説明

新規化合物セラミダスチン、その製造方法及びその用途

【課題】中性セラミダーゼ、及びアルカリ性セラミダーゼの少なくともいずれかに対して阻害活性を有する化合物、及びその製造方法、並びに、前記化合物の生産菌である新規微生物、及び前記化合物を利用したセラミダーゼ阻害剤、又は、医薬組成物の提供。
【解決手段】該阻害活性を有する化合物がセラミダスチンであり、ペニシリウム(Penicillium)属に属し、前記化合物を生産する能力を有する微生物を培養する培養工程と、前記培養工程で得られた培養物から前記化合物を採取する採取工程とを含むことを特徴とする前記化合物の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、中性セラミダーゼ、及びアルカリ性セラミダーゼの少なくともいずれかに対して、阻害活性を有する新規化合物、その製造方法、及び、その用途、並びに、前記新規化合物の生産菌である新規微生物に関する。
【背景技術】
【0002】
アトピー性皮膚炎は、痒みが強く悪化と改善を繰り返す難治性の慢性湿疹であり、アレルギー体質の上に環境など様々な刺激が加わって生じると考えられている。
皮膚は生体内の水分の蒸散や細菌感染を防ぐためのバリア機能を有しているが、アトピー性皮膚炎においてはこのバリア機能が低下し、極度の乾燥によるアレルゲンの侵入や細菌感染などが起こることで、症状の更なる悪化が繰り返される。この増悪化の原因の1つが、緑膿菌が産生する中性/アルカリ性セラミダーゼであることが知られている(例えば、非特許文献1〜2参照)。すなわち、アトピー性皮膚炎患者の皮膚には高頻度で緑膿菌が感染しており、この緑膿菌が産生する中性/アルカリ性セラミダーゼによって皮膚のセラミドが分解、減少することで、皮膚のバリア機能が低下し、アトピー性皮膚炎が増悪化すると考えられる。
【0003】
それゆえ、緑膿菌の産生するセラミダーゼを阻害する物質はセラミドの低下を防ぎ、アトピー性皮膚炎の増悪化を阻止する事が期待される。しかしながら、アトピー性皮膚炎の治療法としては、皮膚を清潔に保ち、ステロイド剤や保湿剤などが塗布されているが、決定的な治療法は見出されていないのが現状であり、中性/アルカリ性セラミダーゼに対して、優れた阻害活性を有する新たな化合物の開発や、より有効かつ安全な新規アトピー性皮膚炎治療薬の開発が望まれている。
【0004】
【非特許文献1】Okino et al J. Biol. Chem. 273, 14368−14373, 1998
【非特許文献2】Okino et al J. Biol. Chem. 274, 36616−36622, 1999
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、前記従来における諸問題を解決し、以下の目的を達成することを課題とする。即ち、本発明は、中性セラミダーゼ、及びアルカリ性セラミダーゼの少なくともいずれかに対して、優れた阻害活性を有する新規化合物、及びその製造方法、並びに、前記新規化合物の生産菌である新規微生物、及び前記新規化合物を利用したセラミダーゼ阻害剤、又は、医薬組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
前記課題を解決するため、本発明者らは鋭意検討した結果、新規な微生物として、ペニシリウム(Penicillium)属に属する菌株を分離することに成功し、この菌株が、新規な構造骨格を有するセラミダーゼ阻害物質を産生していることを見出した。本発明者らは、前記セラミダーゼ阻害物質の化学構造を分析することで、これが新規化合物であることを確認し、本発明の完成に至った。なお、本発明者らは、この新規化合物を「セラミダスチン」と命名した。
【0007】
本発明は、本発明者らによる前記知見に基づくものであり、前記課題を解決するための手段としては、以下の通りである。即ち、
<1> 下記構造式(1)で表されることを特徴とする化合物である。
【化2】

<2> 前記<1>に記載の化合物の製造方法であって、
ペニシリウム(Penicillium)属に属し、前記<1>に記載の化合物を生産する能力を有する微生物を培養する培養工程と、
前記培養工程で得られた培養物から前記<1>に記載の化合物を採取する採取工程と
を含むことを特徴とする化合物の製造方法である。
<3> ペニシリウム(Penicillium)属に属し、前記<1>に記載の化合物を生産する能力を有する微生物が、受託番号NITE P−580のペニシリウム エスピー(Penicillium sp.)Mer−f17067株である前記<2>に記載の化合物の製造方法である。
<4> ペニシリウム(Penicillium)属に属し、前記<1>に記載の化合物を生産する能力を有することを特徴とする微生物である。
