説明

温度計測装置、及び温度算出方法

【課題】 アニール対象物のレーザビーム入射位置の溶融部分の表面温度を計測する技術を提供する。
【解決手段】 放射光検出器が、アニール対象物の表面のうち、パルスレーザビームが入射した領域内の被測定領域からの放射光の強度を検出する。反射率測定器が、被測定領域の反射率を測定する。制御装置が、反射率測定器による反射率の測定結果、及び放射光検出器による放射光の強度の測定結果に基づいて、アニール対象物の表面の温度を算出する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アニール対象物にパルスレーザビームを入射させてその表層部を一時的に溶融させたときの表面温度を計測する温度計測装置及び温度算出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
半導体基板の表層部にイオン注入を行った後、注入した不純物を活性化させるためにアニール処理が行われる。このアニール処理として、一般に、ランプアニールのようなラピッドサーマルアニール(Rapid Thermal Annealing)が用いられる。半導体集積回路装置の高集積化が進むに従って、より浅いpn接合が要求されている。ところが、ラピッドサーマルアニールを行うと、半導体基板の表層部に注入した不純物が深く拡散するため、浅いpn接合を形成することが困難である。
【0003】
注入された不純物の拡散が生じにくいレーザアニールが注目されている。半導体基板にパルスレーザビームを入射させると、入射部分が一時的に溶融し、その後固化するときに不純物が活性化される。半導体基板の表面内でパルスレーザビームの入射位置を移動させることにより、広い領域において不純物を活性化させることができる。
【0004】
半導体基板の表面に形成される複数の半導体素子の特性を揃えるために、溶融部分の深さを基板面内で一定にする必要がある。
【0005】
下記の特許文献1に、被加工物の表面の加工位置に、モニタ用レーザビームを入射させ、その反射光の強度を測定することにより、被加工物の表層部が溶融したか否かを判定するレーザ加工装置が開示されている。
【0006】
下記の特許文献2に、ガラス基板上の非晶質シリコン薄膜にレーザビームを入射させて結晶化させる際に、ストリークカメラを用いてシリコン薄膜の屈折率と消衰係数とをピコ秒オーダで計測する技術が開示されている。
【0007】
下記の特許文献3に、半導体基板にレーザビームを入射させて熱処理を行う際に、レーザビーム入射位置から放射される波長0.8μmと1.0μmの光の強度を測定し、黒体放射スペクトルと比較することにより、レーザビームの入射位置の温度を算出する技術が開示されている。
【0008】
下記の非特許文献1に、ガラス基板上の非晶質シリコン薄膜にエキシマレーザを入射させて多結晶化させる際に、エキシマレーザの入射位置にHe−Neレーザを入射させて、反射率と透過率とを測定することにより、その部分の溶融状態を評価する技術が開示されている。さらに、エキシマレーザビームの入射位置に面内方向の電流を流し、シリコン薄膜のコンダクタンスを測定することにより、コンダクタンスから溶融部分の深さを算出する技術が開示されている。
【0009】
【特許文献1】特開平6−99292号公報
【特許文献2】特開2004−193589号公報
【特許文献3】特開2005−244191号公報
【非特許文献1】J. Appl. Phys., Vol.87, No.1,"Excimer laser-induced temperature field in melting and resolidificationof silicon thin films", 1 January (2000)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
半導体基板を移動させながら、基板全面を高速でアニールする際に、溶融した部分の表面温度を測定する技術が望まれる。
【0011】
本発明の目的は、アニール対象物のレーザビーム入射位置の溶融部分の表面温度を測定する技術を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の一観点によると、
アニール対象物の表面のうち、パルスレーザビームが入射した領域内の被測定領域からの放射光の強度を検出する放射光検出器と、
前記被測定領域の反射率を測定する反射率測定器と、
前記反射率測定器による反射率の測定結果、及び前記放射光検出器による放射光の強度の測定結果に基づいて、前記アニール対象物の表面の温度を算出する制御装置と
を有する温度計測装置が提供される。
【0013】
本発明のさらに他の観点によると、
アニール対象物の表面の被測定領域内における固相状態及び液相状態の部分の面積の比率を計測する工程と、
