説明

核分裂性物質を含む粒子の濃縮度別検出方法

【課題】採取したスワイプ試料中に含まれる極微量核分裂性物質を含む粒子をフィッショントラック法によって検出する手法において、原子間力顕微鏡のような特殊な装置を用いた高度な測定技術を必要とせず、また、フィッショントラックのコアの形状が粒子の表面形状に依存する影響をなくして、短時間で容易に核分裂性物質を含む粒子を濃縮度別に検出する。
【解決手段】スワイプ試料から粒子を回収する際に粒径を調整することにより粒径の影響をなくすと共に、検出器の化学エッチングによりフィッショントラックが現れるまでの時間とフィッショントラックの形状は核分裂性粒子の濃縮度に依存することを利用して、検出器のエッチング時間を制御する。なお、粒子回収の際の粒径調整法としては2段式粒子吸引法を用いる事が出来る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、原子力に関連する保障措置や環境科学の分野におけるスワイプ試料に含まれる極微量の核分裂性物質を含む粒子の回収、検知とその分析に関するものである。即ち、化学エッチングによってフィッショントラックが現れるまでの時間が核分裂性物質の濃縮度に依存することを利用して、フィッショントラック検出器のエッチング時間を制御することによって、核分裂性物質を含む粒子を濃縮度別に検出できるようにしたものである。
【背景技術】
【0002】
フィッショントラックは、フィッション(核分裂)によって生じた荷電粒子が絶縁性の固体中を通過する際に固体に損傷を与え、それが飛跡として残る現象である。これを核分裂性物質を含む粒子検知のために応用したのが次に述べる方法である。
【0003】
粒子を閉じ込めた固体飛跡検出器に熱中性子照射を行い、誘導核分裂によって検出器内に生じる核分裂片のトラック(飛跡)から核分裂性物質を含む粒子を検知するものである。検知された粒子を取り出し、表面電離型質量分析装置により元素核種・同位体比測定を行う。この際、トラックの数は、熱中性子のフルエンス(単位面積当たりの熱中性子の数)が一定であれば、粒子に含まれている核分裂性元素の数に比例する。ウラン粒子の場合、熱中性子照射による核分裂はウラン-235同位体のみに依存するので、ウラン-235同位体の割合が高い高濃縮度ウランあるいは、同じ濃縮度の場合、核分裂性物質を含む粒子の粒径が大きい方がトラックの数が多くなる。
【0004】
これを、原子力関連施設内外で機器等の表面をスワイプ材(材質:コットン)でふき取った粒子に適用するためには、スワイプ試料中の粒子から核分裂性物質を含む粒子だけを検出して取り出す必要がある。この際、検出された粒子数が多数の場合、目的に応じた粒子の検出ができれば、即ち、質量分析器による測定の前に粒子の濃縮度が推定できれば、効率よい分析が可能である。例えば、保障措置環境試料のように、多数の粒子の中に保障措置の対象になる粒子が僅かに含まれている場合、あるいは保障措置上緊急を要する場合は、質量分析の前の濃縮度推定は非常に重要な意味を有する。
【0005】
濃縮度別粒子検出に関する従来の方法は、種々の濃縮度の球形のウラン標準粒子に対して、熱中性子照射によるフィッショントラックとそのコア部分のくぼみの大きさ(直径と深さ)を原子間力顕微鏡で測定し、フィッショントラックの大きさをくぼみの深さで規格化する。この規格化により、くぼみの大きさは粒子の濃縮度に依存することから、フィッショントラック形状のパラメータと濃縮度との相関が求められる。この相関を利用して、濃縮度未知のウラン粒子から求めたパラメータから濃縮度を計算する。
【0006】
又、検出器のエッチング時間のみの制御によるウラン粒子の濃縮度別検出の可能性が示されている(非特許文献参照)。
【非特許文献1】井口一成 著、保障措置環境試料のパーティクル分析のためのポリカーボネート検出器のエッチング条件に関する研究、Radiation measurements、Vol. 40、p.363-366、Elsevier出版、2005年11月発行。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従来の方法は、濃縮度未知の粒子のフィッショントラックとコア部分のくぼみの大きさ(直径と深さ)を測定する必要がある。しかし、この測定には、原子間力顕微鏡という特殊な装置が必要であることと、高度な測定技術が要求される。また、フィッショントラックのコアの形状は非常に微細である上、その形状は粒子作製条件によって異なる可能性がある。特に、環境試料中の粒子は、標準粒子の形状と異なって、球形ではなく複雑な形状を有するものが殆どであることを考えると、標準試料から求めたパラメータを表面形状が複雑な環境試料中の粒子に適用するのは困難である。また、原子間力顕微鏡によるフィッショントラックの形状の測定・解析は長時間を要する。