<5> 受託番号NITE P−580のペニシリウム エスピー(Penicillium sp.)Mer−f17067株である前記<4>に記載の微生物である。
<6> 前記<1>に記載の化合物を含むことを特徴とする中性セラミダーゼ、及びアルカリ性セラミダーゼの少なくともいずれかのセラミダーゼ阻害剤である。
<7> 前記<1>に記載の化合物を含むことを特徴とする医薬組成物である。
<8> アトピー性皮膚炎治療薬である前記<7>に記載の医薬組成物である。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、前記従来における諸問題を解決し、前記目的を達成することができ、中性セラミダーゼ、及びアルカリ性セラミダーゼの少なくともいずれかに対して、優れた阻害活性を有する新規化合物、及びその製造方法、並びに、前記新規化合物の生産菌である新規微生物、及び前記新規化合物を利用したセラミダーゼ阻害剤、又は、医薬組成物を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
(化合物)
本発明の化合物は、下記構造式(1)で表されることを特徴とする。下記構造式(1)で表される化合物は、本発明者らが分離した新規化合物である(以下、「セラミダスチン」と称することがある)。
【化3】

【0010】
−理化学的性状−
前記構造式(1)で表される化合物の理化学的性状としては、次の通りである。
(1) 色、及び性状 : 白色粉末
(2) 分子式 : C263411
(3) マススペクトル(HRESI−MS)(m/z) :
(ネガティブ・モード) :実験値521.20112 (M−H)
:計算値521.20229 (M−H)
(ポジティブ・モード) :実験値545.20465 (M+Na)
:計算値545.19988 (M+Na)
(4)融点 : 121℃〜124℃
(5)紫外線吸収スペクトル :
λmax nm
[HO]:End
[0.01N HCl]:275(sh)
紫外線吸収スペクトルは、日立228A分光計を用いて測定した。図1に、紫外線吸収スペクトルのチャートを示す。
(6)比旋光度 : [α]24 = +29.0°(c=0.57,HO)
(7)H−NMRスペクトル(400MHz, DMSO−d) :
δ(ppm) : 0.85(3H,t,J=7.0Hz), 1.20, 1.20, 1.20, 1.23, 1.35, 1.85, 2.05, 2.25, 2.35, 2.45, 2.62, 2.80, 3.10(1H,m), 3.20, 3.50(1H,ddd,J=10.4,7.2,4.0Hz), 3.90, 3.90(2H,d,J=5.0Hz), 4.12, 4.84, 4.90, 5.28(1H,d,J=10.5Hz), 5.55(1H,dt,J=15.3,5.0Hz), 5.65(1H,dt,J=15.3,7.0Hz), 5.95。
H−NMRスペクトルは、日本電子JNM A400を用いて測定した。図2に、H−NMRスペクトルのチャートを示す。
(8)13C−NMRスペクトル(100MHz,DMSO−d) :
δ(ppm) : 13.5, 22.0, 24.1, 25.7, 28.0, 31.0, 31.8, 35.5, 35.8, 36.0, 47.0, 61.7, 63.0, 68.8, 71.5, 78.0, 126.5, 132.5, 138.4, 142.5, 143.8, 148.0, 163.0, 165.8, 166.4, 167.0。
13C−NMRスペクトルは、日本電子JNM A400を用いて測定した。図3に、13C−NMRスペクトルのチャートを示す。
【0011】
化合物が、前記構造式(1)で表される構造を有するか否かは、適宜選択した各種の分析方法により確認することができ、例えば、前記マススペクトル、前記紫外線吸収スペクトル、前記H−NMRスペクトル、前記13C−NMRスペクトル、等の分析を行うことにより、確認することができる。
【0012】
前記セラミダスチンは、前記セラミダスチンの生産菌から得られたものであってもよいし、化学合成により得られたものであってもよい。中でも、前記セラミダスチンは、後述する本発明の、化合物の製造方法により、得られることが好ましい。
【0013】
前記セラミダスチンは、後述する試験例1に示されるように、中性/アルカリ性セラミダーゼに対して優れた阻害活性を有するものである。そのため、前記セラミダスチンは、例えば、後述する本発明のセラミダーゼ阻害剤や、医薬組成物の有効成分として、好適に利用可能である。
【0014】
(化合物の製造方法)
本発明の化合物、即ちセラミダスチンの製造方法は、培養工程と、採取工程とを少なくとも含み、必要に応じてさらにその他の工程を含む。
【0015】
