波動歯車装置の角度伝達誤差補償方法
【課題】波動歯車装置の角度伝達誤差であるモータ軸同期成分の補償を、波動歯車装置に取り付けられたモータを制御することにより行って、位置決め精度の向上と共に、位置決め応答中の動的なモータ軸同期成分が原因で発生する振動を抑制できるようにすること。
【解決手段】モータ軸位置に基づき負荷軸位置をセミクローズドループ制御により行う波動歯車装置を備えたアクチュエータ(PLANT)における角度伝達誤差補償方法において、モータ位置に同期して発生する相対回転同期成分θSyncを振動源に見立て、当該相対回転同期成分θSyncが負荷位置に与える影響を補償できるように算出した補償電流指令icompによりモータ電流指令irefを補正すると共に、相対回転同期成分の影響を補償するために算出したモータ位置補正信号θcompによりモータ位置指令rを補正する。
【解決手段】モータ軸位置に基づき負荷軸位置をセミクローズドループ制御により行う波動歯車装置を備えたアクチュエータ(PLANT)における角度伝達誤差補償方法において、モータ位置に同期して発生する相対回転同期成分θSyncを振動源に見立て、当該相対回転同期成分θSyncが負荷位置に与える影響を補償できるように算出した補償電流指令icompによりモータ電流指令irefを補正すると共に、相対回転同期成分の影響を補償するために算出したモータ位置補正信号θcompによりモータ位置指令rを補正する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、モータの出力回転を波動歯車装置を介して減速して負荷軸から負荷側に伝達するアクチュエータの駆動制御を、モータ軸の検出位置に基づき負荷軸の位置を制御するセミクローズドループ制御系により行う場合における波動歯車装置の角度伝達誤差補償方法に関する。
【0002】
さらに詳しくは、波動歯車装置における歯車精度、当該波動歯車装置と負荷の軸心ずれなどの組立誤差に起因して、波動歯車装置にトルクが加わっていない場合でも存在する、波動歯車装置の各構成要素の相対回転に同期して発生する角度伝達誤差成分(相対回転同期成分)のうち、モータ位置に同期して発生するモータ軸同期成分が原因となって発生する振動を抑制あるいは防止するための角度伝達誤差補償方法に関する。
【背景技術】
【0003】
波動歯車装置は、柔軟で弾性変形する外歯車であるフレクスプライン(以下、F/S)を楕円状のカムであるウェーブジェネレータ(以下、W/G)により変形させ、剛体である内歯車のサーキュラ・スプライン(以下、C/S)と噛み合わせることで、W/Gの回転に合わせて噛み合いが移動することを利用し、F/SとC/Sの歯数差により1段で減速を実現しうる減速機であり、小型、高トルク容量、ノンバックラッシ等の特徴を持つ。
【0004】
一般に減速機を使用した制御系ではモータ軸にエンコーダを付加し負荷軸を制御するセミクローズドループ制御系を構成する。これは、負荷軸にエンコーダを取り付けられない場合や、理論上の負荷軸分解能がモータ軸エンコーダ分解能の減速比倍となり、負荷軸を高分解能で制御することが可能なためである。しかし、減速機にはバックラッシや加工誤差等により、制御量であるモータ位置から計算される減速機の理論負荷位置と実際の負荷位置との差である「角度伝達誤差」が発生し、理論上の分解能程度の精度で制御することは困難である。
【0005】
波動歯車装置を減速機として使用するシステムでは、他の減速機を用いた場合に比べ、バックラッシが存在しない分、角度伝達誤差を大幅に低減することが可能である。しかし、歯車精度や減速機と負荷の軸心ずれなどの組立誤差に起因する回転に同期した角度伝達誤差(以下、相対回転同期成分)や、F/Sの非線形な弾性変形に起因する角度伝達誤差が位置決め精度劣化の原因となる。また、これらの成分は、波動歯車装置の持つ柔軟性に起因した非線形なねじれ振動と共に、位置決め応答等の加減速運転中に振動を励起させる要因となるため、数多くの解析・モデル化、補償法が報告されている。特に、ねじれ振動周波数と相対回転同期成分の周期が一致した際に大きな共振現象となるため、その補償法としてはねじれ振動抑制を対象としたものが多い。以上の背景に対し、本発明者等は相対回転同期成分を含めたアクチュエータ全体のモデル化及び静的位置決め精度に対する角度伝達誤差補償法を提案してきた(非特許文献1)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】「波動歯車装置の歯車精度に起因する角度伝達誤差のモデル化」,電気学会東海支部連合大会講演論文集,O−140(2007)(水野友裕、山元純文、岩崎誠、川福基裕、平井洋武、沖津良史、佐々木浩三、矢島敏男)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
波動歯車装置の相対回転同期成分としては、モータ軸(波動歯車装置入力軸)の回転に同期する成分であるモータ軸同期成分、F/SおよびW/Gの相対回転に起因するF/S−W/G相対回転同期成分、アクチュエータ出力軸の回転に同期する成分である負荷軸同期成分が知られている。これらのうち、F/S−W/G相対回転同期成分は測定結果に再現性がなく、負荷軸同期成分は負荷の組み付け状態に依存して振幅が変化し、付加軸絶対角度を測定する手段がないので、これらの同期成分に関してはセミクローズドループ制御系において補償を行うことが不可能である。
【0008】
モータ軸同期成分については、従来において、位置指令または位置フィードバックに、負荷軸原点を基準としたF/Sに同期した成分の補正量を加えることにより、当該モータ軸同期成分を補償して、位置決め精度の向上を図っている。しかしながら、従来の補償法では、無負荷運転時以外での位置決め誤差を抑制することが困難である。
【0009】
本発明の課題は、この点に鑑みて、波動歯車装置の角度伝達誤差であるモータ軸同期成分の補償を、波動歯車装置に取り付けられたモータを制御することにより行い、これにより、波動歯車装置の出力軸の位置決め精度を向上させると共に、位置決め応答中における動的なモータ軸同期成分が原因で発生する振動を抑制できるようにした波動歯車装置の角度伝達誤差補償方法を提案することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記の課題を解決するために、本発明は、モータの出力回転を波動歯車装置を介して減速して負荷軸から負荷側に伝達するアクチュエータの駆動制御を、前記モータのモータ軸の検出位置に基づき前記負荷軸の位置を制御するセミクローズドループ制御系により行う場合における前記波動歯車装置の角度伝達誤差補償方法であって、
