説明

油圧クラッチの作動装置

【課題】定格出力の小さな小型の電動モータで駆動する油圧ポンプを備えることができる油圧クラッチの作動装置を提供することを課題とする。
【解決手段】摩擦係合部に発生するクラッチ吸収エネルギE、油圧ポンプの吐出油量である必要吐出量Qおよび電動モータに供給する電源電圧Vを算出する(ステップS1〜S3)。そして、電源電圧供給装置の出力電圧Voutが、算出した電源電圧Vより低いとき(ステップS4→Yes)、電源電圧Vが出力上限電圧VMAX以下であれば(ステップS5→No)、出力電圧Voutを電源電圧Vまで昇圧する(ステップS10)。
一方、電源電圧Vが出力上限電圧VMAXより高いとき(ステップS5→Yes)、出力電圧Voutを出力上限電圧VMAXまで昇圧し、そのときの最大潤滑流量QMAXに基づいて設定する目標伝達トルクTOBJを油圧クラッチに発生させる(ステップS6〜S9)。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、油圧クラッチの作動装置に関し、より詳しくは、作動油の油圧で摩擦係合部に係合力を発生させる油圧クラッチの作動装置に関する。
【背景技術】
【0002】
エンジンが出力する駆動力を左右の駆動輪に任意の比率で配分して、旋回時の安定性を向上させる駆動力配分装置を備える車両が知られている。
このような駆動力配分装置は左右の駆動輪に対応する2つの油圧クラッチを含んで構成され、その油圧クラッチに発生するトルク(伝達トルク)を調節することで、左右の駆動輪に配分される駆動力の比率を調節している。
【0003】
駆動力配分装置を制御する制御装置は、左右の駆動輪に配分する駆動力の比率を設定すると、設定した比率に応じた伝達トルクを目標伝達トルクとして設定する。そして、油圧クラッチが、目標伝達トルクと同等の伝達トルクを発生するように制御している。
さらに、油圧クラッチに発生する実際の伝達トルクをフィードバックし、制御装置が設定する目標伝達トルクと実際の伝達トルクの偏差が減少するようにフィードバック制御することで、油圧クラッチの伝達トルクを目標伝達トルクに合わせ込むことができる。
【0004】
油圧クラッチは、作動油の油圧で駆動するピストンで摩擦係合部材の摩擦面を係合して伝達トルクを発生させる構造であり、作動油の油圧の調節によって伝達トルクを調節できる。
また、作動油の一部を潤滑油として用いて油圧クラッチが過熱状態になることを防止している。
【0005】
そして、駆動力配分装置には、油圧クラッチに作動油(潤滑油)を供給するポンプ(油圧ポンプ)が備わる。
例えば、特許文献1には、ディファレンシャルケースの回転に連動して駆動するポンプで油圧クラッチに作動油を供給する駆動力配分装置の技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2007−40523号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
例えば、特許文献1に開示される技術によると、油圧ポンプは車両の走行時には常に駆動するが、油圧ポンプは、油圧クラッチを係合するときなど、油圧クラッチに作動油や潤滑油の供給が必要なときに駆動すればよい。
したがって、特許文献1に開示される技術では、油圧ポンプの駆動が必要でないときにも油圧ポンプが駆動することになり、車両の燃費低下の要因となる。
【0008】
そこで、車両の燃費を向上させるものとして、電動モータで駆動する油圧ポンプを備える駆動力配分装置が考えられる。この駆動力配分装置は、油圧ポンプを電動モータで駆動することにより、油圧クラッチへ作動油や潤滑油の供給が必要なときのみ油圧ポンプを駆動することができる。
しかしながら、このような駆動力配分装置は、電源電圧が低下したときに油圧クラッチへ充分な量の潤滑油を供給して油圧クラッチが過熱状態になることを防止するため、定格出力の大きな大型の電動モータが必要になり、車両への搭載性が悪化するという問題がある。
また、大型の電動モータの使用によって消費電力が増え、ディファレンシャルケースの回転に連動して駆動する油圧ポンプほどではないが燃費が低下するという問題がある。
【0009】
そこで本発明は、定格出力の小さな小型の電動モータで駆動する油圧ポンプを備えることができる油圧クラッチの作動装置を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
前記課題を解決するため、本発明の請求項1は、摩擦係合部と、前記摩擦係合部に係合力を発生させる油圧作動式ピストンと、前記油圧作動式ピストンに作動油を供給するとともに前記摩擦係合部に潤滑油を供給する油圧ポンプと、前記油圧ポンプを駆動する電動モータと、前記電動モータへ電力を供給する電源装置と、前記電力の電圧を昇圧させる昇圧手段と、を備え、前記電力の電圧の上昇にともなって、前記摩擦係合部に供給される前記潤滑油の供給量が増大する油圧クラッチの作動装置とする。そして、前記係合力が発生した状態の前記摩擦係合部の温度が上昇して到達する最高温度が所定の限界温度以下になるように、前記電力の電圧を前記昇圧手段で昇圧することを特徴とする。
【0011】
請求項1の発明によると、油圧ポンプを駆動する電動モータに供給される電力の電圧を昇圧手段で昇圧して、係合力が発生した状態の摩擦係合部の温度が上昇して到達する最高温度を所定の限界温度以下にすることができる。
したがって、油圧クラッチの作動装置は、電源装置の出力電圧が低下した場合、電動モータに供給される電源電圧を昇圧手段で昇圧して、摩擦係合部の温度が上昇して到達する最高温度を所定の限界温度以下にすることができ、ひいては、定格出力の小さな小型の電動モータで駆動する油圧ポンプであっても、油圧クラッチが過熱状態になることを防止できる。
【0012】
また、本発明の請求項2に記載の油圧クラッチの作動装置は、請求項1に記載の油圧クラッチの作動装置であって、前記電源装置の起電力が所定の定格値より低下したときに、前記最高温度が前記限界温度以下になるように、前記電力の電圧を前記昇圧手段で昇圧することを特徴とする。
【0013】
請求項2の発明によると、電源装置の起電力が所定の定格値より低下して電源装置の出力電圧が低下した場合に、昇圧手段で電動モータに供給される電源電圧を昇圧でき、摩擦係合部の温度が上昇して到達する最高温度を所定の限界温度以下にすることができる。
【0014】
また、本発明の請求項3に記載の油圧クラッチの作動装置は、請求項1または請求項2に記載の油圧クラッチの作動装置であって、前記電力の電圧が、前記電源装置が出力可能な上限電圧まで昇圧した場合、前記最高温度が前記限界温度以下になるように、前記係合力を低下することを特徴とする。
