説明

滑り軸受け装着機械の保守方法

【課題】ディーゼル機関等における滑り軸受けのメタル耐用期間を簡便に予測できる方法を提供すること。
【解決手段】滑り軸受け部位に使用するディーゼル機関用潤滑油について、硫酸カルシウム又はその含有スラッジの無添加試験液および変量添加した少なくとも2組の添加試験液を用意する。これらの試験液を、滑り軸受けメタル対応材料であるブロック試験片の上をジャーナル対応材料で形成したディスク試験片を滑らせながら、両者の接触部位に循環供給して摩耗試験を行う。該摩耗試験の際における硫酸カルシウム濃度とブロック試験片の摩耗率(メタル摩耗率)との関係を増加関係式(指数関係式)として求める。該増加関係式を用いて滑り軸受け耐用期間(限界稼動時間)を予測する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ディーゼル機関(ディーゼルエンジン)における滑り軸受け装着機械の保守・点検を合理的に行なうのに好適なディーゼル機関の滑り軸受け部位の保守(保全)方法に係る。ディーゼル機関(ディーゼルエンジン)における滑り軸受け(クランク軸受け)を例にとり説明するが、他の滑り軸受け装着機械の保守にも本発明は適用可能である。
【背景技術】
【0002】
ディーゼル内燃機関のクランク系軸受け(滑り軸受け)部位におけるクランクピン軸受けや主軸受けのメタルは、摩耗・損傷が激しく、定期保守点検(期間は通常2年程度)に際して、交換・棄却する必要が多かった。クランク系軸受けは、荷重が衝撃的であり且つ衝撃角位置も絶えず変動することが多いためである。
【0003】
摩耗・損傷したまま長期運転することは、内燃機関の運転効率上望ましくない。このため、メタル交換の最適時期(メタル耐用期間)が予め予測できることが望ましく、さらには、メタル耐用期間も長い方が望ましい。
【0004】
しかし、滑り軸受けのメタル耐用期間を簡便に予測することができ、さらには、それを利用して滑り軸受け部位を備えた機械(滑り軸受け装着機械)の保守(保全)をする方法に係る先行技術文献は、本発明者らが知る限りにおいては存在しない。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の課題は、上記にかんがみて、滑り軸受けのメタル耐用期間を簡便に予測できる方法、及びそれに基づいた滑り軸受け部位を備えた機械の保守(保全)方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題を解決するために、鋭意開発に努力をする過程で、滑り軸受けメタルの摩耗の原因が、燃料燃焼の際発生する硫黄酸化物と、該硫黄酸化物(機関腐食の原因となる。)を中和するために潤滑油中に含まれるカルシウム系中和剤との反応により生成する硫酸カルシウムの結晶粒子に基づくことを見出して、下記構成の滑り軸受けメタルの耐用期間予測方法に想到した。
【0007】
本発明の滑り軸受けメタルの耐用期間予測方法は、滑り軸受け部位に使用するディーゼル機関用潤滑油(JIS K 2215:3種)について、硫酸カルシウム又はその含有スラッジの無添加試験液および変量添加した少なくとも2組の添加試験液を用意し、滑り軸受けメタル対応材料であるブロック試験片の上をジャーナル対応材料で形成したディスク試験片を滑らせながら、両者の接触部位に前記各試験液を循環供給して摩耗試験を行い、該摩耗試験の際における硫酸カルシウム濃度とブロック試験片の摩耗率(メタル摩耗率)との関係を増加関係式(通常、指数関係式となる。)として求め、該増加関係式(指数関係式)を用いて滑り軸受け耐用期間(限界稼動時間)を予測することを特徴とする。
【0008】
また、本発明の滑り軸受け装着機械の保守方法は、上記発明と同様にして、硫酸カルシウム濃度とブロック試験片の摩耗率(メタル摩耗率)との関係を増加関係式(指数関係式)として求め、潤滑油のカルシウム濃度を定期的に検出して、潤滑油のカルシウム濃度を、対応摩耗度が所定値以下となる濃度に維持しながら前記滑り軸受け部位を備えた機械の運転を行なうことを特徴とする。
【0009】
カルシウム濃度を所定値以下に抑制することにより、滑り軸受けの摩耗・損傷の低減が期待でき、当然、保守のための点検回数を低減させることができ、さらには、滑り軸受けメタルの耐用期間も延長することが可能となる。
【0010】
上記各発明において、上記滑り軸受け部位として、内燃機関のクランクピンの軸受け部位に適用することが望ましい。クランクピンがクランク作動時に摩耗損傷を受け易く、該部位を基準として耐用期間(限界稼動時間)を予測することが内燃機関の保守・点検時期に適合するためである。
