説明

斜板式コンプレッサのスラストころ軸受

【課題】 斜板式コンプレッサのスラストころ軸受において、保持器の内径をそのままにしてころのPCD長さを長くしたときに、ころが保持器から脱落しないようにすることである。
【解決手段】 斜板式コンプレッサ100に使用されるスラストころ軸受200において、保持器9の内径側周壁部11を、ころ保持部15との接合部14を基点として円錐台形状になるように押し広げる。これにより、ころ8と内径側周壁部11との隙間eが小さくなり、保持器9の内径Dをそのままにしてころ8のPCD長さP1を長くしたときであっても、ころ8が、ころ保持部15のポケット18から脱落しにくくなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、主に車両のエアコンに使用される斜板式コンプレッサのスラストころ軸受に関するものである。
【背景技術】
【0002】
図1に示されるように、斜板式コンプレッサ100は、回転軸1の回転に伴い回転軸1と一体に回転する斜板2の回転運動により、シリンダ室3内のピストン4を、回転軸1の軸線方向(アキシャル方向)に往復運動させることで、冷媒の吸入及び圧縮を行なうものである。シリンダ室3は、ハウジング5(シリンダブロック)内に設けられていて、周方向(斜板101の回転方向)に等角度で複数形成されている。各シリンダ室3内には、それぞれ両頭形のピストン4が回転軸1の軸線方向に摺動自在に収容されている。また、斜板2のラジアル方向の両端面とピストン4との間には、それぞれ連結部材(シュー6)が介装されている。斜板2は、このシュー6により回転軸1との一体回転が許容されつつ、その一体回転に伴い、各シリンダ室3内における斜板2の摺動方向の両端面位置が回転軸1の軸線方向に変化することにより、対応するピストン4がシリンダ室3内で回転軸1の軸線方向に往復運動する。つまり、斜板2の回転運動がピストン4の往復運動に変換される構成となっている。
【0003】
ここで、回転軸1が回転する際に冷媒の圧縮動作に伴うアキシャル荷重が発生し、このアキシャル荷重がピストン4を介して回転軸1と斜板2に作用する。このアキシャル荷重を支持するため、ハウジング4に2つのスラストころ軸受200が取り付けられている。また、ハウジング104には、回転軸1に作用するラジアル荷重を支持するため、ラジアルころ軸受7が取り付けられている。この種の斜板式コンプレッサ100として、多数の出願がなされている(例えば、特許文献1を参照)。
【0004】
図6の(a)に示されるように、斜板式コンプレッサ100では、スラストころ軸受200のころ8のPCD長さP(ころ8の中心の直径)をできるだけ大きくすることにより、ピストン4の圧縮運動に伴う振動の発生を抑え込むことができる。このため、図6の(b)に示されるように、スラストころ軸受200において、保持器9の内径Dを変えずに、ころ8のPCD長さP1のみを大きくすることが望ましい(P1>P)。すると、ころ8と保持器9の内径側周壁部11’との隙間e”が大きくなってしまい、図7の(a)に示されるように、何らかの原因でころ8が保持器9から脱落してしまうおそれがある。なお、図7の(b)に示されるように、ころ8の長さLを長くすることにより、ころ8と保持器9の内径側周壁部11’との隙間e’をそのままにすることができるが、このときのPCD長さP2は、PCD長さP1よりも小さくなってしまう(P1>P2)。また、ころ8を長くすることにより、ころ8の内径側と外径側とのすべりの差が大きくなってしまう。なお、図6及び図7では、水平配置した状態の保持器9を図示してある。
【0005】
上記した隙間e”を埋めるために、保持器9の内径側周壁部11を二重に折り曲げることが考えられるが、プレス成形上、困難である。また、その隙間e”が、例えば保持器9の板厚の2倍程度(又はそれ以下)であった場合には、内径側周壁部11’を二重に折り曲げたとき、ころ8が保持器9に入らない、或いはころ8と保持器9とが干渉してしまうという問題もある。
