説明

流体噴射装置及び医療機器

【課題】強いパルス流が噴射できる流体噴射装置を提供する。
【解決手段】流体噴射装置は、容積が変更可能な流体室24と、流体室24に連通する入口流路56及び出口流路26と、出口流路26に連通された流体噴射開口部52と、入口流路56に連通され、入口流路56に流体を供給する流体供給部12と、入口流路56に配置され、入口流路56内の流体を沸騰させる流体沸騰部58と、を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、流体噴射装置及び医療機器に関するものである。
【背景技術】
【0002】
流体供給部から供給される流体を脈動発生部(圧電素子含む部分)で脈動させてパルス流を発生させる。つまりは、パルス状の流体を噴射する装置が知られている(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2008−82202号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1では、流体室の入口流路側に流体の逆流を防ぐために、逆止弁を付けないで入口流路側のイナータンスを大きくすることで、流体の逆流を抑制している。しかしながら、逆止弁がないため、ノズルからの噴射を強めるために、容積変更を大きくすればするほど、流体室の入口流路側への流体の逆流しようとする流れも大きくなり、ノズルからの噴射の損失も徐々に大きくなる。また、逆流を抑制するために流体室の入口流路側のイナータンスを大きくしも、その場合には、入口流路の断面積をより小さく、流路を長くする必要があるため、流体を供給する圧力発生部である流体供給部の負荷が増えてしまうという課題がある。よって、本発明では、入口流路側に流体の逆流を防ぐ効果を高めて、より強いパルス流が噴射できる流体噴射装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、上述の課題の少なくとも一部を解決するためになされたものであり、以下の形態又は適用例として実現することが可能である。
【0006】
[適用例1]容積が変更可能な流体室と、前記流体室に連通する入口流路及び出口流路と、前記出口流路に連通された流体噴射開口部と、前記入口流路に連通され、該入口流路に流体を供給する流体供給部と、前記入口流路に配置され、該入口流路内の流体を沸騰させる流体沸騰部と、を有することを特徴とする流体噴射装置。
【0007】
これによれば、容積変更可能な流体室に連通した入口流路に流体を沸騰させる流体沸騰部を備え、入口流路内の流体を流体沸騰部で沸騰させることで、入口流路内の流体沸騰部付近の流体が瞬間的に蒸気となり、入口流路内の流体を押し出し、圧力が高まる。したがって、流体室の容積を変更した際の入口流路側への逆流を防ぐことができる。このとき、蒸発の体積膨張による圧力で流体室から入口流路側への逆流を抑える効果があるが、蒸発の体積膨張だけではなく、入口流路内のイナータンスを利用することで逆流を抑えやすくなる。そして、入口流路内の蒸気は流体沸騰部をオフすることで冷却され流体に戻り、これを繰り返すことができる。
【0008】
また、入口流路のイナータンス効果を合わせて利用することで、蒸気の圧力だけで逆流を抑えるのではなく、蒸気によって押されて加速した入口流路内のイナータンスを利用して効果的に逆流を抑制することができる。これにより、強いパルス流を噴射することができる。
【0009】
[適用例2]上記流体噴射装置であって、前記流体沸騰部は、前記入口流路の中間より前記流体室側に近い位置に配置することを特徴とする流体噴射装置。
【0010】
これによれば、入口流路内の流体沸騰部付近の流体が沸騰した際、入口流路内の流体は、その蒸気により、流体室側と流体供給部側に押される。このとき、入口流路において流体沸騰部から流体供給部側の管路が長くなり、流体沸騰部から流体室側のイナータンスよりも、流体沸騰部から流体供給部側のイナータンスが大きくなるので、流体沸騰部付近の流体が沸騰した際、入口流路内の流体は、流体供給部側に押されるよりも流体室側へ効果的に押し込まれる。