【0008】
又、検出器のエッチング時間のみの制御による濃縮度別検出法では、高濃縮度の粒径の小さい粒子場合は、低濃縮度の粒径の大きい粒子とフィッショントラックが現れるまでのエッチング時間の差が小さくなる。即ち、エッチング時間のみでは、完全な濃縮度別検出が困難である。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、特許請求の範囲に記載されるとおり、原子力関連施設内外で採集したスワイプ試料中に含まれる極微量核分裂性物質を含む粒子をフィッショントラック法によって検出する手法において、粒径の違いによる影響を無くすために用いた2段式粒子分吸法により回収した粒子を閉じ込めた検出器を作製し、その検出器の化学エッチングによりフィッショントラックが現れるまでの時間と、そのフィッショントラックの形状は粒子の濃縮度に依存することを利用して、検出器のエッチング時間の制御とフィッショントラックの形状を比較することにより、核分裂性物質を含む粒子を濃縮度別に検出できることを特徴とする方法である。
【発明の効果】
【0010】
本発明により、回収された粒子の中から核分裂性物質を含む粒子を濃縮度別に検出することが出来る。その具体的な効果として、フィッショントラックの明瞭化のための検出器のエッチング時間を制御することにより、核分裂性物質を含む粒子を濃縮度別に検出することができる。
【0011】
即ち、本発明においては、まず、スワイプ試料から粒子回収の際、2段式粒子分吸法を用いることにより、フィッショントラックが現れるまでのエッチング時間に対する粒径の影響を改善した。即ち、粒径の小さい高濃縮度の粒子と粒径の大きい低濃縮度の粒子は、粒子分吸をしない場合はエッチング時間の制御による両粒子の区別は難しいが、本発明では粒子分吸により粒径を揃えることが出来るので、粒径の違いの影響が克服できる。
【0012】
又、その粒子を用いて作製した検出器のエッチングによりフィッショントラックが現れるまでの時間とフィッショントラックの形状は、粒子の濃縮度によって異なることを利用して、そのエッチング時間を制御することにより、質量分析器による同位体比測定の前に、核分裂性物資を含む粒子の濃縮度が推定できるという、本発明の特有の顕著な効果を生ずる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明を実施するための、フィッショントラック検出用の試料作製法には2種類がある。粒子を検出器の中に閉じ込める粒子層と検出器が一体型のものと、粒子層と検出器が別々である分離型である。本発明は、両試料作製法に対して適用できるが、一体型の試料を例で述べる。スワイプ試料から粒子の回収法、回収された粒子を閉じこめた検出器の作製法、検出器のエッチング法、フィッショントラックが現れるまでのエッチング時間と粒子の濃縮度との関係について、図1から4に基づいて説明する。
【0014】
図1は、スワイプ試料から粒子を回収する際、粒径別に回収するための粒子回収系を示す。図1に示されるように、ポリカーボネート製メンブランフィルターを装着した吸引ホルダーを2個連結させ、前のホルダー(前段)と後ろのホルダー(後段)のフィルターの孔径の違いにより分吸を行う(2段式粒子吸引法)。即ち、前段のフィルターを通って後段のフィルターに回収される粒子の大きさは、前段のフィルター孔径より小さくなる。これを利用して、前段には孔径2ミクロン又は1ミクロンのフィルターを、後段にはそれぞれ0.2ミクロンのフィルター用いて分吸を行った例を図2(a)と(b)に示す。図に示されるように、後段には、前段のフィルターの孔径より小さい粒子だけが回収される。このように、2段式粒子吸引法により、後段のフィルターに回収された粒子を被検出粒子として使用すると、スワイプ試料から粒径の揃った粒子を回収して使用することができる。即ち、回収された粒子の粒径が前段のフィルター孔径以下で、後段のフィルター孔径以上のものに粒径が調整されるので、粒径の違いによる検出結果への影響を防ぐことができる。
【0015】
図3には、2段式粒子吸引法により粒子を回収したフィルターから検出器の作製工程について述べる。まず、粒子を回収したフィルターを1,2−ジクロロエタン及びジクロロメタンの混合液に溶解し、その懸濁液を良く撹拌した後、ガラス板上に薄く延ばすことにより、粒子を閉じ込めたフィルム形状の試料を作製し、乾燥処理させた後、ガラス板からフィルムを剥がす。このフィルムに熱中性子を照射し、フィルム中に含まれる核分裂性物質が核分裂し、その核分裂片がフィルム中にトラックを形成する。その後、フィルムは、水酸化ナトリウム水溶液に浸漬されてエッチング処理され、核分裂粒子のトラックが観察される。本発明において調製した粒子を閉じ込めたフィルム試料は、検出器としての機能も果たすので、フィッショントラックの中心には必ず粒子が存在している。即ち、フィッショントラックを検出することにより核分裂性物質を含む粒子が検出されることになる。最終的には、粒子を含むフィッショントラックの周辺を切り取り、質量分析用の試料とし、表面電離型質量分析計による同位体比測定が行われる。
