説明

有機電子デバイス及びその製造方法

【課題】電極パターニング工程に伴う種々の制約に捕われることなく、自由な形状にかつ高精度に有機デバイスの電極パターンを形成する。
【解決手段】有機電子材料からなる層に電圧を印加して機能させる有機電子デバイスを製造する方法において、置換基を有しても良い1,2−ジアリールエテンを含む下地層を形成し、この下地層を所定パターン状に異性化反応させ、次いでこの下地層の上に中間層を形成した後、中間層上に電極材料を付与して、この所定パターンに対応した電極パターンを形成する。1,2−ジアリールエテンの異性化反応により、電極材料であるマグネシウム等の付着性に変化が生じ、パターニングが可能になる。任意の形状の電極パターンをレーザー光の走査精度と同等の精度で高精度に形成することができ、中間層の存在で、DAE下地層の保護、形状保持、発光効率向上などが可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は有機エレクトロルミネッセンス(以下、「有機EL」と記す)ディスプレイや薄膜トランジスタ(以下、「有機TFT」と記す)などの、有機材料を用いた様々な有機電子デバイスと、このような有機電子デバイスの製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、有機ELディスプレイなどに代表されるような、有機薄膜を電極ではさみ、電極間に電圧を印加することによって電流を注入し、発光、その他の機能を利用する有機電子デバイスの研究開発が活発に行われている。
【0003】
これらの有機電子デバイスのうち、有機ELディスプレイデバイスは、ガラス基板上に設けられたITOなどの透明導電体からなる第一電極と、この第一電極上に設けられたホール輸送層、電子輸送層、発光層などからなる多層構造の有機層と、この有機層上に設けられたAlやMgなどからなる第二電極とから構成されている。一般に、ディスプレイデバイスなどでは、各画素ごとに発光(色や強度)を制御する必要があるために、画素ごとに対応した電極パターンが形成される。例えば、ガラス基板上に予めITO陽極(第一電極)がパターン形成されたものが用いられ、必要に応じて各画素ごとに有機材料がメタルマスクを用いて蒸着法により塗りわけられる。第二電極についてもメタルマスクによってパターン形成されることもあるが、他の方法によっても形成することも可能である。
【0004】
例えば、特許文献1には、パッシブ型有機ELディスプレイの陰極パターン形成方法が開示されている。この特許文献1に開示される方法は、同特許文献1の図14で説明されている通り、予め基板上にオーバーハング状のライン隔壁を設け、有機層や陰極金属をその上から蒸着形成するものであり、隔壁のオーバーハングの効果により陰極がその蒸着時に隔壁により分離されて、ライン状陰極が自動的に形成されるというものである。しかしながらこの方法では、予め基板上に隔壁を設けておく必要があり、製造プロセスが煩雑になる上に、陰極のパターン自由度が小さいという問題点がある。
【0005】
また、特許文献2には有機層の上に陰極を全面蒸着形成した後に、所望のパターンに対応した粘着材を塗ったフィルムを貼り付けて剥離するという方法が開示されている。しかしながら、この方法では電極のみが常に所望のパターンに剥離されるとは限らず、粘着材によっては有機層もダメージを受ける恐れがあった。
【特許文献1】特開平8−315981号公報
【特許文献2】特開2004−79373号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は上記従来の実情に鑑みてなされたものであって、その目的は、メタルマスクの作成、オーバーハング状ライン隔壁の形成、粘着フィルムによる剥離、などの工程に伴う種々の制約に捕われることなく、自由な形状に、上記有機ELディスプレイデバイスを含む種々の有機電子デバイスの電極パターンを形成する技術を与えることにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討した結果、フォトクロミック分子材料の一種である1,2−ジアリールエテン(以下、「DAE」と略す。本発明において、DAEは置換基を有していても良く、以下において、置換基を有したものも含めて「DAE」と称す。)が、その異性化状態に応じた顕著なマグネシウム親和性を有し、従って、予めDAE下地層を形成し、該DAE下地層を所定パターン状に異性化させることにより、極めて容易に電極パターンを形成することができること、そしてこの場合において、DAE下地層のマグネシウム親和性が、該DAE下地層と電極層との間に中間層を形成した場合であっても、この中間層が、ある特定の厚み以内であれば有効であること、即ち遠隔的なマグネシウム親和性をも有することを見出し、本発明を完成させた。