【0015】
請求項3の発明によると、電動モータに供給される電源電圧が、電源装置が出力可能な上限電圧まで昇圧手段で昇圧した場合、摩擦係合部に発生する係合力を低下することによって、係合力が発生した状態の摩擦係合部の温度が上昇して到達する最高温度を所定の限界温度以下にすることができる。
したがって、油圧クラッチの作動装置は、定格出力の小さな小型の電動モータで駆動する油圧ポンプであっても、油圧クラッチが過熱状態になることを防止できる。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、定格出力の小さな電動モータで駆動する油圧ポンプを備えることができる油圧クラッチの作動装置を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】フロントエンジン・フロントドライブ車の動力伝達系を示すスケルトン図である。
【図2】油圧回路の構成を示す図である。
【図3】油圧回路の構成を示す図である。
【図4】油圧クラッチの一構成例を示す一部拡大断面図である。
【図5】(a)は、電源電圧供給装置の出力電圧と潤滑油の持つ冷却熱量の関係を示す図、(b)は、クラッチ吸収エネルギとクラッチディスクの発熱量の関係を示す図である。
【図6】温度上昇抑制手順を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明を実施するための形態について、適宜図を参照して詳細に説明する。
図1に示すように構成される、車両の動力伝達系に備わる駆動力配分装置1は、エンジンEが出力する駆動力を、左右の駆動輪WFL,WFRに任意の比率で配分して伝達する装置である。
【0019】
駆動力配分装置1には、トランスミッションMから延びる入力軸2aに設けた入力ギヤ2に噛み合う外歯ギヤ3から駆動力が伝達される差動装置Dが一体に設けられる。差動装置Dはダブルピニオン式の遊星歯車機構よりなり、外歯ギヤ3と一体に形成されたリングギヤ4と、このリングギヤ4の内部に同軸に配設されたサンギヤ5と、リングギヤ4に噛み合うアウタプラネタリギヤ6およびサンギヤ5に噛み合うインナプラネタリギヤ7を、それらが相互に噛み合う状態で支持するプラネタリキャリア8とから構成される。差動装置Dは、そのリングギヤ4が入力要素として機能するとともに、一方の出力要素として機能するサンギヤ5が左出力軸9および左車軸Aを介して左駆動輪WFLに接続され、また他方の出力要素として機能するプラネタリキャリア8が右出力軸9および右車軸Aを介して右駆動輪WFRに接続される。
【0020】
駆動力配分装置1は、特殊な遊星歯車機構を備えており、そのキャリア部材11が左出力軸9の外周に回転自在に支持されるとともに、円周方向に90°間隔で配置された4本のピニオン軸12(図1には2本のピニオン軸12を図示)の各々に、第1ピニオン13、第2ピニオン14および第3ピニオン15を一体に形成した3連ピニオン部材16が回転自在に支持される。左出力軸9の外周に回転自在に支持されて第1ピニオン13に噛み合う第1サンギヤ17は、差動装置Dのプラネタリキャリア8に連結される。また左出力軸9の外周に固定された第2サンギヤ18は第2ピニオン14に噛み合う。更に、左出力軸9の外周に回転自在に支持された第3サンギヤ19は第3ピニオン15に噛み合う。
【0021】
第3サンギヤ19は、左出力軸9の外周に嵌合するスリーブ21および左側の油圧クラッチ30(以下、左クラッチ30と称する場合がある)を介してハウジング20に結合可能であり、左クラッチ30の係合によってキャリア部材11の回転速度が増速される。また、キャリア部材11は、右側の油圧クラッチ30(以下、右クラッチ30と称する場合がある)を介してハウジング20に結合可能であり、右クラッチ30の係合によって、キャリア部材11の回転速度が減速される。
【0022】
駆動力配分装置1の右クラッチ30が係合されると、摩擦による係合力(以下、摩擦係合力と称する)によってキャリア部材11がハウジング20に結合され、右クラッチ30には、キャリア部材11の回転を抑制する方向のトルクが伝達トルクとして発生する。そして、キャリア部材11は回転を停止する。このとき、左駆動輪WFLと一体に回転する左出力軸9と、右駆動輪WFRと一体に回転する右出力軸9(即ち、差動装置Dのプラネタリキャリア8)とは、第2サンギヤ18、第2ピニオン14、第1ピニオン13および第1サンギヤ17を介して連結されているため、左駆動輪WFLの回転速度Nは増速される。
【0023】
さらに、右クラッチ30の摩擦係合力を適宜調節することで伝達トルクを調節することができ、キャリア部材11の回転速度を減速できる。そして、その減速に応じて左駆動輪WFLの回転速度Nを右駆動輪WFRの回転速度Nに対して増速させることができ、右駆動輪WFRから左駆動輪WFLに任意の駆動力を伝達することができる。
【0024】
また、駆動力配分装置1の左クラッチ30を係合すると、摩擦係合力によってスリーブ21がハウジング20に結合され、左クラッチ30には、スリーブ21の回転を抑制する方向のトルクが伝達トルクとして発生する。そして、スリーブ21は回転を停止する。その結果、スリーブ21に第3サンギヤ19を介して接続された第3ピニオン15が公転および自転し、左出力軸9の回転速度に対してキャリア部材11の回転速度が増速され、右駆動輪WFRの回転速度Nは左駆動輪WFLの回転速度Nに対して増速される。
【0025】
この場合にも、左クラッチ30の摩擦係合力を適宜調節することで伝達トルクを調節することができ、キャリア部材11の回転速度を増速できる。そして、その増速に応じて右駆動輪WFRの回転速度Nを左駆動輪WFLの回転速度Nに対して増速し、左駆動輪WFLから右駆動輪WFRに任意の駆動力を伝達することができる。
【0026】
また、駆動力配分装置1には、エンジントルクTe、エンジン回転速度Ne、車速V、図示しない操向ハンドルの操舵角θ等に基づいて、左右の駆動輪WFL,WFRにエンジンEの駆動力を配分する比率を決定し、駆動力配分指示信号DDIsを出力する主制御部Uと、油圧クラッチ30(30,30)の伝達トルクを調節する電子制御ユニット(制御装置)23と、作動油を油圧クラッチ30の図示しない油圧系統に送油する油圧回路24と、左右の駆動輪WFL,WFRの回転速度N,Nをそれぞれ検出して電子制御ユニット23に入力する車輪速センサ51(51,51)が備わる。