計測された面積の比率から、前記被測定領域の実効的な放射率を算出する工程と、
前記被測定領域からの放射光の強度と、算出された実効的な放射率とに基づいて、該被測定領域の温度を算出する工程と
を有する温度算出方法が提供される。
【発明の効果】
【0014】
アニール対象物の表面の溶融状態から、実効的な放射率を算出することができる。算出された放射率と、放射光の強度とに基づいて、アニール対象物の表面温度を算出することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
図1A及び図1Bに、実施例によるレーザアニール装置の概略図を示す。XYステージ1がアニール対象である半導体基板2を保持し、その表面に平行な2次元方向に移動させる。半導体基板2の表面に平行な面をxy面とし、基板の法線方向をz軸とするxyz直交座標系を定義する。図1A及び図1Bは、それぞれy軸に平行な視線、及びx軸に平行な視線で見たときの概略図を示す。
【0016】
アニール用レーザ光源5が、制御装置50からのトリガ信号sigに同期して、アニール用パルスレーザビームLaを出射する。アニール用レーザ光源5は、例えばレーザダイオード励起Nd:YAGレーザ発振器であり、第2高調波を出射する。一例として、出射されるパルスレーザビームのパルス幅は100ns程度であり、パルス周波数は1kHzである。
【0017】
アニール用レーザ光源5から出射されたレーザビームLaが、整形均一化光学系6を経由して、XYステージ1に保持された半導体基板2に入射する。整形均一化光学系6は、半導体基板2の表面におけるレーザビームの断面を、y軸方向に長い長尺形状にし、かつ面内における光強度分布を均一化させる。例えば、ビーム断面のy軸方向の長さを2.5mm、x軸方向の幅を0.25mmとする。XYステージ1を駆動して半導体基板2をx軸方向に移動させながら、パルスレーザビームを入射させる主走査工程と、半導体基板2をy軸方向にずらす副走査工程とを繰り返すことにより、半導体基板2の表面のほぼ全面をレーザアニールすることができる。XYステージ1は制御装置50により制御される。
【0018】
測定用光源10が、測定用レーザビームを出射する。測定用光源10として、例えばHe−Neレーザが使用される。測定用光源10から出射された測定用レーザビームが、パルス化装置11、光ファイバ12、レンズ13を経由して、半導体基板2の、アニール用パルスレーザビームが入射する領域内に入射する。パルス化装置11は、例えばポッケルスセルと偏光板とを含み、測定用光源10から出射された測定用レーザビームをパルス化する。なお、パルス化装置11は必須ではない。
【0019】
半導体基板2の表面で反射された測定用レーザビームの反射光が、レンズ20、第1のフィルタ21、第2のフィルタ22、光ファイバ23を経由して、反射光検出器24に入射する。第1のフィルタ21は、波長が530nmよりも短い光を遮光し、第2のフィルタ22は、波長が700nmよりも長い光を遮光する。第1のフィルタ21及び第2のフィルタ22により、アニール用レーザビームの入射により発生したプルームからのプラズマ光、及び温度上昇による黒体放射光等が遮光され、主として測定用レーザビームの反射光のみが反射光検出器24に入射する。反射光検出器24に入射する光の純度を高めるために、光ファイバ23と反射光検出器24との間に分光器を挿入してもよい。反射光検出器24として、高い時間分解能を持つフォトダイオードを使用することができる。
【0020】
反射光検出器24は、反射光の強度を電気信号に変換する。電気信号に変換された反射光の強度信号sigが制御装置50に入力される。
【0021】
アニール用パルスレーザビームが入射した領域が加熱されることにより放射された放射光の一部が、レンズ30、第3のフィルタ31、第4のフィルタ32、第5のフィルタ33、及び光ファイバ34を経由して放射光検出器35に入射する。第3のフィルタ31は、波長が530nmよりも短い光を遮光する。第4のフィルタ32は、波長が840nmよりも短い光を遮光する。第5のフィルタ33は、波長が960nmよりも長い光を遮光する。これにより、波長が840〜960nmの範囲内の放射光が、放射光検出器35に入射する。放射光検出器35として、例えばアバランシェフォトダイオード、光電子増倍管等が使用される。放射光検出器35は、放射光の強度を電気信号に変換する。電気信号に変換された放射光の強度信号sigが、制御装置50に入力される。
【0022】
図2に、制御装置50のブロック図を示す。制御装置50は、AD変換ボード60、ワークステーション70、及び表示装置80を含む。AD変換ボード60は、A/D変換器61A、61B、メモリ62A、62B、及びPCIインタフェース63を含む。ワークステーション70は、PCIインタフェース71、中央処理装置(CPU)72、メインメモリ73、及び外部記憶装置74を含む。
