説明

溶接性に優れた490MPa級低降伏比冷間成形鋼管およびその製造方法

【課題】SR処理を施すことなく、引張強さが490MPa以上で低降伏比の冷間成形鋼管、およびこうした冷間成形鋼管を製造するための有用な方法を提供する。
【解決手段】所定の化学成分組成を有し、鋼板のミクロ組織が、4〜70面積%のポリゴナルフェライト相、0〜20面積%の擬ポリゴナルフェライト相、および0〜5面積%で、アスペクト比(長径/短径)が4.0以下のマルテンサイト相、残部がベイナイト相から構成され、板厚をt(mm)、外側冷間曲げ直径をd(mm)としたときにt/dが10%以下である冷間成形部位を有するものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶接性に優れ低降伏比で引張強さが490MPa級の冷間成形鋼管、およびその製造方法に関するものであり、特に耐震性に優れたCFT(Concrete-Filled Tube)構造の建築物に好適に用いることのできる490MPa級の冷間成形鋼管、およびこうした冷間成形鋼管を製造するための有用な方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
建築構造物には、優れた耐震性や耐火性が要求されており、特に耐震性に優れた上記CFT構造の建築物を構築するには、高強度、低降伏比で優れた溶接性を発揮する冷間成型鋼管が必要になる。
【0003】
こうした要求特性を満足する冷間成形用鋼管に関する技術として、これまで様々なものが提案されている。例えば、特許文献1には、600MPa級および800MPa級の低降伏比鋼管を対象として、熱間圧延後、空冷或いは水冷した鋼板を、t/D(t:板厚、D:鋼管外径)≦10%の範囲で冷間成形により鋼管を製作し、降伏比(YR)≦80−0.8×t/Dに制御した鋼板を、その後750〜850℃の温度範囲で焼ならしをする技術について開示されている。
【0004】
また特許文献2には、590MPa級の低降伏比の鋼管を対象として、圧延仕上げ温度:(Ar−20℃)〜(Ar+120℃)となるように圧延を行った後、鋼板を(Ar−100℃)〜(Ar−120℃)まで空冷し、引き続きこの温度から直ちに常温まで焼入れし、更にAc点以下の温度範囲まで焼き戻し処理を行い、上記t/D≦10%の範囲で管状に冷間成形し、その後500〜600℃の温度範囲で焼鈍することについて開示されている。
【0005】
更に、特許文献3には、590MPa級の低降伏比鋼管を対象として、Ac点以上の温度に再加熱して焼入れ或いは焼入れ・焼き戻しを行い、上記t/D≦10%の範囲で冷間成形を施して鋼管を製作し、その後650〜750℃の温度範囲に再加熱して焼きならしすることについて開示されている。
【0006】
上記各技術は、いずれも590MPa級の低降伏比の冷間成形鋼管を対象とするものであるが、このうち特許文献1では、冷間成形後、焼ならしをするものである。特許文献2では、圧延ライン上で二相域まで空冷するものであるので、圧延における生産性低下を招くことになり、経済的な観点から好ましくない。
【0007】
上記特許文献3の技術では、鋼素材にCu,Ni等の元素を必須成分として含有するものであるので、素材コストが高くなるという問題がある。また、この技術ではCu添加による析出強化によって鋼管の強度向上を図っているが、熱処理工程において外面側と内面側の温度が不均一になり、Cuの析出にむらを生じるので、材質のバラツキが発生するということが十分予想される。
【0008】
上記いずれの技術においても、冷間成形後には、降伏比の低減を目的として、熱処理を施す必要があり、コスト面および生産性の点で問題がある。また、上記特許文献2の所謂Delay DQ法を適用すると、Ar点以上の温度からの直接焼入れ(DQ)に比べて焼入れままの強度が低くなるので、それを補填するために合金元素を増量する必要があり、その結果溶接性が劣化することになる。
【0009】
こうしたことから、冷間成形後に熱処理を施さない方法として、特許文献4のような技術も提案されている、この技術では、熱間圧延後にAc〜1000℃に再加熱して焼入れし、引き続き700〜850℃の温度に再加熱して焼入れし、Ac点以下で焼戻し処理を行い、且つYR(%)≦80−0.8×t/Dに制御する鋼板を用いて、t/D≦10%の範囲で冷間成形によって鋼管を製作するものであり、これによって板厚:100mm以下、管軸方向のYRが80%以下である建築用低降伏比600MPa級鋼管を得るものである。
【0010】
この技術は、600MPa級の低降伏比鋼管を対象とするものであり、圧延後に組織をベイナイト化するための再加熱焼入れ、鋼管の靭性改善と、溶接、応力除去処理等による軟化を防止するための焼戻しを必須工程とするものであり、生産性やコストの点からして若干の問題が残っている。しかも、この技術では、強度確保という観点から、合金元素の増量が必要であり、溶接性の点で依然として問題がある。
【0011】
一方、490MPa級の低降伏比高張力鋼板の製造方法として、例えば特許文献5のような技術も提案されている。この技術では、900℃以下における累積圧下率が50%以上となるように圧延し、且つAr点以上で圧延を終了し、Ac点以下に冷却した後、730〜850℃以下の範囲に再加熱し、空冷するものである。
【0012】
この技術では、二相域温度(Ac点超え、Ac点未満)からの焼入れ(Q’)処理したものに比べて、強度が低いものとなるので、炭素当量Ceq(JIS)が0.40%以下で溶接性が良好なものは、32mm程度までの板厚に適用できるが(例えば、表1の鋼No.1,2,4〜6)、冷間成形用の厚物鋼管に適用しようとすれば炭素当量Ceqを大幅に上げる必要があり(例えば表1のNo.3)、それに伴って溶接性が劣化し、予熱が必要になる。しかも、オーステナイト未再結晶域(約900〜Ar点)での圧下率を大きくするため、建築用鋼に要求される音響異方性が小さいという要件を満足しないものとなる。
【特許文献1】特開平6−128641号公報 特許請求の範囲等
【特許文献2】特許第2529042号公報 特許請求の範囲等
【特許文献3】特開平7−233416号公報 特許請求の範囲等
【特許文献4】特開平7−109521号公報 特許請求の範囲等
【特許文献5】特開昭55−115921号公報 特許請求の範囲、表1等
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
ところで、新耐震設計法の改正(1981年)によって、建築分野では大地震時に鋼材の塑性変形を許容し、地震のエネルギーを吸収して構造物の倒壊を防止するという設計概念が高層建築物を中心に取り入れられるようになり、そのために鋼材に必要な特性として低降伏比が求められるようになってきた。