【0027】
電子制御ユニット23は、主制御部Uから入力される駆動力配分指示信号DDIsに基づいて、左右の油圧クラッチ30,30に発生させる伝達トルクを算出し、算出した伝達トルクを油圧クラッチ30に発生させるための制御信号Lsを油圧回路24に入力する。また、伝達トルクを発生する左右の油圧クラッチ30,30を択一的に選択するための制御信号Cs,Csを油圧回路24に入力する。
【0028】
油圧回路24は、電子制御ユニット23から入力される制御信号Lsに基づいて油圧クラッチ30に送油する作動油の油圧を設定する。そして設定した油圧の作動油を、制御信号Cs,Csで択一的に選択される左右の油圧クラッチ30,30の図示しない油圧系統にそれぞれ送油して選択された油圧クラッチ30を係合し、左右の油圧クラッチ30,30にそれぞれ発生する伝達トルクを調節する。
すなわち、電子制御ユニット23は、制御信号Cs,Csおよび制御信号Lsで油圧回路24を制御して、左右の油圧クラッチ30,30に発生する伝達トルクを調節する。
また、駆動力配分装置1には、油圧センサ50(50,50)が備わる。
そして、左クラッチ30に送油される作動油の油圧Psを油圧センサ50が検出して検出信号を電子制御ユニット23に入力し、右クラッチ30に送油される作動油の油圧Psを油圧センサ50が検出して検出信号を電子制御ユニット23に入力するように構成される。
【0029】
油圧回路24は油圧クラッチ30を駆動する作動油が循環する回路であり、図2に示す油圧ポンプ100がオイル溜101から油路L1を介して汲み上げる作動油は、レギュレータバルブ102で一次調圧される。
【0030】
油圧ポンプ100は、バッテリ等の電源電圧供給装置BATT(電源装置)が出力する電力の電圧(出力電圧)Voutが電源電圧Vとして供給される電動モータMOTによって駆動され、例えば、電子制御ユニット23(図1参照)から入力される制御信号によって、駆動状態が制御されるように構成される。
また、電源電圧供給装置BATTから電動モータMOTに供給される電力の電圧(出力電圧Vout)を計測する電圧計測手段B1(電圧計等)が備わっている。
電圧計測手段B1は計測した電圧を電子制御ユニット23に入力し、電子制御ユニット23は出力電圧Voutを検知できる。
【0031】
また、電源電圧供給装置BATTには、エンジンE(図1参照)で駆動する図示しない発電機が接続され、当該発電機で発電された電力を充電可能に構成される。
さらに、電源電圧供給装置BATTは、出力電圧Voutを昇圧する昇圧手段B2(例えば、可変レギュレータ)を備え、電子制御ユニット23が出力する制御信号に応じて出力電圧Voutを昇圧できるように構成される。
【0032】
電動モータMOTは、例えばDCモータであり、回転速度とトルクの関係が、供給される電源電圧Vに応じて変化するように構成される。
また、電動モータMOTは、同じトルクが付加された場合、電源電圧Vが高くなるにしたがって回転速度が高くなる。
そして、電動モータMOTの回転速度が高くなると、油圧ポンプ100がオイル溜101から油路L1を介して汲み上げて吐出する作動油(潤滑油)の量が多くなる。
【0033】
すなわち、電子制御ユニット23は、電動モータMOTに供給する電源電圧Vを調節することによって、油圧ポンプ100が吐出する作動油(潤滑油)の量を調節することができるように構成される。
以下、油圧ポンプ100が吐出する作動油(潤滑油)の量を吐出油量と称する。
【0034】
図3に示すように、油圧回路24にはリニアソレノイドバルブ106が備わり、レギュレータバルブ102(図2参照)で一次調圧された作動油が油温センサ104を備える油路L2を経由してリニアソレノイドバルブ106に送油されて二次調圧される。
リニアソレノイドバルブ106から延びる油路L3は、途中で油路L3aと油路L3bに分岐し、それぞれ、左シフトソレノイドバルブ108、右シフトソレノイドバルブ108に接続され、リニアソレノイドバルブ106で二次調圧された作動油が、左シフトソレノイドバルブ108、右シフトソレノイドバルブ108に送油される。
【0035】
左シフトソレノイドバルブ108は、油圧センサ50を備える油路L4を介して左クラッチ30に接続され、左シフトソレノイドバルブ108が油路L3aを開くと、リニアソレノイドバルブ106で二次調圧された作動油が左クラッチ30に送油される。
また、右シフトソレノイドバルブ108は、油圧センサ50を備える油路L5を介して右クラッチ30に接続され、右シフトソレノイドバルブ108が油路L3bを開くと、リニアソレノイドバルブ106で二次調圧された作動油が右クラッチ30に送油される。
【0036】
また、左シフトソレノイドバルブ108は排油路L6を介して、オイル溜101(図2参照)と接続される。左シフトソレノイドバルブ108は、油路L3aを閉じたとき排油路L6を開き、油路L3aを開いたとき排油路L6を閉じるように構成され、左シフトソレノイドバルブ108が油路L3aを閉じたときに、左シフトソレノイドバルブ108や左クラッチ30に残留する作動油が排油路L6を経由してオイル溜101に戻る。
また、右シフトソレノイドバルブ108は排油路L7を介して、オイル溜101と接続される。右シフトソレノイドバルブ108は、油路L3bを閉じたとき排油路L7を開き、油路L3bを開いたとき排油路L7を閉じるように構成され、右シフトソレノイドバルブ108が油路L3bを閉じたときに、右シフトソレノイドバルブ108や右クラッチ30に残留する作動油が排油路L7を経由してオイル溜101に戻る。
【0037】
図3に示すリニアソレノイドバルブ106は、電子制御ユニット23と接続されて制御信号Lsが入力され、図2に示すレギュレータバルブ102で一次調圧された作動油を、制御信号Lsに基づいて二次調圧する。
【0038】
左シフトソレノイドバルブ108は電子制御ユニット23と接続されて制御信号Csが入力され、制御信号Csに対応して油路L3aを開閉し、右シフトソレノイドバルブ108は電子制御ユニット23と接続されて制御信号Csが入力され、制御信号Csに対応して油路L3bを開閉する。
【0039】
すなわち、電子制御ユニット23が制御信号Lsを出力すると、リニアソレノイドバルブ106は制御信号Lsに対応して作動油を二次調圧する。
そして、電子制御ユニット23は、左クラッチ30に作動油を送油するときは、制御信号Csを左シフトソレノイドバルブ108に入力して油路L3aを開いて油路L3aと油路L4を接続し、二次調圧された作動油を左クラッチ30に送油する。