【0023】
図1に示した反射光検出器24から出力された反射光強度信号sigが、一方のA/D変換器61Aに入力され、放射光検出器35から出力された放射光強度信号sigが、他方のA/D変換器61Bに入力される。A/D変換器61A及び61Bは、それぞれ、入力された反射光強度信号sig及び放射光強度信号sigを、デジタルデータである反射光強度データ及び放射光強度データに変換し、メモリ62A及び62Bに格納する。なお、この変換処理は、ワークステーション70から計測信号sigが与えられている期間に行われる。
【0024】
CPU72は、AD変換ボード60のメモリ62A及び62Bに格納された反射光強度データ及び放射光強度データを、PCIインタフェース63及び71を経由して外部記憶装置74に転送する。さらに、データ処理した結果を、表示装置80に表示する。
【0025】
図3に、実施例によるレーザアニール装置内の各種信号のタイミングチャートを示す。制御装置50が、XYステージ1を駆動して、半導体基板2を、主走査方向(x軸方向)に一定速度で移動させるとともに、1つの主走査が終了すると副走査方向(y軸方向)に移動させる。この主走査と副走査を行いながら、アニール用レーザ光源5に、周波数1kHzのトリガ信号sigを送信する。アニール用レーザ光源5は、トリガ信号sigに同期して、パルスレーザビームLaを出射する。
【0026】
パルスレーザビームLaの1つのレーザパルスが半導体基板2に入射すると、その表層部が一時的に溶融し、レーザパルスの入射が終了すると、溶融した部分が再結晶化する。表層部が溶融している期間、反射率が高くなるため、反射光強度信号sigが大きくなる。また、半導体基板2の表面温度が上昇するため、放射光強度信号sigも大きくなる。
【0027】
トリガ信号sigがアニール用レーザ光源5に入力された時点から、半導体基板2の表層部が一旦溶融して再結晶化が完了するまでの期間、またはそれよりもやや長い期間、A/D変換器61A及び61Bに、計測信号sigが与えられる。A/D変換器61A及び61Bは、それぞれ計測信号sigが与えられている期間、周波数200MHzのサンプリング信号sigに基づいて、反射強度信号sig及び放射光強度信号sigをサンプリングし、A/D変換する。A/D変換された反射光強度データ及び放射光強度データが、それぞれメモリ62A及び62Bに格納される。
【0028】
計測信号sigがA/D変換器61A及び61Bに与えられている計測期間が終了し、次のトリガ信号sigがアニール用レーザ光源5に入力されるまでの転送期間tpの間に、CPU72が、メモリ62A及び62Bに格納されている反射光強度データ及び放射光強度データを、外部記憶装置74に転送する。アニール開始時点から半導体基板2に入射したレーザパルスに一連のショット番号を付与したとき、反射光強度データ及び放射光強度データは、ショット番号に対応付けられる。アニール期間中、半導体基板2が一定速度で移動しているため、ショット番号は、半導体基板2の表面内のアニール用パルスレーザビームの入射位置に対応付けることができる。
【0029】
次に、反射光検出器24で検出された反射光の強度の時間変化から、半導体基板2の一時的に溶融した部分の深さ(溶融深さ)を求める方法について説明する。
【0030】
表面が溶融している時間τは、下記の式で表すことができる。下記の式は、Springer-Verlag社から出版されているDieter Bauerle著「Laser Processing and Chemistry(Advanced Texts in Physics)」に開示されている。
【0031】
【数1】

【0032】
ここで、τはアニール用パルスレーザビームのパルス幅、φは半導体基板2の表面におけるアニール用パルスレーザビームのフルエンス(1パルスあたりのエネルギ密度)、φは、半導体基板2の表層部が溶融するためのフルエンスのしきい値、ζは、下記の式から求まる定数である。
【0033】
【数2】

【0034】
ここで、cは半導体基板2の定圧比熱、θは、半導体基板2の融点Tからアニール用パルスレーザビーム照射前の基板温度を減じた温度、ΔHは、半導体基板2の融解熱、erf(x)は誤差関数である。
【0035】
パルスレーザビームの照射を行ったときに溶融した部分の最大の深さhは、下記の式で表すことができる。下記の式は、上述のSpringer-Verlag社から出版されているDieter Bauerle著「Laser Processing andChemistry (Advanced Texts in Physics)」に開示されている。
【0036】
【数3】

【0037】