【0011】
なお、上記各発明は、潤滑油の種類が異質であって、生成する摩耗原因粒子が硫酸カルシウムでない場合は、下記構成となる。
【0012】
滑り軸受けメタルの耐用期間予測方法に係る発明は、滑り軸受け部位に使用する潤滑油について、摩耗原因粒子の無添加試験液および変量添加した少なくとも2組の添加試験液を用意し、滑り軸受け対応材料であるブロック試験片の上をジャーナル対応材料で形成したディスク試験片を滑らせながら、両者の接触部位に前記各試験液を循環供給して摩耗試験を行い、該摩耗試験の際における摩耗原因粒子濃度とブロック試験片の摩耗率(メタル摩耗率)との関係を増加関係式(指数関係式)として求め、該増加関係式(指数関係式)を用いて滑り軸受けの耐用期間(限界稼動時間)を予測することを特徴とする。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明を詳細に説明する。以下の説明で「ppm」は、特に断らない限り「質量ppm」を意味する。ここでは、滑り軸受け部位として、ディーゼル機関における摩耗や損傷が発生し易いクランクピンの軸受け部位を例に採り説明するが、これに限られるものではない。
【0014】
すなわち、ディーゼル機関における主軸メタル軸受けは勿論、他の硫黄酸化物を発生する内燃機関等にも本発明は適用可能である。
【0015】
それらの滑り軸受け部位に使用する潤滑油は、通常、陸用内燃機関用潤滑油におけるディーゼル機関用(JIS K 2215:3種)を使用する。
【0016】
これらの潤滑油には、通常、カルシウム系中和剤が添加されている(例えば、Ca換算で8000〜10000ppm)。ディーゼル機関において燃料として使用する重油や軽油には硫黄が含まれており、燃焼により硫黄酸化物が発生し、該硫黄酸化物は機関内部(金属)の腐食を促進させる。この硫黄酸化物と反応して腐食作用を消滅させるために上記カルシウム系中和剤が添加される。なお、カルシウム系中和剤としては、リン酸カルシウム(カルシウムホスフェート)、ホスホン酸カルシウム(カルシウムホスホネート)等を挙げることができる。
【0017】
そして、本発明者らは、滑り軸受けにおける摩耗・損傷の原因が、硫酸カルシウムであることを、知見した。
【0018】
すなわち、運転中のディーゼル機関(発電所等における発電機)の油清浄機から採取したスラッジを、発光分析法によりCa濃度(硫酸カルシウム濃度)を測定した。
【0019】
ここで、発光分光分析法とは、下記方法によるものである。
【0020】
潤滑油中のサブミクロンオーダ以上の固形物を分離抽出し、発光分光分析装置により各種金属元素及びその含有量を測定する方法である。
【0021】
すなわち、上記で調製した試料を、プラズマ放電により励起させたアルゴンガス有に導入して、そのとき生ずる金属特有の発光スペクトルを回折格子で分光し、その波長と強さを検出する。そして、含有金属元素とその含有量を測定することにより、潤滑油中の金属元素とその含有量の測定が可能となる。なお、図1に発光分析装置の原理図を示す。
【0022】
上記でCa濃度を測定したスラッジを、それぞれ、潤滑油(JIS K 2215:陸用内燃機関用潤滑油3種)に対して、カルシウム濃度換算で、0、10、20、50ppmとなるような量を予測添加混合して、スラッジ無添加試料を1組、スラッジ変量試料を複数組調製した。
【0023】
それらの各試料について、ブロック試験片(メタル軸受け対応材料)に対してディスク試験片(クランク軸対応材料)上を滑らせながら、両者の接触部位に各試験液(潤滑油)を循環供給して摩耗試験を行なう。ここで、後述の試験結果を示す図3において、Ca濃度が設定濃度に対応しないのは、スラッジは不均一系であるため攪拌混合した直後のものを使用してもCa濃度にバラツキが発生するためである。
【0024】
本発明で使用する摩耗試験の原理図(システム図)を図2に示す。
【0025】
本システムは、基本的に摩耗試験装置12と、攪拌槽(潤滑油槽)14と、攪拌槽14と摩耗試験装置12との間で潤滑油を循環させる循環回路16(往路16a、復路16b)とを備えたものである。
【0026】