一方、右クラッチ30に作動油を送油するとき、電子制御ユニット23は、制御信号Csを右シフトソレノイドバルブ108に入力して油路L3bを開いて油路L3bと油路L5を接続し、二次調圧された作動油を右クラッチ30に送油する。
このように、電子制御ユニット23は、作動油を送油する油圧クラッチ30を択一的に選択できる。
【0040】
油圧センサ50は、左シフトソレノイドバルブ108から左クラッチ30に送油される作動油の油圧を検出し、作動油の油圧Psとして電子制御ユニット23に入力する。同様に、油圧センサ50は、右シフトソレノイドバルブ108から右クラッチ30に送油される作動油の油圧を検出し、作動油の油圧Psとして電子制御ユニット23に入力する。
【0041】
なお、図2に示すレギュレータバルブ102で一次調圧された作動油の一部は、油路L8(図3参照)を経由して、潤滑油として左右の油圧クラッチ30,30(図3参照)に送油される。
また、図2において、符号112はクーラリリーフバルブ、符号114は潤滑/クーラリリーフバルブ、符号116はドレンフィルタ、符号118はラジエータ内蔵冷水クーラを示す。
【0042】
次に、油圧クラッチ30の構造を説明する。図4に示すように、油圧クラッチ30は、両面にフェーシング材31aが貼り付けられた複数(図4には3枚)のクラッチディスク31と、クラッチディスク31のそれぞれを両面から挟むように備わる複数(図4には4枚)のクラッチプレート32と、クラッチプレート32を押動し、クラッチディスク31とクラッチプレート32を、フェーシング材31aを介して係合させる油圧作動式ピストン33を含んで構成される。
なお、左クラッチ30(図1参照)と右クラッチ30(図1参照)は、略対称で同等の構成とする。
【0043】
クラッチディスク31は、回転中心CLの周りに回転する回転部34の円周方向に沿って起立するように取り付けられる薄いリング状の部材で、回転部34と一体に回転速度Ndで回転する。
回転部34は、ベアリング38を介してケース35に回転自在に支持され、回転部34とケース35の間の空間には、油圧回路24から送油される作動油が潤滑油として充填されている。
そして、前記空間内には、潤滑油として充填される作動油の油温Toilを検出して電子制御ユニット23に入力する潤滑油温度センサ(油温検出装置)39が備わっている。
なお、回転部34は、図1に示す左クラッチ30においてはスリーブ21であり、右クラッチ30においてはキャリア部材11になる。
以下、潤滑油として充填される作動油の油温を潤滑油の油温と称する。
【0044】
また、図4に示すように、駆動力配分装置1(図1参照)に備わる油圧クラッチ30は、ハウジング20(図1参照)等の固定部に対して、回転部34の回転速度Ndを増減速させる構成であり、ケース35はハウジング20に固定される。
したがって、クラッチプレート32はケース35を介してハウジング20に支持される構成になる。
【0045】
クラッチプレート32はリング状を呈するプレートであり、回転部34の周囲に形成されるケース35に沿ってクラッチディスク31の側に起立するように備わる。クラッチプレート32は、複数のクラッチディスク31のそれぞれを両側から挟むようにクラッチディスク31と交互に配置され、クラッチディスク31を挟む方向に移動可能に支持される。
油圧作動式ピストン33は、クラッチディスク31とクラッチプレート32を互いに係合させる方向に移動可能に備わり、油圧回路24から油圧室36に送油される作動油の油圧で移動してクラッチプレート32を押動し、クラッチディスク31とクラッチプレート32を互いに係合させる。
【0046】
油圧室36における作動油の油圧が高いと、油圧作動式ピストン33は、クラッチディスク31とクラッチプレート32を強く係合させる。一方、油圧室36における作動油の油圧が低いと、クラッチディスク31とクラッチプレート32の係合を解除する方向に油圧作動式ピストン33を付勢するリターンスプリング37によって油圧作動式ピストン33が離間方向に移動し、クラッチディスク31とクラッチプレート32の係合が弱くなる。
【0047】
また、図4に示すように、クラッチディスク31には、フェーシング材31aが貼り付けられる。
フェーシング材31aは摩擦係数の大きな部材からなって薄いリング状を呈し、クラッチディスク31の両面に全周にわたって貼り付けられる。
なお、リング状を呈するフェーシング材31aの外周と内周の中心を結んだ円周の半径を平均有効半径Crと称する。
【0048】
クラッチディスク31を両面から挟み込むようにクラッチディスク31と係合するクラッチプレート32は、フェーシング材31aを介してクラッチディスク31と係合し、フェーシング材31aとクラッチプレート32の間に、摩擦による摩擦係合力が発生する。
フェーシング材31aとクラッチプレート32が対向する面を摩擦面31bと称すると、フェーシング材31aとクラッチプレート32は摩擦面31bで係合して摩擦係合力を発生する。
【0049】
摩擦係合力は、クラッチディスク31とクラッチプレート32の係合が強くなると増大し、クラッチディスク31とクラッチプレート32の係合が弱くなると低下する。
また、前記したように、油圧室36における作動油の油圧が高いとクラッチディスク31とクラッチプレート32の係合が強く、油圧室36における作動油の油圧が低いとクラッチディスク31とクラッチプレート32の係合が弱い。
したがって、油圧クラッチ30は、油圧ポンプ100(図2参照)から油圧室36に供給されて油圧作動式ピストン33を作動する作動油の油圧の昇圧にともなって摩擦係合力が増大するとともに、作動油の油圧の減圧にともなって摩擦係合力が低下するように構成される。
【0050】
また、フェーシング材31aとクラッチプレート32は潤滑油に浸された状態にあり、フェーシング材31aとクラッチプレート32の間には潤滑油が浸入している。したがって、摩擦面31bは潤滑油で潤滑される。
そして、クラッチディスク31、フェーシング材31a、摩擦面31bおよびクラッチプレート32を含んで、特許請求の範囲に記載される摩擦係合部が構成され、油圧作動式ピストン33がクラッチディスク31とクラッチプレート32を係合することで、摩擦係合部に摩擦係合力を発生させる構成となる。
【0051】
また、前記のように構成される摩擦係合部、油圧作動式ピストン33、油圧ポンプ100(図2参照)、電動モータMOT(図2参照)、電源電圧供給装置BATT(図2参照)、および昇圧手段B2(図2参照)を含んで特許請求の範囲に記載される油圧クラッチの作動装置が構成される。
【0052】
