説明

流体軸受装置、スピンドルモータ、及びディスク記録再生装置

【課題】 ロストルクを低く維持したままフランジの近傍で潤滑剤の循環を促進することにより、省電力化、回転の安定化に要する時間の短縮、及びモータの起動・停止に対する耐久性の向上を同時に実現する流体軸受装置、を提供する。
【解決手段】 シャフト(2)の一端にはフランジ(3)が固定される。スリーブ(1)の一方の開口部の内面には段部(1C)が設けられる。スリーブ(1)にシャフト(2)が挿入されるとき、フランジ(3)はその段部(1C)に近接する。その段部(1C)の内径は軸方向の端部では中心部より小さい。それにより、フランジ(3)の外周面(3C)とそれに対向する段部(1C)の表面との間隔がフランジ(3)の外周面(3C)の境界付近では中心付近より狭い。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、流体軸受装置、それを利用するスピンドルモータ、及びそれを搭載するディスク記録再生装置に関する。
【背景技術】
【0002】
ディスク記録再生装置は、例えばハードディスクドライブ(HDD)又はDVDレコーダであり、磁気ディスク又は光ディスク等のディスク型記録媒体(以下、ディスクという)を回転させながら、そのディスクに対してデータの読み書きを磁気的に又は光学的に行う。
ディスク記録再生装置には更なる大容量化及びデータ転送の高速化が要求される。近年では特に、HDDがAV機器及びモバイル機器に多用される。それらの機器には上記の要求に加え、高い耐久性が要求される。従って、ディスクの回転は更に高速で、かつ高精度に安定であることが望まれる。更に、その回転に対する信頼性が長期間、高く維持されねばならない。
そのような高速、高精度、かつ高耐久性の回転駆動系には流体軸受装置が適する。
【0003】
図12は、従来の流体軸受装置の一例を示す断面図である。この流体軸受装置はHDDに搭載される。
スリーブ31の外面はベース35に固定される。スリーブ31の内部にはシャフト32が、その中心軸の周りに回転可能に挿入される。シャフト32の上端部はハブ36の中心に、例えば圧入により固定される。シャフト32の下端部にはフランジ33が固定され、スリーブ31の下側開口部に設けられる段部31Cに近接する。スリーブ32の下側開口部はスラスト板34で密閉される。
【0004】
スリーブ31の内面にはラジアル動圧発生溝31A、31Bが設けられる(図12に示される破線部参照)。フランジ33の上面と下面とにはスラスト動圧発生溝33A、33Bが設けられる。ラジアル動圧発生溝31A、31Bとスラスト動圧発生溝33A、33Bとは例えばヘリングボーン状の溝である。オイル42は、スリーブ31、シャフト32、フランジ33、及びスラスト板34の隙間の多くを満たす。オイル42は特に、ラジアル動圧発生溝31A、31Bとスラスト動圧発生溝33A、33Bとの全体を覆う。
【0005】
ハブ36の外面には磁気ディスク39がシャフト32と同軸に固定される。磁気ディスク39は一般に複数枚取り付けられる。磁気ディスク39の内周部の間にはスペーサ40が設置される。更にクランパ41が例えばネジ43によりハブ36の上部に固定され、磁気ディスク39の内周部を上から押さえる。それにより、磁気ディスク39がハブ36に固定される。
ハブ36の内面には磁石38が設置される。一方、ベース35にはステータ37が磁石38と対向して設置される。ステータ37と磁石38とはディスク回転についての駆動力発生部を構成する。
【0006】
上記の流体軸受装置は次のように動作する。
ステータ37が通電されるとき、ステータ37のコア部に磁界が発生する。ステータ37と磁石38との間に生じるその磁界がハブ36に回転力を及ぼす。それにより、シャフト32、ハブ36、及び磁気ディスク39が一体となって、シャフト32を軸として回転する。
その回転に伴い、オイル42はラジアル動圧発生溝31A、31Bに沿って流れ、各動圧発生溝の変曲点近傍に集中する。その結果、それらの中心部近傍の隙間ではオイル42の圧力が高まる。このポンピング作用による高い圧力がスリーブ31とシャフト32との間隔を安定に維持する。従って、磁気ディスク39の回転軸がスリーブ31の半径方向には実質上ぶれない。