【特許文献1】特開2005−351101号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は上記した事情に鑑み、スラストころ軸受において、保持器の内径をそのままにしてころのPCD長さを長くしたときに、ころが保持器から脱落しないようにすることを課題としている。
【課題を解決するための手段及び発明の効果】
【0007】
上記課題を達成するための本発明は、
回転軸の回転により斜板を回転させ、その揺動動作によってピストンをアキシャル方向へ往復運動させる斜板式コンプレッサのスラストころ軸受であって、
対向配置される一対の軌道盤の間に介装された保持器に、周方向に等角度をおいて多数本のころが配置され、
前記保持器は、円筒状の内径側周壁部と、前記内径側周壁部のアキシャル方向の一端部からラジアル方向の外側に向かって延設され、アキシャル方向及びラジアル方向に複数回に亘って屈曲されるとともに、前記ころを収容して保持するポケットが形成されるポケット形成部と、前記ポケット形成部の先端部からアキシャル方向に沿って屈曲される外径側周壁部とを備え、
前記内径側周壁部が、前記ころ保持部との接合部を基点としてラジアル方向の外側に向かって押し広げられていることを特徴としている。
【0008】
本発明に係る斜板式コンプレッサのスラストころ軸受は、上記したように構成されていて、保持器の内径側周壁部がころ保持部との接合部を基点としてラジアル方向の外側に向かって押し広げられている。これにより、ころと内径側周壁部との隙間が小さくなり、例えばころのPCD長さを大きくするためにころ保持部をラジアル方向の外側に伸ばした場合であっても、ころがころ保持部のポケットから脱落しにくくなる。押し広げられた内径側周壁部の形状は、ころと内径側周壁部との隙間を小さくするものであれば、どのようなものであってもよい。
【0009】
押し広げられた状態における内径側周壁部は円錐台形状をなし、その内周面には、前記内径側周壁部の一端部と前記ころ保持部との端部が接合して湾曲形状に形成された湾曲部と、前記湾曲部における前記ころ保持部から遠い側の端部と接続し、アキシャル方向に対して斜めに形成された直線部とが設けられている。
【0010】
これにより、内径側周壁部が「自然曲げ」の状態で押し広げられるため、曲げ加工が容易である。また、スラストころ軸受が起立状態で配置されたとき、保持器の内径側周壁部の内周面と回転軸の外周面とが点接触され、従来の線接触される場合と比較して当該接触部分の発熱が抑えられる。
【0011】
そして、前記保持器のころ保持部のアキシャル方向の端面部が、前記一対の軌道盤のいずれかに接触して保持されるようにしてもよい。
【0012】
保持器の端面部を、いずれかの軌道盤に接触させることにより(レースガイド)、ころと保持器とが干渉しにくくなり、ころの転がり抵抗が低減される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明の実施例について説明する。図1は本発明の実施例の斜板式コンプレッサ100の断面図、図2はスラストころ軸受200の正面図、図3は同じく要部の拡大断面図である。
【実施例1】
【0014】
本発明の実施例の構成について説明する。ここで、斜板式コンプレッサ100の全体構成は従来のものと同一であるため説明を省略し、本実施例のスラストころ軸受200についてのみ説明する。本実施例のスラストころ軸受200は、対向配置される一対の軌道盤12,13と、それらの間に介装される保持器9と、保持器9の周方向に等角度をおいて回転(自転)自在に保持される多数本のころ8とを備えている。
【0015】