前記波動歯車装置における歯車精度、当該波動歯車装置と負荷の軸心ずれなどの組立誤差に起因して、前記波動歯車装置にトルクが加わっていない場合でも存在し、前記波動歯車装置の各構成要素の相対回転に同期して発生する角度伝達誤差成分のうち、前記モータ位置に同期して発生するモータ軸同期成分を、相対回転同期成分θSyncとして(A)式により求め、
【0011】
【数A】
前記アクチュエータを、前記モータ回転子および波動歯車装置入力軸からなるモータ側慣性体と、波動歯車装置出力軸および負荷装置からなる負荷側慣性体とから構成される2慣性モデルと看做し、
モータ位置θmから計算される前記相対回転同期成分θSync(θm)が当該2慣性体間のねじれに加わるものとし、
前記相対回転同期成分θSync(θm)を振動源に見立て、当該相対回転同期成分θSync(θm)が負荷位置θlに与える影響を補償するために、
(B)式によって求めた補償電流指令icompによりモータ電流指令irefを補正すると共に、
【数B】
但し、Ci(s):伝達関数
θ”Sync:相対回転同期成分の2階微分値
(C)式によって求めたモータ位置補正信号θcompによりモータ位置指令rを補正することを特徴としている。
【数C】
但し、Cθ(s):伝達関数
【発明の効果】
【0012】
波動歯車装置の角度伝達誤差に含まれている相対回転同期成分は、F/SとC/Sの累積ピッチ誤差により発生する角度伝達誤差成分である。本発明の補償方法では、この相対回転同期成分を振動源と看做して、相対回転成分が負荷位置に与える影響を、補償電流指令により打ち消すことで相対回転同期成分が作用していない状態を形成している。この結果、相対回転同期成分による位置決め精度の低下を抑制あるいは防止でき、位置決め応答中における動的な相対回転同期成分を原因とする振動成分を補償することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明の実施の形態で用いた位置決めシステムを示す概略構成図である。
【図2】相対回転同期成分をモデル化した結果を示すグラフである。
【図3】相対回転同期成分を含むアクチュエータの制御系を示すブロック線図である。
【図4】相対回転同期成分を含むアクチュエータをモデル化した結果を示すグラフである。
【図5】本発明の補償方法を適用した2自由度制御系を示すブロック線図である。
【図6】補償電流指令を入力とし、モータ位置および負荷位置を出力とする制御系のブロック線図である。
【図7】本発明を適用した相対回転同期成分補償用の制御系を示すブロック線図である。
【図8】相対回転同期成分モデルを示すグラフである。
【図9】静的相対回転同期成分補償実験の結果を示すグラフである。
【図10】動的角度伝達誤差補償実験の結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
(実験装置の構成)
図1は、本実施の形態で用いた、アクチュエータに波動歯車装置を含む位置決めシステム(実験装置)の概略図であり、表1にはその諸元を示してある。本システム1は、波動歯車装置(減速機)2の入力軸3に接続されたモータ軸5に取り付けたモータ軸エンコーダ4の位置情報を用いて、減速機出力軸に接続された負荷装置7の位置決めを行うセミクローズドループ制御系を構成している。モータと負荷のイナーシャ比は、モータ軸換算で約1:3である。なお、波動歯車装置2の角度伝達誤差のモデル化と補償効果の評価を目的に、負荷位置を負荷軸8に取り付けた負荷軸エンコーダ9により計測している。
【0015】
【表1】
【0016】
(相対回転同期成分を含むアクチュエータのモデル化)
(相対回転同期成分のモデル化)
一般に、角度伝達誤差θTEは、モータ位置θm、負荷位置θl、減速比Nを用いて(1)式で定義される。
【0017】
【数1】
【0018】
本発明で対象とする相対回転同期成分とは、F/SとC/Sの累計ピッチ誤差や減速機と負荷の軸心ずれ等の組立誤差に起因し、減速機にトルクが加わっていない場合でも存在する成分であり、W/G、F/S、C/Sの各構成要素の相対回転に同期して発生する。そのため、相対回転同期成分θSyncを各構成要素の相対位置であるモータ位置θm、負荷位置θl、F/S−W/G相対位置θFWに対する正弦波の重ね合わせで表現できる。なお、F/Sに関連する成分は、負荷位置情報が必要となるため、セミクローズドループ制御系での補償は本質的に不可能である。従って、以下ではモータ軸同期成分のみを相対回転同期成分θSyncとして(2)式でモデル化する。
【0019】
【数2】
【0020】
相対回転同期成分のモデル化は次の手順で行う。
1)負荷軸1回転分の整定時の角度伝達誤差を測定する。
2)角度伝達誤差をモータ位置θmに対するフーリエ変換によりスペクトル解析を行う。
3)相対回転に同期する整数次高調波のうち、ある閾値以上の振幅を持つスペクトルの振幅Ai及び位相φiを抽出する。
4)逆フーリエ変換により(2)式でモデル化する。
【0021】
図2に、図1の位置決めシステム1の相対回転同期成分(実機相対同期成分)の波形及びスペクトル波形を示す。図中、上段は微小な送り動作を負荷軸1回転分連続して行い測定した角度伝達誤差であり、下段は角度伝達誤差のスペクトルである。図より、相対回転同期成分はモータ回転に対して1〜4次の成分振幅が大きく、最大で20次までの成分が存在することが分かり、本モデルによって実機応答を精度良く再現できていることが確認できる。
【0022】
(アクチュエータのモデル化)
波動歯車装置は、構造上ねじれ剛性を向上させることが困難であり、入力軸と出力軸の間に柔軟性を有している。そこで、制御対象の位置決めシステムの特性をモータ回転子及び波動歯車装置入力軸からなるモータ側慣性体と、波動歯車装置出力軸及び負荷装置からなる負荷側慣性体より構成される2慣性モデルとしてモデル化する。また、モータ位置より計算される相対回転同期成分θSync(モータ軸同期成分)が2慣性体間のねじれに加わるものとする。
【0023】
図3は、このようにしてモデル化されたアクチュエータのブロック線図である。図中の各符号は次の通りである。
Jm:モータ軸慣性
Dm:モータ軸粘性摩擦
Jl:負荷軸慣性
Dl:負荷軸粘性摩擦
Kg:ギアばね定数
Dg:ギア粘性摩擦
N:減速比
Kt:トルク定数
θm:モータ位置
Ωm:モータ速度
θl:負荷位置
Ωl:負荷速度