【0014】
コンクリート充填鋼管柱に適用される冷間成形鋼管では、t/D:5〜10%という厳しい冷間曲げが加わった場合、t/4部で約2.5〜5%相当の歪み(ε)が付与されることになるので、降伏応力が上昇し、引張強さが490MPa級の鋼材であっても目標降伏比(降伏点/引張強さ)である85%以下を確保することができない。こうした場合には、冷間成形後に残留応力の除去を目的とした焼鈍(Stress Relieving:SR処理)を施さざるを得ず、高コスト化、工期の長期化および生産性の低下を招いていた。
【0015】
本発明は、こうした状況の下でなされたものであって、その目的は、SR処理を施すことなく、引張強さが490MPa以上で低降伏比の冷間成形鋼管、およびこうした冷間成形鋼管を製造するための有用な方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記目的を達成し得た本発明の490MPa級低降伏比冷間成形鋼管とは、C:0.07〜0.18%(質量%の意味、以下同じ)、Si:0.05〜1.0%、Mn:0.7〜1.7%(但し、Mn含有量[Mn]とC含有量[C]の比[Mn]/[C]≦15)、Ti:0.002〜0.025%、sol.Al:0.005〜0.1%およびN:0.001〜0.008%を夫々含有する他、Cr:0.6%以下(0%を含む)、Mo:0.5%以下(0%を含む)およびV:0.08%以下(0%を含む)よりなる群から選ばれる1種または2種以上を含み、下記(1)式で示される炭素当量Ceq値が0.34〜0.42%の範囲内にあると共に、下記(2)式で示されるA値が1.1〜2.6を満足し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる化学成分組成を有する鋼板からなり、且つ当該鋼板のミクロ組織が、4〜70面積%のポリゴナルフェライト相、0〜20面積%の擬ポリゴナルフェライト相、および0〜5面積%で、アスペクト比(長径/短径)が4.0以下の島状マルテンサイト相、残部がベイナイト相から構成され、板厚をt(mm)、外側冷間曲げ直径をd(mm)としたときにt/dが10%以下である冷間成形部位を有するものである点に要旨を有するものである。
Ceq=[C]+[Si]/24+[Mn]/6+[Ni]/40+[Cr]/5
+[Mo]/4+[V])/15 …(1)
但し、[C],[Si],[Mn],[Ni],[Cr],[Mo]および[V]は、夫々C,Si,Mn,Ni,Cr,MoおよびVの含有量(質量%)を示す。
A=(2.16{Cr}+1)×(3.0{Mo}+1)×(1.75{V}+1) …(2)
但し、{Cr},{Mo}および{V}は、夫々Cr,MoおよびVにおける鋼板中の固溶量(質量%)を示す。
【0017】
本発明の冷間成形鋼管には、必要によって、更に(a)Cu:0.5%以下(0%を含まない)および/またはNi:3.0%以下(0%を含まない)、(b)Nb:0.015%以下(0%を含まない)、(c)Ca:0.003%以下(0%を含まない)、(d)希土類元素:0.02%以下(0%を含まない)、等を含有することも有効であり、これら含有される成分に応じて鋼管の特性を更に向上させることができる。
【0018】
上記のような冷間成形鋼管を製造するに当っては、本発明で規定する化学成分組成を有する鋼片を950〜1250℃の温度範囲に加熱し、下記(3)式で示されるオーステナイト未再結晶化温度Aγ(℃)以下での累積圧下率を60%以下(0%を含む)として圧延を終了して鋼板とした後、Ar変態点以上の温度から450℃以下まで4〜100℃/秒の冷却速度で加速冷却し、次いで730〜830℃の温度範囲に再加熱してから焼入れし、引き続き前記載t/dが10%以下の範囲で冷間成形するようにすれば良い。
γ(℃)=887+467[C]+(6445[Nb]−644√[Nb])+
(732[V]−230√[V])+890[Ti]+363[Al]−357[Si]
…(3)
但し、[C],[Nb],[V],[Ti],[Al]および[Si]は、夫々C,Nb,V,Ti,AlおよびSiの含有量(質量%)を示す。
【0019】
この製造方法においては、(1)730〜830℃の温度範囲に再加熱してから焼入れした後、前記鋼板を500℃以下で焼戻しを施す、(2)前記圧延を終了した後、加速冷却するに先立ち、オンラインレベラ矯正を行う、(3)鋼板温度を400℃以下として冷間成形する、等の条件を付加することが好ましい。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、鋼板の化学成分組成を適正に調整すると共に、ミクロ組織中の各相の体積分率を適切に制御することによって、SR処理を施さずとも、低降伏比で490MPa級の冷間成形鋼管を得ることができ、こうした冷間成形鋼管は製造条件を適切に制御することによって得られるものであり、得られた鋼管は、CFT構造の建築物に好適に用いることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
本発明者らは、板厚をt(mm)、外側冷間曲げ直径をd(mm)としたときにt/dが10%以下である冷間成形部位を有し、引張強さが490MPa以上の鋼管において、溶接性に優れ、且つ降伏比を目標値である85%以下を達成するために、化学成分組成やミクロ組織について、詳細に検討した。
【0022】
その結果、鋼管における降伏比を低減させるためには、鋼板段階での降伏比を予め鋼管での上昇分以上下げておくこと、および一様伸びδ(最大荷重までの塑性伸び)を増大させることが重要であるとの知見が得られた。
【0023】
そして、鋼板段階で低降伏比と引張強さを両立させるためには、ミクロ組織を、硬質相となるベイナイト相(B)と、軟質相となるポリゴナル化したフェライト相(ポリゴナルフェライト相:α)を共存させ、そのポリゴナルフェライト相(α)の面積分率を40〜70%に制御することが有効であることが判明した。また一様伸びδは、フェライト相をポリゴナル化させることによって増大させることができることが分かった。
【0024】
鋼板段階(冷間成形前)において、マルテンサイトが島状に形成される場合には、降伏点を低減し、冷間曲げ後の降伏比を更に低位にする作用を発揮する。島状マルテンサイトは、マルテンサイト相とオーステナイト相(残留オーステナイト相)が混合する相からなるものであるが(Martensite-Austenite constitute: M−A相)、島状マルテンサイト中に存在する残留オーステナイト相γは冷間曲げにより加工誘起マルテンサイトに変態することによって一様伸びδを更に増大させることができる。尚、こうした組織に冷間曲げを施して冷間成形鋼管とした場合には、組織中の残留オーステナイト相はなくなり、変態したマルテンサイト相として存在することになる。