【0016】
図4は、エッチングによりフィッショントラックが現れるまでの時間のウラン粒子濃縮度依存性を示す。図に示されるように、フィッショントラックが現れるまでのエッチング時間は、濃縮度が高くなるほど、短いことが分かる。即ち、図4に示されるような、フィッショントラックが現れるまでのエッチング時間と濃縮度との関係から、エッチング時間を制御することにより、ウラン粒子を濃縮度別に検出できることが可能である。即ち、図4には、ウラン濃縮度が85%、35%、10%、5%及び天然組成のウラン粒子(NU)を含有する5種類の検出器をそれぞれ作製し、それらを別個にエッチング処理した場合に、これらの検出器にフィッショントラックが初めて現れるエッチング時間を示している。
【0017】
2段式粒子吸引法とエッチング時間の制御を利用した本発明は、粒子を閉じ込めたフィルム形状の試料が検出器としての機能も有するので、検出器のエッチングまでの工程が簡便であり、濃縮度の推定も検出器のエッチング工程だけで可能であるため、従来法とは全く異なり、原子間力顕微鏡による微細なフィッショントラック形状の測定が必要ないため、迅速な濃縮度の推定が可能である。又、粒径の揃った粒子が回収可能であるため、エッチング時間のみの制御による濃縮度別検出時の問題点である粒径の違いによる影響を防ぐことができる。
【0018】
又、本発明による濃縮度別粒子検出法は、核分裂性粒子によるフィッショントラックを検出器に形成させるための試料形態に依存しない特徴がある。即ち、本発明に用いた粒子を検出器の中に閉じ込める一体型試料以外に、検出器と粒子層が分離された分離型試料においても、適用することができる。
【実施例】
【0019】
エッチング時間の制御とフィッショントラックの形状の比較によるウラン粒子の濃縮度別検出を検証するために、濃縮度混合試料を作製する。まず、2段式粒子吸引法により、前段には孔経3ミクロン、後段には孔経1ミクロンのポリカーボネート製メンブランフィルターを用い、天然組成のウラン粒子(NU)と35%濃縮ウラン粒子をフィルター上に吸引回収する。両粒子を回収した後段のフィルターを1,2-ジクロロエタン及びジクロロメタン混合液により溶解し、その懸濁液をガラス板上に流し再固化させることにより、粒子を閉じ込めたフィルム形状の試料を作製する。そのフィルムを乾燥処理させた後、ガラス板から剥がし、8×1014/cmの熱中性子フルエンスで照射し、フィルム中に含まれる核分裂性物質が核分裂し、その核分裂片がフィルム中にトラックを形成する。その後、フィルムは、55℃の6M−NaOH(水酸化ナトリウム水溶液)に浸漬されてエッチング処理され、核分裂粒子のトラックが観察される。ウラン粒子の濃縮度別検出のためのエッチング時間は、図4に示されるウラン粒子の濃縮度とフィッショントラックが現れるまでのエッチング時間の関係から、2.5分と7分を用いた。2.5分のエッチング時間は35%濃縮ウラン粒子によるフィッショントラックが十分現れる時間である。これに対して、7分のエッチング時間は天然組成のウランによるフィッショントラックが十分検出される時間である。
【0020】
図5(a)と(b)は、2.5分と7分間のエッチングにより現れたウラン粒子に対する表面電離型質量分析計による同位体比測定の結果を示す。図5(a)に示されるように、2.5分間のエッチングで検出された粒子はすべて35%濃縮ウラン粒子であることが確認された。これに対して、7分のエッチングで検出された粒子は、図5(b)に示されるように、天然組成のウランと35%濃縮ウランの両方が検出された。7分のエッチングで35%濃縮ウランが検出されたのは、2.5分間のエッチングで検出されなかった微小な35%濃縮ウラン粒子の出現のよることである。このことは、フィッショントラックの形状から確認できる。
【0021】
即ち、図5では、35%濃縮ウランと天然ウランとの混合試料を含有する検出器を作製し、まず、これを2.5分間エッチング液に浸漬すると図5(a)に示されるとおり35%濃縮ウランのみのフィッショントラックが現れ、この検出器を更にエッチングを続けて7分間浸漬すると図5(b)に示されるとおり天然ウランによるフィッショントラックと35%濃縮ウラン残部によるフィッショントラックとが現れることを示している。
【0022】