保持器9について説明する。この保持器9は、金属の薄板をプレス加工することにより成形される。図3に示されるように、本実施例の保持器9は、最初に円筒状に成形され、その後の工程で円錐形状に斜めに加工される内径側周壁部11と、内径側周壁部11のアキシャル方向の一端部(接合部14)からラジアル方向の外側に向かって延設され、アキシャル方向及びラジアル方向に複数回(本実施例の場合、4回)に亘って屈曲されたころ保持部15と、ころ保持部15の先端部からアキシャル方向に沿って屈曲される外径側周壁部16とを備えている。ころ保持部15の基端部17には、ころ8を収容して保持するためのポケット18が形成されている。また、ころ保持部15におけるラジアル方向のほぼ中央部には、内径側周壁部11の他端部側に屈曲され、ポケット18に収容されたころ8が周方向に移動することを防止する抜止め部19が形成されている。ころ保持部15において、基端部17から抜止め部19までの厚みt1は、内径側周壁部11の厚みt2及び外径側周壁部16の厚みt3よりも大きい(t1>t2,t1>t3)。当然のことながら、ころ保持部15の厚みt1は、一対の軌道盤12,13の間の内幅Wよりも小さい(W>t1)。以下、円筒形状の内径側周壁部の符号を「11’」とし、円錐台形状の内径側周壁部の符号を「11」とする。
【0016】
本実施例の保持器9は、斜板式コンプレッサ100の作動中、ころ保持部15の基端部17又は抜止め部19のいずれかが、一対の軌道盤12,13の内面に摺接するレースガイドとなっている。これにより、ころ8と保持器9とが干渉しにくくなり、ころ8の転がり抵抗が低減される。
【0017】
何らかの原因で、ころ8がころ保持部15のポケット18から脱落してしまうことがある。特に、ころ8のPCD長さPを長くするために、内径側周壁部11の位置をそのままにして、ころ保持部15と外径側周壁部16とをラジアル方向の外側に伸ばす場合、ころ8と保持器9の内径側周壁部11’との隙間e”(図6の(b)を参照)が大きくなり、ころ8がポケット18から脱落し易くなってしまう。この不具合を防止するため、本実施例のスラストころ軸受200の保持器9では、内径側周壁部11を、内径側周壁部11ところ保持部15の基端部17との接合部14を基点としてラジアル方向の外側に、円錐台形状に押し広げられている。これにより、ころ8と内径側周壁部11との隙間eが小さくなり、ころ8が脱落しにくくなる。
【0018】
この内径側周壁部11は、円筒状に形成された内径側周壁部11’を円錐台形状に押し広げるための加工(プレス加工)をすることによって形成される。即ち、図4の(a)に示されるように、成形台21に設置された保持器9を押えリング22で押圧して保持する。この状態で、保持器9の上方からパンチ23を下降させる。パンチ23は円錐台形状となっていて、その先端部の外径d1は保持器9の内径Dよりも少し小さく、その最大外径d2は保持器9の内径Dよりも少し大きい。図4の(b)に示されるように、保持器9の内径側周壁部11は、パンチ23によりラジアル方向の外側に向かって徐々に押し広げられ、円錐台形状となる。そして、内径側周壁部11の自由端部側の外周縁が押え板リング22に当接される。押えリング22とパンチ23が後退すると、アキシャル方向に傾斜する内径側周壁部11が形成される。これにより、ころ8と内径側周壁部11との隙間eが小さくなる。内径側周壁部11の内周面には、湾曲形状の一端部14に接続する直線部24が形成される。この直線部24は、内径側周壁部11を「自然曲げ」することによって形成されるため、その加工が容易である。
【0019】
本実施例のスラストころ軸受200が斜板式コンプレッサ100に使用され、かつこの斜板式コンプレッサ100が水平配置される場合、スラストころ軸受200は起立状態で配置される。このとき、保持器9は自重により、その内径側周壁部11の内周面が回転軸1の外周面に当接する。従来の保持器9の内径側周壁部11’はストレート形状であるため、その内周面の全体が回転軸1の外周面に線接触状態で当接し、摩擦による発熱が大きかった。しかし、本実施例のスラストころ軸受200の場合、内径側周壁部11が斜めに設けられているため、その内周面の殆どの部分で回転軸1の外周面と非接触となり、ころ保持部15との接合部14において点接触するのみである。これにより、回転軸1と保持器9との接触による発熱が抑止される。
【0020】
図5の(a),(b)に示されるように、下端部に、ストレート部25と円錐台形状部26とが連続して段付き形状に形成されたパンチ27により、内径側周壁部28(28’)を形成してもよい。
【0021】