【0011】
[適用例3]上記流体噴射装置であって、前記流体沸騰部から前記流体室側の前記入口流路のイナータンスは、前記出口流路側のイナータンスよりも大きいことを特徴とする流体噴射装置。
【0012】
これによれば、入口流路内の流体沸騰部付近の流体が沸騰したことにより、流体沸騰部から流体室側の入口流路の流体は流体室側へ勢いよく流れるが、このイナータンスが出口流路側のイナータンスより大きいことで、流体室において入口流路側よりも出口流路側へ効果的に流体を押し込むことができる。
【0013】
[適用例4]上記流体噴射装置であって、前記流体沸騰部の加熱開始時間は、前記流体室内を加圧するように容積を変更し始める時間よりも先に行うことを特徴とする流体噴射装置。
【0014】
これによれば、流体沸騰部の沸騰開始により、十分に入口流路中の流体を加速させてから、流体室内を加圧することで、流体室での入口側への逆流を抑制し易くなる。また、熱伝導の時間を考慮することができる。
【0015】
[適用例5]上記流体噴射装置であって、前記流体室内を加圧するように容積を減少している時間は、少なくとも前記流体沸騰部で加熱していることを特徴とする流体噴射装置。
【0016】
これによれば、流体室内を加圧(容積を減少)させている時間は、流体沸騰部が加熱(入口流路内の流体を沸騰させる)することで、入口流路内の沸騰して気化した蒸気が消滅する前に、流体室内を加圧(容積を減少)させられる。
【0017】
[適用例6]容積が変更可能な流体室と、前記流体室に連通する入口流路及び出口流路と、前記出口流路に連通された流体噴射開口部と、前記入口流路に連通され、該入口流路に流体を供給する流体供給部と、前記入口流路に配置され、該入口流路内の流体を沸騰させる流体沸騰部と、を有する流体噴射装置を用いたことを特徴とする医療機器。
【0018】
これによれば、医療機器に本発明の流体噴射装置を備えることで、上記の流体噴射装置が享受する各種効果と同様の効果を享受することができる。つまり、このため、上記した本発明の流体噴射装置が享受する各種効果と同様の効果を享受することができる生体組織の切開、その他に、結石等の破砕や、生体細胞に流体を導入、血管内塞栓の除去などの各種医療機器を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本実施形態に係る流体噴射装置を示す図。
【図2】本実施形態に係る脈動発生部の詳細を示す図。
【図3】本実施形態に係る入口流路内の液体の沸騰の様子を示す図。
【図4】本実施形態に係る入口流路内の液体のヒーターに接触している面の体積と通過時間との関係を示す図。
【図5】本実施形態に係る流体室の容積を変更するタイミングと入口流路内の液体が蒸発し始めるタイミングについて示す図。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本実施形態を図面を参照して説明する。なお、以下の説明で参照する図は、図示の便宜上、部材ないし部分の縦横の縮尺は実際のものとは異なる模式図である。
【0021】
また、本実施形態による流体噴射装置は、インク等を用いた描画、細密な物体及び構造物の洗浄、手術用メス等様々に採用可能であるが、以下に説明する実施形態では、生体組織を切開又は切除することに好適な流体噴射装置を例示して説明する。したがって、実施形態にて用いる流体は、水又は生理食塩水である。
【0022】
図1は、本実施形態に係る流体噴射装置を示す図である。本実施形態に係る流体噴射装置2は、図1に示すように、基本構成として流体(液体)を収容する流体容器10と、流体供給部としてのポンプ12と、ポンプ12から供給される液体を脈動流動する脈動発生部14と、から構成されている。
【0023】
脈動発生部14には、細いパイプ状の流体噴射管16が接続され、流体噴射管16の先端部には流路が縮小されたノズル18が挿着されている。
【0024】