同様に、オイル42はスラスト動圧発生溝33A、33Bに沿って流れ、それぞれの中心部に集中する。その結果、フランジ33の上下の隙間ではオイル42の圧力が高まる。このポンピング作用による高い圧力が、フランジ33の上面とスリーブ31との間隔、及びフランジ33の下面とスラスト板34との間隔を安定に維持する。従って、磁気ディスク39の回転軸がスリーブ31の軸方向から実質上傾かない。更に、シャフト32が軸方向では実質上変位しない。
こうして上記の流体軸受装置は磁気ディスク39を高精度にかつ安定に高速回転させる。
【0007】
上記の流体軸受装置では、フランジ33の外周面33Cとスリーブ31の段部31Cの表面との間隔がフランジ33の外周面33C全体で一様で、かつ、フランジ33の上面とスリーブ31との間隔、及びフランジ33の下面とスラスト板34との間隔のいずれよりも十分に広い。それによりフランジ33の外周面33Cではオイル42による摩擦が小さいので、いわゆるロストルクが低い。その結果、磁気ディスク39の回転効率が高いので、消費電力が小さい。
【0008】
従来の流体軸受装置には上記のものとは異なり、フランジの外周面とスリーブの内面との間隔が、例えば図13に示されるように軸方向で変化するものが知られる(例えば特許文献1参照)。この流体軸受装置では特にフランジ33の外周面33Cに突起33Dが設けられる。それにより、フランジ33の外周面33Cとスリーブ31の段部31Cの表面との間隔が突起33Dの先端近傍ではその上下の隙間U、Dより狭い。
オイル42のシール力は一般に、充填される空間の幅が狭いほど強い。従って、突起33Dの先端近傍ではその上下の隙間U、Dよりオイル42のシール力が強い。それ故、オイル42は突起33Dを越えては移動しにくい。すなわち、オイル42はフランジ33の上下間では循環しにくい。
シャフト32がスリーブ31の軸方向から傾くとき、又は軸方向で変位するとき、フランジ33の上面とスリーブ31との間隔、及びフランジ33の下面とスラスト板34との間隔が共に変化する。それにより、フランジ33の上下間ではオイル42に圧力差が生じる。しかし、オイル42は突起33Dを越えては移動しにくいので、上記の圧力差はオイル42の循環では緩和されない。従って、その圧力差がシャフト32を元の位置まで復帰させる。こうして、シャフト32の過大な傾き、及び軸方向での過大な変位がいずれも効果的に防止される。
【0009】
【特許文献1】特許第2966725号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
従来の流体軸受装置には上記のように、シャフトにフランジが設けられるものがある。フランジの外周面はシャフトの側面及びフランジの他の表面よりシャフトの中心軸からの距離(すなわち半径)が大きい。従って、ロストルク全体のうち、かなりの部分がフランジの外周面と潤滑剤との摩擦に起因する。それ故、フランジの外周面で潤滑剤による摩擦を低く維持することがロストルク全体を低く維持することには効果的である。低いロストルクの維持はディスクの回転効率を高く維持することにつながり、省電力化を促進するので好ましい。
【0011】
図13に示されるような従来の流体軸受装置では上記の通り、シャフトの安定性が向上する。しかしその反面、ロストルクがむしろ上昇するので、省電力化の観点からは好ましくない。
更に、フランジの上下間では潤滑剤が循環しにくいので、スラスト動圧発生溝に沿った潤滑剤の循環が促進されない。従って、フランジが回転し始めてからフランジの上下の隙間で潤滑剤の圧力が十分に高まるまでの時間が短縮しづらい。すなわち、スピンドルモータの起動からディスクの安定な回転の達成までの時間が短縮しづらい。特にHDDでは、停止状態又は待機状態からの起動を更に迅速化することが困難である。
【0012】
本発明は、ロストルクを低く維持したままフランジの近傍で潤滑剤の循環を促進し、それにより、省電力化と、回転の安定化に要する時間の短縮とを両立させると共に、モータの起動・停止に対する耐久性を向上させる流体軸受装置、の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明による流体軸受装置は、