【0025】
本発明の冷間成形鋼管においては、上記観点からミクロ組織を適切に制御する必要があるが、この組織中における各相の範囲(面積分率)限定理由は下記の通りである。
【0026】
[ポリゴナルフェライト相α:40〜70面積%]
降伏比を低位にするためには、変態後のミクロ組織に転位密度の小さいポリゴナル化したフェライト(α)を生成させることが有効であり、降伏比を鋼板段階で予め下げておくには、その面積分率を40〜70%の範囲に制御する必要がある。ポリゴナルフェライト相(α)の面積分率が70%を超えると、厚肉材において目標強度の確保が困難となる。一方、ポリゴナルフェライト相(α)の面積分率が40%未満となると、降伏比が目標値(85%)を超えてしまうことになる。
【0027】
[擬ポリゴナルフェライト相α:0〜20面積%]
転位密度の高い擬ポリゴナルフェライト相(α)は、強度を上昇させる一方で、可動転位の移動を妨げて降伏比を上昇させるので、できるだけ少ない程よく、面積分率で0〜20%程度とする必要がある。好ましくは0〜15%程度とするのが良い。
【0028】
[島状マルテンサイト相M−A:0〜5面積%]
鋼板段階におけるマルテンサイト相(M)若しくはマルテンサイト−オーステナイト混合相(M−A相)は、未変態オーステナイトにおけるC,合金元素の偏析の大きい部分がベイナイト変態をせずに、局所的に島状にマルテンサイト相(M)や残留オーステナイト相(γ)となったものである。このうち、マルテンサイト相(M)は引張強さの上昇、降伏比の低減に有効に作用する。また残留オーステナイト(γ)は、外部からの加工歪みによって加工誘起変態を発現させるために、一様伸びδの増大に有効に作用する。従って、冷間成形鋼管には、降伏比の較低減および一様伸びδの増大をより促進するために、島状マルテンサイト相(M−A:残留オーステナイトからの変態後のマルテンサイト相Mも含む)を生成させる。島状マルテンサイト相(M−A)の面積分率は、0〜5%程度とするのが良い。島状マルテンサイト相(M−A)の面積分率が5%を超えると、靭性が劣化することになる。この面積分率は、好ましくは0〜4%程度とするのが良い。
【0029】
[島状マルテンサイト相(M−A)のアスペクト比:4.0以下]
島状マルテンサイト相(M−A)の面積分率が5%以下であっても、その形状でアスペクト比(長径/短径)が4.0を超えると、一様伸びδが増大せず、靭性も劣化することになる。またM−A相は、旧オーステナイト粒界に形成されることから、そのアスペクト比を4.0以下に制御することは、旧オーステナイト粒の展伸度が小さいことの帰結であり、圧延集合組織の形成も微小となることから、鋼管のシーム溶接部(端曲げの無加工部に相当)の音響異方性を小さくすることができる。
【0030】
本発明の冷間成形鋼管では、板厚をt(mm)、外側冷間曲げ直径をd(mm)としたときにt/dが10%以下である冷間成形部位を有するものであるが、このt/dが10%を超えるような冷間加工では、引張り変形側の降伏比が加工後において85%を超えてしまうので、降伏比の上昇を抑えるために、熱間、温間での成形、或は成形後の応力除去焼鈍処理(前記SR処理)が必要となる。そのために、前記t/dは10%以下とする必要がある。このt/dは好ましくは7.5%以下とするのが良い。このt/dを達成するための加工方法については、プレス曲げ成形に限定されるものでなく、例えばローラ曲げ、圧縮プレス、スピニング等の適用も可能である。また曲げ温度は、常温のみならず、本発明の鋼板の材質を損なわない程度(400℃程度)の温度まで許容できる。尚、本発明の冷間成形鋼管は、その断面形状が円形、角形のいずれも含まれるものである。また、前記外側冷間曲げ直径dは冷間成形(曲げ加工)された部位における曲率直径を意味し、鋼管の断面形状が円形のときは、外側冷間曲げ直径dは鋼管外径Dと一致することになる。
【0031】
本発明の冷間成形鋼管において、ミクロ組織におけるフェライト(α)の量的割合を上記のように制御するには(面積分率で40〜70%)、変態曲線のフェライトノーズを短時間側に移行させること、具体的には、Mn含有量[Mn]とC含有量[C]との比([Mn]/[C])を15以下にして、二相域(α+γ領域)温度保持におけるCの二相分離化を容易にすることが有効である。また、こうした効果を発揮させるためには、二相域焼入れ温度としては730〜830℃程度とすることが有効である(この条件については後述する)。
【0032】
フェライトの軟質化、およびセメンタイトの硬質化は、フェライトにとって負の偏析元素を添加し、二相域温度保持において存在するオーステナイトとフェライトの共存状態において、フェライトにとって負の偏析元素を未変態オーステナイトに拡散させ、その後ベイナイト変態をさせて、ベイナイト変態過程においてその吐き出された合金元素をセメンタイト中に濃化させることが有効であると考えられた。
【0033】
フェライトにとって負の偏析元素としては、Cr,MoおよびVの作用が大きいことに着目し、これらの固溶量として、前記(2)式で規定される量を1.1〜2.6に制御することで、合金元素を二相分離化できる。尚、前記(2)式で規定される量を1.1〜2.6に制御するためには、鋼片を950〜1250℃の温度範囲に加熱することと、圧延終了後にAr変態点以上の温度からの急冷によって、上記各元素の窒化物析出温度域での析出の回避を図りつつ、Cr,MoおよびVを固溶状態とした後、二相域焼入れすることが有効である(この条件については後述する)。
【0034】
降伏点を下げること、および一様伸びδを増大させることについては、フェライト変態後、無加工で粒成長させてポリゴナル化させることによって、フェライトの転位密度を低位なものにすることが有効である。
【0035】
冷間成形鋼管の降伏比を低減し、且つ靭性も確保するには、より等方的なマルテンサイト相を形成させる必要があるが、こうした観点から前記アスペクト比は4.0以下とする必要がある。またアスペクト比を低位にすることによって、圧延集合組織も少なくなるため、鋼管のシーム溶接部(端曲げの無加工部に相当)での音響異方性の低減にも有効である。
【0036】
鋼板段階でのマルテンサイト相或はオーステナイトとの混合層の扁平化を抑制する手段としては、前記(3)式で示されるオーステナイト未再結晶化温度Aγ以下での累積圧下率を60%以下として圧延を終了することが、旧オーステナイト粒および粒界析出するマルテンサイト相或はオーステナイトとの混合相の扁平化の抑制には有効である。また、このときの圧延終了温度は、旧オーステナイト粒の扁平化の抑制という観点から、オーステナイト未再結晶化温度Aγ以上であることが好ましい。更に、マルテンサイトの組織分率を上記のように制御するためには、炭素当量式でのCを本発明に示す合金元素(特に、Cr、Mo,V等)で置き換えることが必要となる。