【0008】
即ち、本発明は、以下を要旨とするものである。
【0009】
(1) 第一電極及び第二電極と、これらの電極間に設けられた有機層とを有する有機電子デバイスにおいて、第一電極と有機層との間、及び/又は、第二電極と有機層との間に、光照射により異性化状態の異なるパターンが形成された、置換基を有しても良い1,2−ジアリールエテンを含む層を有する有機電子デバイスであって、第一電極と1,2−ジアリールエテンを含む層との間、及び/又は、第二電極と1,2−ジアリールエテンを含む層との間に中間層を有することを特徴とする有機電子デバイス。
【0010】
(2) 基板、第一電極、有機層及び第二電極を有する有機電子デバイスにおいて、基板と第一電極との間、第一電極と有機層との間、及び、第二電極と有機層との間のいずれか1以上に、光照射により異性化状態の異なるパターンが形成された、置換基を有しても良い1,2−ジアリールエテンを含む層を有する有機電子デバイスであって、第一電極と1,2−ジアリールエテンを含む層との間、及び/又は、第二電極と1,2−ジアリールエテンを含む層との間に中間層を有することを特徴とする有機電子デバイス。
【0011】
(3) (1)又は(2)の有機電子デバイスにおいて、第一電極及び/又は第二電極に、前記1,2−ジアリールエテンを含む層の異性化状態の異なるパターンに対応したパターンが含まれることを特徴とする有機電子デバイス。
【0012】
(4) 有機電子材料からなる層に電圧を印加して機能させる有機電子デバイスを製造する方法において、置換基を有しても良い1,2−ジアリールエテンを含む下地層を形成する工程と、該下地層の1,2−ジアリールエテンを所定パターン状に異性化反応させる工程及び該下地層上に中間層を形成する工程と、次いで該中間層上に電極材料を付与して、前記所定パターンに対応した電極パターンを形成する工程とを有することを特徴とする有機電子デバイスの製造方法。
【0013】
DAEは、2つのアリール基が結合してエテン二重結合を含む環を形成した閉環状態と、これらのアリール基が離れた開環状態との2つの異性体を有するものであるが、このうち、開環状態のものはマグネシウムが付着せず、閉環状態のものはマグネシウムが付着する。本発明では、DAEのこの性質を利用して、例えば次のようにして電極のパターニングを行うことができる。
【0014】
即ち、予めそのデバイスの機能を発現するための有機層が形成された基板の該有機層上に、DAEを含む下地層を形成し、この下地層に所望のパターンに対応したパターンでレーザーなどの光を照射することによって、DAEの異性化状態部分を形成し、更にその上に特定の厚みの中間層、例えば電子輸送層を形成した上で、電極材料、例えばマグネシウムを蒸着することにより電極を形成する。すると、DAE下地層とマグネシウム層とは直接接していないにもかかわらず、形成された下地層中のDAEが開環状態であり、異性化により閉環状態となった場合には、異性化状態(閉環状態)部分にマグネシウムが付着して当該パターンに対応した電極パターンを形成することができる。また、形成された下地層中のDAEが閉環状態であり、異性化により開環状態となった場合には、異性化状態(開環状態)部分以外にマグネシウムが付着して、当該パターンのネガパターンに対応した電極を形成することができる。このようにDAEの異性化パターンに対応したパターンで容易に電極パターンを形成することが可能となる。また、DAE下地層上に中間層を形成することで、併せて、DAE下地層の保護、形状保持、発光効率向上などを図ることが可能となる。
なお、電子輸送層等の中間層を形成した後に、その上から光を照射することによって、DAE下地層に異性化状態部分を形成することも可能である。
【0015】