図4に示すように、油圧クラッチ30においては、フェーシング材31aが貼り付けられたクラッチディスク31が回転中心CLの周りに回転し、クラッチプレート32はケース35を介してハウジング20(図1参照)に支持されることから、クラッチディスク31(フェーシング材31a)とクラッチプレート32は、摩擦面31bに沿って相対的に回転することになる。
【0053】
摩擦面31bに摩擦係合力が発生すると、フェーシング材31aが貼り付けられて回転しているクラッチディスク31には、回転部34の回転を抑制する方向の伝達トルクが発生する。
摩擦面31bに発生する摩擦係合力が弱いとき、クラッチディスク31に発生する伝達トルクは小さく、クラッチディスク31は伝達トルクの影響を受けることなく回転部34と一体に回転する。
摩擦係合力が増大するのにともなって、クラッチディスク31に発生する伝達トルクが大きくなり、クラッチディスク31の回転に対する(摩擦)抵抗が大きくなる。そして、クラッチディスク31と一体に回転する回転部34の回転速度Ndが減速する。さらに、摩擦係合力が所定値以上になるとクラッチディスク31の回転が停止し、クラッチディスク31と一体の回転部34の回転が停止する。
【0054】
このように、クラッチディスク31に発生する伝達トルクは摩擦面31bに発生する摩擦係合力の強さに応じて変化し、摩擦係合力は、クラッチディスク31とクラッチプレート32の係合の強さに応じて変化する。すなわち、クラッチディスク31とクラッチプレート32が強く係合すると摩擦係合力が強くなる。したがって、油圧作動式ピストン33を駆動する作動油の油圧が高いほど摩擦係合力を強くすることができ、伝達トルクを大きくできる。
また、前記したように、作動油の油圧が低いとクラッチディスク31とクラッチプレート32の係合が弱くなることから摩擦係合力が弱くなり、伝達トルクが小さくなる。
このように油圧クラッチ30は、作動油の油圧を調節することで、伝達トルクを調節できる。
【0055】
例えば、図1に示す左クラッチ30において、回転部34(図4参照)は第3サンギヤ19と一体に回転するスリーブ21であり、回転部34の回転速度Ndが減速すると、第3サンギヤ19の回転速度が減速する。そして、キャリア部材11の回転速度が増速し、その増速に応じて右駆動輪WFRの回転速度Nを左駆動輪WFLの回転速度Nに対して増速できる。すなわち、左駆動輪WFLから右駆動輪WFRに任意の駆動力を伝達できる。
【0056】
また、図1に示す右クラッチ30において、回転部34(図4参照)はキャリア部材11であり、回転部34の回転速度Ndが減速すると、キャリア部材11の回転速度が減速する。そして、キャリア部材11の減速に応じて左駆動輪WFLの回転速度Nを右駆動輪WFRの回転速度Nに対して増速させることができ、右駆動輪WFRから左駆動輪WFLに任意の駆動力を伝達することができる。
【0057】
そこで、電子制御ユニット23は、左右の駆動輪WFL,WFRへ駆動力を配分する好適な比率を設定すると、設定した比率で左右の駆動輪WFL,WFRに駆動力が配分されるように、油圧クラッチ30に発生させる伝達トルクを設定する。このように電子制御ユニット23が設定する伝達トルクが目標伝達トルクTOBJになる。
【0058】
前記したように、電子制御ユニット23には、主制御部Uから駆動力配分指示信号DDIsが入力される。電子制御ユニット23は、駆動力配分指示信号DDIsに基づいて、左右の駆動輪WFL,WFRへ駆動力を配分する比率を設定し、設定した比率に基づいて左右の油圧クラッチ30,30の目標伝達トルクTOBJを設定する。
【0059】
例えば、駆動力配分指示信号DDIsと左右の駆動輪WFL,WFRへ駆動力を配分する比率の関係を示すマップデータ(第1のマップデータ)が図示しない記憶部に記憶されている構成とする。さらに、左右の駆動輪WFL,WFRへ駆動力を配分する比率と左右の油圧クラッチ30,30の目標伝達トルクTOBJの関係を示すマップデータ(第2のマップデータ)が図示しない記憶部に記憶されている構成とする。
このような第1のマップデータおよび第2のマップデータは、実験計測等によって設定される。
【0060】
電子制御ユニット23は、入力される駆動力配分指示信号DDIsに基づいて第1のマップデータを参照して左右の駆動輪WFL,WFRへ駆動力を配分する比率を設定でき、設定した比率に基づいて第2のマップデータを参照して、左右の油圧クラッチ30,30の目標伝達トルクTOBJを設定できる。
【0061】
また、電子制御ユニット23は、第1のマップデータを使用することなく、駆動力配分指示信号DDIsと左右の駆動輪WFL,WFRへ駆動力を配分する比率の関係を示す関数に駆動力配分指示信号DDIsの値を代入して当該比率を算出する構成としてもよいし、第2のマップデータを使用することなく、駆動力を配分する比率と左右の油圧クラッチ30,30の目標伝達トルクTOBJの関係を示す関数に当該比率の値を代入して目標伝達トルクTOBJを算出する構成としてもよい。
【0062】
さらに、各油圧クラッチ30の伝達トルクを、それぞれの目標伝達トルクTOBJに精度良く合わせ込むため、油圧クラッチ30で発生している実際の伝達トルクを電子制御ユニット23にフィードバックし、目標伝達トルクTOBJと実際の伝達トルクの偏差が減少するようにフィードバック制御する構成が好適である。
【0063】
また、図4に示す、本実施形態に係る電子制御ユニット23は、摩擦面31bに摩擦係合力が発生したときの発熱を油圧ポンプ100(図2参照)が潤滑油として吐出する作動油によって冷却するように、油圧ポンプ100を駆動する電動モータMOT(図2参照)に供給する電源電圧Vを調節する。
【0064】
例えば、油圧クラッチ30の摩擦面31bにおける潤滑油の油温(クラッチ温度)TCoilは、微少時間ΔT前の油温TC0oilと現時点の油温TCoilの関係を示す次式(1)に基づいて算出できる。
【0065】
【数1】

【0066】
なお、本実施形態における潤滑流量Qは、摩擦面31bに供給される潤滑油の油量(供給量)である。
また、式(1)より、摩擦係合力が発生した状態の摩擦面31b(図4参照)の温度が上昇して到達する最高温度となる温度TClmt(摩擦面31bの飽和クラッチ温度)は、次式(2)で示される。
【0067】
【数2】

【0068】
したがって、電子制御ユニット23は、算出した目標伝達トルクTOBJを油圧クラッチ30に発生させるときの飽和クラッチ温度TClmtを、式(2)に基づいて算出できる。