シャフト;
実質的に円盤形状であり、シャフトの一端に固定されるフランジ;
内面で囲まれる空間にシャフトとフランジとが内面との間に所定の隙間を空けて挿入され、フランジの外周面に対向する内面の部分では内径が軸方向の端部で中心部より小さいスリーブ;
スリーブの上記の開口端を塞ぎ、フランジに近接するスラスト板;並びに、
シャフトとスリーブとの隙間、フランジとスリーブとの隙間、及びフランジとスラスト板との隙間、に充填される潤滑剤;
を有する。
【0014】
本発明によるこの流体軸受装置は好ましくはスピンドルモータに搭載される。ここで、そのスピンドルモータは本発明による上記の流体軸受装置の他に、
シャフトとスリーブとのいずれか一方と同軸に一体化されたハブ;
シャフトとスリーブとのいずれか他方を固定するベース;
ハブに設置された磁石;並びに、
ベースに前記磁石と対向して設置されたステータ;
を具備する。ハブがシャフトと一体化されるときはスリーブがベースに固定され、ハブがスリーブと一体化されるときはシャフトがベースに固定される。
このスピンドルモータは特に好ましくは、次のようなディスク記録再生装置に搭載される。そのディスク記録再生装置は上記のスピンドルモータに加え、
ハブと同軸に設置されるディスク;及び、
磁石とステータとの間に生じる磁界によりハブとディスクとが回転力を受けて回転するとき、ディスクに対し信号を記録し、ディスクから信号を再生するヘッド;
を具備する。
【0015】
本発明による上記の流体軸受装置では、シャフトとスリーブとの一方が他方の周りを回転するとき、シャフトとスリーブとの隙間、フランジとスリーブのとの隙間、及びフランジとスラスト板との隙間に充填される潤滑剤の圧力が回転軸を安定に維持する。特にフランジの上下の隙間に充填される潤滑剤の圧力により、シャフトがスリーブの軸方向から実質上傾かず、更に軸方向では実質上変位しない。こうして、本発明による上記の流体軸受装置はシャフト又はスリーブを高精度にかつ安定に高速回転させる。
【0016】
シャフト又はスリーブが回転するとき、フランジの外周面近傍の隙間に充填される潤滑剤には一般に、シャフト又はスリーブの回転方向に沿った主流の他に、その主流に直交する二次流が生じる。シャフト又はスリーブの回転軸を含み、シャフト又はスリーブと共に回転する平面内では、その二次流は二つの渦である。それぞれの渦の流れは、フランジの外周面近傍ではその上又は下の境界からその中心に向かう。両方の渦の流れはフランジの外周面の中心付近で互いに衝突し、外周面を離れる。フランジの外周面から剥がれた流れはその外周面に対向するスリーブの内面近傍で上下に分かれ、フランジの外周面の上下の境界近傍まで戻る。
【0017】
本発明による上記の流体軸受装置では特に、フランジの外周面に対向するスリーブの内面部分の内径が軸方向の端部で中心部より小さい。それにより、フランジの外周面とそれに対向するスリーブの内面部分との間隔がフランジの外周面の境界付近では中心付近より狭い。好ましくは、フランジの外周面に対向するスリーブの内面部分が軸方向に沿って真円弧又は楕円弧の形状を成す。その他に、その内面部分が軸方向に対して傾いた斜面を含んでも良い。その斜面は平面でも曲面でも良い。
こうして、フランジの外周面に対向するスリーブの内面部分が、その中心付近ではフランジの外周面との距離を大きく維持し、かつその中心から上下に向かうほどフランジの外周面に接近する。
【0018】
本発明による上記の流体軸受装置では、フランジの外周面とスリーブの内面との距離がフランジの外周面全体では大きく維持されるので、ロストルクが低く維持される。
一方、上記の二次流、すなわち渦の流れがスリーブの内面近傍ではその内面に沿って向きを滑らかに変化させる。従って、上記の渦では、スリーブの内面近傍からフランジの外周面の上下の境界近傍までの範囲で、流速が高く維持される。その結果、フランジの外周面近傍の隙間から上下の隙間へ向けて潤滑剤が高効率で圧送される。