このようにDAEの異性化により電極のパターニングを行うことができるメカニズムの詳細は必ずしも明らかではないが、次のように推定される。即ち、DAEの異性化反応に伴う何らかの物性変化により、中間層を有していても遠隔的にマグネシウムの付着性に変化が生じ、また、異性化反応を起こすことで、当該部分の開環体分子と閉環体分子との比率がある値を超えた時に、マグネシウムの付着性と非付着性とに顕著な差が生じ、パターニングが可能になるものと考えられる。DAEは、その1分子程度に相当する膜厚である1nmというような超薄膜でもこのような作用効果を得ることができ、更にレーザーを集光して形成したミクロンオーダーの異性化パターンに対しても、それに対応した電極パターンを形成することができ、従って、本発明によれば、レーザー光の集光スポットに対応するような微細なパターンを含めて、所望の任意の形状の電極パターンをレーザー光の走査精度と同等の精度で高精度に形成することが可能となる。なお、フィルターの工夫をすれば、レーザー強度の大きな部分のみ光が実効的に働き、波長による制約以下のパターンもつくることができる。
【0016】
なお、DAEは、通常開環状態で無色のものが、閉環状態で着色する。従って、本発明によれば、DAEが閉環状態となり、マグネシウムの付着性を有する部分を色に対応するスペクトルにて確認することができるという利点も有する。
また、DAEは、有機電子デバイスの有機層や電極に何ら影響を及ぼすものではなく、DAE層を形成することにより、有機電子デバイスの機能が損なわれることもない。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、メタルマスクの作成、オーバーハング状ライン隔壁の形成、粘着フィルムによる剥離、などの工程に伴う種々の制約に捕われることなく、自由な形状にかつ高精度に有機デバイスの電極パターンを形成することが可能とされる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下に本発明の有機電子デバイス及びその製造方法の実施の形態を詳細に説明するが、本発明は、以下の実施の形態の説明に限定されるものではなく、その要旨の範囲内で種々に変更して実施することができる。
【0019】
[有機電子デバイス]
本発明の有機電子デバイスは、第一電極、有機層及び第二電極をこの順で積層した構造であるか、或いは、更に第一電極側に基板を有し、
基板と第一電極との間
第一電極と有機層との間
有機層と第二電極との間
のいずれか1以上に、置換基を有していても良い1,2−ジアリールエテンを含む層(以下「DAE層」と称す場合がある。)を有し、第一電極とDAE層との間、及び/又は第二電極とDAE層との間に中間層を有するものである。
【0020】
即ち、本発明の有機電子デバイスは、電極と隣接する部材との間に、電極側の中間層を介してDAE層を有する点が、従来の有機電子デバイスとは異なり、DAE層及び中間層以外の各部材の構成及びその形成方法については、従来の有機電子デバイスの構成及び形成方法を適用することができる。例えば、有機EL素子については、特開2004−362930号公報、特開2004−359671号公報、特開2004−331587号公報等に記載の構成を任意に選択して採用することができる。また、有機トランジスタについては特開2003−309268号公報、特開2004−103638号公報等に記載の構成を任意に選択して採用することができる。もちろん、これらの公報に記載の内容に限定されるものではないことは言うまでもない。
【0021】
ただし、第一電極、第二電極の形成方法については、真空蒸着法、スパッタリング法など有機層にダメージを与えないドライプロセスの範囲で任意に選ぶことができるが、本発明のDAE異性化によるパターニングを適用する電極については、電極となる金属原子の付着時におけるDAEへの低ダメージ性の理由により、真空蒸着を採用することが好ましい。
【0022】
なお、本発明の有機電子デバイスにおいて基板は必ずしも必要とされず、後述の如く、第一電極や有機層に十分な厚みと強度がある場合には、基板のない構成とすることもできる。
【0023】
<DAE層>
以下に、本発明の有機電子デバイスの特徴部分であるDAE層について説明する。
本発明の有機電子デバイスにおいて、DAEは、その異性化による開環状態と閉環状態との差異による電極材料の付着性の差を利用して電極のパターニングを行うために形成されるものである。従って、DAEは、電極と他の部材との間に介在して形成される。また、パターニングされた電極パターンに対応する部分に、閉環状態のDAEが存在する。
【0024】
(DAE)
本発明に係るDAE層を形成するDAEとしては、入江らの総説、「有機フォトクロミスムの化学」、学会出版センター、1996に掲載された化合物を用いることができるが、本発明は、上に述べたマグネシウム等の電極材料との選択的付着性が確認されたものであれば良く、何らこれらに限定されるものではない。
【0025】
本発明に係るDAE層には、このようなDAEの1種のみが含まれていても良く、2種以上のDAEが任意の組み合わせ、任意の配合比率で含まれていても良い。