【0037】
本発明の冷間成形鋼管において、そのミクロ組織は、上記以外(残部)は、基本的にベイナイトからなるものであるが、そのためには本発明範囲のポリゴナルフェライトαを析出させた後、パーライト変態させないように、直ちに加速冷却すれば良い。
【0038】
ところで、本発明の冷間成形鋼管では、溶接性が良好であることも必要であるが、そのためには、Bを無添加とすることによって溶接熱影響部(HAZ)におけるマルテンサイト化、或はベイナイト化を抑制でき、耐割れ性とHAZ靭性を向上させることができる。また、Tiの添加によって、TiNを生成させ、母材およびHAZにおける旧オーステナイト粒の微細化作用を発揮させることによって、靭性が向上することになる。
【0039】
次に、本発明の冷間成形鋼管における化学成分組成の限定理由について説明する。まず本発明では、上記のようにC:0.07〜0.18%、Si:0.05〜1.0%、Mn:0.7〜1.7%(但し、Mn含有量[Mn]とC含有量[C]の比[Mn]/[C]≦15)、Ti:0.002〜0.025%、sol.Al:0.005〜0.1%およびN:0.001〜0.008%を含有する他、Cr:0.6%以下(0%を含む)、Mo:0.5%以下(0%を含む)およびV:0.08%以下(0%を含む)よりなる群から選ばれる1種または2種以上を含有すると共に、前記(1)式および(2)式で規定する値を適正な範囲に制御する必要があるが、これら元素の範囲限定理由は、次の通りである。
【0040】
[C:0.07〜0.18%]
Cは最も安価な元素で強度上昇に有効な元素であるが、過剰に含有されると溶接性が著しく低下するため、含有量の上限を0.18%とする。しかしながら、C含有量が0.07%未満になると、強度不足が生じ、それを補うためには、合金元素の添加が必要になるが、これらの合金元素の添加を過多に行うと、降伏比の増加を招くことになるので、好ましくない。この降伏比の増加を抑えつつ目標の強度(引張強さで490MPa以上)を確保するためには、Cは少なくとも0.07%以上含有させる必要がある。尚、母材強度と溶接HAZ靭性の両立の観点から、C含有量の好ましい下限は0.08%であり、好ましい上限は0.16%である。
【0041】
[Si:0.05〜1.0%]
Siは脱酸のために0.05%以上含有させることが必要であるが、1.0%を超えて過剰に含有させると溶接性並びにHAZ靭性を低下させる。こうしたことから、Si含有量は0.05〜1.0%とする必要がある。尚、Si含有量の好ましい下限は0.10%であり、好ましい上限は0.9%である。
【0042】
[Mn:0.7〜1.7%(但し、Mn含有量[Mn]とC含有量[C]の比[Mn]/[C]≦15)]
Mnは強度と靭性を共に高める元素として有効である。こうした効果を発揮させるためには、Mnは0.7%以上含有させる必要がある。しかしながらMnを過剰に含有させると、溶接性およびHAZ靭性が著しく劣化するので、上限を1.7%とする。尚、Mn含有量の好ましい下限は1.0%であり、好ましい上限は1.6%である。
【0043】
また、Mn含有量はC含有量との関係で適切な範囲に調整する必要がある。Mn含有量[Mn]とC含有量[C]との比[Mn]/[C]は、連続冷却変態曲線(CCT曲線)および等温変態曲線(TTT曲線)でのフェライト変態曲線の張り出し(ノーズ)の程度を成分的に制御する因子となるものであり、上記比[Mn]/[C]が15を超えると、フェライトノーズが長時間側に後退するので、二相域熱処理(Q’)で平衡状態の二相組織(α+γ)にするための保持時間が長くなり、生産上での制約を受けて非効率となる。そのため、上記比[Mn]/[C]は15以下とする必要がある。
【0044】
[Ti:0.002〜0.025%]
Tiは、スラブ加熱時に鋼中で微細なTiNとして存在し、加熱オーステナイト粒の粗大化を防止する効果がある。適正なオーステナイト(γ)再結晶温度域圧延、引き続くγ未再結晶温度Aγ域圧延、および微細なTiN生成との複合効果により、良好な靭性と超音波音響異方性を確保することが可能である。またTiは、直接焼入れ後のQ’処理においても逆変態オーステナイトからTiNをフェライト変態核として、ポリゴナルフェライトの析出を促進させて、降伏比低減、一様神びδの増大に有効である。こうした効果を発揮させるためには、Ti含有量は0.002%以上とする必要がある。しかしながら、Tiを過剰に含有させてもその効果が飽和するので、その上限を0.025%とする。尚、Ti含有量の好ましい下限は0.008%であり、好ましい上限は0.015%である。
【0045】
[sol.Al:0.005〜0.1%]
Alは脱酸のために、少なくとも0.005%含有させる必要があるが、過剰に含有させると、非金属介在物が増加して靭性が低下するので、0.1%以下とする必要がある。尚、Al含有量の好ましい下限は0.01%であり、好ましい上限は0.06%である。
【0046】
[N:0.001〜0.008%]
NはTiと反応してTiNを生成し、加熱時のオーステナイトの粗大化の防止に有効な元素である。こうした効果を発揮させるためには、少なくとも0.001%以上含有させる必要があるが、過剰に含有させると溶接継手部の靭性が劣化するので、0.008%以下とする必要がある。尚、N含有量の好ましい下限は0.002%であり、好ましい上限は0.006%である。
【0047】
[Cr:0.6%以下(0%を含む)、Mo:0.5%以下(0%を含む)およびV:0.08%以下(0%を含む)よりなる群から選ばれる1種または2種以上[且つ、固溶量が前記(2)式を満足する量]
Cr,MoおよびVは、強度を向上させる元素であるが、化合物として析出する場合、析出強化によって降伏比を上昇させ、一方靭性を劣化させることになる。降伏比を低位に保ったまま高強度と高靭性を確保するためには、固溶状態でセメンタイトに正偏析、フェライトに負偏析させることが有効である。こうしたことから、Cr,MoおよびVの含有量を夫々0.6%以下、0.5%以下、0.08%以下とし(いずれも0%を含む)、その固溶量を前記(2)式で規定されるA値で1.1〜2.6の範囲内に制御する必要がある。この成分元素量およびA値が上限を超えると、溶接性を阻害することになる。また、A値が1.1未満になると、鋼管成形後の降伏比が目標値を満足できなくなる。尚、各元素は好ましくはCr:0.3%以下、Mo:0.3%以下、V:0.06%以下とするのが良い。また、A値の好ましい範囲は、1.05〜2.0程度である。