この場合、T0oilは、電子制御ユニット23が目標伝達トルクTOBJを算出したときの油温Toil(より詳細には、電子制御ユニット23が目標伝達トルクTOBJを算出したときより微小時間Δt前の油温Toil)とする。
式(2)で示される飽和クラッチ温度TClmtが、例えば、油圧クラッチ30の耐熱限界を超える高温になると、油圧クラッチ30に不具合が発生することから、飽和クラッチ温度TClmtは、予め設定される所定の限界温度以下に抑えられることが好適である。
この限界温度は、油圧クラッチ30の構成要素(構成部品)の耐熱限界等に基づいて決定される特性値であり、予め設定されていることが好適である。
【0069】
式(2)に示すように、飽和クラッチ温度TClmtは、クラッチ吸収エネルギEに比例し、潤滑流量Qに反比例して上昇することがわかる。
したがって、潤滑流量Qとクラッチ吸収エネルギEの少なくとも一方を調節することによって、飽和クラッチ温度TClmtを調節することができる。
例えば、潤滑流量Qが多くなると、温度上昇(aE/bQ)が小さくなって飽和クラッチ温度TClmtが低く抑えられる。すなわち、クラッチ吸収エネルギEが一定の場合、潤滑流量Qが多くなると潤滑油の持つ冷却熱量が大きくなる。
【0070】
また、本実施形態において、冷却熱量は、摩擦面31bにおける発熱量を吸収する能力と定義し、発熱量と同じ単位で示される値とする。
特に、潤滑油が摩擦面31bの発熱量を吸収する能力を、潤滑油の持つ冷却熱量とする。
このように定義される、潤滑油の持つ冷却熱量は、摩擦面31bに供給される潤滑油の油量(潤滑流量Q)の変化に応じて変化する。
すなわち、潤滑流量Qが大きいほど潤滑油の持つ冷却熱量は大きくなり、潤滑流量Qが小さいほど潤滑油の持つ冷却熱量は小さくなる。
【0071】
式(2)において、温度上昇を示す(aE/bQ)の成分が、冷却熱量を含んだ発熱量を示す成分とすると、潤滑流量Qを増大して摩擦面31bの発熱量を抑えることは、潤滑油の持つ冷却熱量を増大して飽和クラッチ温度TClmtの上昇を抑えることになる。
【0072】
図2に示すように、本実施形態に係る油圧ポンプ100は、電動モータMOTで駆動する構成であり、例えば電子制御ユニット23(図1参照)は、電動モータMOTに供給する電源電圧Vを調節することによって、各油圧クラッチ30の潤滑流量Qを調節することができる。
前記したように、電源電圧Vが高くなると電動モータMOTの回転速度が高くなって潤滑流量Qが増大し、飽和クラッチ温度TClmtを低く抑えられる。
つまり、本実施形態に係る油圧クラッチの作動装置は、電動モータMOTに供給される電源電圧Vの上昇にともなって潤滑流量Q(潤滑油の供給量)が増大する。
そして、電子制御ユニット23は、電動モータMOTに供給する電源電圧Vを高くすることによって、油圧クラッチ30における潤滑油の持つ冷却熱量を増大し、飽和クラッチ温度TClmtの上昇を抑制する。
【0073】
図5の(a)に一例を示すように、電動モータMOT(図2参照)に供給される電源電圧Vと潤滑油の持つ冷却熱量の関係は予め実験計測等によって設定される。
なお、電源電圧Vは、電源電圧供給装置BATT(図2参照)が出力可能な上限電圧(以下、出力上限電圧VMAXと称する)と下限電圧(以下、出力下限電圧VMINと称する)の間で設定される。
そして、本実施形態に係る電子制御ユニット23(図1参照)は電源電圧Vを調節して潤滑油の持つ冷却熱量を調節し、油圧クラッチ30の摩擦面31b(図4参照)の発熱量を吸収する。
【0074】
例えば、図5の(a)に示すように、電動モータMOT(図2参照)に供給される電源電圧V(VMIN<V<VMAX)のときの潤滑流量Qによる潤滑油の持つ冷却熱量をEcとする。
また、図5の(b)に示すように、摩擦面31b(図4参照)における吸収エネルギ(クラッチ吸収エネルギE)がEのときの発熱量をEhとする。
【0075】
電源電圧供給装置BATT(図2参照)が充電池の場合、充電量の低下や温度特性等によって起電力が所定の定格値より低下し、出力電圧Voutが低下する場合がある。
そして、電源電圧供給装置BATTの起電力の低下にともなって出力電圧Voutが低下すると、電動モータMOTに供給される電源電圧Vが低下することになり、摩擦面31b(図4参照)に供給される潤滑油の持つ冷却熱量がEcより低いEcLOWに低下する。
このような場合、本実施形態に係る電子制御ユニット23(図1参照)は、昇圧手段B2(図2参照)を制御して、電源電圧供給装置BATTの出力電圧Voutを昇圧し、電源電圧Vを電動モータMOTに供給する。
摩擦面31bに供給される潤滑油の持つ冷却熱量がEcまで高まって、摩擦面31bの発熱量(Eh)を吸収できる。
この構成によって、摩擦面31bにおけるクラッチ吸収エネルギEを制限することなく、摩擦面31bの発熱量を吸収できる。
なお、所定の定格値は、電源電圧供給装置BATTの定格の起電力として予め設定されている特性値である。
【0076】
また、図5の(b)に示すようにクラッチ吸収エネルギEがEのとき摩擦面31b(図4参照)の発熱量Ehを吸収可能な冷却熱量を発生させるために、電動モータMOT(図2参照)に供給する必要がある電源電圧Vが出力上限電圧VMAXより高い場合、電子制御ユニット23(図1参照)は、電動モータMOTに供給する電源電圧Vを出力上限電圧VMAXに設定する。このとき、摩擦面31bに供給される潤滑油の持つ冷却熱量は、図5の(a)に示すように、EcMAXになる。
そして、電子制御ユニット23は、潤滑油の持つ冷却熱量(EcMAX)で吸収可能な発熱量であるEhLOWが発生するように、図5の(b)に示すように、摩擦面31bにおけるクラッチ吸収エネルギEを調節する(クラッチ吸収エネルギEをEからE1LOWに低下させる)。
換言すると、電子制御ユニット23は、各油圧クラッチ30(図1参照)の摩擦係合力を制限して摩擦面31bの温度上昇を抑制する。
【0077】
以上のように、本実施形態に係る電子制御ユニット23(図1参照)は、油圧ポンプ100(図2参照)を駆動する電動モータMOT(図2参照)に供給する電源電圧Vおよび油圧クラッチ30(図1参照)の摩擦面31b(図4参照)の摩擦係合力を調節して、摩擦面31bの温度上昇を抑制し、飽和クラッチ温度TClmtを限界温度以下に抑える。
【0078】
図6を参照して、電子制御ユニット23が摩擦面31bの温度上昇を抑制する手順(以下、温度上昇抑制手順と称する)を説明する(適宜図1〜図5参照)。
なお、温度上昇抑制手順は、電子制御ユニット23が実行するプログラムに組み込まれ、例えば、電子制御ユニット23が目標伝達トルクTOBJに基づいて油圧クラッチ30を係合するときに実行するように構成される。