【0026】
(その他の成分)
本発明に係るDAE層には、DAEの性質を損なわない範囲で任意に他の有機分子材料や、ポリマーなどを加えても良い。例えば、膜性向上のためのバインダーを配合しても良い。バインダーとしては通常のポリマー材料であるポリスチレンや、ポリマー系キャリア輸送材料として知られるポリビニルカルバゾール、MEH−PPV(ポリフェニレンビニレン)など既知のものが1種を単独で、或いは2種以上を混合して用いられる。このように、DAE層中に他の成分を含む場合、形成されたDAE層中のDAEの割合が過度に少ないと、本発明の所期の目的を達成し得ないため、DAE層に占めるDAEの割合が、通常5重量%以上となるようにする。
【0027】
(成膜方法)
本発明に係るDAE層の成膜方法としては特に制限はなく、真空蒸着法、スパッタリング法等のドライプロセスを採用することができる。
【0028】
(膜厚)
本発明に係るDAE層の膜厚には特に制限はなく、後述の実施例に示す如く、単分子層に相当する1nm程度であっても、本発明によるパターニングが可能であるが、膜厚が過度に薄いとDAE分子が全体を覆う層を形成し得ず、局所的にその下の層が表出することにより、この部分に電極材料が付着することとなる。従って、膜厚の下限としては1nm以上、好ましくは2nm以上である。膜厚の上限については、過度に厚いとDAEの不所望な性質、例えば低いキャリア輸送能力や低いガラス転移点を有する材料の場合、動作電圧上昇や高温に対する耐久性の劣化をもたらす可能性があるため、通常100nm以下、好ましくは50nm以下、特に好ましくは10nm以下とする。ただし、DAE自体が優れたキャリア輸送性や高いガラス転移点を有する場合は、このような膜厚の上限の制限はない。
【0029】
<中間層>
(成分)
中間層の材質は、DAEの特性を阻害しないものであって、キャリア輸送性を有するものであれば特に制限はなく、その形成目的、即ち、DAE下地層の保護、形状保持、発光効率向上等の形成目的に応じて選択される。例えばAg,Au,Pt等の腐食性の低い金属薄膜、ITOなどの無機材料、Alq3(aluminato-tris-8-hydroxyquinolate)、α−NPB(N,N-di(naphthalene-1-yl)-N,N-diphenyl-benzidene)、トリフェニルアミン等のキャリア輸送材料などの有機分子材料、ポリスチレンや、ポリマー系キャリア輸送材料として知られるポリビニルカルバゾール、MEH−PPV(ポリフェニレンビニレン)などのポリマー材料などが挙げられる。このうち、発光効率向上などの目的にはキャリア輸送材料が好ましく用いられる。尚、中間層の材質は上記の1種を単独で、或いは2種以上を混合して用いることができる。また、中間層は上記の材質よりなるものを2層以上積層して形成しても良い。中間層を2層以上積層した場合、後述の中間層の膜厚は、これらの合計の膜厚をさす。
【0030】
(成膜方法)
本発明に係る中間層の成膜方法としては特に制限はなく、真空蒸着法、スパッタリング法等のドライプロセスを採用することができる。
【0031】
(膜厚)
中間層の膜厚はDAE層の厚みに依存する。例えば、DAEが1nmという超薄膜の場合、中間層は1nm程度であればDAE異性化によるパターニング効果が維持される。DAE層が厚いほど中間層の厚さは厚くできる。中間層の膜厚がDAE層に対して顕著に厚い場合、例えば中間層がDAE層より2倍を超えて厚い場合には、DAE層の効果、即ち、異性化による開環状態と閉環状態との差異による電極材料の付着性の差によるパターニング性が損なわれる。また、DAE層の厚みに関わらず、中間層の厚みが20nmを超えると、DAE層の効果は消失する。
従って、中間層の厚さは1〜20nmの範囲で、DAE層の膜厚の2倍以下、特に0.5〜1倍程度であることが好ましい。
【0032】
[有機電子デバイスの製造方法]
以下に本発明の有機電子デバイスの製造方法についてその操作手順に従って説明する。
【0033】
なお、以下においては、基板上に常法に従って第一電極を形成した後、その上に有機層を形成し、この有機層上に形成する第二電極のパターニングのためにDAE層と中間層を形成して所定のパターン形状に第二電極を形成する場合を例示して本発明の方法を説明するが、本発明は何らこの方法に限らず、
(1) 基板上にDAE層を形成し、このDAE層について異性化パターンを形成した後、中間層を形成し、第一電極をこのパターンに倣って形成し、更に有機層及び第二電極を形成する方法