ここで、Pはアニール用パルスレーザビームのパワー、Rは半導体基板2の表面の反射率、Pは、半導体基板2に与えられたエネルギのうち熱伝導等による損失分、Fは溶融した部分の表面積、ρは半導体基板2の密度である。
【0038】
式(3)の右辺のP/Fは、単位面積あたりのパルスレーザビームのパワー(W/m)を表す。単位「W」は、単位「J/s」に等しいため、単位時間あたりで考えると、P/Fは、フルエンスφ(J/cm)に相当する。このため、式(3)から、下記の式が導出される。
【0039】
【数4】

【0040】
ここで、A及びAは、半導体基板2の表面における反射率R、エネルギ損失P、融解熱ΔH、密度ρ、アニール用パルスレーザビームのスポットサイズ(面積Fに相当)等から定めることができる。融解熱、密度、及びアニール用パルスレーザビームのスポットサイズは一定である。また、反射率及びエネルギ損失は、半導体基板の材料、形状等に依存するが、量産を考えた場合、同一種類の製品であれば、基板ごとに大きな差はないと考えられる。このため、A及びAは、定数と考えることができる。
【0041】
式(1)から、フルエンスφは下記の式で表すことができる。
【0042】
【数5】

【0043】
ここで、Aは定数である。式(4)及び式(5)から、溶融した部分の深さhは、以下の式で表すことができる。
【0044】
【数6】

【0045】
ここで、C及びCは定数である。定数C及びCが決定されれば、溶融時間τから溶融部分の深さhを算出することができる。
【0046】
図4に、反射光検出器24で検出された反射光強度の時間変化の一例を示す。横軸は、経過時間を単位「ns」で表し、縦軸は反射光の強度を任意目盛で表す。アニール対象の半導体基板2として、ボロンがイオン注入されたシリコン基板を用いた。アニール用パルスレーザビームのフルエンスは2.7J/cmとした。反射光強度のバックグラウンドが約0.08であり、アニール用パルスレーザビームを照射した後、反射光強度が約0.15まで上昇する。反射強度は、約300nsの時間、約0.15に維持され、その後、緩やかに低下する。
【0047】
反射光強度が0.15で一定に維持されている期間は、測定用レーザビームのビームスポット内の全領域が溶融している状態であると考えられる。溶融部分の外周から徐々に固化が進み、測定用レーザビームのビームスポット内で固化が始まると、反射光強度が低下し始める。約800nsでほぼ全面が固化し、反射光強度がほぼバックグランドレベルまで戻っている。反射光強度が、バックグランドレベルから最大値までの上昇分の1/2の大きさまで上昇した時点から、1/2の大きさまで低下した時点までの経過時間を、溶融時間とした。
【0048】
図5に、フルエンスを変化させてアニールを行ったときの、溶融時間と、溶融深さとの関係を示す。横軸は溶融時間を単位「ns」で表し、縦軸は溶融深さを単位「nm」で表す。溶融深さは、二次イオン質量分析(SIMS)法により測定した深さ方向に関するボロン濃度分布から求めた。4つの実測値が、ほぼ式(6)に示す曲線上に位置していることが分かる。図5のグラフから、式(6)の右辺の定数C及びCを決定することができる。
【0049】
決定された定数C及びCが制御装置50に入力され、記憶される。制御装置50は、式(6)に基づいて、溶融時間τから溶融深さhを算出することができる。
【0050】
上記実施例では、反射光強度が、バックグランドレベルから最大値までの上昇分の1/2の大きさまで上昇した時点から、1/2の大きさまで低下した時点までの経過時間を、溶融時間としたが、他の定義を採用してもよい。採用する定義が異なると、得られる定数C及びCの値が異なってくる。いずれの定義を採用した場合でも、反射光の強度の時間変化に基づいて、溶融深さが算出される。
【0051】
次に、半導体基板2の表層部の温度変化の測定方法について説明する。温度Tの黒体から放射される波長λの光子の単位面積あたり、かつ単位波長あたりのエネルギ密度L(W/m/m)は、下記のヴィーンの近似式で表すことができる。
【0052】
【数7】

【0053】
ここで、第1定数cは、1.74×10−16W・mであり、第2定数cは、0.0144m・Kである。なお、ヴィーンの近似式が1%以内の誤差で成立するのは、λTが3.12×10−3m・K未満の範囲内である。実施例では、放射光の測定波長λが約900nmであるから、温度Tが3470K以下の温度範囲でヴィーンの近似式が成立する。シリコンの沸点が3173Kであるため、実施例で測定される温度範囲であれば、ヴィーンの近似式が1%以内の誤差で成り立つ。
【0054】
式(7)を変換すると、下記の式が得られる。
【0055】
【数8】

【0056】
実際には、固相のシリコンの放射率は約0.44であり、液相のシリコンの放射率は約0.21である。このため、放射光検出器35の出力信号の大きさをEとすると、半導体基板2の表層部が固相の時の温度Ts及び液相の時の温度Tlは、下記のように表される。