特に、フランジの円形表面、その円形表面に対向するスリーブの内面、及びスラスト板の表面の少なくともいずれかにスラスト動圧発生溝が設けられるとき、スラスト動圧発生溝に沿った潤滑剤の循環が速い。それ故、フランジ又はスリーブが回転し始めてからフランジの上下の隙間で潤滑剤の圧力が十分に高まるまでの時間が短い。
【発明の効果】
【0019】
本発明による上記の流体軸受装置は以上の通り、ロストルクが低く、かつフランジ又はスリーブが回転し始めてからフランジの上下の隙間で潤滑剤の圧力が十分に高まるまでの時間が短い。
従って、その流体軸受装置がスピンドルモータに利用されるとき、そのスピンドルモータは回転の開始から安定化までに要する時間が短い。更に、そのスピンドルモータがディスク記録再生装置に搭載されるとき、そのディスク記録再生装置ではディスクの回転効率が更に向上し、停止状態又は待機状態からの起動が更に迅速化する。その上、耐久性が更に向上するので、更なる長寿命化が実現される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下、本発明の最良の実施形態について、図面を参照しつつ説明する。
図1は、本発明の実施形態によるディスク記録再生装置であるHDDの断面図である。
このHDDは、ベース6、上蓋7、スピンドルモータ、磁気ディスク11、スペーサ12、クランパ13、支柱14、及び回動アーム15を具備する。
そのスピンドルモータは、流体軸受装置、ハブ8、ステータ9、及び磁石10を有する。
その流体軸受装置は、スリーブ1、シャフト2、フランジ3、及びスラスト板4を含む(図1に破線で示される円P内参照)。
【0021】
ベース6と上蓋7とは互いに嵌め合わされ、箱形の筐体を構成する。そのとき、ベース6と上蓋7とは筐体内を密封し、外部からのゴミ等、異物の混入を防ぐ。
スリーブ1はベース6の穴に挿入され、固定される。
シャフト2はスリーブ1の上側開口端からその内部に挿入される。そのとき、シャフト2はその中心軸の周りに回転可能である。シャフト2の上端はハブ8に圧入されて固定される。こうして、ハブ8がスリーブ1の周りを、シャフト2を軸として回転する。逆に、シャフト2がベース6に固定され、スリーブ1がハブ8に固定されても良い。その場合、ハブ8はスリーブ1と共に、シャフト2を軸として回転する。
【0022】
フランジ3は好ましくは金属製の円環である。その内側にはシャフト2の下端部が挿入される。その状態でフランジ3はシャフト2の下端部に固定される。
スリーブ1の内面の下側開口部には段部1Cが設けられる。シャフト2がスリーブ1の内部に挿入されるとき、フランジ3がスリーブ1の段部1Cに近接する。
スラスト板4はスリーブ1の下側開口端を密閉する。ここで、スラスト板4は例えば、レーザ溶接、精密加締め、接着等でスリーブ1の下側開口端に固定される。スラスト板4はその他にベース6に固定されても良い。
【0023】
ハブ8の外面には磁気ディスク11が、シャフト2と同軸に固定される。磁気ディスク11は好ましくは複数枚取り付けられる。磁気ディスク11はその他に、一枚でも良い。
上下方向で隣り合う二枚の磁気ディスク11の内周部の間にはスペーサ12が設置される。更に、クランパ13が例えばネジ16によりハブ8の上部に固定され、磁気ディスク11の内周部を上から押さえる。それにより、磁気ディスク11がハブ8に固定される。
ステータ9はスリーブ1の周囲でベース6に固定される。一方、磁石10がハブ8の内面に、ステータ9と対向して設置される。ステータ9と磁石10とはディスク回転についての駆動力発生部を構成する。
支柱14の下端部はベース6に固定される。回動アーム15は先端部にヘッド17を有し、後端部で支柱14と回動可能に接続される。回動アーム15は磁気ディスク11の片面に一つずつ設けられる。
【0024】
図2は図1に破線で示される円P内の拡大図であり、すなわち、上記の流体軸受装置の断面図である。
スリーブ1、シャフト2、フランジ3、及びスラスト板4の隙間には、潤滑剤5が充填される。潤滑剤5は好ましくはオイルである。
【0025】