この流体噴射装置2における液体の流動を簡単に説明する。流体容器10に収容された液体は、接続チューブ20を介してポンプ12によって吸引され、一定の圧力で接続チューブ22を介して脈動発生部14に供給される。脈動発生部14には流体室24(図2参照)と、この流体室24の容積変更手段とを備えており、容積変更手段を駆動して脈動を発生して、流体噴射管16、ノズル18を通して液体を高速で噴射する。脈動発生部14の詳しい説明については、図2を参照して後述する。
【0025】
なお、流体供給部としてはポンプ12に限らず、輸液バッグをスタンド等によって脈動発生部14よりも高い位置に保持するようにしてもよい。したがって、ポンプ12は不要となり、構成を簡素化することができる他、消毒等が容易になる利点がある。
【0026】
ポンプ12の吐出圧力は概ね0.3気圧(0.03MPa)以下に設定する。また、輸液バッグを用いる場合には、脈動発生部14と輸液バッグの液上面との高度差が圧力となる。輸液バックを用いるときには0.1〜0.15気圧(0.01〜0.015MPa)程度になるように高度差を設定することが望ましい。
【0027】
なお、この流体噴射装置2を用いて手術をする際には、術者が把持する部位は脈動発生部14である。したがって、脈動発生部14までの接続チューブ22はできるだけ柔軟であることが好ましい。そのためには、柔軟で薄いチューブで、液体を脈動発生部14に送液可能な範囲で低圧にすることが好ましい。
【0028】
また、特に、脳手術の時のように、機器の故障が重大な事故を引き起こす虞がある場合には、接続チューブ22の切断等において高圧な液体が噴出することは避けなければならず、このことからも低圧にしておくことが要求される。
【0029】
次に、本実施形態による脈動発生部14の構造について説明する。
図2は、本実施形態に係る脈動発生部14の詳細を示す図である。脈動発生部14には、図2に示すように、液体の脈動を発生させる脈動発生手段を含み、液体を吐出する流路としての出口流路26を有する流体噴射管16が接続されている。
【0030】
脈動発生部14は、上ケース28と下ケース30とをそれぞれ対向する面において接合され、4本の固定螺子32(図示は省略)によって螺着されている。下ケース30は、鍔部を有する筒状部材であって、一方の端部は底板34で密閉されている。この下ケース30の内部空間に圧電素子36が配設されている。
【0031】
圧電素子36は、積層型圧電素子であってアクチュエーターを構成している。圧電素子36の一方の端部は上板38を介してダイアフラム40に、他方の端部は底板34の上面42に固着されている。
【0032】
また、ダイアフラム40は、円盤状の金属薄板からなり、下ケース30の凹部44内において周縁部が凹部44の底面に密着固着されている。容積変更手段としての圧電素子36に駆動信号を入力することで、圧電素子36の伸張、収縮に伴いダイアフラム40を介して流体室24の容積を変更する。
【0033】
ダイアフラム40の上面には、中心部に開口部を有する円盤状の金属薄板からなる補強板46が積層配設されている。
【0034】
上ケース28は、下ケース30と対向する面の中心部に凹部が形成され、この凹部とダイアフラム40とから構成され、液体が充填された状態の回転体形状が流体室24である。つまり、流体室24は、上ケース28の凹部の封止面48と内周側壁50とダイアフラム40とによって囲まれた空間である。流体室24の略中央部には出口流路26が穿設されている。
【0035】
出口流路26は、流体室24から上ケース28の一方の端面から突設された流体噴射管16の端部まで貫通されている。出口流路26の流体室24の封止面48との接続部は、流体抵抗を減ずるために滑らかに丸められている。
【0036】
なお、以上説明した流体室24の形状は、本実施形態では、両端が封止された略円筒形状としているが、側面視して円錐形や台形、あるいは半球形状等でもよく限定されない。例えば、出口流路26と封止面48との接続部を漏斗のような形状にすれば、後述する流体室24内の気泡を排出しやすくなる。
【0037】