【0057】
【数9】

【0058】
ここで、cは、放射光検出器35の感度や、フィルタ等による損失に基づいて決定される定数である。式(9)の定数cが決定されれば、放射光検出器35の出力信号の大きさEから、半導体基板2の表面温度Tを算出することができる。次に、定数cの決定方法について説明する。
【0059】
図6に、アニール用パルスレーザビームを入射させたときの、放射光検出器35の出力信号の時間変化の一例を示す。なお、参考のために、反射光検出器24の出力信号の時間変化を併せて示す。横軸は、経過時間を単位「ns」で表し、左縦軸は、放射光検出器35の出力信号を単位「V」で表し、右縦軸は、反射光検出器24の出力信号を単位「V」で表す。図6は、1ショット目のレーザパルスの入射による熱的影響が残っている短い期間内に2ショット目のレーザパルスを入射させた場合の出力信号の時間変化を示す。このレーザアニール方法は、一般的に「ダブルパルス法」と呼ばれる。ダブルパルス法では、極短い間隔での2つのレーザパルスの入射が、例えば周波数1kHz(周期1ms)で繰り返される。さらに、レーザパルスの入射による熱的影響が残っている極短い期間に、3個以上のレーザパルスを入射させてもよい。一般的に、レーザパルスの入射による熱的影響が残っている極短い期間に複数のレーザパルスを入射させる方法を「マルチパルス法」と呼ぶこととする。
【0060】
経過時間約150nsの時点で、1ショット目のレーザパルスが入射し、経過時間約450nsの時点で2ショット目のレーザパルスが入射している。すなわち、1ショット目のレーザパルスの入射から、2ショット目のレーザパルスの入射までの遅延時間は300nsである。
【0061】
1ショット目のレーザパルスの入射によって、反射光検出器の出力が上昇するが、極短い時間で、元のベースレベルまで低下する。これは、表面が一旦溶融するが、溶融部分が極浅いため、直ちに固化するためである。これに対し、2ショット目の照射によって溶融した時の反射光検出器の出力の低下は緩やかである。これは、1ショット目に比べて深くまで溶融しているため、完全に固化するまでの時間が長いためである。このため、実際に溶融した部分の深さを求めるためには、2ショット目における反射光検出器の出力の変動に着目すればよい。
【0062】
例えば、図5から、溶融時間が約220ns以下の場合には、溶融深さが0であることがわかる。図6において、1ショット目のレーザパルスが入射したときの溶融時間は、反射光検出器の出力波形から、約110nsであることがわかる。この溶融時間を、図5のグラフに適用すると、溶融深さは0になる。ただし、反射率が液相状態の値まで上昇しているため、全く溶融していないのではなく、極浅い表層部のみが溶融していると考えられる。
【0063】
レーザパルスが入射すると、半導体基板2の表面温度が上昇する。表層部の溶融が始まると、半導体基板2に投入されたエネルギが、融解熱として消費されるため、温度がほとんど上昇しなくなる。溶融部分が広がると、新たな溶融が生じるよりも、溶融した部分の温度の上昇が支配的になり、温度が再上昇を始める。また、固相から液相に相転移すると、放射率が0.44から0.21に低下するため、放射光検出器35で検出される放射光の強度が低下する。
【0064】
2ショット目のレーザパルスの入射後の放射光検出器の出力信号の時間変化に着目すると、経過時間500nsの近傍で短時間の間、放射光検出器35の出力信号の増加が停止していることがわかる。これは、半導体基板2の溶融が開始に伴う温度上昇率の抑制、及び放射率の低下に起因する。すなわち、この時点における放射光検出器35の出力信号の大きさ(約0.1V)が、シリコンの融点(1683K)に相当する。この状態変化は、固相から液相への相転移であるため、この時点における放射光検出器35の出力信号の大きさ、及びシリコンの融点を、式(9)の固相のときの温度Tの式に代入することにより、定数cを決定することができる。定数cが決定されると、式(9)から、固相及び液相のいずれの状態のときでも、放射光検出器35の出力信号から温度を算出することができる。
【0065】
次に、温度が下降する期間の放射率の設定方法の一例について説明する。2ショット目のレーザパルスの入射によって溶融した領域の固化は、その外周から内側に向かって進む。図6に示した経過時間550nsの時点では、放射光の強度が検出されている領域は、ほぼ全面が溶融していると考えられる。固化が進むと、放射光の強度が検出されている領域のうち一部分が固相、他の部分が液相の状態になる。反射率を測定するための測定用レーザビームが入射する領域(被測定領域)においても、同様に、一部分が液相になり、他の部分が固相になる。このため、図6に示したように、反射光の強度は、経過時間550ns近傍で一旦極大値を示した後、緩やかに低下している。緩やかに低下している期間は、被測定領域に液相領域と固相領域とが混在している状態である。