ラジアル動圧発生溝1A、1Bが好ましくはスリーブ1の内面の上部と下部とに設けられる(図2に示される破線参照)。ラジアル動圧発生溝はその他に、スリーブ1の内面に代え、又はそれに加え、シャフト2の側面に設けられても良い。
ラジアル動圧発生溝1A、1Bは好ましくはヘリングボーン状の溝である(図2に示される破線参照)。その他にスパイラル状であっても良い。
【0026】
スラスト動圧発生溝3A、3Bが好ましくはフランジ3の上面と下面とにそれぞれ設けられる。スラスト動圧発生溝はその他に、フランジ3の上下いずれか片面だけに設けられても良い。更に、フランジ3の上下の表面に代え、又はそれらに加え、それらに対向するスリーブ1の段部1Cの表面、又はスラスト板4の上面のいずれか、又はその両方に設けられても良い。
スラスト動圧発生溝3A、3Bは好ましくはヘリングボーン状の溝である(図3参照)。その他にスパイラル状であっても良い。
【0027】
スリーブ1の段部1Cでは、軸方向の端部での内径が中心部での内径より小さい。それにより、フランジ3の外周面3Cと段部1Cの表面との間隔が、フランジ3の外周面3Cの境界付近では中心付近より狭い。
図4は、図3に破線で示される円Q内の拡大図である。スリーブ1の段部1Cでは、フランジ3の外周面3Cに対向する表面と、スリーブ1の中心軸を含む平面との交線が、好ましくは真円弧又は楕円弧である(図4(a)参照)。その他に、段部1Cの上記表面がスリーブ1の軸方向に対して傾いた斜面を含んでも良い。その斜面は平面でも曲面でも良い(図4(b)、(c)参照)。
フランジ3の外周面3Cの中心付近と段部1Cの表面との間隔をAとし、フランジ3の外周面3Cの上下の境界付近と段部1Cの表面との間隔をBとし、フランジ3の厚さをDとする(図4参照)。そのとき、好ましくは、アスペクト比A/Dは1以下であり、比B/Aは1/2以下である。その場合、フランジ3の外周面3Cと潤滑剤との間の摩擦によるロストルクが低く維持されたまま、フランジ3の外周面3C近傍の隙間では潤滑剤の二次流が高効率で発生する。従って、フランジ3の外周面3C近傍の隙間から上下の隙間へ向けて潤滑剤が高効率で圧送される。それにより、特に潤滑剤の循環が速い。潤滑剤の二次流の詳細については後述する。
【0028】
本発明の実施形態による上記のHDDが磁気ディスク11に対してデータの記録/再生を行うとき、上記の流体軸受装置が次のように動作する。
ステータ9が通電されるとき、ステータ9のコア部に磁界が発生する。ステータ9と磁石10との間に生じるその磁界がハブ8に回転力を及ぼす。それにより、シャフト2、ハブ8、及び磁気ディスク11が一体となって、シャフト2を軸として回転する(図1参照)。
【0029】
シャフト2の回転に伴い、スリーブ1とシャフト2との隙間、フランジ3とスリーブ1の段部1Cとの隙間、及びフランジ3とスラスト板4との隙間では、潤滑剤5がシャフト2とフランジ3との回転方向に沿って流れる。
そのときの潤滑剤5の圧力分布を図5に示す。図5では圧力の大きさがグレースケールで表示される。
【0030】
図5に示されるシャフト2の側面では、第一の領域2Aが上側のラジアル動圧発生溝1A近傍に相当し、第二の領域2Bが上下のラジアル動圧発生溝1A、1Bの間の領域に相当する(図2参照)。第一の領域2Aでは潤滑剤5がラジアル動圧発生溝1Aに沿って流れ、その変曲点近傍2Cに集中する。その結果、変曲点2Cに近いほど潤滑剤5の圧力が高まる。下側のラジアル動圧発生溝1B近傍でも同様である。第二の領域2Bの全体では圧力が第一の領域2Aより低く、ほぼ一様である。
ラジアル動圧発生溝1A、1Bのポンピング作用による高い圧力が特にスリーブ1の半径方向でスリーブ1とシャフト2との間隔を安定に維持する。従って、磁気ディスク11の回転軸が半径方向には実質上ぶれない。
【0031】
フランジ3の下面では潤滑剤5がスラスト動圧発生溝3Bに沿って流れ、その変曲点近傍に集中する。その結果、その変曲点に近いほど潤滑剤5の圧力が高まる。例えば図5に示されるフランジ3の下面では、潤滑剤5の圧力がスラスト動圧発生溝3B近傍で溝間の平坦部(以下、ランドという)3D近傍より高い(図3参照)。フランジ3の上面にあるスラスト動圧発生溝3A近傍でも同様である。