−培養工程−
前記培養工程は、ペニシリウム(Penicillium)属に属し、セラミダスチンを生産する能力を有する微生物を培養する工程である。
【0016】
前記微生物としては、ペニシリウム(Penicillium)属に属し、セラミダスチンを生産する能力を有する限り、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、本発明者らの分離したペニシリウム エスピー(Penicillium sp.)Mer−f17067株(NITE P−580、詳細は後述する本発明の微生物の項目に記す)が挙げられる。また、セラミダスチンを生産できるその他の菌株についても、常法によって、自然界より分離することが可能である。なお、前記ペニシリウム エスピー(Penicillium sp.)Mer−f17067株を含め、セラミダスチンの生産菌を、放射線照射やその他の変異処理に供することにより、セラミダスチンの生産能を高めることも可能である。さらに、遺伝子工学的手法によるセラミダスチンの生産も可能である。
【0017】
前記培養は、セラミダスチンを生産する生産菌(以下、単に「セラミダスチン生産菌」と称することがある)を栄養培地中に接種し、セラミダスチンの生産に良好な温度で培養することによって行われる。
前記栄養培地としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、従来カビの培養に利用されている公知のものを使用することができる。
前記栄養培地に添加する栄養源としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、炭素源として、グルコース、シュクロース、水飴、デキストリン、澱粉、グリセロール、糖蜜、動植物油などが使用でき、窒素源として、大豆粉、小麦胚芽、コーン・スティープ・リカー、綿実粕、肉エキス、ペプトン、酵母エキス、硫酸アンモニウム、硝酸ナトリウム、尿素などが使用できる。また、必要に応じて、ナトリウム、カリウム、カルシウム、マグネシウム、コバルト、塩素、燐酸、硫酸、及びその他のイオンを生成することができる無機塩類を添加することができる。さらに、セラミダスチン生産菌の発育を助け、セラミダスチンの生産を促進するような有機物、及び無機物を適宜添加することができる。これらの材料は、セラミダスチン生産菌が利用し、セラミダスチンの生産に役立つものであればよく、公知のカビの培養材料はすべて用いることができる。
【0018】
前記培養の方法としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、振とう培養、静置培養、タンク培養などが挙げられる。中でも、好気的条件の培養方法が好ましく、振とう培養法が特に好ましい。
前記培養の温度としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、25℃〜30℃が好ましく、25℃がより好ましい。
前記培養の期間としては、特に制限はなく、セラミダスチンの蓄積に合わせて適宜選択することができる。通常、培養2日間〜10日間でセラミダスチンの蓄積が最高となる。
【0019】
−採取工程−
前記採取工程は、前記培養工程で得られた培養物からセラミダスチンを採取する工程である。
前記セラミダスチンは、上述した理化学的性状を有するので、その性状に従って培養物から採取することができる。
【0020】
前記採取の方法としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。例えば、有機溶媒を用いて培養物からセラミダスチンを抽出した後、吸着剤を用いた吸脱着法、ゲル濾過剤を用いた分子分配法などを用いて、前記セラミダスチンを精製し、採取することができる。また、例えば、有機成分を含む培養物を酢酸エチルにより抽出し、前記抽出液を減圧濃縮した後、少量のアセトニトリルなどの有機溶剤に溶解し、アセトニトリル/水などの溶媒系で高速液体クロマトグラフィーを行うことにより、セラミダスチンを単離し、採取することができる。
【0021】
以上のようにして前記製造方法を行うことができ、これにより、セラミダスチンを得ることができる。
【0022】
(微生物)
本発明の微生物は、ペニシリウム(Penicillium)属に属し、上述した本発明の化合物、即ちセラミダスチンを生産する能力を有することを特徴とする。前記微生物は、ペニシリウム属に属し、セラミダスチンを生産する能力を有し、そのために、上述した本発明の化合物の製造方法において、セラミダスチン生産菌として使用され得る微生物であれば、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。
【0023】
