み、ハンドル角θhを取得する。なお本実施形態では、ハンドル8が右方向に操舵された場合を正とし、ハンドル8が左方向に操舵された場合を負とする。また、ディファレンシャルギア31の作用により、ハンドル8および入力軸10が右方向に回転するとき出力軸20は左方向に回転し、ハンドル8および入力軸10が左方向に回転するとき出力軸20は右方向に回転する。そこで、出力軸20の回転角であるピニオン角θpは、左方向への回転を正とし、右方向への回転を負とする。
【0053】
S112では、S111にて取得された車速に基づき、増速比zを取得する。本実施形態では、車速と増速比zとの関係が、図14に示すマップとして記憶されている。すなわち、図14に示すように、車速が所定値よりも小さい場合、増速比zは、車速の増加に伴って大きくなる。また、車速が所定値以上である場合、増速比zは、車速の増加に伴って小さくなる。
なお、増速比zは、ハンドル角θhとピニオン角θpの比であり、本実施形態では、ハンドル角θhに増速比zを乗じることにより、出力軸20の設定回転角が算出される。また、増速比zが1であるとき、ハンドル角θhとピニオン角θpとが一致する。例えば増速比が1のとき、ハンドル8側からみて入力軸10が右方向にθx回転したとすると、出力軸20は左方向にθx回転する、といった具合である。
【0054】
図11に戻り、続くS113では、VGRSモータ回転角指令値θvcを算出し、本処理を終了する。S111にて取得されたハンドル角をθh、S112にて取得された増速比をz、ウォームギア32の減速比をivとすると、VGRSモータ回転角指令値θvcは、以下の式(1)により算出される。
θvc=θh×(z−1)×iv×0.5 …(1)
【0055】
続いて、S120におけるVGRSモータ回転角制御演算処理を図12に基づいて説明する。
S121では、図11中のS113で算出されたVGRSモータ回転角指令値θvcを取得する。また、VGRSモータ回転角センサ93により検出されるVGRSモータ回転角センサ値を読み込み、VGRSモータ回転角θvmを取得する。なお、VGRSモータ回転角θvmは、ピニオン角θpで代用してもよい。
S122では、角度差分値θvdを算出する。角度差分値θvdは、以下の式(2)により算出される。
θvd=θvc−θvm …(2)
【0056】
S123では、VGRSモータ電圧指令値Vvcを算出し、本処理を終了する。なお、VGRSモータ電圧指令値Vvcは、PI制御によりフィードバック制御される。VGRSモータ52における比例ゲインをKPvとし、積分ゲインをKIvとすると、VGRSモータ電圧指令値Vvcは、以下の式(3)により算出される。
【0057】
【数1】

【0058】
続いて、S130におけるPWM指令値演算処理を図13に基づいて説明する。
S131では、図12中のS123で算出されたVGRSモータ電圧指令値Vvcを取得する。
S132では、VGRSモータPWM指令値Pvを算出する。バッテリ電圧をVbとすると、VGRSモータPWM指令値Pvは、以下の式(4)により算出される。
v=Vvc/Vb×100 …(4)
【0059】
VGRS制御部56は、S132にて算出されたVGRSモータPWM指令値Pvに基づき、VGRSインバータ57を構成するスイッチング素子のオン/オフのタイミングを制御することにより、VGRSモータ52の駆動を制御する(図10中のS140)。したがって、VGRS制御部56は、ハンドル角θhと増速比とに基づいてVGRSモータ52の駆動を制御することにより、ハンドル角θhとピニオン角θpとの比を可変としている。これにより、VGRS制御部56は、VGRSモータ52の駆動を制御することにより、ハンドル角θhに対する操舵輪7の舵角を可変にしている。
【0060】
ここで、増速比が1の場合について言及しておく。増速比が1の場合、上記式(1)で算出されるVGRSモータ回転角指令値θvcは0となる。また、本実施形態のウォームギア32は、セルフロック機能を有しているので、ウォームホイール50の回転に伴ってウォーム51が回転することはなく、ウォームホイール50の回転によりウォーム51を介してVGRSモータ52が回転することもない。とすれば、VGRSモータ回転角指令値θvcが0のとき、すなわち増速比が1のとき、VGRSモータ52への通電をオフにすれば、VGRSモータ回転角θvmは0となる。したがって、増速比が1のとき、VGRSモータ52への通電をオフにすることができるので、消費電力を抑えられる。
【0061】
次に、VGRS部3に異常がない場合におけるEPS制御部86におけるEPSモータ82の通常制御処理を図15〜図18に基づいて説明する。
EPS制御部86におけるEPSモータ82の駆動制御に係る制御演算処理のメインフローを図15に示す。
最初のS200では、車速センサ91により検出される車速センサ値を読み込む。また、トルクセンサ94のセンサ値を読み込む。さらにまた、EPSモータ電流センサ95により検出される電流センサ値を読み込む。
【0062】
S210では、EPSモータ電流指令値演算処理を行う。
S220では、EPSモータ電流制御演算処理を行う。
S230では、EPSモータPWM指令値演算処理を行う。
S240では、S230で算出されたPWM指令値に基づき、EPSインバータ87を構成するスイッチング素子のオン/オフを切り替えることにより、EPSモータ82の駆動を制御する。