θSync:相対回転同期成分(モータ位置により値が定まるモータ軸同期成分)
τ:モータトルク
iref、i′ref:電流指令
icomp:相対回転同期成分補償電流
【0024】
図4は、実機応答及び図3のブロック線図を用いて行ったシミュレーション応答を示したものであり、図4(a)にモータ加速度応答、図4(b)に負荷加減速度応答をそれぞれ示してある。図中、実線は実機の応答を、破線は相対回転同期成分モデル無しの応答を、一点鎖線は相対回転同期成分モデル有りの応答をそれぞれ示している。図より、相対回転同期成分モデルを付加することにより速度の速い0.075[s]付近でのモータ加速度、負荷加速度の再現性が向上することが分かる。なお、本シミュレータには非線形ばね特性Kg及びモータ・負荷軸に非線形摩擦モデルを組み込んでいる。また、図4における0.1[s]以降の大きな振動は非線形ばね特性によるものと分かっている。なお、以下のシミュレーションにおいては、非線形ばね特性は原点近傍で線形近似したものとし、非線形摩擦に対しては別途補償法を適用している。
【0025】
(角度伝達誤差補償方法)
図5は本発明による補償方法を示すセミクローズドループ制御系を示す概略ブロック線図である。図中の各符号の意味は次の通りである。
Plant:図3のプラントモデル
FB(s):フィードバック補償器
D(s)、N(s):フィードフォワード補償器
i*ref:フィードフォワード電流指令
θ*m:フィードフォワード位置指令
θcomp:モータ位置補正信号
θErr:偏差
r:位置指令
【0026】
本発明による補償方法は図4の相対回転同期成分θSyncを振動源に見立て、相対回転同期成分が負荷位置に与える影響θl_Syncを、補償電流指令icompにより打ち消すことで見かけ相対回転同期成分が作用していない状態とすることで相対回転同期成分の補償を行うものである。但し、図3のモデルから明らかなように、負荷位置での相対回転同期成分の影響を補償した場合、モータ位置は振動的な応答となる。すなわち、負荷位置の制御性能向上のために意図的にモータ位置を振動的な応答とする必要がある。そこで、予めモータ位置補正信号θcompにより指令値補正を行う。
【0027】
かかる補償動作を実現するため、応答中における相対回転同期成分θSyncがモータ位置θm及び負荷位置θlに与える影響θm_Sync、θl_Syncと、相対回転同期成分θSyncを打ち消すために必要となる補償電流指令icompの導出を行う。
【0028】
図6は、相対回転同期成分θSync及び、当該相対回転同期成分θl_Syncを打ち消す補償電流指令icompを入力とし、モータ位置θm及び負荷位置θlを出力とする制御系のブロック線図である。図中、Gm_Sync(s)及びGl_Sync(s)は(3)式および(4)式で規定する。また、Gm_i(s)、Gl_i(s)は、それぞれ、電流指令からモータ位置、負荷位置までの特性であり、(5)式及び(6)式で規定される。
【0029】
【数3】
【0030】
【数4】
【0031】
【数5】
【0032】
【数6】
【0033】
ここで、相対回転同期成分モデルθ*Syncが実機相対回転同期成分を十分再現し、θ*Sync=θSyncとみなせるならば、(7)式の関係が成り立ち、実機相対回転同期成分θSyncが負荷位置に与える影響を補償できる。なお、式中の伝達関数Ci(s)は、Ci(s)=Gl_Sync(s)/Gl_i(s)を持つフィルタである。
【0034】
【数7】
【0035】
ここで、伝達関数Ci(s)の相対次数は−2次でありプロパ性を確保すべくフィルタを付加すると補償性能が劣化してしまう。先に(相対回転同期成分のモデル化)の項で述べたように相対回転同期成分は正弦波の重ね合わせによりモデル化でき、正弦波は無限階微分可能であることから、予め相対回転同期成分を2階微分し、補償器のプロパ性を確保する。この場合、補償電流指定icomp(s)は(8)式で計算できる。
【0036】
【数8】
【0037】
この時必要となる相対回転同期成分モデルの2階微分値θ”*Sync(t)は、(9)式で計算できる。
【0038】
【数9】
【0039】
次に、負荷位置における相対回転同期成分の影響を補償するためのモータ位置補正信号θcompを求める。図5よりモータ位置偏差θErrに注目すると、θErr=0の時θcomp(s)=θm_Sync(s)+θm_i(s)の関係が成り立つ。よって、モータ位置補正信号θcompは補償電流指令icompの導出時と同様に、補償器のプロパ性を考慮して2階微分値θ”*Sync(t)を用いて、(10)式で計算できる。以上のようにして導出した相対回転同期成分補償器を組み込んだ制御系全体のブロック線図を図7に示す。
【0040】
【数10】
【0041】
(補償効果確認実験)
上記の相対回転同期成分補償方法についての補償効果を、実機実験を通じて検証した。
【0042】
(1)実験条件
本発明の補償方法の特徴は、従来手法と同様に整定時における静的な負荷軸の相対回転同期成分の影響を低減することだけでなく、位置決め応答中における動的な相対回転同期成分を原因とする振動成分を補償することである。相対回転同期成分は波動歯車装置の構成要素の相対回転により発生する成分なので、位置決め実験における送り角度は注意深く設定する必要がある。
【0043】
従来の角度伝達誤差補償は、静的な負荷位置のばらつきを低減することを目的としており、整定時に相対回転同期成分が異なる値となるよう位置決め毎に噛み合わせが変化する送り角度で実験を行っている。本発明による補償方法でも静的な負荷位置のばらつき低減を1つの目標としており、従来と同様の考え方で決定した送り角度で評価することが望ましい。
【0044】
一方、本発明による補償方法で新たに狙う、動的な相対回転同期成分補償においては、歯車の噛み合わせが応答毎に変化する送り角度では、相対回転同期成分の影響が異なり、複数回の応答を平均化した際に各位置決め応答中の相対回転同期成分の振動が打ち消しあうことで、その評価が困難となる。そこで、動的な相対回転同期成分補償評価は、位置決め毎に噛み合わせが一定となる送り角度で実験を行う。
【0045】
したがって、相対回転同期成分補償実験の送り角度として、静的な補償評価には、位置決め毎にW/G−C/S間の噛み合わせが変化する12.1[Moter rev.]=87.12[Load deg]、動的な補償評価には、位置決め毎に噛み合わせが一定となる12[Moter rev.]=86.4[Load deg]とし、個別に評価する。
【0046】