また、以下の説明では単に油圧クラッチ30と記載しているが、電子制御ユニット23は、左右の油圧クラッチ30、30のうちの係合する一方を対象に温度上昇抑制手順を実行する。
【0079】
電子制御ユニット23は温度上昇抑制手順を開始すると、摩擦面31bにおけるクラッチ吸収エネルギEを算出する(ステップS1)。
摩擦面31bにおけるクラッチ吸収エネルギEは、次式(3)で示される。
【0080】
【数3】

【0081】
電子制御ユニット23は、例えば油圧室36の作動油の油圧と平均有効半径Cr(図4参照)とから、クラッチトルクTRQを算出できる。
また、前記したように、クラッチディスク31の回転速度Ndは、車輪速センサ51が検出する左右の駆動輪WFL,WFRの回転速度N,Nに基づいて算出できる。
そして、電子制御ユニット23は、式(3)に、クラッチトルクTRQおよびクラッチディスク31の回転速度Ndを代入して、クラッチ吸収エネルギEを算出する。
【0082】
そして、電子制御ユニット23は、油圧ポンプ100における潤滑油の必要吐出量Qを算出する(ステップS2)。
例えば、電子制御ユニット23は、微小時間ΔT前に潤滑油温度センサ39が検出した油温T0oilに基づいて式(2)で算出する飽和クラッチ温度TClmtが、予め設定される所定の限界温度以上にならない範囲で最小の潤滑流量Qを算出する。そして、電子制御ユニット23は算出した潤滑流量Qに基づいて、油圧ポンプ100の必要吐出量Qを算出する。
【0083】
前記したように、油圧ポンプ100から吐出した作動油の一部が潤滑油として油圧クラッチ30に供給されることから、油圧ポンプ100の吐出油量と潤滑油量Qの間には相関関係がある。そこで、例えば、実験計測等に基づいて作成される、油圧ポンプ100の吐出油量と潤滑油量Qの関係を示すマップデータ(第3のマップデータ)が、図示しない記憶部に記憶されている構成とする。
電子制御ユニット23は、算出した潤滑油量Qに基づいて当該第3のマップデータを参照して、油圧ポンプ100の吐出油量(必要吐出量Q)を算出できる。
また、電子制御ユニット23は、第3のマップデータを使用することなく、潤滑油量Qと油圧ポンプ100の吐出油量の関係を示す関数に潤滑油量Qの値を代入して必要吐出量Qを算出する構成としてもよい。
【0084】
さらに、電子制御ユニット23は、必要吐出量Qを吐出するために必要な、電動モータMOTの電源電圧Vを算出する(ステップS3)。
電動モータMOTの電源電圧Vと油圧ポンプ100の吐出油量には相関関係があることから、例えば、実験計測等に基づいて作成される、油圧ポンプ100の吐出油量と電動モータMOTの電源電圧Vの関係を示すマップデータ(第4のマップデータ)が、図示しない記憶部に記憶されている構成とする。
電子制御ユニット23は、算出した必要吐出量Qに基づいて当該第4のマップデータを参照して、電動モータMOTに供給する電源電圧Vを算出できる。
また、電子制御ユニット23は、第4のマップデータを使用することなく、吐出油量と電源電圧Vの関係を示す関数に必要吐出量Qの値を代入して電源電圧Vを算出する構成としてもよい。
【0085】
そして、電子制御ユニット23は、電圧計測手段B1が計測する出力電圧Voutと算出した電源電圧Vを比較し(ステップS4)、算出した電源電圧Vが、電源電圧供給装置BATTの出力電圧Vout以下の場合(ステップS4→No)、電子制御ユニット23は、出力電圧Voutを昇圧しない(ステップS11)。
【0086】
また、算出した電源電圧Vが、電源電圧供給装置BATTの出力電圧Voutより高い場合(ステップS4→Yes)、電源電圧Vが出力上限電圧VMAX以下であれば(ステップS5→No)、電子制御ユニット23は、電源電圧供給装置BATTの昇圧手段B2を制御して、電源電圧供給装置BATTの出力電圧Voutを、算出した電源電圧Vまで昇圧する(ステップS10)。
一方、算出した電源電圧Vが出力上限電圧VMAXより高ければ(ステップS5→Yes)、電子制御ユニット23は、電源電圧供給装置BATTの昇圧手段B2を制御して出力電圧Voutを出力上限電圧VMAXまで昇圧する(ステップS6)。
【0087】
さらに電子制御ユニット23は、電動モータMOTに供給される電源電圧Vが出力上限電圧VMAXのときの潤滑流量Qを算出する。電動モータMOTに供給される電源電圧Vが出力上限電圧VMAXのときの潤滑流量Qを最大潤滑流量QMAXとすると、電子制御ユニット23は最大潤滑流量QMAXを算出する(ステップS7)。
最大潤滑流量QMAXは、出力上限電圧VMAXの電源電圧Vが供給される電動モータMOTで駆動する油圧ポンプ100が吐出する潤滑油の吐出量(吐出油量)であり、電子制御ユニット23は、出力上限電圧VMAXの電源電圧Vが供給される電動モータMOTで駆動する油圧ポンプ100の吐出油量を算出することで、最大潤滑流量QMAXを算出できる。
【0088】
電動モータMOTの回転速度(以下、Nとする)と吐出油量には相関関係がある。そこで、例えば、実験計測等に基づいて作成される、電動モータMOTの回転速度Nと吐出油量の関係を示すマップデータ(第5のマップデータ)が図示しない記憶部に記憶されている構成とすれば、電子制御ユニット23は、電動モータMOTの回転速度Nに基づいて第5のマップデータを参照して油圧ポンプ100の吐出油量を算出できる。
したがって、電子制御ユニット23は、電源電圧Vが出力上限電圧VMAXのときの電動モータMOTの回転速度Nに基づいて第5のマップデータを参照して、最大潤滑流量QMAXを算出できる。
また、電子制御ユニット23は、第5のマップデータを使用することなく、電源電圧Vが出力上限電圧VMAXのときの電動モータMOTの回転速度Nと油圧ポンプ100の吐出油量の関係を示す関数に回転速度Nの値を代入して算出される吐出油量を最大潤滑流量QMAXとする構成であってもよい。
【0089】
そして、電子制御ユニット23は、算出した最大潤滑流量QMAXを式(2)に代入して、飽和クラッチ温度TClmtが限界温度以下に抑えられる範囲でクラッチ吸収エネルギEを算出する。
例えば、電子制御ユニット23は、最大潤滑流量QMAXを式(2)に代入したときに、飽和クラッチ温度TClmtが限界温度以下に抑えられるクラッチ吸収エネルギEの最大値を算出する。
【0090】
さらに、電子制御ユニット23は、式(3)に基づき、算出したクラッチ吸収エネルギEをクラッチディスク31の回転速度Ndで除して、クラッチトルクTRQを算出する。