このような微生物の中でも、特に、ペニシリウム エスピー(Penicillium sp.)Mer−f17067株を使用することが好ましい。前記ペニシリウム エスピー(Penicillium sp.)Mer−f17067株の菌学的性状は、以下の通りである。
【0024】
1.各種培地における性状
(1)ポテトデキストロースアガロース(PDA)プレート、(2)モルトアガー(MA)プレート、及び(3)オートミールアガー(OA)プレートにおけるコロニーの肉眼的観察、及び光学顕微鏡観察の結果は、以下の通りである。なお、色調に関する記述は、Methuen Handbook of colour(Kornerup and Wanscher, 1978)に従った。
(1)PDAプレート
25℃での生育:普通からやや遅く、培養1週間で直径3.0cm〜3.7cmの生育をした。
色調:Greyish blue(23C−4)からOrange(5A6−7)。
表面性状:羊毛状からビロード状。
可溶性色素の産生:認められない。
(2)MAプレート
25℃での生育:普通からやや遅く、培養1週間で直径3.0cm〜3.7cmの生育をした。
色調:Olive(1F−8)からPale orange(5A−3)。
表面性状:ビロード状。
可溶性色素の産生:認められない。
(3)OAプレート
25℃での生育:普通からやや遅く、培養1週間で直径3.0cm〜3.7cmの生育をした。
色調:Dark green(25F−7)からLight orange(5A4−5)。
表面性状:羊毛状からビロード状。
可溶性色素の産生:認められない。
【0025】
2.形態的性状
光学顕微鏡による観察から、菌糸は寒天表面上、若しくは寒天内に形成され、無色、平滑、有隔壁菌糸の形成が認められた。
分生子柄は、栄養菌糸に直生し、無色、表面は平滑であった。分生子柄の先端部からメトレが形成され、その先に分生子形成細胞であるフィアライドが形成される二輪生のペニシルスの形成が主に観察された。メトレは円筒形、フィアライドは針状であった。分生子は、フィアロ型分生子で、フィアライドから鎖状に連なって形成され、亜球形から球形、1細胞、表面模様は平滑であった。
約2週間の培養検体において、優性生殖器官の形成は観察されなかった。
【0026】
以上の菌学的性状、及び28S rDNA−D1/D2領域の塩基配列を用いた分子系統解析により、Mer−f17067株は、ペニシリウム(Penicillium)属に属すると考えられた。そこで、前記Mer−f17067株をペニシリウム エスピー(Penicillium sp.)Mer−f17067株とした。なお、前記Mer−f17067株は、独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許生物寄託センターに寄託申請し、受託番号NITE P−580として受託された。
【0027】
なお、他のカビにも見られるように、前記Mer−f17067株は、性状が変化し易いが、例えば、前記Mer−f17067株に由来する突然変異株(自然発生、又は誘発性)、形質接合体、遺伝子組換体などであっても、セラミダスチンを生産する能力を有するものは、本発明の微生物に含まれる。
【0028】
(セラミダーゼ阻害剤、医薬組成物)
−セラミダーゼ阻害剤−
本発明のセラミダーゼ阻害剤は、上述した本発明の化合物、即ちセラミダスチンを含み、必要に応じて適宜その他の成分を含む。
本発明のセラミダーゼ阻害剤は、中性セラミダーゼ、及びアルカリ性セラミダーゼの少なくともいずれかの阻害剤として用いることができる。
【0029】
前記セラミダーゼ阻害剤中のセラミダスチンの含有量としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。また、前記セラミダーゼ阻害剤は、セラミダスチンそのものであってもよい。
【0030】
前記その他の成分としては、特に制限はなく、例えば、薬理学的に許容され得る担体の中から目的に応じて適宜選択することができ、例えば、エタノール、水、デンプンなどが挙げられる。前記セラミダーゼ阻害剤中の、前記その他の成分の含有量としては、特に制限はなく、セラミダスチンの効果を損なわない範囲内で、目的に応じて適宜選択することができる。
なお、前記セラミダーゼ阻害剤は、単独で使用されてもよいし、他の成分を有効成分とする医薬と併せて使用されてもよい。また、前記セラミダーゼ阻害剤は、他の成分を有効成分とする医薬中に、配合された状態で使用されてもよい。
【0031】
−医薬組成物−
本発明の医薬組成物は、上述した本発明の化合物、即ちセラミダスチンを含み、必要に応じて適宜その他の成分を含む。
本発明の医薬組成物は、緑膿菌が産生する中性/アルカリ性セラミダーゼを阻害することができるので、アトピー性皮膚炎治療薬として、特に好適に用いることができる。