図8(a)に相対回転同期成分モデルのスペクトルを示す。先に(相対回転同期成分のモデル化)の項において述べたように、相対回転同期成分は最大で20次という高い次数の成分を含んでいる。しかし、高い次数の成分まで補償すると補償電流が大きくなってくることが分かっているため、4次までのモデルを用いて補償を行うこととした。図8(b)は位置決め応答での相対回転同期成分モデルの出力である。ここで、モータは0.2[s]まで加速し、その後減速している。図より、破線で示す4次までの成分によるモデルの応答でも全ての次数の成分によるモデルの応答を模擬できており、相対回転同期成分を十分補償できると考えられる。
【0047】
(2)実験結果
1)静的相対回転同期成分補償実験
本発明による補償方法による静的補償精度を評価すべく、位置決め毎にW/G−C/S間の噛み合わせが変化する送り角度87.12[Load deg]の連続一方位置決め動作(240[回]、インターバル2[s])を行った。図9(a)にモータ位置、図9(b)に負荷位置、図9(c)に負荷加速度の応答をそれぞれ示す。
【0048】
図9(a)〜(c)のそれぞれにおいて、左側が未補償時の応答であり、右側が補償時の応答である。なお、図中の太線は239[回]の位置決め動作の平均値応答である。図9(a)のモータ位置応答より、相対回転同期成分補償時には、モータ位置補正信号により整定時のモータ位置が変動していることが確認でき、その結果、図9(b)の負荷位置応答より、補償時には、整定時の負荷位置のばらつきが抑圧されていることが確認できる。また、図9(c)の負荷加速度応答より、相対回転同期成分を原因とする振動が顕著となる0.1〜0.2[s]では、個々の負荷加速度応答には振動が生じていることが確認できるものの、平均値応答では振動が確認できない。
【0049】
表2は整定時の静的な角度伝達誤差の影響を定量的に評価したものであり、位置決めが終了する1.5[s]の負荷位置偏差の±3σ値及び、平均値を示しており、各項目の下段は未補償時を基準に規格化した評価値である。表2より、補償時では未補償時に比べ整定時での負荷位置ばらつきが3σ値で63[%]まで圧縮できており、相対回転同期成分補償の補償効果が確認できる。
【0050】
【表2】
【0051】
2)動的角度伝達誤差補償実験
動的な補償精度を評価すべく、位置決め毎に毎回W/G−C/S間の噛み合わせが同一となる送り角度86.4[Load deg]とし、他の条件は上記の静的相対回転同期成分の補償実験と同様として実験を行った。図10(a)にモータ位置、図10(b)に負荷位置、図10(c)に負荷加速度の応答をそれぞれ示す。図10(a)〜(c)のそれぞれにおいて、左側が未補償時の応答であり、右側が補償時の応答である。なお、図中の太線は240[回]の位置決め動作の平均値応答である。
【0052】
図10(b)の負荷位置応答より、未補償時でも整定時の負荷位置がほとんどばらつかず、表3に示す静的な角度伝達誤差の補償評価でも補償効果が見られない。これは、前述のように歯車の噛み合わせが同一となる送り角度では、整定時の相対回転同期成分が一通りの値しか取らず、補償の有無に関わらず相対回転同期成分によるばらつきが発生しないためである。図10(c)の負荷加速度より、相対回転同期成分補償時にはモータが高速で回転する0.1〜0.3[s]付近の振動が低減されていることが分かる。これにより、本発明の相対回転同期成分補償方法は、位置決め応答中の相対回転同期成分による振動を動的に補償できているといえる。
【0053】
なお、動作開始直後の0.1[s]以前及び、減速領域である0.2〜0.4[s]における大きな振動は、図8(b)の相対回転同期成分の周期とは異なっており、静止摩擦を初めとした相対回転同期成分以外の非線形要素の影響によるものと考えられ、これに対しては別途補償を行う必要がある。
【0054】
【表3】
【0055】
以上のように、波動歯車装置を含むアクチュエータの位置決め精度の向上及び振動抑制を目的とし、角度伝達誤差のうちの相対回転同期成分について、整定時のみならず応答中においてもその影響を補償し得る補償方法を提案し、角度伝達誤差を含めたアクチュエータ全体の特性をモデル化し、モデルベースのフィードフォワード補償により相対回転同期成分の補償を行った。供試装置を用いた補償評価実験において、整定時のばらつきを35[%]圧縮すると共に、位置決め応答中の負荷軸の振動を低減可能であることが確認された。
【符号の説明】
【0056】
1 位置決めシステム(実験装置)
2 波動歯車装置(減速機)
3 入力軸
4 モータ軸エンコーダ
5 モータ軸
6 減速機出力軸
7 負荷装置
8 負荷軸
9 負荷軸エンコーダ
【技術分野】
【0001】
本発明は、モータの出力回転を波動歯車装置を介して減速して負荷軸から負荷側に伝達するアクチュエータの駆動制御を、モータ軸の検出位置に基づき負荷軸の位置を制御するセミクローズドループ制御系により行う場合における波動歯車装置の角度伝達誤差補償方法に関する。
【0002】
さらに詳しくは、波動歯車装置における歯車精度、当該波動歯車装置と負荷の軸心ずれなどの組立誤差に起因して、波動歯車装置にトルクが加わっていない場合でも存在する、波動歯車装置の各構成要素の相対回転に同期して発生する角度伝達誤差成分(相対回転同期成分)のうち、モータ位置に同期して発生するモータ軸同期成分が原因となって発生する振動を抑制あるいは防止するための角度伝達誤差補償方法に関する。
【背景技術】
【0003】
波動歯車装置は、柔軟で弾性変形する外歯車であるフレクスプライン(以下、F/S)を楕円状のカムであるウェーブジェネレータ(以下、W/G)により変形させ、剛体である内歯車のサーキュラ・スプライン(以下、C/S)と噛み合わせることで、W/Gの回転に合わせて噛み合いが移動することを利用し、F/SとC/Sの歯数差により1段で減速を実現しうる減速機であり、小型、高トルク容量、ノンバックラッシ等の特徴を持つ。
【0004】
一般に減速機を使用した制御系ではモータ軸にエンコーダを付加し負荷軸を制御するセミクローズドループ制御系を構成する。これは、負荷軸にエンコーダを取り付けられない場合や、理論上の負荷軸分解能がモータ軸エンコーダ分解能の減速比倍となり、負荷軸を高分解能で制御することが可能なためである。しかし、減速機にはバックラッシや加工誤差等により、制御量であるモータ位置から計算される減速機の理論負荷位置と実際の負荷位置との差である「角度伝達誤差」が発生し、理論上の分解能程度の精度で制御することは困難である。