【0048】
[Ceq:0.34〜0.42%]
前記(1)式で表わされる炭素当量Ceqは、HAZの硬化性を表す指標であり(例えば、JIS G 3106)、溶接割れ感受性を低減し、y形溶接割れ試験での割れ防止予熱温度を25℃以下とするためには、Ceq値を0.42%以下とする必要がある。一方、引張り強さ490MPa以上を確保するためには、Ceq値は0.34%以上とする必要がある。Ceq値の好ましい下限は0.36%であり、好ましい上限は0.40%である。尚、上記(1)式には、基本成分であるC,Si,Mn,Cr,Mo,V等の他に、必要によって含有される成分(Ni)も式中の項目として含むものであるが、これらの成分は含有されるときにはその含有量も考慮して(1)式の値として計算すればよく、含まれないときにはこれらの含有量を考慮せずに計算すれば良い。
【0049】
本発明の冷間成形鋼管において、上記成分の他は、Feおよび不可避的不純物からなるものであるが、溶製上不可避的に混入する微量成分(許容成分)も含み得るものであり(例えば、P,S,O,B≦0.0005%等)、こうした鋼スラブも本発明の範囲に含まれるものである。また、本発明の冷間成形鋼管には、必要によって、更に(a)Cu:0.5%以下(0%を含まない)および/またはNi:3.0%以下(0%を含まない)、(b)Nb:0.015%(0%を含まない)、(c)Ca:0.003%以下(0%を含まない)、(d)希土類元素:0.02%以下(0%を含まない)、等を含有することも有効であるが、これらの成分を含有させるときの範囲限定理由は、次の通りである。
【0050】
[Cu:0.5%以下(0%を含まない)および/またはNi:3.0%以下(0%を含まない)]
これらの元素は、高価であり、しかも降伏比を上昇させるため、その添加はできるだけ避けることが好ましい。しかし、厚肉鋼板で板厚中心部の強度低下を抑制する作用があるので、微量添加する場合がある。これらの元素を添加する場合には、Cuは0.5%、Niは3.0%を上限として含有させる必要がある。Cu含有量のより好ましい上限は0.3%であり、Niのより好ましい上限は1.5%である。
【0051】
[Nb:0.015%(0%を含まない)]
Nbは強度、靭性を共に向上させる元素として知られているが、熱間圧延後、加速冷却を行った場合、焼入れ性向上元素であるNbを含有させた鋼では、第2相組織のベイナイト量が増加し、しかも軟質のフェライトが生成し難くなる。その結果、降伏比が上昇することになる。こうしたことから、Nbを含有させる場合には、0.015%程度までとすることが好ましい。Nb含有量のより好ましい上限は0.010%程度である。
【0052】
[Ca:0.005%以下(0%を含まない)]
Caは、非金属介在物の球状化作用を有し、異方性の低減に有効であるが、0.005%を超えて含有させると、介在物の増加によって靭性が劣化することになる。従って、Caを含有させるときには、0.005%以下とすることが好ましい。Ca含有量の好ましい下限は0.0005%であり、より好ましい上限は0.003%である。
【0053】
[希土類元素:0.02%以下(0%を含まない)]
希土類元素(以下、「REM」と略記する)は、そのオキシサルファイドとしてTiN共存下でオーステナイト異常成長を抑制してHAZの靭性を向上させる元素であるが、0.02%を超えて過剰に含有されると鋼の清浄度を悪くして内部欠陥を発生させる。REMによる効果を発揮させるためには0.002%以上含有させることが好ましく、より好ましい上限は0.01%である。尚、REMとは、周期律表第3属に属するスカンジウム(Sc)、イットリウム(Y)およびランタノイド系列希土類元素のいずれも使用できる。
【0054】
本発明の冷間成形鋼管を製造するには、基本的には連鋳法あるいは造塊法により作製されたスラブからの鋼片を用いて、加熱−熱間圧延−冷却−熱処理等の工程、或は熱間圧延後の制御冷却(加速冷却や直接焼入れも含む)等の工程を経ることによって、上記のような化学成分組成および組織を有する鋼管を製造すれば良く、そのための製造方法については特に限定するものではないが(後記実施例の実験No.42〜46)、本発明方法に従って製造することが好ましい。次に本発明の製造方法で規定する各要件について説明する。
【0055】
[鋼片の加熱温度:950〜1250℃]
鋼片の加熱温度を1250℃を超える温度とすると、鋼片のオーステナイト粒が急激に粒成長を起こして、変態後の組織が粗大なベイナイト組織となり、鋼板の靭性が著しく低位となる。一方、加熱温度が950℃未満となると、(γ未再結晶化温度Aγ−50℃)未満での累積圧下率が大きくなり、旧オーステナイト粒の過大な細粒化が起こり、降伏点YP、0.2%耐力σ0.2および降伏比YRが大幅に上昇することになる。こうしたことから、鋼片の加熱温度は、950〜1250℃の範囲とする必要がある。この加熱温度は、好ましくは1000℃以上、1150℃以下とするのが良い。
【0056】
[γ未再結晶化温度Aγ以下での累積圧下率が60%以下]
前述の如く、鋼板段階でのマルテンサイト相或はオーステナイトとの混合相の扁平化を抑制するために、γ未再結晶化温度Aγ以下での累積圧下率が60%以下とする必要がある。またこの累積圧下率が60%を超えると、旧オーステナイト粒の過大な細粒化が起こり、降伏比が上昇することになる。尚、上記「圧下率」とは、圧延前・後の鋼板の厚さを夫々t(mm)およびt(mm)としたとき、{(t−t)/t}×100(%)で示されるものである。
【0057】
[圧延終了後、Ar変態点以上から450℃以下まで4〜100℃/秒の冷却速度で冷却する]
鋼板のミクロ組織におけるCの均一分散、およびCr,Mo,Vの固溶を図ることと強度を確保することを目的として、圧延後にAr変態点以上から450℃以下までを加速冷却する必要がある。冷却開始温度がAr変態点よりも低くなったり、冷却停止温度が450℃よりも高くなったり、冷却速度が4℃/秒未満であったりすれば、変態強化不十分となると共に、Cr,MoおよびVの全固溶が達成されなくなる。このときの冷却速度の上限については、冷却媒体の冷却能の限界という観点から、100℃/秒以下とする必要がある。尚、本発明におけるAr変態点とは、下記(4)式によって計算される値を採用したものである。
Ar変態点=910−310[C]−80[Mn]−20[Cu]−15[Cr]−
55[Ni]−80[Mo]+0.35(t−8) …(4)
但し、t:板厚
【0058】
[730〜830℃の温度範囲に再加熱してから焼入れ]