流体噴射管16には出口流路26が穿設されており、流体噴射管16の管部の厚さは、液体の圧力脈動を吸収しない剛性を有する範囲に形成されている。
【0038】
流体噴射管16の先端部には、ノズル18が挿着されている。このノズル18には流体噴射開口部52が穿設されている。流体噴射開口部52の直径は、出口流路26の直径より小さくなるように構成されている。
【0039】
上ケース28の端面には、ポンプ12から液体を供給する接続チューブ22を挿着する入口流路管54が突設されており、入口流路管54に入口流路56が穿たれている。入口流路56は流体室24に連通している。
【0040】
入口流路管54は細管が流体室24に接続している。入口流路管54の中間部より流体室24側に流体沸騰部としてのヒーター58が取り付けられている。なお、ヒーター58は瞬間的に液体の温度を高めることができればよいので、ヒーター58の代わりにファイバーで導光したレーザー光を用いても構わない。
【0041】
上ケース28と下ケース30との接合面において、ダイアフラム40の外周方向の離間した位置には、下ケース30側にパッキンボックス60、上ケース28側にパッキンボックス62が形成されており、パッキンボックス60,62にて形成される空間にリング状のパッキン64が装着されている。
【0042】
ここで、上ケース28と下ケース30とを組み立てたとき、ダイアフラム40の周縁部と補強板46の周縁部とは、上ケース28の封止面48の周縁部と下ケース30の凹部44の底面によって密接されている。この際、パッキン64は上ケース28と下ケース30とによって押し圧されて、流体室24からの液体漏洩を防止している。
【0043】
流体室24内は、液体吐出の際に30気圧(3MPa)以上の高圧状態となり、ダイアフラム40、補強板46、上ケース28、下ケース30それぞれの接合部において液体が僅かに漏洩することが考えられるが、パッキン64によって漏洩を阻止している。
【0044】
図2に示すようにパッキン64を配設すると、流体室24から高圧で漏洩してくる液体の圧力によってパッキン64が圧縮され、パッキンボックス60,62内の壁にさらに強く押し圧するので、液体の漏洩を一層確実に阻止することができる。このことから、駆動時において流体室24内の高い圧力上昇を維持することができる。
【0045】
次に、本実施形態における動作について図1及び図2を参照して説明する。本実施形態の脈動発生部14の液体吐出は、ヒーター58から流体室24側の入口流路56のイナータンス側のイナータンスL1(合成イナータンスL1と呼ぶことがある)と出口流路側のイナータンスL2(合成イナータンスL2と呼ぶことがある)、そして、ヒーター58からポンプ12側の入口流路56のイナータンスL3(合成イナータンスL3と呼ぶことがある)が影響する。
【0046】
まず、イナータンスについて説明する。イナータンスLは、液体の密度をρ、流路の断面積をS、流路の長さをhとしたとき、L=ρ×h/Sで表される。流路の圧力差をΔP、流路を流れる液体の流量をQとした場合に、イナータンスLを用いて流路内の運動方程式を変形することで、ΔP=L×dQ/dtという関係が導き出される。
【0047】
つまり、イナータンスLは、流量の時間変化に与える影響度合いを示しており、イナータンスLが大きいほど流量の時間変化が少なく、イナータンスLが小さいほど流量の時間変化が大きくなる。
【0048】
また、複数の流路の並列接続や、複数の形状が異なる流路の直列接続に関する合成イナータンスは、個々の流路のイナータンスを電気回路におけるインダクタンスの並列接続、又は直列接続と同様に合成して算出することができる。
【0049】
なお、イナータンスL1は、ヒーター58から流体室24側の入口流路56の範囲において算出される。そして、イナータンスL3は、ヒーター58からポンプ12側の入口流路56の範囲において算出される。この際、ポンプ12と入口流路56とを接続する接続チューブ22は柔軟性を有するため、イナータンスL3の算出から削除してもよい。