【0005】
波動歯車装置を減速機として使用するシステムでは、他の減速機を用いた場合に比べ、バックラッシが存在しない分、角度伝達誤差を大幅に低減することが可能である。しかし、歯車精度や減速機と負荷の軸心ずれなどの組立誤差に起因する回転に同期した角度伝達誤差(以下、相対回転同期成分)や、F/Sの非線形な弾性変形に起因する角度伝達誤差が位置決め精度劣化の原因となる。また、これらの成分は、波動歯車装置の持つ柔軟性に起因した非線形なねじれ振動と共に、位置決め応答等の加減速運転中に振動を励起させる要因となるため、数多くの解析・モデル化、補償法が報告されている。特に、ねじれ振動周波数と相対回転同期成分の周期が一致した際に大きな共振現象となるため、その補償法としてはねじれ振動抑制を対象としたものが多い。以上の背景に対し、本発明者等は相対回転同期成分を含めたアクチュエータ全体のモデル化及び静的位置決め精度に対する角度伝達誤差補償法を提案してきた(非特許文献1)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】「波動歯車装置の歯車精度に起因する角度伝達誤差のモデル化」,電気学会東海支部連合大会講演論文集,O−140(2007)(水野友裕、山元純文、岩崎誠、川福基裕、平井洋武、沖津良史、佐々木浩三、矢島敏男)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
波動歯車装置の相対回転同期成分としては、モータ軸(波動歯車装置入力軸)の回転に同期する成分であるモータ軸同期成分、F/SおよびW/Gの相対回転に起因するF/S−W/G相対回転同期成分、アクチュエータ出力軸の回転に同期する成分である負荷軸同期成分が知られている。これらのうち、F/S−W/G相対回転同期成分は測定結果に再現性がなく、負荷軸同期成分は負荷の組み付け状態に依存して振幅が変化し、付加軸絶対角度を測定する手段がないので、これらの同期成分に関してはセミクローズドループ制御系において補償を行うことが不可能である。
【0008】
モータ軸同期成分については、従来において、位置指令または位置フィードバックに、負荷軸原点を基準としたF/Sに同期した成分の補正量を加えることにより、当該モータ軸同期成分を補償して、位置決め精度の向上を図っている。しかしながら、従来の補償法では、無負荷運転時以外での位置決め誤差を抑制することが困難である。
【0009】
本発明の課題は、この点に鑑みて、波動歯車装置の角度伝達誤差であるモータ軸同期成分の補償を、波動歯車装置に取り付けられたモータを制御することにより行い、これにより、波動歯車装置の出力軸の位置決め精度を向上させると共に、位置決め応答中における動的なモータ軸同期成分が原因で発生する振動を抑制できるようにした波動歯車装置の角度伝達誤差補償方法を提案することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記の課題を解決するために、本発明は、モータの出力回転を波動歯車装置を介して減速して負荷軸から負荷側に伝達するアクチュエータの駆動制御を、前記モータのモータ軸の検出位置に基づき前記負荷軸の位置を制御するセミクローズドループ制御系により行う場合における前記波動歯車装置の角度伝達誤差補償方法であって、
前記波動歯車装置における歯車精度、当該波動歯車装置と負荷の軸心ずれなどの組立誤差に起因して、前記波動歯車装置にトルクが加わっていない場合でも存在し、前記波動歯車装置の各構成要素の相対回転に同期して発生する角度伝達誤差成分のうち、前記モータ位置に同期して発生するモータ軸同期成分を、相対回転同期成分θSyncとして(A)式により求め、
【0011】
【数A】
前記アクチュエータを、前記モータ回転子および波動歯車装置入力軸からなるモータ側慣性体と、波動歯車装置出力軸および負荷装置からなる負荷側慣性体とから構成される2慣性モデルと看做し、
モータ位置θmから計算される前記相対回転同期成分θSync(θm)が当該2慣性体間のねじれに加わるものとし、
前記相対回転同期成分θSync(θm)を振動源に見立て、当該相対回転同期成分θSync(θm)が負荷位置θlに与える影響を補償するために、
(B)式によって求めた補償電流指令icompによりモータ電流指令irefを補正すると共に、
【数B】
但し、Ci(s):伝達関数
θ”Sync:相対回転同期成分の2階微分値
(C)式によって求めたモータ位置補正信号θcompによりモータ位置指令rを補正することを特徴としている。
【数C】
但し、Cθ(s):伝達関数
【発明の効果】
【0012】
波動歯車装置の角度伝達誤差に含まれている相対回転同期成分は、F/SとC/Sの累積ピッチ誤差により発生する角度伝達誤差成分である。本発明の補償方法では、この相対回転同期成分を振動源と看做して、相対回転成分が負荷位置に与える影響を、補償電流指令により打ち消すことで相対回転同期成分が作用していない状態を形成している。この結果、相対回転同期成分による位置決め精度の低下を抑制あるいは防止でき、位置決め応答中における動的な相対回転同期成分を原因とする振動成分を補償することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明の実施の形態で用いた位置決めシステムを示す概略構成図である。
【図2】相対回転同期成分をモデル化した結果を示すグラフである。
【図3】相対回転同期成分を含むアクチュエータの制御系を示すブロック線図である。
【図4】相対回転同期成分を含むアクチュエータをモデル化した結果を示すグラフである。
【図5】本発明の補償方法を適用した2自由度制御系を示すブロック線図である。
【図6】補償電流指令を入力とし、モータ位置および負荷位置を出力とする制御系のブロック線図である。
【図7】本発明を適用した相対回転同期成分補償用の制御系を示すブロック線図である。
【図8】相対回転同期成分モデルを示すグラフである。
【図9】静的相対回転同期成分補償実験の結果を示すグラフである。
【図10】動的角度伝達誤差補償実験の結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
(実験装置の構成)