【0063】
ここで、S210におけるEPSモータ電流指令値演算処理を図16に基づいて説明する。
S211では、車速センサ91により検出される車速センサ値を読み込み、車両の走行速度である車速を取得する。また、トルクセンサ94のセンサ値を読み込み、乗員によりハンドル8が操舵されることにより生じる操舵トルクTqを取得する。
【0064】
S212では、S211にて取得された車速および操舵トルクTqに基づき、EPSモータ電流指令値Icを算出し、本処理を終了する。なお、各車速における操舵トルクTqとEPSモータ電流指令値Icとの関係は、予めマップ等に記憶されている。本実施形態では、操舵トルクTqとEPSモータ電流指令値Icとの関係が、車速ごとに図19に示すマップとして記憶されている。すなわち、図19に示すように、EPSモータ電流指令値Icは、操舵トルクTqの増加に伴って大きくなる。また、操舵トルクTqが同じである場合、車速が大きいほど、EPSモータ電流指令値Icは小さい。
【0065】
続いて、S220におけるEPSモータ電流指令制御演算処理を図17に基づいて説明する。
S221では、図16中のS212で算出されたEPSモータ電流指令値Icを取得する。また、EPSモータ電流センサ95により検出される電流センサ値を読み込み、EPSモータ82に通電されるEPSモータ電流値Imを取得する。
S222では、電流差分値Idを算出する。電流差分値Idは、以下の式(5)により算出される。
d=Ic−Im …(5)
【0066】
S223では、EPSモータ電圧指令値Vecを算出し、本処理を終了する。なお、EPSモータ電圧指令値Vecは、PI制御によりフィードバック制御される。ここで、EPSモータにおける比例ゲインをKPeとし、積分ゲインをKIeとすると、EPSモータ電圧指令値Vecは、以下の式(6)により算出される。
【0067】
【数2】

【0068】
続いて、S230におけるEPSモータPWM指令値演算処理を図18に基づいて説明する。
S231では、図17中のS223で算出されたEPSモータ電圧指令値Vecを取得する。
S232では、EPSモータPWM指令値Peを算出する。バッテリ電圧をVbとすると、EPSモータPWM指令値Peは、以下の式(7)により算出される。
e=Vec/Vb×100 …(7)
【0069】
EPS制御部86は、S232にて算出されたEPSモータPWM指令値Peに基づき、EPSインバータ87を構成するスイッチング素子のオン/オフのタイミングを制御することにより、EPSモータ82の駆動を制御する(図15中のS240)。EPSモータ82の駆動により生じるトルクにより、運転者によるハンドル8の操舵が補助される。
【0070】
本実施形態では、VGRS部3にて異常が生じた場合、EPS部5にてハンドル角θhに対する操舵輪7の舵角を可変にする操舵比可変制御を行う。ここでEPS制御部86におけるVGRS部異常判断処理を図20〜図24に基づいて説明する。
【0071】
VGRS部異常判断処理を図20に示すフローチャートに基づいて説明する。この処理は、車両走行中、所定の間隔で実行されるものとする。
S301では、VGRS部3の異常が生じているか否かを判断する。VGRS部3の異常の一例としては、ウォームギア32においてセルフロック不能となるセルフロック失陥が挙げられる。セルフロック失陥の検出方法については後述する。また、VGRS部3の異常は、ウォームギア32のセルフロック失陥に限らず、例えばVGRSモータ52の断線故障や、VGRSインバータ57の天絡故障、地絡故障、或いはスイッチング素子の故障等であってもよい。これらの故障は、公知の方法で検出することができる。VGRS部3に異常が生じていると判断された場合(S301:YES)、S303へ移行する。VGRS部3に異常が生じていないと判断された場合(S301:NO)、S302へ移行する。
S302では、通常制御を行う。具体的には、図15〜図18に基づいて説明したように、操舵トルクTqに基づき、EPSモータ82の駆動を制御する。
【0072】
VGRS部3に異常が生じていると判断された場合(S301:YES)に移行するS303では、ハンドル角θhに基づき、EPSモータ82の駆動を制御する。すなわち、VGRS部3にて異常が生じている場合、EPSモータ82の制御を、操舵トルクTqに基づく制御からハンドル角θhに基づく制御に切り替える。なお、このとき、VGRS制御部56によるVGRSモータ52の駆動制御を行わず、VGRSモータ52の駆動を停止する。
【0073】
ここで、S303にて実行されるVGRS部3にて異常が生じている場合におけるEPSモータ82の制御処理を図21〜図24に基づいて説明する。まず、VGRS部異常時制御処理のメインフローを図21に示す。
S400では、車速センサ91により検出される車速センサ値を読み込む。また、ハンドル角センサ92により検出されるハンドル角センサ値を読み込む。さらにまた、EPSモータ回転角センサ97により検出されるEPSモータ回転角センサ値を読み込む。
S410では、EPSモータ回転角指令値演算処理を行う。
S420では、EPSモータ回転角制御演算処理を行う。
S430では、EPSモータPWM指令値演算処理を行う。