【0032】
前記医薬組成物中のセラミダスチンの含有量としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。また、前記医薬組成物は、セラミダスチンそのものであってもよい。
【0033】
前記その他の成分としては、特に制限はなく、例えば、薬理学的に許容され得る担体の中から目的に応じて適宜選択することができ、例えば、エタノール、水、デンプンなどが挙げられる。前記医薬組成物中の、前記その他の成分の含有量としては、特に制限はなく、セラミダスチンの効果を損なわない範囲内で、目的に応じて適宜選択することができる。
なお、前記医薬組成物は、単独で使用されてもよいし、他の成分を有効成分とする医薬と併せて使用されてもよい。また、前記医薬組成物は、他の成分を有効成分とする医薬中に、配合された状態で使用されてもよい。
【0034】
−剤型−
前記セラミダーゼ阻害剤、及び前記医薬組成物の剤型としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、粉末状、カプセル状、錠剤状、軟膏状、液状等の剤型とすることができる。これらの剤型の前記セラミダーゼ阻害剤、及び前記医薬組成物は、常法に従い製造することができる。
【0035】
−投与−
前記セラミダーゼ阻害剤、及び前記医薬組成物の投与方法としては、特に制限はなく、例えば、前記セラミダーゼ阻害剤、及び前記医薬組成物の剤型などに応じて適宜選択することができ、経口又は非経口で投与することができる。
前記セラミダーゼ阻害剤、及び前記医薬組成物の投与量としては、特に制限はなく、投与対象個体の年齢、体重、体質、症状、他の成分を有効成分とする医薬の投与の有無など、様々な要因を考慮して適宜選択することができる。
前記セラミダーゼ阻害剤、及び前記医薬組成物の投与時期としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。
前記セラミダーゼ阻害剤、及び前記医薬組成物の投与対象となる動物種としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、ヒト、サル、ブタ、ウシ、ヒツジ、ヤギ、イヌ、ネコ、マウス、ラット、トリなどが挙げられる。
【実施例】
【0036】
以下に実施例及び試験例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例及び試験例に何ら限定されるものではない。また、以下の実施例及び試験例中、「%」は、特に明記のない限り「質量%」を表す。
【0037】
(実施例1:セラミダスチンの製造)
−培養工程−
種培地として、ポテトデンプン 2.0%、グルコース 1.0%、ソイプロ(J−オイルミルズ社製) 2.0%、リン酸二水素カリウム 0.1%、硫酸マグネシウム7水和物 0.05%、ガラスビーズ 3個を含む液体培地(pH無調整)を用いた。前記種培地100mLを分注した500mL三角フラスコを120℃で15分間殺菌した後、斜面寒天培養したペニシリウム エスピー(Penicillium sp.)Mer−f17067株(NITE P−580として寄託)の1白金耳を前記培地に植菌した。その後、25℃、220rpmにて3日間振とう培養し、種培養液を得た。
【0038】
生産培地として、マルトース水和物 5.0%、ファルマメディア(Traders Protein社製) 1.5%、モルトエキス 1.0%、硫酸アンモニウム 0.5%、ミネラル水溶液 1.0体積%(ミネラル成分として、塩化コバルト(II)6水和物 2.0%、塩化カルシウム 2.0%、塩化マグネシウム 2.0%)を含む液体培地(pH7)を用いた。前記生産培地100mLを分注した500mLワッフル付き三角フラスコを120℃で15分間殺菌した後、上述した種培養液 1mLを前記培地に植菌し、25℃、220rpmにて4日間振とう培養した。
【0039】
−採取工程−
このようにして得られた培養液 5Lを濾紙にて菌体と培養上清に分けた後、培養上清をダイアイオン HP20 カラム(500mL、三菱化学社製)に通過吸着させた。その後、水 2L、20体積%アセトン(アセトン:水=20:80、体積比) 2Lにて洗浄し、次いで、75体積%アセトン(アセトン:水=75:25、体積比) 2Lにて溶出し、溶出液を得た。
前記溶出液に含まれるアセトンを減圧下にて留去した後、水を加えて2.2Lにし、1%炭酸アンモニウム溶液でpH8に調整した後、等量のブタノール 2.2Lを加え、攪拌し水層を回収した。前記回収した水層中に含まれるブタノールを減圧下にて留去した後、1M硫酸水素カリウム溶液を少量ずつ加えpH3に調整した後、水を加えて2.6Lにし、次いで、半量の酢酸エチルで2回抽出し、酢酸エチル層を回収した。前記回収した酢酸エチル層に、等量の飽和食塩水を加えて洗浄した後、硫酸ナトリウム(無水)を加え、脱水した。その後、前記脱水した酢酸エチル層を濃縮乾固し、粗精製物 1.5gを得た。