図1は、本実施の形態で用いた、アクチュエータに波動歯車装置を含む位置決めシステム(実験装置)の概略図であり、表1にはその諸元を示してある。本システム1は、波動歯車装置(減速機)2の入力軸3に接続されたモータ軸5に取り付けたモータ軸エンコーダ4の位置情報を用いて、減速機出力軸に接続された負荷装置7の位置決めを行うセミクローズドループ制御系を構成している。モータと負荷のイナーシャ比は、モータ軸換算で約1:3である。なお、波動歯車装置2の角度伝達誤差のモデル化と補償効果の評価を目的に、負荷位置を負荷軸8に取り付けた負荷軸エンコーダ9により計測している。
【0015】
【表1】
【0016】
(相対回転同期成分を含むアクチュエータのモデル化)
(相対回転同期成分のモデル化)
一般に、角度伝達誤差θTEは、モータ位置θm、負荷位置θl、減速比Nを用いて(1)式で定義される。
【0017】
【数1】
【0018】
本発明で対象とする相対回転同期成分とは、F/SとC/Sの累計ピッチ誤差や減速機と負荷の軸心ずれ等の組立誤差に起因し、減速機にトルクが加わっていない場合でも存在する成分であり、W/G、F/S、C/Sの各構成要素の相対回転に同期して発生する。そのため、相対回転同期成分θSyncを各構成要素の相対位置であるモータ位置θm、負荷位置θl、F/S−W/G相対位置θFWに対する正弦波の重ね合わせで表現できる。なお、F/Sに関連する成分は、負荷位置情報が必要となるため、セミクローズドループ制御系での補償は本質的に不可能である。従って、以下ではモータ軸同期成分のみを相対回転同期成分θSyncとして(2)式でモデル化する。
【0019】
【数2】
【0020】
相対回転同期成分のモデル化は次の手順で行う。
1)負荷軸1回転分の整定時の角度伝達誤差を測定する。
2)角度伝達誤差をモータ位置θmに対するフーリエ変換によりスペクトル解析を行う。
3)相対回転に同期する整数次高調波のうち、ある閾値以上の振幅を持つスペクトルの振幅Ai及び位相φiを抽出する。
4)逆フーリエ変換により(2)式でモデル化する。
【0021】
図2に、図1の位置決めシステム1の相対回転同期成分(実機相対同期成分)の波形及びスペクトル波形を示す。図中、上段は微小な送り動作を負荷軸1回転分連続して行い測定した角度伝達誤差であり、下段は角度伝達誤差のスペクトルである。図より、相対回転同期成分はモータ回転に対して1〜4次の成分振幅が大きく、最大で20次までの成分が存在することが分かり、本モデルによって実機応答を精度良く再現できていることが確認できる。
【0022】
(アクチュエータのモデル化)
波動歯車装置は、構造上ねじれ剛性を向上させることが困難であり、入力軸と出力軸の間に柔軟性を有している。そこで、制御対象の位置決めシステムの特性をモータ回転子及び波動歯車装置入力軸からなるモータ側慣性体と、波動歯車装置出力軸及び負荷装置からなる負荷側慣性体より構成される2慣性モデルとしてモデル化する。また、モータ位置より計算される相対回転同期成分θSync(モータ軸同期成分)が2慣性体間のねじれに加わるものとする。
【0023】
図3は、このようにしてモデル化されたアクチュエータのブロック線図である。図中の各符号は次の通りである。
Jm:モータ軸慣性
Dm:モータ軸粘性摩擦
Jl:負荷軸慣性
Dl:負荷軸粘性摩擦
Kg:ギアばね定数
Dg:ギア粘性摩擦
N:減速比
Kt:トルク定数
θm:モータ位置
Ωm:モータ速度
θl:負荷位置
Ωl:負荷速度
θSync:相対回転同期成分(モータ位置により値が定まるモータ軸同期成分)
τ:モータトルク
iref、i′ref:電流指令
icomp:相対回転同期成分補償電流
【0024】
図4は、実機応答及び図3のブロック線図を用いて行ったシミュレーション応答を示したものであり、図4(a)にモータ加速度応答、図4(b)に負荷加減速度応答をそれぞれ示してある。図中、実線は実機の応答を、破線は相対回転同期成分モデル無しの応答を、一点鎖線は相対回転同期成分モデル有りの応答をそれぞれ示している。図より、相対回転同期成分モデルを付加することにより速度の速い0.075[s]付近でのモータ加速度、負荷加速度の再現性が向上することが分かる。なお、本シミュレータには非線形ばね特性Kg及びモータ・負荷軸に非線形摩擦モデルを組み込んでいる。また、図4における0.1[s]以降の大きな振動は非線形ばね特性によるものと分かっている。なお、以下のシミュレーションにおいては、非線形ばね特性は原点近傍で線形近似したものとし、非線形摩擦に対しては別途補償法を適用している。
【0025】
(角度伝達誤差補償方法)
図5は本発明による補償方法を示すセミクローズドループ制御系を示す概略ブロック線図である。図中の各符号の意味は次の通りである。
Plant:図3のプラントモデル
FB(s):フィードバック補償器
D(s)、N(s):フィードフォワード補償器
i*ref:フィードフォワード電流指令
θ*m:フィードフォワード位置指令
θcomp:モータ位置補正信号
θErr:偏差
r:位置指令
【0026】
本発明による補償方法は図4の相対回転同期成分θSyncを振動源に見立て、相対回転同期成分が負荷位置に与える影響θl_Syncを、補償電流指令icompにより打ち消すことで見かけ相対回転同期成分が作用していない状態とすることで相対回転同期成分の補償を行うものである。但し、図3のモデルから明らかなように、負荷位置での相対回転同期成分の影響を補償した場合、モータ位置は振動的な応答となる。すなわち、負荷位置の制御性能向上のために意図的にモータ位置を振動的な応答とする必要がある。そこで、予めモータ位置補正信号θcompにより指令値補正を行う。
【0027】
かかる補償動作を実現するため、応答中における相対回転同期成分θSyncがモータ位置θm及び負荷位置θlに与える影響θm_Sync、θl_Syncと、相対回転同期成分θSyncを打ち消すために必要となる補償電流指令icompの導出を行う。
【0028】
図6は、相対回転同期成分θSync及び、当該相対回転同期成分θl_Syncを打ち消す補償電流指令icompを入力とし、モータ位置θm及び負荷位置θlを出力とする制御系のブロック線図である。図中、Gm_Sync(s)及びGl_Sync(s)は(3)式および(4)式で規定する。また、Gm_i(s)、Gl_i(s)は、それぞれ、電流指令からモータ位置、負荷位置までの特性であり、(5)式及び(6)式で規定される。
【0029】
【数3】
【0030】
【数4】
【0031】
【数5】
【0032】
【数6】
【0033】
ここで、相対回転同期成分モデルθ*Syncが実機相対回転同期成分を十分再現し、θ*Sync=θSyncとみなせるならば、(7)式の関係が成り立ち、実機相対回転同期成分θSyncが負荷位置に与える影響を補償できる。なお、式中の伝達関数Ci(s)は、Ci(s)=Gl_Sync(s)/Gl_i(s)を持つフィルタである。