本明細書では、スラストころ軸受200が斜板式コンプレッサ100に使用されている場合について説明した。このスラストころ軸受200は、斜板式コンプレッサ100の他に、車両(自動車)のオートマチックトランスミッションにも使用される。即ち、本実施例のスラストころ軸受200は、特定の用途に限定されるものではない。
【0022】
本明細書の実施例では、保持器9の内径Dをそのままにして、ころ8のPCD長さPを長くしたときに、内径側周壁部11をラジアル方向の外側に押し広げることによって、ころ8と内径側周壁部11との隙間eを小さくしている。逆に、ころ8のPCD長さPを短くしたときには、外径側周壁部16をラジアル方向の内側にすぼめることによって、ころ8と外径側周壁部16との隙間eを小さくすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】本発明の実施例の斜板式コンプレッサ100の断面図である。
【図2】スラストころ軸受200の正面図である。
【図3】同じく要部の拡大断面図である。
【図4】(a),(b)は、保持器9をプレス加工する状態の作用説明図である。
【図5】(a),(b)は、保持器9を別の形状でプレス加工する状態の作用説明図である。
【図6】(a)は従来の保持器9の要部の拡大図、(b)はころ8のPCD長さP1を大きくしたときの要部の拡大図である。
【図7】(a)はころ8が脱落した状態の拡大図、(b)はころ8の長さLを大きくしたときの要部の拡大図である。
【符号の説明】
【0024】
100 斜板式コンプレッサ
200 スラストころ軸受
1 回転軸
2 斜板
5 ピストン
8 ころ
9 保持器
11,28 内径側周壁部
12,13 軌道盤
14 接合部(湾曲部)
15 ころ保持部
16 外径側周壁部
17 基端部(ころ保持部の端面部)
18 ポケット
19 抜止め部(ころ保持部の端面部)
24 直線部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
回転軸の回転により斜板を回転させ、その揺動動作によってピストンをアキシャル方向へ往復運動させる斜板式コンプレッサのスラストころ軸受であって、
対向配置される一対の軌道盤の間に介装された保持器に、周方向に等角度をおいて多数本のころが配置され、
前記保持器は、円筒状の内径側周壁部と、前記内径側周壁部のアキシャル方向の一端部からラジアル方向の外側に向かって延設され、アキシャル方向及びラジアル方向に複数回に亘って屈曲されるとともに、前記ころを収容して保持するポケットが形成されるポケット形成部と、前記ポケット形成部の先端部からアキシャル方向に沿って屈曲される外径側周壁部とを備え、
前記内径側周壁部が、前記ころ保持部との接合部を基点としてラジアル方向の外側に向かって押し広げられていることを特徴とする斜板式コンプレッサのスラストころ軸受。
【請求項2】
押し広げられた状態における内径側周壁部は円錐台形状をなし、その内周面には、前記内径側周壁部の一端部と前記ころ保持部との端部が接合して湾曲形状に形成された湾曲部と、前記湾曲部における前記ころ保持部から遠い側の端部と接続し、アキシャル方向に対して斜めに形成された直線部とが設けられていることを特徴とする請求項1に記載の斜板式コンプレッサのスラストころ軸受。
【請求項3】
前記保持器のころ保持部のアキシャル方向の端面部が、前記一対の軌道盤のいずれかに接触して保持されることを特徴とする請求項1又は2に記載の斜板式コンプレッサのスラストころ軸受。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2009−191981(P2009−191981A)
【公開日】平成21年8月27日(2009.8.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−34186(P2008−34186)
【出願日】平成20年2月15日(2008.2.15)
【出願人】(000001247)株式会社ジェイテクト (7,053)
【Fターム(参考)】