【0040】
前記粗精製物 1.5gを、20体積%アセトニトリル−0.1体積%TFAで8.5mLに溶解させた後、HPLCクロマトグラフィー(GL Sciences Inc.、Inertsil ODS−3、内径 20mm、長さ 250mm)を0.1体積%TFA含有20体積%−60体積%アセトニトリル(7mL/分)の展開溶媒で5回に分けて行い、セラミダスチンを含む画分を回収した。
前記回収した画分に10倍量の水を加えた後、水で平衡化したダイアイオン HP20 カラム(500mL、三菱化学社製)に吸着させた後、水洗いによりTFAを除去し、その後、100体積%アセトンで溶出させ、溶出液を得た。
前記溶出液に含まれるアセトンを減圧下にて留去して試料を得た後、前記試料のpHを8より上げないようにして、0.1%炭酸アンモニウム溶液を少量ずつ添加し、前記試料を溶解させた。その後、前記溶解させた試料を凍結乾燥し、245mgのセラミダスチンを得た。
【0041】
得られたセラミダスチンの理化学的性状を測定したところ、以下の通りであり、これらのことから、セラミダスチンが、下記構造式(1)で表される構造を有する新規化合物であることが確認された。
(1) 色、及び性状 : 白色粉末
(2) 分子式 : C263411
(3) マススペクトル(HRESI−MS)(m/z) :
(ネガティブ・モード) :実験値521.20112 (M−H)
:計算値521.20229 (M−H)
(ポジティブ・モード) :実験値545.20465 (M+Na)
:計算値545.19988 (M+Na)
(4)融点 : 121℃〜124℃
(5)紫外線吸収スペクトル :
λmax nm
[HO]:End
[0.01N HCl]:275(sh)
紫外線吸収スペクトルは、日立228A分光計を用いて測定した。図1に、紫外線吸収スペクトルのチャートを示す。
(6)比旋光度 : [α]24 = +29.0°(c=0.57,HO)
(7)H−NMRスペクトル(400MHz, DMSO−d) :
δ(ppm) : 0.85(3H,t,J=7.0Hz), 1.20, 1.20, 1.20, 1.23, 1.35, 1.85, 2.05, 2.25, 2.35, 2.45, 2.62, 2.80, 3.10(1H,m), 3.20, 3.50(1H,ddd,J=10.4,7.2,4.0Hz), 3.90, 3.90(2H,d,J=5.0Hz), 4.12, 4.84, 4.90, 5.28(1H,d,J=10.5Hz), 5.55(1H,dt,J=15.3,5.0Hz), 5.65(1H,dt,J=15.3,7.0Hz), 5.95。
H−NMRスペクトルは、日本電子JNM A400を用いて測定した。図2に、H−NMRスペクトルのチャートを示す。
(8)13C−NMRスペクトル(100MHz,DMSO−d) :
δ(ppm) : 13.5, 22.0, 24.1, 25.7, 28.0, 31.0, 31.8, 35.5, 35.8, 36.0, 47.0, 61.7, 63.0, 68.8, 71.5, 78.0, 126.5, 132.5, 138.4, 142.5, 143.8, 148.0, 163.0, 165.8, 166.4, 167.0。
13C−NMRスペクトルは、日本電子JNM A400を用いて測定した。図3に、13C−NMRスペクトルのチャートを示す。
【化4】

【0042】
また、得られたセラミダスチンの中性/アルカリ性セラミダーゼに対する阻害活性を、以下の試験例1で確認した。
【0043】
(試験例1)
−中性/アルカリ性セラミダーゼの製造−
種培地として、脱イオン水 100mLにニッスイトリプトブイヨン(日水製薬社製) 3gを溶解し、3mLずつ試験管に分注した後、高圧滅菌したものを使用した。これに緑膿菌(ヒト臨床分離株)を2体積%植菌しウォーターバスにて37℃、100rpmで3時間種培養した。
本培養用の合成培地として、脱イオン水に塩化アンモニウム 0.05%、リン酸水素二カリウム 0.05%、塩化ナトリウム 0.5%を溶解し、pH7.2に調整した後、高圧滅菌し、次いで、メタノール溶解したTaurodeoxycholate(シグマ・アルドリッチ社製)、及びSphingomyelin(シグマ・アルドリッチ社製)を、それぞれ0.05%になるように前記滅菌した培地に添加したものを用いた(Okino et al J. Biol. Chem. 273, 14368−14373, 1998)。滅菌した試験管に、前記本培養用の合成培地を3mL分注し、前記種培養した緑膿菌種培養液を2体積%植菌し、ウォーターバスにて30℃、100rpmで24時間本培養した。24時間後、培養液をKURABO Steradisc 25 0.2μm(倉敷紡績社製)にて濾過滅菌し、中性/アルカリ性セラミダーゼの酵素液を得た。