ここで、入口流路管54の中間部より流体室24側に流体沸騰部としてのヒーター58が取り付けられ、入口流路管54の断面積がほぼ一定であれば、ヒーター58から流体室24側の入口流路56のイナータンスL1は、ヒーター58からポンプ12側の入口流路56のイナータンスL3よりも大きくなる。よって、入口流路56内の液体をヒーター58で沸騰させることで、ヒーター58付近の液体が沸騰した際、入口流路56内の液体は、ポンプ12側に押されるよりも流体室24側へ効果的に押し込まれる。
【0050】
また、出口流路26側の合成イナータンスL2は、流体噴射開口部52やノズル18を含む出口流路26の範囲において算出される。
ここで、出口流路26側の合成イナータンスL2よりも、ヒーター58から流体室24側の入口流路56のイナータンスL1の方が大きくなっているため、入口流路56内のヒーター58付近の液体が沸騰することにより、ヒーター58から流体室24側の入口流路56の液体は流体室24側へ勢いよく流れ、このヒーター58から流体室24側の入口流路56のイナータンスL1が出口流路26側の合成イナータンスL2より大きいことで、後述する脈動発生部14の動作時に、流体室24において入口流路56側よりも出口流路26側へ効果的に液体を押し込むことができる。
【0051】
本実施形態では、ヒーター58から流体室24側の入口流路56のイナータンスL1は、ヒーター58からポンプ12側の入口流路56のイナータンスL3よりも大きくなるように、また、ヒーター58から流体室24側の入口流路56のイナータンスL1が出口流路26側の合成イナータンスL2よりも大きくなるように、入口流路56の流路長及び断面積、出口流路26の流路長及び断面積、ヒーター58が取り付けられている位置を設定する。
【0052】
次に、脈動発生部14の動作について説明する。ポンプ12によって入口流路56には、常に一定圧力の液圧で液体が供給されている。その結果、圧電素子36が動作を行わない場合、ポンプ12の吐出力と入口流路56側全体の流体抵抗値の差によって液体は流体室24内に流動する。
【0053】
ここで、圧電素子36に駆動信号が入力され、急激に圧電素子36が伸張したとすると、流体室24内の圧力が急速に上昇して数十気圧に達する。
【0054】
この圧力は、入口流路56に加えられていたポンプ12による圧力よりはるかに大きいため、入口流路56側から流体室24内への液体の流入はその圧力によって減少し、出口流路26からの流出は増加する。したがって、前述した特許文献1による流体噴射装置のような、入口流路側に設けられる逆止弁は必要ない。
【0055】
また、ヒーター58から流体室24側の入口流路56のイナータンスL1が出口流路26側の合成イナータンスL2よりも大きいため、入口流路56から液体が流体室24へ流入する流量の減少量よりも、出口流路26から吐出される液体の増加量のほうが大きくなり、流体室24において入口流路56側よりも出口流路26側に液体を押し込むことができる。そして、出口流路26に脈動流が発生する。この吐出の際の圧力変動が、流体噴射管16内を伝播して、先端のノズル18の流体噴射開口部52から液体が噴射される。
【0056】
ここで、ノズル18の流体噴射開口部52の直径は、出口流路26の直径よりも小さいので、液体は、さらに高圧、高速のパルス状の液滴として噴射される。
【0057】
一方、流体室24内は、入口流路56からの液体流入量の減少と出口流路26からの液体流出の増加との相互作用で、圧力上昇直後に真空状態となる。その結果、ポンプ12の圧力と、流体室24内の真空状態の双方によって一定時間経過後、入口流路56の液体は圧電素子36の動作前と同様な速度で流体室24内に向かう流れが復帰する。
【0058】
入口流路56内の液体の流動が復帰した後、圧電素子36の伸張があれば、ノズル18からの脈動流を継続して噴射することができる。
【0059】
図3は、本実施形態に係る入口流路56内の液体の沸騰の様子を示す図である。先ず、図3(A)に示すように、ヒーター58の加熱により、入口流路56の液体はヒーター58に近い部分から沸騰して、液体の一部が蒸発し気化した蒸気66が発生する。
【0060】