(2) 上記(1)の方法において、第二電極についても後述の如く、有機層上にDAE層及び中間層を形成し、DAE層の異性化パターン形成によりパターニングする方法
(3) 十分な厚みと強度を有する有機層の一方の面又は両面にDAE層と中間層を形成し、このDAE層の異性化パターン形成により、第一電極及び/又は第二電極をパターニングする方法
など様々な態様で電極のパターニングを行うことができる。なお、いずれの場合でも、前述の如く、中間層は、DAE層の異性化パターンを形成した後、DAE層上に形成しても良く、DAE層上に中間層を形成した後DAE層の異性化パターンの形成を行っても良い。
【0034】
<第二電極のパターニング>
[1]基板上に常法に従って第一電極を形成する。
【0035】
[2]第一電極上に所定の有機層を常法に従って形成する。
【0036】
[3]前述のDAEを含む下地層を形成する。
ここで、下地層は、真空蒸着法、スパッタリング法等により形成することが好ましいが、ドクターブレード法、キャスト法、スピンコート法、浸漬法などにより形成する場合、DAEを溶媒で希釈して塗布液を調製し、この塗布液を用いることが望ましい。この場合、溶媒の種類としては、有機層を侵さない溶媒であれば、特に限定されない。
このDAEを含む下地層は、前述のように通常1nm以上、好ましくは2nm以上で、通常100nm以下、好ましくは50nm以下、特に10nm以下の厚さに形成される。
【0037】
[4]下地層中のDAEを、所定のパターンに異性化反応を起こさせる。
この異性化反応を起こさせる方法としては、光の照射による方法が簡便であり、かつパターニング精度も高いことから好ましい。即ち、本発明で用いるDAEは、一般に、300〜430nm、中でも300〜400nmの波長領域の紫外光を照射されることにより、開環状態から閉環状態に異性化し、また、450〜600nm、中でも500〜600nmの光が照射されることにより、閉環状態から開環状態に異性化する。
従って、この性質を利用して、例えば、以下の(A)又は(B)のようにして下地層に所定のパターンでDAEの異性化を起こさせることが好ましい。
【0038】
(A)DAEを含む下地層に、300〜430nm、中でも300〜400nmの波長領域の紫外光を全面的に照射して、下地層のDAEを全面的に閉環状態とする。その後、450〜600nm、中でも500〜600nmの光をレーザースポット走査により、所定のパターンに照射して照射部分のDAEを閉環状態から開環状態に異性化する。これにより、DAEの閉環分子のマトリックス中に、所定のパターン形状でDAEの開環分子が存在する下地層が形成される。なお、下地層が全て閉環状態である場合には、最初の全面照射工程は省略することができる。
【0039】
(B)DAEを含む下地層に、450〜600nm、中でも500〜600nmの波長領域の光を全面的に照射して、下地層のDAEを全面的に開環状態する。その後、300〜430nm、中でも300〜400nmの紫外光をレーザースポット走査により、所定のパターンに照射して照射部分のDAEを開環状態から閉環状態に異性化する。これにより、DAEの開環分子のマトリックス中に、所定のパターン形状でDAEの閉環分子が存在する下地層が形成される。なお、下地層が全て開環状態である場合には、最初の全面照射工程は省略することができる。
【0040】
[5]DAEを含む下地層上に中間層を形成する。
この中間層は、真空蒸着法、スパッタリング法等により形成することが好ましいが、ドクターブレード法、キャスト法、スピンコート法、浸漬法などにより形成する場合中間層の材料を溶媒で希釈して塗布液を調製し、この塗布液を用いることが望ましい。この場合、溶媒の種類としては、DAE層を侵さない溶媒であれば、特に限定されない。
この中間層は、前述のように1〜20nmの範囲で、DAE下地層の膜厚の2倍以下、好ましくは0.5〜1倍程度の厚さに形成される。
なお、上記[4]の工程と[5]の工程とは入れ変えて行うこともできる。
【0041】
[6]上述の如く、所定のパターンに従って、DAEの異性化反応をさせた下地層上の中間層上に第二電極を形成する。
この第二電極は真空蒸着法により形成することが好ましい。
第二電極の構成材料としては特に制限はないが、DAEの異性化により付着性に差異が生じるものが好ましく用いられ、例えば、マグネシウム、アルミニウム、カルシウム、リチウム等の金属の1種又は2種以上が挙げられる。
【0042】