【0044】
−中性/アルカリ性セラミダーゼ活性阻害試験−
上記で得られた中性/アルカリ性セラミダーゼの酵素液を用いて、以下のようにして、中性/アルカリ性セラミダーゼ活性阻害試験を行った。
中性/アルカリ性セラミダーゼ活性の測定はOkinoらの方法(J. Biol. Chem. 273, 14368−14373, 1998)を一部改変して行なった。
まず、ポリプロピレン96穴プレートにセラミダスチン溶液 5μLを撒いた。前記セラミダスチン溶液は、セラミダスチンの最終濃度が、0μg/mL(コントロール)、200μg/mL、100μg/mL、50μg/mL、25μg/mL、12.5μg/mL、6.25μg/mL、3.12μg/mL、及び1.56μg/mLになるものを用いた。
基質液として、氷上にてガラスチューブに50mM Tris−HCl buffer(pH 8.5)を500μL入れ、そこにクロロホルム−メタノール(2:1、体積比)にて1.8mMに溶解した基質 C12−NBD Ceramide(7−nitrobenz−2−oxa−1,3−diazole (NBD)−labeled N−dodecanoylsphinogosine、Avanti Polar Lipids社製)を3μL添加し、攪拌溶解したものを用いた。
前記基質液10μLと、上記で得られた中性/アルカリ性セラミダーゼの酵素液10μLとを、セラミダスチン溶液の入った96穴プレートの各ウェルに加え、37℃で2.5時間反応させた。
そして、各ウェルにクロロホルム−メタノール(2:1、体積比)を100μLずつ加え、反応を停止させた。その後、真空ポンプにて乾燥させ、次いで、クロロホルム−メタノール(2:1、体積比)を100μL加えて溶解し、溶解液を得た。
【0045】
前記溶解液を、TLC(MERCK 25 TLC plates 20×20cm Silica gel 60 F254)に20μLずつスポットし、展開(クロロホルム:メタノール:アンモニア(25%)=90:20:0.5、体積比)した後、Image Reader FLA 5000(富士フィルム社製)にて基質の蛍光を測定し、Science Lab 2001 ImageGauge(富士フィルム社製)にて基質分解物の阻害率を求めた。
図4は、TLCの結果を示す図であり、図5は、セラミダスチンの中性/アルカリ性セラミダーゼ阻害活性を示すグラフである。
上記の結果、セラミダスチンの中性/アルカリ性セラミダーゼ阻害活性は、IC50(酵素活性を50%阻害する濃度)が6.25μg/mLであり、優れた阻害活性を有していることが示された。
【0046】
(試験例2)
−アトピー性皮膚炎様モデルマウスの治療効果−
アトピー性皮膚炎様モデルマウスを用いて、セラミダスチンのアトピー性皮膚炎に対する治療効果を試験した。具体的には、前記マウスに対し、上記で得られた酵素液を塗布することにより、表皮角質層、及び炎症の増悪化を調べ、また、前記酵素液と、セラミダスチンとを塗布し、中性/アルカリ性セラミダーゼ活性を阻害することによる皮膚への影響を調べた。
アトピー性皮膚炎様モデルマウスとして、NC/Nga6週令、雌マウス(日本チャールスリバー株式会社)を用いた。前記NC/Ngaマウスは、アトピー性皮膚炎モデルとして用いられており(Hiroi et al Jpn. J. Pharmacol. 76, 175−183, 1998)、皮膚組織では肥満細胞数の増加が見られる。
【0047】
−−脱脂−−
前記NC/Nga6週令、雌マウスをあらかじめ麻酔下にて除毛し(1群6匹)、ネンブタール麻酔下にてアセトン−エーテル(1:1)を含ませた脱脂綿を15秒間押し当て、その後、滅菌蒸留水を含ませた脱脂綿を30秒間押し当て皮脂を脱脂した。
−−中性/アルカリ性セラミダーゼ塗布−−
脱脂後、4倍に希釈した前記酵素液を0.2mL皮膚に塗布した。
−−セラミダスチン塗布−−
中性/アルカリ性セラミダーゼ塗布の30分後に、滅菌蒸留水で溶解したセラミダスチン1mg/mLを0.2mL塗布した。
【0048】
前記脱脂、セラミダーゼ塗布、セラミダスチン塗布を、朝晩2回、週5日の間隔で、計47回塗布した後、皮膚を切り取り、ホルマリン固定し、パラフィン包埋後、組織切片を作製し、トルイジンブルー染色を行い、組織内の肥満細胞数を顕微鏡下にて観察した。