スラスト動圧発生溝3A、3Bのポンピング作用による高い圧力が特にスリーブ1の軸方向で、フランジ3の上面とスリーブ1との間隔、及びフランジ3の下面とスラスト板4との間隔を安定に維持する(図2参照)。従って、磁気ディスク11の回転軸がスリーブ1の軸方向から実質上傾かない。更に、シャフト2が軸方向では実質上変位しない。
こうして上記の流体軸受装置は磁気ディスク11を高精度にかつ安定に高速回転させる。
【0032】
磁気ディスク11の高速回転時、回動アーム15は支柱14を軸に回動し、ヘッド17を磁気ディスク11上の目的地へ移動させる(図1参照)。ここで、ヘッド17は磁気ディスク11の高速回転により磁気ディスク11の表面から微小な高さに浮上する。ヘッド17は磁気ディスク11上の目的地で、磁気ディスク11にデータを書き込み、又は磁気ディスク11からデータを読み出す。そのとき、上記の流体軸受装置が磁気ディスク11の高速回転を高精度に安定に維持するので、ヘッド17によるデータの読み書きは信頼性が高い。
【0033】
シャフト2の回転時、フランジ3の外周面3C近傍の隙間に充填される潤滑剤5には、シャフト2の回転方向に沿った主流の他に、その主流に直交する二次流が生じる。
シャフト2に固定された平面(シャフト2の回転軸を含み、シャフト2と共に回転する)について、上記二次流の速度分布が図6〜11の(a)、(b)に示される。それらの図では矢印がその起点での流れの速度を示す(矢印の長さ/向きが流れの速さ/向きをそれぞれ示す)。更に、上記平面について、潤滑剤5の圧力分布が図6〜11の(c)、(d)に示される。それらの図では圧力の高さがグレースケールで表示される(黒が濃いほど圧力が高い)。
【0034】
図6〜11は、有限要素法を用いた数値シミュレーションから得られる。
スリーブ1の段部1Cの表面について、従来と同様な平面である場合での流速/圧力分布を図6〜11の(a)、(c)に示し、本発明に従い曲面(特に、スリーブ1と同軸の回転楕円面)である場合での流速/圧力分布を図6〜11の(b)、(d)に示す。すなわち、図6〜11の(a)、(c)では、フランジ3の外周面3Cとスリーブ1の段部1Cの表面との半径方向での間隔が一様である。一方、図6〜11の(b)、(d)では、フランジ3の外周面3Cの境界付近でのその間隔Bがその外周面3Cの中心付近でのその間隔Aより狭い:B<A。図6〜11では一例として、比B/Aが一定値1/5に設定される。
図6、7ではアスペクト比A/Dが0.2であり、図8、9ではアスペクト比A/Dが0.5であり、図10、11ではアスペクト比A/Dが1である(D:フランジ3の厚さ)。
図6、8、10はフランジ3の最外周部でのランド3Dを含み、図7、9、11はフランジ3の最外周部でのスラスト動圧発生溝3A、3Bを含む(図3参照)。
【0035】
図6〜11に示される平面内では、上記の二次流が二つの渦である。それぞれの渦の流れは、フランジ3の外周面3C近傍ではその上又は下の境界からその中心に向かう。両方の渦の流れは外周面3Cの中心付近で互いに衝突し、外周面3Cを離れる。外周面3Cから剥がれた流れはスリーブ1の段部1Cの表面近傍で上下に分かれ、段部1Cの表面に沿って外周面3Cの上下の境界近傍まで戻る。
スリーブ1の段部1Cの表面が平面である場合、特に上下の境界近傍で上記の渦の流速が比較的低い(図6〜11の(a)に示される円E内参照)。それに対し、スリーブ1の段部1Cの表面が本発明による曲面である場合、段部1Cの表面近傍では全体的に、上記の渦の流速が高い(図6〜11の(b)参照)。それは、段部1Cの表面が平面である場合より曲面である場合の方が、その上下の境界近傍に比較的低圧力の領域を広く含むこと、からも理解される(図6〜11の(c)、(d)参照)。
【0036】
図6、8、10では潤滑剤5がフランジ3の上下面のランド3D近傍から外周面3C近傍へ吹き出す(図6、8、10の(b)に示される円F内参照)。図7、9、11では潤滑剤5が逆に、フランジ3の外周面3C近傍から上下面のスラスト動圧発生溝3A、3Bに引き込まれる。スリーブ1の段部1Cの表面が本発明による形状である場合は特に、スラスト動圧発生溝3A、3Bに引き込まれる潤滑剤5の流速が高い(図7、9、11の(b)に示される円G内参照)。すなわち、フランジ3の外周面3C近傍の隙間からその上下の隙間へ向けて潤滑剤5が高効率で圧送される。