【0066】
図6に示した経過時間550ns付近において反射光検出器の出力が極大値を示しているときに、反射光が検出されている領域の全面が液相状態であり、経過時間2000ns付近で出力がベースレベルになっているときに、全面が固相状態であると考えることができる。反射光の強度を測定することにより、液相の領域の面積と固相の領域の面積との比を求めることができる。
【0067】
2ショット目のレーザパルスを入射させた後の、反射光強度の最大値をM、ベースレベルをB、一旦溶融した部分が固化するまでの期間のある時点の反射光強度をEとすると、固相状態の領域の面積と、液相状態の領域の面積との比は、(E−B):(M−E)と表すことができる。
【0068】
放射光検出器35によって放射光が検出される領域と、反射光検出器24によって反射光が検出される領域とが、一致している場合には、放射光が検出される領域内の液相部分の面積と固相部分の面積との比を求めることができる。反射光検出器24で検出された反射光の強度がEであるとき、この面積の比は、(E−B):(M−E)と表すことができる。このときの放射率εavは、下記のように表すことができる。
【0069】
【数10】

【0070】
一旦溶融した部分の固化が進行中の期間における半導体基板の表面の温度は、式(9)において、固相の放射率0.44または液相の放射率0.21に代えて、式(10)の放射率を適用することにより、算出することができる。なお、反射光強度の最大値M、ベースレベルB、現時点の反射光の強度Eは、反射光検出器24の出力信号を平滑化してノイズを除去した後の出力波形から決定することが好ましい。
【0071】
図7に、図6に示した放射光検出器の出力信号から算出された温度変化を示す。経過時間が500nsの時点で融点を超えている。
【0072】
図6では、2ショット目のレーザパルスを入射させたときの反射光の強度の変動に着目して、溶融深さを算出したが、ダブルパルス法を採用する場合、反射光強度の変化の形態によって、1ショット目及び2ショット目のいずれに着目すべきかが決定される。以下、反射光強度の変化の種々の形態について、溶融深さの算出方法を説明する。図8A〜図8Dに、反射光強度の変化の種々の形態を示す。
【0073】
図8Aに示す形態においては、1ショット目のレーザパルスの入射S1によって一旦溶融するが、その深さが極浅いため、直ちに固化する。この場合には、実質的に、2ショット目のレーザパルスの入射S2による反射光の強度変化に基づいて、溶融深さを算出すればよい。これは、図6に示した形態と同一である。
【0074】
図8Bに示す形態においては、1ショット目のレーザパルスの入射S1によっては溶融せず、2ショット目のレーザパルスの入射S2によって初めて溶融する。1ショット目の入射時には、表面が固相状態のままであるため、反射率はほとんど変化しない。この場合には、図8Aの形態と同様に、実質的に、2ショット目のレーザパルスの入射時の反射光の強度変化に基づいて、溶融深さを算出すればよい。
【0075】
図8Cに示す形態においては、1ショット目のレーザパルスの入射S1によって表面が溶融して固化した後、2ショット目のレーザパルスが入射するが、2ショット目のレーザパルスの入射S2では溶融しない。このため、2ショット目のレーザパルスの入射時には、反射率の強度がほとんど変化しない。この場合には、実質的に、1ショット目のレーザパルスの入射時における反射光の強度変化に基づいて、溶融深さを算出すればよい。なお、2ショット目のレーザパルスの入射によって溶融するが、溶融時間が、1ショット目のレーザパルスの入射時における溶融時間よりも短い場合、1ショット目のレーザパルスの入射時における反射光の強度変化に基づいて、溶融深さを算出すればよい。
【0076】
図8Dに示す形態においては、1ショット目のレーザパルスの入射S1によって表面が溶融した後、直ちに2ショット目のレーザパルスの入射S2が行われることにより、反射率の強度変化が2つに分離できない。この場合には、実効的に1ショットのレーザパルスが入射したと仮定して、反射光強度の変化から溶融深さを算出すればよい。
【0077】
図8Eに示す形態においては、1ショット目のレーザパルスの入射S1でいったん溶融した部分が完全に固化する前に、2ショット目のレーザパルスの入射S2が行われる。図8Dの形態と異なり、1ショット目のレーザパルスの入射による反射光強度の変化と、2ショット目のレーザパルスの入射による反射光強度の変化とを、分離することができる。この場合には、1ショット目のレーザパルスの入射による溶融時間と、2ショット目のレーザパルスの入射による溶融時間とを求め、2つの溶融時間のうち、長い方の溶融時間に基づいて、溶融深さを算出すればよい。1ショット目のレーザパルスの入射による溶融時間は、反射光強度が、バックグランドレベルから最大値までの上昇分の1/2の大きさまで上昇した時点から、2つのピークの間の極小値を与える時点までの経過時間とすればよい。2ショット目のレーザパルスの入射による溶融時間は、2つのピークの間の極小値を与える時点から、反射光強度が、バックグランドレベルから最大値までの上昇分の1/2の大きさまで低下した時点までの経過時間とすればよい。