S440では、S430で算出されたPWM指令値に基づき、EPSインバータ87を構成するスイッチング素子のオン/オフを切り替えることにより、EPSモータ82の駆動を制御する。
【0074】
ここで、S410におけるEPSモータ回転角指令値演算処理を図22に基づいて説明する。
S411では、車速センサ91により検出される車速センサ値を読み込み、車両の走行速度である車速を取得する。また、ハンドル角センサ92により検出されるハンドル角センサ値を読み込み、ハンドル角θhを取得する。
S412では、S411にて取得された車速に基づき、増速比zを取得する。増速比zは、図14にて説明したマップとして記憶されている。
S413では、EPSモータ回転角指令値θecを算出し、本処理を終了する。S411にて取得されたハンドル角をθh、S412にて取得された増速比をz、EPSウォームホイール80およびEPSウォーム81における減速比をieとすると、EPSモータ回転角指令値θecは、以下の式(8)により算出される。
θec=θh×(z−1)×ie×0.5 …(8)
【0075】
続いて、S420におけるEPSモータ回転角制御演算処理を図23に基づいて説明する。
S421では、図22中のS413で算出されるEPSモータ回転角指令値θecを取得する。また、EPSモータ回転角センサ97により検出されるEPSモータ回転角センサ値を読み込み、EPSモータ回転角θemを取得する。なお、EPSモータ回転角θemは、ピニオン角θpで代用してもよい。
S422では、角度差分値θedを算出する。角度差分値θedは、以下の式(9)により算出される。
θed=θec−θem …(9)
【0076】
S423では、EPSモータ電圧指令値Vecを算出し、本処理を終了する。なお、EPSモータ電圧指令値Vecは、PI制御によりフィードバック制御される。EPSモータ52における比例ゲインをKPe2、積分ゲインをKIe2とすると、EPSモータ電圧指令値Vecは、以下の式(10)により算出される。
【0077】
【数3】

【0078】
続いて、S430におけるPWM指令値演算処理を図24に基づいて説明する。
S431では、図23中のS423で算出されたEPSモータ電圧指令値Vecを取得する。
S432では、EPSモータPWM指令値Peを算出する。バッテリ電圧をVbとすると、EPSモータPWM指令値Peは、上記式(7)と同様の式にて算出される。
【0079】
VGRS部3に異常が生じている場合、EPS制御部86は、S423にて算出されたEPSモータPWM指令値Peに基づき、EPSインバータ87を構成するスイッチング素子のオン/オフのタイミングを制御することにより、EPSモータ82の駆動を制御する(図21中のS440)。これにより、ハンドル8の操舵したときの手応えは作り出せないものの、VGRS部3に異常が生じる前後で、ハンドル角θhに対する操舵輪7の舵角が変わらないので、運転者に与える違和感が低減される。
【0080】
ここで、VGRS部3のウォームギア32におけるセルフロック失陥の検出処理(1)〜(5)を図25〜図29に基づいて説明しておく。セルフロック失陥検出処理(1)〜(5)は、1つの処理のみを実行してもよいし、複数の処理を並行して実行してもよい。セルフロック失陥検出処理は、VGRS制御部56において、車両走行中、所定の間隔で実行されるものとする。
【0081】
<セルフロック失陥検出処理(1)>
セルフロック失陥検出処理(1)は、増速比が1のとき、セルフロックが正常であれば、VGRSモータ52の電圧指令値が0となり、VGRSモータ52の回転角が0となることを利用してセルフロック失陥を検出する。ここで、セルフロック失陥検出処理(1)を図25に基づいて説明する。
【0082】
S511では、VGRSモータ52への通電がオフされているか否かを判断する。なお、ノイズの影響などもあるためオフ判定についてはVGRSモータへの通電電圧の絶対値が所定値以下であるか否かで判定しても良い。VGRSモータ52への通電がオフされていないと判断された場合(S511:NO)、S512〜S516の処理を行わない。VGRSモータ52への通電がオフされていると判断された場合(S511:YES)、S512へ移行する。
【0083】
S512では、VGRSモータ回転角センサ93により検出されるVGRSモータ回転角センサ値を読み込み、VGRSモータ回転角θvmを取得する。
S513では、取得したVGRSモータ回転角θvmが0でないか否かを判断する。VGRSモータ回転角が0であると判断された場合(S513:NO)、S516へ移行する。VGRSモータ回転角θvmが0ではないと判断された場合(S513:YES)、S514へ移行する。
【0084】
S514では、所定時間が経過したか否かを判断する。所定時間が経過していないと判断された場合(S514:NO)、S511へ戻る。所定時間が経過したと判断された場合(S514:YES)、S515へ移行する。
S515では、ウォームギア32においてセルフロック機能に異常が生じているので、セルフロック失陥フラグをオンにする。
【0085】
VGRSモータ52への通電がオフであり(S511:YES)、VGRSモータ回転角が0であると判断された場合(S513:NO)に移行するS516では、ウォームギア32のセルフロック機能は正常であるので、セルフロック失陥フラグをオフにする。