この第二電極の膜厚には特に制限はなく、当該有機電子デバイスの用途において要求される電極性能を十分に発揮し得る程度であれば良いが、通常50nm以上、通常100nm以下である。
【0043】
このように異性化パターンが形成された下地層上の中間層上に電極材料を蒸着することにより、下地層のDAEが閉環状態となった部分に対応する中間層上に選択的に電極材料が付着し、DAEが開環状態の部分には電極材料が付着しないことにより、第二電極を所定のパターンに形成することが可能となる。
【0044】
即ち、前述の(A)の方法でレーザースポット走査により所定のパターンにDAEの開環分子を形成したものにあっては、この所定のパターン部分が電極材料の未蒸着部分となり、その他のマトリックス部分に、第二電極が形成される。また、前述の(B)の方法でレーザースポット走査により所定のパターンにDAEの閉環分子を形成したものにあっては、この所定のパターン部分が電極材料の蒸着部分となり、この部分に第二電極が形成される。
【0045】
このような本発明の方法によれば、幅450nm以下、例えば260〜450nmというような極細の電極のパターニングも、高精度に行うことができる。即ち、一般にレーザー光のスポットは、直径600nm以下、例えば260〜450nmというような極めて小さいスポットに絞ることができる。従って、このような小さいレーザースポットを走査することにより、このスポット径に応じた幅でレーザー光を照射することができる。
【0046】
一方、DAEは、開環状態で電極材料が付着せず、閉環状態で電極材料が付着するが、後述の実験例1,2に示すように、下地層の光照射部分のDAEが100%閉環状態になっていなくても、DAEの種類に応じて例えば50%以上が閉環状態であっても電極材料が付着する。従って、例えば、レーザー光が直接光照射されることにより閉環状態となった部分と、その近傍において、レーザー光の影響を受けて一部閉環状態となった部分を含めて、レーザー光のスポット径は、更にフィルターを工夫するなどすれば調節可能である。例えば、レーザー強度の強いところだけのスポットが可能となり、レーザー光のスポット以下の幅にDAEの閉環分子部を形成することができる。このため、この部分の中間層上に電極材料を付着させて、幅400nm以下の極細パターンを形成することが可能となる。
【0047】
なお、上記の光照射は、レーザースポットの走査によるものに限られず、光遮断マスクを用いても良く、マスクとスポット走査とを併用しても良い。
また、本発明において、電極のパターニングは、上述のようなDAEの異性化のみを利用する方法に限らず、別途メタルマスク等の他のパターニング手段を併用し、より一層高精度で効率的なパターニングを行うことも可能である。
【0048】
上述のようにして、基板上に第一電極、有機層及び第二電極を形成して本発明の有機電子デバイスを製造することができる。
【実施例】
【0049】
以下に実験例、実施例及び比較例を挙げて本発明をより具体的に説明する。
【0050】
実験例1
下記構造式で表されるDAEを用いて、真空蒸着法によってスライドガラス基板上に膜厚100nmでDAE薄膜を形成した。
【0051】
【化1】

【0052】
次に、このDAE薄膜に波長365nmの紫外光をその照射量を部分的に変えて照射して、同一のDAE薄膜に5段階の異性化状態を形成した。即ち、
状態0=全DAE分子が開環状態
状態1=全DAE分子の約20%が閉環状態(約80%が開環状態)
状態2=全DAE分子の約50%が閉環状態
状態3=全DAE分子の約80%が閉環状態
状態4=全DAE分子のほぼ100%が閉環状態
とした。このとき、DAEは閉環状態となることにより着色することから、異性化状態の程度によって、DAE薄膜は部分的に異なる程度に着色した。
【0053】
次に、このDAE薄膜上にマグネシウムを厚さ100nmに真空蒸着することよって、マグネシウムの付着状況を調べた。
その結果、図1に示す様に、閉環分子が50%以下(状態1,2)ではマグネシウムの付着が見られなかったが、80%以上(状態3,4)ではマグネシウムが付着することが分かった。
なお、図1には閉環分子比率を調べるための各状態における吸収スペクトルも併せて示してある。
【0054】
実験例2
実験例1において、DAEとして、下記構造式で表されるものを用いたこと以外は同様にして、マグネシウムの付着状況を調べる実験を行った。
【0055】
【化2】

【0056】
その結果、このDAEも、閉環状態でマグネシウム付着性を示し、開環状態でマグネシウムの非付着性を示すが、その程度は実験例1で用いたDAEと異なり、閉環分子が全分子の50%であってもマグネシウムが付着した。