このように算出されるクラッチトルクTRQは、電動モータMOTに供給される電源電圧Vが出力上限電圧VMAXのときに飽和クラッチ温度TClmtを限界温度以下に抑えられる発熱量(EhLOW)を、摩擦面31bに発生させるクラッチトルクであり、電子制御ユニット23は、算出したクラッチトルクTRQを油圧クラッチ30の目標伝達トルクTOBJに設定する(ステップS8)。
すなわち、目標伝達トルクTOBJを変更する。
【0091】
そして、電子制御ユニット23は、油圧クラッチ30(より詳細には、左右の油圧クラッチ30,30)に、設定した目標伝達トルクTOBJを発生させて(ステップS9)、温度上昇抑制手順を終了する。
補足すると、電子制御ユニット23は、設定した目標伝達トルクTOBJを油圧クラッチ30に発生させるための制御信号Lsを設定して油圧回路24のリニアソレノイドバルブ106に入力する。
【0092】
リニアソレノイドバルブ106は、電子制御ユニット23から入力される制御信号Lsに基づいて、油圧クラッチ30に供給する作動油の油圧を減圧する。
その結果、摩擦面31bに発生する摩擦係合力が低下して、摩擦面31bにおけるクラッチ吸収エネルギEが減少し、発熱が抑制される。
そして、飽和クラッチ温度TClmtが所定の限界温度以下に抑えられる。
【0093】
このように、本実施形態に係る駆動力配分装置1(図1参照)の電子制御ユニット23(図1参照)は、油圧ポンプ100(図2参照)を駆動する電動モータMOT(図2参照)に供給する電源電圧Vを調節して、油圧クラッチ30の摩擦面31b(図4参照)におけるクラッチ吸収エネルギEに応じて発生する発熱量を吸収し、飽和クラッチ温度TClmtを限界温度以下に維持することができ、油圧クラッチ30が過熱状態になることを回避できるという優れた効果を奏する。
【0094】
また、前記したように、電源電圧供給装置BATT(図2参照)が充電池の場合、充電量の低下や温度特性等によって起電力が低下し、出力電圧Voutが低下する場合がある。
そこで、例えば、電圧計測手段B1(図2参照)が計測する電源電圧供給装置BATTの出力電圧Voutが所定の定格電圧(例えば、12V)より低下したときに、電子制御ユニット23(図1参照)が、図6に示す温度上昇抑制手順を実行する構成としてもよい。
【0095】
つまり、電源電圧供給装置BATT(図2参照)の起電力が所定の定格値(例えば、12V)より低下したときに、電子制御ユニット23が温度上昇抑制手順を実行するように構成してもよい。
この場合、電子制御ユニット23(図1参照)は、電圧計測手段B1(図2参照)が計測する、昇圧手段B2(図2参照)で昇圧していない状態の出力電圧Voutを電源電圧供給装置BATTの起電力として検知する。
【0096】
このように構成すると、充電量の低下や温度特性等によって電源電圧供給装置BATT(図2参照)の起電力が所定の定格値より低下し、電動モータMOT(図2参照)に供給される電源電圧Vが低下した場合に、電子制御ユニット23が昇圧手段B2(図2参照)を制御して出力電圧Voutを昇圧し、電動モータMOTに供給される電源電圧Vを高く維持できる。そして、摩擦面31bが所定の限界温度より高温になることを好適に防止することができる。
【0097】
従来、電動モータMOT(図2参照)に供給される電源電圧Vが低下した場合を想定し、低い電源電圧Vで充分な潤滑流量Qを確保して油圧クラッチ30(図1参照)が過熱状態になることを防止するため、出力トルクが大きい大型の電動モータMOTを使用する場合がある。
本実施形態によると、電源電圧供給装置BATT(図2参照)の出力電圧Voutが低下した場合、小型の電動モータMOTであっても電動モータMOTの電源電圧Vを好適に昇圧して油圧クラッチ30(図1参照)が過熱状態になることを防止できる。
したがって、本実施形態は、大型の電動モータMOTを使用する必要性をなくし、油圧クラッチの作動装置の軽量化および小型化に寄与するものである。
【符号の説明】
【0098】
1 駆動力配分装置
30 油圧クラッチ(油圧クラッチの作動装置)
31 クラッチディスク(摩擦係合部、油圧クラッチの作動装置)
31a フェーシング材(摩擦係合部、油圧クラッチの作動装置)
31b 摩擦面(摩擦係合部、油圧クラッチの作動装置)
32 クラッチプレート(摩擦係合部、油圧クラッチの作動装置)
33 油圧作動式ピストン(油圧クラッチの作動装置)
100 油圧ポンプ(油圧クラッチの作動装置)
BATT 電源電圧供給装置(電源装置、油圧クラッチの作動装置)
B1 電圧計測手段
B2 昇圧手段(油圧クラッチの作動装置)
MOT 電動モータ(油圧クラッチの作動装置)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
摩擦係合部と、
前記摩擦係合部に係合力を発生させる油圧作動式ピストンと、
前記油圧作動式ピストンに作動油を供給するとともに前記摩擦係合部に潤滑油を供給する油圧ポンプと、
前記油圧ポンプを駆動する電動モータと、
前記電動モータへ電力を供給する電源装置と、
前記電力の電圧を昇圧させる昇圧手段と、を備え、
前記電力の電圧の上昇にともなって、前記摩擦係合部に供給される前記潤滑油の供給量が増大する油圧クラッチの作動装置であって、
前記係合力が発生した状態の前記摩擦係合部の温度が上昇して到達する最高温度が所定の限界温度以下になるように、前記電力の電圧を前記昇圧手段で昇圧することを特徴とする油圧クラッチの作動装置。
【請求項2】
前記電源装置の起電力が所定の定格値より低下したときに、
前記最高温度が前記限界温度以下になるように、前記電力の電圧を前記昇圧手段で昇圧することを特徴とする請求項1に記載の油圧クラッチの作動装置。
【請求項3】
前記電力の電圧が、前記電源装置が出力可能な上限電圧まで昇圧した場合、
前記最高温度が前記限界温度以下になるように、前記係合力を低下することを特徴とする請求項1または請求項2に記載の油圧クラッチの作動装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−149516(P2011−149516A)
【公開日】平成23年8月4日(2011.8.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−12420(P2010−12420)
【出願日】平成22年1月22日(2010.1.22)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】