なお、S514に係る処理を行わず、S513にて肯定判断された場合、S515へ移行するようにしてもよい。
【0086】
<セルフロック失陥検出処理(2)>
セルフロック失陥検出処理(2)は、増速比が1のとき、セルフロックが正常であれば、VGRSモータ52のモータ回転角指令値θvcが0となり、VGRSモータ52の電圧指令値Vvcが0となることを利用してセルフロック失陥を検出する。ここで、セルフロック失陥検出処理(2)を図26に基づいて説明する。
【0087】
S521では、VGRSモータ回転角指令値θvcが0か否かを判断する。VGRSモータ回転角指令値θvcは、図11中のS113と同様に算出される。VGRSモータ回転角指令値θvcが0でないと判断された場合(S521:NO)、S522〜S525の処理を行わない。VGRSモータ回転角指令値θvcが0であると判断された場合(S521:NO)、S522へ移行する。
【0088】
S522では、VGRSモータ電圧指令値Vvcが0か否かを判断する。VGRSモータ電圧指令値Vvcは、図12中のS123と同様に算出される。VGRSモータ電圧指令値Vvcが0であると判断された場合(S522:NO)、S525へ移行する。VGRSモータ電圧指令値Vvcが0でないと判断された場合(S522:YES)、S523へ移行する。
【0089】
S523では、所定時間が経過したか否かを判断する。所定時間が経過していないと判断された場合(S523:NO)、S521へ戻る。所定時間が経過したと判断された場合(S523:YES)、S524へ移行する。
S524では、ウォームギア32においてセルフロック機能に異常が生じているので、セルフロック失陥フラグをオンにする。
【0090】
VGRSモータ回転角指令値θvcが0であり(S521:YES)、VGRSモータ電圧指令値Vvcが0であると判断された場合(S522:NO)に移行するS525では、ウォームギア32のセルフロック機能は正常であるので、セルフロック失陥フラグをオフにする。
なお、S523に係る処理を行わず、S522にて肯定判断された場合、S524へ移行するようにしてもよい。
【0091】
<セルフロック失陥検出処理(3)>
セルフロック失陥検出処理(3)は、セルフロックが正常であれば、ハンドル角θhに増速比zを乗じた値である設定回転角と、ピニオン角θpとが一致することを利用してセルフロック失陥を検出する。ここで、セルフロック失陥検出処理(3)を図27に基づいて説明する。
【0092】
S531では、ハンドル角センサ92により検出されるハンドル角センサ値を読み込み、ハンドル角θhを取得する。また、ピニオン角センサ96により検出されるピニオン角センサ値を読み込み、ピニオン角θpを取得する。さらにまた、車速に基づき、増速比zを取得する。なお、ピニオン角θpは、VGRSモータ回転角θvmから推定するように構成してもよい。
【0093】
S532では、取得されたハンドル角θhに増速比zを乗じ、設定回転角を算出する。そして、算出された設定回転角からピニオン角θpを減じた値が0でないか否かを判断する。設定回転角からピニオン角θpを減じた値が0であると判断された場合(S532:NO)、すなわち設定回転角とピニオン角θpとが一致する場合、S535へ移行する。設定回転角からピニオン角θpを減じた値が0でないと判断された場合(S532:YES)、すなわち設定回転角とピニオン角θpとが一致しない場合、S533へ移行する
【0094】
S533では、所定時間が経過したか否かを判断する。所定時間が経過していないと判断された場合(S533:NO)、S531へ戻る。所定時間が経過したと判断された場合(S533:YES)、S534へ移行する。
S534では、ウォームギア32においてセルフロック機能に異常が生じているので、セルフロック失陥フラグをオンにする。
【0095】
設定回転角からピニオン角θpを減じた値が0であると判断された場合(S532:NO)に移行するS535では、ウォームギア32のセルフロック機能は正常であるので、セルフロック失陥フラグをオフにする。
なお、S533に係る処理を行わず、S532にて肯定判断された場合、S534へ移行するようにしてもよい。
【0096】
<セルフロック失陥検出処理(4)>
ウォームギア32のセルフロックが正常であれば、ハンドル8を操舵したとき、出力軸20側へトルクが伝達され、トルクセンサ94によりトルクが検出される。一方、セルフロック失陥が生じ、ハンドル8が空転すると、出力軸20側へトルクが伝達されず、トルクセンサ94によりトルクが検出されない。そこでセルフロック失陥検出処理(4)では、これを利用してセルフロック失陥を検出する。ここで、セルフロック失陥検出処理(4)を図28に基づいて説明する。
【0097】
S541では、ハンドル8が回転中か否かを判断する。ハンドル8が回転中でないと判断された場合(S541:NO)、S542〜S546の処理を行わない。ハンドル8が回転中であると判断された場合(S541:YES)、S542へ移行する。
S542では、トルクセンサ94により検出されるセンサ値を読み込み、ハンドル8の操舵により生じる操舵トルクTqを取得する。
【0098】
S543では、取得された操舵トルクTqが略0か否かを判断する。操舵トルクTqが略0でないと判断された場合(S543:NO)、S546へ移行する。操舵トルクTqが略0であると判断された場合(S543:YES)、S544へ移行する。