カバー18aを備えた摩耗試験槽18内に、ディスク保持軸(回転軸)20と、ブロック保持盤22が配されている。ディスク保持軸20は、荷重負荷装置(図示せず)により下方へ移動可能とされている。また、ブロック保持盤22の下方には、ブロック試験片が受けた荷重を測定可能にロードセル24が配されている。循環回路16の往路16aには、ポンプ26を備え、潤滑油を摩耗試験装置12に供給可能とされ、同復路16bは、摩耗試験槽18の底部から自重落下により潤滑油を攪拌槽14に戻し可能とされている。当然、攪拌槽14は、攪拌モータ26とプロペラ形の攪拌機28とを備えている。
【0027】
そして、ブロック保持盤22にブロック試験片(軸受けメタル材料対応)30を保持する。また、ディスク試験片(クランクピン材料対応)32をディスク保持軸14に保持すると共に下方へ押し下げて、ディスク試験片32をブロック試験片30に対して所定荷重となるように調節する。
【0028】
この状態で、良好な潤滑状態である摩擦係数を示す滑り速度になる回転速度で、ディスク試験片22を回転させ、且つ、所定流量で油を循環させながら摩擦試験を行なう。
【0029】
ここで、ディスク試験片及びブロック試験片は、それぞれ、下記の材料を使用した。
【0030】
ディスク試験片・・・炭素鋼鍛工品「SF540」(JIS G 3201)
ブロック試験片・・・ホワイトメタル「WJ2」(JIS H 5401)
そして、荷重を負荷後、所定時間(15分)で摩耗試験(ディスク試験片を回転)を行った後、攪拌槽14から潤滑油を採取して、前述の発光分光分析法により、Ca濃度を測定して求めた。
【0031】
他方、試験後に、ブロック試験片の重量を測定して、摩耗質量(mg)をブロック試験片(ホワイトメタル)の密度(約7.3mg/mm3)で割って摩耗体積(mm3)を求めた。さらに、該摩耗体積を実測滑り合計距離で割って摩耗率を求めた。それらの結果を表1に示す。
【0032】
【表1】

そして、Ca濃度と摩耗率の関係を、半(片)対数グラフにプロットすると共に、回帰法により指数関係式(回帰式)(本実施形態では被べき数:e)を求めた。その結果は、図3に示す。なお、材料により指数関係式以外の増加関係式となる可能性もある。
【0033】
当該図3に示す指数関係式(対数グラフ)を利用しての、耐用期間の予測は、下記の如く行った。
【0034】
先ず、クランクメタルの摩耗した面積を、実機からサンプリングした摩耗メタルから求めた。その結果は、平均摩耗面積:583cm2であった。
【0035】
そして、上記で対数グラフから任意の各カルシウム濃度(10・20・50・100(ppm))における摩耗率を求め、該摩耗率から、下記式に基づいて、限界滑り距離を求める。
【0036】
限界滑り距離=オーバレイ厚み×平均摩耗面積/摩耗率
こうして求めた限界滑り距離から、限界回転数を下記式により求める。
【0037】
限界回転数(回)=限界滑り距離(m)/クランクピン周長
さらに、各限界回転数から限界稼動時間を下記式により求める。
【0038】
限界稼動時間(年)=限界回転数/(年間稼動時間×時間当たり回転数)
上記各式において、軸受けメタル(ホワイトメタル)厚み:20μm
平均摩耗面積:583cm2
クランクピン周長:1.294m(D=410mm)
として、求めた結果を表2に示す。
【0039】
表2の結果から、通常の点検周期が、2年であるので、Ca濃度を10ppm以下で管理(保守)することが望ましいことが分かる。なお、点検周期を長くしたい場合には、Ca濃度(硫酸カルシウム濃度)を低く押さえて運転することも可能である。
【0040】
なお、ディーゼル機関においては、潤滑油も燃料と同時に燃えるため、常に補給するものであり、多目に潤滑油を補給すれば、Ca濃度を低く抑えることが可能である。
【0041】
例えば、出力1万kwAのディーゼル機関発電機の場合、例えば、200L/dayの潤滑油の補給が必要である。
【0042】
【表2】

上記ではディーゼル内燃機関における滑り軸受けメタルが硫酸カルシウムにより摩耗促進される場合を例に採り説明したが、本発明は、硫酸カルシウム以外の摩耗原因粒子が潤滑油中に発生する場合についても本発明は適用可能である。ここで摩耗原因粒子としては、滑り軸受けメタルの摩耗により発生する摩耗粉、さらには、高温雰囲気下で使用された場合に発生し易い金属酸化物粉等を挙げることができる。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】本発明において使用する発光分光分析(SOAP)装置の原理図(モデル図)
【図2】同じく摩耗試験装置の原理図(モデル図)
【図3】同じく摩耗試験におけるCa濃度と摩耗率の関係を示す片対数グラフ図
【符号の説明】
【0044】