【0034】
【数7】
【0035】
ここで、伝達関数Ci(s)の相対次数は−2次でありプロパ性を確保すべくフィルタを付加すると補償性能が劣化してしまう。先に(相対回転同期成分のモデル化)の項で述べたように相対回転同期成分は正弦波の重ね合わせによりモデル化でき、正弦波は無限階微分可能であることから、予め相対回転同期成分を2階微分し、補償器のプロパ性を確保する。この場合、補償電流指定icomp(s)は(8)式で計算できる。
【0036】
【数8】
【0037】
この時必要となる相対回転同期成分モデルの2階微分値θ”*Sync(t)は、(9)式で計算できる。
【0038】
【数9】
【0039】
次に、負荷位置における相対回転同期成分の影響を補償するためのモータ位置補正信号θcompを求める。図5よりモータ位置偏差θErrに注目すると、θErr=0の時θcomp(s)=θm_Sync(s)+θm_i(s)の関係が成り立つ。よって、モータ位置補正信号θcompは補償電流指令icompの導出時と同様に、補償器のプロパ性を考慮して2階微分値θ”*Sync(t)を用いて、(10)式で計算できる。以上のようにして導出した相対回転同期成分補償器を組み込んだ制御系全体のブロック線図を図7に示す。
【0040】
【数10】
【0041】
(補償効果確認実験)
上記の相対回転同期成分補償方法についての補償効果を、実機実験を通じて検証した。
【0042】
(1)実験条件
本発明の補償方法の特徴は、従来手法と同様に整定時における静的な負荷軸の相対回転同期成分の影響を低減することだけでなく、位置決め応答中における動的な相対回転同期成分を原因とする振動成分を補償することである。相対回転同期成分は波動歯車装置の構成要素の相対回転により発生する成分なので、位置決め実験における送り角度は注意深く設定する必要がある。
【0043】
従来の角度伝達誤差補償は、静的な負荷位置のばらつきを低減することを目的としており、整定時に相対回転同期成分が異なる値となるよう位置決め毎に噛み合わせが変化する送り角度で実験を行っている。本発明による補償方法でも静的な負荷位置のばらつき低減を1つの目標としており、従来と同様の考え方で決定した送り角度で評価することが望ましい。
【0044】
一方、本発明による補償方法で新たに狙う、動的な相対回転同期成分補償においては、歯車の噛み合わせが応答毎に変化する送り角度では、相対回転同期成分の影響が異なり、複数回の応答を平均化した際に各位置決め応答中の相対回転同期成分の振動が打ち消しあうことで、その評価が困難となる。そこで、動的な相対回転同期成分補償評価は、位置決め毎に噛み合わせが一定となる送り角度で実験を行う。
【0045】
したがって、相対回転同期成分補償実験の送り角度として、静的な補償評価には、位置決め毎にW/G−C/S間の噛み合わせが変化する12.1[Moter rev.]=87.12[Load deg]、動的な補償評価には、位置決め毎に噛み合わせが一定となる12[Moter rev.]=86.4[Load deg]とし、個別に評価する。
【0046】
図8(a)に相対回転同期成分モデルのスペクトルを示す。先に(相対回転同期成分のモデル化)の項において述べたように、相対回転同期成分は最大で20次という高い次数の成分を含んでいる。しかし、高い次数の成分まで補償すると補償電流が大きくなってくることが分かっているため、4次までのモデルを用いて補償を行うこととした。図8(b)は位置決め応答での相対回転同期成分モデルの出力である。ここで、モータは0.2[s]まで加速し、その後減速している。図より、破線で示す4次までの成分によるモデルの応答でも全ての次数の成分によるモデルの応答を模擬できており、相対回転同期成分を十分補償できると考えられる。
【0047】
(2)実験結果
1)静的相対回転同期成分補償実験
本発明による補償方法による静的補償精度を評価すべく、位置決め毎にW/G−C/S間の噛み合わせが変化する送り角度87.12[Load deg]の連続一方位置決め動作(240[回]、インターバル2[s])を行った。図9(a)にモータ位置、図9(b)に負荷位置、図9(c)に負荷加速度の応答をそれぞれ示す。
【0048】
図9(a)〜(c)のそれぞれにおいて、左側が未補償時の応答であり、右側が補償時の応答である。なお、図中の太線は239[回]の位置決め動作の平均値応答である。図9(a)のモータ位置応答より、相対回転同期成分補償時には、モータ位置補正信号により整定時のモータ位置が変動していることが確認でき、その結果、図9(b)の負荷位置応答より、補償時には、整定時の負荷位置のばらつきが抑圧されていることが確認できる。また、図9(c)の負荷加速度応答より、相対回転同期成分を原因とする振動が顕著となる0.1〜0.2[s]では、個々の負荷加速度応答には振動が生じていることが確認できるものの、平均値応答では振動が確認できない。
【0049】
表2は整定時の静的な角度伝達誤差の影響を定量的に評価したものであり、位置決めが終了する1.5[s]の負荷位置偏差の±3σ値及び、平均値を示しており、各項目の下段は未補償時を基準に規格化した評価値である。表2より、補償時では未補償時に比べ整定時での負荷位置ばらつきが3σ値で63[%]まで圧縮できており、相対回転同期成分補償の補償効果が確認できる。
【0050】
【表2】
【0051】
2)動的角度伝達誤差補償実験
動的な補償精度を評価すべく、位置決め毎に毎回W/G−C/S間の噛み合わせが同一となる送り角度86.4[Load deg]とし、他の条件は上記の静的相対回転同期成分の補償実験と同様として実験を行った。図10(a)にモータ位置、図10(b)に負荷位置、図10(c)に負荷加速度の応答をそれぞれ示す。図10(a)〜(c)のそれぞれにおいて、左側が未補償時の応答であり、右側が補償時の応答である。なお、図中の太線は240[回]の位置決め動作の平均値応答である。
【0052】
図10(b)の負荷位置応答より、未補償時でも整定時の負荷位置がほとんどばらつかず、表3に示す静的な角度伝達誤差の補償評価でも補償効果が見られない。これは、前述のように歯車の噛み合わせが同一となる送り角度では、整定時の相対回転同期成分が一通りの値しか取らず、補償の有無に関わらず相対回転同期成分によるばらつきが発生しないためである。図10(c)の負荷加速度より、相対回転同期成分補償時にはモータが高速で回転する0.1〜0.3[s]付近の振動が低減されていることが分かる。これにより、本発明の相対回転同期成分補償方法は、位置決め応答中の相対回転同期成分による振動を動的に補償できているといえる。