その結果、スラスト動圧発生溝3A、3Bに沿った潤滑剤5の循環が速い。従って、フランジ3(すなわちシャフト2)の回転開始からフランジ3の上下の隙間で潤滑剤5の圧力が十分に高まるまでの時間が短い。例えば、図6〜11に示されるシミュレーションによる比較では、シャフト2の回転開始から安定な回転の達成までの時間が30%程度短縮される。
このように、上記のスピンドルモータは回転開始から安定化までに要する時間が短い。それ故、上記のHDDではディスクの回転効率が高く、停止状態又は待機状態からの起動が速い。その上、耐久性が高い。
【産業上の利用可能性】
【0037】
本発明による流体軸受装置はスリーブの内面の一部に上記のような曲面等を有することで潤滑剤の循環を促進し、ディスク回転の開始から安定化までの時間を短縮する。このように、本発明は明らかに産業上利用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】本発明の実施形態によるHDDの断面図である。
【図2】図1に示される円P内の拡大図であり、本発明の実施形態による流体軸受装置を示す断面図である。
【図3】本発明の実施形態による流体軸受装置が有するフランジ3の底面図である。
【図4】図2に示される円Q内の拡大図であり、フランジの外周面3Cに対向するスリーブの段部1Cの表面形状を示す断面図である。
【図5】本発明の実施形態による流体軸受装置が有するシャフト2とフランジ3との表面近傍での潤滑剤の圧力分布を示す図である。
【図6】フランジの外周面3Cとスリーブの段部1Cとの隙間(アスペクト比A/D=0.2)のうち、フランジの最外周部でのランド3D近傍について潤滑剤の流速/圧力分布を示す図である。段部1Cの表面が平面である場合を(a)、(c)は示し、本発明に従い回転楕円面である場合を(b)、(d)は示す。
【図7】フランジの外周面3Cとスリーブの段部1Cとの隙間(アスペクト比A/D=0.2)のうち、フランジの最外周部でのスラスト動圧発生溝3A、3B近傍について潤滑剤の流速/圧力分布を示す図である。段部1Cの表面が平面である場合を(a)、(c)は示し、本発明に従い回転楕円面である場合を(b)、(d)は示す。
【図8】フランジの外周面3Cとスリーブの段部1Cとの隙間(アスペクト比A/D=0.5)のうち、フランジの最外周部でのランド3D近傍について潤滑剤の流速/圧力分布を示す図である。段部1Cの表面が平面である場合を(a)、(c)は示し、本発明に従い回転楕円面である場合を(b)、(d)は示す。
【図9】フランジの外周面3Cとスリーブの段部1Cとの隙間(アスペクト比A/D=0.5)のうち、フランジの最外周部でのスラスト動圧発生溝3A、3B近傍について潤滑剤の流速/圧力分布を示す図である。段部1Cの表面が平面である場合を(a)、(c)は示し、本発明に従い回転楕円面である場合を(b)、(d)は示す。
【図10】フランジの外周面3Cとスリーブの段部1Cとの隙間(アスペクト比A/D=1)のうち、フランジの最外周部でのランド3D近傍について潤滑剤の流速/圧力分布を示す図である。段部1Cの表面が平面である場合を(a)、(c)は示し、本発明に従い回転楕円面である場合を(b)、(d)は示す。
【図11】フランジの外周面3Cとスリーブの段部1Cとの隙間(アスペクト比A/D=1)のうち、フランジの最外周部でのスラスト動圧発生溝3A、3B近傍について潤滑剤の流速/圧力分布を示す図である。段部1Cの表面が平面である場合を(a)、(c)は示し、本発明に従い回転楕円面である場合を(b)、(d)は示す。
【図12】HDDに搭載される従来の流体軸受装置を示す、そのHDDの部分断面図である。
【図13】フランジ33の外周面33Cの中心部に突起33Dを有する、従来の流体軸受装置を示す断面図である。
【符号の説明】
【0039】
1 スリーブ
1A、1B ラジアル動圧発生溝
1C 段部
2 シャフト
3 フランジ