【0057】
これらの結果から、DAEはその異性化状態により、マグネシウムの選択的付着性を示すが、マグネシウム付着性を示す閉環体比率は絶対的なものではなく、個々のDAEにより異なることが分かる。
【0058】
実験例3
図2(a)〜(e)に示す手順でDAE薄膜上のAlq3層へのマグネシウムの付着実験を行った。まず、実験例1と同様にしてガラス基板1に膜厚15nmのDAE薄膜2を形成した(図2(a))。
【0059】
このDAE薄膜2に波長365nmの紫外光3を全面的に照射して全面着色状態(閉環状態)とし(図2(b))、次に波長650nmの赤色レーザー(パワー1mW)4を直径1mm程度のスポットで照射して消色させ、異性化スポットを形成したサンプル(閉環体分子中に開環体分子のスポットを形成したもの)を必要個数作製した(図2(c))。
【0060】
各サンプルのDAE層上に更に、次のような膜厚でAlq3を蒸着し(ただし、No.1ではAlq3蒸着せず)(図2(d))、このAlq3層6上に実験例1と同様にしてマグネシウムを蒸着し(図2(e))、マグネシウムの付着状況を調べ、結果を図3に示した。
No.1:Alq3膜厚0nm
No.2:Alq3膜厚5nm
No.3:Alq3膜厚10nm
No.4:Alq3膜厚20nm
【0061】
図3より、No.1〜3ではDAEの開環分子に対応する部分(消色部分)にマグネシウムの未付着部分が存在するが、No.4では未付着部分が存在しない。
この結果から、更に、Alq3の膜厚とマグネシウムの付着性との関係を詳細に調べたところ、Alq3中間層の膜厚がDAE層の膜厚と等しい15nm付近で膜厚の選択的付着性の有無が現われ、Alq3中間層の膜厚が15nmを超えるとDAEの異性化によるマグネシウムの選択的付着性が損なわれることが分かる。
【0062】
実験例4
実験例3において、DAE層の膜厚とAlq3中間層との膜厚とを種々変えて同様のサンプルを作製し、同様にマグネシウムの選択的付着性の有無を調べ、結果を表1に示した。
【0063】
【表1】

【0064】
表1より、DAE層の膜厚程度まではAlq3中間層の厚さを厚くしてもマグネシウム選択的付着性が現われるが、Alq3層の膜厚が20nmを超えるとDAE層を幾ら厚くしてもそのような選択性がAlq3層表面で生じないことが分かる。従って、Alq3を中間層として用いる場合はその膜厚は20nm以下で用いることが望ましい。
【0065】
なお、Alq3は代表的な電子輸送材料であるが、更に中間層材料としてα−NPBを用いた実験も行ってみたところ、Alq3の場合と同様の結果が得られた。また、銀を中間層材料として形成した場合でも同様の結果が得られた。
【0066】
実施例1
典型的な有機電子デバイスである有機EL素子に、本発明を適用してマグネシウム陰極を形成した。
【0067】
ITO基板上にホール注入層として銅フタロシアニン層を膜厚2nmに蒸着により形成し、その上にホール輸送層としてα−NPB層を膜厚30nmに蒸着により形成し、更にその上に発光層としてルブレンをドープしたα−NPBを膜厚20nmで蒸着により形成した。更にその上に実験例1で用いたDAEの薄膜を膜厚5nmに蒸着してDAE薄膜を形成した。その後、実験例3と同様にして、このDAE薄膜に紫外線を10分間全面照射してDAE層を閉環状態とした後、波長650nmの赤色レーザーのスポット走査により、幅15μmの開環状態のパターンを直線状及びジグザグ状に形成した。その後、中間層(電子輸送層)としてAlq3を膜厚5nmで蒸着により形成し、更にマグネシウムを厚さ100nmに真空蒸着した。
このマグネシウムの蒸着膜を顕微鏡観察したところ、レーザーで走査してDAEを異性化反応させたパターンに対応したマグネシウム未蒸着パターンがAlq3層上に形成され、それ以外の部分にマグネシウムが蒸着されたことが確認された。
【0068】
次に、基板のITOを陽極、形成したマグネシウム蒸着膜を陰極として、両極間に電圧を印加して電流注入を行い、ITO側から発光の様子を観察した所、赤色レーザーの走査パターンに対応して未発光パターンが形成され、マグネシウムが形成された部分は明るく発光していることが確認された。
【0069】
比較例1
実施例1において、Alq3中間層を形成しなかったこと以外は同様にして有機EL素子を作製した。このとき、マグネシウムは実施例1と同様の選択的付着性で蒸着された。
この有機EL素子について、同様に電流流入を行ったところ、目視により、DAEの異性化反応パターンに対応した未発光部分が確認されたものの、発光部分の光は極めて暗かった。