加速冷却した鋼板を、二相域(α+γ)温度に保持することによって、一旦分散したCがフェライトと逆変態オーステナイトに二相分離されて、フェライトにおけるCの負偏析、オーステナイトにおける正偏析を生起させる。また、加速冷却によって、一旦固溶させたCr,MoおよびVの各元素についても、この二相域保持において、フェライトへの負偏析、オーステナイトへの正偏析を生起させ、降伏比の低減と高強度の確保という相反する課題を解決することができる。二相域での保持温度が730℃未満の場合、および830℃超える場合には、夫々逆変態オーステナイト量、フェライト量が少な過ぎる為に、鋼板段階での降伏比が高くなり、冷間成形鋼管後の降伏比が目標降伏比を満足できなくなる。また二相域温度に保持した後焼入れするのは、逆変態オーステナイトから焼入れにより主相のベイナイト組織と島状マルテンサイト相を析出させるためである。
【0059】
[板厚をt(mm)、外側冷間曲げ直径をd(mm)としたときにt/dが10%以下の範囲で冷間成形する]
本発明の冷間成形鋼管では、引張り変形側の降伏比が加工後において85%以下とするために、t/dが10%以下である冷間成形部位を有するものであるが、こうした部位を形成するために、t/dが10%以下の範囲で冷間成形するものである。
【0060】
本発明の製造方法においては、必要によって、(1)730〜830℃の温度範囲に再加熱してから焼入れした後、前記鋼板を500℃以下で焼き戻しを施す、(2)前記圧延を終了した後、加速冷却するに先立ち、オンラインレベラ矯正を行う、(3)鋼板温度を400℃以下として冷間成形する、等の条件を付加することが好ましいが、これらの要件を規定する理由は次の通りである。
【0061】
[730〜830℃の温度範囲に再加熱してから焼入れした後、前記鋼板を500℃以下で焼戻しを施す]
二相域焼入れした鋼板の残留応力をなくす為に、選択的に500℃以下で焼戻しを施すことも有効である。このときの焼戻し温度が500℃を超えると、焼入れままで生成されたベイナイト組織中のCが拡散・凝集してパーライトを生成させるために、強度が低下することになる。こうしたことから、焼戻し温度は500℃以下とするが、好ましくは480℃以下とするのが良い。
【0062】
[前記圧延を終了した後、加速冷却するに先立ち、オンラインレベラ矯正を行う]
圧延終了後、圧延済鋼板の先後端に平坦不良を生じた場合においても、直接焼入れ前の熱間矯正によって平坦度が良好となるため、先後端部に対する均一冷却が可能となり、機械的性質が安定し、歩留まりが向上する。こうしたことから、圧延終了後で直接焼入れ前においてオンラインレベラ矯正を行うことが有効である。
【0063】
[鋼板温度を400℃以下として冷間成形する]
曲げ温度(成形温度)は、常温のみならず、本発明の鋼板の材質を損なわない程度(400℃程度)の温度まで許容できることは上述した通りであるが、冷間成形時のスプリングバック等の成形阻害要因を軽減するために、ミクロ組成が変化せず、転位密度が低減できる400℃以下で選択的に成形(温間成形)することも有効である。このときの成形温度が400℃を超えると、Cが拡散して主相のベイナイトの一部がパーライトに変化し始めるため、強度低下を招くことになる。この形成温度の好ましい温度は300℃以下である。
【0064】
以下、実施例によって本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で変更を加えて実施することは勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【実施例】
【0065】
下記表1、2に示す化学成分組成の鋼を通常の溶製方法によって溶製し、下記に示すいずれかの処理を行い(タイプ1〜3)、鋼板を製造した。尚、表1、2には、前記(1)式で規定される炭素当量Ceqの値、[Mn]/[C]の値およびγ未再結晶化温度についても示した。
【0066】
[処理手順]
タイプ1:通常の加熱、熱間圧延を行った後、直接焼入れ(DQ)を行い、その後二相域温度(Ac1点以上、Ac3点未満)で熱処理保持後に焼入れ(Q’)または500℃以下まで加速冷却を行った。
【0067】
タイプ2:圧延終了後、Ar3点未満まで空冷程度の緩冷却した後、二相域温度(Ar1点超え、Ar3点未満)から加速冷却あるいは直接焼入れ(DQ’)を行った。
【0068】
タイプ3:熱間圧延後、加速冷却して二相域温度に保持後、再び加速冷却あるいは直接焼入れ(DQ)を行った。
【0069】
その後、一部のものについては、Ac点未満の温度での焼戻し(T)無しに加えて、焼戻し有りのものも実施した。このときの製造条件を、前記(2)式の値およびAr変態点等と共に、下記表3〜5に示す。
【0070】
【表1】

【0071】
【表2】

【0072】
【表3】

【0073】
【表4】

【0074】
【表5】

【0075】
得られた各鋼板について、t/dを変化させて、冷間プレス成形を行い、鋼管を作製した。鋼板の機械的特性(降伏点YP、引張強さTS、一様伸びδ)およびミクロ組織の種類を測定すると共に、鋼管の管軸方向(L方向)の機械的特性(降伏点、引張強さTS、降伏比YRおよび靭性)およびCr,Mo,Vの固溶量、ミクロ組織を測定し、下記の基準で材質を評価した。
【0076】
[Cr,Mo,Vの固溶量]
鋼管のCr,MoおよびVの固溶量については、各元素の添加量−析出物として析出した各元素量として算定した。析出物として析出したCr、Mo、Vの元素量については、鋼管の外側t/4部の表面に平行な断面において、電解抽出残渣法により、析出元素量を測定した。
【0077】
[材質評価基準]
材質評価基準としては、鋼管の管軸方向での引張強さTS:490MPa以上、降伏比YR:85%以下、破面遷移温度(vTrs):−20℃以下を目標に設定した。
【0078】
機械的特性(鋼板および鋼管)の評価方法、鋼管の靭性評価方法、並びにミクロ組織測定方法は下記の通りである。
【0079】
[機械的特性の評価方法]
鋼板のt/4部(tは板厚)からL方向(圧延方向)、および鋼管の外側t/4部の管軸に平行方向(鋼板の主圧延方向に相当)に、JIS Z 2201 4号試験片を採取してJIS Z 2241の要領で引張試験を行ない、鋼板の機械的特性(降伏点YP、引張り強さTS、一様伸びδ)、鋼管の機械的特性(降伏点YP、引張強さTS、降伏比(降伏点/引張強度×100%:YR)を測定した。
【0080】
[靭性評価方法]
鋼管の外側t/4部から管軸に平行方向(鋼板の主圧延方向)に、JIS Z 2202 4号試験片を採取してJIS Z 2242に準拠してシャルピー衝撃試験を行ない、破面遷移温度(vTrs)を測定した。
【0081】
[ミクロ組織測定方法]