【0099】
S544では、所定時間が経過したか否かを判断する。所定時間が経過していないと判断された場合(S544:NO)、S541へ戻る。所定時間が経過したと判断された場合(S544:YES)、S545へ移行する。
S545では、ウォームギア32においてセルフロック機能に異常が生じているので、セルフロック失陥フラグをオンにする。
【0100】
ハンドル8が回転中であって(S541:YES)、操舵トルクTqが0でない場合(S543:NO)に移行するS546では、ウォームギア32のセルフロック機能は正常であるので、セルフロック失陥フラグをオフにする。
なお、S544に係る処理を行わず、S543にて肯定判断された場合、S545へ移行するようにしてもよい。
【0101】
<セルフロック失陥検出処理(5)>
ウォームギア32のセルフロックが正常であれば、ハンドル8は空転しないので、車両が直進中である場合、ハンドル角θhは0となる。一方、セルフロック失陥が生じ、ハンドル8が空転すると、車両が直進中のときのハンドル角θhが0からずれる。そこでセルフロック失陥検出処理(5)では、これを利用してセルフロック失陥を検出する。ここで、セルフロック失陥検出処理(5)を図29に基づいて説明する。
【0102】
S551では、車両が直進中か否かを判断する。車両が直進中か否かは、公知の方法で判断できる。例えば、4つの車輪の車輪速差が少ない場合、車両が直進中であると判断できる。また例えばヨーレートセンサ(Yawセンサ)や加速度センサ(Gセンサ)の検出値が0である場合、車両が直進中であると判断できる。車両が直進中でないと判断された場合(S551:NO)、S552〜S556の処理を行わない。車両が直進中であると判断された場合(S551:YES)、S552へ移行する。
S552では、ハンドル角センサ92により検出されるハンドル角センサ値を読み込み、ハンドル角θhを取得する。
【0103】
S553では、ハンドル角θhが0でないか否かを判断する。ハンドル角θhが0であると判断された場合(S553:NO)、S556へ移行する。ハンドル角θhが0でないと判断された場合(S553:YES)、S554へ移行する。
【0104】
S554では、所定時間が経過したか否かを判断する。所定時間が経過していないと判断された場合(S554:NO)、S551へ戻る。所定時間が経過したと判断された場合(S554:YES)、S555へ移行する。
S555では、ウォームギア32においてセルフロック機能に異常が生じているので、セルフロック失陥フラグをオンにする。
【0105】
車両が直進中であって(S551:YES)、ハンドル角θhが0の場合(S553:NO)に移行するS556では、ウォームギア32のセルフロック機能は正常であるので、セルフロック失陥フラグをオフにする。
なお、S554に係る処理を行わず、S553にて肯定判断された場合、S555へ移行するようにしてもよい。
【0106】
また、図25中のS514、図26中のS523、図27中のS533、図28中のS544、および図29中のS554では、所定時間の経過を判断したが、それぞれの所定時間は任意に設定可能であり、処理毎に同じ時間であってもよいし、異なる時間であってもよい。また、セルフロック失陥検出処理(1)〜(5)において、該当する値が0か否かの判断を行う場合、ノイズ等の影響を考慮し、該当する値の絶対値が所定値以下である場合、0と判断するように構成してもよい。
本実施形態では、セルフロック失陥フラグがセットされている場合、ウォームギア32にてセルフロック失陥が生じているので、図20中のS301にて肯定判断し、S303へ移行する。
【0107】
従来のロック機構は、例えばロックピンをソレノイド等で駆動しているため、当該ソレノイドを監視することによりロック機構の異常を容易に検出することができる。一方、本実施形態のロック機構は、ウォームギア32におけるセルフロックであるため、ソレノイド等の監視によりロック機構の異常を検出することができないが、上記セルフロック失陥検出処理(1)〜(5)のうち、少なくとも1つの処理を実行することにより、ウォームギア32におけるセルフロック失陥を適切に検出することができる。
【0108】
以上詳述したように、操舵制御装置1では、入力軸10は、乗員により操舵されるハンドル8に連結可能である。出力軸20は、入力軸10と相対回転可能に設けられ、ハンドル8に加えられた操舵力を操舵輪7側へ伝達するトルク伝達経路をなす。VGRS部3は、入力軸10の回転を出力軸20側へ伝達する歯車機構30および歯車機構30のウォーム51を駆動するVGRSモータ52を有し、ハンドル8が操舵された角度であるハンドル角θhと出力軸20の回転角であるピニオン角θpとの比を可変にする。EPS部5は、EPSモータ82を有し、EPSモータ82を駆動することで生じるトルクにより乗員によるハンドル8の操舵を補助する。
【0109】