これは、実施例1では中間層として挿入したAlq3層が電子輸送層として有効に機能しているため、効率的な発光が行われたのに対して、比較例1ではこのAlq3中間層がないために、発光効率が劣ることによるものと推定された。
【0070】
比較例2
実施例1において、DAE層を形成しなかったこと以外は同様にして有機EL素子を作製した。このとき、マグネシウムは全面的に付着した。
この有機EL素子について、同様に電流注入を行ったところ、明るく発光したが全面発光であり何らかのパターンが形成されている様子は確認できなかった。
【0071】
なお、上記実施例では、マグネシウム未付着パターンを赤色レーザー走査によって形成したが、紫外光レーザーの走査により着色(開環体から閉環体への異性化)ラインを形成し、この走査パターンに倣う形状のマグネシウム付着パターンにより、同様に有機EL素子の電極のパターニングを行うこともできた。
また、DAE層層の異性化パターンの形成をAlq3中間層の形成後に行っても同様の結果を得ることができた。
【0072】
また、本発明は有機ELデバイスに制限されることはなく、有機TFTや有機メモリ素子など様々な有機電子デバイスに適用可能であることは明らかである。また、用いるDAEについても、ここに挙げた例以外のものを同様に適用可能であることも明らかである。
【図面の簡単な説明】
【0073】
【図1】図1(a)は実験例1におけるDAEの異性化状態とマグネシウムの付着状態を示す写真であり、図1(b)は同DEAの閉環分子比率を示す吸収スペクトルである。
【図2】実験例3における実験方法を示す説明図である。
【図3】実験例3におけるマグネシウムの付着状況を示す写真である。
【符号の説明】
【0074】
1 基板
2 DAE薄膜
3 紫外光
4 赤色レーザー
5 異性化パターン
6 Alq3層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
第一電極及び第二電極と、これらの電極間に設けられた有機層とを有する有機電子デバイスにおいて、第一電極と有機層との間、及び/又は、第二電極と有機層との間に、光照射により異性化状態の異なるパターンが形成された、置換基を有しても良い1,2−ジアリールエテンを含む層を有する有機電子デバイスであって、第一電極と1,2−ジアリールエテンを含む層との間、及び/又は、第二電極と1,2−ジアリールエテンを含む層との間に中間層を有することを特徴とする有機電子デバイス。
【請求項2】
基板、第一電極、有機層及び第二電極を有する有機電子デバイスにおいて、基板と第一電極との間、第一電極と有機層との間、及び、第二電極と有機層との間のいずれか1以上に、光照射により異性化状態の異なるパターンが形成された、置換基を有しても良い1,2−ジアリールエテンを含む層を有する有機電子デバイスであって、第一電極と1,2−ジアリールエテンを含む層との間、及び/又は、第二電極と1,2−ジアリールエテンを含む層との間に中間層を有することを特徴とする有機電子デバイス。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の有機電子デバイスにおいて、第一電極及び/又は第二電極に、前記1,2−ジアリールエテンを含む層の異性化状態の異なるパターンに対応したパターンが含まれることを特徴とする有機電子デバイス。
【請求項4】
有機電子材料からなる層に電圧を印加して機能させる有機電子デバイスを製造する方法において、置換基を有しても良い1,2−ジアリールエテンを含む下地層を形成する工程と、該下地層の1,2−ジアリールエテンを所定パターン状に異性化反応させる工程及び該下地層上に中間層を形成する工程と、次いで該中間層上に電極材料を付与して、前記所定パターンに対応した電極パターンを形成する工程とを有することを特徴とする有機電子デバイスの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2006−277973(P2006−277973A)
【公開日】平成18年10月12日(2006.10.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−90713(P2005−90713)
【出願日】平成17年3月28日(2005.3.28)
【出願人】(304025138)国立大学法人 大阪教育大学 (13)
【出願人】(000005968)三菱化学株式会社 (4,356)
【Fターム(参考)】