次に、図3(B)に示すように、気化した蒸気66が大きくなり、入口流路56の液体は流体室24側とポンプ12側とに押し出される。このとき、ヒーター58から流体室24側のイナータンスよりも、ヒーター58からポンプ12側のイナータンスが大きいので、ポンプ12側に押されるよりも流体室24側へ効果的に押し込むことができる。そして、流体室24側へ押し込まれた液体に関して、流体室24の出口流路26側のイナータンスよりも、ヒーター58から流体室24側の入口流路56のイナータンスの方が大きいので、流体室24において入口流路56側よりも出口流路26側へ効果的に液体を押し込むことができる。
【0061】
そして、図3(C)に示すように、ヒーター58がOFFになり、冷却され沸騰して蒸発して気化した蒸気66は消滅する。
【0062】
なお、図3(B)において、ポンプ12側へ液体が押された場合、細管の入口流路56内での蒸発であるので蒸発後の体積も小さく、例えば入口流路56とポンプ12とを繋ぐ接続チューブ22の弾性に吸収される。
【0063】
ここで、入口流路56の液体が蒸気66になるには、どれぐらいの熱のやり取りを考えればよいか、簡易計算を行う。例えば、入口流路56のイナータンスを大きくするため、入口流路56をφ0.3mmの細い円管とし、ヒーター58が1mm程度の幅の大きさで入口流路管54を介して液体に接する場合を考える。ここで、ポンプ12で約4.2ml/min(7.0×10-83/s)の流量を供給する。流体噴射開口部52からパルス流を噴射して組織を切断する場合、流体噴射開口部52から噴射されるパルス流の流速を高めるために、比較的大流量を流す必要があるが、本実施形態では、容積変更手段でパルス流を噴射することで、流速が高くなるので問題ない。よって、このとき、入口流路56では約1m/sの流速で液体が流れる。そして、1mm程度の幅の大きさのヒーター58なので、約1m/sの流速の場合は、液体が1msecで通過する。
【0064】
以下に熱交換の概要を説明する。
図4は、本実施形態に係る入口流路56内の液体のヒーター58に接触している面の体積と通過時間との関係を示す図である。
先ず、入口流路56の断面積A〔m2〕は以下となる。
【0065】
A=(0.3×10-3/2)2×π=約7.1×10-8〔m2
上述の流量Q=4.2ml/min(7.0×10-83/s)で断面積Aの流路を通過する時の流速v〔m/s〕は以下となる。
【0066】
v=Q/A=約1〔m/s〕
約1m/sの流速の場合は、液体の通過開始を0msecとして2msecで通過し終わるため、ヒーター58に接触している体積は、図4のようになる。つまり、1msecの間には、流量Qの半分の熱量しか交換できないが、1msecで一定の熱の交換ができていると置き換えることができる。
【0067】
次に、φ0.3mm、幅1mmの入口流路56内部の液体の体積は、約7.1×10-11〔m3〕、例えば液体を水とした場合、水の比熱容量が約4.2〔kJ/(kg・K)〕なので、熱容量は、約3.0×10-7〔kJ/K〕となり、仮に20℃から沸点の100℃まで液体の温度を上げるためには、約2.4×10-5kJの熱量が必要になる。そして、水の気化熱は、約2250kJ/kgであるので、液体を気化させるためには、さらに、約1.6×10-7kJ必要となる。よって、合計1.8×10-7kJの熱量が必要となる。
【0068】
ただし、液体が通過している間、周囲の熱伝導を無視してφ0.3mm、幅1mmの入口流路56内部の液体に加えれば、おおよそ沸騰することになる。よって、周囲への熱伝導やヒーター58の熱容量等を考慮すればヒーター58は約180W以上のエネルギーを生み出す必要がある。
【0069】
以下にヒーター58のエネルギーの必要量の概要を説明する。
先ず、ヒーター58上の液体の体積Vは以下となる。
【0070】
V=A×1=7.1×10-8×1×10-3=7.1×10-11〔m3
そして、水の比重1000kg/m3より、Vの重さmは7.1×10-8〔kg〕よなる。ここで、水の比熱容量cが約4.2〔kJ/(kg・K)〕なので、熱容量Cは以下となる。