図6は、脱脂のみを行った場合(以下、「無処理の場合」と称することがある。)のマウス皮膚切片をトルイジンブルー染色した結果を示す図であり、図7は、脱脂、及び中性/アルカリ性セラミダーゼ塗布を行った場合(以下、「セラミダーゼ塗布の場合」と称することがある。)のマウス皮膚切片をトルイジンブルー染色した結果を示す図であり、図8は、脱脂、中性/アルカリ性セラミダーゼ塗布、及びセラミダスチン塗布を行った場合(以下、「セラミダーゼ塗布+セラミダスチン塗布の場合」と称することがある。)のマウス皮膚切片をトルイジンブルー染色した結果を示す図である。
図9は、マウス皮膚組織の肥満細胞数を示すグラフである。肥満細胞数は、「無処理の場合」が、13.04±4.38個であり、「セラミダーゼ塗布の場合」が、22.6±8.5個であり、「セラミダーゼ塗布+セラミダスチン塗布の場合」が、15.5±5.2個であった。また、「セラミダーゼ塗布の場合」と「セラミダーゼ塗布+セラミダスチン塗布の場合」との間にP>0.001で有意差が認められた。
【0049】
上記の結果、「セラミダーゼ塗布の場合」、「無処理の場合」と比べて、皮膚組織の肥満細胞数が増加し、また、表皮角質層、及び炎症の増悪化が見られた。一方、「セラミダーゼ塗布+セラミダスチン塗布の場合」では、肥満細胞数の増加が有意に阻害された。
【産業上の利用可能性】
【0050】
本発明の新規化合物(セラミダスチン)は、中性/アルカリ性セラミダーゼに対して、優れた阻害活性を有することから、新たなセラミダーゼ阻害剤として好適に利用でき、また、医薬用組成物、中でも、アトピー性皮膚炎などの細菌感染性の皮膚疾患の予防・治療を目的とした医薬組成物として有用である。
【図面の簡単な説明】
【0051】
【図1】図1は、セラミダスチンの0.01N HCl溶液中、0.01N NaOH溶液中、及び水中での紫外線吸収スペクトルのチャートである。縦軸:吸光度(Abs)、横軸:波長(nm)。
【図2】図2は、セラミダスチンの重DMSO中で、25℃にて測定した400MHzにおけるH−NMRスペクトルのチャートである。横軸:ppm単位。
【図3】図3は、セラミダスチンの重DMSO中で、25℃にて測定した100MHzにおける13C−NMRスペクトルのチャートである。横軸:ppm単位。
【図4】図4は、試験例1のTLCの結果を示す図である。
【図5】図5は、セラミダスチンの中性/アルカリ性セラミダーゼ阻害活性を示すグラフである。
【図6】図6は、脱脂のみを行った場合のマウス皮膚切片をトルイジンブルー染色した結果を示す図である。
【図7】図7は、脱脂、及び中性/アルカリ性セラミダーゼ塗布を行った場合のマウス皮膚切片をトルイジンブルー染色した結果を示す図である。
【図8】図8は、脱脂、中性/アルカリ性セラミダーゼ塗布、及びセラミダスチン塗布を行った場合のマウス皮膚切片をトルイジンブルー染色した結果を示す図である。
【図9】図9は、マウス皮膚組織の肥満細胞数を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記構造式(1)で表されることを特徴とする化合物。
【化1】

【請求項2】
請求項1に記載の化合物の製造方法であって、
ペニシリウム(Penicillium)属に属し、請求項1に記載の化合物を生産する能力を有する微生物を培養する培養工程と、
前記培養工程で得られた培養物から請求項1に記載の化合物を採取する採取工程と
を含むことを特徴とする化合物の製造方法。
【請求項3】
ペニシリウム(Penicillium)属に属し、請求項1に記載の化合物を生産する能力を有する微生物が、受託番号NITE P−580のペニシリウム エスピー(Penicillium sp.)Mer−f17067株である請求項2に記載の化合物の製造方法。
【請求項4】
ペニシリウム(Penicillium)属に属し、請求項1に記載の化合物を生産する能力を有することを特徴とする微生物。
【請求項5】
受託番号NITE P−580のペニシリウム エスピー(Penicillium sp.)Mer−f17067株である請求項4に記載の微生物。
【請求項6】
請求項1に記載の化合物を含むことを特徴とする中性セラミダーゼ、及びアルカリ性セラミダーゼの少なくともいずれかのセラミダーゼ阻害剤。
【請求項7】
請求項1に記載の化合物を含むことを特徴とする医薬組成物。
【請求項8】
アトピー性皮膚炎治療薬である請求項7に記載の医薬組成物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2010−59069(P2010−59069A)
【公開日】平成22年3月18日(2010.3.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−224606(P2008−224606)
【出願日】平成20年9月2日(2008.9.2)
【出願人】(000173913)財団法人微生物化学研究会 (29)
【Fターム(参考)】