3A、3B スラスト動圧発生溝
3C フランジ3の外周面
4 スラスト板
5 潤滑剤

【特許請求の範囲】
【請求項1】
シャフト;
実質的に円盤形状であり、前記シャフトの一端に固定されるフランジ;
内面で囲まれる空間に前記シャフトと前記フランジとが前記内面との間に所定の隙間を空けて挿入され、前記フランジの外周面に対向する前記内面の部分では内径が軸方向の端部で中心部より小さいスリーブ;
前記スリーブの前記開口端を塞ぎ、前記フランジに近接するスラスト板;並びに、
前記シャフトと前記スリーブとの隙間、前記フランジと前記スリーブとの隙間、及び前記フランジと前記スラスト板との隙間、に充填される潤滑剤;
を有する流体軸受装置。
【請求項2】
前記フランジの外周面に対向する前記スリーブの内面の部分が軸方向に沿って真円弧又は楕円弧の形状を成す、請求項1記載の流体軸受装置。
【請求項3】
前記フランジの外周面に対向する前記スリーブの内面の部分が軸方向に対して傾いた斜面を含む、請求項1記載の流体軸受装置。
【請求項4】
前記フランジの円形表面、前記円形表面に対向する前記スリーブの内面、及び前記スラスト板の表面、の少なくともいずれかにスラスト動圧発生溝が設けられる、請求項1記載の流体軸受装置。
【請求項5】
シャフト;
実質的に円盤形状であり、前記シャフトの一端に固定されるフランジ;
内面で囲まれる空間に前記シャフトと前記フランジとが前記内面との間に所定の隙間を空けて挿入され、前記フランジの外周面に対向する前記内面の部分では内径が軸方向の端部で中心部より小さいスリーブ;
前記スリーブの前記開口端を塞ぎ、前記フランジに近接するスラスト板;及び、
前記シャフトと前記スリーブとの隙間、前記フランジと前記スリーブとの隙間、及び前記フランジと前記スラスト板との隙間、に充填される潤滑剤;
を有する流体軸受装置;
前記シャフトと前記スリーブとのいずれか一方と同軸に一体化されたハブ;
前記シャフトと前記スリーブとのいずれか他方を固定するベース;
前記ハブに設置された磁石;並びに、
前記ベースに前記磁石と対向して設置されたステータ;
を具備する、スピンドルモータ。
【請求項6】
シャフト;
実質的に円盤形状であり、前記シャフトの一端に固定されるフランジ;
内面で囲まれる空間に前記シャフトと前記フランジとが前記内面との間に所定の隙間を空けて挿入され、前記フランジの外周面に対向する前記内面の部分では内径が軸方向の端部で中心部より小さいスリーブ;
前記スリーブの前記開口端を塞ぎ、前記フランジに近接するスラスト板;及び、
前記シャフトと前記スリーブとの隙間、前記フランジと前記スリーブとの隙間、及び前記フランジと前記スラスト板との隙間、に充填される潤滑剤;
を有する流体軸受装置;
前記シャフトと前記スリーブとのいずれか一方と同軸に一体化されたハブ;
前記シャフトと前記スリーブとのいずれか他方を固定するベース;
前記ハブに設置された磁石;
前記ベースに前記磁石と対向して設置されたステータ;
前記ハブと同軸に設置されるディスク型記録媒体;並びに、
前記磁石と前記ステータとの間に生じる磁界により前記ハブと前記ディスク型記録媒体とが回転力を受けて回転するとき、前記ディスク型記録媒体に対し信号を記録し、前記ディスク型記録媒体から信号を再生するヘッド;
を具備する、ディスク記録再生装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図12】
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【図13】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2006−105177(P2006−105177A)
【公開日】平成18年4月20日(2006.4.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−289067(P2004−289067)
【出願日】平成16年9月30日(2004.9.30)
【出願人】(000005821)松下電器産業株式会社 (73,050)
【Fターム(参考)】