VGRS制御部56は、ハンドル角θhを取得し(図11中のS111)、ハンドル角θhとピニオン角θpの比である増速比zを決定する(S112)。また、VGRS制御部56は、ハンドル角θhおよび増速比zに基づき、VGRSモータ52の駆動を制御する(図10中のS140)。これにより、ハンドル角θhに対するピニオン角θpおよび操舵輪7の舵角が可変となる。また、EPS制御部86は、VGRS部3に異常が生じているか否かを判断し(図20中のS301)、異常が生じていると判断された場合(S301:YES)、ハンドル角θhに対する操舵輪7の舵角がVGRS部3に異常が生じていない場合と一致するように、ハンドル角θhおよび増速比zに基づいてEPSモータ82の駆動を制御する(S303)。すなわち、本実施形態では、VGRS部3に異常が生じた場合、ハンドル角θhおよび増速比zに基づいてEPSモータ82の駆動を制御することにより、EPS部5にてハンドル角θhに対する操舵輪7の舵角を可変にする操舵比可変制御を行う。これにより、VGRS部3の異常時に操舵輪7の舵角を適切に制御することができる。また、VGRS部3に異常が生じた場合であっても、異常が生じる前後で、ハンドル角θhに対する操舵輪7の舵角が変わらないので、ハンドル角θhに対する車両の動き(ヨーレート、車両の走行軌跡等)が変わらず、車両操作における違和感を低減することができる。なお、本実施形態ではVGRS部3の異常前後で制御方式を変更することでプログラムが増加し、高価なマイコンを必要とすることがないよう図14における車速と増速比との関係を変えていないが、運転者に異常であることを感じてもらうべくVGRS部3が異常前後で図14における車速と増速比との関係を変更しても良い。すなわち、VGRS部3の異常前後でハンドル角θhに対する操舵輪7の舵角が変わるようにしてもよい。例えば車速と増速比の関係を図14の形はそのままで増速比の大きさを一律70%とすることでEPSアクチュエータへの過度な負担を負わせることを抑制しつつ、速いハンドル操作をしても車の動きが緩慢になるため運転者が正常時と同じ運転をすることを防ぐことが出来る。以上異常時の実施形態についてはなんら限定されるものではなく、発明の趣旨を逸脱しない範囲において種々の形態で実施可能である。
【0110】
歯車機構30は、VGRSモータ52により回転駆動されるウォーム51、および、ウォーム51に噛み合うウォームホイール50を有し、ウォーム51の回転によりウォームホイール50は回転するが、ウォームホイール50の回転によりウォーム51は回転しないようにセルフロック可能なリード角θ1が設定されている。これにより、ハンドル角θhに対する操舵輪7の舵角を固定するためのロック機構を歯車機構30と別途に設ける必要がないので、装置全体を小型化することができる。
【0111】
ところで、ウォームギア32においてセルフロック失陥が生じた場合、出力軸20側へトルクが伝達されず、ハンドル8が空転する虞がある。そこで本実施形態では、歯車機構30においてセルフロック不能となるセルフロック失陥が生じている場合、VGRS部3に異常が生じていると判断する(図20中のS301:YES)。これにより、ウォームギア32においてセルフロック失陥が生じている場合には、ハンドル角θhおよび増速比zに基づいてEPSモータ82の駆動を制御するので、セルフロック失陥時においてもハンドル8の空転が抑制され、安全性が向上する。
【0112】
また、トルク伝達経路は、入力軸10および出力軸20を有するコラム軸2、およびコラム軸2の回転運動を直線運動に変換するラックアンドピニオン機構6からなる。VGRS部3およびEPS部5は、コラム軸2に設けられる。さらにまた、VGRS部3およびEPS部5は、一体にモジュール化されている。これにより、装置全体を小型化することができ、従来、搭載スペースの制約が大きく、VGRS装置の適用が困難であった小型車にも搭載することが可能になる。
【0113】
なお本実施形態では、VGRS制御部56が「操舵角取得手段」、「増速比決定手段」、および「駆動制御手段」を構成し、EPS制御部86が「異常判断手段」および「代替制御手段」を構成する。また、図11中のS111が「操舵角取得手段」の機能としての処理に相当し、S112が「増速比取得手段」の機能としての処理に相当し、図10中のS140が「駆動制御手段」の機能としての処理に相当する。さらにまた、図20中のS301が「異常判断手段」の機能としての処理に相当し、S303が「代替制御手段」の機能としての処理に相当する。なお、EPS制御部86が「操舵角取得手段」および「増速比決定手段」を構成してもよいし、VGRS制御部56が「異常判断手段」を構成してもよい。
【0114】
また、VGRS制御部56とEPS制御部86とを別々に設けず、1つの制御部によりVGRSインバータ57およびEPSインバータ87を制御するように構成してもよい。この場合、当該制御部が、図10〜図29に示す処理を実行し、VGRSインバータ57およびEPSインバータ87を制御することにより、VGRSモータ52およびEPSモータ82の駆動を制御する。またこの場合、当該制御部が、「操舵角取得手段」、「増速比決定手段」、「駆動制御手段」、「異常判断手段」、「代替制御手段」を構成する。
【0115】
(他の実施形態)
上記実施形態では、VGRS部およびEPS部は、一体にモジュール化されてコラム軸に設けられていた。他の実施形態では、VGRS部とEPS部とは、一体にモジュール化されていなくてもよい。また、VGRS部をコラム軸に設け、EPS部をラック軸(ステアリングラックバー)に設ける、といった具合に、別々の場所に設けてもよい。なお、EPS部をラック軸に設ける場合、VGRS部異常時には、ハンドル角θhに対する操舵輪7の舵角が、VGRS部に異常がない場合におけるハンドル角θhに対する操舵輪7の舵角と一致するように、ハンドル角θhおよび増速比zに基づいてラック軸の移動量を算出し、算出された移動量となるようにEPSモータの駆動を制御する。