鋼板段階では、鋼板の主圧延方向のt/4部のミクロ組織を光学顕微鏡で観察し、存在する残留オーステナイトγについては、50〜100μmに電解研磨した鋼板t/4部のX線回折を行い、α−Fe(200)面とγ―Fe(200)面のピーク強度比から残留オーステナイトγの存在を確認した。鋼管の管軸に平行方向(鋼板の主圧延方向に相当)の外側t/4部、および鋼板の主圧延方向のt/4部を、ナイタールエッチングしたミクロ組織の写真を画像解析して、フェライトの形態、面積分率、ベイナイトの面積分率等を測定した。島状マルテンサイト相は、圧延方向板厚面の1/4部をレペラ試薬でエッチングしたミクロ組織の写真を画像解析して、面積分率とアスペクト比を測定した。
【0082】
上記の材質基準を満足する鋼管について、溶接性(耐溶接割れ性およびHAZ靭性)を下記の方法によって評価した。
【0083】
[耐溶接割れ性]
JIS Z 3158に規定されたy形溶接割れ試験法に従い、入熱量:1.7KJ/mmで炭酸ガス溶接を行ない、ルート割れ防止予熱温度を測定した。25℃以下を合格とした。
【0084】
[HAZ靭性]
入熱量7KJ/mmの両面サブマージアーク溶接(SAW)のシーム溶接を行い(X開先)、外側t/4部から管軸と直角方向にシャルピー衝撃試験片(JIS Z 2204 4号)を採取し、0℃における平均衝撃吸収エネルギーvEを求めた(3回試験の平均値)。平均vEが47J以上を合格とした。
【0085】
溶接性試験結果を、機械的特性(鋼板と鋼管)およびミクロ組織等と共に、下記表6〜8に示すが、これらの結果から、次のように考察できる。まず、実験No.1は、V単独添加鋼の制御圧延まま材であり、Ceqが本発明で規定する範囲を超えているため、耐溶接れ防止予熱温度が50℃と高く、HAZ靭性も低位である。
【0086】
実験No.2は、Nb単独添加鋼の加速冷却450℃停止材であり、ミクロ組織にポリゴナルフェライトが生成していないので、冷間曲げ後に降伏比YRが目標値の85%以下を満足しないものとなっている。
【0087】
実験No.3のものは、Nb単独添加鋼の加速冷却450℃停止後に、二相域温度焼入れ(Q’)したものであり、ポリゴナルフェライト相の面積分率が本発明で規定する範囲よりも少なくなっているので、冷間曲げ後の降伏比YRが目標値の85%以下を満足しないものとなっている。
【0088】
実験No.14のものは、前記(2)式の値(A値)が本発明で規定する範囲内にあるものの、C含有量が本発明で規定する範囲よりも多くなっており、母材およびHAZの靭性が低位である。
【0089】
実験No.15は、Mn含有量が本発明で規定する範囲よりも多くなっており、冷間曲げ後の降伏比YRが目標値の85%以下を満足しないものとなっている。
【0090】
実験No.18は、C含有量およびMn含有量が本発明で規定する範囲よりも少なくなっており、冷間曲げ後の引張強さTSが目標値の490MPa以上を満足しないものとなっている。
【0091】
実験No.22は、Ti含有量が本発明で規定する範囲よりも多くなっており、冷間曲げ後の降伏比YRが目標値の85%以下を満足しないものとなっている。
【0092】
実験No.24は、Mo含有量が本発明で規定する範囲よりも多くなっており、HAZ靭性が目標値の47J以上を満足しないものとなっている。
【0093】
実験No.29は、Si含有量が本発明で規定する範囲よりも多くなっており、鋼管の島状マルテンサイト分率が本発明で規定する範囲よりも多くなっており、冷間曲げ後の降伏比YRが目標値の85%以下を満足しないものとなっている。
【0094】
実験No.32は、Cu含有量が本発明で規定する範囲よりも多くなっており、耐溶接れ防止予熱温度が目標の25℃以下を満足しないものとなっている。また破面遷移温度vTrsが−20℃以下、およびHAZ靭性は47J以上の目標値を満足しないものとなっている。
【0095】
実験No.35は、Nb含有量が本発明で規定する範囲よりも多くなっており、冷間曲げ後の降伏比YRが目標値の85%以下を満足しないものとなっている。
【0096】
実験No.38は、CaやREMの含有量が本発明で規定する範囲よりも多くなっており、冷間曲げ後の破面遷移温度vTrsが−20℃以下を満足しないものとなっている。
【0097】
実験No.51は、加熱温度が1300℃となっており、冷間曲げ後の破面遷移温度vTrsが−20℃以下を満足しないものとなっている。
【0098】
実験No.54は、加熱温度が900℃となっており、また累積圧下率が100%となってあり、冷間曲げ後の降伏比YRが目標値の85%以下を満足しないものとなっている。また実験No.55は、累積圧下率が80%となってあり、冷間曲げ後の降伏比YRが目標値の85%以下を満足しないものとなっている。
【0099】
実験No.58は、圧延後の加速冷却開始温度が760℃となっており、ポリゴナルフェライト分率が80面積%となっており、引張強度TSが低下している。
【0100】
実験No.60は、圧延後の加速冷却停止温度が580℃となっており、引張強度TSが低下している。
【0101】
実験No.61は、圧延後の加速冷却速度が1.5℃/秒となっており、引張強度TSが低下している。
【0102】
実験No.63は、焼入れ前の再加熱温度が850℃となっており、ポリゴナルフェライト分率が35面積%となっており、冷間曲げ後の降伏比YRが目標値の85%以下を満足しないものとなっている。
【0103】
実験No.66は、焼入れ前の再加熱温度が700℃となっており、引張強度TSが低下している。
【0104】
実験No.68は、焼戻し温度が600℃となっており、ポリゴナルフェライト分率が80面積%となっており、引張強度TSが低下すると共に、冷間曲げ後の降伏比YRが目標値の85%以下を満足しないものとなっている。
【0105】
実験No.70は、冷間成形時のt/dが15%となっており、冷間曲げ後の降伏比YRが目標値の85%以下を満足しないものとなっている。
【0106】
これに対して、本発明で規定する要件のいずれも満足するもの(実験No.4〜13,16,17,19〜21,23,25〜28,30,31,34,36,37、39〜50、52,53,56,57,59,62,64,65,67,69,71)では、全ての特性において目標値を満足するものとなっている。
【0107】
尚、実験No.4〜71のおける製造上のポイントは次の通りである。即ち、実験No.4〜38は、前記表1、2に示した化学成分組成の鋼材を圧延終了後に二相域温度焼入れ(Q’)したもの、実験No.39は更に焼戻し処理(T)を施したものである。
【0108】
実験No.40は、圧延終了後、加速冷却450℃で停止したものであり、実験No.41は、更に焼戻し処理(T)を施したものである。