【0053】
なお、動作開始直後の0.1[s]以前及び、減速領域である0.2〜0.4[s]における大きな振動は、図8(b)の相対回転同期成分の周期とは異なっており、静止摩擦を初めとした相対回転同期成分以外の非線形要素の影響によるものと考えられ、これに対しては別途補償を行う必要がある。
【0054】
【表3】
【0055】
以上のように、波動歯車装置を含むアクチュエータの位置決め精度の向上及び振動抑制を目的とし、角度伝達誤差のうちの相対回転同期成分について、整定時のみならず応答中においてもその影響を補償し得る補償方法を提案し、角度伝達誤差を含めたアクチュエータ全体の特性をモデル化し、モデルベースのフィードフォワード補償により相対回転同期成分の補償を行った。供試装置を用いた補償評価実験において、整定時のばらつきを35[%]圧縮すると共に、位置決め応答中の負荷軸の振動を低減可能であることが確認された。
【符号の説明】
【0056】
1 位置決めシステム(実験装置)
2 波動歯車装置(減速機)
3 入力軸
4 モータ軸エンコーダ
5 モータ軸
6 減速機出力軸
7 負荷装置
8 負荷軸
9 負荷軸エンコーダ
【特許請求の範囲】
【請求項1】
モータの出力回転を波動歯車装置を介して減速して負荷軸から負荷側に伝達するアクチュエータの駆動制御を、前記モータのモータ軸の検出位置に基づき前記負荷軸の位置を制御するセミクローズドループ制御系により行う場合における前記波動歯車装置の角度伝達誤差補償方法であって、
前記波動歯車装置における歯車精度、当該波動歯車装置と負荷の軸心ずれなどの組立誤差に起因して、前記波動歯車装置にトルクが加わっていない場合でも存在し、前記波動歯車装置の各構成要素の相対回転に同期して発生する角度伝達誤差成分のうち、前記モータ位置に同期して発生するモータ軸同期成分を、相対回転同期成分θSyncとして(A)式により求め、
【数A】
前記アクチュエータを、前記モータ回転子および波動歯車装置入力軸からなるモータ側慣性体と、波動歯車装置出力軸および負荷装置からなる負荷側慣性体とから構成される2慣性モデルと看做し、
モータ位置θmから計算される前記相対回転同期成分θSync(θm)が当該2慣性体間のねじれに加わるものとし、
前記相対回転同期成分θSync(θm)を振動源に見立て、当該相対回転同期成分θSync(θm)が負荷位置θlに与える影響を補償するために、
(B)式によって求めた補償電流指令icompによりモータ電流指令irefを補正すると共に、
【数B】
但し、Ci(s):伝達関数
θ”Sync:相対回転同期成分の2階微分値
(C)式によって求めたモータ位置補正信号θcompによりモータ位置指令rを補正することを特徴とする波動歯車装置の角度伝達誤差補償方法。
【数C】
但し、Cθ(s):伝達関数
【請求項1】
モータの出力回転を波動歯車装置を介して減速して負荷軸から負荷側に伝達するアクチュエータの駆動制御を、前記モータのモータ軸の検出位置に基づき前記負荷軸の位置を制御するセミクローズドループ制御系により行う場合における前記波動歯車装置の角度伝達誤差補償方法であって、
前記波動歯車装置における歯車精度、当該波動歯車装置と負荷の軸心ずれなどの組立誤差に起因して、前記波動歯車装置にトルクが加わっていない場合でも存在し、前記波動歯車装置の各構成要素の相対回転に同期して発生する角度伝達誤差成分のうち、前記モータ位置に同期して発生するモータ軸同期成分を、相対回転同期成分θSyncとして(A)式により求め、
【数A】
前記アクチュエータを、前記モータ回転子および波動歯車装置入力軸からなるモータ側慣性体と、波動歯車装置出力軸および負荷装置からなる負荷側慣性体とから構成される2慣性モデルと看做し、
モータ位置θmから計算される前記相対回転同期成分θSync(θm)が当該2慣性体間のねじれに加わるものとし、
前記相対回転同期成分θSync(θm)を振動源に見立て、当該相対回転同期成分θSync(θm)が負荷位置θlに与える影響を補償するために、
(B)式によって求めた補償電流指令icompによりモータ電流指令irefを補正すると共に、
【数B】
但し、Ci(s):伝達関数
θ”Sync:相対回転同期成分の2階微分値
(C)式によって求めたモータ位置補正信号θcompによりモータ位置指令rを補正することを特徴とする波動歯車装置の角度伝達誤差補償方法。
【数C】
但し、Cθ(s):伝達関数
【図3】
【図5】
【図6】
【図7】
【図1】
【図2】
【図4】
【図8】
【図9】
【図10】
【図5】
【図6】
【図7】
【図1】
【図2】
【図4】
【図8】
【図9】
【図10】
【公開番号】特開2010−244343(P2010−244343A)
【公開日】平成22年10月28日(2010.10.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−93103(P2009−93103)
【出願日】平成21年4月7日(2009.4.7)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 社団法人電気学会発行(発行年月日:平成21年3月9日)電気学会研究会資料 産業計測制御研究会 IIC−09−021〜030・032〜042
【出願人】(390040051)株式会社ハーモニック・ドライブ・システムズ (91)
【出願人】(304021277)国立大学法人 名古屋工業大学 (784)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年10月28日(2010.10.28)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年4月7日(2009.4.7)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 社団法人電気学会発行(発行年月日:平成21年3月9日)電気学会研究会資料 産業計測制御研究会 IIC−09−021〜030・032〜042
【出願人】(390040051)株式会社ハーモニック・ドライブ・システムズ (91)
【出願人】(304021277)国立大学法人 名古屋工業大学 (784)
【Fターム(参考)】
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