【0116】
また、上記実施形態では、ウォームギアにおいてセルフロック可能なリード角が設定されていた。他の実施形態では、ウォームギアがセルフロック機能を持たず、歯車機構と別途に、例えばロックピンと係止部材とからなるロック機構を有してもよい。また、VGRSモータ52のトルクにより操舵比を固定するように構成してもよい。また、ロック機構を有する場合、例えばロックピンの破損等によりロック機構に異常が生じた場合、VGRS部に異常が生じている、と判断してもよい。
さらにまた、VGRS部に異常が生じている場合であっても、VGRS部により操舵比可変処理を継続可能である場合には、VGRS部により操舵比可変処理を継続してもよい。この場合、異常判断手段は、VGRS部により操舵比可変処理を継続できない場合、操舵比可変部に異常が生じている、と判断するようにしてもよい。
【0117】
上記実施形態の操舵制御装置では、ラックアンドピニオン機構は、左右の操舵輪の回転中心を結ぶ直線よりも車両後方側に設けられていた。ここで、他の実施形態における操舵制御装置を図30に示す。なお、上記実施形態と実質的に同一の構成には同一の符号を付して説明を省略する。
図30に示す操舵システム200のように、ラックアンドピニオン機構6は、左右の操舵輪7の回転中心を結ぶ直線Lよりも車両前方側に設けてもよい。図30に示す例において、左右の操舵輪7の回転中心を結ぶ直線Lとステアリングピニオン60との間の距離Aは、左右の操舵輪7の回転中心を結ぶ直線Lとステアリングラックバー61との距離Bよりも長くなっている。
【0118】
図30に示す例においても、入力軸10と出力軸20との間に設けられるディファレンシャルギアの作用により出力軸20は入力軸10の回転方向と反対方向に回転するので、ハンドル8が左方向に操舵されると、ユニバーサルジョイント9側から見てステアリングピニオン60が右回りに回転し、ステアリングラックバー61は左方向に移動し、車両が左方向へ進行するように操舵輪7の舵角が変更される。
また、ハンドル8が右方向に操舵されると、ユニバーサルジョイント9側から見てステアリングピニオン60が左回りに回転し、ステアリングラックバー61は右方向に移動し、車両が右方向に進行するように操舵輪7の舵角が変更される。
【0119】
このように、上記実施形態と同様、左右の操舵輪7の回転中心を結ぶ直線Lとステアリングピニオン60との間の距離Aを左右の操舵輪7の回転中心を結ぶ直線Lとステアリングラックバー61との距離Bよりも長くする、すなわちA>Bとすることにより、出力軸20、シャフト24、およびステアリングピニオン60の回転方向とは反対方向に操舵輪7が操舵され、ハンドル8の回転方向と操舵輪7の舵角の向きを整合させている。
【0120】
上記実施形態では、ウォームホイールの歯筋は回転軸に対して傾斜して形成されていた。他の実施形態では、ウォームホイールの歯筋を回転軸に対して傾斜しなくてもよい。ここで、他の実施形態によるウォームギアを図31〜図34に示す。なお、図31は、ウォームギア232を示す図であって、図4と対応する図である。また、図32は図31のR方向矢視図であり、図33は図31のS方向矢視図であり、図34は図31のT−T線断面図である。
この例では、ウォームギア232のウォームホイール250とウォーム251とは、ウォームホイール250の回転軸P3に垂直な平面Q3と、ウォーム251の回転軸P4とのなす角がθ2となるように傾斜して配置される。この傾斜角θ2は、ウォーム251のリード角θ3と実質的に同一の角度である。このリード角θ3をセルフロック可能な角度に設定することにより、上記実施形態と同様の効果を奏する。
【0121】
また、この例では、ウォームホイール250の歯筋は、ウォームホイール250の回転軸P3と平行に形成されている。したがって、ウォームホイール250の歯とウォーム251の歯との接触面は、ウォームホイール250の回転軸P3と平行になる。これにより、ウォーム251からウォームホイール250へ動力が伝達されるとき、ウォームホイール250にスラスト方向の荷重が発生するのを抑制でき、ウォーム251とウォームホイール250との噛み合い位置を確実に維持することができる。
【0122】
なお、この例においてウォームホイール250を樹脂により形成する場合、筒状に形成される抜き型の径方向内側に切削用の刃を設け、この抜き型を回転軸P3方向に移動することにより、ウォームホイール250を容易に形成可能である。したがって、ウォームホイール250の歯を個別に形成する歯切り加工が不要となり、製造コストを低減することができる。
以上、本発明は、上記実施形態になんら限定されるものではなく、発明の趣旨を逸脱しない範囲において種々の形態で実施可能である。
【符号の説明】
【0123】
1・・・操舵制御装置
2・・・コラム軸
3・・・操舵比可変部
5・・・電動パワーステアリング部
6・・・ラックアンドピニオン機構
7・・・操舵輪
8・・・ハンドル(操舵部材)
10・・・入力軸
11・・・入力ギア
20・・・出力軸
23・・・出力ギア