【0078】
次に、図9を参照して、式(9)の定数cを決定するための他の方法について説明する。
【0079】
図9は、半導体基板2に照射するアニール用パルスレーザビームのフルエンスと、放射光検出器35の出力信号の最大値との関係を示す。横軸は、フルエンスを単位「J/cm」で表し、縦軸は、放射光検出器の出力信号の最大値を任意目盛で表す。フルエンスを増加させるに従って、出力信号の最大値が増大している。これは、半導体基板2の表面の最高到達温度が高くなっていることを示す。フルエンスが1170〜1270J/cmの範囲内で、出力信号の最大値がほぼ一定になっていることがわかる。これは、フルエンス1170J/cmの時に、半導体基板2の表層部の溶融が始まったことを意味する。それ以上にフルエンスが増加しても、半導体基板2に投入されたエネルギは、温度上昇ではなく、融解熱として消費される。フルエンスが1270J/cm以上になると、溶融部分の拡がりよりも、溶融した部分の温度上昇が支配的になったと考えられる。
【0080】
この、出力信号の最大値がほぼ一定になっている範囲における出力信号の最大値が、シリコンの融点に対応する。従って、この出力信号の最大値から、定数cを決定することができる。
【0081】
次に、1枚の半導体基板2のアニール処理が終了した後の制御装置50の動作について説明する。
【0082】
1枚の半導体基板2のアニール処理が終了すると、制御装置50が、外部記憶装置74に蓄積されている反射光強度データ及び放射光強度データに基づいて、アニール用パルスレーザビームのショット番号ごとに、溶融深さ及び表面温度を算出する。さらに、各ショット番号のレーザパルスの、半導体基板2の表面内の入射位置を算出する。算出結果が、種々の態様で表示装置80に表示される。次に、図10〜図12を参照して、算出結果の表示方法について説明する。
【0083】
図10は、横軸をショット番号、縦軸を溶融深さとして表示した例を示す。画面の下端に表示されたスクロールバーを操作することにより、表示されるショット番号の範囲を移動させることができる。溶融深さが、上下115nm〜180nmの範囲内で変動していることがわかる。このように、溶融深さの変動を視覚的に把握することが可能になる。
【0084】
図11は、溶融深さのヒストグラムを表示した例を示す。横軸は、溶融深さを単位「nm」で表し、縦軸は頻度を表す。155.71〜169.66nmの範囲の溶融深さの出現頻度が多いことがわかる。これにより、溶融深さのばらつきを容易に把握することが可能になる。
【0085】
図12は、半導体基板2の表面をアニール用パルスレーザビームの各レーザパルスが入射した領域に区分し、各領域ごとに算出された溶融深さを色分けして表示した例を示す。表示画面内に、半導体基板の平面図表示領域90、反射率表示領域92、温度表示領域93、ショット番号表示ボックス94、列番号表示ボックス95、及び行番号表示ボックス96が確保されている。
【0086】
平面図表示領域90内に、アニール用パルスレーザビームの各レーザパルスが入射した領域に区分された半導体基板2の平面図が表示されている。区分された各領域が、当該領域の溶融深さに対応する色に色付けされる。平面図表示領域内に十字カーソル91が表示されている。十字カーソル91により、区分された1つの領域が指定される。
【0087】
十字カーソル91で指定された領域の反射率の時間変化、及び温度の時間変化が、それぞれ反射率表示領域92、及び温度表示領域93に表示される。また、十字カーソル91で指定された領域のショット番号、列番号、及び行番号が、それぞれショット番号表示ボックス94、列番号表示ボックス95、及び行番号表示ボックス96に表示される。また、十字カーソル91を操作する代わりに、ショット番号表示ボックス94、列番号表示ボックス95、及び行番号表示ボックス96内の数値を書き換えることにより、1つの領域を指定することも可能である。
【0088】
また、平面図表示領域90内に表示された半導体基板の表面内の特定の領域のみを拡大して表示することも可能である。
【0089】
図12に示した表示により、溶融深さの面内の二次元的なばらつきを把握することが可能になる。
【0090】
上記実施例では、半導体基板のアニール後に、電気的な検査を行うことなく、アニール結果の良否を判定することができる。