【0071】
C=c×m=3.0×10-7〔kJ/K〕
20℃から沸点の100℃まで液体の温度を上げるための熱量Q1は以下となる。
【0072】
Q1=C×ΔT=2.4×10-5〔kJ〕
また、水の気化熱は、約2250〔kJ/kg〕であるので、液体を気化させるための熱量Q2は以下となる。
【0073】
Q2=2250×m=1.6×10-4〔kJ〕
よって、体積Vの液体を沸騰させるための熱量Qは以下となる。
【0074】
Q=Q1+Q2=1.8×10-4〔kJ〕
前述したように、液体が流れているが、1msecで一定の熱の交換ができていると置き換えができるので、エネルギーEは以下となる。
【0075】
E=Q/t=(1.8×10-1)/(1×10-3)=180〔W〕
また、上記の簡易計算では、流速一定としたが、容積変更すると入口流路56側の流速は少なからず減速をするため、そのタイミングを利用すれば入口流路56内の加熱は容易となる。
【0076】
また、ポンプ12の流量を挙げた場合でも、ヒーター58の大きさや加熱時間や加熱のための発生エネルギーなど大きくすればよいので、適宜設計変更すればよい。
【0077】
図5は、本実施形態に係る流体室24の容積を変更するタイミングと入口流路56内の液体が蒸発し始めるタイミングについて示す図である。先ず、図5(A)に示すように、ヒーター58がON、OFFを繰り返すなかで、ヒーター58がONされてから、圧電素子36に脈動する駆動電圧が供給される。つまり、ヒーター58の加熱開始時間は、熱伝導の時間も考慮し、流体室24内を加圧するように容積を変更し始める時間よりも先に行うことになる。これにより、ヒーター58の沸騰開始により、十分に入口流路56中の液体を加速させてから、流体室24内を加圧することで、流体室24での入口側への逆流を抑制し易くなる。また、熱伝導の時間を考慮することができる。
【0078】
また、沸騰して気化した蒸気66が消滅する前に、流体室24内を加圧したいので流体室24内を加圧(容積を減少)させている時間はヒーター58がONされている。
【0079】
また、流体室24内を加圧(容積を減少)させている時間は、ヒーター58が加熱(入口流路56内の流体を沸騰させる)することで、容積変更で入口流路56側の流速が減速して、入口流路56内の加熱は容易となる。また、流体室24内を加圧(容積を減少)させている時間は、ヒーター58が加熱(入口流路56内の液体を沸騰させる)することで、入口流路56内の沸騰して気化した蒸気66が消滅する前に、流体室24内を加圧したいので流体室24内を加圧(容積を減少)させられる。
【0080】
よって、ヒーター58の沸騰開始により、十分に入口流路56中の液体を加速させてから、流体室24内を加圧することで、流体室24での入口側への逆流を抑制し易くなる。
【0081】
本実施形態では、圧電素子36に電圧を印加すると圧電素子36が伸張するものとしている。例えば、印加する電圧として、図5(B)に示すように、SIN関数の波形で、位相が90度遅れ、正へ振幅分オフセットした波形とする(グラフ1参照)。
【0082】
流体室24は、圧電素子36の伸張による内部の体積変化により圧力を生じるため、グラフ1を1回微分したグラフ2の波形は、流体室24の内部圧力に相似となる。したがって、グラフ2が正になっている時間は、略内部圧力が上昇している状態を表す。尚、液体は飽和水蒸気圧以下にならないので、グラフ2において負のあたりの部分はない。
【0083】
したがって、内部圧力が上昇している時間はできる限り入口流路56での逆流を抑えたいことを考えれば、流体室24内を加圧するように容積を減少している時間(図5(B)の矢印Aの範囲)は、少なくともヒーター58で加熱していることが望ましい。
【0084】