【0109】
実験No.42は、圧延終了後、緩冷(空冷)し、二相域温度から直接焼入れ(DQ’)したもの、実験No.43は更に焼戻し処理(T)を施したものである。
【0110】
実験No.44は、圧延終了後、Ar点超え、Ar点未満まで加速冷却し、その後空冷で60秒保持して、ポリゴナルフェライトαを生成させ、引き続き直接焼入れしたものである。
【0111】
実験No.45は、圧延終了後、Ar点超え、Ar点未満まで加速冷却し、その後オンライン保持炉にて二相域温度に保持して、ポリゴナルフェライトαを生成させ、引き続き焼入れしたものであり、実験No.46は、更に焼戻し処理(T)を施したものである。
【0112】
実験No.47,48は、本発明で規定する範囲内でt/dを7.5,5(%)と変化させたものである。実験No.49は、板厚が40mmのものの結果である。実験No.50は、400℃昇温後プレス曲げしたものである。
【0113】
実験No.51〜54は、本発明で規定する化学成分で加熱温度を900〜1300℃の範囲で変化させたものである。実験No.55〜58は、本発明で規定する化学成分で、圧延後の加速冷却開始温度を変化させたものである。
【0114】
実験No.59,60は、本発明で規定する化学成分で、加速冷却停止温度を変化させたものである。実験No.60〜62は、本発明で規定する化学成分で、圧延後の加速冷却速度を変化させたものである。
【0115】
実験No.63〜66は、本発明で規定する化学成分で、焼入れ時の加熱温度(Q’)を変化させたものである。実験No.67,68は、本発明で規定する化学成分で、焼戻し温度(T)を変化させたものである。
【0116】
実験No.69は、本発明で規定する化学成分で、加速冷却前にオンラインレベラ矯正を行ったものである。実験No.70は、本発明で規定する化学成分で、冷間曲げのt/dを本発明で規定する範囲外としたものである。実験No.71は、本発明で規定する成分で、曲げ成形温度を400℃としたものである。
【0117】
【表6】

【0118】
【表7】

【0119】
【表8】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
C:0.07〜0.18%(質量%の意味、以下同じ)、Si:0.05〜1.0%、Mn:0.7〜1.7%(但し、Mn含有量[Mn]とC含有量[C]の比[Mn]/[C]≦15)、Ti:0.002〜0.025%、sol.Al:0.005〜0.1%およびN:0.001〜0.008%を夫々含有する他、Cr:0.6%以下(0%を含む)、Mo:0.5%以下(0%を含む)およびV:0.08%以下(0%を含む)よりなる群から選ばれる1種または2種以上を含み、下記(1)式で示される炭素当量Ceq値が0.34〜0.42%の範囲内にあると共に、下記(2)式で示されるA値が1.1〜2.6を満足し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる化学成分組成を有する鋼板からなり、且つ当該鋼板のミクロ組織が、40〜70面積%のポリゴナルフェライト相、0〜20面積%の擬ポリゴナルフェライト相、および0〜5面積%で、アスペクト比(長径/短径)が4.0以下の島状マルテンサイト相、残部がベイナイト相から構成され、板厚をt(mm)、外側冷間曲げ直径をd(mm)としたときにt/dが10%以下である冷間成形部位を有するものであることを特徴とする溶接性に優れた490MPa級低降伏比冷間成形鋼管。
Ceq=[C]+[Si]/24+[Mn]/6+[Ni]/40+[Cr]/5
+[Mo]/4+[V])/15 …(1)
但し、[C],[Si],[Mn],[Ni],[Cr],[Mo]および[V]は、夫々C,Si,Mn,Ni,Cr,MoおよびVの含有量(質量%)を示す。
A=(2.16{Cr}+1)×(3.0{Mo}+1)×(1.75{V}+1) …(2)
但し、{Cr},{Mo}および{V}は、夫々Cr,MoおよびVにおける鋼板中の固溶量(質量%)を示す。
【請求項2】
更に、Cu:0.5%以下(0%を含まない)および/またはNi:3.0%以下(0%を含まない)を含有するものである請求項1に記載の490MPa級低降伏比冷間成形鋼管。
【請求項3】
更に、Nb:0.015%以下(0%を含まない)を含有するものである請求項1または2に記載の490MPa級低降伏比冷間成形鋼管。
【請求項4】
更に、Ca:0.005%以下(0%を含まない)を含有するものである請求項1〜3のいずれかに記載の490MPa級低降伏比冷間成形鋼管。
【請求項5】
更に、希土類元素:0.02%以下(0%を含まない)を含有するものである請求項1〜4のいずれかに記載の490MPa級低降伏比冷間成形鋼管。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれかに記載の冷間成形鋼管を製造するに当り、鋼片を950〜1250℃の温度範囲に加熱し、下記(3)式で示されるオーステナイト未再結晶化温度Aγ(℃)以下での累積圧下率を60%以下(0%を含む)として圧延を終了して鋼板とした後、Ar変態点以上の温度から450℃以下まで4〜100℃/秒の冷却速度で加速冷却し、次いで730〜830℃の温度範囲に再加熱してから焼入れし、引き続き前記載t/dが10%以下の範囲で冷間成形することを特徴とする溶接性に優れた490MPa級低降伏比冷間成形鋼管の製造方法。
γ(℃)=887+467[C]+(6445[Nb]−644√[Nb])+
(732[V]−230√[V])+890[Ti]+363[Al]−357[Si]
…(3)
但し、[C],[Nb],[V],[Ti],[Al]および[Si]は、夫々C,Nb,V,Ti,AlおよびSiの含有量(質量%)を示す。
【請求項7】
730〜830℃の温度範囲に再加熱してから焼入れした後、前記鋼板を500℃以下で焼戻しを施す請求項6に記載の製造方法。
【請求項8】
前記圧延を終了した後、加速冷却するに先立ち、オンラインレベラ矯正を行う請求項6または7に記載の製造方法。
【請求項9】
鋼板温度を400℃以下として冷間成形する請求項6〜8のいずれかに記載の製造方法。

【公開番号】特開2007−119899(P2007−119899A)
【公開日】平成19年5月17日(2007.5.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−46739(P2006−46739)
【出願日】平成18年2月23日(2006.2.23)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】