【0091】
上記実施例では、半導体基板に注入された不純物の活性化のためのアニールを例に挙げたが、上記実施例による溶融深さ及び表面温度の算出方法は、その他のアニールにも適用することが可能である。例えば、ガラス基板上に形成されたシリコン薄膜のアニールにも適用することが可能である。
【0092】
以上実施例に沿って本発明を説明したが、本発明はこれらに制限されるものではない。例えば、種々の変更、改良、組み合わせ等が可能なことは当業者に自明であろう。
【図面の簡単な説明】
【0093】
【図1】実施例によるレーザアニール装置の概略図である。
【図2】実施例によるレーザアニール装置の制御装置のブロック図である。
【図3】実施例によるレーザアニール装置の種々の信号のタイミングチャートである。
【図4】アニール用パルスレーザビームを照射した後の反射光強度の時間変化を示すグラフである。
【図5】半導体基板表層部の溶融時間と溶融深さとの関係を示すグラフである。
【図6】アニール用パルスレーザビームを照射した後の放射光検出器からの出力信号の時間変化、及び反射光検出器からの出力信号の時間変化を示すグラフである。
【図7】アニール用パルスレーザビームを照射した後の半導体基板表面の温度の時間変化、及び反射光検出器からの出力信号の時間変化を示すグラフである。
【図8】ダブルパルス法を用いた場合の、反射光強度の変化の種々の形態を示すグラフである。
【図9】アニール用パルスレーザビームのフルエンスと、放射光検出器からの出力信号の最大値との関係を示すグラフである。
【図10】表示装置に表示されるショット番号と溶融深さとの関係を示すグラフである。
【図11】表示装置に表示されるヒストグラムである。
【図12】表示装置に表示される半導体基板の平面図の色分け図等である。
【符号の説明】
【0094】
1 XYステージ
2 半導体基板(アニール対象物)
5 アニール用レーザ光源
6 整形均一化光学系
10 測定用光源
11 パルス化装置
12 光ファイバ
13 レンズ
20 レンズ
21、22 フィルタ
23 光ファイバ
24 反射光検出器
30 レンズ
31〜33 フィルタ
34 光ファイバ
35 放射光検出器
50 制御装置
60 AD変換ボード
61 A/D変換器
62 メモリ
63 PCIインタフェース
70 ワークステーション
71 PCIインタフェース
72 中央処理装置(CPU)
73 メインメモリ
74 外部記憶装置(HDD)
80 表示装置(ディスプレイ)
90 半導体基板の平面図表示領域
91 十字カーソル
92 反射率表示領域
93 温度表示領域
94 ショット番号表示ボックス
95 列番号表示ボックス
96 行番号表示ボックス

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アニール対象物の表面のうち、パルスレーザビームが入射した領域内の被測定領域からの放射光の強度を検出する放射光検出器と、
前記被測定領域の反射率を測定する反射率測定器と、
前記反射率測定器による反射率の測定結果、及び前記放射光検出器による放射光の強度の測定結果に基づいて、前記アニール対象物の表面の温度を算出する制御装置と
を有する温度計測装置。
【請求項2】
前記制御装置は、前記反射率測定器による反射率の測定結果から、前記被測定領域内の液相状態の部分と固相状態の部分との面積の比率を算出し、その算出結果と、前記放射光検出器による放射強度の測定結果とに基づいて、前記アニール対象物の表面の被測定領域の温度を算出する請求項1に記載の温度計測装置。
【請求項3】
前記制御装置は、前記被測定領域内の液相状態の部分と固相状態の部分との面積の比率から、前記被測定領域の実効的な放射率を算出し、算出された放射率と、前記放射光検出器による放射強度の測定結果とに基づいて、前記アニール対象物の表面の被測定領域の温度を算出する請求項2に記載の温度計測装置。
【請求項4】
アニール対象物の表面の被測定領域内における固相状態及び液相状態の部分の面積の比率を計測する工程と、
計測された面積の比率から、前記被測定領域の実効的な放射率を算出する工程と、
前記被測定領域からの放射光の強度と、算出された実効的な放射率とに基づいて、該被測定領域の温度を算出する工程と
を有する温度算出方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2008−116269(P2008−116269A)
【公開日】平成20年5月22日(2008.5.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−298474(P2006−298474)
【出願日】平成18年11月2日(2006.11.2)
【出願人】(000002107)住友重機械工業株式会社 (2,241)
【Fターム(参考)】