本実施形態によれば、容積変更可能な流体室24に連通した入口流路56に液体を沸騰させるヒーター58を備え、入口流路56内の液体をヒーター58で沸騰させることで、入口流路56内のヒーター58付近の液体が瞬間的に蒸気66となり、入口流路56内の液体を押し出し、圧力が高まる。したがって、流体室24の容積を変更した際の入口流路56側への逆流を防ぐことができる。このとき、蒸発の体積膨張による圧力で流体室24から入口流路56側への逆流を抑える効果があるが、蒸発の体積膨張だけではなく、イナータンス効果で液体を活用することで逆流を抑えやすくなる。そして、入口流路56内の蒸気66はヒーター58をオフすることで冷却され液体に戻り、これを繰り返すことができる。
【0085】
また、入口流路56のイナータンス効果を合わせて利用することで、蒸気66の圧力だけで逆流を抑えるのではなく、蒸気66によって押されて加速した入口流路56内のイナータンスを利用して効果的に逆流を抑制することができる。これにより、強いパルス流を噴射することができる。
【0086】
また、医療機器に本実施形態の流体噴射装置2を備えることで、上記の流体噴射装置2が享受する各種効果と同様の効果を享受することができる。つまり、このため、上記した本実施形態の流体噴射装置2が享受する各種効果と同様の効果を享受することができる生体組織の切開、その他に、結石等の破砕や、生体細胞に流体を導入、血管内塞栓の除去などの各種医療機器を実現することができる。
【符号の説明】
【0087】
2…流体噴射装置 10…流体容器 12…ポンプ(流体供給部) 14…脈動発生部 16…流体噴射管 18…ノズル 20,22…接続チューブ 24…流体室 26…出口流路 28…上ケース 30…下ケース 32…固定螺子 34…底板 36…圧電素子 38…上板 40…ダイアフラム 42…上面 44…凹部 46…補強板 48…封止面 50…内周側壁 52…流体噴射開口部 54…入口流路管 56…入口流路 58…ヒーター(流体沸騰部) 60,62…パッキンボックス 64…パッキン 66…蒸気。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
容積が変更可能な流体室と、
前記流体室に連通する入口流路及び出口流路と、
前記出口流路に連通された流体噴射開口部と、
前記入口流路に連通され、該入口流路に流体を供給する流体供給部と、
前記入口流路に配置され、該入口流路内の流体を沸騰させる流体沸騰部と、
を有することを特徴とする流体噴射装置。
【請求項2】
請求項1に記載の流体噴射装置において、
前記流体沸騰部は、前記入口流路中間より前記流体室側に近い位置に配置することを特徴とする流体噴射装置。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の流体噴射装置において、
前記流体沸騰部から前記流体室側の前記入口流路のイナータンスは、前記出口流路側のイナータンスよりも大きいことを特徴とする流体噴射装置。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか一項に記載の流体噴射装置において、
前記流体沸騰部の加熱開始時間は、前記流体室内を加圧するように容積を変更し始める時間よりも先に行うことを特徴とする流体噴射装置。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか一項に記載の流体噴射装置において、
前記流体室内を加圧するように容積を減少している時間は、少なくとも前記流体沸騰部で加熱していることを特徴とする流体噴射装置。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか一項に記載の流体噴射装置を用いた医療機器。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−144989(P2012−144989A)
【公開日】平成24年8月2日(2012.8.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−1721(P2011−1721)
【出願日】平成23年1月7日(2011.1.7)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】