図6は、2.5分と7分間のエッチングで検出されたフィッショントラックの典型的な形状を示しており、図6の中の番号は図5の粒子番号に対応している。図6に示されるように、7分間のエッチングにより検出された天然ウラン粒子(10-12)と35%濃縮ウラン(16,17)はフィッショントラックの形状から明確に区別できる。図6の中の写真番号16と17のフィッショントラックの形状(トラックの本数)は、天然組成のウラン粒子によるフィッショントラックの形状(10-12)よりも、2.5分間のエッチングで検出された35%濃縮ウラン粒子のフィッショントラックの形状と同様な形状をしている。このように、エッチング時間とフィッショントラックの形状を比較することによりウラン粒子の濃縮度別検出が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】本発明に用いた2段式粒子回収法を示す図である。
【図2】本発明に用いた2段式粒子回収法により回収された粒子の粒径分布を示す図である。
【図3】本発明を実施するための試料調製の工程を示す図である。
【図4】本発明における、エッチングによりフィッショントラックが初めて現れるまでの時間とウラン粒子の濃縮度の関係を示す図である。
【図5】本発明における、濃縮度混合試料(天然組成ウラン+35%濃縮ウラン)において、エッチング時間2.5分(a)と7分(b)で検出されたウラン粒子の表面電離型質量分析計による同位体比測定結果を示す図である。
【図6】本発明における、エッチング時間2.5分(a)と7分(b)で検出されたフィッショントラックの形状の例を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
原子力関連施設内外で採集したスワイプ試料中に含まれる極微量核分裂性物質を含む粒子をフィッショントラック法によって検出する手法において、前記粒子の粒径を調整することにより粒径の違いによる影響をなくすと共にフィッショントラックを検出するための検出器の化学エッチング時間を制御することにより、核分裂性物質を含む粒子の濃縮度別検出ができることを特徴とする方法。
【請求項2】
化学エッチングにより、検出器上にフィッショントラックが現れるまでの時間と、そのフィッショントラックの形状は核分裂性粒子の濃縮度に依存することを利用して、エッチング時間を制御することにより濃縮度別に粒子が検出できる請求項1に記載の方法。
【請求項3】
スワイプ試料から粒子を回収する際、孔径が異なる粒子回収用のフィルターが装着された粒子吸引用ホルダーを2個連結された2段式粒子吸引法を用いることにより、粒径が揃った粒子の回収が可能になり、これによりフィッショントラックが現れるまでの時間の粒径による影響を受けることなしに、濃縮度別にエッチング時間の制御ができる請求項2に記載の方法。
【請求項4】
孔径が異なる複数のフィルターに濃縮度の異なる核分裂性粒子からなる混合試料を吸引捕集し、捕集後の粒径が調整された混合試料を回収し、その混合試料を含有するフィッショントラック検出用検出器を作製し、それに熱中性子を照射した後にエッチング処理して検出器にフィッショントラックを形成させ、その検出器のエッチング処理を濃縮度の高い核分裂性粒子のフィッショントラックが現れる時間帯と濃縮度の低い核分裂性粒子のフィッショントラックが現れる時間帯とに分けて断続して行うことにより、核分裂性粒子の粒径の違いによる検出結果への影響を無くして核分裂性粒子を濃縮度別に検出する請求項1乃至3のいずれかに記載の方法。




【図2】
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【図4】
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【図5】
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【図1】
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【図3】
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【図6】
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【公開番号】特開2008−26056(P2008−26056A)
【公開日】平成20年2月7日(2008.2.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−196717(P2006−196717)
【出願日】平成18年7月19日(2006.7.19)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成17年度、文部科学省、保障措置環境分析開発調査、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受ける特許出願
【出願人】(505374783)独立行政法人 日本原子力研究開発機構 (727)
【Fターム(参考)】