12 摩耗試験装置
14 攪拌槽(潤滑油槽)
16 循環回路
18 摩耗試験槽
20 ディスク保持軸
22 ブロック保持盤
30 ブロック試験片(軸受けメタル対応材)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
滑り軸受け部位に使用する陸用内燃機関用潤滑油(JIS K 2215)について、硫酸カルシウムの無添加試験液および変量添加した少なくとも2組の添加試験液を用意し、滑り軸受けメタル対応材料であるブロック試験片の上をジャーナル対応材料で形成したディスク試験片を滑らせながら、両者の接触部位に前記各試験液を循環供給して摩耗試験を行い、該摩耗試験の際における硫酸カルシウム濃度とブロック試験片の摩耗率(メタル摩耗率)との関係を増加関係式として求め、該増加関係式を用いて滑り軸受け耐用期間(限界稼動時間)を予測することを特徴とする滑り軸受けメタル耐用期間の予測方法。
【請求項2】
前記増加関係式が指数関係式であることを特徴とする請求項1記載の滑り軸受けメタル耐用期間の予測方法。
【請求項3】
前記滑り軸受け部位が内燃機関のクランクピンの軸受け部位であることを特徴とする請求項1又は2記載の滑り軸受けメタル耐用期間の予測方法。
【請求項4】
滑り軸受け部位に使用する陸用内燃機関用潤滑油(JIS K 2215)について、硫酸カルシウムの無添加試験液および変量添加した少なくとも2組の添加試験液を用意し、滑り軸受けメタル対応材料であるブロック試験片の上をジャーナル対応材料で形成したディスク試験片を滑らせながら、両者の接触部位に前記各試験液を循環供給して摩耗試験を行い、該摩耗試験の際における硫酸カルシウム濃度とブロック試験片の摩耗率(メタル摩耗率)との関係を増加関係式として求め、該増加関係式を用いて硫酸カルシウム濃度における滑り軸受け耐用期間(限界稼動時間)を予測し、所定の限界稼動時間以上となるように潤滑油の硫酸カルシウム濃度を調節しながら前記滑り軸受け部位を備えた機械の運転を行なうことを特徴とする滑り軸受け装着機械の保守方法。
【請求項5】
前記増加関係式が指数関係式であることを特徴とする請求項4記載の滑り軸受け装着機械の保守方法。
【請求項6】
前記滑り軸受け部位が内燃機関のクランクピンの軸受け部位であることを特徴とする請求項5記載の滑り軸受け装着機械の保守方法。
【請求項7】
滑り軸受け部位に使用する潤滑油について、摩耗原因粒子の無添加試験液および変量添加した少なくとも2組の添加試験液を用意し、滑り軸受け対応材料であるブロック試験片の上をジャーナル対応材料で形成したディスク試験片を滑らせながら、両者の接触部位に前記各試験液を循環供給して摩耗試験を行い、該摩耗試験の際における摩耗原因粒子濃度とブロック試験片の摩耗率(メタル摩耗率)との関係を増加関係式として求め、該増加関係式を用いて滑り軸受けの耐用期間(限界稼動時間)を予測することを特徴とする滑り軸受けメタル耐用期間の予測方法。
【請求項8】
前記増加関係式が指数関係式であることを特徴とする請求項7記載の滑り軸受けメタル耐用期間の予測方法。
【請求項9】
滑り軸受け部位に使用する陸用内燃機関用潤滑油(JIS K 2215)について、摩耗原因粒子の無添加試験液および変量添加した少なくとも2組の添加試験液を用意し、滑り軸受け対応材料であるブロック試験片の上をジャーナル対応材料で形成したディスク試験片を滑らせながら、両者の接触部位に前記各試験液を循環供給して摩耗試験を行い、該摩耗試験の際における摩耗原因粒子濃度とブロック試験片の摩耗率(メタル摩耗率)との関係を増加関係式として求め、該増加関係式を用いて所定の耐用期間(限界稼動時間)以上となるように潤滑油の摩耗原因粒子の濃度を調節しながら前記滑り軸受け部位を備えた機械の運転を行なうことを特徴とする滑り軸受け装着機械の保守方法。
【請求項10】
前記増加関係式が指数関係式であることを特徴とする請求項9記載の滑り軸受け装着機械の保守方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2006−349404(P2006−349404A)
【公開日】平成18年12月28日(2006.12.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−173612(P2005−173612)
【出願日】平成17年6月14日(2005.6.14)
【出願人】(501016995)トライボ・テックス株式会社 (9)
【Fターム(参考)】