30・・・歯車機構
31・・・ディファレンシャルギア
32・・・ウォームギア
41・・・ピニオンギア
50・・・ウォームホイール
51・・・ウォーム
52・・・VGRSモータ(第1のモータ)
55・・・VGRS ECU
56・・・VGRS制御部(操舵角取得手段、増速比決定手段、駆動制御手段)
82・・・EPSモータ(第2のモータ)
85・・・EPS ECU
86・・・EPS制御部(異常判断手段、代替制御手段)
100・・・操舵システム
200・・・操舵システム
232・・・ウォームギア
250・・・ウォームホイール
251・・・ウォーム

【特許請求の範囲】
【請求項1】
乗員により操舵される操舵部材に連結可能な入力軸と、
前記入力軸と相対回転可能に設けられ、前記操舵部材に加えられた操舵力を操舵輪側へ伝達するトルク伝達経路をなす出力軸と、
前記入力軸の回転を前記出力軸へ伝達する歯車機構および前記歯車機構を駆動する第1のモータを有し、前記操舵部材が操舵された角度である操舵角と前記出力軸の回転角との比を可変にする操舵比可変部と、
第2のモータを有し、前記第2のモータを駆動することで生じるトルクにより乗員による前記操舵部材の操舵を補助するパワーステアリング部と、
前記操舵角を取得する操舵角取得手段と、
前記操舵角と前記出力軸の回転角との比である増速比を決定する増速比決定手段と、
前記操舵角取得手段により取得された前記操舵角、および、前記増速比決定手段により決定された前記増速比に基づき、前記第1のモータの駆動を制御する駆動制御手段と、
前記操舵比可変部に異常が生じているか否かを判断する異常判断手段と、
前記異常判断手段により前記操舵比可変部に異常が生じていると判断された場合、前記操舵角および前記増速比に基づいて前記第2のモータの駆動を制御する代替制御手段と、
を備えることを特徴とする操舵制御装置。
【請求項2】
前記歯車機構は、前記第1のモータにより駆動されるウォーム、および前記ウォームに噛み合うウォームホイールを有し、前記ウォームの回転により前記ウォームホイールは回転するが、前記ウォームホイールの回転により前記ウォームは回転しないようにセルフロック可能なリード角が設定されることを特徴とする請求項1に記載の操舵制御装置。
【請求項3】
前記異常判断手段は、前記歯車機構においてセルフロック不能となるセルフロック失陥が生じている場合、前記操舵比可変部に異常が生じていると判断することを特徴とする請求項2に記載の操舵制御装置。
【請求項4】
前記トルク伝達経路は、前記入力軸および前記出力軸を有するコラム軸、および前記コラム軸の回転運動を直線運動に変換するラックアンドピニオン機構からなり、
前記操舵比可変部および前記パワーステアリング部は、前記コラム軸に設けられることを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載の操舵制御装置。
【請求項5】
前記操舵比可変部および前記パワーステアリング部は、一体にモジュール化されていることを特徴とする請求項4に記載の操舵制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【図23】
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【図24】
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【図25】
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【図26】
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【図27】
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【図28】
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【図29】
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【図30】
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【図31】
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【図32】
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【図33】
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【図34】
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【公開番号】特開2012−40948(P2012−40948A)
【公開日】平成24年3月1日(2012.3.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−183952(P2010−183952)
【出願日】平成22年8月19日(2010.8.19)
【出願人】(000004260)株式会社デンソー (27,639)
【出願人】(000004695)株式会社日本自動車部品総合研究所 (1,981)